【ガルパン】 不死の感情

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202 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/11(日) 23:44:26.41 ID:LcxqFSKa0


砲撃音、そして間も無くいきなり近くの土と木数本が辺りに拡散しつつ吹っ飛んだ

「えっ、な、何があったの?」

混乱に襲われるウサギさんチーム。
遠くに見える戦車のうち1輌がこちらに砲塔を向けているのが何とか分かる。しかもそれは西住副隊長に言われた鼻の長い車輌だった。あの距離からこんなに正確に撃ってくる。まともには戦えない

「主砲、副砲それぞれ1発撃ってすぐ後退!次が来る前にいくよ!」

「は、はい!」

2つの砲が放った砲弾は敵には届かなかった。ならばただ後退するのみ。この木の群れだ。こちらも当てづらいが、それは向こうも同様のはず


203 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/11(日) 23:45:06.92 ID:LcxqFSKa0



「……チッ!」

ナオミがファイアフライの車内で舌を鳴らす

「ナオミドンマイ!逃げてるから追うよ!大洗の目を奪いなさい」

「イェス、マム」

「Go ahead!」

ナオミには前進を始めさせた。他の4輌も砲撃を開始し、M3を襲う

だがしかし厄介だ。このままだと彼らの術中にはまりに行くようなもの。木が邪魔で、そう邪魔でナオミが十分実力を発揮出来ていない

「中々すばしっこいわね。このままだと盆地まで行っちゃう。
仕方ないわ、M3に砲撃を続けつつ、盆地を囲む敵を右側面から叩くわよ!」

「イエス、マム」

ナオミは実に物静かなスナイパーだ。たとえ自分と相手が共に動いていても、難なく当てる実力を持つ。
そして硬式にて大洗と戦うことを最後まで避けようとしていた一人。だが今は飛び回るM3に無情な砲弾を浴びせかけている。相手の車長が頭出してるけど、御構い無し。こんな直ぐに人は変われるものだろうか

204 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/11(日) 23:46:15.17 ID:LcxqFSKa0

自分の性に合わない疑いが、ふと浮かんでしまった。
無線を繋げさせる

「ナオミ」

「手短に頼む」

「わざと外してないわよね?」

「……」

しばらく何も帰ってこなかった。息する音さえも

「あ……」

「私の戦車道に於ける仕事は変わらない。仕事の邪魔なら断る。通信終了」
205 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/11(日) 23:47:16.36 ID:LcxqFSKa0



??89式を撃破したサンダースの別動隊は、盆地にいると想定している敵の左側面を攻撃するべく、履帯の音を響かせる。その為側面に注意を払うことなく、林道を縦一列に並んで進んでいる。
この時を待っていた、この1列に並ぶ時を。勝つ気でノコノコやって来た雷神の横っ腹を突くは今

「見えました!先頭M4が5輌。レオポンさんチーム先頭を砲撃!88ミリです。1発で確実に仕留めてくださいッ!」

指示が飛ぶ。この指示を出す者は躊躇ってはならない。
89式とは比べ物にならない轟音がし、ポルシェティーガーは反動で少し後退する。
その砲身から飛び出した88ミリ砲弾は狂いなく先頭車輌の車体側面を撃ち抜く。砲塔は宙を舞い、車体のありとあらゆる金属板の隙間から爆煙が吹き出す

お見事

206 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/11(日) 23:48:46.53 ID:LcxqFSKa0


それを確認し、次の行動に出る

「カメさん、カバさん、あんこうは最後尾5輌目を砲撃?華さん、足回り狙ってください」

先の2人の砲撃には期待してない。ただ華さんなら確実に履帯を壊してくれる。
あんこうから撃たれた砲弾は転輪に命中、履帯の破壊に成功した。カバさんから撃たれた砲弾は車体側面に命中するも貫通はせず、カメさんから撃たれた砲弾は命中しなかった

カバさんチームの命中は今後の戦術に於ける大きな利だ。カメさんの河嶋さんの砲撃は当然の結果だろう

「2発命中!擱座しました」

先頭と後尾を撃破された敵別動隊は一本道で立ち往生していた。前進も後退も出来ない。車輌同士がぶつかり合う。
さぁ、時は来た。敵の増援が来る前に

「全車中の3輌を砲撃!撃ちまくってくださいッ!」

大洗現存車輌の殆どの砲門が残りの車輌に狙いを定める


207 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/11(日) 23:49:23.94 ID:LcxqFSKa0



「えっとそど子、47ミリ砲と75ミリ砲どっちを?」

「どっちでもいいから片っ端から撃ちなさい!」


「河嶋ァ、うるさい!もっと静かに撃て!」

「会長、こんな時に無茶言わないでください。あと手伝ってください!」


「さっきはしくじったが、そうはいかせない!フォイアー!」

「さぁ、海賊に次の機会はない!波濤を超えるぞ!」

「ヨーソロ!」



208 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/11(日) 23:58:57.14 ID:LcxqFSKa0



その報告に驚きを隠せなかった

「アリサ隊は交戦1分で全車被弾、全滅だそうです」

「なに!敵主力??馬鹿な、盆地にはまだ……」

「敵部隊の場所は643地点だそうです!別動隊の生存者が、突入は中断して負傷者を収容するよう許可を求めています」

「向こうの損害は?」

「……残念ながら最初の89式のみのようです。あと、アリサ副隊長の車輌は全損、生存者のいる見込みは……との」

「……」

右手の親指の爪を噛み切り、破片を吐き捨てた。森の中からは黒い煙がもうもうと立ち昇っていた。ウソではないだろう

乗せようと思ったら乗せられたか!

こちらも向こうの場所が把握できたのは良いが、向こうは第1波を撃退して士気が上がっている。対してこっちは撃破の情報による不安があるだろう

……西住みほのレベルが把握出来た以上、このまま数的劣勢が向こうに与えられたまま戦う必要はない。車輌を整備して戻れば良い。長期戦なら物資、環境面から考えてこっちに分がある


209 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/12(月) 00:00:14.78 ID:ekykUs+v0


こちらの場所はばれた。戦闘が始まってから誰も口を効かない。お喋り好きな沙織さんでさえらしくもなく神妙な顔して、恐怖と戦っているだろう。そう、これが実戦、硬式戦

5輌足止めはした。うち2輌は撃破した。双眼鏡で向こうを眺める限り、動き出す気配はない

この後ウサギさんチーム率いる本隊と正面から戦っては、損失が大きくなり過ぎる。試合の形態上、そして目標の達成の為にそれをこっちから完全に避ける手段はない

しかしそれは向こうが犠牲に構わず突っ込んで来る隊長だったらの話だ。ウサギさんチームから連絡がないところを見ると、どうやらそうでもないようなのが幸いか

股下の布が蒸れる。こんな密室に5人で屯しているのでいつものことだが、今日は冬のくせに一段と蒸れる。
いや、違う。蒸れているのではない。よくよく神経を研ぎ澄ませてみると、垂れている。どっちからかは知らんが。
不意に笑いが漏れる。私はこんな一時的な安心の中で緩んでしまうような人間だったか。はたまたこの状況に恐怖を覚えているのか。
ここは敵がファイアフライだけでもこっちに差しむける可能性なども考慮して警戒を怠らないべきじゃないか
210 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/12(月) 00:00:57.06 ID:ekykUs+v0


ま、他の人が気づいてないのは幸いだ。ウサギさんチームに確認を取らせよう

「こ、こちらアンコウチーム。ウサギさん、無事ですか!」

「こちらはなんとか大丈夫でーす。梓に変わりますね」

呑気な宇津木さんの声から変わったのは、いつもより低めの澤さんの声だった。沙織さんも私に無線を繋げる

「西住副隊長!敵の追撃がやんだのですが」

「撤退ですか?静止ですか?」

「撤退です。こちらの移動以上に距離が離れています。ファイアフライも引き上げているようです!」

その直後、サンダースの陣地の方角から白い煙が登る。それが何を示しているかは断定出来ないが、他の情報から推測は出来る

211 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/12(月) 00:01:32.71 ID:ekykUs+v0


「……サンダースは突入を中止したようです。陣地に戻ってきてください」

「了解しました」

深く息を吐き出した

「サンダースは一旦突入を中止したようですね。やはりプラウダとは違います。それではこちらも移動しましょう。反転してください」

「ぷはあー。緊張で息が詰まる」

ヘッドホンを外した沙織さんが開けたハッチから湯気が登る
他の車輌の様子を見るに、みんなももうことに気づいているんだろうな。これは死ぬのが少し伸びただけにすぎない、と。緊張が解けて気絶する者が居なくてよかった


212 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/12(月) 00:02:57.20 ID:ekykUs+v0


???雲と煙が混じる空の下、最初の陣地に残る車輌が帰ってきていた。カップと温かい飲み物が用意され、各人に配られる。私も一杯頂き、それを両手で包みながら配られる場所から少し離れた場所で、試合会場の地図と向かい合う。
誰も会話しない。話してもこの状況に見合う話題が無いのだろう。私もそうだ

沙織さんがすぐさま審判の元に向かい交渉する。しばらく話をした後こちらに戻ってきて、数少ない会話を始めた

「沙織さん、どうでした?」

「ダメ、棄権は戦車道連盟理事校以外は一切認められていないって」

だろうな。奴らに私らの話を聞く利点はない。寧ろサンダースの話を呑むだろう。
言い終わる頃には審判は逆方向に遠く離れていた

「冷泉殿、あの、ココアを……」

「……ありがとう」

ココアから立ち昇る湯気は風になびかれ消えていく

213 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/12(月) 00:03:41.95 ID:ekykUs+v0


「冷泉殿……あの、バレー部チームがやられたのにみんな意外と淡々としてるといいますか……こういうものなのでありますか?」

カップを手に持ち、指を暖めている

「衣食足りて礼節を知る……
他人に同情して悲しむには……まず自分の安全と余裕が必要なんだと思う。私達だってまだ助かったわけじゃないしな。今は誰もが心の底じゃこう思ってるんじゃないか?
自分じゃなくてよかった、って」

さすがは麻子さんその通り。結局そこだ。
他人の死は突き詰めれば第三者の死。自分と直接的な関係はない。極論を言ってしまえば完全な共感は不可能という点で、持ち物を無くしてしまったのと同じだ
そうなればまず思うのは自身の生存だろう

さて、先程と同じでは通じるまい。向こうの行動も予想出来なくなった。まだデータ取ってるなら寧ろ裏をかいて作戦を伝えた通り実行するなどやりようはあるのだが


214 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/12(月) 00:04:12.33 ID:ekykUs+v0

「降伏、出来ないの?」

飲み終わって一息ついた後に、あんこうチームとカメさんチームが集まっていた所で沙織さんの口が開く

遂に出てきたか、その言葉が

小山副会長がルールブックの最初の方を確認する

「降伏の規定自体はあります。ただし戦車道に関連する犠牲者は全て事故扱いです。処遇は捕らえた側の一存で何の保障もありません」

「でも死ぬよりマシでしょ。みんな降伏しようよ!」

「オイ待て!戦闘自体は今こっちが勝っているんだぞ!確かにサンダースだが、戦闘を始めた以上その命の保障だって無いんだ!なぜ相手が優しい前提で考える?」
215 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/12(月) 00:10:10.92 ID:ekykUs+v0


降伏

コウフク

音だけは幸福に等しい。確かにある経路を辿れば幸福かも知れない。しかしその経路になる可能性は、決して高くない

降伏

そして生憎私は、そのうち半ば逆の経路を辿ってきてしまっている

216 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/12(月) 00:10:39.28 ID:ekykUs+v0


足から力が抜ける。両膝が勝手にストンと落ちる。さらに運動もまともにしていないのに、息が荒くなってくる

音が、臭いが、感触が、光景が、脳味噌の中で渦巻いている

「だ……だめ……で……」

「みほさん、どうしました?」

絶え絶えにしか言葉を発せなかった。華さんが体を支えてくれる。胃の中に薄荷をぶちまけたような感覚だが、吐きそうではないのは幸いか。吐くと体力を使う

「みぽりん、大丈夫?急にどうしたの?」

「このじょ……ハァ……で、こう……ヒュ……くだけ……は、だめです……」

「降伏がダメ?なんでよ!みぽりんだって死にたくないでしょ?」

「た、武部ちゃん。一回西住ちゃんをこっちで横にさせてあげて」

「あ……ありがと……フゥー……います」

「みほさん、今はいいですから。無理しないでください!」

「え、えっと……過呼吸の対処法って」

「紙袋か?とりあえず袋持って来て!」


217 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/12(月) 00:11:28.11 ID:ekykUs+v0


私は近場の丸太に頭を寄りかからせていた。気道はしっかり確保されている。
白んだ空をキャンバスにして、記憶の中の視界が開けてくる。瞼を閉じて、時が流れるのを待つ。袋のお世話になる前に、肋骨が意識的に呼吸を抑えられるようになってきた

「大丈夫?」

「大丈夫……です。少し……落ち着いて……きました」

「ほんと?無理しないでいいんだよ?」

「何れにせよ……暫くサンダースは……試合を再開出来ない……でしょうし」

「それで、みぽりんも降伏ダメなんて、どうしてよ?」

支えてくれながらも、沙織さんの顔には薄っすらと怒りさえ見える

「……最早向こうに……犠牲を与えて……しまっています……。こちらを明確に敵だと……考えているでしょう。向こうが……無条件で降伏を……受け入れて……くれるとは……思えません」

「そうだ。西住の言う通りだ。向こうの好き放題なんだぞ!仲間を殺した奴らを許すはずがない!少なくともそのことを信用して動くべきじゃない!」

「で、でも好き勝手っていっても、相手も人間よ?流石に降伏して殺されはされないんじゃないの?」

分かっていない、人というものを。彼女は元からその半分である男を理解してないけれども
218 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/12(月) 00:12:08.66 ID:ekykUs+v0


「人をなめて……はいけません。これまで……多くの人を……殺してきたのは、紛れもなく……人なのですから」

納得はしないだろう。彼女は本気だ。サンダースへの降伏というものに、生存への微かな望みを見出し、しがみ付いている
それから引き?がすためには、私も本気で説得をかけねばならない。戦いの最中で降伏すること、人に命を握られること、そしてその状況下で人は何をするのか、それを伝え切らなければならない

もしあの時依頼されたことを為さねばならないなら、これは重要な仕事だ。命を賭けた後である今なら出来るだろうか。思い出したくもない記憶だが、引っ張り出すしかない

「実は……わたし……プラウダの捕虜になったことが……あるんです……」

優花里さんは驚きの視線を向ける。彼女にとって噂であり、話半分に聞いていたものだったのだろう。それが真実だというのだからそんな顔になるのも仕方ない。
その丸太に腰掛けていた会長が頭を抱えた。この人は元からこのことを知っていただろう、立場的に。私のことをある程度知ってるとも言ってたしな。だからこそタチが悪い

息が荒れるのは治ったが、言葉は上手く口から湧いてこない。だが出来る限りの力を以って語り始めた、あの悪夢の日々を。

219 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/12(月) 00:12:49.93 ID:ekykUs+v0


「Fuck you, Sanders! 」

佐々戦争前、平戸学園で流行した言葉。両手を胸の前に出し、中指を立てながら叫ぶのが正式とされる




ここまでです
220 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/15(木) 21:28:49.45 ID:JCL7tHIi0
2200からやります
221 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/15(木) 22:05:21.07 ID:JCL7tHIi0

指揮官が勝利を目標にするのは当然である。また、強い意志で部下を指導するのも必要である。だが、ひたすら肉体を敵の銃弾の前に投げ出すことだけが勇気ではない。近代戦の指揮官にとって、まず心がけるべきは味方の損害の防止であり、個人的信条を部下に押し付けないことである。

ジョージ=パットン

222 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/15(木) 22:07:05.87 ID:JCL7tHIi0


??今年の7月、みなさんと会う少し前にあった硬式大会の1回戦で黒森峰の9連勝が止まりました。プラウダのシュターリンオルゲルというミサイルの大量使用作戦に完敗したのです
私のいたSS12部隊も狙われ、車輌を破壊された姉と私と姉の車輌の者の3人はプラウダに捕らえられました。私の車輌の者は私以外全員ミサイルの直撃で死にました。むしろ生き残ったのが奇跡です
223 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/15(木) 22:08:06.54 ID:JCL7tHIi0


連れて行かれた先は地下の牢屋のような所でした。そこでまず所有物を服を含め没収され、手首同士を紐で結ばれました。逆らう者はナイフで服を切り裂かれました。
先にいたほかの隊の者2人と共に、一つの部屋に押し込められました。運ばれる時は男の管理官に髪を掴まれました

「やめろ!捕虜に対するこんな扱いは戦車道規定違反だ!」

姉が思わず反論します。すると掴んでいた男は手を離し腕と挟むように鳩尾に膝蹴りを食らわせ、押し倒してその上に馬乗りになりました

「あー?誰に向かって口きいてんだ?黒森峰の狼どもが人間の言葉を話すんじゃねーよ」

そういうが早いか、すぐさま男は姉の顔を何発も何発も殴りました。一回骨が折れるような音がして、姉の口調が殴られている間にいつもの男口調から女口調に変わったのをよく覚えています

224 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/15(木) 22:08:42.64 ID:JCL7tHIi0


「殺人鬼にはいかなる同情もしない。お前達がプラウダにやったことを思い出すといい。この程度、報いと思っても足りるものではないわ」

試合終了後見に来ていたプラウダの副隊長のノンナがブリザードの渾名にふさわしい冷酷な目を向けながら言いました

「……やり続けなさい」

「勿論です、こいつらは100回殴っても殴ったうちに入りませんよ。それより、報酬はマジなんですよね?」

「ええ、完遂したらくれてやる」

完遂とは何か。その場の誰もが予想していたでしょう。ですが口にする余裕はありません
散々殴られたあとの姉は両ほほを腫れ上がらせ、鼻と口から血を流し、ただ泣きながらゆるして、ゆるしてと繰り返していました

「オラよく見ておけ。お前らの隊長様が泣いて詫びてらっしゃるぞ」

男は髪を掴みながらそう言うと不気味なほど大きな声で笑い始めました

225 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/15(木) 22:11:10.50 ID:JCL7tHIi0


「お前も立て」

私がこぼした言葉を気にすることなく、男は私の腕を掴み姉と顔を突き合わせました。姉と私は互いに気まずくて視線を逸らしていました

「この2匹は西住流とかいう黒森峰戦車兵のエース姉妹らしいな。こんなメスガキが何人同胞を殺しやがったんだ」

男は私と姉の髪をひっつかみ頭同士を何度もぶつけ始めました。男はそれを面白がっているようでした

「ははは、こんな珍しい打楽器を使えるなんてな!」

そう言うと、男はおそらくロシアの歌を歌いながら頭同士をぶつけ続けました。
ぶつけ合いすぎて血を流しふらつき始めた私を男は顔から地面に投げ捨てました。別の男が面白半分に姉のこめかみに銃を突きつけます

「片方壊れたし、この玩具処分するか?」

「し……死にたくないれす。撃たないで……」

「はははは、そりゃそーだよな!でもまだまだ楽しめそうだからやめとけよ」

「はははははは。ちげぇねえ」

男の高笑いを聞きつつ、あの、試合前にいつも

"忠誠を誓った黒森峰のために戦え!"

などと言う姉が、死地に向かう人々を統率してきた姉が自分が生きる為に必死に命乞いしている様に、尋常ではない恐怖を覚えました。いや、その時は恐怖なのかも分かりませんでした

226 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/15(木) 22:12:41.24 ID:JCL7tHIi0



次の日、私と姉は手首の紐の代わりに首輪を繋がれました。そして手首の紐を紙の箱にラップの芯を付けた砲塔のようなものを、頭に乗せられました。そして男がよだれをダラダラ垂らして吠え盛っている黒い猛犬を連れてきました

「ホラ競争だ走れ走れ!パンサー、ティーガー!」

その猛犬は吠えながら迷いなく私達を襲い始めました。時たま犬の脚が前に振りおろされ、自分に触れる時が怖くて仕方ありませんでした。男が面白がってさらに犬を私達の方へ近づけたりもします

「ははは、どうした頑張れ」

「追いつかれて食い殺されても止めないからな」

「自慢の大砲で戦ってもいいんだぞ?まさかそのアハトアハトが飾りってこたぁねぇよなぁ?」

「はははは」

男達は面白そうにこちらを見ます。1人は写真を撮っているほどでした。
夏の日にいつ殺されるかわからない緊張の中で何時間も走らされ続けるのです。勿論喉が渇いてきます

私達に与えられる水は顔にぶちまけられる男たちの小便のみでした。それでも飲まなければ死にます。もう本能で水を求めていました

227 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/15(木) 22:16:19.77 ID:JCL7tHIi0



また次の日、その日はプラウダの隊長のカチューシャと副隊長のノンナが視察に来ました。カチューシャは私達以外の3人の頭に黒い袋を被せ、用意されたリボルバー式の拳銃でロシアンルーレットを始めました。私達を候補から除いたのは、こんなので殺すのが勿体ないから、と言っていました

最初の人の顔にその銃口を近づけ、引き金を引きます

1発目、空砲

2発目、空砲

3発目も、空砲

4発目で発砲され、1人の頭を弾が貫通しました。その遺体はそのまま放置されました。
撃ち終わった後カチューシャは、思ったより面白く死ななかったわね、と慣れているかのごとく銃の返り血を拭くと、悠々とその場を離れました


228 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/15(木) 22:16:49.12 ID:JCL7tHIi0


その先は記憶が朧げで、気絶と覚醒を繰り返していました

殴られる犯されるは日常茶飯事。犯される時は彼らが犯りたい時にやってきて、マグロでは面白くないから、と水をぶっかけられて起こされてから何度も何度もやられました。
初めてやられたときは竿姉妹だとかなんとか言ってました。ですが既に殴られ続けた後だからでしょうか、特段強い痛みを覚えた記憶はありません

他の時に一旦覚めた時、3体の遺体がコンクリートの床に放置され、姉は黒い袋を頭に被り、赤いハーケンクロイツの描かれた布を着せられ台の上に立たされていました
両手の指に紐がつけられていました。どうやら電流を流されていたようです。それを見て私はもう一度気絶しました

229 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/15(木) 22:17:55.62 ID:JCL7tHIi0



それからどのくらい経ったでしょうか?後から聞いたら、私たちが収容されていたのは10日だそうなので、きっと最終日だったのでしょう。足音を立てて男が入ってきました。たまに水溜りに入るような音もします

「たまらねー臭いだな、息ができねー。死んだ奴は氷に漬けとけって言っただろ」

男はイライラしているようで、近くにあった死体を結構強く蹴り飛ばしました。私はもうそれに対する感情を起こすことも、臭いを感じることさえ出来ませんでした。男は手首を柵に結ばれた私達の前で止まりました

「ヨォ2匹ともしぶてぇな。いい知らせだぞ。我がプラウダの優勝で大会は終了した。ここも閉鎖して引き上げた」

そう言うと男は持っていた銃のスライドを引き、姉の左ほおの下にめり込むように突きつけました

「死ぬ前に最期のお祈りをさせてやる。姉ちゃんからだ。子供の頃を思い出して心を込めて祈れ」

男は姉の頭を引っ掴みます

「て……てんにましますわれらがちちよ……みながあがめられますように……みくにがきますように……みこころのてんにおこなわれるようにちにもおこなわれますように……わたしたちのしょくじをきょうもおあたえください……わたしがひとをゆるしたようにわたしのつみもおゆるし……」

姉の顔からは穴と呼べる穴から液体が垂れ流されていました

「よしよしよく出来た。今度生まれる時は戦車道なんかやるんじゃないぞ。アーメン」

230 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/15(木) 22:18:25.27 ID:JCL7tHIi0


その後に響いたのは銃声ではなく、バネがストッパーから外れる音でした

「ん?チッ、また不発か。オンボロ銃め」

男は耳元で銃を振り、投げ捨てました。すると奥から軍服姿の人が出てきました

「何やってる!もうトラック出すぞ!置いていくからな!」

「待て、すぐ行く!」

走り始めた男の背中は私はスローモーションでも見ているかのように目に焼き付きました
男の走り去った後の死体と私たちのみがいた場は、まさに静寂。時が止まりました

「…………助かった」

それを私は自分の声で進ませます

「お姉ちゃん……私達……私達助かったんだよ……お姉ちゃん?お姉ちゃん?」


231 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/15(木) 22:19:59.09 ID:JCL7tHIi0



???周りにはいつの間にか人が集まっていた。そこにいる全員が私の口から発される一言一言をただひたすら耳から取り込んでいた

「その後、解放され黒森峰に戻った私達は病院に運ばれ、精密検査を受けました。姉は鼻の骨を折られ、植物状態と診断されました。そしてその日から一度も目を覚ましていません」

他のものは誰ひとりとして話そうとしなかった。人には経験しなければわからないものがある。これはおそらくその一種なのだろう。ただ、その深刻さのみは伝えられたようだ

「……何もそこまで話すことはない……」

河嶋さんが空気を維持しつつ口を開く

「ガチの戦車道ってそこまでやるのか……こりゃマイッタね……」

「……あの噂は、マジだった、ってわけかい。奴隷船の大西洋横断よりよっぽどひどい」

会長さんと途中から来ていたお銀さんが続いて独り言を述べる。彼らの背後で優花里さんは拳を握りしめていた

「会長、みなさん、もう……」

大粒の涙を流し、つっかえながら続ける

「こうなってはもう、戦って勝つ以外なくなったのであります!」

ま、私たちの精神に対する犠牲と引き換えに、作戦は無事に成功したわけだ


232 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/15(木) 22:21:56.22 ID:JCL7tHIi0


ウサギさんチームの者も人が集まるのを見て軽い気持ちで来ていた。みほの話を途中から聞いた、聞いてしまった

聞き終わった後話す者はいなかった
そして反応することなく放心状態のまま元の場所に戻った。皆椅子に座っても空を眺めたりうずくまるだけだ

「……梓は……知ってたの?」

山郷がなんとか喋る

「……何を?」

澤は空を見上げながら返す

「……要するに、アヒルさんチームにはもう会えない、ってこと」

「……うん……」

「……どうして?」

宇津木が口を挟む

「……みんな、逃げ出しちゃうか嫌になっちゃうと思ったから……そうなったら先輩達に迷惑かかるかもしれないし」

「確かにね……で、逃げられるの?」

「それが出来たら逃げてるよ……自衛隊に包囲されて無理だって」

「降伏しても……ああなるんだよね……」

「つまり……生きたいなら戦うしかない、ってこと……」

「だったら、さっき秋山先輩が言ってたみたいに戦うしかないじゃん!やるしかないよ、梓!」

「みんな……いいの?佳利奈とか、紗希とか……」

「……いいよー」

阪口は席を立つ。それでも少しふらつき、視点もあやふやだ

「仕方ないよねー」

丸山はまだ空を眺めている。すると大野が新しいお茶のポットを持ってきた

「そういえばあやは?」

「何?」

「このままこの大会に参加するかってこと」

「するしかないんじゃない?死ぬか、死ぬまで戦うか、なんでしょ?」

ポットを机に置きながら平然という

「……だよね……」
233 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/15(木) 22:22:42.60 ID:JCL7tHIi0

丸山はこちらに虚ろな視線を向け頷く。これでこの場は纏まったかと思いきや、それを崩す言葉が一つ。

「……イヤ!」

「優季?」

「人を殺すなんて絶対イヤ!なんでみんなそんな事が言えるの!」

そう、はっきり言ったのだ。いつもの掴みようのない柔らかな声はその存在を封じ込まれている。

「……でも、ここは自衛隊に囲まれているんでしょう?」

「うん。逃げようとしたら殺されて、戦死扱いだって。で、降伏しても……」

「さっきの通りと……やっぱり生きるには、ここで戦うしかないんだよね」

「そういうこと、になるね」

「優季ちゃん、一回落ち着こう。それしかないんだよ、生きるには」

「イヤ……なんでみんなそんな事が言えるの?自分が人を殺すんだよ?そして自分が殺されるかもしれないんだよ?もう既に死んだ人もいるんだよ!」

宇津木は席を倒し、自動的に立った。説得をかける澤や山郷の顔を、恐れとともにせわしなく見回す。

「……仕方ないんだよ。そうせざるを得ないんだ……」

「イヤ、そんなのイヤ。いやあぁぁぁ!」

縛りを引きちぎった人形は、全力で5人に背を向けた。ただこの集団、大洗女子学園戦車道から離れる方へ。

「あっ……待って!」

「ど、どうしよう……梓!」

「……え、えっと、佳莉奈とあやは優季をすぐに追いかけて!」

「あいあいあーい!」

阪口と大野はすぐに宇津木を追いかけ始めるが、半分野生を解放しているその背中を捕らえるのは厳しい。

「私が報告に行くから、あゆみと沙希は戦車の準備を」

「戦車を?戦車で追うの?」

「確かに危険かもしれないけど、もし追いつけなかった時のために。速度はそっちの方が出せるから」

「……分かった」

234 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/15(木) 22:23:17.82 ID:JCL7tHIi0
美しき星空よ 波打つ大地よ
荘厳な山々よ 叡智を与えよ
おおサンダース おおサンダース
我らの学園よ
同胞らとの幸福よ 海へと広がれ

サンダース大学校歌『美しきサンダース』より


今日はここまでです
235 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/18(日) 23:53:45.74 ID:el8OgzNo0
0時くらいからやります
236 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/19(月) 00:02:55.25 ID:jYO41k6b0


私たちが避けようのないものに文句をつけ、反抗してみたところで、避けようのないもの自体を変えることはできない。だが、自分自身を変えることはできる。

デール=カーネギー

237 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/19(月) 00:03:47.55 ID:jYO41k6b0



「河嶋隊長!西住副隊長!」

先程まで神妙なる雰囲気に包まれていた場に、それを打ち壊して澤さんが突入してきた

「澤、どうした?」

「優季が……優季が……」

「優季?宇津木がどうかしたか?」

「だ、脱走しました!」

ふむ、脱走か。まぁ一人くらいは出るかと思ったが。誰だって好き好んで戦闘に身を投じるわけがない。仮にそれしか手段がなくとも

「な、なんだと!」

「今佳利奈とあやが追いかけてますが、結構優季が走るのが早くて……」

「と、とにかく連れ戻せ!サンダースに捕まったりしたら面倒だ!」

「その為にも戦車を使わせてください!」

「あ、ああ」

「……お待ちください」

私は丸太を枕にしたまま割り込んだ

「どうした、西住。無理はしなくても……」

「宇津木さん、どちらに逃げましたか?」

「えっと……こっちです」

澤さんは森の奥、サンダース陣地の逆側を指差した

「……そちらですか。だとしたらサンダースの捕虜となる可能性はほぼない。それに情報漏洩のリスクもない。澤さん、車輌の使用は認めません。阪口さんをすぐに呼び戻してください」

「お、おい、西住……」

「宇津木さんの喪失は……サンダースの再攻勢へM3が即応出来ないことと比較すれば、決して得にはなりません」

「に、西住副隊長!優季を見捨てろと!」

「……大野さんによる追跡は認めます。装填手の負担を考えれば、砲は一門でも何とかなりますから……ただし操縦手である阪口さんが使えないのはリスクが大き過ぎます」

「……そうだな。目下の敵であるサンダースを無視する訳にもいかない。阪口は連れ戻せ。その為に他の車輌の装填手に応援を頼むのは認めよう。それまでに捕まえられればそれで良し。ダメなら……」

「……はい。ではそのように」

その後優花里さんやカエサルさんも交えて宇津木さんらの追跡が行われた。だがかなり遠くに行ったらしく、そもそも追いかけている阪口さんの発見にさえ手間取っていた。

「西住、宇津木を見つけるつもりはあるか?」

見守ってくれていた沙織さんが、私が調子が良くなってきたのを見てトイレに行った間、河嶋隊長が近づいてきて尋ねた

「さて、どうでしょうね」



238 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/19(月) 00:04:17.54 ID:jYO41k6b0



まだ試合は続いているが、向こうが攻めてこない限り停戦は継続される。サンダースの救護者テントへ一つの足音が近づけていた。入り口の幕をかき上げてテントに入る

「あ!た、隊長!」

入り口近くにいた頭を負傷した患者は身を起こそうとする

「起きなくていいわ、そのままそのまま。ケガは大丈夫?」

その者を制止させ、にこやかな顔をして問いかける

「ハイ」

「危険な任務をよくこなしてくれたわ。きみ、この者は?」

「頭の傷も浅いので明日には戻れるかと思います」

「本当ですか!」

救護担当の者が手に持つ紙を読むと、その者は再び起き上がろうとしたので、これまた制した

その後も一人一人ベッドの元までより声をかけていく。彼らは戦った。敵を倒すべく前に進んだ。命令に従って。私には過ぎたる部下たちよ、感謝しなければならない

「自分は足をやられましたが、一刻も早く治して舞台に復帰したいです」

「あなたは英雄よ。早い復帰を期待するけど、無理はしないで」

彼女は乗っていた車輌が撃破され、脱出した拍子に戦車から落ちて足を負傷した。だがそのまま這って陣地まで戻ってきた、まさに英雄だ。手を握ってその活躍と生存に敬意を表する


239 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/19(月) 00:04:57.71 ID:jYO41k6b0


ふと一番奥のベッドを見ると、そこにいた者は身を起こしてベッドに座り、何かずっと、誰かを相手にすることなく話している

「彼女はどうしたの?ケガはしていないようだけど」

「ストレスによる戦闘神経症です。ずっとこの調子で食事にも手をつけません」

戦闘神経症?戦場へ赴く意志を持ちながら怪我をして行けない者がいるというのに?
アリサなんてこの環境に即座に適応し、敵に対して攻撃することを躊躇わなかった。殺した後も、攻撃の手を緩めなかった。
そんな人材は亡くなったのに、なんでこんな役立たないのが生きているの!

「おい!」

足を一歩踏み出し、左手のストレートをその者の右頬にめり込ませる。その行為を気付かぬうちに行なっていた。殴られた者は勢いの余りテントを支える鉄骨に頭を強くぶつける。だが左手を使ったことからみて、私にも微弱な良心は残っていたのだろう。だがそれに私の動きを止める程の力はない

「この臆病者がッ!鬱のフリをしていれば任務を逃れられるとでも思っているの!仲間は貴女の代わりに戦って傷ついて、死んでいってるのよ!恥ずかしいとは思わないの!」

泣き腫らした目を持つその者の襟首をつかんで、もう一発拳を喰らわせる。
我々が戦うのは大洗だけではない。プラウダ、そして怨敵黒森峰と戦わねばならない。そして勝たねばならない。
これからも戦いが続くというのに、こんな者のためにベッドを分け与えていては、他の者の士気にも影響する。
こいつの代わりは、我が校にはいる

「今すぐ部隊に戻りなさい!戻らないと、次出撃する際スチュアートに括り付けて先頭を進ませてやるわ!それさえもいやなら……」

「ケイ隊長!おやめください!」

救護担当の者がケイを止めようと両肩の下から腕を入れてくる。そこそこ力はあるようで、なかなか振りほどけない。この野郎邪魔するんじゃない!せめてもう1発は

「戦えないなら戦える奴の弾除けになって役に立ちなさい!」


240 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/19(月) 00:06:03.40 ID:jYO41k6b0


「えっとー、あの、ケイ隊長」

しかしふと聞こえた声で少し落ち着きを取り戻し、掴もうとしていた手を緩める。背後にいる救護担当のさらに背後、そこに通信担当の者が息を切らして立っていた

「どうしたの?」

「こちらでしたか。本校より通信が入っています。校長からです」

「アイクから?分かったすぐ行くわ」

こんな時に何かあるのだろうか。単に激励かその類だろう、そう思っていた

241 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/19(月) 00:08:04.31 ID:jYO41k6b0


??「棄権?」

無線室にて耳に入ってきた言葉を疑ってかかった。しかし2回問い直しても、帰ってきたのは同じ言葉だ。何を言っている?まだ始まったばかりじゃないか!

「冗談じゃないです!少しくらいの犠牲が何だっていうんです!今日は大事をとって後退しましたが、相手にも損害を与えていますし、こちらの補充はもう終わっています!
私に任せて戦って貰えれば、この戦い必ずサンダースを優勝させてみせます!」

怒りの余りヘルメットを叩きつける

「いや、あなたがGOとさえ言ってくれれば、こんな大会のトーナメントに合わせてグダグダ戦う必要すらない!直ちに航空部と連絡を取り、プラウダは兎も角、黒森峰は直に乗り込んで学校ごと壊滅させてみせます!
それでこの血なまぐさい学園都市と戦車道、そして我が校の恥辱の歴史も終わりです!それが貴方の目的だったはずです!違いますかアイク?」

「……」

しばし無線の向こうから声はしない。私はあなたの目的のために奮闘した。何故それを捨てなきゃいけないのか!

242 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/19(月) 00:08:50.64 ID:jYO41k6b0


「……私は黒森峰を倒せとだけ言ったはずだ。お前はそれに違反した。よってケイ、お前をサンダース戦車隊隊長から解任する。
あと私は戦争する気はない。後継はナオミだ。彼女をここに呼び出せ。以上」

もう無線の向こうからはなにも聞こえなかった。そのまま受話器を元に戻し、何も言わなかった、否、言えなかった

テントから出るとその前で一人待機している者がいた

「隊長、出撃準備整いました」

「結構!次の指示が下りるまで待機せよ。あと、ナオミをすぐにこっちに呼び出してちょうだい!」

にこやかな顔で敬礼を返す

「イエスマム!」

その者がその場を去ると、陣地とは逆方向にゆっくり歩き出した

何を間違えたのか。このまま棄権したら、アリサが、先に亡くなった仲間の死に一体何の意味があるのか

近くの丸太に腰掛けて、頭を抱えた。無駄死にを命じたのは、私だ。ならば彼女らが死んだのは、私のせいなのではないか

「ケイ」

そうして悶々としているうちに、ナオミは背後にいた

「呼び出されたはいいが、こんな所で何をしている?もう準備は整ったと報告を受けてないのか?」

「……ナオミ、無線室に行きなさい。アイクが貴女に直々に話したいことがあるそうよ」

「……わかった」

踵を返してナオミは私がさっきくぐったばかりのテントの入り口を通り抜ける。その背中に強さ、何かは分からないが揺らがぬ強さを感じ取れたのは、数少ない救いなのかもしれない


243 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/19(月) 00:09:27.03 ID:jYO41k6b0


大洗側は次の策を考えていた。こちらは4輌撃破したが、残りは車輌、乗員の質を考慮すれば相手が上回るだろう。今後も進むためには、出来るだけ車輌も温存させねばならない。
私は結局あの後30分近く立ち上がれなかった。立ち上がろうとしても足元がおぼつかないのだ。沙織さんや華さんに見守られつつ、指示のみを出して回復を待っていた

「……問題はサンダースがいつ動くかだな」

河嶋さんが頭をひねる

「でも敵が動く前に出ると確実に煙で発見されるでありますよ」

「……向こうはもう擱座した車輌の補充を終えているでしょう。そうなってしまっては、こちらから攻勢をかけるのは得策ではありません。少なくとも今ではありません。
ここは車輌の確認や補充に専念して、タイミングを待ちましょう」

「そうは言うがな、西住。物資に余裕があるのは向こうだ。長期戦になるとこちらが不利。ならばこっちから仕掛けるべきじゃないか?」

「……遭遇戦で双方同程度の損害が出ることだけは、避けなければなりません。ですが先程のような奇襲は、再びは通用しないでしょう」

すると近くにいた審判がトランシーバーを手に取り、口元に寄せていた。何かブツブツ話している。それが終わるとホイッスルを口に咥えた。そのあと鳴った音に釣られ、皆が注目する

「サンダース大学付属高等学校、途中棄権!よって大洗女子学園高等学校の勝利!」


「か……勝ったのか?」

急の出来事に頭が混乱する。皆もそうだし、私もだ。サンダースが何をしたかったのか見当もつかない

「おめでとうございます。2回戦進出です。そしてもう一件報告があります。宇津木優季さん、KIA扱いです」

「……はい」


244 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/19(月) 00:09:55.39 ID:jYO41k6b0


第74回戦車道大会公式記録

◯大洗女子学園高等学校vsXサンダース大学付属高等学校

被害 大洗1輌 サンダース4輌

サンダース大学付属高校途中棄権


大洗女子学園高等学校 犠牲者

宇津木優季

サンダース 銃殺 試合会場からの脱走を目論み、警告を無視した為射殺 KIA

245 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/19(月) 00:10:38.15 ID:jYO41k6b0



「……勝ったんだね」

地平線に沈もうとする太陽を望みながら沙織さんが言う。背後ではヘリが飛ぶ轟音が時たまする

「うん……」

「そうですね……」

実感が薄いというのもあるが、何か落ち着かない。もしかしたら澤さんが離れた場所で涙を流しているのも影響しているかもしれない。夕日が明るさを失い、次の試合会場への移動に向けてトラックに戦車が載せられ、カバーが掛けられる。
闇に落ちる空を各々が各々それぞれの思いで見ている。その空の星を数え始めた頃、静粛な空気を破るように声が掛かる。声の主は河嶋さんだ

「どうしましたか?」

「いや、ただ手紙を預かっただけだ。冷泉、お前宛だ」

右手に持っていたごく普通の手紙を麻子さんに手渡す。河嶋さんから渡されたハサミで封筒の封を切り、三つ折りの紙を開く。
彼女が開かれた紙を見ていた時間はとても短かった。すぐに手を離すと、手紙は左右に揺れながら空中に身を委ねる

「麻子、どうしたの?」

沙織さんが声をかけ、肩を叩く。かつて手紙に向けていた視線の向きから変化はない

「……なんでもない」

「なんでもないわけないじゃん!なんなのよ!」

「冷泉さん、話してください」

沙織さんと華さんがそれぞれマコさんの肩を握り揺さぶる

「……おばあが倒れた」

「……えっ?」

「冷泉殿のお婆様が倒れられたのでありますか!一大事であります。一刻も早く病院に向かいませんと!」

「といっても……親族の方は?」

「……麻子が小学生の時に両親が交通事故で亡くなったの。だからおばあちゃんが唯一の肉親」

最悪な環境で悪い話を聞いたものだ。なんとかしたくなるじゃないか
麻子さんが会いに行ける策を必死に考えようとした。僅かな可能性でも探そうとした。しかしどう考えてもその壁を乗り越えるのは無理だった

246 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/19(月) 00:11:15.25 ID:jYO41k6b0

「……西住さん、銃はあるか?」

「……へっ?えーと……」

「まさか麻子……」

「会いに行く」

麻子さんの視野は大きく狭まっていた。答える前に麻子さんは陣地に走り、すぐにIV号の中にあったトンプソンを持ってきた。そして4人の前を通って走り去ろうとした

何も出来なかった

そうはさせまいと沙織さんが麻子さんの腰にしがみつく

「麻子!死んじゃうからやめて!」

「行かせろ!行かなきゃおばぁに怒られる!」

「自衛隊に包囲されているんだよ!戦っても勝てないって!」

「行かねば……」

「こんなところで死んだ方がおばあちゃん怒るよ!やめて、麻子!」

「……西住さん、空から脱出できるか?」

麻子さんは力を弱める。体重を乗せていた沙織さんが思わずずり落ちる。とりあえず怪我はしてなさそうだ

「えっ?……どこで手に入るか分からないし、もし手に入ったとしても自衛隊の戦車に撃墜される、と思う。
自衛隊基地から脱出しようとしたら撃墜にかかるだろうから、操縦する人が相当腕が良く無いと脱出は無理。いや、良くても無理かもしれない」

顎に手をかけて答えた。子供と大人、部活とプロでは勝てるはずもない

「……そうか……」

「残念だけど…大会が終わってから行くしか無いです」

首を振る。友人の唯一の家族の一大事、それにそうとしか答えられない自分にほぞを噛んだ

「……そうか。わかった」

247 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/19(月) 00:11:47.53 ID:jYO41k6b0
undefined
248 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/19(月) 00:12:23.13 ID:jYO41k6b0

麻子さんの手からトンプソンが落ち、取っ手から落ちて銃身が石にぶつかる。甲高いその音を聞いたその時、あの日の記憶が蘇る。あの、私の根底を定めた日が。思わずしゃがみ込み目を瞑り耳を塞ぎ震える

「みほさん?」

「西住殿!」

震えが止まらない。空気の冷たさがあの時の背筋が縮み上がる感覚を助長する。恐怖だろうか、何かが身体を凍結させようとしていた

目が、見えた。あの時の、あの、目が。逸れることなく、ただ私の目のみに狙いを定めている。恨みか、怒りか、それとも他の何か、私の知り得ない何かか

「いや……見ないで!見ないで!」

「に、西住殿?」

「ゆかりん!取り敢えずみんなみぽりんを見ないで!全員、すぐに!」

皆すぐに沙織さんの柄にない必死な声での指示に従った

「みぽりん、大丈夫だよ。誰も見てないよ。私も」

「いやぁ……」

「大丈夫、大丈夫……」

下を向いたまま、沙織さんはそっと背中に触れる。それが相手の背中だと分かったことが、体の震えを治めるのに役立ったようだ

「ふー……ふー……」

「西住殿、今のは」

「……やめておけ。西住さんのトラウマはあれだけじゃ無いはずだ。我々が知る必要も無い。西住さん、分かった。待つしかない」

麻子さんは幾分落ち着きを取り戻したようだ。良かった。この操縦手の欠落は致命的すぎる

「だ、大丈夫?みぽりん?」

「沙織さん……ごめん、ありがとう」

「いいよ、何があったかわからないけどみぽりんは絶対に私達の友達だから。絶対逃げないから」
249 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/19(月) 00:12:57.36 ID:jYO41k6b0

少し荒れた息と肩を抑え、沙織さんの手を掴みゆっくり立ち上がる。友達、私にはいま心からの仲間がいる。私を信じてくれる人達がいる

「……本当だよね」

「もちろん」

「もし……もしも……」

「西住殿、これ以上お話しされる必要はありません。何があっても私達は西住殿を信じてついていくであります!」

優花里さんが胸を張る。
何があっても……ねぇ……

「信じて……いいよね」

「当たり前だ。私は生きておばぁに会わないといけない。その為にはお前さんの指示が欠かせない。頼む。私を生き残らせてくれ。その為に生きてくれ」

その深い一礼は周囲に神妙な雰囲気をもたらす。話せぬ疑いを抱えていた私も、黙って首を縦に振る他になかった

250 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/19(月) 00:13:28.33 ID:jYO41k6b0


また、言えなかった……

まだ、私は逃げている……

許されざるべき、ことから……


251 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/19(月) 00:14:15.62 ID:jYO41k6b0
広報部からの報告

内容
サンダース大学の動向

同校からの連絡によると
「隊長を解任し、棄権しよう」

「サンダースの思わぬ損害」
において選択をしたとのことです


今日はここまでです。これ、読んでくださっている方いるんですかね?
252 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/22(木) 23:14:21.81 ID:CWK85y3h0
そろそろ始めます

次の章、アンツィオ編です
253 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/22(木) 23:17:10.15 ID:CWK85y3h0


「日本で一番権力のある高校生は?」
「安斎千代美だろう、アンツィオの」

日本政府高官の発言

254 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/22(木) 23:24:05.01 ID:CWK85y3h0


アンツィオ学園都市、この学園都市は栃木県旧下都賀郡石橋町、国分寺町、河内郡南河内町を管轄下に入れており、北関東自動車道が東西に横たわり、東北本線が南北を縦断している。
イタリア風の楽観的な校風が特徴で、その廉価と質の高さを両立した食事と、安定した勉学の為の治安のみを求める校風が、のちの独裁政権成立に一役買ったと言われる。
人口は約7万人。アンツィオ高校学園艦の陸上移設時に移設先として要望を受け、宇都宮への利便性などが評価されて決定したとされている。
しかし石橋、国分寺、南河内の3町で進められていた合併協議に、移設を命じられたものの他都市との交渉が難航していたアンツィオ学園都市が便乗した、というのが実態である
255 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/22(木) 23:24:30.72 ID:CWK85y3h0

しかしこれが仇となる。観光施設を含む多くの海上施設を内陸に輸送する際に多くの費用と時間を取られた上、それに手間取っている間にバブル景気が到来。地価が高騰し施設用の土地買収に苦労した。さらに廉価な食事の提供の為の補助金が財政改革を妨げ続けた

「アンツィオの触れてはならぬもの。それはこれだけ飯の金」

という言葉が政治の世界で流れているのは、それだけ補助金の切れ目が縁の切れ目であることを示している。
その広大な敷地、そして東京のベッドタウンとしての南部の発展とは裏腹に、アンツィオ学園都市は財政難に長年苦しむ羽目となる

256 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/22(木) 23:25:02.96 ID:CWK85y3h0


12月3日夕刻、岩手県陸前高田市郊外、アンツィオ高校陣地

以前の軟式戦車道大会は陸上自衛隊船岡駐屯地にて行われていたが、東日本大震災の復興支援の一面もあり、昨年からここで行われることが決まった

「……明日か、カルパッチョ」

その中央にある本部テントの中で、私は背もたれに深く寄りかかる。プラスチック製の安物の椅子だ。受け止めてくれる柔らかさはない

「そうですね。総帥。早いものです」

副隊長の2年生カルパッチョは落ち着いて答えた。背筋はピンと張り、膝の上の手は握り締めている。
事情は聞いたが、そりゃ身体も強張るわ

「姐さん、飯できましたよ」

カルパッチョが深く息を吐くと同時に、奥からもう1人の副隊長ペパロニが自作の料理を持って出てきた。アンツィオのノリを具現化したような人間が、今日ばかりはおとなしいから不気味だ

「姐さんはカルパッチョ、カルパッチョはラザニアでいいな」

「ペパロニ、貴方のは?」

カルパッチョが辺りを見回す。皿は2枚しかない

「あたしのはナポリタン多めに作ったんで、みんなと分けてきます」

「そうか、行ってこい」

「それじゃ」

ペパロニは鍋2つを持って歩いて行った。部屋には静寂が戻るし、空腹感もそれほどでもないが、食わざるを得ない

「いただきます」

無言で皿のものをつまむ
257 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/22(木) 23:25:42.07 ID:CWK85y3h0

「……どう出ますかね、大洗は」

数口食べたカルパッチョが口を拭きながら言ってきた

「あの西住みほのことだから、仲間を思って受け入れるよう言うだろうな」

「西住みほの身柄引き渡しを条件に降伏すれば、その他の者は解放する、ですか。これで食いついてくるか……本当に解放するのですか?」

「もちろんだ。嘘はつかない。西住みほは転校したばかりだから、もし人柱にしても、他の者を人柱にするよりは大洗との関係が大幅に悪化することは防げる、というのが一つ。もう一つは、ここでの損害は避けられるなら避けたい。次に注力したいからだな。
が、もしそれでも受け入れなかったら……やるしかない。
そうしなければあんな有利な条件で協定を結んでくれた黒森峰に申し訳ない。あの裏切り者西住みほを潰さねば……」

258 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/22(木) 23:26:40.23 ID:CWK85y3h0


元々私は現在大洗でのうのうと生きている西住みほを快く思っていなかった。
その理由として大きかったのは、12月の軟式戦車道大会決勝、そこでフラッグ車の車長のみほが職務を放棄して、川に落ちた仲間の救出に向かったこと

仲間を大切にする所は共感する。しかし何故それを自分で行ったのか理解し難かった。それは他の者に任せ、自分はその場から離れず堂々と指揮すべきだったのだ。
今までの歴史でもトップの逃亡により総崩れになった戦いは数知れない。それは遥か古代のアレクサンドロスの時代から示されている事実だ

同じ西住の教えを学ぶ者で、いつも学園から結果を求められてきた私にとって、勝ちを捨てることとわかりきっていることを行うとは許せなかった

さらに追い討ちをかけたのが今年7月の硬式大会である。尊敬する彼女の姉、まほを助けられずに黒森峰から逃げたばかりか、逃げた先で戦車道大会に出場し、降伏することなく戦おうとしているのだ

許し難かった。生きているだけならともかく、戦車道をやって反逆しているとは

259 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/22(木) 23:27:11.23 ID:CWK85y3h0

「総帥、ペパロニに今夜それぞれの好きな物を作らせたのって……」

カルパッチョが完食した皿を置く

「言いたくないが……最期の晩餐かもしれないからな」

しかしトップたるもの、威勢の良いことばかりも言ってられない

1回戦の損害が1輌だった大洗に対し、アンツィオはマジノ女学院と対戦し、敵のセモべンテ殲滅作戦によってセモべンテ4輌、カルロベローチェ1輌を失っていた。ただでさえ少ない火力が大きく減ったのだ。その不足は誰が見ても明らかだ。
敵には高火力のポルシェティーガー、III突、IV号、ヘッツァーが残っている。更に姉ほどではないが高い指揮能力を持つ西住みほもいる。IV号と張り合えるのがP401輌しかない我々だ。まともに戦えば勝ち目はない

かといって向こうが降伏して車輌を鹵獲しても、こちらで使える車輌が無いのが泣き所だ。こちとら最近中戦車導入したばかりだからな。重戦車、または追加の中戦車を使える人材がおらん

西住みほと戦うとなれば、まともに戦うわけにはいかなくなる

260 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/22(木) 23:30:03.47 ID:CWK85y3h0


私も最後の一切れを口に入れてナイフとフォークを置くと、口元を拭って鞭を手に席を立った

「総帥、如何なさいました?」

「少し外の風を、な」

テントの幕を払い、空を眺める。星々の細やかな輝きが天球に散らばり、満月に近い月が周りの星々を包み込む。
少し漫然とその光に目をとらわれていたが、まもなく風に乗って音が流れ始めるのを感じた。音源は少し離れた場所、アンツィオの部下たちが戦車と共にいる辺りだ

261 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/22(木) 23:30:35.60 ID:CWK85y3h0


♪ドゥーチェ! ドゥーチェ! 我らの長
ドゥーチェ! ドゥーチェ! 偉大なる者
貴女が望めば この身を捧げん
戦車の上におはす おおドゥーチェ!

♪必ず幸福をもたらす 我らがこの地に
勉学と自由を以って 手の鞭の導き
芯にあるはローマ魂 永遠の帝国
我らが平穏である為に 彼女を支えん

♪ドゥーチェ! ドゥーチェ! 崇高なる者
ドゥーチェ! ドゥーチェ!心の炎
アンツィオの者らよ 高らかに歌おう
空が奏でるごとく おおドゥーチェ!

♪ドゥーチェ!ドゥーチェ!未来を護らん
ドゥーチェ! ドゥーチェ! 皆のドゥーチェ!
明日を行く若獅子 今ぞ猛る時
アンツィオよ永遠に おおドゥーチェ!

♪日本人よかく呼べよ おおドゥーチェ!

262 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/22(木) 23:31:03.91 ID:CWK85y3h0


私の歌だ。何種もの声が重なり合ってハーモニーを奏でている

「ドゥーチェ賛歌、ですか。何度聞いても陽気な良い歌ですね」

「ははっ、陽気っちゃ陽気だが、良い歌かは別だと思うね」

何が偉大なる者か、何が崇高なる者か。私は今仲間の命を守ることではなく、学園の名誉を如何に守ることを第一に考えているではないか

だがこれを覆す訳にはいかない。私が愛し、十役会議の仲間が愛し、黒服党の者が愛し、守っていかんとするこの学園が永遠たる為には、撤退せず進撃を続ける他ないのだ。そうしなければ、我々はプラウダに呑まれる。断固独立を維持する意思は見せねばならない

進撃するにはこちらの団結心を活用し、戦い尽くすための策が必要になる。そうなると、あれしかない

「カルパッチョ、一つ策がある。しかし余り使いたくはないが、使わざるを得ん」

「総帥、それは……」

263 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/22(木) 23:31:42.95 ID:CWK85y3h0



???その1時間前。大洗女子学園陣地

「河嶋隊長、西住副隊長。アンツィオからの使者が来ています」

東富士から尻が痛くなるようなオンボロの列車で到着し、車輌の状態を確認していた河嶋さんと私の所に澤さんがやってきた

「アンツィオから?降伏か?」

何だろうか。降伏ではないのは間違いない。西住の教えを受けた人なら、まず選ばない道だ

「まあいい、通せ。席と茶を用意してくれ。私達もすぐ行く」

「分かりました。もう1人お呼びして欲しい方がいるそうなのでその方も呼びます」

澤さんはそのまま走り去った

「そのもう1人って……誰だ?」

「誰でしょう」

私にも分からない

264 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/22(木) 23:32:21.42 ID:CWK85y3h0


暫く歩いた先で、本部のテントの幕が上げる

「済まない、遅くなった。私が隊長の河嶋、こちらが副隊長の西住だ」

河嶋さんが詫びを言って席に着く。私も頭を下げそれに続く。澤さんが2人に追加で茶を出す

「澤、もう1人は?」

「もうすぐかと……」

「私はアンツィオ高校戦車部副隊長の落合陽菜美と言います。よろしくお願いします」

落合さんが一礼すると、外から走ってくる音が近づく。そして勢いよくカエサルさんが入って来た。落ち着きが欲しいね。一応ここは司令本部みたいなものなんだから

「ひなちゃん!」

「たかちゃん!無事て良かった!」

2人は抱きついた。その一瞬の有り難みを互いの身に焼き付けようとしていた。2人の関係はそれを見れば誰でも分かった。
さっきは落ち着けなんて考えて悪かった。どちらも戦車道やりながらの交友か。素晴らしいね

「あの、女同士の友情も良いんだが本題に入ってくれないか?あまり待たされるのは好きじゃないんだ」

それがあまりに長いので河嶋さんがしびれを切らした。急にしおらしくなってカエサルさんがテントから出る。久しぶりらしいし、別に良いんじゃないかね。口出さないけど

「すみません。こちらが我々の総帥からの書状です」

落合さんが2人の前に紙を差し出した。河嶋さんが受け取り、三つ折りのそれを開く。私はそれを横から覗く。一言一句、僅かな欺瞞も暴いてやろう、との意思が河嶋さんの目から溢れ出てる

265 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/22(木) 23:32:55.69 ID:CWK85y3h0


「……到底受け入れられん。帰れ」

欺瞞はないようだが、畳むこともなく河嶋さんは落合さんの前にその書状を突き返す。
待て待て。仮にも講和の使者としてきている人間に対して、そう無礼を働く訳にはいかないだろう。
戦う前だ。文面を見るに、向こうが敵と見ている人間は限られている。だが戦いとなってしまっては、残りの者も敵とみなされてしまう。徒らに命を捨てる道を選ぶ必要はない

そしてその道には私の決断が必要であるが、それは結構あっさりと自分の中で固まった。以前なら絶対選ばない道だったんだけどな

「ま、待ってください!」

「なんだ西住?まさか降伏する気なのか?秋山も言っていただろう。戦って勝つしかない、と」

「いえ、まず他の人と相談してから決めた方が……」

「相談するまでもない。我々には勝たなければならない理由がある」

「これは皆さんの生死に関わる問題です。我々だけで決めてはいけません」

「しかしだな……」

無言で河嶋さんの目を見つめる

「……分かった。そこまで言うなら相談しよう。済まない、返事は今日中には返すが先になる。書状はこちらで預かり、決まり次第こちらから使者を送るから、ここは帰ってくれ」

「分かりました。失礼致します」

落合さんは席を立ち、手を重ねて一礼すると平然と去った

266 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/22(木) 23:33:24.44 ID:CWK85y3h0

「……といっても、これを受け入れたら西住、お前の命は……場合によっては皆殺しかもしれんぞ」

河嶋さんが書状を二本指で挟んで振る。だが私は知っている。あの人は真面目だ

「……安斎さんはそんな人じゃありません。嘘をつくような人では。皆殺し、だけは避けられるでしょう」

「会ったことあるのか?」

「今年の春の西住流の合宿に参加していました。たった数週間の間でしたが、それでも彼女は多くの面識を持ち、そしてその相手のほとんどから好印象を得ていました。かく言う自分もその1人です」

全く照れ臭い話だ。だが人を惹きつけ仲間を集めその仲間と協力する点において、彼女ほどの力を持つ人間は見たことがない

「……まあいい。それは後だ。確かに会長には目を通してもらわなければならん。澤、この後車長全員集めてくれ」

「分かりました」

267 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/22(木) 23:33:58.90 ID:CWK85y3h0


10分後、そのテントにはすべての車長と生徒会の者が一堂に会していた

「各車輌の状態は?」

「全車良好です。明日の試合は問題ないかと思います」

ナカジマさんが他の自動車部員からの書類を確認する

「それは何より。他に誰か報告はあるか?」

「私から良い?」

小山さんが身を乗り出しながら手を挙げた

「大会本部を通じて食事の手配が済みました。全員に完全に分けて2日分はあります」

「……長期戦にはならないだろうな。相手がアンツィオだし。良くなってはいるらしいが、予算に余裕はあるまい」

「なら100%提供します」

「いや、いざという時もある。80%くらいに抑えておいた方がいいんじゃないか」

エルヴィンさんが決定直前に割って入った

「腹が減っては戦はできぬ、と言うじゃないですか」

「それにみんなそんなに食べないだろう……こんな環境じゃな」

「無くなるように与えるべきじゃないよ。ま、残しても食べられるかは分からないけどね」

「……だな。柚子ちゃん、8割で頼む」

「分かった。桃ちゃんがそう言うなら」

「桃ちゃん言うな。取り敢えず話はこんなものか。じゃあ本題に入ろう。今回集まってもらったのはこのような書状がアンツィオから渡されたからだ」

268 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/22(木) 23:34:48.81 ID:CWK85y3h0


前略 大洗女子学園

我々アンツィオ高校はこの度の戦車道大会にて不運にも貴校と対戦することとなりました。我々も不要な犠牲は求めません。
我々は貴校の副隊長西住みほの身柄をこちらに引き渡し、我が校に降伏するならば車輌、所持品含めて全員即時に解放することを約束致します。
仮に我らと戦って価値を得たとしても、勝ち上がった貴校と次に当たるであろうプラウダ高校には圧倒的な物量差があります。降伏することを勧告致します。
敬具

269 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/22(木) 23:35:41.58 ID:CWK85y3h0


「……降伏しろと」

エルヴィンさんがまじまじと書状を見る。他の車長の人たちもそれに続く

「まあそういうことだ。私はするべきではないと思うが」

話を切り出すのはこの時をおいて他になし。
私が真に過去と決別出来るチャンスが

「……私はするべきだと思います」

大きく息を吸ってから、一息に言い切った

「ほう……それはどうしてさ?」

「安斎さんは嘘をつく人じゃありません。あの人は今年の西住流の合宿に参加していたのですが、あの人と合同チームを組んだ人達は皆こう言っていました。嘘をつかず信頼でき、仲間思いの優しい人だと。そう言ったかつての仲間を、私は信じたいんです」

「しかしそうだとしてもお前の身は危いぞ。文面は身柄の引き渡しだけだが、西住流を信じ、黒森峰と結んだ安斎のことだ。西住流を破門されたお前を殺すことで、黒森峰からの信頼を得ようとするかもしれない」

「それでもいいです。皆が無事解放されれば……」

270 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/22(木) 23:36:15.19 ID:CWK85y3h0

「そーいえば、チョビ子ってアンツィオで味方と敵の差別化政策取ってたよね。確か左派の下野市民同盟とか抑圧してたと思うけど」

会長さんは干し芋を一枚つまみながら口を挟む。てか、あのペースで食べててまだ残りがあるのか。何袋あるんだい

「はい、会長。我々は確実に差別される側かと。安斎が仲間思いであることが裏目にでるとも考えられます。アンツィオは今年黒森峰から5億円もの資金援助を受けています。相当な恩義を感じているでしょう。それに我々は勝たなければ……」

「でも……これが最後のチャンスなんです!プラウダや黒森峰に降伏したら確実に殺されます!でも今ならまだ大丈夫です。なんなら私が直接安斎さんと交渉しに行ってもいいです。皆さんを確実に解放させます。
勝つよりも大事なことがあります!皆さんも思っているはずです。"生きて帰りたい"、って!そしてみんなは学園生活を平和に全うして欲しいんです!
私はこの学校に来て、学校も戦車道も大好きになりました。今ならその気持ちが残っています!その気持ちのまま自分の戦車道を終えたいんです!」

こんな全力で主張したのは、ここじゃ初めてか。人生で2度も首を切られる覚悟で話す人間は私が最後であって欲しいが

271 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/22(木) 23:36:41.92 ID:CWK85y3h0


その場の者は黙り込む

"生きて帰りたい"

その思いを持っていない者は誰一人いないに違いない

またあんこう鍋を作って食べたい

生徒会の職務を全うしたい

みんなともっと長く過ごしたい

歴史資料をもっと見たい

風紀委員の仲間とまた会いたい

みんなとゲームしたい

雨の中車を乗り回したい

どん底で一杯飲みたい

そして何より、また戦車道がしたい

しかしそれらは私が、下手したら死んでまでも生き残る価値のあるものなのか、そんなことわかるはずがないのだろう。
私にも分からない。皆が助かるを免罪符に死のうとしている我儘に過ぎないのだから
272 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/22(木) 23:37:07.65 ID:CWK85y3h0

黙り込む中で一人震えていた、河嶋さんはその場で震えていた

「学園生活を全う?……西住、お前は何をいっているんだ!優勝出来なかったら、我が校は……我が校は廃校になるんだぞ!」

目線を真っ直ぐ私の方に定め、机を叩き声を張り上げた

「えっ?は、廃校!」

おいちょっと待て。廃校は想定してたけれど、優勝出来なかったらとは聞いてないぞ!正直軟式でベスト4行けば良いだろうと踏んでいたし、その為の練習を組んできた。
黒森峰、プラウダ、サンダース、聖グロのいずれか一つを倒せるのと、全て倒さなければならないのとでは訳が違う。おまけにこれは硬式戦だ。戦力は試合ごとに減る

「ごめん……騙すつもりはなかったの……」

小山さんは肩をすくめ、目線をそらす

「会長さん……」

目線はゆっくりと会長さんに向かう。僅かな夢を賭けて。が、返されたのはただ黒い目だった

「河嶋の言う通りだ。この戦車道大会で負けたら、我が校は廃校になる」

273 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/22(木) 23:38:02.05 ID:CWK85y3h0


広報部からの報告

内容
アンツィオ学園の動向

同校からの連絡によると
「西住みほの身柄を条件に降伏を勧告しよう」

「戦車道大会2回戦の行く末」
において選択をしたとのことです


今日はここまでです

274 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/25(日) 22:32:37.14 ID:R1acvM7T0
2300からでお願います
275 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/25(日) 23:01:43.70 ID:R1acvM7T0
始めます


国家の指導者たる者は、必要に迫られてやむを得ず行ったことでも、自ら進んで選択した結果であるかのように思わせることが重要である。

マキャヴェリ
276 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/25(日) 23:02:11.95 ID:R1acvM7T0


2012年1月、東京 虎ノ門 文部科学省 学園艦教育局

「廃校!」

新たな生徒会を立ち上げたばかりの角谷らに告げられたのはその重い事実だった。

「ええ、学園艦そのものを将来的に全廃する一環です。学園艦は維持費も運営費もかかりますし、それに加え昨年あった東日本大震災に伴う福島第一原発の事故で原子力は危険であるという概念が国民にあります。福島第一よりも大きい原子力エンジンを搭載する学園艦が廃止されるのは当然の流れです。
さらに最近は大洗港が津波による土砂で埋まり、港湾に停泊もできないそうではないですか。母港に停泊も出来ないのにその名を借り続けるのは如何なものかと」

「でも、学園艦が無くなっても学園都市そのものまで無くなるのは……」

平然と書類の文言を連ねる担当官に河嶋が反論する

「都市をまとめて移す費用を考えれば、都市そのものを廃止にして、学生を周辺都市に振り分ける方が早いのです。
昔は戦車道が盛んだったそうですが、最近実績があるならともかく、ここ20年まともに実績のなく、生徒数も減少している学園を残す必要はありません。むしろ今まで残っていたのが奇跡です」

「実績ね……」

担当官のその一言が心に引っかかる

「……じゃあ、戦車道やろっか!」

角谷は腕を組みながら左右に座る2人に語りかける

「ええっ!」

「せ、戦車道ですか!」

左右の2人は驚きを隠さない。それもそのはず。戦車道は莫大な予算がかかるうえ、ここ十数年ベスト4クラスは固定されているからだ
仮に全国大会に行ったとしても1勝できれば御の字だと2人は知っていた。しかしそれだけでは済まず、続けて発された角谷の言葉に耳を何度も疑った

「まさか優勝校を廃校にしたりはしないよねー」

膝に手を乗せ担当官に詰め寄る角谷が口にした言葉は一度は絶望させるには十分だった。この人は、戦車道で優勝する気だ。なんてものに学園の運命を託してしまったのだ、と

そしてこの軽い感じの一言から大洗の戦車道は始まった

277 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/25(日) 23:02:56.19 ID:R1acvM7T0



「……学園が無くなったら……私達は何の為にここまでやってきたんだ?学園の仲間を失ってまで私達は何も変えられないのか!バレー部の奴らに私達は何て言えばいいんだ!」

河嶋さんが立ち上がり両手の拳で机を叩く。そして叩いた後も拳は強く机に押し付けられている

……あまり言いたくはないが、リターンを待ち過ぎると投資の意味がなくなる。仮に大洗が存続しても、その先の運営には困難が待ち受けているだろう

だがそれを理解してもらうのは厳しい。その先は彼女らの関知するところではないのだから。ここは申し訳ないが、彼女らを利用し、夢を語るか

「……彼女らもこれ以上犠牲を出すことを求めてないと思います。学園がなくなるとしても、無益な争いはやめるべきです。
学園都市の希望が血で解決される時代には終わりが来ます!ここで手を引くべきです!」

「そんな時代がいつ来る!少なくとも今ではない。お前には分からないだろうが、我々はこの大洗女子学園を、この学園都市を愛してる!心から!バレー部を借りて欺瞞を語るな!
それに生徒会はこの学園都市を守れる限りの手段を使って守る義務がある!その道が唯一存在するのはこの戦車道大会だけだ!」


278 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/25(日) 23:03:36.56 ID:R1acvM7T0

「その道を唯一にしたのはあなた方でしょう!サンダースに対し、こちらが優勢にて棄権させるだけでも十分過ぎる結果です!
ここから先プラウダ、黒森峰と戦って勝利を期待するより、棄権する方がよっぽどまともな考えです」

「そもそもこちらが条件を提示してしまっているんだ。それをこっちから覆して、要求が認められる訳がない。
やるしかないんだ!この何年も受け継がれた伝統ある学園を、そう簡単に無に帰してはいけないんだ!願いは無条件で叶うものじゃない!」

「学生を死なせるのが学園都市を司る生徒会の取るべき道なのですか!寧ろ学生の能力を将来に活かすのが本来の道ではないのですか!」

「それはそうだ。だからその道をこの先使う何万、何十万という生徒の為に大洗女子学園を残すのが一番の役目だ!」

「少子化で生徒数の減少が明らかな中で、そんな顔の見えない存在に拘り続けた結果が、学園都市間の現状ではないですか!
何が伝統です!だいたいが戦後から、良くて100年の歴史があるかないかの学園都市が、易々と伝統を名乗るものじゃありません!」

「馬鹿が!これまで生きてきた人が生み出してきたものが伝統だ!そしてその最たるものは学園、そして学園都市だ!
貴様は政治というものを、選挙で選ばれた人間による政治を分かっていない!」
279 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/25(日) 23:04:14.64 ID:R1acvM7T0


「ええそうですとも。政治なんて分かりたくもありません。仮にその嫌な話をするなら、今回の行動は同じく選挙で選ばれている議会の承認を受けているんですか?
何れにせよ、生徒たちが将来学園の外でいろんな人、いろんな集団に出会うチャンスを、将来に活かせる有用な頭脳を費やしてまで、守るべきものではないでしょう!」

「いいや、守るべきだ。それだけではなく生徒たちが生きる為にも、心の故郷として、帰属意識の対象とする場として、学園は残さねばならん」

「そんな対象は国にでも預けときゃいいんです!」

「その国が我が校の廃校を決定してるじゃないか!」

「私自身前の学園を離れて、この新世界を見つけました。学園が仮になくなったとしても、新たな学園に行くのは悪ではないはずです!大洗に拘る必要はありません」


280 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/25(日) 23:06:27.04 ID:R1acvM7T0


「西住ちゃん」

2人の論争を聞いていた会長さんが身を背もたれから起こし、真っ直ぐ目を見つめてくる。纏う雰囲気は以前感じたことがあるものだった

「生き残った者はどうなる?」

「えっ?」

「西住ちゃんが今までにどんな経験をしてきたかは知ってる。それから逃げたくなるのも分からなくはない。
でもこの降伏案を受け入れて、西住ちゃんが殺されたら、他の人はどうなると思う?」

知らないわけがない

「それは西住ちゃんが一番よく分かっていると思う。その後悔に一生苛まれることになるのさ、下手したら死ぬよりも辛いくらい。
"本当に西住ちゃんを死なせてまで生きてていいのか"ってね」

頭の中で何人もの顔が浮かんでは消えていく。そして会長さんの出してきた問いは、私の胸の中でいつでも渦巻いていたもの

「西住ちゃんは黒森峰の時のそれに今も苦しんでいると思う。私達は最初バレー部がやられた時は不謹慎だけど
"自分じゃなくてよかった"
と思えた。それは自分自身もそうなりえたからさ。
しかし今回は違う。私はアンツィオ、もしくは黒森峰が西住ちゃんを結果的に殺すと思っている。恐らく九死一生位、もっと悪いレートかもしれないわけさ。しかもそれを他人が変わることはできない。
それを送り出してしまったら皆が平穏を取り戻したあと、平穏であればあるほど苦しめられるのさ。自分の決断と責任に、死ぬまで。西住ちゃんが死ねばそれでおしまい、なんて単純な人間はいないよ。
これ以上一生苦しめられる人を増やしたくはないんだ。頼む」

281 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/25(日) 23:07:06.62 ID:R1acvM7T0


この人は分かっている。私の意見が我儘に、逃避に過ぎないことに。確かに助かっても生きている間苦しみは取れるまい。
しかし生きる事はそんな絶望ばかりではないはずだ。そしてこの中で一番絶望を知り、人生の楽しみ方を最も知らないのは、紛れもなく自分だ

「……これが本当に最後ですよ!ここで勝ったとして次のプラウダと黒森峰はやすやすと勝てる相手ではありません!勝ったとしても必ず犠牲が出ます!戦いたくないならば言ってください!皆さん!」

「……戦うべきだ」

エルヴィンさんが組んでいた腕を解く

「今回サンダース側でも我々の手による死傷者が出ている。我々がこのまま降伏したら彼らもまた何の為に死に、傷ついたんだ?私達は何の為に殺したんだ?何の為にあの森の中から砲弾を放ったんだ?
戦いたくないのは事実だが、それが苦しみを生むならば悔いなく戦うべきだろう」

無くしたものは取り戻せない。しかしこれからなくなるものは守れる。だが……

「西住さん、貴女を死なせたくはない。この蛮行についてこの中で一番知っているのは貴女だ。貴女には生きてこれを辞めさせるという仕事がある。それを任せたい」


282 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/25(日) 23:08:34.88 ID:R1acvM7T0

周りの者の一部はエルヴィンさんに同調するそぶりを見せる

「あたしらが知っているのは噂だ。経験しているのは確かに副隊長だけだ。その経験を伝える、それを名分にするなら、副隊長以外の適任者はいないね」

「西住副隊長だけが死ぬなんて……嫌だ」

「でも……」

反論できなかった。皆の為に、という事が皆を苦しめることになる。
それは良いとしても、自分には生きねばならない理由がある。生きてやらねばならない、他の人には出来ないことがある

私の理論は崩れた。そしてそのことを脳内で反芻し続けていた

「戦う、という事にしたいが。異論は?」

誰も話さない。生き残っても生きるのが苦、誰もそうなりたくはなかっただろうな。ならば……とは考えて欲しくないのが本音だが、人の思考には干渉できん。そして私にも、無理だ

「……ではこの降伏案を破棄する」

283 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/25(日) 23:55:04.59 ID:R1acvM7T0

「それとさ、」

会長さんは再び背もたれに寄りかかり、干し芋を口に含む。まだあるか

「隊長西住ちゃんにしない?」

「えっ?私が?」

いきなり言われた一言に動揺する。ちょい待て、約束が違う。いやそういうよは良くても、どういうことだ?

「だってさ、この大会はじまってから西住ちゃんがほぼ取り仕切っているじゃん。硬式について一番詳しいのも西住ちゃんだし、実態と名前合わせない?」

まぁ確かにそうかもしれんが……

「会長、私は……」

「かーしまは副隊長として西住ちゃんしっかり支えてもらうよ」

その場から大きな拍手が聞こえる

「えっ、えっ?えっ!ちょっと……」

「別に西住ちゃんは今まで通りのことやってくれればいいから!他はみんながやるから」

そうではないのだ。拍手が続く中で、言葉をまとめた

「……でも今まで河嶋先輩が隊長として統率してくださいました。お陰で私も策のみを安心して講じることができてきました。それを取って代わる資格は私にはありません。
しかもそもそも戦車道を始めたのは生徒会の方々です。その方々が主導すべきです」

「……だよねー。分かった、すまない。これまで通り行こう」

ありゃ、向こうは珍しく簡単に引き下がった。そうだ。これでいい
284 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/25(日) 23:55:36.54 ID:R1acvM7T0

「これ以外に話し合うことはないな。作戦は明日にする。松本、鈴木を呼んできてくれ」

河嶋さんが人差し指を右に振る

「えっ?カエサルですか?」

「そうだ。あいつが使者として一番妥当だ。アンツィオの副隊長と仲が良いようだからな。話もしやすいだろう」

「了解しました」

車長たちは全員そのテントから各々の行くべき場へと立ち去った。私と河嶋さんを除いて
285 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/25(日) 23:56:04.18 ID:R1acvM7T0

「……すまんな、西住」

「いいえ、いいんです、河嶋先輩。あれは嫌なことから死んで逃れたい、という私の我儘に過ぎない事。それを会長さんに気づかれた時点で、私に反論の術はありません」

「あれは……真意か?」

「なんのことですか?」

「私が隊長として統率できて、それを取って変わる資格は自分にはないって……」

いつもの様子とは裏腹に椅子に座ったまま身を前に倒す

「本当です。嘘なんて……」

「分かっているんだ、自分には隊長なんて向いてないと。聖グロリアーナの時も焦って闇雲な指示しか出せない有様だし、マジノの時なんか完敗だ。この大会もほぼお前に頼りきっている。隊長として面目ない。しかもお前には勇気がある」

「えっ?」

「みんなが助かるからって自らの身を投げ出すなんてことできる奴そうそういないぞ。私にはそんなことできない。お前も私と姉さんと比べたらとても頼りになるとは言えんだろう。そういうことだ」

河嶋さんは身を前にしたまま首を振る。これが彼女の本来の姿なのかもしれない
286 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/25(日) 23:56:36.79 ID:R1acvM7T0


「……それは違います!河嶋先輩は本当に隊長に相応しい方です!」

「……どうしてここまで聞いてそんなことが言える」

「人の上に立つ人に必要なのは支える人だけ、麻子さんから副隊長になって自信がなかった時そう言われたんです。もし必要ならば、私が支える人になります。
みんなが先輩を批判するならその批判は私が受けます。どうか、私たちを優勝へ導いてください」

「……それならお前が隊長で我々は批判とかを受ければいいんじゃないか?いや、生徒会として寧ろそっちに回るべきじゃないのか?」

腕を組んでこちらを向く河嶋さんに、うつむいたまま首を左右に振る。そうではない。私には出来ないのだ。私の本質として不可能なのだ

「私が持って無くてリーダーに必要なもの、それは疚しくないこと」

人から後ろ指を指され得る人間に、人は従わない。別に清廉潔白であれ、とまでは言わないが、疚しいところは少ない方がいい

「私はどうやってもそうなれないのです」

暫く私の顔を眺めた河嶋さんは、少し仕方なさそうに口を開いた

「……分かった。私がやるしかないようだな。どこまでできるかわからないがやれることはやろう。西住、サポート頼んだぞ」

河嶋さんは身を起こし立ち上がる。少し吹っ切れたみたいだな。良い顔だ

「……はい」

287 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/25(日) 23:57:11.07 ID:R1acvM7T0

「隊長、カエサルを連れてきました」

私の絞り出した返事と同時に、エルヴィンさんがカエサルさんを連れてテントに入ってきた

「私に何か?」

「これからアンツィオへの手紙を書くから、それを渡しに行ってもらいたい。アンツィオの副隊長と友人であるお前が妥当だ」

「1人ですか?」

「敵の使者も1人だった。こちらが多く送る必要はない」

「分かりました。手紙の用意ができたら呼んでください」

カエサルさんとエルヴィンさんは身を倒すと、そのまま外に行った

「……紙と封筒ってあるか?」

「紙とシャーペンなら有りますが?」

「ボールペンか筆ペンは?」

「……ちょっと今手元に無いですね」

「じゃあ仕方ない。それでいいか」

河嶋さんは丁寧な字で私の渡した紙に返事を書いた。一文字毎に想いを込めるかのようにゆっくりと、丁寧に文字を刻む

「これでよろしく」

「分かりました。行ってきます」

カエサルさんは外へ走り去り、エルヴィンさんは帽子を取り一礼すると幕を払っていった。彼女には不憫な思いをさせるが、こうなってしまった以上仕方ない

288 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/25(日) 23:57:37.36 ID:R1acvM7T0

「ところで西住、次の試合の作戦は考えているか?」

「最初の配置が山がちな会場でこちらが標高が下という不利な状況なので、取り敢えず上を目指します。地理的に沿岸部では上から狙われやすいため、そちらに行くべきではありません」

「でも敵は前回のマジノ戦でセモべンテ4輌を失っていると聞いている。戦力で言えばこちらが圧倒的に有利じゃないか?」

「アンツィオの特徴は、カリスマのあるアンチョビさんに率いられている生徒たちの士気と、ノリと勢いです。それに乗せられたらこちらにも被害が出ます。でもそのくらいの戦力差があるならば、敵の取る策は一つだけでしょう」

「なんだ?」

「それは……」


289 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/25(日) 23:58:13.61 ID:R1acvM7T0


広報部からの報告

内容
大洗女子学園の動向

同校からの連絡によると
「西住を殺させはせぬ!徹底抗戦すべし!」

「アンツィオの降伏勧告」
において選択をしたとのことです




今日はここまでです
290 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/29(木) 21:58:38.47 ID:Qn0qxnFa0
もう直ぐ始めます
291 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/29(木) 22:01:34.97 ID:Qn0qxnFa0


これ善は、その善なる限り、知らるるとともに愛を燃やし、かつその含む善の多きに従いて、愛また大いなるによる。

ダンテ 『神曲』

292 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/29(木) 22:02:07.24 ID:Qn0qxnFa0


「対戦車戦だ」


「た、対戦車戦ですか?」

カルパッチョは驚きを隠さない。だろうな。私が取る手段としては前例から外れている

「戦力で相手が勝っているならその戦力をいかに少ない戦力で削ぐか、それが重要だ。そうなると成功すれば戦車1輌、失敗しても味方1人ですむこの策が妥当だ。
ただでさえ敵のどの車輌の車体を抜けないカルロベローチェを6輌も出さなくてはいけないんだ。他に手はない。まともに戦っても負ける」

「でも……その策は危険が付き物です。みんながやってくれるか……この場において叛逆されるのは危険でしょうし……」

「私が皆に頭を下げる。そこまで士気も落ちてないようだしな。我々の目的は勝てばそれでいいが、それよりいかに西住みほを地獄におくるか、そこに主眼を置きたい」

「その為にみんな戦うでしょうか?直接的な恨みを持つ人間はいないでしょうし……」

「西住みほが天に召されれば大洗の命令系統は混乱する。そうさせるのが我々が生き残る唯一の手だ。そう説明する」

「なるほど……」

「それに必要なものは黒森峰に頼んだ。あと例のものは?」

「あれですか?あれなら今夜中にこっちに着くようですよ。」

「予定より遅れたが、それさえあれば勝ち目はある。西住みほの乗るのはIV号だ。それさえ撃破できれば……」
293 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/29(木) 22:02:45.58 ID:Qn0qxnFa0


外から金属がぶつかり合う音がする

「姐さん、ぺパロニです」

「入れ」

「姐さん達、少しナポリタン残りあるんすけどいります?案外みんな食わなくて。特にアンチョビ姐さんとかカルパッチョだけっすよね」

2つの鍋が机の上に乗る。生憎これ以上食っては胃に来そうだ。ストレスかね

「いや……いい」

「私も……」

2人が首を振るとペパロニは鍋をまた持って裏へと引いた。

「今日は早く休もう。明日全力を尽くせずに死ぬ訳にはいかない」

「分かりました」

「あ、そういえばさっき大洗からの使者が戦車置き場に来ていましたよ」

何最後に滅茶苦茶重要なことを言ってんだお前ぇ!真っ先に言うべきだろうが!素早く席から立ち上がり、机に鞭を叩けつける

「本当か!何故それをすぐ言わないんだ!すぐに呼んでこい!」

「すんません。了解っす」

ペパロニは鍋を置いたまま駆け出した

「はぁ……」

「まぁ、ペパロニらしいじゃないですか」

「いやまぁ、そうなんだけどさ……」


294 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/29(木) 22:03:17.84 ID:Qn0qxnFa0


?すぐにそのテントにカエサルなる使者がやって来た。机の上には勝手にペパロニが用意したナポリタンが置かれている。お前もうそれ冷めつつあるじゃないか

「失礼します。大洗女子学園の鈴木貴子と言います」

「たかちゃん!ようこそ!」

「ひなちゃん」

「私はアンツィオ高校戦車道部の隊長の安斎だ。アンチョビのほうがいい」

「ではアンチョビさん、こちらが大洗からの手紙です」

物分かりがよくて助かる。そしてこちらもそうであることを願い、三つ折りにされた紙を受け取り、ゆっくりと開いた

???拝啓 アンツィオ高校戦車道部
???大洗女子学園は貴校からの提案を感謝しますが、その内容は我が校には受け入れられないものでございます。
西住みほを貴校及び黒森峰女学院に殺させてまで、残りの者が生き残ることはいたしません。その生き残る可能性についても、貴校を信頼することはできません。
我々は目的の達成の為に不本意ながら砲火を交えるしか道はございません。
大洗女子学園戦車道隊長 河嶋桃
???敬具

295 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/29(木) 22:04:11.93 ID:Qn0qxnFa0


紙の左右を握りつぶす。怒りのあまり言葉も出ない。その場にいた私を含む3人は視線をその紙に向け動こうとしない。
予想外だ。まだ返事をはぐらかすとか、さらなる交渉を要求する、なら話として分かる。
だが何故そこまで西住みほを守ろうとするのか。自分の命を捨てることになるのに。
紙を完全に握りつぶし、無造作に投げ捨てた。命を捨てる愚か者たちに、情けはいらぬ

「随分酷い感謝の言葉だな。ならばこちらも砲火を返すことにする!まずこの者を捕らえなさい!見せしめとする!」

「えっ?何?」

「お待ちください!」

激昂する私をカルパッチョが抑える。
何故だ。敵となった以上、それを減らし、戦意を揺らがせるのは損ではないはず

「止めるな、カルパッチョ!」

「落ち着いてください、ドゥーチェ!まだ試合は開始していないのでこの者は捕虜にはできません。下手なことをすると戦車道連盟規約違反となるかもしれません。
そうなったらどうにも……ここは一旦我々の反応を伝えさせるのがよろしいかと」

「だったらこの者をみすみすかえせというのか??少なくともただで返せるほどお人好しじゃないぞ!」

「自分達が死んでまでも西住みほを守ろうとする者達です。脅しは通じません。西住みほのみを対象にするなら他を気にしない精神を見せるべきです」

なるほど、激昂して気でも違っていたのか。こういう時にいるカルパッチョは本当にありがたい
296 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/29(木) 22:04:46.85 ID:Qn0qxnFa0


「……そうか、解放しよう。だけどもこのことは伝えておきなさい!この判断は間違いなく後悔を生むと!」

「は、はいっ!」

カエサルなる女は少し腰が抜けかかっていた。まぁこれだけやれば十分か。
……彼女、カルパッチョの知り合いか。最後の別れくらいはさせてやるか

「カルパッチョ、送って行きなさい。怒ったらお腹空いた。これ頂くよ、ペパロニ」

「どうぞ!」

少し乱暴に机の上のパスタを手に取る。アンツィオにいる限り許される行為ではないが、この時くらいは許してもらおう。これから火起こしなぞ勘弁つかまつる

「たかちゃん、行こう」

カルパッチョが使者の手を優しく握り、使者はその手を支えに立ち上がった

「ありがとう」

「顔も見たくない!とっとと行きなさい!」

2度ほど右手を振るとフォークとナポリタンの皿を持って裏に下がった。怒りはここでは向こうに本気と見せる為に演じよう

しかしここで我々と戦うことを選ぶとは……向こうが棄権しているとはいえ、実質的に既にサンダースに勝っているんだ。まさかこれからプラウダに降伏する気じゃあるまいし、黒森峰なら尚更だ
ということは……裏があるな


297 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/29(木) 22:06:38.43 ID:Qn0qxnFa0


「そうか、対戦車戦か……」

「故宮の得意技です」

河嶋さんも私もそれぞれ腕を組んでいる

「いきなり爆弾を取りつけられてドカン、ということか。対策を取りようがないな」

「場所さえ分かれば怖くはありませんが、足下を車長が注意するくらいしか……黒森峰の時も故宮戦は被害がそれなりに出ましたし」

「取り敢えず明日全車長にそのことを伝えよう。対策はその後だ……西住」

「な、なんですか?」

いつも少し低めの鋭い声を出す河嶋さんだが、さらに低い声で話しかける

「すまないが、少し昔話を聴いてくれるか?」
298 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/29(木) 22:07:17.22 ID:Qn0qxnFa0


河嶋さんが身を前に軽く倒し、両肘と両膝をつけ、手を組む

「ええ、私が相手でよろしければ」

「むしろお前じゃなきゃいけないな。私がお前の来る前、自衛隊の方から指揮を習ったことは聞いているな」

「ええ、会長さんから伺いました」

「なぜ私が、というのは知らないか」

「ええ。しかし戦車道が生徒会の主導で行われている以上、そこから隊長が輩出されるのは自然かと」

「まぁそれはそうなんだがな、私は志願して隊長になったんだ」

「志願して……」

隊長に志願……それは並大抵なことではないだろう。先程会長さんが簡単に引き下がったのはそのせいもあるやもしれん

「私は高校からの編入生なんだ。中学はお前なら知っているだろう。青師団学園だ」

299 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/29(木) 22:08:03.01 ID:Qn0qxnFa0

「青師団ですか。硬式参加校のひとつですね」

「ああ、あとはお前、私の家についても知らないか。私の家は今は8人家族。私の下に妹4人、弟1人だ。みんな今でもやんちゃ盛りなんだよな」

すげぇ大家族。羨ましくもあるが、めっちゃ大変そうでもある

「だがな、私もかつては『妹』だったんだ」

「ということは……お兄様かお姉様がいらっしゃったと」

「姉だ。私が未だに自分でもわかるほど泣き虫で頼りなくて、それでいて見てくれだけは良さげに見せようとするのは、私がまだまだ妹気質が抜けてないから、なんだろうな。
本当に頼りになる姉だった。私が何かやらかしたら一緒に謝りに行ってくれた。一回教会の壁画に傷付けた時は、神父様に一緒に土下座してくれたな……
昔からバカだった私の勉強だって見てくれた。時々親には内緒でお菓子をもらう時は、本当に嬉しかったな……」

河嶋さんが目元を拭う。いつもの先輩気質の姿は見る影もない。本当に大切な方だったことが見て取れる

300 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/29(木) 22:08:44.37 ID:Qn0qxnFa0


「で、そのお姉様は……」

「死んだよ。3年前のプラウダ戦で」

プラウダ……

「姉は、私たちの学費の助けになるから、と中学から軍属目指して戦車道を始めていたんだ。大学に行く気もなかっただろうな。そして優秀だった姉は2年生から選抜メンバーに選ばれるようになった。そして、
『私らは心配ないさ』
そう言い残して硬式戦に向かっていった
しかしな……乱戦になって側面から砲弾を喰らい、即死だったそうだ。車輌も炎上したらしく、帰ってきたのは右腕だけさ。顔もなければ、肘から上さえ焼け焦げてしまっていた。だがな、その手の爪に大会前に着けた付け爪が付いていたんだ
それだけなら良かったかもしれない。でもそれは私がその年の誕生日プレゼントでお揃いであげたものだったんだ
葬儀に行った私の目に映ったそれはもう死ぬまで忘れる事ができない。私の未来を、姉が目の前で見せている気がした。その後の話が全く耳に入らないし、何が起こったか記憶が曖昧だ
だが一つ確かなのは、その日の夜家も捨て、店も捨てて、家族総出で駅で列車を捕まえて遠くに逃げたことだ。姉からそうするよう言われた気がしたんだ。周参見の学園都市から出来るだけ遠く、遠く。家族皆、それしか考えられなかった
その時母のお腹の中には今の私の一番下の妹がいたんだが、こっちに来てから出産になった。しかしな、ストレスからかとんでもない難産で、お陰でそれ以来、母は身体を壊してばっかりだ
それからなんとか親の理解を得て大洗の試験に合格して、私は青師団とともに戦車道と縁を切った、はずだった」

河嶋さんは頭を抱える

301 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/08/29(木) 22:10:24.89 ID:Qn0qxnFa0


「……河嶋先輩……」

「翌年、翌々年の大会で、戦車道に携わっていた私の同級生は殆ど死んだ。中には戦車道に関わっていなかったのに、勇敢にも青師団の内戦に義勇兵として加わった奴もいる。どっちの側にもな。そして……死んだ奴もいる
ただでさえきな臭かったんだ、私は逃げて良かった、となんとか自分を納得させようとした。そしてそれを忘れようと、高1から生徒会活動に全力で参加した」

「……だったら戦車道の導入に賛成したのは……」

「それは軟式だと仰ったのと、角谷会長を信じたからだ。あの人は素晴らしい方だ。人を纏める天才だ
それと私はここに来て変わったんだ。自信を持てるようになったんだ。そうしてくれた学校に恩を返すのは当然じゃないか!会長と柚ちゃんがいたから、ここまでトラウマに縛られる事なくこれたんだ!」

河嶋さんの興奮の余り、机が反動で浮くほど強く叩かれる。何も言葉を返せずにいた

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