【ガルパン】 不死の感情

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59 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/04(木) 21:20:40.32 ID:9CgLdJINO


みほがゆっくりと生徒会室を出て行くと河嶋と小山が入ってきた

「お話は終わりましたか?」

「いやぁ、すまんね」

会長は椅子にドサッと音を立てて座る

「どこまで話したんです?」

「かなり本質まで。あの子は嘘ついて誤魔化せる人間じゃないよ。今まで幾多の嘘を見破って勝ってきてるんだから」

「いいんですか、そこまで言っちゃって。普通の人ならまともな精神でいられませんし、なにより漏れたら不味いのでは?」

「大丈夫、西住ちゃんは7か月罵声に耐えた人だよ。とても強い精神力を持ってる。私はそう思う。それにもともとある程度は予想していたみたいだったしね。漏らす気もないでしょ。
かーしまもこれでよかったんだよね?」

「構いません。西住にとってもこれが良いでしょうし、私達は勝たなければならない。さもないと……」

河嶋は両手の拳を力強く握りしめた

60 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/04(木) 21:21:31.06 ID:9CgLdJINO


Without friends no one would choose to live, though he had all other goods.
(他の如何なるものを手に入れていようと、友がいなければ人は生存を選ばない)

アリストテレス

61 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/04(木) 21:22:23.18 ID:9CgLdJINO
今日はここまでです


日曜にまた
62 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/07(日) 21:29:07.80 ID:sux/FHgRO
始めます


「自分と違う種族・価値観・生まれ育ち…未知のものと出会ったからこそ、得られるものがあります」

荒川弘『銀の匙』より
63 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/07(日) 21:29:39.39 ID:sux/FHgRO
合流した武部さんと五十鈴さんは私と一緒に帰途についた。2人は両隣から不安げに私の顔を覗き込む

「みぽりん、本当によかったの?」

「はい。皆さんとなら前とは違った戦車道が楽しめそうですから」

「ならよろしいのですが」

「そういえばみぽりん、とは?」

武部さんが胸の前で手を叩く

「あ、そうだ。うちのチームにゆかりんて呼んでる子がいるの。だからその子にちなんでこれからみぽりんって読んでいい?」

「構いませんよ。あだ名なんてつけてもらったのなんて初めてだから嬉しいです」

その顔は作られたものではない。純粋な喜ばしさが顔から溢れていた、はずだ。少なくとも私は空にも飛べそうなほど心地よい

あだ名、か。私をあだ名で呼ぶ気が起こる人間はこれまで居なかったな
彼女らにそう呼ばれながら名字で呼び続けるのは、余りにも仰々し過ぎるかもしれないな
今度からは彼女らも下の名前で呼ぶようにしよう。能力も家柄も関係なく付き合える友である証に

「じゃーねー」

「ではまた明日」

2人と別れ私は家路を進む

64 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/07(日) 21:30:52.37 ID:sux/FHgRO


歩くことしばらく、背後に何者かの存在を感じた。振り返ると電柱の影に誰かいるようだ。気にせず進もうとするとその者が次の電柱目指して走る音がする

何者だ?まさかもうそういうのが来ているのか?だとしたらなぜまだ向こうにいた時にやらなかったのか。そっちの方が都合が良かろうに、と不思議に思ったが、まずはその正体を確認せざるを得ないだろう

「あのっ!」

すかさず振り返りその者の顔を見た。えらく髪のもっさりした、偵察には向かなそうな女子である。
その女子も突然声をかけられたことを驚いているようだ。少々の沈黙が2人の間を流れる
65 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/07(日) 21:33:33.66 ID:sux/FHgRO

「さ、流石伝説のSS12部隊のエース。索敵能力半端ないです!ご無事で何よりです!」

この者は違うな、と半ば確信していると、その女子がいきなり口を開く。そのまままくし立てられるように続ける

「あ、申し訳ないです。私は普通2科2年3組の秋山優花里と申します。本物の戦車乗りの方と出会えて誠に光栄であります」

せわしなくポーズを変え、目の色を変えながら続ける。何を言っているかよく分からないが、何者だろうか、こいつは

「前から黒森峰のファンで試合はいつも戦車マガジンでチェックしてました私も戦車大好きです。
一番好きな戦車はポリッシュ7TPですいえ決してウケ狙いではありません。西住殿はどの戦車がお好きですか?
……あ、西住殿と呼ばせていただいてよろしいでしょうか?私も是非西住殿のお仲間に加えてください!」

なるほど。早口過ぎて得られた情報は断片的だが、彼女は所謂軍オタ、と呼ばれる者の一人か。
諸君……こいつ今すぐ人目につかない路地裏にでも連れて行っていいだろうか。
死線を何度も彷徨った私にとって、軍オタという人種はそれを面白おかしく楽しんで見る人だ。人種差別はしたくはないが、それでも苛立ちは覚える。こいつもこのままなら、死線を彷徨わせてやろうか
66 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/07(日) 21:36:37.74 ID:sux/FHgRO

「あの、秋山……さん?」

まずこの女の話を区切った。取り敢えず話を統合する時間をくれ。そして死にかけろ

「はい、マイフューラー!」

秋山とかいう女は右手を上に伸ばし、革靴のかかと同士を叩き音を出した。
かつて私がやっていた行為そのものだ

「戦車は人を殺すための道具です。私は止むを得ず乗っていましたけれども、ああいうものは早く世界から無くなってしまえばいい、と思っています。だから遊びてそういうのが好きな人とはお友達になれません」

率直に言ってこの畜生好きの女に寒気がした。そしてこれが私の本音だ。前に向き直りそのままこの女から離れる。話す価値も無い
67 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/07(日) 21:40:44.40 ID:sux/FHgRO

少し歩くと、何者かが背後から私の腰に抱きついた。先ほどの女である

「も、申し訳ありません西住殿!私が生意気でした!仲間なんてとんでもない。家来です家来!西住殿の家来にしてください!忠犬優花里とお呼びください!」

どこからそう言う結論が生じたかは知らないが、少なくとも勘違いしているようだ。
自分が話す前に人の話を聞け、と数十回は言っておきたい

「だからなんでそうなるんですか」

その行動と発言に素直に突っ込む。すると秋山は急に現状を理解したのか、腰から離れてしおらしくなった

「えっと、秋山さん?」

「も、申し訳ありません西住殿!私小さい頃から顔見知りが激しくて、戦車の話になるとパニクってよく変なテンションになってしまうんです。本当にすみません」

秋山は顔を紅潮させ平謝りを繰り返さざるを得ないようだ。
テンションとかもはや超越していた気がしたが、まぁそれは構わない。大衆の面前で土下座し始めそうなので、一旦やめさせよう。
そういえば優花里、か……

68 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/07(日) 21:42:38.53 ID:sux/FHgRO

「あ、いえ、私も顔見知りするのでそれはいいんですが、あなたが『ゆかりん』さん?」

「な、何故それを?」

ビンゴ。
まぁこれからの仲間なら入院させるわけにはいかんな

「た……沙織さんが言ってたのはあなただったんですか」

「武部殿をご存知で?」

「では戦車道で同じチームになる方ですね」

「こ、こちらこそよろしくお願い致します!憧れの西住殿と同じチームなんて光栄すぎてなんといったらいいか」

「私に、ですか?姉ではなくて?」

すでに揉みくちゃになっている頭をさらに揉みくちゃにしている女の好みがなんで私なのか、という純粋な疑問しか浮かばない。
私はそんな褒められるような人間ではないはずだが

「はい、元々戦車道マガジンなどでお見受けしていたのですが、特に去年12月の軟式大会決勝戦!」

私は固まる。それこそが自分のトラウマの一つである。これについて褒められたり、無論憧れを受けたことなぞない
それを讃えられたら、私にはどう反応したら良いか分からない
69 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/07(日) 21:48:40.34 ID:sux/FHgRO
「あの時味方を思って川に落ちた仲間を助けに行くあの勇姿!
あれが中学、高校と戦車のせいでクラスから仲間はずれや嫌がらせされ、友人の出来なかっただけでなく、親も趣味を理解してくれなかった挙句にオフ会に手を出し、そこで同志と思っていた人にレイプされた私に、真の戦車道、戦車に乗る者のあるべき姿を見せてくれたんです!」

彼女の目は素直に人を尊敬する目だ。戦車のみを通じてではなく1人の人として西住みほを憧れの対象としている
それは戦車道の家元の子として美辞麗句を多用する大人を見続けてきた人には一目で分かった。でもそのことはその人を苦しめることでもあった

「秋山さん、私はそれが理由の一つとなり西住流を破門されているんです」

「えっ?……そうだったんですか!」

「7月の硬式大会が最終的な理由になっているのですが、やっぱりあの時やられたら負けであるフラッグ車の車長の役割を果たさなかったことは理由の大きな要素だったようです。西住流は勝利を重んじますから。
そしてそれが、私がここにいる理由です」

無情だろうか。いや、これが真実だ

「す、すみません。西住殿。そうとは知らず無神経なことを!」

「いえ、いいんです」

「で、ですが恐れながら、あの時仲間を救おうとしたこと、私は間違ってなんていないと思います!それが間違いというなら、それは人として誤った道です!」
70 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/07(日) 21:51:50.31 ID:sux/FHgRO

膝を地面につけながら、胸の前で拳を作って熱く語る。
その目は、決してお世辞ではない

「……まさか私に憧れている人が、そしてあのことを褒める人がいるなんて思いもしなかったです。でも今までのことが少し報われた気もします。ありがとう、秋山さん」

空を向き一つ息を吐くと秋山さんに礼を言った。真の熱意があの時のトラウマに幾許かの光として差し込む

「破門されてようと私の西住殿への憧れは変わりません。不束者ですがよろしくお願いします!」

秋山さんは私に敬礼を返した。
それは右手を掲げるものではなかった。
うん、そちらの方が似合ってる。

71 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/07(日) 22:59:44.87 ID:sux/FHgRO


次の日の朝、珍しく私にもは寝坊した。というのも昨日言われたことを実行出来るかどうか考えていてよく眠れなかったからだ。
それが出来たのも前みたいに寝坊した際に殴られることがない安心感ゆえなのだが

「遅刻遅刻!」

朝食も食べずに急いで学校に向かう。走って学校に向かっていると目の前に人影がある。
学校の生徒であるのは見ればわかるがそれにしては非常に覚束ない足取りをしている。まるで酔っ払いの千鳥足のようであり、いつ倒れるかもわからない感じだ。
無視することもできる。いや、普通はそうする。
しかし横を駆け抜けようにも前がゆらゆらと塞がれそうなのだ。
ぶつかったら手も付かずに倒れそうなのでそうそう下手なことは出来ない

「あの……大丈夫ですか?」

私はその人物に駆け寄ってそう言った

「ううっ、辛い」

「えっ?」

「朝が辛い」

どちらかというと眠そうだが、彼女はその場にへたり込んでしまった
72 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/07(日) 23:32:28.36 ID:sux/FHgRO

「辛い……いっそ、このまま全てを投げ捨ててしまいたい。ああ……それが出来たら、どんなにいいか」

「なんの話ですか?」

「だが、行かねば。」

彼女はなんとか立ち上がり、再び歩き出そうとする。しかしフラフラしておりまともに歩けそうには思えない

「肩をお貸ししましょうか?」

彼女の傍らに寄り添うと肩を貸して体を支えた

「すまない」

そう言うと彼女は私が身体を持ち上げるのに合わせ、私に寄り掛かった

「私は、冷泉麻子」

眠そうにしながらなんとか名乗る。それを聞き名乗り返そうとする。その時

「あっ!」

肩が急に重くなったと思ったらこの冷泉さんは完全に眠りに落ちていた

「冷泉さん、冷泉さん!起きてください」

「ううん……ムニャ……」

ダメだこりゃ。起きる気配はない

仕方なくそのまま行こうかと思ったが、体重をかけられたためずり落ちないようにするのが精一杯だ。中々前に進めない

「このままでは遅刻する。……仕方ない。」私は冷泉さんを背負うと、すみませんと一言かけて、彼女の首に自分の荷物を掛け走り出した

73 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/07(日) 23:37:48.56 ID:sux/FHgRO


校門の前では遅刻取り締まりのために風紀委員の人がいた

「遅いわよ。後もう少しで遅刻よ」

「すみません。この冷泉さんが行きで眠ってしまって」

風紀委員は背負われている冷泉さんの存在に驚きをみせた

「西住さん、今度から冷泉さんを見かけても、手を貸さないでいいから。この人遅刻の常習犯なのよ。
ほら、あんたもいい加減起きなさい!」

声をかけられても起きず、風紀委員の人にほおを軽く叩かれから、やっと冷泉さんはゆっくりと目を開けた

「……そど子」

「私は園みどり子よ。あんた彼女のお陰で連続遅刻記録が244日で止まったんだから感謝しなさい」

常習犯とは聞いたが、それは常習犯というレベルを超えた根本的な要因があるのでは?

「……すまない」

「いえ、私こそすみません。首の荷物とりますね」

注意深く冷泉さんの首から荷物を外す

「では」

別に殴られるわけではないが、気分的にも遅刻になってはたまらない、と走って校舎に向かおうとすると彼女が呼び止めた

「まだ君の名を聞いていなかった」

何故か、とも思ったが、とりあえず自分の名を言うとすぐに走りを再開した


74 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/07(日) 23:40:03.45 ID:sux/FHgRO



次の戦車道の授業の日、私にとっては初めての授業の日、日が少しずつ西からさすようになる中そこに見えた光景は、この前の角谷会長の言った試合結果を納得させるものだった

「えっと、これで全戦力ですか?」

「そっ。まあ今度38tはヘッツァー改造キットが来るから改造する予定だけど、艦内探しまくったから戦車はこれ以上増えないよ。予算も無いし」

「……」

そこにいたのは

IV号戦車D型

III号突撃砲F型

M3中戦車Lee

38t戦車

89式中戦車

ポルシェティーガー

B1bis戦車

三式戦車

マークIV


それと36人のこれから一緒に戦車道やる仲間達だった。それぞれ車輌にマークがあり、それが各チーム名を表している

「マジノの時の5輌は?」

「IV号、III突、M3、38t、89式。残りの4輌はその後見つかったからね」
75 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/07(日) 23:46:19.27 ID:sux/FHgRO

使い物になるのはポルシェティーガーの56口径88ミリkwk36とIV号の48口径75ミリkwk40、III突の48口径75ミリStuk40、後は数合わせだ。いくらヘッツァーが来ても相当うまく運用しないと厳しい……
おまけに第二次世界大戦に運用されてないない戦車もある。開発設計やエンジン出力、砲や装甲も考慮すると相手戦車の撃破はおろか偵察にさえ使えるか分からない。
簡単に言えば戦車同士が戦うことを前提に設計されていないのだ。
車輌だけ見ると、会長が提示した目標はそれが大それていると言えるレベルだ。
顎に指をかけ考える私の肩を会長がつかむ

「まーまー西住ちゃん。軟式なんだからそんな深刻に考えずに、これスポーツだから、スポーツ」

「あ、そうですよね。つい硬式の方で考えちゃって」
76 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/07(日) 23:55:27.39 ID:sux/FHgRO

「それでは今日の練習内容を発表する。今日は行進間射撃の訓練だ。的は近いが流鏑馬のような感じで各チームやってもらうから真面目にやれ、いいか!」

河嶋さんが場を仕切る。

「はい!」

そして全員自分の戦車に散っていった。私は初めに決めた通り、少し離れた場所から教練を見学した。
今回の行進間射撃の教練は3周行う。その様子は黒森峰で厳しい教練を受けた者として見れるものではなかった

速度は整地にも関わらず15km/hほど、装填に7秒かかり、それでさえ5枚の板のうち当たったのは3枚。黒森峰ならその場で試合の観戦にさえ行かせて貰えないだろう。
それが主力の一角であり、他のチームも2、3枚、下手したら1枚しか当たらないという状態だ

前言撤回させてもらおう。大それていると言うことすら大それている。同時に戦争なんぞに使えない証拠でもあるのだが
77 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/07(日) 23:58:04.22 ID:GF4DAYXZ0

隊長をやっている河嶋さんの練習内容は悪くないし、統制もある程度取れている。
しかし選手のレベルに合ってない。
簡単に言えば蹴伸びさえまともに出来ない人間にバタフライを教えてるとか、アンダーサーブも打てない人間にスパイクの指導をしているようなものだ

話によると練習内容は自衛官の人に尋ねた通りにやっているらしい。
まぁその自衛官がまともであるといいが、練習方法は一般的なものなので、恐らく実際の練習風景を見ているわけではないのが理由だろう
78 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/07(日) 23:59:38.45 ID:GF4DAYXZ0

救いは私の予感が当たっていたことくらいだろうか。休憩中の会話は盛んであるし、車輌ごとのチームワークは総じて良い。帰り道はチーム混じって帰ることもあるようだ。
軟式のみを知る者たちの、和気藹々とした戦車道、悪くない、むしろ良いが、目標を達成するには厳しいバックグラウンドだ

私は練習後会長さんのところに赴き、河嶋さんとともに戦車道に参加する旨と練習内容に関する提言を一緒に干し芋をつまみながらした

私はい……華さんや沙織さんとの仲を考慮され、IV号戦車、あんこうチームに割り当てられることになった。なんと先日会った冷泉さんも同じ車輌だそうだ。遅刻の見逃しと引き換えらしい
走行中に寝たら蹴り起こそう。うん、そうしよう。居眠り運転ダメ、ゼッタイ
79 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/08(月) 00:02:35.70 ID:F1EoM2d30


2回目から私の指示を基にした練習が行われることになった。基礎中の基礎練からの一般的なものだ。
しかし簡単に自己紹介した上でそのことを河嶋さんから皆に告げられると、不満げな顔をするものもいた

「急に基礎練習のみにするって?現状練習出来てるのになんで変えなきゃいけないんですか?
それに今まで大洗の戦車道は桃さんが仕切ってたじゃないですか。どうして急にこんな何処の馬の骨か分からない奴が組んだ練習なんてしなくちゃいけないんです?」

「ま、馬の骨なんて見たことないけどね」

「し、しかしだな、この西住は……」

河嶋さんの視線が不安げにこちらを向く。
私は自分の扱いは向こうに任せてある

「……戦車道の有名どころから来た者だ。私よりも戦車道にはずっと詳しい。西住を迎えることで、冬の大会に向けて相手と互角に戦える力をつけるんだ。
マジノとの練習試合の時、私たちはまともに張り合うことさえできなかった。私は……隊長として無様な負けだけは見たくない。その為だ。
無論これまでの練習方針は維持するし、練習内容は私も合意した上で決定するから、異様に厳しくなるとかそういうことはない。だから安心して練習に臨んでほしい」

見るからに不満げだが、一応は納得してくれたようだ。彼らにとっては私という異物の介入によりこれまでの流れが断ち切られることが恐るべきことなのだろう
私もこの空気を壊したいと思うほど空気の読めぬ場違いな者ではありたくない

その日は私もIV号戦車に乗り込み、装填手として練習に参加した。カイルでの行軍や的への停止射撃などの基礎練習のみで終わらせたが、それさえも次に進むための最低限の完成度を満たせていない。
流石に厳しいことは言えないから、地道にアドバイスしていこうか

80 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/08(月) 00:03:09.50 ID:F1EoM2d30
ここまでですな
81 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2019/07/11(木) 01:31:27.76 ID:21cl7xhC0
乙でしたー
82 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/11(木) 20:51:43.78 ID:3UBVki6cO
>>81

ありがとナス!まだ1章なのにこのスレ数とは、このまま1000スレまでで終わるのかこれもうわかんねぇな


始めます
83 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/11(木) 20:53:30.91 ID:3UBVki6cO


「日本の学園都市はポリスである。学園艦を経由したシュノイキスモスと、政府の決定という地理的分断によって形成されたポリスである」

山鹿涼『日本の学園都市』より

84 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/11(木) 20:54:01.29 ID:3UBVki6cO


その後の数回の教練で他のチームの履修者も私のことをある程度受け入れ始めてくれたようだ

砲撃、運転、構造上の注意などについて聞かれたら、出来るだけ分かりやすく、まあたまに沙織さんの言い換えを必要とする時はあったけど、アドバイスするようにした。
私の専門はドイツ戦車なわけだが、他の車輌は優花里さんの手助けも受けつつ説明していった

5ヶ月間の練習は決して無駄だったようではなく、チームの人々もそれらを受け入れる素地は出来ており、能力の伸びは見たことがないほどであった。
恐らく石のような優秀な人材は揃っていた母校に比して、ここに揃っているのはスポンジのような素人ばかりだからだろう
85 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/11(木) 20:55:10.10 ID:3UBVki6cO


その日から暫くして、私は彼女らが必要とする水準に達したと判断して、彼女らが初日に見せた練習、流鏑馬の戦車版を練習させることにした。
初めは装填手だった私だが、車長の優花里さんが私を下に抑えるのは申し訳ない、と役目の変更を申し出て、それを私は受けて車長の席に着いている

無線を付けて速度を25km/hに上げさせ、装填を早めさせる

「優花里さん、装填はなるべく早目を心がけてください」

「分かりました!」

次の的の時は5秒になっていた。外した

「華さん、3度左!優花里さん、4秒以内に装填!」

「ハイ!ただ今」

優花里さんの顔に焦りが浮かぶ。そりゃそうだ。彼女の今の体力でこのスピードは困難なはず。優花里さんはその周でなんとか4秒で装填できるようになった

結局この周で当たったのは1枚、河嶋さんが他の車輌も速度を上げるよう指示したため当たる枚数は少なくなり、1枚も当たらない車輌も出た。3周目は当てることも重視しよう、と話し合った。まだ早かったかもしれない
86 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/11(木) 20:58:18.85 ID:3UBVki6cO

3周目は華さんが1枚目の板を命中させた

「麻子さん、スピード落ちてる!もっと上げて!」

次の板は装填が間に合わず当てられない。

「優花里さん遅い!3秒!」

「ハ……ハイ!」

優花里さんの目に涙がうかぶ。疲れから装填に5秒以上かかってしまった。私からの蹴りが優花里さんの左側頭部に食らわされる。
うん、これは信賞必罰だから。それにあの時軍事オタらしくベラベラ話されたこと、少しは返しても良かろう
正直あれはイラッときた

「サー、イェッサー?」

その時他の3人は冷や汗を流しつつ自分の分まで優花里さんが怒られているのだから、自分達はその分真面目に練習しなければと強く思ったようだ。飴と鞭は大事。
それに文句を言われなくなってきただけ、私もこの雰囲気の中に溶け込めてきているのだろうか。それとも雰囲気そのものが変わってきているのだろうか

……他の人はその時の優花里さんの光悦した表情に気づくことはな……さそうだね……
こいつマジモンのマゾなんじゃなかろうか。
決して私がサドなわけじゃないぞ!
部屋のクマの人形も自作じゃないから!
ちゃんと市販品だから!

87 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/11(木) 20:59:26.48 ID:3UBVki6cO


逆に私もたまたま忘れ物を取りに行った際に、グラウンドで数チームが居残りで練習する様子を見た。必死に人工の丘陵を登り、稜線射撃になるよう角度を必死に整えている

彼らは目標を知らない。されどどんなチームが敵であろうと対等に試合をすることに向けて皆が本気であることを感じ、彼らの期待に応えなければいけない、と感じた

大会以外では負けてしまってもいい。そこから何か学べるものがあるならば。
紅白戦なども織り交ぜるなかで、その思いは私の傷を覆い始めていた。
だって素晴らしいじゃないか、負けても傷すら負わないのだから

88 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/11(木) 21:00:23.45 ID:3UBVki6cO


練習が終わったある日の夕方、そこそここの面子での車輌の運用にも慣れてきた頃の帰り道で、沙織さんが一緒に夕食を食べないか、と言ってきた。
無論皆用事も特になかった為、優花里さんが一度家に確認を取って来ると話した以外、皆即決した。問題は場所である

一つの案は外食。まぁ学園都市にも学生向けの店舗は多いので有りである。私もそうなる可能性が高いだろうと思ったし、博打になるなら賭けるのはこいつだ。練習で疲れてるから、というのが最大の理由だ

他にも、とはいってもこれくらいしかないだろうが、小規模ホームパーティという案もある。だがまず誰の家か、準備してないのに食材はどうするのか、何も決まってない

しかし提案した人間が沙織さんだった、というのが私の賭け金を吹き飛ばした。一銭も失ってはないけど。
彼女が作るなら、ということで私以外話が決まってしまっていたのである。そしてその結果が、今私が部屋を必死に片付けている最大の理由だ

「……うーん、まだ汚い気がするなぁ」

掃除機はかけた。ベッドの布団の端は整えた。台所の洗い物も全て片付けた。玄関も整理した。スリッパは人数分無かった。ボコの人形は全部定位置にいる。
時間も近い。人を呼ぶなんて経験はほとんどない為、どこまでが許されるのかも分からないが、仕方ないけれどもここが妥協出来るラインかな。数人で階段を上る音が聞こえ始めてきたし
89 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/11(木) 21:01:10.71 ID:3UBVki6cO

料理を作ることになり、必要な材料は沙織さんが調達してきてくれた。ジャガイモやニンジン、レタス、ミニトマト、牛肉などである。これだけである程度候補は絞れた

問題は誰が作るか、である。
まず麻子さんは既に床の上で眠りかけているのでなし。
続いて華さんは名家の娘さん故料理の経験が少なく、ジャガイモを切ろうとしたら包丁で指を切ってしまったのでなし。一応指は即座に消毒し、絆創膏を貼った。こういうのは場所によっては命取りだからな。
その対応をじっと輝かしい視線で見つめていた優花里さんは、実家住まいのため家庭料理を一人で作る技量はないとのこと、なお軍隊料理法なら使えるらしい。いや、飯盒とかあっても意味ないから……
残るは私と沙織さんだが、料理なら天才的技量を持つらしい沙織さんが主導することになった。メインは肉じゃがだ

私はその間ご飯を炊き、優花里さんがレタスをちぎってボウルに入れて、その上にミニトマトを半分に切って載せる単純なサラダを拵える。ドレッシングは家にあった和風のものを使った。ボウルは手頃なものが見つからなかったので料理用の金属ボウルを使おうとしたところ、沙織さんに軽くキレられたため、皿2つ分に分けた

華さんはその間に花瓶に花を生けていた。私には下手にそんな命を摘み取る趣味は無いのだが、彼女の手捌きと作り上げられた作品からは、使われた命の尊さをも包含する優美さが感じられた
90 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/11(木) 21:02:39.79 ID:3UBVki6cO

「じゃ、食べよっか!」

「はいっ!」

炊飯器が軽快な音を鳴らしてしばらく、私たちは麻子さんを何とか起こし、卓を囲んで手を合わせた

「いただきまーす!」


美味い。私も最近自分で料理をするようになったが、焦がしたりするのが日常だ。そもそも肉じゃがに手を出したことはない。
それに比べてなんだ!この肉じゃがは。料亭のつけ添えで出て来ても問題ないぞ。思わず一口入れて暫く固まってしまったじゃないか。気づいたら周りが全員見つめてて赤面したぞ、全く

だがその後に出て来た男にモテるためには肉じゃが、の超理論は分からん。いやそうとも限らんやろ。
私の知ってる男の中でマトモな人間は、父親ぐらいだ。女子校にいたこともありよく知らないという部分はあるが、その僅かに知っている男は大概がマトモな人間ではない。私の記憶が薄れている人間は分からないが

しかしまぁ食事となると、それを肴にするにせよしないにせよ、話に花が咲く。学校での先生についての話、授業の話、最近のテレビ番組の話、果ては戦車道の仲間についての話まで。
例えばウサギさんチームは練習試合で車輌放棄して逃げ出して、河嶋先輩にキレられた話だ。まぁそれは私もキレる。というより軟式だからこそ出来ることだ。硬式なら機関銃の丁度いい的だな

あとはカバさんチームは歴女の集まりで、それぞれ得意な時代があるとか。格好見ればある程度分かる。優花里さんとは特にエルヴィンさんと軍事史についてもある程度話しが合うそうだ
91 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/11(木) 21:05:23.97 ID:3UBVki6cO

そんな中で一つの話題が飛び出した

『私の前の学校はどんな所なのか』である。
答えなくてはならないのは勿論として、これにはどのように答えるか、が重大な問題になる。
言えないことさえザラにあるのだ。何を言おうか、少し迷いかけた。優花里さんはじっと顔を見てくる。彼女にとって私の母校には夢でも詰まっているのだろうか

「……私の前の学校は黒森峰、ってところでして……」

「黒森峰ですか。名前は聞いたことありますね。確か熊本の学園都市だったかとれ

関東の人間にとってはその程度、か

「はい。黒森峰女学園は熊本県中部にある学園都市であります。その名の通り女子校でありますね」

ま、優花里さんが話すみたいだし、下手なことを言ったら封じる程度で良いだろう
92 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/11(木) 21:07:53.08 ID:3UBVki6cO

「みぽりんがいたってことは、戦車道が強い所なの?」

「その通りです。高校戦車道全国大会で9連覇を達成したこともある強豪中の強豪です!使用している車輌もティーガーII、ヤークトティーガー、エレファントなどといった重戦車揃いで侮れません」

「強いな。何だ、財政的なバックアップでも有るのか?」

「まず戦車道の流派として最大規模を誇る西住流が提携を結んでいるのが大きいですね。あとは黒森峰女学園が西日本でも1位2位を争う有力校であるのもあります。勉強のレベルも非常に高いと聞いてます。その分学費も高めに設定出来ますから、戦車道を支える一つの要因かと思われますな」

「西住、ってことは、みぽりんが破門された、というのはその西住流ってこと?」

「まぁ、そうなりますね」

「でもさ、そんな所と試合するかもしれないんでしょ?勝てるの?」

「……現状だと、非常に厳しいでありましょうね」

「ですが試合になったら、やれる事をやりましょう。そもそもその黒森峰と試合をするかも分かりませんし、まずは目の前の練習に注力しましょう!」

「そうだね、そういえばさ……」

そこで話題が変わった。そしてその先黒森峰の6文字が会話に現れることはなかった

そう、これでいいのだ。この場は肉じゃがが美味ければそれで構わないのだ。
彼女らが西住流なんて、黒森峰なんて知る必要はない。コンビニが提携している1種類しかない寂しい所のことなんて

93 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/11(木) 21:09:54.89 ID:3UBVki6cO

結構長引いた。話すことが山ほどあった。そして洗い物をするところまで皆が手伝ってくれた。
寮の出口まで送った後、彼女らが全て角を曲がって姿を失うと、私は顎を持ち上げて、月とシリウス以外も燦々と輝く夜空を見上げた。見る先には一点の曇りもない

94 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/11(木) 21:10:32.29 ID:3UBVki6cO


私が戦車道に加わって一月後、その日の教練が終わると全員整列し、正面に立った河嶋さんが口を開く

「皆今日の教練もご苦労だった。早速だが今週末練習試合を行うことになった。場所は大洗、相手は聖グロリアーナ女学院だ」

聖グロリアーナ女学院、その名に対し驚きを隠せない。それは隣の優花里さんも同様なようだ

「聖グロリアーナってそんな戦車道強いの?」

沙織さんが私に小声で聞いてくる

「聖グロリアーナは戦車道では過去に優勝経験があり、一昨年の全国大会で準優勝してます。毎大会ベスト4には入る強豪校です」

優花里さんが私が答える前に答えてしまった。内容は一切間違ってないからいいか

「いやーダメ元でやったら受け入れてくれたんだよね。ということでみんな用意しっかりねー」

会長さんが干し芋を食べながら言う。
ほんとこの人干し芋好きだな。確かに美味しいとは思うけど、すっごく喉乾くんだよな

それにダメ元じゃないだろ、多分。そんな強豪校にして有力校が何の目的もなくこの、言ってしまったら悪いが弱小の学園都市との練習試合なんて受けるはずがない

「明後日の放課後に各車長と我々で作戦会議を行う。遅れず来るように。今日はこれにて解散!」

「お疲れ様でした!」

総員の礼は試合への気合いを入れるものだった。
まぁそのことは置いておこう。彼らの今までの努力と手に入れた知識、経験は決して無駄にはしない

私の大洗での初陣が今始まろうとしていた



95 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/11(木) 21:11:00.65 ID:3UBVki6cO
今日はここまでです。月から第2章になります
96 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/14(日) 21:07:45.92 ID:yqAYEvoU0
始めます


第2章 練習試合、やります!




「リーダーシップ」とは、人々を共通の目的のために団結させる能力であり、人々に確信をもらたらす資質である。

バーナード=モントゴメリー

97 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/14(日) 21:09:18.51 ID:yqAYEvoU0

2日後の放課後、生徒会室。そこのホワイトボードには河嶋さんが用意した試合会場の地図と黒い線の書かれた紙。
机の上には車長の数と会長さんと小山さんの分の地図が用意されていた

「まず試合会場は前回も言ったが大洗で、その南西部の高台と隣接する市街地の一部だ。今までの彼らの戦いを見るにチャーチル、マチルダIIと言った歩兵戦車を中心に、輌数の関係からクルセイダー巡航戦車を投入すると思われる。
チャーチル、マチルダIIの装甲は厚い。我々の一番強いポルシェティーガー以外の戦車なら100m以内でなければ抜けないと思え。
しかも相手にはちょこまかと動くクルセイダー巡航戦車がいる。整地で60km/h出せるこいつの機動力に勝てる戦車は我々にはいない。遭遇戦になる上、舗装路が多いから市街戦は避けるべきだ」

前情報は結構正確だな

「そこでその地図上に丸をつけたところを見てくれ。
東西に通る道の途中にあるそこの高台に待機し、1台が敵を手前のキルゾーンに引きつける。ここなら仰角から考えて敵は道中からこちらを狙うのは厳しい。
つまり擬似的な稜線射撃を生み出した上で、そこの手前の道で1列になった敵の部隊を倒して数的優位に立つ!
特にマチルダやチャーチルを撃破出来れば、クルセイダーはこちらの装甲と大差ない。こっちにも勝ち目がある!」

河嶋さんがその右手をボードに叩きつける
98 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/14(日) 21:12:15.99 ID:yqAYEvoU0

「おぉー!」

どよめきの中で皆はこの作戦の成功を思い浮かべ、楽観的になっていた。ただ1人を除いて。
私は顎に手をかけ、頭で駒を動かしていた。悪くはない。彼女が今年から始めたばかりなのを考慮すれば、戦術の基本は抑えている。
敵戦力が縦に細長くなる場所で、その先頭を戦力を集中させて順々に撃破する。各個撃破の典型だ。
イメージ的には陸上の地形を利用した丁字戦法、といったところか

だが典型的過ぎる。この地形を見たら、戦術の基礎に触れたものならばそれを考慮に入れるだろう。みすみすこれに掛かるものが隊長ならば、そのチームが大会で上位に進出することはあるまい。
そしてこの作戦は取り逃がすと両翼包囲を受ける上、後ろの道の形状からして早期脱出が困難になる諸刃の剣である。そして生憎、現状の能力ではその刃はこちらを傷付ける可能性が高い

要するに相手が如何様に行動するか、そして敵が直線状に並ぶ短時間で実際に撃破可能な能力を我々が持っているのか、それらが十分に計算されていない。
少し顔が曇る。それを気付かれたようだ
99 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/14(日) 21:13:25.77 ID:yqAYEvoU0

「どうしたの西住ちゃん。なんかあったら言ってよ」

それを見て会長さんが身を乗り出して聞いてきた

「いえ……」

「言っちゃって良いんだよ。参謀として来てもらってんだから」

にやけた顔で会長がさらに顔を近づけてくるる。確かにこのことを言わなくて利点はない。皆も真面目にやっているのだから私もちゃんと言うべきことは言わねば。
河嶋さんの方に顔を向ける

「あの、確かに待ち伏せ作戦は良いかと思います。
しかし相手の装甲と今の我々の砲撃の腕ではキルゾーン内で全車両仕留められるか微妙です。もし突破されたら、地形的に我々は両翼から挟み撃ちを食らうことになります」

なるほど、あぁー、といった声とともに頷く者などが出る

「五月蝿い!黙れ!これ以上の作戦があるというのか!
そもそも車輌数が同じといえども、乗員や車輌の質的には大きな差があるんだぞ!地理的優位を優先的に確保するのは当然だろう!
なんなら貴様が作戦考えろ!」

ただ一人そうではなかった河嶋さんが反論する。いや反論ではない、単に激昂しているだけだ。
この人練習でもキレる時あったけど、まさかこれでキレるとは思わなかった。
いや、その『地理的優位』が本当の優位とはなり得ないだろうから言っているのだが

だが強く言われると萎縮して言い返せなくなってしまうのは、私の悪い癖だとつくづく思う。それに私もまだより確実性のある他の策を思い付けていない

「まあまあ。西住ちゃんの言うことも最もじゃないか」

会長さんが私の側に着きつつ、河嶋さんをなだめてくれる
100 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/14(日) 21:15:10.58 ID:yqAYEvoU0

「それと、」

その中でナカジマさんが手を挙げた

「この待ち伏せの場所の背後に道があるじゃないですか。そこから敵が来た時の対策はどうなっていますか?」

「よくぞ聞いてくれた!」

間髪入れずに自信ありげに、河嶋さんの右手の指先がナカジマさんの方を向く

「これが今回の待ち伏せ場所での戦車の配置だ」

もう一枚の紙がホワイトボードに張り出された。それは待ち伏せ予定地の場所の地図を拡大したものである。
崖に挟まれた東西に渡る道の途中に、例の高台がある。その高台のところに、縦に戦車を表すと思われる記号が9つ並ぶ

「北からIII突、3式、B1bis、M3、マークIV38t、ポルシェティーガー、89式。IV号が囮だ。そして場所はキルゾーンの方を前に弓形の布陣をとる。重要なのはM3とB1bis」

「えっ?」

「うちらなの?」

澤さんと園さんが目線を鋭くする

「その2車輌は砲塔の回転で前後ともに攻撃が出来る。万が一挟み撃ちをされても前後両側を攻撃出来るこの2輌を中央に置くからその2輌は東から来た戦車の撃破もしくは足止めを頼む。
こちらの道は2輌も通れない狭い道、1輌封じれば道は塞げる。その時III突は砲塔を向けるのに時間がかかるから下に行ってもう一方の側面を叩く!」

またどよめきが起きた。皆を再び楽観的な空気が包む。
ここに陣を取るならばこの布陣には同意する。しかしその空気に私の挙げた問題点はかき消されてしまった。
しかもB1bisの人員では両方からの攻撃に耐えるには足りないと思われたが……そのまま作戦会議は終わってしまった

101 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/14(日) 21:16:41.72 ID:yqAYEvoU0


週末、大洗の港に接岸した学園艦から9輌の戦車を載せた輸送艦が出航した。
大洗女子学園は今では数少ない学園艦のひとつだ。だが事情により大洗の港には接岸出来ない。向こうもまた輸送艦に戦車を載せて学園都市から大洗港に乗り付けている

こちらはその後専用車両で試合会場へ向かう。試合会場周辺は封鎖され、近くの広場には久々の地元での試合に合わせ、多くの出店と住民が観戦に来ていた。祭である。
この住民たちも試合会場になったため家にいられなくなりこっちに来ている場合あるため、一様に喜ばしい姿だと断言することは出来ない

102 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/14(日) 21:19:35.46 ID:yqAYEvoU0


試合開始場所には大洗の戦車9輌、聖グロリアーナの戦車はチャーチル歩兵戦車1輌、マチルダII歩兵戦車4輌、クルセイダー巡航戦車4輌、そして華美な服装をした者たちがその背後で一列に並んで曲を演奏している

♪平和日本の始め 命を受け

♪蒼海の中より興る

♪相模の友ぞグロリアーナ

♪伝統ぞ証 成長の証ぞ

♪我らの先人は 歌い合えり

♪統べよグロリアーナを 海原を鎮めよ

♪グロリアーナは崇高であれ

それが彼女らの所属する学院の歌であることは、聞けばすぐにわかる。
私は隣にいた会長さんを肘で突いた

「ちょっとちょっと、会長さん?」

小声で耳元に口を寄せる

「どったの?西住ちゃん?」

「いやいやいや、何でです?彼女ら、グロリアーナの学院長親衛隊の軍楽隊ですよ?何でこんな練習試合の応援に読んできてんですか?」

「私が呼んだんじゃないよ?向こうが勝手に連れてきた。まぁ私も試合の盛り上げ役として丁度いいからOK出したんだけどね」

「いやしかしですね、私は外交は門外漢ですけど……」

「門外漢なら、専門に任せてくれないか?」

一枚干し芋を齧りながら、会長さんはこちらに視線を向けた。じっと、私の動きを封じる風を呼び寄せる。
なるほど、彼女は分かっていてやっているのだろう。それがどういう道かは知らないが

103 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/14(日) 21:20:45.04 ID:yqAYEvoU0


チャーチル歩兵戦車のキューポラから紅い服に身を包んだ少女が現れた。身軽に戦車から降りると一歩前に進み出る。こちらは河嶋さんがこれを迎える

「この度は急な申し出に関わらず受け入れてくださったこと、誠に感謝する。ダージリン殿」

河嶋さんが頭を下げる

「構いませんことよ。我々は黒森峰やプラウダなどの行う野蛮な戦いには身を染めませんの。それに出場しないならば、互いに騎士道精神に則り正々堂々と試合を行いましょう」

ダージリンさんは少々微笑み、身をあげて河嶋さんと握手を交わす。両校の生徒は一列に整列する

「只今より聖グロリアーナ女学院対大洗女子学園の試合を始める。一同、礼!」

「よろしくお願いします」

審判の透き通る声と皆の挨拶がよく広がる

「それでは20分後に開始となります。各校、準備を!」

両校の生徒は各車輌に去った。
向こうから聞こえる校歌の続きを口ずさんでいたら、沙織さんから不思議がられた

104 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/14(日) 21:29:35.80 ID:yqAYEvoU0


審判の笛の合図とともに両校の戦車が発進する

「今回の作戦を確認する。今回はあんこうチームが囮となり、我々が待機する523地点まで誘き寄せる。
それ以外は移動後北から予定通り並んで待機。車長は場所を操縦手と連絡しながら移動するように!」

我々が囮だ。せめてここで何とかするしかないか

「確かに相手は強豪、我々なぞ取るに足らぬ相手かもしれん。だが我々だって練習して自分たちの技を磨き上げてきた。
それを今こそ示す時だ!
絶対勝つぞ、いいか!」

「はい!」

河嶋さんから作戦の確認と檄が飛ぶ。指揮は旺盛。こちらにとっては数少ない良い材料だ。車輌はIV号を除いて途中で右折し、待ち伏せの場所に向かう。
私はキューポラから身を出した。正直気分は乗り切れない。斜め上に長く息を吐き出す

IV号は直進し、平原を見下ろす場所に陣取った

「私が偵察に向かいます。皆さんはそこで待機してください」

「西住殿、私も行きます」

優花里とともに車外に出て、平原が隅まで見える場所で身を伏せた。
視界の右側から砂埃とともに陣形を組んだイギリス戦車の群れが現れたのは、それから間も無くであった

「敵5輌前進中。チャーチルとマチルダII」

双眼鏡を確認した。色も皆違うから分かりやすい

105 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/14(日) 21:30:40.17 ID:yqAYEvoU0


「距離1040メートル」

「へっ?」

いきなり距離を算出した私に優花里さんは驚くいたようだ。
なぜなら私の持っていた双眼鏡は優花里さんが持っているようなメモリ付きのものではない、ただの曇りのないレンズだったらだ。
優花里さんは自分のもので測ったようだが、すぐに1040メートルだと算出した

私は嫌いだが流石は軍事オタクという人種に区分けされるだけはある。戦車の大きさは頭の中に書き込まれているようだ。
言っておくが彼女自身を嫌うわけではない。その一面以外が素晴らしいことは私自身よく知っている

「すごい!どうして分かったんですか?」

「この双眼鏡使い慣れてるし、見た目の大きさと実際の大きさを比べたらわかります」

あっさり言ってしまったが、これは当然なものではないのだ。彼女の唖然とした口と憧れが込められた目が組み合わさった表情がそれの証明だ

「それにしてもすごい行軍ですね」

「はい。あれだけスピードを合わせて走れるなんて素晴らしいです」

「我々の戦力だとポルシェティーガーしか正面装甲は抜けませんが」

「それは戦術と腕かな?」

微笑んだ顔を優花里さんに向け、沙織さんに合図した。あ、カッコつけすぎた……
106 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/14(日) 21:34:32.86 ID:yqAYEvoU0

「こちらあんこう。敵発見、これから引きつけます」

河嶋さんが答えたことを沙織さんがハンドサインで示す。私は一つ咳払いをしてから、キューポラの中に身を投じた

「麻子さん、敵に気付かれないようにゆっくりエンジンかけて。優花里さん。AP(徹甲弾)装填」

「はい!」

短いリズムで低音を刻むエンジン音が響き、IV号が少し前進する

「華さん、狙ってください。距離は980です」

砲塔が少し回り、砲声とその後に砲弾がマチルダIIから1メートルほど離れた所に着弾した音が、視覚より少し遅れて流れてきた。
上がった土煙を眺め華さんが振り返る。

「すみません、みほさん。外してしまいました」

「いえ、いいんです。撃破が目的ではありませんから」

あの練度で最初からあの近距離に寄せるとは、やはり華さんには静止射撃の才能がある。黒森峰のあの人よりは上かもしれないな

ふとあの顔をが頭をよぎる。生きる為に能力的に排除しようとした彼女の顔が。
やめろ、この試合くらいはやめてくれ

「西住殿、大丈夫ですか?」

優花里さんの声で幻影はとりあえず消えた。
気を取り直して深呼吸。
敵は5車輌陣形を歪ませることなく旋回し、こちらに向かって来ていた

「では敵をポイントまで引き寄せます。麻子さん、できるだけジグザグに走って敵を撹乱してください」

「分かった」

敵の第一射が近くの岩に命中する時、撤退命令を下す
107 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/14(日) 21:36:49.36 ID:yqAYEvoU0

ダージリンは着弾後、装填手オレンジペコの淹れた紅茶を飲み切った

「あそこからですか。
アッサムさん、あなたの言っていた羊達は少しは走り回るようですわよ」

砲手のアッサムが照準を冷静に合わせながら答える

「それでも羊には変わりありません」

「全車追撃」

指示を下すと、それに対する返事かのごとく通信手が他の車輌との無線を繋いだ

「こちらローズヒップ。敵8輌を523地点で発見しましたわ。
どうなさいます?ダージリン様のおっ紅茶の冷める前に勝負を決めてしまってもいいのでは?その為の準備は整っておりますの」

ダージリンは不敵な笑いを浮かべる

「紅茶はポットに蓋をして蒸らしてから楽しむものよ、ローズヒップ。そちら4輌は待機。次の指示を待ちなさい」

5輌はIV号への追撃を開始した

「やはり凡庸なる羊のようですね」

「全く」

108 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/14(日) 21:39:48.50 ID:yqAYEvoU0


5対1の競争は熾烈になっていた。次々火を噴く砲塔。それらを私の指示のもと麻子さんは見事に車輌を左右に揺らし、回避していた。
この技術は黒森峰の親衛隊に居ても遜色ないレベルだ。おまけに操縦方法をマニュアル読んだら覚えていた、と聞いた時は私でも唖然とした

そんな人間がゴロゴロいたら世の中楽だろうに。いや逆にその中でさらに凄い奴が出てくるんだろうな

「みぽりん、中に入って」

沙織さんが頭の上の蓋を僅かに開けて呼びかけてくる

「こちらの方が敵の様子が見やすいので。
軟式だから当たってどうこうなるものでもないですし」

「そうじゃなくて、万が一みぽりんに何かあったら……」

ほおを緩めた。自分より友である私を心配してくれる人がいることが嬉しかった。
まぁこれを全く無視するのは後味悪そうだ

「ならばお言葉に甘えて。あ、麻子さんすぐ左に!」

10センチほど身を屈めた。そしてすぐ右にマチルダIIの砲弾が着弾した

「こちらあんこう、あと4分でそちらに到着します」

「了解。こちら異常なし」

「クルセイダーが見当たりません。警戒を続けてください」

「分かった」
「……下手を承知で申し上げますが、もう1輌、例えば89式とかを偵察出しませんか?クルセイダーの動向が一向に分からないのは厳しいものがあるかと」

「いや、下手な分散は各個撃破の的になる。ここで火力を集中せねば、撃破出来るものも出来なくなる。
そちらの5輌が集団で行動しているところを見ると、クルセイダー4輌も集中運用している可能性が高い。1輌だけ繰り出しても見つかったら終いだ。特に89式ではな。
今回IV号を偵察に出したのも、一定の機動力といざという時にはそれらを相打ち出来るだけの火力を見込んだからだ。それに匹敵する車輌はここにはない。
それに最も近い三式では相打ちまで持ち込める練度はない。これから離脱させる時間もない。よって却下だ」

「……はい。準備を宜しくお願いします」


109 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/14(日) 21:40:14.04 ID:yqAYEvoU0

一方ダージリンも同時に無線を使った
「あと4分でそちらに到着しますわ。用意しておいてくださいね」

「おっまかせですわ。葉っぱのダンスは終わってしまいましたし、蒸らしすぎてミルクティーにぴったりになっておりますの。底までしっかりかき混ぜて差し上げますわ」

「素晴らしいわね。さあ、羊は足の速い牧羊犬を使ってまとめますわ。ペコ」

「了解です。AP装填完了」

「It's game time.」

ダージリンは右手を前に差し出した

「さぁ、戦車道を楽しみましょう」


110 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/14(日) 21:41:02.72 ID:yqAYEvoU0
今日はここまでです


また木曜日もよろしくお願いします
111 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/18(木) 21:12:38.26 ID:Q0QPY3q8O
始めます




あと3分でポイントに着こうとするときに入った無線に驚愕した

「クルセイダー4輌が背後から急襲。キルゾーンを突破された」

こちらはもうポイントまでの一本道に入った所。背後から敵が追ってくる中引き返すのは不可能。つまりクルセイダー急襲で混乱しているまさにそこに、チャーチルとマチルダIIが乗りこんで来るのである。しかも挟み撃ち

「取り敢えず私達が撃破されないように後退!」

最早絶対絶命、私の考えた最悪のシナリオが実行されていた


112 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/18(木) 21:13:10.62 ID:Q0QPY3q8O


こちらは523地点。敵が来た時にウサギさんチームのM3とカモさんチームのB1bisの放った砲弾は、全速力で突っ込んでくるクルセイダーに華麗に避けられ、カモさんチームとウサギさんチームはすぐにクルセイダーの砲弾の餌食になった

「IV号が来る前に潰せ!撃てっ!撃てっ!撃ちまくれぃ!
クルセイダーの装甲でこの近距離なら、当たれば撃破出来るぞ!」

河嶋はそれしか命令しない。まさにトリガーハッピーの状態だ。しかも自分の撃った弾は一発も当たらない。
そんな感じのカメさんチームの38tもすぐに側面に砲弾を食らいお陀仏になる。III突はなんとか下に回避して、IV号と合流するときに備えていた

高台では砲撃戦が繰り広げられる。レオポンチーム、アリクイさんチームが1輌ずつ撃破したが、こちらは撃った直後のアリクイさんチームの3式とサメさんチームのマークIVが撃破され、レオポンチームもエンジン近くに被弾している。
酒場での乱闘が繰り広げられていた
113 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/18(木) 21:16:17.02 ID:Q0QPY3q8O

「カモさん、ウサギさん、カメさん、アリクイさん、サメさんが撃破されちゃって、レオポンさんも危ないって。乗員はみんなは無事だよ」

沙織さんからの報告に流石の私も耳を疑う。たった1分で5輌撃破、しかも最主力のポルシェティーガーが撃破寸前である。おまけに隊長車が撃破されている
この相手がクルセイダー4輌だと言うのだから驚きだ。仮に4輌全て犠牲にする気でも、こっちにこれだけの損害を与えられた上、先頭から砲撃というこっちの作戦を封殺出来るなら大いに価値がある

こちらの策に対する対応としては最善ではないが十分過ぎる。私なら後ろの道を作る崖の上に待機させ、合流直前に稜線射撃させて上からボッコボコにしてやるところだが。
そしたら最後にノコノコやってきた私たちを撃ち抜いておしまいだ

ま、そこは彼女らの言う騎士道とやらの成した道なのだろう。あるいは時間の関係か。
こちらに救いがあるなら、彼女らがとった策が最善ではないことと、負傷者が確認されていないことだろう

「急ぎましょう」

焦りを隠しながら淡々というしかなかった

114 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/18(木) 21:16:56.37 ID:Q0QPY3q8O


ダージリンは戦況報告を聞きほくそ笑んでいた

「そして最後に羊を頂くのは1番強いブルドッグ」

新たに淹れられていたカップの紅茶を全て飲み干した

「ブルドッグですか?」

オレンジペコが装填しながらダージリンを見上げる

「そいつは牧羊犬ではないわ。番犬よ」

一発撃ったアッサムが言う。ペコは首を傾げる。どうやら意味が分かっていないようだ

115 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/18(木) 21:17:26.27 ID:Q0QPY3q8O


大洗側は大きく混乱していた。隊長車が撃破されたため命令が途絶え、なんとか個々が戦っている状態だ。私から話しかけても返事がくる車輌はない

「西住ちゃん!」

急に会長さんから無線が入る

「会長さん、大丈夫ですか!お怪我は!」

「それはいいんだ。全員問題ない。それよりこっからの指揮は西住ちゃんが採ってくれ」

「えっ?ちょっ……」

「頼んだよ。負けたら祭りでチームごとあんこう踊りやってもらうから!」

急ぎ目に、しかし耳に残る声が駆け抜けた

「えっ?あんこう踊り……切れちゃった」

沙織さんが声を震わせて振り向く

「み、みぽりん?い、今何て言った?」

「会長さんが指揮は私に任せることにして、負けたらうちのチームごとあんこう踊り?というのをやれって」

「あんこう踊り!あれ踊ったらお嫁に行けない!」

沙織さんが頭を抱える
何なのだそれは?

「絶対ネットで晒し者にされます」

優花里さんも同調する

「よくわからないですけど……そんな酷い踊りなのでしょうか?」

「勝とうよ!勝てばいいんでしょ!」

「そうですね。試合ですから負けるわけにはいきません」

「そうですね、やりましょう。西住殿!」

「やるしか無いぞ、西住さん」

皆がこちらに勝利を求め呼び掛けてくる。
本当にあんこう踊りとは何ものか。少なくともこうやって絶望の淵から戦意高揚に繋げられるだけの力は持つようだが

いや、そんなこと考える場合ではないな。隊長、副隊長両名が失われた今、やる他ない。
皆で勝ちを掴みに行こうか

「……分かりました。どこまで戦えるか分かりませんが、できる限りのことはやりましょう」

力強く息を吸い込み、私のかつての心を呼び起そうとする。勝ちへの絶対的な希求を
116 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/18(木) 21:19:05.64 ID:Q0QPY3q8O


「沙織さん、他の車輌の現状を!」

「分かった。アヒルさん!」

「こちらアヒル!一応無事です!車長に繋ぎます!」

近藤の声が返ってくる

「うちの車長が臨時の隊長になります。よろしくお願いします」

「了解した!指示を頼む!」

無線を繋がれた磯辺からの返事が返る。その後もカバさん、レオポンさんも私の隊長案に賛成した。まぁこれは隊長の責任回避もあるんじゃなかろうか

「まずクルセイダーの撃破を優先してください。III突も上に上がって」

「OK」

レオポンチームの中島さん

「心得た!」

カバさんチームのエルヴィンさん

「了解しました!」

アヒルさんチームの近藤さんが答える。坂を登り左側面に退避していたIII突がすぐにクルセイダー1輌を仕留める

「こちらカバ、1輌やったぞ!」

「分かりました。我々の到着と共に市街地へ後退します。レオポンさん、しんがりを頼みます」

「了解したよー」

「why not!」

「大洗は庭です。任せてください」

皆の陽気な返事が帰ってくる。期待がこの一身に集められるのを感じた。
IV号が斜面の右から登るなかで、3輌に囲まれつつあった最後のクルセイダーを近距離で撃破した。
これにより、大洗は背後への退路の確保に成功した

「全車後退!あんこうを先頭に進んでください!」


117 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/18(木) 21:21:40.47 ID:Q0QPY3q8O



裏の道に入り、他の車輌の速度を見つつ砲弾を躱しつつ移動する方向を麻子さんに指示する。
これは容易いことでは無いが私からしたら難なくこなせることであり、むしろそれを聞いて素早く速度と向きを変える麻子さんの方が素晴らしい

するとしんがりのポルシェティーガーのエンジンから煙が登る。それと共にポルシェティーガーはとまり、自動判定装置の旗が上がる。まぁもともとぶっ壊れやすいエンジンに砲弾を打ち込まれていたんだ。ここまで動いたことを奇跡と思おう

「こちらレオポン、やっちゃった」

「いえ、ありがとうございます」

「西住さん、宜しく頼むよ」

ポルシェティーガーが道の半分を塞ぐ形になった。そのおかげで敵の行動を遅らせ、私達はなんとか敵を振り切り市街地に入った。
アハトアハトの喪失は痛いが、寧ろこれからの戦いでその巨躯は障害になり得る。そう思おう

「こちらは3輌、敵は5輌。戦力、防御力は相手が上ですが、こちらは地の利を活かしましょう」

さぁこい田尻凛。これが私の、負けが許されるがそうしたくない意志が見せる戦いだ


118 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/18(木) 21:23:42.08 ID:Q0QPY3q8O


道中を警戒しながら進んでいたマチルダIIに対し、路肩の狭いところに入ったIII突が側面から奇襲を仕掛け、白いフラッグをはためかさせた

「やったぞ!マチルダII一輌撃破!」

沙織さんの無線に状況を伝えるエルヴィンさんの嬉々とした声が舞い込む。彼女らから提案された作戦だったがこんな上手くいくとは

私はすぐにその場を離れるよう指示し、彼らの土地勘に委ねた


その頃もう1輌のマチルダIIが罠の中に入ろうとしていると報告が入った。
屋内駐車場と二段式パーキングが向かい合わせになっている場所にアヒルさんチームが待機し、わざわざブザーを鳴らしてまで迎え入れたそうだ

「こちらアヒル!マチルダII撃破!」

続いてアヒルさんチームはそう一報を送ってきたが、一応麻子さんに場所を確認させてから、いや確認するまでもなく煙の立ち上り始めた場所へ向かってもらった。
アヒルさんチームは驚いただろうな。駆けつけたあんこうチームのIV号が砲身から煙を登らせながら走り去ったのだから。
やっぱり89式じゃ無理だったか。保険かけといて良かった。煙が出てたから燃料タンクは壊せたみたいだけど

さてこれで2輌撃破。数ではトントンになった。だが向こうもこちらの遊撃戦を許してはくれないだろう。ここからが勝負よ

119 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/18(木) 21:28:20.45 ID:Q0QPY3q8O


「マチルダII2輌撃破されました!」

ダージリンの乗るチャーチルにこの報告が飛び込むと、彼女は驚きで右手を滑らせた。反時計回りに回りつつ地に落ちたティーカップが割れて四散する

これで3輌対3輌。数的優位は失われた。思わず顔をしかめる

「おやりになるわね……」

おそらくこの変化はIV号のあの少女、西住みほによるものだろう。
面白くなって来た。カップを失った分以上に楽しませてもらおう

「全車作戦変更」

120 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/18(木) 21:29:20.06 ID:Q0QPY3q8O


あんこうがマチルダIIを撃破してからしばらく、エルヴィンさんから報告が入った

「待ち伏せ場所の近くに敵がいる。こちらには気づいていない。狙うなら今だ」

さてここでyesと下せるか、それが重要だ。
聖グロリアーナほどの敵が何度も待ち伏せに乗るのか、と。
おまけに先ほどの場所に近い、ということが私を惑わせる

「隊長、攻撃命令を!」

エルヴィンさんが急かしてくる。確かにここで機会を逃す方が後々響くかもしれない

「……わかりました。くれぐれも慎重にお願いします」

それから30秒後

「こちらカバさんチーム。すまない、撃破された。囮作戦を使ってきた」

敵が油断を無くした。明らかに私のミス。撃破の為の火力は完全にIV号に託された。
そう考えていた時側面から履帯の音がする

チャーチルだ

「側面にチャーチル!全速前進!」
121 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/18(木) 21:30:11.94 ID:Q0QPY3q8O

麻子さんにアクセルを踏み込ませる。
また壮大な追いかけっこが始まった。合流した残りのマチルダIIと共にチャーチルが全速で逃げるIV号を追う。
麻子さんの土地勘に頼りつつこちらは敵の攻撃を避けさせ、周囲の道路や建物が砲弾の餌食となって崩れ落ちる。
ただひたすら逃げるしかないIV号は当たらずに済んでいたが、いきなり道の真ん中に看板が見えた。工事中による封鎖だ。
考えてみれば船の上にいた彼女らに最近の工事の概要など知りようもない。誰も責められない

引き返そうとするが、背後にはすでにチャーチルとマチルダII2輌が来ている。砲塔を回転させて対応しようとするが、まもなく雁首そろえてIV号にその砲塔群を向けた

「こんな諺を知ってる?イギリス人は恋愛と戦争では、手段を選ばない」

チャーチルの上でダージリンが何かほざいているが、知るかアホ。そんなことはどうでもいい。重要なことじゃない。
今ここをどうやって切り抜けるか、いま考えるべき問題はそれだ

ダージリンの挙がった手が振り下ろされようとしたその時、

「ゆくぞー!」

左脇の道からサッと89式が入ってきて、急ブレーキをかけた

「アヒルさんチーム!」

「来てくれたんですね!」

優花里さんの喜びの声を聞いた。
可能性が姿を露わにした。
プランが早急に固まる

軽い金属音がその後にこだました。チャーチルの装甲が厚すぎて撃ちぬけなかったのだ。マチルダIIも撃ち抜けないからしょうがないね

次の瞬間には3つの砲身が火を吹いた。その3発は全て89式を撃ち抜き、煙と共に旗が上る

「麻子さんは1秒停止!華さんはすぐにマチルダIIに1発撃って!そしたら脇に!」

あの短時間で誰が撃つかなんて決められはしない。3輌が一斉に撃った後の絶対的なタイムラグ。4秒あれば十分だ

砲塔と車体の間を狙った1発は見事にマチルダIIを撃破へ導く
敵の弾を捨てさせたことへの感謝は後で伝えねばな。
脇に入ったら次の角で右に、全速力で突っ走らせる。
途中の道で敵視認。
やはり歩兵戦車は歩兵戦車だった
122 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/18(木) 21:36:58.57 ID:Q0QPY3q8O

「麻子さん!次の角右に曲がったら壁に沿って走ってください!」

素早く車体をカーブさせ、角へ急ぐ。
道から最後のマチルダIIが砲身を覗かせる。
直ぐに停車させ、素早く撃たせる。
その弾は側面に見事に命中した。
白い旗が登る。
あとはチャーチルとの一騎打ちのみ

「後退!」

素早く車体を後退させる。
チャーチルが発砲するも蛇行した車輌には当たらない。
IV号も素早く発砲するもチャーチルの厚い正面の装甲に弾かれる。
デカブツだけに大層な装甲を持ちやがって

IV号は数少ない可能性のある側面を狙いたい。
しかしそれを察しているチャーチルは側面を見せないように移動する。
その機動、まさに見事。このままでは防御の薄いIV号の方が不利だ

「短期決戦で行くしかない」

次のチャーチルの弾丸が右側に着弾する時に指示を出した

「敵に突撃するふりをして素早く敵側面に回り込んでください。旋回は出来るだけすぐに終わるように。かなり難しいと思いますが麻子さん、出来ますか?」

「やってやろう。そうすれば勝てるんだろう?」

どう考えても戦車道を始めてから半年の人間に頼むことではないが、この際気にしていてはいられない。
彼女の技量なら可能だ

優花里さんが装填を急ぐ。
麻子さんが撃ったあとの煙の残るチャーチルの正面へ進める。
チャーチルがすらりと長い砲身をこちらに向ける

123 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/18(木) 21:37:29.13 ID:Q0QPY3q8O


「今っ!」

その声と共にIV号は左、そしてすぐ大きく右に曲がる。それに合わせチャーチルの砲身もぐるりと回る

甲高くコンクリートの地面を削る履帯。
そして互いに静止する。
双方の砲が火を吹いたのはその直後だった。
煙が周囲を覆う

無言の煙が晴れた時、純白の旗は1本のみ挙がっていた。
その旗の側にはあんこうのマーク

「大洗女子学園、全車輌撃破!よって聖グロリアーナ女学院の勝利!」

審判は笛の音に続き宣言した

大洗は、負けた
124 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/18(木) 21:38:23.74 ID:Q0QPY3q8O


キューポラの縁に寄りかかった。顔には少し笑みが現れているだろう

満足だ、ただそう思った。自分の出来ることはやった。敵が手強いことが非常に面白かった。この負けも生きて味わうことが出来る。
これまでこの気持ちを味わえる戦いはいつぶりだろうか。
口から微かに声が漏れる

「待って!」

沙織さんの一言で現実に引き戻される。
思わず斜め下の車内を覗き込む

「負けたらうちのチーム全員であんこう踊りじゃ……」

「あっ……」

だから本当に何なのだそれは

「取り敢えずやれることはやったんだ。戻るぞ」

麻子さんがなんとかその場をまとめ、私も力の抜けた体をキューポラから引き抜き、全員車輌から出て移動する


125 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/18(木) 21:45:58.98 ID:Q0QPY3q8O


You shouldn’t abandon your will by which we assumed that it wasn’t accomplished by once of defeat freely.
(成し遂げんとした志をただ一回の敗北によって捨ててはいけない。)

ウィリアム=シェイクスピア

126 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/18(木) 21:47:27.84 ID:Q0QPY3q8O
今日はここまでです。続きは日曜日に投下します


あ、そうだ。前回の聖グロの校歌はこれ



聖グロ校歌

http://sp.nicovideo.jp/watch/sm33014307


この小説ってどのくらい見られているんですかね……

127 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/21(日) 21:03:57.12 ID:5cHyLcvM0
はじめます




「全員、礼!」

最初の場所に集まった両チームの選手再び互いに一列に並んで頭を下げた。
まずは破損した車輌の輸送準備だろうか、と背筋をぐいと伸ばしていた。
するとダージリンが部下らしき女を2人連れてこちらに歩み寄ってきた

「貴女が西住さんでしょうか?初めまして、聖グロリアーナ女学院戦車道部隊隊長、ダージリンですわ」

おまけにこちらに向けて話しかけてきたのだから、私は身体が急にロボットになった気がした

「は、はい。私が……西住みほ、です。隊長でもない私のことを覚えて貰っているとは、えっと……本当に光栄です」

正面に向き直り深めに礼をする

「貴女を知らない戦車道関係者の方が珍しいと思いますわよ。
それよりも貴女がかの学園を離れた後も戦車道をなさっているとは、少し驚きましたわ。あれだけのことがあった後ですもの」

「……えーと、これにはなにぶん事情がありまして……」

来たばっかりとはいえウチの学校の評価は落としたくないから、なんと言えば良いか

128 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/21(日) 21:05:01.08 ID:5cHyLcvM0

「えっと……みぽりん、相手の隊長さんと知り合いなの?」

傍から沙織さんが顔を覗かせた。
この話を切ってくれたのはありがたい

「まぁ……知り合いといいますか……」

「話したことはないけど、互いの顔は知っていることを共に認識している関係、といったところでしょうか」

詰まっているところに最適な助け舟が流されてきた

「そんなところ……なんでしょうかね?」

「分かりにくいよー、もー」

「彼女は?」

「私の車輌の通信手にして、友人である武部さんです」

「初めまして。武部沙織です!モテモテになる為に戦車道やってまーす!だけど最近は戦車道やることそのものが楽しくなってきました!」

阿呆。
少し舌を出して顔の横でピースサインしながらいきなり言うことがそれかい。キラッとか擬音が付いてそうだぞ。ダージリンさん思いっきり面食らってるじゃないか

まぁ戦車道を楽しそうにやる友人の姿を見せられたのはプラスかな

「な、中々個性的なご友人をお持ちですね」

「お恥ずかしい限りで」

「恥ずかしいって何よ!」

見たまんまだわ。恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。こっちが頭下げなきゃいけなくなるだろうが。
私たちの世代での戦車道の主流を担うであろう方にかける言葉ではない

「ですが貴女の笑顔が見れただけで、こちらとしては十分ですわ」
129 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/21(日) 21:05:42.88 ID:5cHyLcvM0
undefined
130 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/21(日) 21:08:11.15 ID:5cHyLcvM0

「あ、えっと……一つ疑問があるのですが、宜しいでしょうか?」

軽く手を挙げて顔をダージリンさんの方へ戻した。初めて話した人にこちらから声を掛けることが出来たことは、後になってから驚きをもたらした

「ええ、簡単なものなら」

「あ、ありがとうございます。本日の試合、あのクルセイダーの投入時間から貴女方は我々をそれ以前に見つけていた。つまりIV号を除く残り8輌があの場所にいたことを知っていたはずです。
なら何故そのまま両端を塞いで叩かなかったのです?クルセイダーを先に投入しなければ我々はまともな手を打てずに全滅し、貴女方もこの試合ほどの被害は出なかったでしょう。そしてその程度のことに貴女が気付かなかったとは思えません。少なくとも、もう少し楽に勝てたはず
宜しければ何故そうしなかったのか教えて頂けますでしょうか」

ダージリンさんは手に持っていたカップを少し傾けてから微笑んだ

「簡単な話ですわ。あの程度の作戦、貴女が立てるとは思えませんもの」

「……と仰いますと?」

「貴女と正面から戦ってみたかった、というのは理由として不足かしら?」

「……率直に申し上げますと、ここの戦車道部隊はそこまで優秀ではありませんし、外部にもそのように認知されているでしょう。
そこにグロリアーナが練習試合とはいえ負けた、若しくは戦況が拮抗したとなれば、グロリアーナにおける貴女の立場は悪化するでしょう。
それは貴女が望む所ではない。それでもこの試合で最善の勝ち方を狙わないのですか?」

「試合前に申し上げたでしょう?我々は野蛮な戦いには身を染めませんの。軟式戦車道においては勝ちが全てではありませんわ。それくらい学院も学院長殿下も承知済みです。
それに私は仮に一騎打ちになっても負ける気はありませんから」

話には幾らか納得出来たが、流石に私に対して油断し過ぎだ。ひとつ釘を刺しといてやろう

「なに、次があるなら私が勝ちます。そういうことなら私も安心して戦えますよ」

「あら、それは楽しみにしておりますわ」
131 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/21(日) 21:08:37.55 ID:5cHyLcvM0

次、か

私から言っておいてなんだが、そんなことを考えたのも前、いつあっただろうか。
勝たねば組織内で足を掬われる。場合によっては死。そんな世界では思いもしなかったことだ

「ダージリン様、そろそろ」

背後の部下の1人がダージリンさんに耳打ちする

「ええ、そうしましょう。すみません、西住さん。そろそろ……」

「あ、お引き止めして申し訳ありませんでした」

ダージリンさんは手を振りながら背を向け仲間と合流していた。戦車の方に見せかけて少し離れた場所へと引き下がっていく

「流石ですよ西住殿!あのダージリン殿に直々にお声を掛けていただけるなんて!」

「みほさんをお褒めになっていらっしゃいましたし、私も嬉しいです」

「よく分からんがよかったな。勝てなかったけど。
あ、戦車は自動車部が仮整備、輸送含めて手配済みだそうだ。学園艦に帰ったら整備も全部するらしい」

他の3人も話が終わったタイミングで私たちのいる方へやって来た

「それはすごいですね。あの量ですよ?」

「徹夜でやれば一晩で出来るらしいぞ」

ジョークだろう?
黒森峰の整備隊でも20輌使った試合の整備なんて、10人使って1日がかりだぞ。たった4人で夜も眠らず、それで車輌のお国もバラバラな9輌を修復するとは。
いや、練習の時も次の日には全部修理済みになっているから凄いとは思っていたけど……損傷のレベルが違うぞレベルが
132 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/21(日) 21:10:15.91 ID:5cHyLcvM0

次、か

私から言っておいてなんだが、そんなことを考えたのも前、いつあっただろうか。
勝たねば組織内で足を掬われる。場合によっては死。そんな世界では思いもしなかったことだ

「ダージリン様、そろそろ」

背後の部下の1人がダージリンさんに耳打ちする

「ええ、そうしましょう。すみません、西住さん。そろそろ……」

「あ、お引き止めして申し訳ありませんでした」

ダージリンさんは手を振りながら背を向け仲間と合流していた。戦車の方に見せかけて少し離れた場所へと引き下がっていく

「流石ですよ西住殿!あのダージリン殿に直々にお声を掛けていただけるなんて!」

「みほさんをお褒めになっていらっしゃいましたし、私も嬉しいです」

「よく分からんがよかったな。勝てなかったけど。
あ、戦車は自動車部が仮整備、輸送含めて手配済みだそうだ。学園艦に帰ったら整備も全部するらしい」

他の3人も話が終わったタイミングで私たちのいる方へやって来た

「それはすごいですね。あの量ですよ?」

「徹夜でやれば一晩で出来るらしいぞ」

ジョークだろう?
黒森峰の整備隊でも20輌使った試合の整備なんて、10人使って1日がかりだぞ。たった4人で夜も眠らず、それで車輌のお国もバラバラな9輌を修復するとは。
いや、練習の時も次の日には全部修理済みになっているから凄いとは思っていたけど……損傷のレベルが違うぞレベルが

133 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/21(日) 21:11:02.29 ID:5cHyLcvM0

それの見物はあと回しにするとして、反省会をとっとと開きたいところだが、どうもそうはいかなかいようだ

「いやー、お疲れ。西住ちゃん」

背後から会長さんが声をかける。生徒会の2人も一緒だ

「約束通りやってもらうぞ」

河嶋さんが5人に視線を向ける。その目に怯える者と悟る者と理解していない者がいた

「はい服」

そう言って会長さんが真っピンクな服とこれまた真っピンクの帽子を取り出した。襟を持ち一枚ずつ数を数える

「うん、8枚あるからよろしく」

「えっ?8?」

河嶋さんが冷や汗を流す。5じゃないぞ

「うちらもやるよ。頑張った部下にやらせて隊長がやらないってことはないよね?
こういうのは連帯責任だし、何より隊長が真っ先に撃破されたのはいかんでしょ」

会長さんがサラッと言う。小山さんは微笑みを河嶋さんに向ける。
会長さんは兎も角、やっぱり小山さん腹黒いだろ絶対。沙織さんは温厚そうだって紹介してくれたけど。ガチギレしたら全裸で戦車に載せたりしそう。無表情で。
私の空想であってほしいけど、もちろん

「うっ……」

「ダージリン」

少し離れた場所へ会長さんが呼びかける。その声にダージリンさんはどこからか仲間とともにこちらへ向かってきた。
ていうか呼び捨て?

「如何しましたか、角谷さん?」

「私らこれから向こうの広場で歓迎も兼ねて踊るんだ。見に来てよ」

「そのピンク色の服でですか?私たちに媚びても上とは繋がりませんわよ?」

「なぁに、そんな面倒な裏はないさ。敗者の見世物として見てってくれ」

自分もやるのに会長さんはけらけらと気楽に笑っている

「それならせっかく時間も空いていることですし、歓迎を受けますわ」

私は納得した



二つ投稿はミスです
134 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/21(日) 21:12:45.84 ID:5cHyLcvM0


大洗マリンタワー前広場。ここには元から白い舞台が用意されている。行事などにも使われるのだろう。
どこからかやってきた司会が話を切り出す

「最後は今日の敗戦への反省をこめて、大洗女子学園の戦車道チームの人があんこう踊りを踊るそうです!」

会場がどよめきに包まれる。ケータイやカメラを用意する者がちらほら見受けられる

「やっぱり晒し者にされますよう」

優花里さんが内股になって怖気づく

「恥ずかしいよー、もー」

沙織さんも自分の格好を手から隅々まで確認してから手で、それも鰭のようなものがくっついたものだが、顔を覆っている

「やるしかありません」

華さんは覚悟を決めたようだ。こういう時ほんと強いよなこの人。
麻子さん?変わりない。何も気にせず虚空を見つめている

「出番です」

係りの者が裏方の幕をめくる。
生徒会の3人から順に舞台と上がる。
もはやこの珍妙極まりない格好で踊ることは規定事項。私の敗北のささやかな責任だ。正面にいた人の群れがどうしてようと、私は甘んじてこの罰を受けるのみ

〜あっああんあん、あっああんあん〜

何も考えていない。ただ周りに合わせて手足を動かす。
しかしよく分からない一体感がその8人を覆っていたのは事実だった。回ったり足を上げたり忙しいったらありゃしない

〜あったまのあっかりはあ〜いのあかし〜

隣からは愚痴が聞こえるが、こういうのは連座、連帯責任だ。下手な事を考えたら負け。
会長さんだけが楽しそうだったのは、彼女がこの罰ゲームを仕組んだのだから然り、か

135 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/21(日) 21:21:54.90 ID:5cHyLcvM0


試合後は破砕された大洗の街に止まる訳にはいかず、停泊している学園艦に戻ることになる。こういった公的な場で試合をする際、破壊された施設には戦車道連盟から補償金が出る

大洗なら地価は隣と比べたらまだ安い方なのだろう。というより元からそんなに金がかかるところで連盟は試合を許可しない。大洗市街戦でさえあまり望ましいものではなかったはずだ。
事実硬式では市街戦は滅多にない

だが向こうが許可した範囲内でスポーツをした、これに対し批判される筋合いは無いのでまぁほっとこう

136 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/21(日) 21:26:33.66 ID:5cHyLcvM0


試合の後生徒会室で行われた反省会で会長さんから私を副隊長とする案が出て、車長全員の懇願、さらにそこに会長さん直々に隊長と副隊長が同一車輌に乗ることは如何なものか、との提言もあった末私もそれを呑んだ。
というより、初めからそうして欲しかったが適当な成り手がいなかったようだ。だから私を引き入れた訳だが

今日の試合や副隊長の件など考えなくてはならないことは山ほどあるが、試合後の今日くらいは生きている安寧を享受したい。早速地上のコンビニで新発売されていたもみじアンパンなるものを楽しんだが、それだけでは不十分だ
その為反省会の後一緒にいたナカジマさんに戦車の修理の手伝いをしようか、と申し出たが、慣れた仲間の方が仕事が早いから、と断られた。その通りだろう。正直私もドイツ戦車以外の修理とかは分からない部分もあるし

さてこの反省会であるが、基本車長のみが集まって、車長ごとに各車の意見を纏めて行われる。理由はいくつかあるが、この生徒会室に戦車道履修者全員が入れないことがその一つだ。
つまりあんこうチームはここにはいない

反省会で出された内容は後で各々にメールで伝えるとして、もうすでに家に帰っており、何より試合で疲れているであろう彼女らをもう一度呼び出すのは忍びない

はてどうしようかな、部屋に戻るかな、と艦橋の下で帰り道につこうとした時、誰かに呼び止められた

「西住さん」
137 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/21(日) 21:53:23.55 ID:5cHyLcvM0

サメさんチームのお銀さんである。頭の上の白い帽子が目立つ。その上の羽も何処かで見た覚えがあるが、まあいい

「今日この後時間あるかい?」

「ええ、自動車部の方々を手伝おうかと思っていたのですが、断られてしまったので」

「ちょっとお誘いしたいところがあるんだが、いいかい?」

「どちらへ?」

「私たちのアジトへさ」

正直スケ番の匂いのする彼女らに対する苦手意識はあるし、彼女らも河嶋さんへの思いが強いせいか、練習中も私の指示より河嶋さんの指示を聞こうとする。正直戦車道のメンバーの中で一番仲が良くない相手だ。
風紀委員の園さんから深く付き合わなくていい、と忠告は受けているが、何度も戦い続ける仲間として関係を深めるのは損ではないだろう

「どんなところですか?」

「まぁバーだね。飯も出るし、今日は試合で早々に負けちまったお詫びとして幾らか出すよ。全額は出せないけどね」

お銀さんは申し訳なさそうに頭を掻く。軟式なら撃破されたことをそんな重く捉える必要もあるまいに。ま、硬式ならそもそも捉えられないんだが

「いえいえ、その必要はありませんよ。喜んでお尋ねします。私もお腹が空いていますし」

「じゃあ早速、付いて来てくれるかい?」

私はお銀さんに連れられて、この巨大な学園艦の中へと潜り込んでいった

138 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/21(日) 21:54:02.03 ID:5cHyLcvM0


甲板の入り口からは急な階段を経て内部に入り、蛍光灯が炯々と灯る下、深く深く沈む。お銀さんは時々すれ違う船舶科の人に声を掛けながら、私に対しては無言のまま先を急ぐ
崖のような場所に取り付けられたはしごを下って少し行くと、そこは甲板とは別世界が広がっていた

裸の白熱電球に照らされてぼんやりと広がるのは、食い物のゴミの散らかった通路。鉄条網で区切られた向こう側からは奇妙な笑い声がする。食い物のゴミの中には肉に関連するゴミもあるらしい
鼻をくすぐる腐敗臭。澱んだ空気の重々しさも混じる

ああ、辞めてくれ。君だけは思い出したくもない。その生気のない顔よ、私の頭にまた来るな

「大丈夫か?済まないね、私たちが居る場所はこんな所なんだ。まぁ、臭いは居たら慣れちまうもんだがね」

お銀さんの声でやっと私は幾らか正気を取り戻した。危うく食欲を完全に喪失するところだった。その言葉で引き出される顔はなんとか伏せた

「お、姉さん。そちらはお客さんっすか?」

「そう。陸のお偉いさんだ」

「『どん底』に、っすか?」

「ああ。そっちは問題ないか?」

「平気っす。それじゃ」
139 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/21(日) 21:57:21.27 ID:5cHyLcvM0

お銀さん鉄条網の向こうの白い服の女と話した後、我々はその鉄条網を避けて少しいった先にあるエレベーターの前に辿り着いた。
業務用であるらしく、近づく中で重いモーター音が轟く。中は車一台丸々入れそうな程広い

「こいつは学園艦の底部で作業する人たちの為の物資搬入に使われるやつなんだ」

きょろきょろと中を見渡していると、彼女がそのように教えてくれた

「そんなエレベーターを勝手に使っちゃって大丈夫なのですか?」

「私たちが行く店の材料もコイツで運ばれるから大丈夫さ。私は許可証もらってるし。風紀委員には死んでも渡さないけどね。ま、死ぬことはないんだけどさ」

そんなことを話している間にエレベーターの扉が開き、何故かあるベニヤ製の隠しドアを押し開けて煉瓦の通路をジグザグに進む。
慣れているのだろう。分岐点が多いのにそれを迷うことなく選択していた。
それにしてもベニヤ板の装飾、結構リアルだったな

140 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/21(日) 22:24:04.44 ID:5cHyLcvM0


ある角を曲がると、暗闇の奥にネオンの光が輝いていた。音楽も漏れ出ている。こんな文字通りの『どん底』には似つかわしくないほど清らかな、だが力強さも秘めた歌だ

「そこさ」

「ほう……」

私は興奮していた。子供が悪戯に赴く前の如く。彼女が扉を開くと、漏れ出た音は本流となって耳に注ぎ込まれる

「お、親分。遅いじゃないっすか」

「悪い悪い、反省会の後お客さんを誘ってたら遅くなっちまってね」

「ど、どうも……」

「反省会の内容は後で教えるよ」

だが雰囲気には威圧的なものも混じっている

「ようこそ、どん底へ……注文は?」

私はこういう所に来たことはないが、どういう事をすればいいかは知っている。こういうのは柄になくはっちゃけるのが吉だ。ちゃんと財布の中身は確認済みだし

「……とりあえずビール。出来ればドイツのをお願いします」

「……ドイツビール?あなたお子ち……え?」

「え?」

何か変な事を言っただろうか。部屋にいたサメさんチームの全員が私を見つめている。歌も途切れた

「い、如何なさいました?私何か変なことを?」

なに、見るからにバーなのに、実はそういう所じゃないのか?

「……隊長、イケる口か?」

「いや、本物は無いですけど、前の学校にいた時に少しは」

「あ、そう……ほれカトラス、注文だぞ」

「……」

カトラスさんはすぐに冷蔵庫を漁り、一本の茶色い瓶を取り出した。歌も再び部屋中を飛び回り始め、私はお銀さんの隣のカウンターに腰を下ろした

「……お銀は?」

「いつものラム酒」

「……まいど。隊長、こいつで良い?」

「あ、それをお願いします」

ビットブルガー、懐かしい名だ。水滴をまとった瓶とジョッキがカウンターに置かれる

「……つまみは?」

「私はポテトを」

「あたしはパイプでいいや」

「……ムラカミたち、お代わりは?」

「とりあえずいいや」

「ラム酒もう一杯。もうちょい強いのない?」

「ノンアルに強いもひったくれもないだろうが」

「濃いやつよ濃いやつ」

「……高くなるよ?」

「ツケるから良いよ」

「ラム、お前今までどれだけツケてんだよ」

そう言いながらムラカミさんはニヤついている。ここではそういうのも日常茶飯事なんだろう
141 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/21(日) 22:32:35.19 ID:5cHyLcvM0

「……ポテト。ラム酒も」

カトラスさんも特に機にする様子はない

「ありがとうございます」

カリッと程よく揚がって黄金色に輝くポテトが、白い皿の上に乗せられた

「おぅ。じゃあみんなこっち来い」

後ろのソファに座っていたラムさんやムラカミさん、そして歌を中断したフリントさんもカウンターの方へ来る。すぐに3杯の水がムラカミさんとカトラスさん、フリントさんの手に収まった

その間に私はジョッキを斜めにして黄色い飲み物を注ぎ込む。こういうのはね、緩やかに注ぎ込んで、いかに泡だてないかが重要なんだ。ただ静かに、静かに。
その分泡の弾力に力を与える

そしてお銀さんは胸元から袋に入ったパイプを取り出し、口に咥えた。火はいつもつけてないよな

「それじゃ、今日の試合は負けたけど最後の健闘、そして今後の一層の奮闘を誓って、乾杯!」

「かんぱーい!」

グラス同士の衝突の後、私は杯を傾けた。苦味と共に喉が鳴る。お銀さんたちもそれぞれのグラスを口元に寄せる

はぁ〜、やっぱり久々のビールは良いわ。これはノンアルだけど。
私は将来酒呑みになるだろう。酒のせいで脳味噌を空にでき、そして死ぬなら悪くない

「おおっ、いい飲みっぷり」

「ははっ、隊長ヒゲ生やしてら」

「あ、ほんとだ」

上唇を指で拭うと白い泡が付いてくる。

「隊長、あんさんやっぱり凄いよ。グロリアーナってのは戦車道の強豪なんだろ?そこを相手にピンでのやり合いに持ち込むなんてさ」

お銀さんが肩の間を軽く叩きながら笑顔で語り掛けてくる

「ウチらなんてほんとに何も出来なかったってのに」

「いえ、そんなことないですよ」

「なぁに、アタイらのことはアタイらがよく分かってる。あんな初っ端で吹っ飛ばされちまったんじゃ、斬り込んで手柄なんてあげられやしないよ」

フリントさんがコップの中の氷を揺らしながら隣に腰かけた

「次は絶対に敵を撃破してくるよ!」

「ああ、サメさんの、そして船舶科の名に懸けて、今回みたいなあほヅラは2度と見せねぇ!」

「おおー、流石親分。そんじゃ、もっと鍛えないとねぇ」

142 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/21(日) 22:38:06.18 ID:5cHyLcvM0


「と、そうだ。隊長、あなたに一つ謝っておかないといけない事がある」

お銀さんがグラスを降ろしてこちらに正面を向ける

「何でしょう?」

「すまなかった」

そのままこちらに思いっきり頭を下げた。何だ?そんな謝られるほど悪いことをされた記憶はないが。
私が半ば呆然としているのを向こうも察知したらしい

「桃さんの作戦に対して隊長、あんたは的確にその問題点を指摘した。そしてそれが間違っていなかったことは、皮肉にも試合で証明されてしまった。
そして私は桃さんに同調した。桃さんには此処を守ってもらった義理がある。そしてなにより、正直言って私らは急にやってきて、桃さんに代わって練習の指揮を執り始めたあんたが、私は気に入らなかった」

様子から察してはいたが、自分自身で認識もしていたのか

「だがあんたの練習で皆確実に上達していた。自分たちも含めてね。あんたに変わったことへの反発は戦車道の面子には最早なかった。
つまりさ、あん時に反駁したのは単なる義理を笠にした悪足掻きだったってわけさ。
そしてそのせいであのザマさ。言い訳も何もあったもんじゃない」

なーるほど、そういうことね。完全に理解しました。そういうことなら彼女の荷を降ろしてやるのが良いだろう

「いや、謝ってもらうことではないですよ。だってあの時の河嶋さんのご指摘は間違ってないんですから」

「……へっ?」

今度は向こうが呆けた顔をしている

「そもそも私は会長さんからの指示がなければ、口を挟む気はなかったんです。あの時まだ私は河嶋さんの案の代替となる作戦を決めていなかったんですから。
人のミスを指摘するだけなら誰だって出来ます。真にあのような場で発言するべきことは、それを如何に正した案を出せるかです。
だからそもそも河嶋さんが正しいんです。それに同調したお銀さんが謝る必要が、理由を問わずどこにあるでしょうか」

出来るだけにこやかな顔をする

「隊長……あんた、天使か?」

「いえ、既に悪魔に片足を突っ込んでますよ」


143 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/21(日) 22:41:22.27 ID:5cHyLcvM0

「ははっ……なら海賊らしく悪魔に地獄までついてこうかね。悪かったな、こんなとこで湿っぽい話しちまって」

「いえ、これから楽しみましょう。何か食事系はありますか?」

残り瓶半分ほどのビールをジョッキに移し、最後のポテトを摘んでから呷る

「……肉焼いて塩コショウ振っただけの奴とかどう?」

「何肉ですか?」

「牛。でも経産牛のやっすいやつしかないけど、それでもいい?一応手は加えるけど」

「じゃあそれで。ミディアムレアくらいでお願いします。付け添えにパンも。それが出たら今度は……うーん、ワインは無いかぁ……」

「……カクテルでも作ろうか?」

「そうですねぇ……取り敢えずもう一本別のビールを。食後にカクテルをお願いします。お銀さんは如何なさいます?」

カウンターの正面に直った彼女は、左手一本で拒否を表明した

144 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/21(日) 23:16:28.23 ID:5cHyLcvM0
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145 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/21(日) 23:17:37.35 ID:5cHyLcvM0


肉は繊維を包丁で何度も切ってからサッと焼いたようだ。赤身主体だから脂肪もそんなに気にしなくていいし、思ったよりはるかに柔らかい。味付けも単純だが、その分肉の旨味が味の主体となる

付け添えにニンニクチップが付いている。あまり乙女には似合わぬ代物だが、肉との食い合わせの中で手が伸びるのは避けられない

次のビールは日本の一般的なもの、のノンアルコールだ。こっちもまたこれでいい。だが香りの良さならやっぱりドイツビールだ、と常々思う

「……前は燻製とかもう少しマシなもの出せたんだけど、燻製作れなくなっちゃってね……」

「いえ、これも十分美味しいですよ。そういえばお銀さんたちってこちらに住んでいらっしゃるんですか?」

「そうだね。戦車道をするまでは地上に出ることさえ滅多になかったよ」

「ここで普段は何を?」

「普段はね、艦内の整備とか施設の維持とかさ。危険な所にも入っていくこともあるね。
この学園艦ってさ、海中に入っている部分が海上にある部分よりもはるかに大きいのさ。だから定期的に見回っても整備しきれない
だから私たちがいる、と考えてくれればいいかな。空き家は簡単に荒れるけど、人さえいれば結構何とかなるからね。
あとは大荷物の輸送や検査。地上組じゃ250メートル下のことは手が回らないから、危険物が来たらこっちの仕事だね。そんな仕事は来たことないんだけどさ」
146 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/21(日) 23:53:56.69 ID:5cHyLcvM0

「住むのが一番の仕事、なんですか?」

聞いたこともない職務だが、理由は納得出来る

「言っちゃえばそうだね。ここら辺がちゃんとしてないと、船としても運航できないから。縁の下の力持ち、だったらいいんだけどね。ま、縁の下なんて入ったこと無いんだけどね」

「私の前の家は有りましたね、縁側」

「へえ、和風の家なのかい?」

「純和風でしたね。やってることに似合わず。それにしてもフリントさんの歌は初めて聴きましたけど、お上手ですね」

「そうだろうそうだろう。普通のバーだとジャズとかが流れてそうだが、ここで音楽を流さないのはこの声が皆の最大の精神安定剤だからさ」

「なるほど。そういえばここは学園艦のかなり深くと聞きましたが、エンジン音が余りしませんね」

「エンジンなら船の後ろ側だから逆側だぞ。あっち行くと煩いから落ち着いてなんかいられないよ。ま、最近の私たちなら何とかなるかもしれないけどね」

「たしかに。私は頭を外に出すようにしてますがまだマシですが、車輌によっては本当に耳に来ますからね。戦車道やってて聴力検査に引っかかる人、時々いますよ」

そんな会話をしながらも時は過ぎ、次のビールを空にした時、肉も食べ切った。そしてその肉汁をパンに絡め取る。見事に美味いんだなこれが
147 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/21(日) 23:54:24.96 ID:5cHyLcvM0

腹は見事八分目。あとはカクテルだけかね。
シェイカーを上下に激しく振っていたカトラスさんがその動きを止め、コップに中身を注いだ

「……これは?」

ここが薄暗いせいか中身が一瞬よく分からなかったが、よく見ると黒い飲み物であった

「……私オリジナルのカクテル。
ジン、アンゴスチュラ・ビターズ、オパールネラ・サンブーカ、ウンダーベルグの4種を使ってる。ジンをちょっと多めにしてるから呑みやすいと思う」

生憎カクテルには詳しくないのでそれぞれがどのようなものなのかは知らない。聞いてみると、2番目と4番目は薬酒に近いものだそうだ。
グラスの柄を持ち上げると、周囲はともかく中の液体の成す円錐の中心までは光が届きそうにない。本質が見抜けないカクテルだ

「ニンニクの匂いならコイツを飲めば気にしなくていいわ。名前は特に付けてないけど、強いて付けるなら『secret forest』かな」

「ウホッ、なんかカッコいい」

「秘密の森、ですか……で、この色。なるほど。ご存知でしたか」

「そうさ。ここにいる奴は知ってる。というか、あんた雑誌に載るくらいの有名人だったんだな。地上の本屋に聞いたら直ぐに探してくれたよ」

「はは……そんな御大層な身分では無いのですが……」

「何を言うんだい!あんた戦車道の名家の娘さんなんだろ?そりゃ桃さんもあんな風に言うはずだわ」

ラムさんが瓶を片手にもう片手で肩を叩いてくる。グラス持ってなくて良かった

「ですがその名家を破門になった身ですよ?」

「なーに、そんなの大したことじゃない。しかも戦車道最強の黒森峰の副隊長だったんだろ?凄いじゃないか。そりゃグロリアーナが戦車道の強豪でも、あんたが張り合えるはずだわ」
148 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/22(月) 00:18:03.79 ID:TbO/6U170

「……でも何故『secret』なのかも、恐らくご存知」

カトラスさんは使用した容器を私の食事した皿とともに流しへ置く

「噂話の段階だけどね。だけど火のないところに煙は立たない、とも言う……」

「……」

「安心しな。そこら辺について掘り下げる気は無いよ」

「その方がよろしいかと」

私はそれに口を付けた

「……苦いですね」

「でも、薬っぽさは薄いと思う。ウンダーベルグのストレートとかマジで胃薬だから」

「確かに」

「ま、破門されてこっち来ているってんなら、あんまり甘い記憶じゃないんだろ?」

「ええ、苦い」

「……実際は薬として効いてるんだけどね」

「薬になるとは思えないんですがねぇ」

私はもう一口含んだ。ゆっくり、ゆっくりと、噛みしめるように時はすぎる

フリントさんが曲を変えた。重く、それがゆっくりのしかかる恋愛歌。ただそのままであれば良かったのに、変わることなんて求めてなかったのに、そんな歌詞だと思われる。
昔のさらに昔を美化していないか、自分にそう問いかけさせた時、私はNOとは断言できなかった。
しかし空白の感情に何かが注ぎ込まれるのを感じた気がした。それが曲によるものか、カクテルによるものかは分からない

飲み終わり、曲も止まる。仕上げに水を一杯頂いた

149 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/22(月) 00:18:33.78 ID:TbO/6U170


「また来てくれよ」

海風にさらされた帽子を抑えつつ、お銀さんははにかんだ

「ええ、是非またお邪魔します」

「カトラスもまたオリジナルカクテル作って待ってるってさ」

「今度は甘めの方が良いですね」

「ほう、甘いもん好きかい?」

「ええ、どちらかといえば」

「じゃ、そのように伝えとくわ。次の練習、楽しみにしてるよ」

彼女は手を振り、再び巨大な船の底へと帰っていく

どしりと来ている身体を流れる熱い血流は、私を散歩へ導いた。このままじゃ眠れるものも眠れない。
今日の店、また来よう。財布が軽くなったとはいえ、それ以上の効用がここにはある。
カバンにイヤホンは入れていたが、それをさす気はなかった。風の音と生活する音、それらをリズムに取り、黒と白以外の色をスパイスに歩を進める

赤信号で立ち止まっても、正面を通る車はない。すれ違う歩行者も見当たらない。だが部屋の明かりと街灯がコンクリートの地面をしっかり照らし出し、安全性に不安はない。
途中、最近ジョギングをしていて分かった階段から下に降りる。しかし船の底に戻る気はない

150 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/22(月) 00:19:12.81 ID:TbO/6U170


この散歩の目的地に来た。甲板の一段下、ベンチなどが設置された遊歩道である。
海の向こうに見えるは夜景。左半分においてはマリンタワーだけが一段高くこちらを照らしている。だが左と右どちらが明るいかとなると、断然右であった

遊歩道の端の手すりに腕を乗せ、さらに強い海風に当たる。意識がさらにはっきりしてくる。これじゃ眠れそうにない。
カクテルもビールも美味かったけれども忘れさせることはできなかった。今日は考えたくないと思っていたことが頭をよぎり始める。
時計を見たら、散歩のうちに日付は超えていた。人と話していると、時が過ぎるのは本当に早い

151 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/22(月) 00:19:46.53 ID:TbO/6U170


二人の秘密は神の秘密、三人の秘密は万人の秘密。

イギリスのことわざ

152 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/22(月) 00:20:19.67 ID:TbO/6U170
今日はここまでです

今作に登場しましたカクテルのレシピは、忍者小僧様にご協力を頂きました。その忍者小僧様が執筆されたガルパンSSの一部を紹介して返礼と致します。

「辻さんの人には言えない事情」
https://syosetu.org/novel/101614/

何故辻は大洗女子学園の廃校に突き進んだのか。そこには彼の長く、複雑な人生と人との交流があった……

「まほ姉ちゃんに甘えたい!」
https://syosetu.org/novel/139772/

タイトルのまんま。僕も甘えたいです。
153 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/28(日) 23:10:45.41 ID:Y4ethVCj0
木曜は投稿できなくて申し訳ないですが、始めます




あの聖グロリアーナ女学院に善戦した、そのことに喜ぶ者は多数いた。しかし一部の者はうかない顔をしていた。気楽に考えられるならそれはそれで素晴らしいが、生憎私もその一部に含まれている

私はこの学園の目標を知っている。それを達成する為に必要な実力は、手を抜いたグロリアーナには十分勝てる程度でなくてはならない。だが実際には負けた。
無論これからも練習を積む。だがそれは他もそうだ。ウチだけが格段に向上するわけじゃない

「はぁ……」

昼休み、車庫で整備されて鎮座するIV号に手をつきため息をついた。軟式は航空戦が無いため、戦車しかない我々でも目標を達成する可能性は硬式よりかは高い

しかし私は西住流を破門された者。黒森峰と戦うとなれば、軟式とはいえ私を全力で叩きに来るだろう。それで皆に、そしてこの学園に影響が出たら……私はどうしたら良い?

154 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/28(日) 23:11:26.10 ID:Y4ethVCj0

思索に耽っていたせいか、私はらしくないことに背後からの足音に気がつかなかった。
これが下手な奴なら首を切られていたかもしれないというのに

「みーぽりん!」

「わっ!沙織さん、どうしたの?」

いきなり両肩を掴まれ、素早く振り返り聞き返す

「昼休みになって教室にも食堂にもいないからここかな、と。華も来てるし、せっかくだからここでご飯食べない?」

私も後で食堂で食べる為弁当を持ってきていた。そこで沙織さんの提案を快く受け入れることにした。全員IV号の上に登る
155 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/28(日) 23:16:55.42 ID:Y4ethVCj0


「みぽりん、どうしたのこんなところでため息なんかついて」

話をするにしてもこの話はしても良いのだろうか。飯と共にするには少し重い話な気もするが。いや、ここは友である彼女らを信頼するべきだろう

「いや、途中から入った私がみんなの上に立てるのかなっ、て」

「でもあの状況からチャーチルとの一騎打ちまで持っていくことが出来たのは誰でもなくみほさんのお力ですわ。負けはしましたけど、あの試合が出来たことに後悔はありません」

そう言い華さんはサンドイッチにかぶりつく。なおそれは合計パン1斤はある。でかい

私の力と言われたが、そうでもない
少なくとも華さんがあの時正面からマチルダIIを隙間から撃破し、そして麻子さんに路地を的確に進める操縦技術を持ち、優花里さんが一定の装填速度を維持し、沙織さんが他車輌と素早く通信してくれなければ、一騎討ちなどには持ち込めなかった

だから私がここについて未だよく知らない立場であるにもかかわらず、私のみが徒らに持ち上げられるのは喜ばしくないのだ

しかしそれを如何に伝えるか。場合によっては自慢に対する謙遜とも捉えられかねないのだ。既にそうかもしれないが

156 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/28(日) 23:23:39.60 ID:Y4ethVCj0


するとそこに弁当を持った優花里さんが来た。優花里さんは戦車を見る為1人でもちょくちょく来ているそうだ

「皆さん、いらしていたんですか。何のお話をされていたんですか?」

IV号の上に加わり、弁当を開く

「いやー、みぽりんが自信なさそうだから優花りんもなんか言ってあげて」

「いや、自信無いっていうかなんていうか……」

自信ない、という言葉もあながち間違いじゃないだろう。何より私がかつてのこと故に、その立場を受ける自信が無いのだから

「西住殿が頼られているから皆が副隊長に押したんですよ。
自分を否定しなくていいんですよ!
私は西住殿を素晴らしい指揮官にして無二の仲間であると確信しているであります!」

自分を否定しない、それは私が過去にやったことをみんな知らないから言っているんだ。もし私の過去の罪を彼女らが知ってしまったら……それでも彼女は私を友のまま信じてくれるだろうか

この不安は、伝えられない。如何なる言葉を尽くしても私の伝えたい内容を満たすことは出来ない
157 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/28(日) 23:34:57.32 ID:Y4ethVCj0

「どうしたんだ」

「うわっ」

いきなり開いたキューポラから麻子さんが顔を出した。つーかどっから出て来てんだい

「あー、麻子また授業サボったでしょー」

「自主的に休養をとっただけだ。あの授業なら聞かなくても取れる」

何時もながらひでぇ言い草だ。そんなこと口にはしないけどね

「もう、おばぁに言いつけるよ!」

麻子さんの顔が引きつり、目線をそらす

「……それは困る」

「5限からは真面目に出なさいよ」

顔色が明らかに変わった。後で麻子さんのお祖母さんのアドレスを沙織さん経由で入手しようか

「……分かった。ところで何の話だ?」

「みぽりんが副隊長なったけど、自信無いって」

「そんなことか」

「えっ?」

麻子さんのあまりに素っ気ない返事に皆驚く。私もだ
そんなこと、なのか?

「人の上に立つのに必要なのは支える人だけだ。副隊長だからって気負うことはない。困ったことがあったら私達に頼ればいいじゃないか」

麻子さんが戦車から身を出して、車体を通じて降りてきた

「でも……私ここに来たばかりですよ?練習内容の指示ならともかく、実際にチームの纏め役である副隊長になるなんて……」

「来たばっかなんて関係ないよ!みぽりんの指示なら信頼して試合に臨める、と思ったからみんなが推したんでしょ?」

「そうですよみほさん。私達は仲間です。あんこう踊りの恥ずかしさを分かち合ったんですから」

「大丈夫だよみぽりん。私たちにできることなら協力するから!そうでしょ?」

「勿論であります!私は何があっても西住殿についていくであります。手伝えることがあればお任せください!」

「……ありがとう」

仲間だ。本当の仲間だ
有能無能関係でも利得関係でもなく、信頼と友情からなるものだ
彼女たちは頼っていい。難しいことは関係ない。ただこの仲間と一緒にいたい。出来るだけ長く

158 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/28(日) 23:35:28.56 ID:Y4ethVCj0


逃げた先のものは私を否定するものじゃなかった
この仲間となら自分の道を見つけられる

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