このスレッドはパー速VIPの過去ログ倉庫に格納されています。もう書き込みできません。。
もし、このスレッドをネット上以外の媒体で転載や引用をされる場合は管理人までご一報ください。
またネット上での引用掲載、またはまとめサイトなどでの紹介をされる際はこのページへのリンクを必ず掲載してください。

15、16歳位までに童貞を捨てなければ女体化する世界だったら - パー速VIP 過去ログ倉庫

Check このエントリーをはてなブックマークに追加 Tweet

1 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(関西地方) [sage]:2012/02/13(月) 12:50:26.62 ID:6vD4hXRYo
避難所 http://jbbs.livedoor.jp/study/7864/
まとめ http://www8.atwiki.jp/tsvip/

まとめではまとめ人募集中
wikiの編集法の知識有無関わらず参加待ってます
編集の手順はwiki内『編集について』を参照のこと
【 このスレッドはHTML化(過去ログ化)されています 】

ごめんなさい、このパー速VIP板のスレッドは1000に到達したか、若しくは著しい過疎のため、お役を果たし過去ログ倉庫へご隠居されました。
このスレッドを閲覧することはできますが書き込むことはできませんです。
もし、探しているスレッドがパートスレッドの場合は次スレが建ってるかもしれないですよ。

(安価&コンマ)目指せ!クリスマスボウル(アイシールド21) @ 2025/12/24(水) 22:41:00.25 ID:jTdR1H5R0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1766583660/

スレ立てテスト @ 2025/12/24(水) 01:56:31.15 ID:FIbjt/fao
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/zikken/1766508990/

【安価コンマ】障害走を極めるその9【ウマ娘】 @ 2025/12/23(火) 00:02:40.07 ID:KdWR5YZb0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1766415760/

ワイ、スレッドを初たてしてみる @ 2025/12/22(月) 03:38:56.09 ID:K4xbwgbdo
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/gomi/1766342336/

振り幅ヤバくない? @ 2025/12/21(日) 20:40:44.86 ID:T8jFwUMJo
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1766317244/

コナン「博士、何で虫の死骸なんか集めてんだ?」 @ 2025/12/20(土) 05:46:15.67 ID:PXDhzvJWO
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1766177175/

髑髏の騎士 本スレ @ 2025/12/20(土) 00:49:42.55 ID:nWldX1aDO
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1766159382/

乙女ゲームの世界に転生したら〇〇だった【あんこ・安価】 @ 2025/12/19(金) 20:38:52.57 ID:IB42aKKm0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1766144332/

2 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2012/02/13(月) 14:58:25.32 ID:UjmkvQhC0
そうすると女暦34年だわwwwwwwwwwwwwww
3 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :2012/02/13(月) 15:27:34.62 ID:XfRczQZV0
あと1ヶ月ちょいで女になるわwwww
4 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(チベット自治区) :2012/02/13(月) 16:57:55.65 ID:Q5wHCwvlo
50歳とか・・・
5 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(中国・四国) [sage]:2012/02/14(火) 09:39:01.23 ID:XUL3CbIAO
>>1乙!
バレンタインデーやな。
にょたっこからチョコ貰いたいぜ^q^
6 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(関西地方) [sage]:2012/02/15(水) 23:28:58.53 ID:MJB+znUvo
0個だったから、どっちでもいいからもらいたい(´;ω;`)ウッ
7 :v2eaPto/0 [sage saga]:2012/02/16(木) 00:20:23.70 ID:EO9AVh9N0
ヴァレンタインの本編の番外編書いてあるけど本編がいまだに4月…うpできねぇ・・
8 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(千葉県) [sage]:2012/02/16(木) 17:15:31.26 ID:JVdjSS7So
前スレ埋めてからカキコメヤ

前スレ
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1315989292/
9 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/02/18(土) 00:02:48.24 ID:+1Xrn0Lh0
前スレ999番さんありがとう
期待していたものよりwktkする内容でした
10 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(静岡県) [sage]:2012/02/18(土) 02:35:33.03 ID:JAmi4eTX0
前スレ>>999
静岡の同志、乙です!

前スレ>>1000
作者擬少女化wwwwwwwwしかしうめえ…確かに◆Zsc8I5zA3U氏のイメージはこんな感じですwwwwww
11 :v2eaPto/0 [sage saga]:2012/02/18(土) 13:43:02.63 ID:hZwwqswl0
◆suJs/LnFxc氏
バレンタインありがとうね。
>>999
2828ものですた。
>>1000
◆Zsc8I5zA3U氏ですか?めっさかわいいな
12 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) [sage saga]:2012/02/18(土) 19:49:14.25 ID:5UKrKNSno
とと、投下するんだな
13 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/02/18(土) 20:28:49.11 ID:+1Xrn0Lh0
wktk!
14 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/02/18(土) 20:37:53.66 ID:5UKrKNSno
今日もまた誰かの人生が変わっていく







           未熟な前進







                         ◆Zsc8I5zA3U




いつもの保健室、怪我をしてくる生徒は勿論のこと礼子の方針で女体化した生徒にも手厚くサポートも対応している。今回の相談者は狼子、いつものように自分の悩みを礼子にぶつけながら人生経験豊富な礼子に教えを請う。

「先生、女体化してからどうもしっくり来ないことが多いんです。何でですか?」

「どんな風にしっくり来ないの? 結構色々あるわよ」

「えっと・・男の時はただの友達だったんですけど、付き合うようになってからなんかもやもやするんですよ」

「なるほどね」

本来ならタバコで一服していたい礼子なのだが狼子の前であるので代わりにコーヒーを飲みながら一呼吸置くと自身の経験を織り交ぜていきながら優しい口調で回答する。

「・・そうね、私も女体化して似たような感覚になったことあるからよくわかるわ」

「で、どうしたんですか?」

「えっとね、今の旦那と付き合ってたから自然となくなったわ。こればかりは個人差ね、月島さんもわかる時がくると思う。だから今の彼氏を大切にね」

「はい!」

いつもの笑顔を取り戻した狼子に礼子は安心する、このように女体化した生徒は非常に精神的に不安定なケースが多々あるのでこうして周囲の支えが非常に重要になってくるのだ。自身のような思いは二度として欲しくないのが他ならぬ礼子の願いだからこそ、こうやって相談に乗ったり悩みを聞いてやったりしながら保健室に新たな来訪者がやってくる。

15 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/02/18(土) 20:38:49.83 ID:5UKrKNSno
「よぉ、礼子先生。今日も来たぜ・・って狼子もいるのか」

「聖さん」

「賑やかになるわね」

いつものように聖が来ることで保健室はより一層賑やかになる、女体化しても女3人揃えば何とやら・・様々な話題が飛び交う中でタイムリーな話題もチラホラと出る。

「そういえばよ、結局あのポンコツ教師の噂はどうなったんだ? 狼子は何か知らねぇのか?」

「どうなんですかね? 骨皮先生は相変わらずですね、聞いても何も応えてくれないし」

狼子も担任である靖男の噂に関しては当然気になっており靖男本人に聞いてもはぐらかされるだけなので真相は藪の中、瑞樹に関しては見た目や性格的にも棘がありそうなので聞けないでいる。聖もそれは同様のようでかつての担任の恋バナには驚いたものだ、彼女の中での靖男はあんな感じなのでそういった浮いた話があることに驚いたぐらいだ。

「全くあのポンコツ教師も隅におけねぇな。礼子先生は何か知ってるのか?」

「さぁね、当人同士が何も言わないから私に聞いても無駄よ。それに事実なら外野がとやかく言うのは変だしね」

これまた大人の発言の礼子、彼女も気にしていないといえば嘘になるもののあくまでも本人同士の問題と思っているので関心はあまりない、それだけ男女の間というのは深いものなのだ。

「でも最近の橘先生はどこか柔らかくなったというか・・何だか楽しそうな感じですよ」

「あの無表情で能面面が標準の橘先生がか? んなわけねぇだろ、気のせいじゃねぇのか?」

そのまま聖はばっさりと否定しつつも最近の瑞樹はどこか表情も柔らかくなって気分上々とはいかないものの最近はきつかった物腰も柔らかくなっているとの評判だ、それは普段接している礼子もよく思っており彼女から感じていた哀愁漂っていた背中も今ではどこか穏やかだ。

「ま、本人がよければそれでいいんじゃないの? それよりもあなた達、骨皮先生に何か奢ってもらったんですって?」

「ああ、狼子達引き連れて焼肉奢ってもらったぜ。狼子がかなり食いまくってたけどな」

「聖さんだってかなり食べてたじゃないですか!!」

あれから聖は半ば強制的に靖男に焼肉を奢らせると狼子達を引き連れて散々食べまくったのだ、お陰で靖男は聖と狼子の食事の量によって副業で儲けた収入はおろか手持ちの金額も全て吹き飛んでしまって侘しい生活を送る羽目となったのである。

「確か聖さんが高級カルビやハラミ5人前ずつを1人で平らげたんですよね」

「狼子だって同じぐらい食ってたじゃねぇか。まぁポンコツ教師が奢るっていってたんだからこれぐらいは当然だよな」

「まぁ、私は口出しはしないけど少しは相手の気持ちを考えて遠慮するのも大事よ」

しかし礼子も生徒に奢りに奢っている靖男にも多少は問題はあると思っているのだが、ここはやんわりと2人にある程度の釘を注しておくのも大事である。
16 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/02/18(土) 20:41:27.29 ID:5UKrKNSno
同時刻・屋上

「「ハックション!!!」」

男2人のくしゃみが同時に鳴り響く、どうやら誰かが自分たちの噂をしているようだ。

「誰だよ。妙な噂をする奴は・・」

「言うだけ無駄ですよ・・」

2人ともこのくしゃみの出所は既にわかりきっているので取り合えて何も言わない、そのままお互いにのんびりと景色を眺める。

「なぁ、辰哉。最近椿がどこか変なんだ。何だかドクオみたいな趣味になり始めてよ・・何か知らねぇか?」

「さぁ? そこら辺は祈美に聞かないとわかりませんね。最近は椿ちゃんと遊んでるみたいですしね」

ここ最近の椿の部屋には少しずつではあるがアニメのDVDや漫画などが徐々に増え始めているのがよく目に付く、翔にしてみれば周囲にもそういった趣味の人間がいるので特には偏見はないのだが自分の身内がそうなってしまうのはいささかショックである。と言っても椿本人も知らず知らずのうちに祈美の趣味に感化されているようで毎日弾いている曲もアニソンが中心となっているようであるが、本人が楽しんでいるようなのである。

「まぁ、俺も妹があんなんですけど本人が楽しんだらそれでいいと思います。どうせ言ったって聞きやしませんから」

「俺もそこまでは考えてねぇよ。それにしても妹ってのは本当に手が掛かるよな」

「そうですよね。俺も毎日苦労してますよ」

あくまで一般的に妹に苦労している辰哉とは違って翔のほうはあくまでもこき使っているのでその思考は対照的である、といっても最近はそこまで問題らしい問題も起こしてはいないので今のところは至って平和である。

「そういえば先輩は骨皮先生の噂信じてます?」

「ああ、あれだろ? 所詮は噂だけどよ・・どうにもミスマッチ過ぎるぜ」

どうやら靖男の噂はかなりの範囲で広まっているようで当然ながらこの2人の耳にも入っている、辰哉にしてみれば自分の担任の噂でもあるのでその真偽が気になって仕方ないところだが翔にしてみればあまり関心は薄い、しかし聖が靖男に近い人間なのでどうしても耳に残ってしまうのだ。

「しかも相手が堅物の橘先生だろ? よく特進クラスでも授業してるけど隙のないお堅いイメージがどうもあるな」

「ですよね、俺もどうも橘先生は敬遠してしまいがちです。悪い人じゃないってのはわかるんですけど・・陸上部でもあんな感じでキッチリとしているらしいですよ」

「へー、俺はどっちかというとあの校長に驚きだぜ。あれが校長じゃなかったら完全に小学生だ」

「そうそう、それが悩みなのよね〜」

「「うわッ――!!!」」

突然2人の会話に割って入ってきたのは他ならぬ校長の霞、どうやら2人が気がつかないうちに忍び寄ってきたと思われるが・・こんなところで校長である霞と会うなどとは予想外にも程がある。

「な、何してるんですかこんなところで!!!」

「行動力があるにしても行く場所が間違っているでしょ!!!」

「いいのいいの、気にしないで。ちょっと色々溜まってるから吐き出したいのよ」

2人に構わずに霞はそのまま2人の間で佇みながら買ってきたコーヒー片手にのんびりと空を見上げ続ける、霞からはロリっ娘の見た目とは裏腹に中年独自の哀愁が広がってくる。

17 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/02/18(土) 20:41:37.26 ID:5UKrKNSno
「ハァ・・この歳になると若い頃と違って身体もあちこちとガタがきて疲れるわ」

「あの、とてもそうには思えないんですけど・・」

「あのね、中野君。見た目はこんな成りだけどもう私も若くないのよ。同い年の同級生なんか孫が出来たっていってるぐらいだしね、羨ましいなぁ」

霞にしてみれば仕事は多忙ながらもそれなりに充実はしているので今のところ不満はないのだが、ある程度子育てを終えた彼女にしてみればそろそろ孫が欲しいところである。何せ孫が生まれたら駄菓子屋に連れまわしてのんびりと遊ぶのがささやかな夢なのだ、息子が小さかった時に親子ではなく姉妹と間違えられた時のあの快感が忘れられないようである。

「校長先生、それは高望みというやつでは・・」

「木村君も子供を育てたらわかるわよ。それに2人ともそれ相応の生活をキッチリ送ってね」

「「はい・・」」

霞の思わぬ発言に2人とも思わず言葉を詰まらせてしまう、霞もある程度は2人の生活については熟知しているのである程度の忠告は校長としてさせておくのだ。

「ま、少なくとも私はとやかく言うつもりはないわ。それにしても骨皮先生はしょうもない噂ばかり広まっているから困ったものよね」

「え・・校長先生も知らないんですか?」

「本人達が頑なに話したがらないんだから仕方ないでしょ。ま、個人的には気になるところだけどね☆」

「校長先生とは思えない台詞だ・・」

霞もあの2人についての噂についてはある程度は熟知はしているものの自分の立場もあるのでとりあえずは静止している、といっても個人的にはかなり気になるところなのでいずれは事実を把握したいところだ。

「ま、教師ってのは案外駆け落ちで結婚するケースが多いからね。私も何度も見てきたわ」

「へ、へぇ・・」

「意外ですね・・」

それから意外な業界の裏話を2人は固唾を見守りながら聞き続けるのであった。

18 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/02/18(土) 20:42:21.02 ID:5UKrKNSno

放課後

珍しく靖男がいない放課後の職員室では瑞樹と礼子がいつものように書類を片付ける、といっても礼子は基本的に普段の日誌をまとめて提出するだけなのと、時々ではあるが多忙を極める霞に代わってレポート作成を手伝っている。いくら霞が優秀な人間とっても1人では限界があるので礼子が代行で行うときもある、幸いにも礼子自身が色んな意味で極めて優秀であるのでかすみも安心して任せられるのだ。

「校長先生、いつもの日誌と以前に頼まれていたレポートです」

「ありがとう。春日先生は本当に優秀だから助かるわ〜」

手渡された完璧なレポートに霞も子供のようにご満悦だ、見た目と完全に相まっているのが恐ろしいところである。

「これで理事長にもメンツが保てるわ。情けない話だけど仕事がこうも忙しかったら中々手が回らないのよね・・それじゃ上がっていいわよ」

「私はいつでも時間はありますから、いつでも声を掛けてください」

礼子とて霞の激務を考えたらこれぐらいはお安い御用である、彼女にしてみれば普段お仕事をそつなくこなしているのでしっかりと時間は確保しているし、これぐらいのことは余裕である。そのまま礼子は帰りの仕度をしながらも未だにパソコンと向かい合ってデータを分析している瑞樹に声を掛ける。

「橘先生はまだ帰られないんですか?」

「ええ、今日の陸上部で行った練習データをまとめなければいけないので」

瑞樹の指導方針は他の体育会系とは一風変わっており、分析やデータを主にした科学的手法が濃く取り入れられているのでこういった風にデータを細かくまとめておけば次の練習の目安をとなる。元々スポーツ経験がない瑞樹なので自然とこういった手法になってしまうのだ。最初はギクシャクしていたこともあったが今では全国も目指せるぐらいの水準まで高まっているので周囲からの評判も高い。

「大変ですね」

「・・ええ、こうしないと支障が出ますから。これが終わったら今日の仕事は終了です」

淡々とパソコンの画面に向き合う瑞樹の姿に礼子は瑞樹の生真面目さを感じてしまう、礼子にしてみれば瑞樹は先輩の教師の一人であり女性としても綺麗で性格も現実的な発言が目立つ中で仕事はキッチリと済ませるタイプだ、こんな人物があの靖男と付き合っていたとは礼子にしてみれば到底信じられない。

「春日先生は・・生徒達と仲が良いみたいですね」

「いやいや、そこまでは・・色々相談を受け持っているだけですよ。年頃でもありますしそれが私の役目ですから」

「・・」

思えば瑞樹は仕事優先で動いているので生徒間との関わりをあまり持ったことはない、しかし最近は靖男との噂が飛び込んでいるので問い詰められる機会が非常に多いのだ。しかも事実であるので余計にやきもきしてしまうところである、一応前進したかに思える2人の関係ではあるが実態はあまり変わってはいないので未だに元恋人止まりだし肝心の靖男が噂に対してはのらりくらりと流している上に今までと対応が変わらないのが余計にやきもきしてしまう。

「さて、仕事が終わったのでお先に上がらせてもらいます。・・お疲れ様でした」

「え、ええ・・お疲れさまです」

そのまま仕事を切り上げた瑞樹の姿に礼子は少しばかり違和感を覚えるのであった。
19 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/02/18(土) 20:43:49.41 ID:5UKrKNSno
龍神商店街


白羽根学園からそ歩いて3分も掛からないところにある、この龍神(りゅうじん)商店街に珍しく瑞樹がふらっと現れる。いつもならば自宅近くのスーパーで買い物を済ませてしまう瑞樹にしてみれば何でここに訪れていたのがよくわからないが、夕食のメニューを考えながら店を巡りながら食材を吟味しながらいろいろなものを買い込んでく、そんな瑞樹の様子を見つめる人影が2人・・

「なぁ、あれって・・橘先生だよな?」

「ああ、何でこんなところにいるんだろ」

人影の正体は例にも漏れずに狼子と辰哉、2人は夕食の買い物のために自宅から近いこの商店街を利用しているのだが・・まさか瑞樹の姿が目に付くとは驚きである、そのまま2人は瑞樹に声を掛ける。

「橘先生、こんなとこでお買い物ですか?」

「しかしこんなところで会うなんて珍しいですね」

「・・」

普段学校でいるのと同じぐらいに無表情の瑞樹に2人少し面食らってしまうが、いつものように気には留めずに会話を続ける。それに学校では無表情で通っている瑞樹とこんな場所で会ってしまったら溢れ出す好奇心を抑えるのは無理な話である。

「実は俺たちも買い物なんですよ、うちの家族が狼子をえらく気に入ってまして今日も一緒に夕飯を・・って痛ててて!! いきなり噛むなよ!!!」

「余計なこと言うなッ!! 橘先生も夕食の買い物ですか?」

「・・ええ、学校から比較的に近いので」

といっても瑞樹にしてみればこの龍神商店街にやってきたのは本当に偶然なのでどう対応していいのか困ってしまう、それによくよく考えてみればこの2人は靖男の生徒なので瑞樹に会えば話題も自然と絞られる。

「そういえば橘先生、化学の実験はこれからどんなことするんですか?」

「月島産と木村君のクラスでしたら、メタノールの性質実験ですね。危険物質ですから私が執り行います」

「おおっ、やっぱり化学の醍醐味は実験だな。辰哉!!」

「お前はアルコールランプで炙って遊んでたろ・・」

こうも仲睦まじい2人がどこか眩しく感じてしまう瑞樹、前に靖男が強引に転がり込んできた時も結局いつものようにはぐらかされてしまっており、何ら進展はしていないのでどこか複雑だ。それにあの時にもう少し自分が積極的になれば辰哉と狼子のような関係になれたのかと思うと少しばかり後悔してしまう。思えば靖男と付き合っていたときは普通のカップルとは全く違った生活を送ってはいたものの、全てが味気なく先すらが全く見えていなかった当時の瑞樹にしてみればあの靖男との日々を思い出すだけで純粋に胸が締め付けられるような痛みと同時に楽しかった思いでも甦る・・それらが入り混じり、寂しさに身を任せて自嘲気味の溜息を小さく吐く。

「そういえば橘先生って料理をされるんですね」

「・・ええ、人並みですけど」

瑞樹が女体化したのを見かねてた弟は料理と始めとして家事に必要なスキルを授けてくれており、今となってみれば感謝はしてもいいものだ。

「でもこんなところで橘先生に会うなんて意外ですよ」

「そうだよな。もしかしたら俺達は運がいいかもしれないな」

はやしまくる2人に対して瑞樹は何故だかわからないがどこか気まずく思ってしまう、思えば2人と同じ年頃の時の自分は弟の死でどうしようもなくなって前すらも見えていなかったのだ。あのまま靖男と出会わなければどうなっていたのかと考えるだけで恐ろしく思える。あんな別れ方をしたものの、未だに考え込んでしまうのだからそれだけ自分は未だに靖男のことが好きなのだろう。

「あの橘先生?」

「・・なんでしょうか?」

「みんながしきりに騒いでいる噂ですけどすぐに止みますよ。だって人の噂なんて75日って・・ハッ!!」

慌てて口を塞いでしまう狼子であったが、既に後の祭り。幸いにも2人が見た限り瑞樹の表情は常に変わらないように見えてしまうがそれが余計に怖く思えてしまう、慌てて辰哉は狼子の口を塞ぐと瑞樹に謝り始める。

「バ、バカ!!! すすす・・すみません!!!」

「・・いえ、大丈夫です。私は気にしてはいませんから、それでは失礼します」

そのまま瑞樹はそそくさと買い物を済ませると2人の前から逃げるように立ち去ってしまう。


20 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/02/18(土) 20:45:45.68 ID:5UKrKNSno
同時刻

瑞樹たちがいるお店の丁度反対側に位置する行きつけのパソコンショップにホクホク顔の靖男がいた、そんなおんぼろの店内ではいつものように店主が新聞を読みながら常連中の常連である靖男を出迎える。今回は珍しく仕事を残さずに定時きっかりで仕事を終えた靖男はそのままこのパソコンショップで予約をしていたゲームと部品を受け取る。

「はいよ、ようやく受け取ってくれたな。予約してから2ヶ月は経っているぞ」

「悪い悪い、中々取りにいく時間がなくってな」

靖男はこの店主とは既にツーカーの仲なのでかなり融通を利かせてもらっている、自作のPCの部品から通常では入手し辛いゲームソフトなどの手配などをしてもらっている。それに靖男はこうみえてもそんな趣味を活かして副業で修理や自作PCを作っては周囲に売り捌いているので収入的にも比較的には余力はあるのだが、これでも列記とした教員であるのでバレてしまえば懲戒免職に一直線なのはいがめない所である。

「これでPCの容量も上がるぜ。副業でもそこそこ収益を上げているから充実しているぜ」

「前は客がいなくて嘆いていたろ」

「店主の癖に客の痛い所を突くな」

靖男も最近になってから副業でそこそこ稼げているもののあまり目ぼしい収入には至ってはいない。それにここ最近は霞も薄々気がついているようで自分に対する視線もちょくちょく厳しくなっているからそろそろ控えないと危ないだろう。

「ま、あんたは昔からうちの店を贔屓にしてくれるからな」

「精々潰れないようにな。潰れる時になったら教えてくれ、俺が全部買い占めてやるよ」

「へいよ」

そのまま店主は新聞を読みながらのんびりと次の客を待ち続ける、外に出た靖男はのんびりと身体を伸ばしながら軽く欠伸しながらいつもの平和な龍神商店街を見つめ続ける。前はここで買い物帰りに藤堂の母親と思わず出くわしてしまいとんでもない目に遭ってしまったのだ。強制的に霞と一緒にクビ覚悟で藤堂の実家へと足を運んだのは今でも記憶に新しい、結局は何もなかったものの霞からは愚痴られ続けてたのであの思いは二度とこりごりである。

それにここ最近は職場での瑞樹の視線が突き刺さって集中できない日々が続いている、いくら過去に自分が酷い振り方をしたとはいっても毎日こんな生活が続くのは少しきついものがあるが、結果的には自分の自業自得であるのは他ならぬ靖男が一番自覚しているので悩ましいところである、あの噂に関しては一番迷惑しているのは瑞樹でもなく他ならぬ靖男であった。

(全くあの噂流したのは誰だ!! 元カノが一緒の職場にいたことだけでも驚きだったのにこんなことになるとは・・)

「ウラウラ!! 走れ走れ!!!」

「ううっ・・げ、限界だお」

「て、手足の感覚がなくなってきた・・」

突然靖男の前に現れたのは人力車に乗っている聖とそれを全速力で押しているドクオと内藤という非常にシュールな光景が繰り広げられていた、そのまま聖は人力車を動かし続けている2人に怒鳴り声を上げていく。

「てめぇら!! ペースが落ちてるぞ!!!」

「だ、だってもう限界だお!!」

「そうだぜ!! 何でこんなクソ重い人力車を動かさなきゃいけないんだ!!!」

2人が動かしていた人力車は大きさは普通なのだが重さが段違いなので2人掛り引くにもかなり苦労するのだが、以前に聖は手本として2人を人力車に乗っけながら楽々と町内を一周したのだが・・聖とは基本スペックが違う彼らにしてみれば地獄以外何者でもない。

「情けねぇな!! 前に俺が手本見せてやったろ」

「お前と一緒にするな! こんな人力車で町内一週できるわけないだろ!!」

「そうだお! 俺たちでは無理があるお!!」

「うるせぇ!!! 女である俺が出来たんだ、てめぇらも男だったら根性出しやがれ!!!!」

なんとも無茶苦茶な理論ではあるが、聖から課せられる訓練はそこらへんのスポ根では話にならないほどの凄まじい内容なので彼らからしてみればビシバシと指導する聖など鬼では優しすぎる、まさに修羅と言えるものだろう。
21 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/02/18(土) 20:48:46.67 ID:5UKrKNSno
「全く、男の癖に情けねぇ・・これぐらい出来ないと強くなれねぇぞ!!」

「あのな相良。ちょっとは考えろ、今時そんなスポ根のような特訓は時代遅れだ」

流石に見るに見かねたのか靖男は思わずドクオと内藤に助け舟を出す、一応これでも靖男はそこそこ成績が上昇している卓球部の顧問なので練習の指導のノウハウは持っている・・のだが、相変わらず聖は靖男に噛み付く。

「うるせぇ、ポンコツ教師!! 俺には俺のやり方があってだな・・」

「お前な、こんな重たい人力車で町内一周なんてお前は別として普通の人間じゃまず無理だ。格闘技は良くわからないが基礎体力つけたいならランニング程度で充分だ、後は適度な休息を取ればいいんだよ」

ご大層に力説している靖男であったが、普段の卓球部の練習メニューは部員同士が決め合っているので靖男はあまり大したことはしていない。精々フォームのチェックやら適当にだべっていたり隣の男子バレー部の顧問と揉めているぐらいである。しかし大会となれば普段のぐうたらな態度とは打って変わって的確で奇抜な指導をするので部員達にもそれなりに一目置かれているのだ。

「それに無茶して身体壊したら元も子もないだろ」

「おおっ、普段はぐうたらな骨皮先生が輝いて見えるお・・」

「ああ、さすが卓球部の顧問だけあるぜ」

普段の授業とは違って説得力がある靖男の言葉にドクオと内藤は思わず感心してしまう、何せこんな練習など彼らにしてみれば地獄そのものなのでのがれられる手段があればそれに全力で乗っかりたい。

「だからお前も格闘技なんてやってないでもっと慎ましく・・ウゲッ!!」

「うるせぇ!!! てめぇみたいにチンタラやってられるか!!」

「相良ッ!! かっての恩師に何てことしやがる!! ちょっとは敬え!!!!」

「誰がてめぇみたいなポンコツ教師の下につくかッ!!!」

いつものように聖と靖男から繰り広げられる言葉の応酬に内藤とドクオはいつものように溜息が出てしまう、去年はこの光景が日常だったのだからある程度の耐性はついているもののツンがいなければ完全に止めることは不可能だろう。

「それよりも今日は俺達になに奢ってくれるんだ?」

「お前な・・堂々と担任からたかるな。先生の経済は基本的に自転車操業なんだ、今の俺にそんな余裕はない」

どうやら聖は以前に靖男から焼肉を奢ってもらったようで味を占めたようだが、いくら靖男でも常日頃から聖に奢ってやれるような金銭的な余裕はない。軽はずみに聖と狼子達に焼肉を奢ったのはいいものの2人のとんでもない食欲を甘く見た靖男は副業で稼いだ収入が全て吹き飛んだので以後は自重している。今まで聖に奢ってやった時は翔がいたお陰で自重していたようだ、何気ない翔の偉大さを靖男は思い知るが・・靖男とて一応教師としてのプライドは持ち合わせているのでそう簡単には負けはしない。

「だったら噂の真相ぐらい話せ! 今日はそれで勘弁してやる」

「お前な!! いい加減にしつこいぞ」

「それは俺も聞きたいお」

「今までゲームで理不尽な目に合わされているんだから気になるところだな」

約一名おかしなものもいるがドクオと内藤も靖男の噂については気になるようであるが、靖男にしてみればとんでもない選択である。ただえさえ今回購入したパーツやゲームで金銭的な余裕がない上に聖達に奢ってしまえば極貧生活まっしぐらだ、あの時は瑞樹の家に転がり込むことで何とか凌げたものの今回はその手は通じないだろう。

「さぁ、どうするポンコツ教師ィ〜」

「・・兵法に従い、戦略撤退を試みる」

「あっ!! てめぇ、待ちやがれ!!!!! 
ブーン、ドクオ!! あのポンコツ教師を・・追えええええぇぇぇぇぇ!!!!!!!」

こうして龍神商店街をまたに駆けたチキンレースが開催された。

22 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/02/18(土) 20:50:15.04 ID:5UKrKNSno
聖によって龍神商店街では靖男捕獲のための包囲網が張り巡らされながらも靖男は何とかそれらを掻い潜りながら必死に逃げ続けていたが、思った以上に聖の追跡が激しくて時間が経てば経つほど聖たちの追撃は激しくなってくる。

「チッ、あのポンコツ教師め・・俺から絶対に逃げ切れると思うなよッ!!!」

(相良の野郎、思ったよりもしつこいな。しかしここで相良に捕まってしまえば俺の給料は確実に吹き飛ぶ!! かといって・・逃げるのも難しいな)

何とか聖をやり過ごしている靖男であるが、このまま捕まってしまうのも時間の問題だろう。かといってこのままおめおめと聖に捕まってしまえばこの後の展開は確実にわかりきっているので懐具合が常に寂しい靖男としてみれば絶対に避けなければいけない展開だろう、既に自分の馴染みであるゲーム屋は聖の手が回っていてもおかしくはないし商店街といっても広さはかなり狭いので早いところ撤退しないと拙いだろう、そのまま靖男は周囲の様子を探るために外を見るが必死になって何かを探している狼子と辰哉の姿を見つける。

「辰哉! 骨皮先生はいたか?」

「いや、ここにはいないようだ。しかし骨皮先生を見つけたら焼肉やファミレスを奢ってくれるなんて豪勢だな」

「聖さんより先に見つけるぞ!!!」

(相良の奴、何てこと言いやがる!!!)

どうやら狼子と辰哉も聖と結託したようで靖男を探しているようだ、更に追っ手が増えてしまって逃げ場を失ってしまう靖男であるが易々と捕まるわけにも行かない。そのまま靖男は周囲を慎重に確認しながら裏路地を中心に出来る限り気配を殺しながらゆっくりと移動をしていく、もはや袋の鼠となっているこの状況であったが持ち前の体力とゲームで身に付けた戦術を活かして何とかドクオや内藤に辰哉や狼子といったそうそうたる面々からの追跡をまきながら逃亡を続ける靖男、ようやくあと少しで人が多い大通りへと差し掛かったのだが・・ここで運悪く聖と出くわしてしまう、その表情は既に強張っており並々ならぬ執念がオーラとなって放たれて靖男は思わず後ずさりをしてしまう。

「見ィ〜つけたぜ・・骨皮先生よォ!!!」

「ま、待て!! 落ち着いて話し合おうじゃないか?」

「うるせぇ!!! 今日はたっぷりと奢ってもらうぜ・・」

もはや絶体絶命としかいえないこの状況であるが元を質せば靖男が何も考えなしに聖や狼子たちに奢りまくった結果といえよう、それに普段から追いかけられていることに手馴れている聖にしてみれば普段と逆のことを考えていれば靖男を見つけ出すことなど容易いことである。

23 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/02/18(土) 20:54:27.08 ID:5UKrKNSno
「さぁ、大人しくお縄を頂戴しろ!! ポンコツ教師ィィィ!!!!!!」

(クッ、さようなら俺の財布・・)

靖男は覚悟を決めたのか素直に目を瞑るが一向に聖から拳が放たれる気配はない、恐る恐る目を開ける靖男であったが、そこには信じられない光景が繰り広げられていた。

「て、てめぇは――!!」

「お前は――!!」

「・・」

聖の前に立ちはだかったのは白羽根学園化学担当の教師であり、靖男の元恋人でもある橘 瑞樹その人である。意外な人物の出現に2人は思わず唖然としてしまうが、一足早く正気に戻った聖は怒涛の勢いで瑞樹を責め上げる。

「何の用だ!! 俺はこのポンコツ教師を締め上げて狼子達と上手いもん食う予定なんだ、いくらてめぇでも邪魔はさせねぇぜ!!!」

「お、落ち着け相良!! それに相手を考えろ、ここでやってしまえば一部の男子を敵に回すことになるぞ」

「うるせぇ!!! 俺に歯向かう野郎達もまとめて叩き潰すだけだ!!!」

この力説のように身近にいる一般の男子生徒諸君は相良 聖という人物の恐ろしさをよく知っているので立ち向かう勇気などはまずない、そんなものは勇気とは違ってただの無謀であろう。しかし靖男の言うように瑞樹も容姿は美人の部類に入るので男子生徒の間では人気があったりするのだ、事実陸上部の練習は瑞樹見たさに野次馬が多少ながらもいるのだ。

聖の闘気がビリビリと放たれる中で並みの不良なら裸足で逃げ出してしまうこの状況にも関わらず、当の瑞樹は相変わらずの無表情を貫きながらも一向に怯みはしない、靖男はヒヤヒヤしながら見守る中で痺れを切らした聖は瑞樹を追い詰めるために更に怒声を上げる。

「元カノだか何だか知らねぇが、俺に歯向かう奴は女でも容赦しねぇ!!!!」

「・・」

「相良、早まるな!! そそそ・・素数を数えながら深呼吸をするんだ」

「んなもん知るか!!! それに俺はてめぇみたいな能面野郎が気に入らねぇんだよ」

聖にしてみれば無表情で突っ立っている瑞樹がただただ不気味で仕方がない、それに瑞樹のように感情を表さない人間は見ているだけで腹が立つので余計に怒りを増徴させるが・・瑞樹は静かに聖にある一言を述べる。

24 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/02/18(土) 20:56:42.46 ID:5UKrKNSno
「化学のテスト・・」

「ハァ?」

「・・相良さん、前回の小テスト点数を覚えていますか? 50点満点中3点のあなたには補習を言い渡したはずですが・・」

ようやくの瑞樹の第一声に聖は思わずキョトンとしてしまう、前回の化学の小テストの結果は文句なく点数が悪く補習を喰らっていた聖であるが当の本人はサボっていたのでよくは覚えていない。

「それがどうしたって言うんだよ!! あんなもん糞食らえだ!!!」

「お前、俺のテストでも平然と中野に補習させてたな」

聖ほどの人物となると補習を課しても来ること自体が稀で大抵の教師は聖の力押しによって根負けしてしまっている、しかし仕事では一切妥協はしない瑞樹は今でも聖の補習を諦めてはいないし聖の諸事情も把握しているので更に言葉を紡ぐ。

「この補習は授業の単位に関わることです、普段の授業日数の少ない貴女ではこの補習を蹴ってしまえば単位修得はなしと思っていいでしょう」

「なっ――・・!!!」

「・・ただし、これから提示する条件を飲んでくだされば特別に免除という形で保障はしておきます。
条件は一つ、骨皮先生を解放してもらえれば今回の補習は免除しましょう、もし解放しなければ・・明日の放課後に執り行う予定なので来てもらえば補習はやりますが、来なければ単位は保障できません」

(なんてエグイ手段なんだ・・)

単位・・これがなければ進級も出来ないし、3年生である聖の場合は卒業にも関わる重要なものである。聖も普段から周囲に耳にタコが出来るぐらいに単位については認識させられているので今回の瑞樹の条件は非常にシビアなものだ、元来の負けず嫌いである彼女にしてみれば留年など恥じ以外何者でもない。

それに彼女はこれでも無事に卒業して翔と一緒の大学へ進学するという非常に現実的な夢を持っている、だからこそ周囲に助けられながら授業にも出るようになったし学力も以前とは比べ物にならないほど向上しているのだが、瑞樹が単位を認めなければその努力も水泡に帰してしまう。

「き、汚ねぇぞ!!! 人の弱みに付け込みやがって・・」

「・・私が言えることはそれだけですので、後はあなたの選択次第です」

(待て待て!! 先輩は俺に何の恨みが・・あったな)

このまま靖男を解放すれば聖の単位は約束はされたのと同然であるが、瑞樹のやり方も気に入らないのも確かである。そして渦中の靖男はこの状況が早く過ぎ去ってくれることを必死に祈り続けていた、彼にしてみれば聖の選択次第で今後の生活が大きく変わってくるので生きた心地がしないが、そんな靖男の心境を知ってか知らずか瑞樹は聖に二者択一の選択を迫らせる。

「相良さん、どうされますか?」

「てめぇのやり方は正直言って気に入らねぇ!! 人の弱みに付け込んで・・弱っちい奴等がやる俺が最も嫌うやり方だ!!!」

「・・・」

更に激昂する聖に瑞樹は相変わらずの無表情を貫くのだがそれが余計に聖の怒りを助長させる、そんな緊迫した状況の中でようやく靖男が口を開く。

25 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/02/18(土) 20:56:54.36 ID:5UKrKNSno
「待て待て待て!!! お前らな、俺が言うのもなんだがもう少しスマートなやり方があるだろ。相良も教師相手に無駄な喧嘩を売るな、お前も少し相手の気持ちを考えて行動しろ」

「あなたにそんなこと言えれるの?」

「元はといえばてめぇが原因だろポンコツ教師!!!」

2人同時に責められながらも靖男はめげずに話を続ける。

「シャラップ!! とりあえず今回のことは俺の顔を立てて水に流してもらおう、そうだな・・おい、相良」

「何だよ」

「次の期末で化学の点数が満点だったら何でも好きなのを奢ってやる。それまで我慢しろ」

「本当だな!! 嘘だったら叩き潰すからな、首洗って待ってろよ!!!」

そのまま聖は怒涛の勢いでその場から走り去っていく、それと同時に靖男はこの状況が丸く収まったことを心から安堵するが残された瑞樹はどこか不満げである。

「・・あんなこといって大丈夫なの? 彼女、完璧に本気にしてたわよ」

「あいつの頭の悪さと単純さは2年の時に担任していた俺が保障する、そう心配するな。それとも完璧仕事人間の橘先生はテストの問題は手を抜くのか?」

「そんなことするはずないでしょ・・」

瑞樹の作成するテストはクラスごとにも寄るのだが難易度はかなり高く、特進クラスを含めても満点を出した人間はこれまでに一人もいない。それだけ瑞樹の作成したテストは本格的でセンター試験や某有名大学の入試試験よりも難しい証拠であろう。

「んで、なんで先輩はこんなとこにいるんだ。家の方向と全然違うだろ?」

「・・たまたま買い物に寄っただけ、そしたらあの光景を目撃したの」

実のところ瑞樹もたまたま通りがかったところ聖に脅迫されている靖男を目撃したのだが、何故か身体が反射的に動いてしまったのでああなってしまったわけ。

「それともあのまま見逃したほうが良かった?」

「・・ま、今回は感謝する。何か礼に付き合ってやるよ」

「そう・・なら、晩御飯作ってあげるから付き合ってもらえるかしら?」

「おいおい、それは・・」

思わぬ瑞樹の提案に靖男は思わず閉口してしまうが、瑞樹にしてみればせっかくのチャンスをそう易々とは逃さない。

「付き合ってくれるんでしょ? だったらこれぐらいは当然よね、骨皮先生?」

「わーったよ。付き合ってやるから暫くは離れて歩いてろ、他の奴等に見られると厄介だからな」

「・・バカ」

一応靖男から約束を取り付けたものの瑞樹の自宅に着くまでにその無表情が若干ながらも不満げだったのを靖男は気付かずにいた。
26 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/02/18(土) 21:00:17.58 ID:5UKrKNSno
瑞樹自宅

つい先日まで自分の給料日まで瑞樹の家に転がり込んだ靖男であるが、心なしかあまり落ち着かないものである。あの日以来、瑞樹はいつもとは変わらないものの靖男へのアタックは継続的ながらも続いている。とりあえず瑞樹のパソコンでcivやオブリをプレイしながら現実から逃げるように時間を潰していく靖男であるが、どうしても気が散ってしまって今までのようにゲームがプレイできない。

(全く、昨日今日初めて来たんじゃないのに・・)

「・・できたわよ」

「あ、ああ・・」

テーブルに出される豪勢な料理の数々、普段の瑞樹なら簡単に済ませてしまうものの今回に限っては別である。以前に靖男が転がり込んできた時も毎日のように瑞樹が腕によりを振って出される豪勢な料理の数々が出てきたので靖男にしてみればどこか気が重い、そのまま2人はゆっくりと箸を進めながら料理を味わって食べる。

「・・どう?」

「味も昔と変わってない。それにしても相変わらずワインが好きなんだな」

「飲みなれてるから・・いつもの芋焼酎あるけど飲む?」

「ああ、もらうよ」

そのまま瑞樹はいつものように手馴れた手つきで靖男に芋のロックを差し出す。付き合っていた頃と何も変わらないこの日常が懐かしく思えてくる靖男、心なしかいつも飲んでいる芋焼酎がほろ苦く感じてしまう。

「・・ねぇ、あなたの副担任は何とかならないの?」

「あの音楽馬鹿は知らねぇよ。前だって任せておいた俺のPTAの提出書類が抜けていたからな」

「私が言いたいのはそういったことじゃなくて・・それにそんな重大な書類は担任であるあなたが出すものでしょ、副担任に全面的に任せているあなたが悪いわ」

普段から靖男は書類整理や提出などといった重要な仕事も全て副担任である葛西に丸投げしているので霞からはたびたび大目玉を貰っている。かつては瑞樹も担任は経験したことがあるもののちゃんと仕事は分担していたし、やることもきちんとやっていたので副担任に全ての仕事を丸投げしている靖男には同情はしていない。

「そんな調子だと校長先生の苦労もわかる気がするわ」

「うるせー!! あの音楽馬鹿め、いつもいつも人の仕事を余計に増やしやがって・・」

「・・その原因はあなたよ」

と言っても瑞樹自身は靖男の知らないところでは葛西とは水面下で火花を散らしているのであまり同情はしていない、どうやらあの日以来瑞樹の中で何かが吹っ切れたようでここ最近はアプローチを繰り返しているのだが現実はかなり非情なのか靖男はいつものようにはぐらかしているので散々な結果に終わっているのが瑞樹をやきもきさせているのはご愛嬌と言う奴であろう、そのままお互い酒が進みながら様々な話題が飛び交う。

27 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/02/18(土) 21:01:18.58 ID:5UKrKNSno
「全く今日は散々だったぜ、自分の生徒に追い掛け回されるなんて情けなくてとんだお笑いものだ」

「・・あまり交友には口を出したくはないけど、やたら滅多に奢るのはよくないと思うわ」

「おっ、ガキンチョ相手に嫉妬でもしたのか? 情けない大人になってしまうぞ〜」

からかい半分で瑞樹をおちょくる靖男に多少の怒りを覚えたのか、瑞樹はそのままワインを一気に飲み干すと少しムッとしながら更に言葉を続ける。

「そんなわけないでしょ。・・どうしてあなたは相良さんを始めとして木村君や月島さんたちにはそういった行為をするの?」

「そりゃ・・秘密だ」

「卑怯者」

とりあえずその場は答えをはぐらかした靖男であるが何故自分が彼らに肩入れしているのかは実際のところ未だに良くわからない、同僚である礼子も何らかの理由で彼らを寵愛しているようである。思えば聖の担任をしていた時は良くも悪くも濃かったので未だに昨日のことのように思い出してしまう。瑞樹も瑞樹で青春そのものを地で謳歌している聖たちを見ていると自分と対比してしまってその存在が眩しく見えてしまう、今日始めて聖と対峙したがその堂々とした風格や佇まいに加えて思いを正直に伝えるストレートな性格がとても羨ましく思える、自分は聖のように人と真正面からぶつかり合うことなどできない。

「先輩だって相良達が羨ましいんだろ。対峙した感想はどうだったよ?」

「・・あそこまで自分に嘘をつかずに正直にいれるなんて羨ましかった。だから無意識のうちに憧れてしまうのね、よく担任を勤められたあなたには感心してしまうわ」

「そうか? あいつはおバカで単純だ、恋人である中野も賢い馬鹿だしな。だけどそれが月島たちに尊敬される理由なんだろう、あいつ等も相良たちに色々感化されているみたいだからよ」

思えば聖の担任をしている時は夜通しで翔と一緒に何度も補習に付き合ってやったし、ちょくちょくではあるが何かしら奢ってやったりもしながら時には子供のように意地を張り合いながら彼女がもたらすトラブルを何とか処理したこともあったことを思い出す。

「でも・・彼女の担任をしていたあなたは楽しそうだったわよ」

「バカ言え、あいつは様々な揉め事よく起こすからヒヤヒヤしたもんだ。あんな思いは二度とごめんだ」

そのまま靖男は芋焼酎を一気に飲み干すと自分の食器を片付けて押入れから来客用の布団を取り出すとそそくさと準備をして就寝の準備に入る、どうも瑞樹と一緒にいると心境的にも落ち着かないのでさっさと眠って学校へ出勤したほうが心境的にも楽だ。

28 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/02/18(土) 21:07:27.66 ID:5UKrKNSno
「もう寝るの?」

「明日は早いんだよ。卓球部の合宿の準備もしなきゃいかんからな」

「そんな気構えは結構だけど・・お風呂ぐらいは入って頂戴、お酒臭いと洗濯するこっちとすればたまらないわ。それとも一緒に入る?」

「勘弁してくれ、先に先輩が入ってくれれば後で入るよ」

「・・わかったわ」

そのままそっぽを向く靖男であるが、瑞樹はそのまま諦めたかのようにしながらも若干不満げな表情のまま浴槽へと消えていく、本来ならばこの隙にとんずらを決め込む靖男であるが飲み過ぎた為に身体が思うように動かないし、下手に瑞樹の不満を買うのはよろしくはないのでこの案は断念せざる得ないだろう。

(ハァ〜・・何で今でも変わらないのかね)

自身の自業自得と知りつつも未だに瑞樹とは一定の距離と保っているようにはしているものの、ここ最近は瑞樹のアプローチが日に日にまして増えているのが靖男の悩みの種である。瑞樹とて女体化しているものの美人には違いないので自分よりも性格的に相応しい相手がいると思うし、そのような相手がいるなら正直応援してやりたい。あんな振り方をした自分を今も変わらずに想ってくれていること自体が有り得ないものだ、自分が瑞樹の立場ならば一生恨んでいるだろう。

「・・大体、あの噂も何で広まったんだ? 先輩が自分の過去を話すわけもないし・・」

今尚、飛び交っている瑞樹との噂についてはお互いに取り合えて静止しながら事が収まるのを待っている、瑞樹はあの噂によってある種のきっかけになったのでそこまでは迷惑はしていないものの靖男にしてみれば迷惑以外何者でもない。生徒は勿論のことそれ以上に副担任である葛西も事あるごとに真相を聞きたがるので対応に困ったものである、しかし噂が回り始めた時期も唐突だったし何よりも出所が全くの謎なのだ。靖男も噂の出所についてはある程度は調べてみたものの誰がどのように流したのかが全く謎なので犯人探しは諦めている。ただ判っているのは自分はもちろんのこと当事者である瑞樹も何ら感知していないと言うことだけ、それに噂が既に学園内に蔓延していることを考えたら自然に風化するのを待つしかないだろう。

29 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/02/18(土) 21:08:34.93 ID:5UKrKNSno
「やれやれ、酒が進んでしまうな。俺も歳かな・・」

「・・だったら付き合ってあげるわよ。その前にさっさと入って、下着や着替えは前のがあったから置いてあるわ」

「へいへい用意周到なこった。んじゃ、ご好意に甘えて一風呂浴びてくるわ」

そのまま靖男も浴槽へと消えてゆく、そのまま静かに見守った瑞樹は髪を乾かしながらふと鏡に視線を移すが心なしか微笑している自分の姿が目に映る。

(・・何年ぶりかしらこの感覚、思えば付き合っていたころもこんな感じだったわね)

思えば靖男と付き合っていた頃はこれが当たり前の日常だったので、ふと懐かしさが思い浮かんでしまう。他のカップルと比べたら味気のない地味な生活だったものの今まで味気なかった生活を送っていた瑞樹にしてみれば新鮮で華のあるものであったので今でもより鮮明に覚えている。思わぬ形で破局を迎えて大学内でも疎遠になってしまい、全ての時が止まってしまったかのように何ら変化もないままで大学を卒業して白羽根学園へ勤務してからもそれは変わる事はなかった、それでも靖男のお陰で化粧も覚えて人並みのファッションセンスを身につけたおかげで容姿はマシになっており、それに惹かれてか言い寄ってくる人物もいたものの全て断っている。自分を変えることが重要なのは一番わかっているものの、何故か拒否してしまう・・その答えが何故か判らぬままずるずると過ごしていた矢先に運命の悪戯か靖男の赴任、常に表情が死んでいた付き合っていた頃と違って破天荒でありながらも実直な生活を見につけた靖男の変化には驚いたものだ。自分と付き合っているときは見せたことすらなかった靖男の変化には複雑な想いがあったもののそれと同時に惹かれていく自分を見つけてしまったのだ。しかし元来の不器用な性格に加えて仕事のポジションも違ったのもあってか靖男とは仕事以外での会話もする事はなくやきもきしたまま時間だけが過ぎようとした矢先にあの噂である、最初は切り捨てていた瑞樹であったが湧き上がる周囲に加えていつもとは違ったもどかしさを見せる靖男に好奇心を覚えたのか・・結果的にはそれが功を奏して関係が一歩前進している。

「でも・・もう少し素直になって欲しいわね」

瑞樹が気になっているのは靖男が礼子と霞に洩らしたとある昔話・・あの時は偶然にも職員室の前にいたのだが、その衝撃的過ぎる内容に礼子と霞は一蹴していたものの瑞樹はどうもその内容が嘘に思えなかったのだ。靖男が転がり込んできた時にさり気なく聞いてみたものの本人がはぐらかすのでその真意は未だによく分かっていない、しかし時折靖男が無意識に見せる虚ろな視線がその事実を物語っている。しかし靖男が今の自分をどう思っているのかはよく分からないが、出来ればこの微妙な関係を一気に縮めて復縁したいものである。それにここ最近は葛西とは水面下で争うことが多くなっていたので早い段階でも決着をつけておきたいのだ。

そのまま髪を乾かし終えて服を着替えた瑞樹はワインを飲みなおすと靖男が出した来客用の布団を片付けると靖男から貰ったパソコンを起動してcivをプレイする。このパソコンも元は靖男がゲーム用に組み上げた自作パソコンなのでcivを始めとして多種多様なゲームが最初から入っている、ワインを飲みながらこうしてゲームをプレイしていくと温もりを感じてしまうのだ。

「おっ、civしてんのか? 本当にゲームしてるんだな」

「おかげさまで・・あなたが夢中になった理由が少しだけわかるわ」

「それにそのパソコンだってそろそろガタが着てるだろ。いい加減に新しいの買えよ」

瑞樹が使っているパソコンは付き合っている頃にあげたもので既に相当ガタが着て当然なのだが今でも当然のようにネットは当然のことゲームも余裕で稼動しているのである意味凄い代物だが、所詮は自作のパソコンなので相当ガタもきているはずようだが瑞樹は頑なにパソコンを変えようとはしなかったのだ。

30 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/02/18(土) 21:09:42.75 ID:5UKrKNSno
「・・イヤよ、気に入っているもの」

「ま、充分に動いているしな。パーツもガタがきていないようだし・・って変な風に市民を配置するんだな」

「ええ、こっちのほうが効率がいいわ。・・向こうの研究速度が速そうね」

「ちょい貸してみ。・・ああ、こりゃ上手い具合に技術を転がしてないな。典型的な中級者のパターンだ、こういった場合は変にケチらずにこういった感じで技術を転がしてスパイで他国の新規技術を奪っていくのがセオリーだな」

そのまま靖男は焼酎片手に手馴れた手つきでゲームを進めていく、瑞樹はただただその光景を見守るばかりである。

「ま、こういうやり方もあるんだ。難易度的に不死じゃないんだろ、だったら最初は貴族を余裕でクリアできないと話にならんし、先輩が天帝プレイしたら瞬殺されるだろうがな・・ってそういや俺達明日も仕事だったな」

「・・そうね」

「それじゃ、何で俺が出した来客用の布団が片付けられているんだね、瑞樹さん? 俺に廊下で眠れって言うんじゃないだろうな」

「ベッドならあるじゃないの」

瑞樹が指差したのは普段から使っている自分のベッド、どうやら今日は一緒に寝ろと言うことなのだろう。どうせ強引に布団を出したところで片付けられるに決まっているのでここは大人しく観念して瑞樹と一緒に寝るしかないだろう。

「・・わかったよ、明日も早いんだから寝るぞ」

「ええ、陸上部の朝練があるから朝食は作って置いてあげるわ」

そのままお互いにベッドに入ると明かりを消してすぐに就寝に入る、普段ならばここで甘ったるい空気が流れるところなのだろうが残念ながらそういった雰囲気など微塵もなく付き合っていた頃と同様に添い寝程度に収まってしまう。いつものように瑞樹は靖男にしがみつきながら眠ろうとするのだが、身体が興奮してしまって眠れるものも眠れない。

31 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/02/18(土) 21:11:39.51 ID:5UKrKNSno
「・・ねぇ、眠れないんだけど」

「んなもん適当に羊でも数えたら眠れるぞ、貴重な睡眠時間を無駄にするんじゃありません」

「私としてはもう少し刺激的な夜が欲しいんだけど・・」

えらく直球の瑞樹の言葉に靖男は思わず頭を悩ます。前に転がり込んできた時はそういったのは付き合っていた頃と同様にしながら切り抜けていったのだが、あの時と同様に瑞樹もそう簡単には退きはしないだろう。

「女の子が変なこと言うんじゃありません。お父さんそんな娘に育てた覚えはありませんよ!!」

「悪いけど育てられた覚えも無いわ。・・言ったでしょ、あなたが望むならセックスフレンドでも構わないって」

「そんな趣味はない、先輩も俺以外にも他にいい奴でも見つけろよ? 何なら紹介でもしてやろうか」

このまま自分と付き合っても何らメリットはない、それに自分以外にも他の人間と付き合うことも大事だと靖男は常々思う。いくら自分が状況を作り出したとはいってもこのままでは瑞樹があまりにも不憫でならない、それに自分は人並みの幸せすら享受してはならない人間なのだ。

「そりゃあの時は俺が自分の勝手で先輩を振ってしまった、だから先輩には他の奴と付き合って幸せになって欲しいんだよ。

このまま俺といたところで何ら変わりはしない、だから自分の幸せを見つけ――」

「イヤよ――・・私は今でもあなたが好きなの、それだけは変わらない・・変えたくはない」

更に瑞樹は力いっぱい靖男にしがみ付く、自分でも分かってはいるのだけどもやはりそれ以上に靖男が好きなのだ。

「私は・・もう決してあなたを離したくはない。あの時のように自分から逃げたくはないの、弟が死んでからの私を甦らせてくれた彼方を・・決して離したくはない――」

「もう俺達は何でもないんだ。それに俺は・・人並みの幸せはいらないんだよ。先輩も俺の存在で自分を縛るな、この先の人生を無駄にしてしまうことはないんだ」

「自分を縛っているのは・・あなたよ、過去に何があったかなんて問わないわ。・・けど、そんな生き方は悲しいわ」

「・・それだけ俺のやってしまったことは取り返しのつかないんだ。償っても償いきれない・・だけど贖罪はしないといけない、俺は決して幸せにはならずに惨めで悲惨な最期でも生温いほうだよ」

自嘲気味に靖男は瑞樹を突き放そうとする、彼は決して自分の幸せを望まない。それがただの自己満足だと判っても自分の生き方を縛る以外の方法を知らないのだ、2人の人生を奪い生き地獄を見せているのだからそれだけでも生温い話なのだ。

「だから俺はこれからも幸せには決してならない、これから俺の命はある人物に殺されるためだけのものだ。そのための過程は常に惨めで嫌悪されてなければならないんだよ。

先輩はそんな男の元にいちゃいけない・・自分が産んだ業は自分で背負わなきゃいけないんだよ、詭弁だって判っているんだけどな」

「付き合うわ、その中途半端で笑えるぐらいの自己満足の詭弁。・・あなたが殺されるなら黙って見守って悲しんであげる、彼方が惨めで嫌悪されるぐらいの存在になれば私も一緒に汚れてあげる。

だから、もう私を決して離さないで―――・・」

更に瑞樹は力いっぱいに靖男の身体を抱きしめる、ようやく掴んだこの温もりを決して離したくはない・・そんな瑞樹の決心が身体を通して伝わってくる。

「ようやく掴んだ彼方の存在を私はもう離したくはない。だから・・彼方の業を一緒に背負ってあげる」

「zzz・・」

「・・バカ」

寝息を立てている靖男に瑞樹は少し呆れながらも静かに口付けを交わして眠るのであった。
32 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/02/18(土) 21:14:32.31 ID:5UKrKNSno
翌日

靖男は唇の妙な感覚が気になりながらも瑞樹が用意してくれていた食事を綺麗に平らげるとそのまま学校へと向かう、瑞樹は陸上部の朝錬があるので早く起きて自分と靖男の分を作るとさっさと出かけてしまったようだ。そのままいつものように遅刻ギリギリで職員室へと向かって恒例である朝礼を終えた靖男を待っていたのは霞の小言である。

「うぃ〜っす・・」

「骨〜皮〜先〜生ィ〜、前に頼んでおいた懇談会のまとめは!!」

「え? あれはもう少しで・・」

「なに悠長なこと言ってるの、あれ今日が提出期限よ!? 出てないの先生のクラスだけよ!!」

霞が言っているのは前に行われた保護者とで行われた懇談会の事後報告書である、懇談会はクラス単位で行われるため事後報告書の提出も各クラスの担任の教師に一任されている、学校としても事後報告書は最近の保護者の傾向を知るための資料として扱うのでかなり重大な書類なのだが、例に漏れずに靖男のクラスだけが提出をしていないので重大な問題なのである。

「あの・・もう少し時間が欲しいんですけど」

「んなこと出来るわけないでしょ!! 授業終わったら職員室で書き上げて放課後までに私に提出しなさい!! い・い・わ・ね?」

「へ、へい・・」

靖男の空返事と同時に霞はいつものように大きな溜息を吐きながら理事長室へと向かっていく、恐らく説教覚悟で理事長に出来る限りの延期を頼むのだろう。

(放課後までに書類出せとか、あのロリっ娘は鬼か!!)

といても懇談会から提出期限である今日までには結構余裕があったので他の教師も仕事をしながらも優先順位をしっかりと決めてさくっと作成をして提出していたのだが、どうも靖男は提出期限に余裕があると判断して放置してたので未だに殆ど手付かず状態である。幸いにも今日は授業が少ないので書類を書き上げる時間は充分にあるのだが、懇談会が終わってからかなり日が経っているので記憶との戦いである。

「春日先生、なんかいい方法ないっすか?」

「養護教諭の私に言われても・・メモとかは取ったりしてるの?」

「一応、しかし自分の字なのにさっぱりなんだよな。これが」

「ま、まぁ・・頑張ってね」

礼子もいつまでも職員室にだべっているわけにもいかないので必要な書類だけを持ってそのまま職員室を後にして保健室へと向かう。礼子の助力を借りようとした靖男であるが、ここ最近はそのパターンも霞に見抜かれているようでちょくちょくであるが監視もされている。礼子に頼れないとなると靖男は市場を捨てる覚悟に出ると、そのまま授業の準備を終えて実験室へと向かう瑞樹を捕まえる。

「橘先生、ここなんですg・・」

「・・骨皮先生、申し訳ありませんが授業が控えていますのでお答えする時間はありません。それに私は先生のクラスの保護者の方々は面識がありませんので」

そのまま瑞樹は容赦なく靖男をばっさり突き放す、いくら元恋人とはいえ瑞樹は仕事に対しては非情に辛辣なので容赦はない。ましてや元の原因は靖男の怠慢なので瑞樹が手を貸す必要もないしクラスの担任を任されている以上はそれ相応の責任も当然あるのだ、そういった部分では瑞樹は仕事とプライベートをキッチリと分ける人間である。そのまま失意のどん底に落ちる靖男であるが今朝のあの感覚について今度は小声で瑞樹に尋ねる。

(そういえば・・先輩、今朝から唇が妙な感覚なんだが?)

(――! ・・気のせいよ、それに書類のことで困ったら後で私のパソコンでも見てみたら?)

「な、何言って――・・」

「それでは、私は授業がありますのでこれで失礼します」

そのまま瑞樹も職員室を後にして授業をするために実験室へと向かう。職員室で1人になった靖男は仕方なしに瑞樹のパソコンを開くと自分の名前の書いてあったファイルに目が付く、そのまま開いてみるとそこには今回の書類に関するデータが事細かに記載してあった。

「おっ! これは前に先輩が担任してた時に提出していた事後報告書のデータか、これならば何とかなるぜ」

そのまま靖男は瑞樹が残してくれたデータを基に書類の作成を始める、流石に丸写しでは霞にばれてしまうので事細かに変えていきながらも順調に報告書を作成していくのだが最後の文面にこう記してあった。

“追記、このデータを元に書類を作成したら1ヶ月の間は私と同棲をすること。すっとぼけても書類を見れば判りますし、校長に暴露しますのであしからず  橘 瑞樹”

「ま、マジかよ・・」

思わぬ瑞樹の要求に靖男は暫く呆然としていたと言う。





fin
33 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) [sage saga]:2012/02/18(土) 21:34:53.37 ID:5UKrKNSno
どうも、アイドル兼小説家のチンク・シャーロット・ズスクです、幸せ配達人をしていますが自身の幸せは配達されません。
てなわけで今回は終了です。見てくれてありがとさんでしたwwww

前スレ>>1000は神、保存させて某所のプロフィールのアイコンにさせていただきます
本当にありがとうございましたwww

そしてアイディアとキャラを提供してくださった狼子の人には感謝と謝罪と申し上げます

Q:何で白羽根シリーズなの? 由来教えて

A:書きたかったんだYO、それに瑞樹を定着させるのにね。白羽根は狼子の人と共同で決めました、いつまでもクロスじゃ悲しいし名称欲しいしね

Q:新キャラ教えろks

A:おk。

橘 瑞樹

靖男の元彼女で付き合った期間は大学時代、歳は2つ差で身内は現在両親のみ。
昔から無愛想で無表情なので周囲から勘違いされやすいが、元から・・所詮クーデレ。
仕事とプライベートは完全に分けており、学園内では教師はおろか生徒にも常に敬語なので近寄りがたい印象はあるが美人でスタイルもそこそこいいので一部の男子には人気がある。

病死した弟がおり、上記の性格を心配した彼は瑞樹が女体化したのを気に家事やら色々なスキルを教え込む、心を開いているのは靖男とこの弟のみ。

現在靖男との復縁を目指しているが現実は非情なり、知り合い止まりである


某所でも報告したとおり、投下頻度はかなり下がりますがこれからも時間を作って書き溜めて投下しようと思いますのでよろしくお願いします
ではwwww
34 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/02/18(土) 22:46:33.64 ID:+1Xrn0Lh0
>>33
楽しませてもらいました
彼らのこれからに期待しています

無理はしないでくださいね
気長に待っていますから
35 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(千葉県) :2012/02/26(日) 22:21:48.07 ID:ZUvt2n/5o
A.G.E
36 : ◆suJs/LnFxc [sage]:2012/02/28(火) 00:34:40.53 ID:6SPg7g1k0
こんばんわ!
何とか今月中に書き上がったので投下します。今回はちょいと長いです。
37 : ◆suJs/LnFxc [sage]:2012/02/28(火) 00:39:25.38 ID:6SPg7g1k0
にょたいカフェの会場は俺達の教室とは違う棟にあり、移動するには渡り廊下を通る必要がある。
今俺が通過しているのは1Fの渡り廊下だ。
この渡り廊下には、屋根はあるが壁がない。上履きでは怒られてしまうが、物理的にはそのまま中庭に出ることもできる。

渡り廊下の両側に広がる中庭に連なるのは、出し物の屋台。
焼きそば、たこ焼き。わた飴にチョコバナナ、他諸々。食い物以外には、射的や輪投げなんかもある。
祭りのような雰囲気のそれらは、3年生による出店だ。
一般公開されているこの文化祭には、OBや生徒の家族、他校の生徒なども訪れる。
そういった客が最初に立ち入るエリアがこの辺りらしく、大人や他校の制服を着た人々の姿が目立つ。
少し幼く見えるのは、この学校へ進学を考えている中学生だろうか。

「忍ーっ!待って、一緒に行こっ!」
「お前、目立ちまくりだぞ。遠くから見ても一発で分かるぜ?」
「な、何だよ?揃いも揃って」

渡り廊下の中央に差し掛かったところで、名前を呼ばれて振り向く。そこにいたのは涼二と典子。
他にも委員長を筆頭に、その他のクラスメイト男女数名。…唐突に現れた集団の中にいる涼二に、少したじろいでしまう。
来るとは言っていたが、俺のウェイトレスタイムはまだ始まってすらいない。にょたいカフェが終わった後のこともあるし、
心の準備ができていないのだ。

「西田あああ!俺がこの日をどれだけ楽しみにしていたか、お前に分かるか!?」
「知らねええよ!盗撮写真を集める変態風情の気持ちなんぞ知るかッ!」
「何とでも言うが良いぞ。どう足掻こうと俺の作戦通りお前はその衣装を着たし、これから少しの間ではあるが…
 俺の給仕係になるんだからな…ふふ…」
「きも!コイツきもい!」

委員長は安定のキモさである。
話を聞くと、委員長は全てのウェイトレスを指名する気でいるようで、シフトが入れ替わるたびに足を運んでいるとのことだ。
得意げにデジカメを寄越したので中身を見てみると、鼻の下を伸ばした委員長とウェイトレスのツーショット写真が大量に保存されていた。
最早グロ注意と言っても差し支えないレベルだろう。

「…他の皆も、何回も通ってんのか?」
『そんなことするのは委員長だけだよー、少なくともうちのクラスではね』
『自分が贔屓にしてる娘さえ指名できれば良いだろ、普通』
「にょたっ娘は神から賜りし人類の至宝!ならば俺は平等に愛でよう!貴様らには何故それができんのだッ!」
「流石の俺もそれは引くわ」

ブレない男・委員長。
言わんこっちゃない、流石の涼二ですら引いている。手芸部の部長よりはマシだけども。
写真コンプを目指す委員長のように一度の来店で重複指名をするのであれば、その都度追加料金の支払いと、オーダーをする必要があるらしい。
委員長は、飲み物ばかり頼んでいたから流石にトイレが近い。次はクッキーにでもしようか…などと、
周りのクラスメイトたちと話しはじめた。
軽食、デザートなどのフードメニューは調理部がメイド喫茶と掛け持ちで担当している。
先日にょたいカフェの説明会を受けさせられたのだが、その時に試食をさせてもらう機会があった。
その時に食ったケーキとクッキーはとても美味く、十分に金を取れるレベルだったのを覚えている。

よく考えたらうちの学校の部活って、何気に凄いよな。
この衣装もそうだし、機械工作部が作って俺たちを恐怖の底に陥れたネットガンは、コンビニなんかに防犯用として売り込み出来るんじゃないか?
いずれも用途がおかしかったから、俺たちが今こんな目に遭っているわけだが。

…ふつふつと、「思い出し笑い」ならぬ「思い出し怒り」が込み上げてくる。
そもそも、あの捕まえ方はおかしい。おふざけの範疇を超えている。俺は投降という形にはなったが、その後の手錠だって異常だ。
あのまま警察に駆け込めば、加担した連中は…
38 : ◆suJs/LnFxc [sage]:2012/02/28(火) 00:41:03.64 ID:6SPg7g1k0
『そこのお前!そんなことをしてただで済むと思っているのか!?』
「そうだ、ただじゃ済まされねぞ!」

不意に、俺が頭の中で考えていたことを先に言われた気がした。思わず同調してしまう。

「忍?いきなりどうしたの?」
『お前、1年の西田だろう。私服でごまかしても無駄だぞ!謹慎は確実だと思え!』
「え、俺!?これ私服じゃねーって!しかも忠告無しで謹慎かよ!?くそ、この乳は好きで強調してるわけじゃ…!」
「落ち着け西田、お前のことではないと思うぞ。…でも名指しだったしな、どうなっているんだ?」
「おい忍、あそこ…!」

涼二の指差す方向を見る。
出し物の屋台が連なった場所から少し離れたところ。保護者やOBたちを対象にしたのだろう、喫煙所が設置されている。
何人かの大人に混じって、小柄な女の子が煙草を吸っているのが見えた。こちらに背を向けていて、顔は見えない。
先程怒鳴り声をあげていたのは生徒指導の体育教師で、それはそれは恐ろしい形相で女の子の前に仁王立ちしていた。

「先生、若く見てもらえるのは嬉しいけど。こう見えてとっくに成人してますよ」
『バレバレの嘘をつくんじゃない!往生際が悪いぞ!」
「本当ですって。免許証、財布の中に入れっぱなしで車に置いてきちゃって。今、うちの主人が取りに行って…」
『黙れ!いいから来い!』

…あぁ、1年の西田って言うから俺かと思ったけど。
多分他のクラスに西田というDQN娘がいて、私服で煙草を吸っているところを見つかったんだな。
そりゃ情状酌量の余地なしで謹慎だろ。あ、首根っこ掴まれてこっちに引き摺られてくる。

「見ろよ涼二、DQN女が引き摺られてくるぜ」
「いやお前、あれ…」
「はは、チビのくせにあの悪人面、相当グレてんだろうなぁ。あの吊り上がった目とか、いかにも性格悪そ…あれ?どっかで見たことある…」
「馬鹿かお前!『お前にそっくりなあの猫目』、どっからどう見てもあれは…!」

引き摺られながら、咥えた煙草のフィルターを噛み千切った「女の子」。
眼光が一気に鋭くなり、眉間に皺を寄せ、眉毛をガルウィングのように吊り上げている。
舌打ちを一つしたかと思えば、小さな手に持っていたコーヒーの缶をぐしゃりと握り潰した。

…あれ、スチール缶だぞ。

「―――いつの時代も先公ってのはムカつくもんだぜ。人が我慢してりゃあ調子こきやがってよぉッ!離せやクソ先公がああッ!」
『ぬお!?貴様、教師に向かって暴言を…!』
「んだコラぁッ!てめェこそ人妻に向かってナメた口利いてんじゃねえぞッ!うぉらッ!!」
「〜〜〜〜ッ!!」

金的を食らった体育教師が身体を「く」の字に曲げた。頭が下がったのを見計らい、髪を乱暴に掴んで引き寄せる。
そのまま鼻に頭突きを食らわせ、仰け反って倒れた教師の股間へ再び蹴りを見舞う。

確かに、力で劣る女性でも効果的にダメージを与えられる方法かも知れない。
ただし、この一連の動作はどう見ても「喧嘩慣れ」している人間のものだ。
俺がやろうと思って出来る動きではない。

「くたばれオラぁッ!この粗末なブツが二度と使えねぇようにしてやるッ!」
『あ゛っ、ぎぃやッ!やめ、アッー!』
「てめェ運が良いなぁ…!今はピンヒール履かねぇようにしてんだよッ!もし履いてたらこんなもんじゃ済まねぇぞッ!ああッ!?」

悪い夢でも見ているようだ。
あ、いや、見てない。俺は何も見ていない。
俺の母親がこんなところにいるわけがない。
俺の母親が教師に向かってブチ切れて、血祭りに上げているわけがない。
39 : ◆suJs/LnFxc [sage]:2012/02/28(火) 00:46:26.24 ID:6SPg7g1k0
「…さーて、にょたいカフェに遅刻しちゃまずいからな。さっさと行こうじゃないか」
「待てよ!止めなくて良いのか!?気絶してるぞあの先生!」
「知らない!見てない!気にしない!さぁ行くぞお前たち!」

何も見ていない俺は、そのまま歩を進めた。…違う。進めようとして、進めなかった。
何故なら、典子が俺の腕をがっちりと掴んだから。

「…ねぇ忍。何も知らない私に、あの忍そっくりな女の人について。私に説明してくれるかな?」
「し、知らない…!」
「知らなくないよね?ほら、私の目を見て?」
「…ぅ、うちの母親、です…」
「やっぱり!本当にそっくり…!親猫だぁ!」
「西田の母君だと!?…西田、今までからかって正直すまなかった。今後は良き友人として付き合っていこうじゃないか」

典子スマイルに屈し、現実を直視するハメになる。
委員長は完全にビビった様子で今までの非礼を詫びてきた。
あまりやりすぎると、あの状態の母さんが報復に来るとでも思ったのだろうか。
典子はビビる様子もなく、むしろ目を輝かせて母さんを見ている。今にも走り出しそうな雰囲気だ。

だがまずい。
制服ならともかく、今の格好を母さんに見られるわけにはいかない。
どうにかしてこの場を離れないと…!

『西田の母ちゃん、キレっぷりは西田より数段上だな…おっかねー…』
『でも本当に西田君そっくりだね。あの先生が西田君と見間違えたのは無理もないかも』
「な、撫でたい!忍のお母さんに、いい子いい子したいっ!」
「秋代さんにそれはヤバいって…あ、教頭が来た!」
「柴山ァァァッ!何をやっとるかあああッ!」
「…ッ!」

柴山。
ばあちゃんの苗字で、母さんの旧姓。騒ぎを聞きつけて現れた教頭は、母さんのことをそう呼んだ。
呼ばれた母さんは、反射的に動きを止めた。まるで身体が覚えているといった様子だ。
あの二人、知り合いなのか?

「な、マジかよ…?先生ッ!?」
「柴山…今は西田だったな。お前、今は立派に主婦をやっていると聞いていたが…昔と何も変わっとらんじゃないか」
「ち、違うんすよ!アタシがそこで煙草吸ってたら、コイツに娘と間違われて無理矢理連れて行かれそうになったんすよ!」
「本当か?何せ当時、ここいらの不良の間では知らぬ者などいなかった最強のスケ番、『鬼の柴猫』だからな。怪しいものだぞ」
「ちょっと先生、昔の話はやめてくださいってば!そのクソだっせぇ通り名、アタシは昔から嫌だったんだ!」

母さんが問題児だったのは、話でしか聞いたことがなかった。
しかし教頭の口から出た「昔から変わっていない」という言葉は、母さんが昔はこんなことばかりしていたのだと物語っている。
娘の俺でも軽く引いた。

でも、助かった…!
母さんが教頭に捕まって問答してる今なら逃げられる…!

「えーっと、本当ですよ。その先生がちょっと強引に秋代…西田さんを連れて行こうとしてたんです」
「ばっ、涼二…!」
「ほら、アタシだってもう理由も無しにケンカ売ったりしませんって!ってあれ、涼二君?忍もいるのか?」

今まさに逃げようとした俺から離れ、涼二が母さんたちに近付きながら事情を説明する。
母さんは突然現れた涼二に戸惑いつつ、恐らく涼二とセットで行動しているであろう俺を探している。
40 : ◆suJs/LnFxc [sage]:2012/02/28(火) 00:49:18.30 ID:6SPg7g1k0
…馬鹿が、余計なことしやがって!俺は逃げるぞ…!母さんの視線が、俺に向く前に…!

「逃げちゃダメだよ。お母さんに可愛い姿、見せてあげないとねっ」
「くっそあああッ!いっそ殺せええええッ!」

逃げようと背を向けるが、相変わらず俺の腕を掴んでいた典子を振り切れない。
華奢な典子の手には、どこから発生したのか疑問なほどの力が込められている。
顔はいつもの笑顔なのが恐ろしい。

前々から抱いていた疑惑が今、確信に変わった。「典子もドS」…!

「…忍?ぶっ!何だよお前、その格好!だひゃひゃひゃ!」
「ただいま、財布持ってきたよ。あれ、何かあったのかな?この娘は忍…だよね?」
「おっせーんだよ克巳ィ!おかげで忍に間違われて謹慎させられそうになるわ、先生は出てくるわ、忍は妙な格好してるわで…
 頭がおかしくなりそうだっつーの!」
「頭がおかしくなりそうなのはこっちだああ!ちくしょう俺を見るんじゃねええッ!!」

母さんが暴れて教師を気絶させて、やってきた教頭は母さんと知り合いで、こんな格好の俺は母さんに見付かって、そこに親父が帰ってきて。
もう目茶苦茶だ。こんなシチュエーションは、人生において滅多にあるものではない。あってたまるか。

「状況が分からないけど…取り敢えず先生、お久し振りです。どうしてこちらに?」
「おぉ、西田!私はお前たちが卒業してから、色んな学校を転々としてな。今はこの学校の教頭をしているよ」
「そーだったんすねぇ。あそこの…ぷっ、エラい格好してるチビが、ちょっと前に女体化したウチの娘なんですよ」
「格好はともかく身長は人のこと言えねーだろッ!」
「んだとコラぁッ!」
「…成程な、親子で間違いなさそうだ。確かに以前から校内で、かつて受け持った超弩級の問題児に瓜二つの生徒を見掛けるとは思っていたが…」

手を顎にやり、まじまじと俺の顔を眺める教頭。
状況から察するに、この教頭は母さんと親父が高校生だった頃の担任のようだ。
前に言っていた、退学撤回を求めて一緒に校長に土下座してくれたという先生だろう。
あの人には頭が上がらない…と母さんは言っていたが、確かに珍しくへこへこしている。

「僕もまさか、忍がこんなに秋代に似るとは思いませんでしたね」
「あ、そうだ。今2人目が5ヶ月で、今度は最初から女の子なんすよ!今度の子もアタシに似るかなぁ?」
「そうかそうか、2人目が…」

少し膨らんだ腹をさすりながら母さんが言って、教師は目を細めて嬉しそうにしている。
自分が教えた問題児が今は一応主婦をやっていて、その息子改め娘が特に問題を起こさずに自分が勤める学校へ通い、更にもう一人身篭って。
となれば、それなりに嬉しいのだろう。

3人はそのまま想い出トークを始めてしまった。ちなみに泡を噴いて気を失っている教師は、
教師の後からやってきた他の教師たちに担がれてドナドナされていった。

…しかしまさか、うちの教頭が両親の担任だったとはな。
思えば俺がまだ母さんの腹の中にいた頃に、ある意味「会って」いるわけだ。何か変な感じがする。

「忍に妹ができるって…何で言ってくれなかったの!?そっか、それでさっき『ピンヒール履かねぇようにしてる』って…」
「今思えば、妊娠する前はやたらと高いヒールの靴ばっかり履いてたな…身長コンプレックスなんだろ、俺と同じく。言わなかったのは、
 まぁ色々恥ずかしくてさ…」
「コイツに姉貴が務まるのかねぇ。コスプレして猫耳と尻尾を着けるような奴だぜ?」
「この格好は1ミリも俺の趣味じゃないですからね!?」
「ダメだよ、大声出して胎児に影響が出たらどうするの?」

腹が出てきたというのに暴れ回った妊婦がそこにいるんですけどね。

「さて、私はそろそろ見回りに戻るとしよう。楽しんでいくといい。くれぐれも暴れるなよ?」
「わぁーってますって。もうガキじゃねぇんだからさ」
「先生、忍のことも宜しくお願いします」

去っていく教頭に手を振る両親。
恩師と久々に話ができて、二人とも嬉しそうにしている。

…と、思ったのだが。
41 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/02/28(火) 00:51:12.21 ID:6SPg7g1k0
こちらに向き直った母さんの顔が、みるみるうちに悪魔のような笑みに変わっていく。最高の餌を見つけたと言わんばかりに。

「さぁーてと…忍ちゃあーん?どうしてそんな格好をしてるのか、ママにちゃんと説明できるかなー?」
「僕もすごく気になるよ。可愛いとは思うけど」

妖しく目を光らせ、いつもの意地悪そうなニヤニヤ顔となった母さんが肩を組んでくる。
しかも赤子をあやすような猫撫で声。だが逆にその口調がネチネチ感を増幅させ、プレッシャーとなって俺を襲う。

「い、言うわけねーだろ…!さっさとどっか行けよ…!」
「あぁ、うちの学年の出し物で、『にょたい☆かふぇ』ってのがあるんすよ。女体化者がウェイトレスをやるっていう。
 忍の出番は今からなんです」
「りょおじくううんッ!?てめェは少し黙った方が良いんじゃないかなぁッ!?」

相変わらずコイツには、空気を読むという機能が備わっていないらしい。
…読んだ結果がこれなのかも知れないが。そんな気がしてきた。

「こりゃー良いこと聞いたねぇ。アンタ、娘の見せ場を見たいと思わねぇか?」
「勿論見たいさ。さっき貰ったパンフレットは…っと。あぁ、ここでやってるんだね。後で行こうか」
「一緒に写真を撮りたければ、指名制になってるんで…」

絶望した俺をよそに、話がどんどん進んでいく。
昔からの顔見知りなだけあって、涼二とうちの両親は軽口を叩きながら話している。

「中曽根と、西田のご両親は仲が良いようだな」
「…付き合いが長いからな。俺も涼二の両親とはあんな感じだよ」
「それにしても忍のお母さん、可愛いなぁ…可愛いよぉ…」
「典子、お前ちょっと目がヤバいって。大丈夫か?あんなに凶暴なんだぞ、あの母親…」
「やっぱり忍のお母さんなんだなぁって感じだよ?そっくりだもん、色々と。だから、ね…」

色々とそっくり。先程教頭も似たようなことを言っていたが、どういう意味か気になるところだ。
…だがその後の、「だから、ね…」の方が数億倍気になる。
その一言を発してから、典子の様子が変だ。何かを抑えているようで、うずうずという表現がぴったり当て嵌まる。

「あ、あのっ、忍のお母さん…ううん、秋代さん!私、忍の友達の藤本って言います!」
「ん、そうなんだ?うちの馬鹿娘と仲良くしてくれてありがとね」
「それで、あの…」

典子が母さんに自己紹介をした。それに答える母さんはよそ行きモード。今更手遅れだというのに。
そして典子は、続けて何かを言おうとしているようだ。

…何だ?典子は何を言おうとしている?クソが、嫌な予感しかしやがらねぇ…!
42 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/02/28(火) 00:52:22.51 ID:6SPg7g1k0
「おい典子、お前…何考えてる?妙な真似は止めとけ…!」
「…ダメなの!私もう我慢できない!秋代さん、ごめんなさいっ!」
「むぎゅっ!く、苦しっ…!」

典子が母さんを抱き締めた。
目の前で起きたその光景を正しく認識した、その瞬間。
全身から一気に血の気が引いていくのを感じた。

「や、やめろ藤本!秋代さんにそれはヤベェって…!その人がハンパじゃねえのはお前もさっき見ただろ!?」
「だって!だってこんなに可愛いんだもん!」
「ぐっ、ぬっ…!何だコイツ…!離せっ…!」

涼二は必死に典子を引き剥がそうとしているし、クラスメイトたちは顔面蒼白で事の次第を見守っている。
ニコニコしているのはうちの親父だけだ。

あわわ…あわわわ…!

「ナメてんじゃ………ねぇぞッ!!このメスガキぃぃぃッ!!!」
「きゃあ!?」
「今の世の中ッ!他人様の子供だろうと…叱れる大人が必要だよなあああッ!!」

自力で脱出した母さんは、よそ行きモードなどすっかり忘却の彼方らしい。
そのまま典子の顔面目掛けて右手を突き出すべく、一瞬腕を引いて力を込める。

アイアンクローだ…!気の毒だけど典子、そりゃ自業自得だぞ!

「ちぃーっと痛ぇが、アタシに喧嘩ァ売った勉強代だッ!」
「はい、ごめんなさい秋代さん。怒っちゃ嫌ですよ?」
「なっ…!?」

なでなで。
いつも俺にやるように、母さんの頭を撫でた。
典子の眼前に迫っていた右手は動きを止める。そして力無く、だらりと下がった。
悲しきかな、この血を継ぐ者に共通した弱点。
母さんは、わなわなと震えていたのも束の間。頬を染めて俯いてしまった。

「おいおい…『鬼の柴猫』の、このアタシが?こんな小娘に?嘘だろ…!」

恐るべし、藤本典子。
43 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/02/28(火) 00:54:57.27 ID:6SPg7g1k0
「にしてもさっきの藤本、凄かったなぁ。俺でもできねーぞ?秋代さんにあんなこと」
「えへへ。忍にそっくりで本当に可愛かったからつい、ね」
「心臓に悪いからやめてくれ…」

両親と別れ、移動を再開した。
二人は暫くあちこち見て回って、俺がいる間にはにょたいカフェに来ると言っていた。本気で来ないでほしい。
母さんはあの後、典子に対してはすっかり牙を抜かれたように大人しくなってしまった。

「こ、今回だけだからな!次やりやがったら潰してやる…っ!」とか言っていたが、また同じ状況になったら結果は火を見るより明らかだ。

「つーか母さんにボコられた先生、絶対相手は俺だと思ってるよな…」
「その辺は教頭が話をつけてくれるだろ?どう見ても過剰防衛だけど、あの先生が強引だったのが原因だしな」
「…しかし、藤本女史に屈しはしたが…あの喧嘩殺法には正直戦慄したぞ」
『西田君のお母さん、あんなに小っこいのに強いんだねー!格好良かった!』
『男にとっては恐怖でしかないって!』

先程の騒動について、クラスメイトたちは興奮した様子で話している。
女子たちにとって、うちの母さんは「カッコ可愛い」という印象らしい。
男子たちはあの金的を思い出しては顔を青くし、股間を押さえている。確かにアレは男ならゾッとするだろう。

話している間に会場に到着した。
入口には長蛇の列。植村が言っていた通りの盛況っぷりだ。
人々は並んでいる時間にウェイトレスの紹介パネルを眺めながら、あーでもないこーでもないと話すことで時間を潰している。

『おっ、あれ西田ちゃんじゃないか?』
『きゃーっ、あの娘もかーわいいー!』
『ぬおー!指名する娘はもう決めてたのに、実物を見ると心が揺らぐ!』

この手のリアクションは未だに苦手だ。男の頃に容姿について褒められた経験なんて、身長が平均より少し高かったことくらいだし。
涼二や典子や他のクラスメイトに言われる分には、元の俺とのギャップによる補正が効いているのだろうからあまり気にならない。
しかし全く知らない人間から手放しで褒められるのは、やっぱり慣れないのだ。
悪い気は…しないけどさ。

並んでいる客の中には他校の制服を着た人間もちらほらおり、
「この学校のにょたっ娘もなかなかレベル高いな」というような会話が聞こえてきた。
女体化者なんてどこだろうと同じレベルだと思うが。

列の一番後ろに並んだ人は「ここが最後尾です」というプレートを持っている。
委員長はその人に話し掛けてプレートを受け取った。てっきりスタッフかと思ったが、どうもそうではないらしい。

「最後尾に並んだ客が自主的に持つんだな、それ」
「ば、馬鹿な…!こんな最低限のマナーも知らんのか!?そんなことでは、ビッグサイトに行っても白い目で見られるのがオチだぞッ!」
「何の話だよ!?」

よく分からない世界の話はさておき、俺はスタッフ用の出入口から入れることになっている。
ここで一旦お別れだ。

「西田はサークル入場というわけか。選ばれし者の特権だな」
「だからよく分からねぇ話はやめろおい!」
「それじゃ、私たちも並ぼっか。忍、また後でね!」
「んー、どの娘が良いかねぇ」

涼二がプレートを眺めながら言う。
言うまでもなく、どの写真にも写っているのは甲乙つけがたい美少女ばかりだ。
その中から好みに近い娘を選ぶわけだが、俺は涼二の趣味なんぞ知らない。
顔はどうだか知らないが、サイズ測定の日の発言的に…スレンダーなモデル体型が有力か?菅原を筆頭に、そんな奴はごろごろいる。
…何故かムカッときた。

「おい、さっき俺を指名するって言ってただろ」
「そういうお前は指名しなくて良いって言ったじゃねーか。あえてフリーで入ってドキドキ感を楽しむって手もアリだしさ」
「ぅ…お、大人しく俺にしとけば?お前のことだからニヤけ面で眺めるんだろうし、他の女じゃ気持ち悪がられるだけだぞ?」
「俺に対しての先入観おかしくねぇ!?…ま、そもそもお前を笑い者にするのが目的だしな。やっぱりお前にしといてやるか」
「はぁ?お前何様なわけ?」

笑い者にされるのは癪だし、涼二は果てしなく上から目線なのに、妙にホッとしてしまったのが悔しい。
やっぱり今日の俺は、どこかおかしいみたいだ。
44 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/02/28(火) 00:55:52.92 ID:6SPg7g1k0
控え室に入ると、今から出勤となる面子と、強制労働を終えて今から解放される面子が入り乱れていた。
前者は憂鬱そうな、後者は晴れやか表情をしているのが印象的だ。
後者には、やっと解放された喜びとはまた違う種類の感情があるように見える。

『お疲れ。良いなぁ、僕も早く解放されたいよ…』
『…認めるのは恥ずかしいけど、実は結構楽しかったぜ?お前もやってみれば分かるって』
『私も楽しかった!結局、私たちって元童貞だからね。ちやほやされることに慣れてないから、舞い上がっちゃうのかな』
『ホントかよ?ちやほやされるって言うけど、面白おかしく見られてるだけじゃなくて?』
『そんなことないよー!アイドルになった気分…は言いすぎかもだけど、それに近いかな?』

そういうことらしい。
また「可愛い!」の嵐になるんだろうか?
先程のリアクションはシカトしたが、今度はそうもいくまい。

「終わった連中、楽しそうだぜ?オレ、ちょっと頑張ってみようかな」
「まぁそりゃ、楽しくやれるに越したことはないだろうけどさ…」

先に来ていた菅原は、もう順応しているようだった。
確かに褒められるのは慣れないが、悪い気もしない。でもだからと言って、あまりはしゃぐのもどうかと思う。
悪目立ちはしたくないのだ。

「西田君、私も今からだよっ!さぁ、もっとアゲていこー!」
「僕は今終わったんだ。指名もそこそこ取れたし、なかなか楽しかったよ?これなら、また来年やっても良いんじゃないかな」
「むぅ…」

小澤と武井もここにいた。
何だか菅原を含めたコイツらに囲まれていると、俺だけがおかしい奴に思えてしまう。

サイズ測定の日、俺はこの企画を「見世物小屋の珍獣」だと言った。
女体化自体は珍しいことではないが、そういった姿が変貌した人間を集めて商売をするのだから、あながち間違ってはいないと思う。
しかし蓋を開けてみれば、終わった連中は皆楽しそうにしているではないか。
お互い気持ち良く終われるのなら、案外否定する必要はなかったのかも知れない。
今から出番の方も、楽しいと力説されて幾分リラックスした表情となっているし。
やはり美少女には、笑顔がよく似合う。

…これなら珍獣というより、妖精の類かもな。なんて、柄にもなく思ったりして。
45 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/02/28(火) 00:58:32.05 ID:6SPg7g1k0
「あ、そうだ西田。これを読んでおくといい」
「…マニュアル?」

武井に渡されたのは、一枚のマニュアル。以前あった説明会の補足らしい。指名を受けた際の対応とか、そういった内容だ。
これを当日になって出してきたのは、指名制を事前に説明して当日に参加拒否されるのを防ぐためだろうか。
実行委員は本当に卑劣な連中だ。奴らの血はいったい何色なのか。
順番に読み進めていくうちに、不明点が出てきた。
『指名を受けたら、各自のフィギュアをお客様へ渡してください。そしてお店を出るまではテーブルに置いて頂くように説明してください』
…完全に意味不明なんだが。

「この前の補足とか言って、卑怯だよな。後出しじゃんけんなんてよー」
「この際それはもういい。…それより、フィギュアって何のことだ?」
「あぁ、これな。よく出来てんだ、これがまた」

菅原の後ろ。大量に置かれたカラーボックスは、確かに俺も気になっていた。
何が怪しいって、ボックスの一つ一つに俺たちのネームラベルが貼られているのだ。
菅原はおもむろに自分の名前が貼られた怪しいボックスを開けると、中から美少女フィギュアを取り出した。
パッと見は、よくあるアニメか何かのフィギュアだ。だがよくよく見れば、それが菅原にそっくりであることが分かる。

「げっ、これお前じゃん!?すっげーなこれ…完全に特徴捉えてるっつーか…」
「そんなのあるの!?可愛いー!私のも…あった!すごいすごいっ」
「全員分あるからな。模型部が作ったんだと。んで、指名されたら客にこれを差し上げろってわけだ」
「またうちの学校の部活かよ!何なんだよこのクオリティの高さ!?いい加減にしろよマジでッ!」
「いかんせん大量に作りすぎだと思うけどね。僕のもまだ余ってるよ。大方、余った物は売り捌く腹なんだろうけど。ほら西田、『君』だよ」
「うわ、おい!『俺』を乱暴に扱うなよ!」

武井が勝手に俺のボックスを開け、「俺」を投げ渡してくる。
二次元チックにデフォルメされた俺のフィギュア。
オタクな人々の部屋でアニメのフィギュアと一緒に飾られていたとしても、何ら違和感ない仕上がりだ。
今の俺と同じウェイトレス服に身を包み、腰に手をやってツンとした表情をしている。
だが、その頬がほんのり赤く染まっているのが気に食わない。これではまるでツンデレキャラではないか。
そして、何より。

「何でこれにも猫耳と尻尾が完備されてんだよ…しかも無駄に着脱可能だし…」
「いいなぁー、私にも何かつけてくれたら良かったのに」
「おや、西田のボックスに何か…手紙のようだね」

武井が俺のカラーボックスから手紙らしきものを発見した。そのまま読み上げてくれる。

「『文化祭実行委員の皆様へ。依頼を頂いていたフィギュア作製についてですが、西田忍さんの分において、
 何者かに型を細工されるというトラブルが発生しました。これにより、西田忍さんのフィギュアには当初の予定に無かった猫耳と
 尻尾が標準装備される事態となりました。部室には>>625と書かれた付箋が残されていましたが、詳細は不明です。
 大変遺憾ではありますが、部内で多数決を実施しましたところ、満場一致で「このまま採用すべき」という結論に至りました。
 よって、このまま納品させて頂きます。それでは、今度とも宜しくお願い致します。 模型部より』、だそうだよ?」
「また>>625かよ!?俺に恨みでもあんのかコイツはあああッ!!」
「恨みというより愛だと思うけどな、オレは」
「西田君は影ながら愛されてるんだねぇ。その人、悪い人じゃないと思うよ?」
「姿が見えない分、不気味なだけだぞ…」
「しかしホント、見れば見るほどよく出来てるよなぁ。にひひ。ちゅーっ、と」

菅原が、手に持っていた「菅原」と俺から取り上げた「俺」をキスさせた。

「おいやめろ馬鹿!何やってんだよ!」
「んー?本物の方が良かったか?」

目の前にいる本物の菅原が、ふざけて顔を10cmくらいの距離まで近付けてくる。俺の視線は、その綺麗な目と唇を行ったり来たりしてしまう。
血色が良く、瑞々しくて柔らかそうな唇。それはまるで新鮮な果物のようで。こんな唇とキスなんてしたら…。
そこまで想像してしまい、顔が真っ赤になったのを自覚する。

「あはは!いちいち可愛いヤツだな!」
「うるっせえ!ばーかばーか!アルミホイル噛め!」
「『私』ともさせちゃえっ。ちゅーっ!」
「やめろぉーッ!」
『次のシフトの人、出番ですよー!』

馬鹿なことをやっているうちに、スタッフから号令がかかった。いよいよだ。
46 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/02/28(火) 00:59:38.90 ID:6SPg7g1k0
フロアに出て、各々が動き出す。
基本動作は説明会で聞かされている。
客が食べ終わった食器は下げる。グラスに水が無ければ注ぐ。空いたテーブルは拭き、次の客に備える。そんなところだ。

会場を見渡すと、例のフィギュアが置かれたテーブルは半数ほどある。
指名の証であるフィギュアが置かれたテーブルの食器下げや水補充は、指名されたウェイトレスが行う。
なので、他のウェイトレスは行く必要がない。

残りの半分はフリー入店ということになる。
涼二が言っていた「フリーで入ってドキドキ感を楽しむ」客や、美味いと評判の調理部が作る食事・デザート目当ての客は指名をしないようだ。
フリーで入っても、女体化者には所謂ハズレがないのは周知の事実。
好みに強いこだわりがあるか、完全なるB専だとしたら話は別だが、大雑把に美少女を求めるのであればこの場にいるウェイトレスの
誰が来ても満足するだろう。

「さて、どこから回るかね」
「えっと…あそこ、水無いっぽいぞ。お、小澤なら…手本を見せてくれるって俺は信じてるからな!」

取り敢えず、初動に困った。校歌を歌うのが何となく恥ずかしいのと同じ理屈だ。
ここはヤル気に満ち溢れた小澤に先陣を切らせるべく、水を向けてみる。水だけに。

「おっけー!なら私が…」
『小澤ちゃん、菅原ちゃん、ご指名入りましたー!』
「あ?オレか?」
「早ッ!?」
「あちゃー、行かなきゃ。西田君、あとお願いっ!」
「馬鹿なあああッ!」

気が付けば他のウェイトレスたちはもう動き始めている。
小澤たちのように早くも指名が入った者、フリー入店の客にオーダーで呼ばれた者、果敢に水を汲みアタックを仕掛けている者。

…やべぇ、完全に出遅れたぞ。
ま、まずは水だよな?あそこのテーブル、グラス空だし…。

「ぇ、えーと…お水のお代わりはいかがですか?」

ピッチャーを手に取り、この学校の男子生徒2人組の席へ。学年は分からないが、雰囲気的に上級生だと思う。


『お、今度は猫ちゃんが来てくれたー!名前は…西田ちゃんね。水、貰うよ』
『ほら、やっぱりフリーで入るのもアリだろ?超可愛いにょたっ娘が取っ替え引っ替えだぜ?』

胸のネームプレートを見て名前を呼ばれる。
俺の名前なんて珍しい名前でも読み難い名前でもないのに、彼らの視線はなかなか外れない。
…いや、よく見れば視線はとっくに外れていた。彼らがずっと見ているのは、ネームプレートの少し横。
細いアンダーを更に絞るようなデザインの服によって無駄に強調されてしまっている、女の証。

「はい、西田です。宜しくお願いします。…ちなみにネームプレート見るフリして谷間をガン見してんの、バレバレっすよ!」
『あはは、やっぱバレたか!でも西田ちゃんも元男なら分かるっしょ?この抑え切れない衝動がさ』
「分からんでもないですけど…女体化するとそういう感覚を忘れる奴もいるんで、気をつけてくださいね。
 俺だってちょっと恥ずかしいんですから…」
『まぁまぁ。減るもんじゃないし、取って食おうってわけじゃないんだ。あぁそうだ、追加でコーラ頼むよ』
「捕まらない程度にしてくださいよ?…コーラ1点ですね。かしこまりました、少々お待ちください」

コーラ1と伝票に記入し、席を立つ。思ったより普通に会話ができた。この調子でいけば、何とかなるかも知れない。
知らない人に面と向かって可愛いと言われると、やっぱり照れるけど。
47 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/02/28(火) 01:00:25.65 ID:6SPg7g1k0
次は…あそこの女子グループだな。デザートの皿が空いてる。
またしても年齢が分からないが、上級生というのは雰囲気で何となく分かるものだ。
そういう「雰囲気」がない人間は同級生と思えばいい。…それで失敗したのが、地味子先輩の例だったりするのだけど。

「失礼します。こちらの食器、お下げしても宜しいですか?」
『あ、この娘…写真撮影で暴れた娘?』
『西田君だっけ?何だか随分大人しくなったじゃない』
「いや、あれは馬鹿なツレのせいですから!…あぁ見えて、普段は静かなんですよ。コミュ障の如く」

不本意ながら、やはり狂暴キャラが定着してしまっていた。
本来の俺は少しぶっきらぼうなだけの、人畜無害な人間であることを知らしめたい。
全員は不可能だろうが、こうして会話をする人たちについては…極力、誤解を解いていかねばならん。

『そうだ、せっかく猫耳と尻尾があるんだから、猫みたいなポーズしてみてほしいなー』
『いいねー!やってやって!』
「断 固 拒 否 し ま す」

2人組が目をキラキラさせて無茶振りしてくる。
何もしなくても猫っぽいと言われるのに、この格好ではそんなことを言われるのも仕方ないような気がしなくもない。
だがお断りだ。そんな馬鹿みたいな真似をしてたまるものか。

『えー。是非やらせてくださいと言わんばかりの格好なのに?』
「絶ッッ対やりませんからね!この格好だって好きでしてるわけじゃないし!」」
「はーい西田君。せーの、にゃんにゃんお♪」
「!?」

突如背後から湧いて出た小澤に腕を取られる。
左の拳は軽く握って耳付近まで。右の拳は額の少し上くらいの高さまで無理矢理掲げられた。まさに世間一般で言う猫のポーズである。

「小澤ァァァッ!何すんだてめぇッ!!」
「お客様を喜ばせるのもウェイトレスの仕事、ってね!」
『やっぱりキレた!怒ってるとこも可愛いけどっ!』
『にゃんにゃんお!にゃんにゃんお!ちょっともうこの娘飼いたい!首輪着けて飼いたい!』
「俺は猫じゃねえっつってんだろおおォッ!」

猫のポーズで固定されたまま、説得力のない絶叫が木霊した。
48 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/02/28(火) 01:03:37.98 ID:6SPg7g1k0
『西田ちゃん、ご指名入りましたー!』
「…!」

名前を呼ばれた瞬間、ドキッとしてしまう。
幾つかのテーブルの相手をこなし、どうにか要領を掴んできた頃。ついに初指名が入った。
タイミング的に、恐らく涼二や典子、委員長あたりだろう。気負うようなメンツじゃない。いつも通りやれば良い筈だ。

教室の入り口までスタッフに案内された。入り口は、どこから持ってきたのかピンク色のカーテンで仕切られている。
指名主との対面まであとほんの数秒。マニュアル通りにカーテンの前で、手を合わせ頭を下げて最敬礼。こうして客を出迎えるんだとか。

『では西田ちゃん、こちらのお客様です』

カーテンという仕切りが無くなり、正面に人の気配を感じた。頭を上げる。
果して、そこにいたのは。

「………誰?」
『えっ』
「えっ」

いたのは、見知らぬ男。明らかにこの学校の生徒ではない。更に言えば、どう見ても高校生ではない。もっと上の…大人。うん、大人だ。
しかも連れはいないようで、お一人様でのご来店。よくもまぁこんな店に一人で来たものだと妙に感心してしまう。…っつーか。

「…タキシード?何でそんなもん着てるんです?」
『そりゃ西田ちゃんに会うからに決まってるでしょうが!にーしーだ!にーしーだッ!』
「何このテンション!?初指名ですげぇ強烈なのが来ちゃったよ!!」

ヤバい、ヤバいぞ。何なんだコイツ…!
怪しさを測定するスカウターがあったら一瞬でぶっ壊れるレベルだ。機械工作部に作らせてみようか。
とにかく、こんな客の相手は手早く終わらせるに限る。営業スマイルでさっさと捌いてしまえばいい。引き攣った笑顔だけど。

「え、えーっと、気を取り直して。記念すべき初指名ありがとうございます、西田です。お席にご案内しますので、こちらにどうぞ」
『お、俺が初指名…!俺が初めての男…!』
「おいィ!?そのようなグレーな発言はセクハラ行為と見做しお引き取り願うことになりますが構いませんねッ!」
『ご、ごめんなさい!はるばる岡山から来たんだ…ここでとんぼ返りするわけにはいかないんだよッ!!』
「マジ泣きはやめてくださいよ…って岡山ぁ!?遠ッ!え、マジちょっと待って?もしかして馬鹿なんですか?ねぇ?」
『距離なんて関係ない!嗚呼リアル西田タソかわいいよかわいい』

ダメだ。色々と目茶苦茶すぎて冷静に対処できない。
勢い余って所々敬語を使うことすら忘れてしまうのは仕様だ。明らかに年上だけど。あとリアル西田って何だよ。

『そうだ、まだ名乗ってなかったね。俺の名前は、でぃ「岡山さんですねそうですね?宜しくお願いします岡山さん」』
『いや、でぃ「さっさと歩きやがれください岡山さん!お席はもう目の前ですからね!岡山さん!」』

名前を聞くのは非常に危険だと俺の女の勘が訴えたので、頑なに名乗らせないことにした。
ぎゃあぎゃあと言い合いながらテーブルまで案内し、押し込めるように岡山さん(仮名)を着席させる。
感じるのは、周りの客やウェイトレスからの視線。あぁ、あまり俺を見ないでくれ。本気で想定外なんだから。

何にせよ、まずはとにかく水を持って来ようと思ったところで、フィギュアも一緒に渡さなければならないことを思い出す。
しかし、この岡山さん(仮名)にフィギュアなんぞ渡してしまって良いものだろうか。ただ飾って満足するような人間には、とても見えないのだ。
どんな使われ方をされるのか、あまり想像したくない。

…しらばっくれてみるか。

「お冷やをお持ちしますので、少々お待ちください」
『あれー?お冷やだけ?何か忘れてないかなー?チラッチラッ』
「ぐっ…!」

明らかにバレていた。チラチラと、わざとらしいどころか擬音を口に出しながら周りのテーブルを見ている。
その視線が注がれている先は、他の客が指名したウェイトレスのフィギュア。誤魔化すのは無理か…。

「…指名特典のフィギュアもお持ちしますので、大人しく待ってろください」
『よっしゃきたああああ!全 裸 待 機 ッ !』
「大人しく待てっつってんだろッ!マジで全裸待機しやがったら通報してやるからなッ!!」

…先が思いやられる。
49 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/02/28(火) 01:04:42.15 ID:6SPg7g1k0
控え室からフィギュアを持ち出し、丸型のステンレストレイへグラス、おしぼりとともに乗せた。
先程菅原たちは箱から出して遊んでいたが、本来は無駄に立派な箱に入っている。
氏名は当然のこと、高校名、学年とクラスなどが可愛らしいフォントで書かれた物だ。
中身もそうだが、箱だけ見ても既製品にしか見えない。

「…お待たせ致しました。お冷やと特典フィギュアです。妙な扱いをされた場合は即没収しますので、そのつもりで」
『おおお…!これが噂の指名特典…!』
「噂になってたのかよ!どこ情報だよ!俺たちは今日知ったってのに!」

岡山さん(仮名)は早速箱を開けて中身を取り出している。
無駄なうやうやしさで丁寧に「俺」を持つ。それはあたかも、伝説の武器を手に入れたかのような表情で。
暫く舐め回すように眺めていたかと思えば、ついにその視線は禁断のエリアへと侵入した。

「おいどこ見てんだコラぁッ!それ以上見たら没収するぞッ!!」
『み、水色…ッ!』

フィギュアが穿いていたのは、淡い水色のショーツ。この色には非常に見覚えがある。
…見覚えがあるどころか、今朝も見たばかりなんだが。

「これ、俺持ってる…っつーか今日穿いてるやつじゃねーか!?」
『ほほう、今日はこれと同じ水色とな?これは是非確認を…』
「どうやらマジで前科持ちになりてぇようだなぁ…ッ!」
『い、いやだなぁ…冗談だよ?俺のような紳士がそんなことをするはずがないじゃないか…』
「目ぇ泳がせながら言っても説得力ないんですけど!?」

それに紳士なのは格好だけだろう。いや、むしろタキシードが逆に変態っぷりを加速させてるか。

岡山さん(仮名)は、冷めた目で見つめる俺から目を逸らした。空間を気まずい沈黙が支配する。
耐え切れなくなったのか、わざとらしく咳ばらいをして、そのまま備え付けのメニューを広げてみせた。

『じ、実はもう注文は決まってるんだ。ここは看板メニューの「ウェイトレスの落書きオムライス☆」を所望するッ』
「お客様。商品名は正確にお願いします」
『☆も含めて一字一句間違ってないから!ここにちゃんと書いてあるでしょ!?』
50 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/02/28(火) 01:05:16.42 ID:6SPg7g1k0
どうせ勝手に創作料理を作りやがったのだろうと思い突っぱねてみたのだが…
メニューを見ると、確かにその商品は一字一句間違いなく存在していた。

コメントには、
「にょたっ娘ウェイトレスがあなたのために心を込めてケチャップで落書きします♪内容はリクエストしてもOK、ウェイトレスにお任せしてもOK♪
 ぜひぜひ、あなただけのオムライスを記念撮影しちゃってください!」
と書かれている。

「おいマジかよ…聞いてねぇぞ…」
『西田ちゃんが聞いてなくても、俺の意思は鋼の如く揺るぎないからね!』
「…チッ。ウェイトレスの落書きオムライス☆がお一つですね?かしこまりました。少々お待ちください」
『今さりげなく舌打ちしなかった?ていうかしたよね?』
「気のせいです。失礼します」

必殺の営業スマイルを炸裂させ、この混沌とした席を後にした。
それにしても、オムライスに落書きなんて。それこそまんまメイド喫茶だと思うんだが。
確かメイド喫茶とはメニューに差別化が計られていると委員長が言っていた。あちらにはオムライスが無いんだろうか?

収容人数を稼ぐために大量に設置されたテーブル。その間を縫って、特設の厨房にオーダーを伝えるべく歩く。

常に満席のこの出し物は、経費を差し引いてもかなりの利益を見込めるだろう。
内容はとても健全とは言えないチャリティイベントだが、結果だけを考えれば大成功の予感がする。
客は勿論のこと、あれだけぶつくさ言っていた女体化者たちも、気が付けば笑顔が溢れんばかり。
皆楽しそうだ。…俺を除き。

道中、俺と同じくオーダーを伝えに行く菅原と鉢合わせた。こいつも綺麗な顔を綻ばせている。

「よぉ、調子はどうだ?」
「大変だよ。わけのわからん変態タキシード野郎に指名されたりとか…」
「そうなのか?でも随分楽しそうに見えるぜ?お前」
「冗談だろ!?適当なこと言うなっての!」
「ホントだって。何なら鏡貸してやろうか。ほれほれ」
「い、いらねーよ!やめろって!」

馬鹿な。俺が楽しんでるというのか?
物好きな連中や変態の相手をして疲れてる、の間違いじゃないのか?

「オーダー入ります。オムライス一つお願いします」
『にょたっ娘ちゃん、商品名は正確に♪』
「『ウェイトレスの落書きオムライス☆』一つですッ!クソがッ!」
51 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/02/28(火) 01:05:52.45 ID:6SPg7g1k0
厨房に注文を伝え、取り敢えず手が空いた。
また水でも入れて回るかな、とピッチャーに手を伸ばす。

『西田ちゃん、ご指名入りましたー!』
「うお、またか!」

伸ばしかけた手を引っ込め、くるりと反転。スタッフに連れられて入口へ移動する。

『こちらの2名様でーす!』

頭を下げていても、男と女の上履きが目に入る。あぁ、今度こそだ。間違いない。
これは高校生による、文化祭のお仕事ごっこ。なのに、知った顔が客として現れると気恥ずかしい。
頭を上げるタイミングを計っていると、結局向こうから声を掛けられてしまった。

「おおーっ!忍がちゃんとお辞儀してるよ!?ちょっと感動するねーこれ!」
「いやー結構待たされたな!俺たちがお前の指名、第一号二号か?」
「残念ながら先客がいるんだ。…見知らぬ変態タキシード野郎がな。やっぱ知ってる顔の方が気が楽だぜ」
「俺がいねぇと寂しいんだろ?いじらしいヤツめ」
「ばっ、馬鹿言うんじゃねぇよ!調子乗んなクソ野郎!お前なんて画鋲踏めばいいのにッ!」
「んんー?客をもてなすウェイトレスが、そんな態度で良いのかなー?」

涼二の言葉に過剰反応してしまう。そして、そんなことはお構いなしに涼二は俺をイジってくる。
冷静になるんだ俺…!こうなったら、マニュアル通りにやってやる…!

「ご、ご指名ありがとうございます、西田です。お席にご案内しますので…」
「ぶひゃひゃひゃ!こりゃたまんねーわ!ひーっ、腹いてー!」
「中曽根君、笑ったら可哀相でしょ!忍だって頑張ってるんだから!」
「…ありがとう典子、お前は本当に良い子だよ。それに比べて涼二てめええッ!五寸釘踏めやああああッッ!!」

マニュアル通りやった結果がこれである。握り締めた拳は怒りによってアル中のような震えを刻む。

あぁ、でも。涼二が俺をイジって、俺がキレる。「俺がいねぇと寂しいんだろ」と言われてドキドキした気分は、これで何とか相殺された。
完全にいつもの調子。こちらの方が居心地が良い。

「…取り敢えず。お席にご案内しますので、こちらへどうぞ」
「はいはーい!ご案内よろしくっ」
「まぁせいぜい頑張りたまえ、ウェイトレスさんよ」
「あーうるせーうるせー」

最低限のマニュアル対応はしたものの、結局は何ともカフェらしからぬ応対で二人を先導する。
ぴんと立った尻尾を、後ろの二人が面白がってツンツンとつつく。

「藤本は猫飼ってんだろ?猫の尻尾がぴんと経ってる時って、どんな気分なんだ?」
「嬉しいーとか、甘えたいーとかかな。少なくとも上機嫌な時だね」
「ふんっ、全然当たってねぇ。この尻尾、やっぱり大した性能じゃないな」
「またまた照れちゃって!」
「照れるかッ!」

そんな会話をしつつ、丁度別のウェイトレスが片付け終わったテーブルに座らせた。
窓際のこの席は、外の様子も見下ろせる。先程トラブルのあった中庭も見え、今はすっかり元の喧騒に包まれていた。
湯気が上がっているのは焼きそばの屋台だろうか。鉢巻をした3年生の男子が一生懸命に焼き上げている。
小さな子供を連れた若い夫婦が、子供にせがまれたのか、焼きそばを一丁お買い上げ。
3年男子は子供の目線に合わせてしゃがみ、しっかりとパックを手に握らせて。
彼らにとっては最後の文化祭。悔いを残さぬよう、精一杯楽しもうとしている様子が見て取れた。
俺たちはまだ来年、再来年もある。その時はもっと、まともな出し物をしたいものだが。
52 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/02/28(火) 01:06:45.95 ID:6SPg7g1k0
さて、ここは岡山さん(仮名)の座った席からやや近い席だ。
あちらの相手をしているのを、この二人には見られたくないのだが…ここしか空いていないので仕方がない。

「…お冷やと指名特典をお持ちしますので、少々お待ちください」
「指名特典?何だそりゃ」
「何か貰えるの?」
「げっ、薮蛇った…!?」

しまった。この二人はフィギュアのことを知らないらしい。
典子はまだしも、涼二にアレの存在は知られたくない。俺の残りの生涯、ババァになってもアレをネタに弄られ続けるのは目に見えている。
ここは何とか誤魔化さねば…!

「あー、うー、えーっと…何だったかな…何かあったような気もするし、何も無かったような気もしないでもないような気がするっつーか…な?
 まぁそんなトコだ!気にすんなよ!ははは!」
「何こいつ!?誤魔化すのが下手にも程があるだろ!吐けよ!」
「しーのーぶー?また私に隠し事かなー?」
「いやっ、アレだアレ!茶菓子的な!指名してくれた人には茶菓子的でクッキーのような…何かアレをサービスしてるんだ!」

にっちもさっちもいかず、咄嗟に口走る。
茶菓子くらいなら自腹を切ってやる。それで今後の人生が救われるなら安いものだ。
幸いこのテーブルの周りで、指名で入ってきた客は岡山さん(仮名)くらい。意識して注視しない限りフィギュアだとは気付かないだろう。
もし気付いたとしても、怪しい人間が怪しいフィギュアを何故か怪しくも自前で持ち込んだように見える筈だ。それだけ怪しいんだから。

「何だクッキーかよ。別にキョドるようなもんでもないだろ」
「でも貰えるなら嬉しいよねー」
「あぁ、だから今持ってくる…」
『いやぁそれにしても西田ちゃんの指名特典フィギュア、ホントによく出来てるなぁ!これのためだけにでも来た価値があったなーっ!』

喧騒に紛れて、一人やたらと興奮した男の声が聞こえる。
大絶叫という程ではない。普段なら気に留めるまでもない声量だ。
問題は、その発言の内容。

「指名特典…」
「フィギュア…?」
「岡山アアア!あの野郎おおおッ!!………あ、」

ゴゴゴゴゴ…!
背後から、そんな音が聞こえた気がする。
典子と改めて友人になってからというもの、どうも力関係がおかしい。
典子とは付き合っているわけではないし、当然結婚しているわけでもない。今では良き友人だ。

なのに、何故だろう。
今の俺には「恐妻家」という言葉がしっくりくる。不思議なものだ。
…なんて、呑気に構えている場合じゃない。

「…忍。惜しかったねー?もうちょっとで私たちを騙せたのにねー?」
「ち、ちがっ…!」
「往生際悪ぃぞ?こうなった藤本に逆らっても無駄なのは分かってるだろ」
「フィギュア、私たちにもくれるよね?」
「只今お持ちします…」

母娘とも、典子には勝てない西田家であった。
53 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/02/28(火) 01:07:53.07 ID:6SPg7g1k0
「…お待たせ致しました。お冷やと特典フィギュアだオラァ!クソが!」
「うおおすっげー!マジでお前じゃんこれ!?」
「すごいそっくりー!もう、こんなに出来が良いなら隠さなくても良かったのにっ!」

やけっぱちでフィギュアをテーブルにドン!と置く。中身が透けて見える箱に入ったままのそれを、典子はしげしげと眺めている。
涼二は中身を箱から取り出すと、岡山さん(仮名)がそうしたように、色んな角度から眺めはじめた。

「こんなのが全員分もあるのかよ。どこかのメーカーに発注したのか?」
「うちの模型部が作ったんだって。しかも大量にな」
「…前から思ってたけど、この学校の部活って無駄に凄いよな。んじゃ、俺の部屋の一番目立つトコに飾っとくか」
「マジでやめろ!」

どうせコイツもスカートの中を覗くのだろう。覗いたらどうしてやろうか、まずは一発殴ってから、次は…。

そう思っていたのだが、涼二はそのままフィギュアを箱に戻してしまった。
典子の手前もあるし、気を使っているのか?それとも単に興味がないだけ?
後者だとしたら。…妙に、ムカつくような。そんな気がする。

「ボケっとして、どうかしたのか?お前」
「あ…いや、何でもねぇ。それ、変な遊びに使うなよ」
「むしろこれを使ってどんな遊びをしろってんだよ!?」
「まぁ取り敢えず、それはテーブルに置いといてくれ。指名客の目印だからな。あと、注文決まってるなら聞いちまうけど」
「俺はまだ決まってねぇ」
「私もまだかな。ケーキにしようか、パフェにしようか?うーん…」
「では後ほど伺いますので。首を洗ってお待ちくださいませ」

トレイを胸元に抱えて、ぺこりと一礼。
さりげなく暴言混じりなのは気にしないとして、立ち居振る舞いは様になってきたんではないかな。
さて、そろそろ岡山さん(仮名)のオムライスが出来上がる頃だろうか。
落書きするのは気が重いが、ごっことは言え仕事だ。行かねばなるまい。



「お待たせしました。オムライスです」
『待ってました!ウェイトレスの落書きオムライス☆ッ!』
「ねぇもう普通にオムライスで良くないですか?『商品名は正確に』って言ったのはすいません。撤回しますから」
『確かに会話の中にさりげなく組み込むには厳しい気がしなくもないよね…』

ホカホカに湯気を立てる、鮮やかな黄色のオムライス。
焼きたての玉子の甘く優しい香りが漂い、こちらまで腹が減ってくる。調理部が作る物はどれも美味そうだが、中でもこれは格別だと思う。
ウェイトレスの落書き…と銘打たれているだけあって、ソースの類はかかっていない。
流行のデミグラスや明太子といったお洒落なソースより、ケチャップこそ至高と考える俺はお子様だろうか。
まぁ、その至高のケチャップを今から俺がぶっかけるわけだが。
54 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/02/28(火) 01:08:57.31 ID:6SPg7g1k0
「んで、何を描けばいいんです?あんまり変なものリクエストしやがったらしばきますからね」
『お題は…うん、決めた。レンジで加熱をし終わった時の音を連続で言ったとき、思い浮かぶ物体を描いて頂きたいッ』
「…?……ッ!!………スタッフウウゥーッ!ここに変態が!変態さんがいるぞおおッ!!」
『…なんて冗談はさておき』
「追い出されねーように必死だなおい!取り繕っても意味ねーんだよ!」
『むむむ…他には何をリクエストしても西田ちゃんには却下されそうだ…』
「アンタの脳内はどうなってんだよ!」

真剣に悩みだす岡山さん(仮名)。タキシードを着てオムライスの前で頭を抱える姿は非常にアレである。
このテーブルの浮きっぷりと言ったら他の比じゃない。いかにもな感じのグループだって、もう幾らかはマシだ。
そしてこの対応に苦慮する俺も、涼二たちからは見えていることだろう。頼むから俺を見てくれるな。

『仕方ない、ここはお任せでお願いしてみようか!』
「お任せっすか…それはそれで無茶振りなんだけどな…」

わけのわからんものを描かされる心配はなくなったが、さて。
別に絵じゃなくても構わない筈だ。何かこう、メッセージ的なものでも良いだろうか。
とすると…もうこれしか思い浮かばないな。このクソ野郎め。

「絵じゃなくてもいいですか?俺から岡山さんへ気持ちを込めて、メッセージでも書こうかと思うんですけど」
『ふおおおッ!それでお願い申し上げるッ!』

許可が出たところで、ケチャップの蓋をパチンと開ける。
長文など書く気はさらさらない。これを注文したことを後悔するがいい。

「えふ…ゆー…しー…けー…っと!はい書けましたよ!さぁどうぞ!」
『なん…だと…?こ、これはつまり俺とファッ』
「そ、それ以上言ったら潰すッ!それこそレンジの過熱終了音を連続して言った時に思い浮かぶ物体をッ!!」

この男は俺の渾身の一撃をさらりとかわし、強烈なカウンターを見舞うという暴挙に出た。
無意識なのだろうが、どれだけポジティブな思考回路をしているのだろうか。
すっかり向こうのペースだ。落書きしながら、一瞬でも「ふん、やってやったぜ」と思ってしまった自分が情けない。

『そ、そんなに怒らなくても…』
「だって岡山さん、口を開けばセクハラセクハラセクハラ!セクハラばっかりじゃないですか!何なんすかマジで!?」
『ぷんぷん怒ってる姿も可愛いいいい!』
「だああああもう!!ほら冷めないうちにファッキンオムライスを召し上がりやがれッ!」

乱暴に促し、さっさと食わせて大人しくさせることにする。
柔らかい玉子はスプーンによって簡単に切り取られ、中の熱々チキンライスが湯気を立てた。
黄色と赤のコントラストはそれだけ聞くと毒々しいイメージなのに、こうして見るとやけに美味そうで困る。
時刻は昼時。慌ただしく動いていたからか、気が付くと俺も腹が減っていた。
そんな俺の空腹など知る由もない岡山さん(仮名)は、オムライスを乗せたスプーンを口に運んだ。
そしてそのまま、じっくりと味わっている。

55 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/02/28(火) 01:09:25.34 ID:6SPg7g1k0
ちくしょう。美味そうに食いやがって。
あ、ヤバい。腹が…

ぎゅるる。

「…。」
『…一口食べる?』
「お客さんから貰うわけには…」
『餌を与えないでくださいって書いてあったけどね。ほら、そこにしゃがめば大丈夫だよ!』

俺が返事をするより早く、既に岡山さん(仮名)はスプーンにオムライスを乗せている。
ちなみにスプーンは予備に持ち替え済みだ。無茶苦茶に見えて、意外とそういうことには気を使える人らしい。
窓際ギリギリに置かれたこの席は、確かにテーブルと壁の間にしゃがめば周りからは見えないだろう。
「その気になれば食える」という状況だからか、俺の腹の虫は先程よりも気勢を上げている。

一口だけなら…いいかな…?

「じゃあ、お言葉に甘えて…」
『よしきた!はい、あーん』
「あ、あーん…」

テーブルと壁の間にしゃがみ、突き出されたスプーンを咥える。
玉子はプレーンなものではなく、ほんのり甘い。砂糖が少し入っているのかも知れない。
玉子の甘味とケチャップの酸味。それを受け止めるチキンライスが良い仕事をしている。
かなり美味い。母さんが作るオムライスも美味いが、それと良い勝負だ。ちなみに俺はマザコンではない。

『どう?美味しいよね?』
「んぐっ…うめぇ!ぬおーっ、俺も昼飯これにしたいくらいかも…」
『よっしゃ!餌付け成功!』
「餌付けされたわけじゃな…あ、おい!こっそりスプーン回収してんじゃねぇよ!没収ッ!」
『くっ、バレたか…!』

マジシャンのような手つきで俺が咥えたスプーンを鞄に入れようとしていたことに、ギリギリ気付いて阻止する。
まったく油断も隙もあったもんじゃない。気を使える男だと思ったのは買い被りだったらしい。
前言撤回しよう、やっぱりただの変態だ。

『ま、まぁ冗談だけど?ネタだけど?』
「嘘くせー!変態!このド変態ッ!」
『その言葉、我々の業界ではご褒美です』

キリッとキメてみせるが、全然格好良くない。この男には何を言っても暖簾に腕押しだ。
本当にタチの悪い人種である。
56 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/02/28(火) 01:10:07.12 ID:6SPg7g1k0
やはり忙しい。
あれから色んな席へ水を入れに行ったり食器を下げたり、ちょくちょく指名が入ったり。
結局典子はパフェを頼んだが、涼二はニヤニヤしながら、よりによってオムライスを頼みやがった。
張り倒したい衝動がマッハだったが、まぁ我慢してやった。

元々の客の入りに加え、昼時となった今はかなりのラッシュだ。スタッフは客に食事が終わったら極力早く席を立つように呼び掛けている。
だから俺も言おうじゃないか。この目の前の、招かれざる客に。

「さっさと食って帰れよ!」
「あぁ?アタシら客に向かってその態度は何なのかなー?」
「まぁ混んでるからね。言われるまでもないよ」

今の俺にとって一番苦痛な相手、両親である。
指名があって呼ばれたと思ったら、宣言通りにやってきたこの二人。
親父はいつも通りのニコニコ顔、母さんもいつも通りの意地悪そうな顔をしていた。
俺にそっくりな女が客として入ってきたものだから、店内外でちょっとしたざわめきが起きたのだが、本人は気にする様子もない。

「…ご注文は」
「取り敢えず生。あと灰皿な」
「あ る わ け ね ぇ だ ろ」
「何だよ、店員の態度から品揃えまでロクでもねぇ店だなァ。どうなってやがんだ?」
「ここは高校で、これは文化祭だからね?アルコールも灰皿もあるわけないよね?」
「僕は甘口抹茶小倉パスタにしておこうかな」
「その辺のメニューは地雷臭がするんだけど…」

傍若無人な振る舞いをする母さんに対し、親父の存在には少し救われる。頼んだメニューはともかく、だ。
これで親父までDQNだったら、俺はとっくにグレていただろう。

「んじゃアタシはこの甘口いちごパスタにしとくか。アンタ、飲み物はホットコーヒーでいいか?
 アタシは…あぁ、ノンアルコールビールはあるのな。しょうがねぇ、これでいいや」

いくら保護者の来校もあるとは言え、アルコールを提供するわけにはいかんだろ。
屋外の喫煙所だって目立たないところに設置されてるわけだし。
…甘口いちごパスタについては何も言うまい。

「ところでこのフィギュア、アタシに見えなくもねぇのが癪だな」

両親による指名だとスタッフに話したら、フィギュアは二人で一つにしてくれとのことだった。その代わりに指名料は1000円で良いらしい。
そんなわけで、お約束の品定めタイムだ。そもそも俺と母さんは顔も体型もそっくりなので、当然このフィギュアは母さんに見えなくもない。
違うのは髪型と腹くらいか。

「僕はどっちにも見えてお得だと思うけど」
「な、ばッ…てめぇアタシがこんな格好する妄想でもしてやがんのか!?」
「コスプレは男のロマンだからね。二人とも、元男なら分かるでしょ?」
「「ぐぬぬ…」」

こうまでさらりと言われてしまっては罵倒する気にもなれん。
典子よりも更に恐ろしいのは親父かもな…。
57 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/02/28(火) 01:11:05.52 ID:6SPg7g1k0
「誠に残念ながら、アタシがこんなモン着る機会なんて…」
「…ありますよ。西田君のお母さん」
「ひぃッ!?先輩!?」
「はい、私です。今回はフリー入店にしました。フィギュアは模型部の方から好きなだけ横流ししてもらえますし」

相変わらず背後から唐突に現れる地味子先輩。
フリーのメリットはランダムに女体化者たちと触れ合えること。
ウェイトレスをやらされているメンツの中で一番この人と仲が良い(?)のは俺か部活が同じ小澤だと思うが、
今回フリーにしたのは身軽に立ち回るためなのかも知れない。
つまり、隙あらば仲良くなった娘を美味しく頂いちゃいましょうとでも思っている可能性があるということだ。

…そして、わなわなと震えている問題児がもう一人。

「ににに…にし…西田ちゃんが二人…!?あぁ…ッ!私もついに幻覚が見えるようになってしまったのッ!?」

変態部長が鼻血を垂らして立っている。仮に俺が二人いたにしても、その興奮の仕方はおかしい。

「アタシは忍の母親だけど…」
「西田ちゃんのお母さん!?そ、その若々しさ…もしや…!」
「…俺と同じ女体化者ですよ」
「きたああああ!親子丼きたッ!わ、わわ私は親子丼を頼むことにしますッ!オーダーお願いしまーすッ!」
「何を…」
「…ッ!」

何を言ってんだ、と咎めようとした瞬間。母さんのジャンピング頭突きが変態部長の鼻に直撃した。
元々出ていた鼻血は美しい緋色のアーチを描き、部長は仰向けに倒れてしまった。
死してなおトランスしたままの幸せそうな表情を浮かべており、正直戦慄を禁じ得ない。

「くそッ!妙な寒気がしやがったから、ヤベェと思って先に潰しちまった…!」
「…本能だろ。動物的な」
「どうなってんだよこの学校はよォ!」
「俺が聞きてぇよ!」

他の手芸部員に担ぎ出されていった部長を見送る。
駆け付けてきたスタッフに事情を話すと、「あの部長なら仕方ない、自業自得でしょう」ということでお咎め無しで済んだ。
奴の変態ぶりは有名らしい。

58 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/02/28(火) 01:11:35.74 ID:6SPg7g1k0
席に座り直した母さんは、ちゃっかり残った地味子先輩に今更よそいきモードで話しかけた。

「んで、お嬢ちゃん。アタシがこんな格好をする機会があるって話だったかな?」
「えぇ。この企画、来年もやるようですよ。ご妊娠されてるようですが、その頃には体型も戻るでしょうし。衣装は任せて下さい」
「あはは…そうなんだ…でも、こんなオバさんが着ても、ねぇ?」
「大丈夫です。絶対お似合いですから。ほら、西田君だってこんなに可愛くなったんですよ?」
「じゃあ来年まで気長に待とうか。楽しみだね」
「おい克巳っ…!アタシは着るなんて一言も…!」

二人の攻勢にたじろぐ母さん。
母さんだけでなく俺も、聞き捨てならないことを聞いてしまい焦っているのだが。
…来年もこれをやるって?嘘だろ?

「ちょっと先輩、来年って何ですか?この悲劇が来年も繰り返されるんですか?」
「これが悲劇かどうかは置いておくとして。来年もやろうって、実行委員の方が言ってましたよ。このアンケートで来年もやってほしいという意見が多いそうです」

先輩が差した、テーブルに備え付けのアンケート。ファミレスなんかでお馴染みの利用者アンケートだ。
皆こんなもの、普段の外食時には見向きもしないくせに。こういった場ではノリで書いていく輩が多いのだろう。
昼時の今でもそういった要望が多いのであれば、閉店時にはもっと増えていてもおかしくない。

「やるにしたって、来年は来年の一年にやらせれば…」
「ちっちっち。分かってませんね、西田君」
「は、はぁ…」
「来年は西田君たちも2年生ですね。2年生というのは、3年から見れば可愛い後輩。1年から見れば憧れの先輩なのですよ。それだけ客層が広がるわけです」
「ら、来年のことを言うと鬼が笑うという諺がありましてね…」
「鬼が笑ったところで痒くも痒くもないと思いませんか?」
「思います…」

これはもう何をどうしようが言いくるめられるパターンだ。
…このにょたいカフェ、ここまでは正直思ったよりも悪い気はしていない。
ただこれをまた来年、か…。どうなんだろうな。

「西田君のお母さんの場合は機会があると言っても、実際にこうしてウェイトレスをやって頂くわけではないですし。少し着てみて記念撮影でもどうですか、くらいのお話です」
「僕は秋代のウェイトレス姿、見てみたいな」

真っ直ぐ母さんの双眸を見つめ、柔和な笑みと声で語りかける親父。

「…クソが…!ア、アンタがそこまで言うなら…着てやらんこともねぇけど…!」

母さんは顔を染めながら目を泳がせ、小さな声で言った。
…惚れた男には勝てないんだな。
59 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/02/28(火) 01:12:24.12 ID:6SPg7g1k0
両親の注文を厨房に報告した後、入れ違いで涼二たちの注文品を持たされた。
先程と同じオムライスに、抹茶アイスの乗ったパフェ。
昼食時なのに典子がデザートを頼んだのは、まだまだ他の店で食べたい物があるからだとか。女子らしいと言えば女子らしい選択か。

「お待たせしました。オムライスと抹茶パフェです」
「さすがうちの調理部だな!すっげー美味そうだ!」
「このアイスも自家製なんだよね?凄すぎじゃない?」
「忍さぁ、今度オムライス作ってくれよ」
「ま、まだオムライスは作ったことねぇし…」

最近料理を練習している身としては、調理部や母さんの作る料理は一つの目標だ。
まだまだこんなに上手くは作れないが、いつかは…という気持ちはある。オムライスだって練習してやってもいい。

…別に涼二がアレとかじゃなくて。
家族以外で気軽に食わせることができて、美味いと言ってくれそうなのはコイツくらいだからな。練習台にはもってこいなのだ。

「あれ?忍、料理するの?」
「母さんが妊娠したから、手伝いでやってるだけだよ」
「こないだコイツがカレー作ってさぁ。食わせてもらったんだけど、意外にもすげー美味くて…」
「ば、馬鹿ッ!余計なこと言うなッ!」
「へぇー。忍が料理を、ねぇ?中曽根君に、ねぇ?」

珍しく、典子がニヤニヤと意地悪そうな笑みを向けてきた。
ただでさえ俺が恋する乙女だと思い込んでいる典子のことだから、絶対に妙な勘違いをしている筈だ。
俺が涼二に惚れて、気を引くために手料理を振る舞っているなどと。

「違うって!たまたまスーパーで鉢合わせて、飯がないって言うから、それで…」
「んー?何が違うのかな?私は何も言ってないけど?」
「うっ…」
「???」

涼二の野郎…人の気も知らずにトボけたツラしやがって!
お前のせいで典子に勘違いされてんだっつーの!察しろよ!

「と、とにかく!オムライスに何描くか言えや!」
「えーちょっと、スルーなの?」
「黙らっしゃい!」
「んー、何でもいいんだけどな。せっかくだし『猫』とか」
「また安直な…っつーか、絵じゃないとダメなのか?メッセージとかでもいいんだぞ。な?」
「お前が絵、下手くそなの知ってて言ってんだよ。文字に逃げようったってそうはいかねぇ」
「くっそおおお!さりげなく誘導してたのに!!」

このケチャップを使って描くとなると、少なくとも絵心のない俺には凝った絵は描けそうもない。
簡単で、且つ猫っぽく見えればそれでいいのか?

うーん、さらさらさら…っと。
60 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/02/28(火) 01:13:14.62 ID:6SPg7g1k0
「よし!どうだ!?」
  Λ Λ
「(≡^ω^≡)ってお前っ…!笑わすなよ!ぶふっ…!」
「あはは!可愛いよ!確かに猫には猫かも!」
「うるせー!俺にはこれが限界なんだよ!」

一応妙に好評ではあるが、半分馬鹿にされているのは明らかだ。
下手くそな絵を見られることほど恥ずかしいことはそうそうない。
死にたい。いっそ死なせてほしい。

「ぷっ…一応写メらせてもらうか。何かのネタになるだろ」
「私も撮りたいっ」
「もうどうにでもしてくれ…」
「そういや、また秋代さんがやらかしてたみたいだな」
「今は何かもじもじしてるね。超可愛い!」

携帯でオムライスの写真を撮りながら、思い出したように涼二が言う。
このテーブルからは両親のテーブルも丸見えだ。こうしている今も親父が母さんを何かしら口説いているのか、
母さんは恥ずかしそうにしているのが見える。恐らく、先程の話の続きだろう。

「変態手芸部の変態部長が変態的なことを叫んだのが原因だよ…」
「親子丼がナントカって言ってたな?何のことかよく分かんねぇけど」
「分からなくていいッ!…んで来年もこの企画をやるんなら、先輩が母さんの衣装も用意するとか言い出してさ。それを聞いた親父も見てみたいって…」

愚痴混じりに事の次第を話す。

「それであんなに照れてるんだねぇ。怒ったり照れたり、そういうトコも忍にそっくり」
「秋代さん、何だかんだ言って旦那のことが大好きだからな。おじさんが喜ぶんならやるだろうよ」
「バカップルなんだよ、根本的に」
「いつまでもラブラブなのは良いことじゃない?…ん、抹茶アイス美味しっ」
「何だこのオムライスくっそうめぇええ!これで600円は安すぎだろ!」
「…ごゆっくりどうぞ」

食事を始めた二人から離れ、また水を入れて回るだけの簡単なお仕事に復帰することにした。
行く先々のテーブルで多少の世間話…というか主に俺たちウェイトレスに対する褒め言葉に付き合わされ、どうにも効率が悪い。
目が大きくてとか、背が低くてとか、胸が大きくてとか、そんなところをいちいち挙げては褒められる。
背が低いことで褒められる以外、その都度悪い気はしない。むしろ少し舞い上がっている自分がいる。
でも、どこかすっきりしない。その原因を考えてみると、一つの答えに辿り着いた。

…今日、まだ涼二には可愛いって言われてねぇ。

俺はサイズ測定の日に「お前が化粧をしてるとこを見てみたい」と言われたことを忘れていない。
それがどうだ?化粧をしていることについて、涼二からは何のリアクションもないじゃないか。
この格好が笑い者になるのは分かっていた。それはいい。だが、化粧はまた別の話だ。
可愛いの一言くらいあってもいいだろうに。この仕事の後のことが楽しみなのは認めるが、それとこれとは話が違うのだ。

…そして、またそんなことを考えている自分に溜息が出る。
最近、特に今日はこんなのばっかりだ。涼二の一挙一動に左右されるだけで自分では制御できない、この気持ちの浮き沈み。
こんなことがこれからも続くのでは身が持たない。早く落ち着いてほしい。

どうかしてるぜ、俺…。
61 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/02/28(火) 01:14:14.71 ID:6SPg7g1k0
さて、両親の注文はまだ出来上がっていないし、これまでの他の指名客も今は落ち着いてるし。暫くはこのまま水入れタイムか?

『西田ちゃん、お客様がお帰りです!』
「んぁ、はいはい」

岡山さん(仮名)がついにお帰りになるらしい。
振り返ってみれば、最初から最後までセクハラの嵐だった。出禁にならなかったのは奇跡としか言いようがない。
最期くらいは笑顔で見送って差し上げるとするか。

「さっさと国へ帰ってくださいね」
『笑顔でさらっと酷いこと言わないでくれるかな!?来年もまた来るからね!』
「まぁ精々お待ちしておきますよ。…それでは、ご来店ありがとうございました」
『まだ記念撮影してないよ?』
「…チッ。そうでした。ではあちらへどうぞ」
『明らかにスルーしようとしてたよね今!?』

撮影用のステージを無視して出口への直行便だった俺を必死で止める岡山さん(仮名)。
分かってるよ。忘れてたわけじゃない。リアクションが面白いから少しからかいたくなるだけだ。
スタッフに自慢のカメラ(ごついレンズのついたヤツ。あれってデジカメ?今流行りのデジイチってヤツか?)を渡してステージに上がる。
ちなみに撮影スタッフは写真部員。今までの流れ的に、腕前の心配をする必要は…ないんだろうな。

『お客さん、いいレンズ使ってますねー』
『ふふふ、この日のために新調したんだよ。フルローン組んでね!』
「何がアンタをそこまで駆り立てるんだよ!」

こんなやり取りも終わりが近い。
何だかんだで面白い人だったし、もし来年もやるならまた会いたい気もする。調子に乗りそうなので本人には言わないが。

「んじゃ撮りましょう。ポーズとかは普通でいいですか?」
『お姫様抱っことか!』
「却下ァァッ!お触り禁止を全力でシカトしてるじゃないですか!」
『となると普通に撮るしかないよね…』
「普通でいいじゃないですか普通で…」

こうまでしょんぼりされると、俺が悪いような気がしてしまう。
とても笑顔など作れそうにない表情だ。むぅ…。

「…なら…っすけど」
『え?』
「あ、頭に手ぇ置くとか、撫で回すくらいならいいっすけど…」
『マジですか!?いい!全然いいっ!』
「そこまで喜ぶもんかねぇ…」
『西田ちゃん、お客さん、撮りますよー』
「ほら、てきぱき動いて下さい」
『じゃあ、失礼して…』

岡山さん(仮名)の手が頭に乗った。そのまま優しく動かされ、いつも通りふわふわタイムへ突入する。
ぽーっとしながら、にへらと笑う。
全くもって俺のキャラじゃないが、気まぐれのサービスだ。これで顧客満足度アップってな。

『おっけーでーす。綺麗に撮れましたよ!』
『いやぁありがとう!現像して肌身離さず持ち歩くよ。勿論寝るときもね!』
「気持ち悪いんでやめてもらえませんかねぇ!?」

こうして彼は去っていった。出口まで見送った俺を何度も振り返って、手を振ってくる。

「…来年、来るならまた俺を指名してくださいね!浮気しちゃ嫌ですよー!」

何となく、声を張り上げて言ってしまった。
こんなことを言われるのは意外だったらしく、とても嬉しそうな顔をしてくれる。

…勘違いすんなよ。他のウェイトレスじゃ嫌がって即出禁になるだろうから、俺が相手をしてやるだけだ。
ったく、さっさと行ってくれよ。こっちも手振るの疲れるんだっつーの。
どうせまた来年も会えるんだし、さ。
62 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/02/28(火) 01:14:47.48 ID:6SPg7g1k0
両親への配膳が済んだ。二人が頼んだ甘口パスタは意外にも美味いらしく、かなり好評だった。
今度アタシも作ってみようかな、と母さんはノリノリだ。正直見た目のインパクトが強すぎて、全然食欲が湧かなかったんだが。

そして今度は涼二たちがお帰りになる番。まだ可愛いと言われていないことを引きずって、どうにもテンションが上がらない。

「おい、何ムスっとしてんだよ?」
「…別に」
「OK、お前は今日から西田エリカに改名しろ」
「うるせーぞハゲ!」
「んー?忍?」

典子が顔を覗き込んできて、つい目を逸らしてしまう。
中曽根君に可愛いって言ってもらおうね!なんて言いながら、張り切って化粧をしてくれた典子。
その原動力は俺が恋する乙女だという勘違いなのだが、善意であることに違いはない。

悪いな典子。お前がしてくれた化粧は無駄になったかも知れん。
この馬鹿、どうでもいい時には不意打ちで言いやがるくせに…肝心な時に言わねぇんだもん。

「ふむふむ、そっかそっか。ほら、中曽根君!」
「へ?」
「今日の忍について。何か言うことあるでしょ?」
「ちょ、おい…!」

別に言われることなんて…と心にもないことを口の中でもごもご言ってみるが、時既に遅し。
覚悟を決めて涼二の言葉を待つ。

「あ、あぁ…アレだ。いつもより可愛いんじゃねぇか。マジで」

頬をかきながら照れたように言う。普段はさらっと言うくせに、何故今日は照れるんだ?
まぁ良しとしてやる。胸のつかえが取れた気分だ。

「…言うのが遅ぇんだよバァーカ」
「あぁん!?調子に乗るんじゃねぇよこのアマ!」
「でも尻尾は正直だよ?」
「こ、こんなもんアテになるか!」

我ながら単純すぎる。涼二の一言を聞いただけで、ニヤけそうになるツラを抑えるので精一杯だ。
それにしても典子の洞察力には驚かされた。
付き合いの長い涼二ですら見抜けなかった俺の本心を、顔を見ただけで察するなんて。
やっぱり典子に隠し事はできないな。

「…最後に写真撮るぞ。カメラが無いなら携帯でもいいし、写真部のカメラで撮ってもらって後日配布でもいい。」
「両方は?」
「問題ねぇ。ちなみに撮ってもらうなら1枚50円な」
「そのくらいなら両方がいいかな。カメラ持ってないけど、携帯だけじゃ勿体ないしね」

スタッフにそれぞれ携帯を渡す。
ふと思ったが、俺も携帯を渡してもいいんじゃないだろうか。
岡山さん(仮名)の時に気付かなかったのは勿体なかった。一応、何かの記念にはなるだろうから。

「俺のもいいっすか?あとこのメンツだし…そっちのカメラでもお願いします」
『はい、お預かりしまーす』
「さぁどうするか。枚数制限はないんだよな?」
「最初にツーショット撮って、それから3人で撮れば良くない?」
「じゃあそれでいくか。藤本、先に撮りな」
「ではお言葉に甘えて!いこっ!」

手を引かれてステージに上がり、どんな感じで撮ろうか考える。
典子次第だが、同性なので多少のお触りが許されるのは暗黙の了解だ。
…中には手芸部のような例もあるので危険と言えば危険なのだけど。
63 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/02/28(火) 01:15:34.06 ID:6SPg7g1k0
「じゃあこんな感じでどうかな?」

典子が向かい合って腰に手を回してくる。
カメラに対して体を横にし、顔だけをカメラに向ける格好となった。

「ぁ、じゃあ…」
「うん、そんな感じそんな感じ」

少し躊躇ってから、俺も腕を典子の細い腰に回す。女同士だからこそできる芸当だ。

余談だが、世間の天然女性というのはダイエットに余念がない。典子だってそうだ。
こんなに細いのだから気にする必要はないと思うのだが、まだ痩せる気でいるし、そうでなくともキープするのは大変らしい。
その点、俺たち女体化者は違う。全く意識しなくても太らないのだ。この「男に欲情してもらうための身体」は不要なカロリーを蓄積しない。
結果だけ考えれば得なのに、神か何かの意思で身体を操作されている気がして不愉快にも思う。つくづく、俺たちは特殊なのだと認識させられる。

『これは素晴らしく百合百合しい構図ですね…』
「おいスタッフさん。何で前屈みになってるわけ?」
『こ、この姿勢のほうが安定して撮れるからです!』
「嘘だろおい!何想像してんだよ!?」
「忍、いいから笑って笑って!」
「お、おう…」
『…はい、撮れました!続けていきまーす!』

スタッフは前屈みになりつつも、流石の手つきで携帯やカメラを次々と持ち替えながら俺たちの写真を撮っていく。

…少し前まで俺はこの、目の前で楽しそうにしている女に惚れていた。
どちらかにあと一歩の勇気があれば今頃こうしていることはなかっただろう。
お互いがヘタレだったばかりに、実らなかった恋。あの頃の気持ちは嘘のように薄れ、今では良き友人として付き合えている。
人生なんて本当にどうなるものか分からない。

そして、薄れた筈の気持ちの行方。もしかしたら…涼二に向きつつあるのかも知れない。
そう思いながら、それは勘違いだとも思う。しかし、それでも。
精神が安定してないからだとか、風邪みたいなもんだとか。
散々否定してみたが、終わりの見えない、それどころか膨らむ一方のこの感情に負けそうな自分がいる。

負けって何だ。負けたらどうなる?
…涼二が好きだって、認めるってことだろ。冗談じゃねぇ。

『お疲れ様でした!こちらのカメラで撮った写真は、また後日配布しますので。代金はその時にお願いします』
「ありがとうございましたー!」
「どーもです。じゃ、次は涼二な。かかって来やがれよ」
「上等だぜ。ヒィヒィ言わせてやんよ」

意味不明な会話をするのも、いつものこと。
男の頃から続くこの関係は死ぬほど居心地がいい。でも負けを認めたら、このままでいられなくなるんじゃないだろうか。

…コイツは幼馴染で親友。ドキドキしたりするのは精神が安定してないからで、風邪みたいなもん。
そうだと思うが、そうじゃないかも知れない。考えるだけで疲れてしまう。
判断するにはまだ早いんだ。もう少し様子を見ればいい。
64 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/02/28(火) 01:16:02.89 ID:6SPg7g1k0
「男が藤本みたいな撮り方するわけにはいかんよな。普通に撮ればいいか」
「あ、あんな撮りかた…したいのかよ?」
「んん?してほしいのか?」
「てめぇ…!質問を質問で…」
「カメラさん、今だッ!」
『よしきた!』
「返すなあーっ!!…え?」

光の速さで押されたシャッターは、俺が怒りの形相で涼二に掴み掛かったシーンを的確に捉えた。
唖然としつつ、ふと先程も似たようなことがあったのを思い出す。

「俺はキレてる時が一番自然体なんですかねぇ!?さっきは助かったけど今はそういうシチュじゃねぇだろ!」
「一枚くらいはこんな写真も撮っとかないとな」
「ったく…いつもいつも…」

気を取り直してもう一枚。
ほんの少しだけ涼二に身体を寄せる。拳二つ分くらいの距離なのに、妙に恥ずかしい。
いつも一緒にいる時は、腕と腕が触れそうな距離でもお互い平然としているのに。
変なことを考えていたせいか、それを意識してしまうと全然ダメだ。

『ではもう一枚いきますよー』
「何か遠くね?苦しゅうない、近う寄れ」
「にょわっ!?」

頭をぐいっと引き寄せられ、姿勢は涼二の脇に抱えられたような格好に。
涼二の匂いと感触に脳がやられる。そのくせ、全身が燃えるように熱い。
見上げると涼二は歯を見せて笑って、既にカメラへ向かってピースをしていた。

くそ、このまま撮る気満々じゃねぇか…!こうなりゃヤケだ!

『おっけーです!いい表情ですねー、続けていきますよー!』
「思い出はプライスレス!ってな!」
「喋ると声が写真に写るぜ?」
「んなわけねーだろ!」

…ヤケクソで無理矢理笑ったつもりだったのに、いつの間にか自然な笑みになっていることに気が付いた。
やっぱりコイツの匂いと温もりは、俺を落ち着かせる効果があるらしい。

涼二。お前は俺の何なんだろうな…。
65 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/02/28(火) 01:17:00.57 ID:6SPg7g1k0
楽しいと思ってしまったことは認めるが、着慣れた制服は何と着心地の良いことか。
あれから三人で俺を中心に写真を撮った。二人が帰った後は、両親とも撮った。
母さんはカメラを向けられると反射的にウ〇コ座りをし、カメラに向かってメンチを切りだしてスタッフを困らせた。
身体に染み付いた若い頃の癖で、同じようなポーズで撮った写真がチャンプ〇ードに載ったこともあるらしい。
親父曰く、結婚式で写真を撮るときもそうだったとか。
「ウェディングドレス+ウ〇コ座り+メンチ切り」を想像して笑いを堪えることが出来ず、
母さんにアイアンクローを食らったり食らわなかったり。
そんなドタバタがありつつ、その後も続々と来た指名客やフリー客の相手をして。振り返ればあっという間に終わってしまった気がする。
…繰り返すが、認めよう。楽しかったよ。

とは言え動きっぱなしで疲れてしまったので、今は一人で自販機に飲み物を買いに来ている。涼二との約束の時間までは小一時間あるし、
少し休憩しよう。
腹が減ったがこの後は出店巡りだ。今食ってしまったら勿体ない。

自販機に向かって愛用の財布を取り出す。
今だに男物の長財布だったりする。入学祝いに両親が買ってくれた物だ。当時はまだ男だったからな…。
チャラ男ブランドなどとよく言われているが、これは比較的大人し目のデザインで気に入っている。
今の俺には似合わないと知りつつも、せっかく買ってもらった物だし。

さて、どれを飲もう。
疲れたから…ここは安定のリ〇ルゴールドか。
硬貨を取り出しいざ投入…しようとしたところで、突然横から伸びてきた手が硬貨を投入した。

横入り…するほど混んでないのに。どこのどいつだ?
母さん程ではないが、遺憾の意を込めて手の主を睨みつける。

『何飲む?』
「…は?」
『奢るよ。好きなの選んで!』

他校の制服を着た男の二人組だった。
近くの高校の制服。確かこの学校の制服には学年章がついていた筈だ。
学年章は…これだ。1年。タメか。

着崩した制服や、今風の髪型。二人ともなかなかのイケメンで、遊び慣れている雰囲気を醸し出している。
DQNっぽくはない。
66 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/02/28(火) 01:17:43.95 ID:6SPg7g1k0
「…えっと。ナンパか?悪いけど俺、元男だから」
『財布見ればわかるって。女の子でその財布はなかなかいないっしょ?』
『ってことで、一本どぞー』

完全に相手のペースに巻き込まれている。でも俺が元男だと分かった上で奢ってくれると言うし…。

「じゃあ…これで。ありがと」
『はは、こりゃまたチョイスが男気に溢れてんね』
「リ、リ〇ルゴールドなめんなっ!」
『いやいや、俺も好きだけどさ。美味いよね』

つかず離れずの距離感で会話を盛り上げてくるイケメンたち。
所謂肉食系といったオーラもなく、こちらに警戒心を与えない。
あ、何か、何だか…。

『もしかしてさ、にょたいカフェってやつに出てたりした?』
「今終わったとこ。アンタらも行ったのか?」
『いや、行こうと思ったんだけどね。かなり並んでたから諦めたよ』
『でも君みたいな可愛い娘ばっかりなんだろ?しかも衣装もエロいらしいし。やっぱ行くべきだったかな』
「か、可愛いとか…別に…」
『あー照れてる照れてる!ホント可愛いな!』

女体化者に抵抗はないらしいし、イケメンだし、そんな連中に可愛いなんて言われて。
嬉しいっつーか…やべぇ、ちょっとドキドキする。

今日は知らない人に散々言われてきた言葉だけど。
お互いにょたいカフェというイベントによってわぁーっと上がったテンションで言われるよりも、
こういった落ち着いた雰囲気で言われる方が破壊力があるような気がする。
イケメンっぷりは、涼二と同等。涼二がなかなか言わなかった言葉をあっさりと言うこの二人に、惹かれていく自分がいた。

『今から暇?良かったらさ、色々案内してくれないかな?』

…嬉しいけど、ダメだ。涼二との約束があるから。

「ごめん、ちょっとこの後は先約があって」
『もしかして彼氏?はぁ、羨ましいぜー』
『ま、しょうがないか』

あっさり退く辺りも好感が持てる。普通ナンパなんてしてくる連中は、しつこいと相場が決まっているものだ。
こういうタイプは珍しい…のか?

「彼氏じゃないっ!…ただのツレだよ」
『そうなの?じゃ、悪いんだけどさ。…実は俺ら煙草吸いたくて。どこかバレない場所知ってたら教えてほしいんだ』
「あぁ、それなら…運動部の部室裏とかならバレないんじゃなかな」
『部室裏とはまた定番だね。えーっと、場所が解らないな。少し時間があれば案内してもらえない?』

周りを見渡し声を潜めて、煙草を吸いたいと言う二人。
涼二との約束まではまだ少し余裕がある。この二人を部室裏まで案内する時間ならありそうだ。
気持ちの良いナンパをしてもらった礼がてら、もう少し付き合うのもアリかも知れない。

「いいよ。こっち、行こう」
『そうだ、名前教えてくれよ』
「西田…西田忍だよ」
『西田ちゃんねー。宜しく!』

何だ、良かった。やっぱり俺も典子も、勘違いしてたんじゃないか。
別に涼二じゃなくてもドキドキ出来る。アイツだけが特別なわけじゃないんだ。

…そうと分かって安心した筈なのに、胸がちくりと痛んだ。
67 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/02/28(火) 01:19:29.42 ID:6SPg7g1k0
忍のヤツ、何考えてんだか。
女になってただでさえキチガイじみた可愛さだってのに、あんな格好で化粧までして「可愛い」って言わせるなんてよ。
言うまでもねーだろうが。言わなきゃ分かんねぇのか?

今まではまぁ、客観的事実を述べてるつもりで言っていたからあまり抵抗がなかった。
格好いい男友達に「お前ってイケメンだよなー」と軽口を叩くようなものだ。

…それが忍ときたら、最近妙に「女」っぽくなってしまった。
アイツは女になってからというもの、何だか色々危なっかしい。だから幼馴染兼親友としてサポートしてやるつもりだったし、実際そうしてきた。
いつまでも一緒にいて、今まで通りに馬鹿なことを言い合って。…でもアイツに何かあれば、俺が助けて。
別に男同士でこういう感情を抱いたっておかしくはない。文字通りで捉えたら気持ち悪いかも知れないが、親友とはそういうものだ。

そんな感じでずっと男友達としてやってきたのに、女っぽくなった忍を相手にすると、どうも調子が狂う。
そして調子を狂わせている要因が、もう一つ。

「中曽根君は、忍のことどう思う?」

藤本典子。
忍が男の頃から、少し前まで惚れていた女。
俺は薄々感づいていたが、結果的にやはり両想いだったらしい。その経緯は忍から聞いた。
そんな藤本が、ここ最近ちょくちょくこんな質問を投げ掛けてくるのだ。その度に考えさせられることがある。

「どうって、ただのツレだっての。つーか何回目だよその質問…」
「だってー。あんなに可愛い女の子といつも一緒にいて、何とも思わないのかなって」
「そりゃ可愛くなったとは思うけどな。女になっても忍は忍だぜ?幼稚園の頃から一緒にいて、今更どうもこうもねぇよ」

…と、思っていた。なのに、最近の俺はおかしい。
アイツが近くにいるときの、ふわりとした女のいい匂いが好きだ。細いくせに柔らかそうな身体は油断すると抱き締めたくなるし、
先日アイツが作ったカレーはこの人生で食った物の中で一番美味かった。

忍が女体化してすぐの頃、アイツの胸を揉んだことがあった。
今夜のオカズにするくらいは構わん…みたいなことをアイツは言って、俺はAV女優に脳内変換して云々みたいなことを言ったと思う。
確かにあの晩、俺はアイツをAV女優に脳内変換しつつオカズにした。
それから暫くは何ともなかったのに、ここ最近はあの感触を思い出してはヌいてしまう。それもAV女優じゃなく、アイツのままで。

本当におかしい、最近の俺は。どうかしてる。
ツレをそんなことに使って、毎回後悔しているのにやめられない。それをアイツが知ったら…嫌われるだろうか。

「もし忍に彼氏ができたらどうする?」
「そうなったら俺とは遊ばなくなるのかね。そしたら寂しいよな、まぁツレとしてさ」
「ふーん…」

―――藤本の言葉に、胸を抉られたような感覚を覚える。…俺は何もおかしいことは言ってない。ツレとして寂しいんだ。そうだろう?

「忍、もう終わった頃じゃない?この後は二人で出店巡りだっけ?」
「そうだな。そろそろ電話してみるか」

携帯を取り出しボタンをプッシュしようとしたところで、委員長が現れた。

「中曽根、ちょっといいか。藤本女史は…すまないが外してくれると有り難い」

いつものふざけた雰囲気はどこへ行ったのやら。コイツの真剣な顔は珍しい。

「メンズトークってやつ?仕方ない、お邪魔虫は退散するとしますかっ」

藤本はいつもニコニコとして脳天気そうに見えるが、あれでいて頭の回転が速い女だ。
委員長のただならぬ雰囲気を察し、周囲に感づかれないように場を離れていった。
周りを気にするように周りを見回した委員長は、結局教室から俺を連れて出る。
俺たちのクラスのクレープ屋にも、未だ客は絶えない。両隣のクラスが出している出し物も同様で、廊下には人が溢れんばかりだ。

人気のない場所なんて、今日は閉鎖されている屋上へと続く階段の下くらいで。そこまでやってきて、漸く口を開いた。

「んで。どうしたんだよ?」
「…実はな」

委員長は声を潜めて話しはじめた。
68 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/02/28(火) 01:22:24.11 ID:6SPg7g1k0
やられた。完全に詰んだ。

つい先程。二人を部室裏まで案内し、西田ちゃんも一本どうかと誘われて貰うことにした。
ここでも二人に「吸いっぷりのギャップがいい」とかでおだてられ、ちょい悪なイケメンたちと学校で煙草を吸うという背徳感に、
少し興奮していた。
異変が起きたのは…吸い終わって、さぁバレないうちに戻ろうという時。

二人が妙にボディタッチを…それも、胸や太股にしてきたのだ。流石に初対面の男にそこまで許すほど軽い女ではない。
失望し、こんな連中にドキドキしてしまったことを呪いつつ振り払って逃げようとしたが、羽交い締めにされて口を押さえられた。
そして今に至る。

『こんなとこまで付いてきて、てっきり『その気』かと思ったんだけどな』
『つーわけで俺らとしては、当然こういう展開にせざるを得ないわけ。わかるだろ?』
「ん゛ーっ!んんんーッ!」

そんなのわかるわけがないが、がっちり口を押さえられて声が出せない。
そうしている間にも二人の手は触手のように俺の全身を這い回る。

…気持ち良くなんてない。むしろ気持ちが悪い。
あぁ、良かった。こんな状況で気持ち良く感じる程節操のない身体だったとしたら、俺は自分自身を呪い殺したい衝動に駆られるところだった。
同じ男でも涼二とは全然違う。アイツが前に触った時はもっともっと優しくて、嫌な思いなんてこれっぽっちもしなかったのに。
比較してみたところで、状況は好転しないけど。

この状況は、俺にも落ち度がある。人気の無い場所を求められた時点で、気付くべきだった。
あそこで拒否をしていれば、この二人は恐らく諦めていた。
つかず離れず、あっさり退いて。釣れればラッキー、あわよくば食ってしまえ。騒ぎは起こしたくねぇんだ。
そんな意思が、今思えば現れていたではないか。
どうしようもない、馬鹿な俺…!

『さて、いつまでも口押さえてるのはこっちもしんどいからな。声を出せねぇようにするか』

後ろの男がそう言うと、前の男がスカートをめくった。そのままハーフパンツに手をかける。
何をされるかなんて分かってる。脱がされるんだ。…どうしようもない、恐怖。

…嫌だ、お前らなんかに見せてたまるか!汚らわしいクズどもめッ!この、この…ッ!

「ん゛ん゛ん゛ーーーッ!ん゛あ゛ぁああ!」
『うぜーよ!大人しくしてろ!』
「う゛ッ、げッ…!ぁ…!」

必死で、それはもう必死で、この状況で唯一可能な前蹴りをひたすら繰り出す。
一発二発と正面の男の足に当たるが、大した威力もない蹴りは相手を逆上させるだけだった。
鳩尾に、拳が繰り込む。酸素を全て吐き出してむせ返る。蹴りを入れるための力すら入らない。
それでも相手はきっと、手加減をしてる。相手が素人だとしても…男が本気で殴ってきたら。
この小さくて、まるで玩具のような身体は壊れてしまう。

相手だってそれを分かってる。こんなクズどもに情けをかけられて、それが、悔しい。
本気で、この身体が恨めしいと思った。

だらりと力の入らない身体を後ろの男に支えられ、今だとばかりに前の男がハーフパンツとショーツを一緒に下ろす。
うっすらと毛の生えた陰部を晒す。容赦なく片足を持ち上げられ、一度も男を受け入れたことのない性器すらも。…涼二にだって、見せてないのに。
気が付いたら、頬を涙が伝っていた。
69 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/02/28(火) 01:23:22.19 ID:6SPg7g1k0
『んじゃ、ぱしゃりっと。よっし、大声出したらこの写メばらまくからね?そのつもりで宜しく』
「っ…」

携帯で、写真を撮られた。
口は解放されたが、結果としてより強固に拘束されたことになる。

…男の頃にAVでレイプ物を見たことがあった。気分が悪くなってすぐ見るのをやめたけど。
それを俺が、今からされるのか?
純潔がどうのとか、深く考えたことないけど…。
でも、こんな理不尽なことがあっていいのかよ…!
嫌だっ…!

『おい、コイツ泣いてるぜ」
『元男がいっちょ前に女気取りか?キモいなマジで』
『女体化野郎はちょっとおだててやりゃあ隙だらけになるから喰いやすいって、噂はマジだったな』
「…が…だよ…!」
『んん?聞こえねーよ?』
「俺が、俺たちが、何をしたってんだよ…!何でてめぇらの慰み者にならなきゃならねぇ…!?」

男として生きてきて、女になって。
やっと女として生きていくことに慣れたと思えば、こんなところで、今にもレイプされそうになっている。
勿論、初めから女だったとしてもレイプなど受け入れられる筈はない。でもこいつらは、明らかに俺たち女体化者を狙っていて。
聞いたって意味はないのに、言葉にせずにはいられなかった。

『だってお前ら、キモいしうぜェんだもん。中身は童貞野郎のくせに、美少女ヅラしやがってよ』
『美味そうな身体してるってことだけは認めてやるよ。だから俺らが喰ってやろうって言ってんの』
『お前らって、男として欠陥品だから『産むための身体』にさせられたんだろ。だったらこうなるのは自然の摂理じゃね?ひゃはは!』
『安心しろよ、ガキでも作られたら後味悪ィ。そうはならねぇようにしてやる。ま、どうせ処女なんだろ?『その時』のための練習と思っとけよ!』
「な、な…ッ!!?」

頭の中が真っ白になる。
こいつらにとっては、俺たち女体化者が存在していること自体が不愉快で。だからこそ、身体だけは絶品であろう俺たちを性欲の捌け口にしようとしている。
女体化者を露骨に嫌う人間。それが、こいつら。色んな感情が渦を巻くのに、結局言葉は一つだって出てこない。
70 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/02/28(火) 01:23:58.61 ID:6SPg7g1k0
相変わらず二人は好き勝手言いながら、ブレザーとブラウスのボタンを外していく。
無理矢理脱がして衣服に傷をつけないのは、後で騒ぎになるのを避けるためだろうか。

こんな時、母さんなら簡単にこいつらを叩きのめすだろう。植村や典子なら、そもそもこんな連中に引っ掛かってないだろう。
引っ掛かるのはこの二人の言う通り、女体化者の中でも女歴の浅い俺のような奴。男の頃はちやほやされることなどなかったのに、
女になって180度変わった人生。
少し褒められただけで舞い上がってしまう、俺たち。

こんな場所で、こんな連中相手に俺は処女を散らすことになるのかな。
逆に、俺はどんな状況なら良かったのかな。
…愛する人と、自分か相手の部屋のベッドで。制服プレイより、最初は二人とも丸裸で。
優しく頭を撫でてもらって、キスをしてもらって。痛くないか?大丈夫か?なんて、心配してもらって。
肝心のその相手は、絶対に。

…相手の顔を思い浮かべようとした、その瞬間。
ブレザーのポケットに入れておいた携帯が振動した。このタイミングで電話を掛けてくる奴は、アイツしかいない。

「…ッ!涼二…ッ!」
『あ、てめぇ!おい、口押さえとけ!』

一瞬の油断を突いて携帯を取り出し、通話ボタンを押す。ディスプレイに表示された「中曽根 涼二」の文字。
とにかく、場所だけでも、場所だけでも伝えないと…!

『忍?今どこだ?一人なのか?』
「ん゛んんーッ!んー!」
『…!忍ッ!忍!?』

またも羽交い締めにされ、口も塞がれる。携帯を正面の男に取り上げられそうだ。
部室裏。このたった一言が出せない。
携帯は今にも奪われようとしている。歯を食いしばって必死に両手で力を込めても、携帯は徐々に俺の手の中から抜けていく。

『この…!』
「…ッ!」

いくら頑張ったところで、男の力に勝てるわけがない。無情にも、ついに頼みの綱は正面の男の手に渡ってしまった。

『ったく…おい、これどうやって電話終わらせんだ?』
『スマホなんて使ったことねぇから…』

二人が通話を終わらせようとヒソヒソと話をしている間にも、電話のスピーカーからは涼二が俺を呼ぶ声が聞こえてくる。

―――握り締めた右手を、そっと開く。
勢いよく携帯を引き抜かれたせいで、この頼りない、だけど最後の希望が手の中に残った。
71 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/02/28(火) 01:26:25.83 ID:6SPg7g1k0
「…ということだ。そろそろ西田も上がる頃だろう。一緒に行動してやれ」
「あ、あぁ…そうするわ」

委員長の話によると、「女体化狩り」を目論む連中が紛れ込んでいる可能性があるらしい。
比較的警戒心のない…要は「落としやすい」とされる女体化者を狙ったレイプ集団。
実際他校で被害があったそうで、風紀委員から警戒せよと通達があったそうだ。

忍に限って、というのは根拠のない希望的観測に過ぎない。
勿論忍以外はどうでも良いとは思わないが、少なくとも武井と小澤はもう教室に戻って、にょたいカフェが楽しかったという話で盛り上がっている。

…嫌な予感がする。改めて携帯の電話帳から忍を呼び出し、祈るように通話ボタンを押す。
数回のコール音の後、通話が繋がった。取り敢えず連絡がついたことに安心し、不安がっていたことを悟られないように話を切り出す。
女体化狩りの話を委員長にされて心配してた。そんな話をしたら、アイツはまた俺を馬鹿にして笑うだろうから。

「忍?今どこだ?一人なのか?」
『ん゛んんーッ!んー!』

―――意味が、分からなかった。忍であろう相手が発する声が、言葉として理解できない。
そして気付く。くぐもった声。それは、明らかに異常な事態を示していた。
全身の血の気が引いた。携帯を握る手から汗が吹き出る。忍が、まさか…!

「…!忍ッ!忍!?」
『ん゛あ゛、あ゛ーーん゛ーーッ!』
「おい、何かあったのか!?どこにいるんだ!」

応答はない。聞こえるのは忍のうめき声と、争っているような物音。冗談だって、こんなリアルな雰囲気は出せるわけがない。
認めざるを得ない。十中八九、忍は女体化狩りの連中に拘束されている。何て間の悪い…!

せめて場所さえ分かれば。ただでさえ人の多い文化祭だし、仕事を終えたばかりで校外に出たとも思えない。
だとすれば強姦に及べそうな人気の無い場所は限定されるだろうが、それでも候補は幾つかある。
一つ一つ回っている余裕なんてあるわけがない。どうしたら、どうすれば、忍を助けられる?

「くそっ、忍…!どこにいるんだよ…!」

問い掛けとも自問ともつかない言葉を吐きつつ拳を壁に叩き付けた、次の瞬間だった。
携帯のスピーカーから大音量で警報音のような音が聞こえ、反射的に耳から遠ざけた。電話がぶっ壊れたのかと思ったが、違う。

この音…俺がアイツにふざけて渡した、防犯ベルの音…!

近くの窓を乱暴に開け放ち顔を出す。周りの人々は訝しげに俺を見てくるが、そんなことは気にしていられない。
耳を澄ます。バクバクと爆音を奏でる心臓が邪魔に思う。いっそのこと、今だけは心臓だって止まればいい。
落ち着け、聞くんだ。忍が助けを求めて縋った、ベルの音を。

―――聞こえた。この方角で人気のない場所と言えば。

「部室裏…!」

そこまで確認したところで、音は止んだ。ベルが壊されてしまったのかも知れない。通話もいつの間にか切れてしまっている。

「…中曽根君?何かあったの?」

藤本が様子を見に来た。委員長が教室に戻ったのに、一向に戻らない俺を不審に思ったか。
俺の表情から、何か良からぬことがあったと確信しているだろう。

「…何でもねぇ。悪ぃ、ちょっと急ぐわ」
「嘘だよね?忍に何かあったんじゃないの!?」
「話してる暇はねぇんだよ!」
「中曽根君ッ!」

藤本を振り切って走り出す。荒事になるかも知れない。相手の人数も分からないし、俺は殴り合いの喧嘩なんて兄貴としかしたことがない。
その兄貴との喧嘩だって一回も勝ったことがない。

…それでも、行くしかないんだ。助っ人を呼べば良かったかと一瞬思ったが、最早その時間すら惜しい。コンマ一秒でも速く、アイツの元へ。
もうちょっとだけ待ってろよ、忍。―――幼馴染として、親友として。

俺がお前を助けてやるから。
72 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/02/28(火) 01:27:00.57 ID:6SPg7g1k0
防犯ベルの効果は確かにあった。
二人組は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたかと思えば、一目散に逃げの体制に入った。
普通ならこれで終わり。防犯ベルが無事に作動したことに感謝して、めでたしめでたしだ。
…でも今は、このままこいつらを逃がすわけにはいかない。二人のうちの背が低い方。
こいつの携帯に収められた画像を消さないと…!

「待てくそ!携帯!よこせッ!」

こちらに背を向けて逃げる男の脚に飛び付いて転ばせる。転んだ拍子に全身のあちこちを打つが、痛みなど感じない。

『ぐぁっ、離せ!』
『おい何やってんだ、早く行かねぇと人が来るぞ!』
『だったらこの女を剥がすのを手伝…いや、先にあのベルをぶっ壊してくれ!人が来たらヤバいッ!』

ポケットに入った携帯に手を伸ばそうと必死に足掻く。
幸い転んで不安定な体制でいるせいで、俺を振り払おうとする力は弱い。が、それでもしがみつくのが精一杯だ。
二人して芋虫のように地面でのた打ち回っているうちに、背の高い方の男が地面に転がった防犯ベルを踏み潰してしまった。

『こんなもん持ってやがると思わなかったぜ…壊したところで人が来るかも知れねぇな…オラッ!さっさとどけッ!』
「痛ッ…い、嫌だ…!携帯を…ッ!」
『ふん!あの画像は後でしっかりバラ撒いてやるから安心しろよ!』

背の高い方には髪を掴まれ、背の低い方には空いている脚で蹴りを入れられ。

―――何やってんだろ、俺。
舞い上がって、こんなクズに釣られて。あられもない写真を撮られて、みっともなく地面に這いつくばって、蹴られて、頭を振り回されて。
諦めたくないのに、諦めたらどうなるかなんて分かってるのに。女のこの身体はもう限界が近い。痛みに負けて、手が離れそうだ。

『しつこいんだよ…!』
「ぁぐっ!」

背の高い男に首を絞められた。息ができない。力が抜ける。
ついに、手を離してしまった。

『手こずらせやがって…行くぞ!』
『じゃあな童貞女!』
「げほっ、がはっ…!」

ダメだった。
俺の画像は、きっとネットかメールでバラ撒かれる。
どこの学校の誰かまで、補足付きで。処女は失わなかったとは言え、画像をバラ撒かれるのとどちらが「最悪の結果」だっただろうか。

立ち直れる…のかな。俺…。
73 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/02/28(火) 01:28:05.36 ID:6SPg7g1k0
ぼーっと去っていく二人組を眺めていると、その向こう側から猛然と走り寄って来る男が見えた。
―――お前は、やっぱり。いつもいつも俺を助けてくれるんだな…。

「うおおおおッ!忍に何しやがったああァッ!!」
『今度は何だよ…!誰だてめぇは!あぁ!?』
「てめぇが誰だってんだよ!」

涼二は走ってきた勢いに任せて、大きく振りかぶった拳をがむしゃらに繰り出す。
しかし、相手はそれを避けて涼二の鳩尾にカウンターを見舞う。涼二の身体が折れる。そのまま頭を抱えられ、鼻先に膝蹴りが直撃する。
俺の知る限り、涼二は殴り合いの喧嘩などしたことがない。それに対して相手は喧嘩慣れしているような身のこなしだ。
そんな相手2人に、涼二が勝てるわけがない。

「げぁ、く、そっ…!このッ!」
『弱ぇくせに突っ掛かってくんじゃねーぞ!』
『このくらいにしとこうぜ。これ以上人が来たらヤバい』
「に、逃がすかよ…ぐっ…」

二人掛かりであっという間に痛め付けられ、涼二の鼻や口からは早くも血が流れはじめた。
相手はもう逃げようとしているのに、立っているのすら辛そうなのに。
それでもまだ相手に掴みかかる。そしてまた、殴られて。

―――もう、嫌だ。もう見ていられない。涼二にこれ以上迷惑をかけられない。
ただの喧嘩でも、当たり所が悪ければ死んでしまう可能性だってある。
…俺が諦めれば、それで。

「涼二っ…!もういい…!やめろよ…!」
「うおおおおおッ!!!良くねえええッ!!!!」
「お、俺は何もされてねぇから!お前がくれた防犯ベルのお陰で!まだ何もされてないッ!」

俺の言葉で一瞬、涼二に隙が生まれた。

「…だからって、見逃せるかよ!」

力を入れ直しても、もう遅い。
相手は涼二の腕を難無く振りほどき、逃げられることを確信したらしい。こちらに背を向けて顔だけ振り向き、勝ち誇ったように言い放つ。

『てめぇの女の画像が、ネットで全世界に公開されるのを楽しみにしとくんだな!』

余計なことを、と思った。
涼二にこれ以上痛い思いをさせたくないから、せっかく逃がしてやろうと思ったのに。
―――そんなことを言ったら、きっと涼二は許さない。

「何もされてなくねぇじゃねーかああッ!忍ぅッ!てめぇ後で説教だかんなッ!」

既にフラフラな脚に力を込めて、涼二が走り出した。
そのまま俺がやったのと同じように、相手の脚にタックルして押し倒す。

『くっそが!しつけぇぞてめぇぇッ!』
『死ねオラッ!』
「がッ…!撮ったって、携帯か?カメラか?ぐっ、どっちでも…いい…!渡せってんだよ…!」

一発、また一発。
涼二の顔面に拳や蹴りがめり込む度に、顔の形が変わっていく。
俺が何を言っても涼二はこいつらを逃がさないだろうし、かと言って今の俺が加勢したところで何の足しにもならない。
典子か誰かに連絡して、教師でも呼んでもらわないと終わらない。本当に涼二が死んでしまうかも知れない。
携帯、俺の携帯…!どこだよ…!

「おーおー。随分楽しそうなことしてるじゃねぇの。アタシも混ぜてくれねぇか」
74 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/02/28(火) 01:28:44.78 ID:6SPg7g1k0
―――地面に落とした携帯を拾って、震える指で電話帳を呼び出したところだった。
涼二が袋叩きにされている、その向こう側。いつの間に現れたのか、一人の「女の子」が立っていた。

『何だこいつ!?あの童貞女にそっくりだぞ!』
『姉妹か?ハッ、のこのこ出てきて助っ人のつもりかよ!』
「あ、それってアレだろ。えーっと何だっけ?最近の若ぇのがよく言う…えっと、死亡フラグ?だっけ?」
『…ざけんじゃねぇぞアマぁ!』

いつものニヤニヤ顔で煙草を咥えて。
いつもと違うのは、その目だった。野生の猛獣を連想させる、獰猛な目付き。

「まぁ何だ。ただのガキの喧嘩なら大人がでしゃばるのは筋違いだけどよ」
「あ、秋代さん…!?」

ニヤニヤとした笑みが消える。

「―――お前ら、やっちまったな。俺の娘に手ぇ出して、更にそのダチを袋にしてよォ…!」
『…!?この女、あいつの…!?』

いつもは「アタシ」が一人称の母さんが「俺」と言っている。本気でブチ切れているサインだ。
小学生の頃に万引きがバレて、母さんにボコボコにされたことがあった。その時に「俺」と言っていたっけ。

「ちょいとこの『鬼の柴猫』と遊ぼうやッ!躾の時間だクソガキがッッ!」

躾という名の狩りが始まった。



「…ふんッ!最近のガキはクソ弱ぇ。話にならねぇぜ!」

まさに電光石火だった。
母さんの足元には、ボロボロになった二人が転がっている。

「…あ、秋代さんッ!」
「ん。どうした?そんなおっかねぇ顔して」
「何やってんすか!?お腹の赤ん坊に何かあったらどうするんです!?」

我に返った涼二が母さんの肩を掴み、食ってかかる。珍しい構図だ。
母さんはまさか涼二に強く言われるとは思っていなかったらしく、驚いた表情を見せた。
が、またすぐに意地悪そうな顔に戻ってしまった。

「やれやれ。ごもっともだけど、そういうセリフはもっと腕っ節を鍛えてから言ってほしいもんだね。んー?」
「う、それは…お恥ずかしい…」
「…なんて、冗談だよ。そんな真っ直ぐな目で説教するのはやめてくれねぇか。年甲斐もなく、ちょっとときめいちまうだろ」
「説教なんて、そんなつもりは…すいません。でも、助かりました」
「気にすんなよ。ガキの頃からずっと見てきたけど…アンタ、本当に良い男になったね。怪我だって男の勲章さ」

母さんは涼二の背中をバンバンと叩き、目を細めて笑った。

「さて…どうすっか、こいつら。おいクソガキ、死んだフリしてんなよ。手加減したから気絶もしてねぇ筈だ」

倒れた男の頭を爪先で小突きつつ、俺に問う。

『ぐえっ…!』
『あれで…手加減とか…マジかよ…』
「…取り敢えず、撮られた写真だけ消せれば。俺はいい」
「甘ぇぞ忍。取り敢えず誰か教師を呼ぼう。そうすりゃこいつらの学校に連絡がいって、適切に罰される」
『そ、それだけはやめてくれ!退学になっちまう!』
「ナマ言ってんじゃねぇぞガキぃッ!骨の一本二本折られなきゃ分からねぇのかッ!おぉッ!?」
『す、すいません!もう、勘弁して下さい…!うぇっ…』

母さんが足で頭をぐりぐりと押さえ付けているため、男の口の中は血と砂利にまみれている。
自分がされたことを忘れたわけではないが、気の毒にすら思えてしまう。
いや、それは甘いだろう。こいつらに情けをかける義理はない。

…けど。
75 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/02/28(火) 01:29:43.75 ID:6SPg7g1k0
俺としては、あまり大きな騒ぎにしたくない。せっかく皆が楽しんでいる文化祭を、馬鹿な俺のせいで台なしにするのは嫌だ。
直接関係なかったとはいえ、女体化者を狙うこの手の連中がいると知れたら。来年、にょたいカフェはできなくなってしまうのではないか。

お客は皆喜んでくれて、俺たちだって楽しくて。
手芸部の人々は、俺たち女体化者を可愛くするために徹夜で衣装を作ってくれて。
変態タキシードとは約束した。また来年会うんだって。
母さんも来年は、俺とお揃いの服を着て、大好きな親父に見せるつもりでいて。
典子は俺のために化粧をしてくれて。
涼二は俺を可愛いと言ってくれて。

―――そんな皆が幸せでいられるイベントは、最初で最後となってしまうのではないか。

「…なぁ。お前ら、初犯か」

あまり意味のない質問かも知れない。嘘をつかれたらそれで終わってしまう。

「ごまかそうったって無駄だからな。こういうのは調べりゃすぐ分かるんだ。もし嘘だったら…骨くらいじゃ済まさねぇ」

すかさず母さんがフォローを入れてくれる。これだけ凄まれれば嘘など言えないだろう。

『は、初めてです!本当に本当です…!』
『女体化者はコマしやすいって、噂で聞いて…』
「…チッ、クソ面白くねぇ噂だぜ」

母さんは眉をひそめて新しい煙草に火を着けるが、否定もしなかった。何か心当たりがあるのかも知れない。

「…なら、もういい。画像消すから携帯よこせ。それが終わったら、さっさと消えてくれ」

俺は本当に馬鹿だ。
ちやほやされて、浮かれて。その結果、こんなクズ野郎の本性を見抜けなかった。
涼二がくれた防犯ベルが無かったら、あのままやられていた。
涼二が最初に駆け付けてくれなかったら、母さんが来る前にこいつらに逃げられて、画像はネットの海をさ迷うところだった。

全部、涼二のお陰だった。
76 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/02/28(火) 01:30:38.96 ID:6SPg7g1k0
「…ありがと。二人とも」

レイプ魔二人を解放した後、改めて涼二と母さんに礼を言った。

「珍しく殊勝だな。まぁこんなことがありゃあ、流石に効いたか」
「…ところで秋代さん。何でここが分かったんすか?」
「あぁ…ったく、来んなっつったのに来てやがる。藤本だっけ?アイツに言われたんだ」

母さんが親指でくいっと背後を示す。
見ると、いつからいたのだろう。校舎の陰から不安げにこちらを覗く典子がいる。
バツが悪そうに一瞬目を伏せだが、すぐにこちらに駆け寄ってきた。

「忍…忍…!」
「ごめん典子、心配かけた。涼二と母さんが来てくれて、大丈夫だったから」

俺をぎゅうっと抱きしめた後、乱れた服を直してくれる。
直しながら、典子と母さんが順を追って話しはじめた。

典子は涼二が血相を変えて飛び出したのを見て、俺に何かあったと確信したらしい。
そして情報の提供元である委員長を問い詰め、教師を呼びに行く最中に親父と母さんに出くわした。
その時、親父はたまたま知り合いに会って話し込んでいたところで、母さんは暇を持て余していたそうだ。
典子が母さんに事情を耳打ちして親父を向かわせてくれと頼んだそうだが、母さんは拒否。
「だってアイツ、喧嘩なんてからっきしだぜ?使い物になるかよ」、
「アタシが行くから克巳には言うなよ、色々うるせーから。あー、あと先公にも言うな。嬢ちゃんは大人しく待ってろ」とだけ言い放って、
駆け出したそうだ。

「つーわけで、克巳はこのことを知らねぇ。安心しろ」
「…親父はいいとして、何で教師も呼ばなかったんだ?俺は騒ぎにしたくないから、結果的には良かったんだけど」
「そりゃお前…裸にひん剥かれてる可能性だってあったんだぞ?娘のそんな姿、涼二君以外の男に見せてたまるかよ」
「へっ!?俺っすか!?」
「おうよ。アタシが許す」
「良かったね忍、お母さん公認だよ?」
「かかか、勝手に決めんな!何の話だよッ!?」
「うちのは本当に救えねぇ馬鹿な娘だけどさ、涼二君。これからも宜しく頼むわ」
「は、はぁ…」

母さんは一足先にいつものテンションに戻っていた。
猛獣のような目付きはどこかへと消え、今は何かを慈しむような…そう。ばあちゃんが親父を見るような目をしていて。
あんなことがあったのに、とても嬉しそうだった。
77 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/02/28(火) 01:32:34.83 ID:6SPg7g1k0
母さんは親父の元へ、典子は教室へ。それぞれが戻っていき、俺と涼二は保健室に行くことにした。
俺は大した怪我はしていないが、涼二の顔の傷は少し酷い。消毒くらいはする必要がある。
道中、すれ違う人々の涼二を見る目線がいちいち俺をイラつかせる。

―――文化祭で、調子に乗って喧嘩でもしてしまったんだろう。それで、ボロ負けしたんだろう。

一様にそんな目をしていて。
何も知らないくせに。弱いくせに俺のために戦ってくれた涼二を馬鹿にされているようで、はらわたが煮え繰り返るような気分になる。

涼二はそんな視線を浴びるたびに、しきりに悔しそうにしていた。

「あーあ、だっせぇな俺。やっぱ秋代さんみたいにはいかねーわ」
「…カッコ良かったぞ。弱かったけど」
「何だよそれ、褒めてんのか?」

そう言って、俺の頭に手を乗せて撫でる。

ダセぇよ、確かに。
颯爽と現れたくせに手も足も出ずにボコボコにされて。顔面なんて化け物みたいだし、男前が台なしだ。

…でも、お前のこの手は。
絶対、俺に酷いことなんてしないって、俺は知ってる。いつだって俺を助けてくれるって、俺は知ってる。

お前から電話が来る直前。あの時、諦めかけてたよ。
こんな場所で、こんな連中相手に処女を失うのかって思ったら、死ぬほど悔しかった。
それで、思ったんだ。人生に一度きりの処女を捧げるのなら。

―――愛する人と、自分か相手の部屋のベッドで。制服プレイより、最初は二人とも丸裸で。
優しく頭を撫でてもらって、キスをしてもらって。痛くないか?大丈夫か?なんて、心配してもらって。
肝心のその相手は、絶対に…お前がいいって。お前以外は絶対に嫌だって。
そう、思ったんだ。

窮地を救ってもらったから。だなんて、漫画じゃ使い古された三流のネタだ。
でも違う。それはただ、認めざるを得ないきっかけになっただけ。
本当はずっと、ずっと前から、頭のどこかで分かってたこと。認めたくなかったこと。
あぁ、参ったな。もう限界だ。お前がいなきゃ、俺は駄目なんだ。

…お前が、好きだよ。涼二…。
78 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/02/28(火) 01:34:58.67 ID:6SPg7g1k0
「お、誰もいねぇ。今のうちにやっちまおう」
「俺がやるから。座ってろ」

保健室は無人だった。「14時に戻ります」と書かれた伝言プレートが壁に掛けられている。
ということは、あと15分程で養護教諭が戻ってきてしまう。こんな顔の涼二を見られると厄介だ。早めにずらかりたい。
…結局は帰りのホームルームで担任に見つかって、根掘り葉掘り聞かれることになりそうだけど。

「はしゃぎすぎて階段から落ちたとでも言って誤魔化すから、気にすんなよ」
「…ごめんな、本当に」
「それを言うなら、俺だ」
「…は?」

ボコボコのツラでも、とても悲しそうな顔をしているのは分かる。
何でだよ。お前は誰よりも早く来てくれたじゃないか。それで助かったんだ、俺は。
謝ることなんて何もない。何一つ失ってないんだから。

「写真撮られる前に、行ってやれなかった。…その、見られたんだろ。本当にすまん」

―――なのにこいつは、そこまで考えていてくれた。

「…いいんだ。ありがとう、本当に。涼二」

…大好きだよ。
名前を呼んだ後に、心の中で告白する。
そんな幼稚なことしかできなくて、胸が痛い。

「らしくねーな。もっとふてぶてしいのがお前だろ」
「何だとコラッ!」
「…ぷっ」
「はは…」

いつも通りのやり取りが妙におかしくて、お互い笑ってしまう。
いつも通りじゃないのは俺の気持ち。
涼二が好きだと一度認識したら、もう歯止めが効かなくなってしまった。どんどん気持ちが大きくなっていく。
大好きな、大好きな、大好きな涼二。
俺のために作っちまった傷は、俺が手当をするから。

「んじゃ、やるぞ」
「お手柔らかに」

ウェットティッシュで汚れを落とし、消毒液を塗っていく。
端正な顔立ちが見る陰もない。無自覚なコイツのことだから、気にしていないのだろうけど。
きっと俺のマスカラもすっかり落ちてしまっている。これが終わったら拭いておこう。

「いてて、染みるな」
「男なら我慢しろ!」
「出たよ男性差別!いっそ俺も女になっちまうかな」
「馬鹿言ってんじゃねーよ…」

せっかくこの気持ちに気付いたのに、お前が女になってどうすんだよ。
…でも、お前からしたら知ったこっちゃないもんな。俺の気持ちなんて。

「よし、こんなもんか。…腫れはどうしようもないけど。俺も顔拭くから、ちょっとあっち向いててくれ」
「あ?何でだ?」
「女には色々あるんだっつーの」

壁に掛かった鏡を見る。思った以上に酷い顔だった。
マスカラのせいで涙の跡はくっきりと黒くなり、泥やら鼻水やらで余計にカオスになっている。一刻も早く落とさねば。
…惚れた男に、みっともない顔をいつまでも見られたくないから。せっかく天から授かった、この可愛い顔を見てほしいから。
79 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/02/28(火) 01:35:38.03 ID:6SPg7g1k0
念入りに汚れを落とした。泣いたせいで腫れぼったい目は仕方がないが、何とか俺の顔面は概ね秩序を取り戻している。
本当に無様な女だけど、これなら涼二に見てもらえる。

「…よし、もういいぞ」
「おう、そんじゃ行くか!」
「…?」

涼二は気合いを入れるように太股を一発叩き、立ち上がった。
行くって?どこにだ?

「お前…そのツラ、まさか忘れてんのか?」
「…あ」
「約束したろ。…まぁ、お前が辛いならやめとくけどさ」

そういえば、そもそも涼二と出し物を見て回るという話だった。先程までとんでもない目に遭っていたのが嘘のように、気持ちが昂ぶる。
あの強姦未遂なんかよりも、今はこの気持ちの方が大切だ。

行きたい。涼二と一緒にいたい。涼二の隣を歩きたい。
なんつーか…その、デートみたいな感じを味わいたい。

「…やってやる、やってやるぞ!!」
「スパ〇ボじゃねーんだぞ!そこまでして気持ちを奮い立たせなくてもいいだろ!」
「腹減ったし、カレーパン食いてぇんだよ」
「ったく、突然テンション上げやがって…つーか、カレーパンなんてあるのか?おい、引っ張るなよ!」

悟られないよう、いつもの俺を演じて涼二の手を掴む。
涼二は引っ張られてると思っているだろうが、俺的には手を繋いでいるつもりだったりする。
今はこれが精一杯。一方通行の自己満足だけど、それでもいいんだ。

女になっても典子を好きでいた時期があったけど、きっとその時には既に涼二への気持ちも芽生えていた。
典子はとっくにそれを見透かしていて。でも俺は気付かないフリをして。
中途半端な人間だった。二人に同時に惚れていたのだから。
そのことを、典子にはちゃんと謝ろう。謝ったら、報告するんだ。

―――西田忍は…また恋をしました、って。
80 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/02/28(火) 01:40:33.41 ID:6SPg7g1k0
いつも見て下さっている方々、ありがとうございます。今回は以上です。

自分としてはかなり長かったので、見落としなど多々あるかと思いますが…猫の顔文字とかズレてるし死にたいorz
ここまで決まっていなかったタイトルですが、考えるのが面倒なので「西田忍と愉快な仲間たち」とでもしておこうと思います。
なんだこのセンス。まぁいいや。

さて、そろそろ終盤となりました。残りも生暖かく見守って頂けたら幸いです。
81 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(中国地方) :2012/02/28(火) 23:17:42.44 ID:+jXpaZfM0
GJGJGJ!
82 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/02/29(水) 03:51:51.37 ID:pOadYNKq0
GJです!
変態紳士の出番あるかな?
意外といい人だったww
83 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(兵庫県) [sage]:2012/03/03(土) 13:43:50.61 ID:9lYyXpr30
絵安価st
84 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(長屋) [sage]:2012/03/03(土) 14:25:18.77 ID:LV7kGzNJ0
ウインナー
85 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(栃木県) [sage]:2012/03/06(火) 01:18:56.16 ID:KehQZdgXo
久々に来ましたけどなかなかの量が投下されてますね

皆頑張ってるから、自分も頑張ってみようと思っちゃったり
86 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/03/06(火) 01:36:09.89 ID:IyaN9z0L0
待ってますぜ
87 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :2012/03/06(火) 15:34:42.91 ID:znBkN/zD0
>>80
いつも楽しみにしてるけど、GJ過ぎる・・・
涙腺弱くて少し泣いてしまった俺が通りますよ。
88 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(長屋) :2012/03/06(火) 21:23:24.12 ID:Wao5/1D10
まとめブログ見つけたwwwww
http://sagarasei.blog.fc2.com/
89 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(長屋) :2012/03/07(水) 12:25:46.35 ID:3aJ80/ff0
悦いぞ悦いぞー!
90 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/03/10(土) 02:57:26.55 ID:X7O5hzAno
蜻蛉さま乙wwwwwwww
91 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(栃木県) [sage]:2012/03/11(日) 17:38:26.59 ID:eIOXEAvCo
ほあっ、お待たせしました
サボってたまとめようやく終わりました
何か抜けているところありましたらごめんなさいです><
92 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/03/11(日) 21:56:35.60 ID:1+1cYUh/0
>>91
お疲れ様です
まとめありがとうございました
93 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(福島県) [sage]:2012/03/14(水) 22:23:56.20 ID:qKY6aHXMo
安価↓
94 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(中国地方) :2012/03/14(水) 23:26:41.07 ID:7udVdZCl0
ホワイトデー
95 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) [sage saga]:2012/03/21(水) 22:04:12.35 ID:nKHicaB2o
我投下する、ゆえに我あり
96 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/03/21(水) 22:06:01.90 ID:nKHicaB2o
これは過去のお話・・





      愚鈍と愚者のバラッド






                    ◆Zsc8I5zA3U   





相良 聖・・白羽根学園が誇る超問題児であり、中学時代はその豪腕とも言える腕力で並み居る不良たちを恐怖のどん底に叩き落したその振る舞いから教師陣の中では要注意人物に指定されている。聖が1年の頃に担任をした人物はそのあまりの問題児振りに多大なストレスを溜め込んでしまって内臓を傷めて長期入院したほどである、そんな教師を一人病院送りにしたほどの聖であるが女体化してからあらゆる人物と交友を取るようになってからは精神的にもゆとりが出来たようで少しずつではあるが問題も減っている。
それは現在の担任である靖男にとっても嬉しい限りなのであるが、肝心の学業はてんで疎かにしているので頭の痛い問題である。

「何だよ! 補習ぐらい見逃してくれてもいいだろうがポンコツ教師!!」

「お前な、中野と一緒の大学に行きたかったら素直に授業でろ」

時刻は丁度放課後、とある教室で靖男は聖に補習を受けさせている。最初は聖の激しい抵抗にあったものの留年や単位の話を切り出して渋々であるがあの聖を補習をさせることに成功しているのだが・・自身の授業でだけではなくほかの教科の補習もさせている。

「あのなぁ、俺だって鬼じゃない。だけどなお前が進路希望に中野と同じ大学を書いたろ、あれにはみんな驚いてたぞ」

「てめぇも他の先公と同じように俺を馬鹿にしてんのか!!」

「いいや。・・別に俺はいいと思うぜ、夢を持つのは多いに結構だ」

靖男とて聖の進路が実現するとは到底思ってはいないが、将来の夢を持つのはいいことだと思う。何せ自分は聖の年頃の時は現実に叩きのめされて前すら向いていなかったのだ、しかし夢を持つのはいいことなのだが実現するには本人の頑張りが非常に重要となってくるのだ。

「しかしてめぇは前の先公とは違うな。てっきり俺なんて放っておくのかと思ってたしよ」

「悪いがそんな後味が悪い趣味は持ってないんだ。さっさと遅くならんうちに終わらせてしまえ」

この2人は入学式であった時からこんな調子である、靖男も聖については教師を病院送りにしたほどなのでそれ相応の覚悟を望んでいたのだが・・いざ聖と話してみると普段の評価とは違う人物に違うことに気付いていく、要は一般的な不良と呼ばれる人物と同じように周囲の大人たちがたらい回しにした結果だと結論付けた靖男は担任になってからと言うものの普段の一般生徒と同じ感覚で接している。聖が入学する前にそこそこの札付きの生徒を無事に卒業させた実績があるのでそういった手合いに離れている靖男である、現にこの白羽根学園に潜んでいる不良と呼ばれる生徒にもいつものような感じで接しているので一目置かれているのだ。
それに聖が唯一懐いている教員といえば自分の同僚である礼子ぐらいしか思い浮かばない、しかし聖と接し続けてある程度は会話はするようになったものの自分を教員としてみているかといったらかなり疑問符がつく、流石に担任なのだからポンコツ教師呼ばわりは正直ショックであるが普段の態度が普段の態度なので仕方ないところである。
97 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/03/21(水) 22:06:58.25 ID:nKHicaB2o
「さっさと終わらせて先生にゲームをさせる時間を与えろ」

「いい大人の癖にゲームなんて恥ずかしくねぇのか?」

「少年の心を忘れてしまった大人はロクな大人にならないんだ。幾つになっても好奇心は重要だぞ」

「だからてめぇはポンコツ教師なんだよ」

そのまま聖は渋々文句をたれつつもきちんと課せられた補習を片付けていくが慣れない勉強なのでついイライラいしてしまう。

「ったく、あいつは手伝ってくれねぇしよ。俺の担任なら手伝え」

「悪いが他の先生方の恨みは買いたくはない。・・お前もいずれ悲しい習性がわかるときが来るもんだ」

「んなもん知るか!! おい、この問題はどうやって解くんだよ」

「どれどれ・・悪い、先生の時代はこんな単語なかったんだ。わかんなかったら飛ばしてしまえ俺が上手いこと言ってやるから」

「だからてめぇはポンコツ教師なんだよ!!!」

靖男にしてみれば自分の授業以外の教科など眼中にすらないのでそのまま聖に続行させる、それにあくまでも補習なので飛ばしても問題はないあの聖が補習に出席していたことだけでも大金星なのである。靖男はゲーム片手に聖の補習の監督をしながら時間はただただ流れる、最初は各部活の活発な声が聞こえていたのだが時間が経つに連れてそれらもめっきりと減ってしまっており時間の経過を嫌でも認識させられるものだ。

「ふー、ようやく終わった・・終わったぞ、ポンコツ教師!」

「ヤバイ、アメリカが逆進行を仕掛けてきたやったか! ここはドイツと連合を組んでソ連で牽制してと・・ウゲッ!!」

「何ゲームしてるんだ!! 終わったって言ったのが聞こえねぇのかっ!?」

そのまま聖は自分をそっちのけでゲームに夢中な靖男を蹴り飛ばす、ようやく靖男が時間を見ると時刻は既に7時過ぎ・・日は既に落ちて夜特有の暗さを醸し出している。

「痛たたた・・ちょっとは担任を労れ!!」

「ゲームばかりしているてめぇにだけは言われたくねぇ!!」

「全く、どうやら終わったみたいだな。お疲れさん、もう帰っていいぞ」

そのまま靖男は提出されたプリントの束を持って帰って教室から去ろうとするが、時間は既に7時過ぎなのでお昼を過ぎてから何も食べていないのでおなかが減って仕方がない。それに関しては聖も同様だし何よりも時間帯もかなり遅い、いくら聖が強大な戦闘力を持っていようが1人で返したら危険だし聖の身に何か起きれば担任である靖男にも何かしらの責任を負わされることになるだろう。
98 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/03/21(水) 22:08:19.84 ID:nKHicaB2o
「・・しゃあない、今日はもう遅いから俺が家まで送ってやる。それに腹も減ったろ?」

「てめぇ・・何か下心があるのか?」

「悪いが俺は大学生からしか興味ないんでね、お前みたいなガキんちょに・・ウゲッ!!」

「一言多いんだよ!! ・・ま、奢ってくれるなら全力で乗っかるぜ」

「お前な・・まぁいい、すぐ終わらせるからちょっと待ってろ」

靖男はそのまま聖に殴られたわき腹を押さえながら事後処理をするために職員室へと向かっていく、一応靖男の目的は聖の補習なのでそれが終われば後は事後処理をするだけである。そのままサクット事後処理を終わらせた靖男は律儀にも校門で待っていた聖を拾って行きつけの居酒屋へと連れて行く、見た目はタダのしがない個人経営の店であるが実はこの居酒屋の店主と靖男が同級生なのである程度の融通が利くので問題はない、いつものように店主は靖男を出迎える。

「らっしゃ・・お前、ついに自分の生徒に手を出してしまったのか。何も言うな、俺はお前の味方だ」

「あのな、自分から職を捨てるような真似をするのは馬鹿だけだ」

軽い冗談を交わしながら靖男は聖と共に席に座る、実のとこと教師と生徒同士の恋愛についてはまことしやかにであるが流れていたものの、現在は法改正に法ってそれらの行為が発覚した場合は問答無用で懲戒免職処分となるのでかなり厳しいものとなっている、それにこんなことを言われたら聖も黙っているはずがない。

「ふざけたことを抜かすな!!! 誰がこんなポンコツ教師と付き合うかッ!!! さもないと・・」

「わかったから落ち着け! とりあえずいつものとコーラな、後は適当に料理を見繕ってくれ」

「教師も大変そうだな・・」

そのまま店主は黙って聖のコーラと靖男に芋焼酎を差し出す、そのまま靖男は聖と軽く乾杯を交わす。

「お疲れさん」

「あ、ああ・・って何でてめぇは酒頼んでるんだ!! 俺にもよこせ!!!」

「お前には5年早い!! それに仕事が終わってから酒を飲むのは大人の特権ですぅ〜、未成年のお前は隠れてこそこそと飲むのがお似合いだ!!!」

「教師にあるまじき発言だな。・・ま、それは置いておいてお嬢ちゃんもお酒は二十歳からな」

そのままふてくされている聖を尻目に靖男は酒をかっくらい、店主は料理を作り始める。この店は店主の親の代から続いておりなんやかんやありながらも親が引退してこの店主が引き継いでいる形となっている、それに料理も上手ければ値段も相当安いのでチェーン店にも引けを取らないほどの繁盛を見せ付けている、そのまま聖は出てきた料理を食べてみるがこれがかなり美味い。

「うめぇ!! 特にこの唐揚げが最高だぜ」

「そいつは裏メニューって奴だ。お嬢ちゃんが可愛いからサービスしたんだよ。んでお前はいつものようにつまみと酒を置いておくぞ」

そのまま食べ進める聖を他所に店主は酒を飲み続ける靖男に適当なつまみを見繕ってそのまま焼酎を瓶ごと置いていく、そのまま靖男はつまみを食べながらいつものように聖に話しかける。
99 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/03/21(水) 22:09:30.89 ID:nKHicaB2o
「どうだ? 店がボロイ以外は結構いいだろ」

「ああっ! てめぇもただのポンコツ教師じゃねぇんだな」

「ポンコツ教師は余計だ。ま、お前が来るには酒が飲めるようになってからだな」

そのまま靖男は芋焼酎を飲み干すとそのまま新しい酒を次ぎながら箸を進めていく、しかし店主も靖男とは長い付き合いではあるが自分の生徒を店に連れてくるのは以外にも初めてであるのでちょっとばかり聖に話して見る。

「お嬢ちゃん、学校でもこいつはこんな感じかい?」

「そうだぜ。授業もクラスごとではバラバラで皆苦労してるようだしな、だからこいつは見た目や性格もポンコツなんだよ」

「アハハハッ!! 違いねぇ、こいつは昔からマイペースだったから俺もよく苦労させられたよ。それに教師になったときは本当に驚いたもんだ」

「ケッ、勝手に言ってろ」

「・・でもな、こいつのいいところは人を決して見捨てないんだ。お嬢ちゃんもそのうちわかるよ、ほい牡蠣フライ上がり」

「本当かよ? ま、俺とすれば料理が美味かったらいいんだけどな」

聖は店主の言っていることに懐疑しながらも目の前にある牡蠣フライを食べながらその味に舌鼓を打つ、聖にとって靖男など一教員に過ぎないのだが思えばここまで自分に構ってくれる教師は礼子以外では始めてで今まではその性格や振る舞いからか教師などてんで信頼していなかったのだから。

「相良〜、んでお前は結局中野と結婚するパターンなのか?」

「なっ――・・何言ってやがる!!!!」

思わぬ靖男の発言に聖はコーラを噴出してしまう、現在翔とは様々なしがらみがあったものの今では恋人同士と言う間柄に収まっているのだが、靖男にしてみれば礼子ほどではないもののそれなりに関心を示している。

「てめぇな、あいつは俺なしじゃ生きていけれない超が付くぐらいの馬鹿なんだ。俺から離れらるわけねぇだろ!!! これ以上からかったら・・ぶっ殺す」

「わかったわかった!! 全く、とんでもない奴の担任になったもんだ・・」

芋焼酎を飲みながら靖男は聖の扱いに少しばかり手を焼いてしまう、しかし悪い人間ではないのは靖男もよくわかっているのだが少しばかり冗談が過ぎたようだ。

「・・ま、お前もそろそろ落ち着いたらどうだ? いつまでもヤンキー根性は通じないぞ」

「てめぇもあいつみたいなこと言うつもりかッ!! 俺は好きでやっていく、気に食わねぇ野郎どもをブッ倒して何が悪いんだ!!!」

「別に俺はお前の生き方に口は出すつもりはない、ただこれから卒業するに当たって問題を起こすのは良くないと言うことだ。このままだったら卒業を取り消される可能性もあるし下手をすれば退学だって出て来るんだぞ?」

一応靖男も聖についてはある程度心配はしている。たしかに彼女から起こされる問題は大小様々であるが一応学生ではあってもこのまであれば最悪退学に関わることも出てくるだろう、これに関しては靖男のみならず礼子も同様なようであるが本人次第と言ったところである。

「ま、俺が言いたいのはな・・子供は卒業してから作r」

「うるせぇ!!!!!」

そのまま聖は靖男を蹴り飛ばすと大人しく料理に手をつけ始める、この光景に店主は苦笑しながらもある出来事で死んでいた表情でいた昔とは違って充実している靖男に思わず笑ってしまう。

「お嬢ちゃんも店を壊さないでくれよ。骨皮も少し酔いすぎだ、もう遅い時間だからさっさとお嬢ちゃんを送ってやれ」

「へいよ・・そろそろお前の家まで行くぞ」

「まだいいじゃねぇか!! それに食い足りねぇんだよ!!!」

「ハハハ、また着てくれれば好きなだけ食べさせてやるし綺麗なお嬢ちゃんに免じて安くしておくよ」

「本当か!! 嘘ついたらポンコツ教師諸共ぶっ殺すから覚悟しろよ!!!!」

「さっさとお前の家まで行くぞ」

そのまま会計を済ませた靖男は聖を引き連れて店を後にした。
100 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/03/21(水) 22:10:22.91 ID:nKHicaB2o
道中

薄暗い夜空に薄らと灯る蛍光灯を背景に2人は聖の家まで歩き続けていた、威風堂々と歩く聖とほろ酔いで若干ではあるが千鳥足になりつつある靖男の光景はなかなかシュールなものである。

「あのなぁ、別に送ってもらわなくても俺はもうガキじゃねぇんだから1人でも充分だ」

「お前に何かあったら担任の俺に責任が来るだろ、先生を路頭に迷わせる真似をさせるな」

「俺が言うのもなんだが、てめぇは今までの先公と違って変な野郎だ」

ここまで来ると聖も溜息しか出ないが、靖男は今までの教師とは違って自分を見下したりはしないし、ちゃんと“対等”に接してくれている。聖の中で教師は煩わしいものであったので今までどおり話し掛けられても無視してきていたし、彼らも問題児である聖には放置しており何も言ってこなかったのだが・・靖男は違った。何度も何度も自分に話しかけてきていくら追い返しても諦めてこなかったのだ、そんな日々が何度も続いたがいつの間にか自然にこうやってちゃんと会話をする関係に至っている。

「しかし、何でこう俺のような奴にまで気を掛けるんだよ?」

「そりゃ、お前の担任になった以上はそれなりのことをするのが俺の仕事だからな。お前が大人しくやってくれないと俺の査定に関わる」

「食わねぇ野郎だが・・てめぇの事なんて知ったこっちゃねぇ!!」

「先生もこれで飯食ってるんだ。少しは大人しくしろ」

「うるせぇ!! 俺は指図されるのが大ッ嫌いなんだよ!!」

今までは常に唯我独尊で我道をひたすらに突き進む聖は大概の助言などは切り捨てていたのだが、ここ最近は精神的にも落ち着いてきたようで最近は協調性というものが生まれてきている。口ではああいっているものの最近はそういった部分も少しながら影を潜めている部分もあるのだが・・未だに不安定な部分は歪めないので靖男としては恐ろしいところでもある。

「まだ俺はてめぇを認めちゃいねぇからな! そこを勘違いすんなよ!!」

「わかったわかった、とりあえずさっさとお前の家まで案内しろ・・」

酒の気持ち悪さを抑えつつも靖男は聖の自宅へと歩いていく、こんな調子で会話をし続けてしまえば酔いが冷めるどころか逆に気持ち悪さ全快で嘔吐してしまいそうである。そんなこんなで聖を先頭に歩き続けること数分後・・ようやく2人は聖の家へとたどり着く。

「ここが俺ん家だ。多分この時間だったら皆寝ているだろうがな」

「んじゃ、ここでお別れだ。明日も学校でな」

一応聖の家族には靖男が遅くなる旨を連絡しているので大丈夫なのだが、酒も飲んでいるのでここで別れたほうが賢明だろう。生徒を引き連れて居酒屋に言っていたことがばれてしまえば校長である霞からはいつも以上に叱られてしまうので下手な行動は起こさないほうがいい。そのまま聖を送り届けたのを確認した靖男はそのまま立ち去ろうとするのだが、聖もこのままでは一応納得がいかないのか最後に一声掛ける。

「おいポンコツ教師!! ・・今日はありがとよ」

「! ・・ま、ちゃんと勉強しろよ」

「余計なお世話だ!!」

聖の怒鳴り声と共に靖男はそそくさと消えていくのであった。

101 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/03/21(水) 22:10:53.52 ID:nKHicaB2o
翌日

昨日の酒が体中に充満している靖男はいつものように学校へと出勤する、しかも二日酔いのおまけつきなのでそこから来る頭痛との死闘を繰り広げながら霞から発せられる恒例の朝礼をいつものように聞き流す。

(痛たたた・・二日酔いとは俺も歳だな)

「・・というわけなのでここ最近は不審者の情報が目立ちますので各先生方は注意して望んでください。学校としても対策として教員による地域の定期的なパトロールを実施する予定なので各学年の学年主任の先生方はローテーションを決めて私のほうに報告をお願いします☆」

「校長、地域については?」

すかさず質問したのは学年主任候補の鈴木、教員生活がそこそこの年数の彼女は生徒からも慕われ仕事に関しても穴がなく生徒会の顧問なので周囲の評価も非常に高く、時期学年主任の座が度々囁かれているのだ。それに教員が定期的にパトロールとしても人数的に考えて回れる範囲はここは是非聞いておきたいものである。

「回ってもらう地域については現在私のほうから理事長と協議しておりますので草案がまとまり次第、職員会議で話しますのでお願いします。・・骨皮先生、特に彼方のクラスが一番危険よ。わ・か・っ・て・る・?」

「へぇ? 不審者なんて相良で充分に撃退できるでしょ?」

「そんなことさせないためにも私達が動くんでしょ!!! ・・とりあえず、この件は職員会議に持ち込みますのでお願いします、私からは以上です」

「あまり大きい声を出さんで下さい・・」

2日酔いの靖男にしてみればいつもの霞の怒声も頭にかなり響くのでかなりの苦痛である、そのまま霞は朝礼を終わらせると各自教師はいつものように職員室から散っていく、靖男もその例に漏れずにそそくさと準備を終えて逃げるように教室へと向かおうとするが、当然霞が見逃すはずがない。

「骨皮先・・うわっ、お酒臭い。もしかして2日酔いなの?」

「・・まぁ、情けない話ですが」

「とりあえずお酒の臭いだけは極力消して頂戴。一応教師なんだからしっかりしてね」

霞はそのまま今回のパトロールについて理事長と話し合うために理事長室へと向かっていく、しかし酒の臭いをプンプンさせている教師がいたら生徒兎も角として保護者や来客者にばれてしまえば洒落にすらならないのでそこらへんを考えると靖男も思う節があったのか薬を調達するために礼子の元を訪れるが、先ほどのやり取りを聞いていた礼子はあまりの酒臭さに思わず顔をしからめてしまう。

「春日先生、2日酔いに効く薬ないですか? ついでに臭いも消せれたら最高なんですけど・・ってどうしたんだ?」

「それだけお酒の臭いが半端なかったし、朝礼の時なんて嫌でも鼻についたわよ」

「悪い悪い、昨日少し飲みすぎてな。お陰で2日酔いで頭も痛いわ気分も悪いわで朝から散々だよ」

「わかったから・・はい、私も使っている薬だから保障するわよ」

そのまま礼子はいつも自分が使っている薬を靖男に手渡す。この薬も例に漏れずに泰助の伝で手に入れているものであるが、即効性は勿論のこと臭いに関してもかなり消せるので市販されている物に比べても全然違う。

「それで彼女はどうなの?」

「んあ、相良のことか? ここ最近は大人しくしているようだけどそろそろ何かやらかしそうな気がするんだよな」

この2人は意外なことに同僚なので比較的に仲は良い方である、靖男が聖の担任になってから礼子との話題にはほぼ必ず聖のことが出る。礼子も何だかんだ言っても聖の事はかなり気に掛けているので担任である靖男にこうして度々聖のことを聞いているのだ。それに礼子の目からしても何ら偏見を持たずに普通に聖と接しているだけでも凄いことだと思うし、それだけ靖男のことを聖が認めている証なのだと思う。

「ま、俺からしてみればそんじょそこらのガキと変わらないと思うけどな。他の教師は必要以上に相良を恐れすぎている」

「そうね、だから彼女も今まで人を信頼できなかったと思うわ」

「あいつの本質はタダのお馬鹿で・・って、時間がマズイ!! んじゃ、またな」

そのまま靖男は脱兎の如くダッシュで職員室から去るが誰も注意をしなかったのはご愛嬌という奴だろう。


102 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/03/21(水) 22:11:28.71 ID:nKHicaB2o
同時刻


陰謀というのはふとした瞬間から渦巻くものであり、場所はとある高校での不良生徒同士の会話から始まる。

「チクショウ! 相良の野郎め、女になっても調子に乗りやがって・・」

「でも仕方ないだろ。奴の強さは中学時代から折り紙付きだし、なんてたってあの中野とも互角の強さだぜ?」

どうやら彼らも聖にやられた人間の一部のようで復讐心に燃えてお約束の展開を繰り広げようとしている彼らであったが中々その方法が思い浮かばない。また再び正面から聖とぶつかり合えばものの3秒で秒殺されるのは間違いないので何かしらのアイディアを思考はしているものの全く思い浮かばずに意気消沈としてしまっている。

「何か奴には弱点はないのか・・」

「んなもんあったら苦労するか!!」

「あの相良に弱点なんてあるわけが・・・そうか、一つだけあったぞ!! 奴には最近連れがいたんだ、そいつ等を拉致れば・・」

「なるほど流石の相良も手を出せないと言うわけか」

「確か奴は白羽根あったよな。あそこには連れがいるから聞いてみるぜ」

そのまま3人は邪な陰謀を企てながら打倒相良 聖に向けて着々と作戦会議を打ち立てる、散々聖に叩きのめされた彼らにしてみればこの待望のリベンジマッチを制したらそのちっぽけな復讐心は満足できるだろう。

「あの相良を叩きのめせれるだけでも壮快だぜ!!」

「女体化してからも手が出しづらかったから考えるだけで唸ってくるぜ」

「にしてもあの孤独一辺倒だった相良に連れがいるとは驚きだぜ」

彼らの良く知る相良 聖とは常に一匹狼で単独で数々の不良集団を叩き潰し今やその存在は同世代の人間にとったら生きる伝説と化しつつある、それ故にあらゆる手段を用いて攻略しようとする輩もいたのだが全て聖に叩き潰されているので彼らが成功すれば一役その名も挙がってくる。そんな聖が女体化したことも驚きではあるが、連れがいることがもっと衝撃的であるのだ。

「んじゃ、俺は連れに連絡を取って相良の情報を集める。お前らは準備を頼むぜ」

「任せとけ」

「待ってろよ・・相良 聖!!」

陰謀は野望へと変わり、それが復讐心を煽って彼らを駆り立てる・・今まさに陰謀の影が聖の周囲に渦巻こうとしていた。

103 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/03/21(水) 22:12:32.64 ID:nKHicaB2o
教室

「というわけで当時の農民達は貧困に喘いでいたわけだ」

時間は進み、聖たちのクラスでは靖男の授業が絶賛開催中なわけであるが彼の授業は主にその日の気分で進めていくので他のクラスとは授業内容が統一すらされていない。現在靖男は2年生の一般クラスの授業を受け持っているのでクラスごとに秘密裏で連絡役を1人制定して他のクラスの連絡しあいながら授業内容を調整しつつノートに記載しながらクラスに配布していくという仕組みがとられている。このノートの存在は通称骨皮ノートと呼ばれるものでごく一部を除いて受験を控えている彼らにしてみればかなり貴重な代物である。
そんな経緯を当の靖男は勿論知るはずがなく、いつものような匙加減で自分のペースを貫きながら授業を進める。

「ま、だけど農家の人たちがいるお陰で俺達はたらふく飯を食えているわけだ。中々侮れないんだなこれが」

「先生、そんな小話はいいから授業進めてほしいお・・」

「内藤! こういった何気ない小話を挟むのも会話を面白くするコツだぞ、覚えておけ。
んで仕方なしに江戸時代に話は戻るが教科書58ページを開け、3代将軍の家光は様々な政治政策をしたことで有名で後の江戸幕府の基礎を固めるようになった。ツン、この時代に起こった主な出来事を言ってみろ」

指されたツンは慌てず騒がずいつものように的確に教科書片手に的確に答えを述べる。

「この時代で有名なのは幕府のキリシタン政策に反発して薩摩で起こった天草四郎が中心と行われた大規模なキリシタン一揆です。犠牲者はかなり多く、沈静化するのにかなりの年月を必要としたようですが・・」

「よし! 確かに天草一揆も大事なポイントだが、先生にとってこの時代で大きな出来事と言えば大奥創設だ。何せ家光の乳母であった春日の局があの陰謀渦巻く女の戦場を創設したんだからな、先生も将軍になりたいと何度思ったことか・・」

「てめぇのしょうもない願望なんてどうでもいいんだよ!!! んなもんは授業と関係ないだろ!!!」

聖がこの場にいる全員の人間の主張を一気に代弁するのだが、こんなもので靖男がそう簡単に負けるはずもなく己の主張を更に続ける。

「シャラップ!! いいか、よく考えてみろ。あの昼ドラのようなドロドロとした現場を生身で体験することが出来るんだぞ? しかもハーレムだから1度で2度美味しいと言う特典つきだ、だけど先生はそこらへんのジャンルが未だによくわからないからエロゲを隠れてプレイしているドクオにしてみれば長年の夢だろう」

「お・・おいおい!! 最近エロゲはご無沙汰だけど二次元と三次元の区別はつけてるぞ!!! 先生だって隠れてcivやってるじゃねぇか!!!」

猛烈に靖男に突っ込むドクオであるがパソコン室で隠れてエロゲをプレイしているという話は事実なので否定しようにも言い返せれない。それに靖男とはcivプレイヤー同士でもあるので非情に仲は良い方である。

104 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/03/21(水) 22:13:31.84 ID:nKHicaB2o
「はいはい、そんなのは聞こえませーん。せめて先生に勝ってからほざくことだ。・・さて話を戻して大奥とは最近SAORIが主演のドラマでもお分かりだと思うがぶっちゃけると将軍専用の愛人集団だ、当然子供が生まれれば世継ぎの候補となる」

「先生、教科書にはちょこっとしたか載ってないお」

「内藤、先生はちゃんと教育者としてみんなに教養を深めてもらいたいと思って授業しているんだ。決して先生が個人的にやりたいわけじゃないからな、勘違いするなよ」

(本音がダダ漏れだお・・)

そのまま靖男は本来の内容とは完全に脱線しながら話を進めていく、確かに歴史の授業の内容ではあるものの教師も授業に関しては生徒の進学も懸かっているし、教育委員会からの査定の対象にもなるので的確に進めているのだが・・こと靖男に関しては霞から何度も注意されているのにも拘らずクラスによってバラバラである。

「さて、先ほど言ったように大奥が出来たことによって子沢山にはなったものの世継ぎ問題が起こるようになる。個人的には桂昌院の時代が心惹かれるんだが・・って、相良聞いてるか?」

「zzz・・」

そのまま聖を指した靖男であるが当の本人はすやすやと寝息を立てながら居眠りをしている。それに今日の天気は絶好の温かさであり居眠りには最適とも言えるし、その美しい顔とあわせたら絶好の絵になることは間違いはないのだが・・相手が相手なので無闇に起こそうとする輩は命をドブに捨てるのと同意義であろう、その場にいるクラスメイトは当然として普段の教師もスルーするところなのだが靖男は美少女の皮を被った眠れる獅子と対峙してどう行動するのか・・全員の密かな注目を浴びながら靖男は聖と対峙する。

(おいおい、骨皮先生は命知らずなのか!!)

(あの相良が気持ち良さそうに寝ているのにそれを叩き起こしたら・・確実に死ぬお)

(惜しい先生を亡くしたわね・・)

内藤とドクオはこれから起こるであろう靖男の悲劇を見守る覚悟を決め、ツンにいたっては既に拝んでいる始末である。

105 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/03/21(水) 22:13:42.69 ID:nKHicaB2o
「おい、相良〜。その寝顔が可愛いのは認めるが起きないと・・グフッ!!」

「うっせぇ!!! ・・zzz」

即座に聖は靖男の鳩尾に強烈な蹴りを放つが再び眠りの世界へと入ってしまう、普段ならここで引き下がる靖男であるが鳩尾から広がる痛みを抑えつつも更に聖に挑もうとするが先ほど蹴りを見舞われた怒りもあってか、持っていた教科書を硬く丸めるとあろうことか聖の脳天目掛けて一気に叩きつける。

「起きろボケッ!! 10秒以内に起きないと欠席扱いにするぞ!!」

「・・・だあああああ!!!! うっせぇんだよ、ポンコツ教師ッ!!!! 人が気持ちよく寝ている時間を邪魔しやがって!!!!」

「うるせぇ、馬鹿!! 人の仕事中に寝るな、ただえさえ少ない先生の給料を減らす気か!!!」

「んなもん知るか!!」

様々な言葉の応酬を繰り広げる聖と靖男であるが傍から見れば子供染みた争いなのが笑えてしまうが当の本人は真剣そのものなので誰も口を挟まない。

「大体お前は毎回毎回当然のように遅刻しやがって・・少しは教頭から小言を言われる俺の身にもなってみろ!!」

「てめぇだって重要な仕事は葛西先生に投げっぱなしだろうがッ!!! 俺は知ってんだぞ!!!」

「うっ――・・」

事実が事実なので靖男は少し窮してしまう、それを見逃すほど聖は甘くないのでここぞとばかりに畳み掛ける。

「それに授業なんて出てりゃそれでいいんだよ!! てめぇみたいなポンコツ野郎が教師になっただけでも奇跡に近いものだ!!!!」

「ちょ、ちょっと!! それ以上は言いすぎよ!!!」

流石にこれ以上は拙いと思ったのか、慌ててツンは制止しようとするが完全に火がついてしまった聖は止まらない。

「止めるなツン!! 俺はこのポンコツ教師を・・」

「全く、ガキ相手に俺も舐められたもんだ。・・とりあえず相良、お前は補習だ。放課後楽しみに待っておけ、参加しないと単位はやらないからな」

「てんめぇ・・人の弱みに付け込みやがって汚ねぇぞ!!!」

「残念ながら俺は教師だ、留年したくなかったら素直に参加しろ。んじゃ、今日の授業はこれで終わりだ。先生はちょっと忙しいので退散する」

そのまま靖男はそそくさと教室から立ち去る、礼子からもらった薬で2日酔いや臭いはある程度は緩和されているものの気分の悪さは完全には消えていないので正直かなり辛かったのだ。聖と言い争いをしたときも内心はいつ戻しそうで怖かったぐらいである、要は生徒達の前ではやせ我慢をしていたのだ。

(ウップ! 流石に薬じゃこんなものか・・危うくリバースするところだったぜ。今日は部活休もう)

既に顧問でありながら部活を休もうとしている靖男である、といっても彼が受け持っている卓球部にしてみればそれがデフォルトになりつつあるのであまり問題ではないのだ。それに最近は陸上部の活躍が目覚しいのだがその顧問の靖男はとある事情であまりいけ好かないのだが、それが判明するのはもっと後になってからの話である。
106 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/03/21(水) 22:15:07.81 ID:nKHicaB2o
放課後

補習の準備を万全にしながら今か今かと教室で聖を待ち構えていた靖男であるが、その期待に反して教室に現れたのは翔であった。靖男はがっくりと肩を落とすと全ての状況をおおよそ把握する、現に聖の代わりに翔が補習に現れたのは一度や二度ではないのでこの後の言葉などもう既に決まっている。

「また相良はサボりか? お前も相良の彼氏だったら補習に参加させろ」

「あのなぁ、俺だって色々やったんだよ」

「本人が参加しないと意味がないだろ・・」

がっくりと溜息を吐く靖男に翔は少しばかりの罪悪感を覚えてしまうが、自分が参加したところで意味はないので聖をとっ捕まえようにも抵抗するのは目に見えているので諦めている。

「ま、折角の暇潰しだ。大人の社会授業に入ろう」

「ちょっと待て!! 別に俺は何もないだろっ? だったらとっとと帰って・・」

「この俺の経験を舐めるな小僧! んじゃ、授業に入るぞ。お前も高校卒業してから色々あると思うが最終的には就職すると思う」

「あ、ああ・・」

どっちにしろ進学を経て待っているのは労働である、将来はどこかの企業に就職をして適度な収入を経て生活をしていくものだろうと翔は勝手に思っている。そんな翔の内心など靖男にしてみれば正直いってどうでもいいので更に話を進める。

「そこでだ、大人の男には色々と付き合いと言うものがあってだな。一口に言っても様々なので今回は男の付き合いとして代表的な夜の店についてピックアップしていく」

「おいおい!!! んなもん彼女持ちの俺が行くわけねぇだろ、第一あいつにばれてしまえば・・」

「んなもんが通じるのは十代までだ。それに一度断ってしまえば職場とのコミュニケーションは取りづらいだろうし、営業での接待とかでも大きく響くぞ?」

靖男の言葉からは妙な説得力があるので翔も無下には反論できない、更に靖男は黒板に書き込みながら説明を続ける。

107 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/03/21(水) 22:15:48.19 ID:nKHicaB2o
「そう慌てるな、それ相応の対処も後で教えてやる。まず夜の店の代表と言えば飲み屋だ、大まかには2つの形態に別れる。まず1つは世間一般で言うキャバクラだな、こちらは主に繁華街に数多く密集しており、料金は高めだがサービスと女の子の質はかなり高い。そしてもう一つはスナックだ、こちらの方は田舎のほうにありながらもキャバクラと比べて料金はかなり安いが女の子の質はあまり宜しくない。
さてここで中野に質問だが、お前だったらキャバクラとスナックを行くとしたらどっちに行く?」

「いきなりその質問かよ!! そうだな・・予算があるときはキャバクラでない時はスナックだな」

「模範解答だな、だけどそれじゃ3点だ」

「おい、いきなりそれはないだろ!!!」

自分の回答が貶されたことにいきり立つ翔であるが、靖男は慌てず騒がず次の説明に入る。

「まぁ、落ち着け。俺は別に不正解とはいっていない、確かに予算面ではそうだが必ずしもさっき言った法則が当てはまるわけではない。高いのに女の子の質は最悪な店やら安いのに女の子の質が高い店とかあってどれもピンきりだ」

「そこら辺はよく聞く話だな。バイト先の店長やらよく言ってるよ」

「要は店選びをしくじったら大変な目に遭うことだ、事前の情報収集を怠ってはいけないな。そして重要な肝なのがそのシステムだ、ここら辺を見誤ると大変なことになるからよく覚えておけ、テストにも出る重大なところだ」

「どんなテストだよ・・」

翔は呆れ気味に応えながらも興味がないわけではないので耳を傾ける。

「まずは基本のセット料金、これは店にもよって異なるが俺の経験上では大体キャバクラが集中している繁華街は60分5千円から7千円の間だな、高級な部類になると8千円も取るからこれも事前情報が必要だ。そして田舎のほうだと大体4千円ぐらいだな」

「結構バラつきがあるんだな」

「こればっかりは店によるから一概には言えれん。後、繁華街のキャバクラの話だが飲み放題はブランデー、ウイスキー、焼酎だな。他は別料金がつくから注意しろよ、特に生とかは高いからな」

「マジかよ!!」

焼酎やウイスキーなどが飲めずにビールが好きな翔にしてみれば衝撃的な話である、何せ基本料金のほかに飲み物まで別料金が加算されるシステムに思わず萎縮してしまう。そんな翔の表情を察した靖男は緊張を和らげるためにいつもの口調でやんわりと補足を付け加える。

「そんなにビビるな、もし飲めなかったらソフトドリンクでも大丈夫だ。悔しいがお前はイケメンだから大丈夫だろうし値段はそんなに張らないから心配するな。これはあくまでも繁華街だけの話であってスナックとかはそう値は張らない」

「何か引っ掛かるが・・まぁ、それなら安心だ」

「さて、次は料金の説明に入る。これも店によって異なるが“前払い”と“後払い”があって前払いはセクキャバ・・主にオッパブが多いな、後払いはキャバクラだ」

「へー、金を先に払う店もあるんだな。だったら少し安心するな」

「と思うのが初心者の甘いところだ。前払いはあくまでも最初だけであって延長とかしたら後払いになるところもある、良心的な店は全部前払いで通してくれる場合もあるがそんな店先生は行ったことない、出来るなら教えて欲しいぐらいだ」

少し感情が入っているのは気のせいだろうか? とにかく靖男もこの手のことはかなり経験しており、普段の授業とは比べ物にならないぐらいの熱の入るようである。

「延長ってなんだよ?」

「おっ、乗ってきたな。延長と言うのは文字通りだ、最初の時間が過ぎると店員が“延長しますか?”って聞いてくる。延長すると当然金が掛かるから分岐点の一つである、これも店や時間によって料金はかなり異なるが俺の経験だと基本料金よりは少し安くしてくれる。しかしこれが曲者でな、人間は酒が入っていると金銭感覚がおかしくなってしまうものでこれに周囲から乗せられてポンポン延長したら痛い目を見ることになる、俺も何度痛い目を見たことか・・」

(こういう大人にはなりたくはねぇな・・)

いくら未熟な翔も自分が酔う限度や加減は自信を持ってわかる、それ以上呑み続けるといった愚かなことは絶対にしない。

108 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/03/21(水) 22:16:32.55 ID:nKHicaB2o
「ゴホン、話が逸れたな。さて中野、お前は酒を飲むときは一人か?」

「んなわけないだろ!! 親父じゃあるまいし、一人で呑むとか寂しすぎるだろ・・」

翔にしてみれば一人で酒を呑むのは論外だと思うし、みんなでワイワイ飲みまくったほうが楽しいものである。現に聖といるときも必ずといっていいほどチューハイが常備してあるので鮭の力と持ち前の若さでそのまま行為にもつれ込んだことは何度もある。

「さてそんな君に必要な説明だ、店に入ると自分達の酒は用意されるが付いてくれる女の子には酒は用意されない。何でかわかるか?」

「おいおい、俺達だけが酒があるなんてそりゃ可哀相じゃねぇか」

「そう思うだろ。みんなでワイワイやりたい盛りのお前には女の子にも酒を飲ませたいだろう。実はそれは“可能”だ」

「どうするんだよ・・」

自然と見事な話術に引き込まれてしまったのか、はたまた好奇心が働いたのか・・翔は固唾を呑んで靖男の説明を待つ。

「簡単なことだ、女の子に飲んでいいと言えばいい。そしたら女の子は自分の酒を頼むんだが・・これにも料金が当然掛かる」

「待て待て!! 女の子に飲ますだけで金取るのかよ!!!!」

「そりゃそうだろ。向こうだってあくまでも商売なんだ、頼む酒にもよるんだが・・普通だと大体一杯で千円から三千円だが、ドンペリや高い酒だとかなり値は上がる」

自身の経験論を中心にしながら靖男は更に話を進めていく、それにしても心なしか表情が楽しそうであるのは気のせいではない。普段の授業でもこれぐらいの熱意を見せていれば霞を始めとして周囲の評価はあっという間に上がるだろう。

「ここまでくればお前でもわかるだろう、勢いに任せてガンガン女の子に飲ませて延長までしたら・・」

「それで高くつくのか」

「その通りだ。だけど適度に飲んでやればそんなに金は掛からない、さっき言ったように女の子に飲ませないだけでも随分安くなるからな。そして次は行動についてだ、飲み屋に行く場合は余計なトラブルを避けるためにも事前にお互いの所持金を確認したほうがいい」

「そうだな。金は確かに重要だ」

「そして複数でいく場合で重要なのは店でどんな行動するかだ。一発勝負よりも事前に打ち合わせてどれぐらいで切り上げるかを予め予定しておいたほうがいい、女の子にペースを握られてしまうと勝手に延長やら酒を頼んだりしてしまうからな。自分のペースを保ちながら周囲を楽しませるのが高くつかない極意だ」

靖男の複数という言葉に引っ掛かりを覚えた翔は質問をする。

「ちょっと待て、複数ってことは・・1人でも行けれるのか?」

「ああ。だけど俺はあまりオススメしない、1人で行けば料金は安くはなるが周囲に味方がいないとあっという間に乗せられてしまうぞ? だから飲み屋は多少高くついても単独よりも複数がやり易いし対応も出来る、互いのチームプレイが物をいうな」

そのまま靖男は買っておいたジュースを飲みながら一息つく、しかしこの話によって翔は今まで抱いていた夜の店のイメージががらりと変わったのは間違いないだろう。

「さて、ここでお前みたいに彼女がいる場合の対処法についてだ。大概は付き合いとかで通じるんだが・・お前の場合はあの相良だからちょっとやそっとの言い訳は通じないだろう、だから周りに協力してもらって相良を遊ばせておいたら大丈夫だと思う。何せあいつじゃおバカで単純だから何も考えずに行動するだろう」

「なるほど・・確かにそうだ」

聖の性格を熟知している翔も靖男の案には思わず感心してしまう、確かにツンや狼子辺りに事情を説明すればすぐに動いてくれるだろうし聖も何も考えずに遊んでしまうだろう。

109 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/03/21(水) 22:16:41.38 ID:nKHicaB2o
「まだ説明し切れていないところが多々あるがとりあえず時間だから終了だ。さて中野、この話を聞いてどうだった?」

「今までドラマやらそういった感じのイメージだったけど案外違うんだな」

「さて興味を持ってくれたところで・・実地授業に入ろうと思う。店はクラブ・にょたっこの・・」

「そんなこと認めるわけないでしょ!!!!!!!」

「「こ、校長先生―――!!!!!!」」

突如として声を発したのはその場にいるはずのない人物・・白羽根学園校長、藤野 霞その人。時は遡って数分前の出来事、霞はいつものように校長室に向けて廊下を歩いてると何やら熱心に説明をしている靖男の声に足を止めており、あの靖男が珍しく指導しているのかと思って感心しながら持ち前の身体能力を使って気配を消して教室に入ったのだが・・明らかに歴史の本質とは逸脱した内容に呆れを通り越して放心状態に陥ってしまってようやく意識を取り戻したのだ、いつもとは違う並々ならぬ気配に霞の説教に手馴れている靖男も思わず身震いしてしまう。

「珍しく熱心に話していたと思ったら・・何しょうもない事教えてるの!!!!!」

「こ、これはですね。社会経験というか、こういった歴史もあると言うことを・・」

「何言ってるの!!! 教師が生徒を夜の店に誘ったのがばれたら私達は情状酌量の余地なしで即刻クビよ!!」

今回は霞の活躍によって未然に防がれたものの本来こういったことがばれてしまえば翔は当然の如く退学になってしまい、靖男は教員免許剥奪の上で即刻クビを言い渡されて上司である霞もクビか最も軽くて降格の上での飼い殺し生活であろう。過去に度重なる教員の不祥事があってか法律が変わって教員免許にも運転免許と同じような制度が取り入れられているのだが、教員免許に関しては一剥奪されると二度と取れないと言う非常に厳しい処置となっているので下手な行動は起こせないのだ。

「骨皮先生!! 即刻職員室に着てもらうわよ!!!」

「や、やめてくれ〜〜・・」

(やっぱり、反面教師も大事だな)

ロリっ娘校長に引き摺られる靖男を見ながら翔は改めて意味深に見守るのであった。


110 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/03/21(水) 22:17:25.33 ID:nKHicaB2o


あれから霞の説教に加えて多大なる始末書を書かされた靖男、本来なら減給処分やら色々な処置が取られても何も文句が言えれないことを考えるとかなり寛大な処置と言えるのだがその心中は当然穏やかではないのは当然だろう、そのまま教員専用駐車場に止めておいた自分の車に乗り込む。

(あのロリ娘!! 久々に散々絞られたぜ・・)

どうやらいつもよりもかなりきつく絞られたようでその表情からは疲労が滲み出ている。ちなみに普段は靖男は車出勤ではないのだが、今回は遅刻しそうだったので止む無く車で出勤している。そのまま素直に帰るのも癪なので憂さ晴らしがてらにドライブをしながら自宅へと向かう。

「それにしても車ってのは便利なのはいいが、金が掛かるのが嫌だね。政府も公務員の減給よりもこっちに気を遣ってくれたらありがたいのに・・」

靖男の言うようにこの世界でも車に関してはそれなりの維持費が掛かるので、昨今騒がれている公務員の減給よりもそちらのほうを何とかして欲しいものである。実際に車の維持費に関しては国会でも度々議論されているので改善の兆しがひょっとしたらあるのかもしれない。しかし靖男がここまでお金に余裕がないのは何も車に限った話ではない、普段の散財をキッチリ抑えておけば余裕で生活できるぐらいの水準があるのだが、本人の生活の所以なのかこればかりは治らないところである。

(全くここ最近は生活が・・ってあれは相良じゃねぇか、しかも大人数相手に喧嘩してるじゃないか!!)

気がつけば車は人気のある大通りから人気のない薄暗い埠頭へと走ってきてしまっているのだが、そこで靖男が目に付いたのは大人数相手に一人で喧嘩をかましている聖・・周囲に転がっている野郎達の亡骸を見れば彼女の実力が本物だと言うことを嫌でも思い知らされる。そんな四方八方から向かってくる人間を片っ端から撃破していく聖であるがとある出来事で動きが止まってしまう。

「なっ――・・」

「どうだ、相良ァ!! いくらてめぇでも連れが人質に取られてしまったらどうすることもできまい!!!!!」

聖が突如として動きを止めてしまったその理由・・眠らされている2人の男女、聖が大人しくしたのをいいことに野郎達が持っていた刃物を2人の肌にチラホラとなすりつける。その行為に聖は激昂するがここで自分が動いてしまえばこの2人の命は保障はされないのは見て明らか、だからここは耐えなければならないのだ。

「この野郎ォ・・辰哉と狼子を離しやがれ!!!!」

「離してほしけりゃ、大人しくするんだな・・こんな風になッ!!!」

「グッ――・・!!」

そのまま聖の右肩に鉄パイプの重い一撃が走る、男のときと比べて頑丈ではなくなった肉体はすぐさま悲鳴を上げるが、常人であれば重症になるところをただの負傷で済んでいるのが聖の凄いところではあるがそれでもダメージを受けたのは変わりないので右肩を押さえ込む。そんな光景の中、担任である靖男はすぐには飛び出さずに第三者として状況を観察する。

(人質に取られているのは1年の月島 狼子に木村 辰哉か・・そんで相良とやりあっているのは九条高校の連中か。全くお互いに身体はでかいのにやってることは本当にガキだな・・)

靖男とてこういった現場を見るのは何も一度や二度ではない、聖たちが入学するまではこういった現場に対峙したこともあるし中には警察が乱入してきた中で飛び込みながら混戦になった事だってある。そういったことを繰り返されるうちに本人が気がつかないまま、いつしか世間から不良とレッテルを貼られている人間達から慕われているし靖男自身もそういった人間と接していくうちに彼らも自分達と同じく様々な性格の持ち主がいることを気付く、そういった彼らを慈悲もなく問答無用で弾く世間に靖男はいつしか嫌悪感を覚えるようになる。古い体制や柵に囚われている彼らのほうがよっぽど心憎くて汚い人間だと思えてしまうのだ。
111 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/03/21(水) 22:17:46.46 ID:nKHicaB2o
「・・さて“仕事”するか。“もしもし、久々に連絡取ってあれだがちょっと来てほしいんだ。何ッ、都合が悪い・・? んなもん今回はクソくらえだ!!! さっさと20秒以内に来るんだ、、同じ公務員なら何でも使って仕事しやがれェェェ!!!!!”」

本人や傍からは判らないが靖男の表情が僅かに変化する、そのまま彼はこの状況を打破するために携帯を取り出してある人物に連絡を取ると普段とは打って変わって強めの口調で強引にこの場に呼び寄せようとする。その間にも状況は一気に悪化しており、人質を取られて無抵抗な聖はとりあえず報復としてありとあらゆる打撃を食らわされた後は捕らえられてしまって絶体絶命の危機に瀕していた。

「クソッ・・」

「あの相良がこうも面白く捉えられるとは好奇だな! おィ!!!」

「それに良く見れば結構美人だ、このまま男をぶち殺して女と一緒に仲間内で輸姦してやろうぜ!!!!!」

「「「「「おおおっ!!!!!!!!」」」」」

邪な企みが現実味を帯びてしまうこの状況の中でも聖は野郎たちを睨み続けながら決して諦めはしない、今まで培った相良 聖としてのプライドが人に従うのを絶対に許さないのだ。

「何だァ〜? その目は・・気にいらねぇな!!!!」

「ざけんな!!!! てめぇら三下が俺様を倒そうなんて有り得ねぇんだよ!!!! こんな風になッ!!!」

そのまま聖は自由になっている足を使ってすぐさま立ち上がると右肩の激痛を必死に堪えながらハイキックとミドルキックの壮絶な嵐を浴びせて瞬く間にKOしてしまうが・・その行為が野郎達の怒りをすぐに買ってしまうことになる。

「両手を縛ったところでてめぇ等なんて敵じゃねぇんだよ!!!」

「てめぇ、知った風に舐めるんじゃねぇぇぇ!!!」

「おい、輸姦わすのは一旦止めだ。この糞女に身の程ってのをわからせねぇとな!!!」

「やれるならやってみやがれッ!!! てめぇ等まとめて辰哉と狼子の分まで叩きのめしてやらぁ!!!!!!!」

「「「「「「うおおおおおおおおおおおお―――――――――!!!!!」」」」」」

けたましい雄叫びが響き渡る中、とある人物が聖に襲い掛かろうとした1人が見事な甲を描きながら無意識に宙に吹っ飛ぶ、その光景に野郎達の動きは無論の事で聖も信じられない光景に思わず目を点にさせてしまう。聖の窮地を救った人物・・それは鉄パイプ片手に振りかざす靖男の姿であった、そのまま靖男は普段では考えられないような巧みなフットワークで瞬時に2、3人を叩きのめす。

「は〜い、喧嘩はここでお終い。てめぇ等ガキはこんな時間に起きちゃいけないからさっさと家に帰って眠なさい」

「なっ・・てめぇは何者だぁぁ!!!」

「俺か? 俺はお前らの大ぃ〜嫌いな先公だ。んじゃ、特別授業開始だ」

「なめるなぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

そのまま向かってきた1人に靖男はやれやれと思いながらも鉄パイプで思いっきり胴に狙いを定めて思いっきり打ち込めると、男はよっぽど痛かったのか苦痛の表情が滲み出る。
112 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/03/21(水) 22:18:26.84 ID:nKHicaB2o
「ぐぅぅ、先公の癖に・・」

「ガキが大人を舐めるとこうなる。いい勉強になったろ、九条高校の佐竹君?」

「!! て、てめぇ・・どうして俺の名を」

「生憎だがお前だけじゃない。中川に花岡に有田、お前らは大手大学であるモナー大学の進学も約束されているし、あの平塚グループの下請けである大企業の山伏電器の内定が気待てるんだろ?」

「「「!!!」」」

佐竹を始めとして靖男に呼ばれたものは一瞬で硬直してしまい、驚きのあまり呆然としてしまう。靖男の言っていることは決して出任せでもなく全て事実であり、このような事がばれてしまえば彼らの将来は水泡に帰すのは間違いないだろう、そんな靖男も彼らの心情をある程度汲みながらこんな進言を続ける。

「さて俺はそこらへんの教師と違って鬼じゃない、このままおとなしく引き下がればお前らの学校には黙ってやるよ。他にも将来が約束されている奴がチラホラと見受けられるが、こんな時期にこのような問題を起こせば将来を棒に振るぞ? 相良が過去にお前達に何かしたのなら俺が謝る、だからってこんなことしたって気が晴れるわけじゃないだろ?」

「おい、ポンコツ教師!! てめぇ、何言って・・」

「お前は黙ってろ!!!!!」

普段とは違う靖男の威厳のある言葉に流石の聖も思わず沈黙せざる得ない、聖が大人しくなったことで更に靖男は話を続ける。

「お前らはガキだ! 若さに身を任せるのも人生の内だ! だけど良いことばかりではない、それで身を滅ぼすことだってある。世間はお前達が思っているほど優しいものではない、だからここは・・」

「うるせぇんだよ。先公なんて信頼に置けねぇな!!!」

「偉そうに説教したっててめぇも所詮は俺達のことを見下してるんだろ? そんなのはうんざりなんだよ!!!!」

「俺達はてめぇみたいな大人なんざ糞食らえなんだよ!!」

そのまま上記の3人は靖男に向かってくるが、当の本人はそんなことお構いなしに冷静に佇む。

「・・言いたいことはそれだけだな、だったら俺が叩きのめしてやるッ。お前らの理不尽を俺にぶつけて来い!! だが同時に“痛み”をまだ知らないお前らに俺がこいつとは比べ物にならないほどの痛みを直接身体で教えてやる!!!!!」

「「「ほざけぇぇぇ!!!!!」」」

そのまま彼らは勢いで靖男に向かっていくのだが、靖男は彼らの攻撃を決してかわさずに受け続けながらも1人1人の急所目掛けて思いっきり鉄パイプを叩き込み倒れるまで何度も何度も同じところを打ちつけて鉄パイプだけではなく、やられたところを重点的に拳で叩きのめす。そんなやり取りが数分ぐらい続いた後、靖男に立ち向かう前の勢いはどこへやら・・既に見る影もなく容赦ない打撃で叩きのめされてしまって今では靖男の足元しか見れない、そのまま靖男は持っていた鉄パイプを放り投げて3人に語りかける。

「あがが・・」

「強・・い・・」

「た、たかが・・先公の癖に・・」

「どうだ? これがさっきまで相良が受けていた痛みって奴だ。お前らの理不尽よりも数倍痛いはずだ、これに懲りたら・・」

「貴様等!! 何をやってるか!!!!!」

更に現れた1人の男性・・この人物こそ先ほど靖男が呼び寄せた人物の1人、彼らが通う九条高校の生活指導である本状 孝之(ほんじょう たかゆき)であった。彼らは本状の顔を見るや否や様々な反応を見せる、恐怖に震える者や憎しみを向ける者など様々であったが、靖男はいたって冷静で今度は本状のほうをじっと見やる。
113 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/03/21(水) 22:20:01.17 ID:nKHicaB2o
「この揃いも揃って・・お前達は自分達のやったことがわかっているのか!! 
学校が! 親が! 必死になってお前達のために働き、ここまで育て上げたことを忘れたのか!!! 俺もお前達の将来のためと思って指導してやったのを・・忘れるとは!!!

お前達が“世間のクズ”と同じような行動をするとは失望させられた、学校からの処分があるまで貴様等全員は自宅待k・・フベッ!!」

「頭から捻り出した大層なご演説に酔いしれるのはいいが、大事なところをしっかり見落としてるな本状先生よ」

本状を殴ったのは他の誰でもない靖男・・この有り得ない光景に本状は殴られた頬を抑えながら当然のように自分を殴った靖男に激昂する。

「何をする骨皮ッ!!! お前も俺と同じ教師なら俺の言っていることは当然わかるだろ? こいつ等は俺の生徒でありながら既に暴力行為と言う重大な問題を犯したんだぞ!!!」

「・・お前がどういう風に指導したか今の言葉でよくわかった。ご大層なこといっている割にはこいつ等のことを一言も庇ってないな、さしずめお前は中身も見ずに上っ面だけで判断して自分の地位のためにこいつ等としか接してないだろ?」

「そ・・そんなことは断じてないッ!! か、彼らには輝かしい未来がある、それを棒に振ったこの行為こそが愚かだと俺は・・」

「んな妄言はルイ13世辺りが処刑される前に散々言ってるんだよ!!! ・・それにな、俺は知ってるんだぞ。お前はこいつ等以外の問題をもみ消したり、こういった問題があった奴の事情を一切無視して退学させたりしてることとかな。そんな厄介者を根こそぎ退学させたりしたお陰で来年は教頭になれるそうじゃないか?」

「そ、そんな事実は――・・問題を起こした奴等はそれ相応の処分を学校と検討して上でのことだ! それに揉み消しなどという卑劣な行為などするわけがないだろ!!!!」

「の割には表情が苦しそうだぜ、本状先生」

先ほどの威厳のある態度とは違って本状は靖男の言葉の一つ一つに苦虫を噛んだ表情を浮かべる。これもまた事実、靖男は独自で培った教員のネットワークで瞬時に本状のことを調べ上げてその素性を把握している。それに何も靖男のネットワークは教員だけではない、その他に警察とかにも知り合いがいるのでそれらの伝を利用して調べをつけているのだが、所詮は言葉だけの情報のみなので本状からしてみればまだ逃げることはできる。
そんな靖男も本状の対応などは予めからわかりきっていたので更に追い詰めるためにあるワードを言い放つ。

「・・桂木 静花、この名前をお前は良く覚えているだろ?」

「なっ――・・どうして他校の人間であるお前がその名前をッ!!」

靖男が言い放った人間の名前に本状は明らかな動揺を見せる、ここで黙りっぱなしであった聖がようやく言葉を開く。

「おい、ポンコツ教師!!! てめぇはさっきから何言ってるんだよ!!!」

「まぁ大人しく聞いておけよ、今からお前にもこの本状がどんな人物かわかりやすいように話してやる。
桂木 静花・・元は桂木 静雄、女体化して改名した名前だがそんなことはどうでもいい、こいつは男のときから元来いじめられっこで女体化してからもそれは変わらなかったようだ。そこら辺は直接下してはないにしろ連れのお前らは良く知ってるよな?」

靖男の問いかけに野郎達は黙って頷いてしまう、そして更に話は続く。
114 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/03/21(水) 22:21:11.38 ID:nKHicaB2o
「さてこの桂木 静花は去年に女体化してその4ヵ月後に遺書を残して自殺してしまうことになる。・・理由は簡単だ、女体化してからお前達に犯されてたんだからな。更に問題なのは桂木 静花はこの本状の生徒だったからだからな!!!」

「か、彼女の問題は解決したんだ!! 担任として葬式にも参加をしたし、彼女のご両親とも話し合ったんだ。今更貴様に言われる筋合いはない!!!!」

桂木 静花が自殺した事実が発覚したのは以外にも数日経ってから、九条高校から自殺者が発生したことで当時は大きな問題となったがある理由によってそこまで大問題には至っておらず、すぐさま沈静化されているのだがその理由はあまりにも衝撃的な内容であった。

「あろうことは本状は彼女の遺書を処分して自分が作成した遺書に書き換えたんだ。その理由は何もこのご時世では何も珍しいことではない、女体化が苦痛で命を絶った・・ってな。この偽りの事実を九条高校は提示したお陰でそこまで世間からは非難されていない」

「骨皮、自分が何を言っているのかわかっているのか? 俺がそんなことするはずがないだろ、お前は昔から変な奴だったがこんな妄言を言うのが趣味な奴だったとはな。どうやら名門で名高い白羽根学園もたかが知れる・・おっと失礼、お前が教師として不適合者なだけだったか?」

そのまま本状は落ち着きを取り戻したのか、靖男の言葉を一笑に付ける。靖男には思わずヒヤッとさせられたがよくよく冷静になって考えてみると靖男の言っていることは全て物的証拠はおろか状況証拠すら何一つ出ていないし根拠としてもかなり弱い、それに普段の行動を考えても教師としてはこれほど不適合者にピッタリな人物は早々いないだろう。

「・・さて、昔の好でロクな証拠もない妄言や俺を殴ったことは不問にしてやる。このままさっさと消えろ、後は俺が適正な処置を引き継いでやる」

「何言ってるんだ? 証拠ならあるぜ、何ならこの場で読み上げてやろう。

“お父さん、お母さん・・このまま命を絶ってしまった自分をどうか許してください。今まで彼らに傷つけられる日々はもう耐えられません、担任である本状先生にも相談しましたが、頭が悪い自分の言うことなど信じようともせずに成績がいい彼らがそんな行為をしているはずがないと言いくるめられて、逆に自分の成績のことで怒られてしまいました。
彼らが自分にやったことは決して許せません、唯一自分ができるのはこの事実を明るみにすることです。

最後に私を産んでくれてありがとう。  九条高校 3年4組 桂木 静花”」

「ど、どうして貴様がそれを――・・」

靖男から読み上げられた遺書の内容に真っ先の動揺を見せたのは当然のように本状しかいない。あの時、普段使われていない教室で自殺をした静花の死体を見つけたときは衝撃であった。そして彼が次に目に付いたのはパソコンで作成されてたオリジナルの遺書、それをすぐにライターで破棄した後は即刻職員室に戻って偽の遺書を作成してすぐさまその痕跡を消すと再び元の位置へと戻したのだ。教頭の地位が約束されている本状にしてみれば自分の生徒である静花がいじめを苦にして自殺してしまった上に彼女の悲痛な叫びを無視してしまった事実を明るみにされれば社会的地位まで失ってしまう、それに自殺そのものをもみ消してしまったら余計に騒動が大きくなってしまう。そこで彼が考えたのは事実の捏造、これならば騒動が起きたとしても騒ぎを最小限にすることが出来るし自分の将来も揺るぎはしない。
それに静花をいじめていた連中はどれも成績が優秀で自分の名誉を上げる人材のみ・・それに保護者の存在も考えたら自分の立場に固執している本状がどちらを取るかは明白の理であった。

そのような本状の行為に真っ先に怒りを覚えたのは聖であった。

115 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/03/21(水) 22:21:59.21 ID:nKHicaB2o
「てめぇ・・自分のやったことが恥ずかしくないのかッ!!!!」

「・・黙れ、相良 聖。俺は貴様のようなクズとは違う、お前のように中学の頃から鑑別所が確定していた貴様とは比べるまでもない。それに桂木 静花は男のときから勉強も運動もできない取り得のない人間だ、幼い頃からまだしも高校になったらその将来はわかりきっているだろ? 全く・・最後の最後で忌々しいことをしやがる」

「この屑が・・ぶっ殺してやる!!!!」

どうやら彼もここまで来れば認めざる得ないようで、本状の最低の発言に聖は怒りに火がついて飛びかかろうとするが、靖男は力づくで聖を制止する。

「おい、ポンコツ教師!! 死にたくなかったら離しやがれ!!!! 俺はこいつを・・この屑野郎をぶちのめす!!!!」

「待て、相良!! ・・そんなことしたって意味はない。こんな屑殴るだけ無駄だ」

「骨皮・・お前も同罪だ。どこでそんなものを手に入れたのかはわからんが、所詮は俺を陥れるためにお前が急遽作成したものだろ? ここで不問にしようと思ったが気が変わった、お前を名誉毀損ならびにこの乱闘行為で刑事告訴する。当然、告訴となれば九条高校が出るんだから名門の白羽根学園であろうと関係ないぞ?」

「だったら、最後に教えてくれ。お前は本当にこんなことをやったのか? お前がここまでの対応に出るのだから俺は文句なくクビだ、この出来事が問題になれば誰も俺の言ってることは信じはしない」

既に万策尽きたかのように諦めモードになっているのに本状は気を良くしたのか、ようやく事の真相を暴露する。

「お前の殊勝な態度に免じて最後だけ教えてやろう。・・そうだ、全てはお前の言うとおりだ。桂木の親には学校から多額の見舞金を渡しているから問題はない、あそこの家庭は生活に苦しいようだったから無理矢理送りつけたら何も言っては来なかったよ」

「そうか・・だそうだ、刑事さんよ?」

靖男の呼びかけに突如として物陰から更に1人の男性に2人の警官が本状を押さえつける。そのあまりの光景に訳のわからぬまま警察に取り押さえられた本状は当然のように抵抗する。
116 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/03/21(水) 22:22:24.98 ID:nKHicaB2o
「なっ――・・骨皮ァ!! これはどういうことだ!!!!」

「どういうことって・・見たまんまだろ? っと、紹介が遅れた。こいつは俺の昔からの親友で名前を・・」

「警視庁、生活安全課の巡査部長。吉田 丈志(よしだ たけし)!! 九条高校教員、本状 丈志。貴様を桂木 静花自殺事件の最重要参考人として署までご同行願おう」

「悪いが、今の言葉は俺がしっかりと携帯で録音しておいた。何ならこの場で再生してやるよ」

「うっ・・」

靖男の携帯からは先ほど本状が言い放った暴言が非常にクリアな音源で一字一句洩らさずに再生されており、本状は失意の中でがっくりと肩を落とす。

「さて、ここからは俺の仕事だ。・・おっ、お前は相良じゃないか? 元気にしてるか、また問題起こすとしょっ引くぞ」

「うるせぇ、糞ポリが!!! 散々俺を追っかけまわして何度も中野との勝負を邪魔しやがって!!!」

「そこまでにしろ。んで丈志よ、ここからは俺の頼みなんだが・・相良を含めてこいつ等を見逃してやってほしいんだ」

警察の出現は本状だけではなく乱闘を企てた彼らにも同じような動揺を与えていたのだが、この靖男の発言に自ずとこの場にいる全員の注目が集まる。

「こいつ等はまだガキだ、こんなちっぽけな喧嘩で棒に降らせてしまったら本状と同じになってしまう。これは教師としての頼みだ」

「・・お前は普段はアレだがいざと言うときは本当にこの職業が向いているな。わかったよ、俺もこいつ等をしょっ引くたびに出世するのは心苦しかったからな。今回はこいつ等見逃してやる・・お前達!! 今回は俺の親友であるこのロクでもない教師の顔に免じて見逃してやるが、次はないと思えよ!!」

「「「「「「あ・・・ありがとうございますッ!!!!!!!!!!!!」」」」」」

丈志も伊達に長いこと警察という職業をやってはいない、こういった不良たちを見ていく中で自分達の力で更生する者を見ていると働いていることを実感させられてしまう。だからこそこういった小さい喧嘩や彼らが起こす問題行為の数々を取り締まるだけでも心が痛むものだし、何よりも警察という組織が彼らに対して無慈悲で更生の機会すら与えていないのが悲痛の元となっている。

だからこそ無用にしょっ引くのは彼とて望んでいる展開では決してないのだ。

「靖男。お前は悪ガキを更生させるのが一番似合うよ」

「勘弁してくれ」

「ハハハ、冗談だ。それじゃ、俺は署に行く・・また一緒に呑みに行こうぜ」

「ああ、夜遅くまでご苦労さん」

そのまま丈志は本状を引き連れてその場から立ち去る。そして全てが終わったのだが、靖男にはまだやることが残っている。
117 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/03/21(水) 22:22:48.47 ID:nKHicaB2o
「さて・・相良、これでわかったろ? 今はまだどうにかなる歳だがいくいくは取り合えしのつかないことになるんだ」

「うるせぇな!!! 今回はあれだったが、俺は野郎たちをブッ倒すことが性に合ってるんだよ!!!!」

「バカかッ!!! お前1人だったらまだいい!!! ・・だけどな今は違う、お前には今はたくさんの友達がいて楽しいんじゃないのか?
お前がこんなことを起こしてしまえば今回のようにお前の友達が巻き込まれていくんだぞ!!!!」

「んなことはわかってる!!! だから俺がケジメつけるんだよ!!!! 連中の狙いは俺だ、俺さえ出れば全て万事解決なんだよ!!!!!」

「・・本当にそう思うのか? 薄々気付いてるんじゃないのか、自分のやっていることが虚しいことによ」

「そ、それは――・・」

思わぬ靖男の言葉に聖は何も言えれない、言おうとしてもそれなりの言葉が見つからないのだ。

「今はまだ気がつかないのかもしれない・・だけどお前ならそのうち気付くはすさ」

「う、うるせぇ!!! こんなことで俺に恩を作ったと思うなよ!!! てめぇみたいなポンコツ教師は絶対に俺は認めねぇからな!!!!」

「やれやれ・・んじゃ、俺達も帰るぞ。眠ってる月島と木村も一緒にな」

「話を逸らすな!!!」

そのまま眠り続けている狼子と辰哉を抱えて靖男は聖たちを送ったのであった。

118 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/03/21(水) 22:23:07.41 ID:nKHicaB2o
翌日、校長室

「やってくれたわね、骨皮先生」

「アハハハ・・」

「笑うごとじゃないわよ!!! 結果オーライだったけどお陰で九条高校に謝る羽目になったじゃないの!!!!」

あれから丈志を通じて事の詳細は校長である霞の耳に入り、霞は朝から九条高校に出向いて校長に謝りに行くわとてんてこ舞い。ようやく自体が落ち着かせたところで霞は騒ぎの張本人である靖男を呼び出しているのだが・・本人がこんなのだから全く始末に終えない。

「全くもう・・あなたって人は」

「まぁ、相良もこれで落ち着くんですし別に構わんでしょ? 俺達よりも九条高校が大変だと思いますけど」

本状は犯行を全て自白しており、正式な逮捕に踏み切られるのも時間の問題だろう。本状の逮捕によって当の九条高校は朝から大慌てで校長も霞の謝罪を聞き入れた後はすぐさまどこかへと消えてしまったのだ。

「なに悠長なこと言ってるのよ、おかげで私はあなたの分まで理事長に散々絞られたのよ!!! ・・ま、でも行動については褒めましょう」

(ロリっ娘から褒められるとは・・駄菓子屋のお菓子でも奢ってくれるのか、それだけは勘弁してくれ)

「・・聞こえているわよ、それに生憎駄菓子は潤君の小さい頃で充分堪能したの。先生には私からいいものをあげるわ♪」

「ま、まさか・・特別手当ですか!!!」

「今まで先生が溜めていた書類よ☆ 月日は延ばしてもらってるからこの場で私と一緒に書こうね〜♪」

「い、嫌だァァァ!!!!!!!」

哀れ一番の功労者である靖男の叫びが今日も白羽根学園に響き渡るのであった。






fin
119 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) [sage saga]:2012/03/21(水) 22:44:06.21 ID:nKHicaB2o
はい終了です。見てくれてありがとさんでしたwwwww
さて今回は急遽リクエストされた普段とは違う本気の靖男と聖の過去のお話・・2人のお馬鹿な争いはここから始まった
ようやく投下できたんだぜ・・最近は中々時間が取れなくて書くことすらままならぬ体たらくなのが情けないです。

そういえば晒されて今更ですが自分でまとめブログを開設しますた。「まとめあるじゃん?」ってのは置いておいて、せっかく今まで投下してきた自分の作品を個人的にまとめたかったので作ったのです。それにここから発信されて住民が増えればまた賑やかになるはず

あと時間があればこの白羽根シリーズの設定表をまとめようと思うので暫しお待ちを・・


恒例の質問タイム

Q:キャラ教えろks

A:OK。
本状 孝之・・屑、以上。所詮はモブキャラなんで今後の出番はなし

吉田 丈志・・靖男の友人の1人、中学時代からの仲であるが大学は別なので瑞樹の事は知らない。職業は生活安全化の巡査部長、つまり現場ではちょっとしたお偉いさん
        数々の不良や暴走族をとっつかまえた実績を持っているが、本人は快く思ってはいない。過去の聖や翔も当然追っかけているので良く知っている。
        ちなみに既婚者で1男1女のパパで奥さんは女体化者。座右の銘は信じるものは救われる

居酒屋店長・・靖男の友人の1人、こちらも中学時代からの仲であるが大学まで一緒のため付き合いは相当長いし、瑞樹のことも当然知っている。
         大学卒業後は様々な店に修行して調理師の免状を習得した後はこじんまりした居酒屋を開き、現在に至る。彼の作る料理は絶品であるが靖男は友人権限を悪用して度々付けにしている。
         看板料理は秘伝のタレを絡めた親子丼、ちなみに独身。

Q:ファンタジーどうした?

A:にはは・・ちゃ、ちゃんと考えて在るんだからねッ!!



では、みんなの投下にwktk
120 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/03/22(木) 12:01:10.28 ID:oLWMtwKt0
乙です
靖男がかっこいいんだが
121 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(長屋) [sage]:2012/03/30(金) 22:07:28.99 ID:e8RPMHed0
投下来ないかな
122 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :2012/04/10(火) 11:12:24.82 ID:BFDP3myYo
投下期待age
123 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :2012/04/10(火) 17:18:06.75 ID:GanA7PyA0
↓エロい安価こい!
124 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(長屋) [sage]:2012/04/10(火) 17:40:46.22 ID:wwVgWeGZ0
公共トイレ
125 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(中国・四国) [sage]:2012/04/12(木) 02:58:19.97 ID:uw3AHedAO
>>124
立て札と回数の正の字を落書きか、胸が熱いな。
126 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(長屋) :2012/04/12(木) 09:01:52.94 ID:AzhXVkUJ0
公共トイレ把握
安価↓にょた主人公の容姿、性格
127 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(千葉県) [sage]:2012/04/12(木) 23:11:21.29 ID:h1jDXTyao
爆乳お姉さん 強気
128 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(チベット自治区) :2012/04/13(金) 12:21:49.06 ID:d7Ez2Kgh0
↑GJ
129 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :2012/04/15(日) 20:31:33.31 ID:BPkR/rrF0
把握した。もはや鬼畜ルートしか見えないわ
130 :青色1号 ◆YVw4z7Sf2Y [sage saga]:2012/04/16(月) 04:15:08.53 ID:OGM5vPEAO
お久しぶりです。データが抹消してしまった為滞っていた本編を書いたので良かったら読んでやってください。

 あらすじ

比較的若年の探偵さんがにょた拾ったよ!

 ↓

拾ったはいいけど、探偵さん、どうしていいかわかんないから専門家に相談したよ!

 ↓

なんか今は取り込み中だからにょたはゴタゴタが片付くまで紹介した学校に転入して適当にやり過ごせって丸投げされたよ!

 ↓

なんか疑心暗鬼からにょたの中で敵味方の区別が付かなくなってきたよ!

 ↓

で、ゴタつくなか転入したはいいものの、にょたがリア充にジェラってブチキレちゃったよ!

 ↓

なにこの気まずい雰囲気←今ここ
131 :青色1号 ◆YVw4z7Sf2Y [sage saga]:2012/04/16(月) 04:17:38.51 ID:OGM5vPEAO
【赤羽根探偵と奇妙な数日-4日目朝2続き-】


「あ……」

 はぁ……結局、ゴロリンさんがこの高校に来た理由は訊けずじまいか。

 赤羽根サンの話が本当なら――ゴロリンさんの狙いは"あの子"しか考えられないけど……一般ピープル、ましてや敵視してる探偵の"妹"相手に、仮にも(と言ったら怒られるだろうけど)警察官が機密事項を漏らすワケないだろうし。
 ……いや、違う。そんな理由は後付けだ。きっとオレは―――

「――元気な子だね」

 考えを巡らせてたオレのすぐ真横で、御堂さんが感嘆の溜め息が漏らす。横目で見る彼女の表情から察するに、随分と好意的な印象を持っているみたいだけど……。

 ―――ゴロリンさん、か。

 そりゃ、さ。

 "悪い人"じゃないんだろうから警察に居るんだろうし、オレに対しても柔和な態度で接してくれているんだろうし。
 理屈では分かっている。うん、分かってはいる。……けどなぁ。

 ……ん、この際だから白状すると、オレはゴロリンさんが苦手なんだ、と思う。
 理由?
 ……分かってたら、こんな回りくどい言い方なんてしないっての。

 ……理由、ねぇ。

「―――は?」

 思いがけず素っ頓狂な声が出た。

 なんで赤羽根サンとゴロリンさんが盛大に口喧嘩しているシーンが浮かんだんだ? 異性化疾患が原因で、記憶どころか思考のネジまで弛んだのか?
 いやいやいや、赤羽根サンとゴロリンさんが険悪な関係だとしても、オレには何もカンケー無いだろ。
 別に、なんにも……。

「――なのか、ちゃん?」

 不安を帯びた声とともに、細い手がオレの視界を往復する。
 ―――って。

「な、なんでもないっ! 大丈夫、うん、大丈夫」

 なに緊張感をスっ飛ばして真剣に考察してんだオレのバカっ!!
 そんなくだらないコトに時間を費やしてる場合じゃないだろ!
 だって―――

 ―――いつの間にか周囲から喧騒が消えているのに。

 さっき佐伯さんの後を追ってこの教室を出たゴロリンさんを最後に、"部外者"は全員は教室から居なくなった。
 つまり、今この教室に残されたのは……オレと、御堂さんと、学ランだけ。

 ……そりゃ、オレ自身が原因だから文句は言えないけど……胃が痛い。

「……ごめんね」

132 :青色1号 ◆YVw4z7Sf2Y [sage saga]:2012/04/16(月) 04:20:00.34 ID:OGM5vPEAO
 逃げたしたくなるような重たい沈黙の中、会話の口火を切る御堂さん。
 ……もしかして、さっきのゴロリンさんに対する感想は、タイミングを伺うための繋ぎだったのか?
 でも、"ごめん"って……どうしてキミが謝るんだ?

「私、自分勝手だったよね。
 なのかちゃんの気持ちも考えないで、怒鳴ったりして……。
 ホントに、……ごめん―――」

 え、いや、その、だから、さ。
 御堂さんは別に何も悪いことをしてないんだってば。
 程度に差はあるだろうけど、親しくしてる人間を目の前で罵倒されて気分を害さない人なんて居ないだろう?
 ……確かに御堂さん印象からかけ離れた怒号に驚きはしたけど……それだけだ。

 ……それなのにここまで萎縮されちゃ、申し訳なさしか残らないじゃないか。

「その、わ、私も―――」
「―――おい」

 喉まで出掛かった謝罪の言葉を引っ込めさせたのは、愛想もへったくれもない低い声。

「……ひ、陸?」

 御堂さんがその声の主に恐る恐る呼びかける。
 "彼"は先程まで対峙していた皆塚さん(……だっけ?)の時とは違い、今の自分はあくまでも感情をニュートラルな位置に置いている……そう言わんばかりの表情で後頭部を掻きながら―――。

「授業、遅れちまうんじゃねーのか」

 ―――まるで、小さな子を諭すみたいな穏やかな抑揚で言う。
 どうやら御堂さんにはその真意は伝わったらしく、彼女は俯いたまま押し黙ってしまった。

 ……なんだよ、またオレだけおいてけぼり?

「っ……ごめん、なのかちゃん。
 ……もう、行くね」

 突然、困ったような可愛らしさを讃えた御堂さんの笑顔がオレに向けられる。

「えっ、あ、う、うん……」
「……陸のバカ」

 本人に聞こえるか否かの声量でイジけた子犬のように御堂さんが呟いたのをオレは聞き逃さなかった。
 ……仮に聞こえてたとしても、あんな可愛く罵倒されちゃ腹も立たないんだろうけど。
 そんなくだらないことを思っているうちに、引き戸が静かに閉じる音がする。

「ったく」

 羨ましい罵倒を受けたことなど露知らず、といった表情の学ランは、極めてかったるそうに腰を上げた。
 ……アンタ、いつかバチが当たるぞ、ていうか爆散してしまえ。
133 :青色1号 ◆YVw4z7Sf2Y [sage saga]:2012/04/16(月) 04:22:58.07 ID:OGM5vPEAO

「んぁ?」

 そんなオレの思惑に気付いたのだろうか、所作の終わりと共に、切れ長の目がこちらに向けられる。

 ……っ、改めて向き合うと分かるけど、結構背あるんだなコイツ。
 赤羽根サンと同じか、それよりほんのちょっとだけ小さいくらいか?
 少しだけ、重圧感を感じる。
 ……勘違いするなよ、ほんの少しだけだからな。

 それに気圧されないよう睨みを利かせると、意外にも学ランは、ふいと目を逸らした。

「……なんだよ?」

 喧嘩を売ってるようにも取れるオレの一言にも、学ランは寡黙を貫き、目を床に伏せて固まったまま動こうとしなかった。
 ……や、そう言ってしまうと少し語弊がある。
 少し付け足すなら、学ランの行動はオレに気を遣ったとか、オレの威圧的な態度に気圧されてるとか……そういう類いのモノじゃない。
 なんて言えばいいだろう……。考え事でもしてるような?

 ―――要するに……オレは眼中に無いらしい。

 ………あー、そうですか。

 少しでもアンタに対して後ろめたい気持ちを持ってたオレがバカを見ただけ、と。
 もう、いいや。
 こんな奴に時間を掛けるだけ無駄じゃないか。

「―――待てよ」

 踵を返した刹那に、低い声がする。

「……なんだよ、言いたいことがあるならハッキリ言えば?
 わかんない奴だな。こっちは噂の転入生っていうレッテルを貼られてイヤでもヒトの目を引いてる時なの。
 こんなとこを誰か見られて、変な噂立ったらアンタは責任取れるのかよ?」

 波立つ嫉妬心の赴くまま、背中越しに言葉を吐き捨てても、学ランは言葉を荒げなかった。
 ただ……ただ落ち着き払った声で
「……そんじゃ」
と呟くと、不意に両肩に大きな何かの感覚が。って―――!!

「な……っ?!」

 "それ"が学ランの掌だと理解した時には視界一杯に斑な茶髪と仏頂面が映り込む。
 それだけじゃない。
 踵に床の感覚がない上に、少し息苦しい。……って、なにヒトの胸ぐら掴んで――!?

「な、に……するん、だッ、放せよっ、は、なせぇ……っ!」
「―――ンだよ、都合の悪ィ時だけ女面か?」
「っ、こ、の……ッ!! う、ぅ……くッ!!」

 なんだよ、コイツの馬鹿力はっ!? こっちはブラウスごと引き千切るつもりで抵抗してるっていうのに……!!
134 :青色1号 ◆YVw4z7Sf2Y [sage saga]:2012/04/16(月) 04:31:10.28 ID:OGM5vPEAO

「……チッ」

 頗る不愉快そうな舌打ちは、オレに自由を返す合図だったらしい。
 学ランの拳が静かに解かれると共に、オレの四肢はワックスの剥がれかけた床に吸い寄せられていく。

「っ、っは、ぅ、……はぁ……っ、っはぁ……っ」

 いきなりの暴挙に対し、オレは咄嗟に抗議すら唱えられなかった。
 息苦しさに震える身体がそれを許してくれない。
 それどころか、視点を自分の手足と薄汚れた床から動かせそうもないなんて……。
 くそ……なんだってんだよッ、舌打ちしたいのはこっちだっての!

「初紀からお前の事情は大体訊いた」

 あくまで事実を述べただけだと言わんばかりに、学ランは抑揚なく淡々と吐き捨てる。
 ……事情を知ってて、この仕打ちかよ。

「―――正直言ってイイか?」

 オレの返事を待たずして学ランは、そのまま言葉を繋げる。


「"だからなんだよ"?」

「な、……っ!?」

 ――それは、オレが記憶を喪くしてから初めて浴びせられた冷徹な言葉だった。
 純粋な驚きをバネにオレが顔を上げると、学ランが今まで見たことの無い顔で、オレを見下ろしている。
 ……その顔を見た途端に、手足が震えだした。

「……あ、ぁ……」

 ……何かで聞いたような気がする。
 ヒトの感情って、飽和すると却って冷めたように見えるって。
 学ランの薄ら笑いは、まさにそれだと思った。

「……カワイソウな立ち位置に胡座掻いて、人様利用して、気に入らない奴に当たり散らして。ンな好き勝手が許されるとでも思ってンのかよ? なぁ?」

 学ランが屈んで顔を近付けてくる。
 その口元は半月状になっているのに、それが笑い顔に見えなくて……言い様のない恐怖が背筋を走り抜ける。

「……あ、あ……ぁ……!」
「今さらビビってんじゃねーよ。俺みてーな奴に同情されんの、ヤなんだろ?」
「っ、や、やめ……」
「"どっち"なんだよ? お前は」
「ご、ごめ―――」

「―――誤魔化してんじゃねぇよ、答えろ、赤羽根ぇええぇっ!!!!」

 オレのすぐ真横で、途撤もなく重く鈍い衝撃が走り抜ける。

「ひぅっ!?」

 それは、学ラン―――前田 陸が持ち前のごつごつした拳を床に叩きつけた音と衝撃によるものだった。

135 :青色1号 ◆YVw4z7Sf2Y [sage saga]:2012/04/16(月) 04:51:04.57 ID:OGM5vPEAO

 ………。

 あ、れ……?

 何故か、打って変わったような静寂が教室内を満たしていた。
 ……恐る恐る、固く閉じていた両目を開く。
 そこには、苦虫を噛み潰したような顔をしたまま動かない学ランの姿があった。

「……いつまでビビってんだよ。ばーか」

 だ、誰のせいだと思ってるんだよ……!? そう反論したくても口や喉が緊張して上手く動いてくれそうにない。
 まごついたオレを見かねたのか、学ランはふぅと溜め息を吐いてから、ゆっくりと身を引いていく。

「……身に覚えがあってもなくても、結局テメーのしたこたぁテメーにしか返って来ねぇんだよ。
 それを言い訳にしちまったら、前になんざ進めねーだろが」

 そう言いつつ、振り下ろした拳をゆっくりとポケットに入れながら、学ランは立ち上がる。

 それが、オレにとっては心底意外だった。

「……な、殴らない、のかよ?」
「あ?」
「その、ムカついたんだろ……?」
「はぁ? そりゃ事情も知らねぇクセに言いたい放題言われたら誰だって腹は立つわな?」
「だったら―――!」
「―――こちとら"女を殴る奴は男のクズだ"って育てられてンだよ」

 ……は? それだけ?

「それともナニか? そのセーラー服は趣味で着てんのか?」

 ……いや、そんな訳ないだろ。

「んじゃ、俺が赤羽根を殴れる理由は無ぇ訳だ。アタマの良い赤羽根なら簡単な理屈だろーが?」

 さっきまでの顔が嘘みたいに、学ランはふにゃりと顔を弛緩させる。
 なんなんだよ、まったく……。
 八つ当たりした相手にここまでされちゃ……もう認めるしかないじゃないか。
136 :青色1号 ◆YVw4z7Sf2Y [sage saga]:2012/04/16(月) 05:13:05.26 ID:OGM5vPEAO

「……あの、今朝は、あんなコト言って……その、ごめん……っ!」
「おう、許す」

 上手く言葉に出来ない拙い謝罪に対し、何事も無かったような軽口での即答が返ってくる。
 ……その、理不尽なオレの逆ギレに対する怒りとか、そういうのはないのか?
 そんな簡単にオレを許していいのかよ……?

「――――つッ!?」

 そんなことを考えていると、不意に学ランが顔をしかめた。
 ……どうかしたのか?

「……なんでもねーよ」

 訊いてもいないのに半身になって、ポケットに突っ込んだ手を見せないようにする学ラン。
 あ……もしかして、コイツ?

「ちょっと、そっちの手見せてみろ」
「はっ!? なんで、どーして!?」

 先程床を盛大に殴り付けた手を指しながら言うと、学ランは盛大に狼狽えた。……赤羽根サンみたいな観察眼がなくても、流石に何となく察しはつくな。

「見せなきゃその手、ポケットの上から揉みしだくぞ」

 観念したのか、学ランはポケットに突っ込んでいた右手を渋々差し出してくる。

 ……うっわ、拳骨が赤くなるの通り越して紫がかってる……確実に内出血はしてるな、これ。下手したら骨までイってるかも……実に痛そうだ。

「……Go to 保健室」
「はぁっ? 日本語で言えよ意味わかんねーよっ!!」

 それぐらい理解しろよバカッ!

「保健室行けっつってんの!!」
「こんなん唾付けときゃ治る」
「捻挫や打ち身や骨折が唾で治るなら外科医はとっくに廃業してるわ! イイから行く、さっさと行くっ! 先生にはオレから言っとくから!」

 不毛な押し問答の末に、学ランはハイハイと首肯を返してから立ち上がる。……が。

「赤羽根、移動教室の場所分かんのかよ?」

 往生際の悪い奴だな、もぉっ!

「別に大丈夫だって、階段の踊り場に校舎地図が張り出してあったから」
「……なら、いいけどよ」

 ったく、悠長にヒトの心配してる場合かよ……このお人好しめ。
137 :青色1号 ◆YVw4z7Sf2Y [sage saga]:2012/04/16(月) 05:22:27.03 ID:OGM5vPEAO
「……なぁ、赤羽根」

 教室を引き戸に手を掛けた……と思ったら、性懲りもなく振り返ってくる学ラン。

「あーもぉっ、なんだよ、そこまでして保健室行きたくないのかよ!?」
「ちっ、ちげーよっ! その、……る」

 ……る?

「や……さっきは、その、……悪かったっ!」

 身体を直角に曲げて陳謝してくる学ラン。
 ……まったく、何が悪かったのか言わなきゃ、折角の誠意も意味ないだろうに。

「……全くもってその通りだよな、馬乗りになって無理矢理に、あんな……」
「っておいっ、誰かが聞いたら誤解を招くような言い方すんじゃねぇよっ!!?」

 脊髄反射の如く赤い顔を勢いよく上げる学ラン。

「誤解も何も全部事実だろ?」
「だから、そうじゃなくてだなっ!! だぁーもぉっ!!!」

 あれ。なんか、コイツからかうの楽しいかも。
 でも……このくらいにしとこう。

「……言いたいことは、その、分かってるよ」

 学ランが言いたいのは、きっとオレの記憶が無いことを蔑ろにしたことだ。
 ……でもそれはきっと記憶が無いことを言い訳にさせたくなかっただけで、学ランに悪意や害意があった訳じゃないから。
 
138 :青色1号 ◆YVw4z7Sf2Y [sage saga]:2012/04/16(月) 05:27:18.82 ID:OGM5vPEAO
 ……でも、オレは学ランみたいに素直になれないらしい。

「"誤解を招く言い方"は、これでお互い様だろ?」
「……はぁ。ったくよぉ……。
 ―――兄妹揃って、律儀なんだかヒネくれてんだか」

 呆れたような笑いと溜め息が返ってくる。

 ……って、アレ? 学ランの奴、御堂さんから話をちゃんと訊いてなかったのか? オレと赤羽根サンは兄妹じゃ――

「――事情は知ってんよ」

 つい顔に出ていたのか、間髮入れずに学ランは言葉を繋げる。

「でもよ。
 赤羽根と探偵さんって、結構そっくりだぞ? やっぱ、てめぇじゃ気付かねぇか?」

 オレと赤羽根サンが……似てる?

「……よく、分からない」
「ま、家族ってそーいうモンだろうしなぁ」

 ……家族、か。

「そんじゃ、また後でな」
「……保健室」
「わぁってんよ、ちゃんと行くっつの! ……じゃあな、赤羽根っ」

 疑われたのが不服だったのか、学ランはむくれながらピシャリと引き戸を閉め、漸く教室から出ていった。

139 :青色1号 ◆YVw4z7Sf2Y [sage saga]:2012/04/16(月) 05:36:32.72 ID:OGM5vPEAO

 ……やれやれ。

 ――それにしても……学ランの奴、一体何を言い掛けたんだ?

 結局、誤魔化されてしまったけど、学ランは、オレに謝意を示す前まで違うことを言おうとしてたのは間違いないんだけど……何て言おうとしてたんだ?

『その、……る』

 何となく頭に浮かんだ言葉を口にしてみる。

「類は友を呼ぶ? ―――あ」

 言い切って、全く違うことが頭をよぎった。
 そうだ、確か御堂さんが"彼女"をファーストネームで呼んでいた筈だ。

 ―――『るいちゃん』って。

「……坂城さん」

 きっと、学ランも彼女の変化に気付いたんだろう。でも、学ランはその理由を知らない。

 ―――坂城さんに人殺しの疑いの目が向けられているなんて。

 改めて考えたってそんなこと、あるもんか。
 あんなに人に優しく出来る坂城さんが人を殺すなんて……。

「……あ」

 ……もしかして、学ランは何か知ってるのか?

 だとしたら……ほんの些細な事でもいい、情報が欲しい。
 彼女の無実を証明出来る切っ掛けがそこにあるかもしれない。
 あれだけ馬鹿正直で律儀な奴なら信用出来るし、協力だってしてくれるだろうし。

 ……それに。
 オレばっかり守られてて、守ってくれている人に何の恩も返せないなんて……そんなのはもう御免だ。

 目立つ行動は控えるように釘を刺されてるけど、またとないチャンスかもしれないのに、安穏となんてしてられないっ。

 ―――赤羽根サン……ごめんっ!

 まだ学ランは遠くには行ってない筈だ、走れば追い付ける!

 オレは手ぶらのまま、教室を飛び出していた。教科書やノートなんて後で取りに来ればいい。

 今はとにかく学ランに話を―――

 ―――ッ!?

「んぅ……っ!!?」

 なんだ……これ……ッ?!
 ハン、カチ? 誰だ、よ、放せよ、は、なせぇ……ッ!
 な、んだよ、これ……。
 だ、めだ……。
 ち、から、入ん、な……い……。

 ……赤羽、根、さ――――

 ―――バタンっ―――

【赤羽根探偵と奇妙な数日-4日目朝2-】

 完
140 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(東海・関東) [sage]:2012/04/16(月) 05:38:17.99 ID:OGM5vPEAO
以上です。
……意外と短いし面白いとこでもじゃないので適当に流し読んでくれるとありがたいです。
141 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(中国地方) :2012/04/18(水) 21:47:08.46 ID:/55SO9s+0
乙です!
142 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) [sage saga]:2012/04/19(木) 02:15:01.81 ID:YZnwd+KKo
乙です
143 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(中国・四国) [sage]:2012/04/19(木) 22:18:31.76 ID:7JBDIj7AO
待ってました!
乙GJですん(´^ω^`)
144 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(長屋) [sage]:2012/04/22(日) 13:36:22.12 ID:929y3bhm0
人が少ないなぁ~
145 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2012/04/24(火) 23:15:12.53 ID:QOQc6kSj0
まぁ新年度だしこんなもんなんじゃね
146 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(静岡県) [sage]:2012/04/27(金) 21:49:01.97 ID:XDXRSDsi0
新年度といえば出会いの季節じゃないかっ、創作意欲を掻き立てられないとは嘆かわしい!
安価ばっちこ〜い!↓
147 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(長屋) :2012/04/27(金) 22:19:29.23 ID:DP53ReeP0
子育て
148 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/04/28(土) 01:29:26.60 ID:JDLW1ZTNo
暇見てにょたっこ×男の娘というのでネタ作ってるんだがどうにも固まりきらぬ…
149 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(長屋) [sage]:2012/05/01(火) 22:33:01.71 ID:xjvgB1Uc0
GWだ、投下の時期や
150 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(愛知県) :2012/05/08(火) 14:25:44.72 ID:ByxMk3ie0
GW終了のお知らせ
151 : ◆suJs/LnFxc [sage]:2012/05/13(日) 23:02:32.84 ID:wOMxoGxo0
前回投稿分の出来があまりに酷いことに気付く…やりたい放題過ぎてまとまってない!
ネタに使ってしまった方々はほんと申し訳ありませんorz
もうちょいで続きが書き上がりそうです
152 :岡山のタキシード紳士(キリッ [sage saga]:2012/05/14(月) 01:21:56.09 ID:nWQKUdzAO
>>151
ネタにしていただきありがとうございましたwww
続き期待しております!(´^ω^`)
153 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(長屋) :2012/05/18(金) 01:03:59.13 ID:Pq60dtUJ0
書く気力を完全に失った…
154 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2012/05/18(金) 17:56:18.54 ID:lyRyHwnm0
ふええ……どうすれば気力が回復するの……?
155 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/05/18(金) 19:59:00.11 ID:rB673Z170
>>151
適度に期待してまってますぞ〜(本当はかなり期待してるけど、プレッシャーに
なっちゃいそうだから言えない)
156 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2012/05/26(土) 01:42:05.14 ID:Edp+q3oZ0
絵安価↓擬少女化でもなんでも来いやあああ^
157 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) [sage]:2012/05/26(土) 03:57:51.02 ID:ZTrZO0X00
初めての下着
158 : ◆suJs/LnFxc [sage]:2012/05/27(日) 22:42:55.11 ID:mJ+6Y08n0
もうちょいと言いつつなかなか終わらんのです!
一応本文は書きあがってるんですが、推敲に時間がかかっております…

>>152
その節はホント、不快に思われたんではないかと…
失礼ついでにもう一点ありまして、「オレをセフレにしてくれ」の中で
女体化防止のためにはゴムなしの生セクロスじゃないと、的な描写があったかと思うんですが、あれって公式(?)設定ですか?
もし良ければこちらもその設定でいきたいなーと思ったのですが…

>>157
安価がGJすぐるwwwwwwww
159 : ◆suJs/LnFxc [sage]:2012/05/27(日) 22:42:55.24 ID:mJ+6Y08n0
もうちょいと言いつつなかなか終わらんのです!
一応本文は書きあがってるんですが、推敲に時間がかかっております…

>>152
その節はホント、不快に思われたんではないかと…
失礼ついでにもう一点ありまして、「オレをセフレにしてくれ」の中で
女体化防止のためにはゴムなしの生セクロスじゃないと、的な描写があったかと思うんですが、あれって公式(?)設定ですか?
もし良ければこちらもその設定でいきたいなーと思ったのですが…

>>157
安価がGJすぐるwwwwwwww
160 : ◆suJs/LnFxc [sage]:2012/05/27(日) 23:05:33.68 ID:mJ+6Y08n0
2重投稿…だと…?
161 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2012/05/28(月) 00:26:56.35 ID:r8RNFDOi0
>>158
頑張れ! 超頑張れ!
1516スレではわりとお決まりのパターンだよ
そこに中田氏も追加するとなおよし^p^
162 :でぃゆ(ry [sage saga]:2012/05/28(月) 09:01:05.58 ID:MvrbNeQAO
>>158
いえいえとんでもないwww思い切りワロタですwww

>>161も仰ってる通り、1516スレでは定番の設定だと思います。
中田氏は私も期待しております^q^
163 : ◆suJs/LnFxc [sage]:2012/05/29(火) 10:22:45.38 ID:H5xudDLAO
>>161->>162
ありがとうございます!
中田氏は前後の整合性をとるのがムズいんですよねぇ
前向きに善処はしますwwwwww
164 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2012/05/30(水) 06:43:40.67 ID:MugqpnSe0
157安価:つhttp://u6.getuploader.com/1516vip/download/78/sitagi.jpg
165 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(東海・関東) [sage]:2012/05/30(水) 21:36:44.27 ID:wxMurHIAO
>>164
相変わらずうめぇwwwwwwwwwwww
166 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(東海) [sage]:2012/06/01(金) 13:04:41.86 ID:f+u2VMWAO
>>164
素晴らしい!
167 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) [sage saga]:2012/06/03(日) 04:16:37.07 ID:VM9WNrOJo
誰もいないだろうからいこうか・・
168 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 04:18:15.29 ID:VM9WNrOJo
天高くそびえる太陽、その光は全ての生命に活力を与えて畏怖されながらもその輝きは希望となりて今日も頭上に輝く・・










まじっく⊆仝⊇ろ〜ど






快晴、まさに農業にはうってつけの天候の下でフェイはいつものように畑を耕しながら作物を育てては魔法で成長を急激に促進させて作物を収穫していく。先の台風でほぼ壊滅状態であった家畜のほうも知り合いや業者の伝を何とかたどって何とか悪戦苦闘しながらも徐々にではあるが数を取り戻しつつある。

「よし、母なる大地の源よ・・その大いなる生命を与えたまえ! ガイア・ソウル!!”」

フェイの周りには大小さまざまなゴーレムが召喚されると、そのままゴーレムたちは各自にそれぞれの場所に散るとフェイの代わりに畑の見回りや家畜の世話を行う。そのままフェイはいつものように収穫した大量の作物を馬車に積み込むと市場へと馬を走らせていく、先のフェビラル王国を襲った台風の傷跡も徐々に復興をしており、自身の家畜もある程度揃えられたし野菜の値段も通常通りに回復しているのでフェイにしてみれば嬉しい限りだ。

「やっぱり、農業は楽しいなぁ」

あの両親の過酷な修行時代を思えば農業をしながら自給自足の生活を送っていくのはなんと素晴らしいことかをフェイは常日頃から思っている、しかし心は充実しつつも身体のほうはあの戦闘の日々を忘れられないのか今でも疼いてしまう場合もかなりある。長年染み付いた戦闘ノウハウや習得した魔法の数々をフルで戦い抜いて敵を倒す快感もたまらないものなのだ。思えば最初に農業をしたときは姉のフランにはかなり驚かつつも何も反対されずに手伝ってくれたお陰で何とかここまで持ってこれているのだから感謝である。

「さて、売るもの売ったら・・って、あれは人!!」

突如としてフェイは道中で倒れている男性を発見する、腰に掛けている剣から察するにどうやら剣士のようで王国の紋章がないところを見ると各地を流れに流れている傭兵のようだ。そのままフェイは馬を止めて馬車を降りると即座に治療魔法を掛けて応急処置を施す、こんな森の中で行き倒れになっているのだから何かしらの戦闘に巻き込まれて敗れてしまったのだろう。

「だ、大丈夫ですか?」

「う〜ん・・」

どうやら未だに意識が朦朧としているようだ、回復までに時間が掛かるとしたフェイはそのまま男を抱えると馬車の空いているスペースに寝かしつける。

(結構重い装備してるんだな・・もしかしたらハンターなのかもしれないな)

ハンターとは文字通りモンスターを狩る仕事でそれなりの戦闘力が要求される非常にリスキーな仕事である、何も狩るのはモンスターだけではなく盗賊退治も請け負っている人物もいるのでそれだけ戦闘力の高さが要求される仕事なのだが・・モンスターに敗れて死んだり、盗賊の返り討ちで討たれた人間もチラホラと聞くのでかなり人を選ぶ職業なのだ。

「とりあえず、売るものを売ってから早いところ家に引き返そう。姉さんがいてくれたら大丈夫だ」

とりあえずフェイは馬車を市場へと走らせる、いまだに眠っているこの人物の謎を残しながら・・


169 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 04:22:50.11 ID:VM9WNrOJo
故郷を捨てて旅に出た、様々な人に出会った。行く先々で修練を積み重ね、そして流れに流れあらゆる紛争に介入して様々な人間の死を乗り越えてある魔道剣士に敗れた・・

「ハッ――!! こ、ここは・・」

男が目を覚ますとそこには見知らぬ天井に自分の包帯姿にきちんと置いてある自分の装備品、どうやら倒れていたところを誰かに助けられたようだ。男がそのままのんびり寛いでいるとフェイが食事を持って現れる。

「あっ、目が覚めたんですね」

「どうやら助けられちまったみたいだな。ありがとよ」

「いえいえ、僕はフェイ。フェイ=ラインボルトです」

「俺は中野 翔。出身はデスバルト共和国で職業は見てのとおりハンターと傭兵・・つまりは戦闘家業さ、依頼があれば何だってやるのが俺のポリシーだ」

男・・改め、翔はフェイに改めて御礼を言いながら持ってきた食事に手をつけ始める。フェイが発見したときは治療魔法で応急処置を施したとはいってもかなりの大怪我だったので本格的な治療ははフランに任せてたのだ、それにしてもフランの腕がいいのか翔の生命力が高いのか・・普段通りに動けるのは驚異的である。

「あっ、目が覚めたみたいね」

「この人が治療をした僕の姉さん・・フラン=ラインボルトです」

「おおっ、助かったよ。ありがとな」

ここでさっくりとフランが登場、あれだけの怪我をしながらも豪快に食事を平らげる翔には流石のフランも驚いてしまう、あれだけの怪我を負っていたのだから暫くは眠っていてもおかしくはない状態なのにすぐに目が覚めて食事を取る姿には生命の神秘を感じてしまう。

「もう食事を取れるの? 普通の人なら1週間は眠っているところよ」

「ああ、丈夫さだけが取り柄なんでな。じゃなきゃ戦闘なんかできっこないさ」

「そういえばあの剣って・・魔法剣ですよね?」

「まぁな。エルフに代々伝わると言われる魔を殺す剣“ラドルフ・ブレードだ”」

魔法剣と言うのは通常の剣と違って魔力が込められているといわれる剣であり魔法攻撃に対して強い耐性を持つ戦闘に特化した剣である。一応造ることは可能なのだが製造方法がかなり難しく市場でもあまり流通はしていない、宮勤めの人間が兎も角として個人レベルがこうした魔法剣を持っていること自体が珍しいのだ。
170 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 04:27:47.46 ID:VM9WNrOJo

「俺が前にいた傭兵団の隊長に貰った代物でな、これが一級品なのは・・って、どうしたんだ?」

「魔法剣といえば・・」

「・・それ以上は言わないで、思い出したくはない」

苦い表情をする2人に翔は思わず唖然としてしまう。2人にしてみれば魔法剣という代物で真っ先に思い浮かぶのは瀕死のさながらで両親から容赦なく切り刻まれた記憶しか思い浮かばない、なので魔法剣を見たら真っ先にあのトラウマが甦ってしまうのだ。

「それで・・身体はもう大丈夫なの?」

「ああ、このとおりピンピンしてる。ありがとよ」

「翔さんは何であんなところに倒れていたんですか?」

「ま、情けない話がちょっとやられちまってな。確かそいつは2本剣を背負っていて切りかかりにいったんだが・・ものの見事にかわされてな、挙句にはカウンターで魔法を喰らっちまってあの森へ吹っ飛ばされたんだ」

そのまま翔は自身を倒した人物について話を続けるが2人はその人物について心当たりがある、フェイは勇気を振り絞って更なる詳細を伺う。

「ねぇ、翔さん。その人って頬に傷があってハンデつけるぐらい自信過剰なぐらいな人だった?」

「ああ、今でも忘れねぇ。何せ奴は一歩も動かずに俺を倒すって言って倒されたしな・・って心当たりあるのか?」

「姉さん・・やっぱりその人ってのは」

「間違いないわね。父さんよ」

翔をコテンパンにのした相手・・それは伝説の魔道剣士と言われる2人の父親であった。彼らの父親は己の実力に自信過剰で性質の悪いことにそれに見合う実力を有している、それに特徴として伝説とも名高い魔法剣を2本も装備しているのでそんじょそこらの魔法では太刀打ちどころかそよ風レベルだろう。
171 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 04:31:44.73 ID:VM9WNrOJo
「翔さん! その人と何処で会ったんですか?」

「えっ? ああ・・マスガッタ王家にあるエルフの里の境界線辺りだったかな」

マスガッタ王家は4大国家のひとつであり代々エルフが住むといわれている国家である、エルフとは人間と違った種族で独自の秘術などを持っており神の使いとも言われる種族で悪魔との戦争の時も人間と一緒に戦っている。しかし悪魔が封印された後は外部との接触を遮断しており人間同士の争いに魔法剣を支給しながら観察しているに留まっている。マスガッタ王家は一応人間の国家であるがエルフが住む居住区には強固な防御魔法があるので手を出しようにも出せずに相互不可侵条約を結んでいる。幸いにもマスガッタ王家は先進国として知られており政策面でも比較的に安定した国家であるのが救いなところだろう。
しかしその道中はかなり過酷であり、マスガッタ王国へたどり着くためにはルンベル渓谷というドラゴンの群れが多数いるといわれており、常人が正面から乗り越えるのはまず不可能である。勿論2人の修行時代にも両親の手によって何も持たされないままで放り込まれており、そのときは最悪にも時期的に産卵期で通常よりも凶暴になって気が立っているドラゴンの群れと戦い抜いたのだ。

「フェイ、こうしちゃいられないわ。旅の準備よ!!」

「わかった、前に母さんと会えたから今度は父さんだね」

「おいおい、話が見えねぇよ。俺にもわかるように説明してくれ」

そのままフェイは翔におおよその事情を説明する、両親が行方不明になっていて会えないことと今でも探していることを話す。

「なるほどな、お前たちも苦労してるんだ。・・よしっ、助けてもらった恩もあるし付き合ってやるよ」

「怪我人にそこまでさせるのは悪いわよ。私達の問題なんだし」

「いやいや、助けてもらったからには何かさせてくれ。道案内がてら微力ながら協力するさ。それに旅は一人でも多いほうがいいだろ?」

「うん・・それじゃお願いします」

こうして男の2人旅が成り立った。


172 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 04:36:43.17 ID:VM9WNrOJo
酒屋・リリー

多数の客で盛り上がる酒屋リリー、今日も売り上げがうなぎ上りでお芋たんと狼子はホクホク顔であるが店主である聖は相変わらずの表情である。そもそも彼女にしてみればあくまでこれはかりそめの姿に過ぎないので関心すらない、それに自分の本業はあくまでも盗賊なのでこんなちっぽけな店の店主で満足などしていない。

「ったく、商売なんてかったりぃ・・」

“まぁまぁ、儲かっているのだから良いではないか?”

“こっちは飯食わしてくれるだけで満足だが・・可愛い♀犬を所望する”

「うるせぇ!!! 飯食わしているだけでも有難いと思いやがれッ!!!!」

いつものように狼子のボディーガードとなった2匹のペットに怒鳴り上げるのだが、その強烈な声にベッドで眠っていた赤ん坊が喚き声を上げる。

「オギャーッ! オギャー!!!」

「ゲッ・・さっき寝たばっかなのにまたかよ」

そのまま聖は仕方なしに赤ん坊をあやしに戻る、あれから狼子は店の中でめきめきと実績を上げて今ではこの酒屋リリーの看板娘としてちょっとした有名人になっているので彼女の仕事は日増しに増えているので現在はこうして狼子の代わりにしかたなしに聖が彼女の子供の面倒を見ているのだが今でもかなりぎこちない・・そんな聖の様子を2匹の使い魔は面白おかしく見やる。

“かの、盗賊団の親分が赤ん坊をあやすのはいつ見ても滑稽ですな、東方不敗”

“だけどご主人様は今では看板娘・・日に日に忙しくなっているしね。それに従業員の子供の面倒を見るのは店主の役目だ”

「てめぇら・・だあああ!!! おい、チビ助ッ!!! てめぇもこっち来て手伝え!!!!」

「親b・・じゃなかった、店長。こっちも商品の在庫が少なくて手一杯ですッ!!」

「んなもんは根性で乗り切れ!!!」

かなりえぐい事を言っている聖であるが、彼女もこんな性格を除けば見た目だけではかなりの美人には間違いないので普通に接客すれば店はかなり儲かるのは間違いはないのだが・・彼女自身がそういった勤労思考を全く持ち合わせていないのでこうして普段はカウンターで狼子の子供とペットの面倒を仕方なく見ているのだ。
こんな店にとっては嬉しい悲鳴を上げている酒屋リリー・・お芋たん指導による狼子の適切な接客に加えてお芋たんの企業努力によって今日も大盛況である。

173 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 04:37:41.65 ID:VM9WNrOJo
「ふぅ〜・・あっ、子供の面倒見てくれてありがとうございます」

「働くのも結構だが、ちゃんと母親もやっておけ。後は全部チビ助に任せて狼子は休憩していいぞ」

「はい! ありがとうございます」

(こっちにも休みください、親分・・)

お芋たんも声に出して叫びたいところなのだが、そうなってしまった場合は後になってとんでもない目に遭わされるのが目に見えているのでこうやって心の声で代弁する。

「さて・・おい、チビ助。今日はもう店を閉めろ、お前ら2匹も狼子のところへ行け」

“え〜、子供の面倒見てるんだから別に行かなくても”

“こっちとしては本業に興味があるんだけど”

「うるせぇ!!! さっさと行かねぇと飯抜きにするぞッ!!」

““それだけは勘弁して欲しい!!””

聖が飯抜きにするといったら本気でしそうなので2匹は一目散に狼子の元へと向かう、ようやく邪魔者を退散させた聖はお芋たんに今夜の行動を伝える。

「よし、チビ助。今回の獲物はマスガッタ王国に伝わると言われる伝説の秘宝“真紅の涙”だ」

「えっ、マスガッタ王国っていえば・・あのドラゴンの巣窟で名高いルンベル渓谷に向かわなきゃいけないんですか!?」

「珍しくチビ助にしちゃ話が早いじゃねぇか。店は暫く休業して狼子も暫く休ませる、俺達はその間はお宝探しだ!!!」

聖が闘志をむき出しにするのに対してお芋たんからは落胆とも取れる表情が滲み出る、何せあのルンベル渓谷に挑むのは出来ることならば勘弁して欲しい。それよりも安全面を考慮するなら時間は掛かるがルンメル渓谷を回らずに迂回しくのが一般ルートなので出来ることならばそちらを選択したいお芋たんであるがそれを聖が許すはずがない。

「親分、出来ることなら一般ルートで行きましょうよ・・」

「てめぇは馬鹿か!!! 俺達は曲がりなりにも盗賊だ、んなことするわけねぇだろ!!!」

「ですよね〜・・ハァ」

案の定というか予想通りの反応、こうして久方ぶりのサガーラ盗賊団の活動は茨の道中から始まることとなった。

174 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 04:43:18.78 ID:VM9WNrOJo
エルフ・・彼らは普通の人間よりも長寿で知られており、代々として魔法を扱うことに長けている。その魔法は通常の魔法とは違って摩訶不思議な力を持っている。先の大賢者が生み出した5つの悪魔との大戦争においてもその強力な魔法や独自に生み出した強力な装備などを用いて人間達と協力しながら配下のモンスターを打ち滅ぼしてその根源である悪魔を封印させるに成功している。その後、悪魔が封印されて人間同士の争いが勃発した時は戦時中に協力的だった態度を一変させて傍観を貫きながらマスガッタ王国にある一帯に強力な防御魔法を展開させると外部との接触を留めている。しかし完全には絶ってはいないようで限定的ではあるが認めた人間のみ訪問が許されているようでエルフの長老と2本の大剣を装備している顔に傷のある人物が特徴的な男性が対談をしている。

「よぅ、すまんな。突然訪れて」

「構わん。そもそも端からお前に逆らうほど愚かではない。化け物が・・」

「おうおう、そっちも相変わらず随分な言い草だな」

相変わらずの長老の物言いに男は決して表情には出さないものの若干ながらも不快感を覚える、独自の文化と並外れた魔法を持ちながら長老によってしっかりと統制されているエルフにしてみれば人間などはいくら歴史を学んでも争いを繰る返す愚かな種族としか思っていないが、目の前に現れた人物は人間の中でも例外中の例外・・この場にいるエルフ全員が彼に挑んでもこの里ごと焦土にされるのが目に見えている。

「そう警戒すんなよ」

「これが警戒せずにいられるかッ!! 数年前にお主達夫婦が子供の修行如きにこの里で散々暴れたのを・・」

「あの時はちゃんと俺達が魔法で直したりしたから後始末してやったろ」

数年前にも彼らはこのエルフの里へまだ幼いフェイとフランを引き連れては散々しごいており、その強大な魔力から発せられる影響はこの里全体まで及んでいる。一折の修行が完了した後は彼ら夫妻がちゃんと元通りにしている。しかし彼らエルフにしてみれば迷惑以外何者でもないのもまた事実であるが、強大な力を持つこの夫婦に逆らえる程の力を有してはいないので破壊されて再生される里の様子を黙ってみているしかなかったのだ。そのような経緯があるのでエルフの長老を始めとして各長達はこの家族の来訪に関しては心境は穏やかではなく、現に彼と話している長老の表情は不快そのものである。

「それで何の用だ? まぁ、大体は判っているが・・」

「まぁ、そんな嫌な顔するなよ。これから俺の息子とその他大勢の奴等がこの里に押しかけるかもしれないが一応黙認してやってくれ、幸いここらであいつの修行に適した悪党がいるしな」

「何だと・・!! この里は貴様の子供の修行場じゃないぞッ!!!! ここは代々神聖なるエルフの・・」

数年前と変わらない無茶な要求に長老は声を荒げるが、相手が相手なのでいくら抗議しても無駄なのは明らかなのである程度は飲むには飲むのだが悪党の存在が彼らを揺るがす。

175 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 04:44:00.85 ID:VM9WNrOJo
「・・まぁ、貴様にいくら言ったところで時間の無駄だ。それに悪党が潜んでいると言ったな、何者なのだ?」

「テピス・ミッチェル・・元ボルビック出身の魔法使いでそこそこ優秀な魔法使いらしいが、女体化して国を追われて以降は殺人を含めて大小様々な犯罪に手を染めている筋金入りの悪党だ。マスガッタのお偉いさんから聞いたことぐらいあるだろう?」

エルフの里は名目上ではマスガッタ王国の領土内に位置するのだが、実際は独立状態なのである程度の情報交換や貿易をしつつもマスガッタ王国との間で相互不可侵の条約を締結しているので両者がお互いの国を行き来する場合は特殊な事情がない限りはあまりない。そもそもこのエルフの里の国境付近はエルフが誇る魔法で精製された強固な結界が張られているので通常の魔法使いならばまず到底は不可能である。しかし長老は結界の存在を認識しながらも決して過信はしない、何故ならば目の前の人物はエルフが誇る魔法で張った結界でさえも意図も簡単に破ってしまうので不安は更に募る。

「人間達に関しては構わんが、貴様の息子がその悪党を仕留め損なったらどうするつもりだッ!!」

「そんときには俺が何とかしてやる。これで安心だろ?」

長老とて彼の実力を知らないわけではない、彼は何せ伝説と歌われている魔道剣士の片割れなのでその実力は通常の人間とは違う。それに彼と妻がいるだけでこのエルフの国も含めて列強を誇る大国もまとめて潰してしまうだろう。そんな彼が万が一の場合は何とかしてくれるのだから素直に安心はできるものの逆に反古したらマスガッタ王国と命運を共にするのは間違いない。

「・・貴様がそこまで言うのならば約束しよう。それにしてもお主等は少しは大人しくしたらどうだ?」

「悪いがそんな性分じゃないんでね。後、ガキどもが訪ねに来たら適当に相手してやってくれ、一応夫婦揃って行方不明で通してるのも忘れずにな」

「わかったわかった・・」

ここまで来たらエルフの威厳など形無しである、外部からの人間にしてみればエルフは神秘と崇拝の対象であるのでかなりの威厳があるのだが、彼らにしてみればエルフなどちょっと寿命が長い人間としかみていないので全くといっていいほど怖れてはいない、そのまま男は満足げにしながらその場を後にするが長老からは終始溜息しか出なかったそうだ。
176 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 04:50:21.54 ID:VM9WNrOJo
ルンベル渓谷

ドラゴンの轟音が日常のこのルンベル渓谷は実に多種多様なドラゴンが生息しており別名ドラゴンの巣窟ともいわれているのだが、殆どの種類が凶暴で膨大な戦闘力を誇るので普段の人間が一切立ち寄ることはないし様々な国の軍隊も彼らには手を焼いている始末なので誰もやってくることはない。そんな危険が一杯の谷に真正面から向き合っているのが翔とフェイ、幾多のドラゴンに襲われながらも全て返り討ちにしているのが凄いところだが翔は持ち前の戦闘力に加えて魔法剣で対処はしているのだが少し苦戦している。

「こ、この・・うりゃぁぁぁ!!!」

「グギャァァァ!!!」

「翔さん!! “地獄の業火よ、全てを燃やしつくせ! ヘル・フレイム!!!!”」

フェイから放たれた強烈な炎でドラゴンはあっという間に燃え尽きる、がすぐに別のドラゴンが現れるのも時間の問題なので彼らは迅速に行動する。先導するのは勿論のようにフェイ、彼は巧みに魔法や武器を扱いながら並み居るドラゴンを撃退しながら道を確保すると翔と一緒に安全な場所へと移動をする。

「翔さん、こっちです!!」

「何から何まですまねぇ!!」

そのままフェイの誘導で一目散に行動を開始する、修行時代と何ら変わりがないことを判断したフェイはかつてフランと一緒に利用していた塒へと案内するが、ここはドラゴンの巣窟で名高いルンベル渓谷・・この程度では収まらず次々とドラゴンたちが2人の前に立ちはだかる。

「ギャオオオオオオオ!!!!!」

「流石に一筋縄ではいかないみたいだね・・」

「そのようだな・・そりゃ!!!」

翔の目にも留まらぬ斬撃で前方のドラゴンをまとめて一掃すると2人は一目散に走り出し、フェイはあらゆる魔法でドラゴンたちの執拗な追撃を防ぐ。

「“暗黒の力よ 波動となりて暗き天を輝かしたまえ! ブラッド・ボルト!!!!”」

「そ、そいつは伝説の神聖魔法に並ぶ暗黒魔法じゃねぇか!!!!!」

翔が驚く間もなくフェイの魔法によって無数の暗黒の雷がドラゴンたちの肉体を直撃する。これによりドラゴンたちの攻撃は止むのだが、また別のドラゴンの群れがやってくるのも時間の問題なので2人はこの隙に一気に逃げる。
177 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 04:53:04.29 ID:VM9WNrOJo
「翔さん! また別のドラゴンの群れが来ますので今の内にッ!!!」

「わかった!!!」

一目散にその場から去る2人であるが、その光景を覗いている影が1つ・・その人物は青い長い髪の目立つ女性であるが、フードで全身を纏っておりその全容を窺い知ることは難しい。

(今のはハンターの中野 翔か、こんなところで出くわすとはね。・・それに組んでいた人間は暗黒魔法の中でも高度な“ブラッド・ボルト”を難なく扱ってた、こいつは注意が必要だ)

彼・・いや、彼女こそがデピス・ミッチェルその人で今や名うての犯罪者である。つい最近はマスガッタ王国の要人を暗殺してお尋ね者になっており、現在はその逃亡の真っ最中でこのルンベル渓谷へと逃げ込んだのだが偶然にも翔とフェイの戦闘を目撃しているので警戒を一層強める。

(・・女体化で国を追われて必死になってここまでやってきた。あの日から俺の日常を地獄に変えた故郷に未練はない――)

この世界では列強の一国として名高いボルビック。国の殆どは海に囲まれており元来より海戦と水の魔法に長けてながらもその影響からか海賊の数は他の国と違ってかなり多いので別名として海賊国家とも呼ばれている。それにボルビックは昔からある神を崇めている宗教国家としての側面も持っており、その教えは王家は勿論のこと全ての国民に至るまでその神を全て崇拝して教えに従事しているのだが・・その教えの中で女体化した人間は異端と決め付けられており、不当な扱いを受けたり弾圧されているので身分の低いものは勿論のことある程度の立場がある人間でさえも女体化したら国民からは蔑まれて理不尽が生ぬるいほどの扱いを受け続けている。その女体化に対する悪評ぶりは他国にまで届いており“ボルビックで女体化すれば命はない”とまで言われている、女体化したボルビックの国民はそれまで崇拝していた神を恨みながら理不尽に嘆き死んでいくか、全てを敵に回すのを覚悟して命からがら国の鎮圧部隊に追われてながら逃げるかの二つに別れる。
テピスも国を追われて逃げてきた1人であるが、その日々は地獄そのもの・・仲間と一緒に脱走したのだが、ある者は鎮圧部隊に捕まって神の罰の名の下の陵辱の日々を送り、またある者は耐え切れずに命を落としてしまっている。

そんな死と隣り合わせの日々と送ってきたデピスはいつしか人としての“心”を削り落としてしまう、初めて人を殺した時などもう覚えてはいない・・狂気に身を委ねることしか現実(いま)を生きる術がないのだ。

「今でもあの国の人間は“守護神アラー”を其の教えと共に崇拝しているのだろう・・しかし虚像の神は何も与えてはくれない」

いつしか故郷を捨てたテピスは教えに沿って忌み嫌っていた女体化にいつしか感謝するようになっていた、あのまま女体化せずにいたら妄信的にあの教えに従っていただろう。


哀れにも広大なる世界を知らずに―――


        己の卑小さで作り出した世界に酔い―――






偽りの日々を享受される日々を送っていたのだから・・・









「・・っと、感傷に浸ってしまった。とりあえず北へ目指すか」


そのままデピスの姿は消える、時は動き出す。

178 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 04:56:24.23 ID:VM9WNrOJo
洞窟

フェイの先導で洞窟へとたどり着いた2人はフェイの魔法で暖を取るとようやく一息入れる、数々の戦いを経験してきた翔でさえもこのドラゴン退治にはかなり骨が折れるようで色々と疲れが見えるが対するフェイは非常に冷静で手馴れた動きで無駄がない。

「ハァハァ・・流石にドラゴン退治は疲れたぜ。よく動けるな」

「まぁ、子供の頃に何度も経験してますし両親によってかなり鍛えられましたから・・」

これ以上はフェイもあまり思い出したくはない、まだ幼かったフランと一緒にナイフ一本だけ持たされてこのドラゴンの群れがひしめき合う渓谷へと放り込まれたのだ。しかも時期が悪いことにそのときは産卵日の時期だったのもあってか、どのドラゴンも普段より5倍増しで凶暴だったのでその強靭な戦闘力に叩きのめされたのも1度や2度ではないし命の危機に瀕したことだって何度もあったのだ。

「それでやけに手馴れているのか。道理で俺よりも年下なのに魔法や剣術も一級品な訳だ」

「翔さんだって凄いですよ。ハンターだけあって戦い慣れしているようですし」

「俺も自慢じゃねぇがこの仕事は12の時からやってるからな。文字通り生きるか死ぬかの戦いの連続さ」

翔とてこのハンターの仕事を伊達にはやっていない、傭兵としても様々な紛争に参加して人間のいろいろな面をこの目で見て、接して、肌で感じてきた。両親の教えでそういったことを禁じられたフェイにしてみれば翔から聞く話は新鮮ではあるが、自分の両親も翔とは規模は違えどそういった激動の日々を繰り広げていたのだろうと思う。

「だけど人間ってのはよく出来てると俺は思う。色んな奴等が考えて悩んで行動していくんだからな」

「・・世界って広いんですね」

「そりゃそうだ」

フェイは改めて自分の小ささを思い知らされる、かつて母親に言われたようにまだまだ自分は世界を良く知らないようだ。

「しかし俺から見てもフェイの動きはそんじょそこらのベテラン傭兵よりも的確だし強さも際立っている。あの姉ちゃんも強いのか?」

「姉さんも僕と同じぐらいに強いですけど・・あの2人に掛かれば僕等なんて赤子同然です」

今でもフランと2人掛りで両親に挑んでも極力まで手加減された上にズタボロに負けてしまうのは目に見えてしまう、自分の言うのもなんだがあの両親の強さは規格外を通り越して化け物以上でこの世界を征服することは勿論のこと、かつての戦争で封印されている悪魔ですら難なく倒しても全く違和感すらない。ある意味この世界の命運は自分の両親に掛かっているのだと本気で思う、もし両親が見つかっても幼い頃から何度も死に掛けながら修行してきたあの日々だけは絶対に勘弁して欲しいのがフェイとフランの心境であるが、もし2人が戻れば自分たち姉弟は速攻で叩き直されるのは間違いはないだろう。

「それにしてもよくこんな洞窟知っているな」

「ええ、過去のここで修行した時に過ごした塒の一つです。他にもあるんですがここが一番近かったので・・」

「へー、しかし意外にも結構広いんだな。ちょっと歩いてみるか」

「それは構いませんけど、あまり奥へは行かないで下さいね。僕はここで休みます」

「わかってるって!! んじゃ、ちょっくら探索に行って来るわ」

洞窟内は結構広く、翔は暖の炎を一部取り出すとその炎の灯りを頼りに洞窟内を探索する。フェイはフランから貰った魔力回復アイテムを取り出すと消費した魔力を回復させる、全体的にはそんなに消費はしてはいないものの何か起きるかはわからないので休めるうちに休まないと体が持たないのだ。
179 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 04:58:14.76 ID:VM9WNrOJo
一方の翔は洞窟の探索を続ける、探索してわかったことだがこの洞窟は人工物ではなく辺りにはドラゴンの亡骸と思われる骨が散らばっているのでこの洞窟は自分の巣穴にするために作ったものだと判断する。

「にしてもこの洞窟はな・・ん? そこにいるのは誰だ――」

神経を研ぎ澄ませた翔は自分とフェイ以外の人の気配を感じる、翔の声に反応したのか観念したのか姿を現す。

「てめぇ、チビ助!! 見つかってしまったじゃねぇかッ!!」

「そりゃ姿は消せますけど気配までは消せませんよ!!」

姿を現したのは聖とお芋たんでどうやらアイテムによって姿を消してドラゴンたちの猛攻を凌いだようだが、気配までは消しきれていなかったようで翔に見つかってしまっている。

「見たところ盗賊のようだな。こんな洞窟に宝なんてない――・・」

「うるせぇ!! んなことはわかってるんだよ、てめぇだってこんな人気がなかったら商売上がったりだろ?」

聖も負けじと翔にふっかけるものの返答はない、2人に共通しているのは同じアウトローの世界に身を投じているだけなので何かしらのシンパシーを感じ取っているのかもしれない。

(この女・・何処かで会ったことある!!)

「何だよ、ジロジロ見やがって・・やんのかッ!?」

「お、親分! 声が大きいですって・・」

お芋たんは慌てて聖を制止させる、こんな狭い洞窟の中で戦闘されたら倒壊するのは間違いないので何とか回避させる。逆に翔は聖の姿を見ながら今までの記憶と照らし合わせる、翔にとって聖の姿を見るのはこれが初めてではないので必死になって思い出す。

「チッ、だけど見つかってしまったら話は別だ。チビ助、場所を移すぞ」

「ま、待ってくれ!! ・・なぁ、お前はあの時のことを――」

「翔さん!!」

突然間に割って入ったのは他ならぬフェイ、洞窟内はエコーが利いて通常よりも声が響き渡るので声を聴きつけたフェイはその場へとやってきたのだが・・全く持って空気の読めない男である。

「お前達はあの時の盗賊ッ!! こんなところでなにをしているんだ!!」

「フンッ・・てめぇには関係ない」

「でも親分、こいつがここにいるとなれば脱出するのは骨が折れますよ」

「んなもん叩き潰すだけだ!! それにこいつには貸しがあるからな、ここでキッチリと制裁しねぇとな・・」

既に臨戦体勢バッチリの聖は拳に魔力を溜める、それに合わせてお芋たんもしかたなしに魔力を高めながらいつでも戦闘できるように態勢を整えながら2人の出方を窺う。それにフェイとはそれなりに因縁はあるのでここではっきりとした勝敗を付けたいのが聖の心情である、互いの距離が徐々に狭まる中で翔が一声発する。
180 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 05:01:52.96 ID:VM9WNrOJo
「まぁ、待てよ。俺が見たところてめぇ等はそこそこの因縁があるようだが場所を考えろ。とりあえず俺達はここを抜けてマスガッタ王国からエルフの里へと向かう、お前達もそこが行き先なんだろ?
それにここはドラゴンの巣窟で名高いルンベル渓谷・・下手に俺達が争えば余計な体力と魔力を消費してドラゴン退治すらままならねぇし、争うこと自体にお互いにメリットはない。

だったらここは一時休戦で手を打たないか?」

「しかし翔さん!!」

「それにここで俺達が争えばドラゴンどもが現れて下手すりゃ無駄死にしてしまうし、お互いに協力し合って抜けたほうがメリットだ。フェイもマスガッタ王国にたどり着くまではこいつ等の因縁を忘れろ」

翔の提案にフェイは拳を引っ込めようとするが、肝心の聖は当然のように退くわけがない。

「何言ってやがるッ!! こいつと手を組むなど誰がやるかッ!! だったらこのまま俺だけで・・」

「お前も盗賊の頭目なら周りを見ろ! ・・もし無事にマスガッタ王国にたどり着いたら俺の右腕をくれてやる」

傭兵が片腕をなくしたら問答無用で廃業しなければならないだろう、これだけのために自分の片腕を差し出す覚悟は表情にまで出ている。

「お、親分・・ウチもこの男の言っていることは本気だと思います」

「・・ケッ、勝手にしろ」

ようやく拳を振り下げた聖に翔はホッと胸を撫で下ろして安堵する、何よりも無事に無用な争いが回避されたのだからこれだけでも上々だろう。

「よし、商談成立だ。フェイもいいな?」

「わかりました。とりあえずは一時休戦で・・それでもよくあのドラゴンの群れを突破したね」

「それはウチ特製のマジカル・マントで姿を消したんだよ。素材はフェビラル王国で盗んだ・・イテッ!」

「余計なこと抜かすな!! ・・おい、こっからどうするんだ?」

「とりあえずは朝まで待とう。僕の経験上ではここに住むドラゴンたちは夜間でも活発に動くんだ、幸いにも時期からして繁殖期じゃないから夜明けになったら一気に突破するのがベストだよ」

フェイとて伊達にこのルンベル渓谷へ放り込まれたわけではない、若年ながらも経験から培った知識を元に作戦を立てていく様はその場にいる全員を納得させるだけのものがある。

「随分ドラゴンの生態について詳しいね、そういえば洞窟の中を探っていたら剣とかドラゴンの衣類で出来た拾ったんだけど・・」

「ああ、それは僕と姉さんが作ったものだから使いたかったら使っていいよ。元はこの洞窟にはあるドラゴンの一家が住んでたんだけど全て殲滅して肉は全て食料にして骨は魔法で武器とかにしてたし、皮膚なんかは適当な素材と合わせて防具にしてよく使ったんだ」

「す、すごいハードな生活してたんだね・・」

驚愕の内容にお芋たんは驚きを通り越してしまうが、フェイが嘘をついている様子もないので信じざる得ないだろう。

「よし、夜明けまで休もう。・・どうしたんだよ、まだ不服そうな顔してるな」

「・・うるせぇよ、俺達になんかしたらぶっ殺すッ!!」

「へいへい・・」

そのまま聖はふてくされるように少し離れて睡眠をとる、その姿に翔は苦笑しながら見守るのであった。
181 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 05:03:57.82 ID:VM9WNrOJo
フェビラル王国

場所は戻ってフェビラル王国・・いつものようにフランは馬車を使いながら受け持っている患者達の家を訪問しながら検診し回っていた。

「はぁ〜、この仕事も私一人では少しきつくなったけど・・かといってフェイぐらいしか出来るのいないしね」

医者として軌道に乗ったのはいいもののフラン一人では限界もある、だけどもすぐにでも自分の仕事が出来る人間といえばフェイぐらいしか思い浮かばない。今では本人の意向もあってか農業に専念させているのだが、自給自足をする分には困らないものの商売として考えたらフランと比べても採算はあまり取れていないのが悩みどころである。

「どうしようかな、でも諦めさすのも気が退けるしな・・」

「・・ハァ、どうやら女体化してから甘くなったわね」

「えっ!!」

フランはそのまま馬車を止めると恐る恐る声の発生源である隣に視線を移すが瞬時にフランは馬車の外へと投げ飛ばされてしまって受身も取れないままで地面に激突してしまう。

「ッッ・・」

「その身のこなしだと女体化して体術のほうをサボっているわね」

「か・・母さん!!」

突如としてフランの前に現れたのは忘れたくても忘れられない畏怖の対象である自分の母親・・なんで現れたのかは不明だがせっかく自分の目の前に現れてくれているのだ、是が非でも何かしら聞き出さないとやりきれないのだ。

「何でこんなところにいるかは聞かないわ。でもただでは――・・」

「ガタガタ喋るなら相手を叩きのめしてからって教えたはずよ」

母親は容赦なくフラン目掛けて魔法を放つが、フランは何とか防ぐが更に母親は容赦なくクラッシュ・サンダーを放つとフランが体勢を立て直す隙も与えずに装備していた魔法剣に魔力を溜めると斬激を叩きのめすが、フランも負けじと得意の暗黒魔法で応戦する。
182 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 05:05:33.07 ID:VM9WNrOJo
「動きが鈍いッ!! 馬鹿息子といい・・昔みたいに叩きのめす必要があるわね」

「勝手に見下してるんじゃないッ!! こうなれば・・“全ての自然の力よ 我に集いたまえ そして混沌と破壊をもたらせ・・ マ ジ ッ ク  ク ラ ッ シ ュ ! ! ! ! !”」

フランからは巨大な魔弾が放たれるのだが、母親は慌てもせずにバターを切る感覚で魔弾を叩き切ると周囲は大爆発を起こして呆然としているフラン目掛けて魔法を放つ。

「そ、そんな・・」

「ドラゴン・バーン!!」

母親から放たれたドラゴンバーンは詠唱がないので自分が放った魔法よりも遥かに強く、手加減した上でかなりの威力だと言うことをその身を持って思い知らされる。

「詠唱なしでこの威力・・こうなれば!! “旋風の源よ。我が力の前でその力を発せよ!! ウインドソード!!”」

フランの右腕からは風の剣が形成されるが、そのままフランは間髪いれずに魔法を詠唱する。

「“漆黒なる魔界の波動よ。我が手に集いし、魔となりて覇を唱えん! 闇を導く破滅の女神よ、光の創造を喰らい尽くせ!!! スレイ・ギガ・ダーク!!!”」

「上級暗黒魔法ね・・ま、体得させて扱えるようになっただけでもマシか〜」

「流石の母さんでも余裕ぶっこいてる暇はないはずよ!! 昔から喰らわされたこの魔法・・今度は私が叩き込んであげる!!!」

「やれやれ・・馬鹿息子といい、格の違いを思い知らせてあげるのが親の役目ね」

といってもフランからは膨大な漆黒の魔弾が詰っており、その威力は恐らく国の一つは簡単に消し飛んでしまう代物だろう。しかし母親は特に慌てる素振りもなく魔法剣を構えながら余裕を崩さずに対峙する、しかしフランが放とうとしているスレイ・ギガ・ダークは数ある暗黒魔法の中でも伝説とまで称されている上級魔法・・唯一、立ち向かえるのは神聖魔法なのだが母親は放つ素振りすら見せない。

「行くわよ!! ハァァァ!!!」

「未熟なあんたがこの私に一矢報いようなんて・・百万年早いのよぉぉぉぉ!!!!!!!!」

「!!」

フランから放たれた巨大な漆黒の魔弾は母親によって両手で構えた魔法剣によって受け止められる、更に母親は魔法剣に自分の魔力を溜めるために詠唱を始めると剣は魔力を吸収して眩い光を発する。

「“神の集いし、力よ・・光となりて”――!!」

「隙あり!!」

母親が気付くと背後には襲い掛かるフランの姿が・・実のところフランもこの展開を予め予測していた、この母親の足を止めるには並大抵の魔法では素手で防がれるのは目に見えているので上級魔法で足を止めてからその隙に背後に回ってウインド・ソードで切り刻む算段だ。

まんまと作戦が成功したと踏んだフランは風の刃で勢いに乗って母親を襲おうとするが・・
183 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 05:06:28.75 ID:VM9WNrOJo
「・・発想は褒めてあげるけど、この私を倒すにはまだ力不足ッ!!」

「そんなこといっている暇があるなら防いで見なさい!!!!!」

フランは母親目掛けて切り刻むが母親の服すら破ることすら出来ない。といっても普段のフランが生成したウインドソードならば決して威力が低いわけがなく、むしろ王宮とかで流通している鈍らな魔法剣よりも断然威力が高いし伝説の宝剣クラスの代物なのだが相手が特殊なのだ。

「嘘ッ!! ありったけの魔力を注ぎ込んでいるのに――・・!!!」

「親に喧嘩売るってのはね・・こういうことなのよッッッ!!! “魔を打ち払い金色の覇王よ、我の力に呼応し、終焉の光を形にせよ!!!”」

「そ、その魔法は――・・!!!」

「“・・シャイニング・ノヴァ・ブレード”」

詠唱を終えた母親は左腕を離すと左腕からは巨大な光の剣が生成され、一振りでフランのウインドソードを消滅させると相変わらず魔法剣でスレイ・ギガ・ダークを受け止めつつも、その体制を維持しながら的確にフランの位置を把握しながら滅多切りにする。いくら昔から味合わされた光景とは言ってもフランは驚きのあまり動揺してしまう。

「何で背後にいるのに・・私の位置がわかるのよッ!!」

「気配で動きが丸見えなのよ、青二才ッ!!!」

「こうなったら・・“自然を司る大いなる力よ、大地を我が力を共鳴せん! グランド・ブラスト!!”」

フランは右腕を地面に向けるとドラゴンを模した巨大なゴーレムが生成されるとゴーレムは即座に母親に襲い掛かるのだが・・母親の一振りによってゴーレムは粉微塵になりあっけなく消滅する。

「そんな上級魔法如きが通用するわけ・・」

「“魔を見極めし力よ 我の僕たりし存在を呼び寄せ ここに降臨せよ!! ダーク・メイド!!”」

「あんた達兄弟の諦めの悪さは誰に似たのかしらね? ・・私か」

「降臨せよ! ブラッド・ドラゴン!!!」

突如として空間が砕けると、ものすごいスピードで昔の戦争で悪魔が操ったとされる漆黒の龍が現れる。ドラゴンは物凄い咆哮を放ちながらじっと母親を睨み上げる、そのままフランは更に魔力を集中させると巨体なドラゴンは漆黒の球と変わるとフランの鎧と姿を変えてその身に装着される。

「憑依装着! ・・行くわよ、ダークネス・フレア!!」

「ふぅ・・どうやら馬鹿息子よりも徹底的に痛めつけないといけないようね」

フランから放たれた巨大な炎は剣によって真っ二つにすると母親は剣を消滅させる。そして未だに対峙しているスレイ・ギガ・ダークを受け止めている剣に魔力を集中させる。
184 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 05:09:43.35 ID:VM9WNrOJo
「“闇を統べる覇者よ、破滅の開闢を統べる力を示し、破を導く序章を開きたまえ!! ダークネス・ファイナル・ブラスト!!”」

「上級暗黒魔法を剣に取り込むなんて!! ・・だけどそれで私のスレイ・ギガ・ダークを今更消滅させるようね、ようやくやる気になったって事か!!!」

「馬鹿息子と同じ底が浅い発想ね。・・こうするのよッ!!!」

「えっ?」

「“剣よ・・我が力を示しなさい!!”」

母親が更に力を入れると剣はスレイ・ギガ・ダークを吸収し始め、巨大な魔弾は徐々に剣に吸い込まれると同時に剣も漆黒の黒を象徴させる色へと変化していき強大な魔力を帯びて黒光りな稲妻を発する。あまりの光景にフランは驚きのあまり呆然としてしまう、魔法剣は確かに魔法を吸収する性質があるのだがそれは通常の魔法剣での話し。伝説クラスの魔法剣でさえも上級暗黒魔法を吸収してしまえば剣自体がその膨大な魔力に耐え切れずに粉砕してしまうのだが・・それを可能にしている母親にフランは暫し呆然としてしまう。

「上級暗黒魔法を2つとも吸収するなんて・・流石あの人が私のために伝説の魔法剣を素材に造った魔法剣ね♪ 惚れ直しちゃうわ」

「そ、そんな・・どんな魔法剣でも上級暗黒魔法を2つとも取り込めるはずがないわッ!!」

「お父さんが聞いたら嘆き悲しむわよ。・・んじゃ、行くわよ」

そのまま母親は一旦距離を置くとフランに向かって剣を一振りするが、振っただけで強烈な衝撃波が発せられる。慌ててフランは直撃を避けるものの避けきれずに掠めてしまうものの・・それだけでもかなりの威力なのでフランは吹き飛ばされてしまう。

「グッ・・掠っただけなのになんて威力なのッ!?」

「流石に上級暗黒魔法2つだけじゃこんな程度か。ま、子供を躾けるには丁度いい程度ね♪」

「舐めてんじゃないわよ!! “破壊の源よ、その闇を放ち漆黒の糧となりて! ブラッド・ブレス!!”」

フランからは血と同じ色を模した巨大な火球が放たれるが・・母親は剣を一振りして容赦なく叩き切る。叩ききられた炎の破片は地面に激突してその高温で物体を容赦なく溶かすがフランは更に攻撃を続けるが、どれも結果は同じで母親の剣の一振りによってどの攻撃も全て叩ききられてしまう。

「ブラッド・ドラゴンの力が通じないなんて――ッ!!」

「馬鹿ね、ブラッド・ドラゴンの力の源は暗黒魔法・・この上級暗黒魔法を2つ吸収した剣で相殺するのは容易いわ。フェイのようにエンペラードラゴンを召喚すれば多少はマシになったんだろうけど、今のあんたの実力じゃどう転んでも結果は同じよ。
・・さてフランソア、私の魔法は一応手加減しているけど可愛い馬鹿息子のためにも死なないでね♪」

「えっ・・ちょ、ちょっと――!!!」

「ハッ!!」

母親は剣に溜められている魔力を一気に解放すると剣から放たれた漆黒の衝撃波は閃光の速度でフラン目掛けて向かう、当然疲弊しているフランは避ける間もなく先ほど避けたのとは比べ物にならないほどの威力を体全体に叩きつける。その威力は身体に纏っている伝説の邪悪龍の鎧が砕け散って激痛が走る間もなく意識も失う、いくら母親が手加減したとはいってもこれでも五体満足なのは奇跡に近いぐらいで他の人間なら消滅してしまってもおかしくはない、フェイやフランでなければ耐え切れなかっただろう。
全ての魔法を解除した母親はやれやれといった表情で気絶しているフランを見つめる。
185 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 05:11:25.91 ID:VM9WNrOJo
「全く、手加減してあげたとはいってもこの程度で意識失った上に骨折するなんて情けないわね。この子が女体化したときに鍛えて置けばよかったわ、私もこの子ぐらいには女体化してたけどまだマシだったんだけどな。
やっぱり、あの人と一緒に馬鹿息子共々・・昔と同じように一から鍛えなおしたほうがいいのかしら?」

すぐに盛大に吹き飛ばされたフランを発見した母親はある程度治療すると意識の回復を待つ、いかに人よりも丈夫なフランでも骨折は避けられなかったようだ。

「ハァ〜・・息子が自分と同じように女体化してしまうなんて運命って末恐ろしいわ。あの人ってフランソアのことは長男だから一身に期待してたのに女体化した上に肝心の実力がこれじゃあ今後が思いやられるわね。
にしてもどうやって鍛えてあげようかしらね〜、あの時とは違って大きくなったから手始めに何もなしで迷いの荒野で名高い“デス・ウォール”に放り込もうかしら?」

「そ、それだけは勘弁してッッ!!!」

身体に染み込んだ恐怖心がフランの意識を呼び覚ます、この両親が執り行う修行と言う名の虐待の日々を送るのは絶対に避けたい。

「ようやく飛び起きたわね。さて、可愛くなったフランソアにお母さんから提案があるの♪
 

武器なしで生物のいない環境劣悪な辺境の地へ放り込まれるか――
              
               お父さんとお母さんとの親子水入らずの修行の日々を受けるのとどっちがいいかな♪」

「か、母さんッ――!! フランソアはちゃんといい子にするから勘弁してよぉ・・」

いつもはフェイに対しては強気のフランも母親の前では形無し・・というより普通に泣きじゃくる子供であるが、母親からしてみればこんな光景は何度も見慣れているので即刻喝を入れる。

「あんな情けない体たらくで何言ってんのッ!!! 父さんと母さんがいない間に馬鹿息子共々、少しは強くなったと思って期待してみれば・・」

「でも! あの時よりは比べ物にならないぐらいに強くなったし、フェイと一緒に特訓も・・」

「生温いッ!! あんなもの強くなったうちに入るわけないでしょ!!! 前にフェイとも戦ったけど・・どうせ適当に手を抜いて鍛えたのが目に見えるわ。そんなんで強くなるわけないでしょッッ!! このバカ兄弟――ッッッ!!!!」

「ご、ごめんなさぃ・・・」

「私達が若い頃にはね、お父さんと一緒に戦闘やあらゆる魔術を実験して毎日死に掛けになりながら強くなたもんよ。やっぱり今までどおり私達が鍛えなおしたほうが・・」

「ごめんなさいごめんさいィィィィ―――!! ちゃんとフェイと一緒に強くなりますから、それだけは勘弁してくださいッッ!!!!」

泣きじゃくりながら必死に謝り通すフランであるが、こうでもしないとせっかく手に入れた安住の生活がパァになってしまう。毎日のように修行という名の元で両親から殺され掛けてた日々を送っていたフランからすれば今の生活は絶対に捨てたくはないし、好んで地獄に足を突っ込むような真似をするほど馬鹿ではない。

幼い頃からの恐怖が完全に甦ったフランは幼い子供のように泣きじゃくりながら母親に必死の嘆願を続ける。
186 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 05:12:19.49 ID:VM9WNrOJo

「お願いじまじゅ・・
          決じで手を抜いだりサボっだりじまぜんがら・・」

「わかったから、いい年こいて泣かないの。あんた等バカ兄弟を鍛えるのはいつでも出来るけど生憎とこっちはそんな暇ないから今回は特別に見逃してあげる」

「ほ・・本当ぉ?」

「全く・・早いところ強くなって私達を安心させてよ」

とりあえずは地獄の日々が回避されたのでフランはとりあえず安堵する、両親の修行のお陰で強くなったのは確かではあるが内容が内容なので思い出すだけでも無意識に鳥肌が立ってしまう。

「しかし本当に女体化したのね、母さんの若い頃にそっくりだわ。それにちゃんと医者として活躍してるみたいだし」

「そりゃ、毎日のように父さんと母さんに病気にされて自分で治したりしてたら嫌でも覚えるわよ。・・やってみて思ったけど自分の未熟さに何度も直面したりしてるけど、それでも患者さんたちの笑顔が嬉しいの」

母親も医者としてのフランの評判は聞いているし、こっそりと見守りながら未熟ながらも実績と活躍の数々は着実な成長としての証なのでそこら辺は親として誇らしく思っている。

「ま、それさえ判ればよろしい。・・ところでフェイは何してるの?」

「一応農業をやらせてるわ。最初は自給自足の範囲だったんだけど本人が本格的にやる気になって・・」

「ハァ・・その様子だとちょくちょく手伝ってるわね、諦めさせたかったら手伝うのは止めなさい。フランソアのように自分で何かやらせないとフェイのためにならないわ」

母親は自分達がいなくなってからの2人の生活ぶりを予想する、2人で助け合いながら生きているのはいいものの自分達がいない間に相当だらけきっているのも事実なので頭を悩ませる。

「ま、あの人が何とかするでしょ。それよりもフランソア、魔力と体力回復させてあげるからエルフの里に行きなさい」

「え? た。確か・・そこら辺はフェイが父さんを探しに向かっているはず・・よ?」

「だからフランソアも手伝いなさい、2人が会ったなら父さんもきっと喜ぶわよ」

「で、でも私は医者の仕事があるし・・」

確かに医者としての仕事もかなり忙しいのも事実なのだが、フランの本音とすれば父親に会ったら母親と同じように叩きのめされてしまうのは目に見えているので出来ることなら避けたいのだが・・この母親がそれを許すはずがない。

「そんなものは母さんがやってあげるから心配無用よ。それにあそこらへんには手ごろな悪党もいるらしいから鈍りきっているあんた等バカ兄弟にとっては修行にもなる。
とっとと片付けて父さんと感動の再会を果たしなさい、い・い・わ・ね・?」

「ハ、ハイ・・ヨロコンデ、イカセテイタダキマス」

「よろしい。んじゃ、体力と魔力を回復したら馬車でさっさと向かいなさい。それと・・あんたらがこれ以上だらけた様子を送っているようだったらさっきよりも叩きのめすから、2人ともいつでも死ぬ覚悟はしてね♪」

(この人は私達がだらけていると判断したら本気で殺しにかかるわ――ッ!!! 今後はフェイ共々気をつけないと・・)

「それじゃ吉報を待っているわ。・・サボったらわかってるわね♪」

母親は脅し文句を言い残すと魔法を使ってフランの魔力と体力を回復させると風のように消え去った。
187 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 05:17:41.24 ID:VM9WNrOJo
マスガッタ王国

命からがらあのルンベル渓谷を抜け出した4人はマスガッタ王国の風景を見てようやく安堵する。

「ハァ〜、ようやくたどり着きましたね。親分」

「まぁな・・ドラゴン退治は骨が折れたぜ」

「でも何はともあれ無事にたどり着いたんだ。これで良しとしようじゃねぇか」

翔は無事にたどり着いたことに大満足のようだが、あの約束の事があってかフェイの表情はどうも優れない。しかし当の翔はそんなこと気にすら留めていないようでそれが余計に不安を助長させる。

「・・」

「どうしたんだよ、フェイ。無事にマスガッタ王国にたどり着いたんで感動でもしたか〜?」

「それは嬉しいんですけど・・」

表情が優れないフェイが心配な翔は何とか言葉を掛けるが・・聖の一言でぶち壊される。

「・・おい、目的は達したんだ。こっからは俺達は敵同士に戻るぜ」

「なっ――!!!」

「・・」

無事にマスガッタ王国へたどり着いたら翔の腕一本と約束していたこの共同戦線・・緊迫した空気が流れる中で流石にお芋たんが止めに入る。

「お、親分・・とりあえずマスガッタ王国に着いたんですから、ウチ達はここで別れましょうよ」

「てめぇは黙ってろッ!! ・・さてと、約束だったな」

そのまま聖は不敵の笑みを浮かべながら翔の元へと向かうが、即座にフェイが聖の前に立ちはだかる。

「・・小僧、何の真似だ?」

「お前に翔さんはやらせはしない!!! 僕が代わりに相手をする・・」

「そういやてめぇとは決着付けれなかったな。・・まとめてぶちのめしてやるぜ!!」

「親分!! こんな奴等放っておいて行きましょうよ」

お芋たんは必死に聖を止めに入るがそんなので止まる人物であったら苦労はしない、そのままフェイは魔力を溜めながら構えて聖の挙動からは目を離さずに警戒を強める。
188 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 05:18:56.61 ID:VM9WNrOJo
「大丈夫だ、てめぇの後始末はてめぇで付けるのが俺の信条だ。・・さぁ、俺の腕が欲しいんだろ? 好きなところ持っていけよ、女親分さん」

「・・バーカ、誰が一文にすらならねぇてめぇの腐った腕なんているかよ。行くぞ、チビ助」

「あっ! 待ってくださいよ、親分!!」

そのまま聖はお芋たんを引き連れてその場から去ろうとするのだが、最後に翔は聖に問いかける。

「なぁ、最後に教えてくれ・・お前は何者だ?」

「・・聖・・俺は相良 聖だ。あばよ、傭兵さん」

聖はお芋たんを引き連れて雑踏へと姿を消す、最悪の事態が回避されて改めて胸を撫で下ろすフェイであるが翔は深い思考の闇へと突入する。

「何だったんだ。でも良かったですね!! 翔・・さ・・ん・・・・?」

(相良って言えばボルビックとの戦争で活躍したデスバルト共和国直属の親衛隊の名前だ。・・間違いない!! あの娘はあの時の――!!)

初めて聖に出会った頃から過ぎっていたその感覚が核心になったことで翔は改めてそのときの記憶を掘り返すとようやく確信めいたようである一件を思い出すのだが・・それと同時に空腹に襲われる。

「はぁ〜、ちょっと腹減ったな。どっかで飯でも食うか?」

「そうですね、今後の行動についても話し合いましょう」

腹が減っては戦が出来ぬ・・フェイと翔は町の食堂へと向かうとこれからの作戦会議をは兼ねながら食事を取るが、ルンベル渓谷ではまともな食事すら取れなかったので必然的に料理の量が増えてしまう。

「うまい!! やっぱりドラゴンばっかり食べていたらこういった料理が美味しく感じますね!!」

「何かお前の悲惨な食生活が思い浮かぶよ・・」

「?」

こうみても翔はこういった不安定な生活を送っている影響もあってか、まともな感覚を養うためと唯一の娯楽として食生活については気を遣っているのでこう見えてもかなりのデパートリーの広さを誇るのだが、フェイの場合は幼い頃から生きるか死ぬかの瀬戸際の日々を送っていたので強くなったもののその代償としてそういった味覚の感覚が人よりも少しズレてしまっているようだ。
189 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 05:24:23.12 ID:VM9WNrOJo

「そういえばフェイはマスガッタ王国に代々伝わるとされる伝説の秘法について知っているか?」

「ええ、真紅の涙ですよね。・・でもここだけの話ですけど、あれって父さんが僕等が身に着けている魔力増幅装置の素材にしたんですよ」

「おいおい、それが本当なら展示してあるのは偽物なのかよ?」

「父さんが作ったものですけどね」

フェイの言っていることは事実でフェイとフランが生まれる前にこのマスガッタ王国ではエルフの里を巻き込んだボルビックとのいざこざがあり、それをフェイの両親が解決したのだが・・両親はその見返りとしてマスガッタ王国から代々伝わる真紅の涙を要求して手に入れた経緯がある。マスガッタ王国としても本来ならば突っぱねたいところなのだが、相手は1人で国家の1つや2つ平気で潰せるような人物・・それが1人じゃなく2人もいるので断ってしまえば長年築き上げてきた歴史に幕を閉じることになる。代々伝わる秘法1つでそれが回避できるのならば安いものなので喜んで差し出したのだが、両親もそこまで鬼ではないので本物に近い精巧な偽物を手渡して今に至るわけである。

「でも展示してある真紅の涙は見かけは勿論、成分や中身もオリジナルと殆ど同じように構成されていますから上級の魔法使いでも本物と見分けるのは不可能に近いです」

「お前の親父ってすげぇんだな・・」

フェイの父親の凄さを翔は改めて理解する、並みの魔法使いでも見た目は何とか似せることはできても成分や中身まで似せるのはまず不可能である。上級の魔法使いでも不可能な技術をあっさりとこなす技量には感嘆させられるばかりである。

「それでここからなんですけど、翔さんが父さんと会ったのはエルフの里の境界線付近ですよね?」

「ああ、具体的な場所はここから・・」

「・・エルフの里か、俺も同行させてもらってもいいかな」

突如として現れたフードに身を纏った人物・・デピスは少し驚いている2人に非礼を詫びながら自己紹介を始める。

「いきなりで済まない。俺はデピス・・流れの魔法使いさ」

「ど、どうも・・僕はフェイです」

「・・中野 翔だ」

デピスに合わせて2人は簡単な自己紹介を済ませるが、すぐに警戒心をある程度解くフェイに対して翔はデピスの姿を見据え続ける。傭兵として培った勘がこのデピスに対して只ならぬ警鐘を発している、そのまま警戒を強めながらデピスの姿を見つめ続けると右手の紋章を着目すると即座に記憶と照合してデピスに問い質す。

「その紋章はボルビックの“抹消の印”というこは・・お前、ボルビックから抜け出した人間か?」

「ご名答、よくこの印だけでわかったな」

「何ですか・・“抹消の印”って?」

「ボルビックは守護神アラーを崇拝している国家なのは知っているだろ? アラーの教えを背いた人間は罰の証として抹消の印と呼ばれる証印を体の一部に刻まれる、印の種類は罪状によって異なるが・・その印は女体化によるものだ」

フェイもボルビックの内情については両親やフランには聞いてはいるが、実際には目の当たりにした事はないので抹消の印の痛々しさからその酷さがよく分かる。
190 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 05:25:43.06 ID:VM9WNrOJo
「実際に戦場で元ボルビックの人間は何人も見てきたからな」

「なるほど・・ところでデピスさんは何故エルフの里に?」

「ちょっとエルフの里の境界線付近で手に入る薬草を手に入れたくてな。・・エルフの里に行くなら是非同行させてもらいたいんだが?」

「僕は構いませんが、翔さんは?」

「別に俺も構わねぇよ」

「感謝する」

デピスという仲間を加えて期待を胸にするフェイであるが、疑念を消え去ることができない翔であった。

191 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 05:27:54.90 ID:VM9WNrOJo
真紅の涙・展示室

マスガッタ王国に代々伝わるとされる真紅の涙は王宮に展示されており、厳重な警備の元で一般にも公開されている。元々この真紅の涙は遥か昔にマスガッタ王国が建国された際に神から献上されたといわれる鉱石であり、国の歴史と共に存在している大変貴重な代物であるが・・数年前にある人物に精巧に作られたものだと知っているのは王宮の中でもほんの一握りだけで殆どの者は展示されているのが本物の真紅の涙と信じきっており、国民に紛れているこの2人も同様である。

「流石に国宝だけであって警備は厳重ですね親分」

「久々に盗み甲斐のあるお宝じゃねぇか、燃えるぜ!!」

聖の燃え上がる闘志を秘めた瞳は獲物である真紅の涙に向けられる、伝説級の国宝である真紅の涙を盗み出したとなればサガーラ盗賊団の名を上げる絶好の機会である。

「でも魔法使いまで警備まで借り出しているということは夜になっても難しそうですね。魔法である程度カバーするにも物量戦にまで持ち込まれたらこっちが不利ですし・・」

「だからてめぇはバカなんだよ。こんなもんはな・・」

「まさか親分・・」

「うぉりゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!」

そのまま聖は魔力を拳に溜めるとそれを真紅の瞳のケージ目掛けてぶっ放す、その衝撃で舞い上がった真紅の瞳をキャッチすると聖はお芋たんを連れて唖然としている周囲を尻目に一目散にその場から逃げ出す。

「逃げるぞ!! チビ助ッ!!」

「ちょ、ちょっと親分ッ!!!」

あまりの衝撃的かつ鮮やかな展開に周囲は唖然としてしまうが、そこは歴戦の王宮の兵士・・すぐに冷静さを取り戻すと的確に状況を把握して警備に当たっている全ての兵士を指揮する。

「全軍!! 盗賊に真紅の涙が奪われたッ!! 今すぐ女とチビを追うんだッ!!!!」

「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

そのまま兵士達は町中に散らばると逃亡した聖たちを探し始め、残った兵士達はすぐに出入口を封鎖するとその場にいる見物客を調べ始める。真紅の涙はマスガッタ王国が誇る国宝級の代物・・それが盗み出されたとなれば国家の威信にも関わるので早いところ見つけ出さないと国家の威信に関わるのだ。そのまま兵士は迅速なる速さで王にこの事態を知らせると王からはすぐさま勅命が下され、部隊長の指揮の下で全軍挙げての捜索が開始される。
王国中はたちまち兵士で一杯となり、この血眼になっている兵士の1人も同様で王虚空中をくまなく探している間にとある親子連れの姿が目に浮かぶとすぐさま事情徴収を行う、犯行時間からしても国外へは逃亡はしていないし国外へ繋がるゲートの全ては既に厳重な警備が敷かれているので簡単には逃亡は出来ないだろう。
192 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 05:33:02.36 ID:VM9WNrOJo
「奥さん、怪しい2人組みを見ませんでしたか? 泥棒がこの付近に逃走中との情報が入ったので・・」

「さ、さぁな。俺達はここで買い物してただけだしよ・・」

「兵士さん、お母さんの言うとおりですよ。ウチはお母さんと一緒に買い物してたんで・・ね、お母さん?」

「お、オホホ・・旦那に似て子供は正直だからよ」

「わかりました、何かありましたら王宮までご報告ください」

そのまま兵士をやり過ごした親子・・もとい聖とお芋たんは周囲を警戒しながら逃げるように路地裏へと逃げ込むとようやく一息つくが、慣れない芝居をしたものでちょっとしたことでも少し疲れてしまう。

「いや〜、名演技でしたよ。親・・イテッ!!」

「うるせぇ!! しかし警備はかなり厳重になっているな、こりゃ抜け出すにも一筋縄じゃいかねぇぜ」

警備のほうは時間が進むたびにかなり厳重になっており、このまま親子でやり過ごすにも無理が出てくるだろう。それにマスガッタ王国がエルフの里へと協力を依頼してきたら更に状況は悪化するのは間違いない。元来より魔術に長けている彼らに掛かれば自分達を見つけ出すことなど容易なのは間違いないので早めに国外へ退去しないと安心は出来ないだろう。

「そりゃ国宝盗んだらそうなりますよ。あ〜あ・・店のほうはどうしようかな、狼子さん1人だと申し訳ない」

「んなもん放っとけ。狼子には長期の休暇取らせたから暫くは閉めたっていいだろ。しかしどうやってオサラバするか・・」

「どうしました?」

「いや・・なんかこいつを盗んでからさっきから変な感触がするんだ」

実のところ聖は真紅の涙を盗んでからと言うものの気味の悪い感触に度々襲われているし、翔についても納得のいかない部分がある。彼とは決して初対面ではなく、過去に何かしらの接点を感じさせられるのだが・・どうも思い出せない。

「それに・・俺はあの傭兵野郎とはどこか会ったことがあるんだが、それがいつかは…思い…出せねぇ……んだよな―――」

「思い過ごしじゃないんですか? そんなことよりも早いところこの国を出ましょう、エルフの里に協力を求められたら流石のウチでもしんどいですし・・って、親分大丈夫ですか!?」

「そ…う…だな……――」

「親分!!!! こうしちゃいられない!!」

徐々に気持ち悪い感覚から頭痛に変わり、聖の容態は急変する。お芋たんもあらゆる回復魔法や持って来た自家製のアイテムを投与していくのだが、聖の容態は良くなるどころか更に悪くなる一方で表情も苦痛そのものなのでお芋たんも気が気ではない。

(そんな!! 回復魔法どころかアイテムすら効かない――!!)

「…を……置い…て……逃…げろ…お、俺は……」

「何弱気なこと言ってるんですかッ!! 待ってください、今最大魔力を込めて――」

「そ…そ…うだ。前に…も……あいつは………俺をこん…な風に……救って……くれた……んだっけ…か……」

「親分…親b――!!」

聖と同時にお芋たんの意識も失ってしまう、そしてその背後には不適に笑う1人の男の姿が・・

「さて、お前等には悪いが馬鹿息子の為に1つこのまま悪党の術中に陥ってもらうぜ。最悪な場合はちゃんとしてやるから安心して眠っていろよ・・ハァッ!!」

男の魔術によって2人は意識を失ったままある場所へと転移されると男もその場から姿を消す。そしてその微かな魔力に発せられた魔力の気配をこの人物がキャッチする。
193 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 05:35:19.40 ID:VM9WNrOJo
(――!! 誰だ?)

「どうしましたか、デピスさん?」

「いや・・大丈夫だ、気にしなくていい」

聖たちの異変が発せられたのと同時期、3人も翔がフェイの父親と戦ったとされるエルフの里境界線付近へとやってきており、翔が激戦の様子を話しはじめる。

「ここがフェイの親父と戦った場所だ。激戦に次ぐ激戦で周辺の地形はかなり変わったんだが・・元に戻っているな」

「ああ、それは父さんが自然魔法で元に戻したんだと思います。それぐらいは朝飯前ですから」

「自然魔法を朝飯前とか・・お前の親父は規模がでかすぎるっての」

自然魔法は数ある魔法の中でも習得難易度が最高位ともされる魔法で並み居る大賢者の中でも研究している人間はいれども使用できる人間はいなく、今までに使用しているのはフェイの両親ぐらいしかいないのだ。

「ところでデピスさんはどんな薬草を探しているんですか?」

「マギクの花だ。・・まぁ、俺のことなんて置いてくれればいい」

「そういうわけにはいきませんよ!! マギクの花ならここらへんにわんさかありますし」

そういってフェイは至るところに生えていたマギクの花を積みまくって束にするとそのままデピスに手渡すが、当のデピス本人はあまり嬉しそうではないので余計に翔の疑問を生む。

「はい、これだけあれば色々使えると思いますよ。マギクの花は様々な素材になりますからね」

「ああ・・ありがとう」

(目当ての品が手に入ったのに嬉しそうじゃねぇな・・)

目当ての品が手に入ったら本来ならばそれなりのリアクションはして当然なのだが、ことデピスに限ってはそういった表情すら見せていないのだから疑問を覚えないというほうが無理もない話しだろう。
194 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 05:36:42.70 ID:VM9WNrOJo
「そういえばデピスさんはマギクの花で何を生成するんですか?」

「“マギクの花を集めし者は守護神アラーからの祝福が与えられん――・・さすればルンベル渓谷の龍の衣を纏いて力を我が手に集うだろう――”」

「え? それって・・ボルビックの教えですか?」

「ああ・・今となっては帰るべき場所がない俺には関係ないのだがな」

未だにこの忌むべき教えを口ずさんでしまう自分にデピスは未だにあの地への郷土心があることに内心驚いてしまう、自分の人生を変えられたあの教え・・自分の正義とまで信じ込んでいた教えの裁きをその身に受け、心身ともにズタズタにされたあの日から自分の世界は瞬時に反転した――・・


惜しみない家族の愛情は憎しみへと変わり――・・


               友人は暴徒へと変貌した――・・



       崇拝していた神は・・邪神へと姿を変えて牙を剥く――・・



耳を塞ぎ、目を瞑りたくなるような出来事が一気に起きたことで地獄の日々は幕を開けた。血肉を喰らい、泥水を啜りながらこの地獄のような数年間を生きてきた・・いや、そうしなければ生きてこられなかったのだ。気がつけば自分は国を追われた哀れな羊から忌み嫌われるべき悪党へと変貌してしまう日々に不思議と心が踊る。



時折、懐かしんでしまうあの日々の断片に皮肉んでしまうデピスをフェイは少し思考しながら言葉を搾り出す。

「・・デピスさん、人は“故郷”を捨てきれないんだと思います。誰にだって帰る場所はある・・それを否定してしまうのはとても悲しいことですよ」

「女体化した日から故郷に俺は捨てられたんだ。・・俺の目的は達した、それじゃあな」

「デピスさん、捨てられたのなら見つけ出せばいいじゃないですか!! 僕でよければそのお手伝いを――・・」

「フェイ、止めておけ。そこは俺達がどうこう言える問題じゃねぇ、こいつが自分の足で見つけ出さなきゃいけないんだ」

そのまま黙って2人は哀愁漂うデピスの背中を見つめながら別れる、彼女の行く末に幸あらんことを願いながら。
195 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 05:39:44.49 ID:VM9WNrOJo
デピスと別れた2人はそのままエルフの里境界線付近に近づくと結界が目の前に迫る。

「ここから先は結界を迂回して進めないようだな。お前の親父がは俺の戦いと終えてどこにいるかは分からんがな」

「・・父さんならきっとエルフの里の中ですね」

「おいおい、エルフの里っていってもこの結界はそう簡単に敗れる代物じゃ・・」

「普段の魔道師だったら不可能ですけどね。実はこの結界を破るにはちょっとしたコツがあるんです。
“聖なる光の源よ、闇を打ち祓う術をこの我が身に託したまえ! シャイニング・ウォール!!”」

「そいつは・・伝説の神聖魔法か!!」

フェイが繰り出したのは伝説とも称される神聖魔法・・翔も傭兵としてその存在は噂程度ならば何度か聞いてはいるものの実際にこの目で見たのは初めてだ。フェイは呪文を唱え終えると右手には光り輝く巨大なシールドが形成される、シャイニング・ウォールは本来は防御魔法の中でも最高位に値する魔法でどのような攻撃にも耐えうるという性能なのだが、フェイはそれをあろうことか結界に近づける。

「おい、フェイ・・まさか!!」

「感心するのはまだ早いですよ翔さん。この結界を解くにはこうするんですよ!!」

そのままフェイは右手を結界に近づけると魔法と結界がぶつかり合って周囲からはかなりの衝撃が発せられる、翔は必死に身体を堪えつつ衝撃に耐えながらフェイは更に魔力を高めて展開すると結界からは徐々にヒビが入るとフェイの魔力で更に巨大化したシャイニング・ウォールは結界とぶつかり合いながらその威力を強めていき、ついに結界は轟音を立てて崩壊する。あまりの光景に翔は唖然としてしまうがフェイは即座に翔を急がせる。

「厳重な結界が崩壊した・・」

「急いでください翔さん、結界はすぐに復活しますので」

「お、おう・・」

2人は結界が復活する前に急いで里の中に入りると同時にフェイの言うように結界が元通りに展開され、そのままフェイの案内の元でエルフの里の内部へと進んでいくがフェイの手馴れた手際の良さに翔は驚いてしまうばかり。

「しかしあの結界をこうも簡単に砕くとは・・」

「あの結界は普通の魔法や上級魔法だと通用しませんけど、上級暗黒魔法や神聖魔法なら話は別です。よく父さんや母さんもあんな感じで結界を突破してましたしね」

とフェイは簡単に説明するが翔にしてみれば規模が大きすぎて何が何だかついていけない、仮にフェイが自分と同じような傭兵でなくてよかったと心の底から安堵する。フェイからしてみればこのエルフの里の結界などは両親が何度も突破していたし、自分も修行で散々やらされていたのですっかり手馴れてしまっているのが恐ろしいところである。

「しかし思いっきり不法侵入だな。襲われても知らないぞ」

「あ、そこら辺は大丈夫ですよ。僕達が里に入ったことは既に彼らには勘付かれていますので」

「なるほど、それで襲われねぇってことか」

翔が現状について納得したところで彼らは里の中秋へとたどり着く。普段エルフが住む集落と言えば小屋とかといった自然と調和した田舎の風景が思い浮かばれるが・・現状は大きく違っており、高層マンションのような建物がぎっしりと立ち並んでおり、市場は散らばっておらず代わりに娯楽施設が多数並んでいるので人間の住む世界よりも都市化が進んでいる光景に翔は思わず絶句してしまう。
196 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 05:41:32.02 ID:VM9WNrOJo

「な、なぁ・・ここがエルフの里なのか? イメージしていたのと全然違うんだが・・」

「まぁ、最初はそんなものですよ。簡単に説明しますとあの高い建物はマンションといって中にはたくさんの部屋があって彼らはそこに住んでいます。それにこの街の元は強力な魔方陣が敷かれているんですよ」

「さすがエルフの里だな。それに市場が見当たらないが?」

「市場はありませんよ。その代わりにあそこのスーパーっていう建物で日用品を売買してるんです、よく絵本とかで出てくるエルフの話は今から約200年も昔の出来事なんですって」

その後もフェイからエルフの里について色々聞かされるが、規模が大きすぎてまるっきり頭に入ってこない。それにエルフ達はフェイを見るや否や気まずそうな顔で応対するのも気になってしまう。

「なぁ、さっきからどこか避けられてる気がするんだが?」

「・・僕等の修行でエルフの里は一時期滅茶苦茶になりましたからね。一応エルフには知り合いもいるんですけど」

「おいおい、建物ちょっと壊したぐらいだろ?」

「建物が壊れるのはしょっちゅうですよ。あの時は僕が6歳の頃で両親は幼い僕等目掛けて容赦なく強力な魔法をぶっ放したり、剣術で周囲をお構いなしにメチャメチャにしてましたけど怪我人はいなかったのが幸いでしたけどね、他にも色々あって・・」

「ま、まぁ・・過ぎたことをいつまでも引き摺るなよ。なっ!!」

流石にフェイが惨いと思ったのか、翔は何と励ます。といってもこの規模を誇るエルフの里を壊滅状態まで陥らせたフェイの両親の凄さを改めて実感する、フェイの話を聞くたびに自分はいかに無謀な勝負を仕掛けたのだろうと改めて実感させられるのであった。

197 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 05:44:16.88 ID:VM9WNrOJo
最長老の間

エルフの里の地下深く・・エルフ達を統率する立場にいる最長老はいつものようにこの部屋で執務をこなしながらも男から言われた無茶な要求を思い出すたびに頭痛に悩まされる。

「はぁ・・いつもながらあの2人は困ったものだ。結界を張り直す苦労も知らんで・・」

思えば彼らがここを訪ねてきた場合は決まってロクな目に遭ってしまう、あるときは子供の修行で里全体をメチャメチャにされたり・・またあるときにはエルフに代々伝わるとされる秘薬を使われたりとしているのでこれまでの経験からして今回のことも嫌な予感がしてならない。

「さてどっちの息子かはわからんが、こっちに向かっているから一応歓迎でも・・」

「おじいちゃん。フランソアとフェイが来ているんでしょ?」

「これ、ポアロ! ここへは勝手に入ってはならんと何度も言っているじゃろ!!! 大体昔から・・」

「はいはい、入るのは構わないが他に示しがつかないとか言いたいんでしょ? その台詞も耳タコよ」

突如として現れた若くて年頃のエルフの娘・・彼女は名をポアロといい、最長老の孫娘でありながら実力も極めて高いのでゆくゆくは両親の次に最長老の後を継ぐといわれる将来が期待されている娘であるが、慎重な性格の持ち主が多い他のエルフと違って非常に好奇心旺盛で昔から何度か里を脱走している問題児でもある。そんな彼女はフランやフェイとも当然ながら顔馴染みであり、久しぶりの再会を楽しみにしているようだ。

「全く・・あやつらの子供と仲良くするなとは言わないが、ワシの孫娘ならもう少しエルフとしての自覚を持つことじゃ。ワシ等の一族は代々このエルフの里と民をあらゆる脅威から守り、先代から培われてきた文化を・・」

「“繁栄と誇りに敬意を表しながら掟を尊重すべし・・”それも昔っから何度も聞かされてるわ。これでもエルフとしての分別は付けているわよ」

エルフにも法律の代わりに掟とというものが存在しており、エルフ達はその掟を守りながら暮らしている。ちなみにこの掟を破ったものは例外なく魔力も封じられた上に里から永久に追放されてしまうのでよほどの覚悟がない限りは破る不届き者はいない、それにエルフ自体が真面目で誇り高い種族なのは知られているので掟を厳守するのは当然なのだ。

「ねぇ、何で人間には女体化があるんだろうね。あれのお陰で人間達の間で無用な争いが起きている現状を神様は見越しているのかしら?」

「あれは神々が人間達に与えた“罰”・・人間全体が乗り越えない限り無理な話だ。ま、人間共がそれに気付くかは永遠の疑問じゃがな・・そんなことよりもお前は息子が破壊した結界をさっさと修復してこぬかッ!!!」

「さっき終わったわよ。さて久方の再会だから積もる話もしないとね」

「わかったから、大人しくしておれ。内容も大方分かるからな」

溜息混じりに最長老は一息ついたのと同時に従者に付き添われてフェイと翔がこの部屋を訪問するとポアロは喜びの表情で一目散にフェイに駆け寄る。
198 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 05:46:13.13 ID:VM9WNrOJo
「フェイ!! 久しぶりね、元気にしてた?」

「あ、うん。ポアロも相変わらずだね、最長老さんもご無沙汰しています」

「ふん・・」

最長老にとってフェイの存在は里を滅茶苦茶にした人間の1人ということは変わりないので心境も穏やかではない、そんな祖父とは対照的にポアロはご機嫌にフェイに話しかける。

「そういえばフランソアはどうしたの? 彼も来てるんでしょ!」

「姉さ・・いや、兄さんは今回は来てないよ。代わりにこの翔さんが一緒に同行してくれたんだ」

「へー、見た目はフランソアと似てるわね。一応自己紹介から、私はポアロ! フェイから聞いていると思うけどおじいちゃんの孫よ」

「俺の名は中野 翔だ。どのエルフも俺達人間には話してくれなかったから、あんたみたいなエルフは初めてだ」

「ああ、どのエルフも人間に対しては皆あんな感じよ。決して見慣れていないわけじゃないけど、外の世界には関心がないだけでもう少し時間を掛けて話せばすぐに打ち解けると思うわ」

翔がエルフに対して抱いた第一印象は人間に対しての優越感が高くそっけない感じであったが、ポアロの話を聞く限りはどうやら実態は違うようである。

「みんなも私みたいに外の世界に関心を持てば印象も変わると思うわ。私も様々な人間を実際に見てきたけど・・みんながみんな悪い人間ばかりとは限らないしね」

「いや、そういった考えを持っているのは立派だ。俺達と見た目や歳は変わらないのに世界を広い視野で見ている何よりの証拠だ」

「ポアロは見た目は若く見えますけど・・実年齢は人間で換算したら50代ですよ。エルフは僕達人間と違ってかなり寿命が長いんで若い期間が相当長いんですよ」

「ま、マジかよ!! 見た目は俺達と全く変わらねぇのに・・」

翔もエルフの長寿ぶりは聞いてはいたのだが、実際に目にしてみると驚きを隠せない。ポアロの見た目はフェイやフランと何ら変わりないのだが、実際は自分よりも倍以上に生きているとは軽くショッキングな話である。

「小さい頃に会った人間の知り合いなんて今や老人になっているわ。それよりもフェイたちはおじいちゃんに用事があるんじゃないの?」

「そうだった! えっと・・最長老さん、父さんか母さんが訪ねてきてませんか?」

「・・小僧の父親が昨日訪ねてきた。全くいつ見ても憎たらしい奴じゃよ」

「何か言ってませんでしたか!? ここ最近は母さんと行方知らずで探しているんです」

「さぁな、・・それよりこっちも聞きたい事がある。お主ら、デピスと言う人間を知らんか? あ奴が言うにはここにうろついている悪党らしいんじゃが・・」

「えっ――・・」

最長老から尋ねられた意外な人物の名前に今度はフェイと翔が動揺を見せる、ついさっきまで一緒に同行していた人物が悪党という思いがけぬ事実に2人はとてつもない衝撃を覚える。
199 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 05:48:19.67 ID:VM9WNrOJo

(あいつ・・道理で怪しいと思ってたんだ。どうする、フェイ?)

(どうするって言われましても、デピスさんがそんな人物だなんていくらなんでも・・)

「・・あれからこっちでデピスと言う人物について少し調べたんじゃ。ボルビックから抜け出した後は様々な国をまたに掛けての悪行三昧でどの国もほとほと手を焼いているようじゃが、所詮は人間どもの話・・わし等エルフには実害はないんで放置しても構わんがの」

あまりにもの無責任な言い方をする最長老にポアロは思わず腹を立てると即座に言い返す。

「ちょっとおじいちゃん!! いくらなんでもそんな言い方はないでしょ!!!」

「何を言うかッ!! 外の世界のしょうもないゴタゴタにわし等エルフが気に留めること自体がおかしい話じゃ!!! 悪魔の封印が解かれたとなれば話は別じゃが、これは人間同士の話・・わしらが干渉する筋合いはない、掟を忘れたとは言わせぬぞ」

「うっ・・」

掟を出されたらポアロも渋々ながら納得せざる得ない、彼らエルフの掟では外の世界への訪問はある程度は許されてはいるものの、人間への私的な干渉に関しては有事を除いて禁止されているので最長老の娘であるポアロもその例外ではないのだ。

「特に小僧も掟に関してはあの阿呆たちから聞かされているから知っているじゃろ。こっちに何かすれば対処はするが、それ以外はノータッチじゃ」

「はい。そこは両親から教えられていますので・・」

フェイも判ってはいるものの何ともいえない理不尽さに納得がいかないようだ。彼らの掟に対する尊厳さはポアロを見れば判る、しかし度が過ぎれば今も繰り広げられているボルビックみたいな惨劇を引き起こすんじゃないかとフェイは感じ取ってしまう、彼らも崇めている守護神アラーの教えを忠実に守ってはいるものの破った者に対しては無慈悲に赦す機会すら与えずに断罪を貫いているのだから・・

「・・じゃが、いつまでもこのあたりをチョロチョロされればこっちも迷惑なのは事実。そこでこちらから提案がある」

「なるほど、そいつがあんた等エルフに何かしらの脅威を与える前に俺達に退治させようって腹か」

「ほぅ、お主はそこの小僧と違ってそういったことに手馴れているようじゃな。まさにその通りじゃ、もし悪党を退治してくれたら何かしらのことはしてやろう」

翔にしてみればこういったことは仕事柄で手馴れているので最長老の言いたいことはおおよそ予想がつく、しかし自分はあくまでもフェイの同行なので最終判断は彼に一存させる。

「ま、俺は別にどっちでもいいんだが・・そこら辺はフェイに任せるが、どうするんだ?」

「・・やります。デピスさんについては僕の目で直接確かめたいですし」

最長老から聞かされたデピスに関しての信じがたい実態の数々・・翔は彼女の不可解な行動の数々から確信を繋げているが、フェイは心のどこかではまだ信じきれてはいないようであるが、翔もそんなフェイの心境はわかるのだがここは何も言わずに黙って見守る。

200 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 05:49:23.69 ID:VM9WNrOJo
「ならば商談成立じゃな。・・ポアロ、お前は里から出ることは許さん」

「ええっ!! 見たところ人間の中でも骨のある相手だから戦いたかったのに・・私もフェイと一緒に戦わせてよっ!!!!」

「ダメじゃ!! お前は我が一族の後を継いでエルフ達の頂点に立たなければならぬ存在じゃぞ!? 人間に着いていくとは言語道断、ハァッ!!!」

そのまま最長老は魔力を展開させるとそれらを凝縮させた小さな塊をポアロ目掛けてぶっ放して直撃させる。ポアロは慌てて魔力を展開させようとするのだが、全く何も起こらない・・どうやら魔力を封じ込められてしまったようでポアロはあらゆる手段を講じるのだが、魔力はうんともすんとも沸き起こらない。

「そ、そんなぁ〜・・」

「暫くはその状態で頭を冷やせ」

このままポアロを放っておけばフェイたちに着いていくのは目を見ても明らか、それにポアロの行動力は最長老も熟知しているのでそれらを見越した上で魔力を封じたのだ。こうなってしまえばポアロもただのエルフ同然なので口惜しそうにしながらも渋々現状を受け入れるしかないのでフェイにとあるアイテムを手渡す。

「ううっ・・フェイ、ゴメンね。代わりにこれを使って、きっと役に立つと思うわ」

「これは秘薬中の秘薬といわれるサクヤ草じゃないか。貰っちゃってもいいのかい?」

「待たんかッ!! サクヤ草はエルフの中でも秘薬中の秘薬・・そんな貴重なもんを勝手に持ち出しおってッ!!!」

「別にいいじゃないのッ!! サクヤ草は繁殖に成功したって聞くし、それにこっちから頼んでいるんだからこれぐらいのことはしても掟には反しないわ」

「うぬぬぬぬ・・」

一矢報いて気を良くしたポアロはフェイにサクヤ草を託す、それにポアロは他のエルフとは違って人間達にも分け隔てなく対等に接するのでこういったことはきちんとする性格なのだ。

「ありがとう、でもサクヤ草は貴重な代物には違いないから大事に使わせてもらうよ」

「頑張ってよ。そっちの彼もフェイの足手まといにならないでね」

「へいよ」

そのままフェイはアイテムを管理している翔にサクヤ草を預ける。

「さて、おじいちゃん。そのデピスって人間の場所を2人に教えてあげてよ、それぐらいは造作もないでしょ?」

「わかってるわい!! いいか、一度しか言わんから耳をかっぽじって良く聞いておけよ!!! 場所は・・」

(きっとデピスさんは迷っているだけなんだ、決して悪人じゃない!!)

フェイは新たな決意を胸に決戦に臨むのであった。

201 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 05:52:43.68 ID:VM9WNrOJo
とある平原


草木が生い茂るこの平原にてお芋たんは意識を失ったまま横たわっており、微かに靡く風の気配からようやく意識を取り戻す。

「ううっ・・ここは?」

何者かによってマスガッタ王国で気絶させられてたお芋たんはようやく意識を取り戻すと見慣れぬ平原の風景が真っ先に視界に飛び込む。
少ない頭で必死に考えて状況を整理していくと、自分が気絶している間に何者かによってこの場所へと移動させられたのには違いないのは容易に予想はつく、それに自分は親分である聖を必死に介護していたのだがその肝心の聖が近くに見当たらないので恐らくは自分よりも先に目覚めてどこか探索しに出かけたのだろうと判断する。無事に盗み出した真紅の涙は聖が持っているのでそれを辿れば聖の居場所など簡単に見つかるのだが・・気絶させられる前のあの聖の尋常ではない苦しみが疑問だ。

「って、まずは親分を探さないと!! あの苦しみから察するにそう遠くへは行っていないだろうし、放っておいたら悪化するのは間違いない!!!」

そのままお芋たんは立ち上がると聖を捜索する、それに自分は体力はおろか魔力もある程度は消耗していたのに何故か完全に回復しているのが不思議で仕方がないが、魔力が回復しているのならば聖を捜索するのが随分と楽になる。どうしても仕事柄で2手に別れることがあった場合を備えて聖にはお芋たんの魔力だけを感知する特殊なアイテムを左腕にブレスレットとして装備している。なのでお芋たんが魔力を発せれば聖がやってくるかもしれないし、逆にお芋たんがブレスレッドが感知した辿って探し出す出来るのでお芋たんは即座に魔力を展開させるとすぐさま聖のいるであろう場所まで移動する。

「(魔力からして親分はここらへんにいると思うんだけど・・あっ、いた!)親分〜!! 大丈夫ですか・・」

「・・」

必死の思いで聖を見つけたお芋たんであるが、聖は周囲を決して振り返らずにお芋たんなど気にも留めず黙ったままその場に佇むが、とりあえずお芋たんとすれば無事に聖を見つけられたので早いところ追っ手が来ないうちに休業している元の酒屋へと戻りたい。

「ま、無事でよかったですよ。早いところ帰りましょう」

「・・る・」

「へっ? 親分、何言って・・」

「フフフ、まさか仲間がいるなんてね。手駒が増えてラッキーだ」

突如として2人の前に現れたのはデピス。何が何だかわからないお芋たんであるが、彼女をマスガッタ王国の追っ手と判断したお芋たんは即座に構えて魔力を展開するが、デピスはフェイたちには決して見せなかった邪な笑みを浮かべながらお芋たんを観察する。
202 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 05:54:43.94 ID:VM9WNrOJo
「マスガッタの追っ手だったらさっさと退散してもらうよ!」

「どうやら真紅の涙に触れたのはこの女だけか。・・貴様も我が魔術でこの女と同様に忠実な僕になるがいい!!」

「訳のわからない御託並べてたら痛い目を見るよ!! “紅蓮の炎よ、我が手に集いたまえ・・ドラゴン・バーン!!”」

そのままお芋たんはデピス目掛けてドラゴンバーンをぶっ放すのだが・・なんと驚くべきことに聖は拳に魔力を展開させるとデピスを護るかのようにドラゴンバーンを彼方に吹き飛ばす。

「なっ――・・親分!! 何してるんですかッ!!!」

「ハァッ!!」

この目を疑う光景にお芋たんは暫し呆然としている間もなく聖は追撃の手を緩めずにお芋たん目掛けて容赦なく拳を打ち付けて一瞬の隙すらも与えず襲い掛かる。お芋たんは何とか聖の猛攻に耐えてはいるもののその圧倒的な力の前には生半可な魔法では対処は出来ないだろう、それに上手いこと聖を対処できてもデピスの存在がお芋たんに更なるプレッシャーを与える。

「親分、ウチですよッ!!! わからないんですか!?」

「無駄だ。今のこいつは俺の忠実な手駒だ、お前も魔法使いならばどうやったかはわかるだろ?」

「まさか“呪術”? でも親分が装備しているアイテムには魔法の耐性があるはずなのにッ――!!」

呪術とは文字通り相手を操ることが出来る魔法で暗黒魔法の一種で習得難易度も低い部類に当たるので普段ならそこまで脅威ではないのだが、それでもかなりの熟練者であればその呪縛は強力になり人一人を操るぐらい造作でもないのだ。そして聖を見事に操っているデピスの実力も恐らくは相当なものだろうし聖に掛けられている魔法による呪縛も強力なものだろう、お芋たんも魔法に関してはそれなりには自負している。それに聖の装備しているアイテムは魔法に対する耐性があるので生半可な呪術は通じないはずなのだが、デピスは感心したように頷きながらお芋たんの問いに答える。

「ああ、道理で呪縛を固定するのに手間取ったのか・・だけどお前も見たところある程度は暗黒魔法を扱えるようだ、手駒として考えたら優秀な部類だ。
よし、最後の情けだ。今からこいつの攻撃を止めてやるからある程度の質問には答えてやる」

デピスが念じると聖は攻撃をやめて大人しくなる、お芋たんもそれに合わせて無駄な追撃はせずに呼吸を整えながら情報交換を試みる、自分の作ったアイテムを強行突破した上で聖をここまで操っているデピスの実力は自分よりも遥かに上だとお芋たんは判断する。

「まずは、君の名前から聞こうか」

「俺はデピス・ミッチェル・・同業者から噂ぐらいは聞いたことはあるだろ、サガーラ盗賊団さんよ」

「!! 国家を問わずあらゆる裏家業を一手に引き受ける超危険人物・・ウチ達よりも名うての国家指定 極悪犯罪者――!!」

お芋たんも聖と一緒に盗賊をやってからはアウトローの情報はそれなりに把握している。デピス・ミッチェル・・国家をまたに掛けて犯した犯罪の数は優に百を超えており、その手の筋ではかなりの有名人で聖やお芋たんもその知名度は自分たちサガーラ盗賊団よりも上で名前は何度も聞いた事があったが、それだけの人物が呪術まで使って聖を手駒に使う理由が全く思い浮かばない。
203 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 05:55:43.64 ID:VM9WNrOJo
「だったら尚更わからないことがある、あんたほどの人間が何故こんな回りくどい手段を使うんだ。それに手駒って一体・・?」

「お前も盗賊をしているならわかるはずだが・・順を追って答えてやる。女1人でやれるほどこの家業も甘くないんでね、何かと手駒が必要なんだ。しかし優秀な人物など早々見つからないし、仮に見つかったとしてもこちらの意のままに従えられるといったらそうもいかない・・だからこちらが攻略難易度の高いステージを用意してクリアした奴を呪術で操る。これだったら態々こっちから探す手間も省けるし、呪術で操るだけでいいからな。
現にお前達はマスガッタ王国の国宝である真紅の涙を奪ったんだ、かなりの実力者には違いない・・だったら後は俺が真紅の涙に呪術の元となる魔法を仕掛けてたら、宝を触れた奴から順に操れるという寸法さ」

「なるほど・・だから真紅の涙に触れた親分が引っ掛かってしまったと言うことか。確か呪術の魔法を解除するにはこっちが同じ術を使って掛けられている呪縛を中和をして解除するか、もしくは術そのものを掛けている魔術師を倒せば解除される!!」

お芋たんとて伊達に魔術師をやってはいない、呪術の魔法も扱うことも出来るしそれを解除する術も知っているのだが、デピスは更にお芋たんを絶望に突き落とす。

「フフフ・・俺がこいつに掛けている呪術は“サクリファイス・ソウル”だ。お前も嗜んでいるようだから、どんな魔法かは言わなくてもわかるだろ?」

「そんな!! 確か暗黒魔法で扱える呪術の中でも高度な魔法だけど・・術自体は未完成の筈だよ―――!!」

「貴様の言うように“サクリファイス・ソウル”詠唱の一部は解明されていない暗黒魔法で完成されていない魔法だが・・俺は解明されていない詠唱だけでこれまでにも色んな奴等を手駒にしたんだ。前は確かデスバルトの人間で名前は確か・・篤史とかいう奴だったかな?」

「うっ、嘘だ!! ・・篤史が死んだなんて嘘だ!!」

聖に強引に連れされられて以来、お芋たんも盗賊業の傍らで自分が今まで過ごしてきた教会については気には掛けてはいたのだが中々様子を見る暇もなかったが、きっと今まで通りに無事に過ごしていたのと思っていた。それだけにデピスの言葉は信じがたいものでとても事実とは信じがたいもので同姓同名と信じたかったのだが、デピスは更に経緯を語り始める。

「この国に入る前に俺はデスバルト共和国である仕事を引き受けたが、しかしそれには人手が必要だったんでな。魔法で黄金を造ってそれを餌にして手駒を厳選するためにあらゆる仕掛けを作ってそれを突破したのがそいつだ。確かそいつの最後の戯言はこうだったな“教会のみんなが待っている・・”ってな?
呪術で操って色々役には立ったが・・4日前に囮として使ったらあっけなく惨殺されたわけだ」

「“・・虚空より司る漆黒の魔よ 我ここに力となってその身を捧げん。 その衣となりて姿を示せ!! ダーク・トランス!!”」

早速、ダークトランスで姿を変えたお芋たんはデピスの所業に怒りに身体を震わせながら立ち向かう、デピスもお芋たんの変化に着目する。

「ダーク・トランスか。どうやら俺よりも暗黒魔法を扱えるようだな、この女と同様に手駒としては優秀な逸材だ」

「許さない・・ウチの大切な人を殺したお前を絶対に許さないッ――!!」

「盗賊にしては似合わない面だ。仕方ない俺が格の差を思い知らせてやる」

「“全ての自然の力よ 我に集いたまえ そして混沌と破壊をもたらせ・・ マ ジ ッ ク  ク ラ ッ シ ュ ! ! ! ! !”」

「暗黒魔法の高位呪文か」

お芋たんが放ったマジック・クラッシュはデピス向けて一直線に向かってくる、流石のデピスも直撃してしまえばタダではすまないので軌道を見極めてこれを避けるとお返しと言わんばかりに詠唱を始める。
204 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 05:58:10.47 ID:VM9WNrOJo
「暗黒魔法でも高位呪文に相当するマジック・クラッシュとは恐れ入った、ならばそれ相応に相手をせねばな。“静かなる流水よ 激流となりてその手に放て!! ハイドロ・ブレス!!”」

「クッ・・!!」

デピスが放った濁流の如き水圧は周囲の木々を容赦なく砕き、お芋たんも慌てて防ぐもののその威力はかなり凄まじく、お芋たんは容赦なく全身を叩きつけられてしまって倒れてしまうが痛みを堪えながら何とか立ち上がる。

「ハイドロ・ブレスは水の魔法でも上級魔法に当たるからな、挨拶程度にはなっただろ」

(お、おかしい!! 水の魔法は基本的に水がなければ真価を発揮しないはず――!!!)

本来水の魔法は上級や下級を問わずにどれもが強力な魔法で知られているのだが、それは近くに水があればの話であって肝心の水がなければ例え呪文を詠唱したところで発揮することはできない魔法なのだ。しかしこの場所には川など水が溜まっている場所など存在はしないのだが、その条件下の中でこの水の魔法を放ったデピスにお芋たんはかなりの脅威を覚える。

「さて、これで格の違いが判ったかい。坊や?」

「確かに水すらないこの場所で水の魔法が放てるのは脅威だ。・・だけど、それでもウチは絶対に負けない!!」

「諦めが悪い坊やだ。あまり手駒には傷を入れたくはないのだけど・・仕方ない」

デピスは更に魔力を高めると待機させた聖を使って魔法を使って連携しながらお芋たんに確実にダメージを与える、お芋たんも何とか対処はしているものの聖の動きが早すぎて魔法を詠唱出来ずに反撃にまでは追いつけない。

「“魂の波動よ その力をもって万物の力を高め我が炎となりて結集せよ! ソウル・バーニング!!”」

「ッ! “大地の鼓動よ 我が力に集結しその身を護りたまえ! グランド・ウォール!!”」

大地の壁で何とかデピスの炎の刃を打ち消して防ぎきったものの、デピスは余裕を崩さずに聖と連携しながらお芋たんに容赦ない攻撃を浴びせ続ける。

「とりあえずは防いだか・・だがッ!」

「ハッ!!!」

「グッ・・親分!!」

お芋たんはこの状況を打破しようと思考を研ぎ澄ませるのだが、デピスの実力が予想よりも遥かに上なので対抗手段が思い浮かばない。それに相変わらず聖の攻撃も激しさを増しているのでそこらへんも配慮しなければ到底攻撃まで手は回らない。

「盗賊風情が仲間意識を持っているなんてね・・お笑いだ」

(上級魔法をここまで扱えるなんて・・こいつは強いッ!!)

「さて・・そろそろ止めをさそうかな」

「・・こうなったらやるっきゃない!! “すべての光と聖なる力よ! 我の力となりてそれを示せ!! そして滅びを等しく与えたまえ!! マ ジ ッ ク ・バ ー ス ト ! ! ! ”」

詠唱を唱え終えたお芋たんは巨大な魔弾を上空に向けて放つと魔弾は爆発を起こすと無数の強大な火球となって無数の隕石となって容赦なく降り注ぐ、これにはデピスも驚きを隠せないようで降り注ぐ無数の隕石を打ち消しながらやり過ごし、聖もお芋たんの攻撃を一旦中断して巧みなステップで隕石をかわしつづける。
205 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 06:01:51.17 ID:VM9WNrOJo
「マジック・バーストはサクリファイス・ソウルと同様に“未完成”の暗黒魔法。・・これが“完全”なマジック・バーストだよ、習得したてで不安だったけどね」

「まさかマジック・バーストまで扱うとは驚いた。このまま隕石を消し続ければこっちは無駄に魔力を消耗する・・仕方ない、あの魔法を放つか」

無数の降り注ぐ隕石の雨にデピスもお芋たんの力量には同じ魔術師として素直に感心する、しかしこれが彼女を本気にさせたようでデピスは同じくグランド・ウォールで攻撃をやり過ごすとそのまま魔力を高めて切り札である魔術の詠唱を始める。

「“この地に眠りし力よ その怒りを鎮めて覚醒せよ 我、守護神アラーの名に置いてここに誓わん・・汝に力を与えたまえ!! プレイズ・アラー!!!”」

「な、何・・――」

デピスの身体は光り輝くと大地からは轟音が響き、地中からマグマが吹き出てると一箇所に塊となってデピスの手元に集中する。

「ハッハハ!! これぞ古よりボルビックに代々伝わる超魔術・・守護神アラーの教えは糞くらえだが、この力は捨てがたい」

「ま・・マズイッ! あんなもの喰らったらお陀仏だ!!」

マグマは空気に触れていても凝固せずに更に拡大を続けながらマジックバーストの隕石まで吸い寄せて吸収する、これぞデピスの切り札の一つでボルビックに代々伝わるとされる呪文の一つ・・守護神アラーの力を借りたその呪文は絶大なる威力を誇るのでそれを扱える者は極一部に限られており、それを扱えるデピスの実力はかなりのものである。

「隕石まで吸収するなんて・・なんて魔法だ!!」

「思ったよりも拡大したな。さて、上手い具合に耐えてくれよッ!! ハァッ!!!」

(生半可な防御魔法じゃ絶対耐えられない――ッ!! だけど強大な防御魔法を施せる魔力はもう・・親分、すんません)

デピスの巨大なマグマの塊はその高温で周囲を容赦なく解かしながらお芋たん向けて放たれ、全ての手段を失ったお芋たんは呆然とその場に立ち尽くしてしまう。この巨大なマグマを防ぐにはかなり強力な防御魔法が必要不可欠なのだが今のお芋たんにそこまで放つ余力はもうない・・全ての覚悟を決めて残りの魔力を展開させるのだが、マグマの塊は突然大爆発を起こして消滅してしまう。

「た・・助かったの?」

「何だとッ!! これだけの魔法を防ぐ魔力が残っていたと言うのかッ!!!」

「・・違いますよ」

「誰だ――・・!!」

そのまま姿を現したのはフェイと翔・・どうやらお芋たんの危機をこの2人が救ったようだが、デピスの顔を見るやフェイは悲壮感がにじみ出た表情に変わり、翔の顔つきも自然と険しくなる。
206 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 06:04:08.28 ID:VM9WNrOJo
「どうやら、そいつが本性のようだな。デピス・ミッチェル」

「デピスさん・・」

「チッ、余計な邪魔が入ったか」

デピスの表情は苦渋そのもので明らかに2人の介入を嫌っており、何とかやり過ごしたいが・・この2人が相手だとそう簡単にはいかないだろう。そんなデピスを他所にフェイは懸命の思いでこのデピスの所業を食い止める、彼女とは無駄に争いたくはないしこれ以上は罪を重ねては欲しくはない。

「デピスさんッ!! これ以上、罪を重ねないで下さい――!!」

「何を言うのかと思えば・・ガキの理想論に付き合って欲しければ相手を選ぶんだな」

そのままデピスはフェイから視線を外すと周囲をざっと見て、自分が置かれている状況を冷静に整理する。こっちは聖を含めて2人・・向こうは3人なので数から判断すれば不利には違いないのだが、消耗しきっているお芋たんを攻撃してその隙に乗じたらこの場から逃げるのは可能だと判断する。何せ自分の切り札の一つをこうも簡単に防がれたのだから、相当の手慣れだと判断しなければ逆にこっちがやられてしまうのでこの場は逃げるに超した事はない、それに今の自分には聖と言う強力な手駒も手に入ったので無理にお芋たんまで手中に入れなくとも仕事をするには十二分の戦力には間違いないのだ。

「・・もう一つの手駒が手に入らなかったのは残念だが、1つでも充分すぎるほどの収穫だ。それにこの場にいる面子を見れば一番厄介なのはお前みたいな戦闘経験を積んでいる傭兵だ」

「大物の悪党に褒められるとは俺も光栄だ。・・フェイ、今まで黙っていようと思ったがこの際だからはっきり言うぜ!!
お前に迫られている選択は2つ・・この悪党をぶっ潰すか、このまま逃がすかだ」

(ぼ、僕は――・・デピスさんとは戦いたくはない!! だけど――・・このまま彼女を放っておけばとんでもないことになる。一体どうすればいいんだ!!!!)

フェイの人生の中で始めて迫られた決断・・翔の目からすればフェイに関しては戦闘面の才能については今まで接して来た人物の中で1、2を争うほどズバ抜けているのは認めているものの、肝心の精神面については歳相応でまだまだ幼い・・さきほどの決断はそれを見越した上での判断なのだが、フェイは重く受け止めすぎてしまいなかなか決断を下せずにいた、

(どうすれば・・どうすればいいんだッ!!!)

「・・フェイ、お前の気持ちは良くわかるぜ。俺もお前のような頃にこういったことは何度もあったさ。
だけどよ、これから長い人生の中ではこういった決断は何度もやってくるし、その度にこの場で下さなきゃならねぇんだ! 


じゃないとてめぇ自身が後悔することになるんだぜ!!!」

「翔さん・・」

翔の深い言葉がフェイの心中に染み渡り、その意味を今度は自分に言い聞かせるながら自分自身に出来る役割を必死に模索する。

デピスはそんな2人のやり取りを面白おかしく吐き捨てる。
207 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 06:05:42.15 ID:VM9WNrOJo
「そんなのは夢物語に決まってだろ? このガキが悠長に考えた末に決断を下した頃には・・俺はもう既にこの場から逃げている。
こんな坊主には世の中よりも自分の中で創りあげて自己満足で練り固まった、ちっぽけで卑小な世界の神様になるのがお似合いなんだよ。

アッハハハ・・ハハハハハハハ!!!!!!!!!!!!!!!!」

「“至高なる金色を纏いし覇王よ かの地を封じ、我が手に統べる力を与えん! シャイニング・ホールド!!”」

フェイが造り出した光は周囲を瞬く間に覆うとエルフの里と同様の結界を形成する。そのままフェイは魔力を展開すると臨戦体勢を取る、デピスもそんなフェイに警戒を強めながら慎重に出方を窺う。

「僕を中心に結界を張らせて貰いました、距離にすると半径60kmってところでしょうか?」

「この程度の結界で俺を封じ込めたつもりか?」

「シャイニング・ホールドはエルフに代々伝わるとされている魔法・・里に張られている結界に比べれば強固じゃありませんけど、それでも上級魔法程度じゃ破れません。
デピスさん・・あなたを止めてみせるッ――!!」

「ガキが・・“旋風の源よ。我が力の前でその力を発せよ!! ウインドソード!!”」

右腕に風の刃を纏ったデピスはそのままフェイに向かってくると見せかけて聖と連携して弱りきっているお芋たんに集中砲火を仕掛けるのだが、すかさず翔が魔法剣でデピスの風の刃を打ち消して2人の攻撃を捌きながら連携の一瞬の隙を突いて聖目掛けて一太刀入れるのだが、これは難なくかわされてしまう。

「チッ、反撃までは手が届かねぇか・・」

「魔法剣で俺のウインド・ソードを打ち消すとは・・それにガキと違って実戦慣れしているな。こうも容易く見破られるとは・・」

「そりゃ、この面子で真っ先に狙うとしたら弱っているこのチビだからな。俺がお前の立場でもそうしてたぜ」

翔はデピスの動向をしっかりと着目しており、その思考を読みきった上であのような行動に出たのだ。翔るの言うようにお芋たんは先の戦闘で魔力と体力をかなり消耗しているので真っ先に狙われてもおかしくないのだ。デピスも翔の行動によって奇襲を封じられたので彼に対する警戒を更に上げるが、翔は更に魔法剣で迷いなく聖目掛けて攻撃しながら2人の連携を絶つ。

「うらうら!!!」

「・・ッ!」

聖も操られているとはいえ拳に魔力を高めながら翔の連続攻撃をやり過ごしながら反撃に転じる、両者互角に接戦を繰り広げる中でお芋たんも体力を振る絞ると諸悪の根源であるデピスに向けて魔法を放つ。

「“地獄の業火よ、全てを燃やしつくせ! ヘル・フレイム!!!!”」

「“流水よ! 我が身を護りたまえ!! アクア・ウォール!!”」

デピスの周りには水の壁が形成されてお芋たんの炎を鎮火するのだが、フェイのクラッシュ・サンダーが直撃してダメージを負う。
208 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 06:08:08.70 ID:VM9WNrOJo
「あなたがいくら腕に自信があっても2対1では勝てません!!」

「グッ・・」

「水魔法を使ったのが仇になったようだね。親分の洗脳を解いてもらうよ!!」

「俺を舐めるなッ!! “自然に流れる流水の波動よ! 我が手に集いたまえ!! アクア・ボール!!”」

そのままデピスは水の塊をお芋たんとフェイに向かって放つ、それも1つではなく複数の水の塊が2人に向かって縦横無尽に襲い掛かってくるのでデピスに接近するのが困難になってしまい一旦距離を置く、それに他の魔法と比べて威力のある水魔法を容易く扱うデピスにお芋たんは脅威を覚えるがフェイは冷静に状況を見極めながら過去の経験を元に答えを導き出す。

「なるほど・・水が一切ないこの地で水魔法を扱えるのは右腕に装備してある“マラガスの輪”の効果か・・」

「え、マラガスの輪・・?」

聞きなれない単語にお芋たんは首を傾げるものの、フェイの解説が始まる。

「マラガスの輪は僕の指輪と同じ魔力増幅アイテムの一種だよ、魔力増幅の効果に加えて水魔法を場所に関係なく発動させる効果を持つんだ」

「なるほど、魔力増幅アイテムを装備しているからサクリファイス・ソウルも扱えることが出来るんだ」

「みたいだね。・・僕のいっていることに間違いはありますか、デピスさん?」

「フフフ・・どうやらこいつの効果やサクリファイス・ダークについても知っているようだな。ならばお前達をまとめて倒したほうが良さそうだ」

そのままデピスは警戒を高めながら2人と対峙する。


209 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 06:09:56.83 ID:VM9WNrOJo
その頃翔は聖と対峙しながら一進一退の接戦を繰り広げているのだが、両者ともに戦法が似ているので決め手になるものがない。

「相変わらず無茶な戦い方しているようだな」

「・・」

デピスの洗脳されている影響で言葉を発しない聖であるが、身体のほうは臨戦体勢を保っているようで翔と互角の戦闘を繰り広げている。それに翔は過去に聖とある一件で対峙した事があるので彼女の戦い方は熟知しているのだが、あの時と実力は段違いなので油断はできない。

「いい加減に目を覚ませッ!! 3年前に命を救ってやった恩人に対する態度かッ!!」

「・・」

「チッ、こりゃ相当重症だな」

今から3年前・・翔は仕事デスパルト共和国に滞在しておりその時にまだ盗賊を始めた頃の聖と対峙している。その時は翔の仕事のいざこざで聖を巻き込んで命の危機に晒してしまって危うく翔が救ったのと、その時のいざこざで翔の所持している魔法剣が実は今は亡き聖の両親が愛用していたものだと判明したのだ、そのまま様々な紆余曲折がありながらも迫り来る敵を撃破しながら別れたのだが・・まさかこのような形で再会を迎えてしまうとは思っても見なかった。

「最初てめぇを見たときは驚いたぜ。あの小娘がこんな美女になるなんて思っちゃいなかったからな」

「ハッ!!」

お互いに接戦を繰り広げながらも翔は何とか聖を正気に戻そうとあらゆる手段を試みてみるのだが、肝心の聖は元に戻るどころか何ら反応すら示さないのだ。翔も何とか聖を傷付けまいと力を抑えながら戦ってはいるものの聖の猛攻は止まらずに苦戦を強いられている。

「・・」

「なんて重い拳だ! あの時とは比べ物にならないぜ」

聖の勢いは衰えるどころか更に魔力を高めて翔に拳を打ち付ける、何とか急所だけは避けてはいるものの掠めただけでもかなりの威力なので恐ろしい。かといって彼女を殺すのは絶対に避けたいのでそれらを踏まえると翔が取る行動はただ一つ・・聖を気絶させて後で洗脳を解除することである、そうと決まれば翔は聖の動きをよく見据えながら強烈な一撃を叩き込むために剣を構える。

「・・」

「動きは確かに身軽だが・・そりゃッ!!」

「――ッ!!」

そのまま翔は聖の動きを良く見極めた上で彼女の胸目掛けて強烈な峰打ちを放とうとするのだが・・呆気なくかわされてしまい、逆にカウンターとして強烈な一撃をお見舞いされてしまう。思わぬ威力に翔の身体からは隙が出来てしまい、更なる拳の連打を見舞い膝を突いてしまう。
立て続けに聖の拳を浴びてしまった翔の身体は悲鳴を上げ続けているが痛みを堪えて再び剣を構えて立ち上がるものの聖の攻撃は止まらない、多大なるダメージの影響で身体はもはや自身の反射についてこれずに成す術もなくダメージを受けてしまう。
210 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 06:12:03.08 ID:VM9WNrOJo
「ガハッ――」

「・・」

「や、やべぇ・・」

決して油断はしてなかったものの聖の実力が自身の予想よりも完全に読み違えたことに愕然としてしまう、あの時の聖も確かに強かったものの今と比べればその違いは歴然でありその成長振りには舌を巻いてしまう。

「・・」

「クッ、あの時は命を助けてやったのに今度は奪われちまうのか・・とんだ皮肉だぜ」

今まで翔はこの腕一本でこれまでの激戦を切り抜けたのだが、魔法に関しては何ら扱えない素人以下なので少しは学んでよければよかったなと今更ながら後悔してしまうが、今は戦闘中なので苦痛を消して表情も余裕を崩さない。

「さて、この状況をどうするか・・」

「それは・・こうするのよッ!!! “降りしきる風よ その無を無数の刃と変えて切り裂け!! ウインド・カッター!!”」

「―――!!」

突如として聖に無数の風の刃が襲い掛かるが、風の刃は拳で防がれてしまう。翔の危機に颯爽と現れたのはフラン・・どうやら結界を無理矢理ぶち破いて現れたようだが、翔は思わず面食らってしまう。

「あ、あんたは・・フェイの姉貴か」

「どうやらピンチだったようね。それにしても久々に手こずった結界だったわ、姉として感心感心♪」

これまた母親譲りの軽いノリでの登場であるが、フランは状況を見回すだけで翔と聖が陥った状況を瞬時に把握する。

「あの娘は確か前に出産に立ち会ってもらった・・どうやらサクリファイス・ソウルあたりで洗脳されているみたいだけど、掛けられている術から察するに察するに未完成版のようね」

「おいおい、のっけから登場して洗脳ってどういうことだよ? 話が全く見えねぇぜ」

「その娘、暗黒魔法で洗脳されているってことよ。術を解けば元に戻るわ・・――!!」

のっけから聖はフランに向かって不意打ちと言わんばかりに拳を叩きつける・・が、フランは魔力で聖に纏っている拳の魔力を中和すると格闘術で逆に吹き飛ばす。
211 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 06:14:30.24 ID:VM9WNrOJo
「・・」

「いきなり不意打ちとは粋な挨拶ね。いいわ、元男だけど今は女・・容赦なく叩き潰してあげるわ!!!」

「おいおい、洗脳されているなら何とか元に戻してくれ! 出来るんだろ?」

「ええ、フェイと違って少々荒っぽいやり方になるけどね・・来るわッ!!」

そのまま聖は弱っている翔目掛けて拳の連打を繰り返すが翔も負けじと剣で応戦する、そしてフランも魔力を展開させるといきなり詠唱を始める。

「まずはさっきのお返しよ!“魂の波動よ その力をもって万物の力を高め我が炎となりて結集せよ! ソウル・バーニング!!”」

フランは右腕に炎の刃を纏うと聖目掛けて容赦なく切り付けようとするのだが、これを察知した聖は即座にかわして2人と距離を取ると今度はフラン目掛けて突進して拳を叩きつけるが、フランも負けじと炎の刃で応戦する。

「・・ッ!」

「連戦で消耗しているはずなのに魔力が高まっているッ!! ・・どうやらフェイが言ってたのは本当みたいね」

そのまま埒が明かないと判断した聖は一旦フランから距離を置くとそのまま飛び上がってフランの背後に回ると拳を叩きつける。フランも突然のことで呆気に取られてしまって攻撃を受けてしまう。そのまま聖は追撃の一手を掛けようとするが、すかさず翔が援護に峰打ちを放ち聖の目論見を阻止する。

「痛たたた・・こりゃ手強い相手ね。威力も申し分ないし、それに加えて動きも早い・・油断してたらこっちがやられてしまうわ!!」

「こいつ、どうやら相当の修羅場を潜って強くなりやがったな。おいッ!! 本当に俺がわからねぇのか!!!!!」

「無駄よ。洗脳が掛かってるんだから簡単には・・」

「・・・ッ! ・・れは・・―――!!!」

(え? この娘、苦しんでいるの・・ってことはもしかして――!!)

デピスの洗脳されてから今まで感情を表していなかった聖であったが、ここに来てようやく始めて苦渋の表情を示すようになった。この光景にフランは多少なり驚くものの何とか攻略の手段を見出そうとする、彼女とて一度しか聖とは会っていないものの見るからに本質的な悪人とは思えないし、狼子の出産の時だって何だ何だ言いつつも協力していたので何とか救ってやりたいのだ。

「・・ねぇ、魔法剣貸して」

「え? そいつはいいが・・何か手立てはあるのか?」

「何とかね。あの娘の洗脳を解くにはもう少し大人しくしてもらわないとね」

聖の状態をみてフランは彼女の洗脳を打ち破る方法を考案する、そのためには聖には大人しくしてもらう必要があるので一気に勝負を付けるためにフランは炎の刃を魔力で更に増幅させると聖に向けて切りかかる。

「これで迂闊には攻撃できないでしょ!!」

「ッ・・」

「そりゃ!!!」

聖がフランの攻撃に気を取られている隙に翔の斬撃が炸裂するがこれは寸でのところでかわされてしまう。かわした聖は一旦距離を置こうとするものの、フランは更に聖に近づきながらしつこく攻撃を繰り広げて今度はバリエーションも変えながら聖に反撃する猶予すら与えない。
212 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 06:16:02.92 ID:VM9WNrOJo
「ッッ!!」

「そろそろ気絶してもらうわよ。“すべての光と聖なる力よ! 我の力となりてそれを示せ!! ・・・マ ジ ッ ク バ ー ス ト ! ! ! !”」

いきなりフランは聖の目の前にまで移動すると、0距離からのマジック・バーストを聖に叩き込む。本来なら気絶はおろか、マジック・バーストを0距離で喰らったら一溜まりもないはずなのだが・・なんと聖は体のあちこちからは傷跡が目立っているものの五体満足で耐え凌いだので聖の頑丈さにはフランも思わず驚いてしまう。

「ゼェゼェ・・」

「なんてタフなの!! ロクな装備もなく0距離からのマジック・バーストで生き延びるなんて・・」

「でも今ので相当ダメージがあったようだな」

翔もフランの魔法には感心するものの、ダメージが多大なはずの聖の魔力は減るどころか増え続ける一方でフランに危機感を一層募らせる。

「嘘ッ! 魔力が減るどころか増え続けている・・なんて娘なのッ!!」

「こりゃ早め勝負を付けないとこっちがやられてしまうな」

「ハッ!!」

そのまま聖は我武者羅に翔目掛けて更に激しさを増して襲い掛かる、その動きはとても重傷者だとは思えないほどの俊敏かつ一撃一撃に重たい威力を伴っているので流石の翔でも全てを受け止めきれずにいる。

「グッ、なんて奴だ! パワーとスピードが桁違いに強くなってやがる――」

「ッ!!!」

「気絶なんて生易しいこと言っている場合じゃなさそうね!! “全ての自然の力よ 我に集いたまえ そして混沌と破壊をもたらせ・・ マ ジ ッ ク  ク ラ ッ シ ュ ! ! ! ! !”」

フランは翔が巻き添いにならないように位置を調整してからマジック・クラッシュを聖目掛けて撃ち続ける。聖は最初こそは打ち返したりするもののあまりの膨大な魔弾の数に徐々に押され始めてしまい、聖に容赦なく魔弾の雨が降り注ぐ光景に翔も思わずフランを止めに入る。

「お、おい!! もうそれぐらいにしないと気絶させるどころか死んじまうだろ!!」

「そ・・そうだったわね。ついムキになってしまってやりすぎてしまったから、無事に生きてるといいんだけど・・」

フランは炎の刃を解くとようやく平静を取り戻して状況を見据える、何せマジック・バーストで弱らした上に駄目押しでマジック・クラッシュを連発で喰らわせたので運が良くて重症・・普通に死と言うレベルなので、煙幕が大規模に立ちこめる中でフランと翔は恐る恐る爆心地へと移動すると傷らだけになりながら膝を着いている聖の姿に2人は驚愕してしまう。

「ハァハァ・・」

「おいおい、あれだけの魔法を喰らってこれだけで済むなんて末恐ろしいもんだ」

「でもこれだけ痛めつけたら動くのは無理ね。・・さて、魔法剣貸して、この娘の洗脳を解くわ」

「あ、ああ・・」

そのまま翔から魔法剣を受け取ったフランは聖の洗脳を解除するための詠唱を唱え始め、魔法剣に己が魔力を込める。
213 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 06:16:52.08 ID:VM9WNrOJo
「“常夜の闇を糧とし、暗き心に巣食う邪神よ 希望を喰らい、絶望の果てに彷徨いしこの哀れな魂をここに支配せん! 我、絶対なる永久の忠誠を呪縛となりてこの愚者の心を縛らん、光を喰らいその力を解き放て!! サクリファイス・ダーク!!”」

「け、剣が・・!!」

フランの魔法を吸収した魔法剣は眩い銀色が光る剣の色を漆黒へと染め上げて暗黒の雷をビリビリと轟かせる、そのままフランは剣を構えて刃先を聖に向けながら翔に指示をする。

「さて・・翔さん、ちょっとその娘を抑えててくれない? 確実に洗脳を解くには念には念を入れないと・・」

「待て待て!! ここまで傷を負っていたら流石のこいつも満足に動くことは・・」

「いいから、さっさとその娘を取り押さえなさいッ!!! 今は一刻の猶予もないのよ!!!」

「わ、わかった・・」

フランの気迫に押されて翔は渋々ながらも背後から聖を取り押さえる、フランもこれからすることには心が痛むのだが洗脳を解くにはこれしか方法がないので心を鬼にしなが苦渋の決断を下す。

「(ごめんね、少し荒治療になるけど彼方に洗脳を解くにはこれしか方法がないの、だからちょっと我慢してね――・・)翔さん、彼女が暴れないようにしっかりと抑えててよ!!」

「お前を信じるぜ!!」

「いくわよ・・ハッ――!!!」

意を決して聖と少し距離を置いたフランは魔力を更に高めると剣先から閃光ともいえるスピードで黒光りした稲妻が聖の身体に容赦なく直撃すると同時に聖からは尋常でない悲鳴と苦しみが襲い掛かる。

「グオオオオオオオオォォォォォォ―――――――・・・!!!!!!!!!」

(瀕死の状態なのになんて力だ!! 今の俺だとこいつを抑えるだけで精一杯だ―――・・)

とてもではないが言葉では表しようもない激痛と苦しみの余りに聖は耐え切れずに限界以上の力を振り絞って暴れ出そうとするが、翔も翔で持てる体力を全て使って命がけで暴れ出す聖を力ずくで抑えつけるがあまりの凄絶な光景に耐え切れなくなって目を逸らしてしまう。呪術の解除は様々なやり方があるのだが、一番成功率が高いやり方は掛けられた術に対して同じような術かまたは上位の魔法を使って中和してその時に発生するエネルギーを利用して呪縛を相殺するやり方である。しかしこの方法は術を解くとはいえ、長時間にわたり強烈かつ膨大な魔力のエネルギーを対象者にぶつけてしまうので想像を絶するような痛みと苦痛を同時にあじあわせてしまう。例え無事に呪縛を解除することが出来ても弱い人間であれば致命傷になって死に至る場合があるし、無事に生き残ったとしても副作用として呪いとなって一生不自由な生活を送らなければならない羽目となってしまうのだ。

フランも表面上は平静を装ってはいるものの、内心は聖への申し訳なさと自分への不甲斐なさを両方噛み締めながら聖に向けて剣先から衝撃波を出し続ける。

「チッ、俺も判っちゃいるんだが・・こいつの表情を見ているとやり切れねぇよッ!!!!」

(私だってこんな残虐な方法はしたくないわよ――・・
でも救う方法があるならば躊躇して迷っちゃいけない、例えどんな方法でも医者としてこの娘だけは絶対に救ってみせるッ!!)

2人の様々な哀しみが錯綜しながら残虐で冷酷な救出劇は刻一刻と続けられる。最初こそはもがき苦しみ暴れ出す聖であったが、その肉体からは徐々に黒い煙が噴出されて叫び声も徐々になくなって大人しくなっていくとフランも稲妻の威力を微調整しながら慎重に様子を聖の様子を窺う。
214 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 06:18:15.89 ID:VM9WNrOJo
「…れ……は……」

「おっ、洗脳が――!!」

「もう少しね・・これで最後よ―――!!!」

フランは剣に蓄えられた魔力を聖に向けて一気に放つと聖はがっくりとうな垂れて再び意識を失う、すかさずフランは聖に魔法で応急処置を施して外傷は抑えていくのだが懸念するのは副作用の呪い・・今の手持ちのアイテムでは到底役には立たないので打つ手がないフランは今度こそ絶望に打ちのめされてしまう、翔もそんな聖の安否をフランに問い詰める。

「お、おい!! こいつは・・こいつは大丈夫なのかよッ!!」

「呪縛も無事に解けているようだし、肉体の外傷は魔法で出来る限り治療して脈も確認したから“生きて”はいるわ。・・だけど、呪いに関しては今の手持ちのアイテムじゃ打つ手がないわ」

この衝撃的な展開に翔は腰が抜けてその場に倒れこんでしまう。本来ならばフランに一言何か言ってやりたいのだが、彼女の心境を察したら逸れはあまりにも酷な話である・・結局は命は救われたものの聖のこれから将来は絶望的ともいっていいほど未来がない、これならばいっそ死んでしまったほうがマシだろう。

気がつけば2人の目からは自然と涙が溢れてくる。

「ハ・・ハハハ・・・ 結局はこの始末かよ。前は救ってやれたのに―――今度は何も出来ずじまいかよッ!!! 

ちくしょぉぉぉぉぉぉぉ―――!!!!!!!!!!」

「ごめんなさい・・今回は私のせいよ。こんなの全力を尽くしたなんて言えないわッ――・・」

フランもこれからの聖の将来を考えるだけで心が痛くなる、そもそも暗黒魔法とはこの世界に封印されている悪魔の力を借りた強大な魔法なのでそこから生まれる呪いはどれも強力なもので肉体は加速的に壊滅され、精神をも蝕まれてしまうので非常に厄介な代物なのだ。
魔法によって呪いを完全に除去することも出来るのだが、今のフランの力では呪いを出来る限り抑える事しか出来ないので完全に詰みの状態である。

「・・そう自分を責めるなよ、こいつはまだ死んだわけじゃないんだろ? だけどフェイから預かったこのサクヤ草も意味がなかったのかな」

「ちょっと待って――・・サクヤ草があるの!?」

「あ、ああ・・これだけど」

翔はフェイから預かったサクヤ草を取り出してそのままフランに手渡す、魔法使いでもない自分がこんなものを持っていても仕方はないので自分が持っているよりもフランに手渡したほうがいいと判断したのだ。フランも翔からサクヤ草を受け取るとすぐさま手持ちの道具を取り出して何かしらの生成を始める。フラン自身には呪いを解除する力はないが、呪いを解除するには何も魔法だけではないので希望が自然と見えてくる。

「なぁ、そんなものをどう使うんだよ?」

「サクヤ草はエルフに代々伝わる最高の素材よ。これを元に薬を作れば彼女の呪いは完全に消し去ることが出来るわ」

「マジかよ!! ・・でもどうしてそんなこと知ってるんだ?」

「・・昔、子供のときにエルフの里で修行した時にフェイとまとめて両親から呪術系の魔法を立て続けに喰らったから、こういったことは慣れっこよ」

フランも呪いを解除するのは何も始めてはない、これまでにも子供の頃に両親から呪術の魔法を立て続けに喰らって様々な方法で解除されたものだ。聖のようなやり方をフェイ相手に何度も実行したし、逆にその身を持って痛めつけながら呪縛を解除されたりもしたりもした。副作用で呪いになった時も両親の魔法によって解除されたこともあったし、フェイが呪われた時も両親にサクヤ草を中心とした薬の調合を教わって呪いを解除してたのでこういったことには手馴れているのだ。
そのままフランは手馴れた手つきでサクヤ草を媒体として手持ちのアイテムを調合して即興ではあるが、ある薬を作り出すと未だに気絶している聖に飲ますと瞬く間に身体からは見る見るうちに黒い霧が噴出し、フランもようやく安堵を浮かべる。
215 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 06:19:20.76 ID:VM9WNrOJo
「だ、大丈夫なのか・・?」

「ええ、これで呪いも完全に消え去った筈よ。伝説の薬草であるサクヤ草が素材なんだからね。それと魔法剣も返すわ」

フランから魔法剣を受け取った翔はようやく全てが終わったことを悟る、彼も今回の騒動に関してはフェイとフランの両親探しの一環で始まったもので、元は助けてもらったとはいってもこの2人のお願いから始まったものなので普通に仕事としても考えるのが妥当だし、これまでの労力やその他諸々を考慮しても依頼料ぐらいは貰わないと割には合わないものだ。

「さて、こんな状況で言いづらいけどよ。依頼料に関してなんだが・・俺としては最低でも87000TSは貰いたいんだけど」

「却下。こっちも元はフェイが死に掛けてたあなたを見つけて助けたんだから、もう少し減額させてもらうわ。・・ま、依頼料についてはこの一件が片付いてから改めて話し合いましょ。
さっさとフェイを手伝わないといけないしね。だけど相手は未完成とはいえサクリファイス・ダークを扱えるんだから、そう簡単には勝たせてもらえないだろうし」

と言ってるフランではあるが、ぶっちゃけた話がフェイを助けないと地獄よりも恐ろしい母親からの制裁が待ち構えているので手持ちのアイテムで魔力と体力を回復させてまだ見ぬデピスとの決戦に臨む。それに母親がどこかで見ていてもおかしくはないので早めに行動しないと、いつ何処で制裁を加えられてもおかしくはない状況なのだ。

「だったら俺も行くぜ。このままフェイを放っておくのは・・」

「あなたはこの娘とここで待っていてちょうだい。じゃないと依頼料はチャラにするわよ?」

「わ、わかったよ・・そこらへんを言われたら敵わねぇからな」

「よろしい。んじゃ、諸悪の根源をさくっと倒したらまた来るわね」

強引に約束を取り付けたフランはそのまま魔力と体力を回復させるとフェイの元へと向かうのであった。

216 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 06:20:50.57 ID:VM9WNrOJo
その頃、フェイとデピスは魔法の応酬を繰り返しながら文字通りの激戦を繰り広げていた。すでに魔力が残り少ないお芋たんは戦闘から退いておりその2人の激戦振りをまじまじと観察する。

「あのチビとは比べ物にならんほどの実力だ、手駒としては最高の逸材だ」

「無駄ですよ。呪術に関しては昔から何度も喰らってますから、その手の呪文は僕には通じませんよ“母なる大地の源よ・・その大いなる生命を与えたまえ! ガイア・ソウル!!”」

フェイはその場に無数のゴーレムを召喚すると数に物を言わせてデピスを襲撃する、デピスも何とか迎撃はするもののゴーレムの数が多すぎるのもあってか魔法を放つ間もなく逃げに徹するが、ゴーレムたちの勢いは止まらない。

(ウチ達と戦ったときよりも多数のゴーレムが召喚できるなんて・・なんて技量とキャパシティなんだ!!)

「クッ、何度も倒してもその度にゴーレムを補充されるッ――・・」

「さて、このまま押し切らせてもらいますよ!!」

「・・この私を舐めるなッ!! “大いなる神の息吹よ その力を旋風と変え、今こそ吹き荒れろ! ゴッド・ハリケーン!!”」

デピスを中心に巨大な竜巻が次々に形成されるとフェイが召喚した無数のゴーレムたちを一瞬で吹き飛ばすと元の岩石へと戻り、そのまま返す力でフェイに襲い掛かる。

「いくら無数にゴーレムを生成しようが、この竜巻で消してくれる!!」

「上位魔法・・ならばこっちもッ!! “大いなる神の息吹よ その力を旋風と変え、今こそ吹き荒れろ! ゴッド・ハリケーン!!”」

フェイも同じくゴッド・ハリケーンを唱えるとデピスと同じように巨大な竜巻を次々に形成するとデピスが作り出した竜巻を一瞬で相殺する。

「チッ、相殺されたか・・どうやら貴様を倒すには上位魔法ではダメなようだ」

「連戦に加えて僕との戦闘であなたは相当の魔力を消費したはずです。もうこんなことは止めて下さい!!」

「・・この俺を舐めるなといったはずだ。こいつを覚えているか?」

「それはあの時に僕が採取したマギクの花・・まさか、そんなことしてはいけないッ――!!」

フェイの制止を無視したデピスは突然マギクの花を全て取り出すとなんと驚くべきことにそれらを全て食べてしまうとデピスの魔力と体力は大幅に回復した上に更なるパワーアップを果たすのだが、それら一連の行為が意味することといえばフェイの中で一つしか思いつかない。

「いくらガキでも貴様は俺が今まで見てきた人間の中で最強とも呼べる実力の持ち主だ。マギクの花を食ってもまだ及ばないのがムカつくぜ・・」

「マギクの花であそこまで回復して強くなるなら、ウチも――・・」

「やめるんだッ――――!!! ・・マギクの花はあらゆる素材としては最高の素材だけど、その反面で強い毒性を持つ危険な代物なんだ。そのままで食べてしまえば魔力と体力は大幅に回復して信じられないぐらいのパワーアップを果たすけど、代償として寿命は削られた上に徐々に身体は蝕まれていくんだ」

マギクの花・・最高の魔法素材として知られるその花は様々な魔法使いから重宝される反面、その危険性の高さも認知されている。それに扱いが非常にデリケートで難しい素材として知られているので殆どの大国では栽培はもちろん、採取することさえも禁じられている。それだけにマギクの花を素材としたアイテムは非常に高値で取引されており摂取や装備しただけで大幅にパワーアップするのだが、それだけに副作用も絶大なのでそれだけで敬遠する者も決して少なくはない。
しかしマギクの花にはお守りとしての価値もあるのでそれらを考慮した上でフェイはデピスに手渡したのだが、完全に裏目に出てしまったようだ。それを直接身体に摂取したデピスは徐々に体の崩壊が始まるだろう、それはデピスも百も承知・・しかしフェイに勝つにはこれしか方法がないのだ。
217 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 06:22:39.91 ID:VM9WNrOJo

「さて、反撃開始だ。この溢れんばかりの力で貴様を殺すぞ、小僧ォォォ―――!!!」

「デピスさん、なんで・・」

「悲観している暇はないよ。こうなったらウチが囮になって出来るだけ時間を稼ぐからその間に強力な呪文を唱えるんだ」

お芋たんもある程度は休んだとはいえ、体力と魔力は雀の涙程度しか回復してないので出来る事といえば囮役ぐらいしかできない。それにフェイの言うようにデピスが相当強くなっているのならば下手に時間を掛けずに一気に殲滅しないとこっちがやられてしまうのでお芋たんもそこらへんを考慮して危険な囮役を自ら買って出たのだ。

「今のウチはただの足手まといに過ぎない・・なら、残りの魔力と体力でウチがこいつを抑えるよ。残念だけど君はウチよりも魔法使いとしては実力が上だから頼るしかない」

「・・わかった」

お芋たんの覚悟を汲んだフェイは即座に魔力を展開させると高威力の呪文を唱えようとするがそれをデピスが逃すはずがなく、フェイ目掛けてアクア・ボールを連射してその動きを止めるとそのまま勢いに乗って両腕にウインド・ソードを繰り出してフェイに向かって切りかかる。

「貴様は先に潰しておかないとこうしてマギクの花を食った意味がないからな!!」

「なんて恐ろしい人なんだ」

フェイもデピスの覚悟に思わず戦慄を覚えてしまう。2刀流の巧みな攻撃で優位に立っているデピスであるが、フェイに余裕を与えずに距離を絶えず詰めながら冷静になる余裕を与えはしないのでフェイは精神的にも徐々に追い詰められて消耗してしまう。

(ううっ・・こんなことならポアロに魔法剣でも借りるんだった)

「このまま一気に押し切らせて・・!!」

デピスは更なる優勢に転じようと更に斬撃を繰り広げようとしたその矢先に上空から無数の隕石が降り注ぐのだが、デピスは隕石の降り注ぐ位置を把握しながら落下地点を予測して巧みなステップで回避しながら魔法を唱えたであろうお芋たんに視線を向ける。お芋たんも残る魔力を駆使して完全版のマジック・バーストを放ち、何とかデピスの攻撃を分断してフェイが魔法を詠唱する時間を稼ごうとするのだが・・デピスの対処の早さと的確な回避に驚愕してしまう。

「そ、そんな・・!!」

「フッ、時間を稼ぐ魂胆だろうが・・その手には乗らない!!」

お芋たんの意図を完全に把握したデピスは風の刃を消すとフェイに向けて切り札の一つである呪文の詠唱を唱え始める。

「“絶対なる守護神のこの力を我が手に集い、かの者を滅却へと導き守護神アラーの生贄に捧げん!”」

「そ、その呪文はッ――!!!」

「“我、代行者の名に置いてここに裁きを下さん!! ジャッジメッド・バスター!!!”」

デピスからは強大な魔力の塊が一点に集い始める、これこそデピスの切り札の一つである最大の魔法・・ジャッジメッド・バスター・・ボルビックの守護神たるアラーの力を借りたその魔法は絶大なる威力を誇るとされており、伝説では一瞬にして街を大火の炎で包むとされる裁きの光。
かつて自分を捨てた故郷の魔法を頼りたくはなかったのだが、高威力の魔法を求めて突き詰めていくうちにある依頼で偶然手に入れた書物にボルビックの守護神であるアラーの力を借りた魔法の力の存在を発見する。デピスも女体化する前はボルビックで魔術師を志した者・・存在や知識はあったのだが、肝心の実力がついていけてなかったので秘術の書をくまなく読み漁り、魔力を高めながら習得するにはかなりの時間を要した。


その目的は唯一つ――・・自分を奪った故郷への復讐である。

218 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 06:23:29.17 ID:VM9WNrOJo
デピスの魔力は更に高まり、小さかった魔力の塊は徐々に膨れ上がり巨大になってくるにつれてフェイも自分とお芋たんを守るために防御魔法の最高峰であるシャイニング・ウォールを唱え始える。本来ならば強力な攻撃魔法で対抗することがもっともポピュラーな方法ではあるものの、強大なる魔法のぶつかり合いによって生まれる莫大なエネルギーで周囲を巻き込んでしまう可能性が大きい、それにデピスが放とうとしているその魔法の威力は当然フェイも把握しているのでこうして防御を固めて耐え凌げば誰も巻き込まずに済むのだが、デピスはそんなフェイに苛立ちを覚える。

「神の力を借りたこの魔法に防御魔法だけとは・・笑わせてくれる」

「これだけの魔法・・周囲の影響を考えたらこの方法しかありません。それに死ぬつもりありませんから」

「見下げた根性だ。ならば・・死ねッ!!!」

例えるならば長距離レーザー砲並みの出力を持ったその魔法をフェイはあまりの衝撃に吹き飛ばされそうになるが何とか踏みとどまって喰らいつくように真正面で受け止める。傍から見ればフェイが完全に追い詰められているのには間違いはないものの、フェイが完全に攻撃を防いでいることにデピスは脅威を覚える。

「馬鹿なッ!! 神の魔法を耐え凌いでいるだとッ!!」

「例え強大な威力の魔法でも徐々に分散させれば大したことはない」

よく見てみるとフェイのシャイニング・ウォールはデピスの魔法を少しずつではあるが、分散させて威力を抑えている。フェイもこの魔法を喰らったのは何も一度や二度ではない、何回も喰らっているうちに誰かに教えられることもなく対処法も自然と身体が覚えているからこそこういった芸当が出来るのだ。
まさに一進一退の膠着状態・・お互いが死力を出し尽くす中で彼方から放たれた一発の魔弾がデピスに直撃するのと同時にフェイも一気に魔力を高めるとデピスの放ったジャッジメッド・バスターは一気に四散すると更に別の魔弾が四散したジャッジメッド・バスターとぶつかり合い相殺される。この呆気ない結末にデピスは呆然とする間もなく、突如地中から現れたゴーレムたちに襲われる。

「グッ・・これは――」

「・・今まであなたに痛めつけられて殺された人たちの怒りを思い知りなさいッ!!!」

この一連の戦闘を的確に対処してフェイの意図を汲んだ人物・・フランであった。そのままフランはデピスがゴーレムに手間取っている間にお芋たんにある程度の応急処置を施すと弟の隣に降り立つ、まさかの姉の登場にフェイが呆然としてしまう。

「ね、姉さん!!! 何でここに・・」

「弟の危機を救うのは姉として当然よ♪」

そのまま格好つけるフランであるが母親から強制的にさせられていることは口が避けても言える筈がないので姉の威厳を保ちながら魔力を展開させて臨戦体勢を整える、お芋たんも怪我を治してもらったのでフランに礼を述べる。

「あ、あの・・」

「治療したといっても持ち合わせがなかったから応急処置よ。それにあなたの親分さんも洗脳も解除して治療しておいたから大丈夫よ」

「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!!」

聖の無事がわかったところでお芋たんはようやく一安心して息をつく、何だかんだいっても聖のことは慕っているお芋たんである。
219 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 06:24:08.90 ID:VM9WNrOJo
「さて・・まさか相手がデピス・ミッチェルなんてね、相当な悪党よ?」

「でも彼女はそんな人じゃないよ! 彼女はただ・・」

「どういった事情であれ彼女がやってきたことは決して許されることじゃないわ。・・でも殺すつもりはない、然るべきところで裁いてこれまでの罪を償わせるわよ」

フランもデビスに関しては噂程度ではあるもののそれだけの所業をしていることは容易に予想はついている、ならば自分に出来る事といえば生かしておいて今までの罪を償わせなければデピスの所業によって犠牲になった人たちの無念が報われない。

「だけど彼女はマギクの花を食べてしまってるから戦いが終わった後でどうやって治療するか・・」

「そんなものまで手を付けてるの!? 厄介な相手ね・・」

マギクの花を直接摂取した人間を治療するのは並大抵のことではない、設備が整っていれば治療も出来なくはないがそれでも困難を極めるのだ。

「こうなったら一気に片をつけるわよ!! フェイ、まだ動けるわね?」

「まぁね。姉さんと一緒に戦うなんて久しぶりだよ」

何にせよ、ここでのフランの登場はフェイにしてみればかなり心強いので久しぶりの共同戦線に自然と腕が鳴ると同時にデピスもゴーレムたちの群れをなぎ払って2人の姉弟をゆっくりと見据える。

「誰だ?」

「よくも私の弟を可愛がってくれたわね、たっぷり御礼をしてあげるわ」

「フフフ・・女にこの俺の相手が務ま――」

「そりゃぁぁぁ!!!!!」

そのままフランはデピスの不意をついて格闘術で攻撃を仕掛けると装備していた剣でデピスに反撃を許さずに急所目掛けて怒涛の攻撃を繰り広げる、女同士のこの戦いにフェイはもとよりお芋たんも思わず身震いしてしまう。

「君のお姉さん・・親分並にえげつないね」

「付き合うのなら考えたほうが良いよ、ああ見えても実力は僕と一緒だからね」

「君達姉弟が末恐ろしいよ・・」

お芋たんが感心する中でデピスとフェイの戦闘は苛烈を極めており、互いに魔法の応酬を繰り返している。しかしマギクの花を摂取しているデピスにようやく副作用が見え始めたのか勢いが衰えてしまい、その隙をフランが見逃すわけもなくその隙をついた強烈な一撃をデピスに叩き込む。

「なんて女だ! あのガキと同等の実力を持ってるとは・・」

「この私を甘く見ないことね。マギクの花に頼ってフェイと対等なようじゃ、底が知れてるわ」

「こいつッ――・・」

副作用から来る激痛を何とか堪えながらデピスはそれでもフランに立ち向かうのだが、今の勢いが完全に衰えたデピスではフランには到底敵うわけがない。それにマギクの花の副作用も考えたらもう身体が持つ可能性も低いだろう、このままフランに勝つためにはデピスが取る方法は一つしかない。ある覚悟を決めたデピスはフランと距離を取ると魔法の詠唱を始める、今までの自分が扱える魔法の中でも最大級の威力を誇り全てを終わらせるには造作もない。
220 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 06:27:00.70 ID:VM9WNrOJo
「よもや、この魔法を使うことになるとはな。覚悟しろよ・・“天海に轟く数多なる雷よ 嵐を呼び絶望の淵へと飲み込む荒津波を鎮めん守護の力を我に見せん!”」

「この呪文は――・・フェイ、手伝ってもらうわよ!!」

「わ、わかったよ!!」

「“全ての愚かなる者たちに裁きと教えを与え、絶望と希望を支配し超越したその力を見せよ!! 我が身にその姿を現せ!! ジャスティス・ザ・アラー!!!”」

魔法を唱え終えたデピスからは強大な魔力に覆われた鎧が纏われる、このデピスの変化にフェイとフランからは過去の嫌な思い出が脳内に甦る。

「ね、姉さん・・どうもあの姿はトラウマ以外何者でもないんだけど」

「あの魔法で何度2人に殺されかけたことか・・まさかアラーの魔法をここまで使いこなせるなんてね」

デピスの最後の魔法・・それは守護神アラーそのものを召喚させて自身の身体に憑依させる最大にして最強の魔法。数百年前にボルビックを襲った巨大な嵐を圧倒的な力で鎮めたとされる伝説の守護神アラー・・人々はその偉大なる力に畏怖し、そして崇拝したのだ。その伝説と称される力が今デピスの手により解き放たれる。

「数年前に依頼でボルビックの神官を暗殺した際に偶然盗み出した秘術書・・このボルビックの力で今こそ故郷に復讐してやる」

「あなた、ボルビックで女体化した人間だったのね!!」

「デピスさん! もうこんなことは止めてくださいッ!!!!」

「うるさい! ジャッジメッド・バスター!!!」

フェイとフランに向けて裁きの光が容赦なく放たれるものの寸でのところでかわすのだが、2人が元いた位置は一瞬で焦土と帰られてしまって先程とは比ではない威力の大きさを思い知らされるが、過去に両親から喰らわされたものと比べればしょっぱいものだが、それでも2人にしてみれば充分な脅威には違いない。

「詠唱なしでなんて威力なんだ! 何とかしてデピスさんを止めないと・・」

「でも簡単には止められそうにないわ。・・そういえばあなた暗黒魔法を扱えるわよね!? だったらあいつの動きをちょっとだけ止めて欲しいの」

「扱えるのは扱えるけど・・でもウチの実力じゃ一瞬でも止められるかどうか」

「それで充分よ。後はわかってるわね、フェイ!!」

「うん! その方法しかないね」

このデピスを止めるには生半可な魔法では話にはならない、デピスが神の力を借りた魔法を使っているのであれば同じ位の魔法でなければ通用しないだ。溢れんばかりの力を手に入れたデピスは次に狙いをフェイに絞ると魔力を高めて巨大な拳を具現化すると躊躇することなく放ち始める。

「うわ・・!!」

「スカーレット・パンチィィィ!!!」

何とか巨大な拳を避けたフェイであるがデピスの攻撃は止む事はなく、圧倒的な力の元で蹂躙しながらフェイを追い詰める。
221 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 06:27:57.23 ID:VM9WNrOJo
「どうした小僧!! 逃げているだけではこの俺には勝てんぞっ!!」

(まさかここまでの力を持っているなんて!!)

容赦ない攻撃の雨がフェイに向けて襲い掛かる、何とか致命傷だけは避けてはいるものの攻撃を防ぐために防御魔法を展開するだけでも余計な魔力を消費してしまうのでこのままでは魔力が底をついて女体化してしまうのも時間の問題である。

「少しばかり時間を稼ぐわよ。“母なる大地の源よ・・その大いなる生命を与えたまえ! ガイア・ソウル!!”」

時間を出来るだけ稼ぐためにフランは周囲に無数のゴーレムを召喚してデピスの動きを出来るだけ封じるとフェイとフランはデピスの周囲に降り立つと予めの打ち合わせ通り、デピスを止めるために自分達の持つ最大の魔法を放つための詠唱を始める。

「“漆黒なる魔界の波動よ。我が手に集いし、魔となりて覇を唱えん! 闇を導く破滅の女神よ、光の創造を喰らい尽くせ!!!”」

「“神々を束ねる光の結束よ。闇を照らし、創世の輝き解き放て! 魔を討ち、邪悪なる存在に罰を与え 光として導いたまえ!!!”」

「何だ!! この光と闇は・・」

フランからは闇が、フェイからは光が集い始めると狙いをデピスに向け始める。これが姉弟による戦いを終わらすための最後の力、デピスが神の力を借りるのならばフランは上級暗黒魔法を・・そしてフェイは神聖魔法でも上級に値する神霊魔法でこの戦いを終わらせる決意を固める。
魔法には階級と言うものが存在しており、高度な魔法になるとそれが躊躇して出始める。確かに守護神に位置するアラーも通常ならば強大なのだが、神の中ではそれほど階級(ランク)は高くはない・・ならばそれ以上の高位の神や悪魔の力を借りた魔法を叩き込めばいいのだ。デピスは何とかゴーレムたちを一掃するとこの場から逃げようとするのだが・・体が思うように動かず、その場に立ち止まってしまう。

「か、身体が・・!!」

「お前を倒したいのはウチも一緒だよ! 篤史が苦しんだ痛みを・・思い知れッ!!!」

お芋たんとてデピスに大切な友人を殺された恨みは決して小さくはない、彼もまたフェイとフランの協力するために残っている魔力を最大限にまで高めると暗黒魔法で出来るだけデピスの動きを止める。

「・・覚悟はいいわね。“スレイ・ギガ・ダーク!!!!”」

「デピスさん、僕はあなたを死なせはしません!“ジャスティス・ノヴァ・バースト!!!”」

「うおおお・・おおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!」

双方から放たれた光と闇がデピスに直撃する。

222 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 06:30:25.29 ID:VM9WNrOJo

その頃、翔はフェイの言いつけどおりマスガッタ王国の秘法である真紅の涙をまじまじと見つめながら、未だに意識を失っている聖の様子を見守りながら2人の帰還を待ち望んでいた。

「全く、マスガッタの国宝を盗み出すとは大した根性だ」

「・・ううっ、ここは?」

「おっ、目が覚めたようだな」

ようやく意識を取り戻した聖は身体の感覚を取り戻しながらゆっくりと起き上がる、まるで長時間眠っていたかのような感覚に聖は奇妙な違和感を覚える。

「って・・なんでてめぇが俺様の獲物を持っているんだよッ!! とっとと返しやがれ!!」

「これはお前のもんじゃないだろ? こいつはお前に襲われた駄賃として預からせてらうぜ」

「この野郎!! ・・相変わらずムカつく野郎だ」

「まさかあんな小娘が成長して盗賊になって・・俺に襲い掛かってくるなんて久々の再会にしては衝撃過ぎるぜ」

翔が始めて彼女と出会ったときはまだあどけなさが残る小娘だったのが、ここまで美しい娘へと成長したのに正直男として意識をしてしまう。だけどそれ以上に彼女の実力には目を見張るものがある、あれから幾多の戦闘経験を積んで成長を重ねたのだろう・・デピスに洗脳されたとはいっても自分を追い詰めるほどに成長してたとは驚いてしまう。

「・・またてめぇに助けられちまったな、前は俺がドラゴンの群れに襲われたときだけか? 正直、また借りを作ることになったなんてな、様ねぇぜ」

「命があるだけでも儲けもんだろ? それに今回は俺じゃねぇ、お前を助けたのはフェイの姉ちゃんだよ」

そのまま翔は今回の一連の顛末を聖に話し始める。聖にしてみれば腹が立つ内容であるが、引っ掛かってしまった自分が悪いので今回は何も言えない、それに身体に巻かれている包帯を見ていると翔の話が事実だと嫌というほど思い知らされてしまう。

「チッ、話を聞くだけでも情けねぇ・・」

「だったら盗賊でも廃業したらどうだ?」

「誰がするか!! チビ助と同じようなこと言うな!!!」

お芋たんからもそろそろ盗賊を廃業して酒屋一本でやっていきたいと話をされたことはあったが、聖は頑なにそれを拒否し続けている。確かに酒屋の利益は日に日に上がっており実際には盗賊をしなくても生活には困らないほどの蓄えもあるが、聖にしてみればその現状が納得がいかないみたいようだ。彼女にしてみれば盗賊という職業は自分が生きるための術であり自身のプライドの証・・自分の居場所はあんな小さな店の店主ではない、盗賊団の頭こそが身を投じていくに相応しい居場所なのだ。

223 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 06:30:34.42 ID:VM9WNrOJo
「お前は運動神経も良いし腕も立つ。それに俺が言うのもなんだが美人が盗賊するのは勿体無いぜ?」

「なっ・・!! お、俺が何しようが俺の勝手だろ!!! てめぇは関係ねぇ!!!」

「全くよ、これじゃこの剣が泣いているぜ」

「死んじまった奴は関係ねぇだろ!! その剣はそもそも俺の両親が使ってた剣をてめぇが手に入れたんだろ? そいつは俺に意味がない代物だ」

翔の手にしている魔法剣はかって聖の両親が使っていたとされる剣であり、過去に2人が出会ったときの一件で判明したものだが・・翔自身は聖の両親とは面識はなくこの剣もかって所属していた傭兵師団の隊長から譲られたものだ。しかし聖にしてみれば両親なんてものは物心つく前から死んでしまった存在なので何ら関心はない、そんなことよりもフェイとの戦闘以降は盗賊としての地名が落ちたのでそれを挽回するための真紅の涙なのだ。

「これまで盗賊として生きてきた俺だ。今更そう簡単に変えられるかよ」

「・・別に俺も人様に言える生き方なんてしてねぇよ。依頼さえあれば様々な戦場に飛び回って仕事上とはいえ人もかなり斬ったさ。
人に寄っちゃ、俺も戦闘狂となんら変わりはしねぇ・・だけどお前が盗賊やるのと一緒で俺もこれでしか飯を食うことしか知らねぇんだ

だけどよ、やっぱりお前が盗賊やるのは勿体無ぇ・・折角、美人になったんだしよ」

「てめぇ・・いつか絶対にぶっ殺す!!! この怪我治してこの俺様が自ら叩き潰して・・ッッ!!」

「おいおい、啖呵切る前にまずは怪我を治せよな」

そのまま聖は拳を震え上がらせるが傷が癒えていない身体に激痛が走る、いくらフランが治療したとはいっても持ち合わせで治療した応急処置なので無茶が出来ない身体なのだ。

「それよりもチビ助はどこに行った? あいつも回収しねぇと帰れないんでな」

「チビ助って俺とフェイが来る前にデピス・ミッチェルとやりあってたあの小僧か? あいつなら今頃・・」

翔が空を見上げるのと同時にデピスもボロボロの身体のまま仰向けになりながらその瞳に映るフェイとフランを見続けていた。
224 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 06:31:43.67 ID:VM9WNrOJo
「・・殺せ、マギクの花を食った俺に先は長くない」

「デピスさん・・何であんなことしたんですか、自分の命を落とすような真似を何でしたんですかッ!!!」

「笑わせるガキだ。女体化してこの抹消の印を刻み込まれ、弱肉強食の世界に生きてきた俺に命など知ったことではない」

あれからフランとフェイの最大の魔法をその身に叩き込まれたデピスは重傷を負いながらも奇跡的に生き残ったがマギクの花を食った彼女の身体は老い先は長くはないだろう、既に虫の息のデピスに魔力を使い果たして女体化したお芋たんは息の根を止めるために憎悪を込めて睨みつける。

「いい気味だよ。・・そんなに死にたいならウチが止めを刺してやる!!!」

「さすがサガーラ盗賊団だ。そこのガキとは違ってキッチリと手負いに止めを刺すとは同じ悪党として敬意を表してやるよ」

「このおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!」

「・・やめなさい―――!!!」

すかさずフランは尋常ではない力でお芋たんを押さえ込んで魔法で動きを封じると治療魔法でデピスの身体を治癒しはじめる、そのフランの一連の行動にお芋たんは身動きが取れないまま当然のように声を荒げる。

「な・・何をするんだ!! そいつはウチの・・篤史を殺した敵なんだ!!!!!」

「黙りなさい!! ・・デピス・ミッチェル、あなたが今までの犯した罪の重さを考えたら同情の余地はないわ。だけど裁くのは私達じゃない、どうせ死ぬならば然る場で裁きを受けてからにしなさい」

「だけど!! そんな奴を治療までしなくても・・」

「ここで殺したら私達も彼女とやってることは何ら変わりないわ。それに何も治療するといっても死なない程度にするだけ・・今まで彼女に無残に命を奪われた大勢の人達のことを思えばここで死ぬのは卑怯よ」

「・・姉さん」

フランも今までデピスに殺された人たちのことを思えばこのまま死ぬのはあまりにも卑怯だと思うし、残された人たちのことを思うと無念で仕方がない。然るべき場で裁きを与えて罪をしっかりと償わせるのが生殺与奪を握っている自分の使命だとフランは思う。

「ヘッ、殺した命ってのは道端で転がっている石ころと何ら変わりはしない。今まで俺に殺された奴は運が悪かっただけさ」

「・・全く、とんだ悪党だな。ならば同じ末路を辿るが良い」

「アア――・・?」

謎の言葉が発せられた直後・・突如としてデピスの身体は爆発を起こすと衝撃により四散した亡骸にも容赦なく紅蓮の炎は襲い掛かりその躯は容赦なく焦がされる――・・あまりにも呆気ないデピスの最期に一同困惑しながら燃やされていくデピスだった亡骸を見つめ続ける。そして静かに足音を立てて1人の男が燃え盛る紅蓮の炎に手を差し伸べると身を焼き尽くして焦げ付いた骨を握りつぶし装備していた魔法剣で燃え尽きて骨と化した亡骸を残っている種火ごと粉微塵に粉砕すると3人を見つめて大きな溜息を吐きながら魔法剣を背中の鞘に収める。
225 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 06:35:08.72 ID:VM9WNrOJo
「カァ〜・・こういった悪党には甘くするなと教えたはずだぜ?」

その男、頬の傷が目立ち巨大な2本の魔法剣をその背中に悠々と装備しながら同時に溢れんばかりの身に纏う魔力だけで周囲を完全に威圧する、男の姿を見るや否やフランとフェイには凍りつくような冷たい感覚に恐怖心を覚えて額からは冷や汗が浸り落ちる。

「う、嘘だよね。見間違いじゃ・・」

「だったらどんなに嬉しいか・・」

「・・よぉ、バカ兄弟」

「「と・・父さん――!!!!!」」

姉弟の身体にはデピスの死を吹き飛ばすには充分の強烈な衝撃が心身ともに走る――・・伝説の魔道剣士である父親との再会、これが意味するのは誰にもわからない。

226 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 06:37:06.85 ID:VM9WNrOJo
かってフェビラル王国から誕生した魔道剣士は圧倒的な力と強大な魔力によってこの世界に伝説の数々をもたらし、たった2人ながら列強の大国を子供が遊戯で遊ぶかのように次々と滅亡の危機に追いやり、畏怖と戦慄を与え続けてきたこの世でもっとも神に近いともされる存在・・幾多の国々に伝説を刻み込んだその存在は遥か昔に存在した神と悪魔の再来とも言われる片割れが3人の前に姿を現した。

「悪党に相応しい末路だ、おい・・ま、息子の実力を思い知らせる修行相手にはちょっと力不足な悪党だったな」

父親は少し残念そうな顔つきをしたまま今度はフランに視線を向ける、彼が最後に会ったときはまだ列記とした男であった長男・・しかし母親の面影を濃くした見事な女体化振りにがっくりと肩をうな垂れる。

「まさか、あいつが言ってたことが本当だったなんてなぁ・・母親そっくりに女体化してしまうとは、これも世界の慣わしか」

「父さん!! ・・なんでデピスさんを殺したんだ!! 殺す必要なんか――!!!」

気圧されていたフェイは無理矢理魔力を展開させると怒りを込めて父親を睨み上げる、せっかくデピスを生かせておいて然るべき場所へ裁かせるつもりだったのだ。それにデピスは何も好きであんな人生を送ったわけではない、全てはボルビックという国の愚かな教えによって生まれた悲劇なのだ。

「・・だったらお前はあの女のような人間にこんな風に説いていくのか? “殺すのはよくない、今までの罪を償えばやり直せる?”・・んな甘い子供の屁理屈なんて悪党が聞く耳を持つわけねぇだろ!!!!!」

「何が悪いんだ!! 例え悪人でも父さんのように躊躇なしに殺すのは間違っている!!!」

「だからお前は半端者なんだ!!! 殺された周りの人間の怨恨と哀しみは決して消えはしない、どんな大義名分を掲げたところで人殺しは所詮人殺しに過ぎん!!

もしあの女を生かして裁いたところで・・己が犯した罪を自覚したと思うか?」

「そ、それは・・でも殺すことなんて間違ってるよ!!」

「父さん、例え悪人でも改心するわ。そして自分の犯した罪を背負って贖罪するのが人間よ!!」

フランもいくらなんでも父親のやり方には反感を覚える、例えデピスが悪党だとしても同じ人間なのだからきっと改心する機会だってあったはずだ。それを殺すことでみすみす奪った父親の行動には納得いかないものがある。

「確かに改心して自分の罪を贖罪する人間もいる。・・だけどな、それを快楽として罪を罪とも思わない外道以下の存在もこの世にはいるんだ!!!
あの女はそういう存在だったまでだ、要人暗殺を始めとした残虐の数々・・極めつけはデスパルトの役人の依頼で引き受けた教会孤児院の殲滅を喜んでやったことだ。

・・これでもあの女が改心する奴だと思うか?」
227 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 06:38:10.51 ID:VM9WNrOJo
父親から聞かされるこれまでのデピスの残虐非道の数々にフェイとフランは思わず絶句して言葉を失ってしまう、そんな中でデスバルト共和国の教会孤児院という単語を聞いたお芋たんは恐る恐る父親に尋ねる。

「教会・・? デスバルト共和国の教会って―――!? 皆は・・皆はどうなったの!!!!」

「教会は焼き払われて一人残らずあの女の手によって惨殺されたと聞いている。あの女が殺したのはお前の友人だけではない、帰るべき場所も焦土にした」

「そ・・そんな・・」

父親から告げられる驚愕の事実にお芋たんはショックのあまり呆然としてしまう、そして父親は話すことを終えると最後にこう言いくるめる。

「根っからの悪党を人扱いするな。特にフェイお前は世界を見て甘さを捨てろ!! フランソアは己の腕に慢心するな!!
魔法とて万能ではない人としての・・――!!」

突如として向けられた2つのドラゴン・バーンを魔法剣で切り伏せると父親は放ったであろうフェイとフランを見据えるともう一本の魔法剣を抜くといつものように2人の子供たちを叩き伏せた2刀流の構えを見せる。

「父さん・・いつまでも私達を子ども扱いしてもらったら困るわ!!」

「母さんにも似たような説教されたけど・・そう簡単に納得しないよ!!」

「自分のガキに喧嘩売られるとは・・久々に運動がてらバカ共々叩きのめしてやるか!!!」

父親は剣を構えるとせめてものハンデとしてフランとフェイの魔力と体力を回復させて久々の戦闘に自然と心躍りながら、自分の子供の成長振りを確かめる。

「いくわよ!!」

「今までの僕達だと思ったら大間違いだよ!!」

「おうおう、我が子供ながら粋がいいね。それじゃ、まずは手始めに・・“魔を見極めし力よ 我の僕たりし存在を呼び寄せ ここに降臨せよ!! ダーク・メイド!!”」

様子見でありながらいきなりの暗黒魔法にフェイとフランは勿論、お芋たんまで途方のない脅威を肌で感じ取る。ダーク・メイドは術者の魔力に応じてあらゆる召喚を可能にする魔法であるが、この父親が召喚するのはデーモンやドラゴンとかの生易しい類ではない。

かって封印されている悪魔のみが従事していたと言われる伝説の魔獣がここに降臨する。片方は稲妻を操る巨大な獣、もう片方は巨大な翼を纏い氷のような冷たい寒気を放ちながら魔獣は咆哮を上げる。

「迅雷の魔獣 ガルフィに氷鳥獣(ひょうちょうじゅう)ゼルファー・・どれも伝説の魔獣か」

「お仕置きコースAだ、卑怯な手を使ってもいいぞ」

「じゃあ遠慮なくいかせて貰うわよ。“神を焼き尽くす業火よ 因果を超えてこの地へ舞い上がれ!! インフィニット・フェニックス!!”」

フランが召喚したのは不死鳥を模った炎は迷うことなく氷鳥獣ゼルファーへと向かっていき、獣の雄叫びを上げながら炎は爆散するもゼルファーは羽を広げて周囲の熱を奪い凍らせ始める。そして迅雷の魔獣ガルフィも雄叫びを上げながら周囲にこれでもかとばかりの雷鳴を轟かせ、辺り一面に雷の嵐を放つがフェイが召喚した巨大な流氷のゴーレムがガルフィを相手に格闘戦を繰り広げる。
228 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 06:40:38.04 ID:VM9WNrOJo
「いくよ! “大いなる神の息吹よ その力を旋風と変え、今こそ吹き荒れろ! ゴッド・ハリケーン!!”」

フェイの魔法による無数の巨大な竜巻はガルフィを怯ませ、空に翔るゼルファーの足をも止める。その壮絶なる戦闘風景に観戦者に留まっているお芋たんは伝説の魔獣と対等に戦い抜いている2人の実力に度肝を抜いてしまい唖然としてしまう。

「伝説の魔獣を召喚したのにも驚きなのに対等に戦ってる2人も凄い・・」

もはや自分の力量では計り知れない戦いを繰り広げているこの姉弟の実力を見せ付けられたお芋たんは熱中してしまう、そんな中で戦況は激戦の模様を繰り広げており、フェイの動きにあわせたフランは躊躇なくあの魔法を唱える。

「“すべての光と聖なる力よ! 我の力となりてそれを示せ!! そして滅びを等しく与えたまえ!! マ ジ ッ ク ・バ ー ス ト ! ! ! ”」

(あれは完全版のマジック・バースト!! ウチが苦労して習得した魔法を意図も容易く・・!!)

フランは上空に向けて放った魔法はたちまち無数の隕石へと姿を変えて辺り一面に降り注ぐ、しかもお芋たんがデピスに向けて放った隕石よりも一つ一つが巨大で精度の高いものなので当然のように威力も桁違いである。それでも父親は魔法剣でそんな隕石をあっさりと切り捨てたついでに巨大な竜巻を鎮めながら今度は魔獣たちを巨大なエネルギー弾へと変えて両手に翳すとフランとフェイに向けて放ち始める。

「いつもの躾け用特大魔弾伝説の魔獣verだ」

「それを待っていたわ!! フェイ、あれをするわよ」

「僕達を甘く見た父さんの負けだ!!」

そのままフェイとフランは父親の魔弾に魔力を送り込むと魔弾は更に膨張しながらその質量を加速的に増大させる、元は伝説の魔獣・・魔弾にしただけでも莫大なエネルギーの塊なのにそれを敢えて増大させる2人にお芋たんはもとより父親もわけがわからない。

「おいおい、伝説の魔獣を取り込んだ魔弾をでっかくするなんて死にたいのか?」

「そんなことするわけないよ。これが父さんに勝つ秘訣だからね」

魔力を蓄えた2つの魔弾は更に巨大化して膨らみ続け、終いにはそれら2つがぶつかり吸収しあって超巨大な1つの魔弾が完成されるとここで変化が起きる、送り込まれたフェイとフランの魔力を吸収し続けて莫大なエネルギーの塊となった魔弾にも限界があったようで臨界点に達したとたんに轟音を上げるとフランとフェイは魔力を送るのをやめるとお芋たんを連れだして飛翔の魔法でその場から撤退を始める。

「えっ? 一体何を・・?」

「避難だよ。あんなのが爆発したらタダじゃすまないからね」

「これでお終いね。父さんだから死なないと思うけど・・」

2人は爆発寸前の魔弾とそれを支えている父親に背を向けて被害の及ばない場所まで全力で飛行すると同時に魔弾は大爆発を起こし膨大なエネルギーの影響で爆風が発生すると瞬く間に周囲を壊滅させて地形を容赦なく変えていき、飛行していたフェイとフランも例外なく爆風に吹き飛ばされてしまって3人とも不時着してしまってしまう。
229 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 06:42:05.87 ID:VM9WNrOJo
「痛てて・・どうやらみんな無事のようだね」

「何とかね。でも魔力を送って魔弾を強化させるのは知っているけど、爆発させるなんて発想はすごいよ」

「試したことなかったから成功するかヒヤヒヤしてたんだけどね。あれだけの魔弾の爆発の直撃を受けたんだから多少のダメージはあるはずよ」

フランも自分の父親の実力は嫌というほど知ってはいるものの、流石にあれだけの大爆発の直撃を受けたのだから常人ならば間違いなく生きてはいないだろうし、あの父親でさえも多少のダメージは受けているものだと思いたい。それに父親は自信過剰の面があるのでその鼻を明かしたかったし、いつまでも自分達を子ども扱いしている両親にむかっ腹が立ったのも理由の一つでもある。

「でも君達のお父さん・・大丈夫なの?」

「ま、死んではいないと思うよ。あんなんでも腐っても伝説の魔道剣士だから」

「さて、合流するわよ。母さんに勝てなかったのが癪だけ・・!!」

安堵しきってたフランに向けてまるで神が天罰を与えたかのように雷が降り注ぐ、突然の光景に目を丸くするフェイとお芋たんを嘲笑うかのように無傷の父親が姿を現す。

「なるほど、この場にフランソアがいたのはあいつの差し金か・・それにしてもこの程度で俺に一撃を喰らわせたと思っているようじゃ先が思いやられるな」

「と、父さん!! 何で・・あれだけの大爆発が直撃した筈なのにッ――!!」

まるで何事もなかったかのように振舞う父親の姿にフェイはこの理不尽ともいえる実力の差を再認識する。父親は確かに自分が作り出した超特大級の魔弾から起きた大爆発の中心地にいたのはフェイもこの目で目撃している、地形すら変えてしまうほどの威力を直撃してたのにも拘らずに服すら破けていないのだ。フランもこの絶望的な状況にも関わらず、意識が何度も飛びそうになりながらもヨロヨロになりながら闘志をむき出しにして立ち上がると父親はその姿に思わず感心する。

「おっ、我が娘ながら感心だぞ。あいつと鍛えた甲斐があったもんだ」

「舐めんじゃないわよッ!! だけど、あれだけの大爆発をものともしないなんて・・」

「自分の魔力を送って俺の魔弾を限界の質量まで巨大化させて爆発させる・・一流の魔道師でも閃かないその発想は褒めてやる。
だけど相手が超一流の俺ってことを考えないとな、今のを点数で換算したら34点が限度だな」

ケラケラと笑いながら父親だったが、そんなフェイが間髪いれずに父親にクラッシュ・サンダーを叩き込むと両腕にそれぞれ炎の刃と風の刃を纏って父親向けて一心不乱に切りかかるのだが、父親には傷一つ付けられずに炎と風の刃を素手で握りつぶされた上に体中に爆発を起こされて吹き飛ばされてしまう。

「おっ〜、よく飛ぶなぁ」

「な、何だ今の爆発は・・」

吹き飛ばされたフェイは身体を魔法で治療しながらも突然起きた爆発に戸惑うばかり、身体を爆発させられた際にも父親からは一切魔力が発せられていなかったので今まで体感したことがない攻撃に疑念と戸惑いは隠せないのは観戦してたフランも同様だった。

「ど、どういうことなの・・?」

「敵にベラベラと己の情報を喋るバカはいないと散々教えただろ」

「ううっ・・」

父親が言っていることは尤も、実戦で己の情報を教えるのは自殺行為に近いのでこういうときこそ如何に自分の観察力と洞察力が物を言うのだが、フェイを爆発させた時は魔力の反応がないので魔法を唱えていないのは確かなのだが、魔法剣を扱った素振りすら見せてない・・ならばとフランは必要以上に距離を置いて魔法を唱え始める。

「接近戦がダメなら!! “神を焼き尽くす業火よ 因果を超えてこの地へ舞い上がれ!! インフィニット・フェニックス!!”」

「やれやれ・・」

フランが繰り出した不死鳥の炎は生を受けたかのように咆哮を上げて飛び回ると真っ先に父親に狙いを定めて突撃していくのだが、父親は不死鳥を鶏の頭を握るかのごと素手で締め上げると父親は魔力を発さずに不死鳥を模った炎は見る見るうちに松明へと変えられて飾られてしまう、この信じがたい光景にフランは思わず絶句してしまう。

「う、嘘ッ!! 炎の魔法でも最高の威力を誇るインフィニット・フェニックスが――・・」

「さて、わかったか? 魔法なんてもんに頼らなくても何とかなっちゃうんだよ」

もはや魔法すらも通じないこの相手にフェイとフランは呆然と立ちすくんでしまうが、ここで静止を保っていたお芋たんは父親のある変化に気付く。
230 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 06:42:48.45 ID:VM9WNrOJo
「もしかして・・魔力以外の力に頼ったってことかな?」

「おっ、いいところに目がいくな。お前らも少しはこのお嬢ちゃんを見習ったらどうだ?」

「でも魔力以外の力ってわけがわからないよ!」

「・・いいえ、魔力以外の力は理論上だけど存在はしてるわ。父さんが残してた文献に書いてあったもの」

「ようやくそこに気がついたか。フランソアはフェイと違ってちゃんと勉強はしてるみたいだな」

やれやれと溜息を吐きながら父親は今までの攻撃についてご大層に語り始める。

「魔力ってのは元は生命エネルギーの一種だが、それを引き出すには人をかなり選ぶのがネックだ。そこで俺は魔力以外の力を模索するためにあらゆる研究を重ねた中で一つの力に着目してその力を用いた戦い方を考えた末の結果がさっきお前達に見せた“練成術”だ」

「「れ・・練成術!!」」

「練成術は力の源は魔力と一緒だ、その効果はあらゆる物体を練成して変化させるもんだ。魔法と違って詠唱も必要はないし応用が幅広いのが特徴だな。それにこいつは魔力と違って基本さえ学べば人を選ばずにどんな人間でも扱うことが出来る。あらゆる法則に縛られているのが唯一の難点なんだがな、まだ研究段階だが発展すれば魔法に代わる新たな代物になるのは間違いはないだろう。それに練成術は魔力と違ってエネルギーを一切消費しないから気軽に発動することが出来る、こんな風にな」

そのまま父親は地面から銅像を作り上げて新たに開発した練成術の凄さを3人に見せ付ける、この練成術は物体を練成して新たなものを作り出すので魔法と違ってかなりの応用力があってしかもエネルギーの消費がないのが脅威である。

「ちょっと待ってよ!! 色々突っ込みたいところはあるけど・・エネルギーの消費が一切ないなんておかしいに決まってる!!」

「練成術は生命エネルギーを媒体として他者の魂を呼び込みその力で物質を練成する術だ。実質練成の力は他者の魂だからエネルギー消費なんてことは有り得ないのさ・・さて、あいつとの夫婦喧嘩に備えてこの力をお前達で存分に溜めさせてもらうぜ」

「誰が夫婦喧嘩のための犠牲になって溜まるもんですかッ!!!」

「それに悲しいかな、この俺に啖呵を切ったのはお前達だ。・・その行為がどれだけ愚かなということかをたっぷりと思い知らせてやるぜ!!」

「「ヒィィィィ・・」」

どうやら父親をやる気にさせてしまったようだが、それを後悔しても後の祭り・・フランとフェイは久々に地獄以上の恐怖をその身で思い知ることとなる。




231 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 06:43:22.14 ID:VM9WNrOJo

数時間後


あれから父親から繰り出される強大な魔法の数々を始めとして魔法剣で切り刻まれた上に新たなる練成術の実験台とされたフェイとフランは心身ともにボロボロで立てるのもままならぬ状態、そんな父親によって執り行われた地獄絵図としかえ言えない光景に観戦していたお芋たんは完全に萎縮してしまって完全に腰が引けてしまい、恐怖で身体が動かせない始末・・当の父親は予想と違った手ごたえのなさに思わず溜息を吐いてしまう。

「ハァ・・お前たちかなり修行をサボってたようだな。あいつと相談してどう鍛えなおすか・・」

「「!!」」

鍛えなおす・・この言葉がどういう意味を持つかは考えるまでもない、姉弟は観戦しているお芋たんの目など気にせずに必死になってあらゆる嘆願の言葉を繰り返しながら父親に許しを請う。

「ごめんなさいごめんない!!! これからは心を入れ替えて生活しますから修行だけは勘弁してくださいッ!!!」

「僕も姉さんばかりに苦労掛けずにしっかりと強くなりますから修行だけはどうか見逃してくださいッ!!!」

(そんなに修行が恐ろしいんだ・・)

お芋たんも子供のように泣きじゃくり父親に謝り倒す姉弟を見ていると無意識に同情を覚えてしまう、数時間にも及んだあの攻防戦も父親の凄さばかりが目立ったもののフェイとフランもあらゆる上級魔法やらで持てる力を振り絞って果敢にも立ち向かったのは評価しているもののしかしそれを簡単にあしらった上に徹底的かつ楽しそうに自分の子供を愉快(?)にシバキ廻す光景には思わず絶句してしまった程だ。

「もう父さんに向かって二度とこんなことしませんから許してよぉ〜!!」

「私達はちゃんと良い子にしますからぁ〜!!」

「ええぃ、うるせぇぞ!!! あの世へ送ってほしくなかったら今すぐ泣き止め!!!」

「「は、はい・・」」

ようやく泣き止んだ2人に父親は再びやれやれと溜息を吐きながらいつまで経っても変わらない自分の子供の情けなさに頭が痛くなってしまう。

「全く、図体ばかりでかくなりやがって・・もう少し俺を驚かせるぐらい強くなったらどうなんだ」

「そんなに無理に決まって・・ウギャァァァァァ!!」

反論しようとしたフェイに向けて自慢の魔法剣で更に切り刻みながらボコボコにした上で魔法で氷付けにすると震え上がっているフランに改めて問いかける。

「さて、お前らバカ兄弟がどんな生活を送っているかは今の実力を見たら大体は予想がつく。ここに来る前にあいつにボッコボコにされたフランソアなら俺が何を言いたいかわかるよな?」

「はい・・」

フランは両親から今後の将来と快適な日々を守るためにもこれからの生活についてフェイと死に物狂いの修練を積むことを心に誓うのだった。そして父親はフェイの氷を解くとフランの代わりに長男となった彼にそれなりの自覚を促させる、せっかく先祖代々が地味に守り立ててきた家系でもあるので自分の目の黒いうちはフェイの代で潰させるわけには行かないのだ。
232 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 06:44:16.25 ID:VM9WNrOJo
「フェイ、これからはお前が長男だ。フランソアが女体化した今は長男らしくすぐに童貞を捨てて相応の実力を付けろ」

「う、うん・・」

「んで、農業なんて辞めてフランソアの手伝いでもしてろ。嫌なら旅の一つや二つでもして来い、お前は見聞が狭すぎる」

このとんでもない要求にフェイは相手が父親だろうが抗議する。そもそもフェイが農業を始めた理由はお金にも頼らない自給自足の生活を夢見ていたのと、元から血生臭い戦闘が余り好きじゃなかったのもあったので作物溢れながら家畜と戯れる悠々自適な日々が自分に合っていると思ったからだ。

「いくら父さんでも横暴だよ!! 農業は僕にとって生活の糧でもあるし、ちゃんと1人で切り盛りしているよ!!」

「だったらフランソアの手を借りているのはどういうことだ? こいつのほうが医者やってるからお前よりも忙しいはずだぞ、1人で農業を切り盛りしているなら魔法や誰かの手も借りずに素手でやるもんだ」

「そ、それは・・」

「あのね父さん、私の目から見てもフェイはちゃんと真面目にやっているし生活も結構楽になっているのよ」

フランも恐る恐る弟を擁護する、両親が去ってからフェイは彼なりに何とか生活を支えようと最初は手探りを繰り返しながら何とかあらゆる種類の作物を育て上げて小規模ながらも家畜を育てながら牧場までこぎつけるほどのとこまではいっている。収入も未だにフランと比べたら微々たるものではあるが非常時には食料を備蓄できるメリットもあるものの、それでも農業なので災害があった場合などの後始末はフランも医者の仕事の合間を縫ってたまに手を貸す程度だが、それ以外は農業に関してはフェイに一任しているものの・・それでも父親からしてみればフェイの自覚が不十分だと思えて仕方がない。

「お前がそうやって手を出しているからいつまでもこいつの甘え癖が抜けてられてないんだ!!! 
いいか、フェイッ!! お前がいつまでもしっかりしないからフランソアも弟離れが出来ないんだ、お前も俺とあいつの子供ならもう少し相応の実力を身につけるんだな」

「・・父さんと母さんはいつもそうだ、僕だって必死にやってるのに何で認めてくれないんだよ!」

「フェイ! 父さんはちゃんと心配してくれて・・」

「黙ってろフランソア。そこまで言うならお前にこいつをくれてやる」

父親は懐から装備していた魔法剣をフェイに投げ渡す、その魔法剣は一般の剣よりもずっしりと重いので受け取ったフェイもあまりの重さに体重を取られて倒れこんでしまう。

233 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 06:44:25.12 ID:VM9WNrOJo
「お、重い・・」

「そいつは俺が造った魔法剣、スレイ・ノヴァ。元はあいつの機嫌を取るために造ったもんだが、お前がそこまで言うのならこいつを自在に使いこなすことだ。この剣の重さは30トン、ついでに“呪い”も含んでる・・その呪いは使用者の魔力を半分にするもの、つまりお前は常に半分の魔力でこれからやっていかなければならない」

「魔力半分だんてウチだったら人生投げてるな」

ぎこちない手つきで重たい魔法剣を何とか装備しながらフェイは父親から与えられた試練の重さが目に見えぬ重圧として心に圧し掛かる、これからはいつもの半分の魔力で生活していかなければならないのと同時にこの重たい剣を完全に扱わなければ話にならないのだ。

「フェイ、あんたこれから大丈夫なの?」

「心配ないよ、姉さん。・・父さん、僕はこの剣で自分を磨いてみせる!!」

「ま、30トン程度の重さならすぐに慣れるだろう。それに呪いはお前限定だから安心して扱えよ、じゃあな」

そのまま父親は魔法で姿と気配を消して完全に消え去った、残された3人はとりあえず互いの無事を確認しながらこの戦いを振りかえる。

「さ、私達もあの2人と合流して帰るわよ」

「あっ! 親分のことすっかり忘れてた!! ・・って重そうだけど大丈夫?」

「な、何とかね・・早いところこのスレイ・ノヴァを扱えるようにしないと父さんや母さんにどやされてしまうからね」

早いところこの剣の尋常ではない重さに慣れるのがフェイの目標である、装備するだけでも一苦労するようでは扱いこなせる以前の問題なのでこの重さに慣れるのと魔力が半分にまで削られてしまったのでこれからは配分に一層注意しておかないとならないのだ。

「立派な心掛けだけど、これからは修行を更に増やすわよ」

「えっ――・・」

「父さんと母さんとの修行の日々が来て欲しくなかったら私達も今まで以上に必死になって強くなるために修行するの!! い・い・わ・ね!!!」

「は、はい・・」

有無を言わせぬフランの圧倒的な威圧感にフェイは確実に母親の面影を思い出すのであった。


234 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 06:45:32.21 ID:VM9WNrOJo
酒屋リリー


「ありがとうございましたー! 親分、いい加減に諦めましょうよ・・ガホッ!!」

「ここでは店長と呼べ!! てめぇは狼子と仕事しろ!!」

あの戦いから2日後、不機嫌MAXの聖はいつものように店主として鬱憤を晴らすかのようにお芋たんを酷使し続ける、いつもの光景とはいえ狼子の使い魔たちも度重なるお芋たんの過労振りには同情は禁じえない。

“ぐうたら店主が暴虐店主へと変貌したよ。盗賊活動の時に一体何が――!!”

“ま、狙ってた獲物が原因で洗脳させられた上に謎の剣士に掻っ攫われたら怒りたくもなるけどね。だけどお芋たんの過労振りは半端ないね”

「てめぇら・・動物とはいえこの俺に向かって良い度胸だな、経費削減でエサをカットするぞ」

“ウギャ!! それはペットに対する横暴だ、盗賊なら盗賊らしく次の獲物でも見つけろ〜”

“そーだそーだ! 健気に働いているご主人様を見習え〜!! 店長なら従業員の鑑となるべきだ!”

「誰が働くものかッ!!」

そのまま不貞腐りながら聖はお決まりの定位置でお芋たんと狼子の働き具合を監視する、しかしこんなことをするよりも店のほうは明らかに客のほうが割合的に多いので聖が手伝えばいい話ではあるが、本人が滅多に表に出たがらないので狼子とお芋たんだけで店を回している模様である。稀に聖も狼子からのお願いで暇な時に渋々店を手伝うことがあるものの、そのときは問題が起きるどころか聖目当ての客が倍増してしまったので逆に多大なる売り上げを叩き出したのだ。

「原価が安い割には飛ぶように売れてるな」

「あら? それにしては美味しいわよ、このお酒」

「そりゃ、チビ助が・・ってお前は!!」

突如として聖の前に現れたのは往診にやってきたフラン、あの戦いからフランはお芋たんからこの場所を聞き出して自身の患者となった聖の元へと出向いているのだ。あの戦いで重症一歩手前の怪我を負った聖はフランの応急処置で何とか動けるようにはなったものの、フランの腕が良いのか自身の生命力が強いのか・・聖の様態は日を追うごとに回復していき、今では日常生活を営む上なら何ら問題ところまで回復しているのだ。フランはいつものように手馴れた手つきで触診をしながら聖の身体を細かいところまで異常がないかチェックする。

「それにしても大した回復力ね、普通の人ならまだベッドの床よ」

「俺はそんじょそこらの奴と出来が違うんだよ」

これまでにフランも医者として色んな人物を診てきたが、聖ほどの回復力を誇る人物は今まで見たことはない。これだけ脅威の身体能力と戦闘力を持っている人間が盗賊をやっているなんて何とも勿体無い話もあったものだ。
そんな中でお芋たんが飲み物を持って聖を診ているフランを手厚く歓迎するのだが、その様子が普段の俊敏な仕事振りと違ってどうもぎこちないのが目に浮かぶもののフランはそんなことなど気にも留めずに飲み物を頂く。
235 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 06:51:10.73 ID:VM9WNrOJo
「いつも親分がお世話になってます。これ店で一番人気のお酒です」

「あら、お気遣いどうも。本当に美味しいお酒ね」

改めてお酒を飲み始めるフランであるがこんなに美味な酒を飲むのは初めてだ、ちなみにフェビラル王国では15歳になったら飲酒は解禁されるので20にも満たないフランが酒を飲んでいても何ら問題はない。

「チビ助ッ、勝手に店の売り物を・・痛てて!!」

「あまり無理しちゃダメよ。動けるようになったといっても暫く無理な運動は厳禁です」

いくら聖の回復力が凄くても激しい運銅を出来るほどは回復しきってはいないのでもう暫くはフランの世話になるだろう、それにフランも聖の手当てをする帰り掛けにちょくちょく商品を購入しているのだが・・フランが購入してからというものの聖は思い当たる節があるのかお芋たんを問いただす。

「チビ助ッ! てめぇ、こいつに何かやってるだろ?」

「へ、へっ!! べべべ、別にウチは何も・・・」

「チーフ! 今日はオマケ何にするんですか?」

「ギクッ!!」

突如として入ってきたのは様々な商品を持ってきた狼子、どうやらフランが買い物する度に必要以上のオマケをつけていたようである。ダラダラと冷や汗を流すお芋たんに聖は容赦なく叩き潰すと怒りのままに帳簿を読み上げる。

「てめぇ・・こいつが来てから微妙に売り上げが合わないと思ったらこういうことだったんだなッ!!!」

「い、いや・・親分がお世話になっているんだし心ばかりの・・」

「うるせぇ!!! この俺様の前で舐めた真似してくれたな。チビ助ッ、オマケした分はきっちりと給料から差し引くからな!!!」

「そ、そんなぁ〜・・」

そのままお芋たんはがっくりと肩をうな垂れる、こう見えても聖も売り上げの管理や帳簿のチェックは店主としてやっているので抜かりはなく現に狼子の給料も聖がちゃんと計算して支給しているのだ。

「おぅ、でかしたぞ狼子!! 特別にボーナスアップしてやるぜ!!」

「ありがとうございます! これで辰哉にもいい顔できるぜ!!」

それにこれはお芋たんの要観察ではあるが、聖は何故か狼子とその子供に甘い点がチラホラと見受けられる。現に給料も自分よりも多めに貰っているようだし子供に関しても狼子が忙しい間は子供やいつも引き連れている使い魔の面倒も見ているようだ。ま、狼子がこの店で働いてくれたお陰で雑用も随分と減ってお芋たんの労力も大分減ってきたし、聖とは違って店員としても比較的優秀な部類な上に料理も上手いので賄いの食事も豪勢になってきているのは嬉しいところである。

「そういえばあなたも子供産まれてかなり経ったけど、大丈夫?」

「初めてのことばかりで大変だけど辰哉も協力してくれるから頑張ってるぞ」

「子供の予防接種も済ませたから後は成長を待つのみね。また何かあったときは呼んで頂戴」

フランも狼子のことは気に掛けていたのだが、母子ともに元気なようで何よりである。それにしても聖が前から患者達の間で評判になってた酒屋の店主だとは考えたら変なものだ、ここまで店が大盛況しているのだから売り上げは相当なものだと思うしこのまま盗賊をやるよりかはずっと堅実で安定した生き方だと思う。

236 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 06:52:34.12 ID:VM9WNrOJo
「さて次の訪問先もあるから私はこれで失礼するわ。後4日もあれば元のように体も動かすことが出来るから無理はしないこと、盗賊活動も治るまでは控えることね」

「わかったよ、暫くは仕事しなくてもやっていけるからな」

聖も自分の身体のことはわかっているので怪我が治るまでは盗賊活動は控えるつもりだ、フランが帰ろうとすると驚異的な生命力で復活したお芋たんはここぞとばかりにフランにオススメの商品を宣伝する。

「先日はご購入してもらってありがとうございます!! 今回は何をお求めですか、当店オススメの料理酒や回復アイテムも取り扱ってますよ!!」

「そ、そうね・・それじゃこの料理酒を貰おうかしら、前に料理で使ったらいいソースが出来たからね」

「ありがとうございます!! 更にオマケで美容に効果があるお酒も付けておきますね、料金は16500TS何ですけどお客さんにはお世話になっていますので2800TSでご提供させてもらいます」

「あ、ありがとう・・また来るわね」

「はいっ! またのお越しをお待ちしております」

普段よりも万遍ないサービス精神でフランを見送ると狼子は一連のお芋たんのやり取りを見てニヤニヤしながら話しかける。

「チーフ、まさかあの娘に入れ込んでるんですか? あの人が買い物する度にオマケしたりちょっとばかり安くしてますよね」

「えっ!! そ、それは・・親分がお世話になっているお医者さんだからウチとしてのせめてもの感謝の気持ちとして」

「誤魔化したって無駄ですよ。頑張ってくださいよ、俺も影ながら応援しますけど・・店長の目が届かないようにしてくださいね」

お芋たんの反応を見る限り、どうやらあの一件でフランに完全に惚れてしまったようである。芽生えた恋が実る日は果たしてくるのだろうか・・それにお芋たんは知らないものの、フランの両親は伝説の魔道剣士なので並大抵ではない茨の道が約束されるのは確実なのでこれからどのように動き出すかは神のみぞが知るだろう。気を取り直してお芋たんが仕事に取り掛かる中で笑顔の聖に相対するのだが・・これまでの経験上からして自然と嫌な予感しかしない。

「お、親ビ・・じゃなくて店長」

「チビ助よ、さっき店の商品と金チェックしてたら合わねぇ部分があるんだよな」

「さ、さぁ・・見間違いじゃないんですか?」

さっきフランに提供した料理酒と美容酒は店では限定品な上に材料も結構なものを使っているので値段も相当高い、オマケした上に破格異常の値段で売ったとなれば金に五月蝿い聖の怒りは半端ではない。

「この俺が見間違うわけねぇだろ!!! てめぇ、さっき言ったことを守らずにやらかすとは見下げた根性じゃねぇか・・」

「て、店長!! 落ち着いてください、チーフだって悪気が逢ってやったわけじゃないんですし・・」

“そうそう、恋の行方を見守るのも店長としての役目だよ。親分ならもう少し器の大きいところ見せてよ”

“ま、それだけの美貌を持ちながら男を叩きのめしている親分には縁がない話だけどね”

「ば、バカ!! 余計なこと言うなッ!!!」

すかさず狼子が止めに入るものの使い魔たちの余計な一言で聖の怒りは頂点にまで達してしまう。

「てめぇ等ァ〜!!! まずはチビ助からだ、覚悟しろぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

「あ、アギャー!!!!!」

酒屋リリーの店内でまた今日もお芋たんの叫び声が響く・・


237 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 06:53:11.04 ID:VM9WNrOJo
「全く、チビ助と動物どもは・・考えただけで腹が立つぜ!!」

店も看板を下ろして狼子も無事に帰った聖は店のカウンターでいつものように売り上げの計算を終えて店長権限を行使して店の酒をかっ喰らいながら昼に狼子が持って来てくれた摘みを食べながら晩酌をする、盗賊家業をしないときはこうして店の酒を飲みながらの晩酌が日課になのだ、それに聖はこの店の事実上の店主なので誰も咎められないのが性質が悪い。

「お、親分・・」

「何だ? 飯食ったら明日の仕込みしてさっさと寝ろ」

あれから狼子の必死の取り成しで使い魔たちの最悪の事態は避けたものの、その代わりにお芋たんはボロボロになった上にフランに負けた分の代金までしっかりと給料から天引きされたのでお芋たんの給料は更に悲惨なものとなる。

「じゃなくてお客さんですよ。店が閉店だって言っても中々帰らなくて・・」

「全く、てめぇは・・しゃあねぇな、俺が追い返してやる」

そのまま聖はほろ酔いの身体で何とか立ち上がると傍迷惑な客を追い返そうとするのだが・・そこで対面したのは意外な人物だった。

「よぉ、中々場所がわからなかったから探すのに苦労したぜ」

「なんだよ客はてめぇか・・ご覧のとおり今日は店は終いだ、また明日でも来てくれ」

何と店にやってきたのは翔、どうやら聖を探していた様子ではあるが彼女にしては相手がどんな人物であれそんなこと関係ないのでいつものように追い返そうとするのだが、翔は懐あらあるものを取り出す。

「おいおい、俺はこいつを返しにきたんだぜ?」

「そ、そいつは――・・真紅の涙じゃねぇか!!」

翔が取り出した真紅の涙に聖は酔いが冷めたのか一気に目を丸くする、あの時のどさくさに紛れて真紅の涙を取られてしまった聖にしてみれば盗賊としては屈辱以外なにものでもないので思い出すだけでも腹立たしいものだ。

「てめぇ・・この俺様をおちょくってるのか!!!」

「そう怒るなよ。お前がそう言うと思って上等なハムを用意したんだぜ、ここは酒屋なら酒ぐらいはたんまりあるだろ。機嫌直して俺と一杯付き合ってくれたらこの真紅の涙も返してやるよ」

「チッ・・わかったよ、こっちきな」

動こうにも動きが不十分な自分が翔に敵いっこないのはわかりきったことなのでここは敢えて翔の話に乗ってやることにすると聖は自分が晩酌しているカウンターへと案内するとハムを取り分けて手馴れた手つきできつい酒ばかりをブレンドしたオリジナルの酒を作って翔に差し出す。
238 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 06:55:02.55 ID:VM9WNrOJo
「ほらよ」

「サンキュー、んじゃ乾杯」

クラスの音が響く中で翔は景気付けにと聖のオリジナル酒を一気に飲み干すとお代わりを求める。

「うめぇー、もう一杯頼むぜ」

「店の売りもんだぞ、ちっとは考えろ」

(親分、それ人のこといえない)

お芋たんの口には出せない心の突っ込みを他所に聖は先程の配分に加えて更に強い酒を加えて今度は少し大きいグラスに移し変えるとそのまま翔に差し出すと翔はゆっくりと摘みのハムを食べながらゆっくりと飲み始める。

「ふぅ、お前うまい酒作るの得意なんだな」

「こうみえても酒屋の店主やってるからな。んで何しに来たんだよ、真紅の涙を俺に返しにきただけじゃねぇんだろ?」

「別に他意はねぇよ。こうしてお前と一杯やりたかっただけだ、あの時は小娘だったから無理だったけどよ」

「いつまで昔のことを引きずり出すつもりだッ!!! あの時は盗賊として駆け出したった時代だ、今とは違う!!」

聖が翔と初めて出会ったときはまだ盗賊としても駆け出しのとき、あの時は自分の力に自信を持っている時だったので限界というものがまるで判っちゃいなかった、しかし翔との出来事によって自分の限界と能力を活かした最大の戦法がが判って今日まで盗賊としてやっていけているのだ。

「俺は確かにてめぇに命を救われた、それは変わらねぇ・・前の戦闘での礼とあの時の借りもこの一杯でチャラだかんな!!」

「わかってるわかってる。盗賊の癖に変なところで義理堅いんだな」

思わぬ聖の部分に苦笑しながら翔は更に酒を呷るとあの時の聖がまさかこんな美少女に成長するとは思っても見なかったのだが同時に盗賊家業も名前が売れている、翔も仕事柄とはいえサガーラ盗賊団の名前はかなり耳にするので複雑な心境である。

「でも盗むのは腐っている貴族のみ・・少しばかり安心したもんだぜ」

「別にその方が後腐れなく盗み易いんだよ。他の奴のもん盗んだって一文にもなりゃしねぇからな」

そのまま聖は酒を飲み干すと新たに酒を作りながら自然とこれまでの経緯を翔に話し始める、こんなことしている自分が辺に思えてしまう聖であるが今は酔った勢いという奴で割り切らせる。
239 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 06:55:32.86 ID:VM9WNrOJo
「今じゃこんな小汚い店の店長だけど俺は全然満足してねぇ、躍動感とスリルがねぇからな」

「でも従業員を雇って店は毎日のように大盛況なんだろ? 盗賊やるよりかは儲かる仕事だと思うぜ、俺のように金で雇われて世界中の紛争に介入したりするよりも立派なもんだと俺は思うぜ」

翔もこの仕事をしてそこそこの年数が経つが、あらゆる紛争に介入して無事に生きて帰ってこれているだけでもありがたいものだと思う。正直言って度重なる戦いの日々に精神的にも疲弊してしまうことも多々あるし、いつ死んでしまってもおかしくはないのだ。

「どんなに大層な意見を並べても俺は人殺しに違いねぇよ、だからこうして酒を飲むのと少しでも気が紛れるもんだ」

「・・お前ほどの腕だったら余裕でどっかの国に仕えれるだろ、それなら死ぬ心配もないし出世したら飽きるほど女を抱いて安定して暮らせるんじゃねぇか?」

「ハハ、んなことが出来たらとっくにそうしてる。ああいうのは俺の性じゃねぇし、堅苦しそうだから苦手なんだよ」

「なんだ、てめぇも俺のこと言えねぇじゃねぇか」

「そうだな」

お互いに自然と酒のペースだけが進み、翔が用意したハムもいつの間にか底を尽きてしまい酒の量もだんだんと増え始めて酔いも加速する。最初は見守っていたお芋たんも2人の酒のペースについて行けれずに明日出す商品の在庫の心配をしてしまう。

(2人とも売り物だと思って仕込みをするこっちの身にもなって欲しいよ。・・でもあんな親分見るの初めてだな)

「こんなに酒が美味いと感じたのは久々だ、酒屋以外にもバーとかやれば儲かると思うぜ」

「誰がんなもんやるかよ、ああいう奴ら見てると殴りたくなる」

「そいつは残念」

(それはそれで問題だと思うけど、バーなんてやられたら酒量を考えるだけでも胃が痛くなるよ!!)

もしバーなんてものが解禁された日には聖の酒量は爆発的に増えるのは目に見えているので商品を仕込むお芋たんの労力が更に増え続ける、この店の酒は全てお芋たんが魔法で作っているのでお芋たんがいなければ営業は殆ど不可能な状態なのだ。
240 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 06:58:38.42 ID:VM9WNrOJo
「てめぇは・・傭兵なんかやってるが、身内はいないのかよ? 親が泣いてるぜ」

「・・俺もお前と一緒だよ。小さい頃に親父は病弱な母親を残して戦争で討ち死に、母親もその後で流行病で死んじまったよ。そこで傭兵団を流れに流れて今に至るわけさ」

「へー、意外だな。出身はどこなんだ? 前に話してたデスバルト共和国なんて嘘なんだろ」

「やれやれ・・俺の本当の故郷はここからはかなり遠いが、マルガっていう大きくはないがそこそこの国だ。しかし資源は豊富でな、よく大国から戦争を吹っかけられてるんだよ」

マルガ・・正式名所はマルペストガロファニア連邦軍、国土はそんなには広くはないもののこの国は様々な資源が豊富であることが知られてその資源欲しさに様々な大国から戦争を吹っかけられている国だ。幸いにも外交官に優秀な人材がいるようで何とか和睦を繰り返しながら今日まで苦にとしての歴史を危うい橋で何とか繋いでいるのが現状だ、翔はそんな祖国の現状を把握しているからこそボルビックで悲惨な歴史を送り続けたデピスの心境も全てではないが何となくだが理解は出来る。

「ま、お前を洗脳したデピス・ミッチェルよりかはマシなもんだ。ボルビックよりかは腐ってねぇ」

「あそこはイカれた海賊国家で有名だろ? それにしてもあの女ァ! この俺様を洗脳しておいてぶん殴れなかったのが悔しいぜ!!!」

聖にしてみれば自分を勝手に洗脳したデピスの存在は思い出すだけでも腹が立つ存在だ、復讐しようにも既にフェイとフランの父親の手によって消されているのだから余計にこみ上げる怒りを酒で紛らわす。

「ったく!! そういやあのガキと俺を手当てしている姉貴な、奴等は一体何者なんだ?」

「さぁな、だけど俺の見立てでもあいつ等の実力は計り知れねぇよ。魔法も天下一品だし戦いの動きも歴戦のベテラン兵の上をいってる、お前確かフェイと戦ったことあるんだよな?」

「・・あの時は引き分けたよ。でもあのガキは一々俺に突っかかってくるからムカつくぜ!!」

「年頃だからな、多少は目を瞑ってやれよ。・・にしても今日はよく飲んだぜ、きつい酒飲んだかは知らねぇけど身体がフラフラだぜ」

翔は何とか立ち上がるが、聖が作り上げたきつい酒が効いてきたのか酔いが完全に回ってしまって身体が思うように動かせない。

「帰るんなら代金として真紅の涙と75000TS置いてけ」

「おいおい、高いな」

「こんな美人と一緒に酒飲んだんだからそれぐらいは当然だ。うぃ〜、俺も久々に飲み過ぎた」

聖も翔と飲む前にそれなりの酒を飲んだので酔いが回りすぎて歩くのもフラフラである、翔も人のことは言えないのだが財布の代金を確認するが明らかに持ち合わせが足りない。

「な、なぁ・・ツケって利くのか?」

「バカヤロォ!! んなもん利くわけねぇだろぉ・・ヒック!!」

聖はそう言い残すと身体が支えきれずに倒れこんでしまうが、すかさず翔が支えるものの今度は自分も身動きがとれずじまいで困惑してしまう。
241 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 07:00:32.82 ID:VM9WNrOJo

「っと、間一髪セーフだが・・参ったなこりゃ」

「zzz」

自分も酔いが回りすぎて中々思うように動けないのだが、可愛らしく眠っている聖にまじまじと見つめていると非常に邪な気分になってしまう。

「(寝顔だけは可愛らしいぜ)・・おい、誰かいないのか!!」

「はいはい・・ってどうしたんですか?」

「見ての通り、お前の親分が酔い潰れてしまってな。悪いけどこいつの部屋まで案内してくれ」

「あっ、わかりました。こっちです」

ようやく仕込が終わったお芋たんの案内の元で酔いが回ってる身体に活を入れながら聖を抱えてこむと聖の部屋へと運び、備え付けてたベッドに聖を寝かしつける。ようやく一安心した翔はいつも以上に疲労した身体を休めるとお芋たんに軽く一礼する。

「ありがとな、お陰で助かったぜ」

「いえ・・今日はもう遅いですから泊っていきますか?」

お芋たんの手厚い申し出に宿無しの翔は内心歓喜するのだが、無理言って迷惑を承知の上でこの場に押しかけたのは自分なのでこればかりは素直に甘えれない。

「いいのか? 無理言って押しかけたのは俺だぞ」

「大丈夫ですよ。使っていない客間があるんでご案内します」

「何から何まで悪いな」

「いいですよ。あなたは親分を助けてくれましたから」

(親分ね・・何だかんだ言っても慕われてるんだな)

翔は内心で舌打ちしながら眠っている聖がいる部屋を後にしながらお芋たんに案内された客間のベッドへと飛び込む、酔い特有の気持ち悪さよりも睡魔が勝ったのでお芋たんに礼を言うまでもなく図々しくもそのまま静かに睡眠をとる。

(はぁ・・泊めちゃって大丈夫かな?)

見えない聖への恐怖を感じながらお芋たんも部屋に戻って明日のために貴重な睡眠を取るのであった。


242 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 07:01:05.80 ID:VM9WNrOJo
翌日

今日はフランは医業をお休みしての日課となったフェイとの修行、両親に拉致られて修行させられないためにもこうやって修行を積んで今まで以上に強くなる必要があるのだ。

「いくわよ!!」

「うわっ・・剣が重たい上に魔力が半分だなんて!!」

「さっさと慣れなさい!! 魔力が半分と言うことは魔法の質を磨けばある程度はカバーできるわ、そのための効率的な修行方法は・・」

フェイもフランの言っていることは十二分に理解できる。魔法使いは魔法の威力を上げるために質を磨く、これによって同じ魔法でも質が高ければ威力も数段にアップするのだ。魔法の質を高める方法はあらゆる方法があるのだが、その中でもフランは両親が残した古文書を紐解いてある手法を思いつく。

「手っ取り早く魔法の質を高めるにはやっぱりこの方法しかないわ。その名も地獄組み手・・お互いに丸一日中、永遠と戦いながら魔力の質をアップさせてくの。それに戦い続けるわけだから魔力のペース配分もわかるわけだし剣の重さにも慣れるでしょ?」

「いくらなんでもそりゃないよ!! ようやく持ち上げれるようになったのにそんなに動けるわけが・・」

「父さんや母さんだったら今頃無人島に叩き込まれてるわよ。それと比べれば生易しいほうでしょ?」

「ううっ、父さんにも言った手前もあるし・・やるしかないか!!」

ようやくフェイも覚悟を決めると重たい剣を構える、父親に言ってしまった手前・・早いところこのスレイ・ノヴァを使いこなせなければ父親か母親に拉致られてあの地獄とも言える修行の日々に逆戻りになるか分からないのだ。
そんなフェイの覚悟を汲み取ったフランも魔力を高めると修行とはいえ本気で叩きのめそうとする、そうでなければ修行としての効果は薄くなるのだ。

「いくわよ・・」

「こっちだって負けないよ!!」

2人の姉弟の過酷な修行はこうして始まった。


243 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/03(日) 07:01:17.40 ID:VM9WNrOJo
酒屋リリー


目が覚めた翔はとてつもない頭痛に襲われる、どうやら昨晩はかなり飲み過ぎたようですぐにでも風呂に入りたい気分だ。

「痛ててて・・どうやら飲みすぎちまったようだな」

日の高さから見て時刻はもう少しで昼に差し掛かる頃合だろう、それに耳をよく研ぎ澄ませて見ると賑やかな客の声がよく聞こえる。本来ならば多少の礼を込めてそそくさと帰りたいところなのだが時間帯が時間帯なので目立ってしまうだろう、入り口から堂々と出てしまうのは恥ずかしいので裏口を見つけて出て行きたいがこの家の造りがわからないのでどうすることも出来ないのだ。

「弱ったな、黙って帰るのも気が退けるが・・だけど金ねぇし」

「・・だったら薪割りでもしたらどうだ。金が足りねぇなら飲んだ分まで働いてもらうからな」

「起きてたのかよ。その様子だと俺と同じみたいだな」

聖もどことなく顔色が悪そうなので恐らくは自分と一緒で極度の2日酔いだろう、それにしても重症の人間にあそこまで酒を飲ませてしまった自分も非はあるし、売り物の酒をタダでかっ喰らったのだから何かしらは働いておかないと罰が当たってしまう。

「是非ともやらせてもらうぜ。・・その前に酒抜くために風呂に入りたいんだけど」

「ああん? 風呂なら先に俺が入るからな、てめぇは薪割りでもしながら待つこった」

いつもと違って元気がない聖はどこか可愛らしくて面白いのだが、聖は翔にとある液体が入った小瓶を手渡す。

「何だこれ?」

「チビ助に作らせた二日酔い専用の薬だ。それでも飲んで俺様のために薪を割ってくれ・・んじゃな、働きぶりがよかったら昼飯でも食わせてやる」

「へいへい、んじゃしっかりと働かせてもらうわ。依頼料は特別にタダだ」

「・・バッカじゃねぇの。さっさと働け」

聖はしんどそうにしながら部屋を後にすると翔はそのまま液体を一気に飲み干すと久しぶりのまっとうな仕事に勤しむのであった。






fin
244 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) [sage saga]:2012/06/03(日) 07:07:17.34 ID:VM9WNrOJo
どうも、長々と独占しましたが終了です。見てくれてありがとさんでしたwwwww
先頭描写は苦手なんで結構苦労しました、やるやる詐欺と思った人はざまぁww

ようやく動いてきたところでファンタジーは暫くお休み、次はまだ考えてません。どうなることやら・・


やっぱり自分はファンタジーよりも学園物が得意なんだなぁ・・後継者いたらやってください><


恒例のQ&A

Q:魔術師と魔法使いの違いは何?

A:魔法使いは一般に魔法扱っている人、魔術師は王宮に勤めている魔法使い・・ぶっちゃけると上位換装

Q:これからどうすんの?

A;ファンタジーは気分次第の不定期連載、しばらくはスレの流れを見ていきます


みんなもじゃんじゃん投下しようぜ。過疎はいくない
それではまたwww
245 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2012/06/04(月) 00:04:12.50 ID:oMZEyWuE0
投下量SUGEEEEEGJ過ぎるwwwwwwwwwwwwwwwwww
多すぎて栞が必要だww
246 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(千葉県) [sage]:2012/06/04(月) 05:19:10.14 ID:tBXd33ygo
乙乙!
沢山書いてくれる人がいると周りも元気になるね
247 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(千葉県) [sage]:2012/06/04(月) 05:20:35.32 ID:tBXd33ygo
月曜の通勤用に短めの投下してやんよ
248 :(うДT) ◆nMPO.NEQr6 [sage saga]:2012/06/04(月) 05:23:15.75 ID:tBXd33ygo
(6)

「昼食会はどうだった?」

 教室に戻る途中、廊下で出くわした宗像がそう声をかけてくる。
間もなくチャイムのなる時刻だが、教室前だけあって生徒達は皆呑気に談笑している。
しかし今の藤堂には、そんな声も遠くのことのように思えた。

 いつもなら軽く流せるような宗像の言葉も、今日は正気でいられなくなりそうなほど藤堂の心を乱した。
彼女にも理由はわかっていた。しかし、理由がわかっているだけではどうにもならないほど、彼女は混乱していた。
現に廊下の先から宗像の姿を確認した頃から、藤堂の視線は定まらなくなり手足は震え、
相変わらず傍らに引っ付いている揚羽に支えられなければ真っ直ぐ歩けないくらいだった。

「どうした? 顔が赤いぞ」
「あ・・・いや・・・」

 まともに答える事もできずしどろもどろになっていると、顔に手を伸ばされそうになり咄嗟に身を引く。
それと同時に手を伸ばそうとしていた宗像と後ずさる藤堂の間に揚羽が立ちふさがった。
その顔はまるで汚らわしいものでも見るように歪められており、宗像は首を捻ってしまう。

「勝手に触ろうとしないでください!!」
「熱を検めようとしたんだが・・・」

 揚羽からびしりと拒絶の意を叩き付けられてしまった宗像は、
彼から藤堂を守ろうとするかのような揚羽の真意が汲めず、ただただ首を捻るしかできなかった。
鉄壁の防衛体制と共に藤堂と共に教室に入ろうとしたとき、チャイムが鳴り始める。
249 :(うДT) ◆nMPO.NEQr6 [sage saga]:2012/06/04(月) 05:24:07.92 ID:tBXd33ygo
「安芸野君はそろそろ教室に戻ったほうがいいんじゃないのか?」
「くっ・・・!! 私は認めませんからっ!!」
「・・・???」
「それじゃあお姉さま・・・お姉さまをおいていくのは心苦しいですが・・・私がいなくてもどうか頑張って。もし困ったことがあったら、是非私を訪ねてきてください」
「いや、あの、ああ」

 両手をとって真摯な目でそう語りかける揚羽に、藤堂は曖昧にうなずいた。その後揚羽はもう一度宗像をキッと睨みつけると、名残惜しそうに教室を出て行った。そんな揚羽を見送りながら、宗像は肩をすくめてため息をついた。

「あれは一体どうしたんだ?」

 そう自然に問いかけて来る宗像を、藤堂は直視できない。
だから離れようとすると、それを訝しがって更に近づいてくる宗像。
驚いて後ずさると、背中が教卓に当たり、激しい勢いで飛ばされた教卓が反対側にいた
数人の男子生徒達に直撃し、彼らは将棋倒しに教壇から崩れ落ちた。

「お、おい、どうした?」
「え、あ、ああ、そ、そういえば私は、よ、用事があるんだったそれじゃあし失礼する!!」
「え?いや、お前そろそろ授業」

 宗像がそう口にしたとき既に藤堂の姿はなく、後にはかすかに立つ土ぼこりだけが残っていた。
250 :(うДT) ◆nMPO.NEQr6 [sage saga]:2012/06/04(月) 05:25:52.20 ID:tBXd33ygo





 バチッ!

「はっ」
「沙紀さん。集中なさい」
「は、はい、申し訳ありません」

 着物姿の藤堂は、切り落としてしまった桃の枝を慌てて脇によけた。
畳に広げられた新聞紙の上には、今やったように失敗して切り落としてしまった枝や花が
いくつも乗せられている。そしてその向こうからはしゃんと背筋を伸ばして座る母が、
生けられた花に藤堂の手元を黙って見つめている。その顔は一見穏やかであっても、
娘である藤堂の目から見ればかすかにその右眉がぴくぴくと動いているのがわかった。

 乱れた心を正すようにひとつ深呼吸し、姿勢を正して何度目かの鋏を枝に入れようとしたとき、
母がいらだたしげにため息をついて立ち上がった。

「今日はもう終わりにします。学ぶ気のないものを、いつまでもやっていたところで何の意味もありません」
「も、申し訳ありません」

 母は部屋をさっさと出て行ってしまい、後にはその背中を呆然と見つめる藤堂が残された。
そんな彼女を隣からは、自分の作品を早々に仕上げていた琥凛が気遣わしげに見つめている。

「お姉ちゃん、具合でも悪いの?」
「・・・ありがとう。体調は万全なんだ」

 心がかき乱される理由はわかっている。

 ふとした瞬間に、宗像の顔が目の前に浮かんでくるせいだ。
251 :(うДT) ◆nMPO.NEQr6 [sage saga]:2012/06/04(月) 05:28:18.91 ID:tBXd33ygo
「・・・ごめん。少しひとりにしてくれるかな」
「・・・うん。わかった」

 琥凛は腰を上げ、自分の使った道具と花を片付けると、立ち上がって襖に向かった。

 背筋を伸ばして歩く彼女の着物姿は年齢の割りにしゃんとして様になっており、
幼い頃から厳しい母による稽古を受けてきた長い時間が窺われた。
といっても、藤堂の記憶の限りでは、琥凛が自分ほど覚えるのに苦労してきたようなことはほとんどなかった。
もちろん初めて触れることに対しては壊滅的に出来ないが、次かその次触れる頃にはそれなりに形にしてしまう。
まあそれでも、本人があまりこだわるタイプではないから、仕上がりはいつも大雑把なのだが。

 しかし、その大雑把な結果の中に時折きらりと光るものを見ることがある。
そんな時藤堂は、琥凛の持つ大きな可能性を垣間見る気がするのだ。

 琥凛がいなくなり、ひとり部屋に残された藤堂は、手のひらで自分の頬を打った。
打った手に、汗がついてきた。どうやら藤堂は、汗だくになって稽古に臨んでいたらしい。
いつもなら汗ひとつかかずにやってのけていたことを、
こんな様子でやっていたら体調を疑われて当然だ。

 苦笑しながらハンカチで汗を拭っていると、同時に頭の中でまたしても宗像の顔が像を結び始める。
それを振り払いたくて、ハンカチで勢い良く顔を拭くと、力いっぱいこすりすぎてしまって鼻の頭が少し痛くなってしまった。
情けない気持ちになりながら、当てたままのハンカチで傷めた箇所を優しく撫でた。
252 :(うДT) ◆nMPO.NEQr6 [sage saga]:2012/06/04(月) 05:28:38.23 ID:tBXd33ygo
 宗像は、自分と恋愛関係にあると言った。しかもそれは、互いに認め合った仲だという。
それは宗像が確かに初めに言った。だがああして、それを現実のものとして目の前に突きつけられたとき、
冷静でいられない自分に呆然としてしまった。

 それは嫌悪か?そのような気もするが、そうじゃない。
宗像と恋人の真似事・・・いや、実際恋人なんだから真似事ではないんだが・・・をしろと言われた時、
自分にはどう頑張っても出来ない、耐えられないと思う反面、
確かに別の感情が湧き上がっていたことに藤堂は気が付いていたのだ。

「お姉ちゃん・・・」

 ハンカチから目を上げると、少し開いた隙間から既に部屋着に着替えた琥凛が顔を覗かせており、
ハンカチに顔をうずめた姉に訝しげな視線を向けていた。

「ど、どうかしたのか、琥凛」
「お姉ちゃん・・・なんか変な笑い方してたけどどうしたの」
「え」

 藤堂はハンカチに顔をうずめながら、無意識に笑い声を立てていたらしい。
そのことに気付いて藤堂は呆然とし、ハンカチを持った手で口元を覆った。
自分が・・・笑っていた。あんなことを考えながら。

「・・・お姉ちゃんもしかして」

 琥凛が何か閃いた様に目を見開く。

「恋してる?」

 ハンカチの隙間から鼻水を噴出した。
253 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(千葉県) [sage]:2012/06/04(月) 05:29:58.14 ID:tBXd33ygo
特に進展なかったけどおわり
また来ます
254 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) [sage]:2012/06/04(月) 06:12:58.33 ID:V/04xjda0
楽しみに待ってた甲斐がありました、続きにwktk
255 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2012/06/05(火) 00:12:36.53 ID:I5zoZZnk0
乙乙乙ッッッッッッ
256 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(長屋) [sage]:2012/06/05(火) 23:19:59.57 ID:F9Zx/BP80
お題↓
257 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(中国地方) :2012/06/06(水) 00:12:25.15 ID:BW3eZg020
ラブコメ
258 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2012/06/06(水) 22:52:04.21 ID:u6JUelDw0
需要なさそうなエセファンタジーうp



 蒼と朱のアリスロッド

 荷馬車に揺られること二週間が経過した。
 既に公国領地には入っているが、行き先の街はこの先に待ち構える『石の山脈』を更に越え
た場所にある。広大な耕作地を切り分けるように走る小さな細道を、嘆きたくなるような速度
で馬車はゆっくりと北に向かっていた。
 見渡す限りの麦畑と比べて住居は数えるほどしかなく、一体誰がこの広大な金色草原を維持
しているのかと少し気になってしまう。それから更に二日――心身ともに疲れを感じ始めた頃
になって、ようやく石の山脈の頂上に差し掛かる。
 長く続いた交易路はこれまでの道中を労うかのように休息地へと続いていた。
 行商人たちの中継地であるこの場所は、ちょっとした村落ほどの広さがあり、周りには腰ほ
どの高さしかない――おそらくこの辺りで採取したであろう石をそのまま雑に積んで土で固め
たような石壁で囲われていた。それが途切れている入り口には、歓迎を表す文字が書かれた木
製アーチ看板が立てられている。ここにはちょうどシュタインベルグ領地を見渡せる見晴らし
の良い展望台があり、自分は荷馬車から降りて眼下に広がるそれを見渡した。
 一目見ての印象は広大な平地。渓谷の中にある王国とは違って、肥沃な土地に恵まれている
のだろう。麦の栽培が盛んなのか幾何学的な大地の様相を呈している。水平線の少し前には盛
り上がった小さな丘に張り付くように建築物が連なって、大きな街を形成していた。
 ――あれが、旅の目的地。早ければ明日の昼頃には着いていることだろう。自分は休息を要
求する御者に購入した水と特産品を渡すと、先を急がせた。
259 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage saga]:2012/06/06(水) 22:56:56.73 ID:u6JUelDw0

------

 ――交易都市バルト=シュタインベルグ。
 今の時期は『収穫祭』が催されており、街の喧騒がその祭りの盛況ぶりを物語る。
 この祭りの由来は稀少な地方特産品が多く収穫されるこの時期に、行商人や農家の者が財産
を築こうと街に持ち込んだのがそもそもの始まりだったらしい。
 現在ではこうして品物が路傍や店外で売られては、街中が活気に賑わっている。
 国中から何千、何万という人々が滅多に食べれないブドウやリンゴ、メロンなどの甘い果物
を食べるために集まるらしく、収穫祭が催されているこの週だけは必然的に街の検問が緩くな
っているのか、悪意のある人間も集まりやすい。
 奴らが侵入を図るとするなら恐らく、この期間であろう。
 自分はこの地について長旅の疲れを癒すこともなく、バルト=シュタインベルグを治める侯
爵と謁見すべくバルト城に向かった。城門には街の入口と違って屈強な衛兵が四人立っていた
が、今回の唐突な訪問にも貴重な魔法鳩を使用した事前連絡もあり、すんなり城の正門を通さ
れると、さほど待つこともなく公爵への謁見を許された。

「この度は、謁見賜りまして光栄でございます。陛下」
「うむ、長旅ご苦労であったな。シュバイニッツ卿」

 取り立て派手な装飾も為されていない、簡素な王座に座るこの人物こそ新興国、シュタイン
ベルグ公国を統治する公爵、ゲールハルト・ツー・バルト=シュタインだ。
 彼自身もあまり気飾ってはいないため、一目見た印象は人のよさそうな中年の男性にしか見
えぬが、その政治手腕は天才的で、王国の経営を彼に委託すれば全てが上手く行くと称される
ほどの人物であり、十年でこの国が大陸経済に大きな影響を与えるようになったのは、彼がか
つて五大商会の一角を経営していた時の経験が十全に発揮されているからだと言われている。

「我が君よりの書状を預かって参りました。どうぞ、お目通し下さいますように願います」

 片膝を付いて、両手に書状を持って差し出した。バルト卿はこれを受け取ると、書状に目を
通すと直後関心を無くしたかのように、やや呆れたような所作で書状を放り投げた。

「何を、なさるのですか」

 書状を拾って、再び渡す。バルト卿は書状を自分に突きつけるように見せると、

「王国は我が国に王立軍を駐留させる用意があるとのことだがね、君はこの書状の内容をどう
考える?」
「……私は単なる使いの者に過ぎませんので、とてもこのような場で意見を申し上げることは
出来ません」

 自分の表向きの仕事は、王家の使者として近年治安が悪化し、シュトゥルムの出現が危惧さ
れるこの地に王立軍を駐留させる用意があるという王の文を届けることだった。近隣諸国から
自治を許されているシュタインベルグが、王立軍の駐留を許すなど快く受け入れるはずもない。
 王立軍の駐留を許す――つまり王国の監視下に入ることは事実上、隷属も同然であり、そう
なればシュタインベルグ固有の自由な政治や経済が成り立たなくなる可能性が高いからだ。
 この国を治める者として、そんな提案は屈辱でしかないのだろう。その表情には敵意を隠す
こともなく、バルト卿は王の文をニベもなく突き返してきた。
260 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage saga]:2012/06/06(水) 23:00:47.16 ID:u6JUelDw0
「よい、この場に限り貴殿の“上申”を許可しよう。私は貴殿の意見が聞きたいのだ」
「…………」

 正直勘弁して欲しい所だ。一介のアサシンが一国の主に上申をするなど明らかに常軌を逸し
ているではないか。自分の反応を見て、バルト卿は――

「ふむ、断罪部隊の人間は感情など持っておらぬものだと思っていたが、その実そうではない
らしい。所詮、根拠のない風説など信ずるに値せぬということか。今日を機として認識を改め
ねばならぬようだな」
「……何を申されます」
「いや、なに。この書状は明らかに我が国への侮辱に他ならぬ。自治国としての矜持がある故、
本来ならばこの場で王国の使いたる貴殿を切って捨てるところなのだが――そうすれば貴殿も
“本来”の目的が為せず困るのであろう?」
「私の目的は書状を届けること、その一点に尽きるのでございます。その他に目的など持ち合
わせておりませぬ」
「要点は、王国はなぜ貴殿のような断罪部隊の上位個体を我が国への使者に選んだのか――
ということだ。最初は、『提案』ではなく『命令』だと考えたが、どうやらそれも貴殿の目的
からは外れるようだし」
「そのようなことは……滅相もありません……」
「まあ良い。このような提案は熟考に値せぬ。王国の狙い通りに動くのは癪だが、こちらから
後で断りの文を届けさせておく」
「大変残念ではありますが、承知致しました」
「貴殿には少し郊外だが、宿も用意した。長旅の疲れをしばらくこの街で癒すがよい」
「……ありがたく」

 いやに用意が良すぎて気になる所ではあったが、その宿を見て自分はバルト卿の意図に気づ
かされた。提供された宿舎は旧貴族邸を丸々貸してくれるとのことで、早々活動拠点が確保出
来たのは幸先が良かったが、件の場所に着いて自分は唖然とした。
 この豪邸には百年ほど前まで貴族が住んでいたらしく、見た目は確かに豪邸と呼べるほど豪
奢であった。が、住む機能よりも歴史的な価値を見い出せそうな遺跡と呼んでも良い代物であ
り、朽ちかけたという表現自体、語弊があるほどの邸宅だったのだ。
 しかし、そんなことはさほど気にならない。問題はこの屋敷が、一人では持て余すほどの広
さであると言うことで、どう休めば良いか検討もつかなかった。大方、悩みながら朽ちて行け
という皮肉も込められているのであろうが、雨風を凌げるのであればよしとすべきだろう。
261 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage saga]:2012/06/06(水) 23:04:13.72 ID:u6JUelDw0
 5

 バルト卿が書状を突き返すのは、王家にとってそうなることが織り込み済みの茶番であった
はずだ。恐らく、彼自身もそれに気づいていた。
 シュトゥルム問題を覆い隠してる時点で、最初からシュタインベルグに軍を駐留させる気な
ど更々なく『危機回避のための助力を申し出たが、当のバルト卿がそれを拒否したため、あく
までその意思を尊重した』――という事実が欲しかっただけだろう。
 仮にシュトゥルムが発生すれば、王国はそれを予見していたと内外に喧伝し、情報力と災害
対応力の高さを諸外国にアピールすることが出来る。それをもって結束を狙っているのかいず
れにせよ、どのように転ぼうが公国側にメリットは少ない。
 その日、ようやく休息出来たのはそのような考えを巡らしながら部屋を掃除したあとだった。


 当初、自分は実体の見えない略奪兵団の情報を掴むため現地での情報収集に努めた。
 その数日後、組織の内部に詳しい情報局の間者と接触する機会を得た自分は、待ち合わせの
場所である酒場のカウンター席で、男の到着を待っていた。
 場末でありながらも人は多く衛兵の監視も緩いため、接触するには適しているだろう。待ち
合わせ時間をやや過ぎた所で、入り口の扉が開く。男は自分を見るなり、隣の席に座り、店の
主にぶどう酒を要求した。

「よう、君がアリスロッドかい?」
「アリスじゃない、アデルロッドだ。貴様がベルンハルトか?」
「あぁ、そうだ」

 目の前にいる男は貧相な服装をした、見るからにその辺にいそうな浮浪者でしかなかった。
 身体の作りからして戦う側の人間ではなく、とても一線で活躍しているような間者には見え
ないのだ。自分がその印象に閉口していると男は、

「なんだァその目は? 人のこと疑うのは勝手だがよ、俺のことを外見で判断しているよう
じゃ足元を掬われるぜ坊主。大体、この格好には俺なりのコンセプトってのがあるんだがそれ
に気づかないのかい? これはな、妻子に出ていかれ落ちぶれた元上流階級の――」
「王家に仕えるものなら服装くらいちゃんとしておけ。第一、そのような個性をつける必要が
全くない。貴様が目立ちたがりの旅芸人なら話は変わるが、本当に何かの間違いで自分の協力
者であるなら、少しは街に溶け込む努力をすべきではないのか?」
「出会って早々手厳しいね。教団の連中は冗句も通じねぇのか」
「じょーく? じょーくとは何だ」
「……いや、何でもねぇよ。さて、一杯やったし外に出るかね。おっさん、お勘定は連れが払
うんで。コイツたんまり持ってるんで」

 さすがに一般人がいる中で、認証行為を行うわけにもいかない。それを察したのか、男は注
がれたぶどう酒を一気に飲み干すなり背を向けて歩き出した。工作費なんてそう多くは持たさ
れていないというのに遠慮なしとは無粋な男だった。

「場にそぐわなかった失礼は詫びよう。俺は王立情報局所属、諜報部三佐エイブラハム・ベル
ンハルトだ。身分証明が必要なら、この通り王家からの勅命書を預っている。確認してくれ」

 さすがに一般人がいる中で、認証行為を行うわけにもいかない。それを察したのか、男は注
がれたぶどう酒を一気に飲み干すなり背を向けて歩き出した。工作費なんてそう多くは持たさ
れていないというのに遠慮なしとは無粋な男だった。
262 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage saga]:2012/06/06(水) 23:07:04.64 ID:u6JUelDw0
「場にそぐわなかった失礼は詫びよう。俺は王立情報局所属、諜報部三佐エイブラハム・ベル
ンハルトだ。身分証明が必要なら、この通り王家からの勅命書を預っている。確認してくれ」

 男の勅命を受け取って、そこに記された文章を目を追った。
 『王立情報局所属 諜報部三佐『エイブラハム・ベルンハルト』。
 1023年1月14日、上記の者にシュトゥルム諜報の任を与えることとする。
 アレンティア国王フリードリヒ=アレンティア三世』
 国王の名の上には、王家の証である宝印が押されている。――確かにこれは本物だが、精巧
な作りの贋作とも限らない。規則故に、二重の確認を取ることにした。

「悪いが照会させてもらうぞ」
「おうおう、規則だもんな。好きにしろよ」

 疑われるのは心外だと言わんばかりに、男はブツブツと不平を漏らしながら了承した。
「偽証解除。使用する識別子は、アリスロッド・フォン・シュバイニッツ。宝印よ、我が名に
おいてこの男の真偽を問う。その真なる姿をここに顕せ」
 その瞬間、宝印が青白く輝き消失。光の粒が宙に浮かび上がり、中央に不死鳥が描かれた魔
方陣を形成する。それにより宝印が本物であることが証明された。
 あとは、ベルンハルトがこの魔方陣に触れることで、認証が完了する。しかし男はいつまで
経ってもそれに触れようとしなかった。

「どうした? 真に忠誠を誓った者であれば、触れられるはずだが」
「こんなとこで度胸なんて試したくねぇよ。王家への忠誠なんて、そんなもん連日の任務でほ
とんど摩耗しちまってるっての、アンタは俺を殺したいのか?」

 ベルンハルトが認証を臆するのには理由があった。これには本来の持ち主でない者や、不穏
なことを企んでいる者が触れれば王国の聖獣である不死鳥がその場に即座に召喚され、その者
を焼き尽くす術式が組み込まれている。いわば本人の認証だけでなく、王国への忠誠をも試さ
れるため、普通の人間はこの魔方陣に進んで触れたがらない。しかし、
「問題ない。お前は任務途中だから知らないのだろうが、それでは効率が悪いからと近年に
なって条件が更新されている。極端な話、偽物や国家転覆、それに類する悪意を持たない者で
なければ発動しない……はずだ」
「…………」

 本当のことなのだが、それでも男は疑り深い目で自分を見ている。つい念を押す形で、

「お前はそんなよからぬ考えを持っていないのだろう?」
「――お前の話信じるぞ……信じるからな……?」
「好きにしろ」
「何だその投げやりな態度!?」
あぁ、くそ。ココまで着たらなるようになれだ、だああらっしゃあああああ!」

 意味不明な掛け声をして、男は魔方陣の中に手を突っ込んだ。すると、何も起こることなく
魔方陣は消え去ってしまい、このベルンハルトが本物だと証明されてしまった。

「疑ってすまなかった。自分は情報局二佐のアリスロッド・フォン・シュバイニッツだ。貴様
を共に戦う仲間として歓迎する。正直、貴様がパートナーであるという事実に甚だ疑念を感じ
ざるを得ないが、人員不足ゆえ目を瞑るとしよう」
「ひでーな。俺は単なる諜報員だぜ、断罪畑所属の人間と違って戦闘は苦手なんでな」
「なら何が出来る?」
「諜報活動に決まってんだろ。これでもシュトゥルムには随分前から潜入しててよ、『雑兵』
から『指揮者』にまで上り詰めてるんだぜ」
「この勅命の表記年月が本当であるなら、もうかなり盗賊に身を窶していることになるが」
「そうだな。もう五年にはなるかねぇ、もう人生の一部と言っても良いくらいさ」
「戯言だな」

 気長――というより怒りを感じた。
 つまり、この男は“その間”の殺しや略奪を全て黙認しているということになる。下手すれ
ばコイツ自身、民を手にかけている可能性だって大いにある。
263 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage saga]:2012/06/06(水) 23:09:18.81 ID:u6JUelDw0
「何を怒っている? 小を殺して大を救うのは正義の側に立つ者なら当然の論理だろう。
君だってそうじゃないのか。何も諜報だけが俺の仕事じゃない、これでも俺の行動で多くの民
を救っているという自負くらいは持っているつもりだ」
「……だが、お前たちはやはり好きにはなれない」
「カーッ、嫌われたねぇ……」

 好意の有無で、感情で語ることがどれだけ愚かだと知っていようとも、民を殺したも同然な
時点でその行為は正当化されるはずもない。

「まぁ、所詮俺も日陰者だ。そのことは全てが終わったあとでケジメをつけるとして、まずは
当面の話をしようぜ? 俺の仕事はお前の殺しを補助することでな、聞いて驚け。シュトゥル
ム略奪兵団ってのは、普段何食わぬ顔でこの国各地に暮らしている“ごく普通の国民”だ」
「知っている。だからこそ奴らを、この国の悪を一掃できるこの機を狙って自分がここに
立ってるんだろう。その知識をどう有効に役立てる?」

 奴らは普段バラけて潜伏しているからこそ、軍に補足されにくい。
 補足されたとしてもわずかな人員の損失だけで済む。それだけでなく、奴らは拠点すら持たず、
略奪をする数カ月前に目標となる街の周辺にそれぞれが仮宿を作り、略奪に備えるらしい。
 情報部の話では、次の標的がこの街『バルト=シュタインベルク』であるとのことだが、

「そのリークをしたのが俺だ。少しは感謝しようぜ坊主、そのおかげでこの街が救われるんだからな」
「救うだと? 王家に本気で救う気があるならば、軍でも何でも強引に駐留させるはずなんだがな」

 彼らの目的は救うのではなく壊すことだ。シュトゥルム襲撃を隠している時点で、彼らはこの街を
救うよりも敢えて餌にすることで悪意の一掃を優先している。
 いや、それも自分が達成出来ればの話だがな。

「おいおい、王家に楯突くような発言はよせ! どこで誰が監視してるとも限らねーんだ、和やかに行こうぜ……」
「客観的な事実を述べただけだろう」
264 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage saga]:2012/06/06(水) 23:14:08.78 ID:u6JUelDw0
 ――シュトゥルム最大の特徴が、暴動を装った略奪。
 それは街一つ地図から消えてしまうほどの災厄に近いもので、人の悪意を有効に活用するという
点では彼らほど長けた人間はこの国にはいないだろう。
 シュトゥルムならではの盗みの手段、それが“悪意”の利用だった。
 元々、この国に不満を持っている民は多く、彼らが出現するまでも暴動や反乱が発生すること自
体そう珍しいことではなかった。シュトゥルムはそれに乗じる形で、暴動という火種を拡大させて
反乱にし、やがて盗みの手段に発展させた。
 軍の駐留していない辺境の街ばかりが狙われ、住民を巻き込んで騒乱を起こした後、すぐさま霧
散する。まるで街ごと盗む嵐のような災厄であることから、シュトゥルムという呼称されており、
それを嘲笑うかのように彼らはそれを正式な名前として使用している。
 そこまで挑発されてなお、確実な対応をするのが難しい王家は頭を抱えこんでいた。それでも王
家が何かと理由を付けるのは、民を救うよりも悪を殺すことを優先しているからだろう。
 それも最小限のリスクで。確かにシュトゥルムのような、実体のない相手なら集団よりも個人の
方が効果的だろうが、もし自分が失敗すればこの街は死ぬだけだというのに。
 まぁ、自分はそう思うほど傲慢な人間ではないが。

「お前がこの計画の責任者ならば一つ問う。自分のバックアップは何人いる?」
「……さてな。そんなにいないと思うぜ」
「それよりもシュトゥルムだ。とにかくコイツらはほとんどが烏合の衆なわけよ。名も知らねぇ顔も
知らねぇ者同士の集まりでな、まぁ、それはこっちにとっても都合が良い。俺が構成員の位置取りを
探るから、お前は存分にこの街で殺しを楽しめ。奴ら――火付け役は連絡し合わないから、決行の日
まで互いがシュトゥルムであることも知らない。多少の人員損失が出ても気付いたりはしねぇだろう」
「逆に事を大きくすればどうなる?」
「それはそれでまずいが、奴らの頭を仕留めるチャンスでもある。シュトゥルムの性質上、必ず全団
員を収集するために姿を現すだろう。その時がチャンスだ」

 最初は目立たず騒がず殺して、時期をみて奴らを叩く。
 ――それしかシュトゥルムを一掃する……奴らに肉薄する方法はないだろう。

「判然としないが、火付け役以外のシュトゥルムの構成人数は把握してるのか? それともこの街で暴
動に参加しそうな不穏分子は全て詰めって話になるのか?」
「いくら不穏分子つっても暴動が起きるまでは善良な市民だぞ。そいつらを殺したら俺らが逆賊にな
るだろうが……! ちょっと待て、構成人数をちょっと計算してるから、確かこの前、消えた街で
50人くらいどっと入って来て……それを含めると……えっとな……1026人……」

 バックアップがいると言っても、暗殺者は集まっても意味がない。あくまで自分が失敗した場合に
限り、引継ぎを行うというだけだろう。要するに――

「……結局のところ、それを全部自分が殺せという話なのだろうな」

 胸の内で何かが折れてしまったような感覚があったが、既に心は乾いている身。ここまで酷使され
てもどうということはない……はずだ。
265 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage saga]:2012/06/06(水) 23:16:20.13 ID:u6JUelDw0
終わりじぇす^
続きはいつか
266 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) [sage]:2012/06/06(水) 23:19:31.51 ID:5oEk/nlu0
お疲れです、文章が素晴らしくて泣いた
267 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage saga]:2012/06/07(木) 00:09:05.04 ID:30bBjoaL0
あざっすwww
修正:アリスが自分をアリスロッドと名乗ってる部分は全部アデルロッドの間違いです
268 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2012/06/07(木) 21:47:06.30 ID:30bBjoaL0
絵安価st
269 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(中国地方) :2012/06/08(金) 00:08:42.12 ID:a64dU81V0
アイドル
270 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) [sage]:2012/06/08(金) 15:12:24.28 ID:1yUpByiz0
西田の人はこないかな
271 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(中国・四国) [sage]:2012/06/08(金) 16:24:34.25 ID:8dvxcJvAO
◆3gJlaqFfe2さん来ないかな?(´^ω^`)
272 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2012/06/08(金) 20:14:38.77 ID:94m0WHXk0
>>269
アイドルと来てチンときたので直感は大事だと思うので某アイドルに歌ってもらった
http://u6.getuploader.com/1516vip/download/80/idol.jpg
273 : ◆suJs/LnFxc [sage]:2012/06/09(土) 00:05:56.97 ID:M6P4zbkh0
呼ばれた気がした!
すいません…ここ数ヶ月、帰宅時間がほぼこの時間帯なもので、力尽きてしまってなかなか進まんのですorz
そして読み物やら絵やら投下されてる方々、お疲れさまGJですwwwwww
274 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) [sage]:2012/06/09(土) 16:38:30.09 ID:B/xGjPPp0
>>273
待ってます、楽しみです
275 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) [sage saga]:2012/06/10(日) 01:01:04.02 ID:h0nhBiOoo
投下するよ!!
276 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/10(日) 01:02:56.53 ID:h0nhBiOoo
カラスがカァと鳴り響く・・そのまま自然に羽ばたいて飛び去った後には無残な黒い羽が散らされる。








Dark Purple










舞台は15、16歳で童貞のままだったら女体化してしまうという奇妙な病があるとある世界のとある場所で始まる、時刻は月曜日の早朝・・誰もが鬱憤した気持ちで目覚める中でこの家の住人である彼女もその例外ではない。

「う〜ん・・はっ、まずい!!!」

時刻は7時・・このまま悠長にしてたら遅刻は確定なので慌しく目覚めた少女はいつもの習慣をある程度すっ飛ばして出来るだけの時間の短縮を図ると即座に征服に早着替えすると一階のリビングに飛び込み母親の静止を聞かずに慌しく朝食を食べ始める。

「ちょ、ちょっと由宇奈!! ご飯ぐらいゆっくり・・」

「ごめんママ!! 急がないと遅刻しちゃうの!!! それじゃ行ってきますっ〜!!!」

そのままカバンを持って飛び出す娘に母親はやれやれと顔を竦めながらゆっくりと朝食を取るわけなのだが・・視線を泳がせていると娘がいつも座るテーブルにあるものが目に映る。

「あらら・・あの子ったら財布とお弁当忘れてるわね。どうせもう電車に乗っちゃった頃だから取りにはこれないでしょうね」

そのまま母親は慌てる娘の顔を思い浮かびながら静かにお茶を啜る。それと並行して場所は変わって家から全力疾走でいつもの駅に停車していた電車に乗った娘・・宮守 由宇奈(みやもり ゆうな)15歳はいつもの定位置である席に座ると大きく気を吐きながらとりあえずは遅刻を回避できたことに安堵する。

「ハァハァ・・間に合ったぁ」

この電車は由宇奈の丁度最寄り駅で折り返すのでラッシュ時期が過ぎたこの時間ならば乗ってくる人など他かが知れているので席を確保するのも容易いし、通っている高校の最寄り駅までベストな時間で到着するのだが、逆に言えばこの電車を逃してしまったら由宇奈の遅刻は確定なので何が何でも間に合わなければならないのだ。

「しかし疲れた。昨日はちょっと夜更かししてしまったからね、余裕持って行動しなきゃ・・ってあれは陽太郎じゃん、お〜い!!」

由宇奈は少し離れた席で1人読書に夢中な少女を見つけると呼びかけて手を振る、陽太郎と呼ばれた茶髪のショートヘアが目立つ少女はやれやれという表情で静かに本を閉じると由宇奈の元へと移動すると少々怒りを込めて自分の名前を訂正させる。

「陽太郎じゃなくて陽痲(ひめ)!! そろそろ覚えてもらわないと幼馴染とはいえ怒るぞ」

「だって陽太郎は陽太郎なんだもん」

ぶつくさと言い訳を垂れる由宇奈に陽痲はいつものこととはいえそろそろ新しい自分の名前に慣れない幼馴染に軽く溜息を吐く。改めて彼女の名前は佐方 陽痲(さかた ひめ)、元は佐方 陽太郎(ようたろう)という名の立派な男性であったのだが、3ヶ月前に女体化してしまい女としての人生を歩むために男時代の名前であった陽太郎を改名して新たに陽痲として生きる決意を固めたのだったが、昔からの幼馴染である由宇奈だけは既に定着した改名後の名前を一向に覚えようとはせずに昔と変わらない陽太郎の名前で呼ぶので非常に困惑しているのだ。
それに陽太郎は女体化する前は由宇奈に仄かな恋心を寄せていたのだが、自身の女体化によってその想いは見事に爆散してしまってこの改名も泣く泣くしたものなのだ。今ではよき由宇奈のよき友人のポジションにいる陽痲なのだが、それに女体化して考え方も変わるのか彼女と同じ同性になると見る視点が変わってしまって今では自分の一生に一度の初恋を無駄にしてしまった後悔の連続である。
277 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/10(日) 01:04:22.39 ID:h0nhBiOoo
「それに女体化したって言っても胸は私よりも小さいし、多少顔が可愛くなっただけじゃん」

(・・こんなのに想いを寄せていた自分が恥ずかしい。どうせならもっと可憐で性格がいい娘にしておけばよかった)

由宇奈に対して少し複雑な思いを胸中に抱きながら陽痲は心を落ち着かせるために読みかけていた本の読書を再開する。

“発車します〜、閉まるドアにお気をつけ下さい”

「あっ、電車も動き出したね。今日は何の本読んでるの?」

「“よくわかる小説の書き方”結構勉強になるからな」

「陽太郎は小説書くのが好きだもんね。中学の頃はよくネットに掲載してたね」

「だから陽痲と言ってるだろ。でも昔から夢は変わってない、俺は親父やお袋のような小説家になりたいからな」

「そうそう昔から言ってたね。“俺は親父やお袋のような小説家になる!!”って、それで陽太郎はよく国語とか勉強してたっけ」

陽痲の両親はかなり有名な小説家として活躍しており、父親は恋愛小説を執筆してアニメやドラマといったあらゆる媒体でヒットを叩き出し、母親は推理小説を専門としてこれまたドラマや映画などでヒットを叩き出していると言う業界ではかなり有名な筋金入りの小説家夫婦なのだ。
そんな両親の元で育った彼が同じ仕事をしたいと抱くのは時間の問題だったので夢を掲げた陽痲は両親やその他作家の小説をジャンルを問わずに読み漁って小説における文法を学び、あらゆる辞典を読んでは様々な単語の意味を調べ上げて中学の頃にはあらゆる小説を書き続けてその努力が実ったのか、ある出版社が主催した中規模のイベントで佳作を受賞している。

「でもあの2人のP.Nってどこか変よね。おじさんは若松・ぶりふっしゅ、おばさんは白井 栄太郎ってのはちょっとネーミングセンスがね・・」

「P.Nなんてのはそんなものだろ。俺だって苦労して考えたんだからな」

「だったらP.Nを私の本名で使うのやめてよね!!」

「別に良いだろ、俺の勝手だし」

実際のところ陽痲のP.Nはこれまでの由宇奈への当てつけ・・つまりは体の良い八つ当たりみたいなものである、彼の初恋を無残に散らせたりいつまでも名前を言わない由宇奈の罪は陽痲からすればとても重いのである。

「なんて酷い幼馴染なの・・」

「改名した名前を未だに呼ばないお前にその台詞をそっくり返す」

「うっ・・」

“え〜、次は・・”

少しばかり後味が悪くなったところで列車は高校の最寄り駅へと到着すると2人は電車を降りるとそのまま高校へと向かうのであった。
278 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/10(日) 01:05:37.93 ID:h0nhBiOoo

黒羽根高等学校・・通称黒羽根高はあの文武両道で名高い名門の白羽根学園の直接の姉妹校で由宇奈と陽痲の通う高校である。理事長も白羽根学園の理事長が兼任しているがあまり姿を現す事はないので校長が代理として実権を握っている、名門で名高い白羽根学園とは違って黒羽根高は学力や部活も可もなく不可もなくごく普通といったところなのだが、制服のデザインだけは異様に力を入れているので他校からは異様に人気が高い。それに白羽根学園との直接の姉妹校であるのでそのブランドをフル活用しているおかげで志望してくる生徒数はかなり多いのだ。

「いや〜、黒羽根高に入って正解だったね。従兄弟が白羽根学園に入ったから悔しかったけど・・」

「ま、ここもあの白羽根学園の正式な姉妹校だからいいじゃないか」

中学時代に2人は白羽根学園への入学を希望したのだが、その偏差値の高さに絶望してこの黒羽根高等学校へと志願したのだ。この学校なら2人の成績でも充分に可能だったし、何よりも黒羽根高の試験問題はそこそこの成績の持ち主であれば普通に合格できるレベルなのでそこが人気の一つでもある。2人はいつものように校舎から教室に入っていつもの級友達に挨拶を交わすとHRが始まるまでのささやかな談笑を始める。

「しかし佐方が女体化するなんてな。てっきり宮守とよろしくやってると思ってたもんだからな」

「んなわけないだろ。俺と由宇奈はただの幼馴染だしよ」

陽痲がまだ陽太郎だった時は殆ど由宇奈と一緒に登下校を共にしてたのでよくクラスの人間から由宇奈との関係をからかわれたものだ。そんな陽太郎が女体化した時はある種の衝撃だったが、今ではすっかり定着したようで元々交友があった男子達と普通に下らない雑談を繰り広げている。

「私たちも佐方は由宇奈は付き合ってるもんだと思ったわよ」

「ちょっとやめてよね。陽太郎は本当にただの幼馴染だったし、それに女体化したって言っても私の中では陽太郎は陽太郎だし」

「うるせぇ!! それに陽痲だと何回言ったらわかるんだ!!!」

「「な、なるほど・・確かに普通だ」」

近しい人物から未だに改名した名前を呼んでもらえない陽痲に周囲が同情する中である人物が教室へと入ってくる。標準的な体型にホストでも充分通用しそうな甘いマスク・・肩に掛かるぐらいのセミロングが特徴なこの人物の名は茅葺 龍之介(かやぶき たつのすけ)、この黒羽根高では有り得ないぐらいの極めて優秀な成績に加えて抜群の運動神経を兼ね合わせて極めつけはその容姿・・当然のように女子からの人気は圧倒的に高い、彼に想いを寄せる女子はこのクラスのみならず多数に渡って存在しており由宇奈も例に漏れずにその一人。しかし龍之介本人は至って無口で必要最低限の会話しかしないのだが、その姿がクールな存在として映るようで人気は落ちるどころかうなぎ上りである。龍之介は群がってきた女子達に小さく挨拶をするとそのまま自分の席に座って予習のために問題を解き始める。

「ほら、お前の好きな茅葺が登校してきたぞ。さっさと行ってこい」

「ま、待って! 心の準備がぁ〜」

(全く、男の時はちょっとあれだったけど・・今となってみればいい思い出だな)

陽痲も男時代は由宇奈に想いを寄せてたのもあってか、龍之介に対しては複雑な印象を抱いてた。しかし女体化して由宇奈の想いが吹っ切れた今は龍之介に対してはただの男子生徒とぐらいしか感じてないので関心の外にある。

「ま、茅葺君はとりあえず置いておいて。・・陽太郎、一緒にアルバイトでもしようよ」

「バイト? そうだな・・」

黒羽根高では白羽根学園と同じようにバイトに関しては自由なので何ら問題はない、それに陽痲も由宇奈と遊んでばかりで懐が寂しくなったのでここらでバイトをして稼ぐのも悪くはない。それに認めたくはないが1人でやるよりも由宇奈とやるほうが心強い部分もあるし何かと融通が利きそうなのでメリットも大きい。
279 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/10(日) 01:05:51.46 ID:h0nhBiOoo

黒羽根高等学校・・通称黒羽根高はあの文武両道で名高い名門の白羽根学園の直接の姉妹校で由宇奈と陽痲の通う高校である。理事長も白羽根学園の理事長が兼任しているがあまり姿を現す事はないので校長が代理として実権を握っている、名門で名高い白羽根学園とは違って黒羽根高は学力や部活も可もなく不可もなくごく普通といったところなのだが、制服のデザインだけは異様に力を入れているので他校からは異様に人気が高い。それに白羽根学園との直接の姉妹校であるのでそのブランドをフル活用しているおかげで志望してくる生徒数はかなり多いのだ。

「いや〜、黒羽根高に入って正解だったね。従兄弟が白羽根学園に入ったから悔しかったけど・・」

「ま、ここもあの白羽根学園の正式な姉妹校だからいいじゃないか」

中学時代に2人は白羽根学園への入学を希望したのだが、その偏差値の高さに絶望してこの黒羽根高等学校へと志願したのだ。この学校なら2人の成績でも充分に可能だったし、何よりも黒羽根高の試験問題はそこそこの成績の持ち主であれば普通に合格できるレベルなのでそこが人気の一つでもある。2人はいつものように校舎から教室に入っていつもの級友達に挨拶を交わすとHRが始まるまでのささやかな談笑を始める。

「しかし佐方が女体化するなんてな。てっきり宮守とよろしくやってると思ってたもんだからな」

「んなわけないだろ。俺と由宇奈はただの幼馴染だしよ」

陽痲がまだ陽太郎だった時は殆ど由宇奈と一緒に登下校を共にしてたのでよくクラスの人間から由宇奈との関係をからかわれたものだ。そんな陽太郎が女体化した時はある種の衝撃だったが、今ではすっかり定着したようで元々交友があった男子達と普通に下らない雑談を繰り広げている。

「私たちも佐方は由宇奈は付き合ってるもんだと思ったわよ」

「ちょっとやめてよね。陽太郎は本当にただの幼馴染だったし、それに女体化したって言っても私の中では陽太郎は陽太郎だし」

「うるせぇ!! それに陽痲だと何回言ったらわかるんだ!!!」

「「な、なるほど・・確かに普通だ」」

近しい人物から未だに改名した名前を呼んでもらえない陽痲に周囲が同情する中である人物が教室へと入ってくる。標準的な体型にホストでも充分通用しそうな甘いマスク・・肩に掛かるぐらいのセミロングが特徴なこの人物の名は茅葺 龍之介(かやぶき たつのすけ)、この黒羽根高では有り得ないぐらいの極めて優秀な成績に加えて抜群の運動神経を兼ね合わせて極めつけはその容姿・・当然のように女子からの人気は圧倒的に高い、彼に想いを寄せる女子はこのクラスのみならず多数に渡って存在しており由宇奈も例に漏れずにその一人。しかし龍之介本人は至って無口で必要最低限の会話しかしないのだが、その姿がクールな存在として映るようで人気は落ちるどころかうなぎ上りである。龍之介は群がってきた女子達に小さく挨拶をするとそのまま自分の席に座って予習のために問題を解き始める。

「ほら、お前の好きな茅葺が登校してきたぞ。さっさと行ってこい」

「ま、待って! 心の準備がぁ〜」

(全く、男の時はちょっとあれだったけど・・今となってみればいい思い出だな)

陽痲も男時代は由宇奈に想いを寄せてたのもあってか、龍之介に対しては複雑な印象を抱いてた。しかし女体化して由宇奈の想いが吹っ切れた今は龍之介に対してはただの男子生徒とぐらいしか感じてないので関心の外にある。

「ま、茅葺君はとりあえず置いておいて。・・陽太郎、一緒にアルバイトでもしようよ」

「バイト? そうだな・・」

黒羽根高では白羽根学園と同じようにバイトに関しては自由なので何ら問題はない、それに陽痲も由宇奈と遊んでばかりで懐が寂しくなったのでここらでバイトをして稼ぐのも悪くはない。それに認めたくはないが1人でやるよりも由宇奈とやるほうが心強い部分もあるし何かと融通が利きそうなのでメリットも大きい。
280 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/10(日) 01:06:43.27 ID:h0nhBiOoo
「いいぜ、俺もお前と遊びすぎて金がなったからな」

「人のせいにしないでよ、陽太郎だって服買いすぎてるじゃないの」

「お前だって俺に便乗して買ってただろ!! ・・って、朝から余計に疲れる。とりあえずバイトに関してはまた話そう」

「わかった」

とりあえずバイトに関しては今後の予定を立てることにしたところで予鈴のチャイムが鳴るとこのクラス・・2年A組の担任で数学担当の神林 真帆(かんばやし まほ)はいつものように教室へ入っていくのだが、悲壮感たっぷりのまま凄く沈んだ様子でとぼとぼと歩きながら教卓につくと1人お通夜モードで淡々と進行する。

「おはようございます・・まず始めに男子諸君。女体化者で未婚の子持ちの女性を優しく包むような包容力のある人になってください・・」

「せ、先生・・またお見合い失敗したんですか?」

恐る恐る由宇奈は勇気を振り絞って真帆に進言するのだが、急所を指摘された真帆はワンワンと喚き始める。

「そうなんだよ!!! 何とか良い雰囲気には持って来れたんだけど、子供がいるって告白したら潮のように退きはじめてね、乾いた笑いを浮かべてッ!!!!」

「でも未婚で子持ちはハードルが高すぎるんじゃ・・段階を持って告白したほうが良いと思いますよ」

真帆は黙っていれば美人ではあるものの、正直すぎる性格が災いしているようで何度もお見合いに失敗しているのだ。それに性質が悪いことにその悔しさを別の方向で発散するというはた迷惑極まりない性格の持ち主であるので真帆がお見合いに失敗したその日は彼女が受け持っている女子卓球部の練習量が比較的増えるので部員達にしてみれば迷惑以外何者でもないのだ。

「このバカチン!! 歴史上ではね、僕のように正直者が得をしたことがあるんだよ!! こんな世の中間違っているよッ!!!」

「なんでも正直すぎるのがダメだと思うんだけどなぁ・・」

それからHRそっちのけでワンワンと泣き崩れる真帆であるが、こんな事はこのクラスでは日常茶飯事なので黙って受け流す。真帆は確かに女体化したから若くて美人ではあるものの、未婚の上の子持ちなので婚活する上では非常に大きいハードルなのでお見合いもことごとく失敗をしている真帆を不憫に思った陽痲は慎重に言葉を選びながら慰めの言葉をかける。

「神林先生、人の出会いなんて星の数ほどあるんです。そのうち先生を包んでくれる優しい人が現れますよ」

「う、うん。あの子のためにも早く僕が結婚して立派な父親を見つけてあげなきゃ!!」

何とか陽痲のお陰で立ち直った真帆は恒例のHRを始めると必要な伝達事項と伝え終えると同時にチャイムが鳴り響くのだが、真帆は退散せずにすぐに教科書にチョークとオマケにプリントの束を取り出す。

「1時間目は数学だから僕の授業だね。それじゃ僕のお見合い相手への怨恨を込めて・・テストだよ!!!」

「理屈がおかしいだろうがぁぁぁぁ!!!!!!」

龍之介を除くクラスの全員は顔も知らぬ真帆のお見合い相手を恨みながら阿鼻叫喚の大絶叫を上げるのだった。

281 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/10(日) 01:08:02.44 ID:h0nhBiOoo
昼休憩

いつものように由宇奈は陽痲の机を囲んでお昼の準備をする、陽痲はそのままカバンから一回り小さい重箱をどかっと出すとその圧倒的な存在感を由宇奈に見せ付ける。

「うわっ、相変わらずでっかいね。女体化してもその食欲は何とかならないの?」

「腹が減るから仕方ないだろ。何故か女体化しても変わらないんだから・・でもその分は動いてるから太らないんだぜ」

「その分胸にはいっていないようだけどね。さて私もお弁当お弁当〜・・」

由宇奈はそのままカバンの中に眠っているであろう、お弁当箱を探すのだが・・いつも触りなれた独特の感触は確認できずに次第に押し黙ってしまう、いつもと違う由宇奈の様子に陽痲も流石に気に留めてあげる。

「おい・・どうしたんだ?」

「・・ない、私のお弁当がない――ッ!!!!!」

この学生生活で楽しみといえば母親が毎日作ってくれるお弁当、空腹に襲われながらもあのお弁当の中身を知るワクワク感が生命の躍動感を感じるのにそれがないということは由宇奈にとってはかなりの死活問題なのだ、今朝の朝食は急いでいたのでゆっくりと味わうことすら出来なかったので尚更このお昼に解放するはずのお弁当の存在が一際輝いていたのだ。

「購買でなんか買ってこいよ」

「それが・・財布もないの。・・陽太郎、一生のお願い!! そのお弁当分けて!!!」

弁当もなければ財布もない、この時間を心よりも楽しみにしている由宇奈は今までのプライドをかなぐり捨てて陽痲に必死に頼み込むのだが、ものの数秒で残酷な回答が返ってくる。

「断る。・・俺の名前をまともに呼ばない奴にやる義理はないし、に今までお前に金を貸して戻ってきたためしがない。大人しく諦めろ」

「陽太郎の鬼ッ!! こうなったら神林先生に何とかしてもらうんだからッ!!!」

「お、おい!! ・・少しきつく言い過ぎたか?」

頼みの綱であった陽痲にまで見捨てられた由宇奈は絶望を抱えて教室を走り出すが、お腹が減ってしまって力が入らずにフラフラになってしまう。ここは2階、恐らく真帆のいるであろう職員室は1階なのでこの空腹の状態だったらその距離も長く感じてしまう。

「ハァ・・陽太郎がお弁当分けてくれればこんなことにならなかったのに・・」

フラフラの状態になりながら何とか歩いていく由宇奈であるが、腹の虫は虚しく鳴るばかり・・遂にはあまりの空腹でその場にへたり込んでしまうと2時間目に社会の授業で習った紛争地域の現状を改めて思い浮かべてしまう。

(これが紛争地帯の原住民の状況なのね。・・何だか龍之介君の幻が見える)

「・・・」

ふと由宇奈は目に前に映る龍之介の姿が幻だと切り捨ててゆっくりと目を瞑ってしまう、どのように陽痲に復讐しようかと思案していると小さいがなにやら声が聞こえる。もう何もかもおぼろげになってしまってた由宇奈は何も考えずに無意識のままそっと右腕を翳すのだがふと身体の感覚が軽くなってふわっと立ち上がる自分の肉体に由宇奈の意識はようやく取り戻して目をそっと開けると幻でもない自分の想い人である本物の龍之介が由宇奈の目の前に立っていた。

282 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/10(日) 01:08:30.17 ID:h0nhBiOoo
「へっ? かかっかか・・茅葺君っっ!!!」

「・・これを」

龍之介は由宇奈にある袋を渡す、袋からは空腹を刺激するかのような芳醇でしかも食欲をそそる匂いが由宇奈の身体を通して全体に広がる。

「これって・・高級食材のお弁当!?」

「お客さ・・いや、知り合いにたくさん貰ったから1つ上げる。・・それじゃ」

「えっ? ちょ、ちょっと!!!」

そのまま龍之介は由宇奈の元から立ち去ってしまうが、彼からは微かに酒とタバコの臭いが微かに鼻に移ったのだが、それを打ち消すぐらいの高級感漂う弁当の存在に支配された由宇奈は迷うことなく適当な教室に入り込むと龍之介から貰った高級弁当を迷うことなく食すとそのあまりの美味しさに舌鼓を打つ。

「美味い!! 米は多分魚沼産のコシヒカリ、それにおかずは高級和牛の肉じゃがに新鮮なブリの照り焼きに加えて新鮮な野菜のみずみずしさ・・これはまさに高級食材が成せる味だよ!!」

由宇奈は弁当の味を一つ一つかみ締めながら充実感が口いっぱいに広がって豊満な世界へと1人旅立ってしまうものの、何とか意識を取り戻すとさっきの龍之介との光景を思い出すのだが夢のような光景に1人興奮してしまう。

「このお弁当、龍之介君から貰ったんだよね・・放課後何かお礼をしなくちゃ!! でも何かしとけばよかった・・やっぱり少女漫画だたらベターにキスだよねっ!!!! でもあの無口な龍之介君が私のために選んでくれたんだからこれはよく熟考しないとなぁ〜・・」

「・・何やってるんだそんなところで」

「そもそも龍之介君は何が好みなのかな。こうなればちょっと早いけど・・って陽太郎!! いたんなら早く言ってよね!!」

「さっき声を掛けただろ。心配して探してみれば・・何で弁当があるのかは知らんが、喉が渇いたならこれでも飲んでろ」

「あ、ありがとう」

陽痲からお茶を貰うと由宇奈は迷うことなく受け取って一気に飲み干すとようやく一息ついて落ち着きを取り戻す、高級弁当のお陰で空腹感は満たされたものの喉が渇いて仕方なかったので陽痲の差し出してくれたお茶の存在はかなりありがたいものだ。それに陽痲も何だかんだ言っても由宇奈とは長い付き合いなので女体化してからも良い友人なのは変わりないので少し恥ずかしそうにしながらさっきの非礼を詫びる。

「さっきは悪かったな。このお茶は俺のおごりだから気にせずに飲めよ」

「陽太郎・・あんたは最高の友人だよ!! おかげで龍之介君からお弁当ももらえたしね」

由宇奈は意気揚々と先程の出来事を多少脚色して語り始める、女子から絶大な人気を誇るあの龍之介からお弁当をもらえたのはまさに夢のような出来事・・思い出すだけでも興奮が止まらずにニヤケ顔で何度も話し始める。

「わかったから、落ち着け。とりあえず放課後に茅葺に何かするんだろ? 俺も付き合ってやるからよく考えようぜ」

「うん。さすが陽太郎!!」

(ちょうど、ラブコメのネタに悩んでたんだ。これはもしかしたら利用できるしな)

陽痲の真意など全く知らずに来るべき放課後について協議しあうのであった。

283 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/10(日) 01:12:06.27 ID:h0nhBiOoo
職員室

黒羽根高では月に一度、この昼休みを利用して教師全員が職員室に集まって昼食を取りながらのミーティングが恒例となっている。教員達は昼食片手に様々な意見を飛び交わせながら現在の議論である恒例の夏のマラソン大会について意見をを活発させていくのだが、それらを全て仕切るのがこの長いロングヘアの金髪が特徴的で堂々と喫煙しているこのお方である。

「うぃ〜!! んじゃ今年のマラソン大会は60キロで決定だな」

「き、教頭先生!! せめて30キロがベストかと・・」

「一々、うるせぇんだよ!!! 俺ン時も女体化してこんな距離は普通だったんだから今回も大丈夫だろ」

彼女の名前は種井 京香(たねい きょうか)、歳相応の豊満なスタイルが特徴的な非常に若々しい人物であるものの肩書きは黒羽根高等学校 教頭である。彼女がこの黒羽根高に教頭として赴任してからこの黒羽根高は大きく変わり、その並々ならぬ行動力はあらゆる問題を解決しながら校長に成り代わって全ての教員を率いて怒涛の勢いでその頭角を現している、それにこの学校の制服のデザインに並々ならぬ力を入れたのも彼女でありこのミーティングの発案者でもある。

その破竹とも言える行動力でこの高校の実権を握っており、本来の最高責任者である校長でさえも彼女には頭が上がらずに実質上の支配者である。

「さて次は文化祭についてだ。それで本日何回かの見合いに失敗した神林先生に去年の集計を応えてもらおう」

「何でそんなこと知ってるんですかッ!!! ・・ハァ、とりあえず去年の売り上げ金額は総合計で10,945,217円です。各セクションごとですと僕が率いる女子卓球部が・・」

「そこまではどうでもいい。重要なのは総合計の部分だ・・姉妹校であるクソガキ校長が率いる白羽根学園はこの2倍の売り上げをたたき出している!! 教頭とすればこの部分が非常に気に食わないッ!!!!」

そのまま京香はタバコを吸いながらあーだこーだと文化祭について持論を展開しながら真帆を含めた周囲の教員はやれやれとした顔つきで聞き流していく、というのも京香は人一倍白羽根学園との競争意識がかなり強いのでこれまでにも文化祭の売り上げを始めとして部活の大会や練習試合などに顔を出しながらことあるごとに白羽根学園と競わせているのだが結果は惨敗に次ぐ惨敗・・当然のように京香が納得するはずがなく今年の文化祭こそは白羽根学園に勝とうと息巻くのだが、周囲はそんなことは絶対に不可能だと思いながら昼食を食べ進む。

「てめぇらは先公としてのプライドはねぇのか!! そんなんじゃガキどもに遅れをとって舐められんぞッ!!!」

「教頭先生、ちょっとは落ち着いて・・」

「うるせぇ! お前も校長としてのプライドはないのか、あのクソガキにいつまでも天下を取らせて溜まるか!!」

「いや、藤野先生はそんな人じゃないからね。それに見た目は兎も角として君よりも年上だか・・うぎゃぁぁぁ!!!!」

流石に校長が暴走している京香を嗜めようとするが、彼の立場はこの学校では殆どないのに等しいので京香にコブラツイストをお見舞いされると沈黙してしまう。京香はそのままアームホールドの構えに入ると老体である校長に容赦のない攻撃を加えながら周囲を焚きつけるためにとんでもないことを言い放つ。

「今年の文化祭で白羽根よりも売り上げが悪かったらてめぇ等全員は減給だからなッ!!!!」

「ぎ・・ギブ・・・」

ようやく京香に解放された校長であるが白目を剥いて泡を噴いてしまっているので再起は当分ないだろう、それに彼女が減給といったら本当にやりそうなので流石に周りの教員達も焦りが見え始めるとこれまで以上に奮起しながら様々な意見が飛び交うようになる、京香もとりあえずはタバコを吸いながら議論の様子にとりあえずは満足する。

284 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/10(日) 01:12:40.48 ID:h0nhBiOoo
「んじゃ、今年は頼むぜ。もし本当に白羽根に勝てなかったら本当に減給にするからな」

「「「「「「「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」」」」」」

教員全員が己の生活を守るために奮起ながら来るべき文化祭のために怒涛の勢いで時間の許す限り議論を推し進めていく、京香も教頭としてその様子に満足しながらタバコを吸いつつ真帆にとある提案をする。

「神林先生よ、今年は女子卓球部によるキャバクラでもやろうぜ。ドレス着て酒出したら売り上げは余裕で倍増だろ」

「な・・そんなことできるわけないじゃないですか!! PTAやら色々な人から怒られてしまいますよ!!!」

「今のPTAの会長は俺に逆らえる度胸なんてないし、何かあればこの校長の首一つでなんとかなるだろ」

「いや、僕にも生活があるからごめんだよ。流石にお酒を提供したってばれたら理事長に大目玉だよ」

「んで卓球部がキャバするならドレスとかも用意しなきゃいけないし、源氏名と名刺も作らないとな。値段も相場よりも高くしてと・・」

校長の言うことなどもはや無視して京香はとんでもない計画を膨らませるとそれを推し進めるための手はずと準備を思案する、周囲の教師は京香の毒牙に掛かった真帆に同情しながら他の議論を推し進める。

「ま、バイトでキャバしたからそこら辺は俺が直接指導するとして・・」

「何言ってるんですか! 僕はまだ子供いるのにこの仕事辞めたくないですよ」

もし文化祭で生徒により本格的なキャバクラが経営されたとなったら社会的な問題まで発展してしまうのは用意に予想がつくし、その首謀者が京香であっても自分にも何らかの責任は覆いかぶさってくるのは目に見えている。

「せめてメイド喫茶辺りで妥協しましょうよ・・」

「何言ってんだ!!! そんなもの需要なんてたかが知れてる、キャバなら普通にその倍の金が動かせて儲かるからな」

校長も含めてこの場にいる人物で京香に逆らえる人間など皆無なのでこの勢いだったら既に準備などをしてもおかしくはない、校内禁煙というこの時代ならば当たり前のことをこの人物は容赦なく撤回して職員室では常に換気扇がフル稼働で動いている。それだけ教頭は有限実行を地で行っているからこそこの黒羽根高での地位を磐石としているのだ。

「んじゃ、俺は準備するから神林先生は連中を説得しろよ」

「うっ、うう・・いつもよりお昼の味がしないよ」

真帆が無味無臭のお昼を食べながら時間は過ぎていく・・

285 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/10(日) 01:13:59.61 ID:h0nhBiOoo
放課後

時間は一気に飛んで放課後、いつもなら部活の活気強い声が溢れるこの時間帯に由宇奈は緊張したまま誰もいない教室で陽痲と共に龍之介が来ないかと今か今かと待ち受けてた。

「だ、大丈夫かな〜・・」

「こればかりは天に祈るしかない。ちゃんと茅葺には伝わったんだろ?」

「う、うん・・」

あれから由宇奈は勇気を振り絞って何とか龍之介に弁当のお礼がしたいとの約束を取り付けたのだが、こうして待っている間にも緊張してしまってどうして良いものか判らないものだ。

「しっかりしろよ!! うまくいけばお前の人生が大きく変わるんだぞ」

「でもいきなり愛の告白なんて誰だって緊張するよっ〜!!!」

陽痲との協議の結果、手持ちもない由宇奈に出来るお礼といえば一世一代の大告白という凄まじい方向にへとたどり着いたのだが、当然のように由宇奈は緊張してしまう。
もし龍之介が由宇奈のことが好きなのであれば弁当以上の釣り合いであるのだが、その希望的観測に従うのはよほど自分に自信があるか追い詰められた時だろう。

「さっきまで俺相手に散々練習しただろ」

「相手が陽太郎じゃ緊迫感が出ないから却って逆効果だよ!!」

「失礼なこと言うな!! 俺だってな、昔はお前のことが・・」

その後の言葉が中々出てこない陽痲・・確かに男時代に抱き続けていた由宇奈への想いは女体化と共に吹っ切れたのは間違いないものの、いざその本人に話すのは流石に恥ずかしいものがあるし陽痲本人としても黒歴史同然なので早いところ由宇奈には彼氏の1人は作って欲しい。

「とにかく! 絶対成功しろよ」

「うん・・やってみせる!!」

ようやく由宇奈の決意が固まったところで2人がお待ちかねの人物・・茅葺 龍之介が教室へと姿を現すと由宇奈はもとより陽痲も自然と緊張してしまう。

「・・」

(ほらっ、しっかりやって来い!)

「わわわっ・・!! 突然呼び出してゴメンね、実はお昼のお礼がしたくて・・」

顔が赤面してしどろもどろになってる由宇奈に陽痲は子供を見守る母親の如く苛立ってしまう、だけども告白をする立場にいる由宇奈は楽なところにいる陽痲の立場と変わりたいぐらいだ。しかし心で嘆いていても仕方がない、折角決めた覚悟がぶれないように勇気を振り絞って男時代の陽痲が聞きたくても聞けれなかったあの言葉が静かに教室に響く。
286 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/10(日) 01:16:15.49 ID:h0nhBiOoo
「お礼といってもこれからこんなこと言うのは変な話だけど改めて言うね。
茅葺君・・ずっと前から彼方が好きでしたッ!! 私と付き合ってくださいッッッ!!!!!!」

「・・・」

優位を振り絞った由宇奈の告白に相変わらずの無表情で佇む龍之介・・暫く静寂が場を支配する中で居た堪れなくなった由宇奈であるが、ここで陽痲が声を荒げる。

「おいっ、茅葺!!! せっかくこいつが告白したんだから黙ってないでさっさと返事を言ったらどうなんだ!!!」

「ちょっと陽太郎!! ごめんね、茅葺君。私はただ・・」

「・・ってほしい」

「え? ごめん、ちょっと良く聞き取れなかったんだけど、もう一度言ってくれる?」

「待ってほしい。少し考えさせてくれないかな? 決まったら返事をさせてほしい」

龍之介からの回答は保留・・すなわち由宇奈の告白はとりあえず受け止められてたと言うことになる。しかしちゃんと返事は待っててほしいと言うことなので別の意味で由宇奈は龍之介からの返事が来るまでは生殺しの日々を味あわなければならないことになる。

「ごめん、突然のことでちょっと頭が困惑してて・・返事は必ずする」

「わかった。・・待てるからね」

「じゃ、用事がるからこれで・・」

そのまま龍之介は2人を残して教室を後にすると携帯を取り出して歩きながらいじりってあるアプリを起動するとある人物とのチャットを始める。

ryu:うはwwwwさっき告られたwwwwwwww

kimi:嘘乙wwww

ryu:ガチだwwwwww女体化した友達と一緒だったwwwwwwww

kimi:うpしない大人なんて修正してやるッ!!!

ryu:無茶言うなwwwwwwww

顔はいつもの無表情ながらチャットの会話は流暢ながらさくさくと進む。
彼、茅葺 龍之介は所謂ネット弁慶という人間で現実よりも2次元という、スペックは完璧なのに中身はとても残念な人なのである。
287 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/10(日) 01:19:03.65 ID:h0nhBiOoo

ryu:それに俺の嫁は画面の中にいるんだよ

kimi:wwwwwww

kimi:ジムの中で最高なのはスナイパーカスタム

ryu:おまいはVの魅力を知らないのか・・

kimi:ZZのMSは大型化して機能美がない

ryu:何を言う、Uから手軽にマイナーチェンジできてコストがかなり安いんだぞ?

それから龍之介はチャットをしながら電車を乗り継いで地下鉄に乗り込むと電車は更に黒羽根高から離れて自宅のある繁華街へと向かう、龍之介の両親は幼い頃に死別しており彼は現在1人暮らしなのだが両親の遺産は学費で殆ど消えてしまったので家賃や生活費を稼ぐためにバイトをしている。職場につくのはまだ時間があるのでその間に龍之介はチャットをしつつ、手鏡を取り出すとワックスで軽く頭を整え始める。

kimi:家に帰ったら兄貴が彼女を連れ込んでいた

ryu:例のアレか、まずはうpだ

kimi:おkwwwこっちも友達と一緒だから時間は掛かる

ryu:友達・・何故それを早く言わないんだ。兄貴の彼女は前に見たから今度はそちらをうp汁

kimi;把握ww奴はキーボードに夢中になったらガードが甘くなるからそれを狙う

ryu:wktk。おっ、駅に着いたからちょっと離れるわ

kimi:いtr

携帯のチャットと同時進行で龍之介は髪を整え終えると今度は軽くメイクをしていつもつけているピアスをはめる、そして目的地の駅に到着するとそこから降りると急いでそこからすぐ近くの自宅のマンションへと向かうと今度は制服を一気に洗濯機に投げ捨てて綺麗なスーツに着替えるといつも使っているお気に入りの香水を振り掛けて軽くセットした髪型を鏡を見ながらまた再び入念に整えながて最後にスプレーを全体に降りかけてセットを完了させる。
冷蔵庫から仕事前にはいつも飲んでいる牛乳を飲んで高級ブランドの時計とペンダントを身に纏うと貴重品や小物が手荷物を軽くまとめると再び自宅を後にする。

いつもの制服姿と違って今の格好はどことなく夜の仕事を生業にしているようなその姿・・通りざまのガラスに映る自分の姿が心なしか嫌になった龍之介は再び携帯を取り出すとチャットを再開する。

ryu:戻った。おっ、これはwwwwwwwww

kimi:生のjcだwwwww

ryu;弾いてる姿が可愛らしい、何弾いてるの?

kimi:コネクト。音楽が得意だからアニソンは調教済みに決まってるだろjk?

ryu:何そのハイスペックwww俺によこせwwwwwww

周囲にぶつからないように配慮しながら龍之介は繁華街の中を歩いていく、平日は少ないのなのだが今日のように金曜日になると倍以上の人の多さを誇るのでチャットをしながらだときついものがある。
288 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/10(日) 01:21:43.86 ID:h0nhBiOoo
kimi:おっ、兄貴が彼女に噛まれたざまぁwwwwwwwwww

ryu:そのまま爆発しろwwwwwwwww

kimi:そういえば学校終わってから仕事はなにしてんの?

ryu:禁則事項です><

kimi:2年と言う長い付き合いなのに(´・ω・`)

このチャットしている相手である祈・・ではなくkimiとはとあるスレで知り合ったヲタ仲間でリアルでは会ったことないものの自身の趣味を語り合う仲間である、しかしそんな相手でも龍之介は自分のことについては実年齢だけを晒してるだけに留めているのでこういった質問はのらりくらりとかわしている。

ryu:でも危なくないから安心汁。てかリア高の俺がんなこと出来るかwwwww

kimi:ですよねwwwジオンのMSはゴッグ系統が至高

ryu:ドムの魅力がわからないとか、バズーカ構えてる姿が萌えるんだぞ? 

kimi:でもバリエーション少ないよね。0083のガトーは漢すぎてもう・・

ryu:てめぇ、カリウスさんの活躍見直して来い。型落ちのリックドムであそこまで活躍してたんだぞ

kimi:mjk。それはすげぇwwwww

ryu:試作2号機はぶっちゃけ核頼りだから実際はビームサーベルだけだしな

そのまま龍之介は繁華街で賑わう人ごみを避けに避けて職場へと到着する、この繁華街にピッタリのネオンの装飾が施された場所で幾多の男達が羽根を休めた女性の休息をサポートする。
ホストクラブ、ダルシェン・・ここが龍之介の職場であり高校生の身分では絶対に働けない場所なのだが身分を偽って働いている。

ryu:悪いww職場に着いたから落ちるわwwwwww

kimi:把握。仕方ないから友達とマターリしてくるわ

ryu;そうしてくれwwwwwそれじゃまたなwwwww

携帯を閉じて龍之介は仕事用の携帯に持ち帰ると開店前の店内へ入っていき、いつものようにこの店の店長に軽く挨拶する。
289 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/10(日) 01:22:31.63 ID:h0nhBiOoo
「ども」

「おお、流星。今日も昨日来た女から予約が入ってるぞ、俺が見込んだ男だ」

「・・」

流星とはこの店での龍之介の源氏名である、見た目の顔立ちが良い龍之介は接客が何よりの命とされる弱肉強食のホストの世界で普段のクール振りが受けに受けたのか、固定客も何人かついて今やこの店でのNO3にまで上り詰めている。しかし店ではいつもより多めに喋っているつもりの龍之介であるが、それでも傍目から見たら無口なのには変わりないので周囲からのやっかみは知らないうちに多少ながら買っている。

「でもよ、もう少し喋ってもらわんとな。売り上げがいいのは認めるけどキャッチも出来ないと困るぜ」

「すんません。あまり喋るのは苦手なんで・・」

「ま、稼いでくれてるんだからいいけどな。今日もしっかりと稼いでくれや」

「うす・・」

そのまま龍之介は適当に控えの席に座ると仕事用の携帯をいじりながら固定客と連絡を取るのだった。

290 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/10(日) 01:25:23.63 ID:h0nhBiOoo
分岐

時間は少し戻って龍之介が立ち去った後、残された由宇奈と陽痲は呆然となってしまう。
とりあえずは振られてはいないものの、龍之介からの返事はまた日を置いて待たなければならないので由宇奈にしてみれば回答次第で天国か地獄だ。

「はぁ〜・・一発で返してくれたほうが良かったよ」

「でも考えるって言ってくれたんだから告白は届いたようなもんだろ。それよりも次は神林先生にバイトのこと相談しないとな、あの人は女子卓球部の顧問だから早いところ向かおうぜ」

「・・何か嬉しそうね」

そもそも陽痲は小説のネタ作りのために参加したようなものなので今回の結果はとりあえずは上々と言うものだろう、2人も教室を後にして廊下を歩き続けてバイトのことを相談するために真帆のいる職員室へと向かう。

「はぁ・・龍之介君の件もそうだけど、あの職員室に入るの嫌なのよね。教頭先生に出会わないことを祈るばかり」

「ま、教頭って役職がなかったらただのタバコ加えたキャバ嬢だしな」

2人も京香の存在は当然のように認知しており、関わるだけで何やらとんでもないことに巻き込まれそうなのは目に見えているのでなるべくなら京香がいない間を狙って真帆に会いたいものだ。

「でも何で神林先生に相談しようと思ったんだ? バイトなら求人誌で充分だろ」

「いやいや、神林先生ってそういったの詳しそうだしね。何せ高校在学中に母親になって子育てしながら教員まで上り詰めたんだよ? 絶対人生経験豊富だよ」

「ま、それなりに苦労はしてそうだけど・・」

真帆が未婚の子持ちなのはこの学校の人間だったら誰もが知る周知の事実であるが、陽痲のイメージだと相当苦労したのは間違いはないもののそこまでは苦労してはいないと思う。
最近は福祉関係の法律も明るくなってきたので国からの無保証での出産費用の援助は当然のように子持ちの人間が大学に進学する場合は学費の80%の免除が義務付けられている時代なのだ、真帆のようなに子供がいるのなら立場なら軽くバイトをするだけでも充分に大学の学費は余裕で賄えるのだ。

「それに神林先生は子供がいるなら何で父親に会おうとしないんだろうな?」

「そりゃ・・人それぞれ事情ってのがあるからでしょ。事実は小説よりも生成り・・現実なんてそんなものよ」

「何か心なしか腹が立つな。・・それよりも話は戻るが、教頭はどうして白羽根学園に対抗意識を燃やすんだろう?」

無性に腹の居心地が悪くなった陽痲は再び京香の話題へと切り替える、2人の目から見ても京香の白羽根学園への並々ならぬ対抗意識はもはや執念とも呼べるもので、前には野球部の練習試合が白羽根学園に決まった時には前日に京香自らがバット片手に野球部員全員が倒れこむまでノックをしたのは記憶に新しい。

「先輩の噂じゃ、向こうの校長と何かあって対抗意識を燃やし始めたって聞いたな。そういやお前の従兄弟って白羽根だったけど何をしてるんだ?」

「応援団の団員だよ。何でもそこの団長さんが女体化したらしいんだけど鬼以上に厳しくて男以上の戦闘力を持っているんだって」

「あそこの応援団ってかなり有名だよな。俺も前に見たことあるけど全員の威圧感が半端なかったぜ」

前に陽痲は藤堂率いる白羽根学園の応援団一行と遭遇したことがあるのだが、藤堂を始めとして全員の存在が一際あったので顔すらも覚えていない。それにしても由宇奈の従兄弟が応援団に所属していたとは少し意外なものだ、陽痲の周りには白羽根学園に所属している知り合いなどいないのでまだ見ぬ由宇奈の従兄弟の話には興味がある。

「でもそんな強い応援団長と互角でやりあう超美人でスタイルの良い人がいるらしいよ」

「何だそりゃ・・でもネタにはなりそうだな。他には何かないのか?」

「私も話し聞いているだけだから事実とは限らないよ。それと教頭が対抗意識燃やしている白羽根の校長って見た目がまんま小学生みたいなんだって」

「ほぉ〜・・あの教頭が対抗意識燃やしてるんだから相当凄い人物なんだろうな」

「だよね。胸の大きさは陽太郎と良い勝負かも」

まだ知らぬ霞の存在に2人は変な想像力を掻きたてる、それにしてもあの有限実行で異常な行動力を誇る京香をやり込めれる存在らしいのでどんな人物かは想像がつかない、だけどあの名門の白羽根学園の校長なのでただの人物ではないのは間違いなさそうだ。
291 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/10(日) 01:26:52.71 ID:h0nhBiOoo
「ま、姉妹校だからそのうち顔ぐらいは見れるんじゃないの?」

「楽しみでもあるけど・・あの教頭が本格的に暴走したら逃げたほうがいいかも知れんな」

いつか遭遇するであろうイベントに恐怖と期待を覚えながら2人は職員室の扉の前へと立ち止まる、由宇奈は京香がいないことを心の底から祈りながら陽痲に最終確認を取る。

「・・いい、開けるよ」

「もう覚悟は決めた。思い切ってやってくれ!!」

「わかった――!!」

意を決して由宇奈は職員室の扉を開けるとまずは京香の姿がないことを確認すると次に机に座りながらがっくりとうな垂れている真帆を見つけ出すと陽痲を引き連れて一気に向かう。

「あの、神林先生・・」

「わっ!! ・・何だ、宮守さんに佐方さんか、どうしたの?」

一瞬京香かと思って身構えていた真帆であったが、由宇奈と陽痲であることに安堵するが未だに京香の恐怖が拭えたわけではない。あれから真帆は京香の理論を阻止するために部活を中止して女子卓球部の面々を即座に帰らせたのだが、その分息を巻いていた京香の怒りは相当なもので今でもタバコを加えながら校長を八つ当たりで校長の老体に容赦なくプロレス技を掛けている頃だろう。

「ま、校長先生には犠牲になってもらうか。それで2人とも僕に何のようだい?」

「あの・・アルバイトしたいんですけど、何か良いバイト先ってありませんか」

「俺達もそろそろ社会的な自覚を持つためにはバイトをしなきゃなって思いまして・・」

「バイトなら自由にやっても構わないけど、バイト先の螺旋は教師やってて初めてだなぁ」

真帆もそれなりに教師をやっているが生徒にバイト先の螺旋を頼まれたのは初めての経験である、しかしこうして担任である自分を頼って相談してくれているのだから何かしらは力になって応えてあげたいので真帆は少し考えながら2人にピッタリな職種を探し出す。
292 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/10(日) 01:28:09.79 ID:h0nhBiOoo
「う〜ん、そうだな・・君達の歳じゃ時給はそんなに期待できないと思うけど、どんな仕事をして見たいんだい?」

「私は何でも良いですよ、人と接するのは余り苦じゃないほうですし・・」

「由宇奈に同じく」

「君達はベターな回答してくれるけど、相談される僕とすればそれが一番悩むんだよね」

テンプレ通りの回答をする2人に真帆は頭を悩ませながらこれまでの経験を踏まえて2人にベストな職業を提案してみる。

「だったら、ファミレスかコンビニがいいんじゃないか? 時給は安いけど2人とも僕と違って貧窮はしてなさそうだし、良いと思うよ」

「先生と違って子供いませんから・・でもそれなら頑張れそうな気がします。由宇奈はどうなんだ?」

「うん、どれも都合がつきそうだから頑張れそうだよ」

「それじゃ書類渡すから採用が決まったら提出してくれ、一応規則なんでね」

そのまま真帆は2人にアルバイトの申請用紙を手渡して全てが万事解決したと思った矢先・・特有のオーラが3人を覆い始める。

「神林ィ〜!!!」

「ヒッ!!」

「「ば、化け物だぁぁぁ!!!!!」」

オーラを発しているのは当然のように京香、その圧倒的な存在感に真帆は勿論のこと由宇奈や陽痲もヘビに睨まれた蛙の如く動くことすら出来ない。

293 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/10(日) 01:29:18.70 ID:h0nhBiOoo
「よぅ、あのジジィで多少は憂さを晴らしたとはいえ・・俺が打ち立てた崇高な計画の邪魔するとはどういった了見だ!!!」

「い、いや・・僕も一応の説得はしたんですけど収穫がなくて」

「ったく、子供がいるから制裁は勘弁してやるがもう少し知恵を・・ん? お前ら、それはバイトの申請用紙だな」

恐る恐る真帆は虚偽の報告をするのだが京香に通用するとはとても思えない。その隙に逃げ出そうとする由宇奈と陽痲であったが、京香は2人の持っているバイトの申請書に目が行くと悪魔的な閃きが思い浮かぶが、それを察知した真帆は身を挺して2人を守り始める。

「教頭先生、2人は何にもありませんよ!!」

「お前は黙ってろ。・・お前達、バイト探してたのか?」

「いえいえ!! さっきもう解決しましたッ!!」

「ですので後はこの書類に書いて神林先生に提出するだけです」

2人も真帆の様子から只ならぬ予感を感じたようで必死に逃げ出そうとするのだが、京香は2人のバイト申請用紙を取り上げると自分の灰皿に向けて投げ捨てると挙句の果てはライターで燃やしてしまう、そのまま京香はタバコ取り出して吸い始めるとにんまりと笑みを浮かべながら2人を気圧してある提示をし始める。

「どうせこの未婚からは何も意見がなかったろ? だったら俺が給料も良くて楽なバイトを紹介してやる」

「え? どうする、陽太郎ォ・・?」

「俺に振るなよ!!! ・・えっと教頭先生、俺達はもうバイトを応募しようかと」

「だったらまだなんだな。丁度良い、明日は土曜でお前達は休みだろ? お前達の家まで迎えに来てやるから俺に付き合え、隠れたら停学な」

この人が付き合えといったら付き合わなければならない運命なのだ、生徒2人にあらぬ罪を着せて停学にさせることなど京香の権限を持ってすれば朝飯前なのでここは大人しく従うしかない。

「「わかりました・・お付き合いさせていただきます」」

「素直でよろしい。それじゃ明日の昼に迎えに行くから準備しておけよ、明日が楽しみだぜ・・アハハハハハハッッッ!!!!!!」

タバコの煙をぷかぷかと浮かばせながら悪党のような高笑いで京香はその場から立ち去る。嵐では生易しいビックバンが立ち去ると真帆は二人の肩に手を置いて同情と自分の力の不甲斐なさを詫びる。

「ごめんね、僕の力が至らないばかりに迷惑掛けて・・」

「仕方ないですよ。校長でも逆らえないんでしょ?」

「陽太郎の言うとおりです、教頭先生が紹介してくれると言うバイトに全てを委ねますよ」

この2人が断ってしまえば次の矛先は間違いなく真帆に向かうのは目に見えているのでここは京香に全てを委ねるのが2人に出来る精一杯の行動だ。

「俺、女体化よりも恐怖を感じるよ。由宇奈、幼馴染の好として俺の背中を預けるぜ」

「陽太郎・・骨は拾ってね」

(あの教頭が2人に紹介するバイトって・・絶対にまともじゃないんだろうな)

3人は明日の我が身を心配するのであった。
294 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/10(日) 01:30:28.89 ID:h0nhBiOoo
ホストクラブ・ダルシャン

時刻は深夜4時過ぎ、ようやく仕事が終わった龍之介は店長から分厚い封筒を貰う。これが龍之介が稼いだ本日の給料だ、普段の高校生ならば絶対に稼ぐことの出来ない額なのは容易に想像できる。

「これが今日の流星の給料だ。今日のNO3はまた流星だな、お前らもこいつを見習えよ〜」

「・・ども」

龍之介は店長から給料を受け取るとそのまま懐に入れて仕事用の携帯をチェックしながら今日の固定についた客や現在の固定客の返信もするのだが・・そこで2人のホストが龍之介を睨みつける。

「おい流星、最近売り上げが良いからって調子乗ってんじゃねぇぞ?」

「てめぇ、他のホストの客も奪ってるらしいな。俺達の客奪ったらただじゃおかねぇぞ」

「うす・・」

絡んできたのはこの店のNO1とNO2のホスト、今日の彼らの売り上げは龍之介よりも多かったものの破竹の勢いで売り上げを伸ばしている龍之介は彼らにとって脅威以外何者でもない、この弱肉強食のホストの世界・・華やかな世界にも必ずこういった裏があるのだ。
龍之介そのまま手荷物をまとめて店を去ると残された2人はタバコを吸いながら龍之介について語り始める。

「チッ、容姿が良いからって他の客のアフター断っておきながらあそこまで売り上げやがって・・」

「だけど店長の言うように流星はこの世界では通用する人間だ。トークはからっきしだが、酒の強さに加えて包容力がある。・・こりゃ客取られないようにしないとな」

一方店を出た龍之介は仕事用の携帯をいじりながら自分の携帯を取り出すと例のチャットを再開する。
295 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/10(日) 01:32:26.27 ID:h0nhBiOoo
ryu:仕事終わった

kimi:乙ww

ryu:まwだw起wきwてwwたwのwかwwwwww

kimi:たりめーだろ、アニメ見ながら実況スレ観察してた。それに今日は金曜だぜ?

ryu:俺も溜まってたエロゲー消化しないとな。録画してたアニメを視聴しなければ

kmi:録画してたのかよwwwwwww

ryu:当たり前だろ。ヲタとして当然だろ(キリッ

仕事が終わっていつものようにヲタ全快の会話を繰り広げる、彼にとって何も考えずに本来の自分で会話できるこのチャットは精神の休養になるのだ。

kimi;最近ゲームはしないのかい? 対戦しようず

ryu;今の仕事してからやる暇ないんだよwwwww

kimi:最近召喚しないから住人の質が下がったでござる

ryu:うはwwwwwwwだから有名になったらこうなる(ry

携帯を2つ同時に操りながら龍之介はチャットを続けるが、ふと由宇奈の告白について考えてみる。ちゃんと返事をするとは宣言したものの未だに彼女についての返事が思い浮かばない。
今までにも似たような告白はされたもものの何とか体よくは振っているが、こういった仕事をしていると本質が見えるので恋愛と言うものに無意識と懐疑してしまうのだ。

ryu:しかし返事どうするか・・

kimi:告白の返事か? vipにスレ立てれば良いんじゃね?

ryu:・・悪いがそんなもんじゃないんだ。童貞にそんな根性ないわ

自分より年下の中学生にこんな相談をするのも変な話だが、今まで自分に告白をしてきた女子と違って由宇奈の言葉には心に響く真髄さがあったので今までのように下手に断ったら考えるだけで罪悪感で一杯になる。

kimi:エロゲーだったら少しの心理フェイズで神曲が流れる場面だが、現実はそうは行かないからな。いっそのこと付き合っちゃえば良いんじゃね?

ryu:それが出来たら苦労しねーよwwwwwでも参考にはなったわwwwww

kimi:リア充になったら爆発しろ

ryu:ガチの童貞だからな、その前に女体化してしまわんか心配だわ(;´Д`)

kimi:女体化したらうpなwwwwwww

ryu:だが断る

少しばかり気が楽になった龍之介はチャットと仕事用の携帯をいじりながら真っ暗な街を歩き続けるのであった。

296 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/10(日) 01:33:55.90 ID:h0nhBiOoo
翌日

宮守 由宇奈は2階の自室で孤独に身を震わせながら緊迫していた、これから死地へ向かうのだからそれなりの覚悟は固めていたのだが、昨日の龍之介の告白とは比べ物にならないほどの緊張感と恐怖に心身を支配されながら意を決して1階のリビングへと降り立つ。

(いまでも震えてたら仕方ないよね。陽太郎だって頑張ってるんだからッ!!)

そのまま階段を下りる由宇奈であったが、何故か母親の笑い声と聞き慣れた声が見事にハーモニーとなって響き渡る。その声の方向へと向かう由宇奈の視線からは信じられない光景が繰り広げられていた。

「オホホホ、まさか教頭先生が自らお越しくださるとは・・」

「いえ、これも仕事のうちですよ」

「何・・これ・・」

和室では自分の母親と京香がいたのだが、普段学校で見せる暴走気味でタバコを加える京香の姿はなく洗礼された佇まいを持つ綺麗な金髪の女性がそこにいた。

由宇奈の存在に気がついた母親は無理矢理自分の隣に連れてこさせるときちんと正座をさせた上で京香に挨拶をさせる。

「こら、由宇奈!! こっちに来て教頭先生にご挨拶なさいッ!!!」

「は、はい・・こんにちわ」

「どうも。今日はよろしく」

顔に似合わないささやかな笑みの京香の表情に由宇奈は底知れぬ恐怖を本能で感じ取るが、そのまま京香は母親に視線を向けると今日の行動について話し始める。

「では、今日1日娘さんを預からせてもらいます。申し訳ございませんが夜分遅くなった場合はこちらの判断で泊めさせたいので、ご承諾をお願いしたいのですが・・」

「そんなとんでもない!! 教頭先生なら充分に信頼にたるお方ですので喜んで預けさせてもらいます!!」

(わ、私の意思は・・この場にないのね)

あっという間に京香の手によって懐柔させられた母親は由宇奈の意思関係なしに娘の身柄を喜んで悪魔に預ける、母親の行動が恨めしい由宇奈であるが断れば停学させられるので大人しく従う以外の選択肢しかない。

「由宇奈! 教頭先生の言う事を良く聞いて勉強するのよ!!」

「オホホ、娘さんはとても優秀ですので大丈夫ですよ。それでは・・」

「は、はい・・逝ってきます」

京香に引き連れられると家の表には高級車が止まっており、よく見ると後部座席に顔面蒼白の陽痲が人形のように大人しく座っており京香の凄惨さが嫌と言うほど思い知らされる。

由宇奈も大人しく陽痲の隣の席に座ると車はもうスピードで2人を地獄への旅路へ誘う。
297 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/10(日) 01:34:28.27 ID:h0nhBiOoo

「陽太郎・・今日は同情するわ」

「あ、あれは悪魔だ・・」

「何も言わなくていいわ、嫌と言うほど気持ちはわかるから・・」

2人はお通夜モードになりながら黙って車に乗り込んで外の景色を見つめ続ける。由宇奈の家から離れて数分後、運転している京香はようやくタバコを吸い始めるといつも学校で見せる表情で改めて2人の歓迎をする。

「よぅ、ガキ共!! この俺から逃げ出さなかった事は褒めてやるぜ、今日は1日よろしくな」

「「・・・」」

「んだ、葬式じゃねぇんだからよ。・・腹減ってるだろうから飯でも奢ってやる」

あの京香から食事を奢ってもらうのは大変名誉なことなのだが、それでも2人の表情は暫くの間は優れなかったようである。


298 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/10(日) 01:35:33.40 ID:h0nhBiOoo
ファミレス・ルナ

京香が連れてきたのはちょっと高級なファミレス。そこは奇しくも2人が志望しようとしてた店だったのだが、いつまでも腐っていたら京香からどのような制裁を加えられるかは判らないのでいつもの調子を何とか取り戻す。

「うわぁ〜、陽太郎。ルナのハンバーグがあるよ・・」

「そうだな。ハハ、俺腹が減ったからたくさん食うぜ・・」

「おう、若いからじゃんじゃん食え食え!!!」

そのまま店内へと入ってく3人であるが営業スマイルで武装された女性の店員の顔つきは見る見るうちに強張ってしまう、どうやら京香はこの店を愛用しているようで店員達もその恐ろしさが身に染みて判っているようだ。

「い、いらっしゃいませ・・喫煙席ですね」

「おぅ、わかってるじゃねぇか。やっぱり店長にガツンといって置いてよかったぜ」

「ど、どうぞ・・」

((何かあったんだな、可哀相に・・))

由宇奈と陽痲はこの店の全従業員に同情するといつも京香が座っている席へと座り込む、本来ならばこの時間帯は全席禁煙であるのだが京香の場合はどうやら別のようで容赦なく禁じられた一服を快く愉しむ。

「今日は俺のおごりだからじゃんじゃん好きなもの食え」

「はい、頂かせてもらいます」

「謹んでお受けいたします」

2人はメニューを見ながら一時の急速を送るのだが、店内のキッチンからはなにやら慌しい声が聞こえてくる。
299 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/10(日) 01:36:47.78 ID:h0nhBiOoo
(たっつん、たっつん!! 危険人物Aが来店した、オーダーが入り次第に料理は俺がやるから今日の接客はお前に任せる)

(店長、ずるいですよ!!! 俺だってあのお客さんは相手にしたくないですよッ!!!!)

(これは店長命令だ!! あの人はブロック長と知り合いだから俺は下手に手を出せん、あの人はたっつんがお気に入りみたいだから頼んだよ!!!)

(ううっ・・ただえさえ狼子に噛まれた傷が痛いのに)

悲運としかいいようがない声を懸命に無視すると2人はメニューを見ながらこの店の従業員のために一生懸命料理を決める、京香は相変わらずタバコを吸いながら2人の体つきを見つめ始める。

「(宮守は中で佐方は小か・・)決まったか?」

「「は、はい!!」」

二人の注文が決まったと同時に先程の女性店員が即座に現れると注文をとり始める。

「おっ、ようやくベルなしでやってきたな。俺はいつものな」

「俺はルナのゴージャスハンバーグ600gをライス大盛りセットで・・」

「私はパスタにピザを下さい」

「畏まりました、少々お待ちください」

まるで脱兎の如く、よほど長くこの店で勤めているのか女性店員は慣れた手つきで即座に一字一句間違いのない注文データをキッチンに送るとそのまま逃げるように退散する。

「あの・・いつものって何ですか?」

「ん? そりゃ来たらわかるよ。俺ここの常連だし」

ファミレスでいつものが通じるのが恐ろしいところだが事実が事実なので仕方ない。本日4本目のタバコを吸いながら京香は答えはじめる、それに彼女にとって生徒を連れ出すのは過去に担任した以来なので心なしか楽しくて仕方ない。

「にしてもお前らな、先公が遊んでくれるなんて滅多にない光景だぞ? 少しは喜べ」

「ハハハ・・俺も初めての体験です。しかし教頭先生はなんでうちの両親と仲良くなったんですか?」

「社会人舐めんなよコラ、教頭やってたらな色々かったるいことがあるんだよ」

ここで陽痲は京香にもまともな部分があるのかと安心してしまう、学校でもあのような部分を出せば教員の苦労や生徒の受けも良くなるのは間違いはないだろう。
300 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/10(日) 01:38:22.34 ID:h0nhBiOoo
「こうみえてもな、俺はお前達よりも長く生きてるわけだ。お前らの頃はあのクソガキに散々いびられながら過ごしてたわけだしな」

「あの・・もしかしてその人って白羽根の校長ですか?」

「まぁな。全くあのクソガキは俺が成績優秀なのに男の時から何かとやかましく怒鳴りつけやがってよ、女体化してキャバでバイトしてたのがばれた時はうるさかったぜ」

京香なりに場を持たそうとしているのだろう。話を聞けば京香はかっての霞の教え子であり、見かけによらずその成績は優秀そのもので全国模試でも10番を取ったようだが、性格に多大な問題があったようで毎日のように霞から多大なお説教を受けたようだ。
それから紆余曲折ありながらも大学を卒業して教員になってからは類稀な行動力と秀才振りを発揮して若くして教頭の地位まで上り詰めたようだが、かっての恩師は名門校の校長に上り詰めていたようで、それがきっかけとなって今日の白羽根学園への対抗心が生まれたようだ。

「高校の頃に散々五月蝿かったあのクソガキを泣かすのが今の俺の夢だ」

「は、はぁ・・俺も勉強頑張ります」

「もし全国模試であそこの特進クラスの連中をごぼう抜きにしたら金一封やるぜ」

(従兄弟の話題は出さないほうがいいね・・)

打倒白羽根に燃える京香の執念に気圧されながら注文していた由宇奈と陽痲の料理が次々に運ばれていく中で京香の頼んでいた“いつもの”が姿を見せる。

「お、お待たせしました。ジャンボステーキ700gに特製ハンバーグ600gダブルのライス特盛りセットです・・」

(ステーキにハンバーグ2つ・・)

(ご飯も超山盛り・・俺の大盛りが普通に見える)

「おっ、来た来た。兄ちゃんはあの店長と違って笑顔が眩しいねッ!」

「あ、ありがとうございます・・」

ご機嫌の京香を尻目に運悪くバイトをしていた木村 辰哉は涙目になりながらレシートを置くのだが、ここで由宇奈の姿が見えると突拍子もなく声を荒げる。

「あっ!! お前、宮守だろ?」

「えっ、誰でしょうか・・?」

「俺だよ!! 中学の時、同じクラスだった木村 辰哉だよ!!」

「・・あっ!! 木村君!!!」

由宇奈は過去の記憶を照合するとこの人物の面影を瞬時に思い出す。何と驚くべきことに由宇奈と辰哉は中学の時の同級生だったのだ、久々の級友の再会に京香も空気を呼んだのか黙々と食事する中で2人は周囲そっちのけで話を盛り上げる。
301 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/10(日) 01:41:12.42 ID:h0nhBiOoo
「久しぶりだね。中学の時以来だから何ヶ月ぶりかな?」

「俺も一瞬だけど気がつかなかったよ。そういえば佐方とはもうつるんでないのか?」

「えっと・・私の隣いるよ。陽太郎、同級生の木村君だよ。覚えてる?」

そのまま由宇奈は隣に座っていた陽痲を呼びつけると彼女も辰哉の姿を見て自身の記憶を照合させると由宇奈よりもコンマ一秒早く辰哉の姿を思い出す。

「よっ、久しぶりだな木村。女体化しちまって陽痲になったが、佐方だ」

「ああ、お前女体化してしまったのか。てっきり宮守と付き合っているのかと思ったからな」

「それは断じて有り得ん」

陽痲は由宇奈とのそれ以上の関係をキッパリと否定すると京香がいるにも拘らず、料理を食べながら談笑を続ける。
店側もランチタイムで死ぬほど忙しいのだが、それよりも辰哉には要注意人物である京香の接客を担当してくれたほうがずっと助かるのだ。

「木村、バスケはもうしてないのか?」

「ま、怪我しちまってな。今はもう遊びでしかやってないよ」

「へー・・そういえば木村君って確か月島君と仲良かったよね。彼、女子の間では結構カッコいいってちょっと評判だったからのよ」

「あ、ああ・・そうなんだ」

辰哉と狼子は中学の頃からの付き合いなのだが、実のところ当時の女子の評価では辰哉よりも狼子のほうが人気があったので由宇奈は辰哉よりも狼子のその後が気になってしかたない。

「俺も月島とはあまり喋った事はないんだが、お前と仲が良かった記憶があるな」

「そうそう、月島君はどうなってるの?」

「じ、実はな・・月島は女体化して今は俺と付き合っているんだ」

少し恥ずかしそうに辰哉は現在の狼子との関係をある程度掻い摘みながら2人に順を追って説明していく、2人にしてみれば狼子が女体化して今の辰哉と付き合っているなどとは良くありふれた話しながらも驚きを覚える。

「よくある話だけど、不思議なものね。とりあえずは2人ともおめでとう」

「まさか月島が女体化してたとは・・陰で女を食いまくってるだろうって連れと話してたのが懐かしいな」

陽痲の発言に辰哉は少しムッとしながら話を茶化す。

「おいおい、佐方は変な事話すなよな。そういえばお前らはどこの高校なんだ?」

「・・私達は黒羽根高だよ、木村君と月島君はどこの学校なの?」

「俺達はお前らの姉妹校の白羽根学園だ。これでも狼子と猛勉強した末に入学できたんだぜ・・って宮守も佐方も何この世の終わりみたいな顔してるんだ?」

哀れにも空気を読むと言うことを知らなかった辰哉の発言によって感動の再会で珍しく空気を読みながら大人しく食事を取っていた京香の眠ってた鬼をたたき起こしてしまう。
302 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/10(日) 01:42:10.80 ID:h0nhBiOoo
「白羽根学園だとぉぉぉぉぉぉぉ―――!!!!!!!!!!」

「え? え?」

困惑する間もなく辰哉は暴走した京香に詰め寄られるとステーキを食していたナイフを突きつけられてしまう、辰哉は視線で由宇奈と陽痲に助けを求めるのだが彼女達は京香に逆らうと言う愚かな選択肢は持ち合わせていないので必死に視線を逸らす。

「お、お客様ぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!」

「兄ちゃんがまさかあのクソガキの学校に通ってるとは・・」

辰哉の頭の中には聖か翔を呼ぶと言う究極の選択肢があったのだが、そんなことをすれば店はメチャメチャになってしまうのは間違いないので何とか冷静になりながら呼吸を整える。

(落ち着け、こういうときはまずは素数を数えて・・)

「俺はな、クソガキの学校へ通っている奴が腹が立つんだが・・兄ちゃんはこの俺が認めたこの店でサービスが良い店員だ、特別に見逃してやるよ」

「は、はぁ・・」

京香の怒りが収まったことで周囲は生唾が下がるが、京香は最後通告に等しい脅し文句を辰哉に宣告する。

「二度と俺の前でその学校の名を口にするな・・わかったかッ!!!」

「か、畏まりましたぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」

((同級生ながらなんて良い人なんだ・・・))

寛大なる精神で京香を見逃す辰哉に2人は料理を食べながら狼子が惚れた理由を認識するのであった。


303 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/10(日) 01:44:23.86 ID:h0nhBiOoo
数時間後

「お、お会計は9,870円になります・・」

「ほい。一万円」

「ありがうございます。お釣りです・・」

「へいよ。また来るぜ、ご馳走さん」

当然のように会計も辰哉が行い、京香を筆頭に由宇奈と陽痲も店を後にする。
正直言って京香があれだけの騒動を起こして周囲の視線が突き刺さるように痛かった2人だったが、本人が何事もなかったようにけろっとしているので余計に性質が悪いとしか言いようがない。

「ぷはぁ〜、食った食った。次は繁華街へ服買いに行くぞ」

「え? でも私たちお金持っていないし・・」

「この俺にドーンと任せろ。久々に生徒と外出したんだからな」

この教頭は変・・というか変なところで律儀な性格だと由宇奈は思う。何だかここまで京香の都合の良いように動かされている気もするが、自分達には一切お金を出させはしないのでここはとことん甘えてみても良いと思う。

「あの教頭先生、聞きそびれたんですけど俺達のバイトについては・・?」

「ああ、まだ雇い先と会う時間まで大分余ってるからな。暫くは自由行動だ」

「は、はぁ・・」

なにやら含みのある言葉に陽痲は一瞬だけ嫌な予感を感じるが、どうせ自由行動といってもこの人物の監視下にあるのは間違いないので逃げようにも逃げられないのだ。

「ま、そう焦るなや。お前達に紹介したい雇い先は遅い時間にやるんだ、それにお前達も年頃の女なんだからセンスのある服の一着や二着がないと俺も紹介できないしな」

「そうだよ、陽太郎。ここは人生の先輩である大人の女性に甘えようよ」

「だから俺は・・わかったよ」

「宮守、お前いいこと言うな。んじゃ車に乗り込め!!」

機嫌を良くした京香にせかされながら2人は車に乗り込むと猛スピードで繁華街へ向かう、その様は完全に絵になる光景であるのだが運転手がタバコ片手にぷかぷかと吸いまくっているので台無しである。
車は繁華街の通りに近づくと周辺のパーキングへと車を止めると2人を車から降ろす。

「ここからは歩きだ。しっかり俺についてこいよ」

「は、はい・・でもここって?」

「どう見てもネオン街・・つまりは飲み屋街の近くだな」

3人がやってきたのは所謂飲み屋街という場所で夜になれば様々な人間が渦巻く欲望の街へと変貌するところであった、更には余談だが龍之介が籍を置いているホストクラブ ダルシャンの近くである。
304 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/10(日) 01:45:43.50 ID:h0nhBiOoo
「あの教頭先生、服を買いに行くといっても俺達がいつも着ている服の店がなさそうなんですけど・・」

「おいおい、ここら辺は俺の庭みたいなもんだぜ? ま、黙って着いてこい」

そのまま京香の後を歩き続ける2人であるが、この時間に歩いてもこういったところは閑散としているので何だか奇妙な風景でそれを助長するように垂れ下がっている電線にはカラスが数匹羽根を休めて止まっている。
キャバクラやホストクラブに風俗店が立ち並ぶ夜の繁華街も明るいネオンがついておらずに静かに佇んでいるのが却って不気味さを際立たせているしこんなところで店を構えている服屋など早々あるはずもないのだが・・こんな不気味な街を散々2人を歩かせた京香はようやくとある店の前に立ち止まる。

「おっ、ここだここだ」

「あの・・ここって?」

「これからお前たちに紹介するみs・・じゃなくて俺の知り合いの店だ。さっさと入るぞ」

京香に連れられて店の中に入る2人の目に飛び込んできたのはこれでもかと言うぐらいの高級ドレスの数々、女性ならば誰もが憧れる品ばかりがぞろりと並び圧倒される中で1人の店主がこちらへやってくる。

「おや、これはお珍しい・・」

「よぉ。久しぶりだな、今日はこいつ等2人のドレスを買いにきたんだ」

「おほほほ、ごゆっくりご覧下さい」

この眩いドレスの数々も京香にとって見ればどれも見慣れたものなので暫く呆然と圧倒されている2人を差し置いて店主にそっと耳打ちをする。

「そうだ。ちょっとお願いがあるんだけど・・」

「はぁ・・左様で・・畏まりました。他ならぬ京子様のお願いならば仕方ありませんな」

「てなわけで頼むぜ。向こうとは話しつけてるからよ」

店主との密談を終えた京香はドレスに見惚れている2人に現実を直視させると改めてこの店に訪問した理由を説明する。

「すげぇ、親父の小説の題材でもよく出てるけど改めてみると凄まじいぜ・・」

「本当だね。これなら小さい頃の夢が叶いそうだよ」

「・・お前達、見惚れるのも良いが最初の1着だけ俺がドレスを選んでやる。まずは宮守はこれで佐方はこれだな、それぞれ試着して鏡を見てみろ」

そのまま京香は長年の目利きで2人に似合う抜群のドレスを選び2人に手渡すと試着室へと放り込む、初めてのドレスに見惚れながらも戸惑う2人であったが最近のドレスは見た目とは裏腹にシンプルなつくりになってたようで思ってたよりも簡単に着やすかった、そして京香からドレスを手渡されて数分後・・試着室からは出てきた2人は可憐かつ妖艶な美女へと変貌した自分の姿に鏡越しから見惚れていた。
305 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/10(日) 01:47:18.22 ID:h0nhBiOoo
「おっ、似合ってるじゃねぇか。さすが俺だな」

「す、すごい・・陽太郎も似合ってるってもんじゃないよ!!!」

「こればかりは驚かされる。今までの自分が霞んで見えてしまうぜ」

まるでドラマに出てくるかのような自分の姿に見惚れ続ける2人に京香はかっての自分を懐かしみながら今度は次のセッションを進める。

「おしっ、一旦着替えて今度は1人2着好きなのを選べ」

「え? 教頭先生、それってどういう・・」

「バカ、自分で好きなの選べってのはそういうことだろ。こればかりは俺も気合を入れないとな」

真っ先に陽痲は試着室へ戻って元の姿に着替えると真剣な眼差しでたくさん並んでいるドレスの中から自分にあったドレスを入念に選び始める。

「女をやって十数年、陽太郎なんかに負けないわ!」

「おうおう、選べ選べ〜、個性に身を任せるのも男をおt・・勉強だからな」

京香は一瞬言いよどんでしまった言葉をあわてて訂正しながら乙女のように洋服を選ぶ2人を見つめ続ける、そこからお互いに熟考に熟考を重ね続けて3時間後・・ゲームをしながら時間を潰していた京香の元にそれぞれドレスを2着選んだ2人が現れる。

「教頭先生、これにします!!」

「ど、どうでしょうか・・?」

「お前達が選ぶんだから別に良いんじゃねぇの? それに後は靴だが時間がないから俺が選んでやる。お〜い、そこに並んでる靴からこれとこれとこいつとこれを4足くれ。足のサイズは最初に説明したとおりだ」

「畏まりました」

京香によって2人の衣装に合うような靴があっという間に選ばれると京香は2人を置いて店主と別の部屋へと向かっていく。

「あの、教頭先生・・一体どちらへ?」

「会計に決まってるだろ、こういう店は会計する奴は別室に行く決まりなんだ。ここまでしてやるんだからくれぐれも逃げるんじゃねぇぞ、わかったな?」

「「は、はい・・」」

そおまま京香は会計を済ませるために店主と一緒に別室へ消え去ると、2人は興奮が止まずにドレスを着たあの快感を思い出す。

「凄かったな。まるで自分が自分じゃないような気がしてきた」

「そうだね。私もかなり楽しかったよ・・でもこういうお店の服って高いんじゃないの?」

「どうだろうな、肝心の商品には値札が一切なかったからわからなかったけど・・」

2人もドレスの相場ぐらいは大体予想がつく、こういった靴やドレスなどは大概は相当な値段で販売しているのだがそれらを京香は一気に買ってしまったので改めてその大胆さと懐の深さを思い知らされる。

「しかし、教頭先生はやけに手馴れてたね」

「前にキャバでバイトしてたっていってたからな。こういったのには飽きるほど身につけているんだろ」

普段ならば2人ともある程度は疑念を持っているはずなのだが、これまでの京香の気前のよさが心を許したようで京香に対する疑念などは綺麗さっぱり消え去っているのが恐ろしいところである、そしてものの数分で京香が戻ってくるとまた2人の手を引いて店を後にする。

「ほら、もう良い時間だから本題のバイトの紹介に行くぞ」

「えっ!! ドレスと靴は・・」

「ちゃんと送ってあるから心配するな。んなことより早く行くぞ」

「「は、はいぃぃぃ!!!!」」

少し残念な表情で2人は店を後にするのだが、購入したドレスはまたすぐ2人の前に姿を現すのだ。

306 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/10(日) 01:48:38.23 ID:h0nhBiOoo
そのまま3人は京香の案内の元で繁華街を歩くのだが、途中から裏路地ばかりを通っていき2人は京香を見失わないように必死に喰らいつきながら歩いていくと同時に徐々に太陽も落ちていきって店のネオンも輝き始める。

「はぁはぁ・・」

「教頭先生、まだ歩くんですか?」

「全く情けない奴だ。・・っと、ここだ」

京香たどり着いたのはとある裏口、そこは今まで連れて行ってもらったところと違ってビル特有の汚い灰色が広がる中で何ら看板すら見当たらない、そのまま京香は黙って2人に“入れ”と無言のプレシャーで意思を伝える。

「これって・・あれだよな?」

「陽太郎、もうこなったら入るしかないよ。これまでのパターンからしても大丈夫だって」

「よし、よく言った。これからお前らは生まれ変わる・・それじゃ、行くぞ」

「おいおい、それってどういう・・」

陽痲の言葉を遮断して京香の手によって扉がゆっくりと開かれると突如として光が輝き、あまりの眩しさに2人の世界は光に支配されてしまって思わず目を覆ってしまう。そして視力が回復してその目に焼きついたのは・・大勢のキャバ嬢がメイクしている姿であった。

「教頭先生、これは・・?」

「見たらわかるだろ、キャバ嬢専用のメイク室だ。この裏口はこの部屋と直結していてな、出勤する時はここからだ」

「あの・・仰っている意味が良くわかりかねますけど?」

由宇奈の疑問に京香が答えるはずもなく、京香はそのまま黙って前へ進むと2人もそれに合わせて歩みを進める。そして京香によってある部屋に通された2人はそのまま入っていくと、そこには1人の男性が座っていた。

「おおっ、杏じゃないか。待ってたぞ」

「お久しぶりです、宮永店長。例の2人を連れてきました」

「それが噂の・・ほうほう、高校生ながらも見事なものだ。これは物にすれば凄いことになるぞ」

宮永とよばれた男は由宇奈と陽痲の2人をまじまじと見ながら輝ける原石を見るかのようにサングラス越しから目を輝かせると改めて2人に名刺を差し出す。

「申し遅れてすまない、私が当クラブ castle(キャッスル)の店長を務めている宮永 哲郎(みやなが てつろう)です」

「クラブ・・?」

「キャッスル・・?」

衝撃の展開過ぎて2人の意識は彼方へと吹き飛んでしまうものの京香の言葉で現実へと引き摺り下ろされる。

「ここがお前達に紹介するバイトだ。・・ようこそ、ネオンの街へ」

「「・・・」」

2人は宮永の名刺を握り締めたまま衝撃の展開に絶句しながら天井を見上げるのであった。

307 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/10(日) 01:50:12.39 ID:h0nhBiOoo
突如として自身の高校の教頭である京香に連れてこられたのはクラブ castle・・そこで2人が出会ったのは責任者である店長の宮永、果たして2人はどうなってしまうのだろうか!!

「どうなってしまうのか!! ・・・じゃねぇよ!!!!! 何なんだここは!? これが俺達に紹介するバイトかッ!!!」

「それに高校生がこんな仕事してたらこの店は勿論のこと私たちの進路までお先真っ暗だよ!!!!!!」

2人の言う事は尤も・・とうよりも当然の疑問なのでとてもではないが納得が出来ない、高校生である2人がこのような店で働いているとなれば大問題中の大問題なのは目を見ても明らかなのでいくら相手が京香であろうとも果敢に立ち向かう。

「教頭先生!! 前からおかしい人だとは思ってましたけど今回ばかりは常軌を逸してます!!!!」

「俺達はバイトを紹介してもらえるって聞いて着いてきたのに、これじゃまるで未来をドブに捨ててくださいって言ってるようなもんじゃねぇか!!!!!!」

「・・黙れこのクソガキィィィィィィィィィィィィィィィ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! ・・とりあえず質問には答えてやる、高校生だったら歳なんて誤魔化せばいいんだ!!! それに俺はいたって大真面目だ!!!!!」

あまりの突飛な京香の勢いに2人は完全に呑まれてしまう、それだけ京香には説得力以上に周囲を納得させてしまうような力があったのだ。

「よく考えてみろ、キャバならいくらでも都合は利くし給料もちゃっちいバイトなんか目じゃねぇ。それに送迎もちゃんと完備しているから生活リズムを崩すことはない」

「うっ・・」

「負けちゃダメだよ、陽太郎! ・・私達は高校生です、生活リズムよりも平日に深夜が帰りなんてしたら怪しまれますし何よりも未成年ですのでお酒なんて飲めません!!」

「そこら辺はちゃんと考えてある。事前にお前達の親には俺の講習という形で許可はもらってあるし、それに酒はアルコール風味のノンアルコールカクテルだ、だから問題はない」

この日のために京香は綿密に計画をこと細かく打ち立てて全てを達成してある、後はこの2人の同意だけが条件なのだが・・京香は既に武力を手にしておりそれを2人に突きつける。

「それに今のお前達にこいつを今すぐ払えるかな?」

「「こ、これは―――!!!!!!!」」

京香が2人に突きつけたのは先程の服屋で購入したドレスと靴の請求書、そのとんでもない金額に2人の目は丸くなる。

「ドレスと靴に締めて税込みで2,235,481円だ。これを今すぐ俺に払うって言うなら勘弁してやっても良いぜ」

「いちじゅうやくせんまん・・・」

「そ、そんな!! 奢ってくれるって言ってたじゃないですかッ!?」

「俺は奢るとは一言も言ってないぜ。お前らが勝手に解釈しただけだ」

確かに京香は奢るとは一言も言っておらず、このドレスと靴の代金も普通に出したなので全ては京香の掌で踊らされたことに後悔する2りであるが、彼女についてきてしまった自分達に非があると思いたいもののまさかバイトでキャバクラを紹介されるとは誰が想像しただろうか?
308 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/10(日) 01:51:14.08 ID:h0nhBiOoo
「んで、今のお前達に払えるのか?」

「「は、払えません・・」」

「よし、これで決まりだな。・・店長、説明のほうをお願いします」

2人は抗議の声を上げようとするも金額の桁と京香の威圧感が合わさって精神が完全に折れてしまってぐうの音も出ない、既に2人の心は京香に敗北を認めてしまっているのでどうすることもできない。

「杏は相変わらず教師になってもエグイね・・さて、気を取り直して説明に入らせてもらうよ。うちの店は女体化をメインにやっているんだ、みたとろ佐方さんは文句なく合格だけど宮守さんは普通の女の子だよね」

「え、ええ・・」

「大丈夫です。この私が徹底的に仕込みます」

「わかった。それじゃ次は給料の説明に入るね、うちは完全歩合制で〜・・」

宮永から給料や店に関しての重要な説明が始まるが、心が折れた2人はショックで唖然となりながら華やかなサウンドと共に聞き流すことしか出来なかった。

「以上で説明は終了だけど、何か質問は?」

「「ありません・・」」

「店長、彼女達に関しては私が改めて教えますので・・話しておいた在籍の件は?」

「もちろん取ってあるに決まってるじゃん。この店の歴代最強NO1で伝説のキャバ嬢 杏の籍を捨てるバカはいないからね。ところで杏にはちょっと悪いんだけど他にも面接希望者がこっちにきているから彼女達と一緒に付き合ってもらえない?」

「わかりました、彼女達と一緒に待機します」

そんな会話が繰り広げられている中で店員に連れ添われて1人の女性が部屋へと入ってくる、由宇奈や陽痲とは比べ物にならないぐらいの女性らしい豊満なスタイルに物静かでクールな印象を持たせられるこの女性であるが、その人物に視線を向けた由宇奈であったが彼女の中でその女性は自身の記憶の中である人物に大変酷似していた。

女性は宮永に履歴書を手渡すとか細い声で自己紹介を行うが、由宇奈は驚愕も含めた突拍子もない声を突然荒げる。

「・・どうも、茅葺 さy」

「りゅ・・龍之介君――――!!!!!!!!!」

「何だと!!! こいつが茅葺だってぇぇぇぇぇ!!!!!!」

(うはwwwwwwwwwwテラヤバスwwwwwwwwwwwwww)

由宇奈の叫びに呼応したかのように陽痲も同じように叫び声を上がる、しかし当の本人はこんな状況で内心とはいえこんなこと言えるのは大したものである。

309 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/10(日) 01:52:24.36 ID:h0nhBiOoo
事の起こりは昼手前に遡る・・この日、龍之介は学校が休みだったのでホスト業でたまった鬱憤を取るためにも久々に惰眠を貪りながら充分な睡眠を取っており久々の快適な目覚めが来ると思ってた、そして目が覚めてまず気がついたの身体の異変・・自分と長い付き合いであるナニがなくなており、セミロングで整えてあった髪は一気に長くなり胸は前に来た客並の膨らみがあるのでスタイルからすれば上等の部類に入るだろう、そんな外面では無口で通している彼が上げた第一声はこの一言。

「ちょwwww女ww体ww化wwしwwてwwるwwwwwww」

哀れかな内弁慶の性、こんな彼がまずすることといえば役所に行くことではなく・・パソコンを起動して恒例のチャットから始まる。

ryu:やべぇwwwwwwwwwww

kimi:どした?

ryu:ガチで女体化したwwwwwwwwww

kimi:ちょwwwwwww早くうp汁wwwwwwwwwwww男時代の写真も比較したいから同時な

ryu:待て待てwwww現在の姿だけうpしてやるwwwwwww

「男の写真なんて晒されても困るしな。職業がばれてしまったらやばいだろjk?」

龍之介はそのまま今の自分の姿を顔を隠しで撮影すると写真をチャットに送信する。

kimi:うはwwwwwwwwテラ美人wwwwwwwwwww

ryu:恥ずかしいからやめろwwwwwwここから質問なんだが、ネタ抜きでこれからどうするべき?

kimi:普通なら役所じゃね? てか女体化専用スレがあったはずだから対処法が書いてあるよ。url乗せるぜ〜

ryu:d

記載されたあるスレッドを開いてみるとそこには女体化した際の手続きやらそれに伴う対処法やらよくある事例などが事細かに記されており、龍之介のように両親が既に死別して一人暮らしをしているケースの場合も細かいところまで記されていたのでかなり参考になる。

kimi:どうだった?

ryu:どっちにしろ役所に行かなきゃ行けないみたいだ。てなわけで行ってくる

kimi:把握、今日は休みなのに散々だなwww

ryu:仕事も休みなのに泣けるわ。んじゃなwwww

kimi:いtr

そのまま龍之介は市役所へ向かうために服を着替えるが今まで男として生きてきた彼に女性用の下着などもってはいないので少しばかり頭を悩ませるが腐ってもホストで培ったファッションセンスは健在なのでこれまでの服装を着るとたくみに決めてそのまま手続きのために役所へと向かう、今は法律も大分改正されて役所もコンビニのように年中無休で24時間職員が常住しているので非常に便利な時代になったものだ。役所に入ると女体化の部署は常に多かったのでそのまま順番待ちのカードを受け取るといつものように携帯を取り出すが今回は仕事用の携帯をいじりながら客への返信を繰り返しながら役所で自身の順番を待つ。
310 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/10(日) 01:54:27.54 ID:h0nhBiOoo
(うはwwwwさすが俺中々のファッションセンスだわwwwwwww)

“また次の出勤時間はいつかな? 今度は流星君のために高いお酒入れちゃうよ”

(バカスwwwwwんな金あるなら彼氏作れよwwwww)

“お待ちしています、店でしか会えないけど着てくれれば僕は待ってるよ”

心中とは真逆のメールを送りながらこうして龍之介は自分の固定客を上手く維持する、これもホストの店長から教わった技で他のホストが行っているアフターなどはしなくてもこんな風に適当に機嫌を取ってやれば維持など容易い、それに自分はネット弁慶故に外ではあまり喋らないのでこういったメールだったらギャップも狙えて女性心をくすぐれるのだ。
しかし今の自分はもう女体化してしまった身・・もうホストで働くことも不可能だし年齢も誤魔化して働いている上に周囲からのやっかみも買っているのでこれを機に脱却するのがベストだろう。

(次の仕事は何にするか・・でもエロゲーや家賃も払いたいから金が欲しい。女体化したんだし別のところで水商売でもするかwwwwww)

「番号札45番でお待ちの方、受付3番にお越しください」

「・・はい」

そのまま龍之介は受付へと移動すると役所の人間から提示された書類を書き進めて持参した印鑑などを要所要所に推し進めていく、向こうもお役所仕事なのでこういった事もスムーズに運ばせる。

「書類はこれで大丈夫です。身分の証明できるものはお持ちではありませんか?」

「・・これで大丈夫でしょうか?」

「はい、特殊救援カードですね。戸籍と照らし合わせますので少々お待ちください」

龍之介が職員に差し出したのは特殊救援カード、彼のように両親が死別して1人で生きていく事を希望している人間には国が身分証明として発行してくれるカードである。龍之介は小学校4年生の時に両親が交通事故でなくなって以来、一人で生きていくことを希望したため国の特殊支援システムで中学校卒業までは手厚い保護と身分所であるこのカードを支給されながら無償で国からの保証金と両親の遺産で黒羽根学園の学費を一括で払って生活してきたのだ。

「お待たせしました、こちらの書類にカードの番号をお書きになった上で新しいお名前をお書きください。それと女体化したら新たにカードを再発行しなければならないので終わりましたらお手数ですが2階の福祉課までお願いします」

(忘れてたwwwwwカードの再発行って時間掛かるじゃねぇかよwwwwwwwwwwww)

「戸籍は3日で書き換えられます。茅葺さんは特殊プログラム対象者ですので書類が書き終わりましたら学校などに提出が必要な書類を一式お渡しいたします」

女体化してからの役所の手続きは実質比較的速く行われるのだが、龍之介のような人間の場合となると少し時間が掛かるのだ。それでも1日足らずで殆どの手続きを終わらせれるのはかなりありがたいとは思うのだが、龍之介にしてみればアニメの視聴やら休日に色々予定をしていたのが殆ど潰れてしまうのが悲しいこところである。

「では、まずこちらの書類から・・」

(漫画やゲーム買いたかったのに下着でパァになるとかワロエナイ・・)

そのまま悲惨な気持ちを胸に秘めて龍之介は書類を書き続ける、そのまま流れ作業で全ての手続きと書類が終わると役所から書類を受け取った龍之介はその足で下着を買うためにランジェリーショップへと向かう、服などは何とか流用は出来そうだが下着だけはどうしようもないので店員にサイズを測ってもらいながら適当に数着購入する。
今までは2ちゃんとかのネタで盛り上がってきた代物であるがいざ自分が女体化して付けてみると変な感じだったがいずれは慣れてくるのだろう、更に龍之介は今度は仕事を探すためにあらゆる求人雑誌を手に取るが・・やはり女体化する前がホストであったのでここは同じように水商売でやったほうが打倒だろう。夜の世界の情報網は怖いものの携帯やネットの接続費に住んでいるマンションの家賃や生活費諸々を考えたら普通のバイトなど到底出来やしない。

(年齢偽ってやってるんだから女体化したらタダじゃ済まないだろjk)

そして掛かってくる仕事用の携帯を全無視しながら龍之介は身も心も変わってこのクラブ castleへとやってきたのだ。
311 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/10(日) 01:55:36.47 ID:h0nhBiOoo
さて場は元に戻って面接室、せっかく年齢を偽って勤務しようと思った龍之介にしてみれば由宇奈と陽痲の存在によって自分の本当の年齢が割れてしまったので絶望視する龍之介は帰ろうとするのだが、1人冷静な京香が無理矢理引き止める。

「待て、2年A組 茅葺 龍之介!! ・・お前、こういった店に入ったのは1度や2度ではないだろ。女体化する前は何してた?」

「・・」

「教頭命令だ、話さないと退学にすんぞ」

流石の龍之介も京香には敵わないようで元来の無表情が汗で強張ってしまい、折角の綺麗な顔が台無しである。

「(やっぱり教頭先生は怖いお・・)ほ、ホストを少々・・」

「なるほどな、道理であいつ等特有の仕草が見え隠れするはずだ。・・店長、彼女も私が面倒をみますのでよろしいでしょうか?」

「そうだね。女体化してこういった仕事に手馴れてるなら問題ないよ」

宮永とすれば由宇奈と陽痲を捕まる覚悟で採用するつもりだったのでこの際1人ぐらい増えても問題はない、それに前の職場がホストだったならば教える手間も省けるし即戦力になれるので万々歳といったところである。
しかしこの事態に一番納得がいかないのは龍之介に告白したばかりの由宇奈、彼が昨日までホストをしていたことにも驚きであるがそれよりもようやく陽痲の支えで勇気を出して彼に告白をしたのに女体化してしまうとは不幸以外では片付けられない。

「そ、そんな・・龍之介君が女体化してしまうなんて!!!! あの時の告白は何だったのよッ―――!!!!」

「由宇奈、しっかりしろ!! 茅葺が童貞だったのは不幸としかいえない・・」

(え? 俺が悪者wwwwwwwてか、佐方ってさりげにひでぇwwwwwwwwwww)

「う、うん・・」

突然のキャバクラでの勤務の上に勇気を出して告白した人物の女体化・・この2つの不幸に直面した由宇奈に不憫に思った陽痲は精一杯慰めながら立ち直らせていく、自分も女体化して由宇奈への恋心を粉砕したのだがこればかりはあまりにも不幸すぎる。
312 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/10(日) 01:56:50.79 ID:h0nhBiOoo
「おい、茅葺!! お前も由宇奈に何か言ったらどうなんだッ!!」

「・・ご、ごめん」

「いいよ、陽太郎。龍之介君だって好きで女体化したわけじゃないんだからね」

こんな寸隙が繰り広げられる中で改めて宮永は貰った履歴書を見ながら龍之介の面接を再開させる。

「えっと・・茅葺 莢(かやぶき さや)さんだね、一応確認するけど役所で手続きは済ませてるよね? あれがしないと流石にまずいから」

「はい、カードです。・・後は衣装も貸し出して欲しいんですけど」

龍之介改め莢は特殊支援カードを宮永に提示するとちゃんとした身分も証明する、宮永にしてみれば年齢は誤魔化せるものの女体化を売りにしている店なのでちゃんと手続きをしているかが心配なのだ。

「構わないよ。ただレンタル料として月8000円差し引かせてもらうね、無断で持ち出したりしたら罰金だから注意するように」

「わかりました」

「後、さっきから気になってるんだけど・・それはさっきから鳴り響いてるのは仕事用の携帯だよね。それに勤めていたホストクラブには話は通したのかな、とりあえず店名教えて」

「・・クラブ ダルシャンでNO3でした」

「ほぉ・・中々あそこは上等な店だからな」

莢から改めて店名を聞いた京香は納得の笑みを浮かべるが、宮永の顔は見る見るうちに悲壮感漂うものとなる。

「ゲゲゲッ、あそこか・・店は良いんだけど上同士がちょっとな」

「・・・」

宮永が言っている意味を莢はすぐに理解する、こういった店の大元は系列元・・つまりはそういった筋のお方が出てくるのでかなり厄介な話となる、宮永もこういった店の店長とはいえそういう筋の人間とはかなり接してはいるが莢が勤めていたクラブダルシャンの大元は非常に性質が悪いことで有名なのだ。

「何の話だろうね?」

「わからん、俺達には知らない世界があるんだろ」

ようやく落ち着きを取り戻した由宇奈は陽痲と一緒に店から支給されたジュースを飲みながら宮永の様子を観察する。これから2人はこの店で羽ばたく夜の蝶となるわけだが、高校生である2人には京香への借金を返すためにはこの店で働くしか選択肢はないので覚悟を決めるしかない。
313 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/10(日) 01:58:07.01 ID:h0nhBiOoo
「ああ〜、ちょっとこれは参ったな。NO3となったら店としても黙ってはないだろうし、こりゃ上に知られたらやばいな」

「・・今すぐ話をつけてきます」

「その必要はない。・・携帯を貸せ、俺が直々に話をつけてやる」

そのまま京香はタバコを吸いながら莢から携帯を取り上げるとクラブ ダルシャンへと繋げるとすぐにそこの店長が慌てた口調で電話に出る。

“流星! 悪いんだけど出勤してくれない? 店がかなり忙しくなったしお前を指名したいってお客さんが多くてね”

「・・久しぶりだな、悪いが流星はたった今から一身上の都合でやめることになったんだ」

“ハァ? てめぇ誰だ!! ・・って京香先輩ィィィ!!!!!!”

ダルシャンの店長は京香の声を聞いたとたんに萎縮した声で震え上がる、どうやら京香はこの店長とは先輩後輩の間柄のようで気を良くした京香は莢の移転に一気に話を進めるが、ダルシャンの店長も負けてはいない。

“なに言ってんですか!! いくら先輩でも流星は店の稼ぎ頭・・そう簡単には譲れません!!”

「お前の店の欠持ちって雷鳴組だろ? あそこの組長は俺が現役時代の客だからな、下手に話をこじれさすとお前のクビどころか指が飛ぶぜ?」

“いや、ですけど・・”

「てめぇじゃ話にならねぇ!!! どうせ店にいるんだから上と代われぇぇぇぇぇ!!!!!」

“ひぃぃぃぃ!! お、お待ちくださいぃぃぃぃぃぃ”

そのまま携帯からは暫くの保留音が鳴り続けると数分してから相手はドスの利いたその筋の人へと代わると京香も今までダルシャンの店長を圧倒していた声から長年培った猫なで声に変わると相手も上機嫌になる。

「あっ、杏です! お久しぶりですぅ〜」

“おおっ、杏じゃないか!! 久しぶりだな。どうした?”

「実は、そちらの店に在籍している流星君ですけど・・ちょっと店をやめることになったんで何とかならないですかぁ〜?」

“任せろ任せろ、俺が責任者だからすぐに籍は消してやる。完全に現役は引退してもたまにお前が店を手伝ってるって聞いてるんだけど中々これなくてな〜、今度来たときはドンペリいれるぜ!!!”

「お待ちしております、それではお願いします〜」

そのまま京香は携帯を切ると莢に返却する、京香が直接上の人間と話をつけたのでこれで店の移籍も滞りなく行われるだろう。
314 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/10(日) 01:58:24.96 ID:h0nhBiOoo

「よし、これで終わったぞ。あそこの組長は律儀だからちゃんと籍は消してくれる」

(うはwwwwwwwやっぱりこの教頭はすげぇwwwwwwwwwwww)

「店長、この3人はこれから私が面倒見ますのでよろしくお願いします」

「杏にはまた助けられたね、この3人については一任するよ」

正式に店長である宮永の許可ももらえたところで京香は早速3人の着替えをさせる前に彼女達にはとあることを決めさせる。

「さて、正式にこの店に勤めることになった次第だが・・店で働くには源氏名を決めんとな。名刺はそのときでいいだろう」

「げ、源氏名ですか?」

「遂にこの時がきたって訳か・・って茅葺よ、源氏名って何だ?」

「源氏名とは店で働く時の名前・・中には本名で働いている奴もいるけど大概は源氏名だ」

元ホストだけあって流石に莢はこういったことには手馴れているので陽痲の疑問にすかさず答える、そして由宇奈はすかさず自分の源氏名を京香に提示する。

「それじゃ・・私は由宇奈だからゆうで!!」

「ゴメンね、ゆうって名前の娘はもういるから」

「ううっ、一生懸命考えたのに・・」

折角考えた名前を全否定された由宇奈は落ち込んでしまう、クラブ castleでは同じ源氏名は扱わない決まりなのでこればっかりは仕方がないのだ。

「お前らの場合は本名で良いだろ。名前もキャバ嬢向きだしな」

「ええええ!!!!! 陽太郎を陽痲って呼ぶのはなぁ・・」

「それは賛成だ!! 俺とすればP.N以外で名前が2つあるのはまどろっこしいからそれで賛成だ」

「(うはwwwwww安直すぎでワロタwwwwwwwww)・・」

「決まりだな。んじゃ店で働く以上は俺の事は店では杏で呼ぶように! 間違えるたびにテストの点数を減額させるから覚悟しとけよ」

こうして源氏名も決まったところで3人は京香の指導の下、この夜の街へと舞い込むのであった。
315 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/10(日) 01:59:58.00 ID:h0nhBiOoo
用意が良いのかはたまた律儀なだけなのか・・由宇奈と陽痲に宛がわれた更衣室には京香に買ってもらったドレスと靴が綺麗に飾られており、これが現実なんだと嫌でも認識させられる。そのまま2人は渋々ドレスを1着えらんで着替えながら靴も履くのだが足のサイズも教えていないのにピッタリなのは嫌がらせ以外何者でもない、そのまま着替えた由宇奈と陽痲は京香の元へと向かおうとするが先に着替えて準備を済ませてた莢に止められる。

「・・2人とも、髪と化粧を」

「そんなこともするんだ。陽太郎、できる?」

「だから陽痲だ! お前店の中でその名前呼んだらテストが減額されるんだぞ」

「そうだった・・気をつけないと」

この中で生まれたときから女をやっている由宇奈は化粧など慣れた手つきでこなしていくのだが、陽痲は未だに慣れていないようで所々間違えてしまう。

「あり? 中々上手く出来ないもんだな」

「・・貸して、化粧には順序がある。やってあげるから鏡でよく見てて」

そのまま莢は手馴れた手つきで陽痲に抜群のメイクを施していくが同じ女体化した人間とては陽痲が圧倒的に長いはずなのに異様に詳しい莢が変に思えてくる。

「茅葺ってこういったことには手馴れてるんだな」

「ホストのときにもよくやっていたし、前に客から教えてもらったからやり方は覚えている」

「おいおい、男でも化粧するのかよ!!」

そのまま陽痲は鏡越しではあるものの化粧を施されている自分の姿に見惚れてしまいそうになるが、これからは覚えておかなきゃいけないので莢の説明を聞きながら必死にやり方を見つめている。

(うはwwwwww佐方ってやっぱり貧乳wwwwwwwwテラモエスwwww暇潰しにネットで化粧のしかたググってよかったわwwwwwwwwwwww)

「おい、何か変な声が聞こえて来るんだが・・」

「・・気のせい」

一方化粧を終えた由宇奈は今度は髪形を整え始める、それにしてもメイク室の品数の多さには圧巻させられてしまうので女としては感心させられてしまう。

「やっぱりこういったところってすごいんだなぁ・・よしっ、今日はこの髪型にしよう」

そのまま由宇奈は櫛を取るといつもお気に入りの髪型に整え始める、そのまま鏡越しで陽痲を手伝っている莢の様子を見ていると僅かながら変な気持ちになってしまう。いくら女体化したとはいえ自分にとっては代告白をしたのだ、龍之介が莢となって女体化したとはいっても昨日の返事は聞かせて欲しい、結果がどうであれ自分に対する気持ちをぶつけてもらわなければ納得がいかない。

316 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/10(日) 02:01:25.99 ID:h0nhBiOoo
(男のときにやっておけばよかった・・orz)

「そういやよ、茅葺・・お前由宇奈にちゃんと気持ち伝えてやれよ。あいつは自分の気持ちに正直に告白したんだ、ちゃんと応えてやらないと人間として失格だぞ」

「・・・わかってる、日に目処がついたら答えるつもりだ」

「頼むぜ」

莢も由宇奈の気持ちに関してはどう答えていいのかサッパリだったが、いざ女体化してみると申し訳なさがこみ上げる。あれから祈・・kimiとの会話を終えて自分なりに考えてみたが答えは一向にではしない、しかしこうやって陽痲と話すことでいかに由宇奈が自分に対して本気で告白していたのかと嫌でも思い知らされる。

「彼女には・・なんて返したほうが良いかな?」

「んなもん知るか。・・ま、親父の小説だったら好きか嫌いであれキッパリとしてたぜ」

(キッパリって・・童貞にはハードルが高い。だけど宮守になにかしらやらないとダメな気がする)

そのまま莢は自分の気持ちを確かめるとこの件を保留にして陽痲の化粧を終わらせる、鮮やかな手つきによって変わった陽痲の姿はとても綺麗なものだった。
そしてそれと同じぐらいに由宇奈も髪形を整え終えると化粧を終えた陽痲の姿に思わず見惚れてしまう。

「うわぁ・・陽太郎が綺麗になってる、さすが龍之介君」

「さすが茅葺だぜ、自分でも驚いてる」

(うはwwww褒められたwwwwwwこれが男のときだったら良かったのにorz)

準備を終えた3人は面接場所へと戻ってくるとそこにはいち早く準備を終えた京香が待ち受けていた。これから4人はこのクラブで勤務をしていくわけだが、経験者である京香と莢はともかくとして由宇奈と陽痲はずぶの素人・・ある程度教育させていかないとこのままでは使い物にはならない。

「遅い!! これからお前達は勤務をしていくわけだが、由宇奈と陽痲は何も知らない状態だ。まずは挨拶をやってみろ」

「「いらっしゃいませ〜」」

「ダメダメだ!! 覇気が足りない、もう一回!!」

それから由宇奈と陽痲は京香による徹底的な指導を受ける、2人も借金を返すことに必死なので懸命に覚えながら物の数分で挨拶を始めとして酒の作り方や基本的な立ち振る舞いなどを物の数分で吸収していく、こればかりは京香の指導が良いのかそれとも2人の懸命な努力によるものかといえば間違いなく前者であろう、莢もそんな2人の様子を黙って見守る。

「よし、今教えた事は基本中の基本だからしっかりと身体に叩き込んでおけ。それから陽痲はともかくとして由宇奈は女体化していないんだ、そこらへんはしっかりやれよ」

「わかりました!! 教t・・じゃなくて杏さん!!!」

何とか言葉を引っ込めながら由宇奈は店での分別を測ろうとする、何せテストの点数が掛かっているのでこればかりは覚えておかないと成績に小うるさい両親に何を言われるかわかったもんじゃない。

「あの杏さん、莢は何もしなくて良いんですか? てか他の人たちへの自己紹介は?」

「それは既に店長にしてもらっているから大丈夫だ、それに莢には今更教えることなどない。んじゃ次は実地訓練に入るが・・ちょうどよくVIPルームに3人客が入ったからお前達は俺と一緒にそこに行ってもらう、お前らの歳は20歳って言っておけ」

京香の教育が終わって遂に本格的な業務が始まる、由宇奈と陽痲はこの初陣を落とすまいとそれぞれ自己啓発していくのだが、それでも由宇奈からは緊張が声となって出る。

「つ、遂に実践か・・緊張する」

「・・大丈夫、俺と杏さんである程度カバーする」

「ありがとう、龍・・じゃなくて莢ちゃん」

(褒wめwらwれwたwww俺もトーク苦手だけど最低限やるかwwwwwwwwww)

莢に励まされて落ち着きを取り戻す由宇奈であるが、そもそもホストをしていた時はその無口さが売りだったのに対して女がメインのキャバクラでそれが通じるとは思えない、由宇奈を励ますとはいえ少しばかりとんでもない発言をした莢は少しばかり頭を悩ませる。

「んじゃいくぞ。ここでお前らの未来が決まるからな」

「「うおおおおお!!!!!」」

「・・」

そのまま3人は京香に引き連れながら初陣へと向かうのであった。

317 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/10(日) 02:04:38.22 ID:h0nhBiOoo
VIPルーム

「おいおい、骨皮・・いきなり大丈夫か?」

「そうだぞ。奥さんに黙って店を休んでまできたんだから・・」

VIPルームの席を座っていたのは例の居酒屋の店主に警察官の吉田 丈志にそして白羽根学園 教師の問題教師である骨皮 靖男・・どうやらこの3人は靖男の誘いで店にやってきたようだが、いきなりVIPルームを頼み込んだ靖男に2人は戦々恐々とする。

「何だよ、お前らだって話したら喜んで着いて来たくせに・・大丈夫だ、この店は知り合いがいるし何度か通い慣れてるから任せておけ」

「お前のその言葉に何度騙されたか・・なぁ、吉田?」

「ああ、こいつが暴走したら何とか抑えるぞ」

2人は靖男がよからぬ方向へと暴走しないように祈りながら黙ってタバコを吸いながら時間を潰していくとようやく京香と3人が靖男がキープしている芋焼酎と飲み放題のブランデーを持って現れるとそれぞれ間にある隙間に座り込んで京香の仕切りで始まる。

「おまたせしました〜、杏です。3人とも新人ですのでお願いします」

「由宇奈です」

「陽痲だ」

「・・莢です。お酒お造りします」

「「おおっ〜!!!」」

早速、莢に合わせて由宇奈もブランデーを取り出すと京香から教わったように酒を造り始める。京香を筆頭に美人揃いの揃った店主と丈志は興奮しながらお酒を受け取る。

「骨皮、俺はお前を久々に見直したよ!!」

「まさかこんな可愛い娘がいる店を知ってるとは!!」

「だろ、俺たちもなんだから皆も何か飲めよ」

「「「「いただきます〜」」」」

靖男の号令の下、4人もそれぞれ席を立ちながら飲み物を取ってくる、由宇奈と陽痲はノンアルコールのカクテルに莢はホスト時代に飲みなれているシャンパンで京香は十八番であるハイボールをそれぞれ自分の机に置くとこの飲みの発案者である靖男が乾杯の号令を上げる。

「そんじゃ、久々の友人の再会と可愛い娘の笑顔に祝して・・乾杯〜!!!」

「「「「「「乾杯ィ〜!!!!!!」」」」」」

恒例の乾杯を終えるとそれぞれ自分の飲み物を呑みながら強固の抜群の仕切りでトークをしつつ莢のサポートで場は盛り上がり続ける、まだあどけない由宇奈と陽痲はそれぞれ何とか話題を模索しながら全体的なトークから個別のトークへと移行していく、ちなみに靖男には京香と由宇奈が付いており丈志には陽痲で店主には莢とそれぞれ付きながら個別トークを進めるが、彼らは京香以外の人間が未成年であることがばれてしまえば間違いなく豚箱行きである。
318 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/10(日) 02:05:45.45 ID:h0nhBiOoo
「へぇ〜、陽痲ちゃんは20歳か。女体化して何か変わったりした?」

「そうですね、今までの連れがちょっと変な感じに見えましたよww」

「えっと莢ちゃんは何してんの? 俺はこうみえても居酒屋の店主してるんだぜ」

「・・すごいです」

莢はこれまでの経験上から陽痲は元々人と喋る事は苦ではないほうなのでそれぞれ独自に会話をつなげながら話を進めていく、その光景に京香は冷静に観察する。

(佐方はあどけなさが残るが上手い具合に会話してるな、茅葺はホスト時代は無口で通してたみたいだが見た目と的確なサービスで何とかカバーしてる・・こいつ等は問題ないとして、当面はこいつだな)

「そういえば由宇奈ちゃんは大学に行っているの?」

「え、ええ・・理系だったんで」

「そうそう、この娘って化学方面に興味があって色んな実験してるんですけど、資格が必要なのもあって勉強してるんです」

何とか京香に助けられた由宇奈はガチガチに緊張してしまって会話どころではない、京香も早く陽痲や莢みたいに由宇奈もトークをしてほしいのだがこの様子だと先行きが不安になる。

(はぁ・・緊張してやがる。こりゃ必要ならば再教育の必要ありだが・・相手がこいつなら大丈夫だろ)

「靖男さんは教員しているみたいですけど?」

「あ〜、クソガキの面倒見ながら何とかやってるけど部下は使えないわ、校長がもう口うるさくってやんなっちゃうのよ。俺はしっかりやってるのにね」

明らかに事実を大幅に脚色している靖男であるが、それでもお得意の口八丁で由宇奈を中心にトークを盛り上げる。

「でも頑張ってるならいつかは報われますよ、靖男さんは先生なんですし」

「良いこと言ってくれるね、もう1時間延長した上にこの場にいる全員にもうボトル奢っちゃう。お前らも良いよな?」

「「任せた!!!」」

「あ、ありがとうございます!! すみません〜、1時間の延長と私たちの飲み物をボトルでお願いします」

気を良くした靖男はとんでもない宣言すると、そのまま由宇奈はボーイを呼ぶと自分達の酒のボトルを取り寄せる。しかしそのお陰で由宇奈も緊張が解けたのか今度は自分から靖男に会話を投げかける、その様子に京香はそれぞれの客の相手をしながらようやく安堵する。
319 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/10(日) 02:06:47.46 ID:h0nhBiOoo
(やるじゃねぇか、これでこいつも何とかなったな)

「それで靖男さんはどこの学校の教師なんですか?」

「おぅ、白羽根学園だ。巷では名門校って通ってるけど曲者揃いでな〜、バカ2人は下らないことでいつも喧嘩して止めてるのよ」

「へ、へぇ〜」

白羽根という言葉に由宇奈は思わず京香を見てしまうが、普段通りにしてくれるのでとりあえず安堵するがここで京香は靖男に話しかけ始める。

「白羽根学園ですか〜、あそこって名門ですよね。でも校長が子供みたいでおバカとか」

「そうそう、よく知ってるじゃねぇかよ。それで由宇奈ちゃんはどこの高校の出身?」

「どこでしょうか〜?」

あえてはぐらかす由宇奈、これはさっき聞いていた陽痲の会話の真似であるのだが・・ここで靖男はまたとんでもない発言をしてしまう。

「わかった、黒羽根高だ!!」

「正解です!! よく分かりましたね〜」

「当たり前だ! それにあそこの教頭も負けず劣らず不良教師でよ、実はここだけの話であの教頭とは従姉なんだけど参っちゃうよね」

「そ、そうなんですか・・」

今度は恐る恐る当事者である京香の顔を見る由宇奈であるが、いつもの営業スマイルに青筋が見えたので慌てて靖男の方角を振りかえると慌てて別の話題を提供する。

「で、ですけど!! 在学中に女体化してると得なんですよ。男子女子の制服きれますから」

「そうなんだ。だけどあそこは制服だけが評判だからな、でも高校のときはそんなもんだよな」

(チッ、てめぇにだけは言われたかねぇよ。ポンコツ教師がッ!!!)

徐々に不機嫌になっていく京香であるが陽痲と莢はそんな事など気にせずに個別でじゃんじゃんトークを盛り上げる。

「いや、莢ちゃんは気が利くね」

「(仕事に決まってるだろバーローwwwwwww)・・」

「しかも無口なところがドストライク!! 俺こういった娘の心開いていくの好きなんだわ〜」

(エロゲじゃねぇんだからwwwwwwwwww)

そのまま酒が入ったのか店主は黙々と会話をしながらあらゆるトークで莢を落としてみようと試みる。
320 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/10(日) 02:08:43.20 ID:h0nhBiOoo
「そうえば名刺貰ってなかったね」

「・・すみません、今は貰ってないんですよ。でもお客さんのお店には行きたいです」

「マジで!! えっとね、俺の店はここにあって・・来てくれたら一杯サービスするよ!!! でも名刺貰うまでは通っちゃう!!」

莢もホストの時と勝手が違ったようで普段よりも多少の会話を加えながら話を弾ませていく、そして陽痲もそんな莢の様子を見ながら感心する。

(茅葺はすげぇな、俺も見習わんと)

「陽痲ちゃんは趣味は何してるの? 教えてくれないと逮捕しちゃうぞ」

多少苦笑しながら陽痲も丈志のグラスを見ながら酒を造っていくと自分の趣味を話し始める。

「冗談きついですよ。俺は読書です、テレビで話題の小説読みたいんですけど中々暇がなくって」

「わかるわかる!! 時間がないと大変だよね、俺も読書が趣味なんだけど最近は白井 栄太郎の噺家探偵シリーズにハマってね〜」

「(自分の母親の書いてる小説出されてもな・・)わかりますよ、推理が斬新で面白いですよね〜」

多少言葉を選びながら陽痲は何とか丈志との会話をつなげていく、こちらも本格的にお酒が入ってきたようで個別に会話を続ける。そして全体のまとめ役である京香も自分の役割をきちんとはなたしながら話題を提供する。

「そういえば皆さんは友人らしいですけど、どれぐらいの付き合いなんですか?」

「ああ、こいつ等とは中学までだけどそれからは個別に連絡を取ったんだよな」

「そうそう、俺は警察官でこいつは居酒屋の店長。そんでこの歴史バカは学校の教師なんだから変なもんだよな」

「うるせぇ!! これでも努力してここまで来たんだ!!!」

そのまま一気に芋焼酎を飲み干した靖男は更に暴走度を加速させて残り2人も完全に酒が入ったのか度重なる延長の申し出も次々に承諾していき、更には料理まで頼み始めて場は完全に加速していく・・

「由宇奈ちゃんと杏ちゃんは〜、男時代は何してたの?」

「えっと・・多少バレーをしてましたよ。体力なくて辞めましたけど」

「どれも魅力がなかったから帰宅部ですよ」

「いや〜、バレー辞めたのは正解だよ。担任って融通利かないから」

完全に酔いが回った靖男は自分をかなり脚色しながら由宇奈中心に話を続けていく、すでに芋焼酎もかなりの量まで入っており次のボトルをキープまでしてしまったほどである。
普通ならここまできたら会計のほうを心配していくのだが全員酒で判断力をかなり鈍らせているので酒を飲み続ける。

「靖男さん、大丈夫ですか?」

「由宇奈ちゃんは優しいな〜、職場では誰も優しくしてくんねーから身に染みるわ。黒羽根高の時もあの教頭に散々いじめられたんだろ? あいつ昔から頭の螺子が2、3本外れてるからあんなんで・・」

「へ、へぇ・・」

ここまで来ると由宇奈も京香の顔がまともに見れない、そして京香は遂に本格的にブチ切れたのか自分の酒のボトルをあろうことか靖男にぶっ掛けてしまう。その京香の行動にその場にいる全員は時が止まってしまって唖然となってしまうが、京香はいつものオーラを出しながら靖男を除く全員をその場で黙らせる。
321 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/10(日) 02:09:52.84 ID:h0nhBiOoo

「な、何すん・・」

「おい、目が覚めたか・・ポンコツ&ド低脳ゲーム廃人教師がよォ!!」

「お前は――ッ!!!!」

久々の京香のオーラに靖男は身震いしながらも彼も負けてはいない、札付きの悪どもを黙らせたその実力を京香に向けて遺憾なく発揮させる。

「ハンッ! 黙ってきいてりゃ、ベラベラと・・もう勘弁ならねぇ!!!!!」

「うるせぇ、この不良教師!!! いくらお前が偉そうにしてもな、この俺には通じるか!!!!!!」

そのまま2人は周囲をそっちのけで言い争いを始めるが、ここは個室で防音設備の効いているVIPルーム・・哀しきかな、店内では2人の言い争いは聞こえずに由宇奈を挟んで口上戦が勃発する。

「てめぇはいつもいつも・・てめぇが飲むたびに俺が散々負けてやったのを忘れたかッ!!!」

「うるせぇ!! こっちだってタダでPC直したり男の紹介してやってるだろうがッ!!!」

はっきり言えば京香の言い分が強いのだが、靖男も負けじと京香に言い返す。

「お前は世間では行動力があって秀才だと思われているが、実態は自分の興味を満たすためだろうがッ!!!!」

「てめぇもさっきから自分のことを色々脚色しやがって・・毎日てめぇのヘマをクソガキに叱られてるだろうがッ!!!!」

「んだとッ!! そいつに3年間言いくるめられた上に形無しだったてめぇに言われたくねぇんだよ!!!!」

「うるせぇ!! クソガキに散々こき使われてるてめぇに言われたかねぇ!!!」

さっきからお互いに霞のことばかり言っているのは変なものである、この言い分を当の本人が聞いていたら間違いなく本格的にブチ切れていただろう。一向に終わらない2人の言い争いに全員は唖然となりながら見守る中で由宇奈は勇気を出して2人を止めようとする。

322 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/10(日) 02:10:44.32 ID:h0nhBiOoo
「あ、あの・・靖男さんも杏さんも落ち着いてください!!!」

「由宇奈ちゃん、男には負けられない戦いがあるんだ。大丈夫、こいつのやり口は把握してるからすぐに決着をつける」

「そうだ、由宇奈が心配しなくてもこいつとの決着はすぐにつけるさ・・ちょっと失礼」

京香は立ち上がると忽然と個室を後にしようとするが、靖男は既に勝った気でおり早々の勝利宣告を引っさげる。

「おっ、遂に逃げ出したか!! 俺の勝利だな」

「慌てんじゃねぇよ。後でてめぇに引導を渡してやる」

「負け台詞として記憶してやるよ」

勝負は既に決したと判断した靖男は勝利の咆哮を挙げながら酒を一気に呷り意気揚々と由宇奈に誇らしげに語る。

「ハハハッ!! これに懲りたら奴も大人しくなるさ、俺って凄いだろ?」

「え、ええ・・」

とりあえず由宇奈も飲み物を飲みながら永延と続く靖男の話にとりあえず耳を傾けながら適当に返事はするものの、あの京香がこれぐらいで終わるような人間だとは到底思えないので本気で靖男の未を心配になってしまう。
周囲もとりあえずは嵐が収まったことを確認するとまた再び温和な談笑が広がる中で京香が舞い戻るのだが靖男は既に勝ち誇っているので余裕たっぷりの表情で京香を見据える。

「どうした? ようやく頭下げに来たのか、歴史上でもそれが一番の選択だぞ。属国となって生き長らえるからな」

「もう店は閉店だ、お前にはさっさとこいつを払ってもらおうか」

「しゃあないな・・おい、これは何だ?」

「んだよ、貸してみろよ・・骨皮、これはどういうことだ?」

「どした? 本官に見せてもらおう・・に、269,800円だと!!!!」

京香が手渡したのは本日の飲み代の請求書なのだが、そのとんでもない金額に野郎3人は酔いが一気に冷めてしまうと改めてその金額の桁に目をぱちくりとさせてしまうが、真っ先に抗議をしたのは言わずもがなこの男。

323 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/10(日) 02:11:34.66 ID:h0nhBiOoo
「ちょっと待てェェェェ!!! てめぇ、ぼったくったんじゃないだろうな?」

「んなことするか、VIPで俺たちに飲ませてこれだけの料理を頼んだ挙句に酒をキープして度重なる延長を加えればこれぐらいにはなる。高い酒頼まなかっただけでもマシだな」

「うわぁ・・」

「あんだけやったらこうなるのか・・」

(考えなさ杉wwwwざまぁwwwwwwwww)

あくまでもこの値段は正規の値段で計算して算出したので決してボッタクリなどはしていない、むしろこれだけ豪遊した割りには結構安く付いたほうだし高級な酒を頼んでいればその値段は倍以上にも膨れ上がっただろう。
しかし現在の3人してみれば大金であることには代わりないが手持ちを合わせてもとても足りないので醜い男の言い争いが繰り広げられる。

「おい、骨皮!! お前この金どうするんだよ!!!」

「知るか!! お前らだって散々延長した挙句に飲んでただろうがッ!!!」

「しかし元はといえばお前がVIPルームに入り込んだのが発端だろッ!!!!」

金が絡むと級友の友情は砂塵のものとなる、大の男が3人喧嘩をする姿は見てるだけでも情けなくなってしまう。

「俺、子供が生まれたらこういったところにいくなって躾けるわ」

「そうだね・・お金って人を変えるってことがよくわかったよ」

(うはwwwwwVIPに実況してぇwwwwwwwwww)

約一名はあらぬ事を考えているが三者三様に深々と彼らの繰り広げる醜い争いを白い目で見つめ続ける、しかし閉店後で早く帰りたい京香はイライラしながら3人に喝を入れる。

「おい!! さっさと払え!!!」

「ちょっと待ってもらえるか? おい、俺は手持ちはそんなに持ってないぞ。丈志と骨皮はどうなんだ?」

「俺も現金しか・・骨皮は?」

「一応多めに持ってきたけど・・カードもある。って、お前らどうした?」

「「それだ!!!」」

その刹那、丈志は靖男を得意の柔術で完全に押さえ込むと店主が靖男の財布からカードを抜き取ると間髪いれずに渡す。その突然の行動に靖男はじたばたと暴れ出すのだが本格的な柔術によって取り押さえられているので流石の靖男も抜けれることが出来ずに虚しく沈黙する。

「悪いな、金はちゃんと返すから」

「お前が怒らせたのが悪い」

「ありがとうございます〜、またお待ちしておりますね」

「お、俺の給料・・」

そのままカードは無常にも通されて支払いの関係で貰ったばかりの靖男の給料は一気に消し飛ぶこととなる、そのときの靖男はまるで死んだような顔つきだったそうな。余談だが、この一件で生活が苦しくなった靖男は無口な元恋人の家に転がり込むのは当然の流れてあったそうだ。


324 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/10(日) 02:13:00.56 ID:h0nhBiOoo
閉店後、ボーイ達によって片付けが行われる中で宮永は出勤している女の子達を集めると改めて入ってきた3人の自己紹介を始める。

「みんな、今日はお疲れさま。紹介するのが遅れたけど今日から働いてもらう由宇奈ちゃんに陽痲ちゃんに莢ちゃんだ、それに彼女達が一人前になるまで杏が復帰することになったからこれを機会に相談するといいよ」

「「「よろしくお願いしまーす!!」」」

彼女達の自己紹介が終わるや否や全ての女の子達は京香の元へと殺到していき、注目されるはずの3人はぽかんとしてしまう。

「杏さん、人気があるんだ・・」

「そりゃそうだよ。杏はかってこの店でNO1で驚異的な売り上げをたたき上げて業界を轟かせたからね、全盛期の頃は色々なお客さんが杏を指名してくれてこの界隈では伝説的な存在だったんだ。

今は店が忙しい時にちょっと手伝ってくれる程度だけどね、それに彼女は店の娘たちから結構慕われてて彼女がいた頃は派閥とかもなかったんだ」

「へー、すげぇんだな」

(まさかあの伝説のキャバ嬢が教頭だったとはwwwwwwww)

莢も先輩ホストから伝説のキャバ嬢については噂程度では聞いた事はあった。“かって夜の店に現れたその女はあらゆる客を虜にしながら様々な偉業を成し遂げた伝説のキャバ嬢がいると”まさかそれが京香だとは思わなかったが宮永の証言にこの女の子の慕われ具合を見るとどうやらそれは本物のようだ。

「んじゃ、由宇奈と陽痲は一緒に帰るぞ。明日も出勤だから実質的な特訓を重ねないとな」

「「えっ!!」」

(カワイソスwwww俺は家も近いから帰って積みゲー消化してアニメを見ないとなwwwwwwww)

「莢もだ。お前は2人と違って経験豊富で完璧だが、まだ温いところがあるからな」

「(うはwwwwwww俺\(^o^)/)・・」

莢は正直言って明日は休日なのでゲームやアニメを見て休みたかったのだが、それは叶わぬ夢となったようだ。そして宮永は4人分の給料を手渡すと京香は当然のように懐に収める。

「どうもありがとうございます」

「いいよいいよ、今日も稼がせてもらったからね。それじゃ明日も頑張ってちょだい」

「「は、はい・・」」

「・・」

面接時と同じような笑顔で宮永は立ち去るが、本日の給料がしっかりと京香に握られてしまっているので嫌でも同行せぜる得ないので渋々京香の後を着いていくのであった。


325 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/10(日) 02:14:44.70 ID:h0nhBiOoo
京香・自宅

店が終わって再び着替えた4人は繁華街に止めてあった車を飛ばして数分したところに京香の住んでいる高級マンションにたどり着く3人、一介の教師が高級車を乗り回している上にこんな最高級のマンションを手に入れられるのは不可能に近いのだが副業で夜の仕事をしていれば維持できるはずだ、仕事が終わって通常通りに戻った由宇奈はすぐに疑問に出して京香に問いかける。

「あの、教頭先生・・今日乗った車やこういったマンションって高いんですよね?」

「んあ? 車とこのマンションは昔、客に買ってもらったんだよ。一回寝るとキャッシュで買ってもらえるんだから金持ちって凄いよな」

「寝たってまさか・・」

(枕w営w業wktkrwwwwwwwww)

あっけらかんと喋る京香であるが、この業界での世界を垣間見た由宇奈と陽痲は少し身体を引き締めながら莢と一緒にゆっくりと京香の部屋へと向かう、そして京香の部屋へとたどり着くと気品溢れる高級感漂う内装に3人は圧巻させられる。

(うはwwwwwwwwwすげぇwwwwwwww)

「俺、自分の両親の倹約思考に泣けてくるわ」

「教頭先生って本当に何者?」

「俺は普通の教員だぞ、それよりも遠慮せずに入れ。とりあえず冷蔵庫の中のもんは勝手に飲んでいいから洗面所に一通り揃ってるからメイクを落として風呂でも入りな、着替えは俺が後で適当にやるから。

んじゃ俺は先に風呂に行くけど・・入ってきたら殺すからな」

「「「は、はい・・」」」

そのまま京香は冷蔵庫からビールを取り出すと一気飲みして恐怖で引きつる3人の表情を後にして浴室へと消えていく、3人もとりあえず慣れないことをしたのでメイクを落として風呂には漬かりたい、店の空調はよかったものの夜風で少し身体が冷えたので京香の心遣いはいずれにせよありがたいものだ。

そのまま3人は洗面所へ向かうと由宇奈と莢がメイクを落とすための必要なものを取り出すとテキパキとメイクを落とし始め、陽痲も2人に教えてもらいながらぎこちない手つきで落とし始める。

「ととと・・」

「陽太郎は化粧なんて全然してなかったもんね。前に教えてあげようとした時は断られたからね」

「そりゃ、化粧なんてする必要なんてないと思ってたからよ。すまないな、茅葺」

「・・後はこれで終わり。早く覚えてもらわないと俺が困る」

「わ、悪い・・」

既に浴槽では京香がルンルン気分で風呂に入っており、シャワーの音が鳴り響くがドア越しから見える豊満な肉体美に思わず見惚れてしまう。

「やっぱ、伝説のキャバ嬢だけあって凄いんだな」

「そりゃそうだよ。さて落とし終えたことだから片付けて教頭先生が戻るまでリビングで待っとこう?」

「・・・」

そのまま3人は京香が戻ってくるまでキッチンにあるこれまた巨大な冷蔵庫の中にあった大量の酒を掻き分けてジュースを見つけ出すが、莢だけは迷うことなく缶ビールを取り出すとそのままリビングへと向かう。
326 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/10(日) 02:15:40.97 ID:h0nhBiOoo
「ちょ・・龍之介君!! それお酒だよ!!」

「・・」

「ま、いいじゃん。俺たちも早く行くぞ」

オレンジジュース片手の陽痲にせかされながら由宇奈もジュースを取り出してリビングへ向かう、ようやく仕事が終わったところで今度は陽痲今日の仕事を労って乾杯する。

「んじゃ、今日はお疲れさん。乾杯〜!!」

「乾杯ィ〜」

「・・かんぱい」

莢も合わせながらビールを開けると携帯をいじりながら淡々の飲み始める、生粋のネット弁慶である彼女にしてみればこういった場は苦手なので淡々と一人でいたいのだが、そんな光景が見事に絵になるので由宇奈と陽痲は少しばかり感心してしまう。

「龍之介君って本当に物静かだよね」

「折角3人集まったんだから何か喋ろうぜ?」

「(無理ゲーwwwwwんなことできたらやっとるわwwwwwwwww)・・」

女体化して数時間・・ようやく身体には違和感を感じなくなったものの性格だけはどうしようも出来ないので黙ってビールを飲み続けることしか出来ない、両親が亡くなってからは逃げるように他者との接触を出来るだけ絶って電脳の世界にどっぷりと漬かった自分にはこうすることしか出来ないのだ、しかし由宇奈はそんな彼の気持ちを察したのか陽痲を少し嗜める。

「陽太郎も無理強いさせちゃダメだよ、龍之介君だってまだ女体化して1日も経ってないんだから」

「へいへい、俺が悪うございましたよ」

由宇奈にたしなめられて陽痲はばつの悪そうにしながら仕方なく由宇奈と喋り続けるが、その間に莢は携帯をいじり続けるとチャットに反応が出る。
327 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/10(日) 02:17:43.08 ID:h0nhBiOoo
kimi:おいすー

ryu:おいす、今ちょっと人がいるから返信は厳しい

kimi:何だと! 女ならうp、男なら無視だ

ryu:無茶言うなwwwww

そのまま莢は由宇奈と陽痲の動向に全神経を集中させながら密かなチャットを続けていく、幸いにも2人は己の会話に夢中なので今のところは大丈夫だろう。

「そういえば由宇奈と喋ってた人って教頭先生の従兄弟なんだってな、しかも白羽根学園にいるって・・」

「うん、でも私はあそこの校長と応援団ぐらいしか知らないよ。それに教頭先生とは従兄弟が白羽根学園にいる変な共通点が出来ちゃったよ・・」

思わず京香と出来た共通点に由宇奈は多少ガッカリしてしまう、彼女の前では従兄弟の話題など出したら自分の身が危ういので今後は気をつけなければ下手に目を付けられてしまうのだ、それだけ京香の白羽根に対する執念は凄まじいのである。

「お前も大変だな。・・んで茅葺は白羽根に知り合いとかいないのか?」

「! ・・いない」

何とか陽痲の言葉に反応する莢であるがチャットと同時進行でやるのは結構神経を使うのでなるべくなら振って欲しくないが、仕方ないのである程度は付き合わないとまずいだろう。

「でも龍之介君って頭も良いし運動神経抜群なのに、どうして黒羽根高に入ったの?」

「・・こっちのほうが近かったから」

「何か勿体無い話だな。しかしお前がホストでバイトしてたなんて驚きだぜ」

「そうそう、よく生活できてたね」

「・・基本的にシフトは融通利くしそれに合わせるだけだから」

そのままビールを飲み続けながら鞘も淡々とであるが会話に参加していく、しかし2人とは違ってそこまで喋らないので上手い具合に引っ込めながらチャットを進行していく。
328 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/10(日) 02:18:52.25 ID:h0nhBiOoo
ryu:アニメも見れずに会話に挟まれるのはネ弁には地獄でござる><

kimi:おまwwwwwwww兄貴が寝ている中でガンダムを観る自分に謝れwwwwwww

ryu:何のシリーズ見てるの?

kimi:W。閣下のエレガントとトールギスはガチ

ryu:ビルゴさんはチートすぎるwww

由宇奈と陽痲はテレビをつけながら自分達の会話で夢中なので莢も動向を確認しながらMS談義を始める。

kimi:TV版とデザイン違うから変な感じだ。トーラスって途中からいらない子だよね

ryu:人間が乗ったらハイスペックなんだぞwwwwベテラン兵が乗ったらガンダムは圧倒できる

kimi:mjk、そいえば撃破してたよね。忘れてたwww

ryu:というかあの世界のガンダニウム合金は変態ジジイが開発したからな

kimi:あの爺さんたちって本当にヤバイよな、ゼロなんて代物作り出す時点で有り得んわwwwww

ryu:MDやリーブラの主砲まで意図的にバグを加えてるからな。でもあそこの世界だったら水中に特化したMS作れば海中戦で倒せそうだ

kimi:それだと仮想敵はデスサイズだな

MS談義が熱を上げる中で由宇奈と陽痲はテレビを見ながら莢とは対照的に芸能人の話題が中心となる。

「そういえばSAOARIって色んな映画に出てるよね」

「そうそう、前に親父が自分の小説が映画化したときにチョイ役で出てただけでも大歓喜してたからな」

「すごいじゃん! それで会えたの?」

「いや、何でも向こうは過密スケジュールだから時間が取れなかったんだって」

やはり彼女たちの話題の中心となる芸能人は今をときめく大女優のSAORIとなってしまう、2次元の会話を繰り広げている莢は少しばかり肩身が狭い思いになってしまうが会話に参加できるネタもなければ技量もないので大人しく聞いておくしかない。
329 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/10(日) 02:19:53.60 ID:h0nhBiOoo
「ふーん、でもこの時間になると面白い番組やってないよね」

「ま、再放送が中心だけで殆どはニュースやら変なアニメがやってるぐらいだしよ。でも暇潰しにはなるな」

そのまま適当にチャンネルをいじりながら現在やっているアニメに変えられると莢は無意識に身体が反応してしまう。

「!!」

「あれ、龍之介君。どうしたの?」

「お前も暇だったんだな。ま、教頭先生が上がるまで見とこうや」

(うはwwwwwこの面子で見たかったアニメが見れるのは幸運すぎるwwwwww)

偶然にもそのアニメは莢が録画しておいたアニメなのだが、この時間帯にやっている番組などニュースとごく一部の深夜アニメが殆どなので暇潰しにどちらを選ぶかと言えば間違いなくアニメのほうだろう、ニュースなんて見ても退屈すぎて面白くがない。

「んでも、アニメって小さい頃以来見てないぜ」

「私もだよ。よく2人で見てたよね」

(声優はいいのに作画が崩壊しとるとか・・叩かれるぞwwwwww)

なにやら見解の違う回答であるが、これでも暇潰しにはなるのでチャンネルはそのままアニメに移行されるとごく一部の偏った意見を除いて時間は静かに過ぎていく。

(やっぱり萌えるわ。うはwwwwwktkrwwwwwww)

「でもこの歳でアニメ見るのって変だよね」

「俺もこんな時間にテレビなんて見ることなかったからな、たまにはいいんじゃないのか?」

(ちょっとこれは意外だわ、このシーンのフィギィアでたら買わないとwwwww)

そのままアニメの視聴が続く中でようやく風呂から上がった京香が3人の元へと現れる。

「うぃ〜、遅くなったな。お湯が勿体無いからお前ら3人まとめて入ってしまえ」

(ちょwwwww今いいところだったのにwwwwwwwww)

「「わかりました〜」」

(宮守と佐方は暇そうにしてたのはわかるが、茅葺は何でガッカリしてるんだ・・?)

ようやく風呂にありつけて安堵する由宇奈と陽痲に対して名残惜しそうに携帯をいじりながらその場を後にする莢に京香は少し顔を抱えながら風呂上りのビールをあおりながらタバコを吸うのであった。

330 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/10(日) 02:20:46.37 ID:h0nhBiOoo
浴室

ようやく風呂に入れるということで由宇奈と陽痲は歓喜しながら身体を洗い続けて莢も無表情ながらシャワーを浴びてゆったりと湯船に漬かって酒を抜き始める、この中で一番酒を飲んでいるのは莢なのでここでゆっくり休めないと2日酔いになってしまうのだ。

「ふぅ〜、気持ちいいね。しかし景色も良いなんてさすが高級マンションだよ」

「本当に絶景だな。それにしても・・この中だったら茅葺がダントツでスタイルが良いのは心なしか悔しいぜ」

「(男のときだったら勃ってたわwwww)・・」

「陽太郎はおっぱいちっちゃいもんね。だけど龍之介くんが私よりスタイル良いのは女として悔しい・・」

由宇奈も莢のスタイルの良さには少し悔しさを覚える、男のときも顔立ちも良くて程よい肉体だった莢に惚れたので女体化というのは本当に反則だと思う。そのままシャワーを浴び終えた2人もゆっくりと湯船に漬かるとガラス越しから映る目の前の絶景の景色に見惚れながら幸せと言うものを感じ始める。

「絶景の景色を見ながら風呂に入る・・幸せってこういうもんなんだな」

「爺臭いよ陽太郎。にしても龍之介君のバストはどれぐらいかな・・えいっ!!」

「!! な、何を・・」

由宇奈は突然、莢の胸を触り始めるとその手触りと気持ちよさから少し夢中になってしまうもののそういった耐性がない莢にしてみれば溜まったものではない。

(ちょwwwwwww本当にやめ・・れ・・・)

「ふむふむ、C〜Dの間って所かな。それでも私より大きいなんて・・」

「・・は、離して」

「あ、ゴメン」

ようやく由宇奈から解放された莢はなんともいえない感覚に悩まされる、女体化してからは軽く自分の身体を触ってみたものの由宇奈のような触り方はしていないのだ。そしてそれに便乗するかのように陽痲も由宇奈ほどではないが莢の胸を触り始める。

「すげぇ・・由宇奈よりも大きいし弾力がある」

「失礼なこと言うな!!! ・・ま、羨ましいけどさ」

(何でこんな美味しいイベントなのに男じゃないんだろ・・)

少しばかり莢も女体化したことに後悔してしまう、しかしずっと昔から必要以上に人と付き合ってない莢が童貞を捨てられないまま女体化してしまうのは時間の問題だっただろう。それだけに今までのようなネット弁慶を治してまっとうな人付き合いをすればよかったなと後悔してしまう、それにホストのときも適当にアフターに付き合って置けば捨てれるチャンスもぐっとあったので尚更である。
331 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/10(日) 02:21:46.36 ID:h0nhBiOoo
「・・」

「それよりものぼせるといけないから早く上がろうぜ」

「そうだね。私は上がるけど2人はどうするの?」

「俺はもう少しいるつもりだ、茅葺はどうするんだ?」

「酒を抜きたいから暫く入ってる」

「それじゃ私はお先に上がらせてもらうね」

そのまま由宇奈は浴槽から抜けると再び陽痲と莢の2人が残されてしまう、ヘアメイクしていたときの会話もあるので思い出してしまうと少し気まずいところではあるが、陽痲は言い機会なので先ほどの話の続きを始める。

「・・んで、決心は付いたか?」

「まだ・・」

「カァ〜、あのよ。俺が言うのもなんだけど結構罪作りだな」

陽痲にしてみれば付き合ってあげたとはいっても一友人として早いところ結果は気になるところだし、このまま決着を付けてあげないと由宇奈があまりにも不憫だ。顔には出していないものの告白した翌日には好きな人が女体化して舞い戻ってきたのだから相当なショックなのは間違いないだろう。

「・・俺もよ、男の時は由宇奈が好きだったんだよ。だから前はお前を見ていると複雑だったし酷い時には腹も立ったりした」

「・・」

「だからお前が少し羨ましいんだよ。幼馴染って言うアドバンテージがあった俺よりも惚れてしまったお前によ・・
今は女体化して踏ん切りが付いたけど俺は心底お前が羨ましい、だからあいつのためにも早く返事を返してやれよ、昔からバカ正直なところがあったから今でも待ってるぜ。お前の返事を――」

そのまま陽痲は湯船から出るとそのまま立ち去ろうとする、これ以上漬かっていたら本当にのぼせてしまうので無理な長湯は健康に悪いのだ。

「ま、俺からはこれ以上何も言う事はないけどよ。お前も自分の気持ちに正直になって返事してやれ・・んじゃな、先に上がってるぜ」

「自分の気持ち・・?」

残された莢は静かに自問自答しながら湯船に残されるのであった。

332 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/10(日) 02:22:42.30 ID:h0nhBiOoo
そして数分してから莢が風呂に上がると京香から宛がわれた服に着替えるとリビングには豪勢な食事が用意されており、既に由宇奈と陽痲が食事を取っており京香もタバコを吸いながら莢を出迎える。

「えらい遅かったな、かなり遅いが晩飯だ。さっさと食え」

「凄いんだよ。これ全部教頭先生が作ったから驚きで・・ウギャ!!」

「うるせぇ!! あのクソガキみたいにいうんじゃねぇ!!!!」

(言わなくてよかった・・)

由宇奈に京香の脳天チョップが炸裂するとその光景に陽痲は自分が発言しなかったと心底思う、そして莢も席に着くと京香の手料理の数々を食べていくがこれだけ美味しい料理を作る京香が何でキャバ嬢をやっているのだろうかと疑問に思ってしまう。

「よし、飯食ったらさっさと寝ろよ。明日も出勤で実地訓練をするからな、とりあえず当面は俺がお前達のシフト決めるし、俺の家で生活を送ってもらう。明日の勤務が終わってから学校で予定表を渡してやる」

「え〜っ!! そりゃないですよ!!!」

「そうですよ、俺たちだって予定があるのに・・それに家庭の都合もあるんだあぜ?」

「既に宮守と佐方の両親には当面の許可を貰ってるし、こっちに着替えも送ってもらってる。それに学校に関しても俺が送ってやるから心配する事はない」

(飯うめぇwwwwwwwwんなスペックあるならキャバ嬢するなよwwwwwwwwwwwww)

京香の抜け目のなさと行動力には由宇奈と陽痲もすでにわかっていたことではあるが、改めて恐ろしく思えるものだ。両親が京香に懐柔されているとなれば何を言ったところで無駄なことだし大人しく従わなければいけないだろう、それに2人には京香へドレスと靴代の借金があるのでそれらを返さないといけないのだ。

「んで当然のように茅葺にも手伝ってもらうからな。お前も着替えとかあればこっちにもってこい」

「(逆らったら怖いお・・)・・わかりました」

「そんで一応お前達にはこいつを渡しておこう。一応今日の分の給料だ、受け取れ」

京香から3人に給料が手渡されると由宇奈と陽痲はその分厚さに思わず心が躍るが莢は既に手馴れているのでありがたく受け取る。

「とりあえず宮守と佐方は俺の支払い分を差し引いた金額だ。茅葺は今回の店の移転に伴った手数料と紹介料を差し引かせ貰ったからな」

「よ、陽太郎・・この金額凄いよ!!!」

「ああ・・諭吉さんが10枚以上あるぜ!!!!」

(うはwwwwwホストやってた時より少ねぇwwwwwwwwだけど最初はこんなものかwwwwwwwwww)

いくらかは差し引かれたとはいっても給料の金額はそれでも凄いものでどんな形にしても自分で始めてお金を稼いだ由宇奈と陽痲は興奮を抑えられずに思わず小喜びしてしまう。

「これだけあれば服はもちろん何でも買えちゃうよ!!」

「だ、だけど惑わされないようにしっかり貯金もしないとな・・」

「・・」

三者三様の反応に京香もとりあえずは満足したのか、タバコを吸いながら今後の説明を始める。
333 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/10(日) 02:23:31.66 ID:h0nhBiOoo
「とりあず、バイトの申請書類は俺が手はずするから心配しなくても大丈夫だ。わかってることだけど他の奴には絶対話すなよ、ばれて噂にでもなったらめんどいからな」

「「は、はい・・」」

「んで、茅葺が持ってた書類は女体化の登録が終わった書類だろ? あれこっちによこせ、バイトの申請と一緒に俺が手続きしてやるし制服も手配してやる」

「・・了解です」

莢はそのまま役所の書類を京香に手渡す、どっちにしてもこの書類は学校の手続き上においては必要なものなので京香に渡すだけでもかなり手間が省けたものだ、黒羽根高は京香の支配下にあるので彼女さえ何とかすればどうとでもなるのだ。

「それじゃ説明が終わったところでさっさと寝ろよ。お前達の部屋は用意してあるからそこで寝とけ、着替えも置いてある。茅葺の着替えを取りに行き次第、訓練を始めるから覚悟して置けよ」

「えっと、何時から・・?」

「時間も惜しいからな。とりあえずは3時過ぎで良いだろ?」

「ちょっと待て!! 今はもう朝の6時だから・・ゲッ、寝る時間ないぞ!!!」

(うはwwwwww)

そのまま3人は急いでご飯を駆け込むように食べると京香に部屋を案内されると客間用の布団がぎっちりと敷かれておりカーテンからは朝日が零れている。

「ハァ〜、とりあえず寝るぞ」

「賛成・・今日の為にもゆっくりと休まないとね」

「・・おやすみなさい」

そのまま部屋の電気が切られると3人とも就寝に付く、その中で陽痲は寝付くが良いのかすぐに寝息を立てる中で寝付けないのは由宇奈と莢・・どうやら2人とも同じ悩みで頭が押しつぶされてしまって寝付けないようである。

「龍之介君、寝た?」

「・・いいや」

「よかった、私も寝れなかったんだ」

由宇奈は少し照れくさそうにしながら陽痲が起きないように小声で莢と話し始める、お互いに今まで喋った事はなかったから少しばかりぎこちなかったがそれでも2人だけの会話を楽しんでいくが、自然と話題は昨日のことへとなってしまう。

「龍之介君・・陽太郎から色々言われて他と思うけど、私は龍之介君が答えを決めてくれるまで待っているから」

「・・宮守、今から答えだしてもいいか?」

「う、うん!!」

思わず由宇奈は身構えてしまう、そして莢もこれまで考え抜いた答えを導き出す。人にたくさん相談して言われて・・そして不器用で逃げている自分にようやく追いついてたたき出したこの回答を今度は勇気を出して莢が伝える番だ。

「俺は・・お前の想いにはっきり応えられてるかわからないけど。・・友達でいるってのはダメかな?」

「・・そっか、友達か。応えでぐれでありがどぅぅ・・それじゃ、おやずみ・・」

「ごめん」

こうして由宇奈の恋は終わり、誰にも聞こえないように1人布団でむせび泣いていた・・

334 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/10(日) 02:25:54.81 ID:h0nhBiOoo
更に日は過ぎて月曜日・・京香からの地獄の特訓と普段とは違って鬼のように忙しかった仕事を耐え抜いた3人は京香に送られて黒羽根高へと登校する。

「んじゃ、予定表渡すからちゃんと職員室に来いよ」

「は、はい・・」

「んなことより神林先生にはなんて言えばいいんだ? 一応俺たちの担任だぜ?」

とりあえず由宇奈と陽痲は真帆にはバイトに関して相談した身なのである程度は話しておかないと収拾が付かないのだ、それに自分達のことも気にしてくれてるようなので話しておかないと心も痛む。

「ま、そこは俺に任せておけ。逆らえる度胸なんてないしな」

((神林先生・・すみません))

(うはwwwwさすが支配者wwwwww)

「んじゃ、楽しい学園生活を送りな〜」

そのまま京香は一足早く校舎の中へと入っていくと残された3人も順に入っていくものの教室への階段を境にここで莢と別れる、それにしても京香によって手配された女子の制服を着た莢の姿は本当の良く似合っているので既に周囲から男子中心とにかなり注目を浴びている。

「おい、茅葺。どうしたんだ?」

「・・女体化のこと話さなきゃいけないから、また後で会うと思う」

「そっか、んじゃまた後でな」

莢と別れた由宇奈と陽痲であるが、あれから平常通りに過ごしている由宇奈が陽痲にはとても痛々しく見える。昨日の仕事でも自分や莢の手助けもなくめきめきと仕事をしていき京香によって始めて1人で客に付いていたほどだ、成長振りとしては確かなものであるもののそれが陽痲にとっては違和感を感じてしまう。

「・・なぁ、由宇奈。茅葺と何かあったのか?」

「へっ? 陽太郎、何を言ってんの。龍之介君とは何も・・」

「あったんだな。・・仕方ない、1時間目はサボろうぜ」

「ちょ、ちょっと陽太郎!!」

突然、陽痲に腕を引っ張られた由宇奈はそのまま駆け込むように屋上へと向かい始める、普段なら不良の溜まり場で定評のあるこの屋上であるがそのようなものは全て京香の手によって粛清されて私兵と化しているので安心して行けれる場所なのだ。

そして屋上へと由宇奈を連れ出した陽痲は改めて口火を切る。

「・・さて、茅葺と何があったんだ? 長年お前を見てきた俺の目は誤魔化せられんぞ」

「アハハハ・・流石に陽太郎にはばれちゃったか」

そのまま由宇奈は屋上の壁にもたれながらゆっくりと莢とのやり取りを語り始める、長年にわたって由宇奈の幼馴染をしてきた陽痲にしてみれば最初は好奇心と小説のネタで関わったものではあるが、次第にそれらの事は忘れて1人の友人として由宇奈を心配していたのだ。

「以上。見事に振られちゃった・・ハハハ、情けないよね」

「んなことない!! ・・お前はよくやったよ、俺が認める」

「よ、陽太郎ぉぉぉ・・」

由宇奈はその言葉で何かが吹っ切れたのか、必死で溜め込んだ感情を陽痲の胸を借りながらワンワンと大声を上げて泣き叫ぶ、そんな由宇奈を静かに抱き寄せながら陽痲は結果が出たことにとりあえず安堵すると今はとりあえず泣き止むまで由宇奈を優しく抱きしめる。

「よしよし、辛かっただろうな。今回ばかりは間違えた事は聞かなかったことにする」

「うん・・」

(全く、これが男のときだったらよかったんだけどな・・今は少し女体化したことを後悔するぜ)

少しばかり女体化を憎みながら陽痲は泣き続ける由宇奈をただ黙って抱きしめるのであった。

335 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/10(日) 02:28:18.36 ID:h0nhBiOoo
職員室

「「失礼します・・」」

「ごめんねぇぇぇ!!!!! 僕の力が至らないばかりに・・」

そのまま校内放送で真帆に呼ばれた2人は恐る恐る職員室へと入って行く、何せ1時間目は真帆の授業である数学・・どんな理由でもサボってしまったのは事実なので少し覚悟を決めて真帆と対峙する2人であったが、そこには涙目になっている真帆の姿で授業をサボった2人に泣きながら謝り始めるので思わず面食らってしまう。

「あの・・神林先生?」

「全ては言わなくていいんだよ、あの時僕が強く教頭に言えばこんなことには・・」

「まさか、先生・・俺たちの仕事を?」

どうやらあれから京香に何かされたようで真帆は永延と同じように2人に謝罪しながら詫び続ける、真帆の言葉からして自分達の本当のバイトを恐らく知っているのだろう。そう考えたらある意味では京香以外の理解者が増えてくれて嬉しいのだが真帆の心境を察したら結構複雑なものである。

「とりあえず、何かあればすぐに僕に話してね。経験外のことだけど出来るだけサポートするつもりだから・・」

「はい・・なるべくご迷惑をお掛けしないように気をつけます」

「こっちもすみません、俺たちのことでご迷惑を掛けてしまって・・」

2人は真帆に多大なる同情をしながらとりあえずバイトの承認をしてもらったことに安堵する、そして2人の背後にはタバコを加えた京香が莢と一緒に2人を待ち構えてるかのように巨大な威圧感と共に声を掛ける。

「おぅ、丁度いいところにいるな。話したいことがあるから顔貸せ」

「あ、あの・・教頭先生。僕が言うのもなんですけどもし他の先生方が訪問されたら・・」

(ちょwwwそれ俺も困るwwwwwてか前にあんたが来たときは焦ったわwwwwwwwww)

「んなもんは俺が何とかするに決まってるだろ、お前は大人しくしてればいい話だ。んなことよりさっさと文化祭の出し物を考えろよ、当然白羽根に勝てるやつな!!」

「は、はい・・」

そのまま悲壮感漂う真帆に最大の同情をしながら2人は京香と莢に引き連れられて誰もいない校長室へと案内されると京香から店のシフトを手渡されるのだが、驚愕の日程に驚きを上げるとまず陽痲が抗議を上げる。

336 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/10(日) 02:28:27.18 ID:h0nhBiOoo
(うはwwwwww週6は鬼過ぎるwwwwwwww)

「おいっ!! この日程はどういうことだッ!! あんな仕事で週6日なんて出れるわけないだろ!!!」

「そうですよっ!! いくらなんでも学業との並行は・・」

「うるせぇ!! これぐらい出ないとてめぇ等が一人前にならないだろ!!!!!!」

驚くべきことに日程は週6日・・平日の合間合間に休みはあるもののそういった日は実質京香の指導の日に当てはまるので実質休みなどない状態である。

「でも俺達は勉強やら・・それに今月は期末テストがある!!」

「そ、そうだった! 勉強もしないといけないんだ・・」

(勉強なんて予習と復習で充分だろjk)

これだけの過密スケジュールだと勉強すらままならぬ状態だろう、仕事は出来ても本業である学業を疎かにしては何ら意味はないが・・そんな言い訳が京香に通じるわけがない。

「この俺は教頭だぜ? キャバの仕事教えながらテストの勉強ぐらい余裕で仕込めるに決まってるだろ、現に茅葺はホストやってても成績は優秀だったからな。要は根性の問題なんだよ!!」

「んな無茶苦茶な・・」

「ううっ・・」

「・・大丈夫、勉強に関しては俺も教える」

「んじゃ、これからよろしくな・・ネオンの高校生よ」

こうしてネオンの高校生は誕生した、彼女達の奇妙で妖艶な学生生活は始まったばかりである・・





fin
337 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) [sage saga]:2012/06/10(日) 02:33:19.22 ID:h0nhBiOoo
はい、終了です。見てくれてありがとさんでしたwwwwwww
今回はいつもの白羽根シリーズの外伝物語です、名付けて黒羽根シリーズとでも言ったほうが良いでしょうか?

では恒例の

Q:世界観kwsk

A:白羽根シリーズと共有しています。本編とは関係なしです

Q:なんでキャバ?

A:本当は色々考えたんですがインパクトとしては充分かと・・


ちなみに飲みに関しては自分の実体験も含まれますのであしからず・・
こういうところは考えてよく飲みましょう、まずは飲み良く前に面子の手持ちの確認はしっかりとしておきましょう。
女の子に飲ますのは考えましょう。

VIPルームなんて金持ちの行くところです、一般庶民は諦めましょう


ではwwwww
みんなも投下しようぜ!!
338 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(千葉県) [sage]:2012/06/10(日) 13:40:22.11 ID:g1J24QlAo
神林先生かわいそうですwwwwww
339 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(千葉県) [sage]:2012/06/10(日) 16:48:20.03 ID:g1J24QlAo
出かけるまでの間に少し投下します
大丈夫だろうとは思うんですが、少し痛い描写と眼球ペロペロがあるので苦手な方は気をつけてください。
340 :(うДT) ◆nMPO.NEQr6 [sage saga]:2012/06/10(日) 16:51:32.84 ID:g1J24QlAo
(6-2)

「アァーッシャルルァーッタルルァッ!!」

 意味のない叫び声を上げながら、沢渡不二人はゴミを溢れさせたポリバケツを蹴り倒した。
残飯を漁っていた野良猫が、今は自販機の陰に隠れ震えている。
すぐそばの歓楽街の喧騒が微かに響き、明滅しながら微かに射すネオンの光が、
薄暗い路地裏の影を濃密にさせていた。
その光の中に時折浮かび上がる沢渡の頭や手には白い包帯が巻かれ、
その白の中に血の朱が痛々しくしみていた。

 沢渡の頭からは、自分を叩きのめした相手の顔が離れなかった。
しかもそれは自分の対等の土俵に立つ相手でなく、女である相良聖だった。
そのことがより一層、沢渡の怒りを増幅させた。それまでの彼にとって、
女など自分の機嫌次第でどうとでもなる相手だった。いや、女だけではない。
大抵の相手は、かつての母校である極殺高校で積み重ねてきた輝かしい経歴と自分の名を
知るだけで戦意喪失したり、もしくは進んで彼の軍門に下ろうとしてきたものだった。
そして今では彼の声ひとつで数十人の手下が動く。彼には、大物の自負があった。

 しかし・・・あの日、顔の真ん中にこぶし大の痣を受けて帰ってからの一週間は、
そんな彼にとって人生最大の屈辱の時間だった。

 それまで親分気取りで仲間をアゴで使い暴虐の限りを尽くしていた沢渡が、
どんな相手であれ女相手に惨敗を喫したのが知れ渡ったとき、
今まで手下だった者たちが彼を見限るのは早かった。
黙って去る者もいたが、それでは気がすまない者もいた。
仲間に見捨てられひとりになった沢渡は、かつての手下達や敵対していたグループの尖兵に
何度も闇討ちされかかった。最初の数回は抵抗したものの、数の暴力に負けいつしか抵抗せず逃げるだけになった。
その間にもかつての母校、そして入り浸っていた歓楽街を中心に、
かつて沢渡が彼らのボスとして作り上げた高度な情報網を通じて彼の不名誉な噂は
爆発的な勢いで広がっていた。

 この町にはもはや、彼の安住の地はなかった。一人暮らしのアパートの前にも、
恐らく張っている人間がいることだろう。それがかつての手下か、敵対グループの人間かはわからないが、
捕まれば楽しい目には遭えないことだろう。
341 :(うДT) ◆nMPO.NEQr6 [sage saga]:2012/06/10(日) 16:53:09.32 ID:g1J24QlAo
「ガァーーーッシャルァーーーーッ!!!」

 倒れたポリバケツを右足で思い切り踏みつける。バキッと音を響かせ、
破片を割れ散らしながら飛んだバケツは壁に当たって転がった。

「あー、もったいないもったいない。こんなことしてる時間がもったいないと思うだろぉ?」

 暗がりから響いた声に、沢渡はびくりとして後ずさる。
咄嗟に護身用に携帯していた伸縮式の警棒を抜く。
鋼で出来たそれが伸びきるときのシャキンという小気味良い音を沢渡は気に入っていたが、
今の彼の耳にはそんなもの届きはしなかった。

「な、なんだてめぇは!ブッ殺されてえのかっ!!」

「殺す殺さないは誰次第?君次第ではない」

 そんな声を聞いたときには既に、沢渡の目の前は真っ暗になっていた。
いや、正確には、大きな影の様なものが彼の視界を完全に隠すほど目の前に肉薄していたのだ。
342 :(うДT) ◆nMPO.NEQr6 [sage saga]:2012/06/10(日) 16:54:23.49 ID:g1J24QlAo
「う、うおぁああああっちくしょおっ!!なんなんだよテメーはぁっ!!」

 沢渡は目の前の影を警棒で薙ぎながら勢い良く後ろに飛びのいた。
背中がブロック塀に当たる。警棒が肉を打った手応えを彼に伝えることはなかった。
それが打ち払ったのは単なる空気だった。それともそれは影でしかなかったのか。

「自分の悪運を試すような真似はよくない。それはとってももったいない」

 そのとき影の中から冷たく干からびた手が現れ、沢渡の頭を掴み、
叩きつける様に思い切り壁に押さえつけた。
後頭部をしたたかに塀に打ち付けられた沢渡の視界が一瞬裏返りかけたが、
それに気付いたらしい影にもう一つの手で頬を打たれ、一瞬で意識を取り戻させられた。

「な、なんなんだよおめぇはよぉ・・・何が望みなんだよ・・・」

「望み?あるとすればそれは君の望み。それを知らないことはもったいない」

 そう言いながら影は、沢渡の頭を放すと今度は首を掴み、
そのまま勢い良く彼の身体をアスファルトに投げ捨てた。
つんのめって倒れこんだ沢渡は、先ほど彼の散らしたゴミに頭をつっこむかたちになる。
その髪を掴んで無理矢理引き起こし、影は沢渡の目を自分の目に向けさせる。
白い眼球の中にぽっかりと開いた闇の口のような、何もない目だった。

「本当の悪運の持ち主は、誰も望まぬ最高の形で自分の願いを叶えるもの。
今の君を見てごらん。誰にも幸福を望まれていないし、誰にも愛されていない。
この町に今、君以上に他人の悪意を背負った人間はいない」

 影は突然沢渡の顔を再びゴミの中に押し付ける。
もはや沢渡に抵抗の意思はなく、ぐりぐりと残飯の中に顔を押し付けられるままになっていた。
再びその顔を引き起こすと、影は残飯塗れの顔に自分の顔を寄せ、掠れた声でささやく。

「僕は君を待っていたんだよ。君の最大の悪運は、僕に出会えたこと」
343 :(うДT) ◆nMPO.NEQr6 [sage saga]:2012/06/10(日) 16:56:48.68 ID:g1J24QlAo
「ちくしょう・・・なんなんだよ・・・くそ・・・」

 そのとき唐突に影の親指が沢渡の右目に突っ込まれ、彼は突然の苦痛に絶叫した。
なりふり構わずその手を振り払おうともがくが、影の手は彼の眼窩を万力のように掴み微動だにしなかった。
その間にも青白い指がぐりぐりと突っ込まれ、組織のちぎれるブチブチと言う音が頭蓋骨を通じて沢渡の耳に届いた。
しかし、想像を絶する痛みが彼にそれを認識させるのを阻んでいた。
指を突っ込まれた眼窩から血が溢れ、影の手と沢渡のシャツを赤く汚していた。

 眼窩の中で親指が完全に折り曲げられたとき、彼の右目はついに彼とのつながりを失い、
赤黒く濡れた神経をぶら下げたまま影の背後の闇に勢い良く飛び出して行き、
アスファルトの上に落ちた。影はその様子を確認すると沢渡を放り捨て、
物陰の甲虫のような素早さでそれに走り寄ると、うずくまって目玉を大事そうに拾い上げ、
青白い舌で愛しげに舐めた。

 とめどなく血の溢れる眼窩を押さえながら、沢渡は塀に背中を預け見ていた。
影が拾った目玉を嘗め回す異様な姿を目の前に、痛みよりも、
皮膚下を蟲が這い回るような嫌悪と、おぞましい戦慄が彼を支配した。

 血まみれの目玉を存分に舐りまわして綺麗にした影が、一瞬沢渡の方を見て笑ったような気がした。
実際には、影に隠されたその顔は沢渡の、無事な方の目からは見えなかったが。
影は手にした目玉に視線を戻し、一瞬感慨深げにそれを眺めたかと思うと、
次の一瞬にはぺろりとそれを飲み込んでいた。
その一瞬、沢渡には、影の周囲が赤黒い光にぼーっと包まれた気がした。

「君の悪運を僕がまた発揮させてあげよう。
君が以前より強くて多くの手下を従えられるようにしてあげよう。
ムカつく女を、犯して殺してバラバラにして、
もったいないその内臓でおいしいディナーパーティーを開けるようにしてあげよう」

 瞬きの次の瞬間、影は既に沢渡の目の前に肉薄していた。

「その願いが叶うまで、僕が一緒にいてあげよう」

 影の青白い手が、眼球の失われた眼窩に指をかけるようにして沢渡の顔を掴んだ。
暗くくぼんだそこを、影の虚無の目が覗き込んだ。そのまま眼窩にかけられた指に力が掛かる。
恐ろしい力が穴の両端にかけられていた。
顔面を引き裂かれるような痛みに、沢渡は苦痛と恐怖と絶望と嫌悪の悲鳴を上げた。
ゴキゴキと骨の音が響き、沢渡の意識が白く飛んだ。
344 :(うДT) ◆nMPO.NEQr6 [sage saga]:2012/06/10(日) 16:57:52.11 ID:g1J24QlAo







 一瞬の失神から目覚めたとき、沢渡の目の前には、ゴミの散乱したただの路地裏しかなかった。
影の姿はない。はっとして右の眼窩に添えられた手が・・・彼の右目の視界を隠した。
信じられない気持ちでまぶた越しに眼球を指で押してみるが、ぶよぶよと反発する感触と、
右目への圧迫感を感じた。
血まみれだったはずのシャツを検めるが、
それは数日間アパートに帰れず着たきりスズメだったせいでついた多少の汚れはあるものの
綺麗なままだった。

 頭痛薬を飲んだときのように頭がボーっとして、目の前がなんとなく白くぼやけているような気もした。

 ふと、足元に落ちた愛用の警棒に気づき、拾い上げる。
黒光りするそれを少しの間眺めると、おもむろに縮めて制服に隠したホルスターにしまう。
今はまだ、これを使うときではない。いや、もしかすると、これを使う必要も無いかもしれない。

 沢渡はフラフラと立ち上がると、暗い路地を抜け、ネオン煌く夜の歓楽街に歩いていった。
その右目に、異様な赤い光を湛えて。
345 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(千葉県) [sage]:2012/06/10(日) 16:58:39.99 ID:g1J24QlAo
おわり。
また来ます
346 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) [sage]:2012/06/10(日) 18:01:17.39 ID:h0nhBiOo0
謎が多いぜ、待ってますよ
347 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2012/06/10(日) 18:12:58.00 ID:2wzPhQ2H0
いずれこの三人も上客と寝ることになるのか・・・ゴクリ
348 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) [sage]:2012/06/10(日) 23:29:52.02 ID:h0nhBiOo0
こうして誰もいなくなった
349 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(福島県) [sage]:2012/06/11(月) 21:02:01.66 ID:HT7/6rEGo
安価↓
350 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(中国地方) :2012/06/11(月) 21:09:10.93 ID:K2zDoGKY0
ファーストキス
351 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(千葉県) [sage]:2012/06/11(月) 22:49:20.76 ID:DzeuQs4mo
前蹴り
352 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2012/06/12(火) 00:12:50.21 ID:IflLuUPh0
「交わした約束忘れないよ〜目を閉じ、確かめる――」

業界最大手である1516プロが誇るシャーロット劇場――
七色のライトで煌々と照らされるステージの上で歌い踊り、満員の観客を熱狂させるその少女がいた。
少女――チンクの容姿は見た目12,3才とまだ幼かった。
しかし年がそれ相応であるというのは誤りで、これでも確かに先日、成人したばかりの女性であるのだ。
デビューして二年、彼女の勢いは止まることなく、やがてトップアイドルとしてこの国を席巻し、
後に言うちんくしゃー現象――一億総ロリコン化の発生源となり、
日本は国際的な軋轢を抱えることになるのだが、それはまだ先の話で、ひとまず現在の話をしよう。
もう三回目にもなるアンコールに応え、歌を熱唱したチンクは、

「みんなぁ、ありがとーーーー!」

http://u6.getuploader.com/1516vip/download/80/idol.jpg

2000人の声援を受け、あどけない声で両腕を高く上げると左右に振りながら、迫りで奈落へと降りていく。
チンクの視界が閉ざされて観客の姿が見えなくなった瞬間、
彼女は九死に一生を得たあと自らの生を確認するように強く脈打つ心臓の如く、鼓動が高なっていくのを実感した。
ステージの上ではアイドルとして、チンクとして振る舞って見せても、駆け出して間もない彼女の心はまだ見た目相応に幼く、そして強くない。
大仕事の間、自分を支えてくれた心臓を落ち着かせるためか大きく息を吸い、そのあと昇降機から降りた。

「――お疲れ、チンク」

そんな彼女に声をかけたのはチンクをプロデュースしたナイン=ティだ。
彼の姿を確認したチンクは暗くなった表情に明るさを取り戻して駆け寄った。

「プロデューサーさん! お疲れ様ですっ!!」
「あぁよかったぞチンク! 成長したな!」
「いえいえ、プロデューサーさんがいてくれてこそですよっ。
ずっと舞台の端で見守ってくれてましたよね!? ありがとうございますっ!」
「当然のことだよ。君の歌は上役にも好評でな。とある大手広告代理店の社長も君に直接会いたいと言っていた」
「え、ほんとですか!?」
「あぁ、上手く行けばトップアイドルも夢ではないかな」

彼らを魅了するのは――チンクの魅力はその歌声だけではない。
『チンク・シャーロット・ツェスクエイト』は四年前まで男だった。
先天的に特定の少年のみが持つとあるRNAウイルスに感染したチンクは、そのウイルスが引き起こす精神疾患により女性となった。
それにより、かつて少年であった頃のチンクが考えうる限りの理想像――最大限の幻想が自身に体現されたことによって、
『可愛すぎる容姿』と『いき過ぎた魅力』を手に入れた彼女は、ナイン・ティの目に留まった瞬間、
女性よりもなお輝ける元少年として、注目の的になった。
そのためチンクの勢いは、彼女自身の力だけではなく、ある意味この世界(音楽業界)がそれを望んでいるからだとも言えた。

「上手く行けばって……何かすれば良いんですか??」
「……あぁ、こんな所で話すのもなんだからあとで私の部屋に来なさい」

しかしそれと同時に彼女は無垢で、無防備過ぎた。
大きな世界のうねりにこの少女が翻弄されるのは必定であり、
チンクが元男であることを除いたとしても常に走り続けるアイドルである以上、当然の帰結だったのだ。



続かない

・チンク・シャーロット・ツェスクエイト
現在はまだ無垢な少女。
トップアイドルに上り詰める過程で、その内面は荒み初める。

・ナイン・ティ・ピックアップ(90プロデューサー)
チンクのようなアイドルの原石を見つけることに長けた敏腕プロデューサー。
しかしその裏では……

・女体化略。
大抵可愛くなることが多いが、その中でも稀に自分が持つ女性への理想像が最大限に生かされて反映されることがある。
かつての自分が抱いた理想そのものであるため、当然容姿だけでなく性格もその通りになる。
353 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(中国地方) :2012/06/12(火) 00:16:47.21 ID:lH/pS+T20
GJです
354 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2012/06/12(火) 22:11:15.86 ID:IflLuUPh0
↓絵安価☆
355 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(千葉県) [sage]:2012/06/12(火) 22:13:57.20 ID:GTMbwTPWo
NTK48
356 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2012/06/13(水) 01:07:48.08 ID:r23KHe7q0
女体化48とな
1516キャラのオールスターか
357 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(中国・四国) [sage]:2012/06/14(木) 01:13:08.24 ID:59Jw+ICAO
よしゃ来い安価↓
358 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) [sage]:2012/06/14(木) 01:28:01.81 ID:/qI3h5bF0
部活
359 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2012/06/14(木) 20:05:00.83 ID:jgRL5xQK0
初めての女湯
360 : ◆suJs/LnFxc [sage]:2012/06/16(土) 00:39:14.27 ID:fNHISvoE0
前回からだいぶ空いてしまいましたが、漸く目途がついたので投下します!
といっても今日も時間がないので、書き上がったものの半分ほどにしておきます…。
361 : ◆suJs/LnFxc [sage]:2012/06/16(土) 00:45:25.61 ID:fNHISvoE0
空は随分と高くなり、鮮やかな色の青空を見なくなって久しい。まぁ、白みがかったような色の空も嫌いではないけれど。
街路樹は軒並み葉を落とし、通学路の景色はどうにも精彩に欠ける。
気が付けば、季節はすっかり冬となっていた。

先日の文化祭で起こった強姦未遂事件は、関係者の協力のお陰で闇に葬られることとなった。
涼二と典子と母さん。…それと地味に、委員長も。

そもそも涼二に「女体化狩り」の情報を提供したのは委員長で、その後に典子が血相を変えて事情を話すよう強要し、
顔面ボコボコの涼二が教室に現れたとなればバレない方がおかしい。
彼は彼なりに生真面目な部分があり、やはり学校に報告すべきだと主張した。
しかし未遂で終わったこと、来年のにょたいカフェ開催へ影響が出かねないことを話すと、あっさり黙秘すると言ってくれた。
主に後者が効いたのだろう。

涼二はあの後予想通り担任に追求されるハメになった。
あの担任をやり込めるのは難しいと思ったのだが、頑なに「階段落ちの練習をしてたんすよ。役者にでもなろうと思って」と
アホなことを言って譲らず、ついに担任が折れてくれた。

まさか階段落ちを信じたわけではないだろうが、涼二の口を割るのは無理だと判断したようだ。
そんなアイツの顔の腫れはすっかり引き、元のイケメンに戻ってくれた。本当に嬉しい。
この苦痛な朝の登校すら、涼二に会えるから苦にならない。今日も絶賛片想い中だ。

典子には謝罪と報告をした。
二人を同時に好きになってごめん。今は、涼二だけに恋してる。そんな話をしたら、典子はとても喜んでくれた。
―――ほら、私の言った通りでしょ?女としての先輩の言うことは聞くものだよっ、とかなんとか。

そしてその後は…正座をさせられ、あの事件を招いた俺の脇の甘さを延々説教された。
マジで永久に終わらないのではないかと思った。この辺は事件そのものと同じくらい思い出したくない。



そんなこんなで、あの日にこの気持ちに気付いて以来。
甘酸っぱい恋心と、女体化者かつ幼馴染であるが故の苦悩で板挟みにされている。
362 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) [sage saga]:2012/06/16(土) 00:48:54.35 ID:XBom04ePo
リアルタイムで遭遇したぜ
wktk
363 : ◆suJs/LnFxc [sage]:2012/06/16(土) 00:49:07.65 ID:fNHISvoE0
幼馴染というポジションは、プラスになるかマイナスになるか、どちらに転ぶか分からない。
二次元的な展開ならプラスになるのが普通だ。しかし悲しいかな、この世界は三次元である。
付き合いが長いだけに女として見てもらえないこともありそうだし、そもそも俺は最初から女だったわけではない。
その女体化者にしたって、プラスかマイナスは微妙なところだ。メリットとしては、とにかくビジュアル的なスペックが高いこと。
個人差はあるが、男心も覚えているので、男が喜ぶことをしてやれるであろうこと。その結果として「床上手」である、というのも定説らしい。
…したことがないから自信はないが、涼二が望むのなら俺だって。

デメリットとしては、女体化者であることそのものであること。これに尽きる。
世の中には女体化者と付き合いたい人、付き合いたくない人、セックスするだけなら良い人、セックスすらしたくない人、どっちでも良い人、
まぁ色々な人がいるわけで。
涼二は国営に行くと言ってたから、女体化者とのセックス自体に抵抗はないのだろう。ただ、恋愛対象となるかどうかは別の話だ。
本人が良くとも、世間体を気にして付き合う段階まで踏み出せない者もいるのではないだろうか。
先の幼馴染の部分も含めると、俺は「無難な女」とは程遠い存在と言える。

ふと、俺と同じような奴がいたことを思い出した。
…小澤。アイツも女体化者で、幼馴染と付き合っている。今度それとなく話を聞いてみようか。
俺だって、出来ることなら…涼二の、か、彼女に…なりたいわけで…。



隣を歩く涼二を見上げる。やっぱりコイツは格好いい。
少なくとも今だけは俺が隣を歩けるんだ。定位置である、右隣。そこだけは幼馴染ポジションに感謝しておこう。

「ん?どうした?」
「な、何でもねぇけど…えっと、最近思うんだけどさ。学園物のアニメとかゲームってさ、殆ど徒歩通学だよな。
 何でチャリ通学ってマイナーなわけ?」
「チャリ通学だと絵的に格好がつかないから…とか?そういう俺らも徒歩だけど」
「駐輪場は台数に限りがあるから、家が比較的学校に近い俺らは許可が出なかったんだよなぁ」

誤魔化すために咄嗟に振った話題は、割とどうでもいい内容だ。
しかし、言った後でよくよく考えてみれば、今となっては徒歩通学で良かったと思う。
自転車で並走しながら登校というのは、何となくムードに欠ける。やっぱり隣をちょこちょこ歩きながらの方がいい。
ほら、その方が「彼女感」があるだろ。…うん、妄想100%だけど。
自転車の二人乗りも青春っぽくて憧れるが、警察に見つかったら怒られるし。

「まぁ実際近いから別にいいんじゃねーの。…あ、そうだ」

涼二がごそごそと上着のポケットをまさぐり、取り出した物。この可愛らしいラッピングには見覚えがある。

「前のやつ、ぶっ壊されただろ」
「…もう馬鹿にできねぇんだよな、これ。有り難く頂くとするよ…」

キ〇ィちゃんのストラップ型防犯ベル。
あの時、強引に携帯を奪われたせいでストラップが千切れ、コイツだけが運よく俺の手に残った。
コイツが本来の仕事をしてくれたから、俺はほぼ無事でいられたようなものだ。

…お前の先代は、俺の貞操を守って殉職したよ。願わくば、今後永久にお前の出番がありませんように。

「っつーか…買ってもらって文句言うつもりはないけどさ。わざわざキ〇ィちゃんじゃなくても…」
「半分はネタだ。もう半分は…ほら、相手からしたらストラップにしか見えないだろ。いかにも防犯ベルらしい形より、
 その方が警戒されないかなって」
「ぐぬぬ…っ!一理あるのがムカつく…!」

何だかんだ言いつつも、俺のことを気にかけてくれる…と思う。動機はやはり親友として、なのだろうか。
だとしても俺の方は、親友の一線を越えてしまった。そのことに後ろめたさのようなものを感じてしまう。
好きになって、ごめんな。
364 : ◆suJs/LnFxc [sage]:2012/06/16(土) 00:57:02.87 ID:fNHISvoE0
考えすぎると胸が押し潰されそうなので、学校に着くまではひたすら話を振ろうと思う。
取り敢えず、先程から感じていた違和感。コイツの正体を白日の下に晒してやろうじゃねぇか。

「なぁ…最近また身長伸びたんじゃね?俺がこれ以上縮みやしないかと肝を冷やしてるのを尻目にさ」
「お、やっぱ分かるか!?こないだ計ったら179pちょいだったぜ。180pまでもうちょいだなー!」
「ぐっ…!俺に果たせなかった180pの大台の夢は…お前に託す…!」
「おう、それは俺に任せとけ。お前は現状を維持するのに全力を傾ければいいと思うわ。っつーかそういうお前は、
 背は伸びてないけど…最近スカート短くしたか?」
「みみみ、短くないっ!俺がそんなはしたねぇことするかよ!」

…嘘だよ。
俺は男だったし、今でも男の部分がたくさん残ってる。
女のことはいまだによく分からないから、普通の女がどうやって男にアピールするのかも知らない。
だから元男なりに色々考えてる。取り敢えず簡単なところから、ちょっとずつスカートを短くしてるんだ。
化粧はまだ自分でやるのは自信がないから、家で練習してるところだけど。
気を引きたいんだ、お前の。

女としての恋心。
そういったものに、微妙に残った「男としての意識」が追い付かない。
スカートを短くしたり化粧の練習をしたりすると、俺の中の男の部分が、そんな女のようなことをするなと拒絶反応を起こすことがある。
自分で自分を気持ち悪いとよく思う。お前もこんな俺を、気持ち悪いって思うのかな。



…それと、今日は一つ。勢い余って用意した物がある。

「あー…えっとな。今日は購買行くのやめねぇ?」
「飯どうすんだ?ダイエットか?断食か?俺は嫌だからな」
「ダイエットはともかく断食ってどんな事情だよ…いや、まぁその。今日は弁当作ったから…」

今朝は「鬼の柴猫」による監修のもと、散々冷やかされながら弁当を作った。そう呼んだらキレられたので今後は二度と呼ばないことにした。
昨日の夕飯も手伝いをして、その余りがあったので、それを幾つか。
あとは卵焼きやらタコさんウインナーやら定番モノを今朝、早起きして作った。
弁当箱はこの間の休みに買いに行き、ペアの物を選んでみた。似たような柄と形で、大きさと色は違う。所謂夫婦用だ。

付き合ってもいないのに気が早いかなと思ったのだが、よく考えたら逆に、今しかないかも知れないと思い直した。
何らかの要因によってこの恋が実らず、いずれ失恋する可能性は大いにある。だから今のうちに、こっそり恋人気分を味わっておきたかったのだ。

「…俺のは?」
「当然ある。量も十二分だぜ」
「うおおおおおおおッ!弁当きたああああああッ!」
「うるっせーよ!人が見てるじゃねーか!にわかに注目の的になってるんですけど!」

そんなに喜ばれると、脈があるかもって思っちゃうだろ…。
365 : ◆suJs/LnFxc [sage]:2012/06/16(土) 01:01:28.09 ID:fNHISvoE0
昼休み。

「…マジかよ」

窓の外を見ると、空は鉛色。
ガラスに雫が一滴が落ちたかと思えば、景色が歪んで見えなくなるには一分とかからなかった。

…天気予報のお姉さんは嘘つきだ。今日は終日晴れだと得意気に言っていたのに。
朝はとても晴れていたから、恐らく通り雨だろうが、この時期にしては珍しい。
基本的に天気予報を信用する派の俺にとっては想定外の出来事で、この後の予定に多大な影響を及ぼすこととなった。

―――中庭か、屋上で食おうと思ってたのに。
ムードが云々ということもあるが、それは二の次だ。単純に、この弁当を他人に見られたくない。
俺が涼二に惚れたことをはっきり知っているのは、直接報告した典子だけだ。
普段は購買組の俺たちが弁当を食うこと自体が珍しいというのに、似たような弁当箱で二人して飯を食い、
中身まで同じとあれば…感づかれてしまうかも知れない。

「な、なぁ。やっぱ今日は購買にしねぇ?」

今日は日が悪い。楽しみにしてくれていたようだが…仕切り直しだ。

「何でだよ?弁当あるんだろ?」
「実はうっかり青酸カリ入れちまったのを思い出してさー…稀によくあるよな、ははは…」
「バーロー!んなわけあるか!お前の弁当食うまで俺はここを動かざること[ピザ]の如しッ!!」
「バーローはてめぇだ…!声がでけぇんだよ…!」

声を殺して大声を張り上げたバーローを牽制する。…が、今更間に合う筈もなし。

『西田が…』
『弁当…?』

ガタガタッ!
ざわざわ…ざわざわ…

「西田君ーっ!私にも見せてー!」
「西田が弁当を作ったって?それは興味深いね」

終わったあああッ!
クソ馬鹿涼二がッ!いや好きだけどね?好きだけどさぁ!と、とにかく死守…ッ!弁当は死守だッ!

「ふーーーーッ!ふーーーーーーッッ!」
「な、威嚇!?」
「くっ…いい子だから、その胸に抱き抱えた鞄をこちらに渡そうね!」

にじり寄って来る小澤と武井や、クラスメイトの面々。
肝心の涼二は「弁当くらい見せてやりゃいいじゃん」とか言っていて、全く頼りにならない。誰のために作ったと思ってんだボケ!
弁当を作ってきたことがバレたのは痛いが、ならばせめて見世物になるのと、この気持ちがバレることだけは避けなければ…!
366 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/06/16(土) 01:06:58.66 ID:fNHISvoE0
「どしたの?え、西田が中曽根にお弁当作ったんだ。…ふーん」

…最悪だ。
群がる群集を掻き分け、植村まで来てしまった。この手のネタが大好物の植村のことだ。こんな美味しいネタを見逃す筈がない。
こんな時に限って典子は席を外している。俺のことを真摯に考えてくれる典子なら、この状況にも収拾をつけてくれたかも知れないのに。

クソが、涼二のために作ったんだ。面白半分で見ていい代物じゃねぇぞ!恥を知れてめぇら!

「ふーーーーーーーーーーッ!」
「はいはいそこまで。アンタ、妊娠中のお母さんの手伝いで家事してるんでしょ?偉いよね、見直したかも」
「ふ………え?そ、そんなこと言って俺を油断させる気だろ!?その手には乗らねぇぞ!」
「落ち着きなさいって。おおかた昨日の晩御飯の余りが勿体ないからお弁当にして、一人分も二人分も手間は変わらないから中曽根の分も…
ってトコじゃないの?」

半分正解だが、一人分も二人分も手間は…のくだりについては間違っている。
これは「ついで」じゃない。涼二に食ってほしくて作ったのだから。
…だが好都合だ。そう答えておけば、俺が気まぐれで弁当を作った方向に持って行ける。

「そ、そういうことだ。だから見ても面白いもんじゃねーぜ。涼二の分も作ったのだって、いつも購買で世話になってるからであって…」
「そーゆーことみたいよ。だからほら、アンタらはさっさと戻りなさい。西田たちがご飯食べられないでしょ」
「ちぇー。植村ちゃんならノってくれると思ったのにー」
「まぁ、あまり騒ぎ立てることもなかったか。悪かったね西田、ゆっくり食事をしてくれ」
「お、おう…?」

何だ?こいつは誰だ?
モデルのような体型と顔の持ち主で、ファッションセンスも抜群で、サディストで、
そのくせ年頃の女の子らしく人の色恋沙汰にすぐ顔を突っ込みたがる、植村玲美じゃなかったのか?
こんな状況をみすみす見逃すような女じゃない筈だ。何かがある…のか?

「何?異星人でも見たような顔して」
「えっと…誰ですか?初めましてですよね?」
「馬鹿なこと言ってないで、お弁当早く食べたら?…中曽根が発狂しそうになってるし」
「がああああッ!早く俺に食わせてくれねーと地球がヤバいッ!!」
「い、今食わせてやるから落ち着けっての!ほら!ちなみに地球は全然ヤバくないから!」

ごゆっくり、なんて言いながら去っていく植村はイマイチ釈然としないが、人目も無くなったことだ。鞄から弁当を取り出す。
涼二の席は俺の後ろ。椅子ごと振り向いて机に乗せる。

「…さっきも言ったけど、昨日の晩飯の残りがメインだからな。あんまり期待するなよ」
「期待するなっつー方が無理だっての。さぁ、どれどれ…うおー!普通に美味そうじゃねーか!」
「だから声がでけぇって…!もっと静かにしろよ…!」
「あ、悪ぃ悪ぃ。つい興奮しちまったわ」

相変わらず空気を読まないアホな涼二のせいで、クラスメイトは横目でチラチラと弁当を見てくる。
先程のようなざわめきは起きないものの、これはこれで恥ずかしい。
とはいえ連中の目線は純粋に「西田が作った弁当ってどんなんだ?っつーか料理出来んのアイツ。生活能力皆無っぽいけど」という
失礼極まりない好奇の目線なのが不幸中の幸いか。

これは植村の立ち回りのお陰だ。…それが怪しいところでもあるんだけど。
367 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/06/16(土) 01:12:17.79 ID:fNHISvoE0
おかずの入った上段と、米を詰めた下段を並べる。
米は鰹節と醤油で味付けして上に海苔を敷いてある、所謂海苔弁。これは野郎相手が相手なら99%ハズレはない。
少し硬くなってしまうが、米はやや強引に詰めた。量を増やすためだ。
おかずはともかく米が海苔弁というのはあまり女子が作る弁当っぽくない、が…

「海苔弁たぁ気が効くじゃねーか。んじゃ早速、頂きますよっと」

好評だった。良かった良かった。

「…この卵焼き、マジでお前が作ったのか?秋代さんじゃなくて?」
「何で?」
「だって超美味ぇもん。秋代さんが作ったとしか思えねぇ」
「教えてもらいはしたけど、作ったのは俺だよ!失礼な奴だな!」
「静かにしなくていいのか?」
「…あ」

自分の言った言葉などすっかり忘れて大声を出してしまう。周りからのチラ見がより激しくなった気がする。
…やっちまった。牽制の意味を込めて周りを睨みつけると、先程席を外していた典子が席に戻っているのが見えた。
そのまま何となく典子を目で追っていると、あちらも気が付いたようだ。俺が弁当を作って持ってきた状況を察し、ニコッと笑ってサムアップ。
…頑張れということらしい。少し照れるが、応援してもらえるのは素直に嬉しく思える。
ありがとう典子。俺、頑張るから。

「どうした?顔赤いぞ」
「な、何でもねぇっ…」

この赤面症、マジでどうにかならんのか。
気取られたくなくて、視線を弁当箱へと下ろす。俺も食うとしよう。

昨日の夕飯に作った、ごぼうのきんぴらをもそもそと摘む。
「一晩寝かせた方が美味いんだぞ。おい聞いてんのかコラ」と母さんが言っていたが、ぶっちゃけ半信半疑だった。
今食ってみると…夕べよりも味が染みているのか、確かに美味い気がする。これは是非食ってもらいたい。

「このきんぴらは結構自信あるかも」
「…ふむふむ。お、本当に美味いな。つーかもう何食っても美味いわ。某海原のオッサンもびっくりだぜ」
「何か投げやりだな!?」
「だってそれ以上言うことねぇし。秋代さんに教えてもらってるにしても、これだけ出来るのは大したもんだろ。何気に才能あるんじゃねーか?」
「ほ、褒めすぎだろ…たかが弁当一つで…」

才能じゃない。愛だよ、愛。無論そんなことは口には出せないけど。
でも、本当に嬉しい。大好きな人に弁当を作って、美味いと言ってもらえて。幸せってこういうことを言うんだろうな。
彼女になれたら、もっと幸せなんだろうな。

…そんな考え事に神経を割いているせいか、自分で作った弁当の味が美味いんだか不味いんだか、よく分からなくなってしまった。
まぁ、目の前で美味そうに食ってくれている奴がいるんだから、心配しなくても大丈夫だろう。



「ふあーっ、美味かった!ご馳走さんっ」
「…お粗末さま」

俺が弁当を半分ほど食った頃、涼二は先に食い終わってしまった。
こんな夫婦のようなやり取りもしてみたかった。小さな夢が叶った瞬間だ。米粒一つ残っていない弁当箱は、次も頑張ろうという原動力になる。
恋する乙女は、惚れた男には何だってしてやりたいのだ。…我ながら、だいぶキモいと思うけど。

それにしても、涼二は何気にお行儀が良い。米粒を残さないのもそうだし、箸の持ち方だってちゃんとしている。
俺が女になってからはまだ会ってないけど、コイツんちのおばさんはウチのと違って常識人だからな。
もし…もしも、だ。コイツと…け、結婚なんかしちゃったら。あの人は俺のお義母さんになるのか?なるんだよな?
今のうちから好感度上げておいた方がいいのか?今度菓子折でも持って…いや、作った方がいいのかも?

…中曽根忍、なんちゃって。

「おい、本当に大丈夫か?伝染性紅斑みたいになってるけど」
「至って健康だよ!」

鈍感なヤツ。
まぁ、今はまだ心の準備ができてないし。気付かれないに越したことはないよな…。
368 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/06/16(土) 01:18:30.85 ID:fNHISvoE0
浮ついた気分で午後の授業を消化した。
幸か不幸か、涼二の席は俺の真後ろ。よくありがちな「授業中に自然と目で追ってしまう」のは実質不可能なので、
辛うじて授業は頭に入っている。

そんなこんなで、漸く帰りのホームルームだ。

「よく『来年のことを言えば鬼が笑う』なんて言うけれど、鬼に笑われたところで、だから何だと言いたいのは私だけだろうか?」

掴み所のない担任による、恒例のよく分からない話が始まった。この女はいつもこの調子なのだ。
どうでもいいことばかりべらべらと喋り、どんどん話が脱線していくのはいつものこと。こんな適当な話には付き合っていられない。
何か考え事にでも脳の処理能力を使うとしようか。

―――今日は涼二、バイトだって言ってたっけ。一緒に帰るくらいの時間は、多分あるよな。
ホームルーム終わったら速攻声かけて帰ろ。帰宅部万歳。
帰ったらどうしよう?夕飯の準備までは少し時間があるから…ゲームでも買いに行こうか?今あるゲームはあらかた飽きたし。
最近、何か面白そうなの出てたかな…。

「…というわけで、ポテトチップスはのりしおこそが至高。では委員長、号令」
「きりーつッ!れぇぇェーーいッ!」

ヤバい、話の前後関係が全く分からねぇ。どうしてこうなった。
まぁいい、取り敢えず。

「涼二、帰…むがっ!」

すぐ後ろの涼二へ身体を向けんとした瞬間。
眼前に白くてほっそりとした指が突然現れたかと思えば、口をがっちりと塞がれた。
視界の端に見え隠れする、よく手入れされた艶のある髪。ふわりとした香水の匂い。後頭部に感じる柔らかい感触。
コイツ…!

「ふへふはか!?はひひははふへへー!」

訳:植村か!?何しやがるてめー!

「ごめんね中曽根、今日はちょっと西田借りるから。悪いけどアンタは一人で帰りなさい」
「ん?珍しいな植村、どっか行くのか?」
「そろそろ西田も女子会に参加してもらおうと思って。そういうわけだから、また明日ね」
「むぐぐがっ!むーーーーっ!」
「おやおや?そんなに嬉しいのかなー?いつでも誘ってあげるのにー」
「今日は忍も参加?珍しいね、いつもは誘っても断られるんだけど」

女子会!?何言ってんだこのアマ…って典子も一緒かよ!
クソが、俺は涼二と一緒に帰りたいのに…!何だってんだ今日は!?

「ほらほら、ちゃっちゃと歩く!」
「むぁーーー!んーーーーっ!!」
「ばいばい中曽根君!」

クラスメイトが好奇の目線を向けてくる中、出口に向かって引きずられる。
鞄はさりげなく典子が持ってくれてあるが、一体どこへ拉致されるのか。

植村は女子会だと言っていた。
そんな集まりがあるという話は、典子から聞いている。女になってから少し経った頃から今までに、何度か誘われたこともある。
その時に、女だけで他愛もない話に華を咲かせる集まりだと聞いた。
女子高生らしくて結構なことだが、ぶっちゃけ男と女のハイブリッド的存在である俺にとってはあまり魅力を感じなかったので、
何だかんだ理由をつけては断ってきた。

あまり断り続けて「付き合いの悪い奴」と思われるのもアレなので、
そのうち参加してみようとは思っていたが…何故今日に限ってこんなにも強引なのか?

…思い当たることと言えば、昼休みに植村が妙に優しかったこと。
何が裏があるのではと踏んでいたが、この行動に繋がっているのかも知れない。いずれにせよ、目的はよく分からないけど。

あぁ、涼二が遠ざかっていく。暢気に手を振りやがって、畜生め。
もっと一緒にいたかったのになぁ…。
369 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/06/16(土) 01:36:33.14 ID:fNHISvoE0
いつも見て下さっている方々、ありがとうございます。今回は以上です。
時間の都合で今回投下したのは前半ですので、また近いうちに後半を投下するつもりでおります。

今ざっと見返したら>>363でおかしい点があったので訂正を。確認不足ですね…スイマセン。

×デメリットとしては、女体化者であることそのものであること。これに尽きる。
○デメリットとしては、女体化者であることそのもの。これに尽きる。

あと>>365でピザになってるのは、まぁそのままの意味です。

投下してる時にリアルタイムで見てる方がいると恥ずかしいのは俺だけでしょうかwww
先日の◆Zsc8I5zA3U氏のキャバネタはとってもツボでした。ぜひぜひ続きが見たいです!

さて、西田忍と愉快な仲間たちはこれで何話目なのか、自分でも数えていません…適当に書いてるだけなのにしぶとく続いておりますwww
もうちょいで終わると思いますので、もう暫しお付き合い頂けたらと思います。
ではまた。
370 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/06/16(土) 01:36:32.99 ID:fNHISvoE0
いつも見て下さっている方々、ありがとうございます。今回は以上です。
時間の都合で今回投下したのは前半ですので、また近いうちに後半を投下するつもりでおります。

今ざっと見返したら>>363でおかしい点があったので訂正を。確認不足ですね…スイマセン。

×デメリットとしては、女体化者であることそのものであること。これに尽きる。
○デメリットとしては、女体化者であることそのもの。これに尽きる。

あと>>365でピザになってるのは、まぁそのままの意味です。

投下してる時にリアルタイムで見てる方がいると恥ずかしいのは俺だけでしょうかwww
先日の◆Zsc8I5zA3U氏のキャバネタはとってもツボでした。ぜひぜひ続きが見たいです!

さて、西田忍と愉快な仲間たちはこれで何話目なのか、自分でも数えていません…適当に書いてるだけなのにしぶとく続いておりますwww
もうちょいで終わると思いますので、もう暫しお付き合い頂けたらと思います。
ではまた。
371 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) [sage saga]:2012/06/16(土) 10:40:43.32 ID:XBom04ePo
今日は短めだけど ◆suJs/LnFxc氏に続くぞ
372 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) [sage saga]:2012/06/16(土) 10:41:04.94 ID:XBom04ePo
思わぬ来訪者というものは場所と時間を選ばない・・








   来訪者






白羽根学園は今日も通常営業でこの学園の名物の一つでもある校長の霞は子供っぽい愛らしい仕草をしながらも各教師から提出される書類に目を通しながら順調に捌いていく、これでもどこかの教師の未提出が目に浮かぶのが頭が痛い問題である。

「ハァ〜・・骨皮先生は早く書類を提出して欲しいところね」

靖男のクラスは副担任である葛西が代理で提出しているのだが、それでも靖男本人が書かなければ認可されない書類もかなりあるので理事長からの小言に悩まされる。この学園の理事長は基本的には自分の経営している会社があるので学園の運営は基本的に霞に一任されているのだが、放任はしていないようで度々学園に現れては霞に状況を報告させている。

「考えたって仕方ないわね。もう昼だしお弁当でも食べましょ」

基本的に霞はお昼は弁当で済ませている、教員時代は家庭科の教師だったので料理の腕もよかったし調理実習で賄えれると言うメリットもあったが、出世してからはそういった機会は殆どない。霞は子供のようにてこてこと歩きながら職員室内にある給水室で自分のマイカップを取り出して愛らしい表情で今日の飲み物をどれにしようか頭を抱えながら悩む。

「今日はどれにしようっかな〜♪」

こんな成りでも実年齢はこれからやってくるであろう更年期障害に悩む中年なのでなんとも奇妙なものである、悩んだ末に霞はいつも飲んでいるレギラーコーヒーを淹れるとそのまま自分の席へと移動するのだが、ここである人物に目を向ける。

「・・このデータは使えるわ、放課後の練習に取り入れて向上率は」

(あれって・・橘先生よね、それにしてもよく見たら橘先生って普通にスタイル良いから羨ましいわ。そういえば骨皮先生との噂も気になるわね・・よしっ!)

霞の目に留まったのは某栄養食品を食べながら入念にパソコンをいじっていた瑞樹であった、どうやら受け持っている陸上部の指導方法をデータでまとめているようであらゆるデータの試算ををしているようだ。霞はそんな瑞樹の様子に感心しながら若かりし頃の特技である気配を消しながらそろっと瑞樹に近づいていく、当の本人は霞が近づいていることなど露知らずにコーヒーを啜りながら某栄養食品を食べ初めてあらゆる指導法を模索し終えると今度は授業のクラスごとに行っている学習内容をチェックしながら過去のデータを踏まえて見直していく。

「1年生と2年生は充分、3年生は過去のセンター試験の受験内容を抑えておかないと・・特進クラスに関しては大学の講義内容を元に高度な実験を――」

「栄養食品も悪いとは言わないけど橘先生もまだ若いんだからもう少しパワーがつくもの食べないと」

「――!! 校長先生、何の御用でしょうか?」

瑞樹は突然の霞の出現に驚きながらもすぐにいつもの冷静さを取り戻すと改めて上司である霞と応対する。
373 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/16(土) 10:42:13.98 ID:XBom04ePo
「ああ、硬くならなくてもいいわよ。私もお昼だから一緒に食べても構わないかしら?」

「・・どうぞ」

瑞樹の了承も得られたところで霞は自家製の弁当を持ってくると子供のように瑞樹の膝の上へと移動する、これには流石の瑞樹も反応に困るのだが相手は自分の上司・・どこかの誰かさんのように図太い性格ではないので瑞樹は少し考えてから声を出す。

「あの校長先生、その体勢だと私が動きづらいんですけど・・」

「ええ〜、この方が楽しいもん〜」

「・・わかりました、自分で何とかします」

「やったー☆」

幼児顔負けの霞のぶりっ娘仕草に根負けした瑞樹はコーヒーを啜りながら霞を膝に乗っけて顔色一つ変えずにデータ収集に勤しむ、それにしても霞の弁当を見ていると見た目も鮮やかながら栄養バランスも整った上に味も抜群だと思う、本来ならば自分も弁当を拵えているものの今日は暇がなかったのでやむなく適当に済ませているので少々眩しく見える。

「やっぱりお弁当は考えて作らないとね。んで橘先生、ぶっちゃけ骨皮先生とはどこまでいってるの?」

「――!! な、何故そのようなことを・・骨皮先生とは何もありませんが?」

「惚けても無駄よ。あれだけ皆がしきりに噂してればこっちの耳に入ってくるわ」

ぶっちゃけた話、あれから靖男との関係は相変わらずで本人もそれなりのアプローチはしているものの靖男にはぐらかされてしまいっぱなしな上にこの学園ではある水面下の戦いも繰り広げられているので瑞樹もうかうかしてられないのだ。

「ま、若いっていいわよね。それにしても骨皮先生と橘先生にそういった話があるなんて意外よね〜」

「・・彼とは何もありません。あれはただの噂です」

「でも最近の橘先生見てると楽しそうよ」

霞も最近の瑞樹の感情の変化には目覚しいものを感じる、赴任した当初は感情すら一切表さない無表情のままだったので校長の立場で見てたら少し心配になってたのだが、ここ最近は瑞樹が感情を表してくれるので親しみ易さも湧いてくる。

374 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/16(土) 10:43:25.91 ID:XBom04ePo
「橘先生はお昼はいつも栄養食品なの?」

「いえ・・今日は時間がなかったので」

「ふ〜ん、橘先生のお弁当見てみたかったな」

「・・」

しかしいつまでも霞が自分の膝の上とテーブルを独占するものだから瑞樹としては非常にやりづらい、早いところデータを集計したいのにこれじゃいつまで経っても進まないので瑞樹は困惑しながら作業を諦めることにする。その後も霞からは色々と話しかけられるのだが瑞樹は適当にコーヒー片手に応対しながら静かに時間は流れていく、それにしても霞を見ていると冗談抜きで本当に子供みたいなので自分がもし子供を持ったらこんな光景が日常茶飯事になるのだろうと思ってしまうと考えるだけでどこか笑えてしまう。何せ自分は昔から親との折り合いが悪く、親子の情愛など微塵もなかったのだ・・今までは死んだ弟が何とか自分と両親との間を取り持ってくれたのだが、彼がガンで死んでからは両親は瑞樹が高校を卒業したのと同時に追い出すように大学の近くに現在の住居を提供したのだ。

「それにしても橘先生、本当にスタイルいいわね。相良さんには負けるけど羨ましいわ〜」

「・・彼女は特別です、それに女体化ならば春日先生のほうが詳しいのでは?」

聖と比較されて若干ムッとしてしまう瑞樹であったが、聖と言う人物はどことなく魅力を感じるもので靖男が受け持っていた生徒の中ではかなり個性の強い存在だろう。それに交友関係のある狼子もあんなに自分の感情に素直に行動できる所は自分にないものを感じて羨ましく眩しい存在だ。

それに瑞樹の言うように礼子は女体化に関しての知識は豊富でその手の講義には出席しているようで、何だかんだ言っても生徒達からはかなり慕われているようで瑞樹もたまに靖男経由で耳にする。それに礼子とは仕事上で絡む機会もあってかそれなりに話したりするので教員の中では靖男に次いで会話している比率は高い、それに礼子は既婚者なので葛西と違って靖男とは単に同僚だから仲が良いものだと把握している。

そんなことを考えてたらもう少しで次の授業の時間に差し掛かるので瑞樹は自分の膝の上にいる霞を優しく降ろすとそそくさと授業の準備を始めるが、無理矢理降ろされた霞はお冠である。

「えー!! もう少しお話しようよ〜」

「申し訳ありませんが、私も次の授業がありますので・・それでは失礼します」

そのまま瑞樹は準備を終えて第二の牙城である化学準備室へと向かっていく、しかし瑞樹も殆どの学年の化学の授業を受け持っている身なのでどこかの靖男みたいに暇ではないのだ。残された霞は給水室で空になった弁当箱を洗うと再び書類と格闘すると仕事を停滞させている諸悪の根源であるこの男が入室する。
375 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/16(土) 10:43:42.64 ID:XBom04ePo
「うぃ〜・・って誰もいないのか?」

「私がいるわよ!! 骨皮先生!!」

「ゲッ、失礼しま・・」

「待ちなさい!! 丁度良い機会だから未提出の書類を書いてもらうわよ!!!」

慌てて退出しようとする靖男を押さえ込むと瑞樹のときとは違ってどこかの口うるさいお母さんのように靖男に未提出の書類を書かせる、ぶっちゃけ靖男が期日通りに書類さえ提出してくれれば霞の仕事は大分楽になるのだ。

「校長先生、どっかのおかんみたいなんですけど・・」

「だったら期日通りに書類を提出してちょうだい。授業がないからどっかでサボるつもりだったんでしょ?」

(このロリ娘、俺の行動パターンを見抜いてる!! ニュータイプなのか・・!!)

単に靖男の行動が単純なだけの話なのだが、本人に学習能力があまりないので霞に掛かれば観察するだけで行動パターンは大概は見抜ける、それにさっき瑞樹と話したので今度は靖男にもあの噂の真相を上司権限で問いただす。

「ねぇ、骨皮先生・・橘先生と付き合ってたの?」

「ブッ!! いきなり何ですか・・」

思わぬ霞の質問に靖男は飲みかけてたコーヒーを思わず噴出してしまう、まさか霞までこんなことを聞き出すとは靖男にしてみれば非常に厄介な問題である。噂自体もようやく自然鎮火してきたので聖や狼子による度重なる質問ラッシュから逃げ切れてたと思った矢先に霞からのこの質問である、靖男がどうやって逃げ出そうかと考えている中で霞は逃げ場をキッチリと封じる。

「逃げよう立って無駄よ。もし話してくれたら骨皮先生に書いてもらおうと思った書類を免除してあげる」

「ううっ、このロリ娘は人の弱みに付け込みやがって・・」

いつもならcivのマルチプレイで培った外交手段で自分のペースに持ち込む靖男なのだが、霞に限っては自分の上司なので中々難しいところなのだ。だけども簡単に屈するのは靖男の流儀ではないし、かっての瑞樹との関係など人に話せれるような立派な内容じゃないので靖男も全力で話すのは拒否しながら話を上手い具合にはぐらかす。

「橘先生とは大学が一緒だけだったですよ。あの時は学部が違ったんで大した交友もないですしね」

「ふーん・・」

靖男も嘘は言ってはいない、あの時は瑞樹とは学部が違っていたので会っていたのはお互いの講義が終わった時だし大学内ではあまり滅多なことでは会うことはなかったし、たまに同じ講義で会うこともあった場合はお互いに気恥ずかしかったのかあまり会話を交わしてないのはよく覚えてる。

「それにあの噂だってどっかのバカが勘違いしたものじゃないんですか? 橘先生も何か言ってました?」

「黙ってたから何も聞けなかったわ」

霞の反応で靖男も質問の意図がようやくわかったのでこの調子でのらりくらりと真実に近い嘘で話をはぐらかせば時期に質問は止むだろうと判断した靖男は書類を書いていくのだが霞も瑞樹が中々話してくれなかったのもあったのでそう簡単には退くわけがない。

「でも気になるものは気になるわよ!! 教えなさい、これは上司命令!!」

「それが許されるのは本当の子供だけです。全く、しょうもない事で職権乱用するんだから・・相良と月島用に買っておいたおにせん上げますから、これで機嫌直してください」

「ううっ〜・・」

素直に靖男からおにせんを受け取った霞は敗北感を覚える、どうやらこの勝負は靖男に軍配が上がったようだ。
376 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/16(土) 10:44:02.82 ID:XBom04ePo
数分後、靖男は書類を書き上げると授業用具を持参して逃げるように職員室を後にした、残された霞は食べ終わったおにせんの袋をゴミ箱に捨てると靖男の提出した書類をチェックする。

「何これ・・こんな書類提出したらまた理事長に叱られるっての!!!」

靖男の提出した書類は字が汚い上に内容もお粗末な代物なので容赦なく再提出の判子を押すと汚さ全快の靖男の机に叩きつける、こんな書類を理事長に提出すれば小言の上に説教が加算されるので考えるだけで胃が痛くなる。

「はぁ〜・・いつか春日先生か橘先生に骨皮先生の実務教育させようかしら」

とんでもないことを呟いた霞であるが、教頭が職員室に入ってくると彼女に客人の来訪を知らせる。

「校長先生、お客様です」

「え? おかしいわね、今日は誰も来ないはずなんだけど・・」

ある帳簿を取り出すと本日の来訪者をチェックするが、帳簿には霞宛の来客などは記載されておらず逆に教頭宛の来客が多いぐらいだ。しかし霞はこの学園の校長・・いわば最高責任者なのでアポなしで市のお偉いさんやPTAの会長やはたまた生徒の保護者がやってくる場合も多々あるので霞はそれらの類と判断すると客を待たせるわけにもいかないので教頭に手はずを整えさせる。

「面倒だけど仕方ないわね。教頭先生、お客様を粗相のないようにお通ししてちょうだい。私もすぐに向かうわ」

「わかりました」

「はぁ・・何か問題やかしてるのは勘弁して欲しいわね」

そのまま身体に似合わず大きい溜息を吐きながら霞は応接室へと移動するのであった。
377 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/16(土) 10:45:14.09 ID:XBom04ePo
応接室

(相手がどんな人物だろうとやってみせるわ。私は校長ですもの)

この中にいる来客に霞は不安と緊張で一杯となってしまうのだが、自分に自身を持たせるために深呼吸して不安と緊張を無理矢理掻き消すと意を決してこれまで培った礼儀作法で応接室の扉を開く。

「大変お待たせいたしました。当、白羽根学園 校長の藤野 霞で・・」

「あっ!! 霞ちゃんだ、昔とちっとも変わらなくて安心したよ!!!」

「えっ? もしかして・・心!?」

応接室で待っていたのはある女性・・かってまだ霞が一教員だった頃に共に苦楽を分かち合った同期であり最高の親友、西本 心その人であった。最後に心の姿を見たのは数年前のクラス会以来なので霞の喜びは一入、久しぶりの再会に我を忘れて子供のように心に飛び込む。

「うあああぁぁぁぁぁん!!!!!!!」

「よしよし、霞ちゃんは相変わらず子供っぽくて可愛らしいよ〜」

心はいつものように泣きじゃくる霞を母親のようになでなでしながら年甲斐もなく昔と変わらない友人の姿に安堵する。これでも2人の実年齢が中年真っ盛りなのが恐ろしいところなのだが、今の2人は完全にあの頃にタイムスリップしたかのようなあの感覚が甦る。暫く感動の再会が続く中でようやく落ち着きを取り戻した霞は心と応対する形で備え付けられていたソファに座り込むと改めていつもの調子を取り戻す。

「ゴホン・・ようこそ、白羽根学園へ!! 歓迎するわよ、西本 心先生!!」

「今はもう結婚して先生じゃないんだけどね・・でも霞ちゃんは校長になる夢を叶えたんだ!!」

「結構大変だけどね、やっぱり夢と現実のギャップは激しいよ」

まだ霞が現役の教師だった頃、彼女は教師の仕事をやり続けて様々な生徒と接するうちに校長になって全ての生徒の教育を高めて生涯にわたって誇れるような学校を運営したいと夢を持つようになり様々な学校を渡り歩き色々な生徒達を受け持って着実な実績を残して教員から教頭へ・・そして念願の校長に出世を果たしたのだ。心もそんな霞の夢を応援しており教師だった頃は時々落ち込む霞を励ましながら彼女の支えになったのだ。2人が一緒の学校で教員生活を送ったのは6年間だったが、その日々は非常に濃い思い出となって今でも2人の中で行き続けており話の方向は自然と最初の頃の話になる。

「最初に霞ちゃんと出会った時は驚いたな。何せ見た目がこんなんだから小学生が迷ったのかと思ったわよ」

「・・校長になって本当に小学校へ送られたけどね」

「アハハハ!! それは難儀だったね」

当時赴任したての靖男は何とあろうことか霞を小学生だと勘違いしてしまって有無を言わせずにあろうことか本当に近所の小学校へと送り込まれたのは今では笑い話になるが当時は非常に恥ずかしかったものだ。

「でも話を聞いたら既に子持ちだったとは更に恐れ入ったよ。よく家に出向いて手伝ったりもしてたっけ、潤君はもう大きくなった?」

「今じゃ立派に成長して商社の営業マンよ。あの時はダーリンも仕事が忙しくってよく心に手伝ってもらったっけ」

「困った時はお互い様だよ、私もある人に色々助けてもらったからね・・何も言わずに助けるのがいい男なんだよ」

「アハハハ・・教頭してた時にお世話になった校長先生思い出すわよ」

霞も心が受けた心の傷はしっかりと理解している、幼い頃に逆恨みの殺人鬼に両親と兄弟が目の前で惨殺された話は聞いていて心が痛かったが重度の失語症だった彼女を懸命に支えて社会復帰させたと言う教員は偶然にも霞が教頭の時にお世話になった校長、世の中は案外狭いものだなと実感させられたものだ、それに心は意外にもある物凄い人物の副担任だったのは案外知られていない。
378 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/16(土) 10:46:18.45 ID:XBom04ePo
「それにしても心があの平塚夫婦の副担任だったとはね、やっぱり当時から凄かったの?」

「う〜ん・・平塚君は普通だったけど、小林さんは昔っから演技が上手くて評判だったんだよ。まさか本当に世界を股に架ける大女優になるとは思わなかったけどね」

「へー、SAORIって当時から大女優の片鱗があったのね」

平塚 沙織・・女優名SAORIはいまや世界的な規模を誇る平塚グループの社長である平塚 明人の妻でありアメリカを中心としてその演技力であらゆる賞を総なめにしており、今や世界中にその名を知らぬものはいないとされて同世代は勿論のことその変わらぬ美貌とファッションセンスから若年層の女性の憧れを一心に受けているのだ。霞もそんな沙織の活躍はよくテレビとかで目にしたりするし女生徒からも彼女に憧れているものがかなり見受けられるので見ていると心が誇らしく思ってしまう。

「それに平塚君は真ん中のお姉さんが私の大学の時の後輩だからね。当時から小林さんにぞっこんだったんだよ〜」

「あの夫婦仲良いもんね。確か大手の結婚会社の広告塔をずっとしてたっけ」

「そうそう、友人の十条君も今や敏腕副社長。副担任だったけど何だか鼻が高いよ」

「私も受け持ってた生徒が俳優になってた時は驚いたわよ。あの子クラスで一番頭が悪かったからよく補習させてたわね」

「でも霞ちゃんは凄いよ。受け持っていた生徒さんの名前は全部覚えてるもんね」

いつか心が霞と話したときに自分の受け持った生徒の話になると心は少しおぼろげてたのに対して霞は全ての生徒の顔と名前を一字一句洩らさずに覚えてたのには衝撃を覚えたほどだ、それだけ霞が教師と言う仕事に真髄に取り込んだ証拠だし慕われてた証拠だろう。

「そんな大したことないわ。だけど受け持った生徒の名前は覚えておかなきゃ教師として面目が立たないわ」

「現役時代も霞ちゃんは人気があったもんね。流石に頭が下がるよ」

「いやいや〜、これぐらいしか才能ないから」

思えば霞も様々な生徒を受け持ったものだ、どれも決して楽しいことばかりではなく様々な問題に直面して共に解決してきたことは経験としてしっかりと自分に活きているのだ。

379 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/16(土) 10:47:10.67 ID:XBom04ePo
「そうえいば霞ちゃんは今まで教師やってたけど一番印象に残っている生徒っているの?」

「う〜ん・・どれも印象に残っているから一概には言えないけどね」

霞は少し考えながらこれまで担当してきた生徒とのエピソードを思い出すのだが、どれも心に残っていて誰が一番とは早速決めかねられないものだ。そのまま霞は少しお茶を飲みながら少し考えて今までの教員人生の中で印象深い生徒を探し出すとある人物が思い浮かぶ、その人物は今まで教員をしてきた中でも非常に強烈な印象を残すと同時にその尋常ならぬ行動力で度重なる様々なトラブルを起こし続けたあの人物の名前を霞は即座に思い出す。

「やっぱり、今まで受け持った中で印象に残っている生徒といえば京香よね・・」

「その子が霞ちゃんの印象に残っている生徒なの?」

「そんな生易しいレベルじゃないわよ。成績とかは問題なかったんだけど、行動力は凄まじくって結構問題起こしてね・・よく怒鳴りつけて叱ったけのもいい思い出だわ」

「へぇ〜、霞ちゃんがそこまでしたんだから凄かったんでしょ?」

京香の存在に興味が湧いた心はワクワクしながら霞から語られる京香の武勇伝の数々に耳を疑いながらもお茶を飲みながら霞の話に耳を傾ける。

「ま、色々あったけど・・京香のことで一番度肝を抜かれたのはアルバイトのことかな」

「え? 何かやらかしたの??」

「女体化してちょっとは大人しくなったのかなって思ってたら・・何とあの娘、高校在学中にキャバクラで働いてたのよ!!」

「うわぁ・・そりゃ凄いね」

流石の心もこの驚愕の事実には思わず耳を疑ってしまう、いくらアルバイトとはいえキャバクラで働いてたとなればかなりの問題になのは違いないが、何せ女体化して高校生の身分でキャバクラへと勤務をするその発想と行動力には感嘆させられる。

「それで、霞ちゃんはそれからどうしたの?」

「もちろん、本人呼んで説教して一緒に店に乗り込んだのはいいんだけど・・本人がかなり抵抗してね、とりあえず学業に差支えがないようにするっていう条件で特別に認めたわ。京香は成績は良かったからその条件をしっかりと守ってたわ、そのお陰で何とか上にもばれずに何事もなく無事に卒業したってわけ」

そのまま霞は京香との今でも続いている激闘の日々を思い浮かべながら少しばかり苦笑してしまう。何だかんだいっても彼女はとても優秀だし行動力も人一倍あって様々なトラブルを撒き散らしてはいたが、悪い人間ではないのは担任であった霞が一番良く知っているのだ。

「でも高校生の身分でキャバクラ勤めてたその娘も凄いけど認めた霞ちゃんも凄いね。今はなにをしているの?」

「姉妹校の教頭よ。あれから教師になったみたいで順調に出世してるから鼻は高いんだけど・・私よりも順調に出世しているから同じ教師としては複雑なのよね」

「ま、霞ちゃんは立派に夢をかなえてるんだし私はそれでいいと思うよ。後進に道を譲るのも私たちの役目だしね」

「全く現役を退いている心は気楽で羨ましいわ」

そんなことを思っている霞であったが心のことでとある噂があったのを思い出す、この西本 心という人物も靖男や瑞樹と同じように教員の中ではある噂で持ちきりになったことがある人物なのだ。
380 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/16(土) 10:49:39.14 ID:XBom04ePo
「ねぇ、心。昔からちょっと聞きたかったことがあったんだけど・・」

「何々? 遠慮しないでどーんと聞いて」

「・・十条副社長と同棲してたのって本当?」

「――!!」

かって心に巡った噂・・それはかの有名な平塚グループの副社長である十条 兼人と同棲してたという噂だ。そのとき霞は別の学校へ赴任していたので当時の状況はわからないのだが、知り合いの伝で回ったほどなのでよほど有名な噂だったのだろう。心も笑顔を保ったまま無言でお茶を啜るが中々言葉が思い浮かばない、霞もよくよく頭を働かせるとさっきの質問は失念だったと反省する。何せ大企業の副社長とかっての教師が昔一つ屋根の下で暮らしてたとならばかなりの大問題だろうし、相手が世界に名高い大企業の副社長なのだからスキャンダルだけでは済まされないのだ。

「ご、ゴメン!! 私ったらつい変なこと聞いちゃったね・・事実だったらまずいだけじゃ済まされないもん。さっきの質問は忘れて頂戴ッ!!」

「いいよ。いずれはバレちゃうことだしね・・」

どうやら噂は事実だったようだ、霞は即座に応接室を出来る限りに防音にするとゆっくりと心の話に耳を傾ける。

「最初は家族に追い出されたって話したんだけど、実際は一緒に住んでた人と揉めて思わず飛び出しちゃってフラフラになって迷ったところで十条君の家に立ち寄ったのがきっかけなんだよね」

「け、結構ハードね・・」

「それでそのまま追い出されて荷物も送られて本格的にスタートしたの。十条君は私のために不動産探してくれたんだけど私身寄りがいないから保証人なんて付けれなかったから家捜しは2ヶ月で諦めたのよ。
だけど真菜香ちゃんには悪いことしちゃったなぁ・・あっ、真菜香ちゃんってのは十条君が当時付き合ってた彼女で気はかなり強かったんだけど生まれつき病弱だったのよ。十条君の意向で今の生活を話したんだけど揉めに揉めて、何とか納得はしてもらったんだけどね」

心もあの時の生活について思い浮かべる、現役教師とその直属の生徒が一つ屋根の下で暮らすのは明らかに世間を敵にしているのでお互いにばれないようにと兼人と共に何とか苦心したものだ、もしバレてしまえば当時としても兼人はもとより心に対する社会的責任は大きいのは必然だったので協力者がいなければヒヤヒヤしたものだ。それに心は十条の彼女であった真菜香には非常に申し訳なかったのだ、何せ真菜香は病弱の身・・そんな彼女を差し置いて彼氏である兼人と暮らしているとなれば自分に対する怒りは相当なものだったのだろう、あの時は何とか引っ込んだものの真菜香の気持ちを考えれば一生恨まれていてもおかしくはないのだ。

「私はそれから個人的に真菜香ちゃんの病室に行ったの、最初はそっけなかったけど話とかも聞いたり十条君との一緒の大学へ行きたいって言ってたからそのために病院や大学へ話もつけたりしたわ。今思うと彼女への罪滅ぼしをしたかったのよね、それでも自分勝手な理屈には変わりない。それに真菜香ちゃんは表面上は私たちの生活を許してたけど今でも私を憎んでいると思うわ、普通の娘でも表面上だけでも許せるって言葉はいえないもんね」

「・・その娘、強いわね」

「真菜香ちゃんは病人だとは思えないほど精神的に強かったからね。同居生活は十条君が大学進学しても続いたんだけど引っ越しちゃってあえなく終了、私もそのときは結構忙しかったから連絡は取れずじまいで真菜香ちゃんがどうなってるかはわからないんだけどね」

そのまま心はすっかり冷めていたお茶を飲み干すと気持ちを切り替えて唖然としている霞に別の話題を切り出す。

「ま、霞ちゃんの知らない間に私も色々あったって事だよ。こうして無事に結婚も出来たしね」

「でも何で教師辞めちゃったの? 育児休暇もあるんだから復帰すれば良いのに」

「妊娠した時に旦那にも同じようなこと言われたけど、子供に寂しい思いをさせるのは嫌だったからそのまま辞めちゃった」

「私とはえらい違いね」

その後もお互いに時間を忘れて夢中になり続けて話を続ける、最初は賑やかだった校舎の周りも気がつけば藤堂たち率いる応援団の野太い声が果敢に鳴り響く中で心は本来の用事を思い出す。

381 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/16(土) 10:50:08.54 ID:XBom04ePo
「あっ、忘れてた!! 実は下の息子がこっちに越してくるの。だから転校手続きをしようと出向いたんだっけ」

「え? それは構わないけど・・何で転校することになったの?」

「実は下の息子は男子高校に通ってるんだけど女体化しちゃって・・良い機会だから転校させて一人暮らしさせようかと」

「相変わらず突拍子がないわね。ま、当学園はアルバイトも自由なので問題はないでしょ。ちょっと待ってね」

そのまま霞は携帯を取り出すとこの時間帯で一番暇そうな人物に転入の手続きに必要な書類を持ってこさせる、取り合えてその人物が誰とは語るまい。

“なんすか? 今、バレー部と宿命の対決をしているんで後にしてほしんですけど・・”

「しょうもない嘘吐いている暇があったら生徒1人分の転入手続きに必要な書類を持って5分以内に応接室に来なさいッ!!! 持って来ないと卓球部の予算を圧縮するわよ!!!!」

“ウゲッ・・わかりましよ、持ってきますから待っててください”

久しぶりにみた霞の気迫に心は現役時代では日常だった昔の光景を思い出してしまう。

「相変わらず霞ちゃんはすごいね。昔はよく色んな子を怒鳴りつけてたっけ」

「変な言いかたやめてよ。ま、今では生徒よりも怒鳴る人物が周りにいるのよね・・」

昔はよく色々な生徒相手に怒鳴りつけてたりもしてた霞であるが、ここ最近はもっぱら生徒ではなく同じ教員の靖男に怒鳴りつけることが主流になってきているので考えたら複雑なものだ。そんなこんなで再び雑談しながら時間を潰していくと転入手続きに必要な書類の束を抱えた靖男が応接室に入ってきた。

「失礼します、転入に必要な書類を全て持ってきましたよ。ついでに制服の申込書にパンフレットと・・」

「ヤッホー! 久しぶり骨皮君!!」

元気一杯に手を振ってくれる心に靖男は思わず固まってしまう、霞も前に礼子と聞いた靖男が語った自称演劇部への持ちネタの話を思い出す。どこか信憑性が薄く内容もくどかったのでどこかの小説から拾ってたのかと思っていたのだが、靖男の反応を見る限り一部は本当の内容だったみたいだ。

「最後に会ったのは大学の教育実習だったよね。あれから無事に教員の資格取ったんだ〜」

(あの話は本当だったのかしら? 確かめてみる必要があるわね)

「あの校長、俺はここで失礼させて・・」

「待ちなさい。・・ねぇ心、その時の状況を詳しく教えて」

折角霞の追求から逃れたと思ってた靖男にしてみれば自分の過去の一部を知る心の存在は予想外という言葉では片付けられないほどの衝撃である、最終手段として靖男は霞に見えないように心に目配せするのだが彼女は霞の友人なのでそれが通用する可能性は極めて低い。

「そうね、あの時の骨皮君は・・」

「あーっ!! 今日は良い天気だ!! 相良と藤堂の戦いも一段と輝いて見えるなぁー!!!」

「うるさいわよ骨皮先生!! 黙ってないと未提出の書類をこの場で書かせるわよ♪」

「へ、へい・・」

靖男が大人しくなったところで霞に促された心は当時とはまるで違う靖男を見て少し微笑しながら当時の靖男について語り始める。
382 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/16(土) 10:50:36.63 ID:XBom04ePo
「当時私は2年生のクラスを受け持っていてね、骨皮君は実習生として私のクラスに赴任してきたの。その時はそうね・・」

「うんうん、それで当時の骨皮先生はどうだったの?」

(まさか本当に話すんじゃないだろうな・・この人は昔から天真爛漫と言うか、どこか抜けてる性格だからな)

戦々恐々としながら靖男は覚悟を決めて霞と一緒に心の言葉を待つが、彼女から語られたのはとても意外なものだった。

「今と全然変わってないよ〜。書類の提出は遅くてよく私が教頭に怒られてたけど、クラスでもかなり人気者だったね」

「で、でも何かあるはずでしょ? 実は根暗だったとか、死んだような感じだったとか?」

「あーあー!! 相良と藤堂を止めようと中野と宗像までやってきたぞ〜、これは教師として止めなければ・・」

もはや恥をかなぐり捨てて必死に場を無理矢理かき回す靖男であったが、心からはこれまた意外な言葉が投げかけられる。

「本当に骨皮君は面白いね。霞ちゃんも毎日が楽しそうなのが目に浮かぶよ〜」

「うっ、ううう・・何だか頭が痛くなっちゃった。骨皮先生、心に書類の書き方を教えてあげて、私は暫く休んでるから・・」

「わ、わかりました」

「霞ちゃん、ちっちゃくても歳には勝てないんだよ」

「同い年でしょうが・・ま、いいわ。それじゃあね」

そのまま霞はがっくりとうな垂れながら応接室を去っていく、心はそんな霞の様子にくすりと笑いながらお代わりで貰ったお茶を啜る。
383 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/16(土) 10:51:48.33 ID:XBom04ePo
「あ〜あ、しょげちゃった。いつまで経っても子供みたいなんだから・・本当のこと話したらよかったかもね」

「それだけは勘弁してください・・」

何とか心のおかげで真実を暴露されずに助かった靖男であるが、まさかこのような形で恩師である心と再会するとは思わなかったので暫く無言になってしまうが、いつまでも黙っているままでは何も始まらないので靖男は仕方なく話を切り出す。

「それで何しにやってきたんですか、西本先生?」

「やぁ〜ね、そう畏まらなくてもいいわよ。久しぶりの再会なんだからもう少し楽にしよう」

「相変わらずですね、それじゃ校長にどやされたくないんでさくっと書類書いちゃいましょう」

それからは靖男の指示の元で書類をせっせと書き始める心であるが、今の靖男を見ているとかって自分のクラスで実習生をやっていた頃と違って活き活きしているように思える。

「ねぇ、骨皮君」

「何すか? 書類書き終わったならこっちに下さい」

「暫く見ないうちに立派になったね。根暗で死んだ顔つきのままだったあの頃とは大違いだよ」

「ブッ!! いきなり何を言うんですか・・」

「ゴメンゴメン」

心にしてみればどんなに時が経とうが、今でも靖男は自分の下で教習をしていたあの頃と何ら変わらない。あの時の靖男はまるで心ここに在らず・・物事には何ら関心を示さずに淡々としてたのでまるで昔の自分が大きくなったような印象だった、だからこそ心はそんな靖男を放っては置けなかったのだろう。最初は会話しても煩われることが多かったものの、懸命に会話を続けてある生徒の問題を心と一緒に直面して諦めかけてた時に心からあの言葉を投げかけられたのだ。
靖男もあの時の心の言葉によってそれまで暗かった世界が一気に晴れやかなものとなり、今もこうしてやってこれているのである。

「あの時は結構大変だったけど骨皮君の活躍で一人の生徒の家庭的な問題も解決したんだよね。あの後で私は校長先生と教頭先生に“実習生に何させてるんだ!!!”って、こってり絞られたのも今では良い思い出だよ」

「んなこともありましたね。あれから俺も色々ありましたよ、数々のガキを更生させたりして色々揉めあってその度に校長に散々怒られましたからね」

「偉い! 実習した時に私の教え方が良かったのかな〜。でも霞ちゃんも見た目は子供だけど実年齢は相当なんだからもう少し労ってあげないと・・はい、書類」

手渡された書類を一折にチェックする靖男、この手の書類は間違いがあればやり直すのも相当な時間が掛かるし霞からの叱責はかなりのものになるので普段とは違って真剣に書類をチェックしながら認可する。
384 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/16(土) 10:52:44.76 ID:XBom04ePo

「完璧です、後残ってるのは制服の申請書と定期の手続きですね。・・そういえば結婚したんですか?」

「うん、骨皮君が巣立って2年後にね。妊娠した時に教師も辞めちゃったから、今はただのお母さんなんだよ。それに今回は下の息子が女体化しちゃったから、これを機に一人暮らしを兼ねてここに転校するための手続きに来た次第で〜」

「へー・・結婚ね。とりあえずおめでとうございますと言っておきます」

靖男にとって結婚という言葉はあまり良い響きではない、何せ自分の過去が過去なのでどうもしっくり来ないのだ。

「そういえばさっきはありがとうございました。おかげで助かりました」

「骨皮君の反応見たらすぐにわかったよ。・・でも何でそんなに霞ちゃんに隠したがってたの?」

「・・あんなちびっ子でも上司なんで気恥ずかしいもんです。それと早く書類かいてください、civの続きしたいんで」

「相変わらずゲーム好きだね、ちょっと待っててね〜」

心が書類を書いている間、暇な靖男はいつも持ち歩いている携帯ゲーム機でオブリをプレイする。それに何だか心といると自分の心が見透かされているようなのでどうもやりづらいものなのだ、静かに時間が流れる中で書類を書いていた心が口を開く。

「書けましたか? カバンや制服なら住所書いてもらったら宅配で届きますよ」

「骨皮君・・あの時のことを霞ちゃんに話したがらないわけはわからないけど、一つだけ人生の先輩としてアドバイスするね。自分を責めて追い込むために仕事しているようだったらお寺の和尚さんがにでもなったほうが幸せだよ」

「――・・!!」

口調はいつもの心のように優しかったもののその言葉は靖男の心の裏側を抉り取る、心にも今までの自分の事は話していないがそれを見透かしたかのような言葉に靖男は思わずゲームを床に落としてしまう。

「別に俺はそんなこと考えてませんよ。いきなり何を・・」

「骨皮君。いい男ってのはね、例えどんな結果になろうとも自分の行動を受け入れて結果だけを向き合うの。自分を責めてばかりだったら周りの人も悲しくなっちゃうからね」

「俺は・・そんな立派な人間じゃありませんよ」

「大丈夫だよ。私も人に誇れるような事は何もしてないしね・・だけど自分の行動には嘘を吐きたくない、どんな結果になろうともそれが軌跡になるからね。骨皮君は大丈夫、きっとあの人みたいにいい男になるよ・・はい、これで全部書き終えたよ」

きっと心なりに自分を励ましてくれているのだろう、靖男は床に落としたゲーム機を拾うと心が書き上げた書類をチェックして認可すると霞に提出するために今まで書いた書類をまとめる。

「これで全部です、ご苦労様でした」

「ふぅ〜、久しぶりに書類書いたから肩こっちゃったよ。うちの子供がきたらよろしくね〜」

「ま、程よく社会の厳しさでも叩き込んでやりますよ。校長でも呼んで来ましょうか?」

「ううん。霞ちゃんも忙しいだろうし、今日はこれで帰るよ。また改めて子供連れて挨拶に向かうからその時は楽しみにしててね。んじゃ」

「へいへい、俺も書類まとめますから一緒に出ましょう」

そのまま2人は応接室を後にするとそれぞれの帰路につくために別れるのであった。

385 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/16(土) 10:55:13.36 ID:XBom04ePo
保健室

いつものように聖と藤堂を含めた応援団の怪我の治療をあらかた済ませた礼子は呆れながら説教を終えると聖によって右手首の関節を外した藤堂に手馴れた手つきで強制的な治療を施す。

「はい、これで終了よ。旦那の病院に予約入れてあげるからすぐに向かいなさい」

「いえ・・そこまでしなくても身体は生まれつき丈夫ですから」

「これでも荒治療なんだからすぐに宗像君と病院へ行きなさい、いいわね」

「わ、わかりました。・・宗像、行くぞ」

礼子の有無を言わさぬ気迫に屈した藤堂は渋々宗像を引き連れて保健室へと消えていくと携帯で旦那に藤堂のことをメールで送ると今度は同じように不貞腐れながら藤堂と同じようにボロボロの聖の治療に取り掛かる。

「全く、元気なのも良いけど限度があるわよ」

「仕方ねぇだろ!! そもそもはあの団長が俺に突っかかってきや・・痛ててて!!!」

礼子はわざと聖に巻いている包帯をきつく縛り上げると藤堂と同じように聖に有無を言わせずに小言を続ける。

「大方の経緯は聞いたけど、もう少しスマートに事を運びなさい」

「わかったからもう少し包帯を緩めてくれぇぇぇぇ!!!!」

聖の怪我も藤堂同様の症状であったが、打ち所が良かったのか・・はたまた聖の長年培った勘が本能的に働いたのかは判らないが捻挫と数箇所の打撲で済んだので藤堂のように病院行きは逃れられたもののそれでも威力が大きかったので実際のところは痛み分けである。

「ったく、あの沢渡って野郎はこの俺相手にドサクサに紛れて逃げるとはいい度胸してやがるぜ」

「でも明るみに出たんだから生徒会を通して何かしらの処分は出るはずよ。それでも友人を救おうとする心掛けは褒めてあげるわ」

「ヘッ! 俺のダチに手を出そうとしたんだからそれぐらいの報いは当然だ」

「わかったから動かないで頂戴ね」

礼子は的確に聖の怪我をしている箇所を的確に治療していくとものの数分で終わらせる、これも今までの自分の経験上や旦那から教えられた知識の部分が非常に大きい。

386 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/16(土) 10:55:49.18 ID:XBom04ePo
「はい、終了よ。これに懲りたらもう少し大人しくしてね」

「だけどよ、最初に突っかかってきたのは藤堂だぜ? 俺は別にあいつとやりあう気なんか・・」

「それでも抑えるところは抑えておきなさい」

「わかったよ」

流石に礼子に言われたら聖も素直に受け止めると礼子もようやくホッと胸を撫で下ろすと2人の治療のために使った道具を片付け始めると冷めていたコーヒーを啜る。

「さて終わったからもう帰ってもいいわよ、月島さんたちを待たせてるんでしょ?」

「そうだった! 今日はツンと狼子と映画を観る予定だったんだ、こうしちゃいられねぇ!!!」

礼子の治療が良かったのかはたまた聖の回復力が早いのか・・聖は普段と何ら変わりない状態で立ち上がると嵐のように颯爽と保健室を後にする。その様子を礼子はただ呆然と見守りながらも瞬時に思考を切り替えて保険室内と周囲に誰もいないことを確認すると一気に換気をよくして毎度お決まりであるタバコを吸い始める。

「全く、相良は元気だぜ・・さて」

タバコを吸いながら礼子は呆然と空を見上げる中でタバコを咥えたまま保健室のベッドに移動するとこちらも宗像との激戦で休養していた翔を躊躇なく蹴飛ばすと負傷の身体に激痛が走った翔は瞬時に飛び起きる。

「ッッッ!!!」

「おい、いい加減に起きろタコ」

「何すんだよ!!! 起こすならもう少し優しくしてくれよ!!!!」

「うるせぇ!! 全くてめぇと言う奴は呑気に寝やがって・・」

これがいつもの礼子の地、いつもは御しとやかで通しているのだが翔の場合のみこれが普通なのだ。そしてこれからの流れはほぼお決まりのパターンとなっているので礼子はいつものようにタバコを吸いながら恒例のお説教が開始される。

387 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/16(土) 10:56:16.90 ID:XBom04ePo
「今回は相良と藤堂よりもお前のバカさ加減に腹が立つ!!」

「し、仕方ねぇだろ・・」

「言い訳すんじゃねぇ!!!! 本来止めるべき立場にいるお前が他所で喧嘩してだと・・舐めんのも大概にしやがれェ!!!!」

礼子にしてみれば本来なら無理矢理でも聖を止めるべき立場にいる翔が別の場所で同じような喧嘩を繰り広げてるなど言語道断なので容赦なく翔を責め立てる。

「お前がそんなんだから相良が暴れ出すんだ!!! いいか、相良はようやく周囲を見つめなおそうとしてるんだ、それを示すはずのてめぇがそんなんでどうするんだ!!!」

「そりゃそうだが・・先に煽ってきたのは宗像だしよ」

「だけど手を出した時点でてめぇも同罪だ!!」

翔も今回のことを振り返ってみると宗像の安い挑発に乗せられて聖と藤堂を止められなかった自分にもかなり非があるのは認識しているものの、上手いこと宗像に乗せられた気がして無性に腹が立つのもある。

「相良が落ち着くためにはてめぇがしっかりしねぇといけないんだぞ!! そこらへん判ってんのかッ!!!」

「そうはいうけど俺だって自分なりに必死であいつには何度も言っているんだぜ? それなのにあいつは言うことも聞かずに余計に酷くなるから困ってんだよ!!!」

「だったらまずは行動で模範を見せろ!!」

そのまま礼子は吸殻を灰皿に投げ込むと再び新しいタバコを取り出して火をつける、彼女とてあまりこういった説教などしたくはないのだがそれでも2人のことを思うと熱くなってしまう。

「礼子先生だって俺の苦労はわかるだろ?」

「確かにそうだが、相良だってな・・」

「はいはい、2人とも落ち着いてね。お話はよ〜く聞かせてもらったけどまずは落ち着くことが大事だよ」

「んだ、てめぇは!! これは俺と中野の・・」

当然2人の間に割って入ってきたこの女性に暫くの静寂が流れる中で彼女の話は続く。
388 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/16(土) 10:56:43.40 ID:XBom04ePo

「男女間のトラブルは多々あるものだから、ここはお互いに時間を置くのがベストだと思うよ」

「・・あんた誰?」

「あっ、私は西本 心!! 元教員のしがないオバサンだよ〜」

突然現れたのは靖男と別れて帰宅したはずの心、聞いてしまった翔は思わず唖然としてしまうが・・礼子は心の名前を聞いた瞬間にわなわなと身体を震わせてタバコを吸いながら冷たい声でこの場にいる余計な人物を退散させる。

「・・中野、今日はもう勘弁してやるから帰れ」

「え? だって・・」

「いいからさっさと帰れ――」

「わ、わかったよ・・」

礼子から発せられる凄みに翔は本能的な危機を感じると身体の痛みを忘れて即座に保健室から立ち去る。翔がいなくなって心と礼子だけが残された保健室・・いつもとは違った異様な空気に耐え切れなくなった礼子は吸っていたタバコをもみ消すとまた再びタバコに火をつけて慣れ親しんだ味を灰にゆっくりと取り込むと再び冷静さを取り戻す。

「・・どちら様でしょうか、ご用件があるならこの場で伺いますが?」

「やっぱり、礼子ちゃんなんだね。髪が黒く染まってたから気がつかなかったけどあの時とまるで変わってないね」

心は当時の礼子については凄く印象に残ってた、金髪の髪を纏わせながら身体に染み付いたニコチンの臭いに誰も寄せつけずに文字通りの一匹狼・・しかしその成績は学年トップで当時の全国模試は満点と言う驚異的な数字をたたき出したと人物。しかし教員の間では彼女に対する話題は暗黙の了解の形で禁じられており、よく心も度々話しかけては校長直々に注意されたほどだ。

「ほら、私のこと覚えてる? 3年生の時に副担任だった・・」

「残念ですが、人違いです。用件がなければお送りしますよ」

礼子にしてみればあの当時の事は思い出したくはない拭いきれない過去だ、精神が安定してたとはいえ未だに人というものが信じられなかったのでそれらに関わる人物は思い出したくはないので自然と心が疼く。

389 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/06/16(土) 10:58:32.04 ID:XBom04ePo
「私はこの学校の養護教員です。お話は校長に・・」

「礼子ちゃん!! ・・わかってるんだよ、あの時はあまり喋れくて私はいつも心配してたけどこうして立派に先生やってるんだね」

心もあの当時は兼人との生活や真菜香とのゴタゴタもあったなかで内心では礼子のことも気に掛けており、将来に不安を感じてたほどで教職を辞した今でもずっと心に抱き続けてたのだ。しかし礼子にしてみれば自分の過去を必要以上に抉り返す心の存在は非常に邪魔以外何者でもないのでこみ上げてくる憎悪を必死に抑えながらタバコを吸い続ける。

「私はね、礼子ちゃんがいつも哀しそうに佇んでいるのを見ていると自分の無力を感じてたの。周りは誰も声を掛けずにいつも一人ぼっち・・だけどそんな礼子ちゃんが今はこうやって皆の悩みを聞いてあげたり、支えになって力になってあげてる姿がよくわかるよ」

「・・昔からあんたのそういう所が嫌いだったんだよ、人の気持ちも考えずにしつこく付き纏ってたからな。悪意がないのが余計に性質が悪い」

「私の悪いところだからね。でもあの時は礼子ちゃんの力になりたかったの、人を拒絶して冷たいままの礼子ちゃんを何とかしてあげたかったの!!」

心も自分勝手な理屈だと理解したうえでの行動だったのだが、それでも周囲との接触を一切絶つ礼子を何とかしたいと言う思いは本物であったようだ、礼子も今となっては心の気持ちも全てはないがある程度は理解は出来る。

「昔の俺だったら今の言葉聞いてたら一発ぶん殴ってたところだが・・今はあんたと同じ教師してるから心境はある程度わかるよ」

「礼子ちゃん・・」

「・・これで気が済んだろ、さっさと帰ってくれ」

そのまま礼子はタバコを吸い終えると今度こそ心に帰るように促す。先程と比べて憎悪はある程度は薄れたものの、それでも自分の過去と直接関わりあう心の存在は面白くはないのでこの場に消えてほしい。心もそんな礼子の気持ちを汲み取ったのか最後にいつもの天真爛漫な笑みでこう言い残す。

「今日は来てよかった、まさか礼子ちゃんに逢えるとは思わなかったけど・・長年に溜まってた胸のつっかえが取れてスッキリしたよ。じゃあ、元気でね」

「・・」

静かに心は保健室を立ち去ると、残された礼子はそのまま複雑な思いを胸中に抱きながらタバコを吸うのであった。






fin
390 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) [sage saga]:2012/06/16(土) 11:04:42.92 ID:XBom04ePo
はい、終了です。今日も見てくれてありがとさんでしたwwwwww
団長と聖との舞台裏にはこういった事があったんですよ、そしてここから団長は・・

今回はちょっと短めだったので次はもっとたくさんの量を投下したいと思いますwwww



◆suJs/LnFxc氏お疲れ様でしたwwwww
西田ちゃんは見てて親しみがもてますのでこれからの続きが楽しみです。んで生まれるのは弟かな妹かな??
また期待しながら待ってますww


んじゃ皆も投下しようぜ
391 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage saga]:2012/06/18(月) 15:14:31.64 ID:GWxeECaDO
投下乙華麗!

あんかした
392 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(新潟・東北) [sage]:2012/06/18(月) 16:15:25.18 ID:CXFLEvIAO
汚ぱんつ騒動
393 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2012/06/22(金) 01:53:42.02 ID:mulcjan30
西田さんが元男から恋する乙女に変わった瞬間に萌えて名シーンの一部を漫画っぽくしてみた
髪がセミロングじゃなくてショートになってごめんなしあ;
◆suJs/LnFxc様、勝手に漫画化してすみません。西田ちゃんが可愛すぎるのがいけないんです!

http://u6.getuploader.com/1516vip/download/81/nisidasan01.jpg
http://u6.getuploader.com/1516vip/download/82/nisidasan02.jpg
http://u6.getuploader.com/1516vip/download/83/nisidasan03.jpg
http://u6.getuploader.com/1516vip/download/84/nisidasan04.jpg
http://u6.getuploader.com/1516vip/download/85/nisidasan05.jpg
http://u6.getuploader.com/1516vip/download/86/nisidasan06.jpg
http://u6.getuploader.com/1516vip/download/87/nisidasan07.jpg
http://u6.getuploader.com/1516vip/download/88/nisidasan08.jpg
394 : ◆suJs/LnFxc [sage]:2012/06/22(金) 15:46:07.84 ID:RT4zmiHAO
>>390
おつさまです!
産まれるのは妹ですが、本編は出産までは続かないと思われますwwwwwwww

>>393
うおおおおおお!まさかの!?
なんかちょっと恥ずかしいですが嬉しいですありがとうございます!
ちなみに髪型はショートの設定なので合っておりますよー


さて、後半の投下ですが…ちょいと直すところが出てきたのと相変わらず時間がとれないので、もう少しかかりそうですorz
395 :v2eaPto/0 :2012/06/23(土) 23:10:21.74 ID:8d5ocLaw0
FS7xqYJ30 Kln+VidO0 GXKRUqXE0 E7slPydF0 craWmfZ90 は同じ人です。と本人からです。ですが、当分書く気がなくなりました。理由は詰め込みすぎた上で上手く扱えずどう動かし直したらいいかが全く見えてこないためです。

◆suJs/LnFxcさんいつも楽しい小説をありがとうございます。
mulcjan30さん漫画にしたのもとてもよかったです。
396 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2012/06/24(日) 00:04:38.42 ID:DyyCkXJ00
あら・・・煮詰まったらしばらく寝かせて別の作品を書くのも良いとおもうよ!
397 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(千葉県) [sage]:2012/06/25(月) 12:58:22.12 ID:cscCQyWFo
前スレの人かよww
398 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(千葉県) [sage]:2012/06/25(月) 13:01:26.60 ID:cscCQyWFo
途中で書き込んじゃった申し訳ない
残念だけど仕方ないね
いつでも戻ってきてください
399 :v2eaPto/0 :2012/06/26(火) 17:33:46.67 ID:yjMCu4Sr0
別の書いてるが名前が思いつかないので男(女体化後含めできれば元の名前の名残の少ない方がいい)姉、友人AB、姉友の名前募集。
400 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2012/06/26(火) 18:40:05.04 ID:McR7bZno0
>>394
ショートでしたか。それはよかったです!
ボブとおかっぱ意識してたらそんな感じになりました。
続き待ってますね^p

>>399

男:奏太朗(そうたろう)→かなで
姉:天音(あまね)
姉友:巴(ともえ)
友人AB:幸信(ゆきのぶ)、K1
401 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) [sage]:2012/06/27(水) 22:16:59.56 ID:o8isqKqd0
投下よ、来たれ
402 :v2eaPto/0 :2012/06/28(木) 03:38:34.18 ID:+iwSmw2q0
では、一応ちょっとだけ出来たので、まぁ、もともと没ですがww
たぶん、誤字脱字あるでしょう。見直し無しなので。
では、始めます。


女子高。本来ならば女子だけが通う学校であり、男子禁制の秘密の花園。
そう、本来ならこの場に男はいない。いるとしても教職員くらいだ。

だが、この学校は違う。

―吉田女学園

この町ではこう呼ばれている。『女体化者のための学校』

―遺伝子性後天的性転換症
学名 Acquired trans sexual syndrome
俗に言うTS病
ウィルス性のものもあるが95%以上は遺伝性でありそのどちらも男性を肉体的にも精神的にも女性化させる。
違いは遺伝的に陰性でも発症するウィルス性と陽性のものだけが発症する遺伝性化の違いだけだ。

これが発症したもの。もしくは、陽性で女性になることを望む者。女子高見たさの極一部のバカな男。そして、生まれながらの女性。
これらが通学している。ただ、そのほとんどは公立でありながらもほぼ強制的に寮に入ることになるのだが。


―――天音目線

春、4月6日。入学式。今年も多くの学生が集まった。

「今年は女子168名“まだ”男子が32名。年々多くなるな。」
「そりゃまぁ、一種の厚生施設と言っても良いでしょうし。」
「でも、一応は女子高だ。私としてはあまり好ましくない。」
「生徒会長。お言葉ですがあなたの弟も入学名簿に載ってますよ。」
「あの愚弟か…。入れられても何も言えないだろうよ。」

私の名前は浅岡天音17歳。元から女性として生まれた方の女性だ。親が公務員ということもあり私は真面目にまともに育ったと思う。
実際、こうして今年の生徒会長は私であり、学業も問題ない。だが、弟は違った。
女性の私に比べ兄や弟は厳しく教育を受け兄は真面目に地方の教育大に進学しているものの、弟はその兄と比べられて評価されて、
中学3年の時に学校内で不良軍団と一緒に喫煙しているのが見つかり謹慎処分。それに対して悪びれもせず家出し他の学校の不良と取っ組み合いの喧嘩。
父はひどい癇癪で母が止めていなければ勘当されていた。
勿論、学校側も進学にまともに扱わず、ほとんどの高校が書類で拒否した。でも、唯一この学校のシステムに乗ることを条件にいやがる愚弟を強引に両親が入学させた。

父曰く

『生まれ変わってきなさい。もし、今のままなら次は が止めても勘当だ。』

とのこと。ちなみに私と愚弟では学科が違う。簡単に言うなら就職コースという名義の花嫁育成コース(弟には黙っているけれど)と進学コース。私はもちろん進学コース。隣にいる親友の巴も

「まぁ、あの学科ならほぼ間違いなく更生されて自慢の妹ちゃんになるんじゃない?」
「確かにね。普通の授業よりも家庭的授業とかが多いしね。母様みたいな大和撫子になることを期待するよ。」
「ねぇ、そろそろ体育館いかないと拙くない?」

確かにそろそろ9時20分だ。壇上から愚弟の恥ずかしい姿でも拝んであげますか。
そう思いながら私たちは生徒会室を出た。

403 :v2eaPto/0 :2012/06/28(木) 03:41:54.37 ID:+iwSmw2q0

―奏太朗目線

オバサンが壇上で何か言ってる。

「逃げたい。」

俺はクソ親父が思っているほど落ちぶれちゃいない。成績だけなら姉貴より上だ。
なのに、俺だけに厳しく当たって、あの兄貴と比べられることが嫌で、だから、つい、あいつらの誘いに乗ってこの様だ。
生まれ変わってこい?糞くらえだ。俺は女になんてならねぇ。絶対逃げ出して、男であり続けてやる。

―――天音目線

「在校生歓迎の言葉。生徒会長 。」

副会長の巴の言葉で壇上に登る。

さて、愚弟でも見て挨拶しますか。

私は壇上から新入生を見る。どこもかしこも指定の制服だ。
勿論うちの学校は女性用のベージュのワンピース状の制服しかありません。
お、いたいた。うん、絶望的なほど似合ってない。完璧に女装してる男だ。まっ、32名がこの1年はそんな感じだけど。

「新入生の皆さん、この度はご入学おめでとうございます。 この吉田女子高等学校は進学校であるのと同時に就職にも先生方が熱心にサポートをしてくださるとても素晴らしい学校です。

また、厳しい校則あると同時に生徒一人一人が自主性を持ち自分らしく活動できる自由な校風です。
私も最初は勉強だけかと思いました。ですが、クラブ活動、アルバイトそのどちらにも先生方は口出しをなさらず、私もとても驚きました。
生徒の自主的な活動に関する先生方のスタンスは、非常に柔軟であり、私たち吉田校生の自慢でもあります。
授業中は一人一人に眼を光らせている先生方も、私たちの自主的な活動に関しては理解を示して下さり、普段は決して口出しをなさいませんが、困った時には必ず助けて下さいます。

しかし、日々の生活で何もせず、どんな活動にも参加せずに日々を過ごしていると、あっという間に時間だけが流れていってしまいます。
皆さんの大切な3年間を実りあるものにするためにも、何か夢中になれるものをぜひ見つけて下さい。

またこの学校では生まれながらの女性にも後天的な女性にも分け隔てなく皆積極的に活動する体育祭や文化祭そして寮対抗祭があります。
これらは学年の壁を越えそれぞれの寮で競い合います。体育祭は5月に文化祭は9月に行われ毎年一人一人の活気ある姿が見られ、中でも
寮対抗祭はこの時だけ昼夜続けてのイベントで皆がとても楽しみにしています。内容はあまり詳しく話せませんが毎年夏休みの2週間前に予定しています。是非期待していてください。

私たちの愛する吉田女子高校へようこそ。これから一緒に学び、一緒に思い出を沢山作りましょう。
わからないことがあれば何でも聞いて下さい。皆さんが一日も早くこの学校に慣れるよう、在校生一同、応援しています。
 以上を持ちまして私からの歓迎の言葉とさせて頂きます。」


はぁ、一応、これで仕事は終了かな。ふふっ、やっぱり聞く耳持たずね。この時も先生方は目を光らせてるのに。この後が楽しみだわ。
404 :v2eaPto/0 :2012/06/28(木) 03:42:34.78 ID:+iwSmw2q0

―――奏太朗目線

舞台に姉貴が立っていた。生徒会長とかマジかよ。聞いてねぇよ。
とりあえず、話は適当に聞き流すとして、まずはどうにかしてこの学校の寮から抜け出す方法を考えなきゃな。
荷物はしょうがない。捨てるとして。服にズボンあったか?なきゃこの格好で逃げるしかないか。

――1時間後

俺たち男子32名は未女性と呼ばれ女子どもとは別の教室に連れてこられた。

「じゃ、まず皆さん服をすべて脱いでください。」

三十路くらいの女教師が突然そういった。訳が分からなかった。服を脱げ?なんで?

「はい早くする。ほらそこパンツも脱いで。」

1分後俺達32名は生まれたままの姿となった。

「さて、みなさんにはこれを着用してもらいます。」

そう言うと女教師は肌色のブリーフのような何かを掲げた。嫌な予感がした。

「これは貞操帯です。なぜ身に着けてもらうか。皆さんなら察しが付くと思います。」

俺たちが女子になる前に抵抗し他の女子生徒を襲わないようにするためってとこか…冗談じゃない俺は男だ。女になる気なんて毛頭もない。

勿論、俺を含め一部の野郎からのブーイング。でも、そんなブーイングも意味をなさなかった。屈強な男性教師もしくはそれに属するおっさんがざっと40人ほど。目の前の女教師に刃向えばどうなるか馬鹿でもわかった。ましてや32人だが、中には望んでいる奴もいる。
闘って勝てるわけもなかった。

実際、抵抗した馬鹿もいたが気絶させられ強制的に貞操帯をはめられた。

俺たちは素直に降伏し貞操帯を身に着ける道を選択した。

はじめ貞操帯は革でできてると思ったけどゴムともプラスチックともいえない感じで若干伸び縮みするが、固さからしてとても割れそうにも切れそうにもなかった。

「はい。みなさん受け取りましたか?ではあなたたちのおちんちんをその筒状の穴のほうに入れて穿いてください。穿いた者から順番に鍵をしていきます。注意がありますがちゃんと入れてないと排泄ができないので気を付けて入れてください。」

悔しいが、もうなるようにしかなかった。きっと、何か手はある。俺はそう信じて素直にちんこを入れ身に着けた。
そして、後ろでカチリと鍵がかかる音がした。

405 :v2eaPto/0 :2012/06/28(木) 03:47:52.79 ID:+iwSmw2q0
――それから2ヶ月後

6月も半ばに差し掛かった。
あの入学から2ヶ月がたった。
あのあと俺たちは別々のクラスになった。少し前の俺なら呆れるだろうが友達っていうものもできた。
今じゃその男も女になってしまったが。
俺はそれでも逃げるために制服で何度も柵を乗り越えた。でも、逃げ出せれなかった。
寮の監視は厳しく、たとえ柵を越えて逃げ出したとしても、貞操帯に発信器でもついてるのかすぐに見つかり捕まった。
それにどうあがいてもハサミやカッターナイフごときじゃ表面に傷がつく程度で、同じ所を削り壊そうとしても中にある薄い金属の板に阻まれてそれ以上は無理だった。

週1で32人の中でも同じ境遇の19人が集まって情報交換していたが、4月で3人が5月で2人が6月でもう2人が女になっていた。それと5人が諦めて女になることを受け入れた。

俺含め残り7人は絶望の二文字だけが心に残った。

俺の誕生日は6月18日あと2日。あと2日で女になっちまう。
先に女になった連中は

「案外、女になるのも悪いもんじゃないよ。まぁ、いろいろと体のあちこち変わるけどお前たちも諦めて早く女になればいいのに。」

ちなみに友人の幸信も今じゃ名前も幸信から幸乃になった。
その上コイツも

「女はいいぞ。アレはちょっと辛いけど」

と言い出す始末。
アレってなんだ?

と女になった連中は次の日にはこんな感じになっている始末。当然のように性行為も断られる。

そして、運命の日。ついに俺の番になった。
406 :v2eaPto/0 :2012/06/28(木) 03:52:50.09 ID:+iwSmw2q0
本日はこれだけです。一応、予備がありますが下手したら改変するかもしれないのでまだ避けてます。

>>400
McR7bZno0さん。命名ありがとうございました。できる限り更新していきます。
407 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) [sage]:2012/06/28(木) 11:14:30.45 ID:IgH7TxI40
乙でした
408 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(千葉県) [sage]:2012/06/30(土) 00:33:44.73 ID:7eyf/y+4o
恐ろしい話なんやな・・・
409 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(千葉県) [sage]:2012/06/30(土) 13:41:32.12 ID:7eyf/y+4o
前回の続きでなく息抜き、というか実際には本編なのですが、少し書けたので投下します。
位置づけ的には応援団第4話になります。
410 :(うДT) ◆nMPO.NEQr6 [sage saga]:2012/06/30(土) 13:42:55.17 ID:7eyf/y+4o
 とある世界の日本、とある県のとある町に存在するとある高校。
ここは、心技体の鍛錬を校訓とする、文武両道の名門校、白羽根学園高等学校である。

 そしてここは、春になれば見事な桜の咲き乱れる当校の校門前、すっかり緑になった桜の並木道。
続々と登校してくる生徒達の中に、一人の人物の姿。彼に気付いた生徒達から声が上がると、
登校生徒達は立ち止まり、彼の前に道が開く。

 ボロボロの学生帽に、使い込まれた下駄、すらりとした長身を包む詰襟が凛々しい彼。
当校の『技』を象徴する学力、『体』を象徴する運動部、そして『心』を象徴する花の応援団を預かる、
彼こそが『鬼の藤堂』とも称される応援団長、藤堂 魁(さきがけ)その人である。

 しかし、当校の『心』を預かる応援団長である彼には、ある秘密があった・・・。

「サキ姉ーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」

 背後から、人目もはばからず大声を張り上げ手を振りながら駆けて来る少女に、憮然とした顔で振り返る藤堂。
二つにまとめた髪を肩の上で弾ませながら立ち止まった見目麗しい美少女は、
いつもの通り彼の血の繋がった実の妹、藤堂 琥凛(こりん)である。

「良かった、今日は逃げなかった」

「・・・それで何の用だ。私は忙s」

「お姉ちゃん、ほらこれ。今朝ナプキン忘れてったでしょ。
お姉ちゃん多いほうなんだから気をつけないと」

 カサッ

「あれ?サキ姉?お姉ちゃん?お姉ちゃん!?」

 目の前に差し出された剥き出しの生理用ナプキンのパッケージに、
茹蛸のように真っ赤な顔をした藤堂は、立ったまま白目を剥いて気絶していた。

 そう、応援団長藤堂魁は、女だったのである・・・。
411 :(うДT) ◆nMPO.NEQr6 [sage saga]:2012/06/30(土) 13:44:33.72 ID:7eyf/y+4o





 放課後のグラウンド。夏至を迎えた空は夕刻を迎えてもまだまだ明るく、部活動を行う若き選手達にも活気があった。
青年達の掛け声にボールを力強く蹴る音、そして金属バットを鳴らす小気味よい音が遠くから響いていた。
そんなグラウンドの片隅、いくつかの大きな和太鼓を二人一組で運ぶ長ラン姿の集団。
彼らこそ、当校の誇る花の応援団、鼓手隊の面々である。

「慎重に運べ。数ある備品の中でも、太鼓と旗は応援団の命とも言える重要な品だ。
それを運ぶ名誉と共に、大いなる責任も背負っていると肝に銘じておけよ」

「お、押忍!!」

 太鼓を二人がかりで支えて備品倉庫に運びながら、
その太鼓を挟んで反対側からかけられた先輩団員にして直属の上司でもある鼓手副隊長の篠原栄作の言葉に、
今年の四月加入したばかりの新入団員・瀬戸一太郎は背筋をがちがちにしながら答える。
が、その拍子にバランスを崩し、危うく篠原に向かって太鼓ごと倒れこみそうになってしまう。

「おぉい貴様!?気をつけろ!」

「お、押忍!!申し訳ありません!!」

「一旦下に置くぞ!つま先を挟まれんように気をつけろ!」

「お、押忍!!」
412 :(うДT) ◆nMPO.NEQr6 [sage saga]:2012/06/30(土) 13:45:49.46 ID:7eyf/y+4o
 太鼓の足をゆっくりとグラウンドの土の上に下ろすと、
その傍らで大汗をかきながら息を弾ませる後輩の姿に篠原はため息をついた。
瀬戸は、先輩である篠原に比べてもそれなりの肉体を持っていたが、いかんせんこの性格である。
ガタイの割に小心でプレッシャーにも弱く、いまひとつ頼りなさげで、
直属の上司である篠原としても目の離せない存在だった。

「全く・・・責任を感じるのはいいが、あまり硬くなりすぎるのも良くないぞ。
手を抜けとは言わんが、気負いすぎると自分の目を曇らせることになる」

「お、押忍・・・申し訳ありません・・・」

「さ、そろそろ行くぞ。定例会までに太鼓を部室に戻しておかないとな」

「お、押忍!!」

 大汗をかく瀬戸を宥めつつ備品倉庫に辿り着き、鍵を開けると、続々と太鼓を中に運び入れる面々。
全員が運び入れたのを確認し、篠原と瀬戸も自分達の太鼓を中へ運び入れる。

「ふむ・・・ここも随分物が増えたな。そろそろ備品の整理を申し入れるべきか」

 備品を神聖視する応援団らしく整然と収められてはいるが、
それでもその多さと倉庫自体の狭さ故に、庫内は全体的に雑然として見えた。
この倉庫が厳密には生徒会と共用であり、両者の備品が所狭しと詰め込まれているせいもあった。
ともかく、持って来た太鼓を収める場所を選びかねるほどの有様だというのは確かであった。

篠原の傍らで庫内を見回していた瀬戸はふと、並べられた太鼓と太鼓の間に一箇所、
床の上に貼られた黄色いテープで四角く区切られた空間を発見する。
他の太鼓と比べて一回りか二回りほど広いスペースに思えた。

「副隊長、こちらに置いてはいかがでしょうか?見たところ、応援団の備品用のスペースに・・・」

「ん?どこだ?ああ、そこ・・・って、な、何を考えてるんだお前は!!」

 瀬戸の指差した空間を目にした瞬間、篠原の顔がさっと青ざめた。
大声を張り上げなければ、恐怖に顎を震わせてしまいそうな勢いだった。

「は!?お、押忍!!も、申し訳ありません!!」

 瀬戸は何がなにやらわからず謝罪の言葉を叫ぶしかなかった。
そんな瀬戸の姿に、篠原ははっと我に還る。

「す、すまん、取り乱した。そ、そこはリザーブしてある場所なんだ」

「リザーブ・・・でありますか?」

「そ、そうだ。ともかく、そろそろ時間だ。さっさと太鼓を収めるぞ。向こうの壁際が空いてる」

「お、押忍」

 冷や汗に塗れた篠原に、首を捻りながらも付き従う瀬戸なのであった。
413 : ◆nMPO.NEQr6 [sage saga]:2012/06/30(土) 13:47:18.12 ID:7eyf/y+4o





 翌朝。市内某所。

「ぬわぁーっ!いい天気だ!久々の日本晴れだな!」

 巨大な風呂敷包みを肩に載せたまま、その人物は青空に向かって大きく背伸びをした。
抜けるような青の中、涼やかな風に乗って白い雲がふわりふわりと流れている。
そしてその下に広がる町。慣れ親しんだ日本、そして生まれ育った懐かしき故郷の住宅街である。

「ふぅーーーーーんいい空気だ!日本の匂いだ!ゴビ砂漠の空っ風とはわけが違うな!
色々な匂いがしっとりした風に乗って漂ってくる!生きていると実感できるな!わっはっは!!」

 たくましい背筋を反らせ朗らかに笑いながら、その人物は周囲を見渡す。閑静な住宅街である。
古くからの一軒家が軒を連ね、その内のひとつに備え付けられた車庫のトタン屋根の下で、
座った柴犬が呑気にあくびしている。

「しかし・・・」

 笑顔を絶やさぬまま、空いた方の手で自分の顎をさする。
この顎にヒゲが生えなくなってどのくらい経つか。
しかし慣れるまでに大した時間は掛からなかったものだ。せいぜい一週間やそこらか。

「また迷ったみたいだな。ここはどこだ・・・ん?」

 電柱に針金で固定された広告が目に入る。

「何々・・・私立白羽根学園高等学校はX丁目Y番地か・・・
ならばここからなら右折し続ければ着くと言うことだな!よし!行こう!」

 歩き出した背後の路地の先で、すっかり緑になった桜並木が風に揺れていた。
414 : ◆nMPO.NEQr6 [sage saga]:2012/06/30(土) 13:50:41.86 ID:7eyf/y+4o
タイトル付けるの忘れてた。『帰って来た鼓手隊長』でおながいします。

---------------------





「鼓手隊長とはどんな人なんだ?」

 校舎と校舎を繋ぐ渡り廊下を歩きながら、桃井国仁は横を歩く神保源三に何の気なしに尋ねる。
渡り廊下の右手に見える栗の木から漂う臭いに顔をしかめていた神保は、
その顔のまま桃井を振り返る。桃井でなければ一瞬怯んでしまいそうな顔であろう。
事情を知らぬ者が目にすれば、間違いなくその筋の者だと思うであろう強面であるが、
神保自身が周囲の反応を気にせずこのようなしかめっ面をするものだから始末に負えない。

「ん?ああ、そういえばお前は会ったことがなかったな」

 鼓手隊長久我山弁慶は、およそ三年間鼓手隊長であり続ける男として知られている。
もちろん、一年団員の頃から鼓手隊長だったわけではない。
鼓手隊長としてのキャリアが始まってから、今までの二年間卒業していないのである。

「去年のインターハイでちらりと見かけたことしかないのだが・・・話は聞いたことがある。
なんでも、成績優秀ではあれど、ことあるごとに海外へ武者修行の旅に出てしまうせいで
毎年出席日数が足りず、結果今年で入団五年目になる重鎮だと」

「その通り。ただし、宗像副長をはるかに凌駕する放浪癖のために、
応援団の活動に姿を現すことは稀だ。だから、恐らくその素顔を知るのは鼓手隊の面々だけだろうな。
俺も去年のインターハイで、たまたま帰り際にご挨拶できたくらいなのだが」

 インターハイや春の選抜など、重要な場面には現れるものの一所にとどまっていることを知らぬその性質のため、
久我山とはっきりした面識があるのは、直属の部下である鼓手隊の面々以外では、
顔を出すことが少ない他の三年団員くらいのものだった。
その三年団員達の顔でさえ、下級団員には完全に知れ渡ってはいないのだ。

「謎多き応援団の長老か・・・ロマンのある話だな」

「ロマンか・・・そういう考え方も出来ないこともないかも知れんが・・・」

 桃井の言葉に、神保は苦虫を噛み潰したような顔になる。桃井はその真意が汲めず、しかめっ面になる。

「どういうことだ?」

「・・・まあ、次のインターハイにお会いできれば、捕まえて話をお聞きしてみればいい」

「ハァ?」

 結局納得のいかない桃井だった。
415 : ◆nMPO.NEQr6 [sage saga]:2012/06/30(土) 13:54:45.24 ID:7eyf/y+4o





「そこのお嬢さん!ちょっと聞きてーことがある」

「はい?」

 背後から威勢の良い声をかけられ、ジャージ姿の藤堂琥凛は振り返る。

 現在は二限目前の休憩時間、彼女は着替えを済ませ、渡り廊下を通って体育館に向かう途中であった。

 振り返った先、彼女の立つ渡り廊下より一段低い位置の芝生に仁王立ちしていたのは、
日焼けした長身の肉体も麗しい、当校の夏服に身を包んだ女生徒だった。
短いスカートから伸びた長い足は筋肉でたくましく張り詰められており、
少し流行遅れのルーズソックスでさえ最新のファッションに見えるほどだった。
少しきつそうに見えるニット地のベストを押し上げる胸はつんと上向いており、
鍛え上げられた肉体の美しさを際立たせていた。
夏服の短い袖から伸びる小麦色のたくましい腕はしっとりと汗で濡れており、
まるでオイルを塗ったようにその身を包む筋肉の優美さを際立たせていた。
モデルのようにすらりと長い首の上に乗った小さな顔はどちらかと言うと童顔で、
浮かべられた屈託のない笑みも相まって人好きの良さそうな雰囲気を演出していた。
しかし優美な素体とは対照的に、腰まで届くその長い髪はまるで荒武者のようにザンバラで、
整えられたような印象は全くない。前髪も実際ほとんどあってないようなもので、
斜めに顔を横切ったその名残らしきものの隙間から、
辛うじてぱっちりとした大きな目を片方だけ覗かせるばかりだった。

 しかし、更に奇妙なのは彼女の肩に担がれた大きな風呂敷包みだった。
風呂敷越しのその形を形容するのであれば・・・巨大な円筒形の物体から、
上に向かって四角形のチューリップが咲いている・・・そんな感じだろうか。
更によく見ると、彼女のたくましい背中には3尺ほどの長さの棒状のものが二本。
黒光りする表面が太陽光を鈍く反射させるそれの先端には一本の鎖が取り付けられ、
それが二本の棒を繋いでいる。全体を見ると、長柄のヌンチャクのようにも見える代物だった。
それがX字に交差させて背負われていた。
狩った獣から剥いだままの毛皮のようなもので出来ているように見える専用のホルダーで背中に固定しているように見えた。
416 : ◆nMPO.NEQr6 [sage saga]:2012/06/30(土) 13:57:17.30 ID:7eyf/y+4o
「あんまりジッと見られると照れるんだけどなぁ」

「あ、ご、ごめんなさい!なんでしたっけ?」

 彼女の姿をつま先から頭の天辺までまじまじと観察してしまっていた自分に気付いた琥凛は慌てて謝罪する。

「ははは!構わん構わん!君みたいに可愛い子に見られるなら大歓迎だ!わっはっは!照れはするけどな!」

「そ、そんな、カワイイだなんて・・・」

 一瞬喜んでしまってから琥凛ははっと我に還る。そう、自分は女性相手に何を喜んでいるんだか・・・。

「あ!そうそう、聞きてーことがあるんだった!ちょっと待ってくれ。今そっちに行く」

 言いながらたくましい女生徒は、肩に担いだ包みを、チューリップの部分を下にしてどしんと芝生に置く。
気のせいか、チューリップの先端が芝生に少しめり込んだように見えた。
しかし驚くところはそこだけでもなかった。
肩に担がれているときにはわからなかったが、風呂敷に包まれたそれは、
傍らに立つ女生徒の身長よりも一回りも大きかった。
その横幅と来たら、ゆうに彼女の肩幅の倍はあった。

 琥凛が呆気に取られて見つめていると、女生徒は長身に見合わぬ軽やかさでひょいっと段差を飛び越え、琥凛の隣に立った。
思った通り、琥凛よりも頭ひとつ分は大きかった。身長が180センチある自分の姉と比べても、彼女の身長は見劣りしないくらいに思えた。

「やっぱりカワイイなー君。次の武者修行の旅に持って行きてーくらいだ。砂漠のオアシスとしてな」

 琥凛の後頭部に手を回してぽんぽんと撫でながら長身の女生徒は言った。
言葉の通り、いつその大きな胸に抱き寄せられるか心配になるような調子だった。

「あ、あのっ!聞きたいことがあるんじゃないんですかっ!」

「ん?ああ、悪い悪い。カワイイ子を見るとついな。そうだったそうだった」

 頭をかき、いたずらっ子のような笑みを浮かべると、一瞬の間をおいて女生徒は真剣な面持ちになり向き直る。
その真剣なまなざしに、琥凛は意図せず自分の背筋がぴんと伸びるような心地がした。
417 : ◆nMPO.NEQr6 [sage saga]:2012/06/30(土) 14:01:51.99 ID:7eyf/y+4o
「久々の学校で迷っちまったんだ。方向音痴だけはいつまで経っても直らなくてな。
普通科三年の校舎は、どこに?」

 何気ない質問だったが、その声の調子には有無を言わせぬ迫力があった。

「普通科三年校舎なら・・・目の前に」

「え?あれ?ほんとに?」

 琥凛がたった今出てきた校舎こそ普通科三年校舎だった。
体育館に向かうためには必ず通らねばならない場所なのである。

「あっちゃーそうだったか、それは盲点だった。一応校舎の数を数えながら探していたんだが、
多分反対側の工業科の校舎から数え始めたせいで計算が狂ったんだろうなー」

「は、はあ・・・」

「それはともかくありがとう!助かったぜ!」

「いえ、困ったときはお互い様・・・はう!?」

 異常な感触に琥凛は素っ頓狂な声を上げた。
なんと、目の前の女生徒の小麦色の腕が琥凛の腰に伸び、
その手があろうことか彼女の尻を掴んでいたのである。
呆然として反応できずにいると、その手がわきわきと動いて尻の肉を二・三回揉みしだき、
その後離れた。

「この恩は一生忘れないぜカワイコちゃん!それじゃあバイルタイ!」

 女生徒は芝生の元の位置に戻ると、
巨大な風呂敷包みを再び担ぎなおして三年校舎方面へ去っていった。
その場には、呆然と立ち尽くす琥凛だけが残された。
始業を知らせるチャイムが鳴っていた。
418 : ◆nMPO.NEQr6 [sage saga]:2012/06/30(土) 14:04:17.52 ID:7eyf/y+4o





「うーーーーーーーー・・・・・・・・・・」

 校庭に隅には、校舎に背中を付けるように指揮台が置かれている。
主に全校集会で、教員が拡声器やマイクを使って話をするために利用されるアレである。
指揮台の後ろ側は、足をかけて登り易い様に一段分の階段が付いており、
全体像を見るとベンチ付きのテーブルにも見える。
そのベンチに見える部分に藤堂はだらりと座り込み、
上体を目の前のテーブルに覆いかぶさるように預け、拭いきれないダルさと鬱々とした心持、
そして下腹部の不快感と戦っていた。

「大丈夫か藤堂。今日くらいなら俺が代わりに練習を見ておいてやってもいいぞ」

「・・・・・・・・・・いい」

「そうか?」

 目の前のグラウンドでは他の運動部が活動しており、
彼らの盛んな掛け声と駆ける音の更に向こうで、
リーダー長の桃井を初めとした応援団の先鋭部隊が大声を張り上げ練習に励んでいる。
応援団の仕事は、実際の試合の音、そして周囲の観客の喧騒の中で行われる。
このように、監督たる藤堂が他の部活を挟んで練習を見守る理由は、
間に彼らが挟まれたくらいでまともに聞こえなくなるような調子の応援では、
そもそも本番に臨んでもお話にならないからである。
それに藤堂には、グラウンドを挟んで反対側にいようと団員の一人がこっそり鼻をほじるのを見つける自信があったし、
自分ひとりの声をグラウンドの反対側まで届かせる自信もあった。
挟まれた運動部はいい迷惑である。

 とは言え、今日の藤堂はすっかり頭を指揮台に預けてしまっており、
練習に目を向けられる状態でもない。練習の声に反応して時たま顔を上げてそれを見たりもするが、
辛いのかすぐに頭を伏せてしまう。無理をしているのは明らかだった。

「連中に声をかけて来るよ」

 そう言って宗像は藤堂の元を離れ、桃井たちの元へ向かう。

「押忍!お疲れ様です宗像副長!」

 練習にひと段落つけた桃井が、近づいてきた宗像に気付き駆け寄ってきた。

「一年生の動きがまだ硬いな。それと鼓手隊も動きが合ってない。打ち込みが足りない。
他の団員も声が出てない。・・・だそうだ」
419 : ◆nMPO.NEQr6 [sage saga]:2012/06/30(土) 14:05:34.50 ID:7eyf/y+4o
「押忍!ありがとうございます!ならば、休憩後はそこを重点的に・・・」

「いや、今日の全体練習はもう終わりだな」

「お、押忍!も、申し訳ありません!しかし次こそは、必ず・・・」

「そうじゃないそうじゃない。あっちが多分限界なんだよ」

「は?あっち・・・」

 宗像は遥か後方で相変わらず指揮台に身を任せている藤堂を振り返った。
彼女の頭に載せられたボロボロの制帽は今にも落ちそうなバランスでそのポジションを保っているように見えた。

「そうでしたか・・・」

「周期的に必ずあるものなのだから仕方がない。今日はお前達だけで頑張ってくれ」

「押忍。どうかお大事にとお伝えください。・・・全員、休憩後は団長からのご指導内容を伝える!
その後は解散して各隊に集合!個別練習に移るぞ!」

「「「押忍!!!」」」

 仲間達の中へ戻っていった桃井の背中を見送り、宗像は藤堂のほうへ戻るためにグラウンドを向き直る。

 ・・・そのとき、宗像の視界の端に奇妙なものが映った。
420 : ◆nMPO.NEQr6 [sage saga]:2012/06/30(土) 14:07:38.62 ID:7eyf/y+4o





「やはり我が鼓手隊か・・・ハァ」

 鼓手副隊長の篠原は、怜悧だが人の良さそうに見える顔を、
落胆と自分自身への情けなさに曇らせた。

「俺では指導者に足らぬというのだろうか・・・」

 落ち込む篠原に、傍らの桃井もため息をついた。

「やはり、俺一人の指導では、ここにおられない隊長には遠く及ばんのだ・・・
どんなに破天荒で滅多に練習に顔を出さなくとも、あの人はそのたった数回の顔出しだけで
俺以上の成果を挙げるだろう・・・ハァ」

「あまり気を落とすな篠原。落ち込んでいる暇があれば手を動かし、
声を出せと団長なら仰ると思うぞ。それにお前はお前なりによく頑張って」

 そこまで言った桃井の目に、奇妙な光景が映る。

 練習に励む運動部員達を無視し、土ぼこりを上げながら真っ直ぐグラウンドを横切って藤堂の元へ全力疾走する宗像。
そしてその遥か左手。グラウンドの入り口からゆっくりと二人へ近づいてくる、巨大な・・・

「竜巻・・・」

「・・・( ゚д゚ )」
421 : ◆nMPO.NEQr6 [sage saga]:2012/06/30(土) 14:09:59.76 ID:7eyf/y+4o
 正確には、空から降りてくるのが竜巻で、このように地面から立ち上がるのは旋風(つむじかぜ)である。
その旋風が、グラウンドの土ぼこりや片隅に追いやられていた落ち葉を巻き上げながら、
ゆっくりと藤堂と宗像に近づいているのである。
旋風の襲来に気付いた運動部員達が反対方向へ避難を始め、
宗像も脱力した藤堂を助け起こしている。
しかし、どんなに宗像が腰を入れて立ち上がらせようとしても、
藤堂は糸の切れた操り人形のように脱力して動こうとしなかった。
その間にも旋風はゆっくりと近づいている。その太さは徐々に増し、
実際に藤堂たちに迫るスピードは、その成長速度も相まって、実際に旋風の中心が前進している速度よりも速かった。

「団長!!!副長ォーーーーー!!!!」

「よせ桃井!!今行けばお前まで巻き込まれる!!もう間に合わん!!」

「クッソォ放せ!!俺は・・・」

 そのときついに、藤堂を抱き上げた宗像ごと黄色い旋風が飲み込んだ。

「団長ォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー・・・ォォ?」

 なんと、藤堂・宗像の両者を飲み込んだ旋風は、あっという間に力を失ったかと思うと、
すぐに拡散して消えてしまった。後には、少し横にずれた指揮台だけが残され、二人の姿はなかった。

「消えた・・・!?」

「まさか・・・上空に巻き上げられた?いや、そんなはずは・・・」

 藤堂・宗像が上空に吹き飛ばされたのではないということは間もなくわかった。
彼らはいつの間にかグラウンドの真ん中、桃井たちの目と鼻の先に立っていたのだ。
珍しく腰を落として構えを取り、目の前に冷淡で、それでいて隙のない視線を送る宗像。
そしてその視線の先には、何者かに横抱き・・・いわゆるお姫様抱っこの体勢で抱きかかえられた藤堂。
彼女の目は強烈な怒気に見開かれ、眼力で殺さんとするように自分を抱きかかえた人物の顔へ向けられている。
422 : ◆nMPO.NEQr6 [sage saga]:2012/06/30(土) 14:12:55.51 ID:7eyf/y+4o
 抱き上げた彼女をゆっくりと地面に下ろして立たせ、その視線に真っ向から対したその人物。
長い手足はシャープな筋肉で張り詰められており、小麦色に焼けた艶のある肌の色は、
夏服のブラウスと長い足に履かれたルーズソックスの白を際立たせていた。
ニット地のベストの上からでも良くわかる鍛えられた腹筋、そしてベストの胸を押し上げる二つの乳房。
モデルのように長い首の上に乗った童顔の半分は、腰まである長いザンバラ髪に隠されていたが、
その髪の隙間から、愉悦と殺気にらんらんと輝く獣じみた瞳が片方だけ覗いていた。

「貴様・・・帰って来ていたのか」

「もう先輩とは呼んでくれないんだな、魁」

 女生徒は、子供のように無邪気な笑顔でニカッと白い歯を見せた。

「団長をファーストネームで呼ぶ・・・あの人は一体・・・」

「あ・あ・あ・・・・・」

 相対する三人を離れた位置から見ていた桃井は、傍らで腰を抜かしている篠原に気づく。
背後の団員達を振り返ってみると、一年団員は桃井と概ね同じような反応、二年生の多くも同じ、
しかし、鼓手隊の面々だけは篠原と同じように腰を抜かすか、あるいはうわ言を呟きながら頭を抱えて
その場をグルグル歩き回っていた。そして、後輩達の視線に気付き振り返る日焼けした童顔。

「おお!我が後輩達か!そう言えば鼓手隊員以外とこうしてまともに顔突き合わすのは初めてだったな。少し待っててくれよ!」

 そう言って女生徒は、土煙を上げながらグラウンドの出口に向かう。
あっという間に出て行ったかと思うとすぐに巨大な風呂敷包みを肩に担いで戻ってくる。

「流石にこれを傷つける危険は冒せなかったからな!わっはははは!!」

 言いながらドシンと包みをグラウンドに置く。下にした部分が重みで地面にめり込んだのがわかった。
呆気に取られる桃井たちの目の前で手際良く風呂敷包みが解かれる。
ただそれを見つめるしかない彼らの目の前に現れたのは・・・大きな和太鼓だった。
彼らが普段使っているものと比べても、ゆうに倍の大きさがあった。
次に女生徒は、背負っていた毛皮製のホルダーから二本の棒を抜き放つ。
黒光りするそれの末端からは鎖が垂れ、彼女の背後・・・膝の後ろ辺りを通って
もう一方の手に持たれた棒の末端に繋がっていた。非常な硬度を想像させるそれは、
奇妙なことに桃井の目にはこの巨大な太鼓を打ち鳴らすバチに見えた。
423 : ◆nMPO.NEQr6 [長いしぬ sage saga]:2012/06/30(土) 14:15:00.60 ID:7eyf/y+4o
「押ーーーーーーーーーーー忍!!!!!」

 気合の一声と共に、鎖バチとでも言うべき道具が太鼓に打ちつけられる。
瞬間、地鳴りのごとくその音がグラウンドに響き渡る。桃井たちの足が振動で一瞬地面から浮いたような心地がし、
遠くの校舎の窓が一拍遅れてガタガタと揺れた。

「押ーーーーーーーーーーーーーーーーーー忍!!!!!!!!」

 更に一回ドンと打ち鳴らされる太鼓。今度は先ほどの音に腰を抜かして座り込んだ団員達の尻が
地面から明確に浮く。そして目の前の校舎の窓が数枚砕け散り、目の前のメタセコイヤの木からは
音圧でやられた鳥達や虫達がドサドサと落ちてきた。

 その様子を満足げに見ていた女生徒は、ひとしきりうんうんと笑顔でうなずくと、
バチを背中のホルダーに収め、腰を抜かしている後輩達に向き直り、声を張り上げた。

「白羽根学園高等学校応援団三年!!!鼓手隊長の久我山弁慶こと久我山ケイだ!!!よろしくな兄弟達!!!」

 彼女の打ち鳴らした太鼓の音に負けず劣らずの声量を前に、ただただ腰を抜かすことしか
出来ない二年以下の団員達だったが、その中で桃井がはっと我に還り、「ぜ、全員整列!!」と号令をかけた。

「鼓手隊長殿に!!礼!!!」

「「「押忍!!!お疲れ様です!!!」」」

 桃井の号令に合わせ、寸分たがわぬタイミングで礼をした団員達を前に、
久我山は腕を組んで満足げにうなずいた。

「うんうん、やっぱり仲間のいる場所ってのは最高だな!武者修行は俺自身が望んだこととは言え、
荒地と岩くらいしかない砂漠で何ヶ月もひとりでは流石に孤独感がマッハだったからな!はっはっは!!」

「ええい待て久我山!!貴様何故戻ってきた!!」

 藤堂が久我山の肩をガッと右手で掴んで自分の方へ向き直らせる。
424 : ◆nMPO.NEQr6 [sage saga]:2012/06/30(土) 14:17:28.92 ID:7eyf/y+4o
「何故って・・・戻ってきちゃいけなかったのか?そりゃあ悲しいが・・・」

 本当に悲しそうな顔になる久我山に、流石の藤堂も面食らう。

「そ、そういうことを言っているのではない!何故このタイミングで帰って来たのだと聞いているんだ!!」

「おお!そっちか!それならしっかり説明できるぜ!まあその前に・・・」

「何を・・・はう!?」

 小麦色の両手が、藤堂の両乳房をガッと鷲掴みにしていた。その指がわきわきと動き、
形のいい乳房を左右交互に揉みしだく。一瞬藤堂の顔が青ざめ、次の瞬間には火を噴いたように真っ赤になった。

「うーむモンゴルの女の子達も最高だったが、やっぱりお前が一番最高だぜ!
弾力、形、重量、どれを取っても申し分ない。さっき道を教えてくれた女の子の尻といい勝負だ。
でもあの子、尻は綺麗だったが胸は全然なかったからなー」

「は、はは放せこの変態!!貴様、殺す!!!」

 手を振り払って三歩も離れてしまった藤堂に、久我山は相変わらず無邪気な笑みを向けている。

「ははは!殺すなんて言うな!久々の再会でちょっと楽しみたくなっただけじゃねーか!」

「何が楽し・・・う゛っ」

「・・・おいおい大丈夫か?」

 口を手で覆いながらうずくまった藤堂に、宗像が歩み寄って袋を渡す。
受け取った藤堂は宗像に目だけで礼をすると、すぐに袋の中に戻し始めた。
その背中をさする宗像。そんな様子をぽかんとして見つめる久我山。

「・・・つわり?」

「ちっ!げほっ!違う!!貴様、そこで待ってろ!!すぐに終わr・・おぇえぇええぇ」

 吐いている団長を前に、微妙に前かがみになった団員達はただただ何も出来ず立ち尽くすばかりなのだった。
425 : ◆nMPO.NEQr6 [sage saga]:2012/06/30(土) 14:18:43.58 ID:7eyf/y+4o





 なんだかんだで一度校舎に引っ込んで身支度を整え戻ってきた藤堂は、
改めてその場で待っていた久我山に相対した。

「それで・・・貴様が戻ってきた理由はなんだ」

「もう大丈夫なのか」

「大丈夫じゃない」

「そうか」

「それでなんなんだ」

「お前がそこまで聞かせて欲しいというなら聞かせてやろう」

 久我山はにやりと笑うと、背中のバチをホルダーから抜く。傾き始めた日に照らされ、
先ほどとは違う鈍い光でギラリと輝いた気がした。

「お前を倒す為の必殺技が、ついに完成したんでな・・・はっはっは!藤堂魁、ついに敗れたり!!」

「なるほど・・・やはりまだ私を狙っていたか、久我山」
426 : ◆nMPO.NEQr6 [sage saga]:2012/06/30(土) 14:19:52.89 ID:7eyf/y+4o





 構えを取り始める二人を、遠くから固唾をのんで見守る応援団の面々。

「団長と久我山先輩の間には、一体どんな因縁が・・・」

「あの二人は、団長の座を争っていたんだ」

「まさか・・・」

 宗像の言葉に、桃井は振り返る。宗像は、睨みあう二人を感情の読み取れない目で見つめている。

「正確に言うと、久我山は毎年団長となる人間とああして争っている」

「ならば・・・団長になるチャンスを狙って、この学校に残り続けている?」

「それは違うな」

 宗像は桃井の推測に笑みをこぼした。

「彼女は恐らく団長の座などハナから興味がない。
団長になる器を持った人間との決闘が楽しみたいだけだろう」

「まさか・・・そんなコミック的なバトルマニアが現実に存在したとは・・・」

「もうひとつの理由は、単純にあいつが藤堂のことを偉く気に入ってることだろうな」

「・・・は?」
427 : ◆nMPO.NEQr6 [sage saga]:2012/06/30(土) 14:21:05.96 ID:7eyf/y+4o





「・・・私を倒して何を望む。団長の座か!」

「そいつは違うな!俺が欲しいのは・・・お前だ、魁」

「なっ・・・!!」

 藤堂は、胸を隠すような格好で一歩後ずさる。

「きっ貴様!まだそんな寝言を言っているのか!!」

「寝言じゃねえ!俺は二年前のあの日から本気だ!俺はお前が欲しい!
あの広大なゴビ砂漠の孤独の中でそれを再確認してきたんだ!
寝ても覚めても浮かぶのはお前の顔!そのおっぱい!尻!うなじ!二の腕!太もも!
他にも色々あるけど言った方がいいか!!」

「やめろ!!」

「よしやめる!!」





「なんなんですか、あの人は・・・」

 奇妙を通り越して奇怪さすら醸し出している押し問答を呆然と見つめながら、
桃井は知らずに疑問を口にしていた。

「あいつはな、両刀持ちなんだよ」

「・・・はい?」

「ま、これ以上はあいつのプライバシーに関わる話になるし、コメントは差し控えておくよ」

「は、はあ・・・」

 結局良くわからない桃井なのだった。
428 : ◆nMPO.NEQr6 [sage saga]:2012/06/30(土) 14:22:59.88 ID:7eyf/y+4o





「さあこの勝負受けるか!どっちだ魁!」

「・・・よかろう。受けてやる」

「よっしゃ!」

「ただし!!」

「なんだ?」

 藤堂は、久我山のくりくりした大きな目の前に、一本指を立てて宣言した。

「私が勝ったらお前は卒業まで毎日練習に顔を出せ!!
貴様が背負うべき責任まで背負わされて疲れ切っている後輩達のことも考えろ!!!」

「そういうことか!!それなら俺自身申し訳ないと思っていた所だ!!その条件受け入れる!!」

「だ、団長・・・!!!」

 顔を伏せて男泣きに泣き濡れ始める篠原。何故かもらい泣きする桃井。

「よし!これでルールは決まったな!後は・・・正々堂々と勝負だ!魁!」

「良かろう・・・来い!」
429 : ◆nMPO.NEQr6 [sage saga]:2012/06/30(土) 14:24:58.89 ID:7eyf/y+4o
 両手のバチを二刀流のように構えた久我山は、目の前の藤堂が素手で構えたのを見てそのバチを下ろす。

「まあ待て魁」

「なんだ!やらんのか!」

「流石に素手のお前じゃチョロ過ぎる。お前も何か得物を持って来い。それに・・・」

 久我山は、手にしたバチで藤堂の胸を指し示す。指し示された藤堂は、やはり胸を隠すような仕草で一歩後ずさった。

「その長ランと帽子を、俺との決闘で傷つけるわけには行かねえだろ?」

「フン・・・そうだな。少し待て」

 制帽が脱がれると、長い髪が風の中にばさっと広がる。久我山の視線を気にしながら上着が脱ぎ捨てられると、
白磁のようにきめ細やかな肌と、きつく巻かれたさらしでも隠しきれない豊かな胸が顔を出した。

「藤堂!」

 声と共に、宗像から藤堂の手に一振りの木刀が投げ渡される。黒ずんで年季の入ったそれは、
藤堂が日ごろから愛用する品だった。手にしたそれの感触を確かめると、
今度は風の唸りを上げてそれを大上段に振りかぶり、ひとつ深呼吸をすると、
ゆっくりと剣先を下ろして正眼に構えた。

「・・・いいね。それでこそお前だ、魁」

 久我山は二刀流の鎖バチを構える。左手のバチを前に、右手のバチは斜め下に向け頭上に掲げるその構えは、
祭り太鼓を叩く勇壮な男のように見えた。

 応援団の面々に加え、避難から戻ってきた運動部員達が周囲より固唾をのんで見守る中、
藤堂と久我山は構えを取った姿勢のまま、微動だにせず互いの隙を窺っていた。
430 : ◆nMPO.NEQr6 [sage saga]:2012/06/30(土) 14:26:30.00 ID:7eyf/y+4o





「団長が得物を取って戦うのは初めて見る・・・一体どんなことになるのか」

「藤堂は元々徒手空拳よりも得物を使った勝負の方が熟達している。
万全ではないとはいえ、これで簡単に後れを取ることはなくなっただろう」

 すっかり解説役になった桃井と宗像が、未だ微動だにせず腹を探り合っている二人を見守りつつ小声で話した。
その場は静寂に包まれ、例えちょっとした物音でも許されぬような緊迫感に包まれていた。

「・・・だが久我山も、単純な性格に見合わぬ奇剣の使い手だ。すんなり進んでくれればいいのだがな」

 桃井は、宗像のこめかみに一滴の汗が光っているのを見た。

 場は静寂に包まれている。集まった野次馬達も口をつぐみ、聞こえてくるのは風の吹きぬける音だけだった。
その中心で、藤堂と久我山はにらみ合ったまま未だ一歩も動いていなかった。
もはや、ほんの少しの集中の乱れが勝負を分ける一触即発の状況だった。

「・・・魁」

 唐突に口を開く久我山。しかし藤堂は微動だにせず、久我山の気配に神経を集中させている。

「・・・やっぱりおっぱい大きいな」

「!?」

「隙ありィ!!!」
431 : ◆nMPO.NEQr6 [sage saga]:2012/06/30(土) 14:28:43.22 ID:7eyf/y+4o
 藤堂が言葉に怯んだのを見るや、久我山は疾風のごとく猛然と突進する。
しかし藤堂もすぐに平静を取り戻し、突っ込んでくる久我山の攻撃に対し受けの体勢を取る。

 最初に飛んできたのは左のバチ。一撃目を紙一重でかわすや、間髪いれずに飛んでくる右。
これも横へ避けてかわし、懐に潜り込もうとする藤堂。
しかしそこへ、久我山の手を離れた左のバチが右手の勢いを鎖を通して受け、
彼女の腰を支点にしてビュンと回ってきて目元を掠める。藤堂の髪が数本、風圧で切り落とされる。
上体を反らしてかわすが、今度はすかさずキャッチされた左のバチがそれを追いかけて突きを繰り出す。
一瞬で体勢を立て直しなんとか紙一重でかわす藤堂だったが、
久我山の左手がくんと引かれたと思うと今度は右のバチが鎖の遠心力で藤堂の脇腹を狙ってくる。
それを木刀で弾き飛ばしつつ、次の一撃が来る前に藤堂は久我山の胸に体当たりをぶつけた。

「おぉっ!?」

 これには流石の久我山も怯んで、藤堂の射程からバックステップで逃げる。
互いが射程を離れ、勝負はまた振り出しに戻った。

「仕留めたと思ったんだがなあ」

 一瞬体当たりに驚きはしたものの、久我山は既に平静を取り戻しており、言いながらギラギラ光る目を細めて笑った。

「はぁ、はぁ、うっぷ・・・か、簡単には行かん」

「・・・でも息が上がってるな。だったら次は行けるかもな」

 変幻自在の剣戟の応酬に、しばし呆気に取られていた観衆だったが、
すぐに我に還りどよめき始め、そのうちに歓声を上げ始めるが、藤堂に「黙れ!!」と一喝され、
場はすぐに元の静寂を取り戻した。
432 : ◆nMPO.NEQr6 [sage saga]:2012/06/30(土) 14:30:08.13 ID:7eyf/y+4o
「・・・さて魁、俺はさっき必殺技を編み出したと言ったよな」

「それがどうしっ!うっ!・・・それがどうした・・・」

 ほとんど中腰の状態で、口元を押さえながら答える藤堂。攻撃の全てをかわしたにもかかわらず、
その風圧によって胸元を覆うさらしと足を覆うスラックスのところどころは
研ぎの粗い刃物で切りつけたようにほつれており、久我山の攻撃の凄まじさを窺わせた。
聞き返した彼女に、にやりと笑いかける久我山。

「待ちきれないから今使っちまおうと思う」

 言い終わるや否や、久我山はハンマー投げのような動作で鎖バチを頭上に振り回し始める。
回転は徐々に勢いを増し、久我山の手はいつしかバチ部分を離れ、回転の中心となった鎖部分にあった。
その手を中心に、鎖バチは唸りを上げて回転を始める。
限界まで伸びきった鎖の先で、バチが錘となって回転に勢いを与えていた。
久我山を中心にした半径三メートルの範囲には、剣の結界とでも言うべき空間が形成されていた。
回転が勢いを増すごとに風が生まれ、土ぼこりが徐々に巻き上がる。
それは奇妙なことに、回転の中心にいる久我山の上空に吸い上げられているように見えた。

「・・・うっぷ」

 藤堂はつい、回転運動から目を逸らした。





 桃井と宗像、そして応援団の面々は相変わらず遠巻きに二人の戦いを見守っている。
遠くからはより一層、久我山の起こす回転により生まれた気流をはっきりと目にすることができた。
黄色い砂埃を巻き上げ、うねりながら上昇していくその気流は、まさに地面から立ち上がる旋風だった。

「まさか・・・あんなことが人間に可能だなんて・・・」

 呆然とする桃井の傍らで、宗像は別のものを見ていた。

「まずいな・・・」

「え、ええ・・・まさかこんなことが・・・」

「・・・アレは多分、回転運動を見せられ続けたせいでぶり返したな」

「・・・はい?」
433 : ◆nMPO.NEQr6 [sage saga]:2012/06/30(土) 14:33:22.92 ID:7eyf/y+4o





「うっ・・ぷ・・・」

 涙の滲んだ目だけは旋風の中にいる久我山から逸らさないものの、口元を押さえたままの藤堂は、
前屈みでその体勢を木刀で支えており、今にも膝を付いてしまいそうな勢いだった。

「はーっはっは!!近寄るもの全てを切り刻む旋風の結界!!
これぞゴビ砂漠の孤独の中で編み出した必殺剣!!掛かってこられるものならかかって来い魁!!」

「うっぷ・・・はぁ、はぁ」

 猛烈な吐き気に息を切らしながらも、構えを取る藤堂。しかし足元はおぼつかず、
旋風を起こす久我山に向かっていくことは出来ない。目の前の旋風は更に太さを増し、
久我山の姿はもはや濃い土煙の中にほとんど見えなかった。しかし、その視界が遮断された中でも、
二人は互いに互いの目を真っ直ぐ見据え合っていた。

「掛かって来られねーか!!だったらこっちから行くぜ!!」

 その声と共に、旋風が藤堂に向かって動き始める。その最中呆気に取られた観衆を、
成長し続ける旋風の端が掠め、哀れ巻き込まれた彼らは衣類を切り刻まれながら全裸で上空に巻き上げられ、
ゴミのようにぼとぼとと落ちてくる。旋風に切り込めば恐らく彼らの二の舞に、
例え旋風を凌ぎ切ったとしてもその中心で回転を起こしている鎖バチにやられてしまうことが予測できた。
しかも、ここからではバチの動きが見えない。

(・・・一か八かだ!)

 藤堂は、極端に低い体勢で構えを取る。鎖は久我山の頭上で回転していた。
ならば、この旋風さえ突破できれば、久我山の足元は隙だらけのはずだ。
藤堂は気合を込めると、地面を強く蹴り、にじり寄る旋風に低い体勢で突っ込んだ。

「うぷ」

 突っ込む瞬間、押し寄せた吐き気に一瞬力を抜いてしまった藤堂は、
自分の足が地面を踏み切りそこなって滑り、自分の体勢が前のめりに崩れるのを感じた。
434 : ◆nMPO.NEQr6 [sage saga]:2012/06/30(土) 14:35:49.08 ID:7eyf/y+4o





「・・・藤堂!!」

「団長!!!」

 突入の瞬間に体勢を崩した藤堂は、旋風に飲み込まれ上空に巻き上げられた。
錐揉みしながら上空に投げ出される藤堂の身体。スラックスの黒い繊維が切り刻まれ撒き散らされるのが見え、
白い肌にいくつもの赤い筋が生まれる。その左足からずたずたのローファーが吹き飛び、
遠くで見守っていた応援団の面々に向かって飛んできて、桃井の頭に直撃し失神させた。

 空中に投げ出された藤堂は、回転しながら落下し、グラウンドの地面に叩き付けられ数回バウンドしながら倒れた。
スラックスはズタズタに切り刻まれ、露出した肌には赤い筋が走っていた。
さらしには血が滲み、切り刻まれて解け掛かっていた。
その様を呆然と見つめる観衆。そして、旋風は急速に勢いを弱めて拡散し、その中心には、
頭上で回転させていた鎖バチを首、胸、腰と徐々に下げていきながら回転を緩め、
勝ち誇ったように笑みを浮かべる久我山。その姿は、自らも旋風に多少のダメージを受けることになるのか、
身体に傷は出来ていないものの制服はズタズタで、健康的な小麦色の肌が
そのところどころの切れ込みから覗く刺激的な姿になっていた。

「・・・勝ったな!」

 浮かべられた笑みの中、その大きな瞳だけは獣じみた殺気に未だ爛々と輝きを放っている。
回転を止め、両手に戻ったバチをだらりと下げた姿勢のまま、久我山は倒れている藤堂に歩み寄っていく。
それに気付いた藤堂は、痛む身体を鞭打って何とか立ち上がり、
錐揉み回転させられながらも放さなかった木刀を久我山に向かって構えようとする。

「そうはいかねぇよっと!!」

 一瞬にして久我山の手から鎖のリーチも利用して伸びてきたバチに利き手を打たれ、
藤堂は木刀を取り落とす。彼女が体勢を立て直すよりも久我山が肉薄するほうが早かった。
凄まじい握力で首元をつかまれ、そのまま藤堂の体は久我山によって右手だけで吊り上げられる。
435 : ◆nMPO.NEQr6 [sage saga]:2012/06/30(土) 14:38:54.35 ID:7eyf/y+4o
「いやー惜しかったな魁。足元ががら空きなのは俺自身懸案事項だと思ってたんだ。
しかし、利き腕が潰されればもう剣は握れねぇな。俺のように両利きだったらお前にも勝機があったかもしれんがな」

「ぐっ・・・!!」

 首元を掴んだ手は更に藤堂の喉を締め上げる。
自分より更に長身の久我山に吊るし上げられた藤堂の足は、ほとんど地面から浮いていた。
靴の脱げた左足のつま先だけが辛うじて、しかし虚しくグラウンドの土を蹴る。

「さて、もう勝負あったし、ここで降参するなら止めを刺すのはやめてやるが・・・どうする?」

 自分を吊るし上げた久我山の右手首を、藤堂の無事な左手がガッと掴む。

「・・・久我山・・・ひとつ・・・うぷっ・・・教えておいてやる・・・」

「?」

「俺の利き腕は確かに右だが・・・」

 つま先が、冷たい感触を探り当てる。

「・・・利き足は左だ!」

 強く蹴り上げられたつま先、その親指と人差し指に挟まれた木刀の剣先が勢いを付けて突き出され、
久我山の鳩尾を打つ。

「ぐっ!?」

 完全に隙を突かれた久我山は、藤堂を放し、自分の鳩尾を押さえながら数歩後ずさる。
彼女は目を白黒させながら、落ちそうな意識を必死で奮い立たせようとしていた。

「勝負ありだ・・・久我山弁慶!!!」

 左手だけで振りぬかれた木刀が胴を強かに打ち、一瞬の静寂の後、
久我山はゆっくりと前のめりに崩れ落ちた。
436 : ◆nMPO.NEQr6 [sage saga]:2012/06/30(土) 14:40:35.85 ID:7eyf/y+4o





「終わったな、藤堂」

「・・・ああ」

 自分の肩に上着をかけながら声をかけた宗像に、藤堂も穏やかに答える。
久我山は倒れたまま動かない。その彼女の元へ、篠原を初めとした鼓手隊の面々が駆け寄るのを見て、
自分も駆け寄ってきた応援団の面々に囲まれながら藤堂は薄く微笑んだ。
そして、生き残っていた観衆の誰からともなく、暖かな拍手が湧き起こったのだった。

 しかし次の瞬間、久我山は意識を取り戻してガッと立ち上がる。
呆然と見つめる周囲の目を同じく呆然とした顔で見回した後、藤堂と目が合うと、
久我山は照れたような、悔しそうな、しかしそれでいて満足げな笑顔を浮かべながらその場に胡坐をかいた。

「はっはっは!!やっぱり勝てなかったか!惜しいところまでは行ったと思ったんだけどなあ!」

 豪快に笑う久我山を見て、藤堂も微笑みながら答える。

「お前は勢いはあっても、いつも詰めが甘い。とことんまで細部を突き詰め、敵の裏の裏をかく。それが兵法だ」

「ははは!容赦ねえな!そこが気に入ってるとこでもあるけどな!まあ、何はともあれ!!」

 久我山は立ち上がると、傍らにいた篠原にガッと肩を組み、その頭を脇から自分の胸に抱き寄せた。
突然頭を豊かな乳房に押し付けられた篠原は、鼻血を噴きながら失神した。

「俺は約束守る男!いや、女だ!明日からは俺が直々にお前達兄弟の面倒を見てやる!付いて来られるな!!」

「「「押忍!!!」」」
437 : ◆nMPO.NEQr6 [sage saga]:2012/06/30(土) 14:41:41.94 ID:7eyf/y+4o
 鼓手隊の様子に微笑みながら、藤堂は拾い上げた制帽を被ると、
宗像に支えられながら彼らに背を向ける。そんな背中に、久我山の声がかけられる。

「おい魁!」

「・・・なんだ?」

 振り返った藤堂の目に入ったのは、珍しくばつの悪そうな顔をしている久我山。

「言いにくいんだがな・・・お前、代えのさらしは用意してるのか?」

「・・・?どうして?」

 真意が汲めず、聞き返す藤堂。

「確かに見たい見たいとは思っていたが、そうやって丸出しにされると流石に・・・照れるというか・・・・・・・・おっぱい」

「え?」

 藤堂の胸を覆っていたさらしは戦いの間にすっかり切れて落ち、白磁の水差しのような乳房が見えていた。
438 : ◆nMPO.NEQr6 [sage saga]:2012/06/30(土) 14:43:19.63 ID:7eyf/y+4o





「・・・はっ!!しまった!!昼までにするつもりが夕方まで寝ちまった・・・」

 夕日の射す屋上で、相良聖は長い午睡から目覚めた。
日は暮れかけており、この屋上の物陰にも濃密な影を落としていた。

『キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!』

 パリパリパリパリーン!!

「うおぉう!?なんだ!?音波兵器か!?」

 謎の甲高い音と共に、校舎と言う校舎の窓ガラスが割れた。

 後に『破壊音波発生事件』と呼ばれることになるこの事件は、
数ヶ月の間生徒達の間で語り草になるが、その音波の発生源、
そして何故発生することになったのかは、
最後までわからなかったという。
439 : ◆nMPO.NEQr6 [sage saga]:2012/06/30(土) 14:44:54.65 ID:7eyf/y+4o





 翌日。天気、快晴。

 整列した団員達を前に、宗像が指示を出す。その傍らに立つのは、久我山。

「今日藤堂はあまりに体調が優れないために練習を休むことになった。
代わりに、今日の全体練習での指導は鼓手隊長の久我山が行う。
彼女を団長だと思って指示に従うように」

「「「押忍!!!」」」

「約束通り指導に来てやったぜ!藤堂は休みだが、藤堂の分までしっかり扱いてやるからお前ら、
気合入れて付いて来いよ!!」

「「「押忍!!!」」」

「走りこみは敷地内(全学科校舎含む)100周からだ!
その後は腕立て腹筋背筋スクワット、それぞれ100回を10セットだ!!付いて来られるな!!」

「「「押忍!!!」」」

「よーし今度は二人一組の手押し車で20キロ走行訓練だ!!
ゴールしたら交代して同じように20キロ走って戻って来い!!」

「「「お、押忍!!!」」」

「今度はタイヤを引きながらの走りこみだ!腰に結びつけるタイヤはひとつだ!お前達には簡単だろう!!」

「「「押忍!!!」」」

「使うのはこのダンプカーのタイヤだ!行けるな!!」

「「「お、お、押忍!!!」」」

「しっ、篠原っ!し、篠原!」

 虚脱したような顔で、ダンプのタイヤと自分の腰をロープで結び付けている篠原に、
息も絶え絶えの桃井が這うように駆け寄って声をかけた。

「ま、まさか、お・・・はぁ、はぁ・・・お前達が、あの人を見て腰を抜かしていたのは・・・」

「・・・あの人は、練習メニューを『自分の体力で可能な範囲』で決めるんだ。
常人についていくのは無理だ・・・それも毎日・・・もう・・・終わりッ!(ガクッ)」

「・・・篠原?篠原ァーーーーーーーー!!!!!」

 グラウンドに、桃井の悲痛な叫びが虚しくこだますのだった。

「なんだ!うるさい!お前らは10往復追加!」
440 : ◆nMPO.NEQr6 [sage saga]:2012/06/30(土) 14:45:56.29 ID:7eyf/y+4o





「はは、残しておいてくれたんだな。このスペース」

 倉庫の片隅、黄色いテープで区切られたスペースに愛用の和太鼓を収めながら、久我山は笑った。

「もう残ってないと思ってたよ。俺はここにいない時間が長過ぎたからな」

 久我山を手伝って太鼓を支え、しっかり収まった事を確認すると、
篠原は久我山に向き直り、深々と頭を下げた。

「よくお戻りくださいました。隊長」

「・・・ああ。ただいま」

 すりガラスの窓の向こうで、木々の葉を涼やかな風が撫でていた。



【終わり】
441 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(千葉県) [sage]:2012/06/30(土) 14:48:20.53 ID:7eyf/y+4o
以上です。
あと多分バイルタイはモンゴル語でさようならです
ゴビ砂漠の地理的なことはわかんない
もしかすると中国の色の方が濃かったりするのかもしれません
それではでは。
442 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) [sage]:2012/06/30(土) 14:51:22.91 ID:5cm87nCJ0
乙、団員メインでよかったよ
443 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(千葉県) [sage]:2012/06/30(土) 14:51:57.84 ID:7eyf/y+4o
あとごめん、竜巻と旋風の違いはどうも間違えてたっぽいです
ごめんなさい。
444 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) [sage saga]:2012/07/02(月) 06:24:04.80 ID:EilCEbZ7o
白がきてたならこっちは黒を投下するよ!
445 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/02(月) 06:24:33.59 ID:EilCEbZ7o
今宵もまたカラスの音が響く・・






black zone







クラブ castle・・今宵もネオンの蝶となった女子高生が働いているこの奇妙な店に今日も3人は京香の教えの元でせこせこと勤務しながら今日も全てを偽って夜を彩る。

「アハハ、お客さん冗談きついですよ〜」

「なにいってるの、由宇奈ちゃんがいるから通ってるようなもんだしね。店が終わったらどっかご飯食べに行こうよ〜」

「う〜ん・・ごめんさない、明日大学の講義があるんですよ。その代わりに今日は閉店までお付き合いします」

「そっか、んじゃ閉店まで一緒に飲もう! 延長してボトル入れちゃう!!」

「ありがとうございます〜」

そのまま由宇奈はボーイに延長の旨とボトルを頼んで客を固定させていく、そして一緒にいた女の子が立ち去るとしばらくは1人で2人の相手をしていく・・一方別の席でも陽痲が別の客と喋りながらこちらも他の女の子と一緒に順調にトークを盛り上げながらこちらも順調に注文を貰っていきながら和気藹々の雰囲気を作り出す。

「陽痲ちゃんっていつの時の女体化したの?」

「高校1年の時にやっちゃったんですよ〜、結構大変でしたよ。それに味覚も変わって甘いものが好きになったんです」

「そっか・・なら、そんな陽痲ちゃんのためにフルーツ盛り頼んじゃおう!!!」

「ありがとうございます! すみません〜、フルーツ盛りお願いします!!」

こうして陽痲も順調に注文を重ねていきながら売り上げを刻みながら店に貢献していく、由宇奈と陽痲も最初は慣れないものだったが京香の訓練によってめきめきと頭角を現していきながら異様な速さで京香の元から1人立ちしていき、名刺も貰って店の徐々に売り上げを伸ばしつつある。それに2人とも他の店の女の子とも問題なく溶け込めているので人間関係にも何ら不備はないし高校生という立場上を除けばピッタリと言うものだろう、そのままフルーツ盛りを客と一緒に食べていた陽痲であるがここでボーイが陽痲にそっと耳打ちをする。

“陽痲ちゃん、切りのいいところで由宇奈ちゃんがいる4番テーブルへ行ってくれない?”

“わかりました”

そのままボーイが立ち去ると陽痲は暫く会話をしながら切りのいいタイミングを作り出す、こういったこともキャバ嬢には必要技術なので席を離れるタイミングも作らないといけないのだ。

「すまん、ちょっと呼ばれたから行ってくる」

「マジかよ〜。仕方ない」

「ごめん、何とか早く戻るから」

陽痲は何とか抜け出すとボーイに次の女の子の手はずを整えさせる、あの客はかなり酔っ払っていたので大抵の事は覚えていないだろう、それに何かあっても名刺に仕事用の携帯の番号が書いてあるので何かあればメールでもしておいたら何とかなるだろう、そのまま陽痲は由宇奈のいる席へと移動して改めて名刺を出しながら接客する。
446 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/02(月) 06:25:06.65 ID:EilCEbZ7o
「お待たせしました、陽痲です」

「おおっ!! んじゃ早速何か飲む? もちろん由宇奈ちゃんもね」

「「いただきます〜!!」」

「あっ、陽痲はいつもの飲み物だよね。私持ってくるよ」

そのまま由宇奈は席を立ち上がると自分と陽痲の飲み物を取りに行く、そして少し周りを見るとVIPルームでは京香が上客の対応をして別の席では莢が普通に接客をしているのが目に付くが何もかもを偽っている今は自分の仕事をすることだけを考える。

「はい、陽痲の分。いつもありがとうございます〜」

「いいよいいよ。今日は朝までじゃんじゃん呑もう!!」

盛り上がりを見せる由宇奈と陽痲の席で莢が座っている席も1人の客が莢に入れ込みながらフルーツ盛りを頼みながら酒もボトルで頼み始める。

「・・ごちそうさまです」

「莢ちゃんはクールビューティだからな、俺に振り向いてくれるならもう何でも頼んじゃうよ」

(うはwwwwwwwwそれはダメだろwwwwwwwww)

莢もあれから京香の指導を受けてこれまで以上の実力を発揮しながら固定客も難なくゲットしていき、数でいえば3人の中ではダントツの多さを誇る。

「よし、今日は莢ちゃんのためにドンペリ入れちゃう!! ドンペリは莢ちゃんに任せるよ」

「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」」」」」」

「・・それじゃゴールドをお願いします」

「任せなさい!!」

(冗談なのに本気で頼みやがったwwwwwwwwww)

「「「お願いしま〜す、ゴールド1本で!!!!」」」

そのままボーイによって瞬く間にグラスによるタワーが形成されるとゴールドのドンペリが運ばれてグラスタワーに注がれる、莢を除く周囲のテンションも最高潮に達してかなりの盛り上がりを見せると莢も久々のドンペリを飲みながら京香から教えてもらった笑顔で客の心を掴む。

「ありがとございます・・」

「もうその笑顔で生きてけれるわ!!!!」

(今日の売り上げは凄いだろうなwwwwwww)

現実的な考えの莢はそのままドンペリを飲みながら今回の売り上げの計算を頭で行う、既に1人立ちを許された3人に京香は次のステップとして今度は売り上げ面で競わせようとしている。勿論3人は高校生なのでアフターや枕営業などは禁止させた上でこれまで教えた技術を行使させた上でさせている、このお陰で競争意識が芽生えて更なる技術などが自然と習得できれば互いを刺激しあういい具合になるし、店にとっても売り上げが増えるのでメリットになる。

全ては京香の裁量によって進められていた・・
447 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/02(月) 06:25:59.44 ID:EilCEbZ7o
店が終わって宮永経由で京香から給料を手渡された3人は着替えながらいつものように京香の手によって送迎される、すでに3人はそれぞれの自宅で過ごすことを許されているものの、シフトは相変わらず京香に管理されている。それでもようやく日常生活が戻りつつあるものの由宇奈と陽痲であるが両親にはばれないようにアルコール中和剤などを予め飲むなどして対処をしている。そのまま3人は車の中で京香から差し引かれた分の金額を照らし合わせるとそれぞれの順位を発表する。

「じゃーん!! 私は今日は10万弱だよ」

「俺は12万ちょっとか・・最後の客が色々頼んでくれたからな。茅葺はどれぐらいなんだよ?」

「・・17万、ドンペリが大きかった」

「今回も茅葺の勝ちだな。お前達もそろそろ固定の客を掴んで置けよ」

そのまま京香はタバコを吸いながら運転し続ける。ちなみに彼女が本日稼いだ金額は3人の金額を合わせて2倍した金額で圧倒的に店のNO1の座に輝いてた、しかしこれでも全盛期に比べればまだまだ少ないほうなのだが今は教頭という役職もあるので仕方がないところであろう。

「というか、疑問に思った事があるんだけど・・俺たちのバイトばれないかな」

「そ、そうだよね。今は何とか大丈夫だけど・・」

(ちょwwwww退学だけは勘弁wwwwwww)

「んあ? お前達そんなこと心配してたのか・・ま、当然っちゃ当然だな。心配しなくてもうちの学校のPTAや父兄のトップのオバ様方は俺の茶のみ友達だから仲は良いし、教育委員会のお偉方は昔からの上客だからな。今日VIPに来店してたろ?」

3人をキャバクラへ勤めさせる以前に京香は禁じられている副業をしているわけであるが、対策をしないほど京香はバカではない。学校の父兄やPTAのお偉方とは持ち前の行動力と知恵に加えて仕事で培った華麗なる社交術によって良好な関係と莫大なる信頼を得ているので自身の副業はおろかとして学校にも口出しはされていない、それに教育委員会に関してもお偉方は全盛期の京香の客なので当然のように相当な弱みも握っている。だからこそ副業であるキャバクラも務まるわけで今回京香がVIPルームで接客したのは教育委員会のお偉方・・当然完全個室になっているVIPルームでそれ相応のサービスをしながらこの3人のバイトを認めさせたのだ。

「ま、俺に掛かればこんなもんだ。お前等が卒業するまでは大丈夫だから心配するな」

「・・信じるしかない」

「何か凄い話だけど、教頭先生がそういうんだからそうなんだよね」

「俺、わけがわかんなくなった・・」

普段ならばありえないことなのだが彼女に掛かればこれが現実となってしまう、京香がこういうのだから自分たちの身は色々な意味で大丈夫なのだろう。
448 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/02(月) 06:26:17.60 ID:EilCEbZ7o

「だけど店から支給されているとはいっても携帯2つ持ってるのってあんまり慣れないよ。お客さんからのメールを返しているとはいってもみんなの目があるから油断ならないね」

「そうだよな。誰かに見られたりしたら一発でアウトだし」

(ぼっちの俺は勝ち組wwwwww^q^)

「こればかりはお前ら次第だ。未来を守りたければ命がけで死守するんだぞ」

3人は店からお客用の携帯を支給されており、固定客との連絡のために使われている。勿論月々の使用料も給料から天引きされているのでタダと言うわけではないが、自分達が本来使う携帯と混合しなくても良いのである意味では楽でいいものの・・由宇奈と陽痲からしてみれば友人達の合間を盗んではメールを返すのは結構しんどいものである。

「でも何だか変な感じだ。小説のネタには丁度良いけどな」

「そうだね。・・あっ、またメールがきた。返信しとかなきゃ」

(アフターの誘いしつけぇwwwwww適当にあしらっておくかwwwwwwww)

あたふたとしている由宇奈と陽痲と違って莢は手馴れた手つきで客をそれぞれ振り分けながら順に返事を返していく、最初の時は店と学業の並行に苦労していた由宇奈と陽痲も京香の徹底的な指導と身体も次第に激務の生活に慣れてきたようで何とかものになっている、店が忙しい時には京香が2人の両親に適当に言いくるめながら高級マンションへと泊めているので健康面では何ら問題はない。

「さて、まずは佐方の家に着いたぞ。お前達は少しだけ待ってろ」

「んじゃ、2人ともお先〜・・」

そのまま車から降りた京香に伴われて陽痲と一緒に家へと入っていく、家には陽痲の両親が出迎えてくれておりいつものように京香は通常とは180℃態度を豹変させると陽痲の両親といつものように相対する。

「いつもこんな時間まで娘さんを連れまわして申し訳ございません、ご両親の寛大なお心遣いには痛み入ります」

「いえいえ、こちらこそ娘がいつもお世話になっているようで・・ご迷惑を掛けていないでしょうか?」

「まさか教頭先生があの一流際先生とお知り合いだとは驚きましたよ、この子の夢を叶えるために特別講師までしてもらえるとは・・前に一流際先生と話したときは小説家冥利につきましたよ」

(親父、それはこの悪魔の客の1人だ。口裏合わせてるに決まってるだろ・・)

陽痲の両親は小説家なので京香は自身の上客であった有名小説家の一流際を使って両親を懐柔している、それに京香の洗礼された佇まいと礼儀正しさも合わさっているので両親は京香を疑う事はなく逆に絶対な信頼を勝ち得ている。前に陽痲が京香の話をしたときは逆に両親が全くの疑念が一切なく気持ち悪いぐらいに京香を褒め称えていたので既に陥落させられたことを思い知らされたぐらいである。

「教頭先生にはお世話になりっぱなしで申し訳ないですなぁ」

「全くですよ、一流際先生に講師されているなんてこの子も幸せ物ですよ」

「いえいえ、私は夢を叶える手伝いをしているだけですので・・では、もう遅いのでこれで失礼させていただきます。それでは明日も申し訳ございませんが娘さんを預からせてもらいます」

「どうぞどうぞ! 1日といわずにいつまでも構いませんわ」

(お袋、それだけは勘弁してくれ)

陽痲は京香の手によって懐柔される両親を見ながら深い溜息を吐いて自室へと向かうのであった。
449 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/02(月) 06:26:44.13 ID:EilCEbZ7o
そんなやり取りが繰り広げられている中で車の中にいた由宇奈と莢は京香の帰りを待ち続けながら大人しく待機していた、あれからしばらく少しばかり気まずい間柄であった2人であったが今では普通に会話するような仲であり新たな友人関係を維持している。

「龍之介君は今日も売り上げが一番だったね、やっぱり固定客が多いもんね」

「・・でも宮守も人気はある、前にメールで着てた」

あれから莢も少しずつではあるが、由宇奈や陽痲と会話をするようになっており口数も多くなってネット弁慶も改善の兆しが見えるようになったのでいい方向に向かってきつつあるのかもしれない、それに莢には由宇奈と陽痲は初めての友人となるので少しばかり緊張もあるが受けれてくれる2人の存在に安らぎを見出すようになる。

「そうかな〜? でも上手い具合に固定客を獲得している龍之介君や持ち前のトークでお客さんを楽しませている陽太郎と比べたら見劣りしちゃって」

「自分を卑下するのは良くない・・」

「そうだよね、私ももっと頑張らないと」

(てか正直俺の客の半分が宮守の話題の件wwwwwww)

何だかんだいっても由宇奈も人気はある、固定客は陽痲や莢には負けるものの存在感は負けず劣らずで由宇奈目当てにまた店に来る人間も実際には少なからずいるし、演技もなく自然体で仕事をしているので客にキャバ嬢特有の疑念を綺麗サッパリと消してしまうのでそれも加えて人気があるので本人が気がついていないところで才能の片鱗を見せている。

「そういえば龍之介君って休みの日は普段何をしてるの?」

「(アニメ見たりエロゲーしてるとか言えるわけねぇだろwwwwwwwwwwww)・・たまに街で買い物する、それに家が店と近い」

「そうだなんだ! それじゃ今度の休みに陽太郎と一緒に服でも買いに行こうよ」

「(漫画やDVDにエロゲーに消えてますが何か?)・・検討する」

何だかんだ言いながら3人はこれまで店で顔をつき合わす以外はプライベートでは交友を取っていなかったし、店と学業の兼ね合いもあったので中々時間がなかったのだ。

「思えば3人で一緒に遊んだことがなかったもんね親交を深めるのにいい機会だね」

(服選ぶのは容易いけど服スレは見ておかないとなwwwwwwwwww)

そのまま由宇奈1人であれやこれやと話が広がるなかで陽痲を送り届けた京香が少し疲れた表情で戻ってきた。

「ふぅ〜・・毎度のことながら疲れるぜ。んじゃ次は宮森の家な」

「はい、お願いします」

そのまま車はすぐ近くにある由宇奈の家へと向かっていくと物の数分も掛からずに車は由宇奈の家へとたどり着く、そのまま陽痲の時と同様に由宇奈も京香に連れ添われて車から降りて行くと残された莢にさっきの約束のことを言い残す。

「それじゃ、お疲れさま。龍之介君・・決まったら連絡するね」

「・・お疲れさま」

「よし、行くぞ。茅葺は眠たかったら寝とけよ〜」

そのまま京香は由宇奈と消えていくが、残された莢はいつもの携帯を取り出すとそのままいつものようにチャットを始める。
450 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/02(月) 06:27:42.98 ID:EilCEbZ7o
ryu:おいすー

kimi:すー、今日は早いなwww

ryu:早い段階で仕事が終わったからな

kimi:働きすぎじゃね?

ryu:一人暮らしは金が掛かるんだよ><

あれから由宇奈や陽痲とも喋ってはいるものの恒例のチャットも相変わらず継続して続いている、やはり徐々にネット弁慶が改善されようともこればかりは癖みたいなものなので会話はいつものように静かに盛り上がる。

kimi:しかしジムシリーズは種類が多いな、スナイパーが最強なんだろうか?

ryu:スナイパーも強いが、宇宙ならばジムカスを勧める

kimi:ジムカスか・・mk-2が直系なんだよね?

ryu:NT-1からジムカスでヘイズルを経由してmk-2だな。ジムは汎用性の高さとコストの安さが売りだしな

kimi:そうか、しかしジオン水泳部の可愛さは異常

ryu:ジオン兵「ちょっとジャブローに降下してくる」

kimi:wwwwwwwwwwwwwwww

相変わらずの濃い話に花を咲かせながら会話は異様に盛り上がる、しかしこのチャットの会話の仲にもある程度の変化が現れてたりしていた。

ryu:前の会話は助かったよ

kimi:告白のやつ?

ryu:うん、支えになった

kimi:ほほう、結果はどうだった? 教えてクレクレ

ryu:一応友達に・・

kimi:おっ、いいんじゃね? エロゲーならイベント立てたら落とせるなwwwww

ryu:エロゲーと一緒にすんなwwwwwwww混合イクナイwwwwwwwww

あれから莢もチャットの話題にちょくちょくではあるが身の回りのことを話し始めているようで2人の間柄も少しは縮まっており、会話もマニアックな話題から現実味があるものになっている。

451 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/02(月) 06:27:58.31 ID:EilCEbZ7o
kimi:うp!うp!!

ryu:俺自身が仕事忙しいから遊ぶ機会ないのwwwwwそれに3次元なんてネ弁には未知の領域だwwwwww

kimi:逆に考えるんだ、3次元がダメなら2次元に引き込めばいいやと考えるんだ! ソースは自分

ryu:ねーよwwwwwwそういえばそっちは中学生だっけ?

kimi:そうだよ、奴は音楽上手いし成長中だからな〜。しかし調教は容易かった

ryu:なんていう一級調教師

思えば莢は両親が死んでから会話らしい会話をまともにしていなかったので実際のところは由宇奈と陽痲にはどう接していいのかが判らないのだ。

kimi:ま、楽しんだらいいんじゃね? てか兄貴の彼女が可愛すぎるwwww

ryu:kwsk

kimi:ちょっとからかったら面白いぐらいにリアクションするから反応が萌える。でもいい人だし女体化する前は兄貴とは中学からの付き合いだからね

ryu:リア充爆発しろって展開だな

kimi:怒らせたら怖いけどな。んなことよりも女体化してどうよ?

ryu:最初と比べたら大分慣れたwww月ものは焦ったけどなwwwwww

kimi:そりゃ、生理現象だし・・んで胸はどんぐらいになったのかね?

ryu:C〜Dぐらいの間だって

kimi:美乳じゃないか!! 悔しいビクンビクン

ryu:こればかりは個人差だから仕方ない

のんびりとチャットを進めながらまったりと京香の帰りを待つ莢、一方その頃2人は由宇奈の帰りを待っていた母親に出迎えられて京香が陽痲の両親の時と同様に御しとやかにささやかな会話をしていた。

「夜分遅くなって申し訳ございません。お母様の心中をお察しいたします」

「大丈夫ですよ。旦那は仕事柄海外出張が多い人ですので慣れてます、それに教頭先生にはいつもこの子の成績を案じてもらって感謝してもし尽くせません」

由宇奈の父親は平塚グループの下請け会社に勤務しており、このたび出世が決まって由宇奈の高校入学を機にニューヨークへ長期の海外出張をしているので母子家庭のような生活を送っている。それ故に京香も陽痲の両親とは違って由宇奈の家庭に関しては細心の注意を払いながら言葉を選ぶ。

「いえいえ、大事な娘さんを私の身勝手な理由でいつも連れ出していますのでお母様にはいつも申し訳なく思っております」

「そんな! 頭を上げてください・・それに教頭先生が来て下さってこの子が楽しそうで母親としては嬉しい限りですよ」

「嘘っ・・私、そんな顔してた?」

「してたわよ、これでも母親なんだから」

母親に言われるまで由宇奈はこれまで自分がどんな顔でいたのだろうと思ってみる、確かにこの仕事をし始めてから辛いことばかりであったが様々な客と接する中でお金以外の楽しさを感じている、最初は京香への借金がちらついていたものの今ではこうして客と接するのが楽しいのだ。
452 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/02(月) 06:29:30.35 ID:EilCEbZ7o
「ママは凄いね」

「これからの教頭先生のいうことをよく聞きなさいね。それでは先生、また娘をよろしくお願い致します」

「こちらこそ申し訳ございません、遅くなりましたら誠に申し訳ありませんがこちらの判断で娘さんを泊めさせたいのですが・・ご了承をお願いできますでしょうか?」

「ありがとうございます、教頭先生ならご信頼に足るお方ですのでこちらからもお願い致します」

現に由宇奈の母親も京香については完全に信じきっており、こちらも陽痲と同様に京香のことはべた褒めでしかも京香となにやら個人的に好意的なやり取りが合ったようで由宇奈も母親の陥落振りには思わず苦笑いしてしまったほどである。それに由宇奈も何だかんだ言ってもこの奇妙な生活に慣れてしまっている自分の適応力の高さは正直驚いてしまうし、何よりこれからこの生活を理屈抜きで楽しんでいるのが変なものである。

(私って単純なのかな・・)

「それでは、私はここで失礼させていただきます。では宮守さん、また明日」

「は、はい!!」

「本日もお世話になりました、また明日もよろしくお願いします」

そのまま京香は深々とお辞儀をしながら玄関を出て再び車に乗り込むと爆走させてタバコを吸いながら携帯をいじっている莢に視線を移す。

「お前まだ起きてたのかよ・・何か飯でも奢ってやる」

「(うはwwwwwwwwwラッキーwwwwwwww)・・ありがとうございます」

「ま、この時間に開いている店なんて知れているからラーメンで良いな」

「(酒飲んでるし小腹も減ったからおkwwwwww)・・」

そのまま莢は軽く首を縦に振ると車は近くのラーメン屋へと止まるとそのまま店内へと入ると適当に開いてる席へと座っていく、すでに時間は夜中なので客もそんなにいないので待たされることもないだろう。そのまま2人は適当にラーメンを頼みながら京香はいつものようにタバコを吸って淡々と流れる他の客のラーメンの啜り声を聞きながら、仕事用の携帯をいじっている莢に問いかける。

453 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/02(月) 06:29:44.68 ID:EilCEbZ7o
「・・おい、茅葺。仕事熱心なのは良いけどな、もう少し別の楽しみ方もあるんじゃないのか?」

「(毎日エロゲーとアニメに囲まれている日々wwwwwwww^q^)・・生活が掛かってますので」

「ま、そこら辺は何もいわんが・・勉強も出来て運動神経も良いのに勿体無い話だぜ」

(ネット弁慶でサーセンwwwwwwwwてか同伴出勤の誘いが多すぎるwwwwwwww)

京香にしてみれば由宇奈や陽痲よりも莢と話すときは会話が続かないので少し悩んでしまう、今まで京香もこの業界に携わる様々な人間を見てきて莢のように女体化する前から一切他人を寄せ付けずに必要以上の事は喋らない人間がこうして夜の仕事をこなしていること自体が奇跡に近いのだ。

「へい、ラーメン2つお待ち」

「おっ、きたきた!! 遠慮せずに食え」

「(うまそうwwwwwww)・・いただきます」

そのまま静かにラーメンを啜りながら2人は黙々と食事をする、綺麗にラーメンを食べ始める京香に対してがさつに食べる莢に思わず笑ってしまう、弱点すら見当たらない莢にこういったところがあったとは結構意外なものである。

「おいおい、女がそんな食い方したら他所で大恥かくぞ? 俺達はこういう商売なんだから食い方にも気をつけろよ」

「・・」

「全く、お前は掴み所がない奴だよ。お前のように無口で無愛想な奴はこういった商売は向かないのに店の上位に食い込んでいるお前は大したもんだよ」

京香も莢に教えたのはトークよりも今までホストのときからやってきたその容姿を活かしたギャップを教え込んでおり、微笑もその一つで客を引き込むよりも惹かれるような佇まいや喋りを徹底的に教え込んだお陰で莢の売り上げは見る見るうちに伸び始めて今では3人の中では固定客の多さはかなりのものである。

「・・俺が引き込んでおいてなんだが、お前は宮守と佐方はこの業界に向いていると思うか?」

(ちょwwwwwwwwww俺に聞かれても困るんだがwwwwwwwwww)

「別に変な意味はない、あいつ等よりもこの商売を長くやったお前の意見が聞きたいだけだ」

そのままラーメンを食べ終えてタバコを吸う京香に莢はラーメンを啜って少しばかり考えながら2人の勤務について思い浮かべてみる。京香ほどではないが今までにもホストをしてきた中で莢は色々な夜の人物を見てきたが、由宇奈や陽痲のように偽らずに自然体で仕事をする人間は初めてなので少し考えて答えを述べる。

「・・宮守と佐方のように偽らずに仕事する人間は初めてですよ。こういう商売は自分を偽るものだと教えられましたから」

「まぁな、俺たちの仕事はどんな形であれ客を満足させることだ。自分を偽るのは当然必要だからな」

「あの2人がこれからどうなるかはわかりませんが・・期待していいと思います」

「・・先輩としての意見かそれは?」

「(といわれても返答に困るお・・)そいうことにしてください・・」

由宇奈や陽痲より1年も先にこの仕事をしている莢であるが、そこまで評価できるほどこの仕事をやってはいないので京香の質問の内容には少し意図がわからない。彼女は自分よりも長くこの商売に身も心もどっぷりと漬かっているので何もこんな自分の意見など聞く必要もないとは思う、そう考えた莢は逆に京香に疑問として言葉を返す。

「(考えるだけで意図がわからんおjk)何で・・俺にそんなことを聞くんですか?」

「何だ、珍しく食い付くな。・・さっきも言ったように変な意味はない、お前達がこの業界でどのように成長するかが楽しみなだけさ」

そのまま京香はタバコを吸いながらあどけなく答える、実際のところ全盛期を過ぎてからすっかりと味気のなくした夜の生活にちょっとした刺激が欲しくてその好奇心を満たすために由宇奈と陽痲を少々強引な手段で引き入れたのだが、日を増すごとに技術を磨いてこの仕事に適応していく2人に思わず感心してしまったほどである。

(しかし前の店とのいざこざは解決してもらったが・・未だに手数料取られてるなんて情けないわwwwwwwwwwwwwww)

「さて、話はこれで終わりだ。今日は遅いから俺の家に泊まりな、荷物は持って来てるんだろ? 久々に飲みなおしたい気分なんだよ、付き合ってもらうぜ」

「(うはwwwwww下手したら俺\(^o^)/)・・わかりました」

当然のように莢に選択肢があるわけがなく、そのまま黙って京香に着いていくのであった。
454 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/02(月) 06:32:20.59 ID:EilCEbZ7o
翌日・3時限目突入前

いつものように黒羽根高には由宇奈と陽痲はいつものように溌剌としているのに対して莢もいつもの無表情ではあったものの、所々で身体が少しふらついているので心配になった2人は莢に話しかける。

「どうしたの、龍之介君?」

「昨日、あんまり寝てないのか・・?」

「・・大丈夫、ありがとう」

そのまま平静を装うが、あれから京香のマンションへと連れてこられた莢は有無を言わせぬ京香の凄みに屈してしまって晩酌に付き合わされてお互いにかなりの酒を飲んだのだ、酒臭さは京香からもらった薬で大分緩和されたものの2日酔いだけはどうしようも出来ずに所々ふらついてしまう。

(あの人の晩酌に付き合うのはもう勘弁だお・・)

「そういえば陽太郎、さっき電車の中で話したことだけど・・大丈夫?」

「ああ、珍しく日曜は休みだから俺は大丈夫だぜ。それに3人で遊ぶのは楽しそうだしな」

「(宮守と佐方の私服姿・・想像してきただけで萌えてきたwwwwwww)・・」

由宇奈と陽痲が中心で話はとんとん拍子で進められて待ち合わせ場所と時間が決められるが、莢は会話に参加はせずに肯定の意を示すために静かにクビを縦に振り続ける。莢が女体化してからは男の時は嫌と言うほど群がってた女子達は最初は好奇心で今までと変わりないぐらいに群がってはいたものの今ではすっかり群がっておらず、男子達も男時代のことがあったので無視はされてはいないものの微妙な距離感を取られている。それに莢も無口で必要以上に距離を取らないままなので完全ではないもののクラスでは孤立しかけており、由宇奈や陽痲としか話してはいないので何とかなってはいたりするので少しばかり心配な2人である。

455 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/02(月) 06:32:44.65 ID:EilCEbZ7o
「龍之介君、クラスには慣れた?」

「たまには本ばかり読まずに俺たち以外の誰かと喋るのも大事だぞ」

(んなことできたらとっくにやってるわwwwwwwwwwwww)

「まぁまぁ、龍之介君もようやく私たちとは喋れてるんだし時間を置いてみようよ」

莢は生粋のネット弁慶なので由宇奈や陽痲と喋るだけでも精一杯なのでこればかりは時間を掛けてやっていくしかない、それでも今まで他人とろくに喋ったことすらない莢にしてみれば由宇奈や陽痲と喋っていることでも奇跡に近いのでそれだけで充分なのである。

「仕方ないか。そういやば新作の構想が出来たんだけどちょっと2人に見て欲しいんだ、まだプロットだから2人の意見が聞きたいところだ」

「ああ、前に言ってたやつ? いいよ、見せて見せて〜」

「・・」

陽痲は仕事と学業の忙しい合間を縫って小説の構想を考えており、幼い頃からの夢に近づくためにもこうして短編を書いていきながら小説を書き続けており、今回は長編を書こうと思って構想をまとめたプロットを打ち立てたのだ。2人は陽痲からプロットをまとめたノートを貰うと世界観の緻密さと登場人物の事細かな設定に感心しながら陽痲のプロットをまじまじと見つめ続ける。

「どうだ? これでも仕事と勉強の合間を縫って考えたんだぜ」

(ファンタジーかよwwwwwwだけど細かいなおいwwwwwww)

「えっとタイトルは・・“まじっく⊆仝⊇ろ〜ど”ね。世界観も一気にまとまっているようだけど・・登場人物が少なくない?」

「ま、後は盗賊の親分が決まったら書けるんだけど・・これが中々決まらなくてな」

どうやらプロットはまとまっているようであるが、まだ肝心の登場人物の1人が決まらないようで書こうにも書き出せれないようだ。しかしそれ以外は世界観もまとまっていて物語にすれば出来は素晴らしいものになるだろう、2人はプロットの段階ではあるが陽痲がどのような物語を書き出すのか少し楽しみになってしまう。

「でもさすが陽太郎だよ。あんな短い間でこれだけの物語を考えるんだから、たいしたものだよ。龍之介君はどう思う?」

「(正直ファンタジーは未完が多いイメージしかないわwwwwwwでもクオリティたけぇwwwwwwwwwwwwwwwwww)・・まだプロットの段階だから佐方の話を見ないとまだ判らない」

正直莢もまだプロットの段階なのでコメントはできない、だけど陽痲が真剣に打ち込んでいるのは良くわかるしネットに掲載されているそこらへんの小説よりかはよくわかるのでこればかりは莢に期待といったところであろう。

「話が出来たら見せてほしい・・」

「そうだね、出来上がってから改めて見せてもらおうよ」

「全く、2人とも手厳しいぜ。んじゃ出来たら見せてやる、初めての長編だからしっかりみてくれよ」

そのまま陽痲はノートをしまうと同時に3時間目の数学を授業するために担任である真帆が教室へと入っていく、どうやら表情から察するに今回はお見合いがなかったようで全員は安堵しながら授業が始まる。

456 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/02(月) 06:32:53.47 ID:EilCEbZ7o
「はいはい〜! 次は僕の授業だからね。それじゃ始めに前に出しておいた宿題を提出してもらうよ、後ろの人から順に集めてね」

「宿題か・・陽太郎、あの問題わかった?」

「いや、全然わからなかった。というか教科書や参考書にも例題がなかったからさっぱりだ」

そのまま宿題のプリントが真帆の下へと集められるのだが、殆どの生徒はある1問だけが白紙で提出されているので真帆は思惑通りに事が運んだかのようににんまりと笑みを浮かべながらその問題を黒板に書き進める。

「さて皆が飛ばしてたこの問題だけど・・実はこれって大学の講義によく出る問題だから今は解けなくても仕方ないよ」

「俺たちが解けない問題を宿題で出さないで下さい!!」

「そうですよ、私たちがどれだけ苦労したか・・」

「ま、解けなくても解こうとすることが大事だよ。皆がこの問題に向かった時の心境は織田の鉄砲隊に立ち向かった武田騎馬軍団の心境だね」

授業自体は普通の内容ではあるものの、誰の影響かは知らないが真帆は度々数学の趣旨に反しながら歴史上の人物の話をしてくるが、内容は偏ってはいるもののかなりマニアックなところを突いてくるのでクラスの人間はもとより周囲も困惑させてしまう。

「さて、この問題だけど・・クラスで唯一解いた茅葺さんに回答を示してもらおうか。それじゃ茅葺さん、早速解いてみて」

「(恥ずかしいことさせんなwwwwwこんな問題があること自体おかしいだろwwwww)・・」

そのまま真帆に指された莢は手際よくスラスラと問題を解きながら数式を代入していく、その光景にクラスの人間は唖然としながら見守っていた。

「はい、正解。戻って良いよ」

「・・」

「いや〜、僕もこの問題をまともに解けるようになったのは大学3年の頃だったからね。高校生で解けるなんて大したもんだよ、それじゃ適当に解説したら本題の授業に入るよ」

そのまま真帆は抵当に解説しながら本来の授業へと戻るのであった。


457 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/02(月) 06:35:00.10 ID:EilCEbZ7o
校長室

一方その頃、京香はタバコを吸いながら校長室で封筒を携えたある男と対峙していた。堂々としたガクラン姿に筋骨隆々の佇まいに似合わない銀縁眼鏡が光るこの人物・・白羽根学園 応援団副団長、通称仏の異名を持つ宗像 巌がある使命を帯びて姉妹校である黒羽根高へと単独やってきたのだが、京香にしてみれば白羽根の名のつく人間がこの自分の支配している黒羽根高へとやってくるのはどちらにせよ面白くはないのでタバコを思いっきり吹かしながら煙を宗像に向ける。

「何のようだ? あのクソガキの使いなら 即 刻 お 断 り だ ! !」

「相変わらずのお人だ。ですけど自分も使命がありますのでそう簡単には帰れません」

こんな光景は宗像にしてみれば1度や2度ではない、以前にも自分が訪問した時から京香は変わっていないので自分の団長を思い浮かべると思わず苦笑してしまう。

「その様子だとまだ“副業”をしてますね。あなたの行動力には恐れ入りますよ」

「前にお前の親父と店に来たときは驚いたけどな。よくもまぁ、親子揃って飲み食いしやがって・・」

「その件は置いてもらいましょう。あなたのことを口外しても意味がないことぐらい承知しています」

宗像の父親は与党の主流派に属する国会議員で京香の上客の1人でもある。以前に父親に付き添われた宗像は京香の店に来たのだが、現役の教頭が副業で堂々とキャバ嬢をやっているのには面食らった覚えがある。黒羽根高は姉妹校なので最初は弱みを握ろうと思ったのだが京香の異常なまでの行動力と完璧にまで整えられた周囲の布陣によってすぐに断念している、それでも白羽根学園の中では霞と靖男を除いて唯一京香とまともに話せれる部類に入る貴重な人間なので黒羽根に訪問するのは大概は宗像の役目なのだ。

「さて今回訪問させてもらったのはこのたび職員会議で提案された白羽根学園と黒羽根高等学校の交友祭の種目についてです。お話については度々耳にしているとは思いますが?」

「ああ、校長から話は聞いてる。理事長命令なのが癪だが、クソガキを中心に種目を決めてるらしいな・・それがどうした?」

白羽根学園と黒羽根高が姉妹校として何かしらの交友を図りたいと考えていた霞は交友祭という独自の祭典を理事長に提案して承認されたプロジェクトである。両校の場所はかなり距離があるので会場には理事長の計らいで市の大型ホールで行われる予定であり、交友祭には文化祭と同様に生徒達が様々な露店を出したりしながら体育祭のように運動部の各種対抗大会が繰り広げられたり文化系の部活の発表大会など盛りだくさんでPTAはもとより一般の来訪も予定して姉妹校としての交友はもとより、各学校の宣伝も兼ねている大規模なイベントで今回宗像が訪問したのは運動系の部活と文化系の部活が競い合う種目を京香に選んで欲しいのだ、もとよりこの黒羽根高の実権は校長ではなく京香が握っているので彼女の決定が全てなのだ。

458 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/02(月) 06:35:08.39 ID:EilCEbZ7o
「クソガキの出来レースに乗るのは腹が立つが、そっちに勝てば宣伝にはなるな」

「こちらが主な種目です。部活に関しては流石に数に差がありますのでそちらの部活に数を合わせています」

宗像が持っていた封筒を受け取った京香はタバコを吸いながら早速その中身を見ながら種目について目を通す、部活同士で行われる対抗戦の数々は部活の数で劣る黒羽根高に合わせてくれているようで霞の配慮が窺える。京香もそれには気が触るが文句を言っても仕方がないので問題がないことを確認すると宗像に先日の職員会議で行われた交友祭についての会議資料をまとめると封筒に入れて手渡す。

「こいつが先日の職員会議で結論した交友祭の資料だ。クソガキに渡しな、種目についても問題はない」

「・・確かに。スムーズで何よりです、これで滞りなく交友祭も進むでしょう」

「俺は仕事はする主義だ。んでこちらもある提案を加えさせてもらう」

「提案・・ですか?」

なにやら嫌な予感が過ぎる宗像であるが、相手はこの学校の支配者である京香なのだ。今の自分にはそれを突っぱねる勇気はないし第一そんな権限などは持ち合わせていない、今の自分に課せられた使命は書類を京香に渡すことと伝達を教師に伝えることなので決めるのは校長である霞である。

「別に大したことじゃない、出店の売り上げを大々的に競わせるんだ。競わせることによってお互いにモチベーションは上がって更に盛り上がるからな」

「出店の売り上げは特に明記されてませんでしたからね、競わせるのは個人的には悪くないと思います。きっと賛成されるでしょう」

「んで、それに加えて更なる公平を期すために他校には相互不干渉の規約を設ける。もし店同士で水掛け論になってもキリがないからな、だから予めこれを規約にすることでお互いに集中できるわけだ。詳しい事は書類に書いてあるからお前は素直にクソガキに渡せばいいんだよ」

そのままタバコを吸う京香に宗像は少し頭を捻らせるが、考えられる決断がどれも面白そうなのでここは敢えて何も言わずに黙っておいたほうが無難だと判断する。

「全く、わざわざお前がこっちに来なくても出向いてやるのに・・」

「それだけは勘弁して欲しいところですよ」

白羽根学園には応援団団長の藤堂 魁と血に飢えた狂犬の異名を持つ相良 聖という2つの巨大な爆弾が反目しあっているのだ、もしその渦中に子の黒羽根の支配者である京香が鉢合わせでもしたら白羽根学園は未曾有の危機に曝されるのは考えなくてもわかるので応援団の副団長としての立場ならば出来るだけ京香の来訪は避けて欲しいところであるが想像したら意外に面白そうなので思わず顔が綻んでしまう。

「そういえば最近お前の親父が店に来ないけど何かあったのか? 俺が店にいる事は知ってるんだろ」

「多分知ってるとは思いますけど、父も忙しい方なので来れる暇がないと思いますよ。家に帰っていたらよろしく言っておきます・・それでは失礼します」

「ちゃんとクソガキに書類渡せよ〜」

そのまま宗像は苦笑しながら校長室を立ち去るのであった。
459 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/02(月) 06:38:29.10 ID:EilCEbZ7o
放課後

店への送迎は基本的に京香によって行われており、3人は全ての授業が終わったらいつものように真っ先に京香のいる職員室へと向かう。最初は周囲の教員から少し奇異な目で見られてた3人であるが、この学校にいる全ての職員で京香に逆らえる人間など皆無なので銀念も挟まずにそれぞれの仕事をこなしており来るべき交友祭のために必死で案を考えている。黒羽根高にも一応生徒会というものは存在するのだが、大規模な活動が認められている白羽根学園とは違って黒羽根高では一般的な予算の確認や各種行事の簡単な実行委員を務めるだけなのでそこまでは実権は持ってはいないので白羽根学園と違って交友祭は教員が全面的に動いていかなければならないのだ。

(うはwwwwwみんな殺気だってピリピリしてるおwwwwwww)

「何か凄い活気だね・・」

「教頭先生に何か脅されたんじゃないのか? 見てみろよ、授業であれほど元気だった神林先生がぐったりしているぜ」

陽痲が指差した先にはぐったりと机にうな垂れて表情には生気が感じられず天井に向けてうわ言を呟いていた、どうやら京香に相当無理難題を押し付けられたようでその苦悩振りが窺ええる。

「はぁ・・交友祭であそこの男子卓球部と試合をするのはいいんだけど、完膚なきまでに倒すなんて不可能だよぉぉぉぉ!!!!」

(何かまた無茶な要求させられたんだな)

(みたいだね、神林先生も大変だね)

由宇奈と陽痲が小声で真帆の現状をひそひそと話しながら推察しているのだが、このまま無視をするのは少し心が痛むしどこか不憫なのでとりあえず由宇奈は真帆に話しかける。

「あの、神林先生・・どうしたんですか?」

「み、宮守さぁん・・僕、子供と路頭に迷わせそうだよぉぉ・・」

「先生、落ち着いてください。話だけは聞きますから・・」

「じ、実は・・」

そのまま真帆は置いてあったコーヒーをがぶ飲みしながら心身を落ち着かせると3人のことの経緯を話し始める、いつもは月一恒例行事であった昼のミーティングが急遽開かれると京香から白羽根学園との校友祭について語られるのだが、部活対抗戦については連戦連勝は勿論のこと負けたりでもしたら顧問教師の減給であるが、もし勝てば特別ボーナスとしてそれぞれ金一封が授与されると言う言うとんでもない要求を明言したので部活を顧問している教師は打倒白羽根学園に向けて自分の生活が懸けての大特訓があちらこちらで繰り広げられている。真帆が受け持っている女子卓球部は白羽根学園の男子卓球部の面々との試合が予定されており、本来ならば真帆も死に物狂いで彼女達を鍛えなければならないのだが・・向こうの男子卓球部との実力差は拮抗しており段階的なレベルアップならば可能なものの、圧倒的な差をつけるまでのレベルにまで引き上げれる指導力は真帆には残念ながらない。しかし彼女達が交友祭で勝たなければ真帆の生活は窮地に立たされるのは間違いないのでそれらを考えたら何とかしないといけないのだが、考えれば考えるだけで頭が痛くなってしまう。
そんな真帆の話を聞いていた3人は改めて京香の暴虐さ振りを再確認するとともに真帆に多大なる同情を禁じえなかった。

「うっうう・・いくらなんでも白羽根相手に圧倒的な実力差で圧勝するのは不可能だよ。向こうだって必死になって練習しているわけだしね」

「(全てにおいて全国クラスの実力を持つ白羽根にうちの学校の部活が勝つなんて無理ゲーだろwwwwww)・・・」

「いくら白羽根に対抗意識を燃やしてるからって減給はやりすぎだろ・・ま、金一封で釣ろうとしたのは判るけどよ」

「にしても、交友祭って何だか楽しそうだね。先生、私達はクラスで何かするんですか?」

交友祭に興味を示した由宇奈は話題を変えるためにも別の質問を真帆に聞きだす、大規模に行われる白羽根学園との交友祭なのだからそれ相応のビックイベントになる事は間違いないのだ。

460 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/02(月) 06:39:13.31 ID:EilCEbZ7o
「もちろん、クラスごとで露店を出したりする予定だよ。明日の学級委員会で話すつもりだからそれまでは口外はしないでね、僕が叱られてしまうから・・」

「そりゃしませんけど・・でも校友祭なんて響きは楽しそうですね。白羽根との交友祭自体は面白そうですし」

「ま、こういった背景がなければ僕も素直に喜べるんだけどね・・」

真帆も交友祭自体そのものは喜んで賛成するのだが、京香が黙って見過ごすわけがないので考えるだけでも手放しで喜べないものだ。かっては京香の横暴に耐えかねて対抗していた教師もいたのだが、そのような人物はどれも皆例外を問わずにものの数日で京香への抵抗を完全に辞めており大人しく京香の指示に従っている、もはやこの黒羽根高で京香に逆らえる人物などは皆無なのだ。

「・・教頭先生は?」

「多分校内にいると思うよ。・・それにしても3人とも仕事はどうだい、何か悩みがあったら相談に乗るよ」

「いえ、最初はあれでしたけど・・慣れたら結構楽しいものですよ」

「ま、接客業ですけど職場の人間関係はいいものです。店長も優しいし・・」

周囲に他の教師もいるので由宇奈と陽痲は言葉を選びながらこれまでのことを話していく。高校生ながら水商売をやっているなど口が裂けても言えないのだが、担任である真帆は事情を知っているので少しだけ気が楽になるのでこればかりは京香の裁量には感謝するところだろう、そのまま3人は真帆と仕事の話題で盛り上がる。

「そういえば時々白羽根学園の先生も来てくれるんですけど、教頭先生の従姉妹って聞いた時は驚きましたよ」

(しばらくは見ないけどなwwwwwww)

「来たときは大変だったけどな。・・って、神林先生?」

「・・ああ、ごめん。その人ならば大体想像がつくよ、白羽根の先生は教頭先生から聞いているから大体知ってるしね」

そのままどこか遠い目をしている真帆に違和感を覚えた由宇奈と陽痲は理由を聞いてみたかったのだが、聞いてはいけないような気がしたのでそのまま言い留まって何とか次の会話を探すのだが中々見つからずに少しあたふたしてしまって少しばかり真帆を見ていると気まずくなってしまう。

「その人、男子の卓球部の顧問っていってなかった?」

「すごい! どうしてわかったんですか?」

「ん? 予想だよ、これでも教師だからね。横の繋がりは結構あるんだよ」

真帆は淹れ直したコーヒーを飲みながら少し一息つくと再びさっきと同じ遠い目をしながら前の授業で出したテストを採点しながら3人の答案を見て教師らしく今度は成績の話を持ち出す。

461 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/02(月) 06:39:23.67 ID:EilCEbZ7o
「それにしても茅葺さんはいつも満点だね。これならばもう少し上の大学を目指してもいいと思うよ、僕の時と違って今は福祉制度も充実しているから学費に関しては問題ないぐらいだし」

「・・家に近いほうが色々と楽なんで」

「何だか勿体無いな。・・それで宮守さんと佐方さんは悪くはないんだけど、もう少し頑張って欲しいところだね」

確かに由宇奈と陽痲も成績自体は悪くはないものの、真帆としてみれば少しばかり物足りなく思えてしまう。2人の希望している大学はそこまで偏差値は高くはないものの3年に進級すれば受験勉強が待っているのでそこらへんの備えもして欲しいところなのだ。

「ま、仕事もいいんだけど本来の学業も疎かにしちゃダメだよ。・・ま、教頭先生だからそこら辺は大丈夫だと思うけどね」

「「き、気をつけます・・」」

「さて僕も卓球部の方へ向かわないと・・ヒッ!!」

京香がいないうちに女子卓球部のいる体育館へと向かおうとした真帆であったが、運悪くも3人を迎えに職員室へ入ってきた京香と鉢合わせしてしまい絶句してしまう。

「こんなところで何してるんだ、神林先生よぉ〜!!!」

「ヒィィ!! 僕はただ残していた仕事を片付けようと・・」

何とか適当な理由をつけて逃げだそうとする真帆であるが、京香にしてみればサボっていた言い訳にしか聞こえないので即座に勅命に等しい教頭命令を下す。

「んなことしている暇があったら他の部活同様に交友祭に向けて卓球部の連中をしごいて来いッ!!!!!! 白羽根なんかに負けたら即刻減給だからなッ!!!!!」

「ううっ・・これじゃ休まる暇もないよ」

(ひでぇwwwwwww本当の鬼だwwwwwwwwww)

((逆に潰されないと良いけど・・))

そのまま哀愁が漂いながら力なく職員室から立ち去る真帆の姿に3人は多大なる同情を禁じえなかった。

462 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/02(月) 06:41:28.00 ID:EilCEbZ7o
京香と合流した3人が真っ先に向かったのは自分達の勤務しているクラブ castle・・ではなく京香の住む高級マンションの一室で教科書やノートを広げると京香の徹底講習の中で今日の授業で出た宿題を懸命に片付ける。これは京香が3人に課した日課であり彼女たちが学業を疎かになっていしまったら色々と困るので京香は出勤前には必ずこうやって時間を取って学校の宿題をやらせているのだ。

「さっさと宿題片付けろよ!! ある程度融通は利かせてやるけどその分罰金で給料から差し引くからな!!!」

「ううっ、借金もあるのに・・」

「人の足元見やがって・・」

「(今日も楽勝すぎてワロタwwwwwwwwwww)・・」

既に余裕で宿題を終わらせた莢に対して由宇奈と陽痲は苦戦しながら京香の集中講義の元で宿題を解き進めていく、京香も元は優秀な教師なので由宇奈と陽痲に教えを授けることなど容易いものだ。何とか京香に教えてもらいながら苦戦しながらも宿題の山を片付けていくのだが、2人は数学のある問題で止まってしまう。

「ねぇ、陽太郎・・この問題って?」

「・・教科書にすら載ってないんだからわかるわけないだろ。教頭先生、この問題がわからないんですけど」

またもや難解な数学の問題に詰んでしまった2人は早速京香に教えを請う、何せこの宿題の作成者である真帆は前回の宿題に大学で出るような問題を仕込んでたのだが・・どうやら今回も同様に超難解の問題を仕込んでいたようだ。

「ん? どれどれ・・ってこいつは今のお前達には解く必要のない問題だ。こんな大学に出るような問題を宿題に出すとは見合い失敗し過ぎてついに頭でもイカれたのか?」

2人に提示された問題を見た京香は部下である真帆の宿題を見て思わず頭が痛くなってしまう、現在2人が解こうとしていた問題は高校でやる数学の問題ではなく大学で習う本格的な数学問題なので高校生である今の2人が学ぶ必要性もないし、この問題の回答を示すためにはまずは解くための基礎の方程式から教えなければならないので非常に時間が掛かるのだ。

「ま、この問題は飛ばしても構わんぞ。どうせお前達には解けないだろうしな、精々授業ぐらいは担任に花でも持たせてやれ」

(ちょwwwwwwwwwそれ言ったら見も蓋もねーよwwwwwwwwwwwwwwww)

「・・それじゃこれで今日の分の宿題は終わりだな。はぁ〜、どうにか店の出勤時間には間に合ったぜ」

「そうだね、昨日はギリギリだったから今日は余裕持って仕事できるよ」

ようやく宿題を終わらせた由宇奈と陽痲も一息つきながらようやく身体を休める、昨日は余裕綽々で終わらせていた莢と違って由宇奈と陽痲は出勤時間ギリギリまで宿題に追われていたので心身ともに休まる暇がなかったので気持ちがとても楽なものである、そのまま莢は冷蔵庫からジュースを2本取り出すとそのまま2人に差し出す。

463 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/02(月) 06:41:36.42 ID:EilCEbZ7o
「・・お疲れさま」

「ありがとう、龍之介君。何とか終わらせることが出来たよ」

「にしても・・なんで茅葺が手伝ったら罰金なんだよ!!」

最初のうちは莢も2人の宿題を手伝ってたのだが、徐々に京香によってそれも制限が加えられるようになって今では莢が2人の宿題を手伝うごとに罰金制度が設けられているのでお互いに下手に宿題に関しては極力1人でやらなければならない状況に陥っている。

「当たり前だ!! 茅葺がお前らの宿題をしょっちゅう手伝ってたら、それこそお前らの為にならないからな。茅葺もこいつ等の宿題手伝ったりしたら罰金だから肝に銘じておけ」

「(うはwwwww俺もかよwwwwww)・・御意」

「そういえば教頭先生は私たちと同じ頃にこの仕事始めてるんですよね、そのときはどんな感じだったんですか?」

「ん? 別に大した事はしてねぇよ。普通に歳偽って店で働いてただけだ、気がつけばあれよあれよという間に人気が上がったんだけどな」

思えば京香も3人と同様に高校生の頃からこの仕事を始めてからそれなりに月日が経つ、思えば様々な客と接してきたり色々なアフターをしてきて気がつけばいつしか伝説のキャバ嬢とまで呼ばれる存在となったのだ。勿論こういった夜の商売なので客によっては店で接すること以上のサービスをしたりいろいろやってきたりもした、自分を偽る中で精神的にも参ったりしたが若さに身を任せて本気の恋愛もしたりもして出会いと別れを繰り返してきたのも振り返れば良い思い出の一つである。

「教頭先生は俺のように女体化してこの仕事してきたんですよね、何かコツがあったら教えてくださいよ」

「別に女体化しようがしまいがキャバしてたら普通の女と大して差はないもんだぜ? 何度も言うようにこの仕事は擬似恋愛を提供させるもんだから慣れたらこっちのもんだ。今はまだお前らは高校生だから色々制限掛けているが、卒業して借金でも返済したら好きにするが良いさ」

そのまま京香はタバコを吸いながらいつも飲んでいる牛乳を一気飲みすると時計に映っている時刻に視線を移す、既に時刻は18時過ぎなので出勤時間を考えたらそろそろ店に向かわなければいけない時間帯だ。

「よし、そろそろ出勤時間になるから店に行くぞ。今日は俺はラストまでいるから全員俺の家に泊りな、既に宮守と佐方の家には連絡してあるから逃げるんじゃねぇぞ」

「別に逃げませんよ。・・陽太郎、カバンとかは置いておこうね」

「そうだな、どうせ泊るんだし制服も着替えようぜ。いつものように持っても仕方ないな」

(このマンションには何故か3人分の着替えも下着を含めて常備してあるから泊っても問題ない件wwwwwwwww)

あれから京香のマンションには3人分の着替えが備え付けられており、この家で泊る場合にも予め由宇奈と陽痲の両親には了承を貰っているので何ら問題はないのだ。

「何かもう卒業までには抜けれそうにないね・・」

「俺たちこれからどうなるんだろうな・・」

「・・不安になるのは良くない」

「茅葺の言うとおりだ。んじゃ、行くぞ」

女帝の号令の下、3人は必要な小物だけを持っていきながら今日も夜を彩る華麗な蝶へと変貌するのであった。

464 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/02(月) 06:42:53.55 ID:EilCEbZ7o
クラブ castle

今日も予想以上の客で賑わっているクラブ castle・・かって京香が全盛期の頃にはかなりの額の売り上げをたたき出しており、一時期は超人気店として夜の繁華街の頂点に君臨したほどで宮永も当時は店長として鼻が高かったのもいい思い出である。しかしその反面として売り上げの殆どは京香任せだったこともあったので彼女が本職である教員の仕事に集中してからは店の売り上げが大幅に落ちたので後進の育成を疎かにしていた反省点として宮永の経験として今も染み付いており、個人1人に頼らずに全員が活かせれるようなオールマイティーな店作りを心掛けたのだ。

「しかし杏が連れてきた3人は見る見るうちに成長している。杏の指導がいいのかも知れないけど、もしかしたら杏以上の逸材になるかもな・・」

宮永は合間から3人の勤務状態をチェックするのだが、まだあどけなかった最初の頃とは雲泥の差で今では店の売り上げに確実に貢献して他の女の子と同等の水準まで高まっているのでこの調子で行けば店の稼ぎ頭の筆頭になるのも時間の問題だろう、そのまま宮永はいつものようにタバコを吸いながら大きな箱を持って差し入れを持って控え室に向かう、丁度控え室にいたのは由宇奈と他の女の子で楽しそうにお喋りを楽しんでいた。

「へぇー、絵梨さんって美容学校なんだ」

「まだ見習いだけど・・行く行くは資格とるつもりだ。由宇奈は何してるんだ?」

「私は何も考えてませんよ。高校卒業してからはこうして働いているだけですし、お客さんには大学生で通してるんですけどね」

一応由宇奈たちは店では成人していると言うことで通してあるので店の女の子と喋る時もちゃんと年齢を偽りながら言葉に気をつけて会話をする、こうでもしないともし何かの拍子にばれてしまったら元も子もないのだ。

「ま、大学とか突っ込まれたら講義とかで言い訳すれば良いよ。後は少し脚色すれば大丈夫かな、由宇奈も大変そうだね」

「そうなんですよ〜、話題を作るのも結構大変ですから」

正直、店でも色々と偽っている由宇奈にしてみれば気が休まる日々がないのでヒヤヒヤものである。京香のマンションに泊る時以外で出勤する場合は制服姿なので店に出入りする際は通常の裏口とは違って極秘の通路を使って時間を見計らいながら更衣室にいるので今のところは他の女の子には制服姿を見られる事はないものの、いつバレてしまってもおかしくはない状態なので着替えは常に手早く済ませているのだ。

「でも杏さんが指導してくれるのは結構大きいと思うよ。前は由宇奈たちが入る前には杏さんは店が忙しい時にしか出勤してなかったんだけど、店が終わってから皆に何か奢ってくれたり俺たちの相談に乗ってくれたりしたんだ」

「へ、へぇ・・」

思わず乾いた笑いで対応する由宇奈であるが、京香はこれだけ客を掴んでいるにも拘らず店の女の子から色々相談を受けたりしていたりするので内外問わずに不思議と人気があるのだ。聞けば聞くほど京香の偉大さがよくわかるが、学校での真帆とのやり取りを思い出したら少し複雑な心境である。

(教頭先生はこんなに優しくしているなら神林先生にも優しくしてあげたら良いのに・・)

「それで他にも色々とあって・・」

話が京香中心に盛り上がっていく中でここで大きな箱を持った宮永が女の子専用の控え室へと入っていくと箱の中身をゆっくりと空け始めて大きなケーキを取り出す。

「うぃ〜、頑張っている君達に差し入れだよ。今日は特製のパインケーキだ」

「「ありがとうございまーす!!!」」

「うんうん、今日も腕によりをかけて作った甲斐があるよ」

そんな宮永の趣味はガチムチの体格に反して可愛らしくお菓子作り、彼はこの店の店長をやる前はパティシエ希望の人間だったのだが、この店の店長になってからはこの経歴を活かして毎日のように女の子への差し入れに自前のケーキを作って店の女の子に振舞っている。パティシエを目指していた宮永のケーキはかなり本格的で女の子たちにはかなり好評でもあるし、こうすることで信頼も買えてなおかつ円滑なコミュニケーションを保つことが出来るので一石二鳥である。

465 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/02(月) 06:46:00.89 ID:EilCEbZ7o
「サッパリしてて美味しい〜」

「店長って本当に器用ですね、お店のケーキよりも美味しいです」

「ハハハ、これぐらい基本さえマスターすれば誰だって出来るよ。後、ティラミスも作ったからこれも皆で食べてね」

そのまま宮永は控え室にある冷蔵庫からティラミスを取り出すとパインケーキと同じように振舞い始める、思わぬ収穫に2人は少しはしゃいでいるとここでボーイが入ってくる。

「絵梨さん、指名入りましたんでお願いします」

「は〜い、それじゃね」

「絵梨、頑張ってこいよ〜」

そのまま絵梨は控え室から立ち去ると今度は入れ替わりで陽痲が控え室へと入ってきた、どうやら休憩のようである。

「ふぅ〜、疲れた」

「おかえり、どうだった?」

「どうもこうもないよ。おっ、今日はパインケーキとティラミスか!」

「たくさんあるから陽痲も食べてね」

「ありがとうございます〜」

そのまま陽痲は切り分けられたパインケーキを自分の皿に乗せて食べ始める、由宇奈はティラミスのほうに手を付けるとこちらも陽痲と同様に満面の笑みで食べ始める。宮永はタバコを吸いながらそんな2人の姿を嬉しそうに見つめる、こうやって自分の作ったケーキを美味しそうに食べてくれてる姿を見ると自然と顔が緩んでしまう。

「2人とも美味しそうに食べてくれて嬉しいよ。杏もよく食べてくれたっけ・・2人とも学校は大丈夫かい?」

「「えっ!! て、店長・・店ではちょっと困るんですけど」」

「今は俺たちしかいないから大丈夫だから気を遣わなくても良いよ。君達の事は杏に一任してて喋る機会があんまりなかったから良い機会だ」

宮永も京香にはかなり信頼を置いているが、3人とは面接以来あまり喋る機会がなかったのでこの際だから喋っておこうと思ったわけ。いくら京香に一任してあるといっても宮永もこの店の店長をやっているのだから従業員である彼女達と喋りたかったのだ。

「今のところは大丈夫です、教t・・じゃなくて杏さんから色々教わってますから」

「俺たちも最初は不安だったけど、仕事はもう慣れました」

「店長としては頼もしい限り言葉だ。・・でも杏から色々言われていると思うけど本当に気をつけてね、俺も出来るだけ何とかしてあげたいのは山々だけどこればかりはね・・」

過去の京香の例もあるので宮永は2人にやんわりと念を押させる。京香の時は何とか決着はついたものの、あの一件で上に有耶無耶な報告を考えるだけでも精一杯だったのは鮮明に記憶に残っている。2人はそんな宮永の言葉の意味を理解すると同時にふと湧いた好奇心を言葉にだす。

「そういえば・・杏さんの時はどんな感じだったんですか? 本人からは聞きづらくって・・」

「ああ、興味があるな。店長、どうだったんですか?」

「あまり良い話じゃないんだけどね。・・そうだな、あれはまだ杏が君達と同じぐらいの頃だったかな?」

宮永はタバコを消すとすぐにまた新しいタバコを取り出して吸い始めると苦笑しながら当時のことを語りだす。
466 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/02(月) 06:47:27.05 ID:EilCEbZ7o
数年前

別室にはバツの悪そうな顔つきの京香に異様に戸惑う若かりし頃の宮永・・そして彼を気圧している小学生ぐらいの見た目をした少女が怒涛の勢いで怒鳴りつけていた。

「せ、先生・・どうか落ち着いt」

「これが落ち着けれるわけがないでしょうがッ!!! あんた、未成年をこういった店に働かせるなんてどういう神経しているのッ!!!!」

宮永に怒鳴りつけているのは見た目は少女に見えるが、中身は立派な大人で隣に座っていたバツの悪そうな顔でタバコを吸っていた京香の担任である藤野 霞その人である、見た目は小学校低学年に見えるもののこれでも立派な成人なのでよく間違えられるのが悩みである。そんな霞は自身の生徒である京香が未成年にも拘らずこういった夜の世界で商売していることを聞きだして単身乗り込みに来たのだ。

宮永が年甲斐もなく気圧されている中で矛先は京香へと向かう。

「京香ァァァァ!!!! あんたはいつもいつも・・まだ私だから良かったものの、こんなことがばれてしまえば退学じゃ済まないのよッ!?」

「うるせぇんだよ、クソガキィィィィ!!!!! 毎度毎度俺の邪魔をしやがって・・てめぇには関係ないだろ!!!!!」

「あんたの担任なんだから関係大有りよ!!!!! 全く女体化して大人しくなったと思えば・・」

そのまま霞は頭を抱えながらこれからについて考え始める、どんな理由にせよ未成年である京香がこういう店に勤務をしているのは明らかな法律違反でもあるので対処を間違えてしまえば世間を敵に回してしまう。それは宮永も同様でいくら京香が店のNO1で筆頭の稼ぎ頭であってもこのことが公になってしまえば上からの叱責は半端ないものになるし、豚箱行きも確実になってしまい数年ほどは臭い飯を食べなければならない羽目になってしまうだろう。

「とりあえず、今すぐこの子は辞めさせてください。後はこちらで何とかしますので・・」

「え、ええ・・」

そのまま話は霞と宮永中心で行われる中でこの騒ぎの張本人である京香は当然納得するはずがなく、すぐに抗議の意を唱える。

「何勝手に話し進めてるんだ!! 俺は絶対に納得しないぞ!!!」

「でもね、杏・・悪いけど流石に歳が歳だから」

「何言ってるの!? 高校生の身分でこういった店に勤務こと自体がそもそも問題なのよ!!! ・・アルバイトなら私が一緒に見つけてあげるから」

「うるせぇ、クソガキ!!! 俺は絶対に退かないからな!!!」

どれだけ自分が強く言っても京香が退かないことぐらいは霞も重々承知の上での行動なのだが、それでも何とかしなければ自分は愚か京香の将来にまで関わってくるのでここは本人を無視してでも強引に納得させるしかないのだ。

「いい加減にしなさいッ!!! これでも世間様から見れば充分すぎるほどの寛大な処置なのよ!!!」

「世間が何だッ!! 俺は学校辞めでもやり続けるぞッ!!!!」

「そんな道理が通るわけないでしょッ!!!! 少しは自分の立場を弁えなさいッ!!!!」

互いに一歩も退かずに意地の繰り広げているなかで宮永に出来ることといえば、タバコを吸いながらこの激しい口舌戦の行く末を決着がつくまでも見守るしかないのだ。

「「ハァハァ・・」」

「あの・・とりあえず2人ともこれでも飲んで落ち着いて下さい・・」

とりあえず決着の見えない言い争いを繰り広げる2人に宮永は水の入ったグラスを差し出すととりあえず一時凌ぎではあるものの休戦をさせる。2人はとりあえず水を一気飲みしながら暫く押し黙ると今度は霞がやんわりした口調で京香を諭し始める。

467 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/02(月) 06:48:31.20 ID:EilCEbZ7o
「あのね京香、働く事は何も悪いことじゃないわ。だけどこういった職業はもう少し時期を待ってからやるものよ? 京香の気持ちは充分にわかったから先生と一緒に・・」

「ハッ!! 折角自分に合った仕事をみすみす見逃すような俺じゃねぇんだよ。・・学校での成績も今まで通りに保ってやる、それに前に提示されたあの大学へ合格もしてやるよ。だったら文句ないだろ!?」

ただえさえその行動力で様々な問題を繰り広げている京香であるが、学校での成績は全てのおいて超優秀で尚且つ前に行われた国の全国模試でも2位の成績を叩き出した程で前に提出した論文も高校を通り越して大学の各教授方に評価されているほど、現に非公式ながら様々な大学の関係者が京香を引っ張ろうと学校に押しかけてくるほどなのでその優秀さが窺える。そんな背景と霞の尽力があって京香は堂々としていられるのだ。確かに京香の成績が下がりさえしなければ大方は納得するだろうが、事が事なのでいくら霞でもこればかりは納得することが出来ない。

「事はそんな簡単なことじゃないの、もしこのことが明るみに出たら他ならぬ京香の将来が危ないことになるし・・せっかく名のある大学の数々が京香を指名してくれているのよ?」

「だから、仕事しながらでも今までの成績を維持してやるって言ってるんだ!! それなら周りも文句はないだろ、それぐらい俺にしてみれば簡単な話だ。

・・店長も俺が店からいなくなれば今までのお客さんが他に流れてしまいますよ?」

「うっ、確かに・・」

宮永とて京香が店から抜けるのは非常に痛い、何せこの店の売り上げは大半は京香の客で持っているようなものなので彼女が抜けてしまえば相当な額の売り上げがダウンするのは目に見えているだろう。京香の人気は店の中でも随一だし、店の女の子の中でもかなり人気があるので人間関係にも大きな影響をもたらしているのだ。

「それに俺はやるといった事は必ずやる。後はお前が目を瞑ってくれたら全ては丸く収まるんだよ、クソガキ」

「き、杏・・いくらなんでもそれはきついと思うんだけどなぁ」

思わず宮永も京香の提示した条件には目を丸くしてしまう。京香が学校でどれほど優秀な人物かという事はよくわかったが、それでもこの不規則なこの商売で優秀な成績を保ち続けるのは不可能に近いのだ。しかし京香がやると言った以上は本当にやりぬく事は担任である霞が一番良く知っている、現に全国模試についても霞との言い争いから始まったものであり公言した上で本当にやってのけたのだから彼女の底知れぬ行動力と執念には担任としていつも驚かされるのだ。

「自分や周りに公言した以上は嘘は吐かないのが俺の道理だ。誰になんと言われようがやり通すぜ、俺は」

「本当にやり通す自信はあるの? もしばれてしまえばタダじゃ済まされないわよ」

「何度も言わせるな。仕事しながら今までの成績は維持してやるし、それどころか更に上げてやる。これで文句はないだろ?」

霞もこれまで京香にはぶつかってきたものの、これまで真髄な彼女を見るのは初めてだ。これまでにも半端なく問題を起こしてきた彼女であるがその問題の大半が誰かを救ってきたり、教師や生徒の悪事を暴いてきたものだったので決して根が悪い人間ではないのは霞も承知している。

「あの・・差し出がましいようですが、彼女がこの店に着てからと言うものの売り上げは勿論のことですけど、他にも色んなところで助かっています」

「どういうことですか?」

「こういった商売では女の子同士の問題が絶えないんですよ。私共でも出来る限り何とかしていますが、杏が着てからと言うもののそれがめっきりと減ったんですよ」

宮永から語られる京香の活躍の数々に霞は最初は驚いたもののすぐに普段の京香を照らし合わせるとすぐに納得してしまう。京香はクラスの中の中心人物に立っておりその行動力の常に筆頭に立っており周囲の人望もかなり高い、普段なら中々決まらない文化祭や体育祭の話し合いでも京香が筆頭となってクラス全員の人間を指揮して物の数分であっさりと決まってしまった程なのだ。

「ま、しかし今回の事は自分の不手際が原因ですので惜しい話ですがここは先生の言うとおり・・」

「クッ・・」

「流石にこればかりは仕方ないよ。でもちゃんと卒業してから着てくれたら歓迎する」

京香はこれまで宮永が見てきた女の子の中でも最高の逸材だと自信を持って言えるが、こればかりは年齢が年齢なので仕方がないのだ。それは京香も一番良くわかっているのでここは渋々引き上げなければならないのだろう、折角自分に見合った仕事を見つけてこれたのにこういった形で辞めるのは悔しいがこればかりは納得しなければならないのだろう。

468 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/02(月) 06:48:57.16 ID:EilCEbZ7o
「チッ、このクソガキが・・」

「まぁまぁ、杏には今まで稼がせてもらったよ。それに俺も店長としていい勉強になった」

名残惜しそうに京香の離別であるが、年齢が年齢なのでこればかりは何ともならないのだ。しかし京香が無事に学校を卒業さえすれば宮永は歓迎はするつもりだ、こんな逸材を取られたくはないものだ。

そんなことを思っていた宮永であるが、ここで霞はある問いを宮永に投げかける。

「・・この子は本当にそちらのお役に立っているんですね?」

「え、ええ・・そりゃ、店には勿体ないぐらいです。こうして彼女を辞めさせることに後悔していますから・・」

当然の霞の問いについバカ正直に答えてしまう宮永であるが意図がまるでわからないが、当の霞は少し熟考しながらある決意を下す。

「わかりました。・・京香!! 少しでも成績が下がったりしたら首根っこ捕まえてこの店から引きずり出すわよ!!!」

「お、おい・・」

「宮永さんでしたっけ? ・・この子はご覧の通り、向こう見ず行動しますけど悪い子じゃないのは私が一番良く知っています。これからもご迷惑をお掛けするとおもいますが、よろしくお願い致します」

そのまま霞は小さい身体で立ち上がると宮永に深々と頭を下げる、この一連の霞の行動に宮永はおろか京香までもが驚きのあまり面食らってしまう。

「せ、先生!! 何も頭を下げなくても・・」

「おい、さっきは俺にああ言っておきながらどういう変わりようだ?」

「だって、いつも見る京香と違ってどれだけこの仕事に対して真剣にやってるがわかったからよ。学校には私が何とか上手い具合に何とかしてあげるわ」

霞も自分の言っている事は重々承知しているつもりだ、もし自分が子のことを黙っていたらばれてしまった時には退職どころでは済まされない問題になるので霞も自分のクビを賭けてまで京香の職を認めるつもりなのだ。

「待てよ、んなことしたらお前・・クビになるだけじゃ済まないんだぞ?」

「んなことはあんたの担任になってから覚悟してるわよ。それに教師やってるんだからこれぐらいはしないと勤まらないからね。精々頑張りなさい♪ あっ、このシュークリーム美味しそうね」

そのまま霞は再び椅子にちょこんと座ると宮永が作っておいたシュークリームを子供のように頬張り始める、そんな中で宮永も霞の対応を見て何か思ったのかようやく覚悟を決めるとタバコの火を灰皿にもみ消す。

「・・わかりました、こちらでもなるべく善処は致します。彼女に関しては私が責任を持ってやらせていただきますので先生はご安心ください」

「店長・・」

「杏もちゃんとやるんだよ。俺からいえるのはそれだけだ」

そのまま宮永はタバコを吸いながら既に伝わっているであろう上にどう言い訳するか必死で頭を働かせる、そんな中で霞はシュークリームを食べながら子供らしく感想を述べる。

「本当に美味しいわね、どこの店で買ったのかしら?」

「いえ・・全て自分が作ったものです、宜しければ後で用意しますので」

「ラッキー!! ・・さて、これで私は帰るとしましょう。宮永さん、京香をこれからもよろしくお願いします」

「こ、こちらこそッ!!! 私が責任を持って預からせていただきますッッッ!!!!!」

霞は深々とお辞儀をしながら宮永からシュークリームがたくさん入った箱を貰うとそのまま霞は意気揚々と店から立ち去るのであった。

469 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/02(月) 06:49:06.67 ID:EilCEbZ7o
「チッ、このクソガキが・・」

「まぁまぁ、杏には今まで稼がせてもらったよ。それに俺も店長としていい勉強になった」

名残惜しそうに京香の離別であるが、年齢が年齢なのでこればかりは何ともならないのだ。しかし京香が無事に学校を卒業さえすれば宮永は歓迎はするつもりだ、こんな逸材を取られたくはないものだ。

そんなことを思っていた宮永であるが、ここで霞はある問いを宮永に投げかける。

「・・この子は本当にそちらのお役に立っているんですね?」

「え、ええ・・そりゃ、店には勿体ないぐらいです。こうして彼女を辞めさせることに後悔していますから・・」

当然の霞の問いについバカ正直に答えてしまう宮永であるが意図がまるでわからないが、当の霞は少し熟考しながらある決意を下す。

「わかりました。・・京香!! 少しでも成績が下がったりしたら首根っこ捕まえてこの店から引きずり出すわよ!!!」

「お、おい・・」

「宮永さんでしたっけ? ・・この子はご覧の通り、向こう見ず行動しますけど悪い子じゃないのは私が一番良く知っています。これからもご迷惑をお掛けするとおもいますが、よろしくお願い致します」

そのまま霞は小さい身体で立ち上がると宮永に深々と頭を下げる、この一連の霞の行動に宮永はおろか京香までもが驚きのあまり面食らってしまう。

「せ、先生!! 何も頭を下げなくても・・」

「おい、さっきは俺にああ言っておきながらどういう変わりようだ?」

「だって、いつも見る京香と違ってどれだけこの仕事に対して真剣にやってるがわかったからよ。学校には私が何とか上手い具合に何とかしてあげるわ」

霞も自分の言っている事は重々承知しているつもりだ、もし自分が子のことを黙っていたらばれてしまった時には退職どころでは済まされない問題になるので霞も自分のクビを賭けてまで京香の職を認めるつもりなのだ。

「待てよ、んなことしたらお前・・クビになるだけじゃ済まないんだぞ?」

「んなことはあんたの担任になってから覚悟してるわよ。それに教師やってるんだからこれぐらいはしないと勤まらないからね。精々頑張りなさい♪ あっ、このシュークリーム美味しそうね」

そのまま霞は再び椅子にちょこんと座ると宮永が作っておいたシュークリームを子供のように頬張り始める、そんな中で宮永も霞の対応を見て何か思ったのかようやく覚悟を決めるとタバコの火を灰皿にもみ消す。

「・・わかりました、こちらでもなるべく善処は致します。彼女に関しては私が責任を持ってやらせていただきますので先生はご安心ください」

「店長・・」

「杏もちゃんとやるんだよ。俺からいえるのはそれだけだ」

そのまま宮永はタバコを吸いながら既に伝わっているであろう上にどう言い訳するか必死で頭を働かせる、そんな中で霞はシュークリームを食べながら子供らしく感想を述べる。

「本当に美味しいわね、どこの店で買ったのかしら?」

「いえ・・全て自分が作ったものです、宜しければ後で用意しますので」

「ラッキー!! ・・さて、これで私は帰るとしましょう。宮永さん、京香をこれからもよろしくお願いします」

「こ、こちらこそッ!!! 私が責任を持って預からせていただきますッッッ!!!!!」

霞は深々とお辞儀をしながら宮永からシュークリームがたくさん入った箱を貰うとそのまま霞は意気揚々と店から立ち去るのであった。

470 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/02(月) 06:50:11.77 ID:EilCEbZ7o
「とまぁ、こんな感じだったね。あの後は色々大変だったよ、上に言い訳するのがしんどかったしね」

宮永から語られる京香の目茶目茶すぎて現実離れしてた過去話に唖然としてしまう、自分達はまだ京香が色々と身辺を固めてくれているお陰で何とかなっているわけだが京香の場合は何ら後ろ盾もない状態でやってこれているので行動力の凄さが窺える。

「す、凄いんですね・・」

「伝説のキャバ嬢にそんな裏話があったとは・・これは使えそうだな」

「君達の場合は杏が色々やってると思うけど、本当に気をつけてね」

3人の場合は京香がいろいろと便乗を図っており、あの時と比べたら危険性はぐっと低いものではあるものの何かの拍子でばれてしまえば今度こそ本当に豚箱行きは確定になってしまうだろう。あれ以来宮永は年齢確認はしっかりとするように心掛けているし、3人に関しては京香が面倒を観るとの条件で特別に採用したのだが・・実態がばれてしまえば自分もタダではすまないだろう。

「でも杏の先生は本当に見た目は小学生ぐらいの子供みたいだったよ。結局あれから姿は現してなかったから何とかなったんじゃないかな?」

「なるほど、にしても白羽根の校長も本当に行動力があるんだな」

「従兄弟の話じゃ凄いみたいだk・・」

「おい、由宇奈。どうしt・・」

由宇奈と陽痲が目にしたもの・・それは仁王立ちで立っている京香の姿であった、2人は反射的に身体を震え上がらせるのだがその前に京香への怒声が鳴り響く。

「お前ら!! くっちゃべってないで準備しろッ!!! 由宇奈と陽痲は指名だ、んなところでサボってないでさっさと行ってこいッ!!!!」

「「い、行って来ます・・」」

「はいはい、行ってらっしゃい〜」

そのままトボトボと歩く2人を宮永はいつものように見送る、そのまま京香はいつものようにタバコを吸いながら本日のケーキを目で物色する。

「今日はパインケーキとティラミスですか・・?」

「そうそう、次は杏の大好きなアップルパイを作ってあげるよ。今日のは自信作だから食べてって」

「ありがとうございます。・・ところで2人に余計な事は言ってないでしょうね」

「まさか、いくらなんでもそこまでは話してないよ」

宮永お手製のパインケーキを食べながら京香はタバコを吸い続ける宮永に少し怪しんでしまう、何せあのことを3人に話されてしまったら自分の面子にも関わる重大なものなのだ。

「・・でも杏が連れてくるなんて珍しいよね、何かあったの?」

「この業界で自分の後継者をそろそろ育てたいと思ってましたからね」

「でも3人はちょっと多すぎるんじゃないの?」

「さぁ? 案外ちょうど良いのかもしれませんよ、誰がどのように成長するかこっちとしては面白く思えますしね」

そのままティラミスを食べながら京香は3人の成長振りを思い浮かべる、今は自分なりに制限を課した上で競わせてはいるものの彼女達の成長振りはそれでも凄いと思う。元々経験者だった莢も京香の教えによってグングンと伸びているし、それに喰らい付いている由宇奈と陽痲も充分な器を持っているものと判断する。

「誰が俺の後継者になるか・・これからが見所ですよ」

「相変わらず君の行動力には感心させられるよ。・・そういえばあの先生は元気にしてるのかい? あれからめっきり姿を見せてないから少しあれでね」

「・・今じゃ姉妹校の校長してます、いつまでもあのクソガキの天下にはさせませんよ」

「そう悪く言うもんじゃないよ。見た目はアレだけど君並の行動力があって生徒想いの良い先生じゃないか? あんな先生は中々いないと思うよ」

宮永も今思えば霞の気持ちはよくわかる、何せ自分の生徒が未成年にも拘らずこうした仕事をしているのだから担任としては止めに入るのが普通だろう。それを自分のクビを賭けてまで京香の勤務を許したのだから中々出来ることではない、自分だったら見逃すか強引にでも手を引かせるだろう。

「昔から口煩かったですからね、やっと解放されたと思えば今度は姉妹校の校長・・考えるだけでもむかっ腹が立ちますよ」

「あ、アハハハ・・杏も色々と大変だね」

京香の放つドス黒いオーラに気圧されながらそのまま宮永は苦笑しながら別の話題を模索するのであった。
471 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) [sage saga]:2012/07/02(月) 06:57:16.21 ID:EilCEbZ7o
今日はここでお終い、見てくれてありがとさんでしたwwwwwww
量が多かったんで分割して投下します。続きが気になるお方は誰かに指名してください><
こんな風に白羽根と繋がっているんですよ!

それに現実問題、こんなのばれたらタダじゃすまないからね!!


投下も徐々に増えてくれて嬉しい限りです
そろそろ◆suJs/LnFxc氏かv2eaPto/0氏たちが盛り上げてくれるでしょう

それではみんなにwktk

472 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) :2012/07/03(火) 17:28:46.55 ID:S80dWdNf0
誰も来ない…
473 :蒼と朱のアリスロッド1/2 [sage]:2012/07/04(水) 04:10:23.27 ID:TUaPzPsa0
短いけどうp。女体化はまだ先なのでスレ違いなのは否めないけども


 6


 男が一人、闇夜の中を松明すら持たず歩いていた。微かな星明りで地面は青白く照らされて
いるものの、街の形を把握しながら歩くのは常人では難しいほどの暗闇である。
 誰が何をしているかを認識出来るほどの明るさはなく、誰がどこで殺されようとそれに気づ
く確率は限りなく低い――つまり、曇天の日の新月の夜だった。
 アデルロッドは慎重な足運びでその男を追尾する。ターゲット『グレイグ・アッシュダウ
ン』は人々の感情を操る精神系魔術に長けたこの国でも有数の心理使いで、三年前まで王家に
仕えていた宮廷魔術師だ。過去に何度か顔を合わせたことがあるのだが、まさか盗賊などに身
を窶しているなどとは夢にも思わず、グレイグがシュトゥルムの構成員である事実に少なから
ず驚かされた。とはいえ、見知った顔であってもどのような経緯があってシュトゥルムに下っ
たのか追求するつもりは更々なく、特別感情が揺らぐこともなかった。
 それはグレイグが賊だからではなく、例えターゲットが仲間であったとしても、アデルロッ
ドは何の苦もなく相手を殺害出来るだろう。それこそ、舞台で踊る人形のように。
 善でも悪でも、慈悲もなく嘆きもなく、例え女子供であろうとも必要とあればどうしようも
なく公平に断罪してしまう。それが機械仕掛けのアデスロッドたる所以なのだから。
 ――アデスロッドは頃合いを見計らい、およそ十メートルほどの距離を一足飛びで詰めて、
グレイグの懐に侵入すると

「っ!? ぐぁ――」

 事切れるその瞬間に、苦悶の表情を浮かべたグレイグは断末魔すら上げることなくあっけな
く絶命した。グレイグの死を確認したアデルロッドはその死体を即時隠蔽、そして、その背後
から近づいてくる男が一人。それを“自分”は上空から眺めていた。

「――ベルンハルトか」
「おぉ、バレた? これでも俺なりに気配を消していたつもりなんだが……」
「自分は状況を俯瞰出来る。いかに気配を消そうと、自分の視界内に入ればすぐにわかること
だ。それよりも“機械仕掛け”の間は試すような真似をするな。貴様の命に関わるぞ」
「怖い怖い。しかし、あれほどの手並みを見せられると見事と言わざるを得ないな、上官殿。
今回の相手はさすがにやばいと思ってお前さんがミスした時のために張ってたんだけどよ。あ
のグレイグを瞬時に仕留めるとは……上位個体ってやつぁ、常識はずれもいいとこだねぇ。お
前さん、一対一じゃ最強じゃないのか?」
「最強なんてもの状況により変わる」

 闇夜からの奇襲。それも近接戦に対応できる魔術師などそうはいない。それこそ普段から何
重にも結界を重ねているような、よほど疑り深い魔術師でなければ奇襲戦に長けるアサシンに
勝てる道理などあるものか。

「それよりもベルンハルト、アインルーシュの所在は掴めたか?」
「彼がシュトゥルムに下ったという情報は手に入れていない。未確定だよ」

 最強の魔術師『アインルーシュ・シュテルンマイスター』。
 究極兵器の異名を持ち、この国唯一にして最大の戦力であった彼は、半年ほど前に謎の失踪
を遂げていた。彼ほどの戦力がどこにも属していないのは何分厄介であるため、もし敵側に下
っているのであれば最優先で処理すべき対象となるのだが、今のところ諜報部の力を持ってし
ても彼の行方は掴めぬままであるようだ。
474 :蒼と朱のアリスロッド2/2 [sage]:2012/07/04(水) 04:15:13.32 ID:TUaPzPsa0
「不確定要素ゆえ、敵対しないのであれば放っておいても構わぬのだがな……」
「ただ、調査の過程で面白いことがわかってな。彼がいなくなった半年前、断罪部の人間が公
爵の暗殺を試みているらしい」

 もし戦闘中であるなら致命的であるほどの一瞬の空白。

「……そんな話は聞いていないぞ。なぜ、教団が公爵を暗[ピーーー]る必要がある?」
「彼の手腕は諸王国にとって目障りだったということだろう。シュタインベルグが衰退すれば
彼らが独占している市場も開ける。それだけに得をする国も出てくるということさ。しかし、
バルト卿が存命だ。失敗した上に、王国の敵意も彼らに気付かれているようだ」

 それであの“命令”と“侮辱”か。軍を駐留させるというその意図を、暗殺失敗による武力
的圧力とも受け取ったか。なるほど、この状況ではどう見繕っても、道化なのは自分だな。

「厚顔無恥――確かにあの場で切り捨てられても仕方ない。バルト卿には顔向け出来ぬな」
「王家に失望したかい?」
「いや? そもそも彼らは一枚岩ではないし、自分はただの人形だ。彼らが愚かで救いようが
ないことこそ知ってはいるが、そのことで失望できるほど高度な感情はあいにく持ち合わせて
いないものでな。自分は与えられた仕事は全うするだけだよ。貴様もそうではないのか?」
「俺はお前さんと違ってれっきとした人間だからよ。出来る事なら黄金の国にでも高飛びした
いくらいだが、悲しいねぇ……俺らみたいな犬は今更別の生き方なんて出来ねぇもんな。さて、
おっと重要な書類を落としちまった。あーららこんな闇夜じゃ見つかんねーわ」
「……? 監視はされていないが」
「ったく、スパイにはスパイなりに王道ってもんがあるんだよ。そんくらい察しろ、上官殿」

 ベルンハルトがその場を去って。地面にわざと落とされた書類を拾うと、自分は拠点へと戻
り、改めて次の対象を確認する。グレイグと同じ心理使いが十六名。出身地、居場所、行動範
囲、思想、あらゆる情報が事細かに書き込まれており、優先すべき人物を選定していく。
 彼らのような心理使いはシュトゥルムの盗みに大きく寄与する火付け役<ファイヤークラッ
カー>であるため一人でも多く消し去れば、暴動に参加する市民の数も減り、結果として盗み
の成功率は低くなる。しかし心理使いというのは魔術師の上位互換のようなもので、人である
ならば例え英雄であろうとも一筋縄ではいかない相手だ。
 彼らに正攻法で勝つことは容易ではない。何故なら、人の心理を司る能力というのは、人の
意思を操る能力に等しい。それだけに強力であり、自身に向けられる感情にも敏感であり、関
心を向けるだけでも相手に察知される可能性が非常に高く、殺意や敵意などを誤って向けよう
ものなら、瞬時に精神攻撃によるカウンターを受けて廃人になってしまうだろう。
 無論、精神攻撃が回避不能なほど無敵というわけではないし、自分に関して言えばその必要
すらないのだが。

 何故ならアサシンは人ではなく、人によって作られた生体人形であり、自分はその上位個体。
生まれこそ彼らと違って人と同じではあるが、その仕組みは大きくかけ離れている。例えば、
精神体を三次元方向に切り離し、肉体を操るスキル――“機械仕掛け”
 自分があの時、上空からアデルロッドを俯瞰していたのもこの術によるものだ。その最中は、
自分は完全に人を[ピーーー]だけの人形と化すのだから――。
475 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(兵庫県) [sage saga]:2012/07/04(水) 04:16:34.04 ID:TUaPzPsa0
ふええピーくらっちゃったよう。「殺す」でs
476 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(千葉県) [sage]:2012/07/04(水) 07:56:55.58 ID:ZTcidyeto
こういう駆け引きすき
是非とも走り続けていただきたい
477 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) :2012/07/04(水) 16:49:05.39 ID:2x+8Q9GA0
乙でした。ようやく山場へとうごきだしそうです
次は西田の人かな
478 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) [sage saga]:2012/07/05(木) 02:34:53.55 ID:hsV6Ay6wo
ちょっと投下するよ〜!
479 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/05(木) 02:38:35.64 ID:hsV6Ay6wo
閉店後

閉店後、いつものように給料を渡され着替えて店から出た3人であるが今夜はそのまま京香のマンションに泊るので今回は京香中心で行動しなければならないのだ。

「さて、宮守と佐方・・お前ら、少しは茅葺みたいにアルコールの耐性をつけろ」

「えええええ!! そんな無茶苦茶な・・」

「そうですよ! 俺達は未成年ですし・・」

「茅葺は普通に飲んでるぞ? お前らドンペリとか入ったら飲まないとやってられないからな、今回は訓練も兼ねて俺の行きつけの店を紹介してやる」

(嫌な予感がプンプンするおwwwwwwwwww)

そのまま京香を筆頭に夜の繁華街を歩き続けること数分間・・3人はとあるバーの前へとやってくる、どうやら今日は真っ直ぐ京香のマンションには帰らずにここで一杯引っ掛けるようである。

「今日は俺が奢ってやる。好きなだけ飲んで良いぞ」

(うはwwwwwwだったら高い酒頼むおwwwwwwwwwww)

「あの・・ここは?」

「見たところバーのようだな。ここは入るしかなさそうだ」

内心で歓喜している莢を除いて意を決した由宇奈と陽痲は京香に引き連れられて店へと入っていくと・・店内には宮永のような屈強とした男性が甘い声で京香たちを出迎える。

「あ〜ら、杏じゃないの? 久しぶりねぇ」

(うはwwwwwwwオカマktkrwwwwwwwwwww)

「よっ、4人は入れるよな?」

「当たり前じゃないの。さっさ、入って入って」

マスターに急かされて4人は席に着くのだが、由宇奈と陽痲はそのキャラクターに暫し絶句してしまう。女体化が常識化したこの世界でも彼のようなオカマは確かにいる事はいるのだが、その存在は絶滅危惧種のようなものなのでこの夜の世界でもめっきりと見かける事は少ないのだ。

「それにしても久しぶりね。そういえばその娘たちは杏の後輩?」

「まぁな。言うならば俺の後継者候補って奴か?」

「昔じゃ考えられない言葉ね。いつものでいい?」

「ああ・・っと、久しぶりなんで昔話しちまった。この人はここの店のマスターの連(れん)さん。しっかりと挨拶しろよ」

「よろしくねぇ〜」

そのままマスターである連と挨拶を交わすと連はいつものように慣れた手つきで京香へのいつもの分量でお酒を造り始めると物の数分で完成する。
480 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/05(木) 02:39:08.19 ID:hsV6Ay6wo
「はい、杏スペシャル。そちらの娘たちは?」

「へっ? え、ええっと・・」

「とりあえずそこの金髪ロング以外は初めての酒だから手始めに青りんごのサワーでも造ってくれ」

((当然のようにガン無視された・・))

「了解〜♪」

注文を受けた連は即座に必要なお酒を取り出すとこちらも物の見事にお酒を的確に作り上げると2人の机にそっと置く、始めてみるお酒に由宇奈と陽痲は緊張してしまうがまだ莢の分が揃ってないので連は最後に莢の注文を取る。

「彼女は何にする?」

「・・大吟醸のロックで」

「若い割には結構渋いの飲むのね。大吟醸なら米どころからいい銘柄が入ったから空けてあげるわ」

連は日本酒専用の冷蔵庫から最高級の大吟醸を取り出すと氷を入れて手際よく酒を次ぎ始める、グラスからは米の芳醇な香りが漂ってそれだけで最高級の代物だと容易にわからせる。

「はい、どうぞ」

「(うはwwwwww最高級ktkrwwwwwwwww)・・ありがとうございます」

「折角だからマスターも何か飲めよ」

「あら、じゃあ頂こうかしら・・」

久々の京香の再会に連もいつものように自分のお酒を次ぎ始めると全ての酒が揃ったところで京香によるお決まりの乾杯コールが始まる。

「んじゃ、皆に酒がいきわたったところで・・乾杯!!」

「「「「乾杯!!」」」」

そのまま平然と酒を飲み始める京香に連や莢であるが、由宇奈と陽痲は暫し自分のサワーを見つめるものの時折睨みつけるように感じる京香の視線が怖いので意を決して2人はサワーに口をつける。

「あっ、ほろ苦いけど・・甘い」

「本当だ。意外と飲みやすいぞこれ」

「初めてのお酒だからね、これぐらいにしたら呑みやすいわよ」

(日本酒うめぇwwwwww)

サワーの飲みやすさに感激した2人はゆっくりと味わいながら飲み続けていく、京香もいつも飲み慣れている酒を飲みながら昔と変わらぬ味に自然と心が休まる。

「マスター、いつもながら良い仕事してるな」

「煽てたって無駄よ♪ それにしても杏がお店の娘を連れてくるなんて珍しいわね」

「えっ? いつもは連れてきてないんですか?」

「そうよ。夜の仕事が終わって宮永ちゃんと来たり、学校の仕事が終わったらたまに1人で来る程度だからね」

どうやら連は京香については色々と知っているようなのでここではどうやら店と違ってある程度は気を休めることが出来そうだ。
481 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/05(木) 02:40:06.54 ID:hsV6Ay6wo
「そ・れ・に・・あなた達は杏が働いている学校の生徒さんでしょ?」

「「「!!!」」」

思わず3人は飲みかけていた酒を噴出してしまうが、その反応に連は自分の推察が当たったことに少し満足しながら3人に少し詫びる。

「ゴメンゴメン、まさか図星だったなんてね。心配しなくても誰にも喋らないわよ、杏も同じだったからね」

「おいおい、こいつ等の前でやめてくれよ」

「フフフ、杏は今も綺麗だけど店にいた頃はひっきりなしにたくさんのお客さんがいたのよ」

「全く、飲み始めたらすぐに喋りたがるんだから・・」

そのまま連による京香の武勇伝の数々が3人の前で語られる。その内容は全て語りつくしたらキリがないのだが、それでも内容はどれも現実離れしているものばかりであったものの全てが真実だと言うのだからあまりの凄さに酒を飲みながら思わず押し黙ってしまう。

「すげぇ・・まるで漫画だな」

「そうだよね、今でも信じられないよ」

(先輩達から聞いたとおりだったwwwwwwwwwwwww)

「これでもほんの一部よ? 杏は色んな意味で凄かったからねぇ・・」

「あの頃はピークだったからな。色んな客と相手をしたもんさ、今じゃ普通にバイト感覚だからよ・・」

少し自嘲した様な感じで京香は酒を飲みながらあの頃の日々を思い出す、疑似恋愛とはいえかなりの客を手玉にとって時には客とも寝たりもしてた。そんな日々の中でも恋愛した思い出もあるが、それもあまり長くは続かずに結果的にはこうして気ままなに染まった人生を送っている。今の自分の歳で結婚してる人物はかなり多いし周りでも子供がいる人間もチラホラと見受けられる、いつまでも自分がこのままでいられる保障なんてどこにもないのでそろそろ結婚も視野に入れてしまわないとあっという間に置いてかれてしまうだろう。

「でも教頭先生って今でもVIPには常にいますし、指名のお客さんも多いですからね」

「陽太郎の言うとおりですよ。教頭先生はキャリアも上ですし・・」

「おっ、饒舌なってきたな。酒に慣れたところで次はマスターに任せるよ」

「そうね・・なら少し別の趣向をいれましょうか」

そのまま連は少し考えながら由宇奈と陽痲の為にある酒を造りはじめる、今まで飲んできたサワーと違って今度は別の趣向を取り入れて居酒屋に出るようなオリジナルのカクテルを作る。
482 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/05(木) 02:40:41.68 ID:hsV6Ay6wo
「はい、今度はカシスのグレープよ。居酒屋とかでよく出る奴だから入門には良い感じね」

「おっ!! 何か凄い色だな」

「とりあえず飲んでみようよ!!」

「そうだな!!」

既に酒が入っている2人にしてみればサワーのお陰である程度慣れたのか酒の味も何ら抵抗なく飲み続けてカシス系特有の苦味を味わいながらも後味の良い感触の虜になってしまう。

「美味しい! この苦味がなんとも言えないね」

「最初はあれだったけど酸味がたまらないな。後味も悪くないし」

「ありがとう。えっと・・莢ちゃんだっけ? 大吟醸も良いけど洋酒も取り揃えてあるわよ?」

「・・ならXOのロックで」

「はいはい、本当に渋い飲み方がすきなのね」

今度は連はブランデーを取り出すといつものようにグラスに注いで莢に差し出す。

「お待たせ。にしても本当に物静かね」

「(バーローwwwwwこういう仕様なんだよwwwwwwww)・・」

「こいつは店でもそうだよ。でも不思議と3人の中じゃ客は多いんだ」

「へぇ〜、でも顔立ちやスタイルも良さそうだから逆に夢中にさせるのかしらね」

連が独自の推察をする中で莢はそれらを聞き流しながら黙って酒を飲み続ける、そんな中で由宇奈と陽痲は夢中になって酒を飲み続けて連にお代わりを申し付ける。

「美味しい〜、ゲフッ」

「今度は何作ってれるんだ?」

「そうね、グレープだったから・・次はオレンジね」

「(うはwwwwwwこりゃまずいだろwwwwwwwww)・・2人とも飲みすぎ」

流石に莢も2人のハイテンション振りに危機感を覚える、どうやら京香は2人を限界まで飲まそうとしているのだがここでトイレとかに連れ込まないと最悪の事態が頭の中で連想される。
483 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/05(木) 02:41:35.27 ID:hsV6Ay6wo
「構う事はねぇよ〜」

「そうそう〜・・少しからだがふら付いてるだけだから・・」

「・・」

「そうだそうだ、飲め飲め!!」

「あらあら〜」

今度は連は由宇奈と陽痲にカシスオレンジを差し出す、京香も自身の酒を飲み続けながら2人の様子を見守り続けるが時間が経つにつれてハイテンションに放っていくものの言葉は次第に呂律が回らなくなり、身体もふら付きはじめている。基本店ではノンアルコールのものしか飲まない2人なので酒に対する耐性は殆ど0なので酔いつぶれるのも時間の問題だろう、その前にやるべき事はやっておかないと対処のしようがない。

「うぃ〜・・こりゃあ美味い」

「そうだね・・ウッ! 気分悪ぐなっだ・・」

「・・付き添う」

「トイレなら右に曲がったらあるからね」

ようやく由宇奈に例の症状が見え始めると莢は由宇奈の身体を支えるとトイレへと消えていく、残された陽痲と京香はゆったりと酒を飲み始めるが既に陽痲も身体がふら付いてしまっていてぐったりとうな垂れる。

「うぇ〜・・なんだこの感覚は?」

(宮守と佐方は7杯程度でダウンか・・ま、始めはこんなものか)

京香は由宇奈と陽痲が酔いつぶれる大体の酒量を頭の中で記憶すると、そのまま酒を呷る。

「あらら・・杏、大丈夫なの?」

「ま、茅葺がいるから何とかなるだろ。これで酒はある程度強くなるな」

「もう、相変わらず誰かを酒で酔わせるのは得意なのね。見てるだけでヒヤヒヤしたわ・・」

「フフフ、いつもながらいい仕事してるよ。マスター」

一方トイレでは文章では表現しきれないほどの生々しい惨状が繰り広げられており、莢は必死に由宇奈の髪を束ねて背中をさすりながら溜まったものを一気に吐き出させる。
484 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/05(木) 02:42:04.07 ID:hsV6Ay6wo
「ううっ・・」

「(ちょwwwwwこりゃ相当溜まってるわwwwwwww)・・大丈夫? 出せるだけ出せばいい」

「ありがとう、龍之s・・ウゲェェェェェ!!!!」

莢にしてみればこういった事は前の仕事柄で慣れっこだったし、自分も同じ経験があるので酒を飲む上では誰しもが通る道なのだ。ここは出すものはしっかりと出しておかないと後々に響くので苦しそうにしている由宇奈を支えながら作業を続ける。

(初っ端からこれだけ飲ますとは鬼だwwwwwにしても俺もションベンしてアルコール出したいwwwwwwwwwwwwwwww)

「はふぅ・・」

実のところ莢も度々トイレでアルコールを抜きながら何とか対処はしていたものの、それでも酒を飲んでいたら急激な尿意に耐えるのは少し厳しいものがあるが、それでも莢はそれらをぐっと堪えながら由宇奈の背中をさすって介護をし続けていた。

「(後は水でも飲ませたら何とかなるだろww)・・立てる?」

「何とかね・・」

そのまま莢はトイレから出ると自分の肩を貸してふら付いている由宇奈を歩かせながらそのままソファへと横にさせる、これで暫くは大丈夫だろうと思って今度は自分のためにトイレに行こうとした莢であるが、京香がそれを見逃すはずがない。

「茅葺、宮守が落ち着いたなら次は佐方を任せたぞ〜」

「あらあら、杏も人使いが荒いわね」

「うげぇ・・・」

「(自分でやれよwwwww)・・」

しかし京香に逆らうほど愚かではないので莢は黙って今度は陽痲の小さな身体を支えながら再びトイレへと消えてゆく、由宇奈と違って陽目はかなり小柄だったので由宇奈と違って髪を束ねたりする必要もないが力加減は慎重にしないといけないだろう。

「面目ない・・」

「(しかし佐方はよく見てると二次元から飛び出してるようだおwwwwww)・・誰もが通る道、恥じる事はない」

陽痲も由宇奈と同様に夥しい惨状を繰り広げながら吐くものを便器に向かって勢いよく吐き出す、莢はまた尿意をぐっと堪えながら今度は陽痲の身体を優しくさすりながら吐き出させる。

「うえ・・気分悪ぃ」

「吐くものは吐かないと後で気分悪くなる・・」

「すまない・・ウゲェェェェェェェェ!!!!」

(早くしてくれないとこっちもトイレ行きたいおwwwwwwww)

トイレでの惨劇が繰り広げられるなかで残された京香と連はそのままトイレでの惨劇をBGMに黙って酒を飲みながら黙々と語り始める。
485 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/05(木) 02:42:30.73 ID:hsV6Ay6wo
「にしても・・杏が学校の先生になったときは驚いたわ」

「そうか? 本当は院で教授してくれって誘われたんだけど楽しくなさそうだったから蹴ったんだよ」

「京香の通ってた大学って結構名のあるところだったんでしょ? 他にも有利なところはあったと思うのに」

学歴社会というのはどこにでも根付いているものだ、京香の通っていた大学は世間では超名門校で有名な大学なので大手の大企業などの内定も余裕で通ると思うのだが、敢えて京香はそれらを蹴った上で教員の道へと突き進んだのだ。

「ま、あの時は平塚グループの日本本社の内定もあったけどな」

「凄いじゃないの! 世界に名高い大企業の日本の本社の内定を貰ってたなんて」

「だけど俺に企業勤めは似合いそうもなかったからな。それに公務員なら安定もしてそうだからこっちを選んだわけだ、院に上っても高が知れてるしな・・」

そのまま京香は酒を飲みながら酔いつぶれて眠っている由宇奈に視線を移す、陽痲や莢もこの仕事で個性を出して伸び続けているものの由宇奈に関しては2人にはないある才能の片鱗を京香に見せ付けている。それは自然体・・本来キャバ嬢に限らずこういった職業では自分をある程度は偽っているのだが、由宇奈に関しては決して自分を偽らずに普段と同じような自然体で客と接する姿を見ていると本当に適応しているような錯覚を覚えてしまうのだ。

「ま、今はこんなんだけど・・そのうちこいつ等は育てようによったら化けるぜ。俺なんか比べ物にならないぐらいの逸材になる」

「あら、珍しく人を褒めるわね。でもどんなに適応しようが、夜の商売の寿命の短さは杏が一番良く知っているでしょ?」

「こいつ等はきっとこの世界で生き延びるさ。そのうち副業で俺が店を経営して雇うのも悪くはないかもな」

水商売こそ人の入れ替わりが激しい業種なのは京香が一番良く知っている、その要因は様々あるが一番の原因はストレスと健康面・・京香が高校の頃から何事もなくこれまで続けていること自体が奇跡に近いのだ、京香はそのままタバコを吸いながらこれからの3人の未来予想図を軽く考えてみる。

「・・杏、もう結婚する夢は諦めたの? 前に宮永ちゃんが来たときもそこら辺を心配してたわよ」

「俺に結婚なんて似合わないさ。働くほうが性に合っているし、それに長いことこの仕事やってるから恋愛に関しても麻痺してしまってるからな」

「思えば杏の同世代の娘たちはもう殆どいないもんね、みんな結婚したり別の道を進んでいたりしてるから・・」

「そうそう、気がつけば仲良くしてた奴や争って競った連中もみんな結婚したりして居なくなったからな。こいつ等もどうなることやら・・ってもうこんな時間か、こいつ等送るためにも車取りに行って来るか。そろそろ会計頼むよ」

「はいはい、途中気をつけてね〜」

そのまま京香は金を支払うと車を取りに一旦店から出ると同時に陽痲の看護を終えて自身のトイレを済ませた莢が陽痲を抱えて戻ってくる。
486 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/05(木) 02:43:26.43 ID:hsV6Ay6wo
「お帰り、杏なら会計済ませて車を取りに行ったわよ。その娘をソファで寝かしたらこっちで飲み直しなさい」

「でも会計を済ませたなら・・」

「それぐらいサービスにしてあげるわ。折角杏が連れてきたんだからお姉さんと少しお話しましょ、何が飲みたい?」

「(お前男だろwwwwwww)・・ならジーマを」

そのまま莢は陽痲もソファに寝かしつけると自分に席に戻って連が新たに淹れてくれたジーマを飲んで京香の帰りを待ちながら連と時間を静かに潰す。

「あの2人と違ってお酒強いわね、いい飲みっぷりよ」

「(オカマに褒められてもなぁwwwww)・・」

「嫌ねぇ、無口なのもいいけど少しは誰かとお喋りしないと折角の美人が勿体無いわよ?」

それからは連の独壇場で場は進んでいくが、莢は少しだけ応対しながらジーマを飲み進めていく、それにこんな空気だと今日のチャットはかなり無理そうだ。

「しかし2人とは飲みっぷりもそうだけど雰囲気も違うわね。キャバの前に何かこんな仕事してたの?」

「(ようやく飲めるんだからゆっくりさせて欲しいお・・)男の時にホストを少々やってました・・」

「へー、意外な経歴ね。んでどこのクラブ?」

「(しつけぇwwwwww)・・ダルシャンです」

「あらま、あそこって結構質が良い男の子が多いのよねぇ。前に売れっ子のNO3が突然辞めちゃっててんてこ舞いだったみたいだったけどね」

ここに来る客の殆どは夜の関係者ばかりなので連の元にもそれ相応の情報が自然と集まってくる、あれから京香の手によって無事に店を抜けれた莢は問題なく勤務はしているものの京香からは未だに給料から手数料を引かれているので少し複雑な心境である。

(早く帰りたいお・・)

「杏が学校の先生になったときは本当に驚いたけど、まさか自分の生徒をこの業界に引っ張り込むなんてね」

「・・行動力は有名ですから」

「ま、昔から常に突っ走ってたけど頭も良かったからね。全盛期はとにかく凄かったのよ」

再び連から京香の武勇伝の数々が語られる中で莢はとりあえず普通の対応で受け答えしながらジーマを飲み続ける、それに現在の心境からすればそろそろ寝る時間も惜しいところなので早いところ京香のマンションに泊ってぐっすりと寝たいところだ。

487 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/05(木) 02:43:59.10 ID:hsV6Ay6wo
「でも・・3人とも杏の元で色々あると思うけど勤めを全うしていると思うわよ。酔いつぶれちゃってる2人もどんどん磨いていけばもしかしたら杏を追い抜くかもね」

「自分じゃ判りかねます・・」

「ま、頑張りなさい。店が終わって着てくれたらうんとサービスするわ、ところであの2人には何か飲ませてあげなくても良いの?」

「初めての酒ですからあれで限界だったんでしょう。吐くものも吐かせましたから・・」

由宇奈と陽痲には吐かせるものを出来るだけ吐かせたので後は寝かせるだけで充分だろう、もし起きて2日酔いにでもなったりしたらその時は京香に任せて置けばとりあえずは安心である。

「さすが先輩は言う事が違うわね」

「・・いえ」

そのままジーマを一気に飲み干した莢は酔いを身体に馴染ませる、それと同時に車を取り終えた京香が再び店に入るといつものように号令をかける。

「おい、帰るぞ」

「(無茶言うなwwwwwww)教頭先生、宮守と佐方は潰れてて歩ける状態じゃないです・・」

「全くこの程度で潰れるとは情けないな」

「まぁまぁ、初めてのお酒だったんだしこれでも持ったほうだと思うわよ? 車までは私が運んであげる」

連は眠っている由宇奈と陽痲を片手で一気に抱え込むと京香の車へと乗せる、まさかこの2人も酔いつぶれて眠ってしまっている間にこんな屈強な人物に抱えられているとは夢にも思わないだろう。そのまま連は由宇奈たちを丁寧に車に乗せこんで莢も車に乗り込むと流石に限界だったのかすぐに眠ってしまう、そして連も京香に別れの挨拶を述べる。

「あらら、結構疲れたのね」

「また来るよ。今日はありがとな」

「いいわよ、長い付き合いだしね。また来てちょうだい、道中は気をつけてね」

「わかってるよ。・・それじゃあな」

そのまま京香は運転席に乗ると車は豪快に繁華街を走り去っていくのであった。

488 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/05(木) 02:44:54.33 ID:hsV6Ay6wo
翌日

常に短い睡眠時間の中で熟睡する術を覚えた3人はいつもの時間に目を覚ますと替えの制服に着替えてとりあえずは顔を洗って歯を磨いた後は京香の作ってくれた朝食を食べるのだが・・慣れない酒を飲んだ由宇奈と陽痲は優れない、身体はどことなく熱いし気分も悪くおまけに頭も痛い・・典型的な二日酔いの症状である。

「ううっ・・頭が痛い」

「それに身体も悪いし気分も悪いよ・・」

(2日酔い乙wwwwww)

「全く茅葺は高い酒を開けるわ、宮守と佐方は2日酔いになるわ・・ちょっとは自分の酒量を考えろ」

といっても酒を飲ませた張本人は他ならぬ京香であるのだが、そんな彼女に逆らえるはずがないので3人は黙々と朝食のトーストとハムエッグを食べ始めようとするがその前に京香は3人にとある薬を手渡す。

「あのこれは・・?」

「2日酔いの特効薬だ、それ飲めば数分も経たずに2日酔いは完璧に治るしアルコールの臭いもバッチリと消してくれる。茅葺は臭いは消しておけ」

「こいつはありがたい、早速頂くぜ」

そのまま由宇奈と陽痲は京香からもらった薬を飲むと本当に物の数分で悩まされてた2日酔いは身体から綺麗サッパリと消え去り、いつもの食欲を取り戻すとハムエッグを食べながらトーストにありつく。

(やっぱり料理うめぇwwwww行動以外は本当に完璧なんだなwwwwww)

「なぁ、教頭先生・・昼飯も作ってくれよ」

「そうそう、教頭先生の料理は美味しいからお昼もあったら嬉しいね」

京香の料理の腕は3人ともよく知っており、このマンションに泊る唯一の楽しみとなっている。この仕事を始めてから収入には比較的に余裕は出てきたものの育ち盛りなので購買では物足りないし何よりもお金が勿体無い、それに京香にお昼を作ってもらえればそれなりに楽しみも増えるしそれはそれは豪華な代物になるのは間違いはないだろう。

「別にそれぐらいはいいけどよ・・材料代やら手数料込みで1日1人2万差し引くが、それでもいいのか?」

(高ぇwwwwwww暴利もいいところだwwwwwwwww)

「ゲッ、金取るのかよ・・」

「酷い・・ただえさえドレス代の借金もあるのにこれ以上お金が減ったら困るよ」

「何事も金がかかるんだよ!!! それが嫌ならしみったれた購買で食いつないでおくことだ、うちの学校に学食なんて必要はないからな」

黒羽根高は白羽根学園と違って生徒数も少ないので学食と言うものは存在せず、大概の人間は自分で弁当を持ってくるかコンビニで買ってきたり購買のパンで食いつなぐのだ。確かに京香が昼飯を作ってくれるとなればかなり期待はしていいと思うがそれでも1人2万はあまりにも高すぎるし折角の給料がすぐに消えてしまう、そんな究極の選択を強いられる中で京香はいつものようにタバコを吸いながら意地悪そうに選択を迫る。
489 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/05(木) 02:45:48.49 ID:hsV6Ay6wo
「さてさて〜、豪華でボリュームのある昼飯を取るかみすぼらしい昼飯を選ぶかはお前ら次第だぞ?」

「ううっ・・足元見られてるよ」

「しかし2万は流石に高いしな・・」

「(エロゲー買えなくなるのは勘弁wwwwwwww)・・」

それぞれ自分の懐と相談しながら昼飯について思案するのだが、京香は面白おかしそうに3人を見つめながら少し煙を吐き出す。

「・・しゃあねぇな。今回は特別としてタダで作ってやるよ」

「ほ、本当ですかッ!!!」

「待て待て!! 後になって金取るんじゃないだろうな?」

「・・裏がありそう」

「んなことするか!! どっかのポンコツと違って金には別に困ってねぇよ。んじゃ今から作ってやるから少し待ってろ」

(((金に困ってないなら取らなくても良いのに・・)))

そのまま京香はタバコを加えながら立ち上がると冷蔵庫から材料を取り出して鼻歌を歌いながら意気揚々と料理を作り始める、これでも京香はあの霞の生徒だった人物なので弁当3人分をすぐにこしらえることなど造作もないことなのだ。

「大丈夫かな・・?」

「ま、今回は金も取られないようだし期待しても良いんじゃないか?」

(嫌なフラグが立ちまくりだおwwwwwwwww)

三者三様に京香の思惑に多大なる不安を感じながらもとりあえずは豪勢な昼飯にありつけたことを感謝するのであった。
490 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/05(木) 02:47:12.09 ID:hsV6Ay6wo
いつものように京香に黒羽根高へと送られた3人は教室に入る前に京香から大小それぞれ大きさの変わった弁当箱を渡される。

「ほら、一番でかいのが佐方で他は宮守と茅葺で勝手に選べ」

「ほ、本当に作ってくれたんですね・・」

「・・」

「俺の弁当がでかいのはいいけどよ。本当にタダなのか・・?」

陽痲に限らずとも由宇奈や莢もこれまでの経験からして京香のこういったところには何かしらの裏を感じてしまう、現にこれまでも京香からは何かしらの形で給料から差し引かれているので気軽に受け取れるわけがない。

「何度も言わせるな。今回だけは特別サービスでタダにしてやる」

「とりあえず教頭先生もこういってくれてるんだし素直に受け取ろうよ。それにお弁当からはいい匂いが鼻をくすぐるね、どれも迷っちゃうけど私はこれにしようかな」

「・・それじゃ俺はこっちを選ぶ」

「次から弁当食いたかったら声かけろよ、しっかり給料から差し引くからな〜」

そのまま京香はいつものように一足早く校舎の中へと消えていくと3人もいつものように教室へと向かうのだが、弁当箱からは既にほんのり食材の独特な香りが漂うので京香が振舞う料理の腕を考えたら期待しても良いものだと思う。3人もいつものように歩き続けながら教室へと入っていくとそのまま自分の席に座りながら予習をしている莢の机に群がる。

「陽太郎が警戒する気持ちは良くわかるけどね。だけど教頭先生は陽太郎よりも料理が凄い上手いから期待できそうだよ」

「悪かったな。ま、弁当箱もでかいし期待は出来そうだけど・・相手が相手だしな。茅葺はどう思う?」

「(毎日コンビニの俺にはコメントできません><)・・教頭先生が無料って公言してるんだからありがたく乗るべきだと思う」

普段から弁当組みの2人と違って莢は常にコンビニ弁当で済ませているので誰かにお手製の弁当を作ってもらったこと自体が数年ぶりなので味気なかった生活の変化をゆっくりと感じる。

(そういえば手作りの弁当貰ったのは何年ぶりだ?wwwwwカーチャンの手料理なんて覚えてないお)

「ん? 茅葺、弁当何か見つめ続けてどうしたんだ」

「・・何でもない」

思えば親が死別した莢にとって母親の手料理などもう数年間も味わったことがないのだ、生前両親がいた頃は何気なく食べていた母親の料理や父親の温もりなどがあの交通事故で一気に奪われたのだ。既に両親の記憶が薄れていく中で京香に手渡されたこの弁当の存在はそんな自身の記憶を呼び起こしてくれるものだろう、京香の思惑はわからないがありがたく受け取っても罰は当たらないはずだ。

「でも龍之介君っていつもコンビニ弁当だよね。料理とかはしてないの?」

「・・暇な時はしている」

だけども基本的に莢の食事はコンビニ弁当か外食で済ませているので非常に偏っているおり、たまに自炊もしているものの最低限の食事しか作らないので栄養バランスは頗る悪く生活リズムなども合わせたら最悪といっていいものであるが、それでも体つきに大して変化がないのは考えるだけでも凄いものである。

「それだったら・・この中で料理が出来ないのは由宇奈か」

「ううっ、これでも努力してるもん!!」

「だったらどれぐらい腕上げたんだ? 前の調理実習じゃ俺と茅葺に任せっきりだったよな」

この中では生まれたときから女をしている由宇奈は料理に関してはまるっきりダメで包丁すらまともに握れなかったのだ、そこを不憫に思った陽痲は男時代から度々由宇奈に料理を教えてはいたものの進歩はならずに調理実習では邪魔にならないように皿洗いに徹しているのだ。

「だって陽太郎はずるいよ!! 女体化したのに普通に家事が出来るなんて女として悔しい!!」

「あのなぁ・・お前も知っているように俺の家は飯食いたかったら自分で作るのがルールだからな。由宇奈も女ならもう少しは頑張れよ」

「心にもないことを・・」

由宇奈の恨めしい言葉が虚しく響く中でHRのチャイムが鳴り響くと今日も1日が始まる。


491 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/05(木) 02:48:35.51 ID:hsV6Ay6wo
昼休み・某所

いつもは学校で昼食を取っている京香であるが今日はある店の一角に座りながら書類を片手にタバコを吸いながら誰かを待っているようであった。

「ったく、校長もこんな仕事を俺に押し付けやがって・・」

どうやらこれも教頭としての仕事の一環であるようだが、タバコをかなり吸っている限りその機嫌は頗る悪いが仕事は仕事なので割り切るしかないがこれから会う人物の事を考えるだけでむかっ腹が立ってしまう。そのまま待ち続けること数分・・とりあえず我慢してコーヒーを飲み続けた京香の元にある人物が現れる。

「ヤッホー、京香!!」

「フンッ・・さっさと座れ、クソガキ」

京香の元に現れたのは白羽根学園校長 藤野 霞。どうやら京香が待っていたのは霞のようであるが、彼女もまたある書類を持っており霞も席に着くのだが・・そのまま霞は置いてあった水を京香の吸っていたタバコに向けてぶっ掛ける。

「いきなり何すんだ!! このクソガキがァ!!!!!」

「いきなり恩師に会って開口一発でクソガキはどういうことなのッ!!! それにタバコは身体に悪いから辞めなさいっていつも言っているでしょッ!!!!!!!」

「うるせぇ!!!! てめぇはいつもいつも口うるさく言いやがって・・」

出会って早々に激しい言い争いを始める2人であるが、これでもまだ優しいほうだ。これが黒羽根高ならともかくとして白羽根学園で行われたとなればかなりの大騒動になるのは誰の目に見ても明らか、あの宗像も京香が訪問するというだけでまきぞいを喰らわないように何かしらの理由をつけて逃げ出しているほどなのだ。そのまま終わらぬ言い争いを繰り広げている2人であるがいつまでもこんなことしていたら時間の無駄なので京香はそのまま新しいタバコを吸い始めると持ってきた書類を霞に叩きつける。

「ほらよ、これが前の職員会議で決まった交友祭の最終書類だ」

「全く、仕事はきちんとやるんだから・・」

そのまま霞は京香から貰った書類を見ながら黒羽根高側に交友祭について最終項目や提案などを熟考しながら京香に意見を述べながら話を進める。この2人が今回話し合っているのは交友際の最終調整でこれが終われば交友祭は両校の生徒を中心として動き出して教師陣も影ながらサポートしながら実行に移されるのだ、今回この話し合いにおいて発案者であり白羽根学園の校長である霞が参加するのはわかるのだが黒羽根高では校長よりも実質的な権限を持つ京香が参加しなければ意味がないのだ。

「おい、当日で揉めたくはないから言っておくが・・こっちの提案は受け入れてくれるんだろうな?」

「売り上げも競わせるんでしょ? 別に構わないわよ、相互不干渉も公平を考えたら問題はないしね。それじゃ今度はこの書類を渡しておくわ、会場の費用に関しては理事長が全てやってくれるから私たちには問題はないわよ」

「あのジジィも中々のやり手だな。んでこいつは出店の場所か・・」

今度は京香は霞から手渡された書類を見ながら読み続ける、書類には各校それぞれの出店の位置や来客用に配るパンフレットのサンプルに各運動部のルールや文化系の部活の対決を採決をする審査員などのデータなどが詳細に書かれており、京香はそれらの書類を見つめながらその場で決めれるところをスパッと決める。

「パンフレットはそれでいいぜ。出店の場所も問題はないしルールや審査員に関しても大丈夫だ」

「珍しく大人しいわね、だけどこれで話もまとまったようだから後はそれぞれの出店をまとめたらようやく実行に移せるわね」

後はそれぞれの学校のクラスごとに出す出店の位置をまとめたら交友祭も実行に移せれるのでとりあえずは2人の役目はある程度は終わったようなものだ、そのまま2人はそれぞれの書類をまとめるとようやくお昼を食べようとメニューを見ながら料理を選ぶ。
492 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/05(木) 02:50:56.15 ID:hsV6Ay6wo
「んじゃ、話も終わったところで飯にするか・・何にするかな〜」

「ま、これでようやく食事が出来るわね・・京香、先生におg」

「自分の金で食え。奢ってくれんなら遠慮はしないがな」

「全く、今まで私に散々迷惑掛けたと思ってるなら労りなさいよね。すいません〜」

そのまま霞は店員を呼び出すと料理を頼み始める、京香もタバコを吸いながらいつもと違ってスムーズに料理を注文しながら店側にとっては比較的平和な時間が流れる。そのまま料理が来るまで2人は姉妹校の校長と教頭の立場ではなくかっての恩師と生徒の立場に戻ると2人の話は自然と過去の話題で中心となる。

「そういえばお前の教え子で教師している奴はいるのかよ」

「いるけど出世して近い立場にいるのは京香ぐらいよ。思えばあんたには色々悩まされたわ・・」

「あん? 何ならクソガキらしくおもちゃ屋で人形でも買ってやるぞ?」

「もうそんな歳じゃないわよッ!!! 思えば私にランドセル送りつけたり、ある時は調理実習の時に私のご飯を給食にしたり!!!」

「んなこともあったっけかな?」

タバコを吸いながらわざと惚ける京香であるが、これまでにも霞は京香がまだ自分の教え子の時にはその持ち前の行動力によって様々なイタズラや数々の問題を解決してきたのだが、それらを思い出すだけでも頭が痛いものだ。

「ま、昔のことは水に流せよ。もう歳なんだからいつまでも溜め込んだら身体に悪いぜ?」

「誰のせいだと思ってるのよッ!!!! 全く骨皮先生といい京香といい・・あんたら一族はどれだけ私の胃を痛ませれば気が済むのよッ!!!」

「知らん、奴については昔からあんなんだ諦めろ」

「お待たせしました。ハンバーグドリアに最高級の特製ステーキ1キロです・・」

萎縮しまくった店員によって料理が運ばれるが、霞に普通のドリアが運ばれる中で京香にはいつものように最高級の特製ステーキが運ばれると食事が始まるのだが、霞は相変わらずの京香の食欲には圧巻させられる。

「よく食べるわね・・」

「たくさん食べないとでかくならないぞ〜? あ、もうそんな歳じゃなかったっけか」

「いちいちうるさいわねッ!!! ・・ま、気を取り直して食べましょうか。久々の教え子との食事だしね♪」

「んじゃ、いただきます〜」

2人はそれぞれ料理に手をつけながら食べ進めていく、何にせよ霞にしてみれば教え子とこうやって食事をするのも随分と久々なので聖や狼子たちと食事をしている靖男が少しばかり羨ましく思えるものだ。

「それにしても京香は本当に綺麗になったわね」

「てめぇは昔とちっとも変わってないけどな。全くあの時は店に怒鳴り込みやがって・・」

「あのね、高校生がキャバクラに働けるわけないでしょ。あの時はクビ覚悟で認めたんだから感謝しなさい・・それでちゃんと店は辞めてるでしょうね?」

「当たり前だろ、もう公務員なんだからよ」

当然のように堂々と嘘を吐く京香であるが、現に霞には黒羽根高の実態は奇跡的にも知られてはないし、もし知られたとしても外堀は完全に固めていあるので霞が真相を知ったところで何も出来ないだろう。

「ま、あんたがどんな風にしているかは知らないけど・・ちゃんとやってるならとりあえず安心だけど・・まさか私よりも順調に出世してるなんてね」

「こんなもんは要領なんだよ、実績上げれば嫌でも上に認められるもんだしな」

「京香は昔から頭は良かったもんね。これでも結構鼻が高いものよ」

霞もこの立場になれば京香の活躍ぶりは嫌でも伝わるもので教師としては少し悔しい部分はあるが、同時に才能を遺憾なく発揮して順調に実績を上げ続けている京香は教え子として誇らしいものだ。
493 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/05(木) 02:52:08.14 ID:hsV6Ay6wo
「京香・・結婚はいつするの?」

「ブッ!! いきなり何を言うんだこのクソガキはッ!!!」

この衝撃的な言葉に京香は思わず食後のコーヒーを思わず噴出してしまう、今まで霞とは仕事上で会ったりしているがこんな会話を振られたことなど初めてのことだ。珍しく動揺する京香に霞は面白くなってきたのかここぞとばかりこの機会を逃しはせずに更に京香に詰め寄る。

「え〜、先生に教えてよ。これでも京香よりも長い間生きてるんだから相談に乗ってあげる☆」

「うるさい、こういうときだけ先公面すんな!!! 別に結婚なんてしなくても困る事はない・・」

「でも京香だって誰かと恋愛はした事はあるでしょ、その中から誰かと結婚しようとは思わなかったの?」

「考えたことねぇよ。結婚して子供を育てる生活なんて真っ平ゴメンだな」

そのまま京香はタバコを吸い始めると明後日の方向へと視線を向ける、確かに京香が結婚して子供を育てるのは想像しただけでも笑えてしまうものの案外似合ってそうな気がする。京香が在校生時代にバイトをしていた時は決して高校生にしては過ぎた金額を派手な使い方はせずに非常に慎ましかったものだし、料理に関しても霞が個人的に教え込んだりしてたりしていたし生活力は高いほうだ。

「でもそんな生活も悪いもんじゃないわよ。私もあんたの担任だった頃には実践してたんだしね」

「勝手に自分の価値観で人の人生を押し付けるのは辞めてもらえるか、俺には俺の生き方があるんでな」

「・・ごめん、ちょっと感情的になり過ぎた。そうね、私がとやかく言っても意味ないもんね」

さすがに今の発言は拙いと思った霞は京香に謝る、確かに京香の人生はこれから京香が決めるものだ。さっきのは余計な口出しをしてしまったようだが、裏を返せばそれだけ京香のことを想っての言葉でありどっか無茶な生き方をしている彼女が心配で仕方ならないのだ。

「京香・・苦しくなったら誰かに寄りかかるのも悪いもんじゃないのよ?」

「どうだかな。・・それに今は交友祭で白羽根をぶちのめす事が俺にとって最重要事項だからな」

「あのね京香、前々から言おうとは思ってたんだけど・・別に勝ち負けには拘らなくても良いんじゃないの?」

「ハァ!? 勝ち負けがないと面白くないだろ、クソガキにはわからん感情だろうな!!!」

相変わらずの京香の競争意識の高さに霞は頭が下がる、しかし交友祭は勝ち負けではなくあくまでも真の目的は両校の交友なので霞としてみれば両校とも楽しくやってほしいのだ。

「ま、楽しむのは結構だけど・・交友祭の本質を忘れないでね」

「フフフ・・泣かせてやるから首を洗って待ってろよクソガキ!! んじゃあな」

「ちょっと京香!! 店について決まったらこっちに連絡しなさいよ!!」

霞の静止も虚しくそのまま京香は必要な書類だけを持ち去ると自分の分だけの金を支払って高笑いを叫びながら去っていくのだった。
494 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/05(木) 02:55:45.34 ID:hsV6Ay6wo
黒羽根高・某教室

京香が霞と会談してたのと同じ時刻、ようやく3人も京香から手渡された弁当を開封する時がきたのだ。それぞれ緊張と期待感が混ざり合った複雑な心境でゆっくりと弁当箱を見つめながら時を待っていた。

(うはwwwwwなんでこんなに緊迫してるんだよwwwwwwwwww)

「いよいよ、この時が来たね。どんなお弁当なんだろ?」

「教頭先生のことだから大丈夫だとは思うけどな・・よしっ、俺も元男だ!! こうなったらなんでも来やがれッ!!!」

意を決した3人は満を期して弁当箱の蓋を開く・・弁当箱の中身は三者三様にきっちりと別れており、莢の弁当は和食中心で不適切な生活を送って食事も偏っているので栄養価の高い野菜や魚を中心にしておりご飯も本格的な炊き込みご飯であり、醤油の芳醇な香りが鼻を刺激する。由宇奈の弁当はフレンチといった洋食が中心となっており色合いもとても綺麗で味が混ざらないようにおかずはキッチリと区分けされている、付け合せのスパゲッティは本格的なペペロンチーノでご飯もパエリアにサラダも小さいながらも綺麗に盛り付けられておりメインは骨付きのスパイシーチキンでかなり凝ったメニューながらも見事に弁当箱に入っているので京香の器用さが窺える。そして極めつけは一際大きい陽痲の弁当箱で中身は中華御前・・各種餃子を始めとしてご飯は薄めに味をつけた黄金チャーハンに酢豚や炒めもものを中心としたメニューを中心として中華料理特有の香りが広がる、料理の数は2人の弁当より数が多くてその中でも一際存在感を放つのはメイン料理であるトンポーロである、八角の匂いが微かにする中でかなり下ごしらえしているようで脂は必要な所以外は抜かれており核に特有の脂っぽさが全く見受けられない。

3人はこの豪華絢爛な弁当の種類に圧巻させられるものの、何とか気を取り直してそれぞれ箸を取ると各種料理をそれぞれ口に運ぶが・・あまりの美味しさに一同衝撃を受ける。

「何これ・・? もうお弁当ってレベルじゃないよ!!!」

「おいおい、これはプロの料理人を雇って作ったんじゃないのか!!!」

「うm・・教頭先生が調理している姿は見ているはず、恐らく俺たちが寝ている間に仕込んでいたと思われる」

思わず莢もあまりの美味しさに声を上げそうになってしまうが、持ち前の冷静さをすぐに取り戻すとそのまま淡々と感想と推察を述べ始める。それにこれは莢だけが知っていることであるが、京香は酒が入ると料理を作ってしまうという奇妙な癖があって前に莢が京香に捕まった時もラーメンを食べ終えたのにも拘らず様々な料理を作り始めたので困惑してしまったほどである。それに昨日は連の店でかなりの酒を飲んでいたので自分達の眠っている間に京香が作っていたのだろうと莢は勝手に予想する。

「これだったら毎日作ってもらいたい・・」

「おっ、普段は無口な茅葺がこれほどまで興味を示すのは珍しいことだな」

「良い傾向だよ、龍之介君!!」

(それにこの料理は始めて食べた味じゃない。どこか以前に食べたことあるような・・)

京香の料理を食べてた莢であるが食べ進めているうちにどこか優しくも温かみのある懐かしい感覚が脳裏を過ぎる、料理を1つ1つ食べながら記憶を呼び起こすたびに何か自分の中で失っていた部分が補完されるような充実感に満たされると同時にようやくその正体を導き出す。

495 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/05(木) 02:56:00.73 ID:hsV6Ay6wo
(やはり・・この味はずっと昔に母さんに作ってもらった味そのものだが、何で教頭先生はこれを知っているんだ?)

「龍之介君、何かあったの? さっきから無言で料理を食べ続けてばかりだけど・・」

「・・なんでもない」

食べれば食べるほど莢からは薄れ掛けていた死んだ両親との思い出の日々が昨日のことのように鮮明に甦る、何故京香がこの味付けを知っているのはわからないが既に忘れていたと思っていた両親との楽しかった日々が料理とう形ではあるものの、本能を刺激して思い出を再現されるこの現象に莢は久しぶりに感情の赴くままに夢中で弁当を食べ続ける。

(久しぶりだ・・そういえばあの時はこんな飯を食べたっけな)

「龍之介君、夢中になって食べてるね」

「まさか茅葺がここまで夢中になって食べてるとはな・・美味いのは認めるけどよ」

「・・ごちそうさまでした」

見事に弁当を完食した莢は名残惜しそうにしながら弁当箱の蓋をそっと閉める、そんな莢の変化に2人は驚きながらも自然と箸が進めながら少し遅れて同時に完食すると食後のお茶を飲みながら一息つくと満腹感と充実感に満たされる。

「ふぅ〜、食った食った。しかし教頭先生には驚かされるぜ、好物を教えていないのに満遍なく詰め込んでくれてるからな」

「そうだよね、教頭先生の洞察力には恐れ入るよ。あのお弁当に入ってあったパスタがママが作ったのと同じ味付けだったからね」

由宇奈もあの弁当に入っていたパスタの味付けが自分の母親と同様のものだったので心底驚いてしまったほどだ、京香の洞察力と再現力には恐れ入ってしまう。
496 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/05(木) 02:56:50.84 ID:hsV6Ay6wo
「ま、値段が高いのは痛いけど・・教頭先生の家に泊る場合は作ってもらおうかな」

「私達は店が終わっても家に帰って学校に行く時にはお弁当があるからね。龍之介君も夢中で食べていたぐらいだし」

「俺も驚いたぜ・・って茅葺よ、いつまで弁当箱を見つめ続けてるんだ。そんなに弁当が美味かったのか?」

「・・味がした。死んだ母親が作ってくれた料理と同じ味がした」

そのまま莢はポツリポツリと料理の感想を語り始める、2人も莢が天涯孤独の身なのは前に本人から聞かされていたので知ってはいるものの、まさか京香が会ったこともない死んだ莢の両親が作ってた料理まで見事に再現してたのには驚愕を通り越して絶句してしまうが、莢の心境を考えれば複雑なものだ。

「茅葺・・」

「陽太郎、ここは空気読んで気の利いた話でも振ってよ!!」

「無茶言うな!!!」

「(心配してくれている2人はテラモエスwwwww)・・2人が俺のことを心配してくれることだけでもありがたい、だから心配しなくても大丈夫」

莢はいつも飲んでいるミネラルウォーターを飲み干すと硬直化した場の空気を緩和させる。自身のネ弁体質はまだ治っていないが、こんな自分を曲がりなりにも心配してくれている2人の存在はかなり大きいものだ。

「そういえば・・日曜はどこで待ち合わせる?」

「あっ、そうだったね!! えっとね、今回はちょっと遠出する予定だよ、最近新しくショッピングモールが出来たから服も見ておきたいし」

「それは賛成!! あそこに行くには俺達は電車乗り継がなきゃいけないから・・待ち合わせは茅葺の家の近くの最寄り駅にするか」

3人が行くのは隣町に出来たといわれるあるショッピングモール・・由宇奈と陽痲はその中にある店の服を見る予定であるが、3次元よりも2次元にどっぷりと浸かっている莢はそういった華やかな場所よりも他に行きたい場所がある。

497 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/05(木) 02:57:01.88 ID:hsV6Ay6wo
(あそこら辺ならヲタ専門の店が立ち並ぶ通りが近くにあるからそっちのほうに行きたいwwwwwwwwwww)

「ま、とりあえずは店を巡って服を買って・・そういえばカナダにあるスイーツハウスがあそこに出店するから絶対に抑えないと!!」

「あそこはゆうきさんやまことさんから美味しいって言ってたし、店長も挑戦してるみたいだけどね」

(まさにスイーツ(笑)だけど店の店長はケーキばかりで少し厳しいおwwwww甘いもの苦手な俺涙目wwwwwwwww)

言葉にはせずとも心の中は饒舌なのがネ弁の哀しい性である、そのまま話は由宇奈と陽痲中心に進みながら莢も表向きには話を合わせるが、前回のアニメ視聴の一件からしても2人は普通の3次元に準じている人間なので2次元の世界へと引き込むのは困難ともいえる。

「でも服に関しては陽太郎よりも龍之介君だよね。センスもかなり良いし」

「か、茅葺と比べんな!! そりゃ・・俺よりも服のセンスはあるよな。スタイルは良いし、胸もでかいし!!」

(佐方のその貧乳具合は二次元では重要あるおwwwww希望捨てんなwwwwwww)

陽痲も自分の小ささは気にしているようで由宇奈と莢と一緒に着替えたりするときは常に自分の体格の貧相さに溜息が出てしまう、少なくとも完全に負けている莢はともかくとして由宇奈ともある程度の差が付いていることにも追い討ちを感じてしまうのだ。

「ま、陽太郎も女体化して色々ちっちゃくなったもんね。でも店では人気もあるんだから需要はあるさ!!」

「嬉しいような哀しいような・・・そういえば茅葺はどの店に行くつもりなんだ?」

「(だからヲタの通りだとry)・・下着が不足してるから買っておきたい。それに服もある程度は買っておきたい」

「あ、そっか、龍之介君は女体化して間もないからそういったのは買い揃えないといけないね」

ここ最近はロクに買い物をする暇もなかったので莢もとりあえずは最低限の下着と服は買っておきたいものだ、大好きなエロゲーや同人誌などはもっぱら通販で済ませているが服や下着となるとこればかりはサイズも合わせなければならないので直接出向いて買わないといけないので良い機会にはなるだろう。

「思えば女体化して初めてランジェリーショップに入った時は由宇奈に感謝したものだぜ」

「そりゃこの中では女をやってるからね、経験者を舐めてもらっちゃ困るよ。やっと陽太郎も一通りは化粧も出来るようになったんだから次は道具も一式買っておかないとね、女になった以上は化粧は身だしなみだしさ」

「別に化粧なんて・・わかったよ、付き合いますよ」

「よろしい! 日曜日が楽しみだね龍之介君!!」

「(か・・かわええwwwww宮守ってこんなに可愛かったのか?wwwww)・・わ、わかった」

少しばかり由宇奈の告白を蹴ってしまった自分に少しばかり後悔してしまう莢であった。

498 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/05(木) 02:57:27.32 ID:hsV6Ay6wo
5時限目

本来この時間は歴史の授業だったのだが、担当の教師は先月に結婚してハネムーンへと旅立ったために自習の時間に宛がわれている。しかし自習といっても素直にやる人間など殆どいないので彼はそれぞれのライフワークを静かに楽しんでおり、由宇奈は級友との交友を楽しんで莢はいつものように予習と復習をやりながら陽痲は前々から考えていた小説の設定を念入りに考え込んでいた。

(う〜ん・・世界観はある程度まとまったけ盗賊の親分が決まらないんだよな。まさか主人公よりも悩むとは思わなかったぜ)

(予習と復習やらなきゃ頭良くならないだろjk?)

「アハハハ、それでね〜・・」

3人とも周囲の隙を見計らって店から支給された携帯を使いながら周囲への警戒を張り巡らせてそれぞれ個別の客とメールをしながらコミュニケーションを取りながらそれぞれ自由時間を過ごしていく、今はこれらの行動も手馴れたものではあるが決して慢心はしない・・この携帯の内容がばれてしまえば3人は一貫の終わりなのだから。

(今ではすっかり慣れたけど油断しないように気をつけなきゃ・・これの存在がばれたら終わりだもん!!)

(チッ、設定が膨らまないな・・客とメールしてもヒントにならないからな)

(うはwwwwアフターしつけぇwwwwwwwww)

三人ともしっかりと京香の言いつけを守りながら会話を選びながら必要最低限のメールを送りながら静かに時間が流れるが、自習の監視員としてクラスにいた真帆からは言葉に出来ないような不機嫌オーラを体中に纏わせていた。

(松尾先生は酷いよ!! 僕より先に結婚してしまうなんて!!!!)

黒羽根高では自習を行う場合は教員の1人がクラスの監視につかなければならない独自の規則があり、今回は運悪くも職員室でゆっくりと休んでいた真帆にお鉢に回ったのだ。しかし真帆はそのことよりも同じ独身仲間であった歴史を担当している松尾という人物が自分よりも先にゴールインを決めてしまったことに腹を立てているのだ。普通ならばこういったおめでたい出来事は同じ教師なら素直に祝うべきなのだが、先を超された悔しさのほうが勝っていたようで結婚式では年甲斐もなく真っ先にブーケに狙いを定めたほどである。

「うあああああん!!!! 何で僕には縁がないんだよおおおおおお!!!!!」

「先生、気持ちはわかりますけど・・前向きに考えましょうよ」

「宮守さんはまだ若いからそんなことが言えるんだよぉぉ!! 僕のように未婚で子持ちだとハードルはうんと高くなるからね!!!」

(またお見合いに失敗したんだろうな・・私も気をつけないと)

まだ高校生の由宇奈には結婚願望という感情は分からないが、これからの将来を考えたら真帆のように未婚で子持ちにだけは絶対になりたくはないと密かに決意を固める、しかし真帆は今回の出来事が余程恨めしいようでいつものように泣きじゃくっていたが・・ものの数分でそれが止まるとある決意を固める。

「・・よしっ、こうなったら折角の自習なんだし僕が歴史を教えるよ!!!!」

「「「―――!!!」」」

真帆の突飛な言葉にクラス全員の生徒は衝撃を覚えると同時に暫く唖然としてしまうが、すぐに様々な憶測が広がる。
499 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/05(木) 02:58:00.11 ID:hsV6Ay6wo
(ついに神林先生が壊れたか?)

(お見合いに失敗するたびに抜き打ちテストしたりしてたけど・・)

(きっとあれだぜ? 度重なるお見合いの失敗が神林先生の精神を狂わせたんだ)

(いやいや、それもあると思うけど教頭に何されてるんじゃないのか?)

(有り得そうだ。きっとクビをちらつかされてサービス残業でもさせられてるんだろ)

「はいはい!! 席に戻ってお静かに・・んじゃ今回は日本史でいくよ。えっと時代は幕末ちょい前でいきたいから、教科書87ページ開いて」

そのまま真帆は日本史の教科書を取り出すと困惑しているクラス中の人間を差し置いて授業を始める。いつもの真帆は数学の授業の合間合間に歴史のうんちくを述べる程度なのだが、内容はかなり偏っており尚且つかなりマニアックな内容を語るのだ。それにいくら真帆が歴史に詳しくても彼女の本来の担当は数学なので俄か程度の歴史レベルだったら授業にすらならずにただの討論で終わってしまうだろう、しかし真帆はそんな周囲のことなどお構いなしにいつものように淡々と授業を始める。

「んじゃ、時代は幕末前・・丁度黒船の辺りかな? さて最初の基礎問題・・宮守さん、この時代に起きた騒動を答えなさい!」

「ええっと・・応仁の乱かな?」

「お〜い、時代が室町の改組まで遡ってるよ? 正解は安政の大獄、井伊直弼が攘夷派の人間を片っ端から粛清したんだ。これぐらいは中学で習っているはずだよ、勉強不足だね」

「すみません・・」

由宇奈は気恥ずかしそうにしながら再び席に座ると真帆は更に話を続ける。

「安政の大獄で粛清された人はかなりいるけど、その代表格はやっぱり松下村塾の指導者である吉田松陰だね。彼は後の明治維新の立役者といわれる攘夷派の人たちを数多く育成したことで有名だからそこら辺は教科書の隅っこで書いてあるからね。
まずこの安政の大獄が起こった原因だけど、当時清朝・・いわゆる中国で大規模に起きたアヘン戦争が遠因とも言われている。この出来事が起きた時に当時国力の乏しかった日本はアメリカやロシアといった諸外国と条約を結ぶんだ、これが所謂不平等条約の走りだよ。

ま、僕からいわせれば外の諸外国の出来事よりもぬくぬくと内政モードしてユニットをアップグレードしたり技術を開発しとけよって話だね」

「先生、その例え全然わからないんですけど・・」

「細かいこと気にしてたら大きくならないよ、んじゃ文学大好きな佐方さんに問題だ。吉田松陰は投獄された後に教え子たちにある遺書を残してたんだけど、それは何でしょうか?」

「お、おいっ!! いくら俺が文学好きだといってもこれはちょっと・・」

陽太郎がもっとも得意としているのは現文であるが、いくら陽痲が文章に携わることが好きでも古文関係は全くザラなのでいきなりこんな問題を出されても答えようがない。両親も書いている小説のジャンルはこういった古文が中心の歴史小説などは全く書いていないし、陽痲自身もそういった小説には全く触れていないのでこうした歴史に関する問題は専門外なのだ。
500 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/05(木) 02:59:06.22 ID:hsV6Ay6wo
「さてさて、わかったかな〜? 方程式を解くよりも楽だと思うよ」

「え、えっと・・だあああっ!! わかるわけないだろッ!!!!!」

歴史と数学の問題など根本的に違うので数学の方程式で例えられても困惑するばかりなのでそんな心境だったら答えられるものも答えられない。

「残念。んじゃ、茅葺さんに模範解答を示してもらいましょう」

「(ちょwwwwwんなマニアックなもの高校生が知るわけないだろwwwwwww)・・留魂録ですよね、吉田松陰が書き記した思想を支えとして教え子達は攘夷活動を続けたとされます」

「大正解!! まさかここまでズバリと当てるなんて思わなかったよ!!」

そのまま莢がピタリと答えてくれたことによって上機嫌になった真帆は本格的に熱が入ったようで更に饒舌になって授業も更に加熱する。

「茅葺さんが言ったように教え子達は松陰の教えが記してあった留魂録を支えに弾圧に耐えながら攘夷活動を続けて明治維新を起こしたわけだね。僕も自分に維新を起こしたら結婚は出来るかな・・」

(先生・・そんなに結婚したいんだ)

(維新起こしたとしても相手次第だと思うけどな・・)

(無理ゲー乙wwwwwwwww)

3人の心中など露知らず・・ご満悦の真帆は更に時代背景をこと細かく語り始めるが、真帆はどこかの誰かと違って教科書のメインもキッチリと抑えているので決してマイペースで行動しているわけではないのだ。

「ま、井伊直弼が形振り構わず有能な人物を徹底的に処罰しまくったものだから攘夷派の反感を買って桜田門外で暗殺されてその死後は幕府も攘夷派にある程度は配慮はしたけれど・・時既に遅しだったんだよ」

「・・先生、肝心な部分が省略されているんですけど」

「大丈夫大丈夫、大学ではきちんと教えてくれるから気になる人はそっち方面に進めば良いと思うよ」

「そういえば先生、この時代の女の人たちってどんな生活してたんですか?」

「そうだね、まだ士農工商の時代だったから身分によってかなり違ってたからね。特に農民は武士の次に2番目にいるんだけど・・そんなのはただの名目、今までと変わらずに貧困の生活を送っていて中には借金の形に娘を取られて遊郭へ売り飛ばされてたから悲惨だったと思うよ」

(遊郭っていえば今で言うキャバと風俗を合わせたもんだよな。今の時代に生まれてよかったぜ・・)

当時の夜の商売である遊郭という言葉に反応を示した陽痲は昔の人間の悲惨な生活ぶりに同情をすると同時に今の平和な時代に生まれてきたことにホッとしてしまう、女としてもまだ操を立てていない今の自分にあんな生活を送るなど到底無理である。

「でも私と同じぐらいの歳には結婚して子供がいたんだよね。何だかしっかりしているような・・」

「おい、由宇奈ッ!!」

「どうしたの陽太r・・ゲッ!!」

「ううっ・・当時の女性は宮守さんと同じ頃に結婚して子供もいたというのに僕と来たら・・」

由宇奈の目の前には泣きながら佇んでいる真帆の姿、慌てて由宇奈は無意識に地雷を踏んでしまった自分の不注意を弁解し始める。そもそも真帆は独身仲間であった教師に先を超された上にお見合いに失敗して失意のどん底にいたのだ、今の真帆に結婚という言葉は最大の禁句なので不用意に言葉を発してしまった自分の間の悪さが恨めしい。

「すすす・・すみませんっ!!」

「先生、由宇奈の代わりに俺が――!!」

「うあああああん!!!! 僕も結婚できたらどれだけ幸せだったことかぁぁぁぁぁ!!!」

(バロスwwwwwwwww)

泣き喚く真帆の声をと同時に静かにチャイムが鳴ると自習は終わりを迎える、そして時間は更に進む・・

501 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) [sage saga]:2012/07/05(木) 03:00:31.30 ID:hsV6Ay6wo
今日はここまで見てくれてありがとさんでしたwwwwwww
次は一気に投下するんで人の多い日にこっそりと投下したいと思います。ではwwww
502 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(長屋) :2012/07/05(木) 03:19:38.37 ID:jgTcW3Gh0
おつです!
503 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) :2012/07/05(木) 12:24:52.16 ID:hsV6Ay6w0
乙した
投下よもっと増えろ
504 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) :2012/07/05(木) 12:26:13.01 ID:hsV6Ay6w0
あっ、誤爆した。すんまそん
505 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(千葉県) [sage]:2012/07/07(土) 03:02:40.99 ID:2oAaE0pZo
なんかお題ください>>505さん
506 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(千葉県) [sage]:2012/07/07(土) 03:03:12.13 ID:2oAaE0pZo
ごめん寝ぼけて自爆したwwwwwwwwww
改めて>>507さんお題ください
507 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) [sage]:2012/07/07(土) 03:46:09.57 ID:jcU0S8zm0
アルバイト
508 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) [sage]:2012/07/11(水) 19:17:56.87 ID:P+RahBl50
投下ないかな
509 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) [sage saga]:2012/07/14(土) 00:44:22.93 ID:JLQ5WSj2o
週末だから投下しようぜ
510 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/14(土) 00:45:26.71 ID:JLQ5WSj2o
日曜日

いつも乗っている電車の中、由宇奈はいつもの制服姿は違ってラフな格好ではある。陽痲とはこの電車の中で待ち合わせをしているので後は彼女がやってくるのを待つだけなのだが・・今日は休日で電車の時間が普段よりも違っており、いつまで経っても現れない陽痲に少しばかりの不安を感じてしまう。

「遅いな、陽太郎。こうなればすぐに電話を・・」

「わ、悪い! 慣れない化粧に手間取って遅れてしまった・・」

「陽太郎、そんな店にいるようなガチガチの化粧はしなくてもいいんだけど・・ま、心意気は褒めてあげるよ」

「うるさいな、これ以外の化粧のバリエーションは知らないんだよ」

ぶつくさと文句をたれる陽痲であるが、化粧は兎も角として服もかなりオシャレに整っており自身の小柄な体型を除けばカジュアルに決まっているものだといえる。

「陽太郎も最初の頃に比べれば化粧も手馴れてたよね、私や龍之介君が教えた甲斐があったよ」

「ま、茅葺はともかくとして由宇奈にも感謝はしているよ」

「全くもう・・でも化粧のやり方ももっと覚えておかないとね。今の私も化粧はしているけど必要最低限だから時間は大幅に短縮できるよ」

「それで必要最低限なのか。ま、俺よりも女をやってる由宇奈には敵わないな」

そのまま陽痲は由宇奈の隣に座り込むといつものようにカバンから本を取り出すと優雅に読書を始める、自分達の最寄の駅から莢の最寄の駅までは途中の駅からは電車を乗り継いでいかなければならないのだが、まだ時間には結構余裕があるので読書をする余裕は充分にあるのだ。

「陽太郎は相変わらず本が好きだよね。例のファンタジーの設定は思い浮かんだの?」

「全く手ごたえはないんだよ。これさえ浮かんだら早く書けるんだけどな」

「だったら後回しにすれば良いんじゃないの?」

「んなわけにもいかなんだよ。話の根幹に関わる重要な人物だからな」

これまでにも陽痲は短編という形ではあるものの小説は書いてきたのだが、今回は長編なのでこれからのことも見据えたらしっかりと設定は固めておかないと後々で破綻してしまう恐れがあるのでそこら辺はかなり慎重である。

「ま、今日は龍之介君と遊ぶんだから余計な事は考えちゃダメだよ」

「話を振ったのはお前だろうが・・ま、茅葺とは一緒に働いているからこういう機会も良いと思うぜ」

思わば莢とは店や学校で喋る以外はプライベートでの交友は一切なかったのでこういった機会を考えた由宇奈はある意味凄いと思う、それに折角こうして一緒に居るのだから何かしらの交友は取っておきたいものだ。

「そういえば茅葺と合流したらまずはどこに行く予定なんだ?」

「まずは手始めに服を見る予定かな。丁度気になってた店が出店してるからね〜」

どうやらこの遊びの発案者である由宇奈はこれからのプランを一通り考えているようで進行役は自然と決まりそうである、そのまま電車が動き出す中で2人は莢の待っている駅まで到着のするまでの間はかなり時間があるので暫くはのんびりと出来そうである。

「そういえば陽太郎、今回の長編はいつものようにネットに掲載するの?」

「ま、それもするけど・・今回は思い切ってある雑誌の小説のコンクールに出品しようと思うんだ」

「おお、小さい陽太郎にしては大きく出たね」

「小さいは余計だ! ・・ま、コンクールは完結させなかった出せられないんだけどな初めての長編だし大きく出ないとな」

陽痲はこの小説を完結させたら前々から抱いていた自分の夢への足がかりへとするつもり、陽痲が狙っているのは母親が所属している出版社が主催するあるコンクールで入賞が決まれば雑誌への連載枠がもらえるので陽痲にしては是非とも狙いたい賞なのだ。

「まずはしっかり設定を考えて完結させないとな。出来たらちゃんと意見くれよな」

「わかってるよ。それにしても龍之介君は今頃なにをしているんだろ?」

電車の揺られながら2人は莢がいるであろう駅へと向かい始める、一方の莢は手早く準備を済ませると空いた時間を利用して自室でチャットを楽しんでいた。
511 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/14(土) 00:46:35.43 ID:JLQ5WSj2o
ryu:うはwwwwwww緊張してきたwwwwwwwwwww

kimi:モチツケwwwwwwwww

ryu:ネ弁には辛いお^^;

kimi:とりあえず素数を数えるんだwwwww本当に誰かと遊んだことないんだな?

ryu:当たり前だwwwwwしかもリア充だから余計に辛いわwwwwww

両親が死んでネット弁慶になって以来、まともに人と交友をしていない莢にしてみればこうして友人と遊ぶことなどはこれまでの人生の中で初めてなので異様に緊張してしまう。

ryu:二次元が友達の俺にはこういうイベントはアニメだけでいい

kimi:ちょwwwww何をするかは知らないが、とりあえず相手に任せるのが一番手っ取り早いんじゃないのか?wwwwwww

ryu:そうなのかな

kimi:面子とスペックkwsk

ryu:前に話した女とその連れだwww連れのほうは小柄でナイス貧乳だ

kimi:うp!うp!!

ryu:無茶言うなwwwwヤムチャ並のヘタレな俺に、んな度胸ないわwwwwww

さり気ない会話ではあるが、莢の緊張も少しはほぐれてくる。こういった友人の存在は考えてみればかなりありがたいものだが同時に自分の年齢を考えてしまったら情けなく感じてくる、相手は中学生で自身は高校生・・本来ならば逆の立場にいなければならないのだが、それらを考えたら複雑になって卑下をしてしまうので出来るだけ考えないようにする。

512 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/14(土) 00:46:47.28 ID:JLQ5WSj2o
kimi:ま、あんまり緊張するのはよくないお

ryu:そういえばそっちはどうやって友人を調教したんだ?

kimi:調教いうなwwwwwww少しずつ普通に宣伝したりしてるだけだお。でもそっちは無理そうならば辞めたほうが懸命かもな

ryu:そうか・・

kimi:ま、何も考えずに楽しめば良いんじゃね?

さり気なく普通の女子中学生らしい意見ではあるが、莢にしてみればそれすらが難しく行動に移すのは困難を極めるのだ。

ryu:ヒッキー体質でガチのネ弁の俺に無茶はいくない><

kimi:そっちの様子は詳しくは知らんけど、普通に話したりしているなら大丈夫じゃね?

ryu:しかし振った相手と遊ぶのもかなり複雑なもんだぜ?wwwww

kimi:3次元の恋愛なんてしたことないからいわれても困るわwwwwwww普通ならば何かに巻き込まれて敵対した上で悲恋になるんだけどなwwwww

ryu:おかしいですよ! カテジナさん!!

kimi:あれはどちらも一方的だったろwwwwww

ryu:人はたくさん死ぬわ、ギロチンはあるわ、首は飛ぶわの問題作だからなwwww

なんとか莢は話題をいつものガンダムの方向へと運ぶ、いつまでも現実の話をしていたらお互いに疲れるだけなのでここは少しお茶を濁す程度の話題が丁度良いのだ。

kimi:そういえば前に兄貴がバイト先で同級生に会ったらしいが、今日そっちがこれから会う面子とよく似てるんだが・・もしかして本人じゃね?

ryu:ねーよwwwwwwどんなけ狭い世間だwwwwwwwwwwwww

kimi:ですよねwwwwwま、こっちから言えんのは折角の日曜なんだから楽しんできなさいと言うことだ。こちとら友人の監視下で宿題させられてるんだぞwwwwwwww

ryu:mjkwwwwwww宿題は大変だなおいwwwww

どうやら向こうもかなり忙しい状況下でチャットをしているようだ、そんな様子を莢は勝手に予想してはそれなりにチャットを楽しんでいると突然として画面の様子が切り替わる。

kimi:あの・・チャットしている方ですよね? 申し訳ないですけどちょっと勉強をさせたいのでチャットは控えてもらってもよろしいですか?

ryu:えっ? いやいやいやwwwwwwwww

(これは中の人が入れ替わったのかwwwwwww)

どうやらkimiは監視下である友人に目を盗んでやっていた莢とのチャットがばれてしまったようでパソコンの画面からはいつもの感じと違う丁寧な文面が流れており、ネット歴が長い莢にとったらその変化を掴むことなど容易なのでそれ相応の対応をする。

ryu:えっと、つまり俺とチャットして宿題サボられたら困ると

kimi:はい。実はある補習をやっているんですけどこれを今日中に終わらせないとこの子の赤点が確定してしまうので少し控えてもらえたら・・

ryu:なるほど・・だけどこっちもそろそろ出かけないといけない時間だからこれで切り上げるから落ちるつもり

kimi:あ、そうだったんですね。それじゃこっちは勉強させますのでお願いします。

それ以降のチャットを最後に画面はぷつりと途絶える、それに時間からしてもそろそろ由宇奈たちが駅についても良い頃合なので予め準備しておいたバックを持つとパソコンの電源を落とす、由宇奈からも指定どおりの時間の電車に乗ったと連絡を受けているので順調に電車を乗り換えているのならそろそろ駅についてもいい時間帯なので莢は準備を終えて自宅に出ると客用の携帯をいじりながら待ち合わせ場所である最寄り駅へと歩き続ける。今日は日曜なので駅までの通りも人がかなり多いので莢は気をつけて雑踏を掻き分けながら駅へ到着すると切符を買って待ち合わせ場所である電車のホームへと到着するとベンチに腰掛けて携帯をいじりながら由宇奈と陽痲を待ち続けてた。
513 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/14(土) 00:47:08.39 ID:JLQ5WSj2o
(こいつ等はキャバで金使うよりも別のことで金を使えよwwwwwwwww)

それでも自分のついている固定客の存在は大事なのは変わりないので人によって適当な返事を送る、女体化で性別が変わってホストからキャバ嬢になっても本質的には一緒のことなので細かいことにさえ気をつければいいので後はホスト時代に鍛えたメール術で次々に立て続けにやってくるメールの数々を捌きながら順調に充電が続く限り対応をする。

(しかしメールをするのはいいけど充電が持たないわwwwwww)

「あっ、いたいた!! 龍之介君〜」

「よぉ! 時間キッチリだな」

莢の前にはラフな格好に化粧を施した2人が姿を現す、莢も最低限の化粧はしてはいるものの服装の殆どはホスト時代の流用なので少しばかり男時代の名残が残っているので若干の改善はするべきであろう。

「(うはwwwプライベートな姿もテラモエスwwwwwww)・・今日はよろしく」

「全く仕事熱心なのは良いけど少しは忘れようぜ」

「陽太郎だって人のこと言えないでしょ。・・にしても龍之介君の服って結構男っぽいね」

「・・ホスト時代の服を流用しているから」

それでも莢自身の抜群の容姿とホスト時代の服のセンスが相まって非常に似合う格好ではあるものの女の子らしからぬ格好なので改善の余地がありそうだ。

「それでもセンスが良いね、女の子の服についても詳しそうだし逆に参考になるかも・・」

「おいおい、早くしないと電車が来てしまうぜ」

「次の電車は急行だから乗ったほうが良い」

この駅から目的地であるショッピングモールまでは電車でもそこそこの距離があるので急行に乗ればかなりの時間は短縮できるのだ。

「そうだね、それじゃ早速向かおうか」

“間もなく3番線に急行列車が停止いたします。停車駅は・・”

「おっ、電車も来るみたいだ。今日はよろしく頼むぜ」

「・・」

そのまま列車は駅へと到着すると3人はすぐさま乗り込むと停車時間を過ぎた列車は3人を乗せてゆっくりと動き出すのであった。


514 :v2eaPto/0 :2012/07/14(土) 00:48:24.04 ID:rb4JaQhL0
あまりにアレだったので続き書いた部分消去した。早くて
また来週になりますはい。
515 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/14(土) 00:50:16.78 ID:JLQ5WSj2o
ショッピングモール

電車を乗り続けて約数分間、目当ての駅に着いた3人は改札を抜けると目当てのショッピングモールに近い出口へと歩き続ける。今日は日曜なので普段よりも人も多くこの駅に居る大多数の人間は3人と同じように新しく出来たショッピングモールへと向かい始める。このモールの一部の入り口は駅の出口と直結しているので出口さえ間違えなければ何ら苦労なく行けれるのだ、3人はそのまま看板を頼りに歩き続けながらショッピングモールの入り口にたどり着くとそのまま店内へと入って行きながらそれぞれ店がたくさん立ち並ぶ光景に3人は圧巻される中でも陽痲は今回の進行役である由宇奈に決断を委ねさせる。

「おい、由宇奈! まずはどこに行くんだよ」

「そ、そうだね・・最初は服でも見に行こうか、龍之介君もそれで良いのかな?」

「構わない・・」

莢からの承諾ももらえたことで早速由宇奈を筆頭に3人は店内を回りながら立ち並ぶ店をピックアップしながら服を物色しつつ要所要所の会話で盛り上がる。

「わぁ、陽太郎にはこれが似合うんじゃないの?」

「悪くはないかな・・茅葺はどう思う?」

「(うはwwwこんな大人しめなのよりも佐方ならこれだろwww)・・これもいいけどこっちが良いと思う」

そのまま莢は由宇奈が出した服よりも少し派手な服を取り出すとそれを陽痲に勧め始める。確かに由宇奈が勧めてくれている服も悪くはないし、合わせ易いものではあるものの莢が提示してくれた服も自分の好みに合っているのでどちらにしようかついつい迷ってしまう。

「こっちも悪くはないな。どっちにしようか迷うなぁ・・」

「だったら陽太郎、両方とも買っちゃえばいいんじゃないの?」

「それもそうだな。金もたくさんあるから余裕があるしな!!」

(佐方は散財癖の気配がwwwwwこりゃ観察する必要があるなwwwww)

普段は高校生にしてみれば莫大な店の給料も必要最低限しか使わない由宇奈と陽痲にしてみればこういった機会でもなければ中々使わないのだ。

「それじゃ今度は私が龍之介君の服を選んであげるね」

「い、いや別に服ぐらいは・・」

「まぁまぁ、由宇奈に任せろよ。俺も女体化したときは服を選んでもらってたしな」

そのまま由宇奈は店中にある数々の服をじっくりと厳選しながら龍之介にピッタリの服をこれまで培ってきた持ち前のセンスに委ねながら自然と服を取っていくと莢に提示する。

「これなんてどうかな? 龍之介君は綺麗で体型も私よりは目立ってるからこの服とパンツでバランスが取れていると思うよ」

「(ちょwwwwwこれって服スレで出てたファッションwwwwww)・・あ、ありがとう」

せっかく由宇奈が自分のために選んでくれた服なので莢は無下にはできない、それによく見てみるとデザインもさることながら上下のバランスや彩りもしっかりと統一されて見た目からしても女らしさが際立っているので由宇奈のセンスの良さが光る。
516 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/14(土) 00:50:47.50 ID:JLQ5WSj2o
「んじゃ、試着室で着てみるか、俺もこのパンツと合わせてみたいし」

「(恥ずかしいわwwwwだけど空気は読むべきだろjk)・・わかった」

「行ってらっしゃい〜」

由宇奈に見送られる中で陽痲と莢は試着室へ向かうとそれぞれ服に着替えながら鏡から映る新しい自分の姿に少し見惚れながら試着室のカーテンを開ける。

「おおっ! 2人とも似合ってるよ!!」

「ハハハ・・それよりも茅葺はよく似合ってるな、こればかりは由宇奈を見習うぜ」

「・・」

「にひひ、さすが私だね。陽太郎以来の快挙だよ!!」

選んだ洋服を纏った莢の姿は見事と言うしかなく、陽痲は勿論のこと選んだ張本人である由宇奈も自分の選んだ服がこれほどまでピッタリと似合っているのを見ると少しばかり女としては悔しいものである。

「龍之介君が着替えている間にも他にも色々選んでみたんだよ〜」

「(多すぎwwwwエロゲーが一本買えなくなるお><)ありがとう・・選んでもらってばかりじゃ悪いからこっちも宮守に服を選んでみる」

今度は莢も店の中にある多数の服の数々を見ながら少し一考すると数ある服の中から由宇奈の見た目や色合いとバランスに合った服を選び始めると早速由宇奈に差し出す。

「これなら宮守にも合うと思う」

「わぁ、迷っていたからありがたいね。早速試着室で着替えるよ!」

由宇奈は莢から手渡された服を持って試着室へと向かう、由宇奈の一連の行動に莢はあの時の告白のことを考えたら少しばかり心境は複雑である。あの告白からかなりの時間が経ったものの未だに莢はあの一件がかなり頭の中に残っているようで由宇奈に関しては友人関係は何とか継続はしているものの、由宇奈のことを考えるたびにもどかしい気持ちになってしまう。

(しかし女と言う奴は切り替えが早いのか未だによく分からんおwwwww)

「どうした茅葺? さっきからボーっとして」

「・・なんでもない」

一足早く着替え終えた陽痲は莢が抱き続けている微妙な心境には大体察しは着いている、陽痲も昔は由宇奈に淡い想いを抱き続けていた身なので莢の気持ちもどことなくは理解はできる。

「あのなぁ、俺が言うのもなんだけど・・もう少し由宇奈と仲良くしても良いんじゃないか?」

「・・仲良くはしているつもり」

「嘘付け、お前の対応見ればすぐにわかるよ。・・由宇奈はお前と仲良くしたいと思って誘ってるんだからよ」

陽痲も2人のやり取りに関しては直接は見てはいないものの事のあらましは充分に理解している、あれから由宇奈も気持ちの整理がついたようで莢とは友人としての付き合いを選択しており、何とか親交を深めようとこのようなことを企画したのだ。なのでそんな由宇奈の実情をよく知る陽痲は莢ともなんとか打ち解けあいたいと思っていたのだが、肝心の莢はいつもと何ら変わりなく見ているだけでも少しやきもきとしてしまうが、あくまでも本人同士の問題なのでこればかりは時間を掛けて解決させていくしかない。

「だけどこれはお前達2人の問題だからな。俺は見守っておくよ、変なこと言って悪かったな」

「・・構わない」

「お待たせ〜!! いや、龍之介君はセンスが抜群だよ」

試着室から出た由宇奈は莢の勧めた服を見事に着こなしながら2人の前へ改めて対面する、黒を基調としながらも多少大人の雰囲気を出しながらも元の由宇奈の魅力も残っているのでそのセンスの高さには驚かされるものだ。

「龍之介君って本当に凄いよね。陽太郎も選んでもらったら?」

「お、俺はもう・・」

「(貧乳で小柄の佐方ならば・・これだなwwwwww)佐方ならこれが似合うと思う」

「へいへい、わかったよ!!」

そのまま3人は普通の女の子らしく自由気ままに服を選び続けながらショッピングを続けるのであった。

517 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/14(土) 00:52:16.10 ID:JLQ5WSj2o
ショッピングにある程度の区切りをつけた3人は大量に買い物をしたのにも関わらず合流した時と変わらない身軽さでモールの中にある洋食屋でささやかな昼食を楽しんでいた。

「結構買ったね〜、これだけ買い物をしてもまだ余裕があるよ」

「そうだな、改めてこの仕事の偉大さを思い知るぜ」

この仕事を始めてからは懐にかなりの余裕が出てきたようで高校生にしてはかなりの金額を所持しており買い物で結構な金額を使ったのにも拘らずまだ余裕はあるのだが、莢はそんな慢心しかけている2人を先輩として戒める。

「・・でも維持するには相当の努力が必要、過信してはダメ」

「う、うん・・そうだったね」

「茅葺に言われると説得力があるな、俺も気をつけないと」

この業界は弱肉強食・・いくらその日の順位が良くても明日にはすぐに転落してもおかしくはない、貰っている給料が常に変動するのは当たり前なので今貰っている金額のままでいられる保障などどこにもないことを莢の言葉で改めて再認識する。

「にしても・・本当に良く買ったな」

「でも今は便利だよね、買ったものは全部宅配で送れるから運ぶ手間も省けるね」

(ま、下着やら服も色々買えたから満足だが・・時間帯によったら受け取るのが面倒だwwwwwwwww)

受け取れる時間帯にある程度が融通される由宇奈と陽痲と違って莢は完全な一人暮らしなので受け取り時間を考えたら難しいもので場合によっては京香に頼むのもありだろう。

「でも未だにランジェリーショップには慣れないなぁ・・茅葺は俺と同じように女体化したのによく平然といられるよな」

「陽太郎の時は中に入るだけでも苦労したもんね。龍之介君がアッサリと入っていったのは面食らってしまったよ」

「(といっても前に何度がVIPで安価でうpしてたからなwwwwwww)・・性別が変わったから仕方がない」

女体化してからは既に割り切っている莢はランジェリーショップに関しても今更抵抗感などはさらさらない。それにこれから現実問題、自分の一生を女として過ごさなければならないのでそれらを考えたら些細なこだわりなどは捨てないといけないのだ、幸いにも自分を捨てる事は慣れているのでこれぐらいの事は莢にとっては全然苦にはならないのだ。

「おいおい、普通なら性別が変わったら簡単には割り切れないもんだろ? 現に俺だって最初の頃は苦労したもんだし・・」

「人それぞれ・・」

「なんだそりゃ」

陽痲の静かな突っ込みと共にそのまま莢は食後のコーヒーを飲みながらばっさりと会話を終わらせると進行役である由宇奈に静かに今後の予定を促させるとそれに合わせて由宇奈もこれから行く先をピックアップする。
518 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/14(土) 00:52:28.31 ID:JLQ5WSj2o

「え、ええっと・・この後は映画観る予定だけど2人はそれで良いかな?」

「映画な、由宇奈にしては悪くない選択だな」

「文句が多いね陽太郎君、これでも下準備は完璧だからね」

「だから陽痲だっての!! 茅葺もそれでいいよな?」

恒例の突っ込みを入れつつも悪くない選択なので陽痲は賛成に回る、今回のために由宇奈はインターネットを駆使しながら下準備はバッチリとしてきたので後は莢が同意をしてくれればいいのだが・・莢は少し考えながらあることを思い出す。

「(あっ!! 今日はエロゲーとコミックの発売日だったの忘れてたwwwwwwwリア充御用達の映画よりもアニメのDVDも買いたいお^^)あの・・家電を見に行きたい、出来ればこのモールの近くにある電気街のほうに行ってみたい」

「家電かよ、確かに茅葺は一人暮らしだし近くには電気街もあるからうってつけだと思うけどな・・どうする、由宇奈?」

「う〜ん・・」

思わぬ莢の提案に由宇奈はジュースを飲みながら少しばかり考え込んでしまう、一応由宇奈の中ではこの後映画を見たら適当にモールを巡回して晩御飯を食べて解散するのが当初の予定であるのだが、普段は無口な莢が珍しく自分の意思をはっきりと出しているのでそう簡単には無下には出来ないものだ。そんな2人の心境を察知した莢はさっきの迂闊な言葉を発したことを後悔してしまう、何せあの言葉は自分が漫画とエロゲー買いたさに適当に言い繕って口走ったものなのでここで輪が乱れるのは非常にまずいので即座に訂正する。

「(やべwww少し空気読むべきだったかwwww)俺は映画でも構わない。さっきのは・・」

「別にいいよ!! ね、陽太郎!?」

「ああ、普段は滅多に意見を言わない茅葺が言い出してるんだ。俺は異存はないよ」

「あ、ありがとう・・」

「それじゃ、食べ終わったことだし・・龍之介君が希望する電気街へと行こうか!!」

莢の意思を尊重した2人は何も言わずに店を後にしてショッピングモールを抜け出してこの近くの通りにある電気街のメッキに覆われたヲタの聖地へと歩き続ける、それにしてもモールを出た後でも人ごみの多さは普段と違って格別なので歩き続けるのもかなり苦労してしまう。
519 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/14(土) 00:53:05.18 ID:JLQ5WSj2o
「ハァ・・人が多いね」

「ま、そりゃ日曜だしな。近所に行くのも一苦労だ」

人の多さに疲れた由宇奈と陽痲は中間点であるクレープ屋で買ったクレープを食べながら行きかう多数の人々の光景を見つめ続ける、普段とは全く違う街の光景をクレープを食べながら間近で見続けるのも考えてみれば滑稽な話である、そんな2人の前に莢はタピオカジュースを2人に差し出す。

「・・これ、奢りだから飲んで」

「あ、ありがとう!!」

「何か悪いな。ありがと」

「気にしなくて良い、元は俺のわがままだからこれぐらいは当然のこと・・」

ありがたくタピオカジュースを飲み続けている2人に莢は思わず別のことで考え込んでいた、このまま3人で電気街に繰り出すのは良いものの莢にしてみれば2人に隠れながら目当ての漫画とエロゲーを買うのも一苦労な上に隠し続けるのは至難の技である。それに隠し続けているヲタの趣味を2人に引け散らかす度胸など莢にはないし、一応ヲタとしての嗜みとして分別は付けているのだ。

(俺バカスwwwwwww絶対にばれるのは避けたいしな、3次元と2次元の区別はつけないとヲタ失格だし・・)

「さて、少し休んだことだし歩こうか。龍之介君が行きたがってる場所だしね」

「茅葺も1人暮らしだから家電もチェックしてるんだな」

(その純粋な瞳が痛いwwwこれから連れて行くのは電気街という名の2次元の入り口だおwwwww)

純粋に莢のことについて勝手に解釈し始める2人を見ているだけで莢の心は痛い、普段ならここで素直に目的を白状するのがベストな解決方法ではあるが既に言い訳として家電を見に行くといっている手前があるのでそう簡単には言い出せないものだ。そのまま電気街に向けて歩き続ける3人であるがここで由宇奈はある人物にふと視線を向ける・・
520 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/14(土) 00:53:25.47 ID:JLQ5WSj2o
(やべぇwwwwwこれからこの2人に隠れて目当てのゲームと漫画を買うのはいいけど隠し続けるの縛りゲーwwwwwww)

「あ、あれって・・」

「どうした由宇奈?」

「間違いない、月島君だ!! お〜い!!!」

そのまま由宇奈はある女性に向けて一直線に走り出す、月島と呼ばれた女性は少しばかり?マークを浮かべながら声のする方向へと顔を向ける。

「やっぱり・・月島君だ!!」

「だ、誰だ!! 何で俺のことを・・」

例に漏れずに狼子は突然の由宇奈の来訪に思わず面食らってしまう、それに自分の本名を知っているのはよほど自分に近しい人間かそれなりに接点がある人物に自然と絞られる、狼子はそれらを考慮して自身の記憶と照らし合わせながら何とか必死に思い出そうとする。

「えっと・・お前は誰だ?」

「ゴメンゴメン!! 私だよ、中学の同級生だった宮守 由宇奈!!」

「みやも・・あっ!! いつも辰哉といたあいつか!!」

ようやく由宇奈の存在を思い出した狼子はようやく全ての謎が解けてホッとしたのか胸を撫で下ろす、そして由宇奈に追いついた陽痲たちもようやく合流すると由宇奈はさっそく有無を言わせずに陽痲を狼子に突きつける。

「お、おい!! 由宇奈、何をすr・・」

「月島君! これ同級生だった佐方 陽太郎!! 女体化してこうなっちゃったけど覚えてる?」

「覚えてる覚えてる!! あんまり俺とは喋ってた覚えはないけど辰哉と話してたな!!!」

(ちょwwwww俺そっちのけで話しが盛り上がってるwwwwwwwwww)

莢を置いてけぼりにして久方ぶりに再会した3人は中学時代の思い出話に花を咲かせながら盛り上がり続ける。

「まさか月島とは女になって会うとは思わなかったけど本当に久しぶりだな、中学の卒業以来か?」

「本当だよね、いつもは木村君と一緒にいてたからあんまり話せる機会はなかったけどね」

「まぁ・・俺も女体化して色々あってな。中学の頃はあんまり喋れてなかったっけ?」

狼子も中学の頃はあまりいい思い出はなかったので出来ることなら忘失したいものだが、同時に辰哉と出会った思い出でもあるので少しばかり複雑なものだ。
521 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/14(土) 00:54:24.62 ID:JLQ5WSj2o
「そういえば宮守と佐方はどこの高校に通ってるんだ?」

「黒羽根高だよ。木村君から聞いてなかったの?」

「俺たち前に木村のバイト先で飯食ってたからあらかたの事情は聞いているぜ」

「あ、そういえば前に辰哉が言っていたような・・」

前に辰哉から由宇奈と陽痲の事は聞いていたはずなのだが、どうやらすっかり忘れてしまったようである。それに辰哉から自分達の関係については知っているようなのでこれは後で辰哉にはいつもの制裁を加えなければならないだろう。

「でも月島が女体化して木村と付き合ってるなんてな」

「まぁ、事の成り行きって奴か。それにしても佐方は宮守と付き合ってたんじゃないのか?」

「グッ!! 月島まで同じ事を言うか・・」

これからも陽痲は同級生に会うたびに同じようなことを言われ続けるのだろう、どうやら当時のクラスでは自分と由宇奈が付き合っているという認識だったみたいでこれからも同級生に会うたびに言われるのは確実のようだ。

「しかし同じ女体化とはいっても体格にここまでモロに差が出るとは・・」

「お、俺だってある人と比べたら天と地の差なんだぞ!! 佐方だって大丈夫さ、きっと俺みたいにいい出会いはあるさ!!」

「貶されているのか慰められてるのか・・」

(容赦ねぇなwwwwwww)

狼子という人物を改めて再認識する由宇奈と陽痲、何せ中学時代は狼子とはろくに話もしてなかったのでこうやって面と向かって話すのは考えてみればあまりなかったことだ。何せ2人は狼子よりもその親友で恋人でもある辰哉とはそこそこ話していただけだったので今まで狼子という人物がどういった人間なのかはわからなかったのだ。

「でも月島君は本当に当時は女の子の間ではかなり人気だったからね〜」

「マジか!!」

「うん、だけど月島君はいつも木村君といたし話しかけづらかったからね。でも本当に人気があったんだよ、私の周りでも告白しようかやきもきしてた娘もいたぐらいだったし木村君よりも人気があったからね」

「そ、そうだったんだ・・」

実際に狼子が男だったときは周囲からは表立ってはいなかったもののかなりモテていたのは事実だったので狼子は少し色々目を瞑っていけば女体化は回避できていたことを考えたら少しばかり複雑なものだ、少しどんよりしがちな場の空気を察した陽痲は即座に切り返す。

「にしても月島はこんなところで何をしてるんだ?」

「ああ、実は連れを待っていて・・あっ、聖さん〜!!」

「よぉ、狼子! 待たせて悪かったな!!!」

案の定、当然のように狼子の前に現れたのは伝説の不良の片割れである相良 聖・・女性ながらも圧倒的なスタイルと美貌はこの場にいる全員の視線を一気に集めており3人は聖のその圧倒的な存在感に思わず息を呑む。

(ちょwwwwwwテラ美人wwwwwwwwwこりゃモデルだろwwwwwwwwwww)

「す、すげぇ・・」

「女として完全敗北したよ・・」

「紹介するよ。この人が俺の偉大なる先輩である相良 聖さんだ!!」

「よっ、何か知らねぇけどよろしくな」

知らず知らずに聖と自己紹介を交わす3人であるがこれだけ美人が揃った集団に周囲の注目がいくのは当然のことでこの連中のように無謀なナンパを試みる愚か者が姿を現す。

「彼女〜、俺たちと一緒に遊ぼうぜ?」

「そうそう、折角の日曜なんだから案内するぜ?www」

「人数も丁度合うし一緒に行こうぜ」

相手の集団の人数はこちらと同じ5人、振り切るのは少し厳しいものではあるが3人はこんな連中と遊ぶよりも莢の為に電気街へと行かなければならないのでこんな連中と遊ぶなどお断りである。
522 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/14(土) 00:55:09.66 ID:JLQ5WSj2o
「す、すみません! 私達はその・・」

「ああ、俺達はこれから行かなきゃいけないところがあるから」

「そうそう、お前らとは遊べないんだ。すまないな」

そのまま連中を断ろうとするのだが、これで退くほど軟な連中ではないのだ。しかし言葉では言いくるめられないと判断した1人の男は今度は力づくで狼子の右腕を引っ張ろうとしようとするが、その手は聖によって尋常じゃない力で押さえ込まれる。

「グッ・・腕が動かねぇ!!」

「・・おい、てめぇ等よ。嫌だと言ってるんだから大人しく退きやがれッ!!!」

「んだとこのアマッ!!!」

「こっちが誘ってるんだから付き合ってくれるのが筋ってもんだろッ!!!」

男達は一斉に聖に向かっているのだが、彼女にしてみればこういった事は手馴れているので即刻いつものように1人の男の鳩尾目掛けて正拳突きを瞬時に連発すると瞬く間に鎮める。

(ちょwwwww一撃で仕留めるとか強すぎだろwwwwwwwww)

「ガハッ・・・」

「まずは1人っと」

「このアマッ――・・」

「俺たち相手に良い度胸だ!!!」

「覚悟しろッ!!!」

そのまま残された4人は自分達の数を頼りに聖に向けて果敢に戦いを挑むのだが、これは勇気ある戦いではなく無謀な戦いであるのは誰の目からしても明らかでそこそこ屈強だった4人は聖の駆使する達人級に達してる様々な格闘術の餌食になりながら虚しくも次々に沈んでいった。

「ウゲゲ・・」

「何者なんだこのアマ・・」

「こ、こいつ・・」

「強ぇ・・」

「この相良様に喧嘩を売ったのがてめぇ等の運のつきだ!!! これ以上怪我したくなかったらとっとと帰りな」

「「「「「ヒ・・ヒィィィィィ!!!!!!!!!」」」」」

連中は聖の恐ろしさを身に染みて思い知ったようで、怪我した身体に鞭打ちながらその場を立ち去る。それにこの一件の出来事のお陰で彼女達にナンパを試みようとしてた他の連中は聖の見かけによらぬその強大な戦闘力に恐れおののいてナンパを諦めている、目先の事よりも我が身を心配するのは人間として当然の行動である。

「さて、こんなもんだな。狼子、怪我はないか?」

「ええ、俺はありません。毎度の事ながらありがとうございます」

「こんなのは当たり前だ!! 狼子を泣かす奴は俺が許さねぇからな!!!」

その圧倒的強さもさることながら聖の器の大きさに3人は圧巻させられる中で由宇奈も助けてもらった礼を聖に述べる。
523 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/14(土) 00:55:58.89 ID:JLQ5WSj2o
「あの・・ありがとうございます!!」

「ま、街にはこんな奴もいるから気をつけろよ。んじゃ俺と狼子はこれからモールに行く予定だからこれで」

「宮守と佐方もまた会おうぜ。じゃあな!!」

そのまま意気揚々としながら聖と狼子は3人に様々なインパクトを残しながらその場へと立ち去ってしまう、そのまま由宇奈は2人に話しかけようとするが呆然としていた陽痲はなにやら閃いたようである。

「・・決めた!! 由宇奈、悪いが俺はここで失礼するぜ」

(おまwwwwww)

「ちょっと陽太郎! これから電気街へ・・」

「ようやく設定が決まったんだ!!! こうしちゃいられない、埋め合わせはちゃんとするから今日は帰るぜッ!!! 

うおおおおおおおお!!!!!!!! 小説が俺を待っている!!!!!!!!!!」

陽痲は全速力で駅のホームへ向かって走り出すと2人の前から早々と立ち去ってしまい、2人は突然の陽痲の行動に唖然としてしまう。どうやら先程の聖の活躍ぶりが陽痲の何かを刺激していたようで思い悩んでいた盗賊団の親分についての設定が頭の中で警醒されたようでそれを具現化しようといても経ってもいられなかったようだ、残された2人はポツンと残されながらもいつまでもこの場にいても仕方ないので電気街へと向かって歩き続ける。

「ゴメンね、龍之介君。陽太郎は時々ああなる時があるけど悪気はないからね」

「(友人との予定を曲げてでも行動を起こすとは根っからの小説家だなおいwwwww)・・気にしてない、佐方も何かあるのだろう。宮守も気にしなくても大丈夫」

「後で陽太郎にはよく言っておくよ」

由宇奈は莢に詫びながら電気街へと向けて歩き続ける、だんだんと活気が溢れてきた街並みは電気街特有の景色へと変貌しており流れる曲も流行の曲ではなくヲタ向けなアニメソングが中心となるなかで莢を筆頭に歩き続けながら由宇奈は始めてみる景色に圧倒されてしまう。
524 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/14(土) 00:56:30.41 ID:JLQ5WSj2o
(うはwwwwwみwなwぎwっwてwきwたw)

「な、何か凄いところだね・・」

立ち並ぶ街並みを平然と歩き続ける莢に対して由宇奈にしてみればこの電気街については存在は知ってはいたものの立ち寄るのも初めてなのだ、それに莢とはあの日以来はこうして2人きりになっていないので少しばかり緊張してしまう。

「何か、こうやって2人きりでいるのは変な感じだね」

「・・」

莢もこうやって面と向かって由宇奈と歩くのは少しばかり恥ずかしい、一応友達としての接そうとはしているのだが気持ちが正直に行かないようでお互いに顔を見れずに歩き続けているのが現状だ。

「ね、龍之介君。さっきは凄かったね」

「凄かった」

ぎこちないまま会話をし続ける2人ではあるもののお互いに共通の話題がないので折角の会話も長くは続かずにポツリポツリとしか続かない、しかしこのまま黙ったまま歩き続けていても疲れるだけだし折角こうして莢と遊んでいるのだからこうやって時間を無駄に過ごすのは勿体無いものだ。

「宮守、俺はお前と・・」

「・・龍之介君、あの時の事を気にしているのなら私は大丈夫だよ。今日は折角遊んでいるだし楽しく行こう!!」

「ありがとう・・」

由宇奈に促されながら莢も気持ち的に楽になったのかそれなりに会話をしながらそのまま歩き続けること数分間・・まず手始めに莢はありとあらゆるヲタの用品が売っている巨大なショップの入り口へと足を止める。

「・・宮守、ここで親戚の子供に漫画とゲームを買いたいがいいかな?」

「うん、付き合うよ。龍之介君は優しいんだね」

天涯孤独の莢にしてみれば親戚の存在はよほど大事なのだろう、由宇奈は快くOKすると莢と一緒にショップの中へと入っていくと莢を先頭にしながら漫画とゲームのコーナーへと到着する。

「それじゃここで買うけど宮守はどうする?」

「ん? 当然付き合うよ。早速行こう!!」

(純粋すぎて心が痛いお・・これから店に勤めるのは大丈夫なのか?)

当然親戚に漫画とゲームを買うのはただの口上なのだが、それでも純粋に莢の言葉を信じ続けている由宇奈にどこか心が痛んでしまう。それに由宇奈のこんな純粋な性格は水商売にとってはかなりの大敵・・客との騙しあいの常としているこういった商売でもあるので京香は評価はしているものの莢にしてみれば今後のことを考えたら非常に心配である、そんな当の由宇奈は莢の懸念を他所に立ち並ぶゲームや漫画の数々を取りながら子供のようにはしゃぎ続ける。

「うわっ!! この漫画懐かしいよ、それにゲームもたくさんあるね」

(ちょwwwwwどんだけ純粋なんだwwwwwww)

「おや? これはパソコンのゲームだね、何だかちょっと前のゲームによく似てるね」

「(それはエロゲーだwwwwどんだけ好奇心旺盛なんだよwwwwww)・・これは買うもの」

由宇奈からエロゲーを手渡されるが、彼女の好奇心旺盛な行動には思わずハラハラさせられてしまう。どうやら由宇奈にはこの手のものに関する偏見とかはないようだが、どこか純粋すぎるので気軽には見せられないものである。そのまま莢は必要なものだけを選び抜くと由宇奈の動きを随時観察しながらレジへと向かって会計を済ませる。とにかくこういった場所は二次元にどっぷりと浸かっている自分はともかくとして子供のように純粋な心を持つ由宇奈には目の毒だと判断した莢は会計を済ませると即刻由宇奈の手を引いてショップを後にする。
525 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/14(土) 00:56:52.37 ID:JLQ5WSj2o
「ちょ、ちょっと龍之介君・・」

「買い物はもう終わり」

予定していた買い物を終えて自然と由宇奈の手を引き続けてた莢は電気街を抜けるために歩き続けるが、急な行動で足が疲れてしまった由宇奈は思わず動きを止める。

「あ、あの龍之介君・・ちょっと疲れちゃったからあそこで一休みしよう?」

「(おいおいwwwそこはメイドカフェwwwwwww)・・」

本来ならばこういったメイドカフェは1人で行くのならば全然問題はないのだが、今日は由宇奈と一緒なので出来ることならば避けたい場所である。しかし今回は多少強引なやり方で由宇奈を連れ出したのは他ならぬ自分なのでここは多少のことは目を瞑って由宇奈とともにメイドカフェへと入らなければいけないだろう、そのまま覚悟を決めた莢はそのまま由宇奈の手を引いてメイドカフェの中へと入っていくといつもは見慣れたメイドだちが2人を出迎える。

「「「お帰りなさいませ、ご主人様〜!!!」」」

「うわぁ!! メイドさんだよ、本当にこんなところがあるんだね!!!」

「禁煙席で2名・・」

「わかりました〜!!」

そのまま汗臭いヲタ達を避けながら席へと移動する2人であるが、いつも見慣れている莢とは対照的に始めてメイドカフェへと入った由宇奈にしてみればテレビでしかその存在を知らなかったので好奇心で一杯である。

「お飲み物は何に致しましょうか?」

「・・アイスコーヒーで」

「それじゃ私はミックスジュース!!」

「畏まりました、ごゆっくりなさってくださいねご主人様♪」

メイド姿の店員は立ち去るとようやく一休みできた由宇奈はこの電気街の凄さを改めて再認識する、彼女にしてみればいつも出勤している夜の街とはまた違った光景に目を輝かせる。

「メイド喫茶ってお客をご主人様って言うんだね」

「(そういう仕様ですwwwwwでもやっぱり2次元が一番だおwww)・・そういうお店」

「でもそう考えたら私たちの仕事とよく似ているよね。店でもお客さんと接しながらお酒飲んだり話したりしてるから」

由宇奈はこのメイド喫茶と自分達の勤めているキャバクラとの意外な共通点に感心を示す、どちらも客の需要に応えて自分を多少に偽りながら接客するのでそういった部分では共通している部分である。
526 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/14(土) 01:36:04.07 ID:JLQ5WSj2o
「それにしてもこの店に来る人たちって男の人が多いんだね。少し恥ずかしいなぁ〜」

「(そりゃ報道されたといってもここはヲタ専用の店だしwwwww執事喫茶なんて近くいないしなwwwww)・・メイドカフェは女性従業員が多いから必然的に男性客が多くなる」

しかしこのメイドカフェにきている客の大半はキャバクラと違ってどこか偏った客しか来ないのだ、莢もキャバクラの前はメイドカフェに勤めようとは思ってはいたのだが給料の開きがあったので夜の世界へと突き進んだのだ。

「お待たせしました〜、アイスコーヒーにミックスジュースです」

「・・どうも」

「あっ、このメイドと遊ぶコースって何ですか?」

「ご主人様が我々メイドたちとゲームをしてご主人様が勝てば豪華商品をプレゼントいたします♪」

この店では別料金を支払えばメイドとゲームが出来る。それに勝てたら店限定の豪華な商品をプレゼントされているのだが、文句なくゲームに興味を示した由宇奈は早速意気揚々としながら別料金を支払ってゲームを申し込む。

「へー・・面白そうだね。やってもいいですか?」

(ちょwwwwww)

「わかりました〜!! それではメイドめをご指名してください」

メイドから一覧表をもらった由宇奈なのだが、即座に返すとその場にいる店員を指名する。

「あなたでお願いします」

「ありがとうございます、ご主人様。それではゲームを始めますね・・行きますよ〜っ!! にゃんにゃん、じゃんけんポン♪」

こうしてメイドと始まったじゃんけん、実はこのメイドはこのゲームでは百戦錬磨で未だに負けなしなので今回もいつもの調子でゲームを制する、このゲームに勝てばその分は給料に歩合されるのでこればかりは絶対に落とせない一戦なのだ。

(フフフ・・キモヲタに勝ち続けて生活してるんだから取らせてもらうわよ!!)

「・・これは」

じゃんけんの結果はメイドはチョキで由宇奈はグー・・この勝負は由宇奈の勝利である、メイドはこの結果に動揺を隠せないが何とか営業モードを保ちながら由宇奈に商品を提示する。

「(な、なんで・・いつもキモヲタ相手にしてたか油断したッ!!)ご、ご主人様〜!! おめでとうございます!! 商品はこちらの3点からお選びください〜」

「えっと、メイドの衣装に限定フィギアに・・アニメのDVDだね」

(このアニメはwwww限定販売されている奴だwwwwww)

「そうだね・・とりあえずはアニメのDVDを貰うおかな」

「あ、ありがとうございます〜」

若干メイドの営業スマイルが引きつっている中で由宇奈はアニメのDVDを貰うと今度もまた別料金を払うとゲームを続行する。
527 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/14(土) 01:36:27.49 ID:JLQ5WSj2o
(ちょwwwwまだやるのかwwwwwww)

「それじゃ、今度もまたあなたでお願いします」

「(さっきはやられたけど取り返すわよッ!!)わ、わかりました・・それではいきます!! にゃんにゃん、じゃんけんポン♪」

今度もまたじゃんけんが始まる、そのままリベンジを掛けたメイドは今度はじっくりと考えながらも勢いよく拳を振り出す。そして両者から振り出された拳に表示されたのは・・メイドは先程のことを考えて由宇奈の逆を突いてチョキを繰り出したのだが、由宇奈は変わらずグーを出していたのでまたもや由宇奈の勝利である。

(う、嘘ッ・・また負けた)

「また私の勝ちですね。それじゃ次はメイドの衣装をお願いします」

(宮守すげぇwwwwww)

メイドから衣装を受け取った由宇奈はまた料金を支払ってゲームの継続を試みる、当然今のメイドを指名しているので彼女に逃げ場はない。

「それじゃお願いしますね。えっと〜・・確か振り付けは、にゃんにゃん、じゃんけんポン♪」

(テラモエスwwwwwwwww)

「(何なのこの娘・・でも今度は負けないわよ!!)ご主人様にやらせてしまうとは・・ですが参りますわよ〜」

こうして最終勝負・・これで由宇奈が勝てば店の限定商品は全て持っていかれて彼女が今まで店で培われた連戦連勝の輝かしい戦勝は見るもむざまな結果へと早変わりしてしまって店での立場はなくなってしまうだろう、両者は拳を振り上げながらじゃんけんの結果が表示される・・メイドは今度は由宇奈の裏の裏を読みきった上で今度はパーを繰り出したのだが、対する由宇奈はそれを嘲笑うかのようにチョキを繰り出したので全ての商品を手にしたことになる。

(ちょwwwwww勝ちやがったよwwwwwwwwwww)

「(なんて強さなのッ!!)ご、ご主人様・・限定フィギィアです・・」

「イェ〜イ!! じゃんけんしておなか減っちゃったから、飲み物のお代わりとこのジャンボオムライス下さい」

「(もう嫌!!!)畏まりましたッ!!! 暫くお待ちくださいませ!!!」

メイドは悔しさのあまり強引にオーダーを取るとせめてもの根性か営業スマイルを崩さないまま足早にその場を去る、これで全ての商品を手にした由宇奈は早速商品の分配を考える。

「とりあえず、衣装は陽太郎でしょ。限定フィギア部屋に飾っておこうかな・・それでDVDは龍之介君にあげる、親戚の子供と一緒に見れるしね」

「ありがとう・・」

満面の笑みの由宇奈からDVDを受け取った莢であるが存在しない親戚の話をされたら少しばかり心が痛い、しかしこのDVDは市場には出回らない限定品なのでかなり需要は大きいのだ。そのままDVDを受け取った莢は氷が解けかかっているコーヒーを飲みながら由宇奈にあの連戦連勝の秘訣を聞き出す、じゃんけんに勝ち続けるのは並大抵のことではないし何かしらの理由があるはずなのだ。

528 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/14(土) 01:36:53.23 ID:JLQ5WSj2o
「・・宮守、なんでじゃんけんに勝ち続けたんだ?」

「ああ、あれね。ちょっと信じられないと思うんだけど、昔からじゃんけんに限っては誰が何を出すかわかっちゃうんだよ・・」

由宇奈の信じられない理由に莢は思わず唖然としてしまうが、それらを話し続ける由宇奈の表情はどこか暗い・・どうやら自分の出自と同じように聞いてはいけないことを聞いてしまったようだ。

「・・私ね、昔はこうみえても引っ込み思案でよく幼稚園の頃はじゃんけんが理由で勝ち続けてたから虐められたんだ。その時はよく陽太郎に守ってもらってたりしてたりしたんだけどね、陽太郎なんて私を虐めていた男の子と喧嘩したぐらいだよ」

「すまん、変なこと聞いたな・・」

「いいよいいよ!! もう何年も昔のことだし気にしてないよ」

そのまま由宇奈はジュースを飲みながら沈んでしまった場の空気を何とか盛り上げる、しかし普段はこんなに明るくて純粋で人当たりも良い由宇奈にそのような過去があったとは驚きを通り越して思わず絶句してしまう、何せ由宇奈はそういった過去とは無縁だと思っていたし何気ない幸せを当たり前のように享受していたと思っていたのだが、その認識は改めなければならないようだ。

「変な話してゴメンね。今は普通に必要に応じて手加減したりしてるから苦ではないよ」

「・・あのさ、実は」

「お待たせしました、ミックスジュースにアイスコーヒーと特製のジャンボオムライスでございます〜!! このケチャップでお書きしましょうか?」

莢の声を遮るかのように先程2人に接客していたメイドではなく別のメイドが普段よりも一回り大きいオムライスを運んでくるとケチャップを取り出してメイド喫茶名物であるケチャップの字の有無を聞きだす、今まではテレビでしか見たことがないこの存在を生で見た由宇奈の興奮は一気に高まる。

「うわぁ〜!! テレビで見たのと同じだ・・これってメイドさんが書いてくれるの?」

「はい! ご主人様のお望みのままに好きなものをお書きしたします」

「それじゃあね、名前はカタカナで莢&由宇奈でお願いします!!」

「畏まりました、ご主人様♪」

そのままメイドは由宇奈の注文通りにオムライスに名前を書き加えるとレシートを置いて身体に染み付いたメイド特有の営業スマイルを爽やかにプレゼントする。

「それではごゆっくりお寛ぎください、ご主人様」

「いいね〜、何だか癖になっちゃいそうだよ!!」

(しかしでかいオムライスだwwww)

「さて、一緒に食べようか。陽太郎がいれば食べてくれるんだけど・・たまには2人で食べるのも悪くないよね」

由宇奈からスプーンを貰った莢は純粋な笑顔を振りまく彼女に少したじろいでしまうが自分のために必死で考えて頼んでくれたのでこの気遣いには感謝するべきだろう。
529 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/14(土) 01:37:24.67 ID:JLQ5WSj2o
(なんと言うか・・宮守は純粋なんだな)

「それじゃ・・いただきます〜!!」

「・・いただきます」

中心に置いてあったオムライスは2人のスプーン捌きで切り分けられながら食べ始める、甘くふんわりとしたタマゴにほんのりケチャップの味が引き立つチキンライスはまさに絶妙と言うべき美味さである。

「美味しい!! このタマゴとチキンライスの絶妙な味加減がたまらないね〜」

「・・ああ、美味い」

思えば由宇奈たちと仕事をするようになってからこうして誰かと食事をする機会が比較的に多くなったような気がする。今まで莢にしてみれば食事などは1人で行うものだと思っていたし今までも誰かと食事を共にしたことなどない、いつも1人で淡々と孤独に食べ続ける―――・・両親が死んでからはそれが当然と思っていた莢にはいつしか寂しいと思うことが自然となっており平然と受け入れる日々だったが、由宇奈たちと出会ってからはそれが一変した。
一時的に京香のマンションで生活していた時は久しぶりに振舞われた料理を皆で囲って食す日々・・当たり前だったその習慣がいつしか廃れていて忘れ掛けていた莢にとってそれは何よりも神聖で心休まる暖かな日々・・そして京香の作ってくれた弁当を食してからはそれが一層強まって、今まで両親が死んでから継続していた寂しさと同居しながら食すといった冷たい感触が徐々に身体を通して拒否反応をしましてしまっており、今では当然のように行ってきた1人で食べる機会は逆にめっきりと減ってしまっている。


徐々に変化していく自分――・・

         否、元に戻ろうとしている自分がいる――


思えば誰かと食べることなんて有り得なかった、最初は両親がいなくなって悲しかったけど・・いつしかその感覚も当然と思えてきてしまった。両親の遺産目当てにまだ幼かった自分を獲物を腹を空かせた肉食獣のように視線をぎらつかせる獰猛で狡賢くも汚い大人たち――・・


彼らと接するうちに学んだのは寂しさと虚しさは唯一自分がまだ人間として機能している証・・だったらそれを最大限にまで利用するために福祉制度を徹底的に利用して食い殺されないように我が身を守る武器としてありとあらゆる知識を吸収して、誰にも言われないように自分を磨いてここまでやってきたこの人生・・いつしか誰にも悟られないように必要最低限の感情は殺して磨き続けてた功が奏したのか、後ろ指を指されなくなったものの、何か人としてとても大事なものを失ってしまったような気がした。


だけども気がつこうとしてもわざと気がつかずに緊迫として精神をすり減らした人生にも限界はあることは莢は最初から悟っていた、完全に崩壊してしまう自分を待ち続けている日々を過ごしていたその矢先に由宇奈と出会って京香から今の仕事を螺旋されてから一変という言葉では例えきれないほどの真逆で不思議な生活を莢は徐々に受け入れてしまっている自分に今はたまらなく可愛がってあげても良いと莢は思う。


それに由宇奈を見ているだけでそういった感情はすぐに消し飛んでしまう――・・


(・・今まで偽り偽って過ごしてきた俺の人生、徐々に変わってくるのがよくわかる。それにあの日以降、宮守のことを考えると何故だか胸が苦しい)

「龍之介君・・こうやって一緒に遊ぶって本当に楽しいね!!」

「そうだな、楽しいな・・」

「あっ!! ちょっとこっち向いて・・」

「お、おい・・?」

そのまま由宇奈は携帯を取り出すとそのままカメラで撮影するとニヤニヤしながら見つめ続けるが、突然の行動に戸惑っていた莢であるが由宇奈からカメラの画像を見せられるとすぐにその理由が判明する。
530 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/14(土) 01:38:02.71 ID:JLQ5WSj2o

「ほら、始めて龍之介君が笑った写真だよ!!」

「これが・・俺?」

カメラから写ってた莢の表情は普段の無表情と違って凄く不恰好ではあるものの、普段との違いはその口元にしっかりと現れており自然な笑みがはっきりと映っている。

「(思えば宮守の手を引いたりこうして笑ったり・・昔では考えられないな)・・久々に自分の顔を間近で見た気がする」

「んふふ、龍之介君を笑わせるとはさすが私だね。これは一種の才能かも」

(それは関係ないと思われwwwww・・ま、認めてはやるがwwwwww)

「さて、充分に休憩もしたところで電気街でも満喫しようか。龍之介君の為に家電を見つけなきゃいけないし、ここは思ったよりも楽しそうだからね」

正直、買うものを買った莢にしてみれば建前である家電にしては有耶無耶にしてここから退散したかったものの、どうやら子の電気街を気に入った由宇奈は退散するつもりなどないようでまだまだいるつもりである。

「それに龍之介君は思ったよりも詳しそうだから案内してもらおうかな」

「(そりゃ地元みたいなもんだからなwwwwww)・・わかった、付き合うよ」

「休憩も充分に取ったし満喫しますか」

今度は由宇奈を筆頭にしてメイド喫茶を後にすると莢の案内の元でこの狭いながらもヲタたちが縦横に群がる電気街のメッキを被った魔の巣窟であるこの世界へと歩き続ける、案内人を続ける莢であるが由宇奈は己の好奇心の赴くままに立ち並ぶ店を見ながら莢に質問をぶつけながら莢はそのまま言葉を選んで一般向けな回答を示すが、元々口数が多くない莢にとったら喋るのも苦手な上にこうした偏った施設ばっかりの解説を一般向けに説明するのはかなり苦労する。

「あっ、あれって何?」

「(同人専門の販売屋かwwwwまた回答に困るのををwwwwwww)・・あれは素人が書いた漫画を売っているところ、あまりオススメは出来ない」

「へー、でも面白そうだね。ちょっと入ってみようっと!!」

「お、おい・・!! 全く――」

好奇心につられてそのまま店内へと入っていった由宇奈の後を追いながら慌てて莢も店内へと向かいながらお気に入りの同人誌に目もくれずに狭い店内に立ち並ぶ漫画の数々を煌びやかな瞳で見つめ続ける由宇奈の姿を見つけ出すのにそう時間は掛からなかった。

「うわぁ・・色々な本があるね。見たところこういったところは陽太郎が喜びそう」

(そりゃ佐方は小説家志望だから喜ばれると思うが、お勧めは絶対にしたくないwwwwwwwwww)

確かに莢の言うように同人誌はどんな形にしろ創作の一環なのでどちらかと言うと由宇奈よりも小説家希望である陽痲のほうが喜ばれるであろう、そのまま立ち並ぶ同人誌の数々に何ら疑いなく目を輝かせる由宇奈に莢は少しばかり困惑しながらも視界にはお気に入りの同人誌をしっかりと入れている、そのまま由宇奈は同人誌の数々をじっと見つめながら手に取ろうとするが、先に由宇奈向けの本をピックアップしていた莢はその一冊を由宇奈に手渡す。
531 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/14(土) 01:40:50.07 ID:JLQ5WSj2o
「・・これがオススメ」

「おおっ! ありがとう、読んでみるね」

(適当に変な本取られて下手に偏見もたれたら今後がやりづらいからなwwwwwwwwwwww)

そのまま莢から差し出された一般向けの同人誌を楽しそうに読み続ける由宇奈にとりあえず一安心しながら莢はその同行を観察しつつお気に入りの同人を見ながら今回の出来映えに心の中で評価する。

(やっぱりこの出来じゃ同人板で叩かれるわけだwwwwwww)

「うんうん、何だか凄いね。こういった人がいるならプロの漫画家になれば良いのに」

「・・中にはそういった人物もいる。だけどこういった業界は競争率も高いし様々な要因が重なるから成功を掴む可能性はかなり低い」

「陽太郎も似たようなところで夢を見出しているんだね」

「佐方がどれぐらいの実力かは知らないけど・・夢を掴むには相応の努力と運とチャンスがいる、これからに期待するしかない」

何とか莢は言葉を選びながら今頃は執筆活動に勤しんでいる陽痲の姿を思い浮かべる、陽痲の場合は両親がプロの小説家として活躍をしているので出版社との人脈もあるだろうし夢を叶えるにはもっとも近い場所にいるので後は本人の才能次第といったところだろうか?

「さて、それじゃ次の場所に行こうか」

「(1冊だけとは早いなwwwww)・・わかった、案内する」

同人誌を読み終えた由宇奈と莢はそのまま店を後にするとそのまま電気街の中へと歩き続ける、それから由宇奈は相変わらずで行く先々であらゆる店を見ながら再び莢の返答に困るような質問を度々しながらネット上では二次元との入り口といわれるこの魔窟の電気街の街並みを巡回していく、そして散々回り続けて最後のたどり着いたのはあるプリクラ・・何かしらの記念が欲しかった由宇奈は莢を誘い出すとそのまま手馴れた手つきで操作をするのだが、こういったところにあるプリクラは一癖あるのだ。

「わっ! 普通のプリクラと違うね」

「(アニメキャラのコスプレ衣装で撮影するプリクラだからなwwwww)・・こういった仕様」

「へー、面白いね」

(純粋すぎて何だか泣きたくなるお・・)

あまりの由宇奈の純粋さが莢にはとても眩しく思える、そのまま由宇奈は順にモードを選びながら機械は撮影モードへと入ると由宇奈たちはそれぞれの立ち位置でポーズを決める。

「あっ、始まったよ!! ほら、龍之介君も決めて決めて〜」

「ちょ、ちょっと・・」

由宇奈に促されながらぎこちなくポーズを決める莢に対していつものようにリラックスしながら様々なポーズを決める由宇奈、莢もそんな由宇奈に誘われながら様々なポーズを試しながら短い撮影時間はあっという間に終わりを迎えた。

(何だか疲れたお・・)

「はい、プリクラできたよ。携帯には後で送ってあげるね」

「・・ありがとう」

由宇奈から出来たてのプリクラを手渡された莢は少し大事そうにしながらプリクラをカバンの中へと入れると携帯のメールを確認すると由宇奈からさっき取ったプリクラが添付されていた。

532 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/14(土) 01:41:35.28 ID:JLQ5WSj2o
(仕事早ぇwwwwww)

「本当は陽太郎も一緒だったら良かったんだけどね。何で帰っちゃうんだか・・」

2人は電気街を抜けて地下鉄の駅へ下るとそのまま切符を買って改札を潜ってホームへと向かうと停車している電車に乗ると丁度2人分空いていた座席に腰掛けた莢と由宇奈は少し残念そうにプリクラを見つめながら今回のことを思い浮かべる。

「陽太郎には私からよく言っておくわ。丁度いいものも手に入ったしね」

「(まさかあのメイド服を使って何かをするつもりか?wwwwww)・・ま、佐方も悪気があったわけじゃない」

一応莢も陽痲が悪気があったわけじゃないのはよくわかっているのだが、由宇奈にしてみれば折角の機会をドタキャンしたのと同然なので話をつけるといっても何かするのは目に見えている。

「ま、幼馴染だから考えている事はお見通しだけど・・小説のことになると見境つかなくなるからね」

「そうなのか・・」

そのまま電車に揺られる中で莢は改めて携帯で由宇奈と取ったプリクラを見ながらぎこちないながらも自然と微笑を浮かべている自分の姿が変に思えてしまう。

「・・今日は楽しかった」

「私も楽しかったよ、龍之介君。メイドカフェはまた今度じっくりと行ってみたいね」

(商品全て総ナメにしたんだから歓迎はされないと思うぞwwwwwwwww)

どうやら由宇奈は今日行った場所ではメイドカフェが一番のお気に入りだったようで限定フィギアとメイド服を持ちながら満面の笑みを浮かべる、どうやら自分で戦利品を勝ち取った喜びに酔いしれているようで由宇奈の中でメイドカフェはゲームを制したら豪華賞品がもらえる場所だとインプットされたようだ。

「服も選んでくれて嬉しかった、またいつか着てみる」

「龍之介君は綺麗で美人なんだからもう少し自信を持って良いと思うよ! 現に店でも人気者だしね」

「宮守も人気だ、特にペルプとして入ってくれた時は場の空気ががらりと変わるよ」

「そ、そうかな〜・・あんまり自分では意識してないんだけどね」

決して自分を偽らずにありのままの表現する・・簡単なようで凄く難しいことを難なくやってのける由宇奈が莢は心底羨ましい、何せ仕事をする前から自分を殺して偽ってたのだから。

533 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/14(土) 01:41:57.88 ID:JLQ5WSj2o
「だけど教頭先生がじゃないが・・この仕事するならある程度酒は飲めないと厳しいぞ」

「う、うん・・少しずつ頑張ってみるよ」

「・・飲む振りをすることも大事、今度佐方と一緒に教える」

「ありがとう〜!! やっぱり龍之介君は頼りになるよ」

自分よりもこの商売を長くやっている莢の存在はかなり大きいもので、基礎知識などは京香から教えてもらっているがこうした実戦的な事は京香よりも莢から聞くことが多いのだ。

「でも教頭先生に引き込まれて・・適応している自分が恐ろしいよ」

「・・宮守はこの仕事楽しい?」

「う〜ん・・確かに学校生活との両立は大変だけど、私達と接して皆が楽しくなってくれればそれで楽しいかな」

「そう、宮守は優しいんだな・・」

“まもなく〜・・”

どうやら話している間に電車はいつの間にか莢の最寄り駅へと到着したようで莢はそのまま降りる準備をする、ここで由宇奈とはお別れなのでまた明日からは通常の生活が始まるのだ。

「それじゃ、俺はここで・・今日はありがとう」

「うん、また遊ぼうね龍之介君!!」

「・・佐方によろしく」

“ドア閉まります〜”

ドアは閉まり電車は再び動き出す、そのまま由宇奈は疲れたのか少しうとうとして気がついていなかったのだが・・莢は小さく手を振りながら電車を名残惜しそうにしながら見送っていた。

534 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/14(土) 01:43:23.37 ID:JLQ5WSj2o
翌日、いつもの黒羽根高の教室では由宇奈に平謝りしている陽痲の姿があった。

「だから悪かったって・・」

「悪かったじゃないでしょ!! 全く昔から小説の事となると見境なくすんだからッ!!!」

あれから陽痲は昨日のことを由宇奈にこっぴどく叱られたようだ、しかし陽痲のこのような行動は今に始まったことではないのでそのたびに由宇奈も何度も叱っているのだが効果は全くの0のようである。

「大体、陽太郎は昔から・・」

「だから陽痲だっての!! ・・ま、昨日は悪かったけどその分小説は完成したんだぜ」

どうやら陽痲は設定が閃いた後で小説を書き上げたみたいで今回はその試作第一作をわざわざ持参しているのだ、しかし由宇奈が怒っている理由も考えたら機嫌を直すには暫く時間がかかりそうだ。そんな小競り合いが暫く続く中で遅れながら莢も登校するといつものように自分の席に荷物を置くと言い争っている2人の前へと現れる。

「・・おはよう」

「あっ、龍之介君! 昨日はよく寝れたみたいだね。ほら、陽太郎!!」

「わかってるって!! 茅葺・・昨日は悪かった」

「大丈夫・・心配しなくても良い」

「よし!! 昨日のお詫びといっちゃなんだけどこいつを見てくれ!!!!」

莢が怒っていないことにとりあえずは一安心した陽痲は気を取り直して2人に今回書いた小説を堂々と提出する、今回は気合を入れて書いたようでその量はかなり多く、よくあれだけの短時間の間にこれだけの作品を書き上げた陽痲の技量には驚かされるばかりだ。

「ヘヘヘ・・久々にノリにノッたからつい寝るのを忘れて書き上げてしまったぜ」

(普通はかなり時間がかかるもんだぞwwwwwwwこいつの速筆は恐れ入るわwwwwww)

「私達の遊びをすっぽかしたんだから、つまらなかったら承知しないよ」

2人はそのまま陽痲から出来たてほやほやの小説を受け取ると早速読み始める。今回は長編を見越しえての連載なので最初の第1話はあくまでも触り程度なのだが、それでも最初の設定を詰め込んでいたので必然的に文章も長くなったのだ。読んでいるうちにファンタジー特有の壮大な世界観に引き込まれながらも話を引き立てるキャラの動きを勝手に予想しながら独自の世界観を築き上げて話しに引き込まれる中で2人はとあるキャラクターに目が付く。

「ね、ねぇ陽太郎・・この盗賊団の親分ってあれだよね?」

(キャラの性格にこの戦い方・・これって前に会ったあの美人で強い姉ちゃんだよなwwwwwwww)

「ああ、一目見たときに盗賊団のキャラにピッタリだったからな。居ても経ってもいられずに書いてしまったわけだ」

どうやらあの聖の存在と活躍ぶりに多大な影響を受けた陽痲は早速それを元手に盗賊団の親分の設定を書き上げるとそのまま勢いでこの小説を書ききったのだ。確かに聖の存在感と強烈過ぎる強さは忘れようにも忘れられないほどのインパクトを残していったので陽痲に何かしらの影響を与えるのは無理はない、それに3人は一般人なので聖の本来の姿は全く知らないのは不幸中の幸いといえるべきであろう。

「それで、感想はどうだ? 戦闘描写はかなり苦労したから何度も書き直したりしたんだぜ」

「そうだね・・読みやすくてキャラも悪くないと思うよ。姉弟の構成も悪くはないし女体化も上手く絡んでいると思うよ」

「・・戦闘の描写と魔法の設定に思い悩んだらRPGをプレイするといいと思う」

「なるほど、今度やってみようかな」

陽痲にとって感想も嬉しいがこういった意見は非常にありがたいもので参考になる部分はメモを取って吸収しながら知識を深めていく、そんなこんなで時間は流れていつものように担任である真帆が教室へと入っていくのだがその表情はどこか暗く、かなり沈んでいた。

535 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/14(土) 01:43:42.83 ID:JLQ5WSj2o
「・・おはよう、今日はお知らせがあります」

「あの、先生? 顔色が悪いようですけど・・」

「アハハ・・大丈夫だよ。出席取るね」

真帆の体調が心配になった由宇奈は思わず声を掛けるが、いつも泣き崩れている彼女と違って顔面蒼白のまま真帆はから返事しながら淡々と言葉を発し続ける。

「えっと、一部では知っていると思いますが・・姉妹校である白羽根学園との交友祭が正式に行われることになりました。プリントを渡しますので詳細は見てください、そしてつきましては1時間目は出し物を決めるために時間を設けることになりました」

「おおっ!! 遂に決まったのか」

「何かスケールが大きいよね」

渡されたプリントには正式に交友祭についての詳細が書かれており、交友祭についてプリントが配られる中で周囲の活気が湧き上がり交友祭というビックイベントに向けて様々な意見が飛び交う中で真帆の表情はきたときと同じように相変わらず重いので今度は陽痲が真帆に話しかける。

「先生、顔色が優れないようですけど?」

「ああ・・大丈夫だよ、それじゃ今から教頭先生による放送で説明会が行われます」

真帆は相変わらず暗い顔つきのまま、教室のスピーカーからはこの学校の実質的な支配者である京香の声が放送室から響き渡る。

“あ〜、テステス・・うし、全校生徒の諸君。担任から交友祭について話はいっていると思う。とりあえずこの1時間目で実行委員や交友祭にクラスで出す店を今日中に決めるように、完全に出ていないクラスは生徒全員反省文で担任は減給するから覚悟しろよ。んじゃ、そういうことでよろしく”

そのまま強引な内容のままで京香の放送が終わると先程まで交友祭で活気に溢れていた黒羽根高の校舎からは阿鼻叫喚のごとき叫び声が響き渡る、何せ京香はやると言った事はやる人物なのはこの学校の人間はよく知っているので今日中にもし出店のプランをまとめなかったらクラス全員反省文の上に教師の減給ぐらい本当にやってのける人物なのでクラス中からは担任である真帆を差し置いて即座に実行委員を決めると各店の出し物を早急に決め始める、3人もそれに参加しながら真帆が何故ここまで暗かったのかようやく把握する。

「みんなぁぁぁ、絶対に今日中で店を決めようねぇぇぇ!!!!」

(うわぁ・・だけどこの学校じゃ誰も教頭先生に逆らえないもんね)

(ま、実行委員とかに離れなかっただけマシだけど・・何だか嫌な予感がするぜ)

(うはwwwwww交友祭はなにかありそうだwwwwwwwww)

それぞれの思惑が過ぎる中で今日も黒羽根高は平和(?)な1日を過ごしていた・・





fin
536 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/07/14(土) 01:46:49.19 ID:JLQ5WSj2o
終了です、今日も見てくれてありがとさんでしたwwwww
今回はこんな感じです、最近過疎っているので週末を機に投下が増えてくれれば幸いです

誰も居ないのは寂しいなぁ・・



それでは皆にwktk
ではwwww
537 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(神奈川県) :2012/07/14(土) 22:43:16.92 ID:IDfcEYLho
投稿乙おつ!
いつも読んでるお^^
538 : ◆suJs/LnFxc [sage]:2012/07/14(土) 23:41:12.46 ID:6p6Of2i/0
>>536
乙でした!神林先生可愛いよ可愛い

さて、遅くなりましたが…明日くらいには投下できそうです
539 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) :2012/07/15(日) 19:10:18.87 ID:4t7Gu9eJ0
そろそろwktk
540 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/07/15(日) 22:09:59.56 ID:xafrc21b0
こんばんわ!なんだかんだ間が空いてしまいましたが、前回の続きから投下します!
541 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/07/15(日) 22:12:39.61 ID:xafrc21b0
連行先は取調室でも怪しげな研究施設でもなく、なんということはないただのファミレスだった。
安くて美味しいイタリアンが楽しめるのが売りのチェーン店だが、幾つかのメニューは本場イタリアに存在しないという噂もある。
ここに来るのは、そんなことを気にするようなセレブな人々ではなく、
単に安くてそこそこ食えることを目的とした俺たちのような庶民なので問題はないが。

この時間帯は、こちらと同じように学校帰りの女子高生のグループが多い。他校の制服を着た連中もちらほらいる。
めいめいが、あの先生はキモいだのナントカ君が格好いいだの云々、とまぁぴーちくぱーちく好き放題に喋っている。
一言で言うのなら、まさしく他愛もない話というヤツだ。そんな連中の横を通過しつつ、角の席に通された。

『ご注文がお決まりになりましたら、そちらのボタンでお呼びください!』

俺たちとそう歳が変わらないであろうバイトの女の子が、ぱたぱたと去っていく。
ぺこりと一礼するのは良いけれど、それすらも初々しかった。まだ新人だろうか。

「文化祭で私たちもあんな感じのこと、やってたんだよねー。楽しかったなぁ」
「ならウェイトレスのバイトでもしたらいいんじゃないか?楽しいと思える仕事なら、それに越したことはないだろうし」
「んー、アリかも!本気で考えてみようかな?」

ウェイトレスを見て文化祭を懐かしむ小澤と、それに答える武井。
二人は強制的に連行された俺と違って、自主的にこの女子会に参加している。あらかじめ植村が声をかけていたのか、いつの間にやら合流していた。
俺と典子と植村、小澤に武井。概ねいつものメンツなのだが、今日は何故かもう一人。

「楽しかったよなー!来年もやりてー!」

さらさらの黒髪に、雪のように白い肌。袴でも着せればまさに大和撫子のイメージを具現化したかのような。
そんな菅原響が、何故かここにいるんだが。

「いやいや、何でさりげなく混ざってんの?お前クラス違うだろ」
「何でって、植村に拾われたんだけど」
「…?植村と面識あったっけ?」

あっけらかんと答えるということは、面識はあるのだろう。しかし植村と菅原が同じ空間にいるのを俺は見たことがない。
植村以外は、文化祭のときに菅原と打ち解けているのを見ていたけど。

「面識っていうか…私、菅原と中学一緒だし。ついでに言えば3年間クラスも同じ」
「あ、そうだったのか」

頬杖をつきながら植村が言う。ちらりと菅原の顔を見て、つまらなそうに視線を戻す。

…何だ?そんな顔をするくらいなら、最初から呼ばなければ良かったんじゃ?
まぁ、仲が悪いということはないのだろうけど。中学時代のこの二人って、どんな感じだったんだろうな。
菅原に至っては男の頃の顔すら知らないんだけど。今度卒アルでも持ってきてもらおうかな。

542 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/07/15(日) 22:14:01.29 ID:xafrc21b0
「コイツ、中1の頃は地味ーな女だったんだぜ?それが気付いたらこんなにケバくなりやがってさぁ」
「う、うるさいっ!女になったアンタに言われたくない!」
「おっと、はは!こういうところも相変わらずだな!」

昔の話というのは、相手にとっては黒歴史となり得る。
地味だった過去が黒歴史らしい植村は、それ以上喋らせまいと菅原に掴み掛かっていた。
取り乱した植村とはまた、珍しいものを見れた。こんな一面もあるのか。たまには女子会にも参加してみるもんだ。

「まぁまぁ、積もる話はこれからすればいい。まずは注文を決めようじゃないか」
「はい皆さん、前を失礼しますよー!ちゃっちゃと決めよう!」
「ドリンクバーだけだと割高で勿体ないから、他に何か食べるでしょ?」

武井が収拾をつけ、典子がメニューを広げる。小腹は空いたが、夕飯もあることだしガッツリと飯系を頼むわけにもいくまい。
誰もがハンバーグやらパスタやらのページに誘惑されつつ、そこはスルー。行き着く先はやはりデザートのページだ。

「じゃあ僕はアイスティラミスで。女体化してから甘いものが美味しくなったよ」
「私はイタリアンプリン!これ好きなんだぁー」

小澤と武井は、この店の定番デザートを選択した。小澤は元々甘党っぽいイメージがあるが、武井は意外だ。
女になって味覚が変わる奴も、当然いる。珍しい話ではない。そういう俺は男の頃から、そして今でも甘いものは嫌いじゃない。
かと言って、毎日食べたいほど好きでもない。要は普通。まぁ皆が頼むのなら、俺もそうしようかな。

「俺は…生チョコレートケーキかな」
「ぐっ…!これだからカロリーを気にしなくていい連中は…!」
「宿命は受け入れなきゃね…ほら、アイス系なら太りにくいって言うし!私はイタリアンレモンジェラートにしよっと」
「じゃあオレはミラノ風ドリアだな」
「おい最後おかしいだろ!流れ的に!」
「腹減っちゃってさぁ、晩飯までもたねーんだよ。女になっても甘いモンはダメだ」

一人だけ熱心にメニューのデザート以外のページを見ていたかと思えばコレである。
少し恥ずかしそうに頭を掻く仕草は、相変わらず男のようだ。彼女のこういう砕けたところのギャップに親しみやすさを感じる。

「ちなみにドリアってイタリア料理じゃないんだぞ。ミラノ風ドリアなんてミラノには存在しないからな」
「なん…だと…?まぁ美味いからどうでもいいんだぜ」
「アンタ、相変わらずよく食べるのね…男の頃からいくら食べても太らないタイプだったけど」
「オレは不思議と、味覚も食う量も変わらなかったからな。相変わらずよく食うからオカンにも文句言われるんだよ」
「ぷっ…容易に想像できるな…」

馬鹿みたいに食う息子がほっそりとした娘に変わったのだから、そりゃ母親としては期待をしただろう。食費的な意味で。
その期待を裏切ってどんぶり飯をドカ食いしている菅原が目に浮かんで笑ってしまう。

さて、それぞれ注文は決まった。武井よ、ピンポンを押す係はお前だぞ。
543 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/07/15(日) 22:19:59.54 ID:xafrc21b0
店員に注文を伝え、ドリンクバーで飲み物を入れてきた。
典子はカフェオレ、武井はアイスティー、小澤はオレンジジュース、植村は烏龍茶、菅原はコーラ。

菅原のコーラは予想通りだ。
キャラ的に、菅原のようなヤツはコーラを飲むと相場が決まっている。
そしてドリンクバーで菅原がふざけて、全てのドリンクを混ぜた「菅原SPL」を作ろうとしたところも予想通りだった。
ちなみにSPLとはスペシャルの意。完全に野郎のノリだ。絶対誰かがやるよな、あれ。

「…で、西田」
「あん?」
「何でアンタは『それ』なの?」

目の前に置いたカップに注がれた、ほんのり茶色を帯びている黒い液体から湯気が立つ。
植村が指したのはそれだった。何の変哲もない、ただのコーヒー。それにいちゃもんをつけるとは何なんだコイツは。
アレですか?取り敢えず何にでも文句つけたがるウザい人ですか?

ちなみに砂糖とミルクは入れていない。あくまでお茶の感覚で飲むのだから、余計なものを入れる必要がないというのが俺の持論だったりする。
緑茶を飲むときに砂糖とミルクを入れないのと同じだろ…とか言うと、いつも屁理屈だと言われるので、この場では言わないことにする。

「ただのコーヒーだぞ。普通じゃん」
「そのただのコーヒーが、アンタには恐ろしく似合わないんだけど…しかもブラックでしょ、それ」
「あはは…高校生の、それも女の子がブラックコーヒーって確かに変かも」
「コーヒーばかり飲んでいると身長が伸びなくなるんじゃないか?ただでさえ絶望的なのに」
「忍はせいぜい、カプチーノあたりを『にがーい!』とか言いながらちびちび飲むのがお似合いだと思うなぁ」
「ガンジーがアサルトライフルで武装してるくらいの違和感だな」
「言いたい放題だなお前ら!いいだろ好きなんだから!あと菅原はガンジーに謝れよ!」

迫害に負けじとカップに口をつける。コーヒーは好きだが、味にうるさいわけではない。
缶コーヒーよりはインスタントの方がいいかな、程度のことは思うが、豆の違いや種類なんて知らない。
こういう店のコーヒーだろうと、俺にとっては十分美味いのだ。

「じろじろ見てんじゃねーよ!?」
「うーん…コーヒーは別としても、西田君の振る舞いに違和感があるっていうか…見た目は愛らしいのに、挙動がいちいち男の子なんだもん」
「仕草なんかが男の頃から全く変わっていないからね。ふん反り返るように脚を組んで座って、ポケットに手を突っ込んでるところとか」
「…むぅ。そういうのはあんまり意識してないからな」

男は男らしく、女は女らしく。そんなのは古い考え方だって、ここにいる誰もが分かっている。
それでも多分、本能的な部分が違和感を感じさせているのだろう。
特に俺みたいなちんちくりんが男気に溢れていたら、変だと思うのも仕方ないのかも知れない。

「あんまり男らしさが滲み出てると、男が寄ってこなくなるんじゃない?」
「でもギャップ萌えという要素もあるからねぇー」

俺をじろじろ眺めながら「女体化者は男っぽさを残した方がモテるのか否か」についての議論が始まってしまった。
菅原だって俺と似たようなものなのに、何故俺ばかりが観察されねばならんのか。

小澤は女になって、速攻で順応していた。武井は一人称こそ「僕」だが、仕草に関してはすっかり女だ。
それとは対照的に、俺と菅原は男っぽさが残っていて。人それぞれなのは良いと思うけど、周囲から…
いや、涼二からどう見られるのかは少し気になる。

…俺は、大和撫子然とした見た目のくせに男っぽい菅原は、そのギャップがとても良いと思うけど。
でも、アイツはどっちがいいんだろ。男みたいな女は嫌いだったりするのかな…。
544 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/07/15(日) 22:22:59.45 ID:xafrc21b0
『お待たせ致しました、こちらがイタリアンプリンで、こちらはアイスティラミスで…』

注文したデザート(+ミラノ風ドリア)が次々と運ばれ、議論は一時中断となった。
皆の甘い香りを掻き消すようなドリアの匂いにイラッとしつつ、ケーキを口に運ぶ。

…まぁ、美味いと思う。舌が肥えているわけでもないし、大の甘党というわけでもないので、月並みな感想しか出ない。
ただ植村の言う通り、カロリーを気にする必要がない身体になったのは有り難いことだ。
女に限った話ではないが、不要なカロリーは摂取しないに越したことはないのだから。

「ところで小澤は最近、田坂とはどうなの?」

ジェラートをつつきながら植村が話を振る。
振られた小澤はスプーンを咥えたまま一瞬きょとんとした表情を見せたが、すぐにその顔を緩ませた。
…それに対して、俺の表情は引き締まったのではなかろうか。
女体化して幼馴染と付き合っている小澤は、俺にとって先駆者だ。ためになる話が聞けるかも知れない。
気が付くと、スプーンを持つ手に力がこもっていた。

「どうって、全然らぶらぶだよ?この前の記念日にペアリング買ったんだー」
「嬉しそうにしている割には着けていないじゃないか?」
「学校で着けてて没収でもされたら嫌だもん!高いやつではないけど、そういうのはプライスレスだしね」

いいなぁぁ!いーーーーなぁぁぁあああーーー!!ちくしょう羨ましいぞ小澤ぁァァ!
俺だってなぁ!ペアリングとか欲しいっつーの!その前にまず付き合いたいっつーの!クソが!クソがッ!

「西田?頭掻きむしって、どうしたの?」
「な、何でもねぇ…続けていいぞ小澤」
「大丈夫?…えっとね、たまにケンカすることもあるよ。でもそれを乗り越える度にもっと好きになれて…」
「はいはいノロケ話ご馳走さま。まさかこのジェラートなんて目じゃないくらい、甘ったるい話が飛び出すとはね」
「聞いてきたのは植村ちゃんでしょ!?こうなったら今日は付き合ってもらうから!」

自分から話を振ったくせにうんざりしている植村を尻目に、頬に手を当てて身体をくねらせどんどん話を進めてしまう。
田坂は見た目が冴えない(男の頃の小澤も大差ないが)ので、服を選んであげたり、雑誌を持たせて美容院に行かせたりと
「彼氏改造計画」を実行しているんだとか。
確かに最近の田坂は前よりもオシャレになった気がする。
学校でしか見かけないので私服の着こなしは知らないが、雰囲気が変わってきたというか。

でも、違うんだよ小澤。俺が聞きたいのはそういう話じゃない。もっと、何つーか、実践的な話をだな…。

「まぁ幸せなのは分かった。でもよく考えたら私たち、付き合った経緯を知らなかったね。その辺も話してよ」

神が降臨した。
今日の植村は本当にナイスアシストばかりじゃないか。ちょっと見直したぞ。

「うーん…どこから話そうかな。えっと………そもそも私、女の子になりたくてね」
「何となくそんな感じするよー。女の子になって最初に学校に来た時だって、むしろ嬉しそうだったもんね」

典子の言う通りだ。俺もコイツは、女になりたがっていたんじゃないかと思っていた。
一般的な女体化者は、女になってから「戸惑う期間」が存在する。
それをすっ飛ばして、ファッション、振る舞い、書く文字さえも、急激に女になっていった小澤。
今更言われたところで、特に驚くことでもない。
545 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/07/15(日) 22:26:45.47 ID:xafrc21b0
「…結構ぶっちゃけたつもりだけど、大丈夫?引いてない?」
「ん。引いてないって。で?」
「ならよかった!でもね、女の子になりたかったって言っても、男の子の頃の恋愛対象は女の子だったんだよ?
 だからこそ女の子になりたかったっていうか…」

考えがまとまっていないのか、それとも言い辛いのか。言葉を変えながらごにょごにょと話す。
まぁ要約すれば、(二次元の)可愛い女の子が好きで、自分もそうなりたいと思うようになってしまった…というような話だ。
俺には理解できないが、やはり女体化に対する想いも人それぞれか。

「そうやっていざ念願の女の子になってみれば、今度は男の子が好きになっちゃって。今まで気にしてなかった仕草なんかにドキドキしたりね」

これには激しく同意。この身体と心は、そういう風に変化したんだから仕方ない。
思えば…涼二の汗の匂いや筋肉にドキドキしたのも、女になってすぐの頃だった。つい最近まで、それに戸惑っていたわけだけど。

「それで身近な幼馴染とくっついたってわけね」
「結果的にはそうだけど、そうなるまでに涙ぐましい努力があったんだよ?」
「つまり小澤からアタックした、と。肉食系女子というヤツだね」
「そ、その努力ってのは?どんなことしたんだ?」

何か有益な話を聞こうと必死になっている自分がいた。つい力を入れすぎて、身を乗り出すような姿勢になっていたのを慌てて戻す。
気取られてしまったんではないかとヒヤヒヤする。落ち着け、冷静にいこう。

「多分普通の女の子がやってるのと変わらないんじゃないかな。可愛い服を着て、お化粧頑張って、ご飯とかお菓子とか作ってあげたり」
「ふーん…ふむふむ…」
「でもそれでいいと思うよ。『自分はもう女の子なんだ』って自分で理解すると同時に、相手にも理解してもらうのが大事なんじゃないかって。 私はそう思ったけどね」
「自分はもう女、ねぇ…」

女になっても俺は俺。俺はそう思うし、涼二もそう言ってくれる。でもそのままじゃいけない、と。
「俺は俺」である前に「一人の女」として見てもらわなければ、進展のしようがない。曖昧な関係のままずるずるといってしまう。
そういうことを言っているのだろう。ただ、自分の中でその折り合いをつけるのはなかなか難しい。小澤や他の皆はどうなんだ?

「…何かさ、拒絶反応みたいなのが出ることってないか?服を着る時とか、化粧する時とか」
「あるあるすっげーある!いまだに女子用の制服着るのが嫌だったりするもんなー!」
「最初はあったねぇ。今では大体平気だけど…公衆浴場の女風呂に入るのは躊躇しそうだね」
「私も女の子になりたかったのに、いざなってみると違和感あったかな。何だろうね、心と身体がバラバラになりそうっていうか、
 頭が追い付かないっていうか」

急激に女になっていたように見える小澤ですらそういった経験があるのだから、俺がそう思うのも当然のことか。
まだ男としての意識が残っている中で、女としての生き方を求められること。
それに違和感や苦痛を感じたりするにも関わらず、男に惚れてしまったという事実。
それが今の俺を苛んでいる。こんな男のような女のような、中途半端な人間に惚れられる相手が気の毒にすら思う。

だからこそ人一倍努力しなきゃと思うし、もし付き合えたら人一倍尽くしてやりたいんだけど…。

「やっぱり意識の切り替えって簡単じゃないのかな。私たちには無い苦労だよね」
「うん。大変だろうけど、アンタも中曽根のこと頑張りなさいよ。応援してるし、相談にも乗ってあげるから」
「おう! ……………ん?」
546 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/07/15(日) 22:35:33.06 ID:xafrc21b0
典子の言葉に同意した植村が激励の言葉を投げ掛けてくれた。俺は極めて素直に返事をした。別におかしいところなんてない、筈なのに。
典子を見ると、「何やってんだか…」とでも言いたげな顔をして、片手で顔を覆っている。

そうだ、植村…!?コイツ、コイツは何で!?

「あ、え!?なし!今のなし!違うから!全然ちげーからバカ!!お、俺は…ッ!」
「なしじゃないし全然違くないでしょ。誤魔化せると思ってんの?」
「え、どういうこと!?文化祭の時に藤本ちゃんが言ってた『西田君が恋する乙女』って…本当だったの!?」
「てっきり冗談かと思っていたけど…相手が中曽根なら違和感もないね」
「中曽根ってあのイケメン?確かにオレが前に『狙っちゃおうかな』って言った時も、必死に拒否してたもんな。そっかそっか!あはは!」

こ、この状況…ッ!やられた…!
今日は植村が妙に優しいと思ったけど、全てこの誘導尋問に繋げるためだったのか…!
甘すぎだぜ俺…この悪魔のようなドS女が、何のメリットも無しに俺に優しくする筈がなかったんだ!

「………話の流れで、つい返事しちまっただけなんですけど。何をわけのわからんことほざいてんだ?お前」
「ちょ、手震えすぎ!コーヒーこぼれてるからカップ置きなさいよ!完全に動揺してるじゃない!」
「ど、動揺なんてするわけねぇだろ!むしろ何に動揺すればいいのか教えろコラッ!ほらほらッ!」
「はぁ…アンタ、中曽根が好きなんでしょ?」
「〜〜〜〜〜ッッ!?」

言葉が出ない。身体も動かない。唯一カップを持つ手だけは震え、テーブルに点々とコーヒーの雫を落としている。
切り返しの言葉を必死に探すが、その言葉が見つかる前から、早くも魚のように開閉する俺の口。
旗から見れば、その光景が何よりも「図星」を物語っていた。

「見てれば分かるって。最近スカート短くしてるでしょ」
「そんなのは別に…」
「それに事あるごとに、りょーじりょーじりょーーじーーー!って野良猫みたいに擦り寄っちゃって。この時は、むしろ犬っぽいかも?」
「うぐっ…!」
「極めつけはお弁当かな。最近のアンタはどうにもいじらしくってねー。何だかもう、放っておけないっていうか」
「がああああああ!そこは放っておくとこだろ!?俺の純情を弄びやがってッ!!」
「おい、そんなことしたら頭割れちまうぞ!」

恥ずかしさとか、その類の感情を消し去ろうとテーブルに頭を打ちつけていたが、隣の菅原に止められる。
よせよ菅原。生き恥を晒して生きていくよりは、このまま頭をブチ割って死ぬのもいいだろう。
痛みなんて感じない。そのかわりに、堪え難いものがこみ上げてくるのが嫌でも分かる。こんな時、女って本当に不便だ。

「…あれ。アンタ、泣いてる?」
「泣いて、ねぇよ…っ!」
「あーあ。玲美が忍を泣かせたー」
「西田君がかわいそうだよー。先生に言ってやろー」
「ちょっと、何で私が泣かせたみたいになってるわけ!?」
「この期に及んで、自分は泣かせていないと言い張れる君は本当に凄いな」
547 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/07/15(日) 22:39:23.33 ID:xafrc21b0
泣くようなことじゃないかも知れない。けど恥ずかしいんだか何だか、よく分からない感情によって、堰を切ったように涙が溢れる。
まだ人に知られたくなかった。
ようやく芽生えた小さな芽を大事に大事に育てようと思っていた矢先に、大量の水と肥料をブチ込まれた気分だった。
そんなものは逆効果。そっとしておいてくれた方が、よっぽどいい。
…何より、こんな話が広まっていくことが涼二に対して申し訳がない。

「う…うっ…!ぅぐっ…!ひっく…!」
「…玲美」
「そんなジト目で睨まないでよ…!あ、えっと。ごめんね西田?ちょっと強引すぎたかも…」

俺をハメた張本人にとっても、この展開は想定外だったらしい。正面から身を乗り出した植村に頭を撫でられる。
子供扱いされていることも癪だが、こんなことで少し心が落ち着く自分がもっと癪だ。
泣き止んだ俺を見て、ホッとしたような曖昧な笑顔を向けてくる植村を睨みつけてやる。
俺ってこんなキャラじゃなかったはずなんだけどな…。

「…私は一生懸命頑張ってるアンタを見て、応援したいと思っただけだよ。正攻法で聞いても、恥ずかしがって言わないと思ったから」
「…、くそっ…!」
「好きなんでしょ?中曽根が」
「…あぁそうだよそうですよ!涼二が好きだよ!文句あんのか!お前なんて捩じ切れろ!」
「玲美は基本意地悪だけどね。でも『こういうこと』で遊ぶような娘じゃないよ?」
「………まぁ、典子がそう言うなら…」
「はぁ…私ってそんなに信用ないわけ?何かショックかも」
「日頃の行いを考えたらそんなナメたこと言えるはずねーだろうが!」

涙を拭いつつ、取り敢えずこの女には罵声を浴びせておく。
ティッシュ…が無かったので、鼻は紙ナプキンでかんだ。ガサガサして、少し痛い。
そして今頃になって頭が割れんばかりに痛い。馬鹿なことはするもんじゃない。



一瞬気まずくなりそうだった雰囲気は何とか持ち直した。
冷えた頭で店内を見渡し、他の客からちょっとした注目の的となっていたことに今更気付く。
もっとも、こちらが落ち着いたことで興味は失われつつあるようだった。

それは良いとして、この場にいる連中にこの気持ちを知られてしまったことに変わりはないのだ。もう後には引けない。

「んじゃ改めて。…涼二に惚れた。相談に乗りやがれテメーら」
「うわ、何かいきなり尊大になってるし。さっきまでぴーぴー泣いてたくせに」
「うるせーぞ植村ァッ!もうヤケクソなんだよ!!」

テーブルを叩きながら叫んだが、店員や他の客からの目線が非常に痛い。マナーが悪いと思われるのは嫌だ。
こほんと一つ咳払いをし、話の軌道修正を試みる。…俺としてはこんな話、ここで終わっても一向に構わんのだけど。
そこは華の女子高生。簡単に解放される筈もない。
548 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/07/15(日) 22:42:11.53 ID:xafrc21b0
「まぁ相談っつっても…今は特に聞くような話もないんだけど。さっきの小澤の話で殆ど解決しちまったし」
「はいはーい!じゃあこっちから質問!いつ頃から中曽根君のことが好きになったの?」
「中曽根のどんなところに惚れたのかな?」
「学校以外の場所で何かアピールしてないの?」
「もうヤッたか?」

にこにこと生温かく見守っている典子を除いた皆が、一斉に質問を浴びせてくる。
生憎、俺は聖徳太子のような特殊能力は有していない。取り敢えず、一つずつ回答していくか。

「まずは小澤からな。えーっと…いつからってのはハッキリとは分からないんだよ。でも女体化してすぐの頃から、
 アイツが近くにいるだけで妙に意識しちゃったりとか…」
「あー、あるある!最初は気のせいだとか思わなかった?」
「最初どころかつい最近まで思ってたよ。まさか俺がアイツを…その、まぁ。好きになるなんて考えもしなかったからさー…」
 
心の何処かで分かっていて、それでも必死に否定していた気持ちだった。
認めるのが怖かったんだと思う。
自分はまだ完全に女になったつもりはないのに、そんな感情が芽生えるわけがないと。そう思っていたかったから。
認めてしまったら、親友としての関係をどうするのか。そして俺という存在が、男なんだか女なんだか、より訳のわからないものになりそうで。
…実際、認めた今はそんな感じだ。
そういう苦難を乗り越えたであろう小澤は、馬鹿にすることなく真剣に話を聞いてくれた。

カミングアウトした後でも、好きだと改めて口に出すのはやっぱり恥ずかしいものだ。
気を紛らわせようと、コーヒーカップの縁を指でなぞる。間が持たなくなるとこうするのは昔からの癖だったりする。
そんなことで気が紛れれば苦労はしないが。

「次、武井。んー…アイツ、いつも俺を助けてくれて、優しいし、料理作ったら美味いって言ってくれるし、背高いし、脚長いし、格好いいし…」
「はぁ…『坊主憎けりゃ袈裟まで憎い』なんて言うけれど、その逆だね。要は全部好きなんだろう?」
「全部か…ま、まぁな…うん。…全部、好きかもな」

涼二の見た目も中身も行動も。最近は、その全てが愛おしく思える。
それはきっと一過性のものではなくて、いくら冷静に考えたってこの気持ちは増す一方で。

好きだけど伝えられない。
そんな状況の今だからこそ、苦しさと同時に楽しさというのか、ときめきというのか、そういった類の感情が入り乱れているのだろうけど。

「もじもじしながらノロケてる…これは犯罪級の可愛さだよ…」
「この光景を…中曽根だっけ?そいつに見せれば一発で落ちるんじゃね?」
「かもね。動画撮っとこうか」
「おいィ!?早速俺の純情を踏みにじってんじゃねーかよ!」
「純情な感情は1/3も伝わらないものでしょ。ま、動画は冗談冗談」

妙に古いネタをかましながら、俺に向けかけた携帯カメラを机に戻している。
自分は男に困っていないからって、こちらを弄るのは厭味の境地だ。悪い奴じゃないのは重々承知の上だが…。

「次。あー、植村は何だっけ。もはや聞き取れんかった」
「学校以外でどんなアピールをしてるのかって聞いたんだけど」
「学校以外で、ねぇ…」

アイツが好きだと認めたのは、つい最近の話だ。耳かきをしてやったこともあったが、あの時はまだ認めていなかった。
それ以降で、しかも学校以外でとなると…これといって特にはしていない気もする。
強いて言うなら…
549 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/07/15(日) 22:47:19.38 ID:xafrc21b0
「アピールっていうか…アレだ。スキンケア、だっけ?ちょっとやってみたりとか…あとは化粧の練習したりかな…」
「ぷっ…可愛いねアンタ…」
「笑っただろてめー!ざけんな!」
「ごめんごめん、微笑ましいなと思って。まさかアンタの口からスキンケアなんて言葉が…くくっ…」
「チッ…!お前は男に苦労してないだろうから、俺の気持ちなんて分からんだろうけどさ…!」

女として生まれて容姿に恵まれている植村が、男から羨望の眼差しを浴びているのは周知の事実。
中学時代は地味だったにしても、素材が良くなければこうはなれない。妬みたっぷりの視線で植村を見ると、どうにも複雑そうな表情をしていた。
あれ、何か地雷ったか?

「…何か勘違いしてるみたいだけど。私、今まで彼氏いたことないからね?」
「あっそ…って!?えええええええー!?」

衝撃の事実だった。
この中では植村と特に親しい典子ですら目を丸くして驚いている。
女体化者だと言っても違和感のない容姿に、生粋の女というブランドを背負ったこの女。
よく、女好きそうな上級生が俺たちの教室まで見に来たり、声をかけたりしている光景を見る。大抵、のらりくらりとやりすごしているが。
とにかく、そんな女に今まで彼氏がいたことがないだって?何かがおかしい。この世の摂理に逆らった存在か?

「玲美に彼氏がいたことないって…私も知らなかった…」
「特定の相手は作らずに色んな男と遊んでる、とか?」
「はぁ…アンタら私をどんな目で見てんの?特に武井は失礼すぎでしょ!まぁ、西田にだけぶっちゃけさせるのも気の毒だからね」

各々のリアクションに呆れたような面持ちで溜息を一つ。そして、俺をハメたことに対して多少なりとも罪悪感があったらしい。
しかしながら、しれっと言っているように見えて、本人にとっては勇気のいる行動だったのだろう。額には汗の玉が浮かんでいた。

「そもそも、私は別に隠してたわけでもないのにね。皆が勝手に変なイメージを持つから、どんどん言い辛くなっていっただけ」
「言われなきゃ分かんねーよ…特にお前は…」
「しっかし勿体ねーな。お前、中学で色気づき始めた頃からモテるようになったのにさ」
「…ッ!あ、アンタねぇ!誰のために私が……………!?」

勢い余って、という表現が適切だった。慌てて口を押さえているが、今更そんな行為に意味はない。
この状況において、「誰」とは一人しか該当しないだろう。ストーリーを組み立てるために大した労力は必要ない。
中学の初期、好きな人のためにファッションに気を遣うようになった。理由としては十分。
しかし悲しいかな、その相手は女体化してしまった…大方、こんなところか。
言うまでもなく、相手は今まさにミラノ風ドリアをがつがつと貪っている、そこの似非大和撫子。
要するに、植村は菅原のことが好きだった。そして今でも折り合いがつけられずにいるのかも知れない。
何かデジャブ同時に、突き刺さるような目線を感じるんだが…。

「…玲美の気持ち、すごーーーく分かるよ」
「そういえばアンタもそうだったね…これだから鈍感な男ってのは…」
「待てお前たち!呆れたような目で俺を見るんじゃない!」
「やっぱミラノ風ドリアはコスパ高ぇよな」

自分の話をされているとも知らず、ひたすら食い続ける菅原。俺は流石にそこまで鈍感じゃなかった…筈だ。そうだと思いたい。

「ま、私の話はどうでもいいの。純粋にアンタのこと応援してるんだから」
「しょうがねぇ、信用してやるよ。そのうち何か…そうだな、化粧のこととかで相談ができたら聞くかも」
「その辺は任せて。…伊達にケバくなったわけじゃないですし?」
「あん?何だよ厭味っぽく」
「ふんっ!何でもない!」

菅原と絡むと、普段とは違う植村が見れるのは新鮮で面白い。植村もこうしていれば普通の女の子だ。
いや、 別に変な女の子というわけではないが…さぞかし男遊びが激しいのだろうと勝手に思い込んでいた上に、
実際そういうオーラが出まくっているのだ。
そこに違和感を感じるのは自然なことだと思う。普段との差に、微笑ましい気持ちになるのも当然のことと言える。
550 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/07/15(日) 22:48:47.99 ID:xafrc21b0
「取り敢えず、質問はこんなとこか?一応念押しだけど、このことは他言無用で頼むぞ。かなりマジで」
「おい、オレの質問に回答がないんだけど」
「…聞こえてません。そして既に質問は締め切ったので受け付けません」
「もうヤったの?どうなんだよ」
「あ゛ーあ゛ーー聞こえなーーーーい!!」
「もう一度言ってやろうか?このファミレス中に響き渡らんばかりの声で」
「やめろォォォ!」

綺麗な顔が悪戯っぽく歪む。
その果実のような唇が紡ぐのは非常にストレートな下ネタ。中年のオッサンですら、もっと遠回しな言い方をするだろうに。
やはりコイツの中の人は思春期真っ盛りの男子らしい。そんなことは答えるまでもない筈なのだが、妙にしつこい。

「破廉恥なこと言うんじゃないよ!や、や、ヤるとかヤらないとか…!それ以前の話をしてるところだろうが!」
「でも付き合う前にヤることだってあるだろ?」
「西田にそんな甲斐性があると思うのか?スキンケアしたり弁当でアピールしたり、思いのほか乙女チックなことばかりしてるレベルなんだから」
「うるせーよ放っとけ!」
「むぅ。どんなもんなのか聞きたかったのに」

どんなもんって…俺のここにアイツのアレが入るんだろ?そりゃ気持ち良い…んだよな?
最初は痛いって言うけど、それさえ耐えれば………って、ヤバい。想像しただけでちょっと濡れてきた。

「そういうことは私たちに聞かれてもね………あ」

処女の集まりでそんな話をされても、想像でしか答えようがない。
そう言おうとしたであろう典子だったが、ふと思い出したかのように一人を見遣る。
釣られて皆の視線もそちらに集まる。あぁ、そういえばそうだったっけ。

「…え、え!?私!?」
「無邪気な疑問を持つ菅原君に良いこと教えてやるよ。小澤は非処女だ」
「ほー、そうなの?んじゃ教えてくれよ。実際どーなんだ?」
「ど、どうって…まぁその…」

俺が初めて女子更衣室に足を踏み入れた日に、確かにそんな話になった。
植村の意外な一面を知ったこの場において菅原の知的好奇心を満たせるのは小澤しかいないし、俺自身、聞いておきたい話でもある。
小澤は自分に波及するとは思っていなかったようだが、それぞれの期待を込めた眼差しに根負けしてしまうあたり、人の好さが伺える。
がっくりうなだれると、特徴的なツインテールが胸の前にぱさりと落ちた。

「えっと、何て言うか…お互い興味津々なお年頃だから、付き合ってればそういうコトもあるんじゃないかな…あはは」
「はぐらかさないでくれよ、やっぱり最初は痛いのか?」
「そりゃ『こじ開ける』わけだから、それなりに痛いよー。こう、みちみちみちっ…!ってね」
「ぬおおお!想像しただけで痛ぇぇぇッ!」
551 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/07/15(日) 22:51:16.22 ID:xafrc21b0
各々が悲鳴を上げて顔を青くする。サイズの合わない物体を無理にねじ込むのだから、そりゃ痛いに決まっている。
痛みのベクトルが同じかはわからないが、男にとっての金的のようなものだろうか。

「痛いには痛いけど…でもやっぱり幸せだよね。この人に処女を捧げるんだって思うと、むしろ痛みがあってこそ!みたいな感覚になってくるの」
「お前がMなだけじゃね?オレ、痛いのは嫌なんだけど」
「違…いや、Mなのは違わないけども!でも実際そうなんだって!」
「わ、私は梓ちゃんの言いたいこと、何となく分かるけどなぁー…あはは」

典子が照れくさそうに小澤の言葉を肯定する。やはり、この娘は容姿が中の上でも、それ以上に男心をくすぐる何かがある。
大和撫子とはかくあるべし、とでも言えは良いだろうか?そこで無粋なことをぬかしている似非大和撫子とは違うのだ。

あぁ、この典子を男の頃の俺に見せてやったら狂喜乱舞しただろうに。そしたら人生が大きく変わったのは言うまでもないだろう。
そのifの人生と、今。どちらが良かったんだろうか。…いや、今の方が良かったと思わなければ、典子と涼二に失礼かな。

「じゃあ、えっちする頻度ってどのくらいなの?」
「え、言わなきゃダメ?………ですよねー。今は週1くらいかなぁ…」
「『今は』?」
「さ、最初の頃は毎日…してたし…」
「…お盛んだな。今の週1ってのが多いのかどうか、わかんねぇけどさ」

お盛んだと皮肉ってはみたものの。
俺だってしたい。超したい。毎日でも週1でも、出来るんならばとにかくしたい。
…彼女にしてもらえなかったとしても、せめて最初の一回だけ、この処女だけは、アイツに。
そんなもんいらねぇと言われるかも知れないし、こんなのはただの我が儘だって分かってるけど。

「でもね、大変には大変だよ?排卵期なんて完全に発情期だから私から誘っちゃうし。何か動物みたいでイヤだよね」
「「「………」」」

黙り込む俺、武井、菅原。
二人とも少し頬を染めているが、きっと自分も似たような顔をしているだろう。
気まずい沈黙が場を支配した。…心当たりがある。排卵日(と思われる日)の前後になると異常にムラムラしてしまう。
個人差はあれど、女体化していようがいまいが、女性ならばそういう人もいる。
だが、神様の気まぐれで生殖行為をするために女にさせられた俺たちは排卵期…俗に言う危険日にこそ、本能が鎌首をもたげる。
身体が妊娠したがるのだ。

「しかも、味を占めたなんて言うといやらしいけど…明らかに処女だった頃よりムラムラが激しくなるんだよね。なかなか自制が効かなくて…」
「マジか!?今より激しくなるのかよ!?」
「それはまた…困ったものだね。僕らの身体が普通の女性と違うというのは知っていたけど」
「でも不妊とか流産とかの心配が無いんだよね?産まれる赤ちゃんも絶対に健康体だって言うし」
「うん、だからちゃんと避妊しないとすぐ『できちゃう』んだって。気をつけないと!」

妊娠だの出産だの。気の長いような話にも思えるが、しかし、しようと思えばすぐにでも出来るであろうこと。
人によっては一生機会がないかも知れないし、それは俺も例外ではない。
まだ付き合えるかどうかも分からない段階なのに、話が飛躍しすぎてイメージが湧きやしない。
でもあと2年もしたら、うちの母親が俺を身篭ったのと同じ時期だ。
そりゃいくらなんでも早いとは思うものの、それは今の自分自身の行動が、今後の生涯を決める可能性すらあることを実証している。
俺は、願わくば…。
552 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/07/15(日) 22:52:56.60 ID:xafrc21b0
コーヒーの3杯目を飲み干し、膀胱の中身を空にして席に戻った頃、外の空が茜色になっていることに気が付いた。
スカートのポケットへ無造作に突っ込んだ携帯を慎重に取り出す。
俺の守護神であるキ〇ィちゃんは、誤ってストラップを引き抜くと爆音でベルが鳴り響いてしまうので注意が必要だ。
ストラップとして考えたら致命的な仕様だが、実際それに救われているので文句も言えない。

あの時の恐怖を思い出す前にホームボタンを押す。ロック画面に現れた時計は、17時を指していた。

「もうこんな時間か。俺、夕飯の手伝いがあるから…そろそろ」
「んーっ!それじゃー行きますかっ。今日はどうだった?女子会もなかなか楽しいでしょ?」

大きく伸びをしながら典子が問う。女子会というか、俺が口を割るように植村が仕組んだ罠だったわけだが…。
結果的に俺だけじゃなく、植村の素顔を知れたのは収穫だったかも知れない。

「…まぁ、たまになら参加してもいいかもな」
「なぁ、西田ってもしやツンデレってヤツか?」
「んー、ぶっきらぼうなだけじゃないの?愛しの中曽根にはツンデレになるかもだけどね」
「もう黙ってればいいと思うよお前ら!!」

がやがやと騒ぎながらの会計。高校生なので、当然の如く別々で。
世の中には男に奢ってもらうのが当然と考える、いまだにバブル脳を頭に詰め込んだクソ女がいるそうな。
まぁこの場に男はいないわけだが、いたとしても俺は絶対にそんな女にはならないと誓える。そういうトコも涼二にアピってみようか?
ちょっとあざといかな…。

「ふんぬっ!ちくしょう重てェーんだよこのドアッ!」
「西田は力がないね。体格的に仕方がないとは思うけど」
「そりゃそうなんだけど…同じ体格のウチのバカ母は超怪力なんだよな。アイアンクローなんてマジで万力だぜ?」
「私見たことないんだけど、西田にそっくりなんだって?」
「うん、秋代さん超かわいーんだよ!ホント忍にそっくりだけど、やっぱりほんの少しだけ大人っぽくて………きゃっ!」

店から出た瞬間、冷たい風が髪やらスカートやらを巻き上げる。
通りの反対側を歩いていた見知らぬ男子高校生の集団が、期待を孕んだ眼差しでこちらを見た。が、その顔は一瞬でがっかり顔に変貌を遂げた。

バカめ、こちとらハーパンやら黒パンやらで完全防備だっての。そう簡単にパンチラを拝めると思うんじゃねーぞ。

「男の頃に何度パンチラを狙ってもハズレばかりだったけど、そんなオレも今なら理由が分かるな」
「あぁ、女ってのはほぼ全員が下に何かしら履いてるもんだ……って、メール?」

パンチラの神秘について菅原と話していると、携帯がバイブっていることに気が付いた。
メールを確認する。差出人は…母さんだった。

「『あんまり調子こいてっと晩飯に満漢全席作らせるぞ』!?何か新ジャンルの折檻…っつーかこの女は相変わらず…ッ!」
「女の勘と母の勘が両方備わってるのね」
「最早そんなレベルじゃねーんだよ…色々と規格外すぎだろ…」

何にせよ満漢全席を作るのは勘弁だ。これ以上機嫌を損ねぬよう寄り道せずに真っ直ぐ帰ろう。
553 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/07/15(日) 22:55:09.47 ID:xafrc21b0
歩道を左に出る。ここで初めて気が付いたが、小澤以外は全員逆方向へ向かうようだった。
小澤も気が付いたようで、俺とあちらのグループをキョロキョロと見比べて、最後は俺に向かってニコっと微笑んだ。
気まずいわけではないが、小澤と二人きりのシチュエーションというのはなかなかない。

「じゃ、また明日!二人とも気をつけて帰るんだよー!」

典子の声に手を振って答え、二人で歩き出す。小澤の横に並んで歩いているつもりなのだが、意識して早歩きをしないと置いていかれそうになる。
脚の…!長さが…っ!違うから!仕方ないんだけど…ッ!

「お、小澤…っ!ちょっと…速いっ…!」
「あ、ごめんごめん」
「いかんせん短足なんでねぇ。すいませんねぇー」
「に、西田君は身長がちょっとアレなだけで、比率的には脚は長いと思うんだけど…」
「そうかぁ?比較対象がないからわかんね………そうだよ比較対象がないじゃねーか!ファックッ!」
「そうだよねごめん!言ってから気付いたよ!私が悪かったよねごめん!」

学校で、このくらいの身長のヤツをあまり見かけないのだ。地味子先輩くらいだろうか。
…まぁ、小中学生になら幾らでもいるけどさ。小中学生と比較すること自体、なんだか虚しい。

「でも私にも追いつけないんじゃ、中曽根君と歩くときはもっと大変なんじゃない?私より脚長いわけだから」
「………言われてみりゃ確かにそうだよな。あれ、でも俺…全然意識したことない…?」

毎朝の登校を思い返す。
涼二が迎えに来て、家を出て、定位置である右隣りを並んで歩く。そこで歩調に違和感を感じたことがない。それって、つまり。

「中曽根君が合わせてくれてるんだね。そういうとこ鈍そうなのに、意外かも」
「あ、合わせてくれてる…のかな…?」

俺から申し出たわけでもないのに、歩調を合わせてくれている。
アイツが気にかけてくれてる、ってことか?何だよ、嬉しいぞ…。

「ア、アイツさぁ。最近また身長伸びて、そろそろ180になるかもって。そんだけ身長あって俺に合わせて歩くって、ちょっと大変だよな」
「大変だろうねー。それをさりげなく合わせてくれるなんて凄く優しいよ!やっぱり西田君のことが大事なんだって!」
「あ、はは…そうかな?そうだと、いいよな…」

下手に期待をしたら、この恋が実らなかった時のダメージが増大するだけだ。だというのに、小澤の言葉に妙な希望を持ってしまう。
ぽりぽりと掻いた頬は、しっかりと熱を持っていた。頬を撫でる空気がとても冷たいにも関わらず。

「ところでね。中曽根って…まだ童貞だったりする?」
「え、あ…そのはずだけど。俺の知る限りは」

アイツに好きな女がいるとは聞かない。いるのなら俺に報告があってもいい筈だ。…そんな報告があったらショックで寝込むかもしれないけど。
つまり、このまま放っておいたら国営に行くのも時間の問題ということ。アイツがバイトを始めたのも、元はと言えばそのためだ。
そりゃ、素人女よりもソープ嬢で筆おろしをしてくれた方がまだマシではある。政策と金の上での関係なのだから。
だけどもっと超超超身近なところで金を使わずにヤれる、(好みかどうかは別として)そこそこの女がいるということを理解してほしい。
そこに手を出してこないということはやっぱり、俺のことなんてどうとも思っていないのか…?

「アイツ、国営に行くって鼻息荒くしてたよ。…もう、あんまり猶予もないし」
「そっかー。そうすると、西田君にも猶予がないよね」
「…ん。そうだな」
「そうだなって、いいの?中曽根君の『初めての人』を他の人に取られちゃうんだよ?…これって普通は男の子が考えることだけど」

少し浮かれていた気持ちが一気に沈む。そんなことは言われるまでもない。
けど、踏み出す勇気も、その勇気を捻出するための時間も。その逆に、諦めるための時間も、何もかもがない。
女体化してすぐにこの気持ちに気付いて…いや、認めていたら、また違う状況だったのだろう。
典子の時だって手遅れだった。今も、手遅れになりつつある。そうならないように行動をしたいけれど、勇気も時間も以下略だ。
554 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/07/15(日) 22:58:43.38 ID:xafrc21b0
「…わかってるよ、そんなことは」
「確かに悩む時間は必要だよね。ただでさえ私たちは、普通の女の子にはないハンデを負ってるわけだし」
「そうだろだろ?だからどうしようも―――」
「だからね。そんな西田君には、この…」

苦虫を噛み潰したような顔で恨めしい目を向ける俺をスルーして、鞄をまさぐる。
アニメのキャラ物らしきキーホルダーが視界の端で揺れている。何故だか小澤の手元から目が離せず、
それがどんなキャラなのかはまるで分からない。

「魔法のアイテムを進呈しちゃいますっ!」

そんな軽いノリで彼女が取り出したのは、カラフルで小さなプラスチックケースだった。
この何の変哲もない、ともすれば100円ショップあたりで手に入りそうな代物。これのどこが魔法のアイテムだと言うのか?
そのケース…自称魔法のアイテムを、手を取られて半ば強引に握らされた。カラカラと、中に何かが入っているような手応えがある。
…どうやら中身が肝のようだ。

ぽかんと見上げた小澤の顔はいつもと同じ美少女で、その表情はいつもと同じ天真爛漫。しかしどこか、妖艶さを湛えているような気がした。

「出番が無いに越したことはないけど。お互い初めてだと『暴発もあり得る』し、どちらかが『強引にそうしちゃう』かも知れないしね。
 保険に持っておくといいよ」
「ちょ、ちょっと待て!何なんだよこれ!?」
「だから魔法のアイテムだってば。でも100%効果があるとは限らないから、使うのは自己責任でお願いね!私は大丈夫だったけど」

俺をからかうかのように遠回しな説明をしてくる。
その表情はやはり妙に艶っぽく、このケースの中身が、普通の女子高生が日常生活で必要とする物ではないことを予感させる。

…埒が明かない。中身を確認するしか。

「開けていいか?つーか開けるぞ」
「どーぞどーぞ。つまらない物ですが」
「つまらない魔法のアイテムって言われてもなぁ…」

ケースは難なく開いた。中には錠剤らしき物が鎮座していた。何だ、これ…。

「ヤバい薬…じゃないよな…?」
「そんなの持ってるわけないでしょ!ピルだよ」
「なんだピルか。………え?」
「ピルだよ?避妊薬の。あ、でもこれは『後ピル』ってヤツだから、緊急用ね」
「〜〜〜っ!?!?」

動揺して手に持ったケースを危うく落としそうになり、お手玉状態から持ち直す。
…避妊に失敗しても妊娠を防げるという薬。小澤が魔法のアイテムと言ったのは言い得て妙かも知れない。
存在は知っているが、実物を目の当たりにするのは初めてだ。
違法薬物でも何でもないのに、とんでもない物を見てしまったような気がしてならない。

「…西田君って案外『うぶ』だよね」
「だってお前さぁぁぁ…!こんなの…!」
「本当は産婦人科で処方してもらった方がいいんだろうけど…ネットで買ったんだ、それ」
「そんなんで大丈夫なのかよ?割と重要なことだろ」
「にょたっ娘用に調整されてるタイプだから大丈夫だと思うよ。ネットでも高評価だったし、実際私も問題なかったし」
「へ、へぇー。そうっすか…」

小澤がこんなものを平然と持っているのが衝撃だ。彼女が「これを使わざるを得ないようなこと」をしたのかと思うと…その生々しさに頭がくらくらする。
こちらが恥ずかしくて小澤の顔を見れない。…その前に、小刻みに震える手に収まった薬から目が離せない。
555 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/07/15(日) 23:06:10.24 ID:xafrc21b0
「まずね、ピルって言っても種類があって…」

使用方法や副作用について、小澤の説明が講釈が始まる。使いどころがあるかは分からないが、一応ちゃんと聞いておいた方が良さそうだ。
曰く、子孫を残す能力に長けた…というより、そのために存在している女体化者には、普通のピルでは効き目が薄いんだそうな。
…事も無げに話す小澤は妙に大人っぽい。俺の知らない色んな領域に、コイツはとっくに足を踏み入れているのだ。
しかし俺の事を「うぶ」だと言ったが、割合で言ったら避妊薬の世話になる女子高生の方が珍しいんじゃないのか?俺が遅れてるだけ?

「飲むなら『行為後』72時間以内に。それも、出来るだけ早い方がいいみたい」
「行為後って…まだそういう展開になるかもわからんのだけど…」
「そんなこと言ってる猶予は無いんでしょ?この際だから言うけど、実は私も似たような境遇だったんだよ。
 ていうか、誕生日前の童貞君に恋した女の子は皆そうだと思うけど」
「でも結果的に、告白したから付き合えてるんだろ。その勇気が凄いよな。…俺にはとてもできねぇ。羨ましいな」
「…あのね。私ね、思うんだけど」

不意に今の小澤にしてはこれまた珍しい、抑揚のないトーンで呟く。
何かに苛ついたような声色。俺の何らかの発言が原因であることは明らかだろう。
何だ?何か気に障ることを言っただろうか?普段怒らないキャラだけに、今の小澤が少し怖い。
恐る恐る隣を見上げるが、視線は交わることはなかった。俺を見ることなく、じっと正面を見据えている。

「宝くじを買わない人が『宝くじ当たったらアレ買ってコレ買って』なんて妄想するのは、ちょっとどうかなって思うんだよね」
「…!」

飛び出したのは、何か言われるだろうと身構えた、そのキャパを超える言葉だった。
こんな時、何と表現すれば良いのか。頭をぶん殴られたような?心臓を締め付けられるような?…とにかく、そんな感じだった。
大した努力もしてないくせに、付き合いたい羨ましいなんて。そんなことばかり言ってる俺は甘いと。つまりそう言っている。
例え話にしたのは小澤の持つ優しさか。しかしそれでも、優しい小澤にこんなことを言われたことに少なからず動揺やショックを受けてしまう。

「西田君がいっぱい努力してるのはわかるし、青春って感じが凄くいいの。でも、逼迫してる時にするコトとしては…ちょっと甘くないかな?」
「…」
「言い方、キツくてホントにごめんね。でも、その人のことが本当に好きなら。普段は出せないような勇気が出るものだって、私は思うよ」
「そう、だな…」

小澤の言う通り、俺のしていたことは、もっとゆっくりと相手に好いてもらうための時間がある時でなければ意味がない。
俺は「もし付き合えたら」とか「もし結婚したら」とか、そんな妄想をしていた割には、手ぬるいアピールしかしていない。
一歩を踏み出す勇気がなくて、当たり障りのないラインをうろちょろしているだけ。それで『相手から寄ってくればラッキー』と思っている。
本気で危機感を感じるならば、勇気なんてもっともっと湧き出る筈なのに。
典子の時に散々後悔したじゃないか。あの時、うじうじしている間に全て手遅れになったじゃないか。
そして今だって、また手遅れになりかけてるじゃないか…!

「中曽根君が風俗でフデオロシするのを待って、その後でじっくり攻略するのなら止めないよ。でも、西田君はそれでいいの?」
「…いやだ」

素人女よりもソープ嬢で筆おろしをしてくれた方がまだマシではある。政策と金の上での関係なのだから。
…でもそれは、マシなだけで。嫌なことに変わりはなくて。
決心するんだ。結果がどうであれ、また後悔するくらいなら…この気持ちに賭けるんだ。
これまで事なかれ主義的に生きてきたけど。今、この人生最大の勇気を振り絞らなければ…二度とこんな機会はないかも知れないから。

「…うん。ちょっと勇気出たかも」
「もー。西田君は、うぶな上にヘタレなんだから」
「う、うるせぇっ!」

言いたいことは言い尽くしたらしい。既にいつもの彼女に戻っていた。飴と鞭のつもりか、頭を撫でてくる。

「もし失恋したら慰めてあげるから、私の胸に飛び込んでおいで!全裸で!」
「最後の一言が余分だよ!コイツが手芸部なの忘れてたよ!つーか彼氏いるくせにいいのかよ!」
「目一杯可愛がってあげるよ?彼は百合好きだから、むしろ喜んでくれると思うけどなぁ。…まぁ、ホントに応援してるんだよ。
 月並みだけど、上手く行くといいね」
「…ありがとな。さて、俺こっちだから。それじゃ」
556 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/07/15(日) 23:08:17.70 ID:xafrc21b0
大通りの交差点で今日はお別れ。
夕日で影を伸ばしながら去っていく小澤の背中を一目振り返り、喝を入れてくれたことに感謝する。

でも、ごめん小澤。小澤はきっと、俺が「告白する勇気が出た」と思ってる。
…違う。それは無理だ。
決心したのは、アイツに処女を奪ってもらうこと。矛盾しているようだが、決定的に違うことがある。

―――国営風俗に高い金を使うなんて勿体ない。親友のよしみだ、俺で我慢しとけ。なに、今まで世話になった礼だと思ってくれれば。

そういう展開に持ち込むんだ。
確かに好きだと伝えて、付き合えるのならそれに越したことはない。けど、もし失敗したら絶対に今までの関係ではいられない。
片想いをし続けて、相手もそれを知っていて、そんな状態で平然と接していられるものか。結局いつか疎遠になるのがオチじゃないか。
…だから伝えない。そんなリスクは負えない。アイツを失うくらいなら、俺はこの気持ちを隠し続ける道を選ぶ。

わかってる、最低な考えだってことは。でも、もうそれしかない。
片想いで終わってもいい。ただ性欲をぶつけられるだけの行為でもいい。そうだとしても後悔しない。
付き合うことが出来なくても、最初の一回をアイツに捧げたい。そしてアイツにとっても初めての女になりたい。
そうすれば、お互いの心と身体にお互いの存在を一生分、刻み込めるような気がするから。
そのチャンスを、風俗だろうとそうでなかろうと、他の女に渡してたまるものか。

もしも拒絶されたら?
…その時は土下座でも何でもしてやる。惨めだろうと構わない。それで忘れてもらって、また今までの関係に戻るんだ。
アイツは優しいから、何事もなかったことにしてくれる…と思う。『決定的に違うこと』というのは、これだ。
本当の気持ちを伝えてしまったら、こうはいかない。
卑怯な方法だし、ヘタレだってことも自覚してる。でも、そのくらい俺の人生においてアイツの存在は大きいから。

そうと決まれば、まずは…アレだろうか。
真っ直ぐ帰るつもりだったが、確かこの近くにはバス停があった筈だ。行ってみるか。母さんには一報入れておこう。

「…もしもし」
『うぃー。何だコラ』
「帰りちょっと遅くなる。夕飯の買い物してくるけど、別件の買い物もしなきゃならなくなった」
『満漢全席の材料か?』
「んなわけねーだろ!正気の沙汰じゃねぇぞ!」
『ふーん…ま、いいけどよ。アタシはアタシで冷蔵庫の中にある物で始めとくし』
「悪ぃ、なるべく早く帰るから。そんじゃ」

よし。決戦に挑むための装備を調達しに行くぞ。
557 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/07/15(日) 23:10:33.85 ID:xafrc21b0
バスに乗って辿り着いた先は、女体化した翌日に母さんと買い物に来たデパートだ。
初めて自分の、女物の衣類を手に入れた場所。今思えば、女としての西田忍が始まった場所と言えなくもない。
と言ってもそんな思い入れのある場所ではなく、日常的によく来る場所なわけだけど。

さて。
夕飯の買い物もここで済ませてしまうつもりだが、その前に…この店だ。
決まりがあるかは知らないが、暗黙の了解で実質男子禁制の体を成している、この店。
前を横切る男性客は意識的に目を向けないようにしているかのようで、足早に通り過ぎていく。
カラフルな色彩とは裏腹に、この店から男に向けて放たれるプレッシャーは半端なものではない。

女である俺には、堂々とこの店に入店する権利がある。…筈なのに入り口でたたらを踏んでしまうのは、女になりきれていないからだろうか。
今からたった一人でこの店に入るのかと思うと、全身から嫌な汗が噴き出してくる。
店内を覗くと、客は女子高生やら、女子大生風のお姉さん方やら、仕事帰りのOLやらばかり。
お一人様のOLはまだいい。問題は女子高生、女子大生だ。コイツらときたら、ツレとわいわい楽しげに商品を選んでいて、
可愛らしいかったり妖艶だったりする「それ」を広げ、見せ合い、身体に当てて合わせてみたり。

何と言うか、アレだ。初めて学校の女子更衣室に入った時の気分が蘇る。
女体化した翌日この店に来た時は平日の昼間だったからか、客は俺たちしかいなくて、まだ入りやすかったのに。
他の客がいるだけで、こうも雰囲気が変わってしまうものなのか。
こんな空間に足を踏み入れるのか?あまりにも俺は場違いすぎやしないか?

…そうだ。買い物なんてネットでもできるわけだし、無理してここで買わなくても。
……いや、ここで根性を見せないでどうする。この程度のことも出来ずに、この先に進めるものか。そのために用意する「物」なんだぞ。
………いやいや、別にネットで買ったって「物」は変わらないし、その勇気はいざという時のために温存しておいた方が…!

「いらっしゃいま…あら?どこかで…あぁ!お久しぶりです!今日はお姉さんと一緒じゃないんですね?」

そんな入り口でキョドっている俺を見かねてか、店員のお姉さんが近付いて来た。
あ、この人って…。

「どーも。ちなみにアレは姉じゃなくて母親ですけど」
「そうだったんですか?若いお母さんで羨ましいですねぇ。さて、今日はどうされました?」
「えっと…その。下着を買おうと思って…」

ここはあの日、初めての下着を買った、若い女向けのランジェリーショップ。
始まりの場所に戻った…などというと厨二病じみている気もするが、
「生活に必要な衣類を買いに来たあの日」と「とある目的のために来た今日」の心境を比べると、妙に感慨深くて困る。

幸いと言うべきかも知れない。あの時の店員さんが売場に出ており、しかも俺のことを覚えていた。
こちらの腰が完全に引けているのを見抜いてか、自然と店内に導いてくれる。今回も世話になろう。

「どういった物をお探しです?」

取り敢えず店内に入ったものの。
商品を手に取って見るでもわけでもなしに、落ち着きなくそこらを見渡していれば、そう声をかけるのは当然と言えば当然だろうけど。

…言わなければならないのか。俺が探しに来た物を。
そりゃあ、俺とてアテもなく来店したわけではない。漠然とだけど、こんなものが欲しいという希望もある。
けど、まさか俺が、この俺がこんな言葉を口にしなければならないのか。こんな、女みたいな言葉を…!
558 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/07/15(日) 23:13:16.83 ID:xafrc21b0
「あ、アレな感じの…」
「…アレと言われましても」
「うぐっ…か、かか、か…」
「か?」

顔から火が出るとはまさにこのことを指すのだろう。むしろ顔どころか全身からメラ〇ーマが噴き出しそうだ。
俺の中に残った男の部分が、言うんじゃないと全力で抵抗している。

でも、捩じ伏せるんだ。
涼二に気に入ってもらえるような下着を着けて、アイツを誘うんだから。このくらいのことで立ち止まっていられない。
言うんだよ、俺!

「か、可愛いヤツが、欲しくて…」

そうだよ。俺は可愛い下着が欲しいんだ。別に趣味が変わったとか、そういうわけじゃない。勝負下着とかいうヤツを買いに来たんだよ。
可愛い下着を武器に迫れば、もしかしたらアイツもその気になってくれるかも知れないから。そういう打算的な理由で。

「…」
「…」
「…ひょっとして。好きな男の子、できました?」

微妙な間を経た後、ひらめいたとばかりに店員さんが口にする。
…学校の連中ならともかく、この人に隠したって意味はないか。素直に、こくりと頷いておく。

「…何でわかったんすか?」
「ふふ。元男の子が一念発起して可愛い下着を買いに来る時は、好きな人ができたから…ってケース、結構多いんですよ?」
「考えることは皆同じかよ!」
「でも、いいですねぇ。何だかこっちまでワクワクしちゃいます!」
「はぁ…」

ワクワクする、か。
自分自身や友人の中だけでなく、完全な他人にそう言われるのは、この恋がこの世界で認められたかのようで。
恥ずかしくもあり、少し嬉しくもある。
先駆者たちの恋は実っただろうか。最初から実らせる気のない俺のような輩はどれだけいただろうか。きっと少数派だろうな。
テンションが上がっている店員さんには申し訳ないが、あまり純粋な恋とは言えないと思う。

「当店は可愛い下着の品揃えに自信がありますから。任せてください!」
「じゃあ、また適当にお願いします」
「そんなんじゃダメです!大好きな彼に喜んでもらうための物なのに、私が選んだら意味がありませんよ!」
「こ、声デカいっすよ!」
「あっ、ごめんなさい!私ばかり燃えてしまって…」

おい、そこのJKとJD。微笑ましいものを見る目で俺を見るんじゃねぇ。
あとOLは青春時代を思い出したかのような遠い目はやめろ!
ちくしょう、とにかく品定めだ。意地でもクソ可愛いヤツを見付けてやる。
559 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/07/15(日) 23:15:57.12 ID:xafrc21b0
「…むぅ」

一先ず周りを見渡してみるが、何がいいのやらさっぱり分からない。
心境は変わっても、この辺のセンスは全然あの日から進歩していないらしい。
目に入るどれもが可愛いと言えば可愛いような気もして、だからこそ選びようがないのだ。

…勢い任せに来るんじゃなくて、少しは勉強しておくべきだったか。
来る途中のバスの中、携帯で少し調べた限りでは、今時の勝負下着の人気色はピンク、次点で黒らしい。
可愛いくてガーリーな感じと言えばやはりピンクだろうが、流行に右習えというのも芸がないような気がする。
にょたいカフェで無理矢理着せられた悪夢の衣装を思い出すし。

かと言って、黒か…。
似合うのか?このちんちくりんボディに。胸だけはいっちょ前だけど。植村のような女なら似合うとは思うが…。

前に気になったのは…あった、アレだ。あの迷彩柄のヤツ。
でも可愛いのとは路線が違うし、「勝負」下着と言っても戦闘行為を行うわけでもないし。
だったらいっそ光学迷彩とか?いや、それこそ戦闘用だ。ぐぬぬ…!どうすりゃいいんだ…!

「お相手の好みは?」
「わかりませんね…」
「では僭越ながら、私からアドバイスを」

この体たらくを予想していたのか、頭がオーバーヒートする前に助け舟を出してくれる。
その顔は「これだから元男は世話が焼けるよ」とでも言いたげな苦笑い。
俺のように勢いだけで来てしまった元男が過去に何人もいたのかも知れない。顔も知らない誰かに、妙な親近感をおぼえる。

「助かります…」
「今からとても失礼なことを申し上げますが、お気を悪くされたらごめんなさい」
「どうぞ。ばっちこいですよ」
「よく、お子様扱いされません?」

それだけ真摯に考えてくれているということだろう。多少の無礼なんて構うものか。
…そう思っていたけど。
こ、このアマ…!人が気にしてることをぉぉぉぉッ!
くそッ、でも何か大事なアドバイスの筈なんだ!ええい、静れ!俺の怒りよ!

「…ッ!…ッッ!!」
「無言で地団駄踏むのはやめてください!…えー、ですから。そこからのギャップで攻めましょう。ずばり、エロ可愛い系で!」
「え、え、えろかわ…!?」
「はい。幸い、お胸はとても立派ですからセクシーな下着も意外とイケてしまう筈です。その『意外さ』が良いんです」
「…でも、身長とか」
「そこは可愛い系の色合いにしてみてはどうでしょう?形はセクシー、色はキュートな感じで」
「ふむ…なるほど」

となると、ある程度は絞られてくる。
店内さんは、それ以上のことは言ってこない。最後はあくまでも自分で選べということらしい。

形はセクシー、色はキュート。
悪く言えば「どっちつかず」だが、今回はあえて「美味しいトコどり」であると思いたい。
相手の好みから大きく逸脱してしまうリスクはかなり減るだろう。
清楚な白が好きだと言われたら詰みだが、今は自分自身と店員さんの感覚しか頼れるものがないのだ。

「分かりました。その線で探してみます」
「また何かありましたら、声をかけてくださいね」

つまらん恥らいは捨てろ。客観的に考えろ。そうすれば、きっと良い物が見つかるだろう。
さぁ、どれにしようか。
560 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/07/15(日) 23:19:32.53 ID:xafrc21b0
「…ただいま。座ってろ、後は俺がやるよ」

買い物を終えて帰宅した。
ハイボールをあおりながら夕飯の支度をしている母さんに声を掛け、テーブルに荷物を置く。

「遅かったな。つーか今更だけど、全部アタシがやってもいいんだぜ?女体化者は悪阻なんて無いに等しいんだから」
「いいって。ばあちゃんに手伝ってやれって言われてんだよ」
「チッ、ババァめ…余計なこと言いやがって。つーか、何かあったのか?妙に嬉しそうだけど」
「あ…いや、別に?」

危ねぇ。
自分でも気付かぬうちに、すっかり気分が高揚してしまっているようだ。
この気分は何だろうか?嬉しそうに見えたらしいが、嬉しいとはまた違う。
小澤にピルを見せられた時もそうだったが、イケナイ物を手に入れてしまったドキドキ感かも知れない。
何にせよアレを見られるのは非常にマズい。落ち着かなければ。

「…まぁいいか。シチューのルー、買ってきたか?アレがないとこれ以上進まねぇぞ」
「あぁ、それならその袋に―――」

袋を指差したところで気が付いた。
食品が入ったビニール袋の横に、下着の入ったランジェリーショップの袋も一緒にテーブルへ置いてしまってある。
その事実を認識すると同時に、背筋に冷たいものが走った。

一仕事終えたからって気を抜きすぎだ、何をやってんだ俺は!?ヤバい、アレを見られるわけには…!

「えーっと、あったあった。…お?この袋って、あの下着屋か?」
「ん。ちょっと友達と買い物行ってさ。付き合いで買っただけだよ」
「ふーん」
「そこだと邪魔になるな。ちょっと部屋に置いてくるわ」

我ながら完璧な演技をしつつ、「見る程の物ではない」ことをさりげなくアピールして冷静に袋を回収する。
最近こんな状況に陥ることが多いので、いい加減誤魔化すのにも慣れたのだ。
よし、このまま部屋に持ち帰って隠しておけば…

「…待ちな。アタシの母親センサーが何かに反応してやがるぜ」

踵を返して一旦台所を出ようとしたところだった。
がしり、と袋を掴まれた感触。鋼のように重くなった袋は1ミリも動かない。
今時使う人が少なくなったフリント式100円ライターの音と、セブンスターの香りが鼻をつく。

「はぁ?何言ってんだ?」
「いやなに、ちょっと気になっただけさ。最近の若ぇのがどんな下着を選ぶのか興味もあるし。ちょいとアタシに見せてみな」

じっとりと背中を伝う汗を感じながら、あくまで狼狽えた素振りを見せずに振り返る。
正面に捉えた女の表情は、「ちょっと気になった」などというレベルではない。新鮮な生贄を前にした悪魔の笑顔だ。
…俺のリカバリー行動に落ち度はなかったのに。思考を読まれた?またチートスキルか…!

「見せる程のもんじゃねぇよ。どうせそのうち洗濯だってするんだから、今じゃなくても」

「見せる程のものではない」のではなく、「とても親には見せられない」のが正解だ。素直に見せられるわけがない。
どうせコイツの出番は一度きり。それまでは封印しておいて、用が済んだら捨ててしまうつもりだった。だから、実は洗濯する機会などないのだ。
今だけこの言い訳で凌げば、後はどうにでもなる…!

「だったら今見たって同じことだろうがよ。それともアレか?とても親には見せられない感じのヤツか?」
「そ、そんなんじゃ…別に普通の…」
「そうかい。なら、忍ちゃんは良い子だもんねぇ。何を買ったのかママに見せてみよっかぁ〜?」
「うるせーよバーーーカ!見せろって言われると見せたくなくなるお年頃なんだよ!」
「残念だったな!アタシは見せたくないって言われると見たくなるお年頃なんだよ!」
561 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/07/15(日) 23:26:07.94 ID:xafrc21b0
完膚なきまでにジリ貧だった。このまま押し切られるのは時間の問題だし、拒否すればするほど食い下がってくる相手だ。
袋に加わる力は更に強くなる。それに抵抗して、こちらも更に力を込める。もはや無言の争いだ。
しかし相手は大の男をもケンカで潰せる鬼女。女体化しても何故か筋力が落ちなかったという希少種。こちらの勝ち目は無いに等しい。
本来ならばとっくに奪われていてもおかしくないのに、未だにそうなっていないということは、遊ばれているのかも知れない。

何か、何かないのか…!?この状況を打破できる何か…!



「何か騒がしかったけど、どうしたの?親子喧嘩?」

背後のドアが開くと同時に、聞き慣れた優しい声がする。
…来た。この状況を覆せる存在が。この鬼女の数少ない泣きどころである、親父が来た…!
天は俺に味方したのだ。正義は勝つのだあああッ!

「あ、け、ケンカじゃねぇよ?いつもの親子のじゃれ合い的なアレさ。あはは…」
「そうなの?ならいいけどね。何だか揉めてるみたいだったから」

握り締めていた袋をパッと手放し、ひらひらと手を振って見せる母さん。それまでびくともしなかった袋が、急激に重さを失う。
…俺は体重をかけて袋を引っ張っていた。つまり、どうなるか。

「げっ!?どわああああ!!!」

…つまり、後ろにいる筈の親父に目掛けて体重が解き放たれるわけで。
人間としては大して重くないとは言え、数十キロはある物体が突然突っ込んでくるのだ。
俺もだが、親父にも怪我の一つくらいは覚悟してもらうしかない。
すまん、恨むならアンタの嫁を恨んでくれ。南無三…ッ!

「…!?危ない!」

どかっ、と肩に重い感触。そのまま尻餅をつくが、思ったよりも痛みはない。
一緒に尻餅をついた親父の手が俺の肩を支えていることに気が付いた。
そうか、受け止めてくれたんだ。まさか親父がこんな機敏な動きをするとは思わなかった。

「あいたた…忍、大丈夫?」
「あっはっは!アンタにしちゃあ上出来だなぁ!」
「あ、あぁ…助かったよ。クソが、これも全てあの女が悪…って、うわあああああッ!」

くらくらする頭を押さえながら顔を上げると、勝ち誇ったような顔をした母さんが。
そしてその手に持って、これ見よがしにぶらぶらさせている物。

「お、お、俺のブラとパンツ…!?んな、なななな…!」
「お前がすっ飛んだ時に袋の中から飛び出したんだ。心優しいアタシが、汚れねぇように床に落ちる前にキャッチしてやったんだ。感謝しろよ」
「…下着?眼鏡落としちゃったな、全然見えないよ」
「見なくていいだろ、娘の下着なんざ。まじまじと見たら嫌われるぜ?ほら、眼鏡はここだ。アンタはあっち行ってな、飯できたら呼ぶからよ」
「あはは、それもそうか。男は肩身が狭いね、退散しますか」

眼鏡を失った状態の、ド近眼の親父にはぼんやりとしか見えていないらしい。
母さんが手渡した眼鏡をかけると、そそくさと退散していった。
この間、あまりのショックで声が出せずにいる俺。
いくら目を見開いて見ても、母さんが手にしているのは紛うことなく先程買った筈の…勝負下着。
562 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/07/15(日) 23:38:56.02 ID:xafrc21b0
結局、形だけでなく色も美味しいトコどりとばかりに、ピンクと黒を両方取り入れることにした。
ブラ、ショーツともに全体的にはピンクだが、周りを黒いレースで縁取ってある。
なので甘くなりすぎず、そこはかとなく大人な雰囲気が漂う逸品だ。
やはりピンクには抵抗があったものの、最近は男物でもピンクが増えてきていると言うし、変なイメージは捨てることにした。
客観的に見て似合うと判断したまでだ。そして…

「さて、なかなか可愛い色にしたなぁ?アタシも嫌いじゃないぜ、こういうの。でもTバックなんてガキのくせに生意気…って、
 何だこりゃ!?ひもパンじゃねーか!?」
「ぎゃああああああああ!返せえええええええええええッ!!」
「Tバックは…まぁ普段履きでもおかしくはねぇが…ひもパンってお前…」
「お、俺の人としての尊厳をッ!これ以上踏みにじるなあああッ!」

そう。
ゴムではなく、細い紐を腰の横で結ぶタイプのショーツ。
俺も実物を目の当たりにするのは初めてだった。しかしその強烈なインパクトは、ひもパン以外の選択肢を全て奪い去るのに十分すぎた。
普段履きには使い辛いですよ…という店員さんの忠告も逆に気に入った。
勝負を仕掛けるのだから、日常的に使えるような生温い物ではいけない。
実用性がオミットされ、限定的な使い方しか出来ないコイツこそが、勝負下着にふさわしい…と。そう思ってしまったのだ。
ちょっと可愛いくらいの下着なら、まだ見せても良かった。しかし、ひもパンなど親に見せられるわけがないのだ。
だから頑なに拒んでいたというのに。

「ふむ。…するってぇとアレか。勝負パンツか、コイツは。涼二君はこういうの好きなのかね?」
「ち、違っ…!わけのわからんことを言うんじゃ―――」
「なんならアタシの下着貸してやるのに。ひもパンは流石にねぇけど」
「いらねえええよ!母親の下着とか誰得だよ!!?」

母さんは「こりゃ面白いもん見つけた」とばかりに、俺をからかいながら下着を見ていた。
しかしふと、俺と目が合ったタイミング。一瞬フリーズしたかのように静止して、再び動き出した時にはその顔からふざけた笑みは消えていた。
醒めたような、射抜くような、探るような、何とも言えない目でこちらを見ている。

「…?おかしいな。お前、良くねぇ目をしてやがる」
「何を…」
「ろくでもねぇこと考えてるような、そんな目だぜ。そいつは」
「…」
「…ま、いいさ。後悔のねぇようにやりゃあいい」

煙草を揉み消し、飲み干したハイボールの缶をぐしゃりと握り潰して、下着をこちらに渡しながら少し寂しそうに言う。

見抜かれてるな、きっと。勝負下着なんて買ったくせに、最初から勝負を投げていることを。
先程の発言からして、俺が涼二に惚れたことにも気が付いているだろう。
けど世の中、アンタら夫婦のように結ばれる幼馴染ばかりじゃないんだ。
…後悔なんてしないよ。むしろ後悔しないために、俺はこの選択をしたんだから。

「さぁ飯の支度だオラァ!さっさと終わらせるぞ!」
「いてっ!自分でやるって言ったくせに!?」
「気が変わった!みっちりしごいてやる!」

握り潰した缶をゴミ箱へ華麗にぶち込むと、ガシャンと甲高い音がした。
その音を合図にいつもの調子に戻って、俺の尻に膝蹴りをかましてシンクに向かわせる。

しみったれた話はもう終わりだ。美味い飯を作って、食って、風呂に入って寝るんだ。
それで、料理に「母親の手伝い」以上の意義を見出だすのも、もう終わりにしよう。これからは、それ以上でも以下でもなくなるんだから。
…そう考えたら、何故だか胸が痛むけど。気のせいだって、思っておこう。

「―――良いもんだぜ。惚れた男と一緒になるってのはよ」

手を洗うために流した水の音に紛れて、母さんの呟く声が聞こえたような気がした。
563 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/07/15(日) 23:58:44.43 ID:xafrc21b0
いつも見て下さっている方々、ありがとうございます。今回は以上です。

ここまで来たらもう後に引けないわけですが…書けるのか、俺!?
書き始めた当初にぼんやりとしか考えていなかった展開を纏めるのが、そろそろ苦しくなって参りました!
我ながらな何故こんな展開にしたんだぜ。
それと超今更ですが、このお話は妊婦や未成年の喫煙・戦闘行為を推奨するものではありませんのであしからず…

いつもながら◆Zsc8I5zA3U氏の投下量には頭が下がります
短期間でこんなにゴリゴリ書けるのはホント凄いです そして美少女の嘔吐シーンが俺得すぎたwww

◆nMPO.NEQr6氏もv2eaPto/0氏もアリスロッドの人も、いつもお疲れ様でございます!もっとスレが賑わうといいですねー

ではまた!
564 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) :2012/07/16(月) 00:54:09.93 ID:om8f0Bfu0
乙であります!
暫く姿が見えなかったので心配してました、主婦は他にもいるか期待です

そして可愛いよ、ピュア過ぎてやきもきしてしまいますよ
565 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage saga]:2012/07/16(月) 16:49:52.46 ID:rP4SHzvF0
乙です。初々しくてニヨニヨが止まらない
西田ちゃんも良いけどあずにゃんも可愛いです^p
566 :蒼と朱のアリスロッド [sage saga]:2012/07/16(月) 20:02:15.95 ID:rP4SHzvF0
短いけど投下しますよっと。ほぼ説明のための回です。




 幕間 ベルンハルトの思惑


 グレイグの殺害はさすがに予想を超えていた。
 当初の計画が狂いに狂い変更を余儀なくされたが、目的は変わらない。それまでの過程はど
うあれ、結果さえ見いだせればあの子は自由になれる。ここに来てから何度も作戦を練り直し
たが、こうして穏やかな風にあてられながら今後を考えるのも悪くはない。

「さて、どうしたもんかねぇ……」

 俺たちは基本的に、断罪部隊と同じ捨て駒だ。平等を謳うあの国で人形と人間の立場が同じ
というのは、甚だ矛盾を感じてならないが、国家にとってより上位の概念――道具という分類
からすれば人と人形の間には、なるほど確かにさほどの違いがないというのも頷けてしまう。
 しかし、平等などという幻想は、単に生まれや肌の色の違いを許容し平等にした所で実現出
来るはずもないことを、この広大な大地に住まう者なら誰もが理解している。何故なら、国家
思想や世俗的文化の至るところにまで浸透する“それ”を知らぬ者などいないからだ。

 ――神を殺した人の大罪を。
567 :蒼と朱のアリスロッド [sage saga]:2012/07/16(月) 20:07:03.85 ID:rP4SHzvF0
 1

 遥か昔、現代とは比べ物にならないほど強大な科学力を有していたころの人は、百億いた人
口を統合し、一個の上位存在“大いなる悪”へと昇華することで、究極の叡智を手に入れた。
 それにより神と同等となった人間は、神々によって定められたシステムを覆し、その支配か
ら脱して自らを神とすべく、古の神々に戦争を仕掛けたという。
 それが人類史に今もなお残る大罪――神代戦争<ヒューマンラグナロク>
 戦争により神々は長き眠りについたが、結果として敗北したのは人側だった。彼らは、母な
る大地を腐らせたその咎を受けるように死滅し、辛うじて生き残った者も、悠久の果てに培っ
た叡智と、人という形を永久に失うことでどうにか生きながらえたのだ。
 故に現存する人類とは人が本来持つ『力』を手放すことで生存権を得た“劣化種”であり、
大陸に生存する十二の知的種族のうち三種のみが現在『人類』と名乗ることを許されている。
 つまり旧人類の能力を一部継承する三種族――人としての『形』を残すフォム族、『知』を
残すノレッジ族、『器』を残すフライス族だ。フライス族は、その高度な科学力から近年にな
ってようやく人の地位を取り戻した元亞人で、フォム族とノレッジ族に至っては何千年にも渡
り敵対を続けている。 この大陸にはそんな相容れない異種族たちが混在して暮らしており、
そのような状況を概観しても、わかりあうことなど不可能なのだと思い知らされるだけだ。
 王国の始祖たるアレンティアは外の大陸からやってきた『人間』であるため、その状況を憂
い三種族が真に平和に暮らせるようにと、民主主義国家『アレンティア』を建国したそうだが、
時代的変遷の先に、権力などというものは貴族のみが持ち、先王が目指した平等は王家の建前
的自己満足でしかないほどに退廃して不自由のみしか残らない。だからこそ、平等とは大国が
持つ権力の象徴でしかないのだと、俺はこの国に来るまで本気で信じていたのだ。

「つっても、良い国じゃねぇか……ここはよぉ……」

 話す相手もいないのについ独り言が溢れるのは、眼下に広がる黄金の大地が、地の果てへと
沈んでいかんとする太陽によって暁に染められる様を見て、煩わしいもの全てを捨ててしまっ
ても良いのではないかという気分にさせられたからだろうか。
 王都に勝るとも劣らない巨大な正門――王都は絢爛豪華なゴシック様式だが、公都のものは
機能性を重視しているのか飾り気はない――その上から、ただ人々を観察する。収穫祭は、あ
と数日で終わりのようで当初ほどの賑わいはもうないが、それでも街は活気で溢れている。

「お、ありゃノレッジか。結構いるな……」

 街を行き交う者の大半はフォム族だが、ノレッジ族の姿も珍しくなく、甲高い金属音を響か
せる鍛冶屋の職人は見たことない外部骨格――フレームというやつを纏って何度もハンマーを
振り下ろしていた。三種族全てが、ここでは何らかの役割を持ち、共存しているらしい。
 最初は驚いたが、この国の本質を知るに当然だと思えるようになってしまったのは、俺がこ
の国に毒されて来ている証拠だろうか。夢物語でしかなかった権力分立がこの国では機能して
いるらしい。知識に優れるノレッジ族なら教育、技術力に優れるフライス族なら職人というよ
うに、それぞれの種族が適材適所でその力を活かせるように働いて、あらゆる分野を伸ばし続
けて、シュタインベルグという国の発展に寄与している。
 だからこそ、この国は近隣諸国が目を見張るほど急速に、力を付けた。もはや、軍事力以外
では王国に追随を許さないだろう。しかし――

「ノレッジのガキかね、ありゃ。ちっちぇなぁオイ。攫ってもバレないんじゃねーか……」
「彼らを見た目で判断するのは早計だ、ベルンハルト」

 城下町に入国する人間を監視していたのだが、任務中とは言えとても暇だったのでついその
ような事を口走ってしまう――と、途端背後に音もなく現れた上官殿に即座に突っ込まれた。
568 :蒼と朱のアリスロッド [sage saga]:2012/07/16(月) 20:11:40.03 ID:rP4SHzvF0

「おお、アリスか、驚かすなよ」

 ――アサシン最強の上位個体<ハイランカー>、アデルロッド・フォン・シュヴァイニッツ。
 アデルという発音はこの地方のものではないため、俺は内心では彼をアリスと呼んでいる。
 その理由は単純だ。女子供にしか見えぬその顔と、線の細いその身体つきは、どう見てもア
デルというよりアリスなのだ。

「アデルだ。耄碌しているのか貴様は? そう何度も間違えるな、馬鹿者」

 上官殿は名前を間違えられる度に、少し頬を膨らませて不満そうに話す。人形には感情など
ないはずなのに、彼は時折まるで人間のような振る舞いを見せる。

「すまんな、今のはわざと間違えたわけじゃないんだ」
「……わざと間違えたのだろう?」
「うん、実はそう」
「――本当に、軽薄な男だ」
「おちゃめじゃねーか。可愛げがあるだろ、上官殿」
「見た目と精神が一致しないノレッジならともかく、貴様のような中年男が言うと若干殺意を
覚えてならない。命が惜しいのならやめておけ」

 アリスは口元を歪め冷酷な笑みを浮かべる。最近は階段の登り降りすらきつくなって悩んで
いるというのに、この年寄りに向かってまるで配慮の欠片もない厳しすぎるコメントである。

「厳しいねぇ……酷いねぇ……俺だって少しは若作りしてるんだぜ? お前さんにもいずれこ
の苦悩がわかる日がくるんだぜ……残念なことにな……」
「残念だがそれはない。自分の耐用年数はあと五年程度だから、貴様のように普通に年を取っ
て死ぬこともないだろうさ。最期の瞬間はただ機能を停止するか、任務中に壊れてしまうか
――そのどちらかだよ、ベルンハルト」

 戯ける俺に対し、アリスは人形が短命であるというその現実を平然と口にする。その瞳には
悲哀など見受けられず特に気にしている様子でもなかったが、その時は、俺自身言うべき言葉
が見つからなくて、少し間を置いてから本来の話題を取り戻した。

「……見た目と精神が一致しないってのはどういうことだい?」
「言葉通りの意味だ。貴様は先程、ノレッジの少女をガキだと言ったが、その少女は、旅装を
していただろう。彼らが国を出て旅を許されるのは、大人になってからだ。もしかすると貴様
よりも年齢が上かもしれんぞ」

 彼らの寿命は人のそれより遙かに長くその分、成長も遅いらしい。
 見た目通りではないというのはアリスの話を聞くに事実であるようで、あの見た目で、妙齢
である可能性にいささか戦慄が走るが、それ以上の異常が目の前にあるため、さほど驚くこと
でもなかった。

「そういや、上官殿もノレッジ族だっけか?」
「貴様にはそう見えるのか?」
「いや、だって……耳尖ってるし、背低いし……違うのか?」
「確かにベースとなる肉体はノレッジのものだが、仮にノレッジなら彼らのような貧弱な身体
でアサシンの任務が務まるわけないだろう。言ったろう、自分は人形で人間ですらない」
「でもお前さんは、人形ではなく人間として生まれたんだろう?」

 そう、この子は確かに人と人の間に生まれたはずだ。しかしこうしてアサシンになっている
以上、それ自体が仕組まれたもので、言い換えれば最初から人形になるべく生まれた元人間で
あると言った方が正しいのかもしれないが――

「…………」

 その時始めて、アリスの瞳が揺れ動いたように感じた。俺は多少の罪悪感を覚えながらも、
目をそらさず少年を見据える。すると、
569 :蒼と朱のアリスロッド [sage saga]:2012/07/16(月) 20:18:34.00 ID:rP4SHzvF0
「貴様はシン族を知っているか?」
「シン族っていやぁ、緑の世界に引きこもってる奴らだっけか?」

 旧人類を原点とする十二種族、そのどれでもない知的種族――シン族。人ではなく、神々を
祖とする者たち。“神”族だけあって、人類とは比較にならないほどの力を秘めているらしい
があくまで伝承であり、俺は直接シン族を目にしたことはないし、彼らがこの大陸に姿を現し
たという話も聞いたことがない。だが、少年は言う。

「彼らは確かに存在するよ。長く生きたノレッジ族はごく稀に、シン族として転生することが
ある。王家は彼らの強大な力を、戦争に利用出来ないかと人工的にシン族を生み出す研究をし
ていた。その成果物の一つが自分だよ」
「ってことは何だ。上官殿はシン族なのか?」
「いや……その研究自体失敗に終わってな。ノレッジの特徴に人間の身体能力を掛け合わせる
ことには成功したが、それだけだ。自分は生まれてまもなく廃棄されて、父に引き取られたよ。
まあ、武力としてはそれなりに使える兵器だったと言うことなのだろう」
「あれ? フォム族とノレッジ族って確か子供は作れねーよな?」
「究極的に作りづらいと言うだけで、不可能ではない。仮に生まれたとして、二種族の特徴を
受け継いでいるとは限らないし、大抵は自分のように寿命の面で劣化しているらしいがな」

 自らの境遇をまるで他人ごとのように話すアリスを見て俺は呪わざるを得なかった。
 生まれる前から現在まで何もかもが国によって支配されて、束縛された生き方しか知らない
この少年が、ただ王家の欲望を満たすためだけに生きてきたのに、最期は彼らの下らない思惑
で殺されてしまうというその数奇な人生を――それを下す王家という明確な悪意を。

「……お前さん、本当はちゃんと感情があるんじゃねぇのか?」

 そんな後ろ暗い気分から脱するべく、唐突に述べたその問いにアリスは眉を潜めて答える。

「自分の中に感情というものがあるならそれは恐らく敵意だけだ。それ以外は、人との対話を
円滑に行うために備え付けられた擬似的な機能でしかない。所詮、自分は偽物だよ」

 しかし、自嘲気味に話すアリスのその表情が偽物だとはとても思えない。話を聞いた後では、
それすらも合理的な判断の元に作られた偽物で、心も感情も本物ではないのだと――そう語っ
ているようにも思えてしまう。だが、果たして本当にそうなのか?

「感情に本物とか偽物とか関係あんのかね?」
「……どういう意味だ?」
「感情なんて曖昧なもんが偽物かどうかなんて俺にもわからないんでな。なら、お前さんが偽
物だと思っても、本物だと判断するのはお前さんじゃなくて俺じゃないかね? つまり俺が、
お前さんのことを本物だと思えば、お前さんはその瞬間、本物になるかもしれねーだろ?」
「なるほど。強引な論理だが……だというなら、お前は無感情で心のない人形だと父から教わ
った自分はやはり偽物ではないか? 少なくとも彼は私の父で、貴様の言うそれよりも信ずるに
値するぞ」

 ――この世界のどこに、自分の子供を人形だと言う親がいるのだろう。
 ただ世界を知らなさすぎるだけなのかもしれない。だが信じたいのだ。親と子という関係は、
打算の元に成り立つ関係じゃない。そこまで薄汚れてはいないのだと。信頼度で俺があの男に
劣っているという事実を告げられ、不快な気分にさせられた俺はつい意地になって、
570 :蒼と朱のアリスロッド [sage saga]:2012/07/16(月) 20:19:44.77 ID:rP4SHzvF0

「そりゃ、シュバイニッツ殿ならそう言うだろうさ。なんせ実子を甘やかす反面、囲っている
孤児には道具としての価値観しか持たせない冷酷な男だ。だというのに、お前さんはあの男が
父親だと言うのか? 奴の言葉なら全て、真実だと受け入れるのか?」
「少なくとも貴様とは違い、他人ではない。彼は自分を育ててくれた」
「そうかもしれないが、アレは断じて君の親なんかじゃない。違うかね?」
「……父をアレ呼ばわりしたのには目を瞑ろう。どうして貴様はそこまで必死に否定する?」
「奴とは同期でそれなりに因縁があってな、個人的に好きじゃないんだよ!」

 本心を簡潔に述べるなら、ただ単に俺は拗ねているだけだ。アリスからあの男よりも劣って
いると言われて、柄にもなく必死になって、認めたくなかったのだ。そんな心情をアリスは明
敏に察したようで、白い布地のようなその顔に微かな笑みを浮かべて一頻り笑ったあと、

「ベルンハルト、貴様……まるで子供のようだぞ。くく、本当に父と同期なのか?」
「子供心を忘れない紳士だと言ってくれ!」
「なら仕方ない。任務を終えるまでは父より貴様を優先度で上に置いてやる。光栄に思え」

 その時抱いた瞬間的な恥ずかしさは恐らくこれまでの人生に於いて最大のモノだっただろう。
 ここまで人の心を明確に受け止めるような少年が、人形など断じてありえない!
 その心はまさしく本物ではないか! そう、思わずにはいられなかった。

「察してくれて助かるぜぇ。おじさん、実はかなりの負けず嫌いでなぁ、アイツにだけは負け
たくなかったんだよなぁ……」

 そんな心情をもアリスに読まれたくなかったので、すぐさま軽薄な口ぶりで隠してみせる。

「それで? 他にも自分に、言いたいことがあるのだろう?」
「……大多数の人間は、お前さんに心があると信じてやまないはずだぜ? この街の人間も、
あのバルト卿も、そしてこの俺様もな」

 ニカリと笑い、自覚できるほど得意満面な表情を浮かべてそう宣言した。

「全く、そのような根拠のない自信は一体どこから来るのだ……」

 アリスは呆れたように腕を組むと、瞼を細めて俺をじっと見つめてくる。

「俺にとって、お前さんは娘みたいなもんだからなぁ」
「息子ならともかく娘だと? 貴様、殺されたいのか?」

 冗談のつもりだったのだが、アリスの中で女扱いされることは本当に禁句であるようだ……。

「じ、冗談だってばよー。子供みたいなもんだって言いたかったのさー」

 急速に冷えていく空気に流石に命の危険を感じた俺は、間も置かず撤回した。
571 :蒼と朱のアリスロッド [sage saga]:2012/07/16(月) 20:23:54.11 ID:rP4SHzvF0
「ともかく、形式上の父でしかないあの男に言われて、アリス……お前が自分を偽物だと思う
のなら優先度ではアイツより上の他ならぬ俺様が、その認識を上書きしてやるよ。アリスロ
ッドは間違いなく本物で人間だとな」
「だから、どうしてそう言い切れる? それに自分はアリスではなくアデルだと――」
「感情も心もないってんなら、お前さんにとってメリットにもならねぇ、そんな話をどうして
俺なんかに話したんだ? 全く合理的でも論理的でもないじゃないか」

 アリスがここに現れたのも、仕事の延長上だろう。ただ任務に準じるだけの人形であるなら、
これまでの会話は全く無駄でしかなく、最低限の意思疎通を行うだけで終わるだろう。
 しかし実際、彼はそうしなかった。その不自然さが、人形にはない人間特有のものだと思え
てならないのだ。俺の問いにアリスは静かに目を閉じながら暁に輝く西の空に視線を移すと、
しばらく無言のまま夕陽を眺め続けて、微かに聞き取れるほど小さな声で呟いた。

「……美しい国だな」

 一瞬、一際強く輝いた太陽はその姿を優しい光に変えて、やがて大地へと沈んでいく。
 空が蒼と朱に染まり、その境界にはアリスが立っている。その間、彼が何を考えていたのか
わからない。しかし、大体の所は俺にも想像がついた。
 この少年はきっと、いや……確かにこの国を守りたいと思っているのだと。
 そんな俺の理想を少年がまたしても悟ったのかはわからない。ただ、今この瞬間の、この光
景が脳裏に焼き付いて、離れなかった。それも、一生消えない記憶になるものだと確信出来る
ほどの途方も無い郷愁のような衝撃であり、

「――貴様と同じだよ、ベルンハルト」
「え?」
「下らん余興だ。 特に意味もなく戯言を言ってみたかった……ただ、それだけだと思う。
どうだ? 自分は今この瞬間、人間になりきれているか……?」
「――――」

 夕陽を背に、あまりにも儚い表情を浮かべるその姿を見て、俺は衝動的にアリスを抱きしめ
てやりたくなった。しかしそれをすれば全てが終わる。覚悟は夢と消えてしまうだろう。

「……まいったねぇ、どーも」

 だから俺は辛うじて堪えた代償に、苦し紛れの敗北宣言しか言えなかった。
572 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(中国地方) :2012/07/17(火) 22:57:31.23 ID:tY1HBFi80
投下が大量に来てるな
573 :蒼と朱のアリスロッド [sage saga]:2012/07/20(金) 06:32:59.55 ID:YajAG0O00
 2

 静寂な部屋の中にコツコツと単調な音が響いていた。手の中に収まった機械式の時計が一秒
刻みで針を進めていく音だ。以前、国を出立する時にノレッジの女性から貰った物で、特殊な
防御魔術が付与されているのかこれを持っている間は戦闘で怪我をしたことがない。
 以降、任務漬けの生活の中でも心強いお守りとなっている。時計自体は、フライス族によっ
て作られた高級品らしく、小さな円盤の中を休まず回り続ける針が狂うことはまずにない。
 正門の上でアリスと話してから既に六時間ほど経過して、時計の針は日の変わり目に差し掛
かろうとしていた。秒針が正確に時を刻みながらやがて0時に到達すると、時計の中に内蔵さ
れた小さなオルゴールが故郷の民謡を奏でる。微かな響きとはいえ、辺りは暗くシンとしてお
りこの音楽が街中に響いているような錯覚さえ覚えるが、なぜこの時計を凝視していたのかを
思い直し、ランプの火を強くすると少し身構えてその時を待った。

「――状況を報告せよ」

 くぐもった声。聞こえた方向に振り向くと、淡く照らされた部屋の中でも薄闇の部分に漆黒
のフードを被った男が凝然として立っていた。男の気配は、素っ気なく定期連絡を告げる声が
発せられた後でも感じられず、違和感があるほど存在感がない。
 ただ、光が作り出す影を見ているような感覚だった。それもそのはず、この男は実体ではな
く魔力によって編まれた影のようなものだからだ。よって、この影に人を害する能力はないの
だが、得体の知れない圧迫に襲われるのはいつものことだった。俺は声を搾り出すため、全身
の力を緩めると、強張った顔に笑みを浮かばせてフードの中に隠れた男の目を見据えた。

「ファイアクラッカー――いや、大罪者12名の死亡が確認された。第三フェーズの経過は順調
だが、第四フェーズは恐らく、次の段階に進むまで達成されないだろう」
「ふむ。これで、あと13人か……」

 男の、無感情で抑揚のない声が僅かに上がった。アリスロッドの仕事が実に“快調”な速度
で達成されようとしていたからだ。大罪者の処刑は第四フェーズより優先度は高いが、アリス
がたった一人で彼らを片付けてしまっている状況は、元老院から不服……というか懸念の声が
上がっている。
 残るターゲットの数を確認するように呟いた男はそのまま押し黙ってしまい、長い時間、沈
黙を守った。この影を操っている男が“向こう側”で、何者かと対策協議をしているのだろう。
圧迫感が消え失せて、男の不在を実感する。しばらく間を置いて、

「――第四フェーズは後回しで構わない。第三フェーズが達成されれば、次のフェーズに移行
できる。その時に、達成できれば良い。貴様は来るべき日まで事態を静観せよ」
「っつってもなぁ、この分だと本当に生き残りかねないぞ。すごいねぇ、あの子……この国を
救っちまうかもしれねーな?」
574 :蒼と朱のアリスロッド [sage saga]:2012/07/20(金) 06:33:26.13 ID:YajAG0O00

 若干の皮肉も込めて。いつもの口調に戻して世間話でもしてやろうかと思うと、男は強い殺
気を放ち、やや冷ややかな声で俺に相対した。

「ベルンハルト――貴様、立場を理解しているのか。それとも長い任務で目的を忘れるほどに
耄碌したか? 忘れているのならば一度、不死鳥にでも焼かれてみるか?」
「それあの子にも言われたよ。たく、てめーらは冗談も通じねぇんだから」

 光のないその瞳には純粋な殺意しかなく、そんな前置きは良いと脅しているように思えた。

「静観するのは良いが、第四フェーズ――アデルロッドの殺害、作戦行動中の殉死計画……ひ
とまず、先送りという解釈で良いのか?」
「優先度の低さ故に、次のフェーズに移るまで静観せよとの命令だ。彼らとしても大罪者の扱
いには困っているのでな、アデルが第三項目を達成せしめればそれに越したことはない」

 そう話す男の声の裏には元老院の様々な思惑が見え隠れしている。この任務で、彼が生き残
る可能性は万に一つもないというのに、性急にあの子の死を要求している者が政府の中にいる。
特にアリスにシュトゥルム殲滅の任を負わせた男――ダーレス宰相がその際たる例だろう。
 なぜ彼がアリスの殉死を望んでいるのか、一介の諜報員である俺には分からないが、推測な
らば出来る。アリスの戦力ならば、ダーレスの所有する私設護衛部隊すらあっけなくすり抜け
て、彼自身に肉薄することも可能だろう。それが出来るあの子を宰相は恐れているのだ。
 そのような思惟に耽っている間の沈黙を、よからぬ企みを考えていると受け取られたのか、

「余計な思索ならやめておけ。貴様に何が出来る」
「ただ真実を知りたいだけさ。それに俺が真に忠義を示せるのはフリードリヒ王のみ……彼が
目指す平和を挫こうとする“敵”の企みを知ろうとして何が悪い?」

 そして目の前のこの男も、王の忠節な部下だ。例え王家の犬と割り切り心を押し殺していよ
うが、王が傀儡となっている現状に何も思わぬはずがない。影の男は何か言うわけでもなく押
し黙り俺は『それを黙認してやるから次に進めろ』という合図だと受け取った。

「――先に述べた理由から第三フェーズが達成されれば“彼ら”がこの街に誘導される事態は
極めて低い。しかし、かのシュテルンマイスターの不在が彼らに伝わっていれば直接侵略行為
に打って出る可能性もある。そこで俺は王立軍の派遣を前倒しして要請したい」

 もちろんそれが出来ないことも俺はよく知っている。あくまで建前上の話だ。

「それは出来ない。バルト卿が認めた返書には『王立軍の越境行為があった場合、宣戦布告と
見なし迎撃する用意がある』……との内容も含まれている。政府が軍を動かすことは出来ない」
「しかし、公国は戦力が限られているんだぞ。シュトゥルムにやられて、万が一……ってこと
もあるんじゃないかね? そうなりゃ第一フェーズに移行できず失敗に終わっちまう」
「奴らは戦争屋ではなく烏合の衆だ。大仰に兵団と名乗ってはいるが、奴らの戦力はその実、
大罪者によるところが大きいではないか。それを失った奴らが一国家であるシュタインベルグ
を侵略? 何を馬鹿な、そんなことが出来ると思うか? 貴様は奴らを過大評価しているに過ぎない」

 わかってるさ。シュトゥルムが災厄とされるのは、住人の力によるところが大きい。大罪者
の能力によって大規模な暴動を発生させたあと、火事場泥棒を行う。それが彼らの本質、最も
的確に表せられる言葉だが――
575 :蒼と朱のアリスロッド [sage saga]:2012/07/20(金) 06:34:19.36 ID:YajAG0O00

「しかし、規模としては無視できるレベルではないだろ」
「は、雑兵共がたかだか大隊規模に膨れ上がってるだけではないか。仮に、奴らがそのような
愚かな行動に出たとしよう。対するシュタインベルグの戦力はノレッジの魔術師が確認出来る
だけでも百五十六人。有事の際に動員される予備兵力は、シュトゥルムのそれを軽く上回る。
シュトゥルムがシュタインベルグを侵略することは不可能だ」
「でもよ。愚かだからこそ、そのような行動に出ないとは限らないだろ」

 万が一にもないだろう。そのような事態はありえないと理解しているからこそ食い下がる。
この男から引き出さなければならない名前があるからだ。

「相変わらず察しの悪い……こういった方が早いか? アーレスブルグ卿がそれを望んでいな
い。故にシュトゥルムの侵略はありえない」
「……ここで出てくるか、その名前」

 ――ラッシュモンド・フォン・アーレスブルグ。
 王国第二の都、アーレスブルグの盟主。王国の次期権力者にして、王家強硬派の最右翼だ。
何かと黒い噂が絶えない男で、半年前公爵の暗殺を指示したのも彼だろう。何らかの形でシュ
タインベルグの壊滅を望んでいるものと思われる。王国でも、情報部や俺のような一部の諜報
員しか知らない情報だが、彼はシュトゥルムの実質的な指導者だ。
 彼らはつまるところ、ラッシュモンドの私設略奪部隊であり、諸国連合に加盟しない町や国を
シュトゥルムに襲わせて、彼らが略奪した財宝の一部を受け取る事で私服を肥やしている――
などという話もあるほど彼らとは密接に関わっている。

「シュテルンマイスターの不在を強硬派はどう受け取ってるんだ。まさか今になって盛り返し
てて来ているとかじゃないだろうな? このまま順調に第一フェーズに移っていけるのか?」

 俺たち――つまり、穏健派が目指す最善手『シュタインベルグの間接的支配』
 それによる技術力、経営ノウハウの獲得。その条件となるのが、シュトゥルムの殲滅にある。
しかし、シュトゥルムに対する戦力は現在アリスロッドのみ。当初のシナリオではアリスを使
い捨てにしたあと王立軍がシュトゥルムを殲滅するという筋書きであったが、彼らにぶつける
本命であったはずの王立軍は、バルト卿の書状により阻まれている――

「その件に関しては断罪部隊総出で、シュトゥルムの殲滅にあたる予定だ。俺も近いうちに出
る。俺たちならば軍とは違い単独で動きやすい故、問題になることはなかろう。しかし――」
「シュテルンマイスターの不在により、政府内で強硬派の声が強くなっているのは確かだ。バ
ルト卿の返書内容そのものを国辱だとして、開戦すべきだとな」
「想像以上にめんどくせぇことになってきてやがる……」
576 :蒼と朱のアリスロッド [sage saga]:2012/07/20(金) 06:35:13.28 ID:YajAG0O00

 王国は一枚岩ではない。実質的な権力者は元老院であるとは言え、王を主流とする穏健派、
南方諸国と足並みを揃え利権の拡大を図ろうとする強硬派、それ以外に帝政オルタニアと通じ
る迎合派がいることもわかっている。強硬派の盟主であり、次期王であるラッシュモンドの勢
力は既に元老院を超えている。彼が王国を二分すると言えば本当にそうなりかねず、元老院も
うかつに手を出せないのだろう。その事実を認めるように影の男は重く息を吐くと、

「もはやアーレスブルグ卿を止める術はない。権威が失墜するような出来事でもない限りな。
彼はこれを機に、シュタインベルグを滅ぼすつもりだ」

 とはいえシュタインベルグからすれば、穏健派と強硬派にさほどの違いはないだろうがな。
 滅びるよりも骨の髄までしゃぶられる方が、少しはマシと言ったところか。どのみちこの国
はどちらを選ぼうが衰退する運命にあるが、王国とてそれは他人事ではない。
 国家が分裂するなどという最悪な事象が訪れれば、行き着く先は共倒れしかないからだ。
 ――つまり帝政オルタニアの脅威。旧世界の三分の一をその版図に治め、この大陸にも勢力
を伸ばしつつある国土面積、軍事力共に王国の十倍を越える超大国。
 “異星”の者と手を組み、世界を支配しようと企む人類最大の反逆国家で、そんなオルタニ
アに関しては三種族共に見解が一致し、世界中の国がオルタニアを敵性国家に指定している。
 そして王国もオルタニアとは名目上、戦争状態にあるわけだが、戦争らしい戦争はここ五十
年間で一度も起こらず国境での膠着が続いているような状況だ。
 しかし、彼らがせっかくの機会を見逃すだろうか?

「もし王国を二分するとなれば、オルタニアが動くのは確定しているのか?」
「彼らはアースとの戦争で疲弊している。動かないというより動かせないだろう……あくまで
こちらがまとまっていればの話だがな」
「つまり、第二フェーズに取って代わられるのも時間の問題ってわけか」

 第二フェーズ――戦争によるシュタインベルグの物理的破壊。つまり多くの犠牲者が出るわ
けで、俺としてもそのようなやり方は看過できない。

「しかしよぉ、シュタインベルグを滅ぼして何の意味がある。武力制圧なんかしたら対外的な
評価が悪化するどころの話じゃねぇだろ。下手したら諸外国と断交しちまう可能性だってある。
そうならないために、王国は平和的で合法的な併合を目指すはずじゃなかったのか?」
「武力制圧はむしろ諸外国から推奨されている。市場開放こそ彼ら強硬派の目的だよ」
「…………」

 あまりに衝撃的な内容を、男はえらく平坦な声と簡素な言葉で告げる。まさか先日言った適
当な答えが真実だとは。開いた口が塞がらず、言葉に詰まっていると男は続けざまに云った。
577 :蒼と朱のアリスロッド [sage saga]:2012/07/20(金) 06:36:32.28 ID:YajAG0O00
「無論、この国を滅ぼしたところで開放された市場を独占するのは容易ではないし、大陸経済
は逆に悪化する公算が高い。そのせいでオルタニアの脅威が強まるだろう。だがな、それでも
なお彼らがシュタインベルグを滅ぼそうとするのはその影に五大商会の存在があるからだ」

 バルト卿の出身国か。なるほど、かの商業国はシュタインベルグの飛躍的な発展を良しとし
ないらしい。それになぜ王国が関わっているのかは考えたくもないが、

「……要するに出る杭は打たれるってやつかい」
「シュタインベルグを滅ぼした暁には五大商会から莫大な報奨が出るらしい。その額は王国予
算の五倍とも言われている。それに目が眩んでいるのだよ、強硬派の連中は」
「ふむ、理解した」

 あくまで目先の利益を欲するか。シュトゥルムと同じだな、一時の財産を増やしたところで
長い目で見れば多額の負債だ。それにラッシュモンドは気づいていない。あまりにも汚いやり
方に辟易するが、すぐにその感情を抑圧する。
 こちらはこちらで、自分の仕事をしなければならない。

「再三、警告するが余計な真似はするなよベルンハルト」
「しねーよ。あくまで自分の仕事の範囲で動くだけだ。逸脱しなけりゃ文句ねーだろハンス」
「逸脱しなくとも、俺たちの障害となったときは即座に処刑する」
「おいおい障害って。むしろ諜報部と断罪部の協力じゃねーかここは? 要するに、ラッシュ
モンドの権威が失墜すればいいわけだろうが。ただ静観するにしても俺は元老院じゃなく王の
命で動いてんだ。しばらく勝手にやらせて貰うからな」
「……言うだけは簡単だ。相変わらず貴様という男は口が軽い。下らぬ話に付き合うのもこれ
で終わりだ。来週また同じ時刻に――」

 口上を言い終わる前に、男が被っていたフードの中身が四散して、支えを失った漆黒のコー
トはそのまま床にフワリと落下した。それを見て肝心なことを話していなかったことを思い出
した俺は、男が着ていたコートを手に取ると、そのフードに顔に近づけて全力で叫んだ。

「あー……あー! 要件を一つ忘れてた。ハンス、まだいるか? 時間あるか?」
「うるせぇ!」

 一瞬、ハンスのものだと思ったその声はその実、隣の部屋から壁越しに聞こえてきたもので、
声がすると同時にドンという打撃音と軽い衝撃が部屋中に伝わった。
 諜報員としての失策を自覚した俺は少し憂鬱な気分に陥りながら、フードの中身を凝視した。
すると、二つの光点が浮かび上がり人の顔のようなものを形成した。

「……なんだ」

 明らかに不機嫌そうな男の声が、その光点から微かに響いてくる。
578 :蒼と朱のアリスロッド [sage saga]:2012/07/20(金) 06:37:42.02 ID:YajAG0O00

「アデルロッドの件、まだ聞いていなかった。なぜ彼を殺す必要があるのか知りたい」
「……貴様、情でも湧いたか?」

 そういう男の声に全く感情の変化は見られない。そんな態度に激しい怒りを感じてならない
がそれを表立って出すわけには行かない。俺はいつもより冷めた声で、

「ただ解せんだけだ。アデルロッドはあまりに従順で、王国の貴重な戦力だ。暴走を危惧して
と言うなら、耐用年数も残り少ない。殺すのは無意味だろう。デメリットしかない」
「――従順だからこそだろう」
「なに?」
「それ以外に理屈などあるものか。貴様は第四フェーズが合理的な判断の元に為された計画だ
と思っているのか? アデルの殺害自体、暗殺を恐れた上層部が計画したものだぞ。損得勘定
抜きにして彼らは単純にアデルを恐れているのだよ」

 知りたかった真実は予想通り、ごくごく普通の内容だ。そんな下らない理由で、アリスは殺
されるのだろう。それまでの忠誠も献身も顧みられず、残酷に踏みにじられて。

「多分、あの子自害せよって命令されれば特に疑問を抱くことなく自害するぞ。それだけ上層
部からの命令には忠実だろうに、なんでこんな遠回りな手段を取る必要があるんだ」
「暗殺を恐れて自害させたなど誰にも言えまい。あくまで任務中に殉死したという建前が欲し
いのだろうさ」

 あくまで己の面目を保つためってことかい。

「……腐りきってるねぇ」
「そう思うなら貴様が変えてみろ、この国を」
「それはおたくら断罪部にも出来ることじゃないのかい? 腐った蛆虫を始末することくらい
断罪部の力を持ってすれば容易だろうが。そうだ。お前が規律などに囚われなければ、アリス
が死ぬこともなかった……」
「……その発言は聞かなかったことにしておく。来週までに改心しておけ。反省が見られない
ようであれば殺してやる……――あぁ、それと、隣の部屋の住人は処分しておいた。言ってお
くが、これは貴様の純然たる失敗だからな。一般人を巻き込んだことをせいぜい悔やんで、そ
の罪を背負って逝け」
「……ッ! おいおい、殺してねーだろうな!?」
「記憶を消して野外に捨てただけだ。くく、今頃、野犬の餌食になっているかもしれんがな」

 そう言い残すと男は今度こそ、この部屋から消失した。

「あぁ、もうめんどくせぇ……!」

 俺は長年愛用している剣を右手に握ると次の瞬間、部屋を慌ただしく飛び出していた。
579 :蒼と朱のアリスロッド [sage saga]:2012/07/20(金) 06:40:10.30 ID:YajAG0O00
主人公以外の視点はたぶん今回で終わりです。
群像劇っぽくしたいところだけど……(∵;)
580 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(千葉県) [sage]:2012/07/22(日) 18:55:30.09 ID:P7Gb0lC9o
おつつ!
581 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) :2012/07/22(日) 23:43:57.47 ID:40yAmP0q0
乙でした、更に投下よ増えろ!!
582 :蒼と朱のアリスロッド [sage saga]:2012/07/28(土) 23:04:13.41 ID:Xc4PMmOZ0
 連続でアレだけど投下しますよっと。




 アインルーシュの遺産


 1


「汝、根源たる焔を身に纏いし錬鉄の王。この呼び声に答え、汝の力を示すならば吾と契約せ
よ。望む心象は、天裂き、大地を砕き、世界を蹂躙し尽くす無限の劫火。その権能の一端を刃
として、吾が振るう力としてここに具現せよ――闇を焦がせ、煉獄の剣<レヴァンティン>」

 宙に浮かび上がった小さな焔が、一陣の暴風となって空間を蹂躙する。視界は赤い閃光によ
り染められるが、熱さも衝撃も感じなかった。今見ているこの光景はあくまで自分の心象つま
り幻想が現実に顕現する際の二次的なイメージ投射に過ぎないからだ。

「タイプ:短剣。吾が心象を喰らえ、煉獄の化身よ!」

 言葉に従うように、赤い焔はやがて三十センチ程度の大きさに収束した。その後、魔力によ
って自分が意図した通りの形に物質化した剣は、重力に引かれて落下するとその下にあった机
に刀身が突き刺さることでその動きを停止させる。やや赤く染まった光沢を放つ刀は剣という
よりは刺突を重視した杭のようなもので、これを使って近接戦をするのは選択の幅が狭まるだ
けなので本来の剣としては扱いづらく三流だろう。自分がそのように作ったのだから当然だが、
コレの本領はあくまで魔術の域であり、剣として使うには適していない。
 煉獄剣の真たる能力は魔力開放時の途方も無い威力であり、個人が込められる程度の魔力で
も発火時の誘爆現象により周囲のマナを急速に消費することで、対軍規模ほどの爆発を引き起
こす。これを上手く使えば、シュトゥルムを難なく倒せるだろう。しかし、使い所が難しいの
もまた事実で、この剣を物質化したまま制御しておくのはとても難しい。このまま放っておい
ては魔力が霧散して消えてしまうか、最悪の場合、屋敷が吹き飛んでしまうだけなので、予め
用意しておいた魔封札を刀身に貼り付けて“崩壊現象”を停止させる。

「これでようやく五振り目か……」

 自分の所有するマナには限界がある。
 人形の魔力は一般的魔術師のそれとは桁違いの量を誇るが、睡眠やエーテルによって自然に
回復するものではなく、ある種寿命のようなものだ。枯渇すれば生命活動が停止してしまうた
め、大魔術の類は致命的な時以外に使えない。しかし、この任務で自分の魔力は尽きるだろう。
シュトゥルムの討伐は、それぐらいのリスクを背負わなければ果たせないからだ。煉獄の剣を
五振りも作り、魔導噴進砲専用の弾頭を作成するために膨大な魔力を提供したために、自分を
構成するマナは残り半分ほどに減っている。少し目眩を感じ額を手で支えると、熱さなど感じ
るはずもないのに、額はじっとりと汗ばんでいた。
583 :蒼と朱のアリスロッド [sage saga]:2012/07/28(土) 23:05:05.46 ID:Xc4PMmOZ0



 その日は珍しく休みだった。
 懸念されたファイアクラッカーも残すところ一人だが、その最後の一人――神聖使いジョシ
ュア・バードネットの捜索は今もなお難航している。この街のどこかに潜んでいるのだろうが、
その足取りは掴めておらず対処のしようもなかったのだ。
 彼らの位置情報については諜報部に委任しているため、暗殺指令が出ない日は旧貴族邸――
バルト卿より譲り受けた無闇に広壮な歴史的遺物の一部屋に籠城して、新型魔封札の開発に勤
しんでいることが多かった。かといって、魔封札の出来次第では今後の戦略も関わり、身一つ
でかの大兵団に挑まなくてはならぬため、休みだからといって気を抜けるはずもない。
 そんな適度に緊迫した空気の中、端然とした姿勢で古めかしい机の上に置かれた五振りの剣
と向かい合っていると、不意にピリッとした感覚が脳内を走った。屋敷に何者かが侵入したの
だろう、魔術結界が反応しその者の正確な位置を自分に知らせてくる。こんな郊外の屋敷を訪
れる者なと限られる。念の為、即座に機械仕掛けを発動した自分は、物理的な制約を無視して
屋敷の壁を突き抜けると、侵入者の元へと刹那のうちにたどり着く。探る間もなかった。その
正体はやはりベルンハルトで、その腑抜けた表情を見るなり気が抜けていく自分を自覚した。

「(いや、待て――)」

 安心している場合ではない。このままではベルンハルトが死んでしまう。奴の命などどうで
も良いが、自分の張り巡らせた罠で殉死させてしまうというのもさすがにまずい。
 自分は精神体のままベルンハルトの背後へと回りこむと、その場所にアデルロッドの身体を
召喚。彼が自分に気付くよりも先に、声をかけて出迎えた。

「貴様がここに来るのは珍しいな。何の用だ、ベルンハルト」
「……!!!? うおぁーーーーっ!?」

 それにベルンハルトは心の底から驚いたのか飛び上がりつつ絶叫すると、乱れた息遣いを正
常に戻す一刻の間だけ沈黙を貫いて、その後、恨めしそうな顔つきで自分を睨めつけてきた。

「いつも思ってるんだが、それ……天然でやってるのか?」
「天然……?」
「いやな、おじさんの身になって考えてみようぜ。誰もいないはずの場所から声をかけられた
とする。そんな時、おまえさんはどう感じる?」
「自分は決して後ろを取られたりはしない。常に敵の死角を取るのはアサシンとしての性分だ。
仕方ないだろう」
「いや、そうじゃなくてよ……そこはどうでも良いんだよ。俺はおまえさんの敵か!? 味方
だろう? なのに背後を取られたら普通、驚くだろう!?」
「まぁ、驚くだろうな。興奮して言わなくても良い。それくらいわかっているつもりだ」
「なら少しは他人の身になって考えてみてお願いだから」

 憤慨するベルンハルトを見て、その話を聞いて実に滑稽に思った。
 敵の感情や思考を自身に投影して戦術に組み込み、二手三手相手の先を行くことに長けたア
サシンに他人の気持ちがわからないなどありえない。何もないからこそ無色だからこそ、擬似
人格を上乗せ出来るというのに。自分は本来感情こそないに等しいが、ごく社会的な常識人も、
反社会的で非常識な人間も、それこそ良識の欠片もない殺人鬼や盗賊の人格も、無垢な少年も
少女も、立場に応じて演じられる。
 だからこそ、ベルンハルトの性格を知る自分が、彼の気持ちを推し量れないなど――そうい
う思考の途中である疑問が表層に浮かんだ。
584 :蒼と朱のアリスロッド [sage saga]:2012/07/28(土) 23:05:45.40 ID:Xc4PMmOZ0
「……知っててなお、それをするというのは貴様を驚かせたかった……つまり悪戯という概念
の元に自分は行動したということになるが――いや。余計な感情の現出などありえぬか。やは
りアサシンとしての性分が発露したのだろう。この件に関しては諦めるのだな」
「いやいやいや、勝手に自己解決すんなよ。そこはおまえさんの中に隠れてた悪戯心が発露し
たってとこじゃないか? 折角得た答えをすぐ否定すんのはよくないぜ?」

 そう言うベルンハルトの表情はどこか嬉しそうだ。人形が人間らしい行動を取ることにこの
男はどうやら悦びを感じるようだ。ならばそれを有効に利用しない手はないと一瞬考えたが、
どこか嫌な感じがして、そのような思考を振り払う。

「発露などではない。自分が時折理屈に合わないことをするのは、対話を円滑に行うためだ。
癖でなければ人間らしさなど、ただの錯覚だろう」
「……あのな。俺はまだ何も言ってねぇぞ? 人の思考を先読みするのは良いが、相手が質問
する前に答えを返すようじゃ一方的にも程がある。そんなんじゃ人として失格だぞお前」

 まるで不出来な子供を叱責する父親のような表情で、意味不明なことを言う。会話を省略出
来るならば、その方が時間の短縮も出来るではないか。

「だから人間でないと言ったろう。それよりも何の用だ」
「あ、あぁ……ちょいと耳寄りな情報が入ってな。ここじゃ何だ、お前さんの家で話そうか」
「――ついて来い」

 そう言って向かったのは、玄関ではなく屋敷の裏手。草木に隠されたそこには地下に通ずる
出入口がある。円状の蓋を外すと、人一人が降りれるほどの坑があり、そこに取り付けられた
梯子を伝って二人は地下通路へと降りた。

「なんだ、こりゃあ……何も見えねーぞ……」

 坑から侵入する太陽の光は辛うじて足元を認識させる程度の明るさしかなく、奥へと進むに
つれ完全に光は届かなくなり、壁沿いに手をつかないと歩けないほど暗い。
 ベルンハルトは呆れたように溜息を吐くと至極当然な疑問を口にした。

「照明とかは付いてないのか、ここ」
「この地下通路は、もともと侵入者を撃退するために作られた罠だそうだ」

 どんな者でも視界を封じればその行動は消極的になる。それだけで正常な判断力とアサシン
の機動性をも鈍らせる材料となるのだから、これほどの利点を捨てる意味などないだろう。

「ほー、あの大層な玄関は飾りなのかい?」
「エントランスは感知式の地雷を大量に仕掛けている。とある事情から全盛期ほど多くはないがな」
「全盛期ってどれくらいあったんだよ」
「無論、屋敷の床全てにだ」
「…………君、ちょっと極端すぎ」

 自分でも後悔はしているのだ。拠点の強化を最低限にしていれば、あのようなことにはなら
ずに済んだのだから。人間の経済に無関心だったあの頃の自分を諌められるものならそうした
いくらいである。結果として、暴力以外の強さを学んだのだから貴重な体験として良しとすべ
きなのかもしれないが。
585 :蒼と朱のアリスロッド [sage saga]:2012/07/28(土) 23:06:34.32 ID:Xc4PMmOZ0
「それで直接、出迎えてくれたってわけかい。おじさん危うく仲間の罠で殉死しちまうところ
だったよ……――って何で、そんな堅牢な作りにする必要があるんだッ!」
「正面突破に攻略の余地を持たせるなど邪道だう」
「じゃ、邪道……? 変なとこにこだわりを持ってんだな……」

 当初はそこまで慎重に事を運ぶ必要があるのか、とも考えたのだが折角これだけの拠点を手
に入れたのだから有効に活用しない手はないと思い、自分は邸宅の至る所に迎撃用のトラップ
を施している。さすがに遠距離からの魔法攻撃を封殺できるような常時展開型魔防結界を張る
ことは予算の都合上叶わなかったが、容易に侵入出来ないようには作っている。
 
「ところで、どうやって進むんだいコレ。流石にここまで暗いと不安なんだがね」
「左手を左の壁につけて二回目の角まで進め。その次は右手を――」

 一通り説明した。ちゃんと記憶しなければ死に直結するため、ベルンハルトの間の抜けた返
事は自分を少し不安にさせる。

「毎度毎度、こんな面倒くさい真似をして家に帰ってるのか上官殿は。どう考えてもメリット
よりもデメリットの方が大きい気がするんだが」
「確かにそれには同意せざるを得ない。万全を期した結果、時間的な労力だけが膨大に増して
自分さえも無闇に体力を消費するような不利益が発生してしまったのは事実だ」
「そこはよぉ、面倒って一言いや済む話じゃねーか?」
「……面倒だから、自分だけがこの罠を無視できる手段を考えたのだ」
「へー、それってどんなよ?」
「先程、貴様も体験しただろう。“空間転移”だよ、機械仕掛けの技術を使った擬似的なもの
ではあるし使用は奇襲に限られるが、自分は屋敷内であればどこにでも転移出来るのだ」
「……は?」

 背後のベルンハルトが絶句する。その表情は見えないが、狐につままれているに違いない。
 確かに空間転移なんてものは未だ神の領域にある技術で、歴史上なし得た人物は数少ない。
しかも、その誰もが大掛かりな仕掛けの上に、その条件も酷く限定的で――例えば『嵐が吹
きすさぶ新月の夜に狼の遠吠えが街中に反響しそれにより術者の赤子が夜泣きして発熱する』
というような偶然に偶然を重ねて大掛かりな魔術を発動させる奇跡体系を用いた空間転移では、
わずか数メートルの移動にも関わらず伝説的な偉業として讃えられているほどだ。
 自分は歩きながら、ベルンハルトに事の経緯を話した。
 二ヶ月ほど前、とある経緯で出会った遺物収集家から壊れた古代兵器――魔導噴進砲を手に
入れた自分はそれを対シュトゥルムの切り札に使えないかと、この街に住むフライス族の職人
を手当たり次第に当たっていた。そのような目立った行動が公爵の耳に触れないわけもなく、
しばらくして自分はバルト城へと召喚された。
 そこで陛下の智謀にまんまと嵌められ、彼の汚さを嫌というほど思い知らされたのだ。あの
日ほど商人という特定の人間を嫌った日はなく、あの時の失態は今もなお鮮明に思い出せるほ
ど忘れられない屈辱的な記憶だった。
586 :蒼と朱のアリスロッド [sage saga]:2012/07/28(土) 23:07:31.66 ID:Xc4PMmOZ0
 ――二ヶ月前


「我が領土で随分、勝手な真似をしているようだなシュバイニッツ卿」

 謁見の間へと呼び出されて早々、バルト卿は腹に据えかねたような声色と口角を下げた表情
で自分を出迎えた。

「勝手な真似……とは?」
「何でも、フライスの職人を片っ端から当たって古代兵器の復活を目論んでいるとか。確か、
魔導噴進砲とか言ったか? 貴殿は我が国と戦争でもするつもりなのかな?」
「さすがにそのような事は……あくまで道楽の一貫なのでございます。技術力に優れるこの国
ならば古に失われた技術を再現することも可能ではないのかと思いまして、つい前後不覚にな
っておりました。お騒がせした件については申し訳ありませんが、自分にはそのような敵意な
どありませぬ。陛下がご所望であれば今この場で不死鳥に誓えますが……」
「いや、良い。そんなもの抜け道などいくらでもある。それに信頼に値せぬ王国の技術で正否
を判断するわけにはいかぬだろう? シュバイニッツ卿」
「ならば噴進砲を廃棄せよ、と命令されるのであれば廃棄致します。陛下が望まれるのであれ
ば所有権を放棄し進呈致します。ただ、職人に預けたままなのでこの場にはありませんが」

 バルト卿の心証をあまり悪くさせるわけにもいかない。ここで切り札になり得る兵器を失う
のは惜しいが、使えるかどうかも分からない遺物のために国外に放逐されるわけにもいかない。
そうなると暗殺自体が難しくなってしまう。

「そうだな……古代兵器には私も興味があるところだ。譲渡せよとは言わんが、廃棄は惜しい。
貴殿が復元を望むのであればこの国で最高の職人たちを紹介してやらんでもない」
「……本当ですか?」

 その提案は僥倖だった。噴進砲をシュトゥルム戦で使えるのであれば、これ以上の切り札は
ない。書物によれば一撃で区画を吹き飛ばすほどの威力があるらしい。奴らが結集した時を狙
えば殲滅も容易だろう。しかしタダでそのような魅力的な話を公爵が持ちかけるはずもない。

「ただし条件がある。まずは復元工程で発生する金銭的負担は全て貴殿が背負ってもらう。一
個人の道楽に我が国が付き合うわけにはいかんからな、職人を雇用するのは貴殿自身でこれは
あくまで商売上の取引だと思ってくれればよい」
「それについては承知いたしております」

 思わず二つ返事をする。もっと酷い条件を出されるものと思っていたが、お金で解決出来る
のであればそれほど楽な条件はない。自分は工作費として、王都に家が立つ程度の金貨ならば
持たされている。十分払える量だろう――と、そう楽観視したその時の自分はあまりにも愚か
だった。公爵は紙の束を手に取って逐一、めくって確認しながら話す。

「勝手ながら魔導噴進砲の構造は既に調べてある。修理に必要な材料、技術については検討が
着いておってな、シュタインベルグの技術でも十分復元が可能であろう。それで見積りだが、
金額は少なくとも150万エスト――」

 想定よりもそれほど高くなくて安心する。
 エストとはシュタインベルグで流通している銀行券だ。金貨を銀行に預けることでエストと
交換出来るのだが、この国ではエストそのものが貨幣としての価値を持つらしい。
 金貨に換算すれば五十枚程度、それでもまだ余裕がある。
587 :蒼と朱のアリスロッド [sage saga]:2012/07/28(土) 23:08:18.94 ID:Xc4PMmOZ0
「わかりました。払います」
「それが材料費だ。20万エストが仲介費――」
「……え?」
「何を呆けた顔をしている? 何分特殊な構造と、電子回路による制御が為されておってな。
復元にはレアメタルを使わなければならぬ。これでも材料費としては破格の値段なのだが」

 確かにそうかもしれないが。古代兵器を復元するくらいだ、材料費でそれくらいの出費が必
要であることくらい読んではいた。しかし、

「ならば、材料費だと先におっしゃって下さい……いえ……順番がどうということではないの
ですが、双方で認識に齟齬が出てしまっても困りますので……」
「あぁ、そうか。なるほど、いや何、こちらも金額を確かめながら呟いていただけでな。それ
を聞く貴殿への配慮に欠けていたようだな。まぁ口頭での金額を信じて、よく内容も確かめず
に二つ返事で契約してしまうほど貴殿は愚かではあるまい?」
「…………」
「復元に際してかかる費用はこの書面に全て書いてある。急いているわけでもなし、貴殿はこ
の内容を重々承知し、吟味してから契約の成否を伝えれば良いのだよ」
「……はい。申し訳ございません」
「では確認するがよい」

 バルト卿から直接渡された書面に目を通す。一枚目と二枚目が見積り書だった。その下は、
各経費の詳細、復元の手順、設計図、使用素材、使用技術、工程などが複雑に書き込まれてお
り専門用語ばかりで素人たる自分には何が書かれているのかさっぱりわからない。
 ただ復元にかかる時間は六十日も要し、例の決行日までを差し引くと残り少ない。先ほどバ
ルト卿は急ぐ必要はないと言ったが、ここで迷っている余裕などほとんどないだろう。一日、
二日で結論が出ないようであれば、今この場で決めてしまった方が良い。
 さて、肝心の見積りは、復元にかかる経費が細かくリスト化されているが、見た限りでは使
途不明なものがいくつかある。迷彩塗装費など、本当に必要なのかと思えてしまうものまであ
って、詳細と照らしあわせてみるもやはり理解が追いつかない。ただ、総額は百二十金貨と、
何とか予算の範囲内には収まっているようだ。契約すれば、今自分の所有する工作費はほぼ枯
渇するが、二ヶ月分の生活費ならば捻出出来るだろう。

「金額については理解したのですが、少し不明な点がありまして質問してもよろしいでしょう
か?」
「なにかね?」
「この技術利用費とは何なのでしょう。詳細にも書かれていませんでしたが……」

1238番使用料、3567番使用料と、ただ数字の羅列が七つほど並んでいた。驚くべきはその小
計が70万エストと非常に高額であること。使途が理解できない自分としては追求しないわけに
はいかない。するとバルト卿は呆れた顔で、

「やれやれ、王国の人間は特許権も知らんのか。ミカエル、シュバイニッツ卿に説明して差し
上げよ」
「――わかりました」

 王座に座るバルト卿の隣にずっと目を閉じて控えていた補佐官、ミカエルという男が目を見
開くとずいっと前に出て自分に解説してくれた。

588 :蒼と朱のアリスロッド [sage saga]:2012/07/28(土) 23:09:02.34 ID:Xc4PMmOZ0
「この国が所有する技術のほとんどは経済産業局の特許部門によって厳しく管理され保護され
ています。本来発明者は、その技術を秘匿するものなのですが継承者の有無によって一度開か
れた技術そのものが失われる可能性があるのです。そうならないために特許制度と言うのは、
つまり一般的に公開することによって情報の散逸を防ごうというものでして、発明者は技術の
公開を代償とする代わりにいくつか利点を得られるのです。一つ、発明者の技術を使用して何
かを開発するためには、特許権所有者に技術使用料を開発費に応じて支払わなければなりませ
ん。また、開発した商品を量産して販売する場合でも製品一つに付き価格の一割程度の特許料
を納める義務があります。故に特許権の所有者は技術を独占的に使用出来る権利が得られるの
です。また技術を利用するためには、用途を具体的に申請する必要があります。そうすること
によって悪用や複写の横行、流出などを防ぎ、開発した者が割を食うような最悪のケースを無
くすことで、産業の飛躍的な発展を目指そうというのがこの特許権という制度なのです。以上
です。ご理解して頂けたでしょうか?」
「……はい、ありがとうございます」

 理解した。が、長い。長すぎる。
 しかしどうするべきか。陛下と自分の関係を考えれば、このまま黙って受け入れるべきか。
しかし、工作費は王家のお金である。自由に使えると言っても、無駄に消費するわけにはいか
ない。値引き出来るのであればその方が良いのではないか?
 ここは無礼を承知で、主張すべきところだろう。

「確かに技術もれっきとした固有財産でしょう。他国への技術の流出を防ぐために割高になる
のは仕方ありませんが、しかし70万エストというのは材料費に比して高すぎませんか?」
「ん……70万だと? 書類をもう一度見せてもらえるかね?」

 その数字を聞いて、バルト卿は首を傾げた。手渡すと、バルト卿は『技術利用料』の項目を
熟視した。やはり、高すぎたのだろうか。意見した甲斐が――

「安すぎると思ったら、なるほど。投資費が入っていないのか。――ミカエルこの資料を作っ
たのは誰だ。技術使用料と利用料を混同しておるではないか! 肝心の投資費はどうした!」
「……資料を作ったのは財務部のフロストですね。申し訳ありません、確認が行き届いており
ませんでした……!」
「いや、良い。私も気付かなかったのでな、シュバイニッツ殿が指摘してくれなければ大損害
を被るところだった……フロストにはあとで始末書を提出させよ」
「かしこまりました」

 自分には、まるで意味不明な会話が続き疎外感を感じる。だというのにこの暗雲が広がった
感じはなんだ。

「すまんなシュバイニッツ卿。貴殿のお陰で、信用問題に発展せずにすみそうだ。礼を言う」
「お役に立てたのであれば光栄でございます……」
「先程の項目、技術利用料の部分に職人への投資費が抜けておってな。つまり人件費だが、ざ
っと見積もって500万エストはかかるだろう。よって総額860万エストだ、ある程度差額は出る
だろうがこれ以上、高くなることはないだろう。いや……我らにも落ち度があるわけだし貴殿
への恩もある。ここは850万エストで良い」
「なん、だと……」

 その時、生まれて始めて頭の中が真っ白になった。
589 :蒼と朱のアリスロッド [sage saga]:2012/07/28(土) 23:09:51.24 ID:Xc4PMmOZ0
続きます。投下分は終わりです。
590 :蒼と朱のアリスロッド [sage saga]:2012/07/31(火) 00:36:47.24 ID:kFc/MvHN0
「850万エスト、ですか」

 言葉に出して、改めてその法外な金額に唖然とする。自分が所有する金貨は123枚。エスト
に換算しても369万……足りるわけがない、481万エスト不足している。しかし、いくらこの国
が経済的に優れていると言っても2ヶ月の雇用で500万エストというのはあまりに高すぎるので
はないか?

「人件費がそこまで高額になる理由を教えて頂けませんか?」
「確かに人件費だけなら高額に見えるだろう。だが、復元のためには設備投資が必要なのだ。
君もフライス族の量産機械を見たことがあるだろう? シュタインベルグが大量生産を可能と
しておるのは機械の力が大きい。例えば、加工食品の量産を可能としておる機械、一台あたり
いくらすると思うかね?」
「はあ……自分にはわかりかねます」
「最低でも庭付きの家を立てられるほどだよ」

 機械一つでそんなにもするのか。いくら商品の量産を可能にするといっても、初期投資であ
まりに膨大な金額が動きすぎている。量産が出来ればそれだけリターンが大きいのはわかるが、
それでも初期投資分を稼ぐだけで何年もかかるだろう。王国の価値観では考えられない話だ。

「残念ながら、あの魔導噴進砲は劣化しすぎている。壊れた筒を元に戻しただけでは使えんよ。
それでも修理して使うというなら、不可能ではないだろうが恐らく長い時間と金を必要とする
だろう。そうするくらいなら同じパーツを作り復元した方が早い。そのためには魔導噴進砲の
生産ラインを確率する必要があるのだよ」

 バルト卿の口上にミカエルが続く。

「例えばですが、精密な機器を作るには専用の精密機械が必要となります。その機械を作るに
も機械が必要となります。そしてその機械を作るために多くの人材が雇用されます。それが、
生産ラインを整備するための大まかな工程と言ってよいでしょう。ちなみに魔導噴進砲はワン
オフ品の扱いです。つまり一度限りの生産となりますから、復元のために整えられたラインが
高額になるのは仕方ないのです。また今回のプロジェクトで雇用される人数は26名です。魔導
噴進砲の復元自体、さほどの時間も要さないでしょう。この二ヶ月間は、主に復元のための準
備期間と思ってもらえれば幸いです」

 正直、長剣ほどの長さしかないあの噴進砲を復元するためにそれだけの労力がいるなんて想
像がつかない。そんなに雇用せずとも、腕の良い職人だけで修理するというわけにはいかない
のだろうか。その方が、安くつくかもしれない。

「では、復元ではなく修理の場合はいくらかかるのですか?」
「不明です。850万エストより少なくなるかもしれませんし、多くなるかも知れません。少数
精鋭体勢で行ったとしても、完全に破壊されたものを元の状態に戻すというのは非常に困難な
のですよ。修理にかかる時間は二ヶ月で済めば良いですが、現実としてその倍――いえ、何年
かかるかも想像がつきません。何百万と言う金額を投資しても治るのがいつになるかは職人次
第、そのようなリスクを背負う必要はないでしょう。我が国にとってもあなたにとっても、徒
労になりませんからオススメは致しません」

 なるほど、確実な方法があるならそっちの方が良いということか。どのみち自分には二ヶ月
の猶予しか許されていないのだから、復元を選ぶ以外にはないわけだ。
 しかし、現実問題として自分にそれだけの金額を払える能力はない。自分が開発した魔封札
を売ればいくらか金を工面出来るかもしれないが、850万エストなどとても用意出来るとは思
えない。仕方ないが、諦めるしかないだろうな。

「わかりました。残念ですが、この話はなかったことにして頂けませんか。お恥ずかしながら
自分にはそこまでの手持ちがないのです」
「ぬ、すまないが今貴殿はいくら金貨を所有しておる?」
「123枚ですが……」
「ふむ。やはり、多いな」
「なんでしょう?」
「いや、少し疑問に思っただけさ。書状を渡すだけが目的としてはあまりに多くの金貨を持っ
ているのだとね」
「……これまで使うあてのない金貨を貯めていたに過ぎません」

 自分の任務に探りを入れられたことは一度二度ではない。この国の特務機関に監視をされる
ことも多いが、このような場では真実を言えるわけもないため、当然誤魔化すしかない。
 しかし一体、どこまで知っておられるのだろうか、この御方は……。
591 :蒼と朱のアリスロッド [sage saga]:2012/07/31(火) 00:37:55.85 ID:kFc/MvHN0
「まぁ、良い。貴殿の手持ちだけでは不足が出ること自体、想定はしていたのだよ。とても個
人が払えるような額ではないからな、そこで他にも条件を提案したいと思う」
「条件、ですか」
「まずは魔導噴進砲の量産化だ。生産ラインが今後も残れば、コストを削減できる。試作品の
復元費用自体は変わらぬが、650万エストに引き下げよう。それが可能ならアレを持ち込んだ
君に量産の許可を貰いたい」

 それでも足りないが、条件はその一つだけではないのだろうな。

「(しかし、量産とは。なんて愚行だ……馬鹿か、自分は……)」

 魔導噴進砲の威力のみに囚われて、これならシュトゥルムを倒せると――その一点のみしか
見えなくなっていた。まさか、その可能性を今の今まで失念していたとは愚劣の極みだ。
 思えば、生産ラインを整えるというのも初めからこのためだったのではないか。フライス族
の器用さなら機械を使わずとも、必要なパーツを全て再現出来たかもしれないのだ。自分に許
可を求めているのも茶番以外の何物でもない。彼にしてみれば王国は敵意を抱く対象でしかな
く、故にシュタインベルグの技術力なら直ぐにでも量産を出来ると宣言をすることで、抑止力
を得ようとしている。もしこの情報が、王家強硬派に伝わればシュタインベルグに軍事的な革
命がもたらされる前に、この国を潰そうとするかもしれない。そして、元老院はそれを望んで
いない。自分の属す断罪部隊は情報部直属、情報部の上位組織は元老院。だからこそ、自分は
何もできない。

「どうしたね?」

 バルト卿は挑発ともとれるような薄い笑みを浮かべた。
 安易な持ち込みによって、シュタインベルグという国を軍事的にも堅牢な国として変えてし
まったその事実は王国に対する反逆にも等しいだろう。

「(どうすれば良い……)」

 魔導噴進砲が量産化されればシュタインベルグの軍事に革命をもたらす。
 それが王国にとって脅威となることは間違いない。既に魔導噴進砲を量産できるだけの技術
を手にしている以上、ここで断っても彼がそれを守るとは限らない。バルト卿が建前ながら許
可を求めてきたのであれば、こちらは――

「シュタインベルグの技術で復元が可能となるのですから、自分は口出し出来る立場にはない
のでしょうが、噴進砲の所有者としてただ一つ希望を言わせて頂きますと、魔導噴進砲を量産
するのであればその技術は秘匿されるのではなく、この国の特許制度に則って同じように公開
して頂きたいのです。無論一般公開するわけにはいかないでしょうから、この場合特許という
わけではなく、他国の軍事関係者に売れるような制度を作れば良いと思うのです」

 シュタインベルグ一国がその技術を所有するのは歓迎できない。理想は全ての国で、量産可
能となる基盤を作り上げることだ。そのためにシュタインベルグの制度は大いに利用できる。

「……ほう、面白いことを言う。貴殿は我らに死の商人になれと言っておるのだな?」

 シュタインベルグのノウハウを他国に売るというのは、兵器を売るのとさほど変わらない。
下手すれば、混乱を招き争いが引き起こされるかもしれない。

「否定はしませんが、兵器ではなく技術そのものを売るのです。この国で量産して売るのでは
なく、他国で量産させて技術使用料を徴収することが出来れば、シュタインベルグも莫大な利
益を得られるのではないですか?」
「なるほど、ライセンス生産というわけか……確かにそのようなことを実現することが出来れ
ば、我らは技術を売るだけでそれこそ天文学的な富を得ることが出来るだろう――しかしこの
大陸の情勢は危ういぞ。特許権などこの国だけの制度なのだから、我が国とまるで違う価値観
を持つ他国がそのような条件を飲むかね?」
「陛下は、この国の文化を広げたいとは思わないのですか?」
「何?」
「この国の技術力や文化、職人を優遇する制度は、素晴らしいと自分は感じています。それが
この国だけではなく、やがて大陸中に広がればグローシアはより強固な文明を築くことが出来
るはずです。大陸中の国がシュタインベルグのようになりさえすれば、異なる価値観も自ずと
解消されるでしょう?」
592 :蒼と朱のアリスロッド [sage saga]:2012/07/31(火) 00:53:58.49 ID:kFc/MvHN0
「しかしそれをどう広げようというのだ。長い目で見れば可能かもしれんが、障害となる国は
多い。しかし最も難敵なのは、国ではなくそこに暮らす民だ。驕るわけではないが、この国の
あらゆる水準は、周辺国の百年は先を行っている。ノレッジの高度な教育による知力の発達、
フライス族による機械工業は、どれも他国には根付いてすらおらん代物だぞ。故に、価値観が
違うのだ。彼らが我々の文明を受け入れるとしたら、それは彼らの水準向上を含めとても長い
時間がかかるだろう」
「そうかもしれません。それでもいずれ飲まざるを得ない状況になるでしょう……それも早い
段階で。我らにはオルタニアという大敵がいるのですから」
「! オルタニア、だと……やはり彼の国は……危ないのか……」
 半世紀にも及ぶ停戦によって、この新大陸『グローシア』は一見平和のようにも見えるが、
オルタニアとの局地的な戦闘は実は頻繁に起こっている。奴らが放った魔物は今ではこの大陸
中に浸透して各国に被害を出しているし、オルタニアの正規軍も小規模でありながら、毎度嫌
がらせのように王国への侵攻を試みている。それでもグローシアがまだ平和で入られるのは、
そんな彼らの侵入を防ぐデューク騎士団のような傭兵部隊の存在が大きいからだ。
 オルタニアとて今はまだ本格的な侵攻に乗り出していないが、この大陸で紛争が起こり連合
国の弱体化や共倒れが起これば、それほど奴らにとって好都合なことはない。その気に乗じて
確実にやってくるだろう。隙を見せれば即、死に直結するという現実を我らはいい加減に理解
しなければならないのだ。
「オルタニアを抑えているアースはもう長くありません。自分は旧世界にも任務で行ったこと
がありますから彼の国の状況も、オルタニアという国が誇る巨神の力がどれほど危険かも理解
しています。率直に申し上げますが、アースが倒れればオルタニアは間違いなくこの大陸を席
捲するでしょう。そうなる前に連合国は真の意味で統合し、盤石な防衛体制を築くべきだと思
います。ですから、自分はシュタインベルグのみが魔導噴進砲を所有し、示威行動や恫喝に使
われるような可能性を望みません」
「オルタニアと戦争するために、シュタインベルグの力が必要だと言うのか」
「はい。あくまで、自分の個人的な意見ですが。しかし、今のままでは確実に滅びの未来が待
っているのではありませんか?」
「……確かに、な」
 王国と公国は表面上、友好国だ。軍事バランスを崩すような兵器を一国家が持つことなど容
認は出来ない。敵意が向けられるべき相手はオルタニアだけでいいだろう。
「くくく、はっははは! 個人的な意見か。なるほど……シュタインベルグ卿、貴殿は私が考
えているよりも遙かに聡明だな。少し見通しが甘かったか。よかろう。その件については時間
はかかるだろうが必ず通してやる。いや、通さざるを得ない。オルタニアの脅威については私
も常々考えていたのだ。アースが命を削って、大陸への侵攻を阻んでおるというのに我々は何
もしないままで良いのかとな。彼らの命の上に成り立つ平和を謳歌するなど唾棄すべき行為に
等しい……そう思いながらもなお、私は踏み出すことを恐れておった。貴殿がその背を押して
くれたのだ――礼を言うぞ、アデルロッド・フォン・シュバイニッツ殿」
「いえ、こちらこそ、ありがとうございます」
593 :蒼と朱のアリスロッド [sage saga]:2012/07/31(火) 00:58:32.41 ID:kFc/MvHN0
終わりです。ほんと会話しかねぇ^p
もうすぐ冒頭の部分につながるので女体化する・・はずです


ついでに用語解説

■地方---

グローシア大陸:新世界。旧世界の3分の1程度の面積。舞台となる世界。
エレスレア大陸:旧世界。超大陸。

■新世界国家---

アレンティア諸国連合:都市国家の集まり。
オルタニアに対抗するために組織され、国家として機能すればアース連邦に匹敵するとされている。

アレンティア王国:建国120年程度の比較的新しい国。軍事大国。
経済的にも技術力的にも人口の少ないシュタインベルグに遅れている。

シュタインベルグ公国:新興国家。チート並みにあらゆる水準が高いが軍事力を保有しない。

  北方諸国---

ブルゴーニュ商業国;グローシア一の経済国。五大商会が支配する国。

ドゥーク騎士団:
傭兵たちの国らしい。騎士王により治められる国。王国とか商業国に雇われて
時折気が向いたようにやってくるオルタニアを撃退している。
オルタニア飛び地:王国と隣接している。よく王国に嫌がらせをしてくる。
駐留軍こそ少ないが、手を出したらその後正規軍にやられるので手を出せず膠着状態。

■旧世界国家---

アース連邦:もう一つの超大国。対オルタニアの最大戦力。連合が平和ボケを続ければ滅亡確定。

帝政オルタニア:世界最大の軍事大国。帝国とも。たぶんラスボス。
天上からやってきた巨神族ウラノスによって支配されている。かつて人類の半数を虐殺した。
人類を舐めきっており、一方的な虐殺行為なのに突然停戦を申し出たかと思えば
今度はオルタニアを乗っ取って、人類ルールの範疇で覇権行為に勤しむ。
オルタニア軍はそんな彼らに加担しているためウラノス以上に憎しみの対象となっている。
594 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) :2012/08/02(木) 12:15:38.58 ID:Vow4BbXQ0
乙でした、本格的なファンタジーを書けるのが羨ましい
595 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) :2012/08/07(火) 03:46:48.84 ID:0dT4IxZO0
投下よ期待
596 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) [sage saga]:2012/08/09(木) 21:28:27.14 ID:VRuyOmb3o
よし投下や!
597 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/08/09(木) 21:29:33.52 ID:VRuyOmb3o
カラスは鳴き、今日も街を徘徊し続ける・・






流動







巷では景気に少し物足りぬといわれるが夜の世界では損なのはどこ吹く風、男女が互いを偽りながら今日もクラブ castleでは多額の金が動いており今日はイベントの日なのでキャスト全員はいつもとはまた違った衣装に身を纏いながら接客をしていた。

「お待たせしました。由宇奈です」

「おおっ!! 今日の由宇奈ちゃんは可愛いよ〜」

「今日はイベントですからね〜、充分に楽しんでください」

早速、由宇奈は席に着くや否や会話を繋げながら的確に場の空気を作り上げる。最初はおぼつかなかった接客の仕方や火の付け方も今ではすっかりと手馴れてた手つきで酒も作りながら客との接客を始める。

「どうも、由宇奈ちゃんも何か飲んだらいいよ」

「ありがとうございます〜。すみません!」

そのまま由宇奈はボーイに自分の分の飲み物を注文するとテーブルにはカシスオレンジが運ばれるとそのまま客と乾杯する、あれから酒に対する耐性もある程度出来たようで今では普通に酒を飲んではいるが弱めてもらっているので前のように酔いつぶれる心配ない。

598 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/08/09(木) 21:30:10.18 ID:VRuyOmb3o
「由宇奈ちゃんは女体化してどれぐらいなの?」

「高校のときですから・・4年ぐらいですかね、最初は大変でしたけど今はかなり慣れましたよ」

「でも由宇奈ちゃんって女体化しているイメージはないよね、まるで本当の女の子みたいだね」

「えへへ、女体化してからは女ですからね」

この店はキャストが全員女体化していることを売りにしているのだが、由宇奈は女体化していない天然の女なので何とか曖昧にしながら女体化している人間っぽく振舞い続ける。それに客の殆どはそういったのはあまり気にはしていないようなので一度話してしまえばあまり深くは追求されないようなので後は適当に話を合わせておけばいいのだ。

「よしよし、今日は折角のイベントだから場内指名つけてドンペリ入れちゃうよ〜!!!」

「えっ? 大丈夫ですか、そこまでしなくても楽しくしてもらえれば充分です」

「いや〜、俺も何度かキャバクラに行ってたけど由宇奈ちゃんみたいな娘は初めてだよ。遠慮しないでじゃんじゃん行こうぜ!!」

「はい! それじゃ頂かせてもらいます!!」

そのまま由宇奈は歩いていたボーイに場内指名とドンペリを頼みながら順調に売り上げを伸ばしていく、そして別の席では陽痲も他の女の子と会話を盛り上げながらこちらも順調に売り上げを伸ばしながら現在接客している自分の固定客を繋ぎとめる。

「陽痲ちゃん〜、今日は一段と可愛いね」

「またまた、口がうまいんだから。これ目当てで来たんじゃないんですか?」

「ばれた? でもでも毎週指名入れてるのは本当だからね、今日もグイッと飲んでって!」

「ありがとうございます。お願いします〜!!」

そのまま陽痲もボーイに飲み物を頼むとスクリュードライバーが運ばれてくる、こちらも多少ながらアルコールが入っており陽痲はいつものように受け取ると客と乾杯しながら酒を飲み続ける。

「なぁなぁ、今度一緒にご飯でも食べに行こうよ?」

「すみません。大学の講義があって中々時間が取れないんですよ、こっちに来るのも結構大変で・・」

陽痲も由宇奈と同様に県外の大学へ通っている設定で客と接している。こうすれば無理な詮索もされないので大半の客は騙せるのだが、それでも車を持っている客や妙に事情に詳しい客がいたりもするのでその場合はのらりくらりとかわしながらやり過ごす。

599 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/08/09(木) 21:30:57.52 ID:VRuyOmb3o
「そういえば県外の大学に通ってるって言ってたね。だったらいつでも出迎えてあげるよ?」

「いえいえ、そんなことしてもらえなくても俺はここでお客様と会うことで充分ですよ」

そのまま陽痲は客の手をそっと握りながら微笑む、これも京香から教わったものでほんの少しの仕草ではあるがこれだけでも客の心を掴むには充分なのだ。

「あらら、今日も振られちゃったか・・」

「大丈夫ですよ。今日はイベントですからじゃんじゃん楽しみましょう!」

「よし! 今日はたくさん飲んじゃうよ、ついでにフルーツ盛りも頼んじゃえ!!!」

「ありがとうございます〜、お願いします!!」

こちらもボーイにフルーツ盛りを頼みながら順調に売り上げを稼いでいく、そんな中で同じく一緒の席に同席していた莢も自分の固定客の1人と何とか会話を繋げながらこちらも順調に自分のペースで会話を続ける。

「莢ちゃん、今日の衣装はかなりセクシーだね」

「(てかイベント用の衣装だしwwwwwww)・・ありがとうございます」

そのまま酒を作ったりタバコの火をつけたりしながら接客をし続けながらこちらも順調に売り上げを伸ばしていく中でボーイがお客に見えない位置でそっと耳打ちをする。

(莢ちゃん、場内指名が入ったんだけど大丈夫かな?)

(・・すみません、こっちも指名が入ったんですけど)

どうやら莢に新しく指名が入ったようだが、現在接客している客にも指名が入ったようで完全なブッキングで普段はこんな事がそう滅多には怒らないが、考えられるとしたらボーイの裁量ミスではあるが、こういったことには手馴れている莢は慌てず騒がずボーイに客の情報を仕入れる。

(どのようなお客様ですか?)

(前に莢ちゃんを指名してくれてドンペリ入れてくれたお客様だよ。確かボトルキープもしてくれたはず)

(わかりました。とりあえず30分ぐらいは居ますのでその間は別の女の子で持たせて下さい)

(悪いね、それじゃそうするよ)

僅か3分弱の短い会話であったが、とりあえず莢は次の指名の客のことも考慮しながら少しお酒を作るがいつもよりも多めの酒を次ぎながら酔わせる魂胆に移る。

「おおっ、ありがとう! いや〜、莢ちゃんは無口だけど可愛いよね。店が終わったら一緒にご飯でも食べに行かない?」

「・・ごめんなさい、明日朝一で講義があるんですよ。これ落としたら大変なんです」

こちらも虚実を交えながら会話していくが、由宇奈や陽痲と違って洗礼された真実味のある話に客は瞬く間に引き込まれていく、何せホスト時代でも似たよな事はたくさん言われたのであしらうのは朝飯前である。

「大変だね、でもいずれはこの店もやめちゃうのか・・」

「(早く酔いつぶれてしまえwwwwwwww)さぁ、どうでしょうか・・」

自分の酒の量はしっかりセーブしつつ、客にはかなり飲ませながら酒の力を利用して判断力を鈍らせる。この客はすっかり莢に夢中なのである程度は多少の無茶は利くだろう、そのまま莢は時間と状況を見計らいながらベストなタイミングを作り出して席を立つ。

600 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/08/09(木) 21:31:40.27 ID:VRuyOmb3o
「・・すみません、呼ばれたんで少し失礼します」

「マジかよ〜・・」

「でも大丈夫、ちゃんと戻る」

「おkおk! んじゃ行ってらっしゃい〜」

そのまま客に見送られながら莢はボーイに女の子を交換させるとそのまま今度はボーイの言ってた客の席へと座るといつものように歓迎される、何せ莢が来るまでは別の女の子で我慢してたのでようやく本命が来てくれたので感無量である。

「・・お待たせしました、莢です」

「おおっ、莢ちゃん。待ってたよ!! とりあえず指名入れて手始めにピンドン頼んじゃおう!!」

「莢、やるじゃん!!」

「(いきなりピンドンとか景気良いなおいwwwwwww)ありがとうございます。こちらにピンドンお願いします・・」

莢は指名の旨とピンドンを頼むと、席はすぐさま活気に溢れる。このお客は複数で着ているがどれも全員は収入に比較的余裕がある人物ばかりなので彼らが着たときは常にドンペリが来るのが恒例となっているのだ。

「お前、いつも莢ちゃん指名してドンペリ頼むよな」

「そりゃお前・・莢ちゃんがいるから着ているようなもんだしな」

「ええ〜、俺はダメなんですか?」

「・・お客さん、ご贔屓は女の敵」

「莢ちゃんに言われたら敵わないなぁwwww」

上機嫌なままボーイからドンペリが運ばれてそのまま全員のグラスに注がれる、しかし莢にしてみればこういった高い酒よりもこじんまりとした酒でワイワイするのもいいと思うが、どうも見栄が絡むとそこらへんのガタが外れてしまうようだ。しかしそんな見栄が自身の稼ぎになるので考えてみればどことなく変な話である、しかし酒は好きなほうなのでここはありがたく飲んでおいたほうが気持ちは楽になる。

「そんじゃ!! 乾杯ッ〜!!!」

「「「乾杯〜!!」」」

そのままドンペリを飲み干しながら会話に花を咲かせる、莢もある程度は会話に参加しながらさっき自分に着いた顧客のほうへと視線を向けると既に酒が回って楽しそうにしている姿が映る、あの様子ならばこの席に集中しても問題はなさそうなのだし後でメールでどうとでもなる。

「莢ちゃんはお酒の作り方も上手いし、気が利くよね〜」

「(そりゃ仕事だからwwwww)・・いえいえ、後お絞りでこんなことも出来ますよ」

「あっ、それ俺も出来るぜ!!」

そのまま2人はお絞りを取り出すと巧み手つきでそのままいじりだすとお絞りはアヒルの形に早変わりするとそのまま氷を取り出して出来上がったお絞りのアヒルの上に載せると客からは賞賛の声が上がる。

「おおっ!!」

「こりゃ凄いね!!」

「これには結構コツがあるんだぜ、店の女の子でも出来る奴と出来ない奴が別れるな」

(ホスト時代に何度もやってたからwwwwwww)

そのまま場を和ませながら接客を続けていく、ちなみに京香はいつものように最大の固定客をVIPルームで相手をしつつやってくる自分の固定客を瞬時に見定めながら的確の対応で順調に捌いているので順調に大金をこのクラブへと落とし続けていた。


601 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/08/09(木) 21:33:29.79 ID:VRuyOmb3o
いつものように給料を貰って隠れて制服に着替えながら隠れて店を後にするといつものように京香の車に乗りながら自宅へと送られる、京香の運転で車に揺られながら3人はお客用の携帯をいじりながら疲れを癒しながら仕事とは違った会話が車内を沸かせる、どうやらあれから一緒に遊んだことによって連携が取れているようだ。

「お前ら、随分と仲良くなってるな」

「そ、そうですか?」

「まぁ、あれだよ・・こうして3人で働いているんだから仲良くしても損はないしな」

「(チームワークも悪くないしなwwwww)・・交友は大事」

京香も3人の変化には日に日に気がついてはいるが予想よりも早く仲良くなっているので少しばかり驚いてしまう、3人の相性も悪くはないものの少しばかりぎこちなさが目立っておりこのまま進展がなければ京香なりに介入するつもりだったので良い傾向である。

「この仕事はチームワークだからな。仲良くしてて損はないぜ」

「どういうことですか?」

「あのな、いくら売り上げを重ねても所詮はそのときの金だ。ヘルプしたりされたり・・俺だって現役の頃はそうやって築き上げたんだ、1人で稼げる金額なんてたかが知れてるしな」

何気ない京香の一言であるが、半端ない重みがひしひしと3人からは伝わってくる。今では伝説のキャバ嬢と呼ばれる京香も昔は多額の金額を稼いではいたものの、それ故に周囲の嫉妬を数え切れないほど買って数え切れないほどの陰謀やトラブルに多々巻き込まれてながらも持ち前の行動力で単独で突っ走って自分を磨き他人を蹴落としながら修羅場という修羅場を潜り抜けていったのだ。それでも京香はあることに気付く、今までの自分が身を削ってまで稼いできた莫大な金額は確かに自分の力ではあるものの少なからず周囲が場を取り持ってくれたことで成し遂げてきたことなのだ。それ故に京香は改めて周囲を見返しながらこの弱肉強食の世界での生き方を捻じ曲げようと決意した、他人を蹴落として客を奪い取るより他の人間と共有して安定させ他の人間が落ち目ならばそれを全力でサポートして繋ぎとめる・・派閥を束ねて陰謀や人間の業を背負う弱肉強食であったこの夜の世界の在り方を変える為に動きながら客は勿論のこと他の人間の為に動いていった、そして今度は気がついてみればドロドロしていたキャストの派閥は見る影もなく今では誰からも慕われる存在となったのだ。

この夜の世界は人間の欲の縮図とも言えるもの・・そうした中で京香の歩んできた軌跡は今もこうやって生きる伝説として残り続けているのだ。

602 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/08/09(木) 21:34:17.59 ID:VRuyOmb3o
「ま、お前らはキャバ嬢の前に高校生だ。今は貴重な青春時代を後悔なく過ごしておけ」

「教頭先生は後悔したんですか?」

「あのクソガキが担任だった時点で後悔はせずとも退屈はしなかったね。だけどまさか今でも絡むとは・・腹が立つぜッ!!!」

(ちょwwwwwwwスピード飛ばしすぎだおwwwwwwwwwwwwwwww)

車は猛スピードで繁華街を爆走しながらもはや定番コースと化した繁華街の外れにある由宇奈と陽痲の自宅へと向かい始める、莢の住んでいるマンションは繁華街ではあるのだがこんな夜遅くに1人で帰らすのも危ないのでこうやって送っているのだ。それに莢も折角由宇奈たちとの距離が縮まってきているのでこうして一緒に帰宅するのは嬉しいものである。

「龍之介君、今日も売り上げ凄かったね」

「俺達も見習わないとな」

「(この2人の適応力はパネェからなwwwwwwww)・・2人も順調に売り上げを伸ばしている、こっちもうかうかしてたら追い抜かされる」

莢の言うように由宇奈と陽痲も順調に売り上げを伸ばしいきながら、今では莢の売り上げを窺えるところまで成長しており着々とこの夜の街の住人へと変貌を遂げている。

「でも龍之介君にはまだまだ及ばないよ。的確に状況を動かしながら対処するんだもん」

「俺もタイミングを作って席を出るのはな・・そこは茅葺を見習わないと」

「その様子だとボーイ達がミスやらかしているようだな。店長には俺が言っといてやる」

2人の会話だけで京香は大よその事態は手に取るようにわかる、確かに由宇奈と陽痲はまだ未熟なのもあるが場を調整するはずのボーイ達が機能していないのも大きな要因の一つである。いくらキャストたちが現場で何とか頑張ろうとも限界があるし、そもそも場の空気を調整してキャストを上手く回すのはボーイの仕事なのだ、店長である宮永が出れば一発で解決はするだろうが彼は書類上では店の責任者兼オーナーの立場に居るので店だけに構っていられないのが現状なのでそれらの仕事はチーフや副店長を筆頭とした黒服たちの仕事になるのだが、どうやらここ最近は緩みが出ているようである。

「茅葺は判ってると思うが・・お前ら、黒服とは絶対に付き合うなよ。付き合ったら店辞めさせた上に退学にするからな」

「わかってますって・・でも何でダメなんですか? 俺としては男女の付き合いぐらいは・・」

「そうですよ。どうしてそんな規定があるんですか?」

「昔からそういった決まりなんだよ!! 店の商品であるキャストと黒服が付き合ったら風紀が乱れて店にとっても悪影響どころか本末転倒だ、店によっても違うが大概は黒服との恋愛禁止だ」

(そういえばキャバと黒服が付き合ってたのがばれて〆られたって聞いたなwwwww)

黒服とキャストの恋愛はご法度・・店によっては認可されている場合もあるがものの大概の店は黒服とキャストの恋愛は禁止されており、莢もホスト時代にはその末路を聞いた事はあるし実際にその現場も見た事がある。ホストの場合はキャバクラと違ってそこら辺は緩いようだが、キャバクラや風俗は男女が密接に関わるので恋愛は禁止されているのだ。

「そういえば茅葺はたくさんの客がいるよな。大丈夫なのか?」

「(ねーよwwwww安心汁wwwwww)・・心配しなくてもこういったことには慣れている」

「そうだよ、陽太郎。龍之介君は私達よりも長くこの仕事してるんだから心配ないに決まってるじゃん。陽太郎こそ大丈夫なの?」

「俺は大丈夫だ、客との連絡も茅葺に教えてもらいながらやってるしな。そういう由宇奈こそ危ないんじゃないのか?」

「そんなわけないでしょ!!」

そのまま車内で由宇奈と陽痲が一歩も退かずにやいのやいのと言い争っている中で京香はゆっくりとタバコを吸いながら車を運転し続けると道という道を進みながら今日はいつもと違って陽痲の家ではなく由宇奈の家へと到着する。

「うし、宮守。着いたぞ」

「お疲れさん」

「・・また学校で」

「うん、それじゃあね。今日もお疲れさま」

由宇奈はいつものように京香と一緒に自宅へ行きながら消えてゆく、陽痲の両親もそうだが既に京香への信頼度はちょっとやそっとの不信感では揺らぐことがない絶対レベルにまで上がっており、保護者や教育委員会などの周囲の対策は万全なものへとなっているのだろう。

603 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/08/09(木) 21:36:54.60 ID:VRuyOmb3o
「教頭先生も凄いよな。あの行動力をもっと別の方向に活かせば今頃は校長を楽に飛び越して教育委員会のお偉いさんになってただろうに・・」

「(あるあるwwwwwwww)それは言えてる・・」

今までの莢だったら隙を見てチャットをしていたのだが、今では客用の携帯をいじりながら陽痲とささやかな会話を楽しんでいるまで距離を縮めている。それに折角陽痲とこうして2人きりになったのだから、莢はあの日以来気になっていた由宇奈の過去について質問してみる。

「・・宮守はじゃんけんが強かったんだな」

「ああ、そうだよ。あいつ昔からじゃんけんが強くてな、今まで一度も勝ったことがないぜ。・・ということは本人からあらかた聞いたんだな」

今度は陽痲の問いかけに莢は答える代わりに黙って首を縦に振ると陽痲も改めて軽く一息吐きながらあの当時のことを語り始める、あの時の由宇奈を思い出すだけで陽痲も少しばかり心が痛む。

「俺と由宇奈が出会ったのは幼稚園の頃だ。あの時、由宇奈はじゃんけんに勝っただけでかなりいじめられてな・・今思えば子供って一番残酷だなっと思うよ」

「どういうこと?」

「他愛もないことだ、幼稚園の時ってじゃんけんで何でも決めちまうだろ? 由宇奈はじゃんけんに勝ちすぎて男子には髪引っ張られの砂場では突き飛ばされるわ、女子からは倉庫に閉じ込められたりしてたからな。

流石に見るに見かねた俺は片っ端から由宇奈をいじめてた奴をけちょんけちょんにして泣きじゃくる由宇奈を必死に励ましたよ」

陽痲から語られる由宇奈の壮絶な過去に莢は思わず押し黙ってしまう、確かに幼稚園の頃の子供といえば自我が発達しているものではあるものの無邪気すぎるので物事の分別がつかないのだ。

「・・先生とかは気がつかなかったの?」

「子供ってのは大人をすぐに見抜くからな、俺以外は誰も気付いちゃいなかったよ。ま、その後で俺が親に話したら無事に発覚して解決したみたいなんだけどな・・それであらかた邪魔者が片付けた俺は由宇奈と一緒に行動して今に至るわけだ。ま、あの時と比べて手加減や色々教えて随分と立ち直ったよ」

正直莢は聞いてしまったことを後悔してしまう反面、由宇奈も自分と同じような人間だったのだろうと心なしか安心してしまう。しかし由宇奈は自分とは違って陽痲という支えの元で徐々に立ち直って本来の性格に戻ったので少しばかり羨ましく思える、何せ自分の場合は両親が死んだときは由宇奈と違って汚い大人たちが群がってたのでとてもそんな暇がなかったのだ。

604 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/08/09(木) 21:38:03.44 ID:VRuyOmb3o
「今は大丈夫だと思うけど、それでも由宇奈の前でじゃんけんの話題は出すなよ」

「(んなことできるかwwwww)・・わかってる」

「にしても・・由宇奈が自分からそのことを茅葺に話すなんてな。お前よっぽど由宇奈から気に入られている証拠だぜ?」

「ごめんなさい・・」

「何で俺に謝るんだよ。もう俺は女体化したときから由宇奈への想いはスッパリと断ち切ったし、これからもよき友人だ。それに今は小説を書き上げないといけないしな・・にしても眠ぃ」

そのまま陽痲は少し欠伸を掻きながら僅かな眠気を抑えていると由宇奈を送り届けた京香が運転席に乗り込むと車はようやく動き出す。

「ふぅ〜・・次は佐方だな、ちゃんと起きとけよ」

「由宇奈の家からは近いんで起きますよ。それでもう少し休み増やしてくれたら嬉しいんですけど・・」

「ま、お前達も仕事には慣れたようだからな。少しは融通してやるか、お前には小説書いてもらわなきゃいけないし」

今は3人の休みは週2日であるが、仕事にも手馴れてきたようだし給料は少し減ってしまうが少し休みを増やしても問題はないだろう。それに陽痲は小説の講師をしていることになっているのでここいらで小説を書いてもらわないとせっかくの面子が立たないのだ。

「小説なら書いてますよ。給料減るのは痛いですけど、休み増やしてくれれば書ける時間が増えるんでありがたいです」

「おっ、感心だな。んじゃ来週から少し増やしてやるから楽しみにしてな」

(うはwwwwwwこれで溜めていたガンプラ作れるおwwwwww)

莢も休みが増えるのはかなりありがたい、溜めていた積みゲーや作ろうと思っても時間がなくて作れなかったガンプラの製作に取り掛かれるので嬉しい展開である、休みが1日増えることが確定したのと同時に車は物の数分で陽痲の家へと到着する。

「よし、これから佐方送るから茅葺は今のうちに眠っておけ。今日は俺の家に泊めてやる」

「んじゃ、お疲れさん。学校で会おうぜ」

「・・お疲れさま」

京香は再び陽痲を引き連れて車から出ると莢は少し時間を見ながら少しばかり睡眠に入る、それに明日は仕事と学校も両方休みなので京香の家に泊まっても問題はないし京香の家から自身のマンションまでは電車で直通しているので目覚めたら京香に適当に挨拶して帰れば良いのでこのまま眠っていても問題はないのだ。そのままようやく陽痲を送り届けた京香が運転席に乗り込むといつものようにタバコを吸いながら車を自分のマンションへと向けて走らせる、先程まで賑やかだった車内も今ではどっぷりと静まり返ってエンジンの音とともに莢の寝息だけが静かに響く・・

605 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/08/09(木) 21:46:20.63 ID:VRuyOmb3o
マンションへ着いた京香は眠っていた莢を起こしていつものように一緒に部屋へと入っていきながら交代で風呂に入ってそのまま着替えてから出ると京香はいつものように冷蔵庫からビールを2本取り出して1本を莢に差し出す。

「ほら」

「(また晩酌に付き合うのかよwwwww)・・ありがとうございます」

「んじゃ、今日もお疲れさん」

京香からビールを貰った莢はそのまま缶を開けるとおもむろにビールを飲み始める、ここ最近は自分の家に帰らずにこうやって京香と付き合うことが多くなっているのでこのまま京香の家で暮らしても何ら問題はなさそうである。

「にしても茅葺は本当に酒が強いな。いい飲みっぷりだぜ」

(風呂上りのビールうめぇwwwwwwwwww)

そのままお互いにビールを飲み進めていきながら京香中心に話が広がり莢もある程度は受け答えしながらビールを飲みながら静かに時間は過ぎる。

「教頭先生、何で俺と一緒に晩酌するんですか?」

「んあ? 別に他意はないさ。酒は1人で飲むより楽しいからな、宮守と佐方だったらすぐに潰れてしまって晩酌にすらならないしよ」

「・・でも俺よりも恋人と過ごした方が有意義だと思いますけど?」

「恋人なんて俺の柄じゃないからな。お前といたほうがまだマシだ・・」

(悪いけど俺はノーマルだお^^)

何も京香も今までは恋人がいなかったわけではない、様々な人物と恋をしてもどこか満たされずに終わってしまったのでいつしか恋をしなくなってからは随分経つ、それに疑似恋愛を売り歩いている職業なので様々な客と接するうちにいつしかその感覚も麻痺してしまって今では誰かと恋をして結婚するのは絶望的である。

「ま、俺には結婚するよりもこうして働くほうがマシかな」

「・・寂しくないんですか?」

「お前がそれをいうか。・・腹減ってるだろ、何か作ってやるよ」

笑いながら軽く莢を小突いた京香は吸っていたタバコを消してそのまま立ち上がって台所へと向かうと冷蔵庫から適当な食材を取り出すと鼻歌を歌いながら料理を作り始める、京香は酔っ払ったら料理を作ってしまう奇妙な癖があるので恐らくは酔いが回ってたのだろうが、それでも美味さはそのままなので考えるだけで不思議なもので食べるたびにあの懐かしい記憶の日々が甦るのだ。

606 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/08/09(木) 21:47:28.50 ID:VRuyOmb3o
「教頭先生・・なんで俺の好物を知ってるんですか?」

「直感♪」

「意味がわからないこと言わないで下さい」

莢の境遇については京香も当然知ってはいるが、母親が作ってくれた料理をあそこまで再現するのはとても直感だけでは片付けきれないものである。あの弁当の一件以来不思議に思った莢は自分の両親と京香との接点を調べたりもしたが、結果は完全に白だったのでまずます謎は深まるばかりである。

「何で・・母親が作った料理を再現できるんですか?」

「だから直感だって言ってるだろ。ほら、チャーハンと焼き餃子上がったから運ぶの手伝え」

そのまま京香の作った料理を運びながら莢は釈然としないまま準備を手伝うと全てが終わったところでようやく食事にありつく、チャーハンは有り合わせで作ったものだがかなりの美味ではある。

「どうだ、美味いか? ビールには丁度良いだろ」

「ええ・・」

「あのな、茅葺・・納得がいかないのは良くわかる。だけどな俺はそこまで器用な人間じゃないんだよ」

タバコを吸いながら京香から自嘲のような言葉ではあるが莢からしてみれば到底納得などは出来るはずがないが、京香には死んだ両親との接点がまるでないので口惜しいがなんとも言えないのだ。

「納得できませんが・・するしかないんですよね」

「・・よほど、寂しかったんだな。無理もないけどよ」

京香は自然と莢にある種の親近感(シンパシー)を抱き始めるがその根本的なものは大きく違う、京香は自身の満たされぬ想いから寂しさへと変換しているのに対して莢は純粋の両親への情愛への飢えからの寂しさなので言葉では同じものでもその実は全く違うものなのだ。

「でも教頭先生には感謝しています。料理という形でしたけど忘れかけていた思い出を甦らせてくれましたから・・」

「・・ならこれからもずっと続けてみないか?」

「え?」

「お前は法的な制度を受けているといっても、まだ未成年だしこれからも列記とした保護者は必要だな。・・茅葺、俺の養子になれ」

「―――!!!!」

あまりの発言に莢は思わず身体が固まってしまって思考も停止してしまう、京香の言うように莢はこれまでにも法律の手厚い制度を受けながらこれまでにも何とか過ごしてきてはいるが、それでも未成年には変わりないので京香の言うように保護者は確かに必要なのだが、どうにも発想が突飛過ぎて現実味があまり感じられないものである。

「じ、冗談ですよね・・」

「悪いが俺は本気だ。・・お前に帰る場所がないなら俺が作ってやる、どんなことがあってもお前を受け入れてやるよ。

それに1人で生きるのは誰かのおこぼれを貰っているだけだ。・・お前の両親はそんな生き方を望んでいたのか?」

「そ、それは・・」

京香の口調は優しかったものの、重くも深い問いかけに莢はまともに答えられることが出来ずに押し黙ってしまうが・・京香はそんな莢を見ながら更に言葉を続ける。

607 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/08/09(木) 21:47:41.81 ID:VRuyOmb3o
「お前が常に求めていた親への情愛を与えて・・お前を変えてやるさ――ッ!!!」

「でも俺には・・」

「・・守ってやるさ、今でもお前の金を付けねらって纏わりついている汚い大人たちから」

「ど、どうして――・・」

再び莢は京香の言葉に激しい動揺と驚きを見せる、実のところ莢には両親が自分に掛けていた多額の生命保険の受取人となっているのだが制度によって金額が正式に受け取れられるのは成人になってからなのだが・・その金目当てに莢の周囲には親戚中から汚い大人たちが周辺に纏わり着いていたのだ、月日が経つごとにそれらも減ってきているものの今でも彼女に纏わりついているのだが、京香はそのまま静かに答え始める。

「学校ではお前のような生徒が居たら確認の為に身元を調べなきゃいかんのだが・・お前の周囲を調べていたら何度かお前の身元引受人と名乗る奴がそろぞろと出てきてな、問い詰めたらボロボロと答えたわけだ」

「俺にはそれしか価値がないんですよ・・」

搾り取るような微かな声で莢はこれまでの日々を振りかえる。もし莢が何もしなければ今頃は良いように金を食い荒らされて親戚をたらい回しされていたのは間違いはないだろう、それだけに自然と自分を卑下する癖がついてしまったようだが・・京香はタバコを消すと莢をそっと優しく抱き寄せて優しく抱きしめる、思わぬ京香の行動に意図がわからぬまま思考が困惑してしまうものの・・身体は無意識にと京香へと縋っていた、その感覚は久々に母親に抱かれているようなものであった。

「何を――・・」

「どんな時でも自分を大事にしろ、お前の価値はそんなちっぽけなもんじゃない・・俺が全力でお前を守って愛してやる」

普段の京香とは違って母親のような温かみと溢れんばかりの愛情が莢の全てを余すところなく優しく包み込む、実の母親が逝って早数年・・柔らかで温かい母性を象徴させるような感覚に自然と身を委ねてしまった莢は静かに京香の胸の中で眠ってしまう。

「お母さん・・もう、離れない・・で・・・」

(おやおや、寝ちまったか。よっぽど辛い思いしてきたんだな・・)

自身の胸で眠る莢を京香は優しく抱きしめながら京香も暫く見続けるのであった・・


608 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/08/09(木) 21:48:41.96 ID:VRuyOmb3o
その翌日、目が覚めた莢の目に飛び込んできたのは隣で横になっている京香の姿でよく見てみるといつも眠っている部屋とは違ってどうやら京香がいつも眠っている寝室のベッドの上のようで莢はとりあえず周囲を見回そうとするが、隣にいた京香がむくりと起き上がると莢に声をかける。

「ん? 目が覚めたのか」

「・・おはようございます」

「待ってろ、何か朝飯作ってやるから顔でも洗って待ってろ」

そのまま起き上がった京香はタバコを吸い始めながら台所へ向かうといつものように冷蔵庫から適当に材料を取り出しながら朝食を作っていく、莢もとりあえず洗面所で顔を洗うと冷蔵庫からオレンジジュースを取り出すと取り出したコップに注ぎながら飲み始めながら昨日の心境を落ち着かせる、何せあまりに衝撃的なことだったのでそう簡単には割り切れないのだが・・京香に抱きしめられたあの感覚がどうも自分の抱いている迷いが払拭されて素直に前へと推し進めてくれる。

(この人の考えている事はわからないけど・・昨日のあの感覚は紛れもなく本物だった)

「なにそこで突っ立ってるんだ? 飯出来たからさっさと食うぞ」

「はい、ありがとうございます」

京香に促されて莢は朝食のトーストをかじりながら同じくタバコを吸いながらではあるが同じようにスクランブルエッグを食べながら寝癖でばさついた髪をいじりながら適当にテレビのほうに視線を移す。

「ハァ〜・・面白いのやってないな」

「・・昨日話してくれた養子の件ですけど、引き受けます」

「いいのか、折角守った苗字が全て変わるんだぞ?」

いくら京香も莢の心境を考えれば昨日の言葉は少し無責任すぎたなとちょっとばかり後悔してしまうが、当の本人である莢はいつものように無表情ながらもその瞳には迷いが一切なかった。

「死んだ両親も今の生き方よりもその方が望んでいると思います」

「そっか・・なら今日は役所で書類の手続きやら引越しの手はずをするぞ」

「わかりました」

本人の意向も確認したところで朝食を食べ終えた2人は早速役所に出向くと養子縁組の書類の手続きを始めとして、莢の住居の引越しや引き払いといった必要な事も京香を中心に順調にクリアされる。とりあえず大方の書類の手続きが終わった莢は自身の住居で業者と一緒に膨大なヲタグッズや作りかけのガンプラなどを必要ごとに整理して荷造りをしながら必要なものだけ取り出して区分けする、京香はタバコを吸いながらそのまま業者に必要なだけの指示を送っていく、家具に関しては細かいものを除いたら処分して必要ならば京香が改めて購入する手はずとなっているのだ。

「とりあえず荷物は明日に到着するからな、家具については買ってやるから心配するなよ」

「(いきなり引越しとか行動力パネェwwwwwwwww)わかりました」

莢も京香とともに養子縁組の書類を書き進める中でこれまでに守り通した自分の苗字が変わっていくことには不思議と自分では抵抗はなかったのが不思議なものだ、しかし学校では余計な混乱を避けるために京香の配慮でこれまでと同様の茅葺で通せれるのでとりあえずは一安心といったところだろう。

「引越しが一段落したら少し飯でも食うか」

「そうですね。色々書類の手続きも終わりましたし」

引越しの荷物は明日に届く手はずとなっているので必要なものだけは持って帰らないといけないのでいつも使っているノートパソコンはケースに入れて持って帰る、引越し用の荷物もあらかた整理できたので後は業者の手に委ねればそれで終わりなのだ。

「んじゃ、初めて親子で食べる飯だ。いいところに連れてってやるぜ」

「教頭先生・・ありがとうございます」

「ま、こればかりは少しずつ慣れていくしかないか。んじゃここは業者に任せて行くぞ」

そのまま京香に引き連れられながら莢はノートパソコンを含めた必要最低限の荷物を携えるとそのまま車に乗り込んで昼食を食べに向かうのだが、その道中に家具屋を見つけた京香は莢の家具やクッションをものの数分でパパッと選び抜くとその足で以前霞と一緒に昼食を取った店へと向かう。
609 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/08/09(木) 21:50:02.75 ID:VRuyOmb3o
「ここだ、結構美味いぞ?」

(うはwwwwwいい感じの店だなwwwwww)

莢は相変わらずの無表情ではあるが喜んでいるようで京香はそんな微妙な表情の変化を瞬時に読み取って自身の選択に満足しながら席へと向かっていくが、ここで思わぬ人物が京香に声を掛ける。

「あら、京香! こんなところで何してるの?」

(うはwwwwwちびっ子ktkrwwwwwwwww)

「て、てめぇは・・」

京香に声を掛けたのは食事をしていた霞・・どうやらあの食事以来この店を気に入ったようで見たところ1人で食事をしており、知り合いを見つけた霞は意気揚々と京香を席に座るようにせがむ。

「先生、1人で寂しかったの〜・・京香一緒にご飯食べよ♪」

(しかし誰なんだこの子供? 親放置かよwwwwwwwww)

莢との2人きりの食事にご機嫌であった京香であったが、思わぬ霞の出現によってそれらが全ておじゃんとなってしまったので京香の顔色も自然と悪くなるが、当の霞はそんなものお構いなしに2人を誘おうとするが京香は当然のように拒否する。

「バッカじゃねぇの? こちとら都合が悪いんだ、俺よりも年上なんだから1人で飯食うぐらいどうってことないだろ?」

(うはwwwwwwてことはロリババァかよwwwwwwwwwwwwww)

「あんたね!! お世話になった担任がいるんだから快く引き受けるのが筋ってもんでしょ!!」

「誰が世話になった担任だ。散々引っ掻き回したくせに・・」

「いつも私に黙ってよからぬことするからでしょ、せっかくこうして先生が誘っているのにぃ〜・・」

そのまま霞は子供のように不貞腐れながら食事を続けるが莢は二次元でしか有り得ないはずの本物のロリババァを3次元で見れているので内心興奮を覚えるが、京香自身が不機嫌なので渋々諦めるほかないが・・ここで霞は京香の隣に立っていた莢の存在にようやく目がいくと京香そっちのけで話しかける。

「そういえば・・あなたは何で京香と一緒に居るの?」

「・・」

「京香と違って無口ね〜、こんな恩知らずよりもおばさんと一緒にご飯食べよ♪」

「(おばさん言うなwwwwww普通に子供だろwwwwwwwwwww)は、はぁ・・」

戸惑う莢であるが、京香を凌ぐ霞の気迫に押されてしまって自然と向かい側の席についてしまうと京香も不服ではあるものの渋々莢の隣に座ると不機嫌オーラを撒き散らしながらタバコを吸って霞を睨みつける。

「チッ、全くこのクソガキは・・」

「別に減るもんじゃないでしょ。ま、無理矢理引きとめたのは悪かったと思うけど・・それでそちらの娘は何者なの?」

「俺は・・」

「こいつは列記とした俺の娘だ。文句あるか?」

「へっ・・ええええええッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!」

京香の驚くべき発言に霞は年甲斐もなく声を上げてしまう、何せ前に結婚の話をしたばかりなのにそれらを通り越して子供の話なので驚かないほうに無理があるが、霞はこれまでの経験を踏まえると莢に謝り始める。
610 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/08/09(木) 21:52:03.39 ID:VRuyOmb3o
「この子に何かされたのッ!!! 何か脅されたりしてるなら私が何とかしてあげるわ!!!!」

「(ちょwwwwww確かに間違ってはいないが・・)あ、あの・・」

「誰がんなことするかッ!!! ちゃんと本人の合意の下に決まってるだろ!!」

そのまま事のあらましを説明する京香であるが、当の霞はまだ信じられていないようで長年の勘から京香がまた何かやらかしたのかと判断する、何せ京香が在学時代には何度も手痛い被害にあってきたのでこれまでの経験を踏まえれば到底信じあれない内容ではあったが、役所から貰った書類を提示するとようやく霞も渋々ながらも納得する。

「養子縁組の書類はその場で本人の承諾がないと認可されない・・どうやら京香の言ってる事は本当みたいね、疑って悪かったわ。

それに莢ちゃんだっけ、変なこと言ってごめんなさいね。それに道理で京香が不機嫌なのがわかったわ、私はお邪魔ね」

「(言動と見た目が全然合わねぇwwwwww)・・いえ、こっちも手続きが完了したのは数時間前のことですからお気になさらないで下さい」

「俺の娘に免じてやる。他には言いふらすなよ、学校だと色々面倒だからな」

「わかってるわよ、昔の好で黙っててあげる」

教師と生徒が身内同士だと色々と拙いことがあるのでそれらを考慮した霞は2人の関係を胸に秘めることにする、それに養子とはいっても1人身で心配していた京香に家族が出来たのだから素直に祝ってあげるのが人情と言うものだろう。

「でも結婚通り越して養子とはいえ子供が出来るなんてね、あんたとは長い付き合いだけど考えている事は未だにわからないわ」

「別にたいしたことじゃねぇよ。恋人よりも子供が居たほうが面白い・・それだけだ、収入的にも子供を養うほうが楽しそうだしな」

(そりゃ教頭とキャバしてるから金には余裕があるわなwwwwwwwwwww)

「ま、とりあえずはおめでと。お詫びも兼ねて今日は私が奢ってあげるからじゃんじゃん頼みなさい!!」

「おっ、クソガキにしては殊勝だな!! んじゃありがたく頼ませてもらうぜ」

「・・ありがとうございます」

そのまま2人がメニューを見ながらそれぞれ気の向くままに料理を頼みまくる、この場は霞が奢ってくれると言うのだから気兼ねする必要はないのだ。そのまま数分も経たないうちに料理の数々が運ばれてくると早速食し始める、霞も2人の食べっぷりを見ていると昔のことを思い出してしまうものだ。

「2人ともいい食べっぷりね」

「そりゃ奢ってもらうんだからしっかりと元を取らないとな」

(俺は毎日奢ってもらっている件wwwwww)

「はいはい、親子揃って食欲旺盛なんだから・・それにしても京香は兎も角として莢ちゃんはどうして養子になったの?」

霞は既に食後のオレンジジュースを飲みながら今度は莢に直接的な理由を聞いてみるがその姿は実年齢を除けば子供そのものなので、この人物が京香よりも年上だとは到底思えないものだ。

「(本当に子供みたいだwwwwwww)・・言葉では表すのは難しいですけど、一緒だと安らぐんです」

「なるほどね。・・でも京香ならいいお母さんになると思うわ。私が保証する!!」

「てめぇの保障なんざいらねぇんだよ。俺は母親としてこいつを守り抜く・・そんだけだ」

特製ステーキを食べていた京香の決意表明に霞は少し驚いてしまうが、京香は言った事は必ずやり遂げる人物なのは昔から良く知っているのでこれからも変わらずにやっていくのだろう。
611 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/08/09(木) 21:58:51.56 ID:VRuyOmb3o
「それよりも早いところ校長にならないものかね」

「まだ無理に決まってるでしょ、その年齢で教頭になっただけでも異例中の異例なのに・・」

「常に上を目指すのが俺流だ、現状で満足するかよ」

(ちょwwwww今でも実質的には校長よりも力あるだろwwwwww)

今の京香は実質的にも黒羽根高では校長よりも権限があるので名乗っても問題はないのだが、書類上では未だに教頭のままなので本人はそれが不服のようである。しかし京香のように若い人間が教頭に上り詰められるのはこれまでに例外もなかったので就任した時にはかなりの話題になったもので霞も複雑な心境を抱きながらも周囲からの賞賛のお陰で鼻が高かったものだ。

「校長なんて響きは良いけど、実際にはかなり大変なものよ・・前にも留年して海外から戻ってきた生徒がいたんだけど、色んな意味で大変だったしね」

(ちょwwwwwそんな奴がいるのかよwwwwwwwwwwww)

「ほー、こっちもダブっている奴はいることはいるが・・学費払ってくれればこっちとしては儲けもんだからな。それにどんな事情にしても留年なんて本人の自己責任だ、学校がどんなに対策を練っても限界はあるさ」

「ま、そうだけど・・一応私としてはそうならないようにしたいだけよ。留年なんて学校は兎も角として本人の将来においても良い印象は与えないしね」

そのまま話は莢そっちのけで仕事の話へと移っていきながら様々な内情が話される中で莢は料理を食べながら2人の話に耳を傾ける。

「交友祭についてはどれぐらい進んでるの?」

「クラスごとの出店は決まったから後は準備次第だな」

「さ、さすが京香ね・・」

交友祭までにはまだ随分の期間があるとはいえ、既にクラスごとの出し物の話し合いを全て終わらせてクラスの実行の段階に移しているのでそれらを指揮している京香の迅速さと黒羽根高の意欲の高さに感心してしまう。
612 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/08/09(木) 21:59:50.99 ID:VRuyOmb3o

(だけど期間以内に実行に移さないとクラス全員反省文だから必死だお・・)

「そっちはどうなんだ? まさかクラスの企画すらままならぬ状態じゃないのか〜」

「ううっ・・ちゃんとこっちはやってるもん!! 企画だってそっちに負けないためにまだ職員会議で案を練ってるんだからね!!」

子供っぽくしながら主張する霞であるが、現に京香の言うように交友祭に関しては靖男のお陰でまだ企画の段階で止まっているので当初の予定よりも大幅に遅れているのだ。それに本来ならばこの交友祭の発起である白羽根学園が先陣を切らなければならないのでこのまま黒羽根高に遅れを取ってしまえば面子にも関わる問題なのだが、京香は全てを見透かしたかのように嘲笑いながら食後のコーヒーを啜る。

「ま、学校の売り上げも競争の対象になってるんだ。優勝商品はこっちが頂くぜ!!」

「フフフ、甘く見ないことね京香ァ!! 交友祭の優勝商品は理事長しか知らないけど・・発起人として手加減はしないわよ!!」

(うはwwwww交友祭はそんなに凄いイベントなのかよwwwwwwww)

交友祭を制した高校には理事長から豪華賞品が授与されるのだが、商品についてはこの2人も知らされていないので詳細については2人の上司である理事長しか知らないのだ。

「にしてもあのジジィ・・俺達にまで知らせないとはどんな商品になんだ?」

「理事長も交友祭については全面的に賛同してくださったからね、この日のために市のホールも貸し切ったぐらいだし・・期待しても良いんじゃないの?」

「あのジジィには謎が多いが、様々な人脈があるのは確かだな。副業感覚で学校経営してるようなもんだから資産家なのは確かだろうよ」

(そういえば理事長あんまり見たことないけど謎が多いんだなwwwwwwwww)

理事長に関しては白羽根黒羽根問わずに生徒は勿論のことで教師の中でも謎の人物なので七不思議の一つとも数えられる、京香もあらゆる人脈を使って理事長の素性について調べてはいたものの・・それでも影も形すら出ないので憶測で判断するしかないし、霞も校長として赴任してから立場上から一緒に行動する機会がるもののそれでも素性は全くわからないので謎は深まるばかりである。

「こっちは理事長室なんてものがあるからヒヤヒヤものだしね、京香もそっちにはあまり訪問しないとはいっても油断しちゃダメよ」

「あのな、こっちは俺が赴任してから大した問題は起こしちゃいないからとやかく言われる筋合いはないぜ」

(教師や生徒はあんたの前で問題起こす度胸はないからなwwwwwwwww)

莢の言うように黒羽根高は教師は勿論、生徒も京香が恐ろしいのは一緒なのでこれまでに黒羽根高は世間に影響を与えるような問題は起きていないので比較的に平和な部類に入る。
613 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/08/09(木) 22:00:33.44 ID:VRuyOmb3o
「前にそっちが起こした柔道部騒動はよく収められたな、教師まで巻き込んだから警察沙汰になったんじゃないのか?」

「あんまり思い出したくないんだけどね。関係各所に色々謝罪に回って理事長には絞られて・・健康診断の結果がまともに見られなかったわよ」

「ま、お前らのところは生徒会とかあるから色々と複雑そうだしな。ガキなら大人しく勉学に励めってんだ」

「散々引っ掻き回してたあんたが言えれることじゃないでしょ。・・それに生徒会に学校の運営を手伝わせるのは自主性を育む良い機会になるしね、うちは自由な校風がモットーだし」

白羽根学園は自由な校風をモットーとしてはいるものの、名門の誇りとして心技体を象徴としている。柔道部の騒動に関しては理事長と霞の迅速な立ち回りによって被害は最小限に抑えられて何とかこれまで築き上げてきた栄光は守られたものの、それでもある程度のクレームや連帯責任として全部活は暫くの間は活動停止にまで陥って霞は理事長からかなり絞られた上に騒動の責任として数ヶ月の減給処分に加えて2週間の謹慎処分だったので収拾するのにかなり苦心したものだが、それだけで済んだので幸運といえよう。

(このちびっ子の中身は大人じゃないかwwwwwwww)

「それよりも京香〜・・あんた本当に夜の仕事からは完全に手を引いているでしょうね?」

「当たり前だ、何度も言わせるな」

(ちょwwwwww平然と嘘吐くなwwwwwww)

京香はタバコを吸いながら平然としながらいつものように霞に嘘を吐いて今晩の夕食のことでも考える、昼飯は予想外の霞の出現によっておじゃんになってしまったので晩飯は誰にも邪魔が入らないように京香のマンションでゆっくりするべきであろう。

「誰にも俺達に関しては文句は言わせねぇよ・・」

「・・」

「ま、頑張りなさい。それじゃ今日は邪魔したわ、んじゃまたね♪」

宣言通り霞はそのままレシートを取り出すとあっけらかんとしながら2人の前から姿を消すのであった。




614 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/08/09(木) 22:03:47.66 ID:VRuyOmb3o
霞が去って残された2人は席から立ち去ろうともせずに京香はそのままタバコを吸いながら誰かの来訪を待っている様子であるが遅れながら食事を終えた莢は食後のコーヒーを啜る。

「・・誰か待っているんですか?」

「ああ、お前に関することだからな。来たわかるさ・・」

意味深な言葉を残しながら京香はタバコを消すとデザートに頼んでおいたケーキを食べながらある人物を待ち続ける、養子や引越しの手続きも終わったところで莢に掛けられている多額の生命保険についての話し合いがまだ手付かずなので京香は一気に話をつける腹なのだ。

そのまま待ち続けて数分後・・カバンを持った背広を着た男が2人の対面に座るが、莢はその顔を見るや否や表情を暗くする。

「あ、あなたは――・・」

「久しぶりだね。まさか本当に女性になるとはね・・死んだ母親にそっくりだよ」

現れたのは莢に纏わりついていた親戚の一派で一見優しそうな表情であるがそれはあくまでも表面だけ・・彼の目当ては莢よりも彼女に掛けられた多額の生命保険金なのでその本性を知っている莢は自然と警戒を上げるが、京香は腕を出して莢を控えさせると口火を切る。

「お忙しいところ態々申し訳ありません」

「いえいえ、会社の仕事ですからお気になさらずに・・それで彼女の生命保険金についてお話がしたいと言うことでしたね?」

「ええ、会社に聞けば担当が彼方と窺いましたので・・実はこのたび彼女と養子関係となりましてね」

「養子・・ですか?」

ほんの一瞬だけ男の表情が強張ってしまうが、そのまま持ち直すと元の豊かな優しさの溢れる表情に戻ると2人に祝福の言葉を述べる。

「それはそれは・・おめでとうございます。親戚としてお喜び申し上げますよ」

「ありがとうございます。それで彼女と養子になったからには生命保険金についてお話をしたいと思いましてね」

「そうですか・・ではこちらが書類ですのでご閲覧ください」

男は持っていたカバンから現在莢に掛けられている保険内容についての書類が提示されると京香はそれらを受け取って中身に目を通す。

「掛けられていた保険金は3000万円・・受け取りは本人の希望で成人になってからの契約です。亡くなった彼女の両親が縁のある私を訪ねてくださいましてこのような契約を交わしたんです、勿論資産運用に関しても会社のほうから事務所を紹介させてもらいますよ」

「それは安心ですね。・・それではその契約内容を変更してもらってもよろしいでしょうか?」

「は、はぁ・・しかし両親は既に亡くなっておりますので既に手続きは進んでいますから少しばかりの変更でしたら善処しましょう。それで変更したい内容とは?」

男が困惑するのも当然のこと、既に莢の両親が亡くなってから契約の手続きに沿って生命保険は現金化されており後は莢が受け取るのを待つだけなので今更金額を変更する事は出来ないし、細かい内容ならば会社に掛け合えば何とか変更は出来るが既に会社は手続きに沿って来るべき時に向けて準備しているのだ。

「私が変更したいのはこの受取人の項目・・茅葺 莢からこの俺に変更していただきたい」

「なっ――!!!」

男は驚き、莢は珍しく感情を表しながら瞳に瞳に怒りを燃やして京香を睨みつけるが、その心情を考えれば無理もない・・何せようやく信頼に値する人物から裏切られたのと同意なのでその怒りは計り知れないものがある。

「あんたも・・こいつと同様に俺の金が――!!」

「・・んなもんに俺は興味はない。すぐに終わらせるからな」

(まただ――・・母親のような優しさに父親の凛々しさがこの人から感じるのは何故だ?)

京香に頭を撫でられながら莢は思わずいい知れぬ安心感を感じながら先程まで京香に感じていた不信感や怒りといった負の感情が一気に払拭されていくと同時に安心感と充実感に包まれながらゆっくりと京香の顔を見つめると自然と笑みが零れる。

「お母さん・・」

「おっ、やっと呼んでくれたな。それじゃ母親として初仕事だ」

「あの・・話を再開させてもらってもよろしいでしょうか?」

「ええ、申し訳ございません。・・私の要求は保険金の受取人変更のみです」

男はにんまりと笑みを浮かべる京香から言い知れぬ不気味さを本能で感じながらも落ち着きを取り戻しながらいつものように優しい口調で京香の意図を確かめる。
615 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/08/09(木) 22:06:47.99 ID:VRuyOmb3o
「受取人の変更ですか・・一応、仕事ですので聞かなければならないことなのですが、失礼ですがどういった目的でしょうか?」

「3000万は大金ですからね・・それ目当てに近づく人間も少なからず居るでしょう。ならば代わりに私が管理するまで・・聞けばその金目当ての人間が大勢いたと本人から聞いています」

「それは心外ですね。彼女の両親が死んだときは親戚一同はあらゆる提案を提示したのですが、見事に断られてしまったぐらいですからね。確かに金目当ての人間もいたと思いますよ、何せ3000万の大金ですからね。

おっと話が逸れました、それで受取人変更の件ですけど少し時間を置かせてもらいます。何せ手続きの殆どが進んでいますので会社と掛け合わなければならないんですよ、申し訳ありませんが私個人の判断ではとてもではありませんが下せられません」

そのまま男は笑いながらコーヒーを飲むが京香は怒りに身を震わせながらもそれらをぐっと堪えつつもこのように保険金目当ての大人たちから必死に自分を守り抜いてきたのだ、それらの事があったのにも関わらずに人間不信にもならずに性格が歪まなかったこと自体が奇跡に近いのだ。

「保険金の受取人に関しては受取人の直接的な身内のみなら変更は法的に認められる筈です、確かに既に手続きが進んでいるとはいえ書類の書き換えならばすぐだと思いますが?」

「確かに保険金の受取人は受取人の直接的な身内ならば変更は可能です。しかし法的にも認められているとはいえ会社としましては手続きに加えまして審査もありますのでそれ相応の時間を頂きたいのです」

生命保険の受取人の変更に関しては受取人の直接的な身内ならば変更は認められており、このたび莢の母親となった京香への変更も可能である。しかし男の言うように契約人の変更に関しては書類上の手続きに加えて審査も義務付けられているのでそう簡単には変更など出来ないのだが、京香もそれについては熟知しており手っ取り早く変更を済ませるために役所からの書類に加えて審査に必要なこれまでの自分の経歴を表した書類を男に提示する。

「私達の親子関係に加えてこれまでの自分の経歴の書類です。これで審査も問題はないと思われますが・・?」

「ですが、審査は会社によって行うものですので書類を出されても、何度も言いますように私個人では・・」

「・・それでは逸れ相応の人物に着てもらいましょうか」

男の言う事は理に適っており何ら不備はない、それに彼にとって莢が受取人でい続けてもらわなければ非常に困るので何が何でも受取人変更に関しては阻止しておきたいのだ、莢が受取人でい続けてくれればよっぽどのことがない限り金は会社が直轄している資産運用会社へと流れるので後はそこの担当と話をつけて一気に金を掻っ攫う筋書きなのだ、自分はこの保険に関する担当でもあるし他ならぬ莢の親戚でもあるので器用に立ち回れば表ざたに出る事はなく円満に解決するのだ。
しかし京香にしてみれば男の態度は始めから想像ついていたのでいつも使っている客用の携帯を取り出すとこの状況を瞬時にひっくり返せられるある人物に連絡を取り始める。

「どうも、杏です。以前言っていたお話の件ですが・・はい、わかりました。それではお待ちしております」

「・・誰か来られるのでしょうか?」

「ええ、この状況をひっくるめられる最適の人物が着てくださいます。申し訳ございませんがもう暫くのご辛抱をお願いします」

「いいでしょう、私も構いませんよ」

そのまま男はこれから来るであろう人物を待ちながら冷めかけていたコーヒーを飲みながら余裕の表情を崩さずに京香に手渡された書類を見ながらチェックを進めていく、これらの書類を会社に提出すれば審査を通るには充分すぎるほどの材料なので男とすればこれらの書類は会社には提出せずに内密に処分したいところである。

その一方で2人のやり取りを黙って見守り続けていた莢も心配しながら京香を見つめ続ける、あれから莢が一人で暮らすことを決意しながら保険金目当てで纏わりつく親戚の数も徐々に減ってはきているものの、この男だけは担当である立場を利用して未だに莢の保険金を虎視眈々と狙っている、それ故に莢も男の思惑は知りながらも無闇には邪険に出来ないので扱いに困っていたのだ。
616 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/08/09(木) 22:08:21.59 ID:VRuyOmb3o

「それにしても・・今更養子縁組とはどういった心境の変化だい?」

「・・今まで保険金を目当てに囁いてたあなた達に話す理由はない」

「随分と嫌われたものだ。他の連中は兎も角として僕はそこまで恨みを買ってないような気もするんだけど」

「俺から見ればあんたは今まで接してきた親戚の中でも悪質だ。自分の立場を利用して生命保険金を狙う・・何度あんたの口車に乗せられそうになったことか――ッ!!」

普段とは違って憎悪を込めて男を睨みつける莢を男はいつものように笑顔を絶やさずに視線を再び書類に移す、この男は今まで自分の立場を利用しながらその笑顔で囁きこれまでにも自分に生命保険金が流れるようにありとあらゆる手段を講じてはいたのだが莢はそれらを幼いながらも必死でかわしていきながら今日までに何とか守り抜いたのだ。それ故にこの男の笑顔の裏には露骨で嗅覚の鋭いハイエナのような本性が隠されているのをよく知っている。

「ま、君が僕達をどう思うが勝手だけど・・こんな大金を子供に保険金に掛けるとは当時は驚いたけどまさか現実になるとはね」

「こっちは地獄だったよ。・・両親が死んでから金目当てのあんた達親戚連中とやりあって一時期は両親を心底恨んだ時期があったが唯一両親が俺に残した遺産だ、誰にも渡す義理はない」

「おやおや、僕の知らないところで色々な連中とやりあってたのは本当のようだね。ま、あの連中から僕のことを色々と聞いたみたいだが・・恨むのは結構だけど事故に関しては僕は無関係だからね」

口調は優しいが明らかに莢の気持ちを踏み躙った上に嘲笑する内容に京香の怒りは最高潮まで達するが、何とか無理矢理抑えるが当の莢は身体を怒りで震わせながら今に男に掴みかかろうとするがそれを察知した京香は右腕一つで莢の身体を制止すると今度は京香が改めて静かに男を見据え続けると淡々と語り出す。

「・・随分と私の娘を可愛がってくれたようですね」

「母親気取りとはよくやりますね。・・そういえば今まで彼女に近づいた人物にも似たような人がいましたっけ?」

「フフフ、母親気取りですか・・それで結構、自分の娘に身体を張るのは親として当然です。言葉では伝わらないものがあるもんですよ」

「これは面白い御仁だ。良い母親にめぐり合えてよかったね」

笑顔で男は莢に語りかけるが莢はそれ以上京香の顔は見れなかった、表情は平静を装ってはいるものの言葉の端々からは憤怒を超えた静かなる怒りが駆け巡り周囲の温度を下げる。多分京香の内心には怒りという怒りが結合しあって憤怒となって身体中から巡ってきているのだろう、それらを完全に制御しながら男と向き合っているのだ。

そのまま静かに時間が流れる中である中年でブランド物の背広を羽織った男性が3人の座っている席へと現れる――

617 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/08/09(木) 22:10:14.92 ID:VRuyOmb3o
「ここだけ少し温度が低いな」

「あ、あなたは――!!」

男は現れた男性の顔を見ると持ち前の笑顔が崩れ去ると京香と莢の前で初めて動揺の表情を見せる、この場で保険金の変更が容易に出来て尚且つ男が畏怖する唯一の存在・・その答えは男の叫び声とも取れるある種の叫び声ですぐに判明する。

「し、社長――!!! どうしてこちらに・・」

「おや、私がここに居ては不服かね?」

「い、いえ・・」

現れたのは男が勤務している保険会社の社長で彼ならば自分の権限を使って審査なしでの受取人変更など自分の権限を使えば非常に容易いことなのだ。そのまま京香は席から立ち上がると社長に深々と礼をしながら賛辞の言葉を述べると男の隣に座る。

「社長、お待ちしておりました。お忙しい中、私事で来て下さったことを感謝いたします」

「いやいや、他ならぬ杏の頼みだ。来ないわけには行かないよ」

社長は京香と談笑しながら机に提示されていた書類に目を通すと今日の案件と照らし合わせながら即座に決断を下す。

「よし、早速受取人の手続きに入ろう」

「お、お待ちください!! 手続きといわれましても一定の処置を踏まないと・・」

「会社には私が話しておくから問題はない、審査に関してもこの書類を見た限りだと逆にどのような疑問があるのかね?」

「(この女ァ・・始めからこうなることを計算してたんだな!!!)い、いえ・・」

ここで男はようやく京香の意図に気がつくのだが既に遅すぎた、社長が認可をすればそれは全て事実でまかり通るので審査など書類だけで済ませられる。今まで莢の保険金を付けねらっていた男としてみれば最悪のシナリオであるが、相手は自分の会社の社長・・彼は社内でも敏腕で知られているので楯突くには分が悪すぎる相手である。

「では早速手続きを始めようか。この書類は会社で必要なのでこちらで貰うよ」

「ありがとうございます。コピーのほうで宜しかったでしょうか?」

「構わんよ。それで彼から聞いているとは思うが保険金の現金化は既に完了してあるが、どうする?」

「出来れば今すぐ受け取りたいのですが・・」

「早急だな、では小切手で済まそうか」

社長はそのまま懐から小切手を取り出すと生命保険金と同様の金額を記入するとそれを京香に手渡す、そして間髪入れずに隣にいる男に早急に指示を飛ばす。

「何をしてるんだね。保険金の受取人変更と引き出しの手続きを会社でやりたまえ、これは社長命令だ」

男が最初に見せた笑みを余裕たっぷりの姿は今では見る影もなく、社長の威光に完全に萎縮しながら書類を持ってそそくさと席を立ち去る。このまま会社内で処分しようという考えが頭に過ぎるが、この一件は完全に社長命令と化したのでそんなことすれば自分の職を失ってしまうことになるのは目に見えている。何せこの社長は仕事に関しては手抜かりは絶対しないので姑息な手段を用いてもすぐにばれてしまうのがオチなのでここは現実を見たほうが最良の選択と判断する。

「(グッ、公私混同名命令を下しやがって!!!)か、畏まりました・・」

「これであなた方の目論見は見事に崩れ去りましたね。他の方々にもよろしくお伝えください」

「してやられましたよ、では仕事があるのでこれで失礼しますッ!!!」

悔しさを滲ませた捨て言葉を残しながら男は書類を携えて席を後にする、そして京香は改めて深々とお辞儀をしながら社長に礼を述べる。

「社長、改めてお礼を申し上げます」

「杏の頼みだからね、それで・・」

「わかっています。店でお待ちしています、店長にも話はつけておりますのでお願いします」

(やっぱりタダではいかないのか・・)

社長のお陰でこの一件が収まったが彼とてタダで動くほどお人よしではないのだ、社長が求めているのは何かしらの対価・・2人のやり取りでそれらを悟った莢は京香に罪悪感を抱いてしまう。

618 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/08/09(木) 22:10:30.60 ID:VRuyOmb3o
「楽しみにしているよ、昔から杏は人気者だったから指名入れるにも苦労したな」

「あの頃と比べたらすっかりと老け込んでしまいましたよ」

「杏は昔とちっとも全然変わっていない、むしろより成熟して魅力が引き立ったと言うべきだろう。そういえばその娘は店でもたまに見るけど・・」

「社長」

「おっと俺としたことがすまない、女の子のプライベートはご法度だたのをすっかり忘れてた。それじゃまた店で会おう」

「今回はありがとうございました。また店でお待ちしております」

そのまま社長も席に立つと京香も同時に立ち上がり深々と礼をすると姿が見えなくなるまで見送り終えると、どっしりと席に着いて深い溜息を吐きながらようやくタバコを吸い始めながら肩を鳴らすといつもの姿へと戻る。

「ハァ〜・・慣れないことしたから疲れた。久々にキレそうになったけど厄介な奴も蹴散らせて上手い具合にいってよかった・・って嬉しそうじゃないな」

「・・こんなの全然嬉しくない――――!!!」

莢は両腕でテーブルを力いっぱい叩きつける、この一件で保険金目当てに自分に近づいてきた親戚は一切姿を見せなくなるのは確実ではあるものの、京香のことを考えるだけで自然と涙が溢れてしまって何も出来なかった自分が口惜しいのだ。

「嬉しくない・・自分の不始末を人の背負わせる結末なんて――!!! 折角自分の母親になってくれる人が犠牲になる結末なんて見たくなかった・・」

「俺は母ちゃんだぞ? これぐらいなんとも・・」

「母さんだからこそ―――ッ!!!!! ・・母さんだからこそこんな結末にしたくなかった――」

泣き崩れる莢に流石の京香も思わず言葉が詰る、あの親戚連中がこれまで自分にしてきた仕打ちとは比べ物にならないほどの屈辱と悲しみが一気に広がって自分ではもはや制御し切れないぐらいに悲しみの赴くまま泣き続ける。

「・・」

「こんなお金なんて欲しくなかった。・・でも手放すのが嫌だった、時々自分が無意味なような気がして――」

1人の少女の悲しくも虚しい鳴き声が響き渡る中・・京香は吸っていたタバコを消し終えると泣きじゃくっていた莢を抱きしめる。今までと違って京香からは力強くも慈悲溢れる優しさがより一層滲み出ており、悲しみに暮れていた莢の身体は無意識と委ねてしまうがこんなことをしていても現状は何も変わらないことを悟ると静かに京香の胸の中で泣き続ける、京香はそんな莢の頭を静かに撫でながら優しく語りかける。

「無意味じゃない、そのお金は亡くなった両親がお前の為に残してくれたものを汚い連中から必死に守り通したんだ、後は俺がそれを引き継いでやる。

・・自分をしっかり持ってたくましく生き続けるのが亡くなった両親への最大の供養じゃないのか?」

「お母さぁ・ん・・」

「よしよし、もう自分を追い詰めなくても良いんだ。ずっと俺が傍に居てやるよ・・」

ようやく全ての払拭も解決されたところで本当の子供となった莢を京香は落ち着くまでしっかり抱きしめ続けると時間はゆっくりと流れて莢が落ち着いてからようやく2人も店を後にするとその足で銀行へと向かうと受け取った生命保険金を今度はそっくりそのまま莢名義の全額定期預金へと姿を変えると判子と一緒に通帳を莢に手渡す。

「ほらよ、これは列記とした莢の金なんだから持っとけ。ちゃんと名義も種田 莢にしてあるから莢以外には引き出す事は出来ないからな」

「でも何でこれを・・」

「この金は亡くなった両親が残してくれたもの・・そいつは莢がどうしても必要になった時に使えば良いだけだ」

このお金はあくまでも亡くなった莢の両親が託したお金・・なので使うか使わないかは莢によって委ねられるので京香は金目当てで纏わりつく親戚を一掃したら後は彼らが二度と手の出せないようにして接点を完全に絶つ・・これで当初からの計画が無事に完了したのでようやく落ち着くことが出来る。

「さて、遅くなったところで・・これからよろしくな、莢!!」

「・・はい、お母さん!」

全ての問題も解決したとこでようやく親子になった2人は前途多難ではあるが着実に前へと着き進むのであった。



619 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/08/09(木) 22:13:30.78 ID:VRuyOmb3o
その頃、陽痲はメイド服姿になりながら携帯片手にその姿を写真として残している由宇奈に呆れながらもしっかりと対応している自分にため息すら出ない・・ことの起こりは単純明快、久々に自室で小説を書いていた陽痲の元に以前メイドカフェでゲットしたメイド服片手に由宇奈が現れたことから始まる。

「陽太郎! 前にすっぽかした代償として今日1日この姿で過ごしてもらうよ!!」

「おいおい、いきなり現れたと思えば・・あのときのことはちゃんと謝ったろ。それにその手に持っているものはまさか――!!」

「ご名答、巷で話題のメイド服だよ! 制裁の意味も込めて嫌でも着てもらうわよ〜」

「や、やめ・・うわあああああ!!!!」

陽痲の抵抗も虚しく若干の体格の差に勝った由宇奈が無理やりメイド服を着させ始める、男のときならば力の差で陽痲が完勝していたが女体化してしまった今では由宇奈を取り押さえれるどころか今では簡単に丸め込まれる始末・・昔がちょっぴり懐かしくなった陽痲である。そのまま由宇奈主導で撮影会が進むが、全て終わった頃には陽痲はすっかり着慣れてしまったメイド服を着たままパソコンに向かって小説を書き始める。

「何で俺がこんな格好を・・」

「店のイベントで似たような衣装着てるじゃないの。これもその延長だと思えばいいんだし」

「あのな!! 仕事とプライベートは別物に決まってるだろ、全くこんな服着て喜んでいる奴の気が知れないよ」

少なくとも2人のよく知っている身近な人物は見るほうに興奮を覚える人間が1人いるのだが、取り合えて誰とは言うまい・・それに客からのメールもとりあえず落ち着いているようなのでまさに理想的な休日といっていいだろう。

「にしてもそんなに遊びたければ茅葺を誘えばよかったんじゃないのか?」

「龍之介君は今日は予定があるみたいだから無理。さっき撮影した写真と一緒にメールで送ったらすぐに返事が来たよ」

「ふーん・・って、なに勝手に送ってるんだよ!!!」

「別に減るもんじゃないじゃん。それとも何かやましいことでもあるの?」

「あのなぁ・・」

こうなってしまえば由宇奈の独壇場なので陽痲も渋々ながら従うしかない、勝手に写真を送られたことは癪ではあるが相手が莢なのが幸いといったところである。

「にしても由宇奈はこれから教頭先生の借金を返し終えたらこの仕事続けるつもりか?」

「そうだね・・最初は慣れないことで不安だったけど、店長をはじめとしてみんないい人ばかりだから楽しいよ。陽太郎は返し終えたら辞めちゃうの?」

「俺は返し終えても辞めないと思うぜ。・・てか、俺たちあれから結構仕事していると思うんだけど借金はどうなんだろうな?」

2人の給料は借金分を差し引かれた分を京香に支給されているのだが、額もかなり大きいので今どれぐらい借金があるかは把握はしていない。

620 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/08/09(木) 22:14:57.71 ID:VRuyOmb3o
「でもキャバ嬢って面白い仕事だよね。教頭先生が長年夢中になった理由がよくわかるよ」

「ま、それはどうかとは思うけど・・面白いというのは同意するよ」

陽痲もだんだんとこの仕事に適応していく自分に一種の才能を感じてしまうほどだ、最初はぎこちなかったメイクや髪のセットも今では手馴れたもので酒の味も覚えてからは接客の幅もかなり広がっている。

「そういえば由宇奈は従兄弟が白羽根にいるんだよな。交友祭についてもなんか知ってるんじゃないのか?」

「といわれてもね、私もそこまでは・・」

由宇奈も応援団に所属している従兄弟とは多少なら連絡はしているが、白羽根学園についてはそこまで知っているわけではない。しかし近々交友祭が開かれるのでそういった意味も含めては陽痲も興味があるのでいつものように由宇奈に話をせがむ。

「交友祭に関しては応援団でも何か演舞みたいなのをするみたいだよ」

「へー、演舞ね。やっぱり名物だけあってスケールが違うんだな」

「私も詳しいことはわからないんだけどね。あの団長さんの元で今でも厳しい練習をしているみたいだよ」

交友祭では応援団も出し物として演舞をやる予定となっており、団長である藤堂の厳しい指導の元で過酷な鍛錬を積んでいるようである。さすがに内容については機密事項に相当するので詳しくは教えてもらえなかったが、それでも大規模になるのは間違いはないだろう。

「それにね、前に留年していたという鼓手隊長の人が海外から帰国したんだって」

「おいおい海外に行ってて留年したって・・変な話だな」

「でも事実みたいだよ。でもスケールが大きいよね、どんな人なんだろう?」

「・・少なくとも俺たちとは感覚が違うと思うぞ。それに交友祭では前に来ていたお客さんで白羽根の教師がいたからそこを気をつけないと」

「そこら辺は大丈夫だよ。前に教頭先生が私たちに関しては対策してくれるって言ってくれてたし」

交友祭では真相を知っている靖男との接触は絶対に避けておきたいが、そこら辺の対策は京香によって抜かりなく行われており由宇奈と陽痲と莢の3人はクラスの出し物には参加せずに京香の指示のもと動くことになっているのでとりあえずは一安心ではあるが、それでも万が一ということがあるので不安は拭いきれないものだ。

「でもなぁ・・出来るなら交友祭では会わないようにしたいぜ。それに俺たちは当日どうすればいいんだろう?」

「そこは教頭先生次第だね。でも当日は何をするんだろうね」

「何か心なしか嫌な予感がするぜ」

陽痲は京香の思惑がどことなく読めてしまって嫌な予感がしてしまうもののなるべく考えないようにしている、白と黒の対決となる交友祭・・果たして当日はどのようになるかはわからないが、なるべくなら穏便に終わってほしいのが2人の願いであった。
621 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/08/09(木) 22:17:40.24 ID:VRuyOmb3o
とあるマンションの一室・・ある女性が乳児をあやしながらももう一方ではパソコンのペンタブで漫画を描き続けるという器用な作業を繰り広げていた。

「よしよし〜。ふぅ、一児の母親ってのも楽じゃないわね・・お姉ちゃんみたいな大人にはならないでよ」

女性は何とかあやし終えて眠った子供をベビーベットに戻すと凝った肩を解しながらようやく仕事へと集中する、彼女の名は大瀬 真由(おおせ まゆ)・・旧姓は種田でなんと驚くべきことに京香の実の妹である。そんな彼女の職業は今や押しも押されずの売れっ子漫画で何本の連載も持っている傍らで学生時代に立ち上げた長有名大手サークルの一員でもあり出版業界ではかなり名が通っている人物でその実態は1児の母である。

「さて、仕事しないとね。だけどある程度はパソコンで済ませているけど・・背景か何まで1から自分で手作業なのもしんどいね。アシ雇う余裕もないけど原稿は落とすわけには行かないから死活問題よね」

今や真由の作品はアニメ化も果たしているぐらいのヒット作となっているのが、アシスタントは未だに雇っておらず全てをパソコンで制作しているとはいっても手作業に変わりないので作業も膨大になるのだが、それでも原稿は一切落としていないのは流石といえるべきであるが子育ても絡んでしまえばいずれは限界も目に見えてくるのでアシスタントを雇うことも視野に入れなければならないのだが、人件費のことを考えたら一杯一杯なのが現状である。

「でもな、収支にはまだ余裕がないからアシスタントは雇うのはまだ先か・・」

「なら旦那に頼ったらどうだ?」

「そんなこと出来るわけないでしょ、自分の仕事の不始末は自分で・・ってお姉ちゃん!?」

「よぉ、ちゃんとやってるか?」

真由が振り返ったその先には自分の子供を抱いている京香とその後ろで少しぎこちなさそうにしている莢の姿、どうやら真由が仕事が熱中している間に自前の合鍵で侵入したようでチラチラと真由に見せ付ける。

「このマンションはお前の結婚祝いに俺が買ったもんだぞ。部屋の中に入るぐらい俺にとったら造作でもない」

「はいはい、無防備な私が悪かったわよ。それに前と違って乳児がいるんだからタバコ吸いたかったらベランダでね」

「まだ赤ん坊の甥っ子にそんな真似するかよ」

(学校でも配慮してやれwwwwww)

「ま、ここじゃ何だからお茶でも淹れるわ。向こうのテーブルでちょっと待ってて」

そのまま3人は場所を台所のテーブルへと移すと真由は来客用に作っておいた紅茶を京香と莢に差し出すと最後に自分の分も淹れてようやくのんびりと落ち着くと京香の隣にいた莢の存在が気になったようで早速そっち方面に話題を振る。

622 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/08/09(木) 22:20:26.76 ID:VRuyOmb3o
「んで今日は何の用事? それにそちらの娘は・・」

「まぁ、そう急かすなよ。順を追って説明するとだな・・こいつは俺の娘になった莢でお前の姪っ子だ」

「・・」

「へ? ええええええええええええええええ――――――!!!!!!!!!!!」

これまでも姉の京香の行動に対しては真由もある程度の耐性は持ってはいたものの、まさか莢のような年頃の娘を自分の子供にしていくという前代未聞の行動を取ったのだから実の姉ながら多少甘く見ていたようだ。

「今までお姉ちゃんのやってることには耐性がついてたつもりだけど・・まさか結婚を通り越して先に子供だなんてね」

「さすがに実の妹だけあってすんなりと受け入れてくれて何よりだ。というわけで莢。これが俺の実の妹で売れっ子漫画家をしている真由だ、お前の叔母さんだ」

「・・どうも莢です」

「あ、ああ・・よろしくね」

莢とぎこちない挨拶を交わす真由であるが、これでも京香の妹・・こうした行動の数々には割り切れる術を持っているのですぐに現実を受け入れると改めて砕けた口調で莢に話しかける。

「えっと莢ちゃんだっけ? 見ての通り常識に囚われない一風変わった姉だけど変な人じゃないから安心してね」

「おいコラッ! 俺は至って普通だ」

「未だに教員しながらキャバ嬢している人は普通じゃありません。行動力があって超優秀だと思っている世間様が哀れで仕方ないわよ」

(実の妹ながら超毒舌だなおいwwwwww)

普段ならばここまで京香に言えれる人物など早々お目にかかれないものだ、しかし京香も実の妹相手に容赦する性格ではないので負けじと言い返す。

「てめぇだってな!! 高校のときは俺のタバコ勝手にくすねたり、生活苦しいときは何度金貸したことか・・!!!」

「今はあの時と違ってタバコだってちゃんと辞めてるし生活だって安定してるわよ。それにこの歳で叔母さんはちょっとショックなんだけど・・」

「仕方ないだろ、歳の差は仕方ないからな。それに俺よりも先に結婚してるんだからおあいこだろ」

(イミフwwwwww)

ささやかな抗議もしっかり握りつぶす姉に真由は少しため息をつきながらも京香にこれまでのいきさつを聞きながら驚いた顔色一つ見せずにしっかりと聞き流すのだが、その過程である疑問がわいた真帆はすぐに莢に尋ねはじめる。

「もしかして莢ちゃんも・・お姉ちゃんと一緒の職業に勤めているの?」

「・・はい」

「これは黙ってろよ、あんまり大っぴらに話すことじゃないしあのポンコツとも店で面識あるからな」

「靖男君とも面識があるのね・・わかったわ、本人に会っても黙っておいてあげる」

こうみえても真由はかなり口が堅いので他人には絶対に漏らさない、逆に言えば京香ですらも真由からは秘密を聞き出すことは不可能なので味方にすれば頼もしくもあり敵に回してしまえば肉親がゆえに厄介な人物なのだ。

623 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/08/09(木) 22:21:34.21 ID:VRuyOmb3o
「にしてもお姉ちゃんの考えていることは毎度ながらよくわからないわよ。でも2人はなんだかんだ言ってもいい親子になりそうね、見ててわかるわ」

「・・そうですか?」

「そうよ。あっ、そうだ! せっかく来てくれたんだし私の漫画でもみてみる?」

「お前の漫画ね・・ま、莢はそいったのが好きそうだからいいんじゃねぇの。俺はベランダでタバコ吸ってくるからお前ら2人で楽しめよ」

「(うはwwwww何でバレたwwwwwwwwww)・・うん」

さりげなく自分の趣味が京香にばれたことに少し驚きを見せる莢であるが、これから一緒に暮らす上で隠していても元も子もないし京香も真由の影響でそういった知識は多少ながらあるみたいなので問題はないだろう。

「はい、これが私の仕事場だけど・・」

(うはwwwwwwこの人があの夏目 純先生だったのかwwwwwwwすげぇwwwwwwwwww)

「喜んでもらえてるみたいだね。そこら辺にある漫画読んでもいいよ、去年の夏コミのボツ作だけど」

「ありがとうございます」

真由が超有名な漫画家だと知った莢はオタク根性が火がついた莢はまさぐるように部屋の隅々を見ながらボツ作となった同人誌に手を取ると早速読み始める。

(うはwwwwwこれって大手サークルの時の作品かwwww男のときは息子が大変にお世話になりましたwwwwwwwwww)

「よかったら何冊か持って帰っていいよ。結構在庫整理を疎かにしているからね」

「・・同人の時の作品は雑誌で掲載しないんですか?」

「うん、雑誌の人には何度か勧められたけど・・あんまりそういったことは好きじゃないんだよね。区別はきっちりと付けたいんだよ、同人の作品はあくまで同人だけ・・それが私の漫画家としてのポリシーって奴かな」

現に真由に関しては表よりもかなり口うるさいネット上でも絶賛の嵐で彼女がコミケに出没すれば必ず専用スレが立つほどの人気ぶりであり莢もそのスレの住人であり同人誌や単行本もきっちり揃えているほどの筋金入りである。

624 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/08/09(木) 22:22:20.87 ID:VRuyOmb3o
「全て仕事はペンタブでやってるんですか?」

「そうだよ。世の中便利になったもので今では完全にこれで仕事をしている状態だね、ペンタブやソフトも専用のものを使っているから原稿が書きあがったらデータをまとめて送信するだけだけど・・それでも1人でやるには変わりないから大変だけどね」

「なるほど・・」

「ま、これでも美大出身だから絵には当然自信があるんだけど・・子供もいるから兼ね合いがね難しいのよ」

意外な売れっ子漫画家の現状に莢は少しばかり感心しながらも仕事と子育てを両方こなす真由の凄さが京香との血筋を思い知らされるものだ。

「あ、そうそう。莢ちゃんは靖男君を知ってるんだよね?」

「(えっと・・あれか、前にVIPで豪遊した人かwwwww)ええ、お母さんと同じ教師ですよね」

「そうそう、私たちの従弟なんだけどお姉ちゃんとはいつも会うたびに口喧嘩するのよ。ま、喧嘩するほど仲が良いって言うけど・・しかもお互いに姉妹校同士の教師なんだから変なものよね」

(いくらなんでも世の中狭すぎwwwwwwwwwwwwwww)

自分の周りの誰かと誰かが何かしらの関わりあいを持っている世の中の狭さを莢は実感してしまうが、それでも母親となった京香の意外な一面も知れることが出来るので悪くはない。

「お母さんってどんな人なんですか?」

「そうね・・私が言うのもなんだけど、お姉ちゃんってあんな感じでも結構繊細なのよ。ま、一緒に暮らしていけばわかることだから・・」

「うぉい!! 人の娘に余計なこと吹っかけんな!!!」

ベランダで一服済ませた京香が2人の前に現れるとえらく不機嫌そうな顔で真由を睨み上げるが、当の本人は気にも留めない。

「別に変なことは言ってないんだけど・・そういえば前に話してた例の交友祭は大丈夫なの、靖男君と莢ちゃんが会ったらちょっとヤバイんじゃないの?」

「そこら辺については俺がちゃんと対策はしてある。それに奴のことは話題に出すな、散々俺の店で安く飲ませてやった上に勉強や大学も面倒見てやった恩を忘れやがって・・!!!」

「まぁまぁ・・もういい大人なんだから莢ちゃんも前でもみっともないよ」

「・・もう見ているから大丈夫です」

「アハハ・・」

さすがの真由も莢の言葉には苦笑しか出来なかった。


625 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/08/09(木) 22:23:29.58 ID:VRuyOmb3o
一方、陽痲はメイド服を着たままパソコンで小説を書き続けており由宇奈もその横で客とメールしながら独自に時間をつぶしていたのだが・・ここでご飯の時間になるとある一計を思いつく。

「陽太郎。お腹すいた〜」

「もうそんな時間だけっか? しゃあない、何か作ってやるからそこで大人しく・・」

「ちゃんとメイド服で作ってね!! ちゃんとメイドらしくしっかりとした感じでよろしく〜」

「わかったわかった」

既にメイド服にすっかり慣れた陽痲は小説に一区切りつけると台所へと戻って冷蔵庫から適当に材料を取り出すと手馴れた手つきで料理を作り始める、陽痲の両親は小説家という職業なので家族仲は悪くないものの、部屋に篭りっぱなしなのが多く食事に関してもお腹が減ったらそれぞれが勝手に作るといったスタンツを取っているためそんな環境で育った陽痲は料理に関しては自然とスキルが上がっているのだ。

「おおっ、ちゃんとやってるね」

「大人しく部屋で待ってろって言っただろ。とにかくお前は手出しするなよ」

由宇奈の壊滅的な料理の腕を知っている陽痲は背後にいる由宇奈の行動に目を光らせながら手際よく料理を作り続けるが、大人しくしていたと思ってた由宇奈がとんでもないことをつぶやき始める。

「そういえばさ、陽太郎は好きな男の子出来た?」

「ブッ!! いきなり何言ってんだよッ!!!」

「だってさ、普通に可愛いし家事も普通に出来る女の子なんてそう滅多にいないよ。そろそろ彼氏作ってもいいんじゃないの?」

同じ女である由宇奈の目から見ても陽痲は容姿やスペックも問題はないどころかモテる要素を全て兼ね揃えているので未だに彼氏の1人や2人が出来ないのが逆におかしいぐらいであるが、当の本人がそういった浮いた話すらないので由宇奈も心配なのである。

「もしかしてお客さんの中でいい人がいるの?」

「んなことするわけないだろ!! それに俺たちが客と付き合ったらまずいしな・・」

陽痲もなんだかんだ言いながらも今の仕事はきっちりとメリハリをつけているようで客同士の恋愛に関しては基本的にはNGのようである、しかし恋愛そのものは興味がないわけではないので本人次第といったところである。

「ま、俺たち今の仕事でも思いっきりアウトだから客と恋愛なんて当分は出来ないだろうがな」

「ふーん。ま、好きな人が出来たら積極的にアタックすることが大事だよ。過去の経験からのアドバイス」

「わかってるっての・・ほら、ご飯できたぞ」

「メイドらしくない!! でも美味しそう〜」

我先にと陽痲が作った冷蔵庫のあまりもので作ったチャーハンを食べながら由宇奈は更に言葉を続ける。

「でもさ、陽太郎は将来どうするつもりなの?」

「そりゃ昔からの夢である小説家にはなりたいけど・・案外普通に結婚して主婦になってるかもな」

「陽太郎が結婚ね・・子供は育てられそうだけど恋愛している姿が想像つかないよ」

「失礼なこというな!! 絶対に由宇奈には先越されないようにするからな!!!」

「まずは恋人から作ろうね、陽太郎君〜」

「ううっ・・」

珍しく由宇奈にやり込められた陽痲はそのままチャーハンを慌てるように食べるのであった。
626 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/08/09(木) 22:24:21.85 ID:VRuyOmb3o
その夜、京香のマンションでは豪勢ではないもののこじんまりとした京香お手製の料理の数々が並んでおり莢も思わず目が点となってしまう。

「こんなにたくさん・・」

「ま、初めて親子で食う飯だからな。これぐらいするのは当たり前だ」

料理を作り終えた京香はいつものグラスとテーブルの料理の数々に似つかわしくないシャンパンを取り出すと自分の分と莢の分を注ぎ始める。

「ほら、今日は思いっきり飲め。このシャンパンは結構高いからな」

(うはwwwwwwんな高い酒出されてもwwww)

「遠慮するなよ、ぐっと飲んで食え!」

「それでは・・いただきます」

京香に促された莢はようやく箸を取って料理の数々を食べ始めるが、どの料理も自分の記憶に残っている味ばかりで夢中になって食べ始める。京香も料理を食べながら合間にシャンパンも飲みつつ莢との食事を愉しむ、既に必要な家具やパソコンといった生活必需品は莢の部屋に運ばれているので後は業者からの荷物を待つだけである。

「ま、残りの荷物は業者が運んできてくれるが・・何か手伝うことはあるか?」

「(作りかけのガンプラやエロゲーやらたくさんあるから1人でやりたいおwwwwww)荷物もそんなにないから大丈夫・・」

これから送られてくる荷物は莢がこれまでに集めた同人誌やエロゲーの数々に加えてフィギィアや作り上げたガンプラの数々に作りかけのガンプラやそれに必要な道具などそれなりに繊細な代物が詰まっているしこれから自分が過ごす部屋なのでそれらを考えても京香には悪いがこればかりは1人でやりたいものだ。

(さすがに親にそういった代物は見せたくないからなwwwwwwww)

「ま、こうして莢と親子になったわけだが・・これから一緒に生活するんだ、色々とよろしくな」

「はい・・」

こうして晴れて親子となった2人は軽く乾杯をしながら高級酒のシャンパンを飲み続ける、思えばこうして奇妙でへんてこな関係となった2人であるが・・初めて出会った経緯からこのように行き着くのがおかしい話である、どこぞの売れない漫画や小説のほうが最もな筋書きを描いているだろう。しかしうだうだ考えても仕方がないので全ての足かせがなくなった今は全てをリセットする意味で1からスタートすればいいのだ。

「(今俺は幸せなのだろう。そう思いたい)・・お母さん、それで色々と差し引かれてる金だけど」

「宮守や佐方の手前もあるからこれまでも継続していくぞ。早く1人前になってしっかりとやってくれ!!」

(ちょwwwwwやっぱり少し不安かもwwww)

改めて莢は京香との親子生活に新たにできた複雑な心境を抱きながらシャンパンを飲み干すのであった。





fin
627 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) [sage saga]:2012/08/09(木) 22:25:06.65 ID:VRuyOmb3o
まだだ! まだ終わらんよ!!
しばらく休憩
628 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) [sage saga]:2012/08/10(金) 02:01:58.47 ID:6SOyrS3Qo
休憩終了
629 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/08/10(金) 02:02:35.32 ID:6SOyrS3Qo
囀る小鳥たちは何を考えて飛んでいるのだろうか・・






ブタイノウラ







燦燦と輝く早朝の太陽の下で白羽根学園職員室ではいつものように校長である霞によって恒例の朝礼が行われていた。

「というわけで前々から職員会議で会議しておりました姉妹校である黒羽根高との交友祭が正式に決定しましたので各クラスの担任の先生方は出し物をまとめて速やかに提出をお願いします」

「「「「「おおっ〜!!!!」」」」」

絶望的だった黒羽根高とは違ってこちらは比較的に盛り上がりを見せており、周囲の表情を見ながら発起人である霞もそれなりに満足するとさらに話を続ける。

「副担任の先生方も担任の先生方のサポートをよろしくお願いします。そして生徒会に関しましては顧問である鈴木先生に一任したいんだけど大丈夫かしら?」

「そうですね・・クラスのこともありますので誰か1人付けてもらえれば助かるのですが?」

「確かに鈴木先生はクラスの担任でもあるし学年主任に加えて生徒会の顧問をしてもらってるから1人ではちょっときついわ。・・それじゃ春日先生、申し訳ないけど交友祭の期間だけ鈴木先生を手伝ってもらえないかしら?」

「わかりました。私でよければお手伝いします」

「ありがとうございます、春日先生ならこちらも大助かりです」

鈴木からしても優秀な礼子が助っ人としてきてくれれば自分の負担はかなり減るのでこの霞の采配には非常にありがたいものである、そして人事上の問題が解決した中で最後に霞はこの学校でもっとも注意すべきこの人物にしっかりと釘を刺す。

「今回の交友祭は理事長にも動いてもらうので漏れのないように・・特に骨川先生は気をつけて下さいね!!!」

「校長先生、自分も部活で忙しいですしクラスのことで手一杯なんですけど・・」

「そんなの誰だって一緒なのッ!!! 期日までに提出できなかったら文句なしに理事長室行きだから覚悟しなさい!!!!」

交友祭は学校の威信をかけたビックイベントで発起である白羽根学園が中心となって動かなければ姉妹校である黒羽根高に面子が立たないし、何よりも理事長にまで動いてもらっているので誰かがしくじればそれでアウトなのだ。それに靖男の苦労など担任ならば誰でも抱えるものだし副担任である葛西と分担すればなんら問題はない、それに靖男は自分のクラスに顧問している男子卓球部の出し物をまとめるだけなので計画的に分担をすればそれで十分に回るのだ。

それに自分のクラスと部活の出し物をまとめるだけでいい靖男と違って鈴木は普段の学年主任としての仕事や自分のクラスの出し物に加えて教員と生徒会の調整を一手に引き受けているので労力や仕事量も桁が違うのだ。

「校長先生、交友祭成功したら何かボーナスあるんですか?」

「そうね、とりあえずは交友祭が終わったら両校の先生方との飲み会を企画しているわ」

「ヤッホィ!! 飲み会のために全身全霊で頑張らせてもらいます」

もはや交友祭よりもその後の飲み会に意欲を燃やす靖男に霞は内心とても複雑な心境ではあるものの、何にしても本人がやる気になってくれたのはいいことである。

「それでは放課後の職員会議までに各担当の先生方はクラスの出し物をまとめてください。それではもうすぐで全校朝礼の時間になりますので準備のほうをお願いします」

「当然、2次会も経費で落ちるんですよね」

「頼むから飲み会よりも交友祭に目を向けてちょうだい・・」

霞は意気揚々と職員室から姿を消す靖男の背を見ながらもどこか一抹の不安を抱えてしまうのであった。

630 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/08/10(金) 02:02:58.41 ID:6SOyrS3Qo
校庭

白羽根学園では恒例として週に一度に毎朝全校生徒を集めて朝礼が行われ、晴れに日はこうして校庭に行われるが雨に日になると場所を変えて体育館で行われる。そのときの生徒の顔は多種多様で大半は眠気に苛まれている者や部活の朝連で多少疲労した者もいれば眠気に負けて既に眠りについている者まで・・そんな生徒たちが終結している中で霞はいつものようにステージへ上がると抱えていたミカン箱を踏み台にしながらマイクを調整するといつものように年不相応の挨拶を行う。

「みなっさ〜ん、おはようございま〜す♪ 今日は兼ねてより予定していた我が高の姉妹校である黒羽根高校との交友祭が正式に決定したのでこの場を借りてお知らせいたしまぁ〜す☆」

「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「・・なんだってえええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

霞の発言に全校生徒はしばらく呆然としながらも沸きあがるような大歓声が瞬く間に広がるとすぐに様々な憶測が生まれ、それらが噂話となってウイルスのごとく一気に広まり始める。

「おいおい、マジかよ!!」

「でも黒羽根高って姉妹校の割にはごく平凡だよな・・」

「ま、姉妹校なんだし交友祭も面白そうだな」

生徒たちから様々な意見が飛び交う様子を霞は満足そうに見つめながらも周囲が落ち着くのを待ってから更に話を続ける。

「会場は市のホールを借り切って大々的かつ盛大に行いたいと思います、その他日程につきましては各先生方からお話があると思いますのでよろしくお願いします。それでは生徒会からお知らせがありますので、せ〜の・・奈美お姉〜ちゃん!!」

「だから妹がいるんでやめてください。・・生徒会長の和久井です、交友祭につきましては生徒会とクラスで決めた各代表者と合わせて交友祭の実行委員会を設立します。そして部活動についてですが、交友祭の期間までは担当の先生方が席を外される場合が多々あると思われますので担当の先生方が不在の時は何かありましたら応援団の方までよろしくお願いします」

今回の交友祭はこれまでの体育祭や文化祭と違って比較的大規模で行われるので部活の担当教師も席を外すことが多々あるので教師たちの代わりを応援団が部活の監視を一手に引き受ける手はずとなっている、元々応援団には部活間を引き締める役割があるので交友祭まではしばらくは部活を監視を挟みながら平行して練習をこなさなければならないのだ。

「私たちの代で初めて行う大規模な交友祭です、両校の後輩に胸を張れるような立派な交友祭を創り上げましょう!!」

「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

生徒たちからの盛大な歓喜とともに奈美は深々とお辞儀をすると静かにステージを後にする、そして今度は入れ替わりで藤堂がステージから姿を現すといつものように応援団特有の恒例の挨拶から始まる。

「押忍!! 先ほどの話でもあったとおり、交友祭期間中は先生方が職員会議で席を外される場合が多々出てくると思うのでその場合は応援団で管理することとなります。部活の配置につきましては今日の定例会議で決めるので各部活の部長は申し訳ありませんが放課後まで残っておいてください。以上!!」

「以上、生徒会からのお知らせでした☆ それでは1時間目の授業が始まりますので皆さん今日も1日頑張ってください♪」

こうして全校生徒に衝撃を与えた全校朝礼は霞の号令に閉会するが、全校生徒はすっかりと目が覚めると様々な憶測を広げながらそれぞれの教室へと向かっていくのであった。


631 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/08/10(金) 02:03:55.52 ID:6SOyrS3Qo
屋上

少し時間が経って屋上では靖男が缶コーヒー片手にポテチを食べながら呆然と真っ青に広がる大空を見つめていた、本来なら授業のないこの時間帯にこそ交友祭に向けてのある程度の草案や計画をまとめておくのが普通の教師のするべきことだが、こと靖男に限ってはそういったことは関係ないようだ。

「はぁ〜・・最近は仕事ばっかでやになるな。早いところcivやholやオブリしたい」

最近は靖男も仕事に悩殺されており趣味であるゲームをやる時間もなかなか確保できない始末ではあるが、これは社会人としては至極当たり前の行動で靖男の場合はその殆どが自業自得のツケが回った結果なので同情はできない、そのまま靖男はコーヒーを飲みながら再び真っ青な空を見つめ続ける。

「前の飲みで給料殆ど持ってかれたからな・・あいつらが返してくれた金で家賃は払えたけど生活が苦しい、大商人が欲しいところだぜ」

前回、京香たちの支払いで給料すべてが吹き飛んで友人からは立て替えた金は返済してもらったがそれでも家賃や光熱費で全て吹き飛んでしまったので生活すら危うく次の給料日まで3週間近くもあるが今の金では3週間どころか3日で全て使い切ってしまうだろうし、これからの激務振りを考えると頭が痛い問題だ。

「これなら縛りプレイの天帝のほうがまだマシだ・・ん?」

突如として微かに人気を感じた靖男は即座に霞だと判断すると迷わず足元を見るが、その姿はどこにもなく少し一安心しながら気配のする方向へと視線をやると・・そこには燦燦と輝く太陽から注ぐ日光と対比するかのような小麦色の肌を纏いながら、長身で見事に鍛え上げられて適度に引き締まった筋肉を醸し出しつつ若さの象徴である肉体美も然ることながら、その背中にある意味似つかわしい毛皮製のホルダーを背負っていた女生徒が姿があった。
制服姿ながらも強烈を通り越して見るもの全ての記憶に染み込むこの人物の名は久我山 弁慶・・もとい、戸籍上の名は久我山 ケイ。藤堂率いる応援団の鼓手隊長の立場でありながらその実は白羽根学園史上最年長の3年生であり、最長の留年記録というある意味不名誉な記録を今でも継続している人物である。

久我山は屋上を軽く歩きながらも記憶とは多少違う屋上からの景色を見渡しながら、感慨深そうに呟き始める。

「う〜む、自分の教室がすっかりわからなくなって歩き続けたのはいいが・・ここから見る景色も随分と変わったものだ」

そのまま屋上の景色を見つめ続ける久我山を靖男はしばらく観察しながらもこのまま話さないのも心なしか気分が悪い、そのまま靖男は缶コーヒーを飲み干すと久我山の方向へ適度な距離を置くといつものような口調で話を降り始める。

「おーい、久我山・・何そんなところで突っ立ってるんだ」

「誰だ? 不審者なら少し痛めつけるか・・」

靖男を不審者だと勘違いした久我山はおもむろに背中の毛皮製のホルダーに手をかけようとするが、靖男は慌てて久我山を持ち前の口八丁で押さえ込む。

632 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/08/10(金) 02:04:06.45 ID:6SOyrS3Qo
「待て待て待て!!!! 俺だ、お前の担任だった骨皮だ!!!!!」

「骨川・・骨川? あっ!! 俺の担任の骨川先生か!!!」

ようやく靖男の存在を思い出した久我山はようやく平静を取り戻す、実は靖男は久我山が最初の武者修行の旅へと向かったときの担任だったのだが・・当の本人がそのまま修行から帰ってこなかったのでそのまま留年となっており久我山の担任は靖男から別の人間へと変わっているのだ。

「・・悪いが久我山、当時のクラスメートはみんな卒業しちまったぞ」

「冗談だって! にしても骨川先生はあの頃と変わらないな・・元気してた?」

「あのな・・お前が卒業してからこっちはあのロリ娘に散々絞られたんだぞ。俺の生徒なら先生を路頭に迷わすな」

一般的に留年するものは何か問題を起こして出席日数が足りなくなったとか学業がよほど悪かった場合のみに適応されるが、こと久我山に関しては海外への武者修行で出席不足という前代未聞の理由で留年をしでかしたので当然のように当時の担任であった靖男は霞から地獄のような叱責を喰らわされた上に大量の始末書を書かされたのは今でも忘れられない。

「あの時はクビになるかと思ったぜ・・」

「向こうじゃ、狩りをしながら自給自足なんて当たり前だったぞ」

「そんな蛮族のような生活は既に時代遅れだ。・・んで俺が勧めてやったモンゴルはどうだったんだ、本場の騎馬隊はしっかり見て元寇を果たしたのか?」

実のところ久我山のモンゴル行きはたまたまcivをやっていた靖男が勧めていたもので、素直に聞き入れた久我山は単身モンゴルへと向かっていったのだ。

「いんや、元寇や騎馬隊はともかくとしてあそこは遊牧民と関取ぐらいしかいなかったな」

「お前な、モンゴルといえば騎乗に決まってるだろ。確かにモンゴルはAiだと非常に微妙な上だが、プレイヤーだと騎乗よりも歩兵の強さが目立つがバリバリの戦争国家で将軍が誕生しやすいんだぞ」

「相変わらずその手のゲームが好きなんだな。あっ、ポテチあるなら俺にもくれよ」

「・・ほらよ」

靖男が持っていたポテチの袋を手渡された久我山はぽりぽりと食べながら久々に食べるポテチの味を思いっきりかみ締める。

「いや〜、ポテチなんて食ったのはどれぐらいだろう。みんなも元気してるかな?」

「大半のやつは大学行ったり就職したり・・中には憎たらしくも結婚しているやつもいるんじゃないのか?」

「先生は結婚しないのかよ、もう適齢期ギリギリじゃないのか?」

「うるせー、俺は今のままが一番楽なんだよ。お前も今年こそは卒業するのか?」

生粋のバトルマニアである久我山ではあるが、学業の成績は決して悪いほうではなくむしろ良いほうの部類なのであのまま武者修行に出ずに学業に専念していれば普通に卒業して今頃は社会に出て働いていただろう。

「ま、それは今後の展開によるな。そういえば先生の生徒で何でも魁と互角にやりあった奴がいるって聞いたんだが?」

「ああ、相良のことか。確かにあいつはお前とはある意味同類かもしれんが・・」

「だったらいずれ手合わせ願いたいものだね。何せ魁と互角にやりあえる奴がいるとは面白いじゃないか」

藤堂とのバトルが終わって久我山が次に興味を示した人物は応援団最重要ターゲットでありながらその実力は団長である藤堂と互角というとんでもないスペックを久我山がみすみす見逃すはずもなく勝手に想像を膨らましながら既にイメージトレーニングをしている始末である。

「お前と相良がやりあうのは勝手だけどな、やるなら学校の外でやれよ」

「わかってる、わかってる。んじゃポテチごちそーさんでした」

「これ以上授業をサボるなよ」

「先生も仕事はきっちりしろよ」

互いに憎まれ口を叩きながら静かに時間は過ぎていく・・

633 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/08/10(金) 02:05:20.74 ID:6SOyrS3Qo
あれから時間は過ぎて放課後の職員室で靖男は交友祭に向けてクラスと部活の出し物をまとめていた、朝礼でも言われたようにこの交友祭はこれまでの学校独自の祭典とは比べ物にならないほどの規模なので霞から向けられた監視は今までとは比べ物にならないほどに向けられている、しかし霞も全てを統括する立場なので靖男ばかりに構ってはいられないのだ。しかし霞はそれを考慮しながらある一計を投じたのだ、それとは・・

「進んでませんよ骨川先生・・」

「何で先輩が俺の監視役なんだよ」

「口よりも手を動かしてください・・」

ぼやく靖男の隣には瑞樹の鋭い指摘がズバズバと心に突き刺さる、霞は靖男対策として自分の代わりに瑞樹を監視役に任命することで交友祭までの膨大なスケジュールを円滑に進めるためにはこれがベストな方法なのだ。しかし靖男にしてみればただえさえ自分に向けられる霞の視線がきついのに加えて瑞樹が自分の監視役にあてがわれたので気が休まらないものである。

「ったく、あのロリっ娘は俺に何の恨みがあるんだよ・・」

「・・こっちも交友祭ではやること山積みですから、早く終わらせる部分は終わらせてください」

周囲の視線もあってか瑞樹は完全に仕事モードで靖男と接しながらも自身の仕事も巧みに消化していきながら交友祭に向けての準備に余念がない、瑞樹の場合は自身の顧問する女子陸上部の出し物と膨大に及ぶPTAの書類作成があるので決して暇ではないのだ。

「出来上がった書類が終わったらこちらに渡してください、チェックはしないといけないので・・」

「どんだけ信頼されてないんだよ・・」

四苦八苦しながら書類を作成する靖男であるが霞に代わって瑞樹に監視されているこの環境では書類の作成など到底進むはずがなく、時間が経つにつれて集中力は軒並みに低下してしまった上に書類を出しても瑞樹のチェックが思いのほか厳しく何度も書き直したのでなかなか思うように進まなかったのだ。

「・・骨川先生」

「もう駄目だ、スタミナ切れ・・」

「当初の目標に全然届いていませんよ、どうするんですか?」

「うるへー」

すっかり不貞腐れた靖男はコーヒーを飲みながら上の空で天井を呆然と見つめていた、既に時刻は夜の8時過ぎ・・さすがに霞もこれ以上の拘束は立場上いろいろとまずいので校長として2人に帰宅を促す。

634 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/08/10(金) 02:06:29.91 ID:6SOyrS3Qo
「2人とも今日はもう遅いから上がって良いわよ」

「やっほい!! んじゃお先に・・」

「・・校長先生、まだ予定の半分も進んでないのですが?」

「橘先生の気持ちもわかるけど時間が時間だし・・交友祭にまで間に合ってくれればそれでいいわ。それじゃ守衛さんに話するから今のうちに上がって頂戴」

そのまま霞は守衛に引継ぎをするために職員室を後にすると、靖男はそのまま荷物をまとめて足早と帰ろうとするのだが・・ここで瑞樹に引き止められる。

「待って・・さっきも言ったようにまだ半分も終わってないわよ」

「大丈夫大丈夫、俺はやればできる子だから」

そのまま瑞樹から逃げようとする靖男であるが、彼女とて靖男とは短い付き合いではないのでこれから取るであろう行動など手にとるようにわかる、今の靖男の現状も頭に入れて考慮しながら瑞樹はある提案を打ち出す。

「・・残りは私の家でやりましょう。ご飯も食べさせてあげるから生活に厳しいあなたからすれば魅力的な誘いだとは思うんだけど?」

「あのな、生活は苦しくても知恵さえ動かせば何とかなるもんだ」

「今のあなたにそんな気力があるとは到底思えないわ、それに人からの好意はありがたく受け取るのが筋ってものよ?」

現状からして瑞樹の提案は靖男にとって悪いものではなく今の現状からすればメリットだらけではあるが、これまでの彼女との関係を考えたら素直に喜べないものだ。

「俺にもプライドってもんがあるんだけど・・」

「だったら今のペースで交友祭に間に合うの? あなたが間に合わなかったら監視役であるこっちが校長から叱られてしまうの、もし乗ってくれたら多少は手伝ってあげるわ」

瑞樹も靖男が食い下がるのは予定のうちだったので駄目押しで更なる譲歩を迫る、今回の靖男の監視役は復縁を望む瑞樹にしてみればこの話は望むべき展開であったので霞から打診されたときは2つ返事で引き受けたのだ、それに彼の副担任である葛西とは水面下で繰り広げている部分もあるのでこれを機に一気にリードを広げておきたいのだ。

「もし交友祭に間に合わなかったら理事長からの叱責が待っているわよ。そうなれば・・」

「わかったわかった!! その代わりちゃんと手伝ってくれよ」

「賢明なご判断どうも。それじゃ行きましょうか」

ようやく靖男が観念すると瑞樹は無表情の仮面からうっすらと笑みをこぼすとそのまま学校を後にして2人仲良く瑞樹の自宅でもあるアパートへと向かうが、靖男からすればさっさと片付けられるものは片付けていち早くもとの生活へと戻りたいものである。そのまま瑞樹が食事の用意をしてくれている間に靖男は珍しくも自分の仕事に手をつけながら交友祭に向けての書類を順に作成し続けていく、これを普段の仕事で見せれば霞の評価もまた違ってくるだろう。

「にしても黒羽根と交友祭とは・・あのロリっ娘も変なことを考えやがって」

「決まったものは仕方ないでしょ。あなたの場合は交友祭よりもその後に行われる飲み会がメインみたいだけど・・それよりも机のものを片付けて、料理が置けないわ」

「へいへい、悪かったな。今どけますよっと」

靖男は手荒に仕事道具を片付けると今度は真新しい料理の数々がテーブルを占領する、生活難からかここしばらくまともな料理にありついていなかった靖男が目を奪われるのは当然の光景であろう。

「それじゃ、遠慮なくいただくぜ」

「・・どうぞ、食べ終わったら出来上がった書類をチェックするわ」

一心不乱に食べ始める靖男に対して瑞樹はいつものように物静かにゆっくりと自分の料理を食べ始める、これまでにも限定的ではあるが靖男と共にしたときには瑞樹も普段では考えられないほど積極的にはしてたものの結果は全てから周り・・今回は何が何でも成果は掴んでおきたい瑞樹は普段の無表情さは微塵も見せずにそれなりに感情を作って攻勢に打って出るもなかなか普段の癖は抜けられないものである。

635 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/08/10(金) 02:07:14.00 ID:6SOyrS3Qo
「それで仕事はうまく言ってるの?」

「相変わらず先輩は手厳しいな。仕事ばかりだと気が滅入るもんだぞ」

「仕事は仕事、生活はしておきたいから・・」

本心とは違う自分の行動が非常に恨めしい瑞樹であるがせっかく作ったチャンスを棒には振りたくはないので何とか頭を働かせながら別の話題を模索する。

「そういえばあなたが黒羽根高校の教頭と親戚って聞いたんだけど・・本当なの?」

「誰に聞いたのやら・・ま、嘘ついても仕方ないからな。言っとくが奴は見た目は先輩と同じく美人だけど中身は悪魔そのものだから気をつけろよ」

「そう・・」

靖男に美人と称されて内心歓喜する瑞樹ではあるが、京香については姉妹校である白羽根学園でも度々話題に上る人物で教員としては異例とも呼べる若さで教頭に上り詰めている超優秀な人物としての印象が強いようだが、その実態を知るのは白羽根学園では元担任である霞と親戚である靖男しかいない。一度瑞樹も陸上部の合同の練習試合で黒羽根高を訪問した時に京香の姿は見てはいるが、とても靖男の言っているような人物には思えないものだ。

「黒羽根高の教頭は前に一度見ているけど・・私と同世代の人間としか思えなかったわ」

「甘いな。奴とはガキのころからの付き合いだが、行動力は相良以上といってもいい・・それに全てにおいて優秀だから尚更性質が悪い、友達にしたくない人間NO1だな」

「そうなの?」

「あそこは校長ではなく教頭である奴が実権を握ってるんだろうよ、もしそうだったら黒羽根高の教師連中は心から同情するね」

実際に靖男は黒羽根高には出入りはしたことはないものの、京香とは子供のころからの付き合いなのでその性格を考えればどのような実情なのかは手に取るようにわかる、それに交友祭では黒羽根高校の女子卓球部との試合が予定されているが、出来ることならば穏便に済ませたいものだ。

636 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/08/10(金) 02:07:26.19 ID:6SOyrS3Qo
「でも子供のときからの付き合いなんて随分と仲が良いのね」

「そりゃ従姉だからな、家も近かったし散々やり合って・・って思い出したら腹が立つ!!」

「そう・・でも羨ましい」

家族間との交友が皆無だった瑞樹にしてみればそういった出来事があるのが非常に羨ましく思える、死んだ弟が両親との橋渡しをしていたぐらい瑞樹は昔から両親との関わり合いがなかったので肉親との繋がりがある靖男が心底羨ましい、両親からほぼ溺愛されていた弟を恨んだりした時期もあったが、それでも同時に自分を理解してくれる唯一の肉親もあったので今でも考えたら複雑なものである。

「羨ましいか? それに奴には妹が1人いてよ、結婚して子供もいるが姉貴と違って幸せな生活だろうな」

「その妹さんはどんな人なの?」

「といっても普通だからな・・あの姉貴が特殊すぎるのもあるけど、強いて言うなら何でも大らかに笑って済ませるところかな」

「・・いいわね、ますます羨ましく思えてくるわ」

瑞樹は抱いてしまった複雑な心境をかき消すかのように静かにワインを飲み干すと一気に回ってくる酔いを静かに受け止めるが、生憎と靖男は食事を終えると横になりながらのんびりとくつろぎ始める。

「ねぇ、寝ちゃうの?」

「腹一杯になったからな、それまで少し休憩だ」

「そう・・私は洗い物しておくからそれまでにお風呂でも済ませて頂戴」

「一緒に入るのは勘弁しろよ。んじゃさっさと入ってくるわ」

そのまま靖男はゆっくりと立ち上がるとシャワーを浴びるために浴室へと向かう、瑞樹もそのまま食器を片付け始めるが靖男の言うようにこのまま大人しくしているはずもなく、食器を洗い場に置くとそのまま浴槽へと向かって確認のためにガラスの扉越しから靖男の姿を確認すると少しばかり躊躇しながらも意を決して服を脱ぎ始めて浴室へと入ろうとするのだが、運悪くも靖男が出てきてしまって呆然と立ちすくんでしまう。

「何してるんだ?」

「別に・・」

「・・洗い物しておいてやるから風呂に入れよ」

「バカ」

少しばかり気まずい雰囲気を残しながら靖男はそそくさと濡れた身体を拭きながら立ち去っていくのであった。
637 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/08/10(金) 02:10:01.16 ID:6SOyrS3Qo
その後瑞樹も風呂から出て濡れた身体を拭きながら食器を放置した洗い場へと視線を向けるが、食器は綺麗に片付けられておりどうやら靖男が宣言どおりに洗い物をやってくれたようだ。そのまま髪を乾かして下着に着替えると今度は靖男のいる部屋へと向かうと仕事と必死に格闘している姿を見つめ続けるが、先ほどのことを思い出すと気分はとても複雑だ。

「・・洗い物ありがとう」

「食わせてもらってばかりじゃ悪いからな。んなことよりさっさと書類をチェックしてくれ」

靖男に言われるがまま瑞樹はバラバラに置かれている書類を見ながら静かに見据え続ける、内容や精度も職員室で仕事をしていたときと比べたら格段に上がっているので見ているだけでも必死さが伝わってくる。

「随分と仕事熱心じゃないの」

「そりゃ、ロリっ娘にどやされたくないからな」

「さっきのこと怒ってるの?」

「・・別に怒ってねぇよ。んなことよりも仕事が優先だ」

珍しくゲームをせずに仕事に没頭しているという昔では考えられなかった光景を見せる靖男の姿に瑞樹はどことなく違和感を感じてしまう。

「んで先輩の目から見ても書類は完璧なのか?」

「・・ええ、普段これぐらい仕事が出来れば校長先生も見直すと思うわ」

「手厳しいことで何より、俺は予定分まで仕事続けるから先輩も適当に寝てたら?」

どうやら靖男はある種の極限状態に置かれているようで瑞樹をかわしながらこうして仕事を続けている。しかしこのまま瑞樹も黙って受け入れるはずもなく、下着姿のまま部屋に設置してある自分のパソコンを付け始めるとcivを起動させるとそのまま靖男に見せ付けるかのようにプレイし始める。

「・・先輩、嫌がらせのつもりか?」

「別に・・何をしようが私の勝手、あなたは大人しく自分の仕事をしてなさい」

そのまま瑞樹は靖男を尻目にゲームをプレイし始める、靖男が自分の下を去ってから瑞樹はこうやってゲームをプレイするのが日課となっており少しずつではあるがガチの廃人である靖男には及ばないものの腕前をちょくちょくと上げており、今ではcivならば不死ならば余裕でクリアできる腕前にまで達していた。しかし珍しくせっかく仕事で真剣な靖男にしてみれば横で大好きなゲームをやられていると廃人本能が疼いてしまうのを何とか必死に抑えながら仕事を進めていく、彼とて意地があるのでそう易々とは術中には嵌らない。

「全く、人が仕事しているのに・・嵌りすぎて日常生活が出来なくなっても知らないぞ?」

「あなたと違ってちゃんと分別はつけているわ、パソコン部の一室を占領してゲームをやるほど私は暇じゃないの」

「うるさいな、そのまま蛮族に開拓者を食い殺されてしまえ」

「・・残念、既に5都市は作成したわ。立地もまずまずだからまずは定番の小屋経済からね」

着々とゲームを進める瑞樹であるが靖男も負けてはおらず、仕事を黙々と続けながら奮戦して書類を的確に片付けながらペースを保ちながらいつものように相変わらずのマイペースを貫き通す。

638 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/08/10(金) 02:10:12.73 ID:6SOyrS3Qo
「ま、そんな格好でcivしてたら寝不足のまま風邪引くのが落ちだぜ。・・ってなわけで今日の仕事終了、それじゃ俺は先に寝るから宇宙勝利目指して頑張んな」

「・・」

予定まで仕事が終わった靖男は押入れから来客用の布団を敷くと瞬く間に寝息を立て始める、肝心の靖男が眠ってしまっては瑞樹もこれ以上はゲームをする必要はないので即座にパソコンの電源を落とすと適当に服を着てこちらも終身の準備に入る。今回も靖男に振り回されてばかりでなんらアプローチもできなかったのでいつもの空回りの結果に少し苛立ちを覚える。

「寝ちゃった?」

「・・うるさいな、先輩は陸上部があるんだから俺よりも早いだろ」

「やっぱりさっきのこと怒ってるの?」

「しつこいな」

正直言って靖男も極限状態で仕事をしていたので早いところ眠りたいのだが、瑞樹が話しかけてくるのでなかなか寝ようにも眠れずにいるのである意味では限界に近い。

「・・そっちで寝ていい?」

「嫌だ、今日の俺はのびのびと1人で寝たいの」

「ケチ」

要求を軽く蹴飛ばされてなかなか諦め切れない瑞樹であるが、これ以上靖男を刺激してもいいことなど何もないので大人しく自分のベッドで眠り始めようとするのだが変に興奮して寝付けずにいる。

「眠れない・・セックスして」

「拒否権を発動する。人間勝手に寝ちまうんだから大人しく羊でも数えるか、朝までcivの続きでもしてろ」

靖男とて眠気の限界なのでこのまま瑞樹に付き合うのは本当に疲れる、生活が厳しく明日を生きるのにも困難な靖男にしてみれば瑞樹の家で生活するのは経済的には楽ではあるが精神的には大きく疲れてしまうので実際には一長一短である。

「・・前にも言ったでしょ、私はあなたのためになら――」

「自分の人生を捨てる真似はするなよ。俺は誰とも付き合う気もないしこれからも付き合いもしない・・他人の人生を躊躇なく踏みにじった俺にそんな資格はない」

「何でそうやって必要以上に自分を責めるの? もう二度とあなたを失いたくは――・・」

「それが自分の人生を捨ててるんだよ。・・もうこれ以上は眠いんだ、寝かせてもらうぜ」

いい加減に限界が来た靖男はそのまま布団に潜り込むと一心不乱に寝息を立て始める、靖男に対してこれ以上の攻勢は皆無だと判断した瑞樹はようやく諦めて眠ってしまうが、これ以上踏み込めない自分の無力さをかみ締めながらもせっかく作り上げてきたチャンスが水泡に帰してしまう様を過ぎ去っていく時間と共になくなってしまう感覚に心が締め付けられる。

それに耐え切れなくなった瑞樹は自然と出る寂しさからか靖男の眠っている布団に入る込むと静かに抱きしめながら微かな声で呟く。

「・・離れないで、あなたから離れたくない」

「・ろ・・して・・れ」

「何でいつもあなたはそうやって自分を責めてるの――・・?」

靖男の寝言を聞いた瑞樹は更に強く抱きしめながら自然と眠りに堕ちてしまうのであった・・

639 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/08/10(金) 02:11:04.65 ID:6SOyrS3Qo
翌日、再び屋上では靖男が缶コーヒー片手に瑞樹が作ってくれた弁当を食べながら昨日のことを考え始める。あれから何とか瑞樹をかわしつづけてはいるものの、いくら瑞樹によって当面の生活が保障されているとはいえこのような生活が続けてしまえば精神的につぶれてしまうのは間違いないが、仕事のほうも瑞樹が監視役となってからは仕事の予定は全て瑞樹の管理下におかれているので全ては彼女のペースで進んでいた。

「ハァ〜、1人がこんなに心地良いとはな。所帯持ちの苦労が・・」

「飯も食ったところで食後の運動で久々に屋上にいる野郎たちをぶちのめすか!!」

今度は突如として屋上に現れたのは聖、どうやら腹ごなしついでに屋上たちにのさばる不良どもを片っ端から殲滅する予定であったみたいだが生憎と不良たちは聖の存在を察知していたようで鬼の居ぬ間にさっさと退散したようだ。目的の連中もいないので聖からは一気に不満が募るが、そんな聖の心境を靖男は傍から察知するとやれやれとした表情のまま弁当を食べながら聖に近づくと食後のおやつのために取っておいたおにせんを聖に手渡す。

「おい、そうカリカリするな。とりあえずこれでも食ってろ」

「アアッ!! んなもんで俺様を釣ろうが100万年早いんだよポンコツ教師!!!」

「・・しっかりと食べている奴に言われたくないセリフだ」

靖男からおにせんを受け取った聖は迷うことなく食べ始めると靖男はその隣に座ってコーヒーを飲みながら再び食べかけの弁当を食べ始める。

「毎度毎度てめぇは俺を食い物で釣りやがって・・!!」

「の割には毎度のことしっかりと食いついているぞ。それにちゃんと交友際には出席するんだろうな?」

「何でてめぇが俺の出欠聞くんだよ? もう俺の担任じゃねぇだろ」

「何でか周りの先生方が俺に聞いてくるんだ。ま、去年にお前の担任していた影響だとは思うがとりあえず出席はしておけよ」

現在の聖の担任は鈴木ではあるが、彼女も自分なりに聖とは接してはいるものの成果は上手い具合にはいってはいないようでたびたび礼子に助力を求めているようである。靖男は去年の担任ではあったものの今までの教師と違って真っ向から聖とぶつかってきたこともあってか、それなりに信頼は勝ち得ている・・といえば聞こえはいいのだが、実際には同レベルに近いところがあるのでどちらかといえば友達関係に近いものである。しかしそれでも白羽根学園の教師陣の中では礼子に次いで聖と真っ向からやりあえる人物には間違いないので未だに聖に関しては担任である鈴木をすっ飛ばしてこのように靖男に訪ねてくる教員が後を絶たないのだ。

640 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/08/10(金) 02:12:29.88 ID:6SOyrS3Qo
「へっ! 黒羽根なんて地味すぎるからやりあっても楽しくなさそうだな」

「それ前提で考えるな。それに交友祭をサボったら留年は確実になるぞ」

「チッ、そいつは困るな・・」

留年という言葉を出されてはさすがの聖も渋々従うざる得ない、それにここ最近は翔と同じ大学へ通うためにも絶対的に不足している自分の成績状態にも危機感を抱いているようで以前とは比べ物にならないほど授業にも積極的に参加はしているが、それでも留年ギリギリなのは変わりないので教師陣たちをやきもきさせている。

「んでお前はクラスで何をする予定なんだ? 間違ってもお化け屋敷なんてするなよ、本当にお化け屋敷になってしまうから・・」

「うるせぇな!! 普通に隅っこでジュース販売だよ」

一応交友祭では聖もクラスで出店の販売するようで労働というのに体から拒否反応を示す聖のことを考えたら隅っこでジュース販売とはなかなか良い配置といえよう、しかし当の本人が女体化でもありえないぐらいの規格外の美貌を持つので騒ぎにはならなければいいのだが・・とりあえず去年の文化祭と違って強引に自分を引きずり込むような真似はなさそうだ。

「にしてもてめぇが今食っている弁当・・手作りじゃねぇか。一体どうしたんだ?」

「別に・・」

正直言って瑞樹が拵えてくれたなど口が裂けても言えないものでそのまま食べ終えると缶コーヒーを飲みながら再び空を見上げ始める。

「ちぇ、おやつに取っておいたおにせんは食べられたが・・ポテチがまだあったんだよな」

「ずるいぞ!! 俺にもよこせ!!!」

聖の抗議を軽き聞き流しながら靖男は某ネコ型ロボットのように懐からいつも食べているポテチを取り出すのだが・・ものの数秒後に聖にひったくられる。

「お前にはさっきおにせんやっただろ、先生の楽しみをこれ以上奪うな」

「うるせぇな!! それともあいつと一緒にどっか食いに連れてってくれるなら話は別だけどな」

「悪いが新婚カップルにちょっかい出す趣味はない。そういったのは中野に奢ってもらえ・・というかさっさと返せ」

「ケチ臭い野郎だ」

渋々聖からポテチを返してもらう靖男であるが既に半分は食べられており、昼食のおやつタイムはすぐに終了してしまいそうだ。

641 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/08/10(金) 02:12:38.19 ID:6SOyrS3Qo
「んでさっきの話に戻るが・・その弁当は誰に作ってもらったんだ?」

「お前もしつこいな。別に誰だっていいだろ、強いて言うなら大人の事情って奴さ。それに調理実習で器具ごと破壊するお前に―――フベラッ!!!」

「余計なことは言わんで良い!!! 料理なんてな俺の性には似合わねぇんだよ!!!」

「イタタタ・・いきなり鼻先に蹴りいれるな!!!」

一応手加減はしてもらったといっても聖の蹴りはかなり痛い、しかしこれもノリツッコミみたいなもので去年なら日常的になっていたことを考えるとこれでも今は随分と丸くなったものである。

「ま、俺や中野がタフだから成立しているわけで・・料理ぐらいは覚えておいたほうがいいぞ? いざというときには頼りになるからな」

「てめぇの場合は金欠のときだけだろ。・・もしかしてその弁当は橘先生に作ってもらったりしてな」

「・・んなわけないだろ」

偶然にも真実を突いて靖男を責め立てる聖であるが肝心の本人はいつものようにのらりくらりとかわしていくだけ、それにせっかく噂のほうも沈静化してきたのにこんな事実がばれてしまうと色々な面で面子が立たないものだ。

「あのな、無表情で誰とも敬語しか接しない橘先生がこんなことするはずがないだろ。んなことよりも・・交友祭では向こうの生徒には絶対に手を出すな。あそこは悪魔が支配しているところだからな」

「黒羽根如きに誰が手を出すか!!! あんなところに手を出したら俺の名が廃れてしまう」

「それでいい、お前とあいつがもめてしまえばそれこそ誰も手が付けられなくなる」

もし交友祭で聖と京香が激突してしまえばそれこそ交友祭自体がおじゃんとなってしまう、どちらも非常に好戦的な性格の持ち主で手が付けられないほどの力を持っているので出来ることならば接触自体を避けておきたいものである。

「ま、俺が言えることは・・在学中に妊娠はするなってことだ。お前らの制作率の高さは半端じゃないからな、ハッハハハ・・」

「てめぇは・・だからポンコツ教師なんだよぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!」

「ま・・待て、相良!! 俺はたんに客観的な事実を・・うぎゃああああああ!!!!!!!!!!!」

嗚呼、今日も屋上には靖男の叫び声が響き渡る・・

642 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/08/10(金) 02:13:53.07 ID:6SOyrS3Qo
あれから数日が経って瑞樹の要求をあらゆる方法で瑞樹の要求を蹴飛ばしながら極限状態で過ごしていたものの、そのおかげか交友祭までの仕事は順調といえるぐらいにはかどっており霞からの評価も悪くはない、それどころか逆に重要な仕事も任せられており教師とすれば出世にも繋がる喜ばしいものではあるのだが・・それと同時に瑞樹の監視が続行されることを意味しているので靖男にしてみれば解放されぬ苦しみが大きい。

「随分と疲れこんでいるようね」

「そりゃ極限状態で仕事しているようなもんだからな。仕事ぐらいしか気を紛らわせないからな」

瑞樹のマンションでは普段とは違って仕事に打ち込んでいる靖男の姿があり、そんな様子を瑞樹はワインを飲みながらじっと見守っている。あれから仕事の管理スケジュールこそは瑞樹が引いてはいるが靖男の集中力はすさまじく今では瑞樹も必要以上に手伝ってもいないし書類のチェックも問題なく進んでいる。

「・・そんなに今の生活が嫌なの?」

「仕事するには最高の環境とは言えるけどよ。1人の生活が心地良く感じてしまうもんだ」

「それは交友祭が終わるまでは無理な話ね。このままあなたを1人にしたところで今のペースまで仕事をするなんて到底思えないわ」

このまま靖男を1人にしてしまえばまた元の生活に逆戻り、せっかく順調なペースで仕事をしているのにものと自堕落な生活になってしまえばまず1日も待たずにもとに戻ってしまうだろう。それに瑞樹にしてみれば靖男の仕事が遅れるたびに霞から叱責される上にせっかくのチャンスをみすみす逃す真似など絶対にしたくはない、肝心の靖男には相変わらずかわされ続けているが当初の予定通りに攻勢で攻め続ければきっと陥落してくれると思いたい。

「ねぇ、今日は休みだから仕事が終わって・・」

「悪いが先約があるんでな。・・ほい、仕事完了。んじゃ今日は遅くなるから」

「ちょ、ちょっと――・・浮気の心配はするべきなのかしら?」

そのまま瑞樹の制止を振り切った靖男は変な心境を抱いている彼女と違って久方ぶりに自由になった靖男は堕落に身を任せるわけでもなく電車を乗り継ぎながら久々にある人物の元へと向かい始める、それから数分してから靖男は少し身構えながら都内にあるマンションへとたどり着くと入口を突破して1階の一部屋へと珍しく緊張した面持ちのままドアの前へと佇む。

「はぁ・・いつもここにくると奴がいないかと緊張してしまうが、仕方ないか」

覚悟を決めた靖男はゆっくりとドアを開けて部屋の中へと入っていくと懸案事項がなくなったことにすぐに安堵しながら目当ての人物がいる部屋へと進んでいくと、必死に机にかじりついている女性の姿を発見する、どうやらこの人物こそが目当てだったようで靖男は少し深呼吸しながらいつもの砕けた調子で声をかける。

「お〜い、お客様の到着だぞ」

「何ィ〜・・ハッ、靖男君か。久しぶりだね」

「お前な、いくら高級マンションだといっても部屋が無防備じゃ意味ないぞ」

「だからといって勝手に入ることないじゃないの。全くお姉ちゃんといい・・まいいわ、とりあえず子供起こさないでね。今お茶淹れてあげるから」

女性はゆっくりと立ち上がるとそのまま台所へと移動して手馴れた手つきで紅茶を2人分作り始める、靖男もそれに合わせて眠っている子供を起こさないように慎重に移動しながら台所へと場所へと移ると椅子に腰掛けてテーブルにいてある紅茶を飲みながらようやく落ち着きを取り戻す。

643 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/08/10(金) 02:14:23.53 ID:6SOyrS3Qo
「はぁ〜、久々にいろんな意味で落ち着いたぜ」

「アハハ、珍しく随分と疲れきってるようね」

女性はいつものように大らかに笑いながら紅茶を飲み始める。彼女の名前は大瀬 真由(おおせ まゆ)・・旧姓は種田で京香の妹であって靖男の従姉で職業は売れっ子の漫画家。ちなみに旦那は普通にお堅い企業のサラリーマンなので京香と違って安定した充実な生活を送っている、彼女は京香と違って列記とした純粋な女性であるので幼いころは家が近かったこともあってかよく3人で一緒に遊んでいた間柄なので唯一靖男が心を許せる人間なのだ。それに真由の家にはたまに京香がいる場合もあるので最初に部屋に入る前に警戒心むき出しだったのはそのため・・未だに京香とは昔と変わらずに子供のようにいがみ合ったままなので間になっている真由にしてみればいい加減にしてほしいものだ。

「全くさ、靖男君はいつになったらお姉ちゃんとまともに話し合うの?」

「昔のことをネチネチと引きずっている奴が悪いんだ。俺だって好きで喧嘩しているわけじゃないさ」

「ま、大半は面白いから笑って流せるけどね」

真由は紅茶を飲みながらも久方出会った2人はいつものペースで話を進めていく、これまで瑞樹の事ばかりに意識を向けていた靖男はようやく得た安堵感に身を委ねながらようやく日々の疲れを癒してのんびりと過ごすと真由に長年念押ししているある事由を改めて再確認させる。

「な、真由姉さん。奴にあのこと話してないだろうな?」

「話せるわけないでしょ。何度かお姉ちゃんに勘探られたことがあったけどやり過ごしてるわ」

「そりゃよかった。口が堅いのが真由姉さんの良いところだからな」

靖男がひたすらに隠し続けてた不の過去を唯一知るのが真由なのでそれらを絶対に京香に知られたくなかった靖男は未だに真由に会うたびにこうやって念押ししている、それに真由のいいところは口が堅いところなのであの京香の尋問も軽くいなすぐらいなので生半可なことでは秘密は絶対に話さないのだ。

「ま、他人の秘密は絶対に話さない・・それが私の信条だからね。でもいい加減に自分を責め続けるのはよくないわよ」

「・・そんだけ俺のやったことは取り返しのつかないことだ。これだけは曲げれないし曲げるつもりもない、いくらガキだったとはいえやってることは重過ぎる」

「相手の娘だってあれっきり行方不明で手がかりひとつもないんでしょ?」

静かな問いかけに靖男は沈黙で返す、それを肯定と受け取った真由は紅茶を一口飲んで少し一呼吸置くと更に話を続ける。

「だったら今一緒に勤務している元彼女には事情を話してあげてもいいんじゃないの、復縁せがまれてるんでしょ?」

「俺のために無駄に人生費やすよりも別の男を見つけてくっついたほうがよほど有意義だ。それにあれは何度も言っているようにとてもじゃないが恋人同士の付き合いじゃないさ」

「・・誰かを好きになった女ってね、一種の盲目状態でそう簡単には割り切れないものなのよ。靖男君にとっては1度セックスして別れたヤリ捨てだと思っているようだけど、彼女はそう思ってないはずよ」

鋭く心を抉るような真由の言葉に靖男はただただ何も言えずに紅茶の量だけが減るばかりで返事の言葉すら見つからない、これはさすがに拙いと感じた真由は慌てて言葉を訂正する。

「あ、ごめん・・」

「別に構わんさ。真由姉さんの言っていることは正論だからよ、話を振ったのは俺だし・・でもいくらかか気はまぎれたよ」

「それならいいんだけど・・辛くなったら聞いてあげるわ」

全ての事情を把握してる真由とて靖男の真意まではわからないが、唯一の支えとして愚痴ぐらいは聞いてあげることができる。京香はともかくとして自分の両親と実の姉にすら話してはいないこの事実を真由だけはたった1人共有できる人物なので靖男も心ばかりか気が楽になる。

644 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/08/10(金) 02:14:33.10 ID:6SOyrS3Qo
「ありがとよ、真由姉さんに話して正解だった」

「光栄な言葉どうも。そういえば靖男君が来る前にもお姉ちゃんが家に着てね、いつものように子供あやしながらとんでもないこと言ってきたからね〜」

「はっ? いまさら奴の言うことなんて驚かないだろ」

京香の行動の数々については今更というか昔から何をしでかすかわからない人物なのでいまさら何をしようが驚かない自信はあるが・・真由が驚くぐらいなのでよほどのことなのだろうと思い、素直に耳を傾ける。

「それがね、なんとお姉ちゃん・・養子をとったのよ。しかも相手の娘は高校2年生で可愛い女の子だったのよ!!」

「何だとッ!!! あの野郎、ついに犯罪まで手を染めやがったのかッ――!!!」

「いや、それはないわよ・・多分。一応当人も納得していたようだし、お姉ちゃんにしてはいい傾向だと思うわよ」

まさか結婚を通り越して養子を取るという前代未聞の行動に靖男はすぐさま犯罪の匂いを嗅ぎつけるが、真由のいうように養子は本人の合意の上に出ないと成り立たないのでそういったことはなさそうであるものの・・何せ京香なのでどのように脅したてたのか気になるところである。

「奴ならそこらのボンボンを捕まえたら将来は安泰だし簡単だろ」

「・・あのね、靖男君と同じようにお姉ちゃんも色々と悩んでいたの。ああ見えても結構繊細なところあるのよ?」

「奴に限ってそいつは皆無だね。んなことよりもうちの姉ちゃんも真由姉さんみたいにさっさと所帯持ってほしいもんだ」

「それは当人の問題だから置いてあげなさい。ま、あの人は私たちよりも他の友達が大勢いたから何とかなるんじゃない? あんまり私たちとは関わってなかったから正直よくわからないのよね」

靖男の姉は京香と真帆とは面識はあるものの、2人との相性はあまりよくなかったようで喧嘩こそしてはいないがあまり話したこともないので正直どのような人物なのかはあまりよくわからない。事実真由の結婚式のときにも出席はしていたものの軽く挨拶した程度なのでお世辞にも仲がいいとは言えずにごく普通の親戚といったところである。

「確かに姉ちゃんは昔から2人とはあんまり関わってなかったな。親戚関係というのは変なもんだ」

「靖男君のように親戚問わずに仲が良いのが珍しいぐらいよ。・・ま、私に大きい姪っ子が出来たと言うことでよろしくね」

「俺にとったら少し遠い間柄だなおい・・ま、結婚だけは越されないように頑張るよ」

そのまま紅茶を一気に飲み干した靖男はいつもとかわら真由に安堵しながら久方の自由を過ごすのであった。


645 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/08/10(金) 02:15:10.19 ID:6SOyrS3Qo
そして更に時は流れて交友祭最終段階で靖男は無事に瑞樹が引いたスケジュールの元で自分の仕事を的確にこなしていきながら最後の書類を霞に提出する。

「はい、これで最後です」

「すごいじゃないの!! 骨川先生もやる気になれば出来るのね、今回ばかりは見直したわよ♪」

「結構きつかったんで骨が折れましたよ」

いつもは期限を先延ばしにした上にギリギリになって書類を提出する靖男が今回に限ってはきっちりと提出してきたのでこればかりは霞も靖男に労いの言葉をかける、それにしてもまさか瑞樹に監視をさせたらこれほどまで効果が上がるとは思わなかったのでこれからのことを考えたら効率がいいのかもしれない。

「橘先生も忙しい上に変なこと頼んでごめんね」

「・・いえ、私も時間には余裕がありましたので」

「ま、相乗効果はあったようね。これを機に骨川先生には橘先生を監視につけようかしら・・?」

「校長先生、次からは本当に真面目にやりますのでそれだけは勘弁してください!!」

靖男もせっかく解放されたのにこんな生活が続いてしまえば本当に体が持たずに別の意味で廃人になってしまいそうなのでなんとしてでも阻止させる。

「はいはい、こっちとしてみれば普段からきっちりと真面目にしてくれればそれでいいの、わかった?」

「へい・・」

「それじゃ私は理事長と黒羽根高に書類をまとめて提出するから2人はもう上がって良いわよ」

そのまま霞は成果に大満足しながら膨大な書類をまとめて職員室から立ち去る、残された2人は少し気まずくなるがそれもほんの一瞬だけ・・靖男はようやく仕事とこの窮屈だった生活に解放された喜びのほうが大きい。

「ふぅ〜、ようやく全てが終わったぜ」

「何言ってるの? 後は個々で現場との打ち合わせや生徒たちの監視や指導もしなきゃいけないの、まだ全てが終わったわけじゃないわ」

瑞樹の言うように全てが終わったのはあくまでも事務処理に関してなので現場に関しては直接準備や設置をしている生徒の監視や指示をしなければならないので交友祭が開催されるまでは仕事は完遂したとは言えないものだ。

「それに今までの仕事振りじゃ絶対に間に合わなかったと思うわよ」

「ううっ、強く否定できんのが悔しいところだ・・」

思えばこうして期日までに書類を提出すること自体なかったことなのでここまでやってこれたのは確かに瑞樹との生活が大きいと言えるだろう、しかし靖男にしてみれば実質的には自分の仕事が終わったのと同意義なので瑞樹との生活もこれで解消するので気分は晴れやかである。

「ま、先輩には感謝してるよ。・・しゃあないな、お礼として飯ぐらいは付き合う」

「・・本当?」

「ああ、飯だけな。金ないからワリカンで頼むぜ」

「バカ」

収穫としては非常に小さいものではあったがそれでも前進したことには変わりないと判断した瑞樹は少し微笑を浮かべながら靖男の誘いに乗るのであった。




fin
646 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) [sage saga]:2012/08/10(金) 02:19:16.50 ID:6SOyrS3Qo
はい終了です、今日も見てくれてありがとさんでしたwwwww
今回は少し奮発して2本掲載でしたよっと・・少し私事でここから先は更新頻度がかなり落ちますのであしからずwww

そして狼子の人にはいつも感謝を申し上げます。次はいよいよですが・・果たしてどちらに軍配が上がるでしょうかね。


さて次の投下は誰かなっと
647 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) :2012/08/13(月) 17:51:20.05 ID:++YjdGbW0
過疎ぉ
648 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2012/08/15(水) 21:45:32.04 ID:A/tbXmW50
乙です!
649 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :2012/08/17(金) 19:28:10.24 ID:fc96/vad0
保守
650 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) :2012/08/23(木) 08:29:07.94 ID:6n9NLqE30
誰か投下ないかな
651 :v2eaPto/0 :2012/08/28(火) 14:38:28.15 ID:KtFaVF3x0
―6月18日
PPPP!PPPP!

「ううんっ…」

目覚ましのアラームとともに俺はいつものように目を覚ました。

気のせいか胸が重い。寝具は寮指定のネグリジェ。枕は頭の下だ。間違っても胸の上には無い。
貞操帯の中にあるはずのムスコが立ち上がる気配がない。いつもなら立ち上がろうとして頭ぶつけて痛いんだが。

あと、腰の貞操帯が若干きつい。最初ゴムのように伸びたのはこれのためかと納得した。

立ち上がり姿見に今の自分が映る。

「はぁ…」

ため息が出る。ため息を聞いて余計ため息が出そうになる。
ため息は出るものの不思議と嫌な気分ではない。

ついに俺も女の仲間入りをしてしまったらしい。


「あ、おはよう。へぇ…かわいくなったじゃない。」

ドアが開きルームメイトの希海がどこからか帰ってきた。

「俺は男だ。そんなこと言われてもうれしくない。」

「ふーん。でも、顔には嬉しいって書いてあるよ。」

「そ、そんなわけないだろ!」

「冗談だって。早く着替えて食堂行きましょ。」

「おう。」

いや、本当は可愛いと言われて不思議と嫌な気分じゃなかったけどな。

652 :v2eaPto/0 :2012/08/28(火) 14:45:45.44 ID:KtFaVF3x0
そのあと、寮内の食堂でいじられまくった。
元から女のヤツ、同じ元野郎も含めてそいつらの集まること。
いや、昨日までなら大歓迎なんだけど、今頃来ても、うっとおしいだけで、だから

「うっせぇ殴るぞ」

と周りに脅してみたが、それは威嚇にすらならなかった。
むしろ、「かわいい」と余計にいじられるだけで、寮母の「静かにしなさい」の冷えきった一言でようやく解散してくれた。

これがクラスでも起きるのかと思うと…あの日で学校休みまーす。とでも言って逃げたい。

でも、ズル休みしたら寮母にばれるんだよなぁ…

(それについては後に話す。)

なんやかんやで学校。と言っても同じ敷地内だけど。

規則のとおりに、まず職員室に向かった。

管理の三矢先生に貞操帯を外してもらうためだ。
変わることに慣れてるのか驚きもせず貞操帯をつけられた部屋に
貞操帯を外され白いパンツ渡された。勿論、女子用。
装飾もない為、前に開くところがないブリーフみたいなものと思えば別にどうということもなく穿けた。

そして、身体検査となった。
そのため午前の(あの忌々しい)授業は無し。

喜んでいいのか。悲しめばいいのか。

「はい、お疲れ様。」

真面目に疲れた。
レントゲンとかな大がかりなものは無かったけど、簡単な体力測定とか服脱いで腹に聴診器当てられたりとまぁ、いろいろやった。

検査の結果は健康そのものな“女性”とのことだ。
生殖器官はまだ活動してないが3週くらいすると活動しだすらしい。
あと、明日明後日あたりに膣から男の残骸が出るらしい。良く分からないけど。
骨も1週間は軋みながら丸みを帯びるそうだ。その為、過度な運動。要は部活レベルのスポーツとかだそうだ。
さっきだって、疲れるような運動をしたわけじゃないしな。

その後、さっきとは違って正確なサイズに合わせての2日分のブラジャーとショーツの支給。
授業で習った通りに付けた。

え?何カップだって?聞くなバカ。

653 :v2eaPto/0 :2012/08/28(火) 16:06:16.54 ID:KtFaVF3x0
――天音視点

今日も巴と食堂で昼食をとっていると、あの愚弟に似た感じの少女が入ってきた。

「ねぇ、天音。あれ弟君じゃない?」
「あぁ、そういえば今日が誕生日だったか。すっかり忘れてた。」
「ひどっ!それにしてもにょたっ娘ってどうしてああも綺麗になるのかなぁ。全く神様ってのは不平等よ。先に女性として生まれるのは私たちなんだから普通に考えて私たちを綺麗にすべきでしょ。」
「コンビニですらナンパされるあなたが言えたことじゃないだろう。」

ふと、もう一度愚弟(たぶん)を見ると
「あ、もう絡まれてる。」
「そうなると、あっちの寮だと明日の夜は彼が儀式ね。あの儀式、生徒会長様としてはやめさせるべきじゃないの?」
「先代もその前も黙認してるのだから今更止める必要もないでしょ。むしろ、アレのおかげでやり残した未練はあっても後悔とかは無くなるみたいだしな。」
「天音。口にケチャップついてる。」

愚弟の変化に我ながら動揺してたのか?まぁ、いいか。

654 :v2eaPto/0 :2012/08/28(火) 16:06:30.23 ID:KtFaVF3x0

――奏太郎視点

あ…ありのまま今起こったことを話すぜ!
昼食を取りに食堂に入ったらいつの間にか捕縛されていた。
な、何を言ってるのか分からねーと思うが俺も何をされたのか分からなかった…
授業とか女体化とかそんなチャチなもんじゃ断じてねえ
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…

いや今でも味わってるんですがね。
目の前に5人。そのうち4人は元野郎。
左から幸信、拓海、利也、昂、で後は別のクラスの知らない奴。たぶん、元から女性なんだろうな。

話始めたのは名前の分からない女子。

「名前は何に変える予定です?」

それに乗っかる形で利也。

「奏太郎だからぁ…奏ちゃんとかどう?」

で、拓海。ちなみに昴はいるだけで黙っていた。

「あ、かわいい。いーじゃん。奏」
「では、これから奏ちゃんって呼びますから。」
「ねぇ、ゆきのんもかわいいと思うでしょ?」
「うん。私もさんせー。」
「奏、何か反応してよ。」
「ねぇ、かなでー」
「無視?」

こっちは腹減ってんのにペチャクチャと

「だぁ、お前らうるせぇええ!幸信、てめぇもなんで賛成してんだよ!」
「え?だって、かわいいじゃん。それから、幸乃って呼んでほしいなぁ。奏ちゃん。」
「そうだよ。折角女の子になったんだからさぁ。」

あ、だめだ。コイツら完全に毒されてる。
あと、奏とはまた安直な名前だな。
それにしても腹減った。

早めに食堂に入ったはずなのに、コレのせいでまだ何も買っていなかった。

「あのさ、メシ食べたいんだけど。」
「じゃ、今日はみんなで食べよ?そのほうがいいって。」
「いや、一人がいい。」

そう断ったが

「かーなーでーちゃーん?一緒に食べましょう?」

幸信の笑顔が怖い。いや、お前らの笑顔が怖い。次断ったら何されるかわかったもんじゃない。

「わ、わかったよ。」
655 :v2eaPto/0 :2012/08/28(火) 16:21:00.95 ID:KtFaVF3x0
――天音視点

大声で、丸聞こえ。

「奏か。」
「安直だけどいい名前じゃない?」
「父様に連絡しておくよ。」

そう言って私はパスタを口に運ぶ。うむ、おいしい。

「天音。」
「なんだ?」
「また口元にケチャップついてる。」
「どうやら、体は素直らしい。」
「…欲求不満?」
「まさか。」

―その次の日の夜。奏視点

授業後に珍しくクソ親父からメールが来た。

『天音からメールが来た。お前が望むように戸籍と名前変えておいた。これからは奏として真面目に生きなさい。』

だと。
あのクッソアネキどこで聞いた。

俺は名実ともに奏太郎から奏になってしまった。
逃げるのももう諦めた。女の体になった時点で逃げても無駄だからな。

「奏。寮長が呼んでる。」
希海が帰ってきた。
「はぁ?なんで?」
「さぁ?私に聞くくらいならさっさと行った方がいいと思うよ。」
「ああ、はい、そうですか。じゃ、行ってくるよ。ったく。」
「行ってらっしゃい。」

むしゃくしゃしながらも部屋を出た。
と同時に
「楽しんで」
と聞こえた気がした。


656 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(千葉県) [sage]:2012/08/28(火) 21:47:10.67 ID:sEUo0h2Jo
ありゃ?
657 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(中国地方) :2012/08/28(火) 22:01:27.68 ID:jemsqita0
続きwktk
658 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) :2012/08/28(火) 23:00:24.27 ID:LclPG4Pmo
wkwk
659 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2012/08/28(火) 23:22:15.28 ID:L6J7+mgm0
おつつ! ついにかなでちゃんになりましたかwwktk



twitterで描いた?西田さん
http://u6.getuploader.com/1516vip/download/89/nisidachan.jpg
660 :v2eaPto/0 :2012/08/30(木) 04:27:41.35 ID:IjqdIw8b0
パート3はできてますが…4と2と矛盾が発生してる気がしてどこからずれた?状態で上げられない。2は問題ないと思ったから遅れましたが挙げました。

>>659 GOOD JOB
661 : ◆suJs/LnFxc [sage]:2012/08/31(金) 15:33:30.43 ID:wRqRWyLf0
>>660
お疲れ様です! さてここから、といったところですね

>>659
!?
懐かしの迷場面がまさか絵になろうとはwwwwww嬉し恥ずかしwwwwwwwwwwいつもありがとうございます!



さて、次回の投下分がもーちょいで書けそうですが
今度の土日に間に合わせるのはキツいかなぁくらいのペースでございます…

私事ですが、先日久々にキャバへ行ったところ超絶可愛い娘がおりまして
あぁー陽痲ちゃんあたりに付いてもらうとこんな気分なんだろうな、みたいな。
というわけで◆Zsc8I5zA3U氏の続きも待ってますwwwwww
662 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2012/08/31(金) 23:34:49.54 ID:KUrLDaxBo
あーあ、俺も女になりたいなあ。
663 :v2eaPto/0 :2012/09/01(土) 12:33:50.56 ID:XW5lQG9J0
>>662 夢の中でなればいい。

実際なれるとしても定義は個人個人による。
私の場合子供産めるかどうかが重要になると考えて女性になるということは無理。ならば、自分の半身みたいな彼女作ればいいと思っています。
664 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(中国・四国) [sage]:2012/09/02(日) 09:34:24.41 ID:PuQPvoAAO
子宮が重要なのはすげーわかる。
665 :GA-MAN :2012/09/02(日) 14:15:37.27 ID:E4lDJze10
このスレの職人方の作品に触発されて書いてみました。
アーアー、コレジャナーイwwwwww
と思いながら書いていました。
文章って難しいですね。
国語ALL3で小説はおろか日記さえもまともに書いたことのない奴の駄文ですが
御蔵行きにするのは忍びないんで投下します。
666 :GA-MAN :2012/09/02(日) 14:16:34.66 ID:E4lDJze10
(どれほど今までの常識からかけ離れた事件であっても5年続けて発生すれば起きて当然になり、10年続けて発生すれば常識となり、20年続けて発生すれば発生することが前提とした社会制度が作られるもの、なんだっけか?)
などと、俺は愚にもつかないことをボケっと考えながら体育館の壇上で説明しているお役人の言葉を聞き流していた。
ゴールデンウイークが開けて最初の土曜日。
後天性性転換症候群、いわゆるTS症の講義が学校の体育館で行われた。授業が午前で終わり楽しい休日を過ごそうと楽しみにしていた高校生の予定を無残にも打ち砕いたのだった。一年生の全クラスが集められ、市のTS症担当者が発症のメカニズムや予防の仕方、発症後の支援方法等をプロジェクターに映された図で細かく説明してくれている。
しかし、小学校や中学校の時にも同じような講義が行われていたり、なにより童貞を卒業した連中もそれなりにいるため、体育館はいささか緊張の抜けたざわめきに包まれていた。童貞を卒業した連中はもう俺には関係がない、とばかりに仲間と雑談に興じていたり、周りのクラスメートを面白そうに観察していた。
「あ〜、かったりー。童貞野郎だけ集めりゃいいじゃねぇかよ」
「必要なやつだけでいいよなwwwwww」
列の後方でクラスメートの佐竹や南部が不満タラタラに愚痴っていた。二人共ゴールデンウイークで風俗行ってきた、と自慢していたため必要ないと思っているのだろう。
「なぁ、アキもそう思うだろ?」
南部が俺の背中をつつきながら尋ねてきた。
「ああ、早く帰りてぇよなww」と返してやった。
俺は最上明成、15歳。明日の日曜日で運命の16歳の誕生日を迎える。
自分自身で贔屓目に見ても身長174センチの堂々たるイケメンだ。クラスメートには遊び好きのチャラ男で通している。
ただし、童貞。
モテなかったからじゃない。何人も告白してきた女子がいたが結局全員断ってしまった。
今までも俺に告白してきた女子生徒と付き合ってセックスしようと思えばできたと思う。だけどできなかった。好きでもない女に彼女面されて行動をあれこれ指図されるなんて嫌だったからだ。それに、一回やってやり捨てることなんて出来ない。その後の学校生活に支障が生じるからな。
だからといって、親に拝み倒して裏風俗で筆おろしさせてもらおうなんてみっともないことは考えられなかった。幸いにして発症確率は一割程度らしい。国にしてみれば目を覆いたくなるような確率であるが個人で見ればそれほど悲観するような確率じゃない。
俺は運を天に任せることにしたのだった。
結果、天は回避のための努力を放棄した俺に辛辣な罰を与えたのだが。
俺も首を巡らせて周りを盗み見てみた。女子の大半はつまらなそうに聞いているようだ。
女子の発生確率は講義によると0.1%もないようだ。その程度なら個人的には存在しないようなものだろう。交通事故に会うようなもので心配してもしかたのないものだ。
真剣に聞いている女子は自分のことよりも片思いの誰かさんの女体化のほうが心配なのだろうか。
周囲を観察するついでに幼馴染の海戸優一の様子を見てみる。優一は中肉中背のわりかし整った容姿をしている。学業や運動などはあまり得意な奴ではないが、面倒見がよく人の話をよく聞いてくれる気のいいやつで男女問わず友人が多い。当然のごとくクラス委員を務めていて教師からの評判もよい。周囲からはちょいワルを気取っている俺とはなんで親しく付き合っているのかわからないとも言われているぐらいだ。優一は真剣な表情で講義を聞いている。時おり持参した手帳に講義内容を書いてる。俺が知る限り優一に彼女がいた期間はなかったはずなので裏風俗で捨てていない限り童貞であるはずだ。
不安な気持ちになるのもわかるが優一の16歳の誕生日まで後3ヶ月もあるというのにせっかちな奴だ。
「以上を持ちましてTS症予防講義を終了とさせていただきます。このあとは各クラスに移動しHRを受けてからの下校となります。大人数ですので1-1の生徒から順番に起立し退出するように…。」
どうやら退屈な講義が終わったようだ。開放感から体育館全体でざわざわとしたざわめきが起こる。俺はくぁぁ、と大欠をかましながら伸びをした。
667 :GA-MAN :2012/09/02(日) 14:18:42.94 ID:E4lDJze10
HRは少しの伝達事項を伝えただけで終わった。周囲は休みの予定を話し合うざわめきでいっぱいだった。担任の和田が教育熱心でないことに感謝しなければならない。
「アキ、駅前のコートでバスケやろうぜ」
南部がバスケをしようと誘ってきた。
「わりぃ、ちょっと今日はパスするわ」
俺は少し渋面でその誘いを断った。
いつもならば佐竹、南部、優一の4人で街をふらつくのだが今日に限ってはその気にならなかった。何しろ明日は運命の16歳の誕生日である。正直心おだやかでないので家でゆっくり過ごすつもりだった。
南部と佐竹が少し驚いたような顔で俺を見る。断られるとは思ってなかったようだ。
「珍しいな。どこか悪いのか?」
「ああ、ちょっとだるいんだよね。また今度な」
「お前、誕生日は明日だよな。女体化の兆候か?まさか、お前が童貞なわけないよな?」
佐竹が「なわけないよなぁ」という顔をしながら聞いてきた。心の中で若干動揺した。
実際俺は童貞だからだ。周りにはイケメン、リア充で通っているからバレるわけにいかない。
「佐竹、こんなチャラ男が童貞なわけ無いだろ。こいつが童貞だったらとっくに男なんていなくなっているっつーのwwwwww」
「そりゃそうだww」
優一がすかさずフォローに入ってくれた。ナイスアシストだ、さすが我が親友。
「ま、そういうわけなんで月曜にまた会おうぜ。じゃーなww」
俺は佐竹たちに軽く手を振って教室を出ていった。隣にはいつもの様に優一がいる。
学校から家までは自転車で40分ほどだ。飛ばせば30分以内に帰れるだろうが帰宅時はだべりながらゆっくりと漕いで帰るため一時間はかかる。だが、俺はこの気だるいまったりとした会話の時間が大好きだった。お互い贔屓のグラドルの話から始まり、他愛のない雑談をしていたのだが会話は自然と俺の女体化の話になる。
「お前、童貞だろ?このまま女になるのか?」
「何言ってんだ。女になるなんてまっぴらごめんだぜww女になっちまったら童貞丸出しだろwwwwww今までの俺のイメージが崩壊するだろうがww」
まともに取り合おうとしない俺に優一はムッとした顔をした。これはヤバイ。
「本気で女体化したくないのならなんか対策を取るだろ。告白してきた子を全て切りやがって。未成年本番OKな店とか調べてみたのか?」
笑い話でスルーしようとした俺を真面目な顔で諌めた。こうなったらこちらも真面目に付き合わなければならない。優一はいつも現実を突きつけてきて、具体的な対応を迫ってくる。
「好きでもない女とやってもしできてしまったらどうすんだ。俺は一生を棒にする気はないぞ。それに一発やって別れたら後の人間関係も面倒くさくなるだろうが。」
「それに優一も知っているだろうが。俺は風俗が嫌いなことなんだ。どんな相手でも相手するなんて考えらんねぇ。」
俺は優一をまっすぐ見つめながら真面目に返してやった。俺が出した結論は結局確率に頼ることだった。九割方勝てるのなら何もしなくてもいいだろ?
「手段の選り好みをしている時点で全然本気で考えてないな。たとえ虫酸が走るほど嫌いでも手段がそれしかないのなら選ぶしかないじゃないか。」
優一は嘆息をつきながら俺にメモの切れ端を渡してきた。
「こんな事もあろうかと一応調べておいた。そこの紙に裏風俗の電話番号が書いてある。帰ったらよくよく考えて行くか行かないか決めるんだな。ついでに今日の講義内容の要点も書いてあるから見ておけ。どうせ上の空で聞いていなかったんだろう?」
「……。ふん。一応もらっておく」
俺は図星を痛いほど突かれたため渡されたメモ紙をズボンのポケットにねじ込んでそっぽ向いた。結局このまま会話があまり弾まないまま優一と別れた。男としての最後の会話はなんともしまらないものになってしまった。
668 :GA-MAN :2012/09/02(日) 14:19:39.95 ID:E4lDJze10
午後10時を過ぎて自宅のリビングには俺一人になった。親父とお袋は既に寝室にこもって寝ていて弟の昭光は自室でゲームをしているようだ。
俺は結局裏風俗には行かなかった。優一の心使いはありがたかったが他人に言われた程度で考えを変える程度ならばとっくの昔に童貞なんて捨てている。
女になりたいわけじゃない。納得できない手段で女体化を回避したら将来壁にぶつかったりした時にその選択を後悔するようなしこりになりそうだったからだ。その後の人生を過去を後悔することで過ごしたくはない。
くだらないバラエティ番組をBGMにしながら自然と明日以降のことを考えていた。
九割方男のままでいられる勝算があるにしろ一割の確率で女になってしまう、ということはかなり厄介だ。俺は納得できない手段で女体化を回避することを拒否し、確率にすがったのだがまるっきり女体化後のことを考えていないわけではなかった。
ネットで情報サイトやWikiを多数ブックマークし読み漁ったり、変化後の人間関係を考えて努めて女子との付き合いも気を使った。特に中学生時代からの付き合いのある橘麗香とは親しく付き合っている。女になってしまったら頼りになるだろう。
徐々に眠くなってくる頭で考え事をしていたら背後から物音がした。
ギシッギシッと音を立てながら昭光が二階の自室から降りてくる。そのまま台所に行って買い置きのジュースをコップに入れて自室に引き返していった。特に会話はない。
小学校の頃は「兄ちゃん、兄ちゃん」と、ところ構わずひっついてきたのだが中学に入ってしばらくたったら距離を置くようになった。別に寂しくはない。兄離れ親離れができているというわけだ。だけど、女になってしまったらどう変わるのだろうか。同性という糸が切れてしまうのだから今以上に疎遠になってしまうのかもしれない。
wwikiでは女体化後は男の兄弟に気をつけるように書いてあった。昭光も俺を異性として見るのだろうか。
ぼんやりと考え事をしていたらだんだんと眠くなってきたようだ。時刻は0時を過ぎている。耐え難い睡魔に襲われながら俺は自室のベッドに這い進んでベッドに潜り込んだ。

チュン…チュン…チチチ……。
雀の声が聞こえる。早朝の薄い光がカーテンの隙間から差し込んでいる。うつ伏せで枕に顔をうずめながら「朝か…」とぼんやりと思った。
「!?」
なんだこれ……。
胸のあたりで感じた違和感で眠気が急速に吹き飛んでいく。
まるで何か柔らかい物体が俺の体重で押しつぶされている感覚…。
俺はガバっと起き上がろうとしてつんのめってしまい、勢い良くベッドから床にダイブしてしまった。
「痛ってー」
思い切り床とキスした顔を手でさすろうとしてハッと気付く。
昨日までの角ばったやや大きい男の手じゃない。あくまでも白く繊細で細く伸びた手だ。
こんな手は女友だちのものしか見たことがない。
そう、女の手だ。
「まさか…まさか…まさか!!冗談きついぜ、おい」
胸の奥がキリリと引き絞られるような焦燥感に駆られて部屋の姿見に突進した。
女だ。
若い女が俺を見ている。
髪は暗い茶髪でショートカットほどの長さだ。女体化したらたいていはかなり伸びるらしいが俺の場合は長さは変わらなかったらしい。
目は二重瞼がでクリクリとした大きな目をことさらに強調している。唇はぷっくりとふくれてみずみずしい。
胸は身長が縮んでブカブカになったTシャツの上からでも盛り上がりが確認できるほどの大きさだ。C以上あるよな、これ。
シャツをまくって下腹を見てみる。引き締まった腹筋が目に入る。上半身から下半身に向けてくびれが綺麗なカーブを描いている。
トランクスに包まれているがおしりもなかなかの大きさのようだ。腰からずり落ちそうになっているトランクスがおしりで止まっている。安産型っていうんだっけ。
それにしても今まで慣れ親しんできた股の間の俺の息子の感覚がない。
ゴクリ…と喉を鳴らして恐る恐る右手をトランクスの中に入れて確認した。
無い。
帰ってきた感触は汗で湿った恥毛と馴染みのない肉の亀裂だけだった。
「っ………!?」
俺はゾワッと鳥肌を立てて右手を引っこ抜いてベッドに潜り込んだ。
俺は頭から布団をかぶりながらこれはただの夢であること必死に自分に言い聞かせながらブルブルと震えた。
669 :GA-MAN :2012/09/02(日) 14:22:07.09 ID:E4lDJze10
「明成!!起きなさい!!優一君が来てくれているわよ!!明成!!」
ベッドに再び潜り込んでからどれぐらいたったのだろうか。陽の光は随分と強くなり狭いカーテンの隙間からでも部屋内を十分に明るく照らしている。
お袋の怒鳴り声とドアをノックする音で目が覚めたみたいだ。
優一?なんで家にいるんだ?
寝ぼけ頭で混乱したまま俺はつい声を出してしまった。朝に女体化した姿を確認したときは声を意識して確認していなかったからまるっきり失念していた。
体がこうも変わっているのだから声が変わっていないはずがない。
「うるせーな。朝からガンガンドアを叩くなよ!!」
「……。明成!!」
ヤバイ!?と思った瞬間ドアが勢い良く引き開けられる。お袋が部屋に乱入し、続いて優一が青い顔をしながらついてきた。布団の端をガシっと掴まれる。そのまま引っペがそうとするのを必死に布団にしがみつきながら耐えたが優一も一緒になってひっぺがしにかかるとあえなく床に転がされてしまった。
「見…見るな!!見ないでくれ!!」
情けなく床に転がされた俺は羞恥心から思わずそう叫んで亀のように丸まってしまった。気配でお袋が消沈して床に膝をついた様子がわかった。優一は頭を搔きながら「あー、なっちまったか」とポツリと呟いた。
俺の男としての人生が終わり、女としての人生が始まった最初の朝は思い返すと赤面してしまうほどの間抜けさだった。

居間は重い空気が漂っていた。親父、お袋、俺、優一の四人がテーブルを挟んで座っている。隣に座っている優一が落ち着かなそうにしていた。時おり俺を横目で見ている。
朝着ていたTシャツは大きすぎて胸元が大きく見えてしまうため母親がどこからか持ってきた中学校時代のジャージを着ている。身長がだいたい同じくらいだったようで何とか着れたが胸がパツンパツンに張れているのと、腰回りが大きくて思いっきり腰紐を引き結んでいるため着心地が悪い。自然と気分が表情に現れてブスッたれた顔になる。
「あんた、今まで女体化は大丈夫、大丈夫って言っていたから何も準備していないわよ」
お袋が家計簿を見ながら言う。大抵の年頃の男子を持つ家庭は息子の女体化による衣服や生活用品を用意するため別途積み立てているものらしい。
だけど俺のかっこつけを真に受けて全く積み立てていなかったようだ。弟もこれから女体化危険期間に突入する時期に差し掛かるため俺の方には回せないらしい。
現実は非情である。
670 :GA-MAN :2012/09/02(日) 14:22:37.68 ID:E4lDJze10
「あんたから徴収してきたお年玉貯金を準備に当てなさい。制服や下着類なんかはこっちで見てあげるけどお洒落着なんかはそこから使うこと!!いいわね」
「へ〜い」
今まで親に嘘ついてきた手前強くは言えない。制服や下着肌着類、家着寝間着、女の子の身だしなみを整えるための小物類などの本当に必要最小限のものは厳しい家計からひねり出してくれるためありがたいと思わなければならなかった。
「まぁ、なんだ。父さんは明成が自分の欲のために女の子を傷つけなかったことを嬉しく思うよ。姿形は変わっても明成は明成。父さん、母さんの息子だ」
父さんが遠慮がちに言ってくれた。本心ではないことがしょんぼりとした態度からわかっていたが、今までどおり自分たちの子どもとして愛してくれることがわかって安心した。
お袋は息子が女体化してしまったことよりも突然の大きな出費の方が気になっているし、親父はどんなに変わろうと自分の子どもとして愛するといってくれている。
女体化者が自身の変化を受け入れるためには肉親や兄弟と友人に認められることが必要であると保健体育の教科書に書いてあった。今でこそ女体化は子供の三次性徴になって当たり前の常識になっているが、TS症が出始めた頃は周囲に受け入れてもらえずに自[ピーーー]る女体化者が後を立たなかったらしい。俺は今更ながら今の時代に生まれたことを感謝した。
「明成、これから大変だろうができる限り手助けするから遠慮無く頼れ。いいな」
優一が俺の顔をしっかりと見据えて協力を買って出てくれた。
顔がかぁっと熱くなる。おい、顔が近すぎるぞ。そんなに見つめるな恥ずかしいじゃないか。心臓がバクバクと鳴り響く中俺は「お…おう。よろしくな」としか言えなかった。
「優一君は頼もしいことを言うなwwどうだ長年の友人のよしみで明成をもらってくれんか?」
「お父さん。優一君が困ってるでしょう?でもまぁ優一君ならいいお婿さんになりそうね」
両親がさらっと爆弾発言をしやがった。優一はなぜかしら満更でもなさそうに「いやぁ、困ったなww」
なんて言いながら照れている。俺は慌てふためいて馬鹿三人に顔を真赤にしながら不謹慎極まる発言内容に怒っていた。しかし、心の奥底で妙に冷静な自分が優一を品定めしていることに気付いていた。
優一は優しい、気配りができる、真面目で話も面白い。それに容姿も優れているから伴侶としても申し分ない。将来は絶対いい男になるから今のうちに青田買いしておくべきだよね。それに他の男と一緒になれる自信なんて無いから選択肢なんて無い…。
「明成。ぼうっとしていないで優一君を見送りなさい。せっかくお前を心配して来てくれたのだから帰りの見送りぐらいはしなさい」
親父に肩をゆすられてはっと気づく。どうやら考え事に夢中になっている間ずっと優一を見ていたらしい。
これでは両親の発言にその気になってのぼせ上がったように見られてしまうじゃないか。俺はごほんと一つ咳払いをするとなんでもないように取り繕って優一を玄関まで見送りした。
「来てくれてありがとうな。これからもよろしくな」
「ああ、大変だろうががんばろうな。何か不安に思うようなことがあったら必ず相談しろな」
両親の爆弾発言をなかったようにしながら心配しながら言ってきた。そして何かに気づいたように付け加えるように聞いてきた。
「そういえば明成。明日は無理だろうがいつ頃登校できるんだ?しばらくは一緒に登校しようぜ。そのほうがいいだろ」
「制服は学校に女体化者用に余分にある女子用制服を買えばいいから明日にでも行こうと思えば行けるな。だけど、いろんな手続きや市の女体化者用の集中講義なんかもあるから来週の月曜からにするよ」
「市の女体化講習か。そういえば昨日の講義で触れていたな。それに学校に行けばいろんな奴に見られるだろうから少し女に慣れてからのほうがいいよな。わかった。来週の月曜な?」
「おう。キリがいいからな。登校の時はよろしくな」
優一は軽く請負ながら帰っていった。午後は色々忙しくなるだろうと気を使ってくれたんだろう。本当に良い友人を持った。そう、友人だ。幼馴染で大切な親友だ。俺の心のなかでいつの間にか居着いた女の部分が絶対に逃すなと囁いてくるのを黙殺しながらそう言い聞かせた。
671 :GA-MAN :2012/09/02(日) 14:23:12.12 ID:E4lDJze10
午後はお袋と一緒にその後に必要となる生活用品の買い出しに出かけた。女の子が生活するのにあたってたくさんの物が必要らしいがまず最初に服屋に行く。
何しろ着るものがなくて中学校のジャージを無理やり着ているのだから恥ずかしくて仕方ない。その後の店回りをするためにもある程度見られる格好になることは必要だった。
普段着ならばしもむらやウニクロといった量販店で必要十分だ。
それに女に成りたてで目一杯お洒落する気になんてなれない。
そういう訳で近場のしもむらに行って買う事になったのだが店内のあちこちからの視線が痛い。
母親に連れられて無理矢理にジャージを着たブスッたれたミドルティーンの女の子がいれば、100人中100人が「ああ、女の子になったばかりなのね。微笑ましいわぁ」と思うだろう。
店内にいる人達からチラチラと見られている。この人達から「童貞だったのね」と思われているだろうことが無性に恥ずかしかった。店員さんもやたらと優しげにサイズ測定から洋服選びまでまさに手取り足取り付き合ってくれた。「これから大変だけど頑張ってね」的なオーラがやばい。
俺はサマージャケットにキャミソールワンピース、レギンスにスニーカーといった服装に着替えさせられた。
女の子らしい装いでありながら男としての恥ずかしさも配慮してくれたコーディネートだった。キャミソールのヒラヒラ感はなんとも言えないものだったが下にズボンみたいなレギンスを穿いているためいく分かはマシである。
衣類を大量に購入したお袋と俺は次に生理用品や身だしなみを整えるための化粧品類を買うためにしもむらを後にした。お袋はドラッグストアや100円ショップをあちこち回りながら手際よく商品を選んで買い込んでいく。お袋が買い物カゴに放り込んでいく品物が俺にはそれがどんな用途で必要になるのかわからない。
まるで初めて文明の利器を見た原始人のような気がした。
家に帰ったら一つづつ使い方を教わることになるだろうと思い気が滅入る。

買い出しが終わり家に帰り着いたのは午後六時をまわった頃だった。夕日があたりを染め烏がカァカァと鳴いて空を飛んでいる。車を庭の開いているスペースに止めて荷物を下ろしていると弟の昭光が自転車に乗って帰ってきた。ジャージ姿なので部活だったのだろう。自転車を止めた弟は俺達に「あ、お帰り」と挨拶をしたまま固まってしまった。弟の視線が俺に注がれている。母親と一緒に買い物をしていた見知らぬ女の子を不審がっているようだ。
「……こんばんわ。兄貴のお知り合いでしょうか。俺、弟の昭光と言います」
律儀に挨拶をしてきた。弟の中では目の前の女の子は俺の彼女になっているに違いない。極めて現実的な考えだろう。まさか常日頃から遊び人で非童貞を放言していた人間が女体化したとは思わない。
672 :GA-MAN :2012/09/02(日) 14:23:51.27 ID:E4lDJze10
「昭光。朝あなたいなかったからわからなかったでしょうが、目の前の娘はあなたのお兄さんの明成よ。」
「え、兄さん?そんなバカな。兄さん童貞じゃなかったじゃん。」
「馬鹿だから恥ずかしくてカッコつけていたのよ。嘘までついて」
「う…嘘?マジで?」
お袋は持っている荷物を俺に押し付け絶賛混乱中の弟の背中を押して強引に家の中に入っていった。
こんな話は外でするもんじゃないだろうが、女体化して腕力が落ちた人間に持たせても大丈夫な荷物じゃない。俺はヒィヒィ言いながら玄関に荷物を置いて肩で息を吐いた。
居間で両親から事情説明を受けている弟の悲鳴を聞きながら荷物を小分けで二階の自室に引っ張りこんだ。
自室のタンスやクローゼットから男の時の衣類を引っ張りだして床に置き、新しく買ってきた女物の衣類を詰め込んでいく。自然とため息が漏れた。女になってから一日も経っていないのにもう男だった痕跡を一つ消さなければならないことに憂鬱な気分になった。これから一日一日徐々に自分の心のなかや周囲の情景から男の最上明成が消えていって最終的にはアルバムの中の写真だけになるのだろう。
そうやってタンスの入れ替え作業をしているとコンコンと遠慮がちにドアがノックされた。
俺は作業の手を止めずに入室を許可した。
「入っていいぞ」
「ごめん。兄貴ちょっといい?」
弟が若干緊張した面持ちで入ってきた。瞬間、顔が急に赤くなる。不思議に思って弟の視線の先を見てみると仕舞いこむ前のショーツやブラジャーが他の衣類と一緒に散乱していた。たかだか下着にここまで赤くなるなんて純真なやつだ。俺みたいに女体化してしまうんじゃないかと少し心配になる。
「何赤くしてんだ。スケベなやつだな」
「あ、赤くなんてなってないし!!スケベでもないし!!下着ぶちまけてるほうが悪いし!!」
「はぁ、なに必死になってんだ。それにしても何の用なんだ。見ての通り俺は忙しいんだ」
めんどくさそうに言う俺にいささかムッとした顔をしながら弟は口を開いた。
「あの、こういうこと聞くのはダメかな、て思うんだけど。兄貴は…その…女になりたかったの?」
予想どんぴしゃりな質問が来た。女友だちも多くいて何回も告白をもらっているような人間が女体化してしまったのだから当然そう思うだろう。それに彼女を作らなくても童貞を捨てる手段もあるし、それらの選択肢をことごとく捨てているのだから女体化願望があったと疑われても当然である。
しかし、手段の選り好みはしていても俺には女体化願望なんてなかったので誤解を晴らすためにもきちんと弟に説明しなければならなかった。
「うーん……女体化願望なんて無いぞ、俺は」
「でもあんなにモテモテだったのになんで童貞を捨てなかったの?だったらそれしか考えられないじゃん」
「好きでもない奴とヤレるかよ。お前ヤッた後の人間関係なんて考えてないだろ。」
「好きじゃなくても彼女いたほうがいいじゃん。友達に自慢できるし。兄貴だってモテモテだって嬉しそうに自慢してたじゃん」
「あれは…まぁ、なんだ…ただのカッコつけってやつだよ。それに、告白は受けていても誰とも付き合ったこともないしな。みんな友人として付き合ってもらってるよ。大体だな愛情を持てない奴を恋人扱いなんてできないよ」
「…カッコつけって。兄貴がそんな人間だとは思わなっかよ。女になっても不思議じゃないよね。だって決断できずにズルズルと先延ばしにしてたんでしょ?」
673 :GA-MAN :2012/09/02(日) 14:24:54.29 ID:E4lDJze10
弟は露骨に落胆した様子だった。周りも含め弟にはちょいワルを気取った遊び人で通してたからショックだったのだろう。弟との間に何か溝ができてしまったような気がした。
「ただ周囲を傷つけるような手段を取りたくなかっただけだ。話は終わりか?終わりなら出てってくれ。今忙しいんだ」
「言われなくても出ていくよ。兄貴みたいに女になりたくないもんね。男らしい兄貴だって思っていたから、がっかりしたよ」
「勝手に言ってろ。あ、そうそう俺の服を持ってけ。俺はもう着れないからお前が着とけ。捨てに行くのもめんどくさいからお前にくれてやる」
言われた弟は部屋の一角に積み上げられている俺の服を見て心が動いているようだ。前から俺の服を借りたがっていたからこれだけは嬉しいらしい。弟にやらなくても優一やクラスメートにあげたり、リサイクルショップに売ればいいのだがなぜか弟にあげたくなった。
弟の期待を裏切り、同性という糸が切れてしまったことで生じた溝を何かで埋めたいと思ったからだろう。
弟は迷ったようだが結局は下着以外全部持って俺の部屋を出ていった。バスケ部に入っているためか中学生にしては背が高いほうなのでサイズ的には問題無いだろう。
「はぁ、登校したらなんて言われるんだろうな。こんなんだったらカッコつけなけりゃよかった」
俺は買った衣類を全てタンスに仕舞いこむとそのままベッドの上に横になった。
憂鬱な気分のまま新しく膨れ上がった乳房を軽くもんでみる。
ふにふにとした柔らかい感触が服の上から伝わってくる。よく小説や漫画であるような触っただけでHな気分になるようなことはなかった。男の時に胸を揉んでみた時とあまり変わらない。
男の時は優一と一緒に「女になったらズリネタに困らないぜヒャッホウ」と言っていたのだが全くその気がおきない。見ようと思えば女の子の部分も奥の奥まで見れるのだが、男の時に自分の息子を性的な目線で見れないように全く興味がわかなかった。どうやら性的嗜好は早くも女に順応してしまっているらしい。
俺はシラけた気分になってそのまま寝てしまった。

女体化してから一週間が経ち学校に登校する日が来てしまった。
お袋と一緒に女体化の説明のために一回出向いているのだがその時はクラスのみんなに会っていなかった。
手続きと予備の制服をもらったらそそくさと出ていったためまだ俺の姿は見られていない。
お見舞いメールのやりとりをしていたから俺の女体化は知られていたが精神的に不安定という理由でお見舞いは断っていた。なんというか性的嗜好は女に傾いていても未だ男としての意識が強いから女装をしているような気分が強い。市の女体化講習で女の立ち居振る舞いを叩きこまれていてもたまらなく恥ずかしい。
以前の俺の姿を知っている人間と会うのが怖い。家族や優一と接する時とは全然違う。
何か言われるんじゃないか?馬鹿にされたりしないだろうか?そんな心配が頭の中を駆け巡っていた。
部屋の全身が映る姿見で入念にチェックする。ショートカットの髪は寝ぐせもなく綺麗に整えられている。
ブレザーの女子用制服はシワ一つなく新しい体とぴったりと似合っている。飾り立てるようなアクセサリの一つもつけていないが快活そうな美少女がそこに映っていた。
女体化してから一週間たってもこの体が自分の体だとは実感できないでいたためだろうか三人称視点で見ているように自分の全身をチェックすることができる。特に問題は無いようだ。
女体化した元男の中には女の体になっていることを否定しわざと男ぶっている奴もいるらしい。
気持ちはわからないでもないが道行く人達全員に「自分は童貞でした!!」と声大きく叫んでいるようなものだと思う。せめて自分のことを知らない他人からはどこにでもいる普通の女の子と思われたほうがまだ心理的ダメージが少ないんじゃないだろうか
674 :GA-MAN :2012/09/02(日) 14:25:25.91 ID:E4lDJze10
「明奈!!優一君が迎えに来てくれたわよ!早く降りてきなさい」
「は〜い、今行く!!」
お袋が俺を呼ぶ。どうやら約束した時間通りに優一が来てくれたようだ。
名前は大昔のアイドルのようだが明奈にした。あんまり違いすぎる名前にしても愛着なんてわかないからな。
大きく返事をして玄関へ向かう。身だしなみのチェックに時間を掛けたかったので朝食は既に済ましてある。
玄関を開けると優一が自転車にまたがって待っていた。心なしか緊張しているように見える。
こんな美少女と一緒に登下校できるのだから緊張していてもおかしくない。できれば変わって欲しいくらいだ。俺は羨む気持ちを抑えながらとびきりの笑顔で挨拶した。
「おはよっ、ユウ!!今日はいい天気ねww」
思いっきり目を見開いて俺を凝視する優一。おい、何だその反応は。
「お前…どうしたんだ。その口調は。なにか悪い物でも食べたのか?」
「なにそれ、私が女口調で話すのがそんなに変?」
「いや、昨日までオレオレ言ってた奴が突然私だからな。そりぁ…面食らうさ」
「女なのにオレオレ言ってたら変でしょ。これでも努力して女になりきろうとしてるんだから」
「あ〜、そうか悪いな」
いつまでも家の前で立ち話していたら遅刻してしまう。
ただでさえ体力が落ちている上に身長まで10センチ以上縮んでいるため自転車を漕ぐのが辛い。
サドルを一番下にしてようやく足がつくため運転が危なっかしいのだ。
優一はさり気なく車道側にいてくれている。俺達は雑談しながら学校へ向かった。
学校に到着し自転車を駐輪場に止めた俺達は一旦別れた。俺は職員室へ向かい優一は教室へ向かう。
優一がいなくなっただけで心細くなってしまったが一緒に職員室に行くわけにもいかない。
職員室は下駄箱のすぐ近くにある。ドアを開けて職員室に入る。
「失礼します。一年三組の最上です。和田先生はいらっしゃいますか?」
「うん?お前最上か。こっち来い」
「はい。失礼します」
和田はあまり驚いていないようだ。教員生活が長いだけあって女体化者の対応に慣れているのだろう。
これからの学校生活についての諸注意と休んでいた間に進んだ授業の穴を埋めるための宿題プリントを渡されたところで朝のHRの時間になった。
「最上。なにか困ったことがあったら迷わずクラスメートや先生に頼ること。女体化者の問題は大抵自分から周囲に対して壁を作ってしまうことが一番の原因だ。その点お前は交友関係が広いから心配はしていないがこのことはよく覚えておくように」
「はい。先生」
校舎内を移動しながら色々と助言をもらう。静かなざわめきが漂う校舎内で俺たちの足音がよく響いた。
四階の我がクラスに到着する。少し前まで聞こえていたざわめきが止まる。どうやら俺と和田が来たことに
気づいたのだろう。静かな緊張感が伝わってくる。
「先生が呼んだら入ってくるように」
そう言っておいて和田が教室に入っていった。
「起立。礼。おはようございます!!」
「おう。おはよう」
いつも通りのやり取りの後で和田が連絡事項を伝える声が聞こえる。既に緊張感で心臓がバクバクと鳴っている。きっと俺の顔は赤かったり青かったりしているに違いない。
「最上。入りなさい」
ついに呼ばれた。俺は震える手で扉を開けて教室へ入っていった。
675 :GA-MAN :2012/09/02(日) 14:25:58.16 ID:E4lDJze10
顔を俯けながら教室へと入っていく。
クラスメートの視線が凄い。まるでレーザービームのように俺の体のあちこちに突き刺さるように感じる。
教壇に上りクラスメートの方へ体を向けて顔をあげる。教室全体を見渡してクラスメートの反応を見た。
みんな一様に驚いた表情を浮かべている。身だしなみで致命的な間違いでも犯してしまったのだろうか。
優一の様子を見てみると何やら落ち着かなそうに周囲を見ている。
それほど俺のことが心配なのだろうか。少し嬉しく思う。
和田が自己紹介を促してきた。公開処刑もんだがおとなしく腹をくくろう。
「最上、お前からもみんなに挨拶しろ」
「はい。え〜と、女になってしまいました。最上明成改め最上明奈です。できれば変わらない付き合いをしてくれると嬉しいです。よろしくお願いします」
できるだけ虚勢をはって可愛らしく挨拶した。この時のために鏡に向かって何回も練習したのだ。
多分、おかしいところはないはずである。
少し、シンとした静寂が訪れたと思ったらクラス全体が沸騰した。
「やべぇええええええ!!かわえぇええええええwwwwwwww」
「むほぉおおおおwwwwww」
「いやぁぁあああんwwwwww女の子になっても素敵wwwwww」
男は新たな美少女の出現にむせび泣きながら喜び、女は鼻息荒くしながら新しいペットを見つけたような目で見てきた。正直怖い。いかんせんやりすぎたようだ。
思わず黒板に背中をぶつけるほど後退って乾いた笑いをこぼすことしかできない。
多分泣きそうな顔になっていただろう。
和田は呆れた顔で騒ぎを沈めて俺に着席を促した。男だった時と同じ席だ。机と机の間を通って行く。
一挙一投足を見られる感覚は大変緊張する。右手と右足を同時に出しながら歩きやっとの思いで席につく。
机に突っ伏してしまいそうになるが何とかこらえて黒板の方を向く。
俺の長い一日が始まった。
一時間目は担任の和田が担当する現国だったためHR後の質問ラッシュはなかった。
しかし、休み時間ごとにクラスメート全員に取り囲まれて辟易させられた。
それに誰が呼んだのか他のクラスの連中まで押し寄せていて教室の外で人垣を作っていた。
完全に動物園のパンダ状態である。そのうち見物料を取るぞ畜生め。いくら俺が一年生で一人目の女体化者だからって2,3年生で31人もいるのだからそれほど珍しくない存在では無いだろうに。
昼休みになりクラスメートから一斉に昼食のお誘いを受ける。いつも優一、佐竹、南部の3人と一緒しているので断りながら探していると両腕をがっしりと掴まれてしまった。
何事かと驚いて両脇を見てみると女友達の橘麗香と五条鳴海、朝比奈鈴音の三人がこの上もな嬉しそうに笑っていた。
「アキ、お昼食べながら女の子のことをレクチャーしてあげるね。感謝してねww」
「え〜と…お昼は優一たちと…」
「いやいやいや〜、ちゃんと女の子の輪の中に入って行かないとダメだぞ〜。出発〜っ」
「私の意志は無視っ?アーッ!!」
三人がかりで連れて行かれる視界の隅で優一が「しっかり教えてもらうんだぞー」
と笑って言っていた。あの野郎の差金か。
3対1では如何ともしがたく俺は為す術もなく運ばれていった。
676 :GA-MAN :2012/09/02(日) 14:26:40.08 ID:E4lDJze10
昼食のおすすめスポットとして定番である屋上だがB棟の屋上は教室から遠いこともあってあまり人が来ない。
そのためあまり人に聞かれたくない話事をすることに適していた。
俺は女友達3人と車座になって弁当をつつきながら話に華を咲かせていた。
俺は麗香達から女の子としての処世術を雑談を交えながら教えてもらっていた。
市の講習では女としての基本的な生活の仕方しか教わっていないのでこういった生の情報はありがたい。
やはり日頃から培っていた人の和がものをいうのだろう。
「そういえばアキは洋服は買ったの?まだ揃ってないなら今度の日曜日にでも買いに行かない?」
朝比奈が思い出したように尋ねてくる。
普段着くらいなら数点お袋と揃えたのだがお洒落着はまだ買っていない。
昨今の流行やおすすめのブディックなんかわからないために手を出していなかったのだ。
こちらから頼もうとしていた話題を向こうの方から切り出してくれたので渡りに船であった。
「う〜ん、普段着はいくらか近場の洋服屋で揃えたんだけど余所行きはまだだなぁ。女の子の服なんてわからないし」
「なるほどなるほど。じゃぁ決まりね。駅南のショッピングモールなら大抵のものが安価で揃えられるから入門用にちょうどいいわね」
「うんうん!日曜日の11時に現地集合ということでけって〜い!」
「こちらにしては願ったり叶ったりだけど強引だね」
女三人がやたらとハイテンションではしゃいでいる姿を見て思わず引いてしまった。
何か裏があるのだろうか。少し心配になる。
「アッハッハ、そんなに引かないでよww何も知らない女体っ娘を思う存分に自分色に染め上げられる機会なんてマンガやドラマぐらいしかないんだから」
「そうそう、日曜日は私達の等身大リカちゃん人形になってもらいますww」
「ハァハァ…楽しみ…ハァハァ」
若干一名危ない奴がいたが背に腹は代えられない。俺の大切なお年玉貯金を下手な買い物につぎ込むわけにはいかないため優秀なガイドが必要なのだ。
だが、この時俺は彼女たちがしてやったりと目配せしていたところまでは気づかなかった。

登校から一週間が経ち日曜日になった。
今日買い物をするショッピングモールは去年できたばかりの新しいもので休日になると駐車場に車を止められなくなるほどの人出になる。
この片田舎では珍しいほど品ぞろえ豊富であり、東京などにいくより気軽にそれなりのものが手に入るため若い娘に人気の場所であるらしい。男であったときは男向けの服屋が少なかったこともあってあまり縁のない場所であったがこれからは時々利用することになるだろう。
「あ、きたきた!こっちよこっち〜!」
「ごめん、ちょっと遅れた?」
「私達が早く来すぎたのよ。さ、早く中に入りましょ」
「あはは…今日はよろしくね」
約束の時間にはまだ十分あるのだが麗香達はもう来ていた。凄いヤル気を感じる。
このショッピングモールにある女性向けの洋服屋やアクセサリ屋は20店舗を数える。
今日の予算を聞いてから怒濤の勢いでの洋服選びが始まった。
上はサマージャケット、キャミソール、カットソー、シャツ、ワンピース、カーディガン…等など
下はジーンズ、ホットパンツ、プリーツスカート、ミニスカート、タイトスカート、ニーソックス…等など
品物を体に当てながらバランスを見極め、即座に試着室に放り込まれて試着した姿で出ると
「うも〜♡可愛〜いww」
677 :GA-MAN :2012/09/02(日) 14:27:10.49 ID:E4lDJze10
の大合唱である。試着した姿を鏡に映して見てみると自分で選んだ普段着が野暮ったく見えるほど洗練されて見えて凄く見違えている。まるで魔法のような手腕に驚かされる。
やっぱり普段からファッション誌を目を皿のようにして見ている連中は違う。
購入したものの内、特にお気に入りのものを着用してショッピングを続ける。
装飾品店、ネイルサロン、美容室を回った頃には完全無欠の美少女がいた。
気分はもうビューティコロシアムの出演者の心持ちである。
購入した手鏡で自身を映して眺めて呆れたようにため息を吐いた。
さすがに疲れたのでモール内のフードコートで一休みをする。
俺というきせかえ人形で遊び倒した女子高生プロデューサー達は飲み物を買いに行っている。
俺も行くと言ったが荷物を持ったまま並ぶのは大変だろうから待っていなさいと言われた。
疲れた体に心使いが身にしみる。俺は素直に休ませてもらった。
ボケっと椅子に寄りかかって待っていると思いもかけない人物から声をかけられた。
「よ…よう、お前も買い物か」
「優一?ばったり会うってのも珍しいね。優一が言っていた用事って買い物のこと?」
「ああ、そうなんだ。佐竹たちと来たんだけど…。」
どうにも歯切れが悪い。しきりに緊張していて目もあちこちへ泳がせているようだ。
問い詰めようと思った時携帯電話から着信音が鳴り響いた。
ポケットから取り出して確認してみると麗香からだった。
「え〜と、なになに?ちょっと二人でデートを楽しめですってどういうこと?」
「あ〜、俺の方も南部からメールが……。どうやら二人してはめられちゃったみたいだなぁ、ハハハ」
あからさまな棒読み口調。頭を掻きながら視線をあさっての方に向けながら言ってのけた。
優一の顔はゆでダコのように真っ赤で相当無理している。
素直に遊びに行こうと誘えばよかったのに、と思う。
しかし、それでは男同士だった時のまま、ただの友だちとしての意味しかないだろう。
優一はもう少し踏み込んだ恋人同士というシチュエーションが欲しいのだとわかった。
そこまで考えが至った時顔がどうしようもなく赤くなってしまった。
他の人間とは違う、特別だと思っている男から女性として欲しがられている。
こんな回りくどいことをしてまでも関係を進めたいと思っている親友をとてもいじらしいと思う。
心のなかのまだ男として残っている部分が「女体化からたった二週間で彼氏持ちかよ。女になりたかったと疑われたいのか。女みたいな振りをしてみっともないやつ。優一も体目当てだ、ダマされるな」としきりにうったえかけてくるのを黙殺しながら優一に誘いかけた。
「しょうがないわね。どうせあんたが影でコソコソ動いていたんでしょう」
「あははは、すまんかった。俺から誘いかけたら明奈のそんな可愛い姿は拝めなかったしな」
「今日はあんたのおごりで決まりね。せいぜいエスコートして私を楽しませなさい!」
「はいお嬢様!それではこの手をお取りください。まずは腹ごしらえといきましょう」
ショッピングモール内のレストラン街で遅めの昼食をとった後、モール内をあちこちひやかしながら歩きまわった。必要な物は午前中に買い揃えていたので完全に遊びで回った。ブディックによっては優一に服を選ばせては何回も着替えたり、ゲームコーナーではメダルゲームで一喜一憂した。
通路を歩くときなどはこちらから腕を組んでやった。
678 :GA-MAN :2012/09/02(日) 14:28:00.81 ID:E4lDJze10
傍から見れば普通の恋人に見えるだろう。周囲からの「リア充爆発しろ」との視線が気持ちいい。
楽しかった。はしゃいでいただろう。女として幸せの頂点であるといっていいかもしれない。
もはや心のなかも女になっていたのだ。今日既にというわけではなく、気づかないうちになってしまっていたのだ。それを見え張りの男の部分が心の中まではまだ女になりきっていないという思い込みをさせていたのだろう。だけど、モヤモヤとはするが今日はっきりと女であることに自覚ができた。
いつまでも外面ばかり気にする男としての最上明成には消えてもらいたい。
太陽が西に傾き烏の鳴き声が聞こえている。
私と優一はショッピングモールから帰宅する途中で川べりにある小さな公園で休憩していた。
ジュースを持ってベンチに隣同士で座る。
お互い沈黙したままゆっくりと時間が過ぎていった。時おり土手を通り過ぎる人たちの声が聞こえる。
この人達からは私たちはどのように見えているんだろう。積極的に私達二人をくっつかせようとしたクラスメートのようにもはや男女の二人組にしか見えないのだろう。
ならば今までのような関係ではいられない。お互いに恋人や家族ができても友人として親しく付き合う等は周囲から見たら浮気にしか思われないに違いない。
私は優一と離れたくない。それは優一も同じだろう。いや、優一のほうがその思いは強いに違いない。
私は優一と新しい関係を作るために、自分の思いを口に出した。
「ねぇ、優一。友達やめて恋人にならない?」

終わり

679 :GA-MAN :2012/09/02(日) 14:34:13.35 ID:E4lDJze10
以上で終わりです。
脳内妄想を文章に出力することはまるで砂をつかむようなものだと感じました。
あれよあれよという間に浮かんだ妄想がこぼれ落ちていきます。
それではまたROMりながらこのスレを楽しみたいと思います。
680 : ◆suJs/LnFxc [sage]:2012/09/02(日) 23:12:15.58 ID:yZhUWcXAO
お疲れ様です
久々の王道もので良かったです!
ROMると言わず、また書いて頂けると皆が幸せになれますwwww
681 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(中国地方) :2012/09/02(日) 23:37:36.82 ID:R9JCNG+z0
GJ!
682 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(中部地方) :2012/09/02(日) 23:42:33.32 ID:Z0oXfC+G0
続編・・・つうか新作も希望
683 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2012/09/04(火) 00:17:46.97 ID:T5657U1z0
グジョブ!!
684 :v2eaPto/0 :2012/09/06(木) 09:03:11.85 ID:LroanQwv0
…さて、本編書き直すか。upは最初からにしたい。よって上げた分から書き直して進める。予定、週2で書ければと思う。思うだけなら自由
685 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2012/09/06(木) 18:45:40.38 ID:zWxbFucZ0
↓安価
686 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(千葉県) [sage]:2012/09/06(木) 20:17:01.96 ID:415SZyQPo
リア充が爆発した
687 :安価:リア充が爆発した [sage]:2012/09/06(木) 21:33:12.88 ID:zWxbFucZ0
>>686
了解! 書いた↓


15、16歳位までに童貞を捨てなければ女体化する――そのような馬鹿げた現象が流行りだしてはや半世紀、
当時はもう男は終わりだとか人類は滅亡するとか喧伝されていたものだが、前述したように条件が解明され、
女にならないための手段が“開発”されてから、そんな超常現象に悩まされる男子諸君は少なくなった。
まぁ、Y染色体が劣化しまくっている現状では、数十世代のうちに遺伝が不可能になるというし、
どのみち男なんて生き物は放っておいても1000年以内に駆逐されてしまうのだという。
そんな衰退の一途を辿り、終わりの未来は自滅しかないであろうこの地球上に飽和し切った男という生き物に対して、
神様は更に追い打ちをかけたのだ。

「昨日また、リア充が爆発したって話聞いたか? 毒男市の半径一キロが消滅したんだとよ」
「なんかニュースで言ってたな。そんで非リア充はどれだけ死んだん?」
「五万人だって。禁忌破って隠れてセックスなんてしやがって、俺らだって我慢してるんだっつーの。リア充、爆発しろ」

その瞬間、ドーンと言う衝撃と共に、南西50キロの方向で巨大な火柱が上がったのが見えた。
あの場所は確か“何もない荒野”。
セックスの聖地として知られている場所だ。
おそらく禁忌を犯してまで恋愛したかったカップルがあの瞬間、星になったのだろう。

「……またかよ」

それを見てため息をつくように友人はぼやく。
ごく普通の日常となってしまったこの光景。
リア充が爆発するようになってから16年ほどになるが、当時はそりゃ世界規模でパニックになったそうだ。
なんせ、初めて爆発した日が12月24日だったのだから最悪だ。
1000年先にも残るであろう大災厄――性夜の審判。
一夜にして世界人類の90%が死滅した日を誰が忘れられよう。
パラレルワールドの地球じゃどうかしらんが、あいにくこの国に敬虔なキリスト教徒はいないし、
クリスマスイヴというのが特別な日なんてわけでもない。
当時は、非リア充が過半を占めていたらしく、被害は他と比べて最小限で済んだわけだが。
そのせいで人類の繁殖手段は自然の営みに任せるものではなく、持ち前の科学力に頼るハメとなってしまった。
つまり俺たちは、人工授精によって生まれた第一世代。
あの日以来、家族としての父親なんてものは消滅し、全ての国と地域で母子家庭が続出した。
それもこれも男女恋愛禁止法なんてものが出来てしまったからだ。

「でも一度くらいセックスしてみてえよな。ちょ〜気持ちいいんだってよ」
「死ぬぞ。街でやったら数万人規模で死ぬぞ。迷惑だからヤりたいときは何もない荒野に行ってくれ」
「死ぬのやだし! だからって一生童貞でいたくねーし! 女になるのもやだし!」
「女体化するかどうかは五分五分だろ? 神様の判断に委ねよーぜ」

対抗手段を実質的に封じられた今、俺たちは運命を享受する他ないのだ。
遠くない未来に男という種は消滅して、地上は女の楽園になってしまうのだろうが、
近く女と女で子供を作ることができるようになるらしいし、男と男が恋愛しても爆発するのに
女と女が恋愛しても爆発しないのは、それはもう諦めろと言ってるようなもんじゃないか。
神様が露骨に男を差別している以上、甘んじて滅びを受け入れるしかないのだ。

「その客観的に黄昏れてる感じ、持つ者と持たない者を露骨に線引きされてるようでムカつく!」
「んーどこがよ? 露骨というが、俺は最初からこんな感じだぞ」
「だってお前世界で唯一“原初のY染色体保持者”じゃねーか。恋愛しても爆発しねーじゃねーか!」
「都合上仕方ないだろ」
「選ばれし者と言え! 都合上とか言うなこの野郎!」

そう。俺はどういうわけかY染色体が元の長さにまで戻っていて、恋愛も可能とする特異体質だったりするわけで、
どちらかというと愛され系の人間だったりするわけで、つまり俺の双肩に男の未来がかかっていたりするのだ。
ちなみにまだ童貞だけど。


つづかない
688 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(中部地方) :2012/09/06(木) 23:43:25.23 ID:+D6qUIy+0
↑殺生な・・・
689 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2012/09/07(金) 21:00:24.95 ID:PpikgesT0
twi(ry にうpしたゲーム風立ち絵。よかったらどぞ

相良さん
http://u6.getuploader.com/1516vip/download/92/stse.jpg
西田ちゃん
http://u6.getuploader.com/1516vip/download/91/stsi.jpg
690 :v2eaPto/0 :2012/09/08(土) 06:44:30.65 ID:ZDHgOsdP0
>>689 GJ
691 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(千葉県) [sage]:2012/09/08(土) 23:12:52.08 ID:5qgYIJvTo
>>687
乙であります!
久々に安価達成見た気がするよ
変なお題投げちゃって申し訳ない
692 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2012/09/09(日) 23:36:13.84 ID:jQ+Gm9Dz0
>>691
いやわりと思い浮かべやすくてスラスラ文章が出てきたので助かりましたww

↓安価来い!
693 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :2012/09/09(日) 23:45:16.06 ID:c1uZdV9kP
柔道部
694 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) :2012/09/09(日) 23:45:30.11 ID:hxHguBk70
交通事故
695 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(中部地方) :2012/09/10(月) 21:57:13.08 ID:hfr5UDsV0
百合?
696 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(千葉県) [sage]:2012/09/11(火) 16:22:12.54 ID:trLlHPvZo
どういう競争率だよwwwwww
697 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(東海・関東) [sage]:2012/09/12(水) 22:21:50.66 ID:YUF564MAO
じゃあ僕も安価↓!
698 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(中国地方) :2012/09/12(水) 22:28:10.60 ID:81rOfqKQ0
合コン
699 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) :2012/09/16(日) 17:30:58.01 ID:6EGBE6Fs0
投下全裸待機
700 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(チベット自治区) :2012/09/18(火) 22:08:21.34 ID:PM8utDzj0
そりゃまあ、むさい男相手より
綺麗な女選ぶだろ常識的に考えて
701 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(チベット自治区) :2012/09/22(土) 15:44:56.34 ID:0dB0vX3Co
投下マダー?
702 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(中部地方) :2012/09/23(日) 00:52:19.45 ID:1i9lg9+k0
はよ・・・
703 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) [sagesaga]:2012/09/24(月) 02:50:58.38 ID:nFr1bqk5o
テストがてら大昔に書いてた話を投下するか
704 : ◆Zsc8I5zA3U [sagesaga]:2012/09/24(月) 02:52:39.86 ID:nFr1bqk5o
すべてはこの電話から始まった・・・

とあるアパートのベッドで寝ている男女・・共に裸であり、それなりの行為が終わった後の睡眠だと伺わせる。男女の名は中野 翔、相良 聖・・地元ではかなり有名な人たちである。しかしそれは前の話・・今はただの極普通のカップルだ。この世界は15、16歳で女体化する謎の病気がある。このカップルもこの病気によって片方が女となった。しかもあろうことか2人の関係は宿敵同士・・なおさら都合が悪かった。だけど、さまざまな混乱や因縁を乗り越えて2人はこうして晴れて男女の関係へと成り立ったのである。こんな2人も現在大学3年生、毎日2人で世のカップルが羨むような生活を送っている・・

それにしてもこの快適な睡眠時間・・いったい何日ぶりだろう?ここ最近は特に疲れることが多かった。特に翔のほうはバイトやら大学の論文などが重なり合って地獄の一週間を過ごした。だからこうして愛する人と一緒に眠っていられるのはまさに至福のひと時であった。時刻はすでに朝の10時・・大学とバイトは休み。まさに寝るのはうってつけの1日であった。いつもは朝早く起きて朝食を準備している聖のほうも疲れているのかスヤスヤと寝息を立てている。

・・しかしそんな快適な睡眠時間もこの電話によってぶち壊しになった。


RRRR・・・と部屋に鳴り響く電話音、翔は目をこすりながらも電話に応対した。

「・・んだよ。はい、もしもし・・お、どうした?・・うん、へ?文化祭に来てほしいだと?それまたなんで?」

電話の相手は旧友からのものであった。大学に入ってから忙しくて連絡の取れなかった旧友たち・・なんでも文化祭に来てほしいらしい。翔は眠たい目をこすりながら日数を確認した。

「ああ、大丈夫だ。場所は?・・って東星高校!!!少し遠いな・・ま、わかった。お前たちに会うのも久々だしな。行くよ!楽しみにしてろよ・・ああ、じゃあな」

翔は受話器を収めると、さっそく服に着替え軽く身支度を始めた。どうやら、聖に隠れて行動を起こすつもりらしい。翔は軽い身支度を整えて外に出ようとしたそのとき・・翔の目の前にはしっかりと準備をしていた聖が仁王立ちしていた。

「てめぇ!!俺に黙って隠し通せると思ってるのか!!!」

「イッ!!・・そ、そりゃ、お前も誘おうと思ったさ。・・だけど、お前寝てただろ?」

たまには忙しい家事の中、頑張っている聖に休ませてやりたいと思う。そんな翔の心遣いのつもりだったが・・それが裏目に出てしまった。

「全く・・そら、行くぞ。文化祭なんだろ?思いっきり楽しんでやるぜ!言っておくけど、全部お前が俺に奢るんだぞ!!わかってるな!!!」

「はいはい・・お前はいつも元気だな」

翔はそんな聖の顔を見ながら1日の始まりを実感すると車へと乗り込み東星高校へと向かった。


705 : ◆Zsc8I5zA3U [sagesaga ]:2012/09/24(月) 02:53:19.57 ID:nFr1bqk5o
とある町・・ここは聖たちが住む町とは少し距離のあるところであった。ここにも女体化による影響があった。ここにいるカップルもそうであった。ある日、突然女体化して1週間も経たないうちに付き合うことになったカップル。某芸能人のスピード婚真っ青の年数である。2人の名は泰雄と由紀・・こちらの2人は先ほどの2人と違い元は友人同士であったため何のためらいもなく付き合うことができた。

「由紀ちゃん、今日東星高校の文化祭あるんだけど・・行く?」

「東星高校って近所の?でも、なんでまた?」

由紀は不思議に思いながら泰雄の話を聞いていた。余り知られていないことだが東星高校の文化祭はかなり人気が高く郊外からもドッと客が押し寄せてくるらしい。泰雄はそんな文化祭を彼女である由紀と一緒に行きたかったのだ。

「・・というわけなんだ?一緒に行く?」

由紀は悩んだ。だけどこうして泰雄が誘ってくれているのだからこの好意には応えたい。それに付き合ってからデートらしいことなど数えることしかしていない。女体化してまだ日は浅いが、由紀の中では泰雄と2人きりでどこかに行きたいという女性特有の想いが心を支配していた。それに・・由紀は東星高校というとあのことを思い出す。あの無線部の女性部員のことだ。無線部に女性というのは珍しいものであったからどんな人か見てみたいものもあった。

「うん・・じゃあ、行く。せっかく泰雄が誘ってくれたんだし」

「決まりだな。じゃあ・・支度しようか」

「うん!!(考えてみれば泰雄と2人きりか・・楽しみだなぁ)」

由紀は泰雄と一緒に文化祭へ行けることが嬉しかった。泰雄のほうも彼女である由紀と一緒に行けるようでなんだかとても嬉しそうだ。いつもより少し張り切っていた。

「じゃ、行こうぜ。由紀ちゃん」

「うん・・とっても楽しみ」

2人は文化祭に期待に胸を膨らませながら手を繋ぎ、東星高校へと歩いて向かった。


絡み合う2組のカップル・・運命の歯車は何事もなかったように動かし始めた。





706 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/09/24(月) 02:55:12.50 ID:nFr1bqk5o
東星高校・・どこにでもある普通の高校だが、この高校の名物はなんといっても文化祭である。今から数年前・・この学び舎から巣立ったとある大物芸能人が文化祭に飛び入り参加したのを皮切りにこの東星高校文化祭が始まったといっても過言ではない。以降、ここの文化祭はこの学び舎から巣立って芸能活動した人たちが文化祭に飛び入り参加するのが恒例となっている。どうも、この学校を巣立った芸能人はこの学校に愛着があるらしく、断りもせずにノーギャラで参加するという・・それにこの学校の文化祭は芸能人だけじゃなく各店も充実しており、そこの点でもけっこう人気のあるものであった。

「ふぅ・・渋滞もなくここまでこれたのは幸運だったぜ。おかげでかなり時間的にもゆとりが持てたな」

翔は指定の駐車場へと車を止めた後、パンフレットを見ながら東星高校全体を見回していた。旧友たちはここの文化祭でバンドを披露するらしい。バンドはインディーズではあるがかなりの知名度を誇っているらしい。翔は共に過ごした旧友たちとの再会を楽しみにしながら余暇を彼女である聖と過ごそうとしていた。

「しかし、こうしてみるとこういうのも・・って、あいつはどこだ!?」

翔が余韻に浸かっていると彼女である聖が助席から姿を消してた。翔は周りを探してみたが、遠く先から聖の声が聞こえた。

「てめぇは死にかけのジジィか!!!早くしないと置いてくぞ!!!」

「ったく・・おい、待てよ!!」

行動派の聖におとなしく待つというものはなかった。翔はそんな彼女をやれやれと思いながらも笑いながら急いで追いついた。


「さ、着いたな」

「うん、まずはどこから行く?」

由紀はパンフレットを取り出すと泰雄とどこへ行くか考えていた。バスを乗り継いでここまで来た。2人きりでバスの席に座ったときは「楽しみだねー」とか「なんだか・・うれしいな」というカップル特有の会話を楽しんでおりどこへ行くか未だに決めていなかった。

「ま、その場で決めようぜ。せっかくこうして由紀と2人きりで来たんだし・・な」

「そうだね」

由紀は満面の笑みで泰雄の手を引っ張るとそのまま活気あふれる東星高校へと入っていった。2人は各店で食べ歩きをしながらいい雰囲気のままで歩いていった。最初は由紀にひぱられて行った泰雄であったが、次第に由紀の前に出るようになり由紀を守るようにしながら尚且つ、由紀と同じ歩調で文化祭を楽しんでいた。まさに理想的なカップル像であろう。

「泰雄」

「ん?」

「文化祭に誘ってくれてありがとう」

そういって由紀はより強く泰雄の手を組みながらべったりとくっついていた。これには泰雄もまんざらではなく頬を赤らめながら由紀と一緒に歩調を合わせた。

707 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/09/24(月) 02:56:52.92 ID:nFr1bqk5o
さて、こちらは翔サイド・・こちらはというと先ほどの由紀たちとは違い自然体で歩いていた。いつもなら2人同時で歩くと周りの視線があるのだが、今度の場所は余りにも人の多さであったのでさほど感じられてはいなかった。周りは文化祭だけであってカップルが多かった。そんな光景を見たのか聖はさりげなく翔の腕に寄りすがった。

「なぁ・・やけに人が多いな」

「まぁ、文化祭だからな・・お前も女なんだな」

「どういうことだ!!」

「イテテテ・・いきなり殴るな!!」

気分を害したのか、聖はいきなり翔の後頭部に手刀を一振り・・しかも、合気道をやっているだけであってか威力もかなりのものであった。翔は殴られた後頭部を抑えるとそのまま、聖と一緒に校内を回っていた。

(うわぁ・・痛そうだな。由紀があんなんじゃなくて本当によかった・・)

「・・泰雄、どうした?」

「い、いや、なんでもない」

偶然、先ほどの光景を見た泰雄は由紀には格闘技系は絶対させまいと密かに誓いながら由紀と一緒に文化祭を楽しんでいった。


少し時間がたった後、翔は聖を引き連れ旧友がバンドの披露する会場へと来ていた。翔は時間を見てみるがまだまだ、時間があり披露まではいくらかの時間があった。

「あれ・・早く来すぎたか。まだ披露までかなり時間あるぜ」

「そうか・・なら、適当に回るか。もちろんお前の奢りでな」

「へいへい・・」

そういいながら聖は翔を引き回そうとしたが、突如として翔が誰かに声をかけられた。翔は振り向くとそこにはバンドを披露する旧友たちがいた。翔は久々の再会を喜んだ。どうやら準備の前の軽い休憩らしい・・翔たちは昔話に華を咲かしていた。本来なら強引に翔を引き戻すはずの聖であったが、楽しそうな翔とみるとなぜかそれができなくなった。

「なぁ、俺適当に回るからお前は楽しんでこいよ。昔ながらの友達なんだろ?」

「あ、ああ・・悪いな。そのかわりにお前のために特等席予約してやるぜ!!!・・なんだ、その手は?」

「ハァッ?何寝ぼけてるんだよ!俺は一文無しなんだぜ!!」

「あ、そうか。悪い悪い・・」

翔は聖に金を手渡すと旧友たちのほうへと向かった。残された聖は今、上映している人気シリーズ「バーローとミサキの大冒険〜ミサトの想い〜」がやっていた。バーローシリーズは東星高校の名物の1つで大人から子供まで好評であった。しかし、聖はそれを見ずに校内をぶらりとした。やはり、なんだかんだといっても彼である翔がいないと寂しいものであった・・



泰雄と由紀はそのままぶらりと書く店々を転々としながら文化祭を堪能していた。2人はほとんどの店を回った後、喫茶店で落ち着いていた。

「さて、ほとんど回ったし・・どうする?」

「う〜ん・・じゃあ、また歩こうか。歩けばまた楽しい事が転がるのも文化祭の醍醐味なんだぜ」

泰雄はそういいながら机にあったコーヒーを一気飲みした。由紀も泰雄に同調した。由紀は文化祭よりもこうして泰雄と2人きりで文化祭を回るのが楽しかった。由紀もジュースを飲んだ後、泰雄と一緒に教室を後にした。


「さぁ〜って、こちらの女性のパンチングはというと・・な、何と120!!!し、新記録です!!!」

(チッ・・あいつがいないとつまんねぇよ。こんなことなら内藤たちを誘えばよかったぜ・・)

翔と一旦別れた後、聖は食べ歩きをしながらこうして暇つぶしのパンチングテストに参加したが・・やはり翔がいないとつまらないものである。それにツンや内藤ドクオたちも誘おうと思ったのだが、思うように時間が取れなかった。聖はそのまま新記録の景品を受け取るとそのまま立ち去った。

708 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/09/24(月) 02:58:13.63 ID:nFr1bqk5o
時同じくして文化祭を楽しんでいた由紀たちであったが疲れて木陰で休憩していた。泰雄は由紀のためにジュースを買いに行ったのだが・・それがまずかった。泰雄がジュースを買いに行って数分してからか・・由紀の目の前に2人の男が現れた。男は見るからにヤンキーの部類で目的はナンパであった。

「ねぇ、君1人?」

「俺たちと遊ばない?」

「(参ったな・・早く泰雄が帰ってこないかな)あ、あの・・連れがいるので」

余りこういたことに慣れていない由紀は何とか時間を稼ぐためやんわりと断ろうとしていたのだが、向こうもただでは帰れない。勢いと共に強引な押しで由紀に迫ってきた。由紀は連れのことも言ったのだが向こうは引く気配はなく、ますます押してきた。

「ねぇ、遊ぼうよ」

「連れなんてほっといてさ・・俺たちと遊ぼうぜ」

「いや・・あの・・」

由紀のささやかの抵抗も空しく、男たちはそんな由紀を見て苛立ったのか無理やり由紀の腕を引っ張った。由紀のほうも抵抗はしたのだが、悲しきかな・・女体化でかなり非力なものとなってしまった。それにまだ・・泰雄が来る気配はない。

「そんなこといわずに行こうぜ」

「俺たちと行けば1億倍楽しいよ」

「(泰雄・・早く来て・・)あ、あの・・や、やめてくさい!!」

由紀が男に無理矢理連れられようとしたその時・・何者かによって男の手が遮られた。男はあわてて振り返るとそこには・・校内でふらついている聖がいた。

「てめぇ・・何者だ!」

「せっかく人の楽しみを邪魔しやがって・・」

定番の文句・・しかし、こんなところでへこたれてる聖ではなかった。

「うるせぇんだよ!!!・・ッたく俺もヤキが回ったもんだ」

聖はそのまま男の腕を離すとそのまま男たちを睨み付けた。男たちは違和感を覚えながらも聖を見回しあろう事か由紀と同じ手口で誘いに来た。

「まぁまぁ・・どうだい、君1人なんだろ。俺たちと遊ばないか?」

「この俺様に・・そんな口ほざいた奴は地元でもいなかったぞ。いだろう・・遊んでやるよ。・・今からよ!!!」

聖は手首の間接を鳴らすと即座に行動を開始した。目にも止まらぬ速さで男の懐に回りこみ相手の急所のみを叩き潰す・・女体化してから身につけた技だ。聖は先制攻撃をかますとそのまま男たちを叩き潰しにかかった。

「オラオラ!!!てめぇらの腕力はただの飾りか!!!!」

聖はかなり潰しにかかった。翔がいないせいもあるかもしれないが、まるで子供が物に八つ当たりするように男たちを叩き潰していた。あるものは急所を隅々に蹴られその後、顔面をフックで一発・・そしてまたあるものは顔面を膝で蹴られそこからひるんだ後、腹部を思いっきり叩き潰された。そして気がつけば男たちはそこのものと同じ背景の付属物となった。由紀はその光景を黙ってみていた。

(す、すごい・・自分よりも大きな男たちを瞬時に倒してしまうなんて・・・)

「チッ・・所詮雑魚か。つまんねぇな・・ん?」

「あ、あの・・ありがとうございました」

由紀はその場で聖にお礼を言った。それと同時に泰雄が由紀の下へジュースを抱えてこちらにやってきた。

「ごめん・・途中で遅くなった。・・何かあったのか?」

由紀は泰雄に今までの経緯を話した。事情を把握した泰雄はすぐに聖にお礼を言った。

709 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/09/24(月) 02:58:44.56 ID:nFr1bqk5o
「そうか・・あの、危ういところをありがとうございました」

「・・お前もそいつの彼氏だったらちゃんと守れよ。じゃなきゃ男として失格だぜ」

そういって聖はその場から立ち去ろうとした。カップルの間に入って楽しむつもりもないしむしろ気分が悪い。やはり、翔が傍にいないというだけでかなり精神的にも苛立っているようであった。すると、聖の携帯に電話が入った。聖は普通に出ると相手は翔であった。

「よう、どうした。楽しんでるか?・・ああ、わかった。無線部だな」

聖は電話を切ると少し頭をかきながらさっきの電話のことを考えた。

「ッたく・・無線部ったてどこにあるのやら」

聖はパンフレットを見ながら無線部の居所を突き止めようとしていた。無線部は近くの教室で「今話題の拉致被害者向け短波ラジオ受信してます。」との内容であった。一般向けということだけで多少は目の向ける内容ではあるが、無線部なんてのはマニアックな部なのであまり人がいないに等しい。それに無線部なんて1人で行くには気が引ける・・ここは無理矢理でも翔を引っ張りまわしてつれてきたほうがいいと聖は判断した。聖はそのまま携帯に電話を掛けようとしたが・・無線部の名を聞いた由紀が聖に話しかけた。

「あの・・無線部に何か用事なんですか?」

「ああ・・なんでも無線部の部室にベースを忘れたらしい。それを取りに行ってくれっていわれたが・・第一無線部なんてどこにあるかわからねぇし、それに・・一人で行くなんてなんか気が引けるが、仕方ない」

そういって聖はこの場を去ろうとしたが、突如として由紀がこう言った。

「なら、案内しますよ。私、場所わかります。・・それにさっきのお礼もしなければいけませんし・・」

「いいよ・・それにお前らは2人で文化祭で楽しんでるんだろ?俺が水差すとなんだか悪いし・・」

強気の珍しく聖は遠慮しながらこの場を去ろうとした。明らかにこちらの2人は交際関係を持っているカップルだ。それに水を差す真似などしたくない・・

「いいですよ。・・実はというと私も無線部に行きたいと思っていたんですよ。な、泰雄?」

「ああ、行きのバスでそんなこと言ってたな。・・それにこの人には助けられた恩があるし、行こうぜ」

由紀の彼である泰雄の承諾ももらい、3人で無線部に行く事となった。だけど、聖は2人に気を遣った。

「・・いいのか、お前ら付き合ってるんだろ?」

「そこまで気を遣っていただかなくていいですよ」

「そうそう、由紀を助けてもらったし・・」

結局、聖はその場で折れるしかなく2人を引き連れて無線部へ行くことにした。


710 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/09/24(月) 02:59:01.87 ID:nFr1bqk5o
3人は由紀の案内により無線部の部室へと向かっていった。といっても聖は2人に気を遣いながら歩いてった。3人は互いの素性は余り話さなかったものの和気藹々としながら無線部の部室へと向かっていった。

「そういえば・・バンドって何ですか?」

「ああ、あい・・いや、うちの連れの友達がバンドを結成してこの文化祭に披露するらしい。それで俺は今は1人身なんだけどな・・」

少し寂しそうにぼやきながら聖は由紀と泰雄にいままでの経緯を説明していた。すると泰雄のほうはバンドの名前を聞いてピンッと頭が閃いた。

「もしかしてバンドって・・あの夕方やる奴のことですか!」

「ああ・・そうだ。それがどうかしたか?」

「俺・・あのバンドのファンなんですよ!!まさかその知り合いだったなんて・・」

(そういえば・・泰雄はバスであのバンドのこと話してたっけ)

泰雄は少し興奮気味になりながら説明した。

「あのバンドのサインほしいな〜」

「何だ・・それならうちの連れに頼んでやるよ。どうも、旧友らしいから・・」

「本当ですか!!ありがとうございます!!」

泰雄は至福の表情となっていた。そして、しばらく歩いていくととある部屋にたどり着いた。ドアのプレートには「無線部 部室」とうっすらと書かれていた。聖がドアノブに手を掛けると当然、部屋には鍵がかかっており中に入ることができなかった。

「チッ・・鍵がかかってるのかよ」

「そういえば・・誰もいないな。泰雄、そっちはどうだ?」

「いない、いない。こりゃ一旦戻って鍵を取りに行きたいところだが・・多分、部外者の俺たちは入れてもらえないだろうな」

泰雄の言うとおりここには人っ子一人も見当たらず、それにドアの鍵を取りにいくには職員室へ行く必要があるのだが・・部外者である3人はそこまで入れてもらえないようだし、何より今は文化祭。職員室へ入れてもらえる可能性は絶望的であった。

「しゃあねぇ・・この俺がドアをぶち破ってやる」

聖はそのまま蹴りの体制に移行してドアのぶち破ろうとしたその時・・3人の背後からどこと鳴く声が聞こえてきた。

「あの・・ここに用事ですか?」


3人が振り返ると声の主は何と女性であった。





711 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/09/24(月) 02:59:33.67 ID:nFr1bqk5o
女性は斉藤と名乗り、事情を把握するとすぐに懐から部室の鍵を取り出し部屋の鍵を開けてくれた。ようやく3人はその中に入ったのだが、中は薄暗くしかも電気が切れており、3人は薄暗い中でお目当てのベースを探していた。

「あった、これか。・・全くあの野郎、この俺にこんなことさせるなんて」

「見つかってよかったですね」

「ああ、お前たちのおかげだ。ありがとよ・・さて、とっととこんなところ出ようぜ」

聖は2人にお礼を述べると、2人を引き連れて翔のいる体育館へと向かおうとした。すると由紀が斉藤のほうを見ると、何かを思い出したような仕草をしながら斉藤に話しかけた。

「もしかして・・あなたが東星高校無線部の斉藤さんですか?」

「は、はい・・そうですが?・・あなたは?」

「あ、西陵高校無線部の由紀です」

「あ、あの時の・・」

2人はあの時のことを思い出しながら会話をした。由紀は何気なく無線部の事を聞いたのだが・・斉藤はその話になると少し苦い顔をしながら由紀に応対していた。

「あなたは・・無線部だったんですか?よくこんな部に入りましたね?ただえさえ女性部員は珍しいのに・・・」

「え、ええ・・まぁ、仮部員みたいなものです。あ、そこに触らないでください!」

斉藤は興味本位で無線機を触っている聖を見つけるとすぐに静止させた。

「無線機は機械ですので扱いがデリケートなんですよ・・何も知らない人が触ると壊れてしまう可能性があるんですよ。ですので・・絶対に触れないでください」

「あ、ああ・・悪い」

聖は慌てて無線機から離れると辺りを見回していた。斉藤は再び由紀との会話を戻した。

「あ、すみません。私これから準備があるので・・失礼します」

「いえいえ・・こちらこそありがとうございました」

そういって斉藤は部屋を後にした。3人もそれに合わせるように聖がベースを抱えながら部屋を後にした・・






712 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/09/24(月) 02:59:56.77 ID:nFr1bqk5o
3人はそのまま軽い雑談をしながら体育館へと向かっていった。そして歩いて数分してからか、3人は体育館へたどり着き裏手から入っていった。するとそこには翔が聖たち3人を出迎えてくれた。

「お、悪かったな・・あんま構ってやれなくて」

「フンッ・・この俺に荷物運び+その他諸々の代償は高くつくぞ!!」

「わかってるって・・そういや、お前に後ろにいる2人は何者だ?見たところカップルのようだが・・お前まさか腹いせに連れまわしてるんじゃないだろうな?流石にそれはやめてやれよ・・」

「ちげーよ!!この・・バカ野郎が!!!こいつらはな・・」

聖が怒りながらも翔に泰雄と由紀について話していた。対する、泰雄と由紀のほうだが、聖と翔の関係を見て自分たちと同じカップルだと看破した。しかも、自分たちよりかは付き合っている年数が長いことが容易に伺うことができた。

(この人たち・・俺たちよりも付き合っている年数が長い。俺も由紀と付き合い続ければああいった風になるのかな・・)

泰雄が聖と翔と見ながらそんなことを考えていると、傍にいた由紀も2人を見ながら同じ事を考えているようであった。泰雄たちがそんなことを考えている中、翔が2人に改めて御礼を述べた。

「2人ともありがとうな。こいつといて苦労したろ?・・イテッ!!何すんだ!!!」

「うるせぇ!!余計なこと抜かすな!!!」

聖は翔の再び後頭部をぽかりと殴った。翔は殴られたほうの頭を少し摩りながらポケットからチケットを2枚取り出した。

「これ・・特等席のチケットだ。本来ならこいつと見に行く予定だったんだが・・俺の都合に付き合ってくれたお礼だ」

「いいんですか?ありがとうございます!!由紀、特等席だぞ!!」

「泰雄、よかったな!!本当にありがとうございますッ!!」

2人は翔からチケットを受け取ると舞い上がるように喜んだ。そしてそのついでにバンドのファンであった泰雄の持ち物にバンドのメンバー全員にサインをしてもらった。何でもあのベースはとても大切なものだったらしい。サインしてもらった泰雄はかなり喜んでいた。

「・・んじゃ、俺らは帰りますか?」

「ハァッ?俺はまだこれっぽっちも楽しんでねぇぞ!!!!お前と一緒で徹底的に楽しまなきゃ気が済まねぇんだよ!!!!」

「お、おいおい・・そんなこと言ったって時間がもうないぞ」

翔は時計を見ながらささやかな抵抗をしていたのだが・・彼とのデートにお預けを食らわされ、尚且つ寂しく1人フラフラと校内を回っていた聖にしてみればこれからが本番であった。そして聖は翔に究極の選択を下した。

「俺と付き合わなければ今日の晩飯はお前の嫌いなもののフルコースだぞ!!!!」

「なッ!!てめぇ、職権乱用だぞ!!!!」

「知ったこっちゃないな!!厨房は俺が支配してるんだよ!!!!・・さて、どうする?」

翔にとっては究極の選択であった。翔は同棲してからというものの家事はほとんど聖任せであり、実質上台所の支配権は聖にあった。これを蹴って無理矢理帰ることも可能だが・・翔は料理が大の苦手であり包丁すらまともに握れたものではなかった。それに聖は翔のすべてを知り尽くしている。・・今日の明暗はこの選択によって委ねられた。聖は鬼の首を取った顔をしながら翔に迫った。

「さぁ・・どうする?この選択でお前の今日の晩飯の明暗を分けるぞ・・」

「ぐうううッ・・・わ、わかった。今日はとことん付き合ってやる!!」

「・・フンッ、最初からそれでいいんだよ」

そういって翔と聖は体育館から去った。2人が去った後、泰雄と由紀はその光景をじっと見つめていた。

「あの2人・・本当に仲がいいんだな。あの人、彼氏に再会してからかなり喜んでいたな」

由紀は聖と翔がとても羨ましかった。傍から見れば変なカップルではあるが、2人とも表情がとても活き活きしており自然な状態であった。互いが互いを支えあう・・まさにカップル・・いや、男女の付き合いにおいての理想郷であった。

「ああ・・俺たちもああいった関係になりたいな。お、そうだ!早くしないと遅れてしまうぞ!!時間がもうない!!・・・由紀、俺たちもあんな風になろうな」

「うん!!泰雄とならなれるよ絶対に!!」

由紀は満面の笑みで泰雄に応えた。そして泰雄は由紀の手を引っ張りながらコンサート会場である体育館へと向かっていった・・

713 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/09/24(月) 03:04:10.64 ID:nFr1bqk5o
「・・フンッ、ますます気に入らないわ」

・・学校の屋上で1人、会場に並んでいる泰雄と由紀を見回す1人の女性・・彼女は泰雄の追っかけグループのリーダー的存在である明日香。偶然、明日香もこの名高い文化祭に来ていたのだが、泰雄を見つけ出すと声を掛けようとしたのだが・・すぐに由紀の存在が目に入り阻まれてしまった。由紀の存在を見るや否や、自分の中に溢れ出てくる由紀に対する憎悪や嫉妬の感情・・見れば見るたびにそれらは溢れ出してくるのだが、すぐに明日香はそれらを押し殺し持っていた紙コップを握り潰すと、まるで何かを暗示したかのように囁きながら残酷で憎悪に秘めた笑みを浮かべながら由紀たちを見つめていた・・

「待ってなさい由紀!!・・必ずあなたをどん底へ叩き落してあげるわ。それまで・・せいぜい楽しみなさい」

そういって明日香はこの場から立ち去った。今か今かと泰雄と一緒にコンサートを待っている由紀・・彼、いや彼女はこれから起こることはわからない。運命とは時には神秘的なものであり時には残酷な刃と化す。

何も知らない由紀は泰雄と一緒に手をつなぎながらコンサートの順番を待ち続けていた・・・





fin
714 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) [sage saga]:2012/09/24(月) 03:06:29.84 ID:nFr1bqk5o
終了です、見てくれてありがとさんでしたwwww
大昔に書いたいつぞやのクロスのお話でした。新作じゃなくてごめんね><
誰とのクロスかは・・まとめをみれば大体わかると思います、かなり初期の頃の話なので少し懐かしかったりしたので思い切って修正はしてません

ここからあの2人はガチエロへと突入するんですよ・・


それではみんなにwktk
715 : ◆wDzhckWXCA :2012/09/24(月) 12:27:59.70 ID:rynqAq29o
( ´゚Д゚)・;'.・;'.・;'.・;'.・;'.・;'.・;'.、カハッ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・……(o_ _)o パタッ
716 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :2012/09/26(水) 20:40:58.32 ID:3wX6T5tu0
懐かしいなぁ
由紀の話しの続きを見たかったんですよ
ありがとうございます
717 : ◆wDzhckWXCA [sage]:2012/09/28(金) 23:25:53.64 ID:vouXGk2ko
ごめんなさい、忘れるわけじゃないんだけど
そのうち再開するかもしれないくらいで、あんまり期待しないでいて下さいww
718 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) :2012/10/01(月) 14:16:19.28 ID:JXw9q43C0
西田の人にも期待
719 :シンデレラ 1/2 [sage]:2012/10/02(火) 02:09:29.63 ID:O4b5D9y/o
「受験の合格祈願に行かない?」

このようなメールを受けたのは、つい5分ほど前のことだ。良い子はとっくに寝ている時間だぞ、と思いつつも、他ならぬ親友の誘いとあらば、断るわけにはいくまい。二つ返事で了承すると、すぐさま着替えてコートを羽織り、マフラーを巻いて、自宅近くの公園へと向かった。

そんなわけで、一足先に到着した私は、こうしてブランコに座って、親友が来るのを待っている。親友の家からここまでは、徒歩で10分程度の道のりだ。しかし、その途中にあるコンビニに立ち寄るようになってからというもの、親友が約束通りの時間にやってきた例がない。今回も、メールには10分くらいで公園に出る旨が書いてあったが、本当に時間通りにやってくるのか、怪しいものだ。

案の定、待ち合わせの時間を過ぎても、親友は現れなかった。その代わりに、通っている中学校の後輩に出会った。この時間に公園に来る人間は珍しいし、こちらの様子を窺う風だったので、何か用かと訊いてみたのだ。全く見覚えのない顔だったが、学年が1つ違うらしいので、私が知らなくても無理はないだろう――後輩は私のことを知っているようなので、何度か校内ですれ違っている可能性が高いが。コンビニで夜食を買って帰る途中、私と親友をよく見かけるので、前々から気になっていたようだ。確かに、こんな夜中に公園で駄弁る人間は、そうはいない。

「傍から見てると、ちょっと異様な雰囲気だ・・・と思いますよ」
「そうだな、警察のお世話にならないように気をつけよう」
「そうしてくれ・・・ださい」

後輩は度々言葉に詰まる。敬語を使い慣れていないのかもしれない。

「無理に敬語を使わなくてもいいんだぞ?」
「あ、ごめん。・・・じゃなくて。あー、また間違えた。ごめんなさい」

そう言って、後輩は観念したように笑った。その顔に既視感を覚えたが、誰に似ているのかが思い出せない。気になったことは放っておけないのが私の性分だ。

「話題が急に変わって申し訳ないが、芸能人に似ていると言われないか?」
「え? あー・・・『コンバースのボーカルに似てる』って何度か言われたことがあるけど・・・ありますけど」
「コンバースのボーカル?」

コンバースと言えば、キャッチーなサウンドが特徴の、若手ロックバンドだ。テレビ番組で何度か見たことがある。ボーカルはなかなか端正な顔立ちをしていたと思う。

「言われてみれば、似ていなくもない、か」
「それって似てないってことだ・・・ことでしょう?」

率直な感想をなるべくオブラートに包んで伝えたつもりだったが、後輩はちょっと不満そうな顔をした。着込んでいるぶかぶかのダッフルコートのボタンを弄りながら、抗議の目線を送ってくる。

「しかし、似ていないのだから仕方がない。君も整った顔立ちをしているが、あんなにきつそうではない。むしろ童顔だ」
「うわ、そこまで言わなくても」
「だがな、異性に似ていると言われて嬉しいのか?」
「え? あっ・・・いや、有名人に似てるって言われれば、そりゃあ」

後輩はきょとんとした表情を浮かべた後、すぐに慌てた様子で答えた。いや、慌てたというより、どこか余所余所しい感じだ。何か地雷を踏んだのかもしれない。話題を変えた方がいいと判断し、話を区切るために携帯を取り出した。
720 :シンデレラ 2/2 [sage]:2012/10/02(火) 02:10:22.76 ID:O4b5D9y/o
「それにしても遅いな」

そう言って、現在時刻を確認する。もうすぐ日付が変わりそうだ。流石に、中学生が外出先で日越えをするのは、どの一般家庭でもあまりよろしくはないだろう。手元では電話帳から親友の名前を呼び出しつつ、後輩に声をかける。

「そろそろ日が変わる。君はもう帰った方がいい」
「あ・・・。いや、まだ大丈夫・・・ですよ」

一転して寂しそうな表情を浮かべた後輩を見て、私ももう少し話していたいと思った。だが、ここは先輩として、模範を示すべきだ。携帯電話を操作する手を止めて、後輩へと向き直る。

「駄目だ。帰るんだ。親御さんが心配するだろう? もし必要なら送って行くから」
「えっ!? いやっ、あっ、あの、大丈夫だから! じゃなくて、大丈夫ですから! 帰ります!」
「そ、そうか。必要ないならいいんだ。まあ、私達はもう中学生だからな」

後輩の雰囲気が急に元気になったので、思わず気圧されてしまった。しかし、これで解散する方向で話がついた。すぐに携帯電話を操作し、画面に親友の電話番号を呼び出す。

「それでは、私は電話してから帰るから、気を付けてな」
「電話? ・・・あっ!」

後輩が声を発するのと、私が携帯の発話ボタンを押したのは、ほぼ同時だった。私の携帯電話から呼び出し音が流れるのと、後輩が取り出した携帯電話から着メロが鳴り響くのも、ほぼ同時だった。まさかと思ったが、携帯電話の終話ボタンを押すのと、着メロが途切れるのも、ほぼ同時だった。

「え・・・? あれ・・・?」

状況が全く飲み込めず、口にする文章を組み立てられない。ただ、頭の中を「何で?」が駆け巡る。

何でこんなに遅れているのに親友から連絡が来ないんだ? 何で後輩の携帯電話は付けているストラップまで親友のものと同じなんだ? 何で後輩は顔を耳まで真っ赤にして俯いているんだ? 何なんだ、この状況は?

もしかしたら、私と後輩とは以前に知り合っていて、その時に電話番号を交換したのかもしれない。それで、間違えて電話を掛けてしまったのかもしれない。そう思って携帯電話の画面を見る。だが、表示されている電話番号を何度見返しても、それは親友のものだった。

画面の右上に表示されている時刻は、深夜の12時を回っていた。

おわりんこ
721 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2012/10/02(火) 21:39:34.34 ID:WPUaq3oE0
グッジョブ!
この後の展開は主人公の性別にもよるな
幼馴染の中性的なおにゃのこよりちっさくなった男が彼女に色々教えてもらう的な
722 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(不明なsoftbank) :2012/10/04(木) 22:02:43.69 ID:YOBzUeq80
にょたっこハーレムものとか書こうかな
723 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(中国地方) :2012/10/04(木) 22:22:19.47 ID:8f5gAah60
>>722
投下wktk
724 :v2eaPto/0 :2012/10/05(金) 01:18:00.11 ID:69pTTs9E0
大学生だけど153cmしかなくて白衣を買わなくてはならなくてはいけなくなった…女性用しかまともな大きさがない…
725 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2012/10/05(金) 19:52:19.70 ID:+TYNkYG10
奇遇だな! 私も最近白衣買った!
この際、女性用のでもry
726 :現代に生まれついた奇跡、或いは海生生物の海老についての妄想 [sage]:2012/10/06(土) 02:12:04.13 ID:srOvo5e6o
室町の時代から続く古い武家に、待望の後継ぎが生まれた。
苦心の末に授かった子だったので、一家の喜びようと言ったら、まるで盆と正月が一緒に来たような大騒ぎだった。
だが、これは小さな悲劇でもあった。
待ち望まれた後継ぎは、男の体に生まれながら、その身に女の心を宿していたのだ。

両親が最初に違和を感じたのは、子が3つになる頃だった。
父が野山に連れ出しても、駆けっこなどにはあまり興味を示さない。
むしろ、屋敷で女房達と飯事遊びをしている方が、性分に合っているようだった。
両親は一抹の不安を抱いたが、そのうち体を動かすのも好きになるだろうと、そこまで気にはしなかった。

しかし、子が大きくなるに従って、両親の不安も膨らんでいった。
子がますます女らしく振舞うようになったからであった。

いよいよもって無視できなくなった両親は、後継ぎとして男らしく振舞うように、子を厳しく躾けることにした。
子は、初めは反発していたが、次第に男らしく振舞うようなった。
こうして、両親の企みは成ったかに見えた。

だが、実はそうではなかった。
子にも企みがあったのだ。

近頃は、数えで16になる男が女人になってしまうという、珍妙奇怪な病が蔓延していた。
これには医家も呪い師もお手上げで、どうやっても病を払うことはできなかった。
ただ、往来のそこここでは、実しやかに囁かれていた。
「それまでに『女』を知れば、男のままでいられる」、と。

子は女になることを願った。
幸い、生まれついた武家はしきたりに厳しく、数えで16になるまでは、後継ぎに嫁を娶らせないことになっていた。
つまり、このまま男らしい立ち居振る舞いを演じていれば、目的は達成されるのだ。
子はひたすら、16になる、その日を待った。

ところが、運命はどこまでも子に対して残酷だった。
奇病のことを聞きつけた両親が、何としても後継ぎを残そうと、女房達の中から若い者を選んで、子に手ほどきをするよう命じたのだ。
その晩、子が不思議な感触に目を覚ました時には、事は既に成った後であった。

半狂乱になった子は、手近にあった和鋏で一家の者の首を次々と切り裂き、返り血でべっとりと染まった着物を着たまま、屋敷の外へと飛び出した。
そのあまりに異様な雰囲気に、往来ですれ違う者達は、誰一人として声を掛けることができなかったという。

その後、彼――いや、彼女を見た者はいない。
風の噂では、ついには海辺へと辿り着いた彼女は、切り立った崖から身を投げたらしい。

いきがぽーんとさけた。
727 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) [sage saga]:2012/10/09(火) 23:42:01.32 ID:ebEThHeOo
誰もいないだろうから気長に投下するよ
728 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/10/09(火) 23:43:23.04 ID:dIuptzqQo
wwktk
729 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/10/09(火) 23:43:38.38 ID:ebEThHeOo
神はすべてを網羅する・・






helix











「「ええええええええっ!!!!!!!!!!!!!!!!!」」

いつもの朝、ここ黒羽根高の教室では由宇菜と陽痲による驚愕たっぷりの絶叫が響き渡る中で今日の1日がまた始まる。

「・・2人とも落ち着いて」

「あんなこと言われても落ち着けって言われるほうが無理だ」

「うん、まさか龍之介君が教頭先生の養子になったって言われたらね・・」

無事に京香の養子となった莢は学校や仕事上でも今までとなんら問題ないように動けれるようになったので下手なことをしない限りではなんら問題はないのだが、それでも自分の身の回りやその他の周囲の影響を考えた末にこれからも一生付き合っていくであろう由宇菜と陽痲にだけは話しておこうと決意したのだが、反応は予想通りというべきであるものの莢自身も完全に受け入れられているかと聞かれたら嘘になってしまう。

「とりあえず学校と職場ではこれまで通りにしてほしい、今は公には出来ない状態だから・・」

「衝撃過ぎて頭が追いつかないが、茅葺がそういうならば仕方ないな。由宇菜はどうなんだ?」

「私は龍之介君の意思を尊重するよ、だって龍之介君は龍之介君だしね!」

「・・ありがとう」

由宇菜に同調するように陽痲も莢の現状を納得してもらえたようでとりあえずは一歩前進といったところであろう、2人も京香によるとんでもない展開にしばし唖然としてはしまうが普段はめったに自分のことをめったに話さない莢が自分たちにだけ話してくれているのだからその心情を汲み取ればよほど勇気を振り絞ったのは間違いはないだろう。

「そういえば住むところはあの豪華マンションなんだろ? 今度遊びに行くのもいいかもな」

「それはいいアイディアだね。教頭先生もいろいろと苦心しているようだからね」

(よく知ってるなおいwwwwwwww)

京香も常に余裕綽々で3人には口には出さないものの由宇菜と陽痲の両親への対応にはいろいろと苦心はしているようで今は言葉巧みにしたり持ち前の人脈で何とかこれまでの信頼を抜かりなく維持はしているものの、ワンパターンを避けるためにあらゆる手段を考案しているようだが流石の京香も少しばかり苦心をしているようだ。

「・・遊びに来てくれるのは嬉しいけど、2人の家からは少し遠いと思う」

「確かに俺たちの家からは少しばかり距離があるな」

陽痲の言うように京香のマンションはこの黒羽根高を中心としたら由宇菜と陽痲の自宅からはちょうど反対方向に位置するのでもし直接行くとなったら電車でも市街地に行くよりも多少の時間は掛かってしまうのだが、実際には出勤する前には学校の宿題を片付けるために京香のマンションへ行かなければならないのだ。

730 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/10/09(火) 23:44:13.18 ID:ebEThHeOo
「そういや荷物はどうなんだ? もしよかったら宿題が終わって時間があったら俺たちでよければ手伝うぜ?」

「確かにそのほうが効率がいいよね」

「(ちょwwwwww手伝ってくれるのはありがたいがそれは困るおwwwwwww)・・大丈夫、デリケートなものがたくさんあるから自分でやる。2人の気持ちだけ受け取っておく」

家具などの大きな荷物はすでに業者によってすべて設置されているので残っているものは自分のヲタグッズの設置だけなのでこればかりは他人には任せられないものだ。

「そういえば神林先生は事情を知っているの?」

「・・多分」

「なんか展開が容易に想像できるな・・」

今のところ京香以外で彼女たちの事情を唯一把握しているのが担任である真帆なので今回の莢の件もばっちりと京香から伝えられていることだろう、しかし彼女は京香からいつものように無理難題を押し付けられていることには定評があるのでどのようなやり取りがあったのかは容易に想像できるのが哀しいところである。そんなやり取りが3人の中でしばらく続いていく中で話題の渦中である真帆がいつものように沈んだ表情のまま教室へと入ってきて生徒たちも自分たちの席に戻るといつものように真帆の淀んだ言葉によってホームルームが始まる。

「おはよう・・」

(うはwwwwwwwいつもながら相当やばいなwwwwwww)

「あの、先生・・」

「宮守さぁ〜ん!!! うわぁぁぁん、教頭先生は鬼だよ!!!!!!!」

その場にいる生徒全員の予想通りに真帆の壮絶な泣き声が教室に響き渡るのだが、いつものと違ってどうやら京香に散々やり込められたらしく言葉に端々からひしひしとその状況が嫌でも伝わってくるが、黒羽根高では京香がすべての実権を握っている上に外堀も十分すぎるほど埋まっているので強大な力にひれ伏すしか選択権がないのだ。

「仕事がここまできついと子供だけが僕の生きがいだよぉ・・」

「先生、支離滅裂な上に意味がわかりませんよ」

今度は陽痲が会話に入っていくが真帆は相変わらずなので毎度のことながら自然とため息が出てしまう。真帆の境遇を考えたら同情はしてしまうものの、せっかく眠気を乗り越えて気持ちを切り替えながら望んでいるというのに朝っぱらからこんなことが毎回のように起きれば気が滅入るものだ。

「まぁまぁ、先生は私たちよりも経験と人徳があるから大丈夫だよ」

「バ・・バカッ!!」

「そうだよね・・僕がこんなんだから皆に示しがつかないよね・・」

(天然って恐ろしいんだなwwwww)

本人には悪気はないものの、由宇奈に完全に止めを刺された真帆は生気を失いながら淡々とホームルームを進めていくのであった。


731 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/10/09(火) 23:46:02.43 ID:ebEThHeOo
場所を変えて職員室では現在非番の教師が仕事の準備をしているなかで京香は堂々とタバコを吸いながら提出されていく書類を的確に捌きながら己の仕事を物の数分で片付けると今度は校長にまで回ってくる書類を手に付けはじめる。実際京香が黒羽根高に赴任してからは全員が恐怖に怯えているかと思いきや、実際のところは留年者や不良の激減を始めとして教員の仕事の向上に加えて積極的な情報公開などのあらゆる手段を持ち前の行動力と優秀な頭脳を持って、それらを実現したおかげで周囲からの信頼を確実に勝ち取っているのだ。

「佐藤先生、前に俺に提出した3年生の進路調査表だが・・全体的に進学が少ないようだが?」

「ええ、生徒たちも面談の時点から進路方針が固まっていないようで」

京香が目を通していたのは先日提出された3年生の進路希望調査表のまとめなのだが、どうやら内容が気に入らないらしくタバコを灰皿でもみ消してすぐに新しいタバコを1本取り出すと早速火をつけて吸いながらたまたま職員室で授業の準備をしていた佐藤に向けて上司の立場を利用した威圧を含んだ鋭い視線で怯える佐藤に内容を詳しく確かめる。

「だとしてもこの未定の多さは少し異常だ。3者面談でもちゃんと話したのか?」

「それはもちろんです。しかしそれでも一向に変化はなくて・・」

提出された書類は3年生たちの進路の詳細が分類別にまとめられていたのだが、進学や進路がまだまとまっていない生徒がかなり多かったので京香も教頭として流石に見逃せなかったのだ。もちろん教師たちも事前に保護者を交えた3者面談をしっかりとした上での結果であるのだが、それでも京香からしてみればこの結果は生徒たちよりも、それらを引率して可能性を引き出すべきはずである立場にいる教員たちの明らかな力不足のほうが大きいと感じ始める。

「てめぇら、先公ならもう少しガキどもに切り込んだらどうなんだ!!! 確かにガキどもの進路も定まってないのは認めてやるが、それでも進言するほうのお前たち先公が消極的じゃ意味ねぇだろ!!!!!」

「おっしゃってることはご尤もですが・・」

「少しメスを入れる必要があるな。てめぇらの教育は後で俺がきっちりやるとして・・俺が知ってる限りの企業を呼んでこの際3年の進路に選択肢を増やしてやるか」

学校でも就職対策として各所に存在する企業の求人情報を張り出しているのだが、それでは力不足と判断した京香は進路が決まっていない生徒を対象に更なる打開策として多数の企業を直接学校に呼び込んで選択肢を増やそうとする算段だ、企業としても将来において優秀な人材を見つけられる可能性もあるしイメージアップも図れるのでメリットは十分にあるし肝心の企業についても理事長に相談すればあっという間に数は出揃うが流石に立場を考えたら京香一人では心苦しいところがあるのだが、そのままタバコを吸いながら職員室の花瓶の花に水を差していた校長に視線を向ける。

「あのジジィに頼るのは構わんが俺じゃ少し手土産が小さすぎるが、こういうときこそ出番だぜ“校長先生”?」

「えっ? ちょっと何を言っているかわからないんだけど・・」

「何のために俺がてめぇを無傷で信頼を保ったままお飾りにしてたと思うんだ? それに案自体は悪くはないんだからジジィだって納得するだろう」

「理事長苦手なんだけど僕の意思は無いに等しいんだね・・」

校長が抵抗したところですべての実権を握っている京香には逆らえないのでそのまま従うしかないのだ、そのまま京香は速攻でパソコンに向かって書類を作成し始める。予め校長の性格やこれまでの傾向を頭で導き出しながら完璧かつ内容の書類に仕立て上げると物の数分で作成は完了して印刷し始めると校長に手渡す。

「ほらよ、これ持ってさっさとジジィのいる白羽根でも行って来い」

「わかったよ・・留守番お願いします」

京香から書類をもらった校長は哀愁漂わせながら封筒に書類を入れると理事長のいる白羽根学園へと向かい始める、ようやく一仕事終えた京香は改めてタバコを吸い始めると今度は佐藤に向けてある指示を飛ばす。

「佐藤先生。今日の昼に3年教師のミーティングするからしっかりと伝えておけ、わかったな」

「は、はい・・至急連絡します」

彼も京香が恐ろしいのは変わりはしないので即座に携帯を使いながら対象教員すべてに連絡を取り始める、当の京香は気にも留めずに自分の仕事をすべてやりきったので暇そのもの・・これまでだったら何か適当に時間を潰していたりしてたのだが、今では由宇菜たち3人の予定の調整したり独自にデータを取りながらその成長振りを確かめたりしている。

732 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/10/09(火) 23:48:26.93 ID:ebEThHeOo
「宮守と佐方も随分とこの仕事に慣れて売り上げもかなり伸びているが、ここからが勝負だな。莢がある程度バックアップに入ってくれるのはありがたいことだが、これからの進展に期待というところか」

由宇菜と陽痲の適応振りは京香も目を見張るところがあるのでこれからに期待といったところである、それに孤立気味だった莢も2人のおかげで徐々に落ち着きを取り戻しているのでいい傾向といえるだろう。それに売り上げの金額も順調に伸ばしつつあり、このまま順調に育ってくれば店の売り上げに十二分に光景は出来る上にもしかすれば京香の全盛期の頃の売り上げを大幅に超えることも不可能ではない。

「万が一にこの世界に染まっちまったら・・そのときは俺が何とかしてやるか」

水商売の世界は一見輝かしく見えるが所詮は欲望の騙しあい・・甘美な味を知ってしまって闇に堕ちることも十分にあり得る世界なのだ。これから先に3人がどうなるかはわからないが、もし身も心も自分のように完全に染まってしまった場合は責任を持ってあたる所存である。

「失礼しまーす・・って僕だけか、次の授業まで少し時間があるから仕事片付けようっと」

「おっ、ちょうどいいところに暇つぶしが来たな」

ちょうどよく授業を終えた真帆が職員室に入ってきたところで体の良い暇つぶしがやってきたところで京香の目が光る、それに先ほどまでいた佐藤もいつの間にかいなくなったので今職員室にいるのは仕組まれたように京香と真帆だけなのだ。そのまま京香の存在に気がつかない真帆はちょうど程よく溜まってた自分の仕事に手をつけ始めるのだが、哀れにも京香の存在には全く気がついていないのが己の悲運さを漂わせる。

「さて交友祭については全て片付けたし、その間に溜まってた書類を処理しないとね」

「全て同時進行で片付けるのが社会人だろうが」

「それは僕では少し・・って教頭先生ッ!!」

不意に京香に声をかけられて身体ごと硬直する真帆であるが気づいたところで遅すぎるので泣く泣く仕事を休めるしかない。

「俺がいちゃ不満か?」

「いえ・・校長先生がいらっしゃらないようですけど?」

「あれは理事長に書類を提出するために白羽根に行ってる。現在のところは俺が全ての責任者ってことだ」

(普段と変わってないんだけどなぁ・・)

真帆は今の状況を口に出さずに心に留めておきながら視線を時計の方向に移す、現在子供は小学校へと通っている時間帯なので真帆の心境からすれば残業は勘弁してほしいところなのだがそれは京香次第である。

「そういえば来年のあいつらの担任だけどな。神林先生にやってもらうことになったからよろしくな」

「ぼ、僕ですか!? それは構いませんが、いいんですかねぇ・・」

「俺がOKしたんだからそれでいいんだ。事情を考えたら他の奴には任せられないからな」

「アハハハ・・ですよね〜」

今のところ由宇奈たちの事情を全て把握しているのは京香以外では真帆だけなのでこの人選は当然といえよう、真帆も最初から予想していたことなので驚きはしなかったのだが・・3年にもなっていないこの段階で言われても返答に困るものである。

「彼女たちの様子はどうですか? 一応これでも担任なので・・」

「別になんら問題なく働いているぜ。んなことりもてめぇの出している宿題に大学の問題が混じっているのはどういうことだ?」

「い、いやぁ・・多少の好奇心を持ってもらおうかなっと思いまして、それに授業のマンネリ化も防げそうですし」

「1度や2度ならこっちも口は出さないがな、高校生相手にあんな問題毎日出すのはおかしいだろ。ちょっとは考えて宿題作れ」

「は、はい・・」

上司として真帆の行動に釘を刺しつつも京香は担任である真帆には可能な限り全てを語っておく必要があると判断しているのでこれまでの取ったデータを見せながら3人の活躍ぶりを話し始める、真帆もデータを見ながらも3人がなんら問題なく順当にしていることに安堵するが、何せ職業が職業なのでヒヤヒヤものである。
733 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/10/09(火) 23:49:10.01 ID:ebEThHeOo

「3人が順調なのはわかりますけど、僕からすればこのままなんら問題がなかったら一番ですね」

「流石に雑誌関連は断ってるが、あいつらの客の数もそこそこだ。このまま順調に伸びるだろうよ」

「えっ? 雑誌なんてあるんですか・・」

「そりゃ当たり前だろ。店を知るには何も案内所だけじゃないからな」

当然のようにきっぱりという京香であるが、そういったところに馴染みの薄い真帆からすれば全てが?同然で前に莢のホストに行ったときもそういったとこは友人が全て執り行っていたので自分ではわけのわからないことばかりである。それに写真については当然のように非掲載で通しており雑誌の取材かなんかも店長である宮永が既に手を打っているので外部に知られることは殆ど無い。

「そういや、交友祭の打ち上げの飲み会だが・・神林先生だけ不欠席だったな」

「僕も本当は出席したいですし、本来ならば出席するべきなんでしょうが・・子供の時間帯を考えたらちょっと都合が悪いんで」

交友祭が終わった後は霞によって両校教員の親睦を深め合うための飲み会が企画されているのだが、真帆は子供の時間を考慮してあえて不欠席を選んでいる。シングルマザーの彼女にしてみれば子供との時間を大事にするのは当然のことなので大事な付き合いとはわかっていても現状を考えた末の決断なのだ。

「別に強制はしねぇよ。そっちだって女で1人で子供を育ててるわけだからな、もし出席したければそこら辺は面倒見るぜ。子供の預け先ならいくらでも候補があるし・・」

「向こうの教師は全員出席するんですかね」

「んなこと俺が知るかよ。ま、普通に考えたら飲み会なんて誰もが出席するだろうし、クソガキを含めた殆どの人間は出席するんじゃねぇか?」

この飲み会については経費に関しては理事長の許可の下で行われるので言うならば経費関係なしに好きなだけ飲み食いできる場なのでこれに食いつかない人間を探すのが難しい話である、ある白羽根の教師はこの飲み会のために交友祭に意欲を燃やしていると言われているほどである。

「そうですか・・ちょっと残念だな」

「明らかに出席したそうな顔振りだぞ。・・おしっ、子供なら飲み会が終わるまでこっちで面倒を見てやる」

「え? ですけど僕の問題で教頭先生にまで迷惑を掛けるわけには・・」

「あのなぁ、部下のフォローは上司の務めだ。それに心配しなくても預け先は俺の妹のところだ、子持ちで結婚もしてるから安心できるぞ。それに本当は飲み会に出たいんだろ?」

「・・」

京香に本音を突かれているようで真帆は少し押し黙ってしまうが、幸いなことに京香の思惑はなにもなくその言葉通り。これまでにも教員同士の飲み会に出席してなかった真帆へのささやかなフォローのつもり、それに妹である真由なら普通に主婦出来ているので子供が1人増えてもどうということはないだろう、それに真由の子供ならまだ乳児の甥っ子が大きくなったときのいい練習にもなるだろう。

「どうすんだ。今日で締め切りだぞ?」

「・・出席いいですか?」

「ああ、もちろんだ。子供に関しては当時の朝に俺と一緒に妹の家へと向かうか、妹には俺から話しておくからよ」

「ありがとうございます!!」

普段は恐怖の対象である京香であるが決して非道な人間ではなく上司としてのフォローや気遣いに尻拭いもしっかりとやるので実のところは部下である教師にも評価されている京香だった。それに本当は真帆の目的は別のところにあるのだが、何にせよ子供に関しては京香が面倒を見てくれるというのでありがたく乗っかるのが一番だろう。

「ところで娘に何かあったら覚悟しておけよ」

「は、はい・・」

やっぱり京香は京香であった。

734 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/10/09(火) 23:50:48.84 ID:ebEThHeOo
時刻はかなりすっ飛んでお昼休み・・あれから京香のおかげで仕事が全然手につかなかった真帆は何とか上手い具合に京香から逃げ出すと、ぐったりと疲れた表情のまま朝作っておいた弁当を持ってお昼の場所を探し始める。

「ハァ〜、結局仕事が終わらなかったな。職員室でお昼食べるのはあれだからどこか適当な場所を探さないと・・こういうときに学食やらいろいろある白羽根学園は羨ましいよ」

強引に逃げてきた手前もあるので職員室以外での場所を探す真帆であるがそのような都合のいい場所など黒羽根高にはないのだ、姉妹校である白羽根学園にはそういったところも非常に充実しており学食も当然のように完備しているので黒羽根高にもそういった設備を望む声も多少ながらあるのだがコストの面を考慮した京香によってあえなく却下されているのだ。子持ちの真帆にしてみれば毎日のように朝早く起きて子供と自分の弁当を作るのは結構骨が折れるので学校に学食があれば次官も大幅に短縮できて最高なのだが、現実は上手いことを少しばかり詰っているといつもの3人組に視線が移る。

「陽太郎、今日はどこでご飯食べる?」

「そうだな。昨日は普通に教室だったからな・・茅葺はどこがいい?」

「(俺に振られてもwwwwwww)・・ベターに屋上が良いと思う」

どうやら由宇奈たち3人も昼食を食べる場所を探しているようであるが、真帆と同じように昼食を取るための場所がなかなか見つからないようで苦心しているようだ。普段ならばすれ違うだけの真帆であるが、どうせならば3人の現状も知りたいところなのでここは少し一計を講ずると自分から3人に声を掛ける。

「やぁ! 君たちもお昼かい?」

「あ、神林先生。こんなところで会うなんて奇遇ですね」

「先生もお昼ですか?」

「まぁね」

珍しく真帆からの声が掛かったので3人は少しばかり意外そうな顔つきであるが、真帆が弁当箱を持っているのが視界に入ると自分たちと同じ状況なのだと把握する。

「よかったらお昼一緒にどうだい? 場所ならいいところ知ってるよ」

「俺たちも丁度どこで飯食おうか悩んでたところだったからな・・俺は先生と一緒に食べるけど由宇奈と茅葺はどうする?」

「いいね! 神林先生と一緒にご飯食べるなんて滅多に無い光景だろうし、私は大賛成だよ!!」

「(どうせ俺たちのこと聞きたがってるんだろうなwwwwwwwこれからも神林先生とは一緒になる機会は多そうだおwwwwwwwww)・・こっちも構わない、大勢のほうが盛り上がる」

「それじゃ、特別に職員会議室でご飯食べよっか。鍵も持っていることだしね」

そのまま真帆を先頭に一同は職員会議のみで使われる一室へと向かい始める。本来ならば鍵が掛かっているので生徒は立ち入り出来ない場所であるが、幸いにも真帆が鍵を持っていたのでこうして堂々と入室できる。それに職員会議室ならば誰かの邪魔が入る心配も無いので少々話しづらいことでも堂々と話すことが出来るのだ、3人はそのまま真帆の手引きによってこれまで禁断の場所であった職員会議室へと入室する。

735 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/10/09(火) 23:51:41.24 ID:ebEThHeOo
「へぇ、ここが・・なんか地味だね」

「ま、こんなもんじゃないのか?」

(どんだけ期待してたんだwwwwwwwだけど給水室が常備されているのは結構いいところだお)

「ハハハ、職員会議の時にしか使わないからね。お茶でも淹れるよ」

職員会議室には京香の意向で新しく給水室が内蔵されているので会議の合間にこうして教師たちがコーヒーやお茶を淹れたりしているのだ。真帆によって人数分のお茶の入ったマグカップが配られるとようやく待ちに待った食事の時間である、全員は弁当箱の蓋を開けるとおかずの数々がテーブルを飾る。

「「「「いっただきまーす!!!」」」」

「うん、毎回作ってくれるお母さんには感謝だよ」

「俺はいつも自分で作ってるからあんま実感無いんだけどな。茅葺は教頭先生に作ってもらってるのか?」

「・・当たり。でもしっかりと引かれている」

「親子でも容赦ねぇな・・」

いくら莢が京香の子供になったといっても今までのルールは変わりなく実行されており、昼飯の弁当代もしっかりと給料から差し引かれているのだが、莢にとっては京香の弁当はそれに見合うぐらいの価値があるのだ。

「結構シビアなんだね・・それよりも3人とも仕事はどうだい? 僕も教頭先生からはあらかた聞かされているけどやっぱり担任としては生の声が聞きたいからね」

「もう身体が慣れちゃいました。店長や周りもいい人だから助けてもらってます」

「そうだよな、ヘルプしてもらうとありがたさがよくわかるぜ」

(だけど店長はケーキばっかり差し入れするお、甘いものが苦手な俺にはきついお・・)

「良い環境で何よりだよ。僕も水商売に関しては無知同然だから何かあったら相談してね」

真帆からすれば京香の手の中で進んでいるとはいっても危うさが見え隠れするので不安で不安で仕方ないのだ、だから3人が順調に仕事をしているのを聞くだけでようやく一安心といったところである。

「でもヘルプは難しいよな。人のお客さんを取らないように周りをフォローしなきゃいけないから調整が難しいぜ」

「・・そういう場合は見方を変えたら良い、試しに通常でお客さんと接しているときにヘルプの動きをして見れたら違いがよくわかる」

「私も龍之介君に言われたようにした違いがはっきりわかったよ。だけど未だにお客さんの数に関しては2人には敵わないかな、龍之介君は経験と持ち前を活かしているし陽太郎はなんだかんだ言っても積極的に喋るからお客さんには人気だもん」

((いやいや!! 自分の人気振りを知らないだろ!!))

確かに莢と陽痲は客の数も多くそれなりに収益を上げてはいるものの、実際には由宇奈のほうもそれに匹敵するぐらいの売り上げを常に伸ばしているので周囲からは密かに意識されている存在なのだ。

「なんだか僕よりも茅葺さんが適任みたいだね・・」

「いえ・・先生に理解してもらうのは大きいです」

「そうだよね、神林先生も一緒にやったら楽しいのにね」

(ちょwwwwwww教師を誘うなwwwwwwwwwwww)

「さ、流石に遠慮するよ・・」

由宇奈のとんでもない申し出に少し引いてしまう真帆であったが、どうやら随分と楽しくやっているようだ。それを察した陽痲が話題を変えるために真帆に話しかける。

736 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/10/09(火) 23:53:18.22 ID:ebEThHeOo
「そういえば先生の弁当って自分で作ってるんですか?」

「もちろんだよ。子供の分も作ってるからね、これでもやってることはやってるんだよ〜」

「先生って私たちと同じ頃には既に子持ちでしたもんね」

「・・確かに」

「ま、色々あったりしたけどこうして僕みたいに教師になれてるのは奇跡に近いぐらいだからね」

今と昔でも未婚の母親の苦労は変わらないもので特に学生のうちに未婚の母になってしまうと様々な弊害と一気に直面してしまう、真帆の場合のようにこうして子育てもしながら大学を卒業して職を得ているケースはかなり珍しいといえるだろう。

「ゴメンゴメン少し重い話になったね。そういえば交友祭のことだけど君たちは教頭先生と何をするつもりなの?」

「私たちも交友祭に関しては全く・・」

「俺はてっきり神林先生が知っているかと」

「(親子なのに俺にも全然教えてくれないお)・・同じく」

交友祭に関しては全ての生徒が動く中で由宇奈と陽痲と莢の3人は京香とともに行動することとなっているのだが、肝心の内容は担任の真帆はともかくとして当人にも一切伝えられていないので全ては京香しか知らないのである。

「なるほど・・ま、交友祭はこれまでにも例を見ない大きなイベントだからね」

「てことは・・今までは白羽根学園とは何かしなかったんですか、姉妹校なのに?」

「直接的な姉妹校といっても交友はなかったからね。僕が赴任したときもそういった目ぼしいイベントなんて皆無だったし」

「・・でも先生は向こうの人間についてはある程度詳しそうですが?」

「白羽根の先生の知り合いも何人かいるし、向こうとは教員の交換人事もあるからね。職業的なネットワークってあるものだよ」

両校は生徒間の繋がりはそこそこであるが、教員の繋がりは密接なので真帆もある程度の実情は把握しているし卓球部の練習試合でも何度か訪問しているのだが、その表情は複雑なものであった。

「そういえばお客さんの中で学校関係者の方は着ていないよね?」

「今のところは大丈夫です」

「客に関しては店が終わってから教頭先生に報告するようになってるんで」

「(あれから白羽根の先生以外教員は着ていないが・・確かにこれからどうなるかわからんお)自分たちの客に関してはお母さんが身元まで把握しています」

京香もそこのところは手抜かりは無く、3人の報告を元に客に関しては身元まで全て把握している。幸いなことに教員関係者はいないのだが莢の言うようにこれからどうなるかはわからないので気をつけなければならないだろう、特に教員関係者は極一部を除いて身元を隠している割合が多いので注意すべきところである。

737 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/10/09(火) 23:53:48.05 ID:ebEThHeOo
「2人とも・・お母さんなら大丈夫」

「ま、そうだけどさ。用心はしておこうぜ」

「そうだね、意外なところでばれてしまう可能性だってあるから気をつけなくっちゃ」

「僕も注意してるけど教員のネットワークはかなり広いからくれぐれも油断しないようにね。大方は教頭先生に任せたら安心だと思うから、あの人は行動力もある上に超優秀だから大丈夫だよ」

真帆の言うように京香はあらゆる角度を想定した上で持ち前の行動力を駆使して外堀を埋めに埋めまくっているぐらいなので滅多なことが無い限りはばれる事はまず無いだろう、それだけ京香は常に細心の注意を払いながらも堂々と自信たっぷりに仕事をしているのだ。

「そういえばちょっと気が早いかもしれないけど、来年も僕が君たちの担任になることになったからよろしくね」

「ということは・・私たち一緒のクラスなんですか!?」

「ま、予想は大体ついていたけど・・って茅葺、なんだか嬉しそうだな」

「・・そう?」

そのまま和やかな雰囲気が流れる中で黙々と弁当を食べ続ける莢ではあるが、陽痲の言うようにどこか嬉しそうである。

「しかし来年も一緒だなんてな。そのときになったら小説はどこまで進んでいるのやら・・」

「もしかしたら神林先生が結婚するぐらいには完結しているかもよ」

「あのなぁ!! 俺は完結はさせるがそこまで遅くは・・ハッ!!」

「そうだよね・・僕の結婚はこのまま行けば遅いもんね。お見合いも厳しいのかな・・」

(ひでぇwwwwwww)

今度は2人掛りで真帆に止めを刺したところでお昼休みは終焉を迎えるのであった。



738 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/10/09(火) 23:55:29.72 ID:ebEThHeOo
クラブ castle

煌びやかに輝くネオンの元、変哲の無い女子高生から可憐に舞う繁華街の蝶へと変貌する・・この夜の世界、未だに年端も行かぬあどけなさを持つ彼女たちであるが、この場では偽りの一つになるのだ。

「いや〜、陽痲ちゃんに会うためにまた着ちゃったよ。出勤してくれて本当によかった」

「実は本当は休みだったんですけど、メール見てから出勤しようと思ったんです」

既に手馴れた手つきで陽痲は順調に自分の客の相手をしながら持ち前の性格で話を弾ませていく、最初は話題づくりに苦心してはいたが今では徐々に会話の幅を広げながら酒も含めて客を愉しませる。

「またまたwww」

「本当ですよ、おかげで化粧も大慌てでやったぐらいですからね」

実際のところは由宇奈と莢にあらかたは教えてもらったものの、やはり元男の部分が未だに大きいので他のキャストと比べて化粧も少しばかり荒っぽさが目立つが、陽痲はそれを逆手にとって自分の土台へと見事に構築すると会話を徐々に広げる。

「今日は一人で飲みに着たんですか?」

「たまには俺1人で陽痲ちゃんを独占するのも悪くないかなって思ってね」

「もしかして俺を口説いているんですか?」

少し茶化しながら話を逸らす陽痲であるが、恋愛に関しては未だに保留状態でもあるし少なくとも今はそんな余裕などあまり無い状態なので余程のことが無い限りはすることも無いだろう、しかし今は自分のことよりも仕事が優先されるので彼には悪いが丁寧に対応する。

「気持ちは嬉しいんですけど、今は結構忙しくて・・」

「あらら、振られちゃったな〜・・んじゃ、たくさん飲もうか」

「ありがとうございます。すみません〜」

何とか話をそらせた陽痲はすかさずボーイを呼んで注文を取り付ける、幸いにも今日は平日なのでそんなに客も多くないからまったりとフォローする時間ならいくらでもあるのだ。そして別の席では由宇奈と京香がVIPルームで客が頼んだ寿司や居酒屋の料理を摘みながらここでもかなり盛り上がりを見せていた。

「いつもすみません社長。こんなにご馳走になって・・」

「いやいや、杏にはこれぐらい当然だよ。由宇奈ちゃんも食べてね」

「ありがとうございます、何だかこんなにお寿司を見たの久々だなぁ〜」

純粋に目を輝かせる由宇奈の様子に客である男も満足しながら酒を呷る、京香も談笑しながらではあるが一瞬だけ周囲に視線を移しながら状況を推察すると客を退屈させないためにありとあらゆる話題を投げかけながら自然と話を繋げて場を整える。

「でもこんな平日にも関わらずに社長が来てくれるなんて」

「杏が最近よく出勤しているって店長から聞いてたからね。俺がここまでの立場になったのも君のおかげみたいなものだしな」

「そうなんですか?」

「俺がまだペーペーだった頃はよく杏に愚痴やら聞いてもらってね。仕事のアドバイスもしてもらったもんだよ」

「そんなこともありましたね・・」

少し懐かしそうにしながら京香は酒を飲み続けるが、由宇奈は社長の話に興味津々に相槌を打ちながら話を聞き続ける。

739 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/10/09(火) 23:56:01.51 ID:ebEThHeOo
「アドバイスですか・・」

「そうそう、どれも的を得てるもんだから驚いちゃったよ。そのおかげで独立して利益を上げているようなもんだしね」

「こっちは大したことは何もしてませんよ。全ては社長の実力です」

「いやいや、あの時は本当に切羽詰ってたときが多かったから助かったもんだよ」

「やっぱり教t・・じゃなくて杏さんは本当に凄いんですね。私もなれるかな〜?」

未だに通常の癖が抜けきれない由宇奈ではあるが、それでも水商売の先輩として京香の実力の片鱗をひしひしと感じ取りながら自分と比較してしまいそうになってしまうものの、ここで社長から思わぬ発言が飛び出す。

「流石に杏みたいってのは無理だけど由宇奈ちゃんにはそれ以上のものがあると俺は思うよ」

(ほぅ・・)

「私にあるものか・・」

「そうだよ。由宇奈ちゃんには今までに無いものがあると俺は思っているからね」

社長の言葉を聞きいて少し酒を飲みながら考え込む由宇奈であるが、ここで間の悪いことに影で動いていたボーイから指名の知らせが入ると考える間もなく申し訳なさそうにしながら席をたち始める。

「(あっ、わかりました・・)すみません、ちょっと別の席へ行ってきます」

「俺は大丈夫だから行っておいで」

「はい、ありがとうございます」

社長に促されながら由宇奈は席を後にすると社長と京香は同時に酒を飲みながらしばらく無言になってしまうが、タイミングを見計らって京香が静かに口を開く。

「すみません社長、まだ何も知らないものですから・・」

「杏が謝ることはないよ。まだ若いんだからあんなもんだ、俺も社長やって若い奴ら育ててるからよくわかる」

「恐れ入ります。でも彼女のことよく見てますね」

さっきの社長の発言には京香も表情には出さないものの内心では少し驚きながら社長への認識を変えている、由宇奈に関しては本人は気がついてはいないもののこれまでのキャバ嬢とはまた違った方法で接客をしているので異質の存在ともいえるのだ。現に京香のこれまでの経験則上から大きく外れた接客をするときがあるので同じ同業者からしてもますます目が離せない存在となっており、これからどのように成長するか全くわからないものなのだ。

「由宇奈ちゃんは何度か付いてもらったことがあるけど、彼女はこれまでの女の子と違って自分を崩していない・・ああいった娘はいないものだよ」

「そうですね。いろんな意味で目が離せないですよ彼女は・・」

そのような会話が繰り広げられているとも知らずに呼ばれた由宇奈は指定された席へと付くと、そこには莢が対応しておりそこそこの会話で盛り上がりを見せていた。

「お待たせしました、由宇奈です」

「おおぅ!! 由宇奈ちゃん、莢ちゃんと話しながら待ってたよ」

「メインきた! 早速ピンドンタイムDA☆」

「(うはwwwww平日なのに豪勢だなwwwww)・・お願いします、ピンドン1本で」

莢はすかさずボーイに催促すると男たちは由宇奈と莢を退屈させないためにありとあらゆる話題を投げかける、既にそれなりの酒は入っているので多少のことなら見逃されるだろう。

740 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/10/09(火) 23:56:38.45 ID:ebEThHeOo
「由宇奈ちゃんと莢ちゃんは同じ学校なんだよね?」

「そうですよ、でも私あんまり頭よくないから莢ちゃんに手伝ってもらってます」

「マジで? 莢ちゃんって凄いんだな」

「(ちょwwww変に持ち上げんなwwwwwww)・・でもほんの少しだけですよ」

一応3人は話を合わせやすいように店では県外にある大学に通っているという設定で通しているのである程度の客はその事実を知っており矛盾がないように細心の注意を払いながら進めているのだ。

「(これならどうだwwww)学部は違うから会わないことも多い・・」

「大学生も大変だね。2人は何のサークル入ってるの?」

「私は入ってませんよ。何だか馴染めなくって・・ね?」

「(だから振るなwwww対応するの疲れるお・・)・・私たちは一緒に遊ぶことが多いのでサークルはあまり、ノートに関しては融通してもらってます」

莢が何とか苦心しながら矛盾がないように話を合わせてはいるが、元々話すことが少し苦手な莢からすれば代わりに陽痲がいてくれたほうがずっと楽ではあるが彼女は現に指名が入っているのと変動があまりないので動く必要がないのだ。

「お待たせしました。ピンドンです」

「(助かったwwwボーイGJ)・・それではお注ぎします」

「よっしゃぁぁぁ!!!」

「さて飲みまくるぞ!!」

注文してあったドンペリのおかげで全員の興味はそちらに靡くと莢と由宇奈は人数分のドンペリを注ぎ始めるとノリのいい男たちはグラスを持って乾杯コールを始める。

「うし! まずは景気付けでお前が一気な」

「先輩、それ勘弁してくださいよ。んでもやっちゃうか!!」

「気をつけてくださいね。知り合いがそれで倒れちゃいましたから」

「大丈夫大丈夫。酒の強さなら自信があるから!!」

(一気に強さもクソも関係ないだろwwwwww)

由宇奈の心配をよそに景気付けの一気飲みが始まると由宇奈と莢が少し心配しながら経過を見守るが、何とか無事に終了して男は雄たけびを上げる。

「うっしゃぁぁぁ!!!!」

「凄い〜、本当にお酒強いんですね」

「(まだぐらすだけどボトルは勘弁してほしいお)・・・」

「流石俺の後輩だ!!」

「でもあまり羽目は外さないで下さいね」

「「はい・・」」

(天然TUEEEEEEEEEEEEEE)

1人の少女によって2人の先輩後輩は慎みながらドンペリを飲み始めるが、そのシュールな光景に莢は改めて自然と場の中心にいる由宇奈の存在が眩しく思えるのであった。
741 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/10/09(火) 23:58:07.39 ID:ebEThHeOo
閉店後

いつものように京香から給料をもらった3人は手早く化粧を落としながら着替えて車へと乗り込む、ようやく今日の仕事が終わっても明日からはまた学校なのでそれに合わせなければならないので、この時間こそが唯一休める時間なのだ。

「ふぅ〜・・今日もお疲れさん」

「今日は平日だったから楽だったね」

「俺なんてずっと付きっぱなしだったから会話繋げるのに苦労したぜ。茅葺はどうだった?」

「(宮守が変に振るから佐方の偉大さがよくわかったお)・・いろんな意味で疲れた」

度重なる話の修正に疲れきった莢は何度も何度も陽痲の出現を待っていたのだが、彼女は例の客の席に付きっぱなしだったので残念ながらあの2人組みが帰るまで慣れない喋りでフォローしながら会話を繋げてたのでいつもより倍疲れたものだ。しかし例の2人はいつも無口な莢が喋ってくれたことが嬉しかったようで、終始満足そうにしながら帰っていったのでちょっとした男の勲章であろう。

「さて全員いるな。んじゃいつも通りに帰るか〜」

「そういえば教頭先生、交友祭では何をするんですか?」

「あっ、それは俺も気になってたんだ。いい加減に何をするか教えてくださいよ」

「まだ準備が整ってないから企業秘密だ。それにお前らは固めておいたほうがこっちとしても色々と楽だからそうしたまでだ」

タバコを吸いながら運転を続ける京香はあくまでも交友祭の当日になるまでは3人には秘蔵する方針のようだ、しかし交友祭には多数の入場者が予想されるので自分たちの存在を隠すために一緒に固めておく理由はわかるが、当日までわからないのはなんとも不気味なものである。

「交友祭ではもしかしたら客の知り合いが来る可能性もあるからな。念には念を入れないと・・それにあのポンコツと会わせるわけにもいかねぇしな」

「確かにあの白羽根の先生、たまに来るときがあるもんね。番号教えてないけど・・」

「もう俺たち白羽根には踏み入れられないな・・」

「あんなクソガキがいるとこ何ざ行かんでいいッ―――!!!!」

(ちょwwwwww運転運転wwwwwwwwwwww)

白羽根という言葉に過敏に反応した京香のおかげでそれなりに安全だった運転は急に荒れ始めたのは無理も無いことだろう。京香にとって最大の目標は打倒白羽根なので交友祭においても、絶対的な勝利こそが何よりも優先されるのだ。

「お、お母さん・・」

「いいかッ!! この交友祭は絶対に白羽根を完膚なきまでに叩き潰せッ!!!!!」

「「は・・はいッッッ!!!!!!」」

京香から発せられる有無を言わせぬ絶対的な圧倒間に屈した由宇奈と陽痲はしばらく恐怖で動けなかったが、最初の頃と比べて随分と耐性が付いたようで頭を無理やり回転させながら別の話題を搾り出す。

「そ、そういえばテレビではチンク・シャーロット・スズクって最近よく見かけるよね」

「あ、ああ・・曲もよく話題になってるよな」

(3次元の話題されてもwwwwアニメとエロゲーソングしか興味が無い俺に隙は無かった)

チンク・シャーロット・スズク・・中学生のようなその愛らしいルックスと歌唱力によって注目されているアイドルである。デビュー当初はあまりパッとしなかった存在であるが、ここ最近になってからCDの売れ行きも爆発とまでは行かないが順調に売れ出しているのだ。

742 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/10/10(水) 00:06:11.50 ID:QalNQNGoo
「でも中学生ぐらいしか見えないのに実際は何歳なんだろうな? 公式サイトでも年齢は非公開になっているから結構気になるぜ」

「実際どうなんだろうね。龍之介君はどうだと思ってる?」

「・・あまりよくわからないけど女体化はしている感じはする」

莢にしてみれば全く興味の無い話題だが、ここは空気を読んで2人の話に合わせる形で言葉を選びながら会話に参加しながら同時に携帯をいじってメールの返信やちゃんと同時進行でこなすという器用な荒業をしていた。

「アイドルか・・昔はよく憧れたな」

「小学校の頃は天才子役になるってよく息巻いてたっけ、あの時は由宇奈に無理やり練習に付き合わされたな・・」

(宮守はどんだけ夢見る少女なんだwwwwwwww)

「あったね〜。教頭先生もそんなことありませんでしたか?」

「お前らが小学校のときって言ったら高校で普通にクソガキとやりあってた頃だったから・・色々ありすぎて覚えてないな。
それにアイドルなんて商品価値もその時によって日々変わるし、プライベートなんてあってないようなもんだから俺たちよりもきついんじゃないのか? 

知り合いの組長に聞いた話だと枕営業なんて暗黙のルールだし、事務所によっては最初から接待用と商品用を使い分けていると聞いたぞ」

様々な客を持つ京香からはあらゆる業界の情報が絶えずとして流れてくる、現に自分の顧客の中には大御所に位置する某有名芸能人が数人いるので芸能界の生々しい現状など容易に想像できてしまうものだ。

「でもさ、それでもSAORIは別格だよね」

「海外の映画賞を殆ど独占している大女優だし、平塚グループの社長婦人だからな。さぞかしセレブな生活でも送ってるんだろ」

「陽太郎は昔からSAORIが好きだもんね」

「だって世界を股に駆けて活躍してるんだぜ。日本人ながらハリウッドを代表する女優だし来日するだけでも大騒ぎだからな」

今やSAORIの名前を知らぬものはいなく全世界の規模でその知名度は常にうなぎ上りである、彼女がこの日本に帰国するとなるだけでも大騒ぎになるぐらいのものなので世代を問わずに絶大な人気を誇っている。

「龍之介君はSAORIの出ている映画だったら何が一番好き?」

「(といわれてもあの人はネ申だからwww)・・ローマの休日のリメイク版」

「あれか、結構昔の映画だけど随分と話題になったらしいな。教頭先生は何か知ってますか?」

「人を年寄り扱いするなボケッ!! まぁ、当時としたら話題だったよ。俺も実際に見たけど結構よかった映画だったし」

「やっぱりSAORIは凄いよ。私も頂点に立ちたいな〜」

(宮守はじゃんけんなら頂点目指せるぞwwwwww)

そのまま莢は心の突込みとともに車は夜の街を走り抜けていく・・

743 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/10/10(水) 00:07:33.33 ID:QalNQNGoo
由宇奈と陽痲を無事に送り出してから京香と莢もようやく自分たちの家へと戻るとようやく一息付きながら今日の疲れを取る、始めは少しばかりぎこちなかった莢も今では随分とリラックスしながら自前のノートパソコンを起動して自分の時間にゆとりを持てるようになっていた。

「さてと・・腹減ったか?」

「・・少しだけ」

「んじゃ、軽く作ってやるよ」

そのまま京香はタバコを吸いながらキッチンへ向かうと手馴れた手つきでパパッと料理を作り始める、それに莢を養子にしてから京香もどことなく楽しそうである。

「ほらよ、有り合わせで作ったサラダと昨日作っておいた竜田揚げの残りだ」

「それでは・・いただきます」

いったんパソコンをお休みしながら莢は京香が作ってくれた料理を食べはじめる、京香本人は手抜きといっているものの料理に関してはいつものようにかなりの完成度なので自然と食事が進む。

「ふぅ〜、やっぱり仕事終わりのビールは最高だなおい」

「・・その感覚はよくわからないけど同意はする」

互いにビールを飲みながらささやかな談笑を繰り返す、こうして親子となったからにはこういった会話も結構大事なことなのだ。

「あっ、莢・・食べ方がまだなっていないぞ」

「といわれても・・」

「あのな、食事の作法は結構大事なんだ。これ一つとっても重要だからな」

莢は一人暮らしが長かったせいもあるので食事の作法が少しなっていないようでたびたび京香から指摘されているようだ、なんだかんだ言いつつも要所要所でしっかりと母親をしている京香である。

「仕事をするにしても人とは必ず接していかなきゃいけないからこういった部分は大事なんだよ」

「よくわからない・・」

「ま、今は実感して無くてもそのうちわかるものさ。それよりも宮守と佐方とは仲良くやってるか?」

あれから由宇奈と陽痲とは良好な関係を築いている莢であるが、であった当初に何かしらの出来事があったのは京香も詳細は知らなくともそれなりに把握はしているが、あくまでも当人同士のことなので干渉はせずに見守る方針である。それでも孤独一辺倒だった莢に友人が出来たのはいい傾向なので今後の展開を温かく見守るのも悪くは無いだろう。

「(上手くやっているのかな?wwww)・・なんとか」

「ま、仕事も一緒でクラスも一緒なんだ。希望があれば休みも増やしてやっても良いぞ、未婚教師に嫌がらせされてたら遠慮なく言えよな」

「(ひでぇwwwもう少し労わってやれよwwwwwww)ありがとう」

そのまま京香はタバコを吸いながら暇つぶしにつけてたテレビに視線を移す。丁度この深夜の時間帯には再放送の番組がやっており、そこには先ほど由宇奈たちが話題に上げていたチンク・シャーロット・スズクの姿が映っていた。

744 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/10/10(水) 00:08:57.71 ID:QalNQNGoo
(うはwwww本当に中学生みたいだなwwwww)

「・・しばらく見ないうちに随分とでかくなったもんだな」

「??」

「ああ、テレビに映ってるアイドルのことだよ」

京香は少し懐かしそうにしながらテレビに映るチンク・シャーロット・スズクの姿を見つめ続ける、どうやら彼女とは知り合いの関係のようだが京香の人脈の広さは今に限ったことではないので少し気になった莢は京香に詳細を尋ねる。

「お母さん・・あの人のこと知っているの?」

「知ってるも何も・・あいつはあのクソガキの娘だよ」

「(ちょwwwwwおまwwwwwww)え? もしかして白羽根の校長の・・」

「ああ、そうだよ。昔にあのクソガキから写真見せてもらったり実際に会ったこともある、そういえば前に娘が芸能界に進むとかで大揉めしたって愚痴ってたな」

なんだかんだ言いながらも京香なりに霞とはそこそこの親交もあるみたいで彼女の家庭環境はある程度把握しているようだ。

「ま、あのクソガキは未だに認めてないようだがな。子供の将来なんて自分で決めるんだから好きにさせときゃいいのに・・」

「お母さんは俺がどんな職業になっても大丈夫なの?」

「そりゃ心配はするけど莢が決めた道なら俺は文句は言わねぇよ。子供をしっかりと育てるのが親の務めってもんだ」

京香も莢の身は常に案じてはいるが、束縛はせず時間の経過とともに見守るようだ。それに高校生3人をキャバ嬢に仕立て上げているぐらいなのでちょっとやそっとのことでは驚きはせずに気軽に送り出してくれるだろう。

「もし・・俺が心身ともにボロボロになったら」

「んなこと言うんじゃねぇよ、俺はいつだって莢の味方だ。そうなったら全力で支えてやる」

「ありがとう・・」

これまでの汚い大人たちと違って力強くも包容力のある京香の言葉に莢は自然と安心感を覚えるのであった。

745 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/10/10(水) 00:09:24.29 ID:QalNQNGoo
翌日・教室


「ねぇ、龍之介君」

「・・何?」

時刻は2時限目の終わり・・次の授業は体育なので殆どの生徒は着替えてグランドへと向かっているので莢も着替えようとしたのだが未だに制服姿の由宇奈に声を掛けられる。

「(何を考えてるんだ?wwwww)早く着替えないと授業に遅れてしまうぞ。それとも今日は体調が悪くて見学するのか・・?」

「ううん、体操服もちゃんと持ってきているよ」

そのまま由宇奈はカバンから体操服を取り出すが一向に着替える様子も無く、ニヤニヤとしながら莢をじっと見つめ続けるのでその思惑がわからずに困惑してしまう。

(だったら早く着替えろwwwww体育の先生結構うるさいんだからwwwww)

「このまま・・授業サボっちゃおうか?」

「ちょwwwwwwwww・・・え?」

突拍子の無い由宇奈の言葉に莢は思わず地が出てしまうが、何とか強引に心境を落ち着かせると軽く深呼吸をしながら改めて由宇奈に真意を問いかける。

「言っていることがよくわからないんだけど・・」

「だからさ、たまには授業なんかサボってどこか遊びに行こうよ」

普段の由宇奈では考えられないようなこの言葉に莢は再び唖然としてしまうが、もしかしたら気の迷いかもしれないので慎重に言葉を選びながら由宇奈に問いかける。

「(多分気の迷いだ。どこか調子が悪いんだろjk)・・宮守、調子が悪いなら保健室に」

「もう、龍之介君は鈍チンだね。このままだと埒が明かないし・・じゃんけん一本勝負で決めようか」

(だからなんでそうなるんだwwwwww)

既に拳を振り上げる体制に入っている由宇奈に何を言っても無駄なのだろう、このまま由宇奈を無視して体操服に着替えて授業に向かうというのも一つの選択肢ではあるが・・それをするとどこか痛まれない罪悪感に苛まれる気がしてしまうのでここは敢えて由宇奈との真剣勝負を挑むことにする。

「・・負けたら素直に授業に戻ろう」

「それじゃいくよ〜・・じゃんけん」

(少しは人の話を聞けwwwwww佐方カンバック!!!!!)

残念ながら由宇奈のストッパーである陽痲は一足先にグランドへと向かってしまったので教室には由宇奈と莢しかいない、しかし由宇奈相手にじゃんけん勝負は分が悪いのでここはハンデを申し出る。

「・・10回勝負で一度でも宮守が負けたら授業に戻ろう」

「いいよ。私が勝ったら一緒に遊びに行こうね」

正直由宇奈のじゃんけんの勝率の高さは莢もまだ半信半疑なのでこれぐらいのハンデをつければ勝てる可能性は十分にある。前回のメイド喫茶の一件も偶然の可能性も捨てきれないし、いくら由宇奈がじゃんけんに強かろうとも10回連続で勝ち続けるのはほぼ不可能である。

「それじゃ龍之介君・・いくよ〜!!」

「(ま、10回連続でじゃんけんに勝つなんて無理ゲーだしwwww)・・勝負」

安全策をとった上で果敢にも由宇奈に挑む莢であったが・・それは脆くも崩れ去ることになる。


746 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/10/10(水) 00:10:14.56 ID:QalNQNGoo
休日には人がかなり多い市街地で由宇奈と莢は堂々と制服姿でショッピングモールを巡っていた。休日ならば人の多さはかなりのものであるが、今は平日なのでサラリーマンやOLの姿がちらほらと目立つのでこの時間帯で制服姿の自分たちが少しばかり奇異なものである。

「さて、せっかく学校サボったんだから楽しもうね〜」

(何で10回連続で負けるんだよorz)

あれから安全を考えた上で由宇奈との勝負に挑んだ莢であるが、それをあざ笑うかのように由宇奈は当然のごとく勝ち続けたので約束どおり莢は由宇奈に付き添うことになって必死に隠れながら黒羽根校を抜け出したのである。

「流石の龍之介君でもじゃんけんだったら立場が逆転するね♪」

「(心理戦も通用しないとかチートすぎるわwwwww)・・不覚だった」

改めてじゃんけん限定ではあるが由宇奈への認識を新たにした莢は諦めて由宇奈の行動に従う、ここまできたら今更黒羽根高にも戻れないので付き添うほか無いのだ。

「あっ、この服も可愛いね。龍之介君は女体化してからどんな服着てるの?」

「・・基本的には男のときの流用」

「それじゃ、勿体無いよ。陽太郎と違ってせっかく私よりもいいスタイルで女体化できたんだから、お洒落も楽しもうよ」

「(佐方は二次元が基本の俺にはGJなんだけどwww)と言われても・・」

基本的に莢の服は男のときの流用が大半なのでファッションに関してはあまり興味がないようで貰った給料の大半は自分の趣味であるエロゲーやガンプラなどにつぎ込んでいるので服などはあまり買ってはいない、事実前回の買い物以来は点で服など買っていないのだ。

「だってさ、龍之介君って女の私から見てもかなり綺麗だよ。店でもお客さんの人気はかなり高いし、何度も助けられているし」

「そ、そんなことは・・」

「あまり自分を卑下しちゃダメだよ。自信を持つのも大事なことだしね」

(宮守が言うと説得力あるな、やっぱり佐方のおかげなんだろうが、それでも色んな意味で強いんだろうな・・)

とても有り触れた何気ない言葉であるが、いじめを経験して乗り越えた由宇奈が言うとそれはとても心強いものとなる。

「さてしんみりするのはここまでにして・・じゃんじゃん楽しもうね〜♪」

(でもやっぱりマイペース過ぎるかもwwwww)

それから持ち前の明るさで由宇奈はショッピングモールを始めとして戸惑い気味の莢を文字通りあらゆる場所を連れまわしながらエンジョイする、そしてあらかたの場所を回った後は休憩がてら立ち寄った街のクレープ屋で休憩しながら次の行き先を考える。

747 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/10/10(水) 00:16:05.44 ID:QalNQNGoo
(結構回ったなwwww宮守って本当に明るいんだな)

「さて次はどこに行こうか・・ん? あれって」

「お、おい・・」

次の行き先を考えていた由宇奈の視界にある人物が映ると迷うことなく莢を置いてけぼりにしてクレープ片手に突き進んでいく、その人物とは女性で外見は中学生ぐらいなもののサングラスを掛けながら帽子も被っていたのでかなり目立ちにくい格好であったのだが・・由宇奈はそれにも構わずに女性を引き止めて声を掛け始める。

「あの〜、すみません・・」

「は、はぁ?」

「もしかしてチンク・シャーロット・スズクさんですかッ!!!」

「ゲゲッ!!」

由宇奈に対して明らかな動揺を見せているということは本物のチンク・シャーロット・スズクなのだろう、現に彼女はお忍びでとある理由のためにこの場所へと赴いているのだがその前に一般人である由宇奈に見つかってしまえば元も子もなくなる。

「宮守、その人はいった・・」

「ほらほら龍之介君!! 本物のチンク・シャーロット・スズクだよ!!」

「(ちょwwwww本物のアイドルかよwwwwwww)・・と、とりあえず騒ぎにならずに落ち着いた場所へと移動しよう」

「そうだね、ここなら連さんのお店が近いからそこに行こう。チンクさんもそれでいいですか?」

「(適当にサインあげてあしらっておけばいいか)・・わかった」

彼女にしたら相手は一般人なので適当にサインをして話に付き合ってあげればすぐに収まることだろう、一応事務所の許可を得た上での休暇であるが下手をしてしまえば事務所に迷惑が掛かるのは出来るだけ避けておきたいので適当に相手をするだけで十分である。

「それじゃ、案内しますね。結構目立たない場所なんで大丈夫ですよ」

「・・お気遣いどうも」

(テレビと違って無愛想なアイドルだなおいwwwwww)

人のことは言えない莢である。

748 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/10/10(水) 00:17:21.96 ID:QalNQNGoo
BRA

「それでこっちに来たわけね」

「すみません、開いてもいないのに押しかけてしまって」

「いいのよ、どうせ準備中で暇をもてあましてたから大丈夫。とりあえずいつも通りに出してあげるわね」

(ここって完全に大人のBRAよね・・この娘たち女子高生なのにこんなところに来るなんておかしいわ!! それにいまどきオカマなんて・・)

突然の由宇奈たちの来訪に最初は驚いた連であったが、開店準備中で暇をもてあましてたこともあるので快く出迎えるといつものように手馴れた手つきで酒を作ってものの数分で完成させると由宇奈と莢にお酒を出す。

「どうぞ、由宇奈ちゃんはいつものカシスに莢ちゃんはビールだったわね」

「ありがとうございます。いや〜、この時間にこの格好で連さんのお店に行くのは変な感じがするね」

(というか完全におかしいだろwwwwwwwww)

今ではすっかり酒の味を覚えた由宇奈たちも店が終わったらたまにこうして連の店へと通うようになり、今ではすっかり良い常連客の一員である。

「それで、そちらのアイドルさんは何がお望み?」

「え、えっと・・コーラでお願いします」

「アイドルにしては普通ね。ま、わかったわ」

一応ここはBRAなのでメインは酒であるが、コークハイなどを望む客もいるので普通にコーラなども常備してある。それに客の中にはお酒が全くダメな人間もいるのでそれに合わせるのもちょっとした商売のコツなのだ。

「はい。まじりっけなしのコーラよ」

「ど、どうも・・じゃなくて!! あんたら女子高生でしょうがッ!!!」

「ま、まぁまぁ・・そっちも中学生でアイドルしてるんだからお互い様じゃ」

「こっちはもう二十歳超えてるわよ!!! アッ〜、我慢してたから吸いたくなっちゃったわ」

(おいwwwwアイドルがタバコ吸うなwwwww夢が壊れるわwwwwwwww)

「え? タバコってアイドル的にはよろしくないんじゃ・・」

「いいじゃないの!! アイドルなんてストレス溜まるのよ」

そのままタバコを吸い始めるアイドルの姿に由宇奈は少し画然としてしまう、それにTVで売り出しているキャラとは全然違うのもで昨日京香から言われた生々しい芸能界の現状の話が2人に真実味を当てているようだ。

それにいつの間にか連の姿は無いので彼女はタバコを吸い続けながら話を続ける。

749 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/10/10(水) 00:18:38.36 ID:QalNQNGoo
「まさか、あのチンク・シャーロット・スズクがバリバリの喫煙者なんてショックだよぉ〜・・」

「それと芸名で呼ぶのやめてくんない? 私は小春、藤野 小春(ふじの こはる)よ。全くあのプロデューサも変な芸名を考えてくれたもんよ」

「(アイドルが自分の芸名否定すんなwwwwwwww)・・お母さんの話が嫌に蘇る」

「あら? 杏が連れてくる俳優さんもそんな感じだったわね」

少したじろいでしまう2人だが、連はこういった場面はかなり見慣れているようで動揺もせずにそっと小春のテーブルに灰皿を置くと自身も酒を飲みながら状況を観察し始める。

「やっぱりタバコは最高ね、アイドルしてると欠かせないわ。・・んであんたらもただの女子高生じゃないわよね、黙っててあげるから教えなさい」

「(やべぇwwwwなんか勘付いてるぞこのアイドルwwwww)・・それはちょっと」

「学校サボってるただの女子高生が酒飲んでるほうがあり得ないでしょ。まぁ、こっちも若い頃は色々やって親に迷惑を掛けてたから人のことはどうこう言えないんだけどね」

タバコを吸いながら小春は2人に興味を示したのか、徐々に素を出しながら自分のことを話し始める。何せ彼女自身もそこまで散々親に迷惑を掛けてきた身なので少々の後ろめたいことなど手馴れている、そもそも彼女がアイドルになったきっかけも学校サボってスカウトされたのがきっかけで芸能界に飛び込んだので多少のことなら驚きはしない。

「ま、無理にとはいわないけど・・」

「・・どうする?」

「大丈夫な気がすると思う。ま、そのときはそのときだよ・・えっとですね、実は私たちは」

意を決した由宇奈は小春に自分たちのありのままの現状を話し始める、彼女はアイドルという仮面をはぎ捨てて自分たちに接してくれているのだからなのもあるが、由宇奈の直感が彼女は信頼できると感じたのだ。由宇奈から全ての話を聞き終えた小春はタバコを吸いながらも流石に少し絶句してしまう、いくら芸能界広しといえども高校生ながら水商売をしていたなど聞いたこともなく前代未聞のことである。

「というわけなんです。・・信じてもらえましたか?」

「あっ・・あり得ないわね。と、とりあえず約束だから黙っておいてあげるけど・・女子高生の身分でキャバ嬢とか本当にあるのね」

「あんまり驚かないんですね」

「まぁね、昔そういった話聞いたことあるし・・」

「・・」

普通ならこういう話をされたら信じる人間などまずいないのだが、小春に限っては2人の話を否定するわけでもなく少しばかり驚きを見せて関心を示すだけである。由宇奈は少し意外そうな反応であるが莢は京香が語ってくれた話を確かめるために更に別の話を振る。

750 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/10/10(水) 00:20:21.06 ID:QalNQNGoo
「あの・・白羽根学園の校長先生ってご存知ですか?」

「!? ど、どうして私にそんなこと聞くの・・」

(この明らかな動揺ぶり・・わかりやすいなもうwwwwww)

「そうだよ!! 小春さんと白羽根学園の校長に何の関係が・・」

小春の動揺ぶりで莢は京香から聞かされた話しが真実だと把握すると先ほどの反応の理由も納得がいく、同じく動揺している由宇奈にも説明するために話を続ける。

「・・彼女は白羽根学園の校長の実の娘。だから俺たちについても否定せずに聞いてくれている」

「でもそんなことって・・」

「もうっ!! 何で知っているのよッ!!! その通り、私の母親は白羽根学園の校長よ。これで満足したッ!!」

余程聞かれたくなかったのか、小春は強引に灰皿にタバコをもみ消すと新しいタバコを一本取り出して強引に吸い始めるが・・どうやら態度から見る限り親子間の仲は相当悪いようで少し苛立ちながら小春はこれまでの経緯を語り始める。

「全く、娘が芸能界に入りたいって言ったらすぐに応援するのが母親ってものなのに真っ先に反対した挙句に“あんたはまだまだ子供だからそれは早い!!”って言い出してそこから大喧嘩・・半ば強引に飛び出したもんだからあれから家にも帰ってないし連絡も取ってないわ。

それにしても自分だって見た目が小学生なのに何が子供よッ!! 昔から姉妹に間違えられるから思い出しただけでも余計に腹が立つわッ!!!!!!!」

(お前も見た目がまんま中学生だろうがwwwwwww)

「で、でも・・普段は都心である他県で活躍しているのにどうしてここに?」

「別に・・ほらなんか適当なものがあったら出しなさい。サイン書いてあげるわ」

「あ、はい・・」

実親である霞の話題を出されて機嫌が悪くなった小春は2人から適当に教科書を取り上げるとタバコを吸いながら手馴れた手つきでサインを書いていくが、教科書に挟まれた京香の筆跡のあるメモが視線に入るとようやく全てを悟ったようでそのまま教科書を2人に返すと万札2枚を机の上に置いて帰り支度を整える。

「どうやらあんた達は姐さんと知り合いみたいだから、その好でここの飲み代は出してあげる。私のことがわかったのも納得したわ」

「あ、あの!! ・・こんなこと言っちゃダメなのはわかってるんですけど、今でもお母さんはきっと小春さんのことを心配していると思うんです。

・・それぐらい両親の存在って大きいものだと思うんです」

「フ、フンッ!! そそっ、そんなこと年下のガキんちょに言われなくてもわかってるわよッ!! こっちはもう大人なんですからねッ!!!」

(ツンデレ乙www)

そのまま小春はテンプレ通りの台詞を言い残すと慌てるように立ち去るのであった。
751 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/10/10(水) 00:23:32.99 ID:QalNQNGoo
小春が去ったのと同時にようやく連が裏口から店の中へと戻ってくる、どうやら業者とのやり取りがあったらしく自分の酒を飲みながらテーブルの上にあった万札2枚に視線を向ける。

「遅くなってごめんね♪ あら、例のアイドルは帰っちゃったの」

「ええ、ついさっき・・何だかアイドルって感じがしませんでした」

(TVのキャラと違うわ、堂々とタバコ吸うアイドルなんか見たくないしなwwwwwwwwwしかしお母さんと知り合いだったんだな、後で機会があったら聞いてみよう)

どうやら小春と京香は莢の予想以上に仲の良い関係のようなので帰ったら京香に詳細を聞いてみてもいいかもしれない、そのままビールを一気に飲み干すといつものように携帯をいじりながら久々のチャットを開始する。

ryu:ういすーwww

kimi:おいすwww

ryu:前回は中の人が入れ替わって吹いたわwwww

kimi:あれはな・・油断したお

ryu:前に写真見せてくれた娘かい?

kimi:そうそうwwwおかげでこってり絞られたZE☆

ryu:wwwwwwこっちも忙しいからエロゲーやガンプラが溜まってるお

kimi:そういやガンプラ作ってるんだっけか。今は何を作ってるの?

ryu:ZプラスA型、まだ仮組み終わってる段階だからこっから本番

kimi:C型じゃないのか。しかしZプラスとは渋いMSをwwww

ryu:一応アムロ使用にするつもり完成したら見せてやんよ

kimi:wktk。前回の陸ガンには感動した

ryu:あれは久々に本気出した、ジオラマや電飾など結構予算と時間掛かったから個人的にも思い入れが強いわ。今回のZプラスは普通に塗装して終了する予定、電飾やジオラマする時間と予算と場所はもう無いからなorz

こんな感じで莢はいつものように状況を見ながらゆっくりとチャット進めていく、莢の唯一の趣味がこのガンプラ作りで塗装を始めとして今では凝りに凝ってジオラマや電飾にまで手を出しているぐらいで以前にその手のサイトに投稿したときはかなりの話題になったほどである。

752 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/10/10(水) 00:24:32.08 ID:QalNQNGoo
「ま、アイドルにも色々あるんでしょう。それにしても杏や陽痲ちゃんがいないのも変な感じね」

「アハハ、今頃学校にいますよ」

「(後が怖いけど仕方ない><)・・だけど少し変な気分」

「学校サボった上にこうしてお酒を飲めるのは贅沢すぎるわね。ま、私は開店前のいい暇つぶしになるからいいんだけど」

そのまま連は2人の空いたグラスに再びお酒を作り始めて黙って2人に差し出す、連からすれば2人はまだまだ子供同然なので可愛いものである。

「そういえば莢ちゃんは杏とは普段どんな感じなの?」

「・・普通。一緒にご飯食べたりしている、仕事が少し忙しいからなかなか時間が取れない」

「杏も相変わらずの仕事熱心振りね〜。でも莢ちゃんがしっかり支えてあげなさい、ああ見えて繊細なところあるのよ」

「(全然想像付かないんだがwwwwwww)は、はぁ・・」

言葉の真意がわからず莢は少しきょとんとしてしまうが、いつも強気で人に弱みなど決して見せない京香にそういったところがあるのはあまり想像は付かないものだ。

「そういえば2人はキャバをこのまま続けるつもりなの?」

「う〜ん・・私は保育士の資格を取ってそっち関係の仕事をしようかなって考えてますよ、子供は大好きですし」

「(確かにいつもほんわかしている宮守にはピッタリだwwwww)少し意外・・」

「従兄弟が大家族だから人手が足りないときは時々面倒見てたりしているよ。みんな素直で可愛いからね〜」

由宇奈の従兄弟はそれなりの大家族なのでよく暇になれば陽痲を連れ出したりしながらその手伝いをしているようだ、そんなこともあってか自然と子供の面倒には手馴れているようなので将来は大学に進学して保育士を目指すつもりである。

「確かに由宇奈ちゃんにはピッタリかもね。莢ちゃんはどうなの?」

「(といわれても考えてないからなwwwwwww)まだ・・」

「ええっ! 龍之介君は頭が良いんだから勿体無いよ〜」

「やりたいことが見えないから・・」

現段階で進路が固まっているのは将来の夢が決まっている由宇奈と陽痲なのだが、莢は未だに何をしたいのかがよくわからないようで進路に関してもなかなか答えが出ていない、莢のこれまでの成績を考えたら非常に勿体無い話であるが本人がまだその段階ではないのでこればかりは時間の経過を待つしかない。

「でも陽痲ちゃんはともかくとして由宇奈ちゃんも自分の将来を考えてたのは意外ね」

「エヘヘヘ・・これでもしっかりと将来考えてるんですよ」

(でも宮守は水商売では全く新しい人間だからどうなるかも見ものなんだけどなwww)

京香ほどではないが莢も由宇奈に関してはこの業界から引きあがるのは少し惜しい気もしてしまう、客も徐々に増やしながらこの仕事を楽しそうにこなして行く由宇奈の姿は眩しいものだ。そんなことを考えながら莢は携帯をいじり続ける。

753 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/10/10(水) 00:25:09.73 ID:QalNQNGoo
ryu:早くガンプラにも手を付けたいしエロゲーもやりたいお。だけど遊ぶことも考えたら辛い選択だお

kimi:このリア充め爆ぜろwwwてか前に話していたやつ?

ryu;そうそうwww1人は貧乳だから2次元では美味しいスペック

kimi:うpうp

ryu:できるかwwwww画像ねーよwwwwwwwwww

kimi:mjk

ryu:画像が手に入ったらこっそりうpしてやんよ。・・あっ、前に撮ったプリがあったわwwww

kimi:ktkr

ryu:ちょっと待ってろ

どうやら前回由宇奈と撮ったプリクラが携帯に保存されていたようで莢は迷わず携帯をいじり始めると即座に画像を表示する。

ryu:ほら

kimi:・・どこのお嬢さんですか?

ryu:普通に俺と友人の1人だwwww前に俺の画像見せてやったろwwwwwww

kimi:普通に可愛いじゃないか畜生wwwwwww

ryu:これが凄い天然でな。今でも横にいるが何考えてるか全くわからんwwwwwwwww

kimi;あ、前に言ってた告った娘か〜。普通に楽しそうだなww

ryu:それ言うなwwwちょっと気にしてるんだからwwww

ぶっちゃけ莢からすれば由宇奈にはあのときの告白以降のことを考えたら複雑な心境である。あの時は何とか考え抜いた末に断ったものの、だんだん由宇奈と過ごしていくうちにだんだんと気持ちがぶれ始めているのだ。

(・・宮守って本当にいい娘なんだな、あの時に俺が速攻で告白を受けていたらどうなっていたのだろうか?)

「? どうしたの龍之介君」

「い、いや・・なんでもない」

突然の由宇奈の言葉に莢は迷った心をかき消すかのように目の前に置いてあったビールを一気に飲み干す、こういう場合は酒の力で紛らわせたくなるものだ。

754 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/10/10(水) 00:25:19.51 ID:QalNQNGoo
「・・バーボンロックで」

「あら、莢ちゃんがここまで飲むなんて珍しいわね」

「今日は出勤じゃないけどあまり無理しないほうが・・」

「ちょっと飲みたい気分」

「はいはい、ちょっと待っててね」

連はそのままバーボンを用意してグラスに注ぎ始めるが、僅かながら水を入れてアルコール濃度を薄めるとそれを莢に差し出す。由宇奈も普段とは違う莢の様子に少し驚きながらもどうして良いのかわからずに見守るほか無い、莢は酒を飲みながら最後に携帯をいじり始める。

ryu:悪い、ちょっと落ちるわ

kimi:? どうしたんだwww

ryu:ちょっと酒が入ったからチャットできる雰囲気じゃないんだよwwwんじゃなwwww

kimi:不良娘めwwwま、こっちも授業中だからまた後でなwww

ryu:乙

kimi:乙

強引にチャットを終わらせた莢はそのまま黙って酒を飲み続ける、このまま由宇奈の顔を見てると複雑すぎる心境に押しつぶされてしまいそうなので酒を飲んでキッパリと消し去りたい。

「ま、莢ちゃんにしては杏を髣髴とさせる良い飲みっぷりね」

「連さんも煽らないでくださいよ。龍之介君、大丈夫?」

「・・問題ない」

「若いって良いわね。だけどそろそろ開店時間だからお家で続きして頂戴、お金はあのアイドルが置いて行ってくれた分で十分だから」

今の由宇奈たちは完全な制服姿なのでこの状態が誰かに見られるだけでもまずい上に連としても営業にも関わるので退散してもらいたい、それに時間的にもそろそろ夜の店が本格化するころあいなのでここで潮時である。莢は少し名残惜しそうに酒を見つめながら渋々由宇奈とともに荷物をまとめる。

「・・仕方ない」

「連さん、今度は教頭先生と陽太郎連れてきますね〜」

「はいはい、いつでも待っているわよ」

「それじゃ続きは龍之介君の家で飲もうか」

「わかった・・」

2人は連の店を後にするとそのままほろ酔い気分で莢の家である京香のマンションへと向かうのであった。
755 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/10/10(水) 00:28:30.00 ID:QalNQNGoo
制服姿に違わぬ酒臭さをところせましにぷんぷんさせながら2人は京香のマンションへとたどり着いてそのまま部屋へと入っていく、不思議なことに京香はまだ帰宅していないようで普段とは違ってがらんとした部屋の中で莢は由宇奈をリビングでくつろがせるとそのまま冷蔵庫からグラスと酒を取り出しながら酔いが回っているのか少しばかりぎこちない手つきで自分の分と由宇奈の分を何とか注ぎながらお盆に氷と酒のボトルごと運ぶ。

「・・どうぞ」

「ありがとう。龍之介君少しふらついているようだけど大丈夫?」

「少し酔っただけだから大丈夫。・・それじゃ乾杯」

「う、うん・・乾杯」

由宇奈は普段とは違う莢の様子に少し心配げになりながらも淹れてもらったチューハイを片手に莢と杯を交わす、対する莢はブランデーをロックで飲み続ける。

「2人で遊んで以来だね、龍之介君といるのは」

「ああ、そうだな・・」

「いつも陽太郎と3人だったから少し変な感じだね」

「・・」

淡々と由宇奈中心に会話が進んでいくが、未だに心がもやもやとしている莢は返す言葉がなかなか思いつかない・・気まずさを黙々と酒で打ち消す莢に由宇奈は場をつなげるために会話をとめることは無い。

「また時間があったら一緒に遊びたいよね。今度はどこに行こうか?」

「・・宮守は」

「ん?」

「宮守はまだ俺のことが・・好きなのか?」

珍しく酔いが回った莢はとんでもない発言をするが、ただの冗談かと思った由宇奈はいつもの調子で笑いながらチューハイを飲み続ける。

「やだなぁ〜、もちろん友達なんだから好きに決まってるじゃん」

「・・それはlikeな方か?」

「う、うん・・龍之介君やっぱり大丈夫?」

明らかに様子が違う莢に由宇奈は内心戸惑いながら動向を確かめる。正直由宇奈もあれからは莢のことは踏ん切りを付けて友人として接してきたつもりだが、あのときの莢の言葉を考えたら心の奥底にある忘却の深に眠っていたかっての淡い想いが蘇ってしまう、今の由宇奈には莢の真意がわからない・・

「大丈夫? 連さんの店でも途中から強いお酒飲んでたからあまり無理しないほうが・・」

「・・これぐらいが丁度良いんだ。もし俺が宮守のことがlikeじゃなくてloveで好きだったらどうする?」

「えっ、ええ・・よくわからないよ」

珍しく敢えて言葉をはぐらかす由宇奈であるが、内心は心臓バクバクで動きもピタリと停止してしまう。何せ由宇奈は陽痲に慰めてもらいながら何とか自分の想いに踏ん切りを付けたはずなのにこうしてまた再びあの時のような緊張感と衝動感が混じり合って素直に莢の顔が見れなくなっている。

「もう変な冗談はやめてよ。やっぱり少し酔っ払ってるからお水飲もう」

「宮守、自分勝手な言い訳なのは重々承知だ。・・俺はlikeじゃなくてloveでお前が好きだ」

「えっと・・龍之介君? やっぱりお水飲んだほうが―――」

由宇奈がお水を作ろうとしたその刹那――莢は猛獣の如き素早さで一気に由宇奈の身体を抱き寄せると有無を言わさずにその唇を奪う、その大胆以上の行動に由宇奈は意識が遠のいて頭が真っ白になりながら為す術も無く身を委ねてしまうが・・だんだんと意識を取り戻して改めて莢の顔を直視すると心よりも先に火照った身体が反応を示す。
756 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) [sage saga]:2012/10/10(水) 00:31:07.98 ID:QalNQNGoo
切りのいいところで少し離脱〜
投下があるならwktkしながら待機します
757 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/10/10(水) 01:59:21.14 ID:QalNQNGoo
「んっ…はぁっ……」

「宮守……ごめんっ!」

「………よ」

「え?」

「いいよ、初めてのキスだったけど……何だか踏ん切りがついちゃった♪」

いつものように天真爛漫の笑みを見せる由宇奈であるが、莢はその姿がたまらなく美しく愛おしささえ感じてしまう。少しの静寂が流れる中で今度は由宇奈が行動を起こす、先ほどの莢とは違ってそっと髪を撫でながら優しい手つきで莢の身体を抱き寄せると静かに唇を塞ぐ――

「……っ」

「ふぁ…っ……んっ…」

莢がしたのはほんのキス…しかし由宇奈がしてるのは互いの舌を絡ませたディープキス、いやらしくも甘美で濃厚なお互いの味に酔いしれながら火照った身体は更に加熱する。

「龍之介君…」

「…莢って呼んで」

「莢ちゃん。……ベッドに行こうか」

お互いに酒を飲み干して莢の部屋へと向かう、もうここまで来たら2人をせき止めるものなど何も無い……服を脱いで文字通りの裸になったまま、ベッドの上で2人はお互いの姿をまじまじと直視しているがそんな光景に由宇奈は思わず笑ってしまう。

758 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/10/10(水) 02:00:36.90 ID:QalNQNGoo
「何だか変な感じだね。りゅ…じゃなかった、莢ちゃんは相変わらずスタイルが良いね」

「恥ずかしい…」

「ここまで来たらお互いに言いっこなしだよ。……初めてだけどよろしくお願いします」

「こ、こちらこそ……元男だけど優しくする」

「女体化してるのに変な……――んっ」

最初に動いたのは莢、今度は軽くキスをしながら同人やエロゲーの光景を必死で脳内に思い出しながら首元から耳元に掛けて舌を動かしつつ、程よく膨らんでいる由宇奈の乳房を揉みながら身体の感触を確かめ始める。

「はぁ…っ……あ………」

(柔らかくてスベスベの肌の感触。そして程よい形のおっぱい…これが宮守の身体か)

「あ…っ……ん……」

丁寧にかつ繊細に由宇奈の身体を確かめながら体勢を移動して舌で乳首を責めつつ、右手で小陰唇を触り始めてゆっくりと中指から薬指を少しずつ丁寧に探るようにしながら膣へと入れ始めるとここで由宇奈の声が艶めいて喘ぎだす。

「ふぁ……っ!! んっ……あぁぁあ!!」

「…気持ちいいのか?」

「う、うん……自分で…するよりかは……んっ!!」

同時に莢は立っていた由宇奈の乳首を指で撫でると僅かな震えを肌で感じると同時に責めていた小陰唇から手先の感覚で由宇奈のクリトリスを引き当てると過敏に責め続ける。由宇奈の喘ぎ声は更に勢いを増して部屋中に響き渡ると莢はすかさず乳首を甘噛みしながら小陰唇を責めていた右手を引き抜くと膣をまさぐるように責めていた中指と薬指が濡れているのを目にする。

「はぁっ……」

「…濡れている、感じているのか?」

「もっとぉ……っ! 莢ちゃん…やめない…で…ぇ……」

由宇奈が完全に感じていると判断した莢は今度は直接由宇奈の小陰唇に舌を入れて空いた左手で乳房を揉み、立っている乳首を果敢に責める。

(これが女の…漫画やエロゲーでよく見てるけど色が全然違うな)

「あっ、んっ……!! ふぁ…ひ、あぁぁ……ぉ…い、いい……よ…ぉ…」

まるで手に取るかのように莢は由宇奈の小陰唇から舌を膣に入れながら溢れ出る甘くも少し酸っぱい愛液を丹念に嘗め回しながら右手で時々勃起っているクリトリスを抓る、しばらく行為が続くなかでようやく由宇奈は身体中に稲妻のような衝撃が走り続ける中でついにそれに耐え切れなくなったのかこれまでで一番大きい声を上げる。

「んァ…ッ!! さ…や…ちゃ……んっ! だ、だめ……イっちゃ…うっ!! んあああぁぁぁぁあああ……ッ!!!」

拳を握り締めながら由宇奈の小陰唇からはこれまでにもない大量の愛液が流れ出ると一部が莢の顔に付着する、莢は唇に付いた由宇奈の愛液を少し舐めると甘酸っぱくもしっかりと由宇奈の“味”がしっかりとした。そのまま目がトロンと半開きになって恍惚の表情を浮かべている由宇奈の姿にたまらない感覚を覚えた莢はすかさず唇を合わせ、唾液を通して由宇奈に自分の味を確かめさせる。

759 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/10/10(水) 02:01:03.35 ID:QalNQNGoo
「ふ…ぁ……はぁ…はぁ……」

「…これが宮守の味。どう?」

「自分で言うのもあれだけど、何だかしょっぱいね……でもね、莢ちゃん」

「?」

「……宮守なんて他人行儀だよっ!!」

今度は形成を逆転して由宇奈が莢の身体に飛び掛ると今度はいきなり慣れた手つきで自分よりも大きい莢の胸を揉みつつ、小陰唇に右手を掛けて丹念に莢を責めながら丁度良いタイミングで責めていた手を休める。

「ん…ぁ……何…これ……?」

「ちゃんと“由宇奈”って呼んで……さもないと!!」

「やっ……んんっ!!」

責めと止め……テクニカルな手つきで莢の小陰唇をリズミカルに責めながら由宇奈はまるで恋人に話すように優しくも妖艶な声で感じ続けている莢に何度も問いかける。

「ほらほら!!」

「あ……ぁ…っ! ゆ…う……なぁ……ッ!!」

「よく出来ました♪」

一旦由宇奈は手を休めるが今にも息が切れ切れで少し顔を背けている莢の姿が可愛くて仕方が無い、対する莢は男の時とはまた違った別の感覚に純粋な新鮮味を身体で感じながら搾り取るような微かな声で由宇奈に問いかける。

「な…んで……」

「ゴメンゴメン。でも莢ちゃんの感じている声……とっても可愛かったよ♪」

「意地…悪……っ…」

そのまま軽く莢にキスをしながらここで由宇奈は本領を発揮して先ほどの莢とはまた違った責め方をはじめる、小陰唇を手軽くスナップを効かすように一定の要領で責め続けながら首筋や胸を集中的に舐め続けながら莢の身体中といった身体中を調べ上げて体勢も細かく変えつつ、最も感じているところを探しながら責め続ける。

「んぁ…ッ!! ふぁ…ぁ……はぁ…んっ……」

「莢ちゃん、気持ちいい?」

「…っ……ぁ……いい…よ…ぉ…ッ!!」

「可愛いよ、莢ちゃん……キスしたい」

そのまま由宇奈は莢の唇を丹念に奪いながらディープキスを堪能する、普段は無口で無表情の莢が自分だけにこんな表情(かお)をしてくれるのを見ていると独占欲が自然と沸いてくる。

「はぁ…はぁ……由宇奈ぁ……」

「莢ちゃん、私もぉ…」

今度は何も言わずにお互いに本能でシックスナインの体勢に代わりながら互いの小陰唇を舌で責め始めると同時に身体中から感じる火照りが最高潮に達しながら同時にお互いの顔に愛液をぶちまける。
760 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/10/10(水) 02:01:27.95 ID:QalNQNGoo

「「あぁ…ッ!! んあぁぁあ…っ……!!」」

「さ、や…ちゃ…ん?」

「んっ……」

再びキスを通してお互いの唾液で混じり合った愛液の味を確かめ合いながら今度は互いの小陰唇を右手で弄りながら火照った身体は更に熱くなり、感度も更に敏感になって自然と喘ぎ声を上げながらお互いの身体を貪るように求め続ける。

「あぁ…っ…」

「ふ…ぅ……!」

初めての行為なのに本能が覚えているのか、2人は体勢を変えながら何度も何度も絶頂を迎えて愛液と唾液で身体がベトベトになりつつも獣のように心を求めながら感度を確かめ合う。幾度かの時間が流れてお互いに息が絶え絶えになりながらここで莢は何かを思い出したかのように机の引き出しを探し始める。

(確かここに…あった!)

「莢ちゃん、どうしたの? ……って、何それ?」

莢が引き出しから取り出したのは以前に男時代でノリで祈美から貰った最新性のペニパンを取り出すと迷いも無く履きだすと戸惑う由宇奈に惜しげもなく男時代に失ったそれを見せ付ける。

「男時代に知り合いから貰ったもの……これで由宇奈の処女を貰う」

「うわぁ…作り物なのに凄いんだね。莢ちゃんが男だった時もそんな感じだったの?」

「…大体こんな感じだった。男の時じゃないのが残念だけど」

「ううん。私もそれを付ければ莢ちゃんの処女が奪えるからお互い様だよ……それじゃ恋人らしくこんな感じで」

おもむろに由宇奈は擬似的に作り出された男の象徴であるペニスを丁寧に舐め始めるが、それと同時に莢に女体化して二度とあり得なかったある懐かしい感覚が身体を通じてダイレクトに蘇る。

「うわ…ッ!! くググ…ッ…!!」

「どうしたの? まさか…感じているの!?」

「ど、どうや…ら……そう…らし…い……もっ…と…つ、続け…て…っ…」

祈美が渡したこの最新鋭のペニパンは履くだけで性器を通じで直接感覚が伝わるという優れもので裏筋や尿道など男が感じてしまうところは勿論のことで、なんと擬似的にはあるが精液が出るというとんでもない代物である、そもそもこの商品が開発されたきっかけは女体化で女性のカップルが増えたためにその需要に応えて試作に試作を重ねながら開発された代物である。

なぜ祈美が男だった莢にこのような代物を送ったのかは謎であるが、何にせよ2人が愛し合えることには変わりないので由宇奈は懸命に擬似ペニスを丹念に舐めながらぎこちないながらも莢を翻弄する。

「ゆ、ゆう…な……お、俺もう……!!」

「まだダメだよ。莢ちゃん……さ、来て」

そのまま由宇奈はベッドで絶好の体勢になりながらついに莢を本格的に求め始める、既にイク寸前だったところを由宇奈に止められた莢は男時代を思い出したかのように必死に擬似ペニスを由宇奈の小陰唇に合わせながら一気に処女膜を破って挿入する、由宇奈はこれ以上の無い快楽と同時に処女膜が破れたことによる激痛が走る。

761 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/10/10(水) 02:01:55.13 ID:QalNQNGoo
「痛ッ…!」

「由宇奈……!!」

「だ、大丈夫……」

「ゆっくり動く…」

遂に由宇奈の膣内へと挿入を果たした莢であるが、何とかイキかける身体を気合で制御しながら正常位のままゆっくりと慎重に腰を動かしていくと徐々に言葉にも出来ない気持ち良さが下半身を始めとして瞬時に身体全体に伝わると本能が覚えていたのか一心不乱に腰を振り続ける。

「あ…ぁ!! イイよ……んぁっ!!」

「由宇奈ぁ…すっごい気持ち良いよ……」

「わた……ああんッ!! そこッ!! すっごくイイッ!!!」

そのまま莢は身体が慣れてきたのか、正常位を始めとして様々な体位で由宇奈を犯し始めると部屋中からは由宇奈の喘ぎ声が所狭しと響き、それが莢の本能を刺激しているのか莢は再び正常位に戻ると空いた右手で立っていた乳首を責めたとたんに再び由宇奈が喘ぐ。

「ち、乳首ぃ……感…じる…よ…ぉ……んんッ!!」

「ハァハァ…ゆ、由宇奈。もう限界だ……ッ!!」

「さ…や……ちゃ…ん……一緒に……ッ!」

「うあぁぁあっ……!!」

由宇奈と同時に莢も果てたようで激しい息遣いをしたまま莢は由宇奈に重なるように倒れながらゆっくりと擬似ペニスを引き抜くと由宇奈の小陰唇からは作り物であろう精液が処女膜を破いた血と愛液が混じりながら膣内から流れ出る。

「ハァハァ……」

「私の処女…莢ちゃんに捧げちゃった……」

「…嫌だった?」

「ううん。好きな人に捧げられてとっても嬉しい…」

そのまま互いにキスをしながら今度は由宇奈がペニパンを装着し始めるながら先ほどとは逆に莢に処女を貫いて少し血と愛液がべっとりとしている逞しいイチモツを見せ付ける。

762 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/10/10(水) 02:02:26.93 ID:QalNQNGoo
「へぇ〜、男の子ってこんな感じなんだ。どうかな莢ちゃん」

「何だか複雑…」

「さてこのままじゃ挿入れられないね。…莢、綺麗に舐め取ってくれるかな」

「…元男を侮ってはいけない」

これまで由宇奈に翻弄されっぱなしだった莢も今度は立場が逆になる、これまでのオナニーで培った黄金の右手による手コキで擬似ペニスをしごき上げながら丹念な舌使いで自分が男の時に感じていた場所を徹底的に攻めながら綺麗に舐めとる。

「ひぐっ!! お、男の子ってこんな……感…じ…なんだ…ね……っ」

「まだこれは序の口。今度はこれ…」

今度は莢は女体化してからの豊満な胸で擬似ペニスを挟むとパイズリをしながら亀頭を舌で巧みに責める、擬似的とはいっても慣れない男の感覚に戸惑う由宇奈にこれは更なる刺激を与え続ける。

「ああっ…ん………ず、ずるい…よ…ぉ……」

「気持ちいい?」

「ん…ぁ……わ、私じ…ゃ……でき…ない…も…んね……っ! んあぁぁあ!! な、何か出ちゃうッ!!」

莢のパイズリと巧みな舌使いで慣れない男の感触なので由宇奈がイってしまうのは無理も無かった、擬似ペニスから放たれた擬似の精液は莢の胸を中心に掛かる。

「…作り物にしては精巧」

「ハァハァ…男の子も色んな意味で凄いんだね。陽太郎もこんなんだったんだなぁ」

不意に由宇奈は陽痲の名前を出してしまうが、その言葉に妙に反応してしまった莢は擬似ペニスを程よい圧力で握ると絶頂したばかりの由宇奈は過敏に反応してしまう。

「ひッ…ぁ……」

「……」

「も、もしかして嫉妬してる…?」

無表情ながらもペニスを握る莢に由宇奈は先ほどの言葉の危うさに気がつくとそのまま指で莢の小陰唇の感度を確かめてばっちりと濡れていることに気がつくが思わぬ由宇奈の行動に莢は握っていた手を離してしまう。

「ッ…」

「感度はOKって奴だね。…大丈夫、陽太郎とはただの友達。こんなことをするのは莢ちゃんだけだよ」

少し拗ね気味の莢を優しく悟りながら由宇奈も体勢を整えて遂に莢の処女を破爪する準備に入る、莢のときと同じように2人の間に少しの緊張が流れるが…由宇奈は優しく莢の髪を撫でながら緊張を緩和する。

「由宇奈…いいよ」

「今は私が男だと思って身を委ねてね。…行くよ、莢」

由宇奈は一気に擬似ペニスを莢の小陰唇から膣内に一気に入れる、今度は莢が新たな快楽と同時に先ほどの由宇奈と同じように破爪の激痛が走る。

763 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/10/10(水) 02:03:13.86 ID:QalNQNGoo
「痛い…んっ!」

「ふぁ……んんっ……これで痛みは…和ら…げ…た…?」

激痛に顔を歪める莢に由宇奈は溜まらずにキスをして自身の快楽をある程度誤魔化しながらゆっくりと腰を動かしていくが、純粋な女の由宇奈ではどうも感覚がつかめないのか多少苦労しながらも先ほどの莢の動きを思い出しながら一気に腰を動かしていくと一気に莢の膣内が締め付けられて先ほどの射精の感覚に陥ってしまうが出来るだけ堪える。

「は…ぁ……んっ…」

「い、イイよ……そのま…ま…こ…し……を―――!!! んんぁッ…!!」

莢の言葉に呼応するかのように由宇奈は一気に腰を動かしながら莢の子宮目掛けて突きに突きまくる。莢も由宇奈が一気に動き始めるものだから最初は痛みが断続的に走ったものの、だんだんと身体が慣れてきたのか徐々に痛みとは別の気持ちよさが身体中を駆け巡る。

「あ…っ!! ゆ…ぅ…なぁ……」

「気持ち…良すぎて……腰…止ま…らない…よぉ……」

互いの身体も慣れたことで由宇奈も様々な体位を施しながら莢を徹底的に犯していく、それに由宇奈がそそられるのは快楽とは別に莢のその表情で独占欲が更に募る。

「んぁ…っ…」

「も、ぅ……」

「一緒に……イこう…ッ――!!」

「んあぁぁああ!! 莢ちゃぁん!!!」

こうして由宇奈も惜しげもなく莢の膣内で果てると互いに荒い息遣いのまま由宇奈は繋がったまま莢の身体に覆いかぶさるように倒れる、莢もまた激しかった快楽の余韻を残しながら今度は由宇奈の髪をそっと撫でる。

「私たち…繋がったんだね……」

「ああ…」

「もう恋人だね」

「うん…」

最後のキスは恋人としての証……2人はそのまま疲れたのか繋がったまま眠り続けるのであった。




764 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/10/10(水) 02:09:05.45 ID:QalNQNGoo
時間は一気に飛んで翌日のお昼・・京香はタバコを吸いながらお昼休みを利用して郊外のレストランである人物を待ち続けていたが・・珍しくその表情はどこか優れずにタバコの本数だけがただ増えていくばかりである。

「ハァ・・」

「お待たせ、京香。待たしちゃってゴメンね・・」

「別に構わねぇよ・・」

京香が待ち続けていたのは例にも漏れずにロリっ娘校長の霞であったが、京香と同じようにその表情は優れずに歳相応の悲哀を醸し出している。一応2人とも名目上は交友祭の打ち合わせということで学校を抜け出しているのだが実際は違う。偶然にも京香と霞はそれぞれ別件であるが、昨日似たようなことで精神的に参ったことがあったようで師弟揃っての愚痴の潰しあいがこの食事会の本当の目的である。現にいつもなら京香のタバコを注意している霞も何ら言わないし、京香も京香で霞に会ったとたんに開口一発加えているのがいつもの風景であるが・・何も言わずにただ見守っていた。

「どうしたの? 久々に先生が相談に乗るわよ・・」

「うるせぇよ。てめぇだってかっての生徒を信頼するのが教師の務めだろ、クソガキ・・」

「「ハァ・・」」

似たもの同士というか、勝手の師弟愛が為せる業というべきか・・2人同時にため息が出ているので傍から見れば面白い光景であるが、性格や立場上から人に滅多に弱みを見せない当人同士がため息を同時にする光景など滅多に見られないだろう。

765 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/10/10(水) 02:09:37.32 ID:QalNQNGoo
「・・何か言えよ」

「いいのよ、先生はいつだって京香の味方よ」

「亀の甲より年の功だろ。・・愚痴ぐらいなら聞いてやる」

2人とも時間は限られている身分なので結局この場は京香に押される形で霞が盛大なため息を吐きながら昨日の事情を話し始める。

「・・昨日ね、春ちゃんが久々に実家に帰ってきたの」

「へぇ・・あの悪ガキがね」

「全部あんたの影響でしょ。・・でね、アイドルするために私と揉めた上に喧嘩して飛び出したのは京香も知っていると思うけど、妙にたおやかでね。本当は素直にお帰りって言ってあげるべきなんだけど、親としては飛び出して以来からずっと音信不通だったからまた言い争いになってね・・結局は進展なし、我ながら呆れてしまうわ」

小春の目的とは自分の実家に帰ることであり、その道中に由宇奈たちと出会って何か思うことがあったのか本人なりに普通に振舞ったらしいが、それが霞の逆鱗に触れてしまって当時と同じように大喧嘩した上に飛び出してしまったようだ。人一倍子煩悩の霞も親としては実家を飛び出して芸能界という不安定な世界に飛び込んだ小春のことは息子の純並みに心配はしていたのだが、音信普通な上に経緯が経緯だったのでなかなか素直になれずに喧嘩してしまったようだ。

「こんなこと事情を知ってるあんたしか言えないわよ、純君やダーリンに怒られたからね・・」

「人の家庭の事情なんか知るか。・・って言いたいところだが、あの悪ガキも世間知ってそれなりに逞しくやってるんだから親として見守ってやれ」

「あんた本当に人の親になってから変わったわね。・・そうね、春ちゃんなら元気でやってるわよ。私の子供だもん!!」

ようやくいつもの活気を取り戻した霞であるが、京香はタバコを吸いながらため息が増える。そしてすっかり調子を取り戻した霞はいつもの調子で京香に優しく問いかける。

「どうしたの京香、元気が取り得のあなたらしくないわよ。昔みたいにドンッっと言いなさい、あんたは私の立派な生徒なんだから!!」

「・・あのよ。仕事遅くて家に帰ったら、娘が女の連れと学校サボった上に人の酒かっくらって挙句の果てにはヤってたら何て言えばいい?」

「えっ・・莢ちゃん、そんな風には全然見えないんだけど」

京香のとんでもない発言に霞は絶句してしまうが、頼れる先生としてすぐに落ち着きを取り戻しながら京香には悪いと思いつつももう一度念押しで確認する。

「本当・・なの?」

「学校サボった上に酒をかっ食らうのは俺もてめぇの目を盗みながらしてたから別にそれはいい。
・・だけどな、いくらなんでも俺は女とはヤらねぇよおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「落ち着きなさいッ―――!!!!!!!! ・・わかったから事情を話してね」

店中はおろか外まで聞こえる大音量にわたって京香の叫びが響くが、霞は何とか京香を落ち着かせると話の経緯を聞き始める。
昨日京香は授業をサボった由宇奈と莢について陽痲を散々縛り上げた挙句に持ち前の行動力で学校中を探させたのだが、一向に見つからずに結局珍しくも仕事が手につかずに夜まで残業していたのだ。そして何とか終わらせて帰宅して不意に莢の部屋を空けた瞬間――・・そこには脱ぎ散らかしてあった制服や下着に裸で眠っていた由宇奈と莢、そして決定的だったのだが性行為後特有の匂いがぷんぷんとしていた。
最初は我が身を疑った京香であるが、あの特有の匂いは過去に自分も散々というほど嗅いでいたので情事が行われていたのだと悟ると素直に2人分の食事を用意した後で本来ならば妹の真由の元へと行くのが通例であるが、流石に夜遅かったので連の店に駆け込み朝まで散々飲み明かしたのだ。

京香から全ての経緯を聞いた霞は少し間を置きながら何とか京香を傷つけないように言葉を捜すが・・事情が事情なだけになかなか思い浮かばずにいた。

766 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/10/10(水) 02:10:24.90 ID:QalNQNGoo
「まさか莢が宮守と・・いずれは良い男見つけて幸せになると思ってたのに、まさか不毛の愛に走るとは・・」

「だ、大丈夫よ。今は昔と違って女体化はごく当たり前のことだし、同性でも結婚は法的にもきちんと認められているのよ・・」

「子供はどうするよ。研究は進んでいるが女同士じゃ不可能なんだぜ・・俺は親として認めてやるべきか?」

「京香ッ!! 自分を見失わないでッ!!! 何かあったら私も立ち会ってあげるから――ッ!!!!」

初めて見る京香の放心した姿に霞は悲しくなって何とか言葉を見つけて励ますが一向に効果はない、自分の知っている京香はこんな姿ではなく悪魔の如き頭脳と行動力で全てを支配しながらも凛としているのだ。

「難しい問題だけど何かあったら真っ先に私に連絡しなさいッ!! 全てを投げ打ってでも先生が全力で支えるわ!!」

「・・まさかてめぇに励まされるとはよ。話したら少しスッキリしたぜ」

「春ちゃんと喧嘩した私が言えることじゃないけど見守るのも親の勤めよ」

「・・らしくないことしちまったな!!! 娘を信頼しねぇ親何ざには俺はならねぇ!!! ・・ありがとよ、先生」

これまで京香とは色々あった霞であったが、柄にもなく自分を頼ってきたのだから全力で支えてあげるのが自分の責務だと霞は思う。なんだかんだ言いつつも京香はこれまでの生徒の中で色々な意味で手間のかかる生徒であったが、その分思い入れも深く自分と同じ業界に飛び込んでいるのだから可愛さも人一倍である。

「甘えたかったら遠慮なしに甘えなさい。これでも問題児だったあんたを3年間も担当したのよっ!」

「うるせぇクソガキ!!! 第一てめぇは昔っから――!!!」

「人がせっかく励ましているのに・・あんたは昔からいつもいつも――!!!!」

ようやくいつもの調子を取り戻した京香は辛抱強くも愛する自分の娘の口から話してくれる日を待つのであった。
767 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/10/10(水) 02:10:47.05 ID:QalNQNGoo
京香と霞が自分たちのことを相談しているなどとは露知らず・・激しいセックスの後に目覚めた莢は隣で裸のまま眠っている由宇奈の姿に昨夜の情事を改めて思い出すと自分らしくなかったなと少し苦笑する。

「・・本当にやっちまったんだな。お母さんには言いづらいぜ」

寝癖を掻き毟りながら莢は部屋に乱れてあった2人の制服を見つめながらも視線の先には自身のヲタグッズにガンプラの数々…これから由宇奈と恋人として付き合うならば自分の趣味をはっきりと曝け出したほうがいいだろう。それに京香や陽痲のこともある、2人も事情さえ話せば受け入れてはくれると思うが・・陽痲に関しては最初の由宇奈のやり取りを思い出したら少しばかり気まずいし頭も痛い。

「自分で仕出かしたことは言っても佐方には申し訳ないお。事情を話せば納得はしてくれるが・・」

自分が由宇奈を一度振ったときに陽痲に慰めてもらったというので事情を何とか話せば納得はしてくれるだろうが・・怒声の1つや2つは覚悟しなければならないだろう。

「友達に家族にそれに恋人・・俺って恵まれているのかお」

眠っている由宇奈の髪を撫でながら莢は微笑してしまう、しかしお互いに裸のままじゃ格好がつかないのでシャワーを浴びてスッキリしたいところ・・由宇奈を起こす前に時間を一通りチェックする莢だが、時刻は既にお昼を当に過ぎていた。

「ちょwwwwww遅刻どころか完全にズル休みじゃねぇかwwwwwwww」

「う〜ん・・あっ、莢ちゃん。おはよ・・」

「・・正確にはこんにちわ」

「ってことは・・ええええええ!!!!!!!! 遅刻どころか完全にサボりだよね!!!!!!!!!」

由宇奈も慌てて時計を見るが時計の針は正確にお昼の12:09丁度・・携帯を見ても一分しかずれていないので確定的である。しかも今日は店に出勤する日なので京香と陽痲が戻ってくるのは必然でこれからの事情の説明や京香への恐ろしさを考えたら由宇奈は自然と現実逃避してしまう。

「ど、どうしようぉ〜・・」

「とりあえずシャワーを浴びてお母さんに連絡する。こればかりはいくらなんでも怒られる・・」

唯一莢には甘い京香もこればかりは流石に怒られることは必死なので一言だけ連絡をしなければまずいだろう、しかしお互い裸なのでまずはシャワーを浴びて目を覚ましたほうがいいのだが・・由宇奈からは笑みがこぼれる。

「んふふ、でも莢ちゃんと恋人同士か〜・・何だかワクワクしちゃうね」

「由宇奈・・」

恋人同士のキス・・これから2人にはどんなことがあるかわからない、酔いの勢いといわれればそれまでだが・・今の2人にとっては関係ないようだ。

「ねぇ、莢ちゃん・・シャワー浴びたらもう一回しちゃおうか?」

「(悪くはないがwwww状況考えろwwwwww)・・浴びたらとりあえずご飯用意するから」

いろいろな面で本気でこれからの由宇奈との関係を心配する莢であった。





fin
768 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) [sage saga]:2012/10/10(水) 02:17:22.39 ID:QalNQNGoo
はい、終了です。すんません、ガチエロは昔から苦手なんです・・これで勘弁してください><
ようやく初期構想どおりに2人をくっつけることが出来て無節操にも変な新キャラを登場させたのであった。

話をかなり進められたので今後はいつも通りに投下しながらまったりと話を進めていきます、交友祭に関しては未だに未定段階なの・・実は木村家の妹がこんな形で関わっていたのです。
陽痲ちゃんの出番が少ないのはご愛嬌、多分これからは増える・・と思う

いつも見てくれてありがとさんでしたwwwwww



最後に・・もうエロなんて書かないよ!! 自分の未熟さと実力の無さを晒すのは(ry



いつかの703氏と西田ちゃんを始めとして投下カンバック!!っと呟いてみる。だけどもう一つの白羽根も(ry
ではまたwww

皆にwktk
769 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/10/10(水) 22:00:41.82 ID:RbBkxDL2o
GJ!
次回も全裸待機させていただきますww
770 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/10/12(金) 00:20:49.09 ID:T/o0PUC/0
はい、カンバックしましたwww
お久しぶりです!投下するする詐欺をやらかしてましたが、今日こそ投下していきます。
何度も書き直してたんですが、もうこれ以上書き直す気力が出ないので、ここらで良しとしちゃいます…。
771 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/10/12(金) 00:25:10.48 ID:T/o0PUC/0
今日は決戦の日。バイトが休みの涼二の家を訪れた。
予めシャワーを浴びて入念に身体を洗い、例の勝負下着を(込み上げる吐き気を堪えながら)身につけ、
この日のために練習した化粧を震える手つきで施し、耳やら爪やらの装飾もフル装備してきた。
ここまでやったならついでだ、とばかりに母さんの香水も拝借しようかと思ったが、
「秋代さんの匂いがする」とかで萎えられたら困るのでやめた。
あとは当たって砕けるのみだというのに。…いや、砕けないに越したことはないのだけど。

さてはて。にも関わらず、だ。

「だああああやられた!またコイツかよ!」

どうしてこうなったと言いたい状況になっていた。
コイツは俺が部屋に入るなり、「ゲームやろうぜ!」と一目散にコントローラーに飛びつきやがったのだ。

女体化してからこの部屋に来るのは初めてだが、以前は取り敢えず涼二のベッドに上がり込んでお互い気が済むまでごろごろするのが慣例だった。
今思えば男が男のベッドに上がり込むのは気持ちの悪いものだが、当時からお互い気にしていなかったのは長い付き合いの賜物か。
まぁ、何にせよ俺の予定に変更はない。

「もーちょい慎重にいこうぜ」
「いつもそう思うんだけどなー。どうも上手くいかねぇんだ」
「お前は突撃しすぎなんだよ…あ、俺もやられた」

自分の決意を意識すればするほど動悸が激しくなっていく。だから悟られないよう、せめて言葉だけはいつも通りを装う。
そこに全力を傾けているので、当然ゲームなんかに集中できるわけがない。
リザルト画面に表示された成績は、本当に酷いものだった。

「お前もさっきからだいぶ調子悪いよな。どうかしたのか?」
「あ…いや、何だろ。今日はダメみたいだな。えっと…ちょっとさ、休憩しようぜ」

手汗まみれになったコントローラーを投げ出し、部屋を見渡す。
相変わらず、いい加減な性格の割にこざっぱりとした部屋。掃除も行き届いており、男だった頃の俺の部屋の散らかり具合とは大違いだ。

部屋の片隅に置かれた棚とその周辺には、コイツのちょっとした趣味であるプラモデルが整然と並んでいる。
車やバイク、戦闘機などが雑多にあるが、比較的多いのはガンプラだ。
筆塗りやエアブラシを使うほど凝っているわけではないにせよ、どれもそこそこ綺麗に作られている。

中でも一際目を引くのは1/144のGP-〇3デンドロビウム。サイズもデカいが、値段もそれなりのヤツだ。
久々に見てもやはりデカい。そしてメガビーム砲が邪魔すぎる。サイドテーブルに鎮座しているのは棚に収まりきらないからだろう。
よくもまぁ、こんな巨大なキットを作ったものだ。その横ある、ただでさえ小さい俺のフィギュアが余計小さく見え…は?

「おい。マジでアレ飾ってんのかよ!」
「ん、アレか。そこらに放置するのが勿体ないくらいのクオリティだからな」
「だからって飾るなよ!?しかも何でわざわざデンドロと対比してんだよ!」
「デンドロのオーキスとドッキングさせようと思ったんだけど、サイズが合わなくてさ」
「させなくていいから!勝手にメカ少女にすんな!」

コイツの感覚はよくわからんが、お人形遊びをするくらいなら本物を愛でてほしいものである。

でも、文化祭の思い出の品か。嫌なこともあったけど、その記憶は闇に葬ろう。
概ね楽しかったと言えるし、何より…この気持ちを認めるきっかけになった大切な日。
あの日があったから俺は今日、この覚悟を胸に秘めて、この場にいるんだ。
そのために、まずは一歩を踏み出さないと。
772 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/10/12(金) 00:29:00.78 ID:T/o0PUC/0
「やっぱデンドロは、このクローアームが最強にカッコいいと思わんかね」
「それはよくわかんねーけど…と、取り敢えずベッド上がっていいか?」
「あー…いいぞ。いつもそうだったもんな」

微妙な逡巡が何だったのか気になるものの、しかし許可は得た。
いそいそと寄り掛かっていたベッドに上がる。

寝そべってシーツに顔を埋めると、太陽の匂いの中に涼二の匂いが混じっているのがすぐにわかった。
全身から力が抜けて、心の底から癒される。

…ふあ。
何だこの俺ホイホイは。そうか、ここが楽園だったのか。これだけで飯が何倍も食える気分だ。
人の匂いが何億人分あろうとも、大好きなこの匂いだけは、一発で判別する自信がある。

「いくらお前と言えど、女が俺のベッドにいると変な気分だな」
「ムラムラしたりして?」
「するかよ!」

…このまま襲ってくれたら楽なんだけど。この雰囲気ではまだ無理か。とは言え若干凹む。
もう少し、手を出しやすいというか…手を出したくなる雰囲気に持っていきたいところだ。

折角今日は、俺にできる限りの装飾を施してきているのだから、これを利用しない手はない。
これについて、向こうからのリアクションがほしいところだが…どうも今日は涼二も変だ。
そわそわしているというか、落ち着かないような、そんな感じが見受けられる。
自分のベッドだというのに堂々と上がろうとせず、俺から見て足元あたりの縁に、居心地悪そうに腰掛けているだけだ。

「どうかしたか?」
「いや…何かお前、今日はいつもと雰囲気、違くねぇか?」

膝を人差し指でとんとんと叩きながら、横目でちらりと俺を見て言う。
涼二が人差し指で手近なものを叩くのは、落ち着かない時や照れている時の癖。俺と奴の家族くらいしか知らない癖だ。

フル装備の俺を見て少し戸惑っているのだろうか。
しかしタイミングとしては…悪くない。女らしさをアピールするチャンスか。

「今日は自分で化粧してきた。女の嗜みとして、もう俺もこのくらいは出来るぞ」
「パーフェクト西田忍って感じか!」
「脚は元々ついてますけど!?」

そりゃそうだ、とけたけた笑って、ここでようやくベッドに仰向けに寝転んだ。きしり、とベッドのスプリングが鳴く。
心なしか、気まずい緊張の糸のようなものが切れたような。そんな気がした。
屈託なく笑ういつもの笑顔に心底ほっとする。

「何だろうな、ちょっと落ち着かねぇんだよ。こうやって、からかってるぶんには間違いなく忍なんだけど。調子狂うぜ」
「化粧姿くらい、にょたいカフェの時に見たじゃねーか」
「見たけど、ありゃイベントだからな。プライベートは本邦初公開だろ」
「…み、見せるのは本邦どころかお前が宇宙初なんだけど。ま、まぁ…たまたまな。ラッキーだぞ、お前」

お前が特別なんだ。そう言いたいのに、余計な最後の一言が口をついて出てしまう。
素直になれない自分が恨めしい。上から目線な発言に、気を悪くされたら最悪だ。俺の馬鹿っ…!

「…」
「…」
「…」
「あ…いや、別にラッキーとかどうでもいいよな。ただ一言感想なぞ頂けたら…」
「…悪ぃ、ちょっとほうけてた。そうだな、か…可愛いと思うけど」
「まことなりか!?」
「まことなりよ!そして何で昔風なんだよ!」

嬉しさ余って口調がおかしくなってしまう。
しかし少なくとも好印象だ。攻めるなら今しかない。ここは一気に近付いて、もっとよく見てもらえば…!
773 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/10/12(金) 00:33:17.79 ID:T/o0PUC/0
「…何だ?おもむろに這いつくばって」
「だ、黙ってろ!今からそっちに行くからな!逃げるなよ!」
「はぁ!?どうしたんだ急に!?」
「もっと近くで見ないと正当な評価を下せないと判断したッ!」

自分のいるベッドの枕元から、足元の方にいる涼二を目指して、四つん這いでにじり寄る。
別に好きでこんなアホみたいな体勢をしているわけではない。
…腰が引けて、こうでもしないと進めないから。覚悟を決めたのに、我ながらヘタレ具合に嫌気がさす。

それでも、こうして行動に移せるようになったんだよ。お前のことが大好きだから。

「…どーよ」

混乱と焦りで動けずにいるらしい涼二を、ついにベッドの端まで追い詰めた。
開かれた脚の奥にまで進入したところで、上体を起こして正座する。

すぐそこに大好きな涼二の顔があるのに、その目を見ることができない。
口、鼻と順番に。最後に少しだけ眉間あたりを見て、また口に戻る。それが限界。

「俺、目ぇ悪くないぞ。…さっきも言った通りだ」
「さっき何て言われたか忘れた。最近物忘れが激しくてな」
「…可愛いって言っただろうがよ!ったく、何だっつーんだよ今日は?」
「そっか…そっかそっか。ふふ」

ヤケクソとばかりに言い放たれた言葉でも嬉しかった。
微妙な沈黙が訪れるも、むしろそれすら一周回って心地が好い。どうしたって顔が緩むのが抑えられない。
どんどん気持ちが昂ぶって、今までの自分では到底出来なかったであろうこともできてしまう気がした。
自分が自分じゃないような感覚だ。

「ど、どうした?」
「…ん。何となく」

対面状態から反転して、涼二の胸板に頭を預ける。
後頭部に感じる涼二の心臓の鼓動は、多分いつもより速い。
そういう俺だって、頭は冷静なつもりでいて、心臓は爆速で稼動しているけれど。

「なぁー」
「あー…っと。こうか?」
「流石だな。よくわかってんね」

みなまで言わずとも、頭を撫でてくれる。女になって以来いろんな人にやられるが、やっぱり涼二が一番いい。
一番安心できて、一番ほわほわする。

「マジどうしたわけ?今日は妙に甘えてくるけど」
「何となくだって。…気持ち悪いか?」
「いんや、別に」

この感触を俺だけのものにしたい。その源である涼二が欲しい。コイツに愛されたい。
そんな欲望が渦を巻く。でも、それを決めるのは涼二だ。

俺は卑怯者だから、自分から気持ちを伝えることはしないと決めた。
もしもコイツが俺と付き合ってくれるのなら願ったり叶ったりだが、そう都合よくいく保証はどこにもない。
俺を恋愛対象として見れないのなら、せめてこの身体だけでも求めてほしい。

…そろそろ頃合いか。
774 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/10/12(金) 00:38:13.24 ID:T/o0PUC/0
「あ、あのさ。涼二」

確かに、少なからず緊張はしている。
だけど、例えこれが純粋無垢な告白じゃないとしても、これまでの想いや行動は全てこの瞬間のためにあった。

「国営のことなんだけど―――」

だから思いの外、この口は流れるように言葉を紡いだ。
そう思った矢先。

「あ、そうだそうだ国営な。言うの忘れてたけど、金貯まったんだよ」
「…!」
「つーわけで、そろそろ行こうと思ってんだ」

出鼻を挫かれた。
コイツのことだから、タイミングを見計らってのことではなく天然なのだろうけど。

わかっていたことだ。国営風俗に行くためにバイトをしていて、金が貯まったら、後は行くだけだって。
けど、いざ涼二の口から発せられると途方もなく虚しくて。
少なくとも今この時点では、俺を相手にする気はないということを意味するから。

それでも、ここで退いたら…典子や小澤を筆頭に、皆に会わす顔がない。
こんな状況は最初から織り込み済みだし、何より、この程度で砕ける覚悟じゃない。
食い下がってやる…!

「こ、国営なんて、行かなくていい…」
「バカ。絶対女になるわけじゃないにせよ、絶対ならないわけでもないんだ。相手のいない俺は、」
「行かなくていいっつってんだよッ!俺の身体…使っていいから…!」

頭の上に置かれていた涼二の手首を、ぎゅっと握り締めて叫ぶ。
そのまま振り返り、唖然とした涼二の目を、先程は見れなかった目を、今度こそ正面から真っ直ぐに射抜く。

「な、はぁ!?」
「どんな格好だってする!顔が好みじゃないなら顔に毛布被せてくれたっていいよ!この体型は…どうしようもないけど…!」
「おい!?」
「…脱ぐから。見て決めてくれ」

予想していなかったであろう展開に絶句する涼二の手を離し、着ていたニットのワンピースを一気に脱ぐ。
勢いに任せてインナーも、ちぎっては投げ、ちぎっては投げ。あっという間に下着姿だ。
このまま素っ裸になっても構わないが、この瞬間のために買った折角の勝負下着。
この姿をよく見てもらえば、その気になってくれるかも知れない。

「こ、これな。わざわざこのために買ったんだ。お前が気に入ってくれたらいいなと思って…」
「…」
「若い女向けの下着屋に一人で行ってさぁ。恥ずかしかったぜ、実際…。周り、キャピってる女ばっかりだし」

やや大げさなフリルが付いたブラはゴワゴワして邪魔だし、実用性皆無のショーツは紐が解けないように気を使うのが大変だった。
それらが、今こそ本来の役目を果たす。

「ど、どうかな…」

返事がないのは不安だが、涼二は頬を紅潮させてこちらを眺めている。
上半身、下半身。忙しなく動く目線は、この身体に興味を示していることの表れの筈だ。
…いける!この反応なら!

「…触らなきゃ何も始まらないだろ?ほら」
「うぐっ…!」

少し強気になって、ぐいっと気持ち胸を前に突き出し、そこから先の行為を促してみる。
すると何故か呻き声を上げながら、涼二の右手がブラに向かって伸びた。
ゆっくりと少しずつ。時折、躊躇うように手を引いて、また伸ばして。そんな一進一退を繰り返す。
腹を空かせた野生動物が、人間の用意した餌を食うか食うまいか迷う様子…とでも表現すれば良いだろうか。
目は胸元に釘付けで、興味があることに間違いはなさそうだ。
なのに、どこか苦しそうな表情をしていて、何を考えているのかさっぱり読めない。

…まどろっこしいな。ちょっと強引にいくか。
775 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/10/12(金) 00:44:06.30 ID:T/o0PUC/0
「何やってんだ、ほら早く―――」
「…!!うおおおおおおおおおッ!!!」
「!?」

涼二の右手首を掴んで胸を触らせようと、手繰り寄せた瞬間。
それこそ獣のような咆哮とともに手を振り払われる。
その明らかな拒絶にショックを覚えるより早く、奴の拳はそのまま奴自身の頬を打ち抜いた。

「このバカ女ッ!早く服を着やがれッ!」
「な、な…何で!?据え膳食わぬは男の恥だろ!?」
「黙れ!後ろ向いてるから、さっさと着ろ!」

怒り心頭といった様子で言い放ち、本当に背を向けてしまう。
それきり、気まずい沈黙。あの心地好かった沈黙とは違う。今度のはリアルに居た堪れない。
数十秒前まであんなに近く感じていたのに。今は突如遥か彼方へ行ってしまったように思う。
「玉砕」の二文字が頭をよぎり、目の前が真っ暗になる。

でも、確かに手は出そうとしてたのに?突然我に返ったように拒絶?…コイツの真意が分からない。

「…やっぱり、俺が相手じゃダメってか」
「そうじゃねぇ!一瞬、本気で押し倒してやろうかと思ったよ!ギリギリだった!」
「はぁ?」

押し倒してやろうと思った?つまり、その気にはなったということ?
だったら寸前で止めたのは何なんだ。俺の決死の覚悟を無駄にするつもりか?クソが、何かムカついてきた…!

「押し倒せよ!?俺がいいって言ってんだから!イモ引いてんじゃねぇよインポ野郎ッ!」
「急展開すぎて頭が追いつかねーんだよ!つーかインポじゃねーよギンギンだよ!そういうお前は尻軽すぎんだろ!?」
「処女が尻軽もクソもあるか!?ちゃんと相手を選んでるっつーの!」
「選んだ結果が俺かよ!手近な男なら誰でも良かったんじゃねーのか!?」
「何だと!?」
「何だよ!?」

お互いムキになって罵声を浴びせあう。ほんの数分前までちょっといいムードだったのに、もう目茶苦茶だ。

「はぁ…。取り敢えず落ち着こうぜ」

相変わらず背を向けたままのインポ野郎が休戦を申し入れてきた。

…仕方ない、乗ってやるか。
そのまま体育座りで奴の背中にドカッと寄り掛かってやる。

「お前はまず服着やがれ。寒いだろ」
「…やだし」

俺はまだ諦めていない。
確かに手応えはあったんだ。今までの人生で一番の勇気を振り絞ったのに、そう簡単に諦めてたまるものか。
こうなったらもう恥も外聞もない。旅の恥は掻き捨てだ。旅じゃないけど。

「理解に苦しむぜ…マジ何でこんな馬鹿なことしてんの?」
「馬鹿なことって言うな。俺は、お前なら本気でいいと思ったんだからさ…」
「…何で、いいと思ったんだよ」
776 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/10/12(金) 00:46:55.75 ID:T/o0PUC/0
そんなの、好きだからに決まってんだろ。
けど、それは言わない。言えない。

「女になってから、お前には世話になりっぱなしだから…その礼のつもりで。俺ならタダだぜ?わざわざ店で高い金払う必要ないし…」

丸暗記した言い訳を、一字一句違えず口にする。こんな逃げ方、人は許さないかも知れない。
けど、俺は卑怯者だから。
好きだと伝えて、今ここで涼二を失うくらいなら、俺は嘘つきな卑怯者でいい。

「礼にしては極端すぎる。だったら、また弁当でも作ってくれりゃあいいじゃねーか」
「で、でも!前に胸揉んだことあっただろ!?その続きと思って、今からでも―――」
「…あのさ。そのことで、お前に謝りたいことがあるんだ」
「…?」

女体化した2日後だったか、確かそのくらいの時期。
購買で飯を買うのを委託することになったからとか、そんな理由だったような気がする。
その前日にコイツが冗談で乳揉ませろ的なメールを送ってきて、それを真に受けた俺はホントに揉ませて。

何だか、凄く懐かしいことのように思えるな。でも、謝るって…何に?

「あの時お前、今夜のオカズに使うくらいはいいって言ったろ」
「あぁ…言ったっけ、そんなこと。そしたらお前、AV女優に脳内変換して云々って」
「………、脳内変換せずに、お前で抜いた。それもあの晩だけじゃねぇ、何回もだ。すまん、忍」
「!?」

暖房の効いた室内とはいえ、今は冬。下着姿では寒い。
そう思っていたのに、身体が一気に熱くなる。
確かにこれが他の男だったら気色悪くて鳥肌モノだが、コイツだけは違う。凄く嬉しい。

対して、涼二の声が震えているのは寒さによるものではなく、何度も俺で抜いたことに罪悪感を感じているから…なのか?
でも、もしかして、もしかするのか?
何回も俺で抜いたのなら、もしかして、俺に気があるとか…?

「…何で、何回もしたんだ?」

先程涼二が俺にこの行動の理由を尋ねた時と同じような口調で、俺も問う。
声に嬉しさは込めない。期待はしない。しちゃいけない。
これは万が一、いや、億が一のための確認なんだ。だってコイツは、俺のことを親友としか見ていないだろうから。

「そりゃあ…アレだ。お前、見た目はさ…可愛いと思うし。他に適役がいなけりゃ、自然とそうなっちまうっつーか…」

…まぁ、やっぱりこうなるわけで。
いいんだ、わかってたから。涼二に好きだと言ってもらえるなんて、思ってない。
―――ほんの少し、本当にほんの少しだけ思ったけど、これはアレだ。誤差の範囲。何ら問題ない。

でも。
胸が、凄く痛いんだよ…。
777 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/10/12(金) 00:51:28.95 ID:T/o0PUC/0
「…そっか。そーだよな」
「悪かった」
「気にすんな。ツレなんだからさ、そのくらいで怒るかよ」

結局、俺は「親友」という言葉を盾にしているだけ。親友だから、抜かれても怒らない。親友だから、フデオロシの相手になる。
どんな親友だろうな、それは。道徳的におかしくないか?

親友は相手の助けになるべきという立場を逆手にとって、結局は自分の願望を叶えたいだけだ。
我ながら、親友という単語が実に白々しく、薄っぺらなものに感じてしまう。

そうやって自分の気持ちに嘘をつくたび、胸が締め付けられる。苦しくて痛い。

「…ツレだからだろ。ツレで抜くなんてマトモじゃねぇから」
「いや、もういいって」
「何で軽蔑しないんだよ!?軽蔑しないお前もどうかしてると思うぞ!」
「わ、わけのわかんねー逆ギレすんなよな…!そんなこと言われても…!」
「そうだよな、俺たちはツレで…なのに何なんだよ、俺…!くそッ!」

だんっ!と拳を膝に打ち付ける音と振動を背中に受ける。何か、涼二の様子がおかしい。
自分に言い聞かせるように「親友」を強調して、だけど納得できないような、そんな苦悩が痛いほど伝わってくる。

支離滅裂とも言えるコイツの言葉に、何度も何度も諦めて、つい先程にも諦めた希望を、再び抱いてしまう。
だってこれは、コイツのことが好きになって、でもそれを認められなかった頃の、俺そのものだから。

「お前は女になってから、色々危なっかしいから。だから、俺がサポートしてやらなきゃいけないと思ってた」
「…ん」
「でも、…あぁ畜生!わけがわかんねぇけど!最近の俺はお前を助けたいっていうより、守ってやりたいとか思ってて…!」
「うん…」
「けど、それは俺の役目じゃねぇよな!?いつかお前が誰かを好きになって、その誰かもお前を好きになったら、その誰かの役目だろ!?」
「そう…かもな」
「でも俺は、それが何だかすっげーアレでさ…!」

俺にとって典子が、まだ藤本だった頃。
逃げるだけ逃げて、結局典子に辛い告白をさせた時のことがフラッシュバックする。
あの時と違うのは、今この場にいるのは男と女だということ。想いが伝わらなければ、相手を失うということ。

伝われば、この恋が実るということ。

「油断すると、その…お前とヤりてぇとか思っちまったりとか、そういうことも…ある」

普段はとぼけた涼二の、珍しく真剣で―――尻すぼみな弱々しい声。果たしてこの後に続くのは、俺の望む言葉か。
…いや、まだわからない。典子の時と違って、今度こそ俺が勘違いしているだけかもしれない。

だけど、もしも勘違いじゃなかったとしたら。言わせていいのか?コイツに。

「…だから!よくわかんねーけど!もしかしたら…多分。いや、きっと俺は、」
「!」

涼二の言葉は止まらない。
もしも勘違いじゃなかったとしたら。コイツはきっと、相手を失う覚悟を決めて次の言葉を言おうとしていて。
なのに俺は相変わらず他力本願で、親友という関係を盾に、何のリスクも負わずに受け側の立場に甘んじている。

俺の人生、それでいいのかなぁ…。

「お前が、」
778 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/10/12(金) 00:59:14.08 ID:T/o0PUC/0
「すとおおおおおおおおおおっぷ!ストップストップストーーーップ!!それ以上言うんじゃねえええ!」
「ぶげっ!?」
「いいわけねー!いいわけねーよなぁ!こんなの絶対いいわけねぇーッ!」」

背中合わせの状態から猛然と振り返り、叫びながら涼二の背中にタックルをかます。
そのまましがみ付き、耳元で更に叫ぶ。声のボリュームになんて気を使っている余裕はない。

自惚れ?勘違い?
知るか!玉砕したっていい…わけじゃないけど!だけど言うんだ!

「…あ。そうだよな、いいわけねーよな…。悪ぃ、今のは忘れて、」
「ちげーよ!そっちは忘れねー!絶ッッッ対!忘れてやらねぇからなッ!」
「は、はあ!?」
「今は俺が男気を見せる時なんだよ!こっち向きやがれッ!」

我ながら、とても今から告白をするとは思えないような剣幕で涼二と向かい合う。
そりゃあ、滅茶苦茶怖いし恥ずかしい。涼二の腕をこれでもかと握り締めたって、1ミリたりとも気が紛れない。

「…俺は、これからも、ずっとお前に守ってほしい。弁当なんていくらでも作るし、セックスだって、何回したっていい」

それでも。

「俺は…ずっとお前と一緒がいいよ。…好きになっちまったから。お前を」

人生に一度くらい、告白とやらを、してみるのもいいだろう。

「告ったら今の関係が崩れるかもって考えたら怖くて…だけど今のままじゃ、いつかお前にも恋人ができて疎遠になるだろうって思って…」

怖いけど、伝えなければと思えたから。

「そうなる前に、お前に抱いてほしかった。お前の初めての女になりたかった。…それで今日、こんなことした。ごめんなさい」

逸らしたくなる目を必死で前に向けて、洗いざらい隠していた気持ちを吐き出す。
もう後には引けない。最早なるようにしかならない、出たとこ勝負だ。

「え、あ、忍…?お前…」

涼二は口をあんぐりと開けて、信じられないものを見たような顔を…って、なんて顔をしてやがる。
予想外の展開みたいな、そんな顔だ。…もしや、本当に俺の勘違いだったのか?
コイツが何か別のことを伝えようとしているのを俺が早とちりして、見当違いの告白をかましてしまったのか?

だとしたら、今からどんな展開が待ち受けるのか。
バッドエンドか、それとも…

「…なら、俺から一つ言わせてくれ」

密かに狼狽する俺をよそに言う。今度は真剣な顔で俺を見据えての一言。

「俺と付き合ってくれ」
「………あ。は、はい!ふちゅちゅかものですが!!」

涼二の言葉。
それが告白の言葉で、涼二が俺と同じ気持ちを持っていてくれたことを脳が正しく処理をするのに、ほんの少し時間を要した。

そして処理した内容に未だ実感が湧かぬまま、そしてどうにか絞り出した返事が噛み噛みだったことにも気が回らぬまま。
俺は涼二の胸に飛び込んでいた。
779 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/10/12(金) 01:00:51.10 ID:T/o0PUC/0
「えーっと、じゃあ…する、のか?付き合っていきなり今日、じゃなくてもいいと思うんだけど」

困惑したように涼二が言う。
当然、今日するに決まってる。女体化が発症するのは誕生日の前後。
一般的に当日が多いとされているが、俺は誕生日より後という最悪のフェイントを食らった。
コイツだって、逆に誕生日よりも前に女体化しないとも限らない。

…コイツが女体化したら、どんな女の子になるか見てみたい気もするけどな。
でも今の俺からしたら、それはバッドエンドだから。

「早いに越したことはないだろ。でも、その前に確認したいんだけど」
「?」
「『俺』って言うの、やめた方がいいかな…?他の言葉遣いとか、振る舞いなんかもさ」

以前から少し気にしていたこと。
彼女を名乗るからには、小澤のように言葉遣いや振る舞いを矯正すべきかもしれない。
なにせ、うちの母親ですら一人称だけは矯正済みなのだから。
俺としてはどちらでも構わないけど。涼二が望むままに。

「んー、そのままでいいんじゃね?だってさ、その方が『忍』感があるだろ」
「『俺』感って何だよ?」
「性別も外見も変わりまくったけど、今ここにいるコイツは間違いなく、俺がよく知る『忍』なんだなーって実感できるっつーかさ」
「…それは。男だった過去も、受け入れてくれるってこと?」
「男の頃のお前を知らなかったら、付き合おうとは思わねぇよ。ずっと一緒にいてお互いのこと何でも知ってるから、
 そんなヤツが女になったってんなら…付き合う相手としては、この上ないだろ」
「…っ!」

男だった過去。その間に培った友情。それがなければ付き合っていないと、涼二は言う。
幼稚園、小学校、中学校、高校。男として一緒に歩んできた道は、「元男」というレッテルは、俺たちにとってはデメリットなんかじゃなかった。
少しだけ、涙が出た。嬉しくて泣くのは初めて、だな…。

「また化粧落ちるぞ」

そう言いながら笑って、涙を指ですくってくれた。
うん、そうだな。これからって時に化粧が落ちたら勿体ない。堪えないと。
でも堪えきれない気持ちだけは、ここではっきり伝えておこう。

「こ、これからも!ずっと一緒にいてもらうからな!当店は返品をお断りしてるからな!」
「何年一緒にいたと思ってんだよ。残りの人生、長くても『たかが』70年とか80年とか、そんなもんだろ?あまりにも余裕すぎてヤバいわ」

大げさなジェスチャーと、いつものふざけたようなツラで言うけれど、不思議とその言葉を信じることができた。
たかが、ね。頼もしいことで。
780 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/10/12(金) 01:03:58.84 ID:T/o0PUC/0
「さて、…ど、どーするよ?むしろ、どうしたらいいんだ?」
「どーするってお前、童貞ナメんなよ。わかるわけねーだろ」
「なんでドヤ顔なんだよ!」

一息ついて安心すると、ここのところずっと保っていた緊張感がすっかり解けてしまった。
そして、それとはまた別の緊張が込み上げてくる。今度のは「こういう状況」で一般的にするであろう緊張。
つまり、結局いつものヘタレな自分に戻ってしまったわけだ。
どーするもこーするも、先程までは自分から猛アタックしていたくせに、急激に恥ずかしくなってきた。

「つ、つーかさぁ!あんまりこっち見るなよ!スケベか!?お前はスケベ野郎なのか!?」
「だから服着ろよって言いまくったじゃねーか!今更トラ〇ザムばりに真っ赤にやりがって!あと、健全な男は皆スケベですから!」
「それはまぁ…必死だったからであってだなぁ…いざこういう状況になると………」
「…でも、その下着は似合ってるよ。すげー可愛いと思う」
「そ、そーか?あはは…」

褒められるのは超嬉しい。反面、超恥ずかしい。
自分の身体を抱くように隠してみても、大きめな胸はもにゅもにゅと形を変え、無駄に存在感を主張してしまう。
しかし今更服を着るわけにもいかず、無駄とは知りつつもどうにか涼二の視線から逃れようと身体を捩る。

「おおおおー!?いい!そのポーズすっげーいいぞ!」
「はぁ!?」

それが何やらコイツの心の琴線に触れたらしい。

…あぁ、そうか。恥ずかしそうにしてる女にそそられるっていう。その辺は元男だからわかるけども。
いざその対象になると、どうリアクションしていいものかわからん…。

「そうだ、ちょっとリクエストしていいか?」
「やれる範囲でなら…」
「片手で、こうやって目元を隠してみてくれ」
「…?こうか?」

言われた通りに伸ばした指先をぴったり閉じて、手の平は涼二に向ける。そしてそのまま自分の目を覆う。
え?何これ?

「すっげー!デリヘルの写真みてぇだ!リアル風俗じゃねーか!!」

あぁ、そういう感じか。そっかそっか、ふーん………

「ざっけんなあああああああ!!」

ッかぁーーー!!出たよいつものアホっぷり!どうしてコイツはいつもいつも…!
ほんとシリアスな雰囲気を維持できねー野郎だな!!

「だっひゃっひゃ!それっぽい!超それっぽい!」
「俺はお前の彼女ってことでいいんですよねぇ!?お前はそんな俺に何をやらせてるんですかねぇ!?」
「いやー悪ぃ悪ぃ。エロい下着だからさ。つい、な!」

これからという時に、馬鹿みたいなことをしてぎゃあぎゃあ言い合う始末。
取り敢えずアホな彼氏の頭を引っぱたいておく。普通はもっとこう、ムード的なものとか色々あると思うのだけど。
…まぁ、これも俺たちらしいといえば俺たちらしいか。とにかく先に進まねばならない。
781 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/10/12(金) 01:06:27.25 ID:T/o0PUC/0
「だあーっ!とにかく!あ、アレだ!まずはアレするぞ!」
「アレって何!?」
「う…アレっつったらアレしかないだろっ…」
「わかんねーよ」
「…、ちゅー的なヤツ…」

涼二相手に「キス」と言うのは、スカした感じがして少し恥ずかしかった。
冷静に考えれば「ちゅー」と言うのも普通に恥ずかしいのだが…茹だった脳ではそこまで考えが至らない。

「お、おう…するか」
「う、ん…」
「…」
「…」

あぐらをかいた涼二の脚の上に乗り、両手を腰に回して密着し、顔を上げる。
こんなことすら、初めての「彼女っぽいこと」なので、いちいち新鮮な幸せが込み上げてくる。
先程までの顔とは打って変わって、見上げた涼二は照れくさそうだった。

「…?」

なかなか動きがないなと思ったら、そうか。
こういう時は女が目を閉じなきゃ始まらないんだ。そう思って目を閉じると、後頭部に優しく手が添えられた。
瞼の裏に気配を感じて、直後に唇へ柔らかい感触。涼二の唇。

…あぁ。ホントにキスしちゃってるよ、俺たち。

キスしたことで、本当にコイツの彼女になれたんだと実感できた。
付き合うという言葉も当然嬉しい。けど、それ以上に身体の繋がりで実感するなんて、一部の人には下品だと言われるもしれない。
でも、これはきっと理屈じゃない。身体の繋がりで愛を感じることって絶対にあると、今なら思える。
だから今この瞬間、幸せなんだ。



どちらからともなく、その感触を楽しむべく、力を入れたり緩めたり。啄むような初々しいキス。
快感とは程遠いにせよ、とても心が満たされる。愛して、愛されている実感を得られる。

さて。
心が満たされたとなれば、そろそろ…舌、入れてくれないかな…。

「…」
「…!」

誘うように、こちらから口を少し開いてみる。
向こうから多少強引にでも入れてくれたら嬉しかったが、その気配がないから。更に腰へ回した腕に少し力を入れて、より密着する。
ここまでやって悟ったのか、ぬるりとしたものが舌先に触れた。

アホだけど優しい涼二のこと。俺に嫌がられることを危惧して行動に移せなかったのかもしれない。
そんなところも、大好きだよ。

「んっ……」

前に典子としたキスは切なかった。ある種、決別に近い意味合いがあった。
涼二とのキスは気持ち良くて、あったかくて、幸せで、嬉しくて。ネガティブな要素なんて何一つない。

「…っぷは」
「キスって結構…気持ちいいんだな」
「もうちょっと、しよ…」
「おう」

俺からおねだり。今度は目を開けて見つめ合ったまま、徐々に激しくなるキスを延々繰り返す。
この溶けるような感覚は病み付きになる。もはや時間の経過なんて知ったことではなかった。
782 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/10/12(金) 01:11:08.41 ID:T/o0PUC/0
30分、1時間…どのくらい経ったかわからない。とにかく無我夢中だった。
キリのよいところ(?)で涼二が口を離し、こう言った。

「口が疲れたな」

無粋なことを言ってくれやがる。
何かもうちょっとムードとか大事にしてほしい気がしなくもないですよ。
まぁ、いいさ。コイツなりに、緊張しがちなこういった場を和ませようとしてるんだろう。

「…っと…なぁ、乳とか…触っていいか?」

目を伏せて、頬を掻きながら申し訳なさそうに言う。いちいちこちらの了承を得るのが好きなヤツだ。
ここまできてダメだなんて言うわけがないのに。
それに…実はもう、こちとらショーツなんて小便でも漏らしたかと思うくらいに濡れまくっていて、色んなところを触ってほしくて仕方ないのだ。
キスだけでこの有様というのは先が思いやられる。

「…ん。触ってほしい」
「お、おう。んじゃ遠慮なく」

遠慮なくという言葉とは裏腹に、以前触った時よりも、おっかなびっくり手を伸ばしてくる。
まずはブラの上から。デザイン重視のこのブラはパットが入っていない。
触った感触も、パット特有の妙な固さに誤魔化されることはないだろう。
既に固くなっている乳首が生地を押し上げているのを、普通に目視できてしまうのは恥ずかしいが。

「相変わらず、程よい弾力が癖になるな」

下から持ち上げるように胸を弄んでいる。嬉しそうで何よりだよ、おっぱい星人め。

そして存外、乳首を触られなくても気持ちがいいことに気が付いた。
何だろう?マッサージ、みたいな感覚…に近いか?
性的な刺激とは違う気もするが、大好きな人が相手だと焦らされているような感覚になってきて、結果的に興奮してしまう。
そして涼二の手は段々と胸の中心へ。すなわち乳首へ。

「すげー勃ってるぞ」
「ぅ…人のこと、言えない…だろっ…!」
「そりゃーそうだろ。お前がエロいのが悪い」

そういうコイツも、ちゃっかりジーンズにテントを張っていた。多分、胸を触る前…キスをしていた時からだと思う。
それだけ興奮してくれているということに、こんな俺が相手でも…と多少の自信が湧いてくる。

「んっ…ブラ…取るか?」
「あ、俺やってみたい」
「じゃあそこ、ホックになってるから。内側に引っ張って、」
「こうか?」
「ん。それで外れるだろ」
「…外れた。すげぇ、ちょっと感動すんね」

背中のホックが外れたので、肩紐をするりと抜く。

…ブラがはらりと落ちる。その瞬間、つい咄嗟に両手でガードしてしまう。
自分でも矛盾しているとは思う。コイツには、この身体を全部見せてもいい。見てほしい。それは本音。
でもやっぱり、恥ずかしいのだ。

「…忍」

囁くような声でそっと俺を抱き寄せ、額にキス。
全くコイツは卑怯なヤツである。だってそんなことをされたら、

「見せてくれるか?」
「………ずるいぞ、お前」
「頼んだだけじゃねーか」

逆らえるわけないだろ。
あえなく、胸を押さえていた手は涼二の手によって優しくどかされた。
783 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/10/12(金) 01:16:11.98 ID:T/o0PUC/0
「へぇーっ、綺麗だな!超ピンクだな!」
「うううるせーバカ!はしゃぐな!」
「照れるなって。いやー嬉しいねぇ、可愛い上に乳もデカくて綺麗なんてさぁ」
「揉みながら褒めるとか……あぅ!」

こねるような動作に加えて、親指で乳首を軽く潰してくる。
その甘い刺激が…凄く気持ちいい。

「ん、ぁ…っ」
「痛くないか?力加減わかんねぇぞ」
「大丈夫だっ!………ちゅーして…」
「はいよ」

器用なもので、右手を俺の頭に添えてキスしつつ、左手は親指と小指を目一杯広げて、左右の乳首を同時に攻めてくる。
まさか片手で両胸をカバーしてくるとは思わなかった。
…コイツ童貞のくせに、何でこんなテクいことできるわけ?他の女で練習してたらブッ飛ばすからな。

「お、お前…っ!他の女にも…こんなことしてたってオチはないよな?」
「はぁ!?してねーよ!童貞…ってか、もはや童帝と言っても差し支えないレベルだぞ、俺は」
「だって…!…はぁっ…!妙に手慣れてるし…っ…!」
「お前が好きだって気持ちがあるからじゃね」
「な、なら…いいけど…!んんっ…っ…!」

そこから暫く涼二の攻めは続いた。
あちらの興奮の度合いも上がってきたらしく、乳首に吸い付かれたりした。
その際にも一貫してコイツは、俺が嫌がるそぶりがないことを確認してから行動に移す。
刺激に耐えながら、赤ん坊のように胸に吸い付く涼二の頭を撫でてみる。

…何だろう、凄く愛おしい。
元男の自分が、どこまで女になれるかはわからないけど。
そんな俺でもいいと言ってくれて、これからもずっと一緒だと言ってくれるこの男を、ずっと包みこんでいけるような女でありたいと思った。



「…お前それ、ちんこ痛いんじゃね」
「パンパンで痛ぇーよ」

胸を揉まれながら、ふと切り出す。
ジーンズの上からでもよく見える血気盛んな股間。わかるわかる。あれは痛い。
こちらがこれだけやられたい放題なので、少しくらい構わないだろう…と、そっと手を触れてみる。

ぴくり、と動く懐かしい感触。

「あのさー…」
「ん?」
「ふぇ、フェラ…してみたいんだけど」

こちらばかり気持ち良くなっていては申し訳ない。…という気持ちも勿論あるが、どうにもムラムラしてきてしまっている。
生殖行為に特化した女体化者の本能か、涼二のブツを「見たい・触れたい・しゃぶりたい」の三拍子。
そんな欲求が鎌首をもたげてきて、歯止めが効かない。

「マジで?いいのか?」
「お前こそいいのかよ。俺は元男で―――」
「はぁ…そろそろネガティブ思考やめろよ。俺はお前がいいんだって。何度も言わせんな」
「…ありがとな」
「んじゃ、脱ぐぞ」

膝立ちになってベルトを外す。
男というのはそういうものなのか、今となっては知る由もないが、涼二は恥じらうことなくトランクスごと一気に脱いでみせた。

そしてそそり立つ、伝家の宝刀。
784 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/10/12(金) 01:18:44.28 ID:T/o0PUC/0
「うげっ!お前…結構デカいな!?」
「そうかぁ?お前、暫く見てないからそう見えるんだろ」
「いやいやいや!少なくとも男の頃の俺よりデカい!」

予想外に大きかった。
日本人の平均サイズよりも一回り大きいくらいか。太さも申し分ない。
年齢的に、これからまだ成長する可能性すらあるのが末恐ろしいくらいだ。

「…お見逸れ致しました。いつぞやは『粗末なブツ』などと失礼なことを申し上げました…」
「おう、わかれば宜しい」
「んー…でも、やっぱ懐かしいわ、これ」
「その余裕は元男ならでは、ってヤツ?」
「そーかもな」

勃起した他人のブツを見る機会などなかったわけで、当然多少の戸惑いはある。
それでも、天然女性が初めて見るのに比べたら、いくらか平静を保てているのは間違いない。

…さて、それじゃ。

「あんま上手くできねーかもだけど…頑張るから。歯、当たったらごめんな」
「そういう健気なセリフがたまらんわ」
「そうかよ」

座り直した涼二の股間に顔を埋める。
鼻先を近付けてみると、やはり特有の匂いがあった。

―――しかしその匂いは、女体化者をどうしようもないほど惹きつける。
ここにきて「咥えちゃダメ」などと言われたら発狂するかもしれない。そのくらい、身体が猛烈に求めている。

もう、舐めていいかな?いいよな?だってもう、我慢できない。

「あむ、…ちゅ」
「…うぉっ」

ぱくりと亀頭を口に含み、一舐め。二舐め。
…ツルツル?した舌触りだ。悪くない。そのまま無我夢中、一心不乱に舌で愛撫する。



ぴちゃ、ちゅる、じゅぼ。いやらしい音が響く。その音の発生元は紛れも無く、俺。
跪いて、ともすれば汚いとさえ言われる生殖器を口に入れる行為。
それを金の関係ではなく、頼まれたわけでもなく、俺は「したくてたまらないから」する。

つまり、たった一人の愛する男にだけ許す、心からの奉仕。
それがこの行為の真の意味、だと勝手に思っている。それは文字通り、身も心もコイツに捧げるということでもあって。

…結局何が言いたいのかと言えば、要するに。
そんなことを考えながら、かつてないほど興奮している俺は、やっぱりドMなんだろう、ということです。
785 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/10/12(金) 01:22:33.75 ID:T/o0PUC/0
暫く亀頭の舌触りを楽しんだ後は、カリ裏を揉むように舐める。多分、ここは気持ちいい。

「く、う…気持ちいいな…」

目論見どおり、反応は上々。
でも、これだけ繰り返すのは面白くないので、変化をつけようと思い立つ。
次は根本までゆっくりと裏筋に舌を這わせて、緩い刺激を与えることにした。

「お前こそ…ホントに初めてか?舌使いハンパないぞ…」
「んっ…愛だろ」
「そうか?まぁ、俺は他の女はどうとか、知らないけど…それにしても、あー。めっちゃ気持ちいい」
「残念だったな。お前に他の女を知る機会なんぞ、一生与える気はないから…んむ」
「なんら問題ねーな。よしよし」

頭を撫でてもらえると、よくできましたと褒めてもらえた気分になる。嬉しい。
気を良くして、限界まで咥え込む。
どうしたって、この小さな口の容量は多くない。故にコイツのブツの大きさはキャパオーバーかも知れない。
これで満足してもらえるかはわからないが…ならばせめてと、戻りのストロークは吸い付くように力を入れてみる。

バキュームフェラ、だっけ。
…あーあ。AVでなんか見たことあるけど、コレやってる時の女の顔ってブッサイクなんだよな…。

「っ!?お前それ、やばっ…!」
「あんまり、顔見るな…すげーブス顔になってると思うから…」
「バカ、全然ブスなんかじゃねーよ。頑張って咥えてくれてる光景見ると、愛されてるなって実感できるしさ。それがいい」
「うー…」

愛を込めているのは事実だし、それを見たいというなら仕方ない。
裏筋を舐めながら涼二を見上げる。気持ち良さげに目を細めていた。

「あ…我慢汁、出てる」
「ちょ、お前そんなもん舐めるなよ…不味いんじゃねーの?」
「うーん…?精神的に美味い」
「おいおい、要するに不味いってことだろ」

正直な味覚で言えば、確かに不味い。でも、俺の口で感じてくれている。女として、コイツの役に立てている。
その証であるこの味は、俺だけのものだ。もう他の誰にも絶対に譲らない、俺だけの涼二の味。だから、この味は一瞬で好きになった。

一生懸命奉仕すればするほど、汁が溢れ出てくるのが嬉しい。
それを自分の体内に取り込めば取り込むほど、こちらの興奮も止まらなくなってくる。
ショーツが吸収しきれなくなった愛液。それが太ももを伝って零れていくのが、わかるくらいに。

「…ぅ…、ひゃっ…!」

気が付いたら、左手が自分の股間に伸びていた。

「あ、あああ!き、きもちいい…っ!!」
「おい急にどうした…ってお前、エロすぎ…」
「だって、我慢…できね…!」

勿論フェラの口と手は緩めない。その片手間でショーツをずらして、秘部をなぞっているだけ。
なのに、フェラをしたことによって高まっていた興奮が、刺激を増す添加剤になっているかのようだった。

涼二への奉仕を疎かにしちゃいけない。その一心で、どうにか自分へ与える快感をコントロールしながら、舌を動かし続ける。

「ぐっ、お前のそんな姿見てたら…ちょっと、もう、イッちまいそうなんだけど…!」
「はぁ、あんっ…!ど、どーする?今、一発ヌいとくか…?お前のなら、飲んでも全然いいし…」
「それも魅力的だけど…また今度してもらうわ。今出しちまうと、何となく勿体ない気がする」
「…そっか、りょーかい」

名残惜しいが、最後に亀頭へ一つキスをして、口を離す。
手前味噌だが、初めてにしては上出来だったと思う。それに俺自身の心も、とても満たされる。正直、ごっくんしたい気持ちもあったけど…。
まぁ、フェラならいつでもしてやれる。ごっくんはその時でもいい。
786 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/10/12(金) 01:25:27.88 ID:T/o0PUC/0
口の周りの涎をティッシュで拭っていると、暑くなってきた…と言いながら、涼二が部屋着のパーカーとTシャツを脱いだ。つまり全裸だ。
余分な肉は殆どなく、ほんのり筋肉質な身体。改めて見ると、やっぱりコイツはスタイルがいい。一瞬、ぽけーっと見惚れてしまう。

さて、俺も濡れたショーツが気持ち悪い。それを脱…ごうと思って、思い出す。

「これ、ひもパンなんだけど…折角このために買ったからさ、脱がせてほしいかも…」
「おーやるやる!その紐を引っ張ればいいのか?」
「そう、ただの蝶結びだから…簡単に解けると思う」
「はいよ。んじゃ忍、こっち来い」

前に耳かきをしてやった時の逆、今度は涼二が自分の太股をぽんぽんと叩く。
やはり股間にそそり立つ立派なブツに目が行ってしまうが、今の目的はそこではない。
涼二の開いた脚の間に膝立ちになって、肩に手を置く。

「…両方、いっぺんにいくからな」
「ひ、一思いにやってくれ!」
「なんで俺が介錯してるみたいになってんだか…ほれ」
「っ!」

俺のバカな発言に苦笑い。俺もシリアスな雰囲気を維持できない女だった。人のことは言えないものだ。

そして涼二は、言葉通りあっさりと紐を解く。
ショーツが股下へ落ちた瞬間に、微妙な重みが伝わってきた。
普通に着用していたら有り得ない量の水分を含んでいることがわかる。
これで、お互い一糸纏わぬ姿だ。

「お?パイパンじゃないんだな。ちょっと意外」
「!?お前、生えてない方がいいの!?」
「いやいや、適度に生えてた方が興奮するぜ?このくらいが丁度いい」
「…なんかそれはそれで変態っぽいな」

涼二は「じゃあどーしろってんだよ」とまた苦笑して、陰毛を撫でた。
愛液を吸った毛束が涼二の指先に絡みつく。自分の身体のことなのに、不思議と淫猥に見えた。

「めちゃ濡れてんなぁ」
「………このくらい濡れてれば、もう『入る』と思うけど」
「そうなのか?」

流石に向こうも緊張している。
ごくり、と生唾を飲む音が聞こえた。

「じゃあ…するか」
「…おう」

キスをして、見つめ合いながら、ゆっくりと涼二が覆いかぶさってくる。
そして割れ目を指でなぞって、際限なく溢れ出る愛液をひとすくいした。
それだけでも気持ちいいというのに、そこから先、正気を保てる自信がない。

「…あ、そういやゴムねーんだった…」
「いらねぇ。それじゃ女体化防止にならんだろ」

コンドームなどの異物を介すると女体化の防止ができないというのは常識だ。
だから国営風俗も生が基本。プレイ前には外出しをするように注意があるそうだが、童貞相手ではどうしても暴発事故が起きる。
故に、風俗嬢はピルを常飲するのが義務付けられているそうな。
787 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/10/12(金) 01:27:20.10 ID:T/o0PUC/0
「中に出しちまいそうで怖いな…にょたっ娘って、妊娠しやすいんだろ?」

デキちゃったら責任とってくれる?
なんて、意地悪な質問をしようとしたが、やめた。聞くまでもないからだ。
そしてそんな未来にする気もない。俺たちは今までみたいに、無難に生きていければそれでいい。
学生らしく、普通の恋愛ができればそれでいい。―――俺はいつかコイツの嫁になるんだと、憧れを抱きながら。

「アフターピル持ってるから大丈夫…だけど、一応外出しで頼む」
「ぬぁー!緊張するぜ…!」
「俺も緊張してるから…一緒だ」

閉じていた脚を、開く。

「…いいよ、りょーじ」
「急速にしおらしくなるなよ。やり辛いから」
「うるせーぞバカ!」
「おう、それでいいんだよ」

脚の間に割って入ってきた涼二が、自分の性器を、俺のそれにあてがう。
これで彼我の距離はゼロ。ここから先に進むと、距離はマイナスになるんだろうか。

「えっと…どこだ、ここか?」
「多分、もうちょい下…微妙に窪んでるとこ…あ、そこだ」

なんて、定番のやり取りを交わして。

「痛かったら言えよ?」
「俺が痛がっても、絶対やめるな」
「…、お前がそう言うなら」

最後まで気遣ってくれるコイツの優しさに、感謝しながら。

「いくぞ」
「…っ!」

ぐっと、涼二が腰を押し突き出した。
788 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/10/12(金) 01:30:04.90 ID:T/o0PUC/0
「ーッッぎゃあああああーーっ!痛ってえええええッ!?」
「怖っ!想像以上の痛がり方だわこれ!?や、やめとくか!?」

めりめりめりっ!と、肉を引き裂かれる痛みを感じる。
少し甘く見ていた。身体が真っ二つになるくらい痛い。
垂れ流しの愛液によって、潤滑は十二分。摩擦による痛みは殆どないはずなのに。

「………。あー、やっぱ思ったより痛くないわー。むしろ全く痛くないわー」
「震え声で言っても説得力は欠片もねーぞ!」
「…ホントはちょっと、痛い。で、でも、やめないでくれ…!」
「素直に言え。そんなに痛がられると、俺も精神的にキツいんだけどな…」
「大丈夫だから…!ひぎっ…!」

耐える。
歯を食いしばって、掴んだ涼二の腕に爪を立てて、ひたすら耐える。耐える。耐える…ッ!


「血ぃ…出てねぇか…!?ぐっ、…!シーツ、汚れちまうから…拭いて…!」
「!?…っと」

涼二が慌ててティッシュを抜き取り、結合部に押し当てる。
それを捨てる際にちらりと見えたが、痛みの割に大量出血という程ではなかった。
次のティッシュを何枚か重ねて尻の下に敷いてもらう。ムードもクソもないが、取り敢えずはこれで良さそうだ。

「もう…全部入ったか…?」
「…いや、まだ半分も」
「ぐぇ、マジかよ…」
「つか、キツくて入んねぇ…お前ほどじゃないだろうけど、こっちも結構痛いぞ…」

いくらコイツのブツがデカくて、俺の身体が小さいとしても、半分程度で奥まで届くわけがない。
涼二の方も、気持ちいいとは正反対の、苦悶の表情を浮かべている。

これは本来、種を存続させるための神聖な儀式。
だから双方に痛みを伴うのは、対価としては当然なのかもしれない。

「止まんなっ…!全部入れろ、全部っ…!」
「でもさぁ…!やっぱお前、辛そうじゃねーか…」
「うるせー!お前の女になるからにはっ!この、くらいのことで…っ!」
「…わかった。もうちょっと我慢してくれ」
「…ん」

キスをして、頭を撫でてくれる。撫でられているというより頭を押さえ込まれている状態に近いが、それでも気力が沸いてくる。

涼二のベッドで、二人とも裸で、痛みを気遣ってもらいながら。
キスをしてもらって、頭を撫でててもらって。
まさに、理想の処女喪失じゃないか。文句を言う理由なんてどこにもない。

「ぎっ…!」
「頑張れ忍、もうちょいだぞ!」
「…はぁ、は…ぐううっ…余裕っ…!」

ぐいぐいと、膣を引き裂きながら入ってくるのがわかる。ぶっちゃけ、痛すぎて吐き気すら催している。
意識も飛びそうになってるわ、脂汗で前髪は張り付いてるわで、醜態を晒しているといって差し支えない。

…それでも、これは幸せな痛みだ。
789 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/10/12(金) 01:32:46.49 ID:T/o0PUC/0
「ぜ、全部入った…!」
「あ、うぅ…」
「頑張ったな!お疲れさん」

やがて涼二の嬉しそうな顔とともに、一番奥で俺たちは繋がった。
達成感を噛み締めながら、だらりと涼二の腕から手を離す。
すると、俺が力任せに握り締めていたところに赤い血が滲んでいるのが見えた。
少しでも女らしく見えるように、と願って伸ばした爪が見事に食い込んでしまっていたのだ。

「あ…お前も血ぃ出てる。ごめん、痛いだろ?」
「バカ、お前の方が痛いだろうよ。ちっと血が出たくらいじゃ、おあいこにもならねぇ」
「…発言がイケメンすぎて逆に違和感があるぞ」

身体の中に熱くて硬い異物感。されど、嫌悪感など微塵もない。幸せで胸が一杯だ。

今後は、この痛みもなく快感を味わえるという話だ。
それがどんなに素晴らしいことか、今はちょっと想像できないけど。
猿のように…なんていうくらい、ハマってしまうのかもな。

「お、俺ん中…どんな感じ?」
「…ヌルヌルしてて、あったかくて、柔らかいのに締めつけてくるな」
「ふーん…腰、動かしていいぞ?」

コイツはコイツで本当に頑張ってくれた。
痛がって身体を捩る俺を押さえ付けながら、どうにか気を紛らわせるように声を掛けたり抱き締めたり、あれこれ手を尽くしてくれて。
快感を感じる余裕などなかっただろう。

さて、ならばここからが本番だ。コイツに気持ち良くなってもらうまでが、俺の処女喪失だ。今、そう決めた。

「大丈夫か?まだ痛いんだろ。目的は果たせたわけだし、今日はこのまま終わってもいいぞ」

心配は有難いが、こちらはどうやら脳内麻薬が分泌されたようで、早くも痛みが和らいできている。
これも女体化者特有の現象だろうか?まだ少しばかりジンジンと痛むものの、これなら動かれても問題ない。

「ダメだ。折角だから気持ち良くなってほしいし。俺はもう平気だから…いやホントに。無理してるわけじゃなくさ」
「…そうか?なら、お言葉に甘えて」

おずおずと、奥まで入っていたブツを、抜ける直前まで引く。
そして、ゆっくり再挿入。多少通りが良くなった膣は、絶妙な力加減で締め付ける。

奥まで到達したら、また引いては入れての繰り返しだ。
そんな単純な動きなのに、膣内の壁を擦られていくうち、どんどん快感が込み上げてくる。

「あぅ、あぁっ…!」
「くっ、悪ぃ、痛いか?」
「ちが、気持ち…良くて…」
「お、おぉ…俺もだ」

真っ赤な顔で、トレードマークのつり目は垂れ下がり、だらしなく開いた口からは喘ぎ声。もしかしたら涎も垂れているかも知れない。
涼二から見たら今の俺は、きっとそんな状態だけど。

「あぁもう!可愛すぎるぞ、お前!」

俺の頬を撫でながら、そう言ってくれる。
こんなはしたない顔が可愛い筈がないのに、コイツには可愛く見えているんだろうか。
なら、もっとはしたなくなるのも…やぶさかじゃない。
790 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/10/12(金) 01:34:38.24 ID:T/o0PUC/0
全くこの身体はどうなっているのか、未だに愛液が溢れ出ているらしい。
ピストンを繰り返されるたびに、ぐちゅぐちゅと音が立つ。

最初のうちは「頑張って腰を振る涼二がなんか可愛いな」なんてぼんやりながらに考えていたのだが、今ではそんな余裕もない。
何かがどんどん高まっていくような感覚。それに伴って意識が白んでいく。
どこかに吹っ飛んでしまいそう…なんて、実際そんなわけがないのだが、どうにも不安になって必死にシーツを握り締める。

「はぅ…ああああ…これ、イきそ…イく…!」
「え、あ、マジか」
「〜〜〜〜〜ッッッ!!」

一瞬、目の前が真っ白になった。
気持ちいい筈なのに、本当に気持ちいいのかもわからないくらい「何がなんだかわからない」状態だった。
深々と奥に突き刺されたままガクガクと身体が痙攣し、頭だけは妙にぼんやり。そんな状態が暫く続く。

ピークを超えた後は徐々に脱力感に見舞われていったが、その余韻がまた気持ち良かった。
涼二に気持ち良くなってもらおうと思っていたのに、俺が先に気持ち良くなってしまって申し訳ない。

しかしこれは…癖になる。毎日でもしたいと思ってしまうのも仕方がない。
性欲に溺れてしまいそうだ。

「お前、イったの?」
「あ…うん。初めてなのにイかされちゃった…はは」
「そりゃ良かった。くぅっ…俺もそろそろイきそうだ」
「あぁ…じゃあ、外で…」

出して、と言いかけたとき。
蕩けた意識の奥底から、何かが急速で湧き上がってきた。

―――涼二の精子が。子種が欲しい。

何を馬鹿な、さっきと考えていることが違う。こんなの、俺の思考じゃない。
僅かに残った理性で出所不明の意識を押さえ込もうとするが、
その理性すらウイルスに感染したかのように、次第に抵抗する気力がなくなってしまう。
まともな意識が、異常な意識に塗り替えられていく。

あぁ…そうか、これって、

「…あ………いやだ…!」
「はぁっ、は…何がだ!?」

本能…?
791 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/10/12(金) 01:36:41.04 ID:T/o0PUC/0
「…中で…出してほしい…!」
「何言って…っておい、脚離せ!何やってんだ!?」

言われて気が付いた。
いつの間にか涼二の腰に脚を回して、がっちりと固めている。気付いた後も、緩める気になんてならなかった。
全く自然に、精子を逃すまいと力が入る。

「大丈夫だって!ピルあるから…!」

小澤に貰ったアフターピルは、ある。けど、実はもう飲む気なんてない。だって…飲んだら孕めなくなるんだろう?
そんな考えにも、何の疑念も抱かなくなっていた。

「…今のお前、何か怪しいぞ。さっきと雰囲気が…」
「いーじゃん、中で出した方が絶対気持ちいいぞ」
「バカッ!腰を動かすなっての!」
「あはっ…ほらほらー、んっ…このままイっちゃえって…」
「やめろヤバいって!ぐっ…くそ…せい!」
「ひゃわっ!?あーっ!何しやがる!」

こちょこちょこちょ。
脇腹をくすぐられ、力が抜けた一瞬を涼二は見逃さず、腰を引き抜かれてしまった。
挿入前よりも更に膨張したブツから、途方もない量の精液が吐き出される。
俺だって男の頃に、こんな量を出したことはない。…女を相手にしたことはなかったから、本来こういうものなのかも知れないが。

「く…っ………はぁ…っ」

かなりの勢いを伴ったそれは、腹から胸、更に顔面にまで到達した。
鼻先に付着した精液。(俺にとっては)とてもいい匂いがするそれを、指先で絡めとって口へと運ぶ。
中に出してもらえなかったのは残念だが…まぁ、それはまたの機会に。
今日のところはこれを味わうだけに留めておこう。

「ふぅ…危ねぇ…とこだった…」
「りょーじの…味…中に欲しかったのに…」
「おーい、目ぇ覚ませ。美味くねぇだろ、それ」
「だからー…精神的に美味いんだってば」
「ちんちくりんのくせに、妙に妖艶だな…ほら、身体拭いてやるよ」

ティッシュで身体を拭って貰い、夢見心地でごろごろと喉を鳴らすように涼二へ擦り寄る。

大好きな人との初体験。凄く、良かった。
これはゴールじゃない。まだスタート地点に立っただけ。
次にセックスできる日が待ち遠しいな。明日?明後日?何なら俺は、今から第二ラウンドでも構わない。
あー、気持ち良かったぁー…。
792 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/10/12(金) 01:39:15.45 ID:T/o0PUC/0
「申し訳ありませんでした」

今、俺は土下座している。全裸で。
相手はパンツ一丁であぐらをかいて、腕を組んでいる涼二。

「…ビビったぜマジで。突然中に出せとか、だいしゅきホールドとか、ピルあるから大丈夫とか…お前あん時、絶対ピル飲む気なかっただろ」

ぎくっ。

「図星かよ!やれやれ…目が本気だったからな。誘惑に負けなくて良かったよ」
「だ、だって!急にそんな気分に…二重人格みたいな感じっていうか…!」

先程の行為が終わってから暫くは、いっぱしの女が事後にするかのように涼二に甘えていた。
少しずつ興奮が薄れていくにつれ、それまで抑圧されていた理性が回復して―――とんでもないことをした、と顔面蒼白になって。
そして今に至る。

あの時、急に湧き上がってきた感情。
あれは、やはり子孫を残すことを優先させる女体化者の本能だったに違いない。
賢者タイムとなった今、あの時の自分の言葉や一挙一動が、全く信じられないのだ。
悪霊に乗り移られた気分だ。記憶に残ってしまう分、よりタチが悪い。

もし本当に中に出されていたら、こうして冷静になった今、ピルを飲んだだろうか?
それとも、冷静になっても本能の部分は消えず、飲まなかっただろうか?
…恐ろしくて、試す気にもならない。

「次からは、絶対ゴム着けるからな。…穴、開けたりすんなよ」

呆れ顔で頭をぼりぼり掻いて、ごろりと横になってしまった。
うう、信用されてないのが悲しい。

「お詫びの言葉もございません…」
「まー、今回はもういいって。またしような」
「お、おうっ!次は、もっともっとサービスするから!他の体位とか、試してみたいし…恥ずかしい格好でも、俺は…」
「…ぐー」
「!?」

寝てるし!…ふぁ。俺も少し寝させてもらうかな。
あ、その前に報告のメールを典子に…いや、いつものメンツに一斉送信でいいか。内容は…そうだな。手短に。
今日から、涼二の彼女です。…っと。



…その後、一斉に返ってきた返信にてんやわんやして、寝るどころではなくなってしまうのだった。
793 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) [sage saga]:2012/10/12(金) 01:39:42.95 ID:w6lB58lBo
西田ちゃんktkr
794 : ◆suJs/LnFxc [sage saga]:2012/10/12(金) 01:52:31.83 ID:T/o0PUC/0
いつも見て下さっている方々、ありがとうございます。今回は以上です。

絶対にもうエロは書かない。絶対にだ。というくらい、エロ路線にしたことを後悔してばかりでした!
そしてハッピーエンド厨ゆえ、鬱展開にもできず!まぁそんな感じで迷走したお話でしたwwww
期待外れだった方、そもそも期待してない方は申し訳ないです!

さて、無駄に長かったこの話も次で漸くエピローグの予定です。
そしてそれが終わったら、次の話もまた書こうかな?と、ぼちぼち考えてるところです。

もう暫しお付き合い願います!
ではまた。
795 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) [sage saga]:2012/10/12(金) 02:03:19.34 ID:w6lB58lBo
なんという生殺し・・とりあえず乙でした
エロは需要があるので大丈夫ですよ

しかし涼二くんは試作3号機のように西田ちゃんに突貫したんですね
796 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :2012/10/12(金) 09:02:20.95 ID:CFSiuZgOo
カムバック乙おつ

そしてお題plz↓
797 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) :2012/10/12(金) 19:43:37.24 ID:w6lB58lB0
出来婚
798 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(中国地方) :2012/10/12(金) 22:58:53.45 ID:abrcRrkk0
GJすぎる!
799 :今スレ796でいつかの703 ◆wDzhckWXCA :2012/10/13(土) 22:21:53.90 ID:8PQC8NbRo
う〜〜〜〜〜
リハビリにもなっていないかも…orz

でも投下↓

「はい、記入事項に不備はありませんので、受理します。…おめでとうございます。」
 市役所の戸籍係で提出した一枚の紙は、特になにも咎められることなく──咎められる謂われはないが──、黒縁メガネの係員に受理された。
─ああ…結婚って、手続き上はこんなにあっさりしてるのか? もっとこう…なんていうか…
 婚姻届の用紙を持って市役所の入り口を通ったときの緊張感はいったいなんだったんだ─
「あの、戸籍謄本を取って行かれますか?ご婚姻の記念にと取って行かれる方もけっこういらっしゃいますよ」
「あ、ああ…そうですね。お願いします。」
 役所の窓口係の人に声をかけられて、ついそんなふうに答えてしまった。
「それでしたら、そこの印紙販売機で600円の印紙を買って持ってきて下さい。すぐ出しますから」
黒縁メガネはにっこりと印紙販売機を指さして言った。
─ちくしょう、さらに600円も取るとは…意外に商売上手じゃないか
などと考えつつも印紙を買い、窓口に持って行くと、黒縁メガネはすでに戸籍謄本を準備して待っていた。
「それではこちらがお二人の戸籍謄本になります。本日は本当におめでとうございました」
 黒縁メガネから謄本の用紙を受け取ってまじまじと目を通す…、俺と、半年前までは親友で、女体化してからは彼女で、そして今日からは妻になった相手の名前がしっかりと刻まれているのを見ると、表情が緩んでくるのを抑えることが出来なかった。
「……それと、ですね……、母子手帳ってのの交付は、どこの窓口に行けばいいんでしょうか?」
 俺は、顔から火が出るほどにまっ赤になっていたことだろう…。
800 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(不明なsoftbank) :2012/10/14(日) 22:17:59.55 ID:lUqgi82G0
高校に赴任した大学出の青年教師が担任になったクラスが開けてビックリ、にょたハーレム!
・・・・とか、誰か書いてくれないかなぁ
801 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) :2012/10/17(水) 09:16:16.07 ID:piTTz3cQ0
投下まだー
802 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2012/10/18(木) 22:54:16.00 ID:e6+i89Wa0
なんか描く↓
803 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(北海道) [sage]:2012/10/18(木) 23:16:49.15 ID:l6k/u6dAO
ピロートーク
804 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2012/10/21(日) 23:00:21.82 ID:5gaArPzt0
ピロートークまでのつなぎで安価「殺人」
http://u6.getuploader.com/1516vip/download/93/satujin.jpg
805 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(北海道) [sage]:2012/10/23(火) 09:15:46.71 ID:wrmU154AO
朝おん娘には男物の裸Yシャツorパジャマ(胸元のボタンが留まらなくてやむなく開放)が似合ってて尚且つエロい。
それを改めて確認できた。
806 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2012/10/27(土) 22:49:35.59 ID:kalziz+n0
 予告的な話投下〜



「隣のクラスに鴻坂っているじゃん」
「ああ、あの女っぽい顔した野郎か。確かこの前、発症しちまったんだっけ?」
「なんか、すげー美人になってるんだって! 見に行こうぜ」
「おいおい、ホントかよ?」

 休み時間。そんな会話も誰かを傷つけることになるとは知らずに、男数人が珍しいもの
でも見に行くかのように騒いで“発症”したらしい彼女の元へと向かった。

「(そっか、あの子、戻ってきたんだ……)」

 かつては無難に友人だった鴻坂 楓樹<こうさか ふうき>の話を聞き流しながら、
 僕ももうすぐ発症してしまうのだろうと漫然と思い、次の授業で使う歴史の教科書をパ
ラパラとめくって眺めた。

 今、習っている近代史。
 神様による世界各国首脳の拉致事件『神隠し事件』から超常災害に至るまで事件の数々。
 それは少し昔の人が聞けば、取るに足らない妄想だと断じるかもしれない。
 けど、僕たちの世界は確かに“形のないもの”でいっぱいなんだ。

 ――この世は不思議で満ちている。
 子供の頃、幼稚園の先生だか誰かがそう言ったのだ。現実と空想の区別もつかないよう
な頃に言われたことだから、当時はよく理解出来なかったけど。

 こうして明確に世界というものを認識できる年頃になって、その不思議は嫌なものでし
か構成されていないことに気づいてしまった。
 ファンタジーだなんて、言われてもワクワクできるものじゃない。
 世の中に魔法なんて存在しないし、ひょっとしたら超能力は存在しているのかもしれな
いけれど――確かにこの世界は、空想が現実になってしまったというけれど。
 蓋を開けてみれば、夢の様な幻想なんてどこにもなかったんだ。あるのはどこまでも、
現実的で、人に利益なんてちっとももたらさない不思議ばかりで――

「よう、月並みに語ってるかぁ?」

 目立ちたくないから、無意味な思考に耽って予習の振りをして関わるなとアピールして
いたのに。そういう行間を察してくれない人は、どんな場所にもかならずいるのだ。
 僕の机にどんとお尻を乗せて座る男――奥田栄治とその取り巻きの田中太郎と大徳寺て
らやす(後ろの二人は名前を覚えたくないから仮名。田中は没個性人間で、大徳寺はなん
か寺の息子みたいな外見をしてるから勝手にそう名付けた)

 例に漏れず彼らはこのクラスで空気が読めない側の人間だ。教室では浮いているのに、
それを強いと勘違いしている自称不良。というよりオタク傾向の強い人たちだけど。
 孤高を気取っているけど当然モテるわけがないため、いつも女に飢えていたりする。
807 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2012/10/27(土) 22:52:42.40 ID:kalziz+n0
「……予習、してるんだけど」

 嫌味ったらしく僕を威圧する奥田を無視して教科書に目をやったけど、開いてるページ
がページだった。それが、彼らに付け入る隙を与えてしまった。

「お、それ発症がメインのページじゃね? まだまだ授業じゃ先のところじゃん。かたる
ちゃん、発症に興味があったりするの? へー……」

 わざとらしく、粘着質で気持ちの悪い声で奥田は醜悪な笑みを浮かべ、田中が続ける。

「もしかしてかたるちゃん、女になりたいんじゃないの? ギャハハ、まじウケるッ!」

 人の気持ちも知らないくせに、そういう風に根拠のない話を笑いのネタにしては、何が
面白いのか三人はゲラゲラと笑い続ける。どこまでも完結してしまっている人たちだ。
 クラスから爪弾きにされてるのもたぶん、こういう特殊性に原因があったりするのだろう。

「かたるちゃん。真面目な話するけど、女になったら言ってくれよ? そん時ァ、俺たち
が色々と助けてやるよ、なんせ親友だしなァー?」

 下衆な思考を隠そうともしない下卑た口調で、遠まわしに助けることへのメリットを要
求しながら三人は去っていった。誰が助けなんて借りるものか。

「はぁ……」

 思わずため息が出る。彼らは出会った頃からあんな感じだった。
 何故なら、本当にモテないから。女子からは嫌厭され、男子からは普通に無視されてい
る。そんな逆境的な環境の中で、比較的絡みやすい存在が僕だったということなのだろう。
 ごく平凡な学力、ごく平凡な容姿、ごく無難に一人くらいは友だちを作り、適度に虐め
も受けたこともある過去――もしかしたらこれは現在進行形なのかもしれないけど、どの
クラスにも必ず一人はいる教室の隅っこで大人しくしているような人間、それが僕。
 かといって空気なわけじゃない。適度に虐めを受けるくらいには、他の誰かに僕の不快
な部分が見えてたりするのだろう。
 理想としては空気が良いのだけど、奥田に見つかってしまう辺り不完全だ。
 見つかってしまったのは僕が、それなりに可愛い顔をしているせいだけど。

「…………いや、ちがくて」

 思ってしまってから恥ずかしくなる。僕は別に自信家じゃない。
 こんなことを面前と言ったら、自意識過剰だと皆に嫌われるかもしれない。僕だって本
当はこんなこと言いたくない。だけど、これは驕りではなく本当の話なんだ。
 何故なら、アイツらは女子に縁がないのを良いことに、昔から僕に“女の役目”を押し
付けようとするのだ。奥田と対話をする時は、無駄に身体を触ってくるし、意味なく抱きつい
てきたりもするし、酷ければ女子の制服を盗んできて着させようとしたこともあった。
 彼らのそんな行動が、最近より顕著になったのは、僕が誰も好きになれなかったせいで、
発症が“確定”してしまったからだろう。そう。確定。
 月波かたるは恋愛療法士との治療に失敗してしまい、近々女になってしまう。
 だからあの三人は今のうちに唾をつけようとしてる。男であるこの僕に。

 それが、この世界の不思議の一つ。嫌な現実というやつだ。


 つづく


方向性は安価通り鬼畜系で考えてますが、そういうのアカーン!って人は今のうちにお願いします
808 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(中国地方) :2012/10/27(土) 23:22:10.49 ID:AOWMuhyw0
痛そうなのは苦手だけど鬼畜路線でも最終的にハッピーエンドならなんとか
もちろん作者さんの思ったように書いてもらうのが一番いいんですが
809 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) [sage saga]:2012/10/28(日) 08:26:14.84 ID:4It+KXczo
ひっそりと投下
810 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/10/28(日) 08:28:13.20 ID:4It+KXczo
それはそれは平和な日常・・






一日






白羽根学園では生徒会にはある程度の自治権が校則で認められており、各委員会は組織図の方針によってそれぞれの仕事に当たっている。主に生徒会は校則によって認められた自治権の下で小規模ながら校則の適正な改正やアンケートを取って生徒から寄せられてくる意見を適切な議論の元で反映していたりしている。
藤堂率いる応援団も生徒会の組織の一部であり、その方針に沿って各部活の引き締めおよび管理を適切に行い、風紀委員と連携しながら校内の平穏を保ち続けている。しかしいくら自治権が認められているとはいっても完全に自由というわけではなく、暴走しないために生徒会の担当教師である鈴木の監視も付いているので適切な緊張と規律は保たれているのだ。

そんな生徒会のために備えられたこの生徒会室・・ここでは会長である奈美が秘書的役割の下級生の生徒共に2人で膨大な量の書類を片付けていた。

「ふぅ〜、これでこの件は一通り片付いたわね。悪いけどこの書類全部を鈴木先生のところへ持って行って」

「こ、こんなにたくさんですか・・」

「男の子なんだから頑張って頂戴」

とはいってもこれまで片付けた書類は軽く10部以上あるので1人で鈴木のいる職員室に向かうのもかなりの苦労である。それに生徒会で最終的に決まった事案は書類によってまとめられ、そこから更に担当である鈴木の最終チェックと承認を経て校長である霞が認可すれば晴れてようやく実行されるのである。しかし担当である鈴木のチェックは流石に厳しく、彼女から書類を突き返されたら検討したり場合によっては臨時の生徒会会議を開いて修正案を協議したりしなければならないのでこの処理が結構骨が折れるのだ。

「突っぱねられたのは自販機増設に学食のメニュー増量はまだわかるけど、大型備品の買い替えが却下されちゃったか・・これは結構痛いわね。
前の会議で教室の机や椅子がそろそろガタがきていて買い替えが必要って意見が多かったから通ったんだけど・・まさか突っぱねられるのは困るわ、次の生徒会会議で盛り込まないといけないわね」

こうして奈美は鈴木から突っぱねられた書類の数々を吟味しながら現状を考えた上で優先順位をしっかりと組み立てながら次の生徒会会議の議案で再検討する議題を選び出すが、この動作がわずか数分なので奈美の基本的スペックの高さが伺える。そんな作業を繰り返しているとノックの音が響く。

「とりあえず会議で再検討するのはこんなものね。生徒会の自治が認められてるから書類の数も多いわ・・ってどうぞ」

「失礼しますよ、生徒会長殿。先ほどの応援団の定例会議で決まった交友祭の最終的な現場の配置と、その準備中に部活の顧問の先生方に代わって監視する応援団員の配置及びローテーションです」

生徒会室に入ってきたのは応援団副長の宗像 巌・・通称仏の宗像である、彼を中心として実質的に応援団の実務も取り仕切っているので必然的に団長の藤堂よりも生徒会室に出入りする回数が多く、今日も先ほどの定例会で決まった議案を膨大な書類に代えて奈美の元へと差し出す。

「ご苦労様。また書類のチェックしなきゃいけないのね・・」

「黒羽根高との交友祭が決まったので仕方ないことでしょう。生徒会のメンバーが部活禁止なのは納得がいきます」

「そうね。鈴木先生に頼んで臨時に応援団の権限を拡大して正解だったわ」

白羽根学園では生徒会の自治が認められている代わりに実務的な処理が生じるので生徒会に属する人間は校則によって部活動が禁止されている、それに黒羽根高との交友祭も決定したので実行委員である生徒会と教師たちは毎日てんてこ舞いの忙しさに見舞われているのでその打開策としてこの度臨時的ではあるが応援団の権限が普段よりも拡大されているのだ。
811 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/10/28(日) 08:28:29.56 ID:4It+KXczo

「はぁ・・今日は近所のスーパーで特売があったんだけど、行けそうに無いわね」

「ま、自分も似たようなものですよ」

「随分と楽しそうに見えるのは気のせいかしらね。・・それに前に言ってた部活の予算のことだけど、鈴木先生と校長先生に嘆願したら10%の圧縮で何とかなったわ」

「ありがとうございます。全部活の部費20%の削減は困りますからね」

「これで借りはチャラ、後は応援団に任せるわ」

「わかりました。会長自ら動いてもらったおかげで助かりましたよ」

宗像はその巨体に似合わぬ理知的な笑みを浮かべながらメガネを光らせる、以前宗像には柔道部騒動での後処理の時に関わっていたとされる生徒会の人間の所業を白日の元に晒してもらったので代わりとして奈美はこれまでの応援団の予算アップや部活の配慮などで度々鈴木と霞相手に談判してきたのだ。

「藤堂さんがこの事実を知ったらどうなるでしょうね」

「さぁ・・ただ素直に納得しないのは確かだと思いますよ」

取り合えて口には出さない奈美だが、本来ならば生徒会の会議やこういった書類の提出なども応援団の団長である藤堂の役目でもある。彼女自身が多少ばかり苦手としているのもあるものの・・実際には宗像自身が好んでやっている部分が9割を占める。

「それにしても交友祭だからと言えども、ちょっと黒羽根高に訪問しすぎじゃないの?」

「重要書類を渡しているだけですよ。それにあそこはこっちと違って生徒会が存在しませんから、教頭の種田先生が忙しそうに動き回ってましたよ」

一応宗像も嘘は言ってはいないのだが、正直なところは京香が白羽根学園に訪問するだけで災害が起こるのと同意義なので彼女と面識がある宗像がちょくちょくと訪問しているのだ。しかし事情を知らない奈美からすれば明らかに不自然すぎるし、そもそも宗像は放浪癖があるのでそれも踏まえてのことである。

「高度に言い繕ってサボるのはあなたの常套手段でしょ?」

「何を言っているのかわかりませんな」

ワザとらしく惚ける宗像に奈美はこれ以上何も言わずに会長専用の判子を構えて宗像が提出した書類に華麗に判を押していくと物の数分で全ての書類をチェックした上で宗像に突き返す。

「はい、完了。後は職員室で提出していいわよ」

「・・実務能力がボロボロの骨皮先生とはえらい違いですね」

「こっちも早く帰って勉強やら小さい妹たちの晩御飯作らなきゃいけないの、無駄な時間はありません」

「やれやれ・・それでは失礼します。ついでに職員室に提出する書類も代わりに渡しますよ」

宗像とて奈美の忙しさは把握している、何せ交友祭までの準備やチェックや指揮もしなければならないのでこれぐらいのことは当然として黙って何も言わずに負担を少しでも軽減させる、最初の書類プラスアルファを軽々と脇に抱えた宗像は一礼して生徒会室を後にしても奈美の仕事はまだ終わらない・・


812 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/10/28(日) 08:29:56.85 ID:4It+KXczo
外はまさに豪雨とも呼べる雨の中が降り続いており、靖男は1人職員室でその様子を窓越しで見ながら溜息を吐いていた。

“この豪雨の影響で○○線は運転を見合わせており・・”

「おいおい、帰ろうにも帰れないじゃないか・・」

学校に出勤したときには多少曇り空が目立ってはいたものの、さして悪い天気ではなく特に問題は無かったのだが・・夕方になって突如として雲は巨大な雨雲へと姿を変えて台風並みの強風と豪雨を撒き散らしており周辺の交通機関は麻痺してしまっており、電車通勤していた靖男も帰るに帰れない状態だ。

「あら、骨皮先生・・どうしたの?」

「校長先生、電車が止まって帰れないんで宿直室に泊まって良いですか?」

「ダメよ。あそこは文化祭とかで夜遅くまで残っている生徒を監視するためだけにしか使用しちゃいけないの、それに電車が止まってもタクシー呼べば済むことだし、学校の近くにホテルもあるんだからそこを利用したら良いことでしょ?」

霞の言うように止まっているのは電車だけなのである程度の渋滞は覚悟して地下鉄やタクシーやバスなどの交通機関を利用すれば帰れるレベルではあるが・・金欠な靖男にそこまでの余力は無い、それに車出勤している教師はこの事態を察知して殆ど帰ってしまっているので靖男もダメ元で霞に宿直室の許可を願い出ていたのだが・・笑顔でさっくりと突っぱねられてしまう。

「そんな余裕あったら今頃はタクシー呼んでますよ」

「だったら頑張って歩いて帰るのもいいんじゃないの? 骨皮先生は私よりも若いんだから楽勝でしょ」

「見た目と言葉が全然合ってませんよ。校長先生だって1人で帰れるんですか?」

「当たり前でしょ!! それに私の家はこっから徒歩3分以内だから苦じゃないわ」

実際に霞の自宅はこの白羽根学園から徒歩3分以内にある場所なのでこの豪雨の中でも間違えたりしなければ普通に帰れるのだ。

「ま、そういうことだから避難警報が出ないうちに早く帰ったほうが良いんじゃないの?」

「・・学校の電話借りて良いですか」

「別に良いわよ。迎え呼ぶんなら校舎の外で頼むわよ」

少しため息を吐きながらもこのままじゃ帰るに帰れない靖男であったが、ここは私情を捨ててあるところへと電話を掛ける。

813 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/10/28(日) 08:30:42.63 ID:4It+KXczo
“はい、黒羽根高校の神林です”

「ども・・白羽根の骨皮ですけど、種井先生をお願いします」

“わ、わかりました・・”

どうやら電話に出たのは真帆のようだが、言葉が少し硬くどこか緊張しているようであったがそのまま保留音が受話器を通して鳴り響く、そのまま靖男はしばらく深呼吸しながら心境を落ち着かせるとしばらく時間が経ってから京香へと電話が繋がる。

“・・なんだ。ポンコツの戯言ならクソガキにやってくれ”

「(相変わらずムカつくが今はこいつしか頼れない・・)単刀直入に言う、俺を家まで送ってくれ!!」

“ハァ!? なに寝言言ってるんだ、さっさと仕事して帰れボケッ!! んじゃ切るぞ”

「待て待て待て!!!! この豪雨の状態は知っているだろ? もうお前しか頼れる奴がいないんだ」

私情をぐっと堪えながら靖男は淡々と京香に事情を説明する、車通勤している教師がいないこの場において靖男が頼れるといったら京香しかいないのだ。

「だから頼む、金も無ければ足も無い俺を送ってくれ」

“・・全く、普段からそう素直になればこっちだって余計なこといわなくて済むんだ。しゃあないから送ってやる、横にクソガキがいたんじゃてめぇに言いふらされちゃ溜まんねぇからな”

「感謝するよ。んじゃ着たら俺の携帯に連絡してくれ」

“いい身分してるな。クソガキに俺のこと話したらぶっ殺すからな、そいつを忘れんな!!”

そのまま京香から強引に電話を切られると靖男は胸を撫で下ろしながらコーヒーを淹れて心を落ち着かせる。ここで京香に貸しを作ったのは非常に痛い選択であるが、もし瑞樹や葛西などが出てきてしまったら非常に面倒になることは間違いないのでここは苦渋の決断で京香に縋ることにしたのだが、表情だけはどうしても抑えきれずに苦虫を噛み潰したような表情でコーヒーを啜る。

「あいつに貸しを作るのは嫌だったが、ここは仕方ない・・」

「骨皮先生、話は付いた・の・・?」

「あっ、校長先生。ご心配なく、何とか迎えが来るんで」

「そ、そう・・よかったわね」

流石の霞も今の靖男の強張った表情を見ていて直視できずに少し一歩引いてしまうが、それだけ靖男が普段とは全く違うということである。

「と、とりあえず・・帰る時になったら言ってね、守衛さんに引継ぎしないといけないから」

「・・わかってますって」

そのまま靖男はコーヒーを飲みながら京香を待つのだが、言い知れぬ敗北感と絶望感に苛まれながら長い長い時間を過ごすのであった。


814 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/10/28(日) 08:32:10.48 ID:4It+KXczo
数十分後・・ようやく京香からの連絡を受けた靖男は霞に一言断りを入れて退勤すると豪雨が降り注ぐ中で京香の車を見つけると間髪入れずに助手席に乗り込む、運転席ではタバコを吸いながら不機嫌そうにしながらも律儀に京香が待ち続けてくれた。

「よぉ・・変なこと頼んで悪かったな」

「さっさと行くぞ。車汚したらその場で叩き出すから覚悟してろ」

「・・悪かったよ」

本来なら京香とてこの後の出勤が控えているので決して暇ではないのだが・・どうやら靖男を迎えるためだけに休みを入れたようで心なしか機嫌がすこぶる悪く、タバコの本数も明らかに増え続けている。

「てめぇの家に行く前に真由の家に行くからな」

「別に俺は良いが・・姉さんは大丈夫なのかよ」

「知らん。ま、しょっちゅう家にいるんだから何とかなるだろ」

相変わらずの京香に靖男は少しため息をつきながらも特に反対はせずに急遽行き先を真由の家へと向かう、それに京香の機嫌の悪さの原因の半分は靖男にあるのでこればかりはなんとも言えないものだ。

「そういえば姉さんから聞いたが、娘が出来たんだってな。とりあえずはおめでとうって言ってやるけど一体どんな娘なんだ?」

「・・てめぇみたいなポンコツに会わせたら娘に悪影響が出る」

「失礼なこというな、これでも教師で飯食ってんだぞ」

「毎回のようにクソガキに叱られているだろうがッ!!」

声高らかに反論する靖男であるが、実態を熟知している京香にあっさりと翻される。それに京香としても娘である莢は既に靖男とは面識があるので出来ることならば会わせるのは避けたいところだ、真由も通して黙っているので靖男が詮索するためには直接京香に聞くしかないのでそこら辺は安心といったところだろう。

「それにてめぇと俺は従姉弟だろ。お前の姉貴が結婚して子供が出来たら別だろうがな」

「うちの姉ちゃんは当分結婚は無理だな。というか昔から思ったけど2人ともあんまり姉ちゃんには興味示さなかったよな」

「そりゃそうだろ。てめぇのような人間のほうがよっぽど珍しいぞ」

靖男のように親戚問わずに仲が良い人間のほうがかなり珍しい部類に入る、それに京香からすれば靖男の姉は関心の外にあるので興味も示さなければ干渉すらしない、せいぜい結婚式か何かかがあったときに呼ばれるようなぐらいのものだ。

「考えてみればお前とはガキの頃から喧嘩したりしてたが・・真由には甘えてたよな」

「うるさいな、姉さんはお前と違って包容力があんの。今でも同じ姉妹とは・・」

「・・豪雨の中で1人で帰りたいか」

この2人は昔から会うたびに口喧嘩しているので間に真由がいないと収集が付かないのだ、お互いに仲は決して悪くは無いものの持って産まれた性格がそうさせているのかは謎であるがどうも2人は喧嘩しないと収まりが付かないようだ。

815 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/10/28(日) 08:32:19.34 ID:4It+KXczo
「前から思ってたんだが、何で教師やってるのにキャバなんてしてるんだ?」

「その店で格安価格で飲んでいるてめぇに言われたくは無い!!」

「本当に不良教師だな。つくづく騙されている世間様が哀れに思うぜ・・・って悪かったよ」

このまま京香をおちょくってたら本気で車から叩き出されるので流石に靖男もこれ以上は自重する、彼女については子供のときからの付き合いなので何をやろうとしているのかは手に取るようにわかる。

「・・そういえば去年にてめぇの生徒で面白い奴がいるってクソガキから聞いたな、確か名前は相良 聖とか言ったな」

「おいおい、頼むからお前は相良に興味を持たんでくれ。ただえさえ手が掛かるんだから・・」

女体化のおかげで女としては全てにおいて完成されているのが相良 聖という人物なのだが、それに騙されてしまってはいけない。実際には野獣でも逃げ出すほどの本能と女としては違わぬ圧倒的な腕力と各種格闘技の数々は並みの男はもちろんのことでその手の人間でさえも倒すのは困難とされている。京香も聖については霞から色々伺っているのである程度は把握しているが、実物は見たことが無いので興味が無いといえば嘘になる。

「んで、その相良 聖ってのはどんな奴なんだ?」

「まぁ・・他よりも少しだけやんちゃなだけだ。悪い奴ではない」

1年間の間ではあるが靖男は聖の担任をしたときは聖が起こす様々な騒動と嫌でも対峙したのだが、何だかんだ言いつつも今でも時々何か奢ってあげたりしているので色々な意味で忘れることは出来ない人物だろう。

「楽しそうだな・・」

「そうか? お前は今まで担当してきた生徒の中で誰が印象に残ってるんだよ?」

「色んな奴がいたからな、頭のいい奴やそうでもない奴に問題ある奴に平凡な奴・・みんなまとめて卒業させたからな」

「大方は力づくで押さえ込んだんだろ」

靖男も京香の現役時代の逸話はよく耳にする、実習生の頃から熱心に問題を片付けて正式に教師になって学校に赴任すると副担任の頃からいじめ問題を片っ端から解決して問題のあったクラスを全力で立て直し続けて破竹の勢いで実績を上げて今の地位へといるのだ。

「でも何で教師なんて選んだんだ? 卒業するときは大企業を始めとしてあの平塚本社から直接打診も受けたって姉さんから聞いたぞ」

「別に他意はねぇよ、院に行ったところで面白みは無さそうだったし企業に関しても柄じゃなかったからな。教師なら退屈することも無いだろうって考えたんだよ」

「贅沢な奴め」

常に留年ギリギリだった靖男が必死で教員になったのに対して京香は余裕でぶっちぎりの実績を残しながら教員になっているのだ、それに京香の行動力の凄さと明晰ぶりは今に始まったことではないので自分と比較しても虚しいだけである。

「っと、タバコが無くなったな。途中コンビニに寄る」

「吸いすぎなんだよ」

「ほっとけ!!」

タバコが無くてイライラしながら京香は豪雨の中で車を進めていくのであった。


816 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/10/28(日) 08:33:00.74 ID:4It+KXczo
豪雨と共に雷も激しさを増しており、それに伴って風も暴風と化しておりただの夕立は台風並みの災害と化していた。そんな中で我らが相良 聖は刹那が翔の別荘で凌ぎながら前に靖男から貰った使い捨てのゲーム機で遊んでいた。

「よっしゃ!! これで俺の勝利だぜ」

「・・強い」

流石にゲーセンを総なめにしている聖も家庭用ゲームに関しては勝手が違うのか刹那と互角の勝負を繰り広げており、一進一退の展開を楽しみながら繰り広げていた。

「なぁ、おい・・」

「何だよ。飯なら刹那が終わるまで無いぞ」

「そうじゃなくて・・本来ならば辰哉や狼子もいるべきだろ」

「文句が多い奴だな!! んなこと言ってる暇があるなら買い物でも行って来いッ!!!」

妙に機嫌が宜しくない翔であるが聖にしてみれば全然関係ない事である、宿題も刹那のおかげで手早く終わらせることが出来たので後は外の天気が収まるまで刹那と遊び倒すつもりである。

「この台風並みの豪雨の中で買い物なんて行けるかッ!!!」

「グダグダと情けねぇ野郎だな!! それでも俺の男かッ!!!!」

いつものように刹那を挟みながらあーだこーだと言い争う2人であるが、間にいる刹那にしては溜まったものではないのだがツンや狼子のように止める術を持っていないのでここは成り行きを見守るしかない。

「大体てめぇはあの藤堂と同じクラスなのが気に入らねぇ!!!」

「そりゃ同じ特進クラスなんだから仕方ないだろ!!! それに少なくとも勉強する間だけだから他が終わったらお前らと合流しているだろうがッ!!!!」

「うるせぇ!!! もう俺は刹那と結婚してやるッ!!!!!!」

「・・自棄になるなよ」

流石の翔もこれには少なからずショックを受けているようで隅っこでトボトボとしてしまう、聖は気にも留めずに再び刹那とゲームをしながら当初の予定通りゲームを遊び通す。

「しかしポンコツ教師からゲーム貰ったのはいいが、ソフトがしけてやがるぜ。ドクオから少し貰えばよかったか?」

「あのよ・・骨皮先生も一応は教師なんだから分別はつけようぜ」

「あんなポンコツに誰がへーこらするかッ!!! 刹那も今後のためによ〜く教えてやるが、あのポンコツ教師を真に受けるんじゃねぇぞ」

「・・うん」

本人の知らぬ間に教師としての面子が失われつつあるが、靖男はマイペースのままに行動するのである意味では自業自得とも言えるのが恐ろしいところである。

817 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/10/28(日) 08:33:23.44 ID:4It+KXczo
「それで・・刹那ちゃんが狼子と一緒じゃないのは珍しいな」

「黙れ、こr・・たまたま」

「(これはいい傾向として喜んでおくべきか?)そ、そっか・・」

最近は刹那も狼子を初めとして周囲のおかげもあってか徐々に毒を吐くことも少なくはなってきているのだが、それでも抜け切れぬ部分は多々あるようで度々困惑させているのはご愛嬌といったところであろう。

「あのな! 刹那はお前と違っていい子なんだよ!!」

「・・」

「わかったから大人しくしてくれ・・でも刹那ちゃんもご飯作ってくれるのは凄くありがたいけど本当にいいのか?」

「・・構わない、お世話になってるからこれぐらいはする」

どうやら刹那なりに一宿一飯の恩義は感じているらしく料理に関して壊滅的なこの2人にとっては非常にありがたい申し出である、しかしまともに料理をしていないことが祟ってか恐らく冷蔵庫の中身は空っぽに近いので買い物が必要なのだが・・この豪雨の中での買い物はかなりしんどい。

「刹那、何を作るつもりなんだ? 買い物ならこのバカに行かせるから」

「あまり材料が無いから・・何が食べたい?」

「そうだな・・ここは豪勢にすき焼きなんてどうだ!!」

「・・鍋はあるから問題ない。だけど材料が少ないから買い物が必要」

この家はツンや狼子のおかげで一通りの調理器具は揃っていたので後は料理が出来る人間がいたらそれでいいので後は買い物をして材料が揃っていれば刹那一人でも何とかなるのだ。

「というわけで行って来い、いい肉買ってこないとぶっ殺すからな!!」

「・・材料はこのメモの通りで」

「お前らな・・ってわかったよ、買いに行くから待ってろ」

外は文字通りの暴風雨なので外出などとても出来る状況ではないが、材料が無ければ買い物するしかないので翔は盛大な溜息を吐きながら刹那からメモを受け取って準備を整えて買い物へ行くのであった。


818 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/10/28(日) 08:36:09.80 ID:4It+KXczo
ギコギコスーパー


何とか外の暴風と豪雨の中を命からがら切り抜けた翔はようやく大型スーパーに到着すると早速刹那が書いてくれたメモを見ながら目当ての品を次々にカゴに入れていく、こんな日でもスーパーは日常どおりに営業しているのでここは別世界なのかと一瞬錯覚してしまうが、そんなことをしている暇も無いのでさっさと買い物を済ませる。

「はぁ〜、野菜はこれでOKっと・・次は肉か」

既にカゴには大量のすき焼きの材料がひしめき合っており、後は肉だけなのだが・・安いものは迂闊に買えないので慎重に吟味しなければ聖にどやされてしまうのは目に見えている。

「さて何の肉にしようかな・・おや、あれは辰哉か。お〜い!!」

「あっ、先輩!!」

偶然に肉売り場には自分と同じような格好をした辰哉の姿が目に付くと翔は自然と声を掛ける。

「よぉ、お前も買い物か・・」

「ええ、先輩も一緒みたいですね・・」

「「ハァ・・」」

どうやら互いに経緯を語らずとも似たような境遇なのは間違いないようで安心感にも似た盛大な溜息が2人同時に出る、哀しい習性からふと同時に自分たちの未来予想図が一瞬だけ思い浮かんでしまったのがなんとも哀愁を漂わせる。

「・・お前のところは何なんだ?」

「・・すき焼きですよ、先輩も同じみたいですね」

「あいつらの思考回路って何で一緒なんだろうな」

「そりゃ、似たもの同士ですからね」

買い物をした経緯に加えてそのメニューまで一緒・・2人ともお互いの彼女の思考の一致振りに思わず感心してしまうが、こればかりは溜息を通り越して苦笑しか浮かばない。

「そういえば先輩は誰が料理作るんですか? もしかして相良さんが・・ッ!!」

「違う違う、刹那ちゃんだよ。何か偶然にも一緒に帰ったんだと・・そっちは狼子だけか?」

「ええ、友ちゃんと祈美とか・・ま、いつもの面子ですよ。だけど刹那ちゃんがそっちにいるとは」

「ま、賑やかなのはいいけど・・なぁ」

「・・気持ちは察しますよ」

翔の言いたいことはわかるので辰哉も一応同情はしておく、実際辰哉もここのところは少しご無沙汰気味なのでこればかりは仕方が無いところである。お互いに上質な肉を選びながら山盛りにカゴに入れると買い物はこれで終了となる。

819 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/10/28(日) 08:36:31.67 ID:4It+KXczo
「ふぅ、これで終わりましたね」

「そうだな。にしても辰哉は自分から誘わないほうなのか?」

「ブッ!! いきなり何言ってるんですかッ!!!」

いきなりの翔の問答に少し吹いてしまう辰哉であるが、せっかく会ったんだから何か会話をしないと元は取れないと思ったのだ。それに男同士なのでこういった会話も結構楽しいものだし、互いの性格が現れて対比できるのでそれもそれで面白いものである。

「んで実際はどうなんだ?」

「そ、その・・雰囲気に身を任せるって形ですかね」

基本的に辰哉と狼子も奥手ということもあってかその場に雰囲気に身を任せることが非常に多い、ある意味初々しいというか慎ましやかで健全というべきであろう。実際礼子も狼子に関してはそこら辺の心配は全くしていないので安心すべきところである、逆に聖と翔に関しては靖男にもからかわれている通りに制作率は半端無く多いので度々翔はそこら辺を玲子にきつく言われており、色々な意味で周囲をヒヤヒヤさせているのである。

「そういう先輩はどうなんですか?」

「俺はあれだよ。普通に誘えば雰囲気なんて勝手に作れるからな」

辰哉も身近にいるのでこの2人の制作率の高さはよく知っているが、こんな形でごく自然に発展させているとは予想外である。

「ま、男と女のやることなんて決まってるしな」

「ハハハ・・そういえば先輩は生徒会に入りませんよね?」

流石に会話が生々しいので辰哉は話題を転換させる。翔の所属する特進クラスでは大半が生徒会の人間なので別名生徒会クラスとも呼ばれており、特進クラスに所属していながら生徒会に入らない翔は少し異質ともいえる存在である。

「ああ、随分前はよく声掛けられたけど・・俺の趣味じゃないから断った。生徒会ってどうも堅苦しいイメージしかないからな」

「何だか勿体無いですね」

「ま、応援団の連中みたく暑っ苦しいのはどうもな・・あれって、橘先生じゃないのか?」

「あっ、本当だ」

ふと視線を泳がせていた翔は黙々と買い物をしていた瑞樹の姿が目に映ると辰哉と一緒に何ら抵抗も無く声を掛ける。

820 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/10/28(日) 08:36:59.16 ID:4It+KXczo
「どうも〜」

「橘先生も買い物ですか?」

「・・こんにちわ」

多少柔らかくなったとは言っても無愛想ながらぎこちなく挨拶する瑞樹の姿に2人はどうもやりづらさを感じてしまうが、瑞樹にしてみればさして普通のことである。

「え、えっと・・橘先生も晩御飯の買い物で?」

「いつも使っている商店街がこの天気で休業状態なので」

「そういえば前に商店街で会いましたね」

実は辰哉は前に狼子と一緒に白羽根学園の近所にある龍神商店街で偶然にも瑞樹と出会っているので彼女がこのスーパーにいる理由はわかる。

「・・2人も買い物ですか?」

「メニューは仲良くすき焼きですけどね」

少し照れくさそうに笑う翔に相変わらず瑞樹は無表情のまま商品を的確にカゴに入れていく、何だかんだ言いながらも人並みの青春を送っている彼らの姿が瑞樹からすれば凄く眩しいもので聖と狼子に関しても個人的には気に掛けているつもり。

「そういえば辰哉から聞いたんですけど・・何かあいつが先生に迷惑掛けたようで申し訳ないです」

「いえ、気にはしてませんので・・」

「ま、まぁ・・それにしても外は台風並みですよね〜」

「・・朝方の雲の動きや積乱雲の発達を見ればどんな天気になるかはある程度予想がつきますから気象予報の知識があれば誰にでもわかることです」

実際に瑞樹は今朝の空模様からこのような事態になることは予め予想が付いていたのでそれらを見越して今日は車で出勤したのだ、元来から科学・化学寄りの理数系の知識を持っている瑞樹にしてみればそういったことはお手の物で何とか靖男を送りたかったのだが、残念ながらそのときに靖男は一足早く京香の元へと出向いてしまったので渋々1人で帰宅したというわけである。

(先輩・・やっぱり橘先生相手に会話を続けるのは厳しいですよ)

(ああ、学校にいるときと全然変わらないぜ・・)

流石に瑞樹と会話を続けるのが難しくなった2人であったがこればかりは仕方が無いものがある、何せ普段から淡々としながら隙を全く見せない瑞樹相手にここまで会話できるだけでも大健闘といえるべきものだろう。

「・・では私はこれで失礼します。あと少しで天気も落ち着くと思いますので気をつけて帰ってください」

「あ、ありがとうござい・・ます・・」

少々変な言葉を残しながら瑞樹は2人の前から静かに立ち去っていくのであった。



821 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/10/28(日) 08:38:06.61 ID:4It+KXczo
真由・マンション

その頃、靖男と京香は予定通りに真由のマンションへとたどり着いており、真由が驚愕の顔色で出迎えてくれた。

「なっ――!! ・・このひどい天気は2人のせいだったのね」

「人を天災扱いするなッ!!!」

「姉さんも悪い冗談はやめてくれよ・・」

常に喧嘩している2人が同時に自分の下へと来たのだから流石の真由も驚くのは無理が無いところである、しかしこのまま驚いたままでは一向に進まないので真由はとりあえず2人を部屋の中へ招き入れるとこの豪雨の中で2人に飲み物を提供する。

「はい」

「おおっ! 温かい飲み物はありがたい」

「・・俺は酒のほうが良かったけどな」

真由から出された紅茶に喜ぶ靖男に対して京香は少し不満げであるが有難くいただいておくことにする、それに真由も現在連載していた漫画の設定に煮詰まっていたところだったので2人が着てくれたことによっていい気分転換にもなるのだ。

「それで2人とも何の用事なの? 子供の面倒は今のところは大丈夫よ」

「ま、ノリで・・」

「別にしょっちゅう暇してるんだからいいだろ」

「漫画家ってのも結構忙しいものよ。締め切りに追われたり編集と打ち合わせしたりで・・」

売れっ子漫画家も決して暇ではない、編集との打ち合わせやアニメ化に関する打ち合わせもあるし原稿の締め切りもあるので常に余裕があるわけではないのだ。

「でも姉さんは凄いよな。ヒットしてるならアシとか雇えばいいのに」

「結構費用がバカにならないのよ。まずはスペースを確保するために不動産の手続きとかもあるし人件費もバカにはならないわ」

「住居に関しては会社が負担してくれるだろ。そこら辺はどうなんだよ」

「ま、会社もそこは負担してくれるらしいけど・・アシの人件費がね、こればかりは実費だから仕方ないんだけど僅かに赤字になっちゃうから困るの」

真帆にも家庭があるのでそこら辺の兼ね合いもある、それに不動産関係は出版社がある程度は負担はしてくれるがアシスタントの人件費に関しては別でこれまでの漫画の収益から人件費を差し引いたら僅かながら赤字になってしまうのでアシを雇おうにも雇えないのだ。

822 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/10/28(日) 08:39:41.62 ID:4It+KXczo
「それに家事や子育てもしっかりとしなきゃいけないからね。旦那にはなるべく迷惑は掛けたくないし・・」

「子育てに関しては旦那にもやらせておけ! 仕事で言い訳して逃げる口実を与えんな!!」

「おいおい、姉さんにも事情があるんだから仕方ないだろ。俺たちがとやかく言えることじゃない」

「ま、お姉ちゃんも心配してくれてるのはわかるよ。そうそう前にお姉ちゃんから着信があったけど・・なんだったの?」

莢と由宇奈の関係が発覚してから京香は深夜にも関わらず無意識のうちに真由に電話を掛けていたようだが、当然のように真由は眠っている時間帯だったので何が何だかわからない状態だったのだ。

「・・別に」

「おいおい、姉さんのことを言っておきながら自分のことはだんまりかよ」

「うるせぇな!!! 俺にも色々あるんだ、てめぇみたいなポンコツに話す義理はない」

「何だと!! 不良教師に言われたくねぇ!!!!」

珍しく2人が大人しく平穏だと真由が安心したのもつかの間で再び真由を挟みながらいつも通りの口喧嘩の応酬が幕を開ける、真由自身はこんな光景など小さい頃から見慣れているので大したことは無いもののこれから自分の子供が大きくなるにつれてこんなことをされては教育に悪影響を及ぼすだろう。

「子供起きちゃうから2人とも切りのいいところで止めてよ。いい歳して昔とちっとも変わってないんだから・・」

「チッ・・昔からこいつはこうなんだよ。もう少し可愛げのあるところ見せろってんだ」

「人の事を言えたことじゃないだろ。お前だってそろそろ落ち着いてだな」

「ストップ!! ・・ハァ、毎度の事ながら止める立場のことも考えてよね」

真由は盛大な溜息をつきながらいつまで経っても変わらないこの2人には頭が痛い、お互いにもういい年齢なのだからそろそろこんな子供じみたことは既に卒業してくれたら非常に有難いが2人の性格ではどうも無理なようだ。

「・・姉さん腹減った」

「こいつを迎えてから飯食ってなかったっけか」

「そのことなんだけど・・悪いけどお姉ちゃんか靖男君どっちでもいいから買い物行ってくれないかな? 原稿仕上げるのに夢中で買い物忘れちゃった」

少し照れくさそうにする真由であったが、幸いなことに車で来ているこの2人なら買い物をしても全然苦ではないだろう。それに真由の家に強引に押しかけてきたのだから断る理由など無いし少しばかりは元を取らせてもいいぐらいである。

823 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/10/28(日) 08:40:13.51 ID:4It+KXczo
「んじゃ俺が行くから・・車貸してくれ」

「断る! てめぇに貸して事故られたらこっちが困るからな。歩いていけ」

「おいッ!! この台風並みの天気で歩いて買い物なんて死ぬわッ!!!」

「ざけんなッ!! 男ならやりぬいて来いッ!!!」

せっかく収まったと思ったらまたすぐに始まる2人の口喧嘩・・こればかりは流石の真由でも手に負えないものである、そんな下らない言い争いが永延と続く中で遂にベビーベッドで眠っていた真由の息子が泣き始めてしまった。

「ああっ!! せっかく眠ったのに2人のせいで起きちゃったじゃないのッ!!!」

「姉さんには悪いがこっちも忙しいんだッ!! 大体てめぇがああだから・・!!」

「うるせぇ!!! 大体ポンコツの癖に素直に聞かないてめぇのせいで・・!!」

いつまでも小学生レベルの争いをやめない2人にとうとう真由も堪忍袋の緒が切れたのか、泣き叫ぶ息子をあやしながら2人に怒鳴りつける。

「・・いい歳こいて下らない事で喧嘩する暇があったらさっさと行ってきなさいッ!!!! お姉ちゃんは買い物!! 靖男君は家の手伝い!!」

「姉さんッ、待ってくれ!! 元はといえばこいつが・・」

「そうだ!! 俺が早いところこのポンコツを叩きのめして・・」

「言い訳無用!! 教師してるのにこんな小学生みたいな喧嘩をして――恥ずかしくないのかしらッ!?」

正論というかもっともというか・・至極真っ当な真由の言葉に2人は喧嘩をやめてしまう、いくら京香でも真由の言い分を聞いてしまった時点でまともな言葉などは見つからないし、靖男も真由に気圧されてか怯んでしまって何も言葉が出ない。

「そ、それは・・」

「わ、悪かったって・・」

「昔から散々聞かされているけどねッ!! 2人は進歩という言葉は無いの!? 図体ばかり大きくなって中身はちっとも・・」

「わかったわかった!! 買い物行ってやるから・・おい、帰ってくるまで大人しくして置けよ!!」

「んなことわかってるわい!! さっさと行って来いッ!!」

これ以上真由に説教されてしまえば立場そのものが無いので京香は仕方なく買い物へ向かう、靖男は靖男で未だに噴火状態の真由を何とか宥めようとする。昔から2人が喧嘩すれば真由に説教されてしまうので靖男はどうも真由には頭が上がらないし京香も流石に逆らうことは出来ない・・まさに究極のカウンターである。

「俺たちが悪かったから機嫌直してくれよ・・」

「あのね、私だって怒りたくて怒ってるわけじゃないの。そりゃ口喧嘩するのは勝手だけど人に迷惑の掛からない範囲でやりなさい!」

「はい・・以後気をつけます」

「お姉ちゃんもそうだけどいい加減に使い古された言葉よりも行動で実行してよね。・・んでお姉ちゃんもいないところだし、息子の離乳食でも作って頂戴」

ようやく落ち着きを取り戻した真由は息子をベビーベッドに戻すと靖男に離乳食を作らせて自分は溜めていた漫画の原稿の執筆を再開させる、そろそろ締切りも近いので本格的に仕上げなければ自分の信用にも関わるのだ。靖男は手馴れた手つきで離乳食をさくっと作ると真由の息子に食べさせる、その姿には流石の真由も感心してしまう。

824 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/10/28(日) 08:40:47.22 ID:4It+KXczo
「相変わらず手馴れてるわね」

「そりゃ、月島に散々してたからな。すっかり離乳食の作り方も覚えてしまったよ」

「・・あれから随分と経ったものね、今はどうしてるんだっけ?」

「何の因果かは知らないが俺が担任をしてる。あの時はびっくりしたもんだぜ、幼稚園だった子供がでかくなって俺の学校に着たんだからな」

「そこら辺の経緯は知らないけど・・それぐらいで止めたんだ」

「いつまでも俺が親子の間に干渉するわけには行かないからな。一応何かあったらいけないからあいつらのために料理やら家事のノートは残したんだけど・・見事に学んだようだし安心はしている」

靖男が最後に狼子を見たのは幼稚園を卒業する間近だったのでそれ以降はどのようにして育ったかは全く知らない、靖男自身も不安はあったがいつまでも苦労して折角望んだ親子の間にこれ以上自分が居続けてしまったら良いことなど何も無いだろうし自分のような人間が狼子の父親役などは到底なれない、かといって見捨てるわけでもなく遠くから眺めて見守るだけである。

中途半端と言われればそれまでであるが靖男自身がこれからの生活を考え抜いて判断を下した結果なので何とも言えることではないものだ。

「ま、私からは言うことは無いけど・・その子が今高校生ならちょうど同い年になる計算ね」

「止めてくれ――・・俺にはその資格は無い、姉さんだってわかってるだろ」

「・・ごめん」

流石に拙いと思った真由はすぐに謝る、靖男の全てを知っているのは真由ともう一人だけ居るが靖男本人は頑なに誰にも語ろうとはしない。
それだけ彼がしてしまったことはそれだけ大きくて自分では償いきれないものなのだ、言葉だけや贖罪目的の行動はその人物の侮蔑に値するので今の彼が出来ることといえば彼らに復讐されて惨めにも汚く朽ち果てるだけ――・・そのためには自分は幸せは掴んではならない人間だしその資格すら持ってはならないのだ、こんな青臭い極まりないエゴイズムを貫いている自分に嫌悪してしまうがこれしかもうすることが無いのだ。

正直靖男も狼子絡みの行動は自分の罪悪感を無理矢理薄れさせるといった最低かつ矛盾極まりない行為だとは重々承知しているが、それでもあの親子だけは自分のように踏み外してほしくなかったのだ。

「そういえばその狼子ちゃんもそうだけど・・“彼女”はどうしているの?」

「何だよ、姉さんは連絡とっていないのか?」

「気難しいからね。正直靖男くんの話しか現在の状況はわからないの」

そのまま真由は静かに漫画を書き進める彼女も靖男と狼子のやり取りについてはある程度把握はしているが、現在の様子は靖男を通じてでしかわからないので何とも言えない状態である。

「気難しいね・・確かにぴったりな言葉だ。しかし俺よりも強いよ」

「・・職場の元彼女は最近どうなの?」

「前に話したとおりだ。・・何で俺なのかね?」

「人の愛って言葉じゃ短いけど簡単なものじゃないの。前から思ったんだけどそこら辺はちょっと軽視しすぎじゃない?」

真由も靖男と瑞樹の関係はわかってはいるし、靖男がどんな思いで瑞樹から離れたのかも承知はしているがそれでも少し靖男は軽視している・・というより敢えて意図的に繋がろうとは決してしない、当の瑞樹とは面識が無いので真由はこれ以上は何も言えないが靖男の自分勝手な理屈には理解をして汲んではいるが、それでもあまりに人の思いを軽視していると思う。

「だろうなぁ・・こんな矛盾だらけの俺なんて切り捨てればいいのに」

「・・そこが軽視しているって言いたいの。私は事情は知っているからあれだけど何も知らない元彼女からすれば地獄でしかないわ」

「姉さんは相変わらずきついな・・だけど嬉しいよ」

ケラケラと乾いた笑いを浮かべる靖男に全てを知っている真由からすれば何度聞いても複雑な返答である、しかし自分ではこれ以上はどうすることも出来ないし手を加えてしまえばそれこそ靖男は烈火のごとく怒り出すのはわかっているので真由に出来ることといえば少し浮上させてやることぐらいである。

「ま、私は墓まで持ってあげるから自分を貫きなさい。言えるのはそこまでよ」

「はいよ。にしてもこいつもでかくなったな・・女体化したらどうすんの?」

「少なくともお姉ちゃん見たいにはしないわよ。あんなのが2人も居たら骨が折れるわ」

「ハハハッ! そいつは違いないな」

「・・男だったらちゃらんぽらんにせずに堅実に育てる」

「あ、そう・・」

少しばかり真由の言葉が耳に痛い靖男であった。
825 : ◆Zsc8I5zA3U [sage saga]:2012/10/28(日) 08:41:25.29 ID:4It+KXczo
あれからスーパーで辰哉と別れた翔は止まぬ暴風雨と再び格闘して材料を必死で死守しながら無事に聖と刹那の待つ自分の別荘へと戻ってきた、その苦労もあってか刹那の手によって材料は瞬く間にすき焼きへと変わりいい匂いが部屋に十分伝わる。

「おおっ!! 旨そうだな!!」

「刹那に感謝しろよ!! よくやったぞ!!」

「♪♪」

「お前が作ったんじゃないだろうが・・」

十二分に聖に抱きつく刹那に翔は少しばかり複雑な心境であるが、何はともあれ念願のすき焼きを食すことが出来るので料理が出来る刹那の存在は有難いものである。

「んじゃ肉も煮えたことだし・・食うか!」

「そうだな。刹那、こいつに遠慮せずに食えよ!!」

「・・うん」

それぞれが各々に煮えた順から具材を取り出して食べ始める、いくら殆どが市販品とはいっても刹那のおかげで食べることが出来ているといっても過言ではないので感謝しながらすき焼きを食べ続ける。

「美味いぞ! 刹那も料理の腕上げてるんだな」

「・・一人暮らしだから自然と料理もしなきゃいけない」

「大変だな。お前もちっとは刹那ちゃんを見習え!」

「あのなぁ!! 俺だってその・・な・・」

流石に刹那の家事能力と比べられたら聖も返す言葉は無い、以前に授業で調理実習をしたときは料理は愚か器具すらも破壊してしまったのでそれ以降はツンによって強制的に待機させられて洗い物担当である。

「・・あまり責めるのは良くない」

「そうだぞ!!」

「うっ・・!! 悪かったよ、全く刹那ちゃんまでひどいぜ」

刹那にも責められては翔もこれ以上は何も言えない、しかし翔からしてみれば聖もせっかく女性以上の女性になったのだからせめてそこら辺当たりも磨いてくれれば万々歳であるが、それは高望みというものであろう。

「そういえばお前橘先生と揉めたんだってな」

「んなわけあるか!! あの能面女から絡まれたんだよ!!」

「ネタは全て上がってるんだ。・・全くよ先公にまで喧嘩売るか普通?」

今回ばかりは翔も流石にあれだったようで流石に一言は言っておかないといけないだろう、本来ならば教師に喧嘩を売った時点でそれ相応の処分は下るのだが靖男が取り成したおかげでお咎めは一切無い。あの後の化学のテストは瑞樹が手を抜くはずもなく見事に聖は惨敗しているので焼肉も夢となってしまったのだ。

「うるせぇな。大体ポンコツ教師が・・」

「あの場面はどっからどう見てもお前が悪い。ま、何も無かったのは良かったけど気をつけろよ」

「チッ・・」

聖も多少ながら反省はしているようなので翔からはこれ以上何も言わないが、それでも他の生徒ならともかくとして教師に喧嘩を売る真似だけは勘弁してほしいものだ。

そんなバツの悪そうにしている聖を見かねたのか刹那は何とか慰める。

「・・大丈夫?」

「ああ、刹那のおかげで気がほぐれたよ。ありがとう・・んじゃ食うぜ!!」

「♪」

自分に甘えてくる刹那を受け止めながら聖はしっかりと受け止めながら翔をそっちのけで残りのすき焼きを全て平らげるのであった。



fin
826 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) [sage saga]:2012/10/28(日) 08:43:39.23 ID:4It+KXczo
はい終了です、短くてすんませんww
とある1日のお話でした・・さて気になる部分があると思いますがこれは次回作で回収します。
次は黒羽根じゃないよ白羽根はもうちょっとだけ続くんじゃ

今日も見てくれてありがとさんでしたwwww
827 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) :2012/10/30(火) 07:33:29.52 ID:p1i11Rbb0
過疎…
828 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2012/10/30(火) 12:58:55.71 ID:64ynx0geP
そうでもない
829 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(長屋) [sage]:2012/10/30(火) 21:40:19.56 ID:XtHJTYdBo
てすつ
830 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(長屋) :2012/11/03(土) 02:13:02.47 ID:4JeelyXa0
http://eromanga.jp/n/?nm=eeKmyW
831 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) :2012/11/08(木) 01:17:56.34 ID:02K1e/f10
人いるかな
832 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2012/11/08(木) 14:29:14.82 ID:KDJCLfqJP
ノシ
833 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(不明なsoftbank) :2012/11/13(火) 00:07:42.71 ID:iU0YJWyX0
そして誰もいなくなった
834 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2012/11/13(火) 01:05:16.80 ID:BJAfRwW7P
ω・`)
835 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/11/13(火) 10:07:55.16 ID:2J07G50fo
そして(男は)誰もいなくなった
にょたっこでゆりゆりな世界の誕生だな!

・・・朝っぱらから何を言っているんだ俺は
836 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(不明なsoftbank) :2012/11/17(土) 15:56:23.60 ID:BjuZKPJg0
賢者モード入りました
837 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(チベット自治区) :2012/11/17(土) 17:38:49.84 ID:vwVZZIono
「賢者モード」・・・それは一切の性欲を失うと引き換えに強大な魔法力と回復魔法なども使用可能な力を
一時的に身につけることのできる魔法使いの特殊能力である!!
さらに体力まで戦士や武闘家には及ばぬものの普段を大幅に上回ることができるのである!!
838 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) :2012/11/18(日) 03:09:29.10 ID:QloBVAMe0
投下マダー?
839 : ◆suJs/LnFxc [sage]:2012/11/18(日) 17:02:39.54 ID:Ca9OonyAO
投下早く来てくれー!

こちらもぼちぼち書いてはいるものの…なかなか話がまとまりませんorz
840 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(不明なsoftbank) :2012/11/19(月) 22:51:05.77 ID:3nVIRoKE0
問うか 等価 透過 TOUKA・・・
841 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/11/21(水) 03:15:15.60 ID:ZnJ3Z6xM0
「あのさ」
「ん?」
「あ、えっと……さっきは助けてくれて、ありがとな」
「ああ、別にいいよ」
「……ごめん」
「何で謝るんだよ。悪いのはあいつらだろ」
「でも、迷惑かけたし」
「バーカ。迷惑なんて思ってねえよ。友達を助けるのは当然だろ?」
「友達……」
「ああ。お前、色々と大変そうだからな。もっと他人を頼れよな」
「うん……」
「他の奴に頼みにくいなら、俺に言えよ。俺だったら頼み事もしやすいだろ?」
「……なあ」
「ん、何?」
「俺達、これからもずっと友達なのかな」
「えっ……何だよ突然。そんなの、ずっと友達に決まってるだろ」
「……そうだよな」
「なあ、お前、変だぞ。本当にどうしたんだよ」
「何でもないよ」
「何でもなくない。さっきの奴らに、何かされたのか?」
「何でもないって言ってるだろ!」
「怒鳴んなくてもいいだろ」
「あ……ごめん」
「いいよ。なあ、何かあるなら言ってくれ。ここんとこ、お前の表情が何となく暗いし、心配なんだよ。……あっ、もしかして、俺がウザいとか」
「そんなことない! そういうんじゃないんだ。ただ……俺達、ずっと友達なのか」
「え? いや、だから、ずっと友達だって」
「そういうことじゃなくて。何て言うか……ずっと友達のままなのか、ってこと」
「それってどういう――」

(´・ω・`)どういうことなの?

にょたっこの相方は包容力があって、肝心なところで鈍感なイメージ。
女体化することについて全く悩まないにょたっこが少ないからかな?
842 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(中国・四国) [sage]:2012/11/21(水) 05:01:08.53 ID:supJN7GAO
>>841
分かり易いフラグが立ってんのにスルースキル発動するから
イケメン童貞はイケメンなのに童貞なんやな
にょたっ娘の方から襲いかかってくしかないんやな
843 :青色1号 ◆YVw4z7Sf2Y [sage]:2012/11/21(水) 08:48:22.20 ID:kEu0gI7bo
 都庁を遠目に一望できる高さにあるビルの一室。

 上品に匠の技を振るわれたと思しき家具や、踏みしめるとふんわりと足を包みこむ、いかにも『お高い素材をふんだん使用しました』と言わんばかりのエンジ色の絨毯が私の目に留まる。

 ここが、今日から私の仕事場
なのだ。
 ……と言い聞かせてみても実感や感慨はこれっぽっちもないのだけれど。

 だってさ、普通こういう場所に行き着くにはエリートコースの紆余曲折を経て、苛烈窮まる出世ダービーを勝ち抜き、下げたくもない頭を下げ、時に涙を飲み、時に血反吐を吐き、清濁の全てを飲み込まんとするようなEXPを積む、そんな努力が必要でしょ?

 ーーなーんにもしてないもん、私。

 単に、政財界の凄い血統の人に後見人になってもらっただけ。要するにコネクションですよ。
 そういう地位を自力で目指してる方々からは唾棄されそうな、言い得て妙だけど立派なズルですよ。

「緊張か? らしくないな」

 落ち着き払っているようで、どこか楽しげな甘く低い声の持ち主が、私の横をすり抜けて、絢爛な執務室へ足を踏み入れていく。

「失礼な。せんせーの中での私はどれだけ図太い神経の持ち主なんですか?」
「さて、ね」

 私よりも頭二つ分は高い背丈の男性は、何か言いたげな顔した後に、執務室の中央でピタリと歩を止めた、と思う間に振り返り右手を広げてみせる。


「ようこそ、異性化疾患対策委員会 委員長執務室へ」

 ーーなんとも芝居がかった気障な演出の仕方だことですね。

 下手な芸能人よりも甘いマスクを兼ね備えてるせいか、様になってるのも腹立たしい。
 だから、負け惜しみ代わりに私も満面の作り笑顔で答えてみせる。

「ーー改めて……坂城 るいですっ、これからよろしくお願いしますっ」
「歓迎するよ」

 白々しいやりとりであることは重々承知してる。多分、お互いに。
 でもまぁ、そういう通過儀礼とかに重きを置くお国柄について則った形式だと、思っておこう。

 ……そうでもしなきゃ、気恥ずかしさに負けそうなんだもん。

 【青色通知-ある私設秘書の話1-】
844 :青色1号 ◆YVw4z7Sf2Y [sage]:2012/11/21(水) 08:52:10.58 ID:i3L8jGGdo


 ーー坂城るい

 それが私の今の名前。
 うん? そう『今の』ね。
 昔の名前は……発音が一緒だけど字が違ってた。
 ……まぁ、その、諸兄のお察しの通り、私も、ある奇病の数多の発病者の一人なわけです。
 異性化疾患、っていう十数年前に流行語大賞にもノミネートされた病気の、ね。
 その病状についての説明は……いらないか。
 共通言語とも言うべき、この病気について私が知ってることは他の一般人が知ってるそれと大差は無いし。
 ……まぁ、私の症例は他の一般的な例とは少し違うのだけれど……長くなるので割愛。
 その兼ね合いで知り合いになったのが、目の前で大仰なポーズをとって見せてる残念な二枚目さんだ。 

 名前は、神代 宗さん。

 過去には医師の経験もあって、その時からの知り合いだったから私は『せんせー』って呼んでる。
 さっきも話に出た奇病『異性化疾患』を研究し、それに伴う、ありとあらゆる問題を一手に担う厚労省の機関
 『異性化疾患対策委員会(ネーミングがストレート過ぎると思う)』の若き委員長を務めている。
 ーーと言っても委員長が本決まりするまでの代理役らしいけど。
 代理とはいえ30代の異例の若さで一公的期間の長を務めるなんて、流石政財界きってのエリート家系。そのサラブレッドと評されるだけはありますよねぇ。……本人に言ったら頗る不機嫌になるから言わないけど。

 ーーーーで、私は今日、そのエリートせんせーの私設秘書に晴れて着任したわけです。

 さて、と。
 程良く説明したところで現実回帰、っと。

「ーーでも、実際何をすればいいんです?
 週一回、土曜日だけの私設秘書なんて、殆どなーんの役にも立たない気がするんですけど」

 さっきも触れた気がしたけど、私は花も恥じらう女子高生なのである(自画自賛)。
 勿論、平日は全日制の高校に通っているし、そこで勉学にも勤しんで……いますよ? それなりに。
 そんな私が、社会人に混じって連日秘書業を行うなんて無理に決まってる。
 まぁ、ぶっちゃけてしまうと私設秘書なんて名目でしかないってことなんですよ。
 とはいえ、そんな宙ぶらりんな状況に胡座を掻く訳にもいかないから『週に一度だけでもその真似事をする』っていう取り決めが、私とせんせーの間で成立したわけで。

「……まぁ、追々覚えて貰いたいことは山ほどある。焦らずに精進することだな」
「追々って……」

 このせんせー、事も無げに言ってますけどね……。
845 :青色1号 ◆YVw4z7Sf2Y [sage]:2012/11/21(水) 08:57:04.85 ID:KAqct+JIo

 あるモノが頭を過ぎる。

 それは、今日の着任式(まがい)の前日にせんせーから渡された分厚いB4の紙束を業務用のステープラーで止めた(制作者曰く)小冊子のテキストです。
 うあ、思い出しただけで、拒絶反応からか頭痛がしたよ。

 表紙には『可及的速やかに覚えるように』と達筆で書かれていて、一枚捲ればルーペ必須と言わんばかりの小さなフォントに乱れ咲く明朝体の専門用語の数々!
 ……私の知識許容量なんて端から無視なんですかね、せんせー?

 そんな、私の脳内批判を余所に無骨な電子音がぴりりりりり。
 ーー携帯だ。私のじゃない。

「はい神代です」

 未だにフリック式じゃないパケット通信型の携帯電話の通話ボタンに押下するせんせー。私も人のこと言えないけど、経済的に私よりは100%余裕があるはずなのになぁ。
 そんな下らないことを思いつつ、その後の数十秒間のせんせーの言葉は日本語に翻訳出来なかったので割愛。

「すまないが、事情が変わった」

 携帯を可動域方面に折り畳みながらの、せんせーの申し訳なさの欠片も感じさせない平坦な口調が、執務室に反響する。

「坂城くん、ストリアセリンの件についてだが」
「スト……。え? な……なんですか?」
「ふぅ……」

 人生で初めて耳にする固有名詞を一字一句違うことなく復唱するのって、思ったよりも難しいものだよね?
 なのに、ちょっと聞き直しただけで、あからさまに溜め息吐いちゃいましたよこのせんせー。
 ええ、ええ。スパルタなのは前々から知ってますとも。明言だってしてましたしねぇ。はい。
 でもね、そんなあからさまにネガティブな顔をしなくたって罰は当たらないと思うんですよ。
 お飾りの秘書じゃマズいっていうのは、百も承知してますが、それに関しましては日進月歩の精進を重ねていく所存でございますのでひらにひらにご容赦をばですね。

 ーーそんな私の脳内言い分を察したのかはわからないけども、せんせーはデフォルトの作り笑顔を構築していく。
 うあ、呆れてる。
 今、絶っ対、呆れてらっしゃる。
 そこに触れると本題から大きく逸脱するお説教が待ってることを以前の経験から察した私は、口を開く愚を犯すことはないですよ、えぇ。
846 :青色1号 ◆YVw4z7Sf2Y [sage]:2012/11/21(水) 09:03:49.06 ID:sKj12G1ho

「ストリアセリン、だよ」

 アルファ波を含んだような甘く低い声が、その難解な固有名詞を歌い上げた。 聞き慣れない、馴染みのない名前だなぁ。

「テキストにも載せてあっただろう?」

 え、ああ、あのテキストですか?さも当然のように仰いますがね、あんな六法全書から抜き出してきたような法律の箇条書きと、それに付随するような事例を数百通り載せた(市販のホッチキスの針も通さないような)分厚い冊子の一言一句を、一昼夜で覚えられますかフツー?!
 ひとしきりの愚痴を脳内で吐き出してから「カタカナ文字、苦手なんですよ」と、愛想笑いを作って様子見。
 ……わー、コワい。 柔和な顔はしているけど目が笑ってない。このままいくとお説教フラグがびんびんだよこれ。急いで脳内検索を開始。……辛うじて一件ヒット。

「ストリアセリン? って……
確か脱法ドラッグでしたよね?」

 確か、流し読んだテキストの百数ページ目あたりにはそう書いてあった気がする。尤も、小難しい文体で書いてあったから、意訳に過ぎないのだけれどね。

「40点」「うぐ……」

 おそらく百点満点評価じゃないね、あの反応を見る限り。

「そもそも、どの法律からすり抜けた薬品だい?」「へ?」

 思わぬせんせーの切り返しに、私は?マークを三つほど浮かべた間抜けな顔していたことだろう。

「どの法律って、そりゃ……薬事法とか、麻薬防止条例とかでしょう? 乱用を禁止する法律なんてそれだけじゃないんですか?」

 多分、私は間違ったことを言ってない……はず。 けど、せんせーは不満そうな綺麗な顔を崩さず「一般論ではね」と、一蹴。
 うむむ、なんか腑に落ちない。

「だが」

 せんせーが逆説の接続詞を発した場合、大抵が高説の口火切りだ。長いので、適当に省略させてもらいます。ものすごーく眠くなるので。
 敢えて一言で表すなら「ストリアセリンには違法性はない」のだそうで。
 じゃあ、何故今こんな話題が挙がっているのでしょう? ……あ、そういえば、その説明がまだだったっけ。
 その、ストリなにがしが今この部屋で議題に挙がってる理由。それは……

「……なんでしたっけ?」
「知らないな、目的語もなく疑問符を投げ掛けられても困る」

 ですよねー。

「えっ、と。そのストリ……」「アセリン」「……が、どうしたんですか?」

 壮大な回り道にようやく気付いたのか、せんせーは、我に返ったことを誤魔化すような咳払いをひとつ。……ちょっと声が裏返っててカワイイのがまた腹立つなぁ、もう。

「その、だな」

 ーーーーこの時せんせーが初めて言いよどむ姿を目撃したことに、もうちょっとだけ違和感を覚えていれば……あんな憂き目に遭わされなかったんだろうなぁ。

「……折角の機会だ、顔合わせくらいは済ませるべきかもしれないな」
「あの、せんせー? さっぱり話が見えないんですけど」
「秘書としての初仕事だ」
「いぇっ!? 随分とトートツですね……」
「何分僕もこれで忙しい身でね。
 なに、そんな大それた仕事を任せるつもりはないから安心してくれ」

 秘書としてのノウハウがさっっぱりない幼気な女子に大それた仕事任せる方がおかしいと思いますが。

「具体的には何をすれば?」
「試薬の受取だ」
「……要するにお使いですか?」
「それだけではないがな。それとも渡したテキストを丸暗記の期限を優先してーー」「ーーそのお仕事、喜び謹んでお受けいたします」

 というわけで、私はあくまで能動的にそのお使いを引き受けることと相成った訳だけどもーー。
 

847 :青色1号 ◆YVw4z7Sf2Y [sage]:2012/11/21(水) 09:06:28.09 ID:sKj12G1ho



 ーー 今、私は猛烈に腹を立っている次第でございます。

 なんなんですかねぇ、アレ。

 何がって? せんせーのお使いで行ってきた、ある施設の方々のことですよ。

 やれお使いで出向いてみれば、人のことをまるで珍獣を見るような目でジロジロ見た挙げ句に「委員長代理の使いか?」って疑うような口調で聞き返してきてさ。

 えぇ、えぇ、百歩譲ってそこまでなら、まだいいですよ。
 こっちはうら若き乙女ですもんね、しょーがないと思いますよ。ええ。
 でもね、しまいには持参した委員会の入所パス(臨時用)の確認が取れた後もすごーく不審そうに睨み付けてきてさっ。あーもう、ムカつくったら!

 しかも用が済んだらとっとと帰れとか、そういうニュアンスの言葉をオブラートに包み忘れたようにくどくどくどくどくどくどくどくどくど!
 しまいには私の生まれについてまで言及されましたからねっ! プライバシーの欠片もあったものじゃない!
 あーもぉっ、思い出しただけで腹立つ!
 あーいうの大人にだけはなりたくないですなっ、全く!

 ーードスドスという擬音がぴったりな歩調で、委員会ビルに戻ってきた私は、入所パスを受付さんに提示し、その十数歩先のエレベーターの▲ボタンを壊さない程度の勢いで連続押下する。
848 :青色1号 ◆YVw4z7Sf2Y [sage]:2012/11/21(水) 09:10:47.63 ID:n/ZU6SW4o

 ……まったくもうっ!

 幸い、エレベーターは私のゴキゲンナナメっぷりを察してくれたらしく、すぐにチーンというビルの真新しさからは想像できないような陳腐なベル音が鳴り響く。

 はぁ、お目当てのモノは手に入ったし、初仕事(お使い)は上手くこなせたけど……先行き不安だなぁ。

 陰鬱な気分でエレベーターに乗り込み、16のボタンにうなだれた指を添え、ズラすように閉のボタンをーー。

「あー、待て待て、待ってくれ!」

 ーー押そうとした矢先の必死な声。
 普段の穏やかかつ聖人君子も裸足で逃げ出す優しさを持ち合わせた私ならば、人差し指を開のボタンにスライドしたのだろうけど、今の私はゴキゲンナナメ。

 残念、無念またの機会にー。

 ……と思いきや。

 閉じかけたドアに差し込まれる無骨な手が、ドアセンサーを遮った。
 安全性の考慮された構造であるドアは私の意志を無視して立ちどころに開いていく。
 電車とかなら巻き込み事故に発展しかねないような勢い。

 ……そんなことやってると早死にしますよ?

 そう皮肉ろうと思ってやめる。相手が誰か分からないのに無闇やたらに喧嘩を売っても仕方ない。苛立ちは募るけども。

 ……で、開いたドアから入ってきたのは、小汚いジャケットとハットを身に付けた……オジサン? オニイサン?
 どっちともつかないオトナの人だ。
 なんていうか、荒事に慣れてそうなあまり私生活では関わり合いになりたくないタイプだなぁ。

「ーーお急ぎん時に悪ぃな嬢ちゃん」

 とか思った矢先に、話しかけられたし。
 私は余所行きのはにかみアルカイックスマイルを含んだ会釈で答える。

 ……や、あのですね。
 本当に悪いと思ってらっしゃるのなら、まずエレベーターへの駆け込みはご遠慮願いたいのですけども。

 それと、『嬢ちゃん』って呼び方もやめたもらいたいんですけども。
 ……ま、いいや、どうせエレベーターで乗り合わせただけだし。ここさえ乗り切れば、今後この人と会うことはないだろうし。
849 :青色1号 ◆YVw4z7Sf2Y [sage]:2012/11/21(水) 09:14:14.12 ID:I5GtCI0Lo

「っと、16階っと……あ?」

 既に点灯する16のボタンを見て首を傾げるオジサン。

 …………前言撤回。

 このオジサン、今なんて言ったかな。
 もしかして同じ階に御用なのですか?
 もしかして、いや、もしかしなくても……?
  
「せんせ……委員長代理に何か御用ですか?」

 お願い、首を横に振って下さいっ。

「あぁ、ちっと野暮用でな」

 ……ですよねー。

 私利私欲き塗れた祈りなんてカミサマには通じませんよね。
 うん、知ってた。
 はぁ、関わり合いになりたくないって思った矢先にこれだよ。マーフィの法則こわい。

「そういう嬢ちゃんは? どっかで見たような顔なんだが……思い出せねぇ」

 う。
 せんせーからは外の人間に自分の正体を妄(みだ)りに話すなと釘を差されているんですけど。
 まぁ、部外者からしたら知ったこっちゃないよね……。
 はぁ、どうやってこのシチュエーションを誤魔化したものだろう。

「待て、言わなくていい、流石にそいつぁ無粋だな」

 天に祈りが時間差で!

「当ててやるから」

 通じてませんでした。
 カミサマってばフェイントお上手。ボクサーか詐欺師目指した方がよろしいのでは?

 そんな無駄な皮肉を余所に、私の左斜め後ろの壁に寄り掛かった男性は、それはもう頗る楽しそうに右手で口元を覆いながら、あーでもないこーでもないと思索に耽り始めた。
 こっちのご都合は一切合切無視して。

 で、彼の中で行き着いた結論は、小指を立てながらの「アイツのコレか?」というジェスチャーだった。
 ぶっぶー。
 私が両手を×にクロスさせたとほぼ同時にエレベーターの古臭いベル音が鳴り響いたので、ちょっとシュールな光景だった。
 ……ピンポン音だともっとシュールだったかもしれないけど、現実は甘くないらしい。
850 :青色1号 ◆YVw4z7Sf2Y [sage]:2012/11/21(水) 09:17:59.01 ID:ocstN5JSo

「ま、神代の野郎に訊きゃあ済む話だがな」

 言いながら、エレベータのドアセンサーを抑える帽子の人。
 ありゃ、この人……意外と紳士?

「オイ、早く降りろっての」

 パンッ、という乾いた音が鳴り響く。と同時に、私はびくっと身体を震わせた。

「ひぁっ!?」

 こここここここいつ、今、お尻触っ……!?
 前言撤回っ! こいつ、絶対、変態っ!! (韻を踏んでるわけではありません)

「阿呆、俺ゃロリコンじゃねーんだよ。そんな色気のねーケツにムラムラなんざしねーから安心しろ」

 文句を言う前に機先を征されてしまう。
 しっつれーな、私、それなりに出るとこは出てますからねっ!?
 ……いや、だからといって触れとか、コーフンしろとかって訳じゃないんだけど。
 ……うぅ。
 いくら通知受取人として働いてたとはいえね、見知らぬ不審な男性からカラダを触られることに抵抗が無い訳じゃないんですよ、お分かりでしょうかね? この破落戸様は?

「後5年も経ったら、野郎は目を虹色に輝かせて近付いて来っかもな?」

 彼は含み笑いを浮かべながら、古びたハットを直し、私に続いてエレベータを降りる。
 ……5年、かぁ。
 灰色の時期を除くと、男歴と女歴が均等くらいになる頃にイイ女になるのかぁー。へぇー。
 ……変な話。

「その時は、お茶にでも誘って下さい。ケンもホロロにお断りしますので」
「見た目と違ってかわいげのねぇ嬢ちゃんだこって」
「くすっ、お褒めに与り光栄です」

 さて、浮き世めいた話を見知らぬ破落戸様と交わしてる間に、漸く目的地の直前まで歩を進めた訳だけど。

「ん、どしたぁ? 入んねーの?」
「……一応、仕事として訊きますが、身分を証明するものはお持ちですか?」

 ま、名目上だけとはいえ秘書として、雇い主の安全確保は必要だよね、そりゃ。
 そう思い職務を全うしようと口を開いたら。

「なっ!? おいおい、冗談だろっ?」

 豪快にキョドりだしましたよ、この破落戸様。ここまで来て、真面目に犯罪者のセンですか? ご勘弁願いたいのですが。
851 :青色1号 ◆YVw4z7Sf2Y [sage]:2012/11/21(水) 09:20:14.45 ID:ocstN5JSo

「嬢ちゃん、まさか、お前さんも……サツか?」
「……………………は?」

 今の私の妙な三点リーダは……重苦しく、絞り出した声で、それはそれは大真面目に明後日方向の大暴投クエスチョンを投げ掛けられたことへの、とても正常なリアクションだとご理解いただければこれ幸い。
 ……どうやら、この不審者の目は正しく物事が見えていない様で。
 一体全体、私のどこをどー見たら警察に所属できるような年齢に見えるのかと。
 人のこと散々ロリだの色気が無いだのとバカにした口が、何訊いてるんでしょうかね?

「どうやら、違うみたいだな……」
「いえ、合ってますよ」
「うえぇっ!!?」

 さらっと嘘を吐きながら、上着のポケットに手を入れて何かを取り出すフリをしたら、挙動不審者が更にキョドりだした。
 ……なにこれおもしろい。なんでそんな簡単に信じるかなー。

「ーーその子は違う。戯れも大概しないか二人とも」

 重厚そうなドアの向こうから、殊更テンションの低い雇い主の声。
 私が初仕事という名のお遣いに出ている間に何かあったのだろうか? 冗句が通じにくく、本気と冗談のテンションギャップが薄い人とはいえ、少し違和感を覚えたーー。

「くそっ、これだから『前例』ってのは厄介なんだ」

 ーー……真横で嘯く言葉の意味を意に介さないくらいに。

852 :青色1号 ◆YVw4z7Sf2Y [sage]:2012/11/21(水) 09:24:29.51 ID:D8xt3SBBo

 で、一応委員長代理のお客人だと思しき方と共に執務室へ。
 私の不平不満を愚痴る間もなく、お客人は、この部屋の主に言う。

「そーいや、就任してから挨拶してなかったっけか?」
「構わない。立場が変わろうと、君にやってもらう仕事に大きな差異はない。むしろ、その方が気楽でいい」

 ありゃ。
 この破落戸様、本当にせんせーと面識がおありだったんですか。
 ……お友達は、多少選んだ方が良いと思いますですよ、せんせー?

「へいへい。お前といい、前委員長の美人サマといい、ここの組織のトップは変わり種が多いことで」
「……っ」

 この破落戸……ハルさんを知っている?

「そう、彼を睨まないでやってくれ。
 少なくとも見てくれよりは誠実な男だ」
「どーいう意味だ」

 せんせーの、ある種分かり易いフォローに異議を唱える破落戸様。
 ……別に、睨んだつもりはありませんけどね。
 何となく気になっちゃっただけで。
 あんまり深く介入してるようなら、それなりに私も警戒しなきゃいけませんし。

「で、結局、このオジサンはどちら様なのですか?」
「オ、オジサンって……俺はまだーー」「ーー紹介が遅れたな」「俺の言葉は無視かよ?!」

 まぁ、言い分を聞くだけ時間の無駄でしょうしねー。

「彼は、赤羽根。僕が資料係としてこの仕事に就いてからの仕事仲間だよ」

 仕事仲間、ねぇ……。
 こう言っちゃアレですけど、私とどっこいどっこいのレベルで、この委員会ビルに似つかわしくない風貌を拵えておいでのようですが。

「彼女は坂城るい、先ほど電話で話した僕の後任の連絡役だ」
「はぁっ!?」
「一応、私設秘書も兼任して貰う予定なのでそのつもりで」
「はぁぁぁあっ!?」

 せんせーが続けざまに私の紹介をした途端、破落戸様、もとい赤羽根さんがそれはもう素っ頓狂な声をあげた。
 ……いや、そんなに驚かれても、なんの話か私自身はさっぱり見えてこないのですが。
853 :青色1号 ◆YVw4z7Sf2Y [sage]:2012/11/21(水) 09:27:38.04 ID:YI2n0s1Co
「それじゃあ、この嬢ちゃんが、神代の後釜だってのかよ……?」

 え。私が、せんせーの後釜?
 いやいやいやっ。
 天下の神代大先生の後釜が女子高生ってそんな酔狂なことがあるわけーーー

「そうだな。立場としてはそうなる」

 ……うそーん。

 私は名目だけの、週休六日制のお気楽私設秘書もどきって話じゃなかったんですか?!
 ……世の中、そうそうそんな美味しい話はないってことですね。
 あはは、うふふ、おほほ……はぁ。
 
「…………建て前では、って話か」
「察しが早くて助かる」

 何やらオトナな雰囲気で、パニクる私をそっちのけに分かり合っちゃってますよ、この二人。


 ーーその、次の瞬間


 赤羽根さんが、せんせーに掴み掛かっていた。そりゃもう、そのまませんせーを喰い殺そうと言わんばかりの勢い。

 って、え!? なにこれどういう展開ですか!?

 さっきまで、和気あいあい……とまではいかないまでも、平静とした雰囲気で話が進んでたのに!

「何考えてやがる」

 背筋が凍るような低い静かな声がした。
 それは、さっきまで、私を相手にフランクに話していた人とは同じとは思えないほど、獰猛な声。
854 :青色1号 ◆YVw4z7Sf2Y [sage]:2012/11/21(水) 09:30:23.06 ID:YI2n0s1Co

「君の主義思想に付き合う義理立てはないと思うが」
「てめーは、見本市でも開くつもりか!?」

 見本市……?

「言葉には気を付けろ赤羽根、つまらない言い掛かりはよしてくれ」
「ふざけんなっ! てめーは何人の人間を利用すれば気が済むんーーー」「 ー ー ー 黙 れ と 言 っ て い る 」

 せんせーの一言に、激昂した赤羽根さんが、一瞬にして気圧されたのが私にも分かった。
 それは、赤羽根さんのそれとは全く逆の威圧。
 でも、それは赤羽根さんの威圧を遥かに上回っていた。
 ……怖い。
 そう頭で言語化するよりも早く身体が反応する。

「ぁ……っ!」

 無意識に後ずさった足がもつれて、高そうなカーペットに尻餅をついてしまう。
 幸いにも痛みは無い。
 ……それが足元に敷き詰められた高級カーペットのおかげか、張り詰めた私自身の神経のせいかは定かではないけれど。
 
「っ、悪ぃ、ビビらせちまったか」

 突然の出来事に、真っ先に反応したのは意外にも赤羽根さんだった。
 せんせーの襟元をピラニアのように掴んでいたごつごつした手が、私に差し伸べられた。
 なんだか急に気恥ずかしくなり、私はその手を払いのけながらゆっくり立ち上がる。

「っ、別に、その……ボクは平気、です」
「……『ボク』?」
「えっ、あ……っ!?」

 しまった……!
 と思った時にはもう遅い。
 私は、完全に無くさないようにと押し込めていたものを無防備に、みっともなくさらけ出していたのだ。
 ……初対面の人を相手に。

「あ、その、今のは……そうっ、赤羽根さんってボクっ娘が好きかなーって思ったので、そういうリップサービスで……」

 ああ、苦しい。いつものブラフが全然出てこない。クールな私カムバック!
855 :青色1号 ◆YVw4z7Sf2Y [sage]:2012/11/21(水) 09:33:21.42 ID:k1FTynt5o

「もういい。別に、嬢ちゃんの秘密を他人様に言いふらすつもりはねーから、安心しとけ」

 ……あぁ、やっぱりダメだったかぁ。
 でも赤羽根さんは、茶化しもしなければ、差別的な表現もしなかった。
 ……こういう荒っぽい手合いの人の傾向を考えると、少しだけ意外。
 嫌悪感を示すか、茶化すかとかするものだと思っていたけど。
 ……ま、腹の奥底で何考えてるかまではわからないんだけど。

 赤羽根さんは、どこか苦しげに私に笑いかけると、素早くせんせーの方へと向き直る。

「ーーいくら粋がっても、素手ゴロじゃてめーに敵いやしねぇし、何より嬢ちゃんの手前だ。
 ……この場は収めてやる」
「そうか」
「だがな、いずれはきっちり納得のいく説明はしてもらうぞ、必ずだ」
「……わかった」

 赤羽根さんの怒りを滲ませた語意にも、せんせーは、あくまで平坦な口調を崩さなかった。

 ……でも、それが、いつものそれと少し違って見えたのは、私の気のせいなんだろうか?


856 :青色1号 ◆YVw4z7Sf2Y [sage]:2012/11/21(水) 09:36:24.19 ID:k1FTynt5o

「ーーんで、わざわざ呼びつけたのは、その引き継ぎの為か?」

 何事もなかったかのように帽子を被り直す赤羽根さん。
 こうやって割り切って考えられなきゃ大人になれないのかな、とか、よく分からない理論を構築してる間に、せんせーは小さく頷く。

「今後を考えた結果だ。
 資料係だった頃と比べて多忙を極めている現状では、次に僕がキミ達に立ち会えるかも分からない」

 まーた、大人な会話で私ばっかり置いてけぼりですよ。
 と、内心でグチりながら窓の外に目をやる。
 ここからだと、人が単なる点々にしか見えないなぁ。
 動態視力が他人様より多少良くても何の役にも立たないーーー。

「ーー何を他人事のような顔をしている?」
「……へっ?」

 多分、私は相当間の抜けた顔をして振り向いたのだと思う。その証拠に、赤羽根さんがくつくつと喉を鳴らして笑ってるし。
 うむむむ。なんか悔しい。

「……ジジョーセツメーをオコタッておいて、それはないと思いますが」
「んだよ、前置きしてねーのか神代」

 どうも話が噛み合ってないと思ったらやっぱり。
 赤羽根さんの言うとおりらしい。

「言っただろう、僕も多忙なんだ」

 文句を挟む間もなく、せんせーは委員長席の背もたれに掛けてあった上着を手に取る。

 って、え、え、何処行くんですかせんせー!? いじけないでくださいよー!

「そろそろ、時間だ。今日はもう戻らない」

 いやいやいや、だからもっとゆっくりしていってくださいませってば!

「まーた、お偉いご老体様方と、自慢と愚痴と酒のお付き合いかよ。
 ……おー、ぞっとしねぇな」
「全くだ。
 どんなに美味な料理も酒も味などしないに等しい。
 すまないが、後はそちらで進めてくれると助かる」

 そんなせっしょーなっ!? いきなり、今日会ったばかりの人とマンツーマンで仕事の話をしろと!?
857 :青色1号 ◆YVw4z7Sf2Y [sage]:2012/11/21(水) 09:38:42.42 ID:k1FTynt5o

「オイオイ、こっちはどーすりゃいーんだよ」

 そーだそーだ!
 と、内心で赤羽根さんに加勢する。
 十中八九伝わってないだろうけど、こういうのは気持ちが大事だからねっ、うんうん。

「仕事の流れを1から教えてやってくれ」
「マジかよ。ったく、しょーがねぇなぁ」

 え、早っ、諦めるの早っ!
 そこは、倫理的な観点云々をつついてもっとゴネても罰は当たらない部分だと思いますよ、私は!
 ね、ねぇ、赤羽根さぁん……。
 ……あ、直感で分かる。これ、ダメっぽい雰囲気だ。
 確かに、せんせーのこれまでの仕事を引き継ぐ上で仕事内容の把握は必要不可欠だとは思いますけどね、だとしても順序というものがあると思うのですよ。
 だから、その心の準備ってものを、準備する時間が欲しいわけですよ。
 
ですから、そのー、ね? いきなり過ぎませんか? だから、今日はもうお開き、って訳には……。

「では、後は頼んだ」

 すとーっぷ! 私の必死の乙女の主張(脳内での)をあっさり退けて、余所行きのコートを着ないでくださいせんせー!

 気持ちが先走り過ぎたのか、私は無意識にその高そうなせんせーのコートの裾にしがみついていた。
 わ、わ、どうしよう。何も考えずに行動しちゃったけど、何を言ってよいのやら……。

「どうした? 何かあるのかい?」

 ここまできて、なんでもない、とは流石に言えない。何か、何か……なかったっけ?
 あの、その、と、まるで好きな人に告白する乙女よろしく必死に目を右往左往させる。
 そこで、来客用ソファに置きっぱなしになった私の鞄が映った。
858 :青色1号 ◆YVw4z7Sf2Y [sage]:2012/11/21(水) 09:46:23.79 ID:i3L8jGGdo

「その、ストリアセリン、のことですけど……」

 薬品名、間違ってないよね……? 妙な不安に襲われながら、恐る恐るせんせーを見上げる。
 良かったぁ、どうやら間違ってなかったらしい。失念していたと言わんばかりのせんせーの顔つきがそれを如実に物語っている。

「……あぁ、貰ってきたのは粉末かい? 錠剤かい?」
「あ、えと、錠剤、ですね」

 職員の方々に嫌味を言われながらだったから腹が立ってて曖昧だったけど……確か、薄いブルーのコーティングされたのを覚えてる。『サンプル品だから』って理由でそんなに数は持たせて貰えなかったんだよね。

「ふむ」

 せんせーは何かを考え込んでいるみたいだった。その年不相応のキレイな顔が、無機質っぽくなる時は大抵思案に耽る時だから。……そして、どうやら結論が出たみたいだ。

「赤羽根、すまないがーー」
「ーー延期か? 別に構わねぇけど、お前さんの都合はいいのか?」
「なんとかする」
「わあったよ、とりあえず、今週分の資料はそこに置いとっからな。報酬、忘れんじゃねぇぞ」

 A3サイズの分厚い茶封筒を、無造作にソファテーブルに投げると、赤羽根さんは早々に出口のドアノブへ手を掛けた。
 ……はぁ、セーーーーーフッ!

「んじゃ、またな嬢ちゃん」
「あの、嬢ちゃんはやめてください」
「覚えてたら気を付けるわ」

 胸をなで下ろす私を後目に、からからと笑いながら赤羽根さんは、足早に委員長室から立ち去っていった。
 ……なんていうか、掴めない人だったなぁ。あんな身なりで粗暴な口調の割には、そこまで頭の回転は遅くは無さそうだったし。

「で、ストリアセリンについでだがーー」

 せんせーは淡白に話を続けた。
 まぁ、赤羽根さんとせんせーは結構古い知り合いみたいだから、今更気にするようなことはないんでしょーけどね。

「半分は、僕が預かろう」
「もう、半分は?」
「キミが譲る」
「はぁ……へっ?」

 せんせーの予想外の返答。咄嗟のリアクションから疑問が浮かぶまで、一秒も掛からなかった。
 え、いや、ストリアセリンって脱法ドラッグですよね? そんなの、未成年に渡して問題ないんですか!?

「今は詳しい説明をしてる暇はない、現段階の法律上では問題ないし、どうするかの裁量はキミに一任する」

 一任って言うと聞こえは大変よろしいのですが。要はサークルスロー。丸投げですよね。
 越権行為も甚だしいと私の形骸化した良識が叫んでおいでですが。
 ……ま、いいや。今更そういうのを主張してクロスカウンターを貰うのは勘弁したいとこだし。

「その言葉に二言はありませんね?」
「現段階の法律に抵触しなければ、ね」

 ……うーん。窓を開けはなって久方振りのサイドスローを披露してみようかと思ったけど、どうもそれはマズいっぽい。うむむ、どうしたものだろう。

「さぁ、もう閉めるよ。此処の勝手を知らない内は自由にさせられない」

 せんせーが手招きをする。

 ーーーー妙な初出勤となった私設秘書業は、コレにてお開き。
 はぁ、これからどうなることやら。
 そんな、漠然とした未来へもやもやを抱えつつ、私たちは委員長室をあとにした。

 【青色通知-ある私設秘書の話1-】

859 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(長屋) [sage]:2012/11/21(水) 09:51:42.16 ID:EXmFPeaMo
お久しぶりです。
誰だよお前、とおっしゃる方は初めまして。
当方、とうとうガラケーから卒業を果たし、すまぁとほんとやらでの書き込みからです。
相変わらず続き物なので初見では読みづらいかと思いますが、読んでいただければコレ幸いでございます。

時系列的には、青色通知と赤羽根探偵の間の話です。
これからちょこちょこ顔を出す予定なので適当に絡んでいただけたらと存じます。
では、また。
860 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(兵庫県) [sage]:2012/11/21(水) 15:36:08.54 ID:C1iZGexXo
ヾ(*´∀`)ノ゙ わーい久々に赤羽根サンダー
861 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) :2012/11/24(土) 04:01:24.84 ID:EJFsD0bg0
乙でした。青色さんの復帰は嬉しいです
862 :青色1号 ◆YVw4z7Sf2Y [sage]:2012/11/25(日) 06:18:39.40 ID:Sp0E7yoQo
私事で申し訳ございませんが、すまぁとふぉんを手中に掌握した私めは現代人のマストアイテムと名高いTwitterなるものに恐れ多くも手を出してしまいました。

宜しければふぉろーしていただければ幸いでございます。

@ao_i_ro_1_go
863 :青色1号 ◆YVw4z7Sf2Y [sage]:2012/11/26(月) 00:01:29.59 ID:wj264r4ho
 仰々しいお出迎えのリムジンに、溜め息混じりに乗り込むせんせーと別れ、私は最寄りの駅までとぼとぼと歩く。

 膝丈程度の長さのカーキ色スカートに灰色のパーカーといった、あまりセックスアピールをしないコーディネートを心掛けたつもりだったけど……何故か途中で色々な人に声を掛けられた。

 ホスト、キャッチ、自称芸能事務所のスカウトetc。
 やっぱり都心の夕刻の繁華街だけあるなぁ。物好きが多いことで。
 やーいロリコン、と内心で罵倒しておく。
 それがご褒美な奇特な殿方も居るんだろうけど、見た目じゃそれはわかんないし。

 さて、と。
 寄る辺のない都会のコンクリートジャングルという名の雑踏を抜けた私は、改札をピピッと(非接触型ICカードのあれね)抜けて駅のプラットフォームへ。
 ……あちゃ、どうやらタイミングが悪かったらしい。
 並ぶ人が殆ど居ない。一本逃がしちゃったかぁ。
 ふふん。でも、ここは始発駅。裏を返せば少し待てば安心して座席に座れるということ。
 お気に入りのロックに身を揺らせて待つこと一曲分。
 私は、大好きな三人掛け席の隅っこを陣取り、あの子にメールを打つ。

『件名:今終わったよー♪
 本文:おっつかれー! 多分時間通りにそっちに着くと思うから、よろしくね(*´∀`*)ノ』

 送信、と。

 ……んー、為すべきことを終えて緊張感が途切れたのかなぁ。
 なんか、どっと疲れが押し寄せてくる。
 慣れないこと、した、から……なぁ……。
 でも、寝るには時間が微妙だし、キチンと起きておこう、うん。

 電車が発車した。

 人と建物が過密な都市を抜けて十数分、途中駅で乗ってきた品の良さそうなおばあちゃんに席を譲る。

 そんな場面で目が覚めた。

 えぇ、二駅ほど寝過ごしてました。

【青色通知-ある私設秘書の話2-】


864 :青色1号 ◆YVw4z7Sf2Y [sage]:2012/11/26(月) 00:07:15.66 ID:zr9tdUGZo

 ーーさて、帰ってきましたよ、マイタウン。

 相変わらず都会と田舎のどっちつかずな感じが懐かしい。
 ものの数時間ちょい離れてただけなのにね。

「あ、こっち! こっちだよーっ!」

 改札をピピッと(非接触型以下略)抜けると、券売機の前に、可愛らしく手を振る黒髪の天使がそこに居た。

 うーん、やっぱり可愛いな、初紀ちゃん。
 例え手を振ってなくてもあなたの可愛さは他の子と一線を画すものだから、すぐに気が付くというのに。
 それでも、まるで子犬の尻尾みたいに懸命に手を振ってる姿と来たら!
 もうね、殺傷能力高すぎですよ(褒め言葉)。

「たっだいまーっ!!」

 テンションが過沸騰した私は、気が付くと初紀ちゃんに駆け寄り、そのまま全身で彼女の感触と匂いに酔いしれていた。

「やっ、ちょっ、る、るいちゃん……」
「うっへっへー、好いではないか好いではないかー……あうっ!?」

 セクハラ度MAXのお代官様よろしく、マイエンジェルの細身の身体を堪能していると、何か軽いものでポカっと頭を叩かれた。
 もぉっ、誰ですかね、人の仕事終わりの楽しみを邪魔しちゃう不届きものはっ!?
 振り返ると、そこには……あ。

「……ひー、ちゃん」
「何やってんだよ、人前で」

 少し泡立ったホットペットのカフェオレが差し出される。どうやら、斑な茶髪の男の子はこれで私をポカっとやったらしい。
 
「……なんだよぉ、もー。
 ……ありがと」

 言葉に詰まり、私は差し出されたカフェオレを受け取り、ほっぺにくっつける。
 ……えへへ、あったかい。

「随分と遅かったじゃねーか?」

 彼が言う「遅かった」というのは、その、私が寝過ごしたことを言っているんだろう。
 実際、初紀ちゃんからメールを貰ってなかったら、もっと乗り過ごしていたかもしれなかったからなぁ……。
 心配してくれたメールの着信で目が覚めました、とは言えない訳で。
865 :青色1号 ◆YVw4z7Sf2Y [sage]:2012/11/26(月) 00:10:30.29 ID:qYz+65rSo

「……寝過ごしたな?」
「うっ」

 まだ何も言ってないのになんでバレてるかな……。
 耳元でマイエンジェルがくすくすと笑ってる。
 えっ、なんで、なんで?

「陸じゃなくてもわかるよー、だって、るいちゃん、ほらっ」

 私の手を離れ、初紀ちゃんは可愛らしいバッグ(私のチョイスセンスGJ)から、可愛らしいコンパクト(以下略)を差し出した。
 そこに映し出されたのは、額と目が赤くなった、いかにも寝起きです! と叫ばんばかりの、みっともない私の顔。

 うぅっ、見るな、私を見るなぁっ!

「ま、とにかくお疲れ」
「おかえりっ、るいちゃんっ」

 …………まったくもう、二人して凄い笑顔しちゃってさ。

「あれ、どうしたの?」
「慣れねー仕事したから、へばっちまったか?」

 ……いやね、こんな人の往来で恥ずかしいことを言いたくないだけですよ。

「んーん、大丈夫! 元気元気っ、なんなら今夜ベッドで証明してみせちゃおっか?」
「へ……あ、や……っ」

 わきわきと指を動かして初紀ちゃんににじり寄ると、彼女は顔を真っ赤にして自身を抱くような恥じらう仕草を見せた。
 うん、やっぱり可愛い。

「……アホなこと言ってねーで帰るぞ」
「あっれー? 仲間外れは寂しいのかなぁ? 特等席で見るだけなら特別に許可してあげてもいーよ? 新鮮な夜のオカズになるかもね?」
「ばっ、バカ言ってんじゃねーっつの!」

 あらら。
 ひーちゃんまで真っ赤になっちった。くすっ、ホント皆様、純情ですなぁ。
 
866 :青色1号 ◆YVw4z7Sf2Y [sage]:2012/11/26(月) 00:12:33.47 ID:qYz+65rSo


「ーーあ、ここでいいか?」

 他愛のない会話を楽しみつつ、駅前の繁華街を抜けたところで、ひーちゃんが歩を止める。
 ここまで、来ると『私達』の家まで目と鼻の先だけど。

「……ありがと、陸」

 初紀ちゃんが訳知り顔で、ひーちゃんに礼を言う。
 おう、と言わんばかりにひーちゃんはごつごつした手を上げて、今し方私達が辿ってきた道に踵を返した。

「二人とも気ぃ付けろよ、じゃあな」
「陸も、絡まれないように! じゃねっ!」
「え……えっ?」

 また私だけ置いてけぼりになってるし……。どういうことか事情説明を要求したいのですが!

「陸の家、逆方向なんだよ」
「え? 」
「……ほら、私もるいちゃんも、変な奴に絡まれたことあったでしょ? もう大丈夫だって、言ったんだけど、アイツ、送るって聞かなくて」

 嬉し恥ずかしな表情を浮かべながら初紀ちゃんは語る。
 ……ふーん、ひーちゃんも、エスプリのなんたるかが少しは分かってきたみたいだね。……でも。

「……まだまだだねっ、そんなの相手に気付かれないように出来ないようじゃ、紳士には程遠いのですよっ」
「くすっ」

 私が辛口の評価を下すと、何故か初紀ちゃんが楽しそうに吹き出した。
 えっ、えっ!? 今笑うところありましたっけ!?

「だったら、及第点はあげてもいいんじゃないかな?」

 え、なんでそうなるかな?! おねーさんとしては異議を申し立てたいっ!

「だって私が言うまで、それに気付いてなかった女の子が、少なくとも一人居たんだから」

 え、えっ? その、えっと……?
 ……あ。
 初紀ちゃんの言ってる意味を理解した瞬間に、なんだか急に顔が熱くなった。
 うわー、もおっ、なんか温かな目ですっごい朗らかに笑ってるし、あーもぉっ!
 ひーちゃんのせいだ、ばかっ、ばーかばーかっ!

「私も、うかうかしてられないなー」
「うぅ……なんで、そんな結論に到ったのか、理解に苦しむよ」
「ふふっ」

 頗る楽しそうな初紀ちゃんの微笑み。
 その笑みが何を意味してるかを私が理解するのは、もう少し先の話。……だといいなぁ。

867 :青色1号 ◆YVw4z7Sf2Y [sage]:2012/11/26(月) 00:16:02.86 ID:Fw3AcfDHo

 さて、そんな軽めで甘めな女子(?)トークを数分交わしただけで見えてきました現我が家。

 ……いやぁ、何度見ても荘厳な門構えですこと。
 門だけなら赤穂浪士が集結しちゃいそうなレベル。
 空手道場って、別にそんな雰囲気を重視するような所でもないような気がするんだけどなぁ。

「あ、ごめん、今開けるね」

 どうやら、改めて荘厳な門構えを見ていたのを、開けて貰いたいと勘違いされちゃったらしい。
 初紀ちゃんはとてとてと、門の取っ手に駆け寄る。
 あ、あ、ちょっ、ストップストップ!!

「いやいやっ、私もこれから此処のお家でお世話になるんだから、これくらい一人で開けられなきゃ!」

 それに、体躯だけで言ったら初紀ちゃんより私の方がほんの少しだけど大きい。
 以前にそれを本人に言ったら別のコンプレックスを刺激してしまったので、敢えて口には出さないけども。

 とにかく。
 御堂家(初紀ちゃんの苗字)の一員として門戸くらい自分自身の手で開けないと!
 使命感に燃える私は、いざっ、と気合いを入れ、重々しい門の取っ手に手を伸ばす。

「せー……のっ!!
 んーっ!! んーっ!!! んーーーーーっ!!!!」

 私の近所迷惑な気勢を込めたフルパワーでも、ぴくりともしない。これで7戦0勝。

「なんでー!?」

 確かに初紀ちゃんが普段から空手で鍛えてるのは知ってるけど、私だって元スポーツマンとしてのプライドがあるのに!

「ふふっ、慣れてないだけだよ。まだ陸でも開けられないし」と、初紀ちゃん。
「え、ひーちゃんでも無理なの!?」

 正直、驚きを隠せなかった。
 私はともかく、ひーちゃんはバイクいじりを趣味にしてるから、それなりに力はあるはず。
 下手をしたら、私と初紀ちゃんの二人掛かりでも持ち上げられそうにない大型二輪を一人で起こしてた彼でも、この門は開けられなかったの?

 ーー御堂家の人々はいったいどんなスパルタンな鍛え方をしてらっしゃるのですか!?
868 :青色1号 ◆YVw4z7Sf2Y [sage]:2012/11/26(月) 00:17:40.81 ID:Fw3AcfDHo


「コツがあるんだよ。いーい?」

 そう言うと、今度は初紀ちゃんが取っ手に手を掛ける。
 うーん、この門のスケールとちんまい初紀ちゃんのミスマッチ感が凄まじい。
 大多数の人が、私の二の舞を想像するんだろうけど。

「よ、い……しょ、っと!」

 ゴ、ゴ、ゴ、と鈍い音を立てて、門がゆっくりと間口を広めていく。
 その仰々しい門を開けているのが、黒のセミロングが眩しい純情可憐な少女だとは……なんともはや。
 何度見ても見慣れないよ。

「ふぅっ、おまたせ、るいちゃんっ」

 振り向き様に一仕事終えた達成感を感じさせるような爽やかスマイルが向けられる。
 うむむ、やっぱり可愛い……。
 けど、なんかちょっと悔しい。
 別に、初紀ちゃんを格下に見てるわけではないし、過小評価してるつもりもない。
 ただ、さっきのやりとりといい、なんとなく悔しい気持ちが拭いきれなくて、それも悔しい。
 うむむむむむむ。
 ……ホーリーシット!

「ど、どしたの?」

 ……多分凄い顔してたんだろうな私。
 初紀ちゃんが、なんだか怯えるみたいな表情で一歩後ずさっていたのだから。

「んーん、なんでもないよっ」
「なら、いいんだけど……ごめんね?」

 別に、初紀ちゃんは何にも悪くない。なのに、なんで、謝るかなぁ……。
 初仕事のストレスにさらされたせいか、私の虫の居所が微妙に悪くなるバグが発生中らしい。
 ……なんだかなぁ、もおっ!
869 :青色1号 ◆YVw4z7Sf2Y [sage]:2012/11/26(月) 00:21:28.39 ID:i/KIqLWDo



 ーーーーその後のことは、なんか記憶があやふやなんだよね。とりあえず順を追って思い出していこう。

 ……この、目の前の素敵ラッキーかつ絶望的な状況の経緯を把握するために。




 初紀ちゃんや、その両親である初葉さん、源三さんと美味しい料理を食べたような気がするんだけど……。 

 ーー気付けば私は、あてがわれた部屋のベッドに寝ころび、天井の木目を仰いでいた。

 あー……なんか、しんどい。

 どれくらいかと言われたら、パジャマに着替えもしないで、ゴートゥーベッドしてるくらいしんどい。
 それが、心と身体のどっちがしんどいのかまでは分からないけど。

「あーもぉっ、寝よう、こーいう時には寝て忘れるのが一番っ!」

 決意が薄弱になる前に口にして、無理矢理に身体を起こす。
 とりあえず、着替えよう。
 着の身着のままじゃ寝起きが心配だし。これでもお肌はデリケートなんです、私。すぐ赤くなっちゃう。
 上着を脱ぎ背中に手を回し、ホックを外す。
 もう慣れたと思っていてもやっぱり窮屈らしく、外した時の開放感は筆舌に尽くしがたい。確実にα波は出てるね、うん。

 かといってこの開放感を男に戻れたとしても味わいたいか? といったらちょっと違うけど。

 ……ま、そんなあり得ないifの話はさておき、お洋服の中でうねうねと腕を動かして、その拘束具ともいうべきそれをポンとベッドに投げ捨てる。

 ……後で、お洗濯しなくちゃ。
870 :青色1号 ◆YVw4z7Sf2Y [sage]:2012/11/26(月) 00:23:06.55 ID:i/KIqLWDo

 その時にふと、今日、委員会ビルに持って行き、勉強机に置きっぱなしにしてたバッグが目に留まった。

 ーーそういえば。入れたまんまだっけ、アレ。
 えーと、アレですよ。
 ……う、固有名詞が出てこない。ド忘れしたっぽい。えーと、うーんと。
 ほら、せんせーから初仕事だーって受け取りに行かされた……アレ。
 えっと、えぇーっと。
 …………。

「……あーもぉっ、いいやなんでもっ!」

 私、ストレス性健忘症のケでもあるのかなぁ……やだなぁ、はぁ……。
 ダダ下がるテンションのまま、バッグのジッパーを開く。えーっと、お薬、お薬っと。
 ゴソゴソと中を漁ると、まず最初に触れたのはーー

「うわ」

 ーー思わず低い声で呻いてしまうほど、これまたテンションを下げてくれそうな、せんせー監修の委員会私設秘書のB4小(?)冊子マニュアルでした。

「えいやっ!」
 
 即刻、勉強机にサイドスロー。見事机の天板にストライク。ナイスピッチ私。

 ……。

 あぁ、ダメだ。いくら気を紛らわせても苛々しちゃってるよ。
 まだあの日でもないっていうのに、もぉっ!
 もうちょっとカルシウム採らなきゃダメかなぁ……。小魚苦手なんだけどなぁ……。
 よく分からない悩み方をしながら、再度、バッグを漁る。
 ……あった。
 この無地の薬袋、間違いない。
 早速、中からそのお薬を取り出してみる。
 薄いブルーの梱包がなされた錠剤がこんにちはした。
 裏面を見ると、製造番号が書いてある。
 ちっちゃくて見づらいけど『STL-006』かな。
 なんだろ、す、すとる……? すと、り?
 ……あっ。

「ストリ、ア、セリン」

 忘れないうちに、そのお薬の名前を口で反芻する。
 どういう経緯があってかは分からないけど、せんせーが気にしていた薬品。
871 :青色1号 ◆YVw4z7Sf2Y [sage]:2012/11/26(月) 00:24:38.95 ID:i/KIqLWDo

 脱法ドラッグっぽいことが今し方、机にブン投げたテキストに書いてあったっぽいけど、その実……現段階での違法性はないとかいう非常に微妙な立ち位置の化合物。
 なんで、こんな飲み薬が法に触れそうとか言われてるんだろう。
 大体、薬物乱用の大半が吸引だったり、注射だったりするのに。
 確か、あのテキストによれば依存性はなかったはずだし。少し気になる。
 そもそも、そういうお薬の制限を『委員会』がしようっていうのも変な話だよね。
 いったい、どういったものなんだろう、このストリアセリンって。

「……」

 今、物凄く馬鹿げた考えが頭を過ぎった。
 けど幸い、理性は冷静さを保っていてくれたから、それを馬鹿げた考えと認識できたわけで。
 やめたやめたっ、こーいう薬ってロクな目に遭わないのがお約束だし。

 ーーーガチャ

「るいちゃん……?」
「ひゃわっ!!」

 不意にあてがわれたマイルームの出入り口の扉が開き、反射的に悲鳴を上げてしまう。
 下手人は、……なんともはや、信じられないことに初紀ちゃんだった。
 文武両道でお淑やかを地でいくマイエンジェルらしからぬ所行だよ、初紀ちゃん?

「ご、ごめんね、何度かノックしたんだけど、返事がなかったから、つい……」

 え? あー、そんなに私は考察に没頭してた訳ですか。別にそんな楽しいことを考えてた訳でもないのに。

「う、うん、平気だよ? こっちこそ、ごめん、なんか考え事してたみたい」

 虚を突かれたせいか、なんだかよく分からない弁明になっちゃってるし……。
 でも、初紀ちゃんの興味のベクトルはもっと違う方に向いた。
872 :青色1号 ◆YVw4z7Sf2Y [sage]:2012/11/26(月) 00:26:53.74 ID:i/KIqLWDo

「るいちゃん、それ……?」

 純粋な疑問符を頭に浮かべながら、初紀ちゃんは私の手にあるものを指さした。

 ……あ。

 ストリアセリン、隠し損ねたぁあああ っ!
 どどどどどどどどうしよう、う、う、上手く誤魔化さなきゃ!
 
 ※この時、私は正直に話すという、八方が丸く収まる至極簡単な選択肢を失念していたのです。何故かって? 人間の行動理念は感情を伴う限り、効率だけを重視しきれない生き物なので。といえばお分かりいただけますか?

「あ、ここ、これ? ち、ちょっと頭が痛くって、さ。今日、せんせーに症状を説明したら、これ、分けてくれたんだ。
『朝昼夜の三回、食後に一錠飲むといい』って」
「宗にいから?」
「う、うん、流石に、元お医者様だけあるよねー」
「そっか……だから今日様子が変だったんだね……」
「そ、そうそう! なんか、言い出せなくて、ごめんね……」

 ……ナイス! ナイスアドリブだよ、坂城選手!
 せんせーの物真似を交えながら、上手い言い訳が出来た。これで初紀ちゃんは何の疑問も持たないーーー

「あれ? でも……それ、まだ飲んでないよね?」

 ………あ。
 そう、薬は、どれも梱包されたままで開けた形跡はない。
 今日貰ったばっかりの薬なら、どこかに最低でも一粒分の空洞がなければおかしい。
 つまり、初紀ちゃんからすれば、せっかく貰った薬を服用してないように見えている訳。
 ……そんな状態でお節介焼きが常備スキルな初紀ちゃんが次にとる行動はと言えば。

「今、お水持ってくるね。早くお薬飲まなきゃっ!」

 …………はい?

「えっ、あっ、その、今日はもう元気っぽいからいいかなーって思っーーー」「ーーーだめっ!」

 反論は、即座に却下されました。
873 :青色1号 ◆YVw4z7Sf2Y [sage]:2012/11/26(月) 00:31:15.60 ID:LTRuQ3Ipo

「宗にいは、必要じゃない人に薬を服用させるような無責任な人じゃないよっ、るいちゃんに必要だから、その薬を渡したんだよ?」

 す、凄い説得力だね、初紀ちゃん。

 確かにせんせーはそういう面ではうるさそうなイメージがある。……ただ、服用させる意図がないのだから、それは適用されないんだろうけど。
 無論、そんなことは初紀ちゃんが知る訳ないし……。

「だから、飲まなきゃ、ダメ。
 ……ね?」

 天使様のお願い(強要)きたーーー!!!!

 これに、首を横に振れる方がいらっしゃったら是非ともお目にかかりたいよ!!

 ……よ、よーし、私がその第一号に!

「ね……?」
「はい」

 なれませんでした。即答でした。

 ……だって、だってさ!
 すっごい親身なんだもん、あの厚意に首を横に振ったら、天罰下りますよ絶対。
 ていうか私が許さんっ!


874 :青色1号 ◆YVw4z7Sf2Y [sage]:2012/11/26(月) 00:33:09.30 ID:Ofxy9xQWo


 ーーーーそんな訳で。

 目の前に運ばれてきた水の入ったコップと、ストリアセリンの錠剤を交互に見やる。
 ううう、身から出た錆とはいえね、まさかこんな事態になるなんて夢にも思わなかった訳ですよ。
 そりゃ、この薬の扱い方についてはせんせーから一任されてるから私が飲んだって問題ないけどさ?
 これから違法性が出てくるかもしれない効き目がアンノウンなドラッグをドリンクするってかなりのブレイブプレイだとフールシンキングする訳ですよ!(絶賛混乱中)

 ……いや、まだ手はあるっ!

「あ、ありがとう、初紀ちゃん、そこに置いといて?」
「ダメ」

 詰みました。
 ……何でこういう時の初紀ちゃんって凄く強気なんですかね。いや、そういうのもグッとくるけども。

「ちゃんと、るいちゃんがお薬飲むとこ見なきゃ安心できない」

 いやいやいや! どっちかっていうとね、そのお薬を飲んじゃった方が安心できない状況に陥る可能性大なんですけど!

 それに、私どれだけ信用無いんですか!?  ちょっと悲し過ぎて、枕濡らしちゃうレベルだよ!?

「おねがいだから、ね?」

 ……いや、違うか。

 初紀ちゃんは本気で心配してくれてるだけなんだよね。
 私が吐いた出任せを信じて……うう、目の前の天使様を騙した罪悪感だけで軽く[ピーーー]る。
 もう、こうなったら覚悟を決めるしかない。
 男(元)として、意地の見せ所じゃないか、二言はありませんよ!!?

 はぁ、空を自由に飛べちゃう妄想とかに取り憑かれたりしないよね……? 信じてますよ、せんせー……! 私がヘンになったら責任取ってくださいよ……?!
 脳内で、何か小難しい反論が聞こえてくるけど、それに耳を傾ける余裕なんてない。
875 :青色1号 ◆YVw4z7Sf2Y [sage]:2012/11/26(月) 00:35:11.45 ID:Ofxy9xQWo

 ええい、ままよっ!!

「……ごくん」

 口内に件のストリアセリンを放り込み、水道水で胃袋に流し込む。

 うわー、飲んじゃった、飲んじゃった……ごっくんしちゃったよぉ……。

 ゴーンという脳内SEが反響してフェードアウトしていく。

「よしよしっ、よく飲めましたっ」

 ううう……ま、でも、天使様の笑顔と頭なでなでの報酬があったから、決して悪いことだけではなかったんだろうけどね、あは、あはははははは。

 ……はぁ。

 なんか、もうどうにでもなりそうな予感しかしないよ……。
 こうなった以上、私が取るべき行動は決まってる。後は実行に移すのみだ。
 その第一段階であり、最終段階の行動を目の前で微笑む天使様に宣言しよう。

「もう、寝るね(頭が変になる前に)」
「うんっ、おやすみなさいっ」

 ーーーー初紀ちゃん去った後、私は何だか熱くては重た身体を引きずるように寝間着に着替え、ポニーテールに結っていたリボンを外し、その直後にベッドに倒れ込んだ。
 お気に入りの曲を頭に流し込むという慣習も、忘れて。

 歩き回ったり、極度の緊張状態を味わったり、脱法ドラッグまがいなものを服用したりと、かなりエキセントリックな強行軍をこなした私の身体は見えない疲れを蓄積していたらしい。


 ーー私は、いつの間にか泥のように眠りこけていた。


【青色通知-ある私設秘書の話2-】
876 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(長屋) [sage]:2012/11/26(月) 00:36:27.95 ID:Ofxy9xQWo
とりあえずここまで、読んで下さった方ありがとうございました。
877 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) :2012/12/04(火) 20:16:36.11 ID:PVEiF/8c0
お疲れ様です、投下があるのは嬉しいですね
878 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2012/12/04(火) 23:35:03.85 ID:rYCYxzvrP
乙でしたー
879 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(中国・四国) [sage]:2012/12/19(水) 03:38:14.57 ID:S7iGyWOAO
あんかしたー
880 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(静岡県) [sage]:2012/12/19(水) 13:48:38.74 ID:vi4D9Ffr0
おさがり
881 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(栃木県) [sage]:2013/01/02(水) 21:21:43.12 ID:dxDr7uFQo
あけおめことよろ!
リハビリ安価下でオナシャス
882 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(中国地方) :2013/01/03(木) 00:51:53.33 ID:5v9AF2D20
ひめはじめ
883 :null [null]:2013/01/11(金) 22:05:59.91 ID:lwAKThaS0
よくよく考えたら、ここの世界だと

ホモカップル → レズカップル

ってことになるんだよな、最終的には
884 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(チベット自治区) [sage]:2013/01/13(日) 03:40:24.41 ID:9CDyoC1fo
15,6歳までにホモカップルとか業が深い
885 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(中国・四国) [sage]:2013/01/13(日) 09:07:42.97 ID:VwjnOq1AO
>>884
ユニコーンの人生は上々だみたいな感じなんだね。
どうにもならないから仕方ないんだね。
886 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) [sage]:2013/01/20(日) 01:38:30.08 ID:eNM6FP6v0
西田ちゃんまだー
887 : ◆suJs/LnFxc [sage]:2013/01/21(月) 10:20:56.69 ID:XIAiP6tAO
Oh…
いや書いてます、書いてるんですけどね!
書いては消し書いては消しの無限ループに陥ってますwwwwww
888 :"null" ["null"]:2013/01/22(火) 21:06:02.37 ID:SPVT7UHw0
もしも明日男子の友人が全員女体化したら・・・とか想像して




なぜか萎えた
889 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(兵庫県) [sage]:2013/01/29(火) 19:03:54.64 ID:KLrHTrwR0
皆twitterにおいで
890 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2013/01/30(水) 03:03:46.57 ID:cBNHMN3M0
久しぶりだしリハビリしたい
安価下
891 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) :2013/01/30(水) 04:36:25.77 ID:fxmIPc8V0
サッカー
892 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(栃木県) [sage]:2013/01/30(水) 06:02:38.66 ID:mG9JDS7uo
およそ3年ぶりくらいに来てみた
それだけじゃ何なので、安価↓
893 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) :2013/01/30(水) 16:32:51.75 ID:fxmIPc8V0
お鍋
894 :ファンタ ◆jz1amSfyfg [sage]:2013/01/31(木) 03:58:17.34 ID:IQjDQjBw0
>>891
安価『サッカー』

【玄関】
「サッカーやろうぜ!」
「わざわざ休みの日の朝っぱらから人の家まで来て何かと思ったら……」
「なあ、いいだろ? ボールも用意してきたし」
「まあ、いいけどさ……んで、どこでやんの?」
「ここの庭」
「俺の家の庭って……狭いからどうやっても試合とかはできねーぞ」
「いいんだよ、お前とサッカーしたいから来たんだし」
「女とサッカーするためって……サッカー部の部員がそんなんでいいのか?」
「いや、だってお前が女に変わってマネージャーになってからは一緒にサッカーできなくなったしさー」
「なっちまったからにはどうしようもねえだろ」
「うん……だからさ、せめて休みの日だけでもお前とサッカーしたいって思ってさ」
「やれやれ。ま、暇だしいいか」
「よしっ!」
「んじゃ、庭の方行くぞ」
「ああ!」

【庭】
「なあ、いい事思いついたんだけど」
「なんだ?」
「普通に蹴り合ったりとかだといまいち面白みに欠けるから、地面にボールをつけずに、つまりリフティングしながらパスをする」
「ふむ……面白そうだ、細かいルールは?」
「ボールは落としちゃ駄目なんだが、陣地を決めて相手に取られずに相手の陣地に落とせばパスした側の勝ち。そこ以外に落としたら相手の勝ち」
「うん」
「あとボールを触っていいのは1ターンにつき3回まで」
「つまりパスを受け取るのに1回、あと2回以内に相手にパスを返せって事か」
「そういう事。まあ、バレーみたいなもんさ」
「なるほど、他には?」
「後は……言うまでもないだろうけど、手を使うのは駄目、相手目掛けて本気で蹴るのも駄目。こんぐらいかな」
「おk。それじゃ始めるか」
「負けないぞっ!」
895 :ファンタ ◆jz1amSfyfg [sage]:2013/01/31(木) 04:00:09.69 ID:IQjDQjBw0
続き

【数時間後・庭】
「はあ、はあ……疲れた」
「お、俺も……休憩しようぜ」
「さ、賛成」
「はあ、ふう、それにしても結構熱中したな」
「はあ、はあ、ふー……そうだね、特に僕はサッカー部レギュラーのプライドにかけても負けられなかったからさ」
「自分の体の鈍りを実感したぜ。マネージャーも割とハードなはずなんだけどな」
「でも、マネージャーって体を動かさない仕事もそこそこあるからじゃない?」
「そのせいかー……ところで気になってたんだけどさ」
「なにかな?」
「後半にさ、たまにそっちの動き鈍ってたんだけどなんかあったのか?」
「えっ……あー、う、うん、まあね」
「なんでなんだ?」
「い、言えない、怒るだろうから」
「怒らないから言ってみ」
「えーと……今、そっちスカート穿いてるよね、ミニも」
「そうだけど、それがどうし……!」
「つまり、そんな格好でボール蹴るために足上げてた訳だから」
「言うな、解ったから」
「いわゆる……下着が見えt」
「言・う・な!」
「ほ、ほらやっぱり怒って……」
「怒ってないっ!」
「怒ってるようにしか見えないよ」
「怒ってないってば! もう!」
「あ、どこ行くの?」
「着替えてくるの!」
「あ、うん、言ってらっしゃい」
「お前は俺が着替えて戻ってくるまで見た物忘れてろよ!」
「はいはい、解ったから行っといで」
「むう……絶対、だからな!」
「わざわざ言いに戻って来なくても解ってるよ」
「じゃ、着替えてくる……」
「……思いがけず、いい物見れたなー」
「やっぱり忘れる気無いじゃないか、スケベ!」
「だから、いちいち言いに来ないてってば!」
896 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2013/01/31(木) 04:03:57.02 ID:IQjDQjBw0
というわけ、安価『サッカー』でした。
あんまサッカーらしくなかったかも。
とにかくリハビリ兼ねたPCからの投稿テストもできたし満足。
897 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2013/01/31(木) 22:34:52.28 ID:8Ex0cSFX0
久々にファンタさん見た!
乙であります!
898 :でぃゆ [sage]:2013/02/03(日) 03:33:36.74 ID:izMHazkAO
こっちでアナウンスするの忘れてたので一応。

同人誌で1516のアンソロジーを企画しています。
参加者募集中です。(文章の締め切りは6月末日)
気になる方はツイッターの@dokkoisyo_kaeruまでリプライを飛ばしてください。
899 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(新潟県) :2013/02/05(火) 15:13:10.32 ID:3Z5TNYH80
「無垢な幼女と
 女体化寸前の少年を密室に閉じ込めたら
 ○○○しちゃうかもしれない」
900 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2013/02/05(火) 17:38:22.95 ID:K3Kj/SBL0
ここは逆に女体化やん?
901 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) [saga]:2013/02/06(水) 20:27:33.98 ID:bTD3lVZAo
規制テスト
ドラえもん
902 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) [saga]:2013/02/06(水) 20:33:07.60 ID:bTD3lVZAo
おk。それでは久々に投下しましょうか
903 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 20:38:54.81 ID:bTD3lVZAo
想いは紡ぎ――


     時に人を苦しめ―――



            哀しくスレ違ウ――









罪とバツ











月島 狼子はすこぶる機嫌がいい、母親が仕事から帰ってくるので今日も精一杯の手料理を振る舞いその帰路を待つ。恋人と甘美な日々を過ごすのも悪くは無いがたった一人の肉親である母親と過ごす時間も貴重で悪くは無い、幼い頃は誰かが自分の世話を焼いてくれて慕っていた記憶があるのだが時間が経つたびにそれは曖昧となって思い出そうにも思い出せない変な感じ――・・しかし全くないといわけでもなくその人物はあるノートを残して自分の前から姿を消したのだと思いたい。

「さて、これで準備はこれで終わりかな。後はお母さんが帰ってくるまで暇だな・・」

手馴れた手つきで料理の準備を終えた狼子は空いた時間をどうしようかと模索するがなかなか思い浮かばない、本来ならば宿題をするのが最も現実的ではあるが生憎彼女の考えではないようでどうしようかと頭を捻らせていた。

「う〜ん、こんなときに辰哉はバイトだなんてな。聖さんと遊ぶのも悪くないけどお母さん帰ってくるから遅くまでは遊べないし・・困った」

必死で頭を捻らせてどうするかを考えている狼子であったが、ここで何の因果かチャイムが鳴ったので狼子はエプロンを外すとそのまま制服姿で来訪者を迎える、最初は新聞の集金かはたまた何かの訪問販売の類だと思っていた狼子であったが・・ドアの向こうでは予想外の人物が立っていた。

「は〜い・・って骨皮先生!?」

「よぉ、月島。次の給r・・じゃなかった、しばらく泊めてくれ」

いきなり現れたのは自分の担任でもあり、自身の親戚でもある骨皮 靖男その人であった。靖男の申し出に少し驚く狼子であるが既に簡易的な荷物を持って泊まる気満々の靖男を止められるはずも無い、何だかんだ言いつつも靖男とは家族ぐるみの交友なのでそう簡単には無碍は出来ないものである。仕方が無いので靖男を自宅に招きいれた狼子は自分も飲もうと思っていたジュースを出すとコップを2つ取り出して自分の分と靖男の分を淹れて差し出す。

「どうぞ」

「おっ、悪いな」

「・・それで何で泊めてほしいんですか?」

「大人になったら色々とあるんだ。理由は聞かないでくれ」

もっともらしいことを言って誤魔化す靖男であるが、実際のところは普段の散財がたかって生活が出来なくなったというみっともない理由で狼子の家へと転がり込んだのだ。他に宛があるといえば瑞樹のマンションがあるのだが、今回は給料日までの期間が相当長い・・そんな状況下で瑞樹と生活してしまえば自分の身は持たないのは目に見えているので残るは狼子しかいないのだ。

904 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 20:39:26.57 ID:bTD3lVZAo
「ま、家事なら俺も手伝うし宿題も見てやる」

「それは非常に助かるんですけど・・母がなんと言うか」

「大丈夫大丈夫。何とかなるさ」

「そうですか・・?」

明らかに不安そうにしている狼子を尻目に靖男はジュースを飲みながら自分の家のようにくつろぎ始めると持参していた荷物の中からゲーム機とコントローラー2つを取り出すと狼子に1つを差し出す。

「んじゃ、飯までゲームでもするか」

「で、でも宿題が・・」

「月島、遊べるだけ遊ぶのが学生の特権って奴だ。宿題なんて空いた時間にさくっと片付ければいいんだよ、教師である俺が言うんだから間違いない」

「・・そうですね!! んじゃ遊ぶぞ〜!!!」

既にその考えで夏休みの時に手痛い思いをしている狼子であるが、靖男の口八丁のおかげでその考えは既に吹き飛んで目の前のゲームに講じる。

「いくら可愛い親戚だといっても手加減はしないぞ」

「こっちだって聖さんや辰哉と鍛えてるから負けないぜ!!」

「んじゃお前の得意なウイトレで勝負してやる」

ゲームを起動させると問答無用のガチバトルが始まる・・

905 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 20:41:01.94 ID:bTD3lVZAo
ラッシュアワーの電車に揺られながら珍しく早く仕事を終わらせた月島 睦実(つきしま むつみ)は久しぶりの娘との食事に心躍らせる。普段は仕事が激務で帰る時間は常に狼子が眠っている時間帯なのだが、それでも狼子はちゃんと母親である睦実の分まで作るので自分には勿体無いぐらいの良く出来た娘だなといつも思う。最近は彼氏である辰哉との交流に優先をしがちで少しばかり寂しい思いもしているが、彼は見た目通りというべきか実直で芯は通っている信頼できる青年でもあるし何よりも娘が信頼して選んだ彼氏なのだからと睦実は思っている。
終電間際とは違う人の多さに多少困惑しながらも睦実はいつものように歩きながら我が家へと帰宅するのだが・・そこにはご飯も作らずに思わぬ珍客と夢中になりながらゲームをして過ごしている娘の姿があった。

「ただい・・」

「ガァァァ!!! また負けた・・辰哉にはそこそこ勝てるようになったのにッ!!」

「ハハハッ!! たとえアウェイで専門外のゲームであっても俺には勝てないのだよ!!!!」

「も、もう一回だ!!!」

「・・」

ウイイレで惨敗している娘に大人げも無くそれを誇らしげに誇示する情けない靖男の姿に睦美は少し唖然としてしまう。

「今度はハンデとして俺は全員GKでプレイしてやるぞ」

「ぐぬぬぬぅ〜・・あ、お母さん」

「何ぃ〜、それで逃げたつm・・」

2人がゲームを中断して同時に振り返るとそこには無表情ながら固まっている睦実の姿があった、そして狼子は時計を見るが全く夕食を作っていないという己の愚に気がつく。

「や、やばい!! お母さん、すぐにご飯作るから待ってて!!!」

「・・」

ようやく狼子はゲームを投げ出すと急いでエプロンに着替えて準備していたハンバーグと既に煮込んでおいた煮物を確かめながら忙しそうに夕食の準備を始める、そして当の靖男は睦実の姿にしばらく呆然としながらもすぐに気を取り直して気軽に挨拶する。

「よ、よぉ・・」

「・・何でいるの」

「おいおい、俺とお前の仲じゃないか。ここは素直にだな・・」

「とりあえず・・夕食を食べてから改めて訳を聞くわ」

そのまま睦実は自分のスペースに荷物を片付けて服を着替え始めるが明らかに機嫌はすこぶる悪い、靖男も長年の付き合いなのでそれは熟知しているがこればかりはどうしようもないものだ。

「夕食出来た!!!」

「おっ! いいタイミングだ、でかしたぞ月島!!」

「・・」

超特急で3人分の夕食を作り上げた狼子の号令で着替え終えた睦実と招かねざる客である靖男もそれに合わせて席に付くのであった。

906 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 20:41:58.01 ID:bTD3lVZAo
狼子お手製のハンバーグと煮物を食べながら3人は少し奇妙な夕食を楽しんでいた(?)が一人はしゃいでいる狼子とは対照的に睦実は靖男を視線でけん制しながら娘の手料理を食べ続けていた。

「今日はどうかな? ツンさんに教えてもらった自信作なんだ」

「美味しいわよ・・」

「・・美味い」

「よかったよかった!!」

睦実も喜んでくれてご満悦の狼子であるが、靖男としては少しばかり気まずいものがあるのでここは場を紛らわすために狼子に話を振る。

「そういえば飯食ってしばらくしてから宿題しよう。先生も仕事一緒するから相乗効果は抜群だ」

「ハッ!! ・・すっかり忘れてた」

「大丈夫だ。俺も仕事のことすっかり忘れてたから仲間だ」

狼子の場合はともかくとして狼子と同レベルで仕事を忘れる靖男に睦実は何もせず黙々と食事をする、そのまま靖男は狼子に話を振って場を繋げていこうとするが・・しばらく経ってから沈黙を守り抜いた睦実が靖男に目掛けて直球で本題を切り出す。

「どうしてここにいるの・・」

「い、いや・・そのな。色々と大人の都合ってものがあって・・」

「・・」

何とか誤魔化すネタを考える靖男であるが睦実の視線が全てを語ってくるのでここはもう下らないプライドを捨てて素直に白状するしかない。

「金が無くなって生活が出来ませんでした・・」

「あ、あははは・・気を落とさないでくださいよ。俺も似たような経験があるから・・お母さん、骨皮先生をしばらく泊めてあげよう!!」

狼子にフォローされて余計に情けなくなって気落ちしてしまう靖男であるが、対する睦美はというと何も言わずに淡々とご飯を平らげると食後のお水を飲み干してこう一言述べる。

907 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 20:45:08.38 ID:bTD3lVZAo
「・・娘がいいって言うなら私は構わないわ。好きにしていいわよ」

「助かるぜ!! 給料が入ったら何か奢ってやる!!」

睦実の承諾も得て、ようやく本格的に許可を貰ったところで靖男はほっと一安心すると晩御飯を片付けて洗い物を仕様とする狼子を静止して露骨なポイント稼ぎを始める。

「待て月島、世話になるんだから家事は俺がやってやる。お前はきっちり宿題でもやってろ」

「えっ、でも悪いような・・」

「一人暮らしを舐めるな。ついでに風呂でも洗ってやるから待ってろ」

そのまま靖男は手際よく洗い物を終わらせて即座に風呂場へ直行すると物の数分で完璧に掃除を済ませてお風呂の仕度を完了させて宿題をしている狼子の対面に座りながら自分も持参しているノートパソコンを起動させて霞に延期してもらった書類の作成に取り掛かり始める、この書類を出さなければ霞から間違いなくどやされるのでゲームしたい欲求を何とか抑えつつも頭を捻りながら書類作成に集中する。

(全くあのロリっ娘は俺の時間を奪いやがって・・一回幼稚園にでも送り込むか)

「先生〜、ここがわからない・・教えてくれぇぇぇぇ!!!」

「何だ何だ、これは英語か。どれどれ・・」

ちょうど狼子は英語の課題をやっていたようで問題を手渡された靖男は文章を見ながら珍しくも的確な答えを狼子に提示する。

「これはつまりだな・・この単語はこういう意味をしているのだ。んでこれをこうで・・」

「おおっ! つまりこの英文は訳は“愚者と賢者の違いはまるでなく一重の閃きがそれを左右し、人を導く存在となって神へと近づく・・”でいいのか!!」

「そうそう。その調子でがんばれ」

「でも意外ですね〜。骨皮先生が英語わかるなんて」

「そりゃ嫌でもMOD翻訳してたからな。わからない英語なんてググール先生使えばいいんだ」

教師でありながらとんでもない抜け道を伝授する靖男であるが、当の狼子は納得してくれているみたいでそれから順調に課題をこなしていくと同時に靖男も溜め続けていた書類を作成し続けるが・・暫くしてまたしても躓いた狼子が靖男の教えを請う。

「先生〜。今度は化学教えてください・・」

「またかよ。えっとどれどれ・・」

今度は化学の課題を出される靖男であるが、そういった方面の知識は0に近い靖男は狼子が向けてくる期待の眼差しの中で問題を読み続けるが・・次第に考えるのをやめてしまった。

「どうすれば・・」

「・・悪い月島、先生の頃はこんな単語はなかった。製作者の悪意を感じるから飛ばして宜しい」

「えええええ!!!! それじゃ橘先生に補修されるじゃないかあああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」

「問題ってのはわからなくても解こうとするのが大事だ。わからなかったら素直に飛ばして謝るのもアリだ」

尤もらしいことで誤魔化す靖男であるが、瑞樹の宿題は内容的には問題は無いがそれでもかなりの難易度を誇る上に宿題の解く量によっては問答無用で補修を言い渡すのだ。しかし当の靖男が解けないとなったら狼子にもどうしようもないのでこればかりは泣く泣く飛ばすしか選択肢が無い。

「何か聖さんも去年に似たようなこと言われたって聞いたんですけど・・」

「あいつは特別記念物レベルのバカだから参考にしなくていい、中野を替え玉にして俺の補修もする奴だからな。先生だってあのロリっ娘に鬼のような書類をまとめて出されたんだから泣きたい状況なんだ」

「は、はぁ・・」

何とか宿題をこなす狼子と同時進行で靖男も無い知恵を絞りながら書類を作成し続ける。



908 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 20:46:13.22 ID:bTD3lVZAo
最後に風呂から上がった靖男は簡単に着替えると洗濯物を回して最後の風呂の掃除を済ませるとようやく一息つく、あれから何とか書類を全て片付けた靖男は疲れを一気に取る。狼子は課題を終えて風呂に入った後すぐに眠ってしまったので未だにわからない睦美を除いたら居間は自分一人ということになる、そのまま靖男も狼子が用意してくれた布団に入って寝ようと思ったのだが・・ここで台所に掲げられていたある古ぼけたノートを見つける。

「ん? これは・・」

ノート自体は相当古ぼけていたものの中身は狼子の手によって大事に保存されていたようで今でもきっちりと読める代物である、靖男はノートを捲りながら中身を見続けるがそれはとても懐かしい代物で見ているだけで自然と笑みが毀れる。

「・・まだ取ってたんだな」

「そうよ、あなたが会わなくなってからあの子はそのノート頼りに必死で家事を学んでたわ」

「わっ!! まだ起きてたのか・・」

突如として背後から睦実に声を掛けられて驚いてしまう靖男であったが既に狼子が眠っているので何とか声を押し殺すと静かに背後に居た睦実とようやく対面する。

「ちょっと仕事の後処理してたから・・寝たかったら寝ていいわよ」

「目が冴えた。・・悪かったな、狼子に会おうとしないで」

「・・気にしてないわ、ちゃんと当時のあなたから理由も聞いたから」

「そっか・・俺が居ない間しっかりしてたんだな」

靖男は少し苦笑しながらノートをそっと元の場所へと戻すと昔のことをふと思い出す、お互いに境遇は似たようなものだが表情は共通していて生気すら失って死んだような顔つき・・そしてまだ小さかった狼子と過ごした生活が自然と走馬灯のように脳裏に蘇る。

「・・まだ自分を縛り続けているのね」

「縛ってるんじゃない・・待ってるのさ、俺のせいで人生を滅茶苦茶にされた奴が復讐して殺しに来るのをな」

普段は決して誰にも見せない靖男の負の感情、それが何を意味してどのように起因しているか睦実は当然知っているのでそれ以上は何も語ろうとはしない、かつての自分も似たような状況だったから今の靖男がどのようにしたいのかも解る。

「相変わらず矛盾してる生き方ね」

「そりゃ・・な」

睦実にしてみれば靖男の考えなどは当にわかるのでこれ以上は何も言うことは無いが、長年に渡って貫いている姿がとても痛々しく思える。考えと行動が矛盾していた上とはいっても影ながら自分たち親子を支え守ってくれたのは事実なので靖男が居なければこうして狼子と2人暮らしをしていることは多分あり得なかっただろう。

909 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 20:46:44.74 ID:bTD3lVZAo
「ま、お前たちがこうして暮らしているだけで俺は満足だ。今度はしっかりとするんだぞ」

「・・あの子は私よりもしっかりしているわ」

「そいつは俺もよくわかるさ」

狼子のしっかりさ具合は靖男も直に見ているのでよくわかる、それに辰哉とも良好に付き合えているので自分たちのようなことは起きることは無いだろうと思いたい。

「・・あの子を身篭ってあなたと出会ってから色々なことがあったわね」

「・・そうだな」

「初めて会ったあなたは瞳に生気すら宿さずに淡々と自分を責め続けて・・」

「お互い様だろ。あの時は現実を・・いや全てを直視することが出来なかった――


生きながら死んでいたのさ」


初めて2人が会ったときの第一印象は奇しくも同じで顔は影を表し、瞳は互いの顔すら映らぬ朧のよう――



                赦シヲ得――・・自分ヲ縛リ、贖罪ヲ求メ続ケタ哀レデ救イヨウモナイ人間――



これからの生そのものが絶望でしか糧だったそんな2人は奇しくも誰かの巡り合わせか、出会ってしまったのだ・・











一人の青年は人を殺すに等しいぐらいの過ちを犯していた。哀しさはすぐに絶望に果て変わり、その絶望はいつしか遠い遠い存在となっていつしか何も無い世界こそが責め続けた自分の最後の居住区となっていた。

      一人の未熟な少女は命を宿してしまった。しかし後に共にその命を育むべき人間はこの世から姿を消した―――・・いつしかその命が憎く、産まれてくるであろう赤子から只ならぬ恐怖と戦慄を覚えた。

910 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 20:47:51.37 ID:bTD3lVZAo
数年前・・種田 真由は渦中の青年と相対していた、その青年の名は骨皮 靖男、若干高校生の身でありながら同じ卓球部での戦友でもあり、親友で女体化を経て恋人となった松浦 真帆(まつうら まほ)を妊娠させてしまった。まだそれだけなら対処のしようはあったのだが、こともあろうことに真帆は妊娠が発覚してその直後に誰にも告げずに県外の高校へと転校してしまったのだ。必死になった靖男は何とかあらゆる手段を講じて真帆の行方を必死になって探し続けてたのだが、家は既に夜逃げ同然の跡で鬼気迫る表情で担任や校長に問い詰めても行方は全く知れずとの一点張り・・いつしか夢中になった卓球部も辞めてしまった上に明るかった表情は一気に影を潜めて生気すらあるのかどうか怪しいレベルまで達している。
事情すら全く知らずに急激に老人の如く衰える息子の様子を見かねた靖男の両親は理由を確かめようとしたのだが、本人は何も応えず廃人のように佇むだけ・・何も語らぬ息子に両親は仲が良かった真由を寄こしたのだが、普段から懐いてた彼女の力をもってしても靖男と話すことすら困難を極めていた。

「・・何かあった?」

「・・・」

「ハァ・・」

真由もあれやこれやと様々な方法で靖男に問いかけるが、当の本人は虚ろのまま置物のように沈黙しているだけ・・食事もまともにしておらずこのままでは餓死寸前レベルまで悪化してしまう。当時一人暮らしをしていた真由は廃人の靖男を一時的に引き取って定期的に食事を与えながら何度も何度も話しかけているが、かって明るさだけが取り柄だった青年は何も問いかけなかった。

「靖男君に何があったかは私も知らない。・・でもこれだけは言うわ、私は他人には決して公言しないし秘密は墓まで持っていく」

「・・ちゃ」

「ようやく話せるようになった?」

優しい真由の問いかけに微かに反応した靖男からは無視の羽根音よりも小さい死に掛け同然の搾り取ったかのようなか細い声が発せられる、それを即座に感じ取った真由は耳を傾けながら靖男から聞かされる衝撃の話に驚きながらも平静を保ったまま静かに最後まで悲惨で悲しい話を聴き続ける。

「・・事情はわかったわ。叔父さんと叔母さんには私が言い訳してあげる」

「が・・と・う・・」

「まずは生きるために食事を取りなさい。暫くは私の家で暮らしてもいいから・・まともに喋れるようになったら“同類”に会わせてあげる」

真由は普段は大らかな性格で秘密は絶対に漏らさないものの、根はかなり厳しく言いたいことはしっかり言う性格なので例え靖男がこのような状態でも容赦は無い。しかし当の靖男からすればそんなことはどうでもいい・内容はともかくとして人の声が聞こえるだけでも十分なのだ。

それから2日も経たずに食事を取っただけで人並みに喋れるぐらいまで回復した靖男は改めて自分のしでかしてしまった経緯を真由に話す、そのまましばらくの静寂が流れる中で真由は少しばかり目を瞑りながら優しく語りかける。

「その子なりの行動だったんでしょうね。靖男君に心配掛けないために・・1人で全てを背負い込むやり方はよくないけど」

「・・俺はどうすればいいんだ――」

「悪いけど私は提示してあげることは出来ない。・・言ったでしょ“同類”と会わせてあげるって、後は自分で答えを出しなさい」

一見厳しい言葉であるが真由に出来ることといえばこれぐらいしかない、後は靖男本人が自分で見出さなければ意味が無いのだ。

「親父たちには何て・・?」

「ん? 叔父さんたちには一種の過労ってことにしてあるよ。お姉ちゃんにもカルテ書いてもらったからそれで通じてる」

「・・器用な奴だ」

事情を聞いた真由は何とか姉である京香に事情を伏せた上で連絡を取って行動を起こしてもらっている、教師だった京香も最初は困惑はしていたもののすぐに承諾して伝で医者から用紙を貰うと持ち前の知能で完璧な過労のカルテを書き上げたのだ。普段の靖男なら京香が動いた時点で何らかのアクションを起こすはずなのだが、今の彼には関心の外で淡々と真由の言葉を聞き続けるだけ・・何とか喋れるレベルまで回復しても中身はまだ空っぽなのでこのまま放っておいたら自殺を起こしてもおかしくは無いのだ。
911 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 20:50:26.52 ID:bTD3lVZAo
「もう俺には何も無い・・って姉さん?」

「着いて来なさい、これから会いに行くわよ」

靖男はそのまま真由に強引に腕を引っ張られるとそのまま外へと向かい続けてある喫茶店へと足を運ぶ、そのまま真由に引っ張られたまま店内へと入り続けて店員に案内されて席に座る。

「あっ、コーヒー2つ貰える」

「畏まりました」

オーダーを貰った店員はそのまま去っていく、そのまま真由はタバコを取り出して吸い始めると靖男にも勧め始める。

「吸う?」

「・・いらない」

「そう、ちょっと待ってよ。呼ぶから」

今度は携帯を取り出した真由はそのままある人物に電話を掛け始める、その間に店員からコーヒーを出されて飲み続ける靖男であるが、ますます真由の意図がわからないばかり・・それに真由は普段はこんなことはしない人物なので何が何やらわからない状態である。

「ええ、そうよ。・・いいから早く着なさい、それじゃあね」

「誰と話してたんだ・・?」

「来ればわかるわ。それまで待ちましょ」

そのまま真由は携帯をしまうと再びタバコを吸いながらある人物の来訪を待ち続ける、今の靖男は完全に生そのものが無い状態なのでここから立て直すのは流石の真由でも不可能である。それに靖男の件より少し前にある人物とも似たようなことがあったのでそれらを同時に片付けるためにあることを考えていた・・そして数分後2人の前に少しふくよかな姿をした1人の女性が現れる。

「あ、着たわね。私の横に座りなさい、これがさっき話してたあんたの“同類”よ」

「・・」

女性はそのまま真由の隣に座るがその姿は奇しくも今の靖男と酷似しており、顔つきは無表情でありながら生気は全く感じられずにまるで幽霊のようであった。

「紹介するわ。彼女は月島 睦実・・小さい頃に親戚の集まりで一回会ったでしょ?」

「・・ああ」

2人は睦実とは親戚関係に当たり遠からず近からずの関係だ、現に幼少の頃の親戚の集まりで睦美と会ってはいるが小さい頃の記憶なのであまり印象は薄いものだが靖男はある程度覚えているものだ。真由はタバコを吸い始めようとするがここでようやく睦実が静かに口を開く・・

「・・何のつもり」

「姉さん、そろそろ教えてくれないか・・」

いい加減に靖男も意味不明な展開に溜まらなくなったのか真由に真意を問い質す、有無も言わさぬまま無理矢理連れてこられた挙句に自分と同じような人間に会わせられたのだから文句の一つは言っておきたいところだ。
912 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 20:51:11.98 ID:bTD3lVZAo
「2人が何を言いたいかはわかるけど、ちょっとだけ私の話を聞いてちょうだい。
・・あんた達は経緯は違えど境遇は全く同じ、自分が犯した罪に苛みながら身も心も削って前すら見えぬ状態――まさに同類ね。今の私にはあんた達2人を人間の状態に戻すのは不可能だから正直何もすることは出来ない」

「・・だったら何? 笑いに来たの」

「死人を嘲う趣味は無いわ。・・可能性を提示しに来たの」

「可能性・・?」

絶望すら感じぬ今の2人に可能性などというのは無に等しい、何も無く歩くのも止めてしまって思考も時間も停止している自分たちに可能性というのは少しおこがましいものである。

「ふざけるのも――・・」

「悪いけど大真面目よ。・・しばらく私の部屋貸してあげるから一緒に暮らしなさい。正直私じゃ2人の事情は知っても対策は立てれないし何も出来ないわ、同じ境遇だからこそ何か見えるものでもあるでしょ」

「・・姉さん、そんなままごとで進展するはずが無いだろ」

「そこは自分で見出して決めなさい。どうせ何も無いなら構わないでしょ? 逆に聞くけど2人はこれから塞ぎこんだままでどうするつもりなの?」

「そ、それは・・」

「・・」

何も無い2人が疑問に答えられるはずも無く話は真由の独断で勝手に進んでいく、睦実も普段ならば口を挟んでいる場面ではあるが正直何も考える気力も起きないので再び静寂を保っている。

「お金に関してはこっちに連絡して、一通り生活できるものは揃っているから好きに使ってもらって構わないわ。・・後、死ぬなら部屋の外でして頂戴。これで私の提案は以上だけど何か言いたいことでもあったら遠慮なくどうぞ」

「「・・」」

相変わらず2人は置物のようにだんまりとしながら真由の言葉には口を挟まない、真由の独断で決まった同居生活ではあるが2人は何らアクションすら起こさずに淡々と状況だけ見守る。

「それじゃ決定ということで・・鍵はここにおいて置くから、後は2人で好きにしなさい。私はお姉ちゃんのところでいるから」

「おい、まだ・・」

「・・」

そのまま真由は席を立ち上がると今までの会計を済ませて2人の前から忽然と立ち去ると残された2人には黙ったまま静かに時間だけが過ぎる。
ただ佇む2人の間に会話があるはずも無くただ沈黙しながら時間だけが刻々と流れる、傍から見れば凄く奇妙な光景ではあるが2人にはそれすらもままならぬ状態なのだ。

真由が出ていってから少しの時間が経った。

913 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 20:53:43.03 ID:bTD3lVZAo
「・・・どうするよ」

「・・・好きにしたらいいんじゃない」

喫茶店の喧騒の中、彼らの席だけを隔離するように気まずい静けさが包む。この場に取り残された初対面のふたりは、互いに目を合わせることもなく、窓の外を見つめたり、コーヒーカップに頭を沈めたスプーンの柄を弄んだり、互いに互いの時間がただ黙って過ぎ去ってくれるのを待っているようにも見えた。

「仕方ない・・・とりあえず行くか」

「・・・どうして?」

カバンから黙って文庫本を取り出していた睦実は、ページから目を上げすらせずに、鼻で笑いながら靖男に言葉を返した。

「・・・どうしてだって? だったら行かないつもりか?」

「・・・もちろん。こんな馬鹿げた話、受け入れるつもりないし」

開いたばかりの文庫本をあっさり閉じると、睦実は靖男にまっすぐ向き直る。その生気のない白い顔には、引きつったような嘲りの笑みが浮かべられていたが、次の瞬間には能面のように無表情になる。やせ細って目ばかりが大きいその顔には、どことなく死人のような不気味さが漂っていた。

「・・・好きにしなさいって言ってたよね? だったら、行かないのも自由だよね。てことで。さよなら」

そう言って睦実は少し大きめのカバンを取ると、生気の感じられない外見とは裏腹な機敏さで椅子から立ち上がり、靖男に背を向けた。

「待てよ・・」

「何?」

立ち去ろうとする睦実を止めに入る靖男、確かに真由の言っていることは理解しがたいことだし睦実がこうして拒否するのも至極当然ともいえる反応ではあるが・・ここで睦実を追い返してしまえば後悔してしまう気がしてならないのだ。

「確かに姉さんの提案には俺も理解できないし同意も出来ない・・」

「・・これ以上詭弁に付き合う時間は無いわ」

そのまま帰ろうとする睦実の姿が溜まらなかったのか気がついたときには無意識で左手で睦月の右手首を掴んでいたようだ、突然の靖男の行動に睦実は無表情のまま睨みながら無機質な言葉で靖男の行動に抵抗する。

「何?」

「・・行くぞ」

有無を言わせぬ強引過ぎる靖男の行動に睦実は何ら抵抗すら出来ずに靖男を先頭にして2人は真由の家へと向かう、事前に貰った鍵でドアを開けて部屋に入るととりあえず適当に飲み物を淹れてリビングでのんびりとくつろぎ始める。
914 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 20:54:33.48 ID:bTD3lVZAo
「ほらよ」

「・・」

靖男から飲み物を受け取った睦実は何もせずにじっと靖男を睨み続ける、何せ強引に自分の知らないところへと連れてこられたのだから靖男に対して警戒心を抱くのも無理は無い話しである。

しかし靖男から見ればそんな彼女の姿にどうも今の自分と似たような雰囲気を感じてしまうのだから、真由が睦実のことを同類と言っていた意味が少しだけわかる気がする。

「姉さんはああ言ってたけど、これからは・・」

「あなたには関係ない」

きっぱりと靖男を拒絶しながら睦月はそっぽを向いたまま、カバンから文庫本を取り出して読書モードへと移る。靖男も先ほどの自分の行動を思い返してみれば睦実が自分に警戒心を抱くのは無理は無いので先ほどの非礼を詫びる。

「無理矢理連れてきて悪かったよ・・」

「馬鹿げてるわね。あなた自分のしたことわかってるの?」

睦実のもっともな言葉に靖男は返す言葉も無く黙っているばかり、あんな行動をした靖男と居ること自体が無意味な上にこんな人間が自分と同類などとは思いたくは無い・・しかしそんなこと考えても何もでないし、今の自分にはもう必要ないものなのだから。

「・・何がしたいの?」

「さぁな・・」

その後は互いに言葉を発せぬままで殺伐とした気まずいものが流れる、とりあえずこのままいても何も進展は無いのでこの殺伐として緊迫とした雰囲気に耐え切れなくなった靖男はそのまま台所へ向かうと冷蔵庫から適当な材料を取り出して料理を作り始める。あのような事があってから生命活動を停止していた靖男であるが肝心の真由が居ないので自分で動かざる得ない、淡々と料理を作り続けながら物の数分で2人分の焼きそばを作り終える。

「食えよ。腹減ってるだろ・・」

「指図しないで」

口では断る睦実であるが、流石に空腹には勝てないので静かに箸を取って焼きそばを食べる。かなり遅い昼食である焼きそばを啜る音だけが無常にも響き、何も語らずに食べ続ける2人・・経緯は強制とはいえこれからしばらくは暮らしていかなければならないので間に真由が居ない以上は何かしらのアクションはしていかないといけないだろう。

「何」

「・・そろそろ何か言えよ。姉さんに俺のことは聞いたんだろ?」

「いいえ・・あなたのことは聞いていないわ」

意外にも睦実は靖男のことは何も知らないようで見たところ彼女も自分と同じように真由に連れてこられたようだ、ただ無表情ながら睦実も自分と同じような顔つきで居る靖男を静かに見つめながらすぐに視線を別の方向にずらす。

「これからどうするつもりなんだ・・」

「あなたには関係ない話でしょ」

現実を直視できていない睦実に聞いても意味が無い、お互いに現実は愚か生すら見えていない状態なのでこれ以上何も詮索しても出てこないのは明らか・・全てに疲れきった靖男は虚ろな顔のまま焼きそばを食べ始める。

915 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 20:55:00.61 ID:bTD3lVZAo
「姉さん曰く、俺とお前は“同類”らしいぜ。全くよくわからないけどな・・この俺と同じ人間なんていやしねぇんだよ」

「こっちだって同じ・・私と同じような人間などいない。ましてやあなたとは同類だとは思いたくない」

睦実は吐き捨てるように言い残しながら自分の下腹部の膨らみを複雑な表情で見続ける、そんな睦実の姿を靖男はただ黙って見続けていたが・・ここで彼女がこれまでに何をどうしていたのかを理解する。

「・・子供」

「―――!!」

「いるんだな・・」

靖男が発した短い言葉に睦実は始めて驚愕の表情を浮かべながら靖男の顔を見つめ続ける、今の自分には新たな命が宿っている・・しかし若すぎる彼女には術も無く悪戯に時間を消費することが出来なかった。それに子供の父親はもうこの世には存在しない――・・

「あなたには・・関係ない――!!」

「・・」

閃光のように突き刺さる言葉ではあったが靖男にはどうもそれが本意には思えずに逆に奇妙な感覚を覚えてしまう。今の睦実は自分とは対照的ではあるが限りなく同じ立場にいる存在・・だからこそ睦実の複雑な心境が手に取るように解る、今の自分と同じように重圧に押しつぶされながら現実に苛み自分を深く責めて当ても無く彷徨ってただ悪戯に時間を消費していくそんな日々・・だからこそ靖男は睦実が現実(いま)抱き続けている虚と実が複雑に絡み合う心境が手に取るようにわかる。

「あなたがどんな状況かはわからないけど好きに私と比較すればしたければ良いし、勝手に推察して立ち直ればいい・・

私は誰にも助けてもらいたくないし理解してもらおうとも思わないわ――」

「なぁ、お前はどんな心境なんだ?」

「?」

「お互いに覚悟決めて子供を育てようと思った矢先に――自分の許から消えて何もかも失った俺にその心境を教えてくれ」

靖男の突拍子も無い虚しい言葉に睦実は彼もまた自分と同じような心境なのだと改めて理解すると同時に決定的な違いが目に浮かぶ、今の自分はお腹の中に居る子供を認めるか否かの選択を迫られている睦実に対してそれすらも許されずに許から去られて自分の犯した過ちの罪しか残されていない靖男が憐れに思えてくると同時に彼が自分の同類だというのが心なしかわかってしまう。

「・・あの人は私とあなたを同類だと言ってたわね」

「みたいだな」

「だけどあなたと同類なのは理解しかねるわ・・」

滅多に人に関心を示さぬ睦実にしては珍しい反応に靖男は驚くわけも無く呆然と睦実の顔を見据え続ける、真由が言うように自分と靖男は同類なのかどうか・・興味が無いわけではないが、あの言葉にはどうも納得がいかない。

「ごちそうさま。・・それじゃ私はもう」

「・・待てよ。最後に少しだけ話を聞いてくれ」

「興味が無い」

こんな男とが自分と同類などとは思いたくない、そのまま睦実は荷物を整えて立ち去ろうとするが・・靖男の虚ろで死んだような表情に後味が悪くなったのか少しだけ見据えながら静かに言葉を述べる。

「・・わかったわ。さっさとして」

「悪いな・・」


乾いた笑いで少し謝りながら自嘲気味に喋りながら靖男は静かに睦美に語りだす―――・・


916 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 20:56:48.55 ID:bTD3lVZAo
睦実に話すたびに犯した自分の罪が深く抉っている心の傷が容赦なく靖男に襲い掛かる、決して思い出したくは無い拭い切れぬ記憶が何度も何度も脳裏に甦っては償いきれぬ罪と自分の愚かさを噛み締めながら睦美に淡々と自分の罪を語り終えると水を飲み干す。

「・・これが俺の全てだ」

「そう・・」

正直睦実も目の前の男が自分と限りなく同じ境遇なのを知って返す言葉も無いが、今の彼が自分に何を求めているのかは解る。彼は今の自分を逃げられた真帆と重ね合わせているのだろう、それに今でも自分を責め続けている靖男に返す言葉など正直言ってない。

「笑えるだろ?」

「いいえ、私と同類って称されたのが少しだけわかったわ」

靖男の話を聞いてようやく真由の言葉の意味を理解した睦実はそのまま視線を腹部へと映す、靖男もそれ以上は何も言わずに淡々とその様子を見守り続ける。睦実が何も言わなくとも彼女に何があってどうなったのかは態々語らなくてもわかることだし、自分と違って彼女にはまだ選択肢は残されているのだ。

「・・お前はその子をどうするんだ?」

「さぁ、考えてないわ。・・いっそのこと」

思わず言いかけた言葉であるが、それ以上は言おうとしない・・いくら選択肢が残されているとはいっても今の彼女にはこの現実を直視できる余裕も無ければ支えてもらえるはずの恋人もこの世には存在しないのだ。

「子供はあと少しで堕胎する期間がなくなるわ。だけどもう・・」

「その子の父親はそんなもんだったのか?」

「――?」

「経緯は知らないが・・少なくともレイプでは――」

「うるさい――!! あなたに・・あの人のことは悪く言わせない―――!!!」

初めて靖男の前に感情を表に出す睦実。お腹の子の父親とは満足ではないものの、自分なりに成就させてほんの僅かな期間ではあったが自分の望んだ通りにはっきりと結ばれたのだ、何も知らない人間にとやかく言われるのは無性に腹が立つし彼のことをそんな風に呼ばれるのは心外である。

「それだけその子の父親を想ってるなら・・繋げることは出来るんじゃないのか?」

「何を言ってるの・・私たちとあなたとは違う!! 勝手な理屈を言わないで――!!!」

「・・ああ、勝手だな。だけどその子を殺すことをお前たちは本当に望んでいるのか?」

「――!!!」

父親の葬式が終わってひと段落着き始めようとした当初に睦実の妊娠が発覚した・・そのときに彼女が最初に思い出したのは最初で最後に結ばれた日が鮮明と甦ったのと同時に現実への深い絶望感と悲壮感が入り混じったものだ。子供を育てようにも今の自分は高校生・・経済力も無ければまだ自分1人で立ち上がる力すらない未熟な人間、周囲に打ち明けてしまえば誰もがみんな自分の気持ちなど考えずに堕胎を薦めて腫れ者のように扱われるのは目に見える。かといってこのまま生み続けたとしても今の自分には子供を育てる経済力や知恵も力すらない状態の上に周囲や現実の厳しさに負けて自分が子供を恨んでしまうことだろう。

だけど・・死んでしまった彼のことを考えていたら未だに迷いが出てしまうのだ――

917 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 20:57:28.23 ID:bTD3lVZAo
「あなたに――・・何も無いあなたには私の気持ちなんてわからないわッ!!!」

「だったら何で泣いてるんだよッ!!! ・・本当はお前は」

「黙って―――…何も…言わない…で……お願…ぃ……」

気がつけば自然と涙が溢れ出している睦実に靖男は黙って立ち上がる、確かに何も無い自分が気持ちで迷っている彼女に言葉を掛けてやる資格などは何も無いのは承知だが、目の前で自分と同じ道を辿ろうとしている者を見逃せるほど堕ちてはいない。

「確かに俺は何もかも失った男だ……だからこそ俺みたいになるなッ―――!! そんな悲しみを味わうのは……俺1人で十分だッ!!」

「何で……私に――……」

「もうこれ以上……堕ちる…な……」

気がつけば人としての感覚を取り戻していた自分に靖男は心底驚くと同時に自然と頬からは一筋の涙が零れる、靖男も自分勝手なのは承知の上であるが・・前へ歩む選択肢がある睦実にはこれ以上自分と同じような立場に堕ちてほしくなかったのだ。

「……一つだけ教えて、あなたがあの人と同じ立場なら私がこの子を産むことに後悔しないの?」

「愛し合った末なら全てを敵に回しても後悔はしない。少なくとも俺たち……いや、俺はそのつもりだったよ」

しかし靖男は全てを失った、未熟ながらも真帆と共に覚悟した決意は彼女が消え去ってから一気に消滅して残ったのは絶望と自分がしてしまった過ちのみ・・しかしそんな靖男だからこそ睦実の心に深く響いたのかもしれない、これまで自分を縛って支配し続けていた絶望や喪失感が徐々にではあるがなくなって可能性という名の道しるべが脳裏に浮かび上がる。

「…お前は俺と同類じゃない。愛する人と結ばれた……幸せな奴さ」

「―――……」

微かに笑いながら靖男はそのまま2人分の皿を強引に流しに収めると力が抜けたようにその場に座り込む、睦実にはその背中がどこか哀しげに映ったが・・哀しくも優しい靖男の言葉の奥底に人間としての暖かさを感じた睦実は少なくともこの骨皮 靖男という人間が自分に限りなく近い立場に居ることはわかる。

「……悪かったな。変な話に付き合わせてしまって」

「いい、気にしてはない」

「このまま行く当てが無いなら……って悪い、これは俺が言うことじゃないな」

正直、今の睦実は所在を転々とした不安定な環境ではあるが他人の施しを受けるのはプライドが許せない・・かといって家出した身分の上で身重になってしまった時点で実家に戻ってしまえば地獄以上の環境は目に見えているだろう。それに時間もすでに遅い・・

「姉さんには俺が言っておくからこれ以上は……」

「……勝手に決めないで、今日はもう遅いからここに泊まるわ」

睦実の言うように気がつけば日は沈んでおり、夜も遅い上に例え強引に家を出たとしてもここ最近は未成年の深夜徘徊に関しては厳しくなっているのでそれらを考えたら今日のところはここに泊まらざる得ない・・2人の奇妙な出会いはまだまだ始まったばかりである。



918 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 21:03:48.37 ID:bTD3lVZAo
結局今晩は睦実が泊まることとなり、靖男は冷蔵庫にあった有り合わせの材料で2人分の晩御飯を作るとそのまま2人は沈黙のまま食べ始める。

「「・・・」」

そのまま一言の会話も無いままで食事を続ける2人・・これまでに食事を作った靖男とすれば何か少しばかり感想ぐらいは残してほしかったものだが、睦実が何も言わないので仕方ないところである。

「料理の感想ぐらい言ってくれよ・・」

「・・」

「ハァ・・」

頑なに言葉を拒絶する睦実に靖男はやれやれと溜息をつきながら食事を進める、何せまだ完全には打ち解けたとは言えないレベルなので少しずつではあるが靖男は会話を振りながらコンタクトを取り続ける。

「そういえば俺と同い年なんだよな」

「そうね・・」

「小さい頃会ったの覚えてるのか?」

「・・いいえ」

靖男もよくは覚えては居ないのだが、睦実と会ったのは小さいころの親戚の集まりでその時は活発に似たような感じの子供たちと遊んだ記憶がある。男時代だった京香は持ち前の優秀さで周囲の大人たちから異様に褒められながら実際は裏で気に入らない人間をボコボコにしていたというし、真由は真由でのほほんとして適当に過ごしながら自分の姉も両親に付き添われながら過ごしていた中で暇つぶしに親戚と遊んでいたのは自分ぐらいなものである。

「ま、あの時は暇だったから片っ端から声掛けてみんなまとめて遊んだな。幼き日のなんとやらってやつか?」

「もしかして・・・あの時本を読んでいた私に声を掛けたのはあなた?」

昔・・まだ小さかった頃の睦実は一人で本を読んでいたときにある男の子に声を掛けられた記憶がある、あの時は何も知らない状態だったので体よく断った記憶があるが・・それがまさか小さい頃の靖男だったとは何とも変な感じである。

「多分そうだろうな。よく覚えてないけど・・」

「・・」

当の本人が覚えていないのであれなのでこれ以上は睦実も言及はしないが、ちょっとした真相が明らかにはなったが少しばかり変な気分である。

919 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 21:04:36.41 ID:bTD3lVZAo
「さて飯食ったら先に風呂でも入って来いよ。俺は洗い物でもしてくるから、着替えも姉さんの分で大丈夫だろ?」

「・・そうさせてもらうわ」

そのまま食事を終えた睦実は浴室へと向かい、靖男は自分の分も含めて食器を元に戻す。それにしても料理の感想こそ無かったもののしっかりと綺麗に食べてくれているのでそこら辺は喜ぶべきところだろうが・・それにしても真由ならまだしも彼女とは初対面同然のはずなのに何らためらいも無く自らの過去を曝け出した自分の行動を思い出した靖男は溜まらず失笑してしまう。
靖男はそんなことを考えながら洗い物をこなした後は、テーブルに座りながら暇つぶしに真由がこれまでに制作した同人誌を読みながら睦実の風呂上りを待ち続けてると・・またもや風呂上りの睦実が靖男に声を掛ける。

「何を読んでるの?」

「・・ん? 姉さんがこれまで作った同人誌見てる。ああ見えてかなりの評価らしいからな」

「そう」

そのまま睦実は部屋でくつろぎながら持っていた文庫本に手を掛けるとそのまま読み始める、お互いに何も語らずに読み続けながら少しばかり時間が流れる中で靖男は本を片付けると浴槽へと向かう。

「俺風呂に入ってくる、向こうの部屋に布団敷いたから眠くなったら寝とけよ」

「・・」

浴槽へと向かう靖男の姿を睦実は黙って見送るとそのまま視線を再び本へと戻す、靖男はようやく衣類を洗濯機にぶち込むとようやく浴槽に浸かって一息つくが・・どうも睦実に対してのイメージがわかないものだ。

「発端は姉さんといえ、何でこうなったか・・」

思えば睦実には初対面にもかかわらず無理やり連れ込んだ挙句に半ば無理矢理自分の過去を話して一体自分は何がしたいのかがよくわからないものだ。

「そういえばあいつ妊娠してるんだよな・・父親って誰なんだろう?」

湯船に浸かりながら睦実の中にいる子供の父親についてふと考える靖男であったが、自分も似たような事をしているのを思い出すとたまらず嫌悪感が一杯に広がる。今頃は真帆も睦実のように生気を失っているか、自分のように佇んでいるかのどちらかであろう・・しかし今の自分には詮索することもできないし、その資格すらもないだろう。

「・・どうかしてるな、俺は」

水面に写っている自分の顔をかき消すと靖男は急いでそのまま身体を洗い始めるのであった。
920 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 21:11:22.39 ID:bTD3lVZAo
風呂を終わらせてそのまま掃除を済ませた靖男はそのままリビングへ戻ると冷蔵庫からコーラを取り出して風呂上りで火照った身体を涼める、それに明日から学校にも行かないといけないだろう。真帆との一件によって学校へはあまり出向いていないのでそろそろ行かないと下手をしたら留年ということも考えられるのでそれは避けたいところだ。

「・・まだ俺は将来すらもままならないガキだ。決断を決めるのはその先でもいいのかも知れないな」

「何しているの?」

「うわっ!! ・・って、まだ寝てないのか」

突然声を掛けた睦実の存在に驚く靖男であるが、冷静に考えればこの部屋にいるのは自分と睦実の2人だけので少しだけ頭を働かせればわかることなのに変に声を上げる靖男が睦実には変に思える。

「人がいつ寝ようが勝手でしょ」

「へいへい、余計な詮索すいませんでした。・・お前これからどうするんだよ」

「別にあなたには関係ないわ」

素っ気無く靖男をあしらいながら睦実も適当に冷蔵庫から飲み物を出すとそのまま部屋へと戻って飲みながら読書をし始める、靖男もコーラを一気に飲み干すとそのままソファに寝そべりながら読みかけていた真由の漫画を読みながら頭を少し空っぽにする。

「完全に18禁なのが勿体無いなぁ・・」

「・・うるさい」

「すんませんね。・・俺がいうのもあれだけどこれからどうするつもりなんだよ」

「何であなたに教えないといけないの? 別に私がどうなろうとあなたには関係ないでしょ」

きっぱりと靖男に言い放つ睦実ではあるが、靖男にしてみればどっちにしろ真由に今後のことを報告しなければいけないのである程度の簡単な意思表示はしてほしいものだが、どうも睦実自身がこんな気難しい性格なので会話することすらもままならぬ状態である。

「こっちだって姉さんに報告しなきゃいけないんだよ」

「さっきから姉さん姉さんと・・あなたシスコンなの?」

「誰がシスコンだ!! 明日からはどうするつもりなんだ、またここで泊まるのか」

「・・出てってほしいなら今すぐにでも出てくわ」

「別にそこまでは言ってないだろ!!」

つい声を荒げる靖男であるが、睦実の性格の気難しさには手を焼いてしまう。確かに初対面から無理矢理連れ込んでいた自分にも確かに非はあるが、ここまで敵対心剥き出しにされると靖男も心中は穏やかではない、正直女相手でここまで声を荒げるのは従姉の京香以来である。

921 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 21:12:41.31 ID:bTD3lVZAo
「さっきからあなたの言動には一貫性がないわ、何を考えてるの?」

「ただ俺は・・もういい、今日はもう遅いから部屋で寝ろよ。俺はちょっと席を外すから」

そのまま靖男は立ち上がって外に出ると携帯を取り出して夜中の時間帯にも関わらず真由に電話を掛け始めると気だるい声で真由が応答し始める。

“な〜に〜・・”

「姉さん、何なんだよあいつは・・」

“なかなかの回復の速さね。それであの娘のことで何かあったの?”

「どうもこうも・・敵対心剥き出しでこっちが何を聞こうにも答えてくれないんだよ」

“私は好きにしなさいって言ったはずでしょ。私の範囲外だったら生きてようが死んでようが関係ないわ”

明らかに突っぱねた態度で接する真由に背筋から冷たさを感じてしまう、それに真由からすれば死んでいるのも同然の2人の面倒を同時に見ながら元の状態に戻すなど出来るはずがないのだ。

“まぁ、いいわ。・・あの子ね家出人よ、身重の身体の癖にあちこちネカフェで寝泊りする生活を送っていたの”

「何で姉さんがそんなこと知ってるんだよ・・というか、そもそも遠縁なのにどういう巡り合わせなんだ?」

“そこは本人にも口止めされてるから禁則事項よ。ま、もし生活するならお金に関しては必要になったら私に連絡して頂戴”

「なぁ、京香には絶対言うなよ」

“言えるわけないでしょ。こっちだって結構無理言ってお姉ちゃんの部屋に転がり込んでるんだから・・それじゃあね”

そのまま強引に電話を着られた靖男であるが、とりあえず少しだけではあるが睦実についてはわかったので結果的には上々というべきであろうか・・にしてもまさか睦実が家出人だというのも驚きではあるが、その睦実を一切捜索をしない家族もどうかしていると思う。

「普通の親なら心配してるけどな・・」

勝手に睦実の家庭環境を想像する靖男であるが、少なくとも彼女がまともな家族生活を送っているとは言い難い・・彼女がどのように家出をして愛する人と結ばれた経緯はわからないが、少なくとも当人は満足しているようなので自分が口を挟む道理などはない。そのまま靖男は再び部屋に戻ると睦実はすでに部屋で眠っており靖男も押入れから布団を取り出すとベッドに寝そべって眠り始める、それに自分が無理に聞かなくとも明日になれば答えははっきりとするので何も自分が聞く必要なのないのだ。

(何にせよ今日はいろいろなことがありすぎた。寝よう・・)

疲れた身体を休めながら靖男はゆっくりと眠るのであった。
922 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 21:13:36.64 ID:bTD3lVZAo
翌朝、眠った時間はそんなになかったが十分に熟睡が出来たので清々しく目を覚ました靖男は久々の制服に袖を通してそのまま朝食の準備を済ませるとそのままコーヒーを飲みながら目玉焼きを食べ続ける。

「ん〜、我ながらいい出来だな」

「・・あっ」

そんな靖男に出遅れてぎこちなさそうにしている睦実が姿を現す、どうやら自分よりも早く目が覚ました靖男の存在に少し驚いているようだ。そのまま靖男は黙って立ち上がると冷蔵庫から適当に材料を取り出して適当に料理を作り始める。

「適当に朝飯作ってやるから、文句つけるなよ」

「別に作ってくれって頼んだわけじゃないわ」

「へいへい・・ほらよ、いっちょ上がり」

睦実の言葉を聞き流しながら物の数分でベーコンエッグを作り終えるとそのまま更に移して睦実に差し出す、彼にしてみればこの程度は朝飯前なのでそのまま元の位置へと座ってコーヒーを飲み始める。

「どうした? 朝飯ぐらい食べろよ、別に俺じゃなくて姉さんのものなんだから気にせずに食ってろ」

「・・」

とりあえずお腹も減っているので睦実は仕方なく靖男の作ったハムエッグを食べ始める、靖男はそんな光景を見ながらトースターから焼きたてのパンを取り出して要領よく二人分にまとめるとテーブルに差し出す。

「味はどうだ」

「まぁまぁ」

どうやら可もなく不可もなくといったところであろうか、靖男もトーストを食べながら久々の登校に向けて準備を済ませるが・・その前に睦実の最終意思をはっきりさせておきたい、靖男はどっちにしろ真由の部屋で厄介になっていると周囲にはすでに話は通っているのでなんら問題はないのだが・・こと睦実に関しては何もわからないのでここいらではっきりさせておきたいものだ。

「これから俺は高校に行くが・・お前はどうするんだ?」

「何が?」

「何がって・・またネカフェで過ごしたりするのか?」

「・・あなたには関係ない」

きっぱりと言い放ちながら睦実は視線を外す、靖男からしてみれば普通に今後の予定を聞きたいだけなのだが、こうも刺々しく返答をされると会話も進まない。

「昨日もそうだったけど俺はどっちにしても当分は姉さんのところで厄介になるんだからお前の身の振りをだな」

「私は好きにするだけ、立ち去ってほしいならすぐにでも立ち退くわ」

「そうじゃなくて・・」

「昨日も言ったけどあの人は好きにしなさいっていったよね? なら好きにするまで」

「・・勝手にしろ、俺はもう出かけるけど鍵ぐらい掛けろよな」

結局両者に何も変化はなく、靖男はそのままカバンを持って立ち去るのであった。

923 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 21:14:38.14 ID:bTD3lVZAo
久々の高校生活というのは結構呆気ないというか・・少し長期的に休んでいたので周囲の反応が少し過敏だったのが鬱々しかったのがあったが、少し時間が経てばまた元通り・・真帆に関しては自分が休んでいる間に一通りの手続きは終わっていたようで誰も気にも留めていなかったのが寂しくもあり幸いでもあった。全ては問題なく日常と化して靖男を除いては他の人間の薄い記憶となるのだろう、ぼやけ掛けていた現実を淡々と受け止めながらこの日常を日常と受け入れて消化しようとするものの・・罪の深さは容赦なく抉り、内面の世界へと靖男を誘う。

(気軽に恋愛したり話しかけたり・・これまで当たり前のようにしていたことをしてはいけないんだな)

あれから友人や顧問教師から卓球部への復帰を何度か勧められた靖男であるが、すでに卓球への情熱は冷め切って居るし真帆のことを引きずってやるならきっぱり断ち切ったほうがいい・・その意思は頑なに変わりはせずに断り続けている。適当に友人たちと話しながら時間だけが過ぎていき、帰る頃合となったら素直に真由の部屋へと帰宅する・・どうやら睦実の姿はないので彼女はこれまでどおりの生活に戻るのだろう。

「ま・・家出人らしいからな、今頃はどこで何をしているのやら」

これまでの人生の中で強烈な印象を持った女性だったが、彼女がこの場に居ないということはこれが答えなのだろう。気分を切り替えてテレビを呆然と見続けながら適当に宿題をこなしていくが、当然進むはずもなく読みかけていた真由の同人誌を読みながら適当に時間を潰していく・・

「・・晩飯、何にするかな」

適当に冷蔵庫を開けるが、間の悪いことに中身はすっからかんなので買い物に行く必要があるだろう。事前に真由からは強引にお金が置いてあったのでそれを使って買い物に行けば何とかなるのだが、どうも買い物となると少し気が重い。

「スーパーは近くにあれど・・行くのは少し面倒だな」

元来から不精な靖男はわざわざ数十メートルのスーパーへ行くにも気力がなかなか起きないが、このまま何もないのもあれなので仕方なく気だるい身体を起こして買い物の支度を済ませる。

「とりあえず晩飯は何にするか・・料理雑誌見ながら適当に考えるかね」

料理雑誌を見ながら晩御飯のメニューを考えている靖男であったが、そんな中で部屋のインターフォンが鳴る。

「こんな時間に誰だよ・・料金関係は振込みだから、考えられるのは新聞か?」

何にせよ、ここは自分の家ではないので来客がこられても対応に困るもではあるがいくら嘆いても仕方がないので、面倒な表情をしたまま靖男はドアを空けるのだがそこには驚くべき人物の姿に目を丸くする。

「どうしたんだよ・・」

「・・お金がないの、不本意だけどしばらく厄介になるわ」

靖男の目の前に現れたのはもう戻らないと思っていた睦実・・どうやら所持金が底をついてしまったようで行く当てもなく結局は戻ってきたようである。突然の睦実の訪問に靖男は驚きを禁じえなかったが、追い出す道理もないので素っ気無く睦実を出迎えるとそのまま買い物へと向かう。

「別に俺は何も言わないよ。・・それよりも今から晩飯の買い物するから留守番頼むわ」

「・・」

沈黙したまま部屋の中へと入る睦実を尻目に靖男は買い物へと向かう。


924 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 21:18:07.70 ID:bTD3lVZAo
物の数分で買い物を済ませて部屋へと戻った靖男は不必要なものを冷蔵庫に収めると料理雑誌片手に手際よく料理を作り始める、睦実はそのままリビングのテーブルを独占して勉強に集中しているようだ。

「後はここをこうするのか・・テレビの料理雑誌買うとか、姉さんもデパートリー増やすのに必死なんだな」

真由の部屋になぜテレビの料理雑誌があるのかはわからないが、自分も作れる料理の数は多くないのでこういった雑誌の存在はありがたいものだ。

「よし、後は煮込んで終了だな。・・もう少しで飯できるけどいつ食べたい?」

「・・いつでもいい」

「わかったよ。食いたくなったら呼んでくれ、俺は適当にテレビ見てるから」

全ての支度を済ませた靖男はテレビを見ながら適当に時間を潰す、本来ならこういった場合は宿題をするとかもっとやるべきことがあるはずなのだが・・靖男の思考の外のようである。

「お前、学校に通ってたのかよ?」

「・・当たり前でしょ、あなたと同じ高校生なんだから」

「そういえば俺と同い年だったな。どこの学校に通ってるんだ?」

「・・教えない」

「へいへい」

どうやらそこは詮索のし過ぎのようで靖男も言葉を収める、どうやら睦実と会話するためには少し言葉を選ばないといけないようだ。それに睦実の制服は自分の学校ではないのは確かなので少しだけ一安心である、もし彼女が自分と同じ学校だと思うといろいろと面倒だ。

「勉強に集中したいからテレビ消して」

「・・俺見てるんだけど」

「なら少し音量落として」

睦実に言われるがまま靖男はテレビの音量を落としてそのまま見続ける、険悪とはいわないものの気が重いので紛らわす手段がテレビしかないのだ。

そのまま静かに時間だけが過ぎる中で時間を見ながら靖男は晩御飯の準備を始める。

925 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 21:19:14.03 ID:bTD3lVZAo
「そろそろ晩飯の準備するから」

「わかった」

靖男は煮込んでおいた料理を温めなおすと準備しておいた魚を焼いて手馴れた手つきで料理を次から次へと作り終える、気がつけばテーブルにはメインの焼き魚に副菜である肉じゃがに炊き立ての白米が並ぶ光景に思わず睦実も関心を示す。

「ほら、さっさと食べろ」

「・・あなたって見かけによらずこういったことは得意なのね」

「俺の両親は共働きでな、姉ちゃんが料理だめだから自然と身についたんだ。それに部活の合宿でも炊事番してたからな・・俺は風呂の掃除もするから先に食べて良いぞ」

「いただきます」

適当に準備を終えた靖男はその足で浴室へと向かうと風呂の準備を始める、いそいそと靖男が掃除している中で睦実は料理を静かに食べ続ける。

「・・」

「ふぅ、終わった終わった。んじゃ俺も食べるかな」

流石というべきかよほどお腹が減っていたのか、ようやく靖男も食卓に戻ると自分で作った食事をいそいそと食べ始めながら自分の腕前に自画自賛しながらも一人で自己評価しながら食事を続ける。

「少し薄すぎたな。焼き加減も少し焦げ気味だし・・もう少し手を加えるべきか否か」

「もう少し静かに出来ないの」

「自分で作った飯を評価して何が悪い。・・んで今回の感想はどうよ」

「及第点。以上」

それでも睦実は食べ続けているので少なくともこのメニューは食事の体を成しているようだ、それに靖男もここまで料理をしたのも実に久しぶりのような気がする。廃人以下で生きながら死んでいた自分が僅か2日間で日常生活を送るようになったのは考えるだけで変なものだが、人間というのは本当に都合よく出来ているものだと思う。

「・・そういえばお前進路はどうすんだ?」

「あなたに言われる筋合いはない」

「別に俺だってお前の将来なんて興味ねぇよ。ただ普通に聞いてみただけだ」

「それが鬱陶しいの、私に口出ししないで」

険悪な雰囲気のまま食事は進む、靖男とて睦実の将来には関心はないがただなんとなく会話の種として軽く投げかけただけなのに、ここまで明確に敵意を向けられては自然と口調も厳しくなる。

「別に口出しするつもりはない。ただ普通にな・・」

「何か勘違いしているようだけど、あなたとは馴れ合うつもりは微塵もないわ。馴れ馴れしくしないで」

ここまで明確に線引きをされたら靖男には返す言葉はない、しかし彼女とは少なくとも必要最低限の会話はしなければどう接していいのかわからないものだ。

「馴れ馴れしくはしてないが・・」

「だったら変に話しかけないでちょうだい。・・ごちそうさま」

「おい・・全く、気難しい性格だな」

そのまま睦実は食器を片付けて部屋へと戻る、残された靖男はため息をつきながら食器を片付けるのであった。

926 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 21:20:18.76 ID:bTD3lVZAo
数日が過ぎて2人の間には目ぼしい会話すらなく新しく形成された淡々とした日常に飽き飽きもせず停滞する時間の中で身体と心を蝕みゆっくりと腐っていく・・

「・・晩飯できたぞ」

「わかったわ」

こんな排他的な会話をして何が楽しいのか・・今の2人にはそれ以上それ以下もないただ単に必要最低限の会話をして過ごすだけ、互いに何も干渉はせずにただ停滞するだけの自分自身がそこに在るだけだ。

「・・いただきます」

「どうぞ」

風呂の準備も済ませて珍しくもなくなった2人の淡々とした食事風景、それに変化が加わったとすれば睦実のお腹が徐々にではあるが膨らんできたことであろうか?

「大きくなったな」

「何が?」

「・・お腹」

靖男もそれ以上は何も言わずに食事を続ける、あれから睦実も暇があれば病院には行っているようだが決断はまだ保留をしているようだ。お腹の子供を堕ろすか堕ろさないか・・こればかりは睦実自身の判断なので靖男からはこれ以上何もいうことはない。

「明日病院に行ってくるわ。帰りは遅くなるから晩御飯はいらない」

「わかった」

「それと・・荷物もまとめるから、私が出ることをあの人に伝えといて」

「どういうことだよ・・」

直感的にいやな予感が過ぎった靖男は睦実にことの詳細を問い詰める、こんなことを言えば普段ならば敵意剥き出しの上にきっぱりと拒絶されるものだが当の睦実は淡々とした表情で靖男を見据え続ける。

「お前・・まさか――!!」

「言ったでしょ、私はあなたと馴れ合うつもりはないの。今の私ではこの子を育てるのは無理よ」

きっぱりと言い放つ睦実に靖男は一瞬呆然としてしまうが、彼女なりに現状と将来を見据えた判断なのだろう。決して間違った選択とはいえないし正しい選択ともいえないが・・睦実自身がしっかりと考え抜いてたどり着いたものなのだ、部外者である靖男が口を挟む道理など何もない。

「世話になったわね」

「・・おい、ふざけんなよ。お前は愛した人間との証明を無駄にするつもりなのかよ!!!」

「何言ってるの? あなたには関係ないこと・・とやかく言われる筋合いはないわ」

睦実からすれば赤の他人である靖男に言われる道理など全くない上にむしろ靖男が何故ここまで言うのか理解しがたい、確かに今の自分の境遇を靖男は多少知ってはいるが何も知らない人間が口を挟むのは全くのお門違いである。

927 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 21:24:14.75 ID:bTD3lVZAo
「世の中はあなたが思ってるほど簡単には出来てないの」

「そうだとしても・・そう簡単に諦めてしまうのかよ!!」

「―――・・勝手なことを言わないで!! 私たちのことを何も知らないくせに・・勝手な憶測で物を言わないでッ!!!」

激しくテーブルを叩きながら睦実は黙って立ち上がると部屋へと戻ろうとするが、靖男も睦実を引き止める。

「子供を堕ろすなんて―――」

「だったらどうしろって言うの!? 小学生じゃないんだから少し頭を働かせたらわかることでしょ」

「お前はそれでいいのかよ! 何も痛まねぇのか!!!」

「それ…は……」

靖男の必死の叫びに思わず睦実は躊躇してしまったのか返す言葉もない、靖男に言われるまでもなく睦実とてこの決断はなるべくはしたくなかったが今の自分の状況や今後の将来を考えたらこうするしかないのだ。今の自分は年端もいかないのに子供まで持ってしまったら様々なことに押し潰されてしまう、靖男が言っているほど子供を持つということはそう単純なことじゃないのだ。

「俺は無意識に自分のしでかしてしまったことをお前に重ねてしまっている。それは身勝手で最低な行為だが……それでも俺は!!」

「何が言いたいの! あなたがどう思ってるかは勝手だけど一々口を出すのはやめてほしい。そもそも私たちとあなたは赤の他人……言う資格はないわ」

「もし子供を産むなら俺が協力する。周りから何といわれようがお前たちを守る―――」

「簡単に言わないで――!!!! あなたにそこまでされるほど私は落ちぶれていないし、第一あなたに何が出来る? 私たちを守るってのは具体的にどうするの?」

至極真っ当な正論で突っぱねる睦実に靖男が返す言葉などない、安易な同情ほど彼女にとっては侮蔑に等しい・・彼女なりに靖男はそのような人物ではないと多少なりに評価はしていたが、それはどうやら自分の勘違いだったようだ。

「何も言えない癖に……所詮あなたも周りと一緒、勝手に同情して人を悲劇の人物だと思ってるんでしょ」

「言うだけなら確かに簡単だ。当事者でない何も知らない周りの連中は勝手に想像して半端に口を突っ込んで余計に傷つける……
だけどな、俺はそんな連中とは違う。お前がもし子供を産んだなら面倒見たり食事の用意もする、他の連中がいちゃもんつけてくるなら力づくでも守ってやる。

俺を信頼してもらわなくても構わない……だからこれ以上自分を傷つけるな」

「……」

はっきりと重みのある言葉ではあるが、所詮は言葉……それを行動に移さなければ何も体を成さないが靖男のその瞳だけは違う、先ほどの言葉を実行しようとする強固な意思を睦実に向けて発していた。靖男の言っていることは絵空事以下で現実をまるで理解していない子供の言っていることと同義である、周囲や物事を考えずに自分の屁理屈を強引に押し通すだけのただのエゴイズム・・大抵の人間はほんの数日経っただけで意欲をなくしてしまって無気力になっていくものなのだ。

928 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 21:24:46.67 ID:bTD3lVZAo
「…もしこの場で私が自殺しようとしたらどうするの?」

「即座に刃物取り上げてお前が嫌になるまで監視する」

「そう…」

そのまま睦実は台所の引き出しから出刃包丁を取り出すが・・靖男の行動は睦実が予想していたよりも早く、睦実が取り出した右手で握っていた出刃包丁は靖男に取り上げられてしまった。

「おいッ!!! いくらなんでもこれは――……おい、何で驚いた顔で見つめてるんだよ」

「…本当に行動するなんて」

「当たり前だろ……俺はな、もうこれ以上誰かが堕ちる姿を見たくないんだ」

そのまま出刃包丁を片付ける靖男に睦実は自分の命が宿っている下腹部を見つめる、もしこの子供が生まれたとしたら今の自分では到底育てきれるものではないだろう。家出している実家に子供をつれてのこのこ戻ってきたらどのような仕打ちを受けるかはわからないが、靖男はそれでも自分とその子供を果たして守り続けてくれるのか・・新たに出た迷いが決断した結果をぶれさせて再び睦実を思考に戻させる。

「一つだけ教えて……もし私が子供を見捨てるようなことがあったらどうするつもり?」

「それは有り得ない。お前は難儀でプライドは高いが……愛する人物は絶対に裏切らない、俺よりも誇り高くて強い奴だよ。…愛した奴と子供が出来たんだ、他の奴が何といおうが俺は祝福するよ」

「―――!!」

初めての体験だった、これまで妊娠が発覚してからは自分も含めて誰も祝福の言葉を掛けてもらえずに何もない空っぽの自分と深い闇しかないこの世界に呆然と立つだけ・・愛してくれた人はこの世には存在せずに罪という名の重荷だけが残る。怨念や憎悪すら感じなかったのに初めての祝福の言葉が嫌に響くが・・自然と悪い気分はしなかった、暫く静寂が流れる中で睦実の擦れるような声が響く。

「……産む」

「?」

「私、この子を産むわ」

一転しての決意……睦実がそう決心したなら靖男がすることといえば一つだけである。

「なら料理の内容も少し変えなきゃな」

「……勘違いしないでよ、私は出来るだけ1人で乗り切る。他人の助けは受けない」

「気難しい奴」
929 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 21:27:20.14 ID:bTD3lVZAo
更に月日が経って靖男は相変わらず学校と部屋を往復するだけの毎日ではあるが一つだけ変化がある、睦実のお腹は相応に大きくなって見た目は完全に妊婦そのもの……味覚も若干ながら変わって靖男も少し苦労しながら料理を作り家事をこなす毎日だが、悪い気分はせずに相変わらずの停滞した時間だけがただ流れる。

「ずいぶんと大きくなったな。予定日も近いんだろ?」

「……」

「少しぐらいは近況を教えてくれよ」

相変わらず口を閉ざす睦実ではあるが、あれから2人の間には目ぼしい言い争いもなくただ単に時間だけが流れる。しかしあれ以降は会話も多少はマシになったので少しはまともに近づいているのだろう、睦実も学校にはまだ行っては居ないが勉強だけは地道に続けているようで靖男よりも成績は良さそうである。

「よくもまぁ勉強して……大学でも目指してるのか?」

「あなた…なかなかおめでたい発想をしてるわね」

「すんませんね。んじゃ晩飯の支度するから」

靖男は睦実を尻目に手際よく材料を裁きながら食事の準備を始める中で突如としてインターフォンが鳴り響く・・

「何だよ、タイミングってもんをわかれよ…」

本来は自分の家ではないので出来るなら来客の類は対応したくないのだが、真由が言うには予めにそういったのはシャットアウトしているらしいのでマシにはなっているものの・・やっぱり人の家にやってくる来客は面倒なので適当に相手をしてさっさとやることをやってしまいたいものだ。

「面倒だ。はぁ〜い・・」

「よっ、元気してる。家主が様子を見てきてあげたわよ」

「姉さん・・」

現れたのはこの部屋の本来の家主である真由、どうやら2人の様子を見に来たらしいが自分の予想と違ってまともに生活をしている2人の様子に少し驚きながら部屋の中へと入る。

「へぇ〜、ちゃんと生活してるんだ」

「何だよ。お金ならまだ大丈夫だぜ、バイトできるようになったら返すから」

「別にいいわよ、こっちが無理矢理やったんだからそんなものは気にしなくて良いわ。って灰皿は?」

「片付けた。俺はタバコなんて吸わないし妊婦もいるからな」

「あー、なるほどね」

事情を把握した真由はタバコを諦めて持っていたガムを食べ始める。まだ真由はそこら辺は優しいほうなので心配は要らないのだが、これが姉の京香の場合はそうはいかなかっただろう。

930 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 21:31:23.80 ID:bTD3lVZAo
「早いところ晩飯の準備したいんだけど・・姉さんも食べる?」

「いいや、今日はお姉ちゃんのところで食べるわ。それで私が来たのは靖男君の進路についてよ、悪いけど成績表持ってきて」

「進路? まぁ、わかったよ」

靖男はカバンから以前担任からもらった最新の成績表を渡すと真由はガムを噛みながら成績表を凝視する。

「何で姉さんが俺の成績を気にするんだよ」

「そりゃ、叔父さんと叔母さんから靖男君を預かってるんだから私がある程度面倒見なきゃ格好がつかないじゃないの。それで成績を見させてもらったけど・・就職でもするの?」

一通り靖男の成績に目を通した真由だったが、その成績の内容は偏りすぎており進学はまず絶望的な数値で靖男に置かれた境遇を差し引いても酷い有様だったので成績を見た限りでは進学を目指さずに就職をするのかと真由は判断したのだが、どうも本人の希望は違うようだ。

「一応親は大学行ってほしいみたいだからそっちに進もうかなと・・」

「あのさ、そりゃ靖男君の境遇は確かにわかるけど・・私よりも酷い成績よ。これじゃ大学進学は絶望的ね」

現段階の靖男の成績ははっきり言って酷いもので、体育と歴史の成績だけが良く他は全滅・・これでよく赤点を取ってないのが不思議なぐらいである。それにしてもよくこのような成績で大学に行こうかと考え付く靖男の大胆さには真由も色々通り越して感心してしまう、一応真由も今は美大に通ってはいるが高校時代は人並みにではあるが成績をうまく保っていたのだ。

「靖男君の希望はわかったけど・・これじゃセンターすら辿りつけれないわね」

「仕方ないだろ」

「それで靖男君は大学に行きたいの?」

「・・まぁ、出来ることなら」

「ハァ、成績に関しては私は専門外だからどうしても大学に行きたいなら専門の人にお願いするしかないわね」

真由も人に教えられるほどの知識など持ち合わせてはいないので靖男がどうしても大学に行きたいのならそれ相応の人物に頼み込まなければならないだろうが、真由の意図を察した靖男は明確な拒絶反応を示す。

「おい!! あいつの世話になるのだけは御免だぞ!!!」

「だったらどうやって大学に進学する気なの? これじゃ裏口入学でも怪しいところよ」

「そ、それは・・」

「靖男君が大学に行きたいならお姉ちゃんに頼むしかないでしょ。ま、ちょびっとだけご機嫌斜めだけど・・」

「あのなぁ、京香には絶対このことは知られたくないし・・それに妊婦を1人にはしておけないからな」

確かに現役で教師をしている京香ならば成績の悪い靖男でも大学に進学するレベルの水準にまで持っていくことは可能だろうが、彼女と靖男は相性は悪くはないが昔から喧嘩ばかりなので相乗効果を生むまで時間が掛かる。それに睦実の食事の用意も今のところは靖男が用意しているし、身重の睦実を一人で放っておくのは色々と危険なので誰かが居ないと不安である。

931 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 21:34:32.35 ID:bTD3lVZAo
「ま、靖男君がお姉ちゃんのところで勉強している間なら面倒なら私が見てあげるわ。大学に本気で行きたいなら覚悟を決めなさい」

「・・わかったよ。卒業して何もしなかったから、洒落にならないからな」

少し熟考の末に渋々ながら靖男はこの真由の提案を引き受ける、本来ならば京香に貸しなどは絶対に作りたくはないが高校を卒業してから就職か大学に進学はしておかないと両親にどやされてしまうので仕方のない選択である。

「それじゃお姉ちゃんには私が話してあげるわ」

「というか姉さんは住むところどうするんだよ」

「ん? お姉ちゃんのところよ、最近はどうも仕事が忙しいみたいだから変に刺激しないようにね。それじゃ私は帰るから明日からでも学校が終わったらお姉ちゃんのところに行きなさい」

本来の目的も終わったので真由は足早に部屋から立ち去る。確か担任の教師からも自分の成績の酷さはある程度言われ続けていたが、まさかその対策に京香が出てくるなんて流石の靖男も想像はしていなかったものだ。そのままとまっていた食事の準備を始める靖男に先ほどまで勉強をしていた睦実が姿を現す。

「……あの人、何だったの?」

「ああ、ちょっと俺の成績についてな。まだ飯出来てないからもう少し待ってくれ」

靖男が食事の準備をする中で睦実は冷蔵庫から適当な飲み物を出してそのまま飲み始める、ここ最近は妊娠の影響か味覚もずいぶん変わっているので靖男もそれに合わすのに結構苦労しているようだ。

「そうそう、明日から姉さんも一時的にこっちに戻るから」

「どうして?」

「実はな」

そのまま料理を作りながら靖男は先ほどの会話の内容を睦実に話し始める、靖男とでこの話は不本意ではあるが自分の成績は思ったより低いので泣く泣くながら京香の手を借りなければならないのだ。

「というわけで俺は少し帰りが遅くなるんで戻るまで姉さんがお前の面倒を見てくれるからな」

「……何で?」

「何でってお前……少しは自分の状態を考えろよ」

「これまでにもあなたが学校に言っている間に何か問題が起きた? 医者からも健康だと言われてるんだからそんなのは必要ないわ」

睦実の言うように現に靖男が高校に通っている間は睦実が一人でいるわけだが、今のところこれといって問題は起きていないし医者からも母子ともに文句なしの健康とのお墨付きをもらっているので靖男が心配する理由が見当たらない。

932 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 21:35:29.81 ID:bTD3lVZAo
「あのなぁ、お前はれっきとした妊婦なんだからいくら健康でも1人じゃ危ないだろ」

「余計なお世話よ。…そんなことよりも夕食はまだなの?」

「もう少しだから待ってろ」

そのまま炒めた具材を鍋に入れてワインなどの調味料も絶妙な加減で投入するとタイマーを設置して弱火でコトコトと煮込み始める。

「よし、これで飯が炊けたらちょうどカレーが出来上がるぞっと・・後、20分程度で出来るな。勉強でもして時間でも潰せば?」

「もう終わった」

「どんだけ早いんだよ」

溜息をつきながら靖男もカレーが煮込むまでの間はテーブルを占領して自分の宿題をこなしていく、明日からは京香の元で勉強をしなければならないので少しはやっておかないと流石にまずい。

「…そこ、間違えてる」

「マジかよ」

「この程度の問題すら解けないなんてね。ご飯出来たら呼んで」

そのまま部屋へと戻る睦実の後姿を気にも留めずに靖男の勉学は夕食まで続くが、相応に膨れ上がった睦実のお腹を見慣れてどれぐらい経っただろうか? 睦実曰く、医者からは母子ともに順調すぎるほどの健康体でこのまま何事もなければ予定日には順調に出産できるようであるものの、今の彼女は完全な妊婦なのでそれらを考えたら靖男も自然と気は抜けられない。

(とはいっても完全に妊婦だからな。極力は無理させたくない・・って俺は父親じゃねぇんだぞ、何考えてるんだか全く)

自然と睦実の体調などを心配している靖男ではあるが、同時に自分の過ちを浮かべて自己嫌悪してしまう。今頃真帆がどうなっているかは靖男の知るべきところではないが・・自分の犯した罪は本来ならば人並みの人生を送るであろう真帆の未来を見事に粉砕してしまったのだ、彼女がどう思っていようが自分のしてしまったことはそれだけ愚かで最低最悪の行動なのだ。

そのまま手際よく夕食の用意を済ませていつも通りに睦実を呼び寄せる。

「…飯、出来たぞ」

「わかった…」

何とか自力で立ち上がる睦実であるが、その姿はどうも重々しい・・一度靖男は軽く手伝おうとはしたものの、睦実本人が断固として拒否するので何もせずにただ見守るだけである。一応靖男も本棚に転がってあった家庭の医学を読んではいたが、元々の基本スペックが低い彼には無用の長物といえよう、今晩の夕食であるカレーを食べながら靖男は睦実に話を振る。

「今回はどうだ。野菜もふんだんに入れてるから栄養面では問題はないはずだが?」

「……普通」

「これでも栄養面はともかくとして味にも気を使ってるんだけどね」

ここ最近になってから睦実の味覚の変化には靖男も少し困っているようで作っている身とすれば少しばかりの感想は欲しいところであるが、まともに会話が出来ているだけでも十分すぎるものだ。

933 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 21:37:17.31 ID:bTD3lVZAo
「そういえば子供の性別はわかってるのか?」

「いいえ……」

どうやら睦実も生まれてくる子供の性別まではわかっては居ないようであるが、ここまで一緒に過ごしてきた靖男とすれば少しばかり気になるところである。たとえ無事に男の子が生まれたとしてもこの世界では15,16歳で童貞のまま過ごせば問答無用で女体化してしまうのでどのような形で人生を送るのか興味がないといえば嘘になる。

「もし男の子が生まれたとして、女体化したらどうすんだ?」

「さぁ、先のことなんてわからないでしょ。私もあなたも……」

睦実の言うように今の2人は何とか現状を生きるだけでも精一杯な上に自分の将来を構築する余裕などまるでない、自分のことだけでもまだ手一杯ですらないのだ。

「あなたこそどうするつもりなの? 自分を縛って生きるつもり?」

「……言ったろ、俺はお前たちを守ってやるって。今更全てを敵に回したところでなんら不都合などない」

「よく言えたものね」

あの時に子供を産むと決心しても睦実は決して靖男を信頼などはしていないのは変わりない、今の彼女には子供を産んだとしてもその後の生計を立てれる術などないわけで現状のところは手詰まりに等しいのだ。

「やっぱりあなた……世の中を舐めているわ」

「そうかい」

淡々とカレーを食べながら静かに時間は淡々と流れていき、会話もない静かな空間だけが広がり傍から見ればかなり味気ない光景であるが、2人にとったらこれがいつもの日常の風景なのだ。

「……何か言いたそうね」

「別に……会話すら何もないこの光景にすっかり慣れちまったなっと思ってな」

「そう…」

睦実もこの生活を始めてからは靖男が本来どういった人物でどのような性格の持ち主なのかは大体把握できている、大雑把でお喋りながらも本質的には自分に対してはどこか詰めの甘い…そういった人間なのだろうと把握している、性根が腐っている最低人間ではないが・・かといって全くの善人でもなく、自分とは違って誰にも心を許さずに罪の意識に苛まれたまま孤独に目を瞑って耳をふさいでいる人間というのが睦実が靖男に抱いているイメージである。

「この際だからはっきり言って置くけど……私は別にあなたに気を許した覚えはないわ」

「別にそんなつもりはないさ…」

靖男にしては珍しく返答をはぐらかして睦実から顔を背ける。普段の睦実なら問答無用で切り捨ててはいたが、彼女自身にも気がつかないうちに変化は出ているようで静かに目を瞑ると別の話題を話し始める。

「あなた…大学に進むの?」

「まさかお前からそんな話題をするとは……ああ、俺みたいなアホは学歴がないと格好がつかないからな。お前は進路どうするつもりなんだよ、俺より頭がいいから大学ぐらいは余裕だと思うけど」

「そんなわけないでしょ。この子を産んだら…就職するしかないわ」

「勿体無いな。前にテレビでやってたけど、最近は法律で特殊な境遇に居る奴らは大学の学費やらなにやら免除されたり無利子で奨学金が貰えるんだぞ?」

靖男の言うように睦実のような事情がある人間に対して大学の学費は無条件で免除されるという法律は確かに存在はしており、睦実もそれは知ってはいるが自身のプライドがそれを許さないようで就職を視野に入れているようだ。靖男も睦実の性格はわかっているので驚きもしなければそれ以上は何も言わない、それに彼女のプライドの高さからしてその選択肢はむしろ妥当といったところだろう。

「ま、自分が選んだ選択だ。俺は何も言わないよ」

「……ごちそうさま」

「お粗末さんでした。風呂沸かしてるから先に入れよ」

「そうさせてもらうわ」

そのまま睦実は黙って立ち上がって浴室へと向かい、靖男もさっさと皿を片付けてまとめて洗い始める。明日になれば靖男は学校が終わってから京香の元でみっちり勉強はしないといけないのでそのことを考えたら気が休まらないものだ、幸いにも自分が居ない間は真由が駆けつけてくれるので睦実に関しては一安心ではあるものの・・京香に借りを作るのはどことなく癪であるが、自分の現状を考えたら仕方のないところである。
真由の姉である京香とは会うたびに口喧嘩する間柄ではあるが、仲は決定的に悪くはないので所謂喧嘩友達という奴ではあるものの、それでも京香にだけは絶対に今の現状は知られたくないので真由には黙ってて貰いたいものだ。

少しだけ頭の痛いことを考えながら時間は刻々と過ぎていく・・


934 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 21:39:45.91 ID:bTD3lVZAo
「そういえば子供の性別はわかってるのか?」

「いいえ……」

どうやら睦実も生まれてくる子供の性別まではわかっては居ないようであるが、ここまで一緒に過ごしてきた靖男とすれば少しばかり気になるところである。たとえ無事に男の子が生まれたとしてもこの世界では15,16歳で童貞のまま過ごせば問答無用で女体化してしまうのでどのような形で人生を送るのか興味がないといえば嘘になる。

「もし男の子が生まれたとして、女体化したらどうすんだ?」

「さぁ、先のことなんてわからないでしょ。私もあなたも……」

睦実の言うように今の2人は何とか現状を生きるだけでも精一杯な上に自分の将来を構築する余裕などまるでない、自分のことだけでもまだ手一杯ですらないのだ。

「あなたこそどうするつもりなの? 自分を縛って生きるつもり?」

「……言ったろ、俺はお前たちを守ってやるって。今更全てを敵に回したところでなんら不都合などない」

「よく言えたものね」

あの時に子供を産むと決心しても睦実は決して靖男を信頼などはしていないのは変わりない、今の彼女には子供を産んだとしてもその後の生計を立てれる術などないわけで現状のところは手詰まりに等しいのだ。

「やっぱりあなた……世の中を舐めているわ」

「そうかい」

淡々とカレーを食べながら静かに時間は淡々と流れていき、会話もない静かな空間だけが広がり傍から見ればかなり味気ない光景であるが、2人にとったらこれがいつもの日常の風景なのだ。

「……何か言いたそうね」

「別に……会話すら何もないこの光景にすっかり慣れちまったなっと思ってな」

「そう…」

睦実もこの生活を始めてからは靖男が本来どういった人物でどのような性格の持ち主なのかは大体把握できている、大雑把でお喋りながらも本質的には自分に対してはどこか詰めの甘い…そういった人間なのだろうと把握している、性根が腐っている最低人間ではないが・・かといって全くの善人でもなく、自分とは違って誰にも心を許さずに罪の意識に苛まれたまま孤独に目を瞑って耳をふさいでいる人間というのが睦実が靖男に抱いているイメージである。

「この際だからはっきり言って置くけど……私は別にあなたに気を許した覚えはないわ」

「別にそんなつもりはないさ…」

靖男にしては珍しく返答をはぐらかして睦実から顔を背ける。普段の睦実なら問答無用で切り捨ててはいたが、彼女自身にも気がつかないうちに変化は出ているようで静かに目を瞑ると別の話題を話し始める。

「あなた…大学に進むの?」

「まさかお前からそんな話題をするとは……ああ、俺みたいなアホは学歴がないと格好がつかないからな。お前は進路どうするつもりなんだよ、俺より頭がいいから大学ぐらいは余裕だと思うけど」

「そんなわけないでしょ。この子を産んだら…就職するしかないわ」

「勿体無いな。前にテレビでやってたけど、最近は法律で特殊な境遇に居る奴らは大学の学費やらなにやら免除されたり無利子で奨学金が貰えるんだぞ?」

靖男の言うように睦実のような事情がある人間に対して大学の学費は無条件で免除されるという法律は確かに存在はしており、睦実もそれは知ってはいるが自身のプライドがそれを許さないようで就職を視野に入れているようだ。靖男も睦実の性格はわかっているので驚きもしなければそれ以上は何も言わない、それに彼女のプライドの高さからしてその選択肢はむしろ妥当といったところだろう。

「ま、自分が選んだ選択だ。俺は何も言わないよ」

「……ごちそうさま」

「お粗末さんでした。風呂沸かしてるから先に入れよ」

「そうさせてもらうわ」

そのまま睦実は黙って立ち上がって浴室へと向かい、靖男もさっさと皿を片付けてまとめて洗い始める。明日になれば靖男は学校が終わってから京香の元でみっちり勉強はしないといけないのでそのことを考えたら気が休まらないものだ、幸いにも自分が居ない間は真由が駆けつけてくれるので睦実に関しては一安心ではあるものの・・京香に借りを作るのはどことなく癪であるが、自分の現状を考えたら仕方のないところである。
真由の姉である京香とは会うたびに口喧嘩する間柄ではあるが、仲は決定的に悪くはないので所謂喧嘩友達という奴ではあるものの、それでも京香にだけは絶対に今の現状は知られたくないので真由には黙ってて貰いたいものだ。

少しだけ頭の痛いことを考えながら時間は刻々と過ぎていく・・
935 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 21:41:00.97 ID:bTD3lVZAo
翌日から靖男の生活は微妙な変化を遂げる。学校が終わればいつものように部屋には直行せずに京香の高級マンションへと向かって勉強をする日々が幕を開けるのだが、驚くべきことに京香はすでに学校が終わったばかりの靖男を堂々と待ち受けているので律儀なのかはわからないものだ。そんな感じで現役教師である京香に教わりながら勉強をしている靖男であるが、タバコを加えながら京香の怒声が響き渡る。

「おいッ!! また間違えてるじゃねぇか!!!」

「わ、悪かったな!! そんなところ授業で出た覚えが・・」

「お前の頭の中は蛆が沸いているのか? そこは普通に1年の頃には出てるんだよ」

現役教師だけあって京香の指導は完璧ではあるが、相手が靖男なので容赦は全くない。普段なら反抗を当然のようにしている靖男も現状を考えたら泥沼化するのは必須なので黙って耐え忍ぶ、しかし京香とすればただえさえ半ば強引に仕事を終わらせた上にその後待ち受けているのが靖男の家庭教師なので多少ながらきつくなってしまう。

「全く、真由が勝手に居座ったと思ったら今度は仕事が終わったらてめぇの家庭教師かよ。これじゃ仕事してるのと大差ねぇな」

「頭が悪くてすんませんね」

「……何があったんだ? 暫く見ないうちに随分と変わったな」

「年頃だから色々あるんだよ、ほっとけ」

京香とて久しく靖男に会った時はその変貌振りには内心驚きを禁じえなかったが、敢えて理由は聞かずに気づかない振りをしながらタバコを吸い続けながら靖男の勉強を見続ける。

「そういえばまだキャバで働いているのか?」

「最近はこっちの仕事のほうが忙しくて出勤する暇はねぇよ。ま、このマンション買ってくれたからキャバ嬢様々だけどな」

今では持ち前の優秀な頭脳と類まれない行動力を発揮している京香ではあるが、以前は高校在学中にもかかわらずにキャバクラで働いていたのでちょっとした騒ぎにはなったらしい。そのことは靖男も真由を伝って話しだけは把握しているが・・まだ自分とそんなに大差のない年齢なのに就職しているのはいいものの、高級マンションで一人暮らしとは良い身分である。

「それにしても2年で教員免許をすぐに習得した挙句に大学卒業とか・・何かしたのか?」

「てめぇみたいなポンコツには飛び級制度なんてわからねぇだろうな」

「おいおい、そんな漫画みたいなご都合制度があるのかよ」

「ハァ・・俺が入学した頃に試験的に大学で飛び級制度が導入されてな。俺は高校のときから名門大学にいろんな論文提出してたから、入学した段階でその話が舞い込んできたんだよ」

事実京香が入学した当初に大学では試験的に飛び級制度が実施されており、高校在学中から様々な論文を提出して注目されていた京香にその話が飛び込むのは必然だったようで、それからは優秀な才能をフル活用して数ある優秀な理論を組み込んだ論文を多数排出して期待以上の成果をたたき出したおかげで順調に飛び級を重ねてここまでやってきたのだ。

「んなことよりもさっさと宿題片付けろ。今のままじゃ卒業すらも危ういんじゃないのか?」

「ううっ…痛いところを突きやがって」

グチグチと京香に言われながらも無心で勉強をこなし続ける靖男、何だかんだ言いつつも京香は優秀なのは靖男も昔から知ってはいるものの・・性格に問題があるので何も知らない世間が哀れに思えてくる。

「んじゃ宿題終わったらこの問題集を片付けて終了だ。仕事の合間に作ってやったんだから感謝しろよ」

「おい、何だこの問題の量は……」

京香からもらった問題集のプリントは3枚と割と少ないものの、問題の量は半端なく多いので今の宿題をあわせると靖男の限界を遥かに超えてしまう上に内容は本格的な問題なので仕事の片手間で作った割には中々のものである。

「一応、今日は遅いから採点だけで勘弁してやる。終わってもしっかりと問題見直せよ、大学行きたくなかったら破り捨ててもいいがな」

「わかってるよ。大学には行きたいからな」

完全に京香に丸め込まれた靖男は自分を恨みながら勉強を続けるのであった。
936 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 21:42:33.82 ID:bTD3lVZAo
京香による地獄の勉強会が終わって疲れた表情のまま帰宅する靖男を待ち受けていたのは相変わらず読書を続けていた睦実であった、真由の姿がないということはすれ違いのタイミングだったようだ。

「ただいま…」

「……」

何も発さずにただ読書を続けている睦実の姿が疲れている靖男にはとても眩しく写る、しかしここから食事の準備もしなければいけないので大変なのは変わりない。

「昼は何食べたんだ?」

「…昨日のカレーをあの人と食べたわ」

「ふーん。飯は炊いてくれているみたいだけどおかずはまだないのか……」

そのまま冷蔵庫を開けると中にはたくさんの食材が所狭しと並んでいるので買い物はしてくれているようで当分は作るものには困りはしないので靖男は適当に材料を取り出しながらそそくさと料理を始める。

「豆腐ハンバーグ定食でいいか?」

「別に構わないわ…」

基本的に睦実は大してリクエストもせずに食事のメニューは基本的に靖男任せである、ただ靖男も睦実が妊婦ということもあるので栄養面にはそれなりに気を使っているようで基本的に自分が好きな濃い味付けの料理は作らずに根野菜や豆腐を中心とした薄い味付けのものを作っている。

「まぁ、味が濃いだの薄いだの言ってくれるおかげでこっちは十分なんだけどな」

「……」

反論はせずとも声は聞こえているようなのでさっさと料理を作り始める、しかしこのような生活が続くなら予め前の日に夕食の準備をしてたほうが負担もぐっと減るものだ。

「ま、だから俺はこれから遅く……」

「ッ…!」

「おいッ! どうしたんだよ!!」

先ほどまで読書をしていた睦実は何とか必死で表情をかみ殺してはいるものの、苦痛に満ちているのは目を見ても明らかなので慌てた靖男は全てをほっぽり出して睦実の元へと駆け寄るが・・ここまで来ても彼女は靖男を拒絶する。

「来ないでッ!! ……大したことない」

「んなわけあるかッ!! お前、今でも苦しそうだぞ…」

「大…丈夫……」

とは言っても睦実はすでに身体はよろよろで満足に立てる状態ではない、それでも無理をする睦実に靖男が居ても経ってもいるはずもなく、すぐに携帯を取り出して119番に電話を掛ける。

「もしもしッ! 急患なんだ、さっさと来てくれッ!!! あッ? 住所はえっと・・」

「ッ―――!!」

事は一刻も争う事態、靖男は慌てる自分を何とか落ち着かせながら自分の住所を伝えると救急車の到着を待ちながら倒れている睦実を無理矢理支えるが、今の睦実は苦しさの余り声を出すこともままらぬ状態で身体中が震えながら冷や汗も欠いているので何とか身体を冷やさぬようにするが、それよりも彼女のお腹の中の子供が一番心配である。祈るような気持ちで救急車を待ち続けてわずか数分後、あの独特なサイレンの音が近くまで鳴り響いて

「骨皮さんですね、患者さんは?」

「こっちだ! おいっ、救急車きたから」

「……」

顔では拒絶している睦実も身体の苦しさには耐え切れて居ないようで止む無く数人の救急隊員の手によって担架に乗せられて救急車の中へと消えるがここで隊員の一人が靖男に声を掛ける。

「申し訳ありませんが、付き添いをお願いできませんか?」

「ああ・・ちょっと待ってくれ」

そのまま靖男は自分と睦実の分の手荷物をまとめると付き添いとして救急車に乗り込んで隊員たちが必死に睦実に応急処置をする中で靖男はただ1人で耐えてる睦実の姿しか見ることが出来なかった。
937 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 22:00:01.15 ID:bTD3lVZAo
暫くして救急車が病院に到着すると睦実は担架に乗せられたまま病棟へと運び込まれる、そんな現実実が少し薄れかかっていた靖男は何とか持ち直してこれまでの状況を思い出すが・・そんな中で1人の医者が事務的な手続きをするために靖男の元へと現れる。

「あの、通報された骨皮さんですね。こんなところでも何ですからこちらへ・・」

「……」

無言のまま医者に従い、靖男は別室へと案内されると医者から様々な説明を受けながら靖男は徐々に現実を取り戻していく。

「大変失礼を承知でお伺いしますが・・お子さんの父親はあなたですか?」

「いや…自分もそこら辺については本人から聞いてないので」

思えば睦実のお腹の子供の父親に関しては靖男も全くといっていいほど知らない、本人がそういったことを余り話したがらなかったのもあるし靖男自身も聞こうとは思わなかったのでそういった話題は全くしてなかったのだ。

「そうですか…彼女の母子手帳はお持ちですか? こちらから彼女の掛かりつけだった産婦人科に連絡を取りますので」

「わかりました」

素直に靖男はカバンから睦実の持っていた母子手帳を医者に差し出すと彼はそのまま手帳を見ながら別の産婦人科へと電話をし始める。靖男は淡々と状況を見守ることしか出来なかったが、その間にも睦実は懸命な治療を受け続けているのだろうと考えると心なしか気が気ではなくなってしまうが、そんな靖男を他所に医者は電話を終える。

「お待たせしました。彼女についてはこちらでも把握できましたので……」

「そんなことより体調はどうなんですか!!」

「え、ええっと・・彼女の出産予定日はご存知でしょうか?」

「いいや・・」

靖男も睦実からはちょくちょく様子は聞いてはいるが肝心の予定日についてはまだわかっていないなかったので医者が何を言っているのかはわからない。

938 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 22:04:19.99 ID:bTD3lVZAo
「そうですか……実は言うと彼女は陣痛を起こしています。搬送中に破水をしたみたいですし」

「何だって!! ということは……」

「今日中に子供が産まれます。立ち会いますか?」

考えてみれば靖男は親類ではあるが、子供の父親でもなければ関わり合いのない全くの他人といってもいいほどの関係ではあるものの・・睦実に子供ごと守ると宣言した手前は最低限のことはしてやりたい、まだ知らぬ子供の父親に心の中で詫びながら靖男はこれを承諾する。

「(…すまないな、あんたの代わりに俺が見守ってやる)わかりました」

「ではこちらで一式を用意しますので消毒のほうをお願いします」

医者に促されるまま靖男は消毒できるところを徹底的に消毒して用意された着衣を身に着けると睦実の居る分娩室へと案内される、中では医者とともに痛みに苦しみながらラマーズの呼吸をしている睦実の姿が彼女も普通の人間なんだなと思わず実感してしまう。

「ッ……」

「無理すんなよ。俺のことは構わなくていいから」

視線に写った靖男に瞳で訴えかけたかった睦実だが、産みの苦しみというものは半端ではなく絶え間なく襲う激痛に耐えながら医者の言葉に合わせて必死に呼吸を整える。

「何も考えるなよ。今は産むことに集中すればいいんだ……」

「……わ…か……て…る……――――ッ!!!」

苦しみに耐えながら必死に呼吸を繰り返す睦実の姿に何も出来ずにただただ状況を見守っているだけの自分に靖男は無力さを痛感してしまうが、それでも無事に産まれるのを祈るしかない・・このとき靖男は無意識に信じていない神の存在に頼っていた。

(頼むぜ、この子だけは無事に産まれてくれ――ッ!!!)

「月島さん、赤ちゃんの頭が見えたのでもう一息ですよ」

「―――!!!!!!!」

固唾を呑んで見守る靖男に苦しみに必死に耐えながら呼吸を続ける睦実……その間は一瞬のように短くも誰しもが長く思えるこの瞬間に分娩室には赤ん坊の産声が鳴り響いた。

「産ま……れた…の?」

「はい。3321gの元気な男の子ですよ!!」

「よか……た……」

痛みを通り越して呆然状態の睦実は隣で眠っている赤ん坊を見ながら初めてではあるが薄っすらと微笑を浮かべる、靖男もそんな光景を見ながらも赤ん坊が無事に無まれたことに今は喜びながらも医者に2人の体調を伺う。

「せ、先生! 2人の容態はどうなんですか!!」

「骨皮さん、落ち着いてください・・文句なく健康そのものですよ。典型的な安産です」

「そっか……良かった………」

靖男も肩と腰の力が一気に抜けてへなへなとその場に座り込んでしまう、最初救急車を呼んだときはどうしようかと思ったが…こうして無事に生まれてきてくれたことを本当に心から感謝してしまう。

939 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 22:15:11.86 ID:bTD3lVZAo
「あの、骨皮さん…処置をしたら病室へ搬送しますのでとりあえず外に移動してもらえませんか?」

「は、はい……」

脱力していた身体を何とか起こして靖男は分娩室の外へと移動してベンチに腰掛けて呆然と天井を見つめ続ける、そんなことをしてて数分後・・医者が現れると睦実が休んでいる病室の場所を教えてもらい、足を進めて病室の中に入っていくとそこには優しく生まれたばかりの赤ん坊を抱っこしている睦実の姿があった。

「よぉ、大丈夫か?」

「……普通」

「そっか」

靖男はそのまま椅子に腰掛けると産まれて来た赤ん坊をじっと見つめ続ける。

「男の子だってな。とりあえずご苦労さん」

「……あなたには」

「ん?」

「あの時に救急車を呼んでくれたのは感謝している。…ありがとう」

睦実と出会ってからこれまでに淡々と会話はしてきた靖男であるが、はっきりと感謝の言葉を言われたのは初めてだ。しかし突然の睦実の言葉に当然靖男は戸惑ってしまってどう言っていいのかわからないものである。

「どうしたの…? あなたが黙り込むなんて珍しいわね」

「そりゃ、お前にあんなこと言われたら戸惑うっての。お礼なんて初めて言われたんだから」

「そうだったわね……」

眠っている赤ん坊を抱きながら初めて見せる睦実の穏やかな表情に靖男は出会った当初のことを思い出す、自分と同じように死人の表情だった人間がこうも穏やかな表情を見せるとは子供というのは偉大だと靖男は実感する。

「で、名前はどうするんだ?」

「……狼子。それがこの子の名前」

「いい名前じゃないか」

男の子の名前の割には少し女に近い名前のような気もするが、それでも睦実が考えてつけた名前なので異論を挟む余地はない。この狼子がどのような将来を送って自分の人生を切り拓くかはわからないが、自分のようなことはして欲しくないと切に願いたい。

940 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 22:16:53.66 ID:bTD3lVZAo
「どれぐらいで退院するんだ?」

「……一週間ほど、それであなたに大事な話がある」

睦実は狼子をベビーベッドに戻すと少し一呼吸置いてから靖男にこれからのことについて淡々と語り始める。

「実家に戻る。…今の生活のままではこの子を満足に育てることは出来ない」

「待てよ。俺はお前たちを――」

「私だって嫌よ―――ッ!!! ……でもこの子のことを考えたらそうするしかない、あなただってわかるでしょ?」

靖男とてこの睦実の苦渋の決断をわからないわけでない、確かに今の見通しのないままの生活では狼子を育てる環境を作ることなど到底不可能だ、もし睦実が実家に戻ってしまえば当面の生活は保障できるものの・・冷遇された生活が待っているのは目を見るよりも明らかだ、普通の親なら許すはずもないし倫理的にも外れている。

それでも靖男はこの理不尽に自分から突っ込むこの睦実の決断はどうしても納得は出来ない…

「だけどよ、お前はそれでいいのか……」

「あなたの気持ちはわかるわ。だけど…現実はそれほど甘くはない、私はもうこの子の母親なの。あの人のためにも何があっても守らないといけない……

だけど、私が自活できる環境になったら話は別よ。この子を育て上げるわ」

睦実とて何も考えていないわけではない・・確かに今の自分の力では狼子は到底育てきれないが、それはあくまで自分が自活が出来ない状態だからであって高校卒業後に職を見つけて自立できる体制になればすぐにでも狼子を連れて家を出て行く算段である。そのための手段は事前にしてあるし、それまでの間にどんな理不尽が襲い掛かろうとも1人で耐えうる覚悟も出来ている。

「これが私の決断。見くびられては困るわ」

「なら、俺は出来ることをするか。……実家の場所はどこなんだ? こう見えても人脈はかなり自信があってな、よく部活のOBの諸先輩方には可愛がってもらったからな」

こうみえても靖男自身の人脈はかなり広く、事実卓球部の中では先輩たちに一番可愛がられたほうである。事実、卓球部を辞めたときはかなりの衝撃で携帯には先輩たちの電話がわんさか鳴り響いたほど・・今は何とか適当に作った事情を話して鎮静化はしているので平常どおりである。

「お前は人の力を借りるのが嫌なようだけど……1人では誰だって生きてけれないんだ、頼れるときには頼るのもいいもんだぜ」

「……舐めてるわね」

「確かにな。だけど俺は男だからな、言ったことはやり通すさ」

薄ら笑いしながらも靖男の瞳は本物だったので睦実もそれを察してか、珍しく観念したようで靖男に自分の実家の住所書いたメモを手渡す。

「あなたには敵わないわ……」

「初めてお前を負かしたな。心配するなよ、俺だって心得てるさ」

すやすやと眠る狼子を見つめながら2人はそれぞれの未来を歩み始める・・
941 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 22:19:23.05 ID:bTD3lVZAo
あれから数ヶ月・・睦実は卒業と同時に持ち前の頭脳を発揮して就職を果たして、靖男は無事に大学へと進学してギリギリの学業の傍らの合間を縫いながら睦実の実家へと足を運んでは宣言どおりに狼子の面倒を見ていた。しかしその生活は睦実の予見通りの理不尽な生活で狼子を育てるための最低限の物資はあったものの、睦実の両親は腫れ物を扱うかのような視線で靖男や睦実と狼子を見つめ続けていた。しかしここを追い出されてしまえば狼子と睦実は路頭に迷ってしまうので何とか耐えながら平穏を享受していた。

「おっ、また随分と重くなったな…」

「…そうね」

狼子をあやしながら靖男はその成長振りを確かめる、初めはそれほど大きくなかった狼子も誰に似たのか持ち前の逞しさを発揮しており、日に日に成長を遂げていた。

「仕事は順調なのか?」

「ええ、やり甲斐はあるわ」

睦実も子育てをしながらも仕事場に慣れているようで卒なくこなしているのだろうと靖男は思う、あれから靖男も大学の暇を見つけては睦実の実家へと通っている。しかし表情には明るさは何とかあるものの、依然として基本は死人のように無表情なのでまだ傷は癒されていないのだろうと睦実は思う。

「あなたは相変わらずの無表情さね」

「お前は棘がなくなったよな。母親の成せる業か」

事実靖男の言うように狼子を産んでから睦実の表情は無表情のままではあるものの、以前のような刺々しさは鳴りを潜めて少し穏やかなものである。しかしここ最近の睦実は異様に両親から露骨に避けられており、それに両親はなぜか靖男を畏怖しているのでここは少し靖男に問い詰めなければならないだろう。

「…両親に何かしたの?」

「別に…」

敢えてはぐらかす靖男であるが、態度から見る限り嘯いているのは明らかなので声のトーンもそのままにして睦実は改めて靖男に問いただす。

「もう一度聞くわ。…両親に何をしたの?」

「少ぉ〜し、話しただけだよ。俺だって馬鹿じゃないさ…」

そのまま狼子をあやしながら視線を逸らす靖男であったが、実際には睦実の両親に対しては警告・・というより実質脅しを掛けている。というのも靖男とて最初は睦実の為に黙って耐える所存であったが、前に睦実が狼子の為に貯蓄していた通帳に両親が手をつけようとしたのをたまたま目撃してしまったために実力行使として親戚筋を利用して睦実の両親に脅しを掛けているわけ、血筋では靖男の家系が本筋にあたるので発言権は当然強く睦実の両親は何も言えずにいる。狼子の通帳は靖男がしかるべきところに保管しているのでそこは安心なのだが・・睦実本人には出来るだけ真実は知らせずに機を見て通帳は返還したかったが、これはもう少し様子を見なければならないようだ。

「……まぁ、いいわ。だけどこの子に関わるようなことがあれば、私は容赦はしない」

「わかってるよ。この生活を見ればお前の覚悟は嫌というほど伝わってくる」

靖男とて睦実の覚悟はしっかりとわかっている、だけども彼女1人では余りにも荷が重過ぎる。いくら強い人間でも1人だったら意味はない・・だからこそ靖男は睦実が潰れぬように影から支えるのだ、偽善だとはわかっているし人一倍プライドの高い睦実に真相を知られたら罵倒はされるだろうが・・

942 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 22:19:51.40 ID:bTD3lVZAo
「んなことより、散歩でもしようぜ。ベビーカーぐらいはあるんだろ」

「……あなたのそういったところはある意味尊敬に値するわ。いいわ、報告もしなきゃいけないしね…悪いけど抱っこして待ってて」

ようやく重い腰を上げて睦実は玄関からベビーカーを取り出して準備し終えると靖男は抱っこしている狼子をベビーカーに乗せて散歩が始まる。外は散歩日和とも言うべき快晴で風も心地よく吹いているので散策にはもってこいの天候である、そのまま狼子を乗せているベビーカーを押している睦実と並んで歩きながら心地よい空気を身体で感じ取る。

「いい天気だな」

「そうね…」

相変わらず同居時代と変わらずに少ない会話であるが、それでも狼子が産まれたおかげで心なしかお互いの心に自然とゆとりが出来る。

「こんなことなら弁当でも作ればよかったかな」

「……」

「全く、子供が生まれたんだからもう少し感情を表に出してもいいんじゃないのか?」

「あなたに言われたくないわ」

淡々とした会話が続く中で2人はただひたすら歩き続けながら外の散策を楽しむ、ベビーカーに乗ってる狼子は気持ちよさそうに眠り続けて睦実はゆっくりとベビーカーを押しながら靖男は自然と歩調を合わせる。それから歩き続けると睦実は花屋の前で歩みを止める。

「少し買い物する…待ってて」

「ああ、わかった」

そのまま睦実は店内へと入るとそのまま店員に購入する予定だった花を指定する。

「…お墓参り用のお花を一式」

「わかりました、少々お待ちください」

店員は手馴れた手つきで花束を一式そろえると睦実に手渡す。

「お買い上げありがとうございます。ただいまキャンペーン中ですので670円になります」

「…どうも」

睦実は代金を支払って花束を受け取ると足早に店を後にして狼子と一緒に待っていた靖男の元へと戻ると黙ってベビーカーを押し始める、靖男は睦実の持っていた花束を持ってあげるが当然のようにその意図はわからないので睦実に意図を尋ねる。

「花なんて買ってどこに行く気なんだ。誰かのお見舞いか?」

「…すぐにわかるわ」

そのままベビーカーを押しながら睦実は歩き続けて靖男もそれに合わせて付いていく・・・

943 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 22:25:23.89 ID:bTD3lVZAo
ひたすら穏やかな道を歩き続けて睦実がたどり着いたのはとある墓地、意外な場所だったので流石の靖男も思わず面食らってしまうが・・当の睦実はそのままベビーカーを押しながら靖男を尻目に歩き続ける。

「何をしているの? 早く行くわよ…」

「あ、ああ・・」

呆気に取られながらも靖男はそのまま睦実の後を付いていきながら歩き続けると、睦実は他の墓地と比べて少し真新しい墓石の前へと歩みを止める。

「…着いたわ。花を頂戴」

「あ、ああ……」

そのまま靖男は花を手渡すと睦実は手際よく分けて墓前へと備え始める、心地よい風が流れる中で靖男は少し間を置きながらこの墓の元に眠る人物について問いかける。

「誰の墓なんだ」

「……あなたが知りたがっていた、この子の父親よ」

「ということは狼子の父親は……」

「この世にはもう居ないわ。あなたと出会った頃はもう故人よ」

淡々と事実を述べながら睦実は持っていたカバンから線香を取り出して中央に備えると持っていたライターで火を点けて、両手を合わしながら静かに哀悼を始める。靖男もそれに合わせて出会ったことすらなかった狼子の父親に向けて哀悼する。暫くして靖男が目を開けると睦実はベビーカーで眠っていた狼子を抱っこすると静かに語り始める。

「この子があなたとの子供よ……狼子、お父さんにご挨拶しなさい」

「うっ〜」

(そういえば真帆は今頃こいつと同じ母親になってるんだよな。……俺は楽には死ねない、死んではいけないんだな)

黙って睦実の行動を見つめながら靖男は自分の罪の大きさを改めて痛感する、今頃真由も無事に出産してればちょうど狼子と同い年になる計算になるが……それでも未婚の母親という立場は倫理や世間的にも厳しい立場なのは睦実を通じて嫌というほど見ている。真由は妊娠さえしなければ今頃は自分と同じ大学に通いながら人並みの人生は送れていたはずだろう、それを容赦なく奪ってしまった自分は愚かで罪深い存在であると同時にこうしてのうのうと生きていることさえも許しがたいのだ。
ならば自分はこれから真由やその子供に殺されるべき存在であり、そのためには決して誰にも愛されず侮蔑される人間であり続けなければならない…


モウ自分ニハ―――

           ソノ道ヲ歩ムコトシカデキナイノダカラ――――……


そんなエゴイズム極まりない自分勝手な決意を靖男は新たにする中で睦実は狼子を静かにベビーカーに戻す。

「…終わったわよ」

「あ、ああ……」

「あなたが黙り込むなんて珍しいわね。何か聞かれるかと思ってたんだけど…」

「別に俺からは何もないさ。お前は狼子と親子してればいい…ただそれだけだよ」

珍しく黙り込んでいた靖男に何か思うところがあったのか、珍しく睦実は更なる言葉を紡ごうとしたのだが・・靖男の言葉に何か思うところがあったのか何も言わずにベビーカーを押し始める。

「…行くわよ。あなたが誘ったんだから何か提案して」

「そうだな…飯でも食いにいくか、軽いもんだったら奢るぜ」

「結構。自分の分は自分で出す」

「ハハハ…母親になっても手厳しいな」

苦笑しつつ少し歯切れが悪い言葉で流しながら2人の散歩は続くのであった。

944 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 22:28:09.51 ID:bTD3lVZAo
あれから更に時は経って靖男は大学と更に増やしたバイトの合間を縫いながら暇を見つけては睦実の実家へと足を運んで狼子の世話をしていた、今のところは睦実と靖男が出かけている間は狼子は託児所に預けているので当面は安心である。それに気がつけば狼子も離乳食の時期にさしかかっており母親が仕事に出ている間にろくに世話をしない睦実の両親の代わりに靖男は持ち前の器用さを生かしながら雑誌を片手に狼子の離乳食を作って今日もお手製の離乳食を食べさせながら睦実の帰りを待ち続ける。

「大学とバイトは結構きついが・・あいつが居ない間の狼子の世話はしないとな」

「うぅ〜」

「お前はママと違ってよく食べるなぁ〜。あんながめつい爺婆にはなるなよ」

あれから何とか睦実には強引な理由を作って狼子の通帳を返却したので一安心である、いくらなんでも睦実が狼子の為に必死に蓄えた金を手を付けようとする人間の神経は理解しがたい。
靖男の心配を他所に狼子はすくすくと育っており、初めて靖男が離乳食を作ったときは不安だった睦実と靖男の気も知らずに気がつけば自分で食べていたほどである。それに基本少食の睦実と違って狼子は結構食欲旺盛のようで、靖男が作った離乳食を平然と平らげているほどで靖男は狼子の逞しさに感心してしまったほどである。

「だけど大きくなったな、すぐにハイハイして部屋中を駆け巡ってたからこの分だと歩くのも早そうだ」

「わぅ」

「今日のご飯はおしまい」

いつものように狼子が離乳食をぺろりと平らげて食器を片付ける靖男であるが、どうも狼子本人はまだ食べたりないようでテーブルを叩きながら靖男にお代わりを催促する。

「わううぅ!!」

「ダメなものはダメ。こういったところは父親似なんだろうな…」

とりわけ狼子は食欲旺盛で赤ん坊らしからぬ元気のよさを見せるが、靖男は狼子のこういった部分は母親である睦実ではなくこの世にはいない父親の血なのだろうと確信する。このまま狼子は大きくなれば絵に書いたような腕白坊主になることは目を見るよりも明らかで見たことがない睦実の苦労が思い浮かぶ、だけども睦実は順調にキャリアウーマンとしての地位を確保しているようでバイトの身分の自分と違って自由な時間すら作るのがままならぬようだ。

「もう少しでママが帰ってくるから、それまでに俺は教授に出された難易度天帝における非金融志向で行う小屋経済のレポートとオブリビオンゲートの存在意義の考察について論文まとめるから大人しくしておくんだぞ」

今のところバイトと狼子の世話に時間を割いている靖男は本業の学業に関してはかなりボロボロで単位習得すら危ういところなのだが、とあるゲーム廃人の教授に付き合うことで何と確保している有様である。この教授は靖男が通っている大学の中でも相当な人物のようで彼の認可が通れば単位は確保されたのも同然であるので食器をさくっと片付けて持参していたノートパソコンをテーブルに置くと狼子の居る部屋でレポートの作成に取り掛かる。

945 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 22:29:18.05 ID:bTD3lVZAo
「こいつさえ通れば単位は確保されるからな。マルチで負けて課題出されたのが痛いぜ・・」

「?」

「何年かしたら俺の苦労がわかるときが来るさ。さって始めるぞ、まずはオブリビオンゲートだな」

そのまま靖男はノートパソコンを打ち続けながらレポート作成を始めるが、部屋でハイハイしていた狼子はどうやら遊びたい気分のようで、ハイハイをしながらレポートで悪戦苦闘している靖男の膝に乗っかる。

「うぅ〜」

「おいおい、遊びたいのはわかるが・・レポートが終わってからな」

「ぶー!!」

そのまま靖男は膝に乗っかった狼子を抱っこして別の場所に移動させるのだが、そのたびに狼子は靖男の膝に乗っかって遊びの催促をする。今のところは狼子は母親である睦実以外は当然靖男しか懐かないので本来ならば嬉しい限りなのだが・・今の靖男は単位が掛かっているレポートの作成が最優先なので狼子が膝に乗るたびに抱っこしては別の場所へと移動させるが、狼子も負けじとハイハイで靖男の膝に乗っかるという無駄ないたちごっこを繰り返す。

「おいおい、頼むから今はちょっと忙しいんだ〜」

「ぶー! ぶー!!」

「……はいはい、わかったよ」

結局靖男は泣く泣くレポートの作成を中断しながら狼子と遊び始める、最近は睦実が狼子の為にベビー用のおもちゃもそこそこ買ってはいるが数が少ないのでこうして靖男が狼子の遊び相手になることが多いのだ。

「ほれほれ」

「〜♪♪」

(ま、赤ん坊だからすぐに寝るだろう)

今レポートを作成したい靖男とすればこのまま狼子が遊びつかれて眠ってくれることを祈るばかりではあるが、狼子はまだ赤ん坊ながら相当な腕白さを頃頃から発揮しているので眠った頃にはレポートの作成がギリギリだったのは語るまでもない。現に狼子が遊び疲れて眠った頃合にレポートを作成し始めたときにはすでに睦実が仕事から帰ってくる時間に差し掛かっており、夕食の用意もしなければならないのだが・・単位で頭が一杯な靖男にそんな余裕があるはずもなく必死で頭をひねらせながら時間も忘れてレポートの作成に没頭する。

「がぁ〜、オブリビオンゲートの考察とか結構難しいなおい。多分あの廃人教授は俺のレポートを参考にしてcivと融合させたMOD作りたいんだろうが・・これはこれで世界観を調べるのが難しいぞおい」

それでも何とかない頭をひねらせて夕食の準備をそっちのけでレポートを作成し続ける靖男・・それから数分も経たないうちに仕事を終えた睦実が実家へと戻ってくる。

「…ただいま戻りました」

半ば作業的に挨拶をする睦実ではあるが、実家に居るはずの両親から返事は当然ないのでそのまま自然と狼子の居る自分の部屋へと向かう。靖男の靴が玄関にあったので彼がこの家に来ていることは明白なのだが・・珍しく自分が帰っても夕食の用意はがなかったので少し不思議に思いながら睦実は自分の部屋へと入ると、部屋では自分の存在に気がつかずに血眼になりながらレポートを作成し続ける靖男の姿と満足げに眠っている自分の子供の姿が映った。

「……戻ったわ」

「う〜ん、あのゲートが召喚以外の目的は・・」

どうやら自分の声にすら反応しないということは相当切羽詰っているのだろう、睦実は少し溜息をつきながら黙って部屋に入るとカバンやらいろいろ置きながら少し思案すると一計を思いついたのか落ちてあったガラガラを靖男の耳元で鳴らす。

「それでも扉の構造が・・うおっ、何だ!!! って、お前かよ」

「ここは私の家よ」

「耳元でガラガラ鳴らすなよな。って、レポートで忙しくて夕食用意してなかった」

ここでようやく靖男は夕食を用意していないことに気がつくが、準備はおろか飯すら炊いていない状況なので今更気がついても後の祭りである。

946 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 22:32:03.00 ID:bTD3lVZAo
「別にいいわ。あなたは学生なんだから…」

「にしてもお前も飯食ってないだろ」

「この子さえ十分に食べていれば私は構わない。両親もこの子の食事に関しては多めに見ているようだから」

あれから睦実と両親の関係は最悪・・というよりもう会話すらない状態で顔をあわせても何一つないぐらいである。逆に仕事に関しては順調そのものですでに会社では戦力の1つとして認知されており、持ち前の頭脳を発揮して順調にこなしている状態だ。

「とはいえ、お前も働いているんだから身体は大事にしろよ。流石に勝手に台所は使ったら気が引けるからな・・全く、自分の娘と孫なんだから少しは気を遣ったらどうなのかねぇ」

「それは無理ね。私は何も告げずに家出同然で飛び出してきた身分・・いきなり帰ってきて、あろうことか黙って子供まで産んでるんだから住まわせてもらっているだけでも十分すぎるわ」

今のところは靖男の脅しが効いているのか、睦実の両親は狼子にすら手は出していない状態ではあるが・・それでも脅しを掛けた張本人である自分がいつまでもこの実家に居ると睦実の両親はそのうちやけを起こして睦実と狼子に強硬手段を取る可能性もあるし、かといって靖男が油断をしてしまったら幼い狼子の安全が非常に危険なので対処が難しいのだ。

「もう仕事が軌道に乗ってるなら家を出てもいい頃合じゃないのか? 明日は日曜だし、俺も完全に休みだから不動産屋でも回ろうぜ」

「簡単なこと言わないでちょうだい。今の私にはまだ家を出る余裕すらないわ、託児所のお金とこの子の貯金で一杯一杯なの」

「それでもこんな息の詰まる生活を送るよりかはマシだろ。もうお前も立派に職を得て自立している身分だからこんなところを出て行くには十分すぎる理由だ」

靖男とすればこんな綱渡り生活から睦実を解放してあげたい、今はまだ狼子が手の掛からない時期だから何とかなっているようなものではあるが・・大きくなれば時期を見失って難しくなってしまうので、今がこの家を出る時期だと靖男は踏んでいる。

「物件なんてピンきりだ。俺だって一人暮らししてるけど何とかバイトとかで食いつないでいるぜ」

「こっちは子供が居るのよ。1人のあなたと一緒にしないで」

「だったらお前は一生こんな生活を続けたいのか?」

「そ、それは……」

珍しく靖男からの問いかけに言葉を詰まらせる睦実、彼女とて早いところこの家を出て行きたい意思は十分あるが・・それでも狼子の貯金や託児所の費用に食費などのお金がかさんでとても敷金と礼金など用意できる状態ではない、靖男の言っていることも十分理解できるし自分がそれを望んでいるのもわかってはいるが・・現実はそれを許してくれない。

「とにかく、今の現状では……」

「何も見てないうちから決め付けるのは良くないぞ。行ってみるだけでも何かあるかもしれないぜ」

「………」

結局睦実は何も言い返せずにそのまま浴室へと向かう、そんな睦実を見送った靖男はそのままレポートを作成し続けるのであった。

947 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 22:34:07.86 ID:bTD3lVZAo
〜現代


「結局、あの時はあなたに押し切られたわね」

「そりゃな。当時はお前たちを早くあそこから出したかったからな」

昔の自分たちを思い出しながら靖男は少し苦笑しつつ、あの時の自分を思い出してしまう。もしあのまま睦実たち親子があの家で暮らしていたままだったら、いずれ自分の目を離した一瞬の隙に狼子の身は危うくなっていたのは間違いはないだろう。

「何にせよ、こうして2人で暮らすことが出来てよかったじゃないか」

「否定はしないわ。あの時は生活は出来ていても敷金と礼金をやり繰りするだけの余力はなかったもの」

そのまま睦実はコーヒーを飲みながら不動産屋であった靖男とのやり取りを思い出す。あの時の自分は自立はしてはいたが、経済的余裕は全くなくて狼子の貯蓄を蓄えるので精一杯の状況だったのでとてもじゃないが敷金と礼金を工面できるほどの余裕はなかったのだ。実際に靖男と共に不動産屋へ出向いた場合も敷金と礼金の問題に直面してしまって泣く泣く諦めてしまいそうになったときに靖男が睦実の変わりに敷金と礼金を支払おうとしたのだ。

「今でもあの時のあなたの行動には理解しかねる部分があるわ」

「そういえば盛大に喧嘩したなぁ〜」

少し思い出しながら靖男も不動産屋での出来事を思い出す、あの時はお金を支払おうとした靖男に対して当然睦実からの反発は凄まじいものだった。人一倍プライドの高い彼女にとって誰かに援助されることは侮蔑に等しい行為なのだ。

「あの時、心底あなたには失望させられたわ」

「だろうなぁ。恨んでいるなら謝るよ。お前はそういうことが嫌いな性格だったもんな」

靖男とて睦実の性格を知らないわけではない、あの時は互いに意地の張り合いながら譲りはしなかったものの・・2人が大喧嘩をしている間にベビーカーで眠っていた狼子が大泣きして起きてしまって喧嘩はたちまち中断。いつもは大人しい狼子にしては珍しくこの時ばかりは中々泣き止むことはなく2人は店内に響き渡るほど泣きじゃくっていた狼子をなだめるのに必死でいろいろな意味で大変だったのだ。

「正直狼子が突然泣いたときは焦ったな。普段は滅多に泣かない赤ん坊だったから…」

「そうね、あの子は赤ん坊の割には泣かない子だったわ。あの時は十分に食事も与えてたから泣いた理由がますますわからなかったわ」

2人掛りでようやく狼子を宥め終えると靖男は泣き疲れて眠っていた狼子を見ながら再度睦実を説得し続けて何とか靖男が敷金と礼金を払うことで合意に至ったわけである。靖男とて睦実を説得するのは骨が折れる作業であったが、普段は滅多に泣かない狼子が泣いてしまった理由を独自に考えてながら説得をしていたが・・もう昔のことなので良くは覚えていないが、あの時は睦実と狼子親子を実家から出すために必死だったのだ。

948 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 22:38:35.54 ID:bTD3lVZAo
「ま、昔のことだからな。それでも俺は…」

「……だけど、今は感謝しているわ。あの家から出られたのは何にしてもあの時のあなたのおかげよ」

「そうかい、よかったな」

もう睦実とはかなり長い付き合いになるが、相変わらずの一匹狼気質とプライドの高さは変わらないものの、昔と比べたらかなり丸くなったほうだ。現に今の靖男にしてみれば自分のことを真に共有できる相手といえば睦実しかない、真由も靖男の事情は知ってはいるが・・彼女は大らかで甘やかしてくれる時もあるが、時に冷徹なので微妙なところである。

「そういえばお前、狼子の三社面談欠席してたな。少しは学校の行事位出てやれよ、精々出たのは入学式だろ?」

「……仕事が忙しかったの。私も昔と違ってかなり立場ある役職だから自由は利かないわ」

女性の身ながらではあるが、職場で確かな実力と培った経験を発揮しながら睦実は順調に出世を続けて今ではかなり責任ある立場の役職に就いているぐらいである。しかし名実共に責任のある立場にいるので時間の融通も利きづらくなっており、狼子が白羽根学園に入学してからは今のところ入学式でしか姿を現していない。

「それで? 担任のあなたから見てあの子の成績はどうなの……」

「ま、もう少し頑張りましょうってところか? まだ進路も固まっていないようだからそこら辺は親子で話してくれ」

靖男が見る限りでは狼子の進路はお世辞にも優秀とはいえるほどではなく、かといって聖のように壊滅的な成績でもない・・まだ本人の頑張りようによっては立ち直せれる成績である。

「そういえば…ある時期からあなたは少しだけ姿を見せなかったことがあったわね」

「まぁな。確かその頃は……」

突如として靖男は思考を停止させて思い出すのをやめる、確かにある時期の間に靖男は時々ではあるが睦実たちの家に寄らなかったことがあった。
その時期とはちょうど靖男が瑞樹と付き合っていたとき・・出会いは大したことはなかったのだが、何故かなし崩し的に付き合いに始まってからはしばしば狼子の世話を疎かにしていたこともあったものだ。だけども最低限の食事の用意は忘れてはおらず、帰らないときはその分の準備も余念はなくカレーとかの食事で何とか賄ってもらったぐらいである。

しかし瑞樹に関しても結構酷い振りかたをしてしまったので余り思い出したくはないが・・因果なことに彼女は自分と同じ職場の先輩として勤務しているので今も考えるだけで胃が痛いものだ、そして全てを察している睦実は言葉を紡ぐ。

「……わかってるわ。昔のことよ」

「なぁ、お前は好きな人間が出来たら周りが見えなくなるほうなのか?」

突然の靖男の問いかけに少し唖然としてしまう睦実ではあるが、今の自分は狼子を育てるだけしか考えていないので他のことなどには関心はない。

「誰かを好きとか嫌いとか、当の昔に忘れてしまったわ……」

「冷めてるな。…ま、お前らしいよ」

何だかんだ言っても睦実は狼子という生き甲斐を見つけているのでそれが原動力となっているのだろう、何もなく自分を責め続けている靖男には非常に眩しいものだ。

「そういえば家を出たての頃は暇な時間があれば俺に料理を習ってたな。結局は狼子が習得したが……」

「…いつまでもあなたに頼りたくなかったからよ」

睦実は少し視線を外しながら当時のことを思い出していく・・
949 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 22:42:41.53 ID:bTD3lVZAo
ようやく予てからの念願であった睦実は狼子と共に2人暮らしが決まって靖男もほっと一安心しながら本業である学業にも目を向けていく、幸いなことに睦実が出ると決まってから、彼女の両親は引越しの費用や必要な家財道具は全て負担してくれて家財道具すら満足になかった新たな新居は一折の生活必需品が揃った状態というかなり恵まれたスタートとなった。靖男も最初は睦実の両親の不可解な行動に少し疑問を感じたが、要は厄介者を追い払いたいがための行動でこの引越しの準備や家財道具の費用は手切れ金の代わりなのだろう、睦実も声は出さないがそれを察しているようで何も言わずにまた家出状態と同じように家を後にした。
そしてようやく狼子との2人暮らしをスタートしたのだが、実のところ睦実は仕事はバリバリにこなせても家事能力がまるでダメなので暇を見つけては靖男と練習はしているのだが……中々成果が上がらないようだ。

「……」

「おいおい、いい年なんだから包丁ぐらいはまともに扱おうぜ」

何とか睦実は包丁を握ってはいるが、試しに切った野菜は見るも無残な姿に・・更には試しに米を炊こうとしたが、炊く前に米を全て流してしまうという始末なので流石の靖男も唖然としてしまったほどだ。

「誰だって向き不向きがあるさ。当分は俺が作るから気を落すなよ」

「いつまでもあなたに頼りきりじゃ意味ないわ」

「こっちは好きでしてるんだから気にすんなよ」

そのまま靖男は睦実から包丁を取り上げると睦実を尻目にいつものように手際よく料理の準備を始めながら前もって作っておいた狼子の離乳食を冷蔵庫から取り出す。

「ほら、突っ立ってるならこれを狼子に食わせてやれ」

「…わかったわ」

靖男から手渡された離乳食の入った食器を貰うと、そのまま狼子の元へと向かって離乳食を狼子に食べさせながら今後の生活について少しずつ考え始める、このまま狼子と過ごすことを考えたらいつまでも靖男に家事を頼りきりではダメだと思ったのだが、満足に米すら炊けない有様なので我ながら先が思いやられる。

950 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 22:43:34.67 ID:bTD3lVZAo
「ま、そう思いつめるなよ。俺はまだバイトしながらでも時間に余裕はあるから」

「……」

出来るだけ言葉を選びながら靖男は睦実を慰めてはいるが、彼女本人はまだ納得できていないようで終始無言を貫いたまま少しだけ気まずくなる。そのまま靖男は今日の分の夕食ともしものときに備えのために別の食事を作って何とか冷蔵庫に放り込む。

「よし。明日の狼子の離乳食とお前の食事はいつものように冷蔵庫に入れてあるから、俺がもし来れなかった場合はこれで過ごしてくれ」

「…ここのところ忙しそうね。私たちに構わずにその女性と付き合えばいいのに」

最近になって靖男は大学の先輩である女性と付き合っているようで来訪回数が以前よりも減少しており、それに伴って託児所へ狼子を預けている時間がかなり増えている。しかし靖男もそれを見越してしっかりと簡単ではあるが食事の準備はしてあるので睦実とすれば文句はないが……これまで自分を責め続けて意図的に他人との接触を避けていた靖男の変化に多少ながら驚きはある、いくら自分のしでかした事に対する贖罪のつもりでも少し自分本位かつ傲慢な偽善としか思えないのだ。

「別に付き合ってるとかそんなんじゃない。向こうが一方的なんだ……」

「無理に自分を責め続けているあなたをずっと見てきたけど……これからも生に執着するつもりなら自分に優しくてもいいと思うわ」

「前にも言ったろ、俺はいずれ真帆たちに殺されなきゃいけない身分なんだ。こんな俺が他人との恋愛なんてもってのほかだ」

「……それは自分で決断するものよ。私はこの子のおかげで現実と向き合うことが出来たわ」

そのまま睦実は狼子が食べ終えた食器を流しに片付けると狼子を抱っこしながら靖男を見据える、彼女とて靖男が何を考えてどういう経緯でそのような考えに至ったかは十分に理解はしているが・・今の自分には彼の心には立ち入ることは出来ない。睦実は狼子を産んでからはこの理不尽な現実とようやく向き合いながら付き合って生きているが、今の靖男は出会った頃と同じように自分を必要以上に罰しながらフラフラと歩き続けている。

「あの人は私とあなたを同類と言ってたけど、今は惨めに取り残されている……」

「それが俺の望んだ道さ。…心配してくれているのは嬉しいが、お前は俺のようにはなるな」

「前にあなたは私に“人を頼れ”って言ってたけど……それはあなたにこそ言える言葉よ。もう少し人を頼るべきだわ」

「なら、もしその日が来たとしたら生き証人にぐらいはなってくれ……それぐらいかな」

いつものようにケラケラと笑いながらも声は出会ったあの時のまま・・睦実は暫く沈黙しながらいつもの瞳で返答を返す、気持ちは理解しても今の自分にはこれぐらいのことしか出来ないのだ。
951 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 22:44:14.46 ID:bTD3lVZAo
とある日、靖男は大学構内で課題のレポートを教授に提出すると靖男の為に研究室に宛がわれたデスクの前に座ってパソコンを起動しながら同じようにデスクに座っていたこの研究室の長である教授に次の課題の内容を伺う。

「廃人教授。次の課題は何だ?」

「そうだな。次は最速文化勝利・・っと行きたいところだが、まずはマルチの練習に新たに作ったオブリのMODのテストプレイしてくれ」

「本当に単位大丈夫なんだろうな。これで留年したら親になんと言われるか・・」

「何を言う、ここの学長は色々と脛に傷を持っていてな。少し脅せば生徒1人の卒業までの単位など余裕で賄えるわ」

いつものように高笑いしながら教授もパソコンを起動させていつものようにゲームに講じ始めると、靖男もそれに合わせて息をするように教授と共にゲームをプレイしながら時間を過ごしていく・・しかし身体中にゲームに遣っている教授でも表向きはこの学校を代表する学長お抱えの教授で過去何人もの優秀な人材をこの大学から輩出しているのだから恐ろしいところだ。

「しかし本音とすればお前は卒業してほしくないんだよなぁ・・マルチの練習相手やオブリのMODのテストプレイには理想的なんだな」

「あのなぁ、俺は留年するつもりはないぞ」

互いにキーボードの打つ音が響く中での会話にすっかり手馴れてしまった自分に頭が痛い靖男だが、悲しきかな・・こうすることしか単位を稼げれないので教授の指示通りにゲームをするしかない。

「無双シリーズはいいのでないかな・・」

「ん? 前にお前が作ったMODは結構好評だったぞ」

「そりゃ課題とはいえ結構拘った部分があったからな。刀のモーションやら兜の決め細やかさや軍馬もかなり考えたから」

「そんじゃ次の課題は西洋でな。・・おっ、早速斧Rということはよっぽどきつそうだな」

「中央立地だったらご愁傷様といったところだろう。今回は勝つぞ」

すっかり教授の手によって一級のゲーム廃人と化した靖男は暇さえあればパソコンショップに足繁く通って自作のゲーム用のパソコンを作っては金に困ったら売りさばくという奇妙な生活をしている。しかし靖男の作成したパソコンはどれも市販のものよりもスペックはかなり高いので周囲からは好評で販売元には困らないのだ、そんなこんなで時間だけがひたすらすぎる中で1人の女性が研究室を訪れる。

「…失礼します」

「うっしゃ! カノンRでいただくぞ!!」

「フッ、数は見事ながら…運用が甘い!」

教授の華麗な捌きによっていいところまで生き残った靖男は見事に教授に粉砕されてゲームオーバーを迎える、そしてようやく自分の背後に立っていた女性に気がついた。

「また負けちまった!! ・・ん? 先輩か」

「これから一緒にお昼でもいいかしら…?」

研究室にやってきたのは大学の先輩である橘 瑞樹・・睦実と同じように感情を表に出さずに終始冷静な女性であるが、これでも本人は靖男と付き合っていると公言はしているが、靖男本人は可もなく不可もなくといったところである。

「飯ね。教授、俺ちょっと飯食ってきていいか?」

「別に構わんよ。そういえば橘さん、前に他の教授たちから論文読ませてもらったけど・・院の連中と一緒に中々興味深い実験しているようだな」

「ええ、少しアプローチしてみたかった方向ですので・・」

そのまま教授と瑞樹は靖男そっちのけで専門用語を交えた会話を行うが、当の靖男からすればちんぷんかんぷん・・というよりも普段自分と毎日のようにゲームばかりしている教授がしっかりと論議を交えていることが驚きである。

「…では少しの間だけ骨皮君を借ります。行きましょ」

「こっちも夕方まで講義しなきゃならんから今日はもういいぞ。課題は最速文化勝利だ、ちゃんとレポートとWB禁止のセーブデータを3日後に提出しろよ」

「わかってるよ。んじゃな」

靖男は自分のデスクを後にすると瑞樹とともに構内の食堂へと向かう。


952 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 22:44:54.32 ID:bTD3lVZAo
〜構内・食堂

「…今日は私も早めに終わるから、時間に余裕があるわ。あなたはどうなの?」

「ん? 俺もバイトが休みだからな」

「前から思ってたんだけど……あなたはどこでバイトしているの?」

大学の構内にある食堂で靖男と瑞樹は食事をしながらそれなりの会話を広げていく、同じ無表情でも睦実と違って瑞樹は性格的にはまだ社交的な部類なので会話もしやすいのでその点においては楽なほうである。

「別に大したことしてないよ。高校のときの先輩がパソコンショップの店長してるからその伝で俺もそこでバイトしてたんだ、今は副業で知り合いにパソコン売ってるから金には余裕がある」

「してたってことは・・辞めちゃったの?」

「ああ、俺のマンションは親の仕送りで家賃とか賄ってるから遊ぶ金欲しさってところか・・」

そのまま話をはぐらかしながら靖男はカツ丼を食べ続ける。実際のところ靖男が一時的に馬車馬のように働いていたのは事実だが、本当の目的は睦実の支援の為に大学に通う時間を削ってまで働いていたのだ。

「少し残念ね。遊びに行こうと思ったのに……」

「それは勘弁してくれ。……にしてもまだ眼鏡付けてたんだな、どうせならコンタクトにしたほうがいいと思うぞ」

「あなたが私に買ってくれたこの眼鏡は結構気に入ってるの。あなたが私にコンタクトにして欲しいならするけど……」

「いいや、別にいいよ。先輩に好きにしてくれて構わんさ」

それから瑞樹からは遠まわしにデートの誘いを申し込んでくるが、どうも今日ばかりは気分が乗らない。それに瑞樹と付き合ってからというものの、彼女は自分に依存気味でどことなくやりにくさを感じてしまうし、今の自分は恋愛というのに拒絶反応を示しているので瑞樹が自分に飽きるまで付き合えばそれでいいだろうと靖男は思っているのだが・・時間を掛ければ掛けるほど瑞樹は自分から中々離れるどころか更なる接点を求めてくるので弱ったところである。

「……もう少しで私は講義があるから、終わったら映画でも見に行きましょ」

「ああ、ホラーでいいか?」

「恋人なんだからラブロマンスで頼むわ…」

「わかったわかった。教授の研究室で待ってるから終わったら声掛けてくれ」

「バカ」

いつものようにわずかに微笑しながら瑞樹は食器を片付けて一足早くにその場を立ち去る、出会った当初は寡黙で何ら言葉を発しなかった瑞樹がこうも短期間でこれまで積極的になるとは何とも奇妙なものである。

「あ、連絡しないと…」

靖男は時計を見ながら携帯を取り出すと睦実に連絡を取り始める、今はちょうど昼なのでちょうど向こうもお昼休みの休憩を取っているはずなので安心して電話を掛けれるのだ。

「おっ、今大丈夫か?」

“…手短に”

「今日はそっちに来れるから晩御飯は何がいい?」

“あなたに任せるわ。それじゃこれから仕事だから……”

そのままばっさりと電話を切りながら靖男は今後の予定を簡単ながら組み始める、とりあえず瑞樹とは予定通り映画を見た後はそのまま買い物を済ませて睦実のマンションへと行けばいいだろう。
睦実には瑞樹のことは話してはいるが、瑞樹には睦実のことは一切話していないので鉢合わせだけは勘弁して欲しいところである。靖男の見立てではい自分に依存しているであろう瑞樹は嫉妬深さは相当だと思うので気をつけることに越したことはない、睦実と瑞樹は一見して外見は言葉を発さず寡黙で冷静な部分では共通はしているが、中身に関しては全然違う性格なので接し方には気をつけなければならないだろう。

「まるで不倫しているおっさんだな、俺……」

自嘲気味に笑いながら靖男は時間を潰すために教授の研究室へと戻るのであった。

953 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 22:47:07.03 ID:bTD3lVZAo
空いた時間を利用して靖男は再び教授の研究室へと戻って空いた時間を利用しながらcivを起動して教授からの課題に挑戦していた。とりあえず過去に自分が最速で勝利した文化勝利を抜くことを目標にしているようだが・・これがどうにも上手くいかないので課題の難しさを実感させられる。

「全く、最速文化勝利とか無茶な課題を突きつけやがって・・しかしこれをクリアしないと単位がまずいからな」

あくまでも自分の単位のための課題ではあるが、当の本人はどこか楽しそうなのはご愛嬌という奴であろう。そのままプレイし続けながら夢中になって課題を作成するが、ここで背後からか細い声が響く。

「……終わったわ」

「ああん? って、もうそんな時間かよ」

予定通りきっちりと講義を終わらせて研究所にやってきた瑞樹に靖男は時間の経過の早さというのものをまじまじと感じる、ちゃんと予定通りに現れたのだからこっちも今日の分の課題は終わらせて必要な分のデータは保存して瑞樹とのデートに合わせる。

「あなたが課題したかったら私は合わせるわ」

「いいよ。持ち帰るデータまとめるからちょっと待ってくれ」

「…変なところで律儀ね」

「そりゃ言いだしっぺだからな」

瑞樹が変に感心する中でようやく準備を済ませた靖男と共に大学を後にするとそのまま電車に乗っていつものデート場所である繁華街へと向かう、思えば瑞樹と付き合うようになってからこうしてまともにデートをしたのはいつ振りだったのかと考えながらもすぐにその考えは消失した。

「ねぇ、何の映画を見るつもり?」

「普通に一般的なラブストーリーだよ」

「そう」

一般的なカップルのように2人は繁華街を歩き続けながら映画館の中へと消えていく、一方別の場所ではいつものように会社の営業を終えた睦実が歩き続けていた。

(1人で営業は気が楽だわ)

入社してから睦実は順調に実績を重ねて今では1人で営業するのは毎日の日課となりつつある。会社内でも無表情のまま淡々と仕事をこなしていくので当初は社内の間では不安は大きかったものの、いざ実践させてみれば若年ながら取引先でも見事な辣腕ぶりを発揮して着実に会社へ利益を上げている。

「この仕事が終わったら有給申請しないと……気分転換に狼子とどこかへ出かけるのも悪くないわ」

ここ数日の間は仕事のほうがかなり忙しくなってロクに狼子を構ってやれていないのが睦実の悩みである、せっかく靖男と車の免許を取ったのだからドライブぐらいはしてあげたいものだ。そんなことを考えながら今回の契約をまとめる為に会社へと向かう中で映画館へと消えていく靖男と瑞樹の姿を見つけるが、その視線はどことなく心配げなものであった。

「……いくら表情で隠したところで本心までは隠せないわよ」

靖男の心境を瞬時に見抜きながら誰にも聞こえないような小声で呟いて睦実も会社へと消えていく・・
954 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 22:48:33.66 ID:bTD3lVZAo
それから数時間後・・映画の上映も終わって靖男と瑞樹は喫茶店へと足を運ぶ、ここから普通のカップルらしい展開を望んでいた瑞樹だったが・・テーブルにはそこそこの食事の量に少し幻滅しながら僅かに眉を顰める。

「よく食べれるわね」

「そりゃ、腹が減ったから…あっ、持ち帰りでケーキよろしく!」

「呆れた」

若干ご機嫌斜めの瑞樹を宥めながら靖男は食事を続ける、ちなみに持ち帰りのケーキは帰ったら狼子と食べる予定なのでこのまま適当に瑞樹と時間を潰していけばいいだろう。

「んで肝心の映画はどうだったんだ? SAORIがわざわざハリウッドから来日した映画なんだぞ?」

「…女優はともかくとしていいストーリーだったわ」

「そいつはよかった」

コーヒーを飲みながら淡々と映画の感想を述べる瑞樹とは対照的に料理を食べながら瑞樹の話を聞き流す。普通ならそんな彼氏に世の女性なら女体化していようがしてまいが、何かしらの不満をぶつけられるものである。

「今日は私のマンションに来るなら…」

「悪いが、これからレポートまとめなきゃいかんからな」

「だったら私のところで十分じゃないの?」

「1人で集中したいんだ」

あくまでもとぼける気満々の靖男であるが、瑞樹にしてみればそれが気に入らないものの・・それを問い詰めてしまえば靖男が自分から離れてしまいそうな気がして怖くてそれ以上のことは聞き出せないのだ。

「ま、暇があればまたデートしてやるから不機嫌になるなよ」

「…バカ」

「今度はどっかメジャーな施設に連れてってやるから」

何とか瑞樹の機嫌を取りながら靖男はこの不安定な関係に縺れてしまった自分の行動に呆れ返りながら停滞した状況をやり過ごすのであった。
955 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 22:49:04.72 ID:bTD3lVZAo
あれから瑞樹と別れて夕食の買い物を済ませた靖男はいつものように睦実のマンションへと戻ってくる、すでに狼子は睦実が出迎えていたようで部屋中をハイハイしながら駆け巡っていた。

「よ、土産にケーキ買ったからな。お前の分もあるけど食うか?」

「…いただくわ。でもあの子は大丈夫なの?」

「そろそろ離乳食から普通の食事にして慣れさせないとな。それにもう少しで1歳になるんだから誕生日にはお祝いしてあげないとな」

すでに狼子も離乳食にもすっかり慣れて掴まり立ちもするようになったのでこれから更に手間がかかることになるだろう、靖男はご飯の前に喫茶店で買ったケーキをみんなに差し出すと狼子にケーキを食べさせながら月日の早さをしみじみと思い浮かべる、もう少しで狼子が産まれて1年・・文章にしては短い言葉ではあるが、それでも濃い1年だったのは間違いないだろう。

「もう狼子の誕生日……早いものね」

「それにクリスマスも控えてるからな」

「……」

どうやら靖男は彼女がいるにも関わらずにクリスマスは自分たち親子と過ごす気満々のようだが・・これにはさすがの睦実も彼女である瑞樹が気の毒に思えてしまう。

「無理に私たちに合わせなくてもいいわ。あなたにも彼女がいるんでしょ…」

「そうだけど……ずるずるしている感じかな。ほい、ケーキはおしまい」

「ケーキ! ケーキ!」

テーブルを叩きながら狼子は更にケーキを欲しがるが、さすがの靖男も折れるわけにはいかないのでいつものように宥める。

「ぶー!」

「虫歯になるからダメ! またいい子にしてたら買ってやるから」

「まだ赤ん坊なんだから理解できるわけないでしょ……」

といいつつも睦実もぐっと堪えながら自分の分のケーキをさっさと食べて食べ終えたお皿を流しに戻す、しかしながらもう少しで狼子の誕生日・・せめてその日だけは有給で休みを確保したいものだ。

「…今日、営業の帰りに街であなたたちを見かけたわ」

「マジかよ。何か恥ずかしいな」

少し笑いながらも靖男は内心では睦実が自分たちに接触してくれなくてホッとしており、少しばかり気をつけねばならないと自戒する。

「隣の女の人…綺麗だったわね。あれが噂の彼女なの?」

「ああ、そうだよ。女体化してるからな」

女体化の特徴としてまず筆頭に挙げられるのは大概の人間はどれも標準かそれ以上の美化を果たしているということ、これはかなり有名な話で今ではそれ目的で意図的に女体化しようとする人間もいるぐらいで性同一性障害の治療法として女体化も用いられているぐらいである。

「……彼女がいるならそっちを優先してもらっても私は構わないわ」

「連れないこと言うなよ」

「いつまでも自分を責めたって何も進展はしない……それに自分の身勝手に他人を巻き込むのにはよろしくないわ」

睦実にはこれ以上何もいえないが、靖男はわざと自分の首を絞めて買わなくてもいい恨みをわざと瑞樹から買おうとしている気がしてならない、靖男の内面は理解している睦実でもこれには少し強引な気がしてならないのだ。

「だけどあなたの人生だからこれ以上は口は出さないわ。約束どおり見守ってあげる」

「手厳しいな。…だけどありがとう」

少しだけ気が楽になった靖男は食器を洗いながらいつものように夕食の準備を始める。

956 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 22:52:52.66 ID:bTD3lVZAo
とある日の平日の朝、睦実はいつものようにコーヒーを飲みながら新聞を読み続けるといったいつもの日常風景ではあるが・・普段とは違うのがこの時間にも拘らず睦実が私服姿ということである。本来ならばスーツに着替えないと確実に遅刻をしてしまうのだが、今の彼女はそれをするどころかのんびりとしながら休日のように振舞っているところである。

そのまま睦実は静かに新聞を読みながら携帯を取り出すとある人物に電話をかけ始める。

“ふぁぁ〜・・”

「……いつまで寝ているの。今日は狼子の誕生日だから色々しようって言ったのあなたよ?」

“そうだっけ……昨日は徹夜で教授の課題終わらせてたから頭が回らない。とりあえず飯食ったらそっちに行くわ”

「全く……私は今日は休みだから話はおいおいしましょ」

睦実は電話を切ると再び新聞に目を通しながら靖男の来訪を待ち続ける。今日は有給で仕事は休み・・忙しかった仕事も落ち着きを見せて、やっとのところで狼子の誕生日である今日この日に有給の申請が通ったのでそれだけに睦実の意欲は並々ならぬものを感じさせるのだが・・靖男の無頓着さには慣れているとはいっても少しばかり改善して欲しいものである。

「朝食、どうしようかしら」

冷蔵庫の中にあったのは狼子用の離乳食のみで他は材料はあれど調理をしなければいけない状態、少しばかり考え込む中で意を決した睦実は卵とベーコンを取り出すと慣れない手つきで自分の分の朝食を作り始める。そして靖男は眠気のままいつものように睦実のマンションへと向かうのだが・・外からでもわかるこの異様な焦げ臭さに目が完全に覚めてしまう。

「うおっ!! 何だ、この焦げ臭ささ・・まさか火事かッ!!」

最悪のケースを想定しながら消火器片手に勢いよく部屋へと入り込んだ靖男が目にしたものは・・多数の生ごみと化した食材の数々と異臭の中心で黙々と作り続けようとした睦実の姿に全てを悟ると強制的に台所から退去させて掃除もしながら料理をするのであった。

957 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 22:53:45.14 ID:bTD3lVZAo
「で、結局は俺が作るわけね。そうといってくれれば早めに来てやったのに」

「……」

「そうしょげるなよ。ほら、少ない有り合わせだけど出来たぞ」

靖男は急遽有り合わせで作ったフレンチトーストを睦実に差し出して一通りの準備を終える、マンションの外から放たれた焦げ臭い異臭で驚きと同時に完全に目が覚めた靖男は急いで冷蔵庫の中身を確認すると中身の少なさに溜息を吐きながら少ない材料で睦実の朝食を作ったのだ。

「魚を始めとしてベーコンもそこそこあったのが全滅・・幸い僅かな卵とパンが残ってあったし、何よりも火事じゃなくてよかったよ」

「…迷惑掛けたわね」

「別に俺は気にしてない。だけど調理器具は全滅だから買いなおさないとな…特にフライパンはもう使い物にならないなこりゃ」

何とか出来る限りのことはした靖男であるが、調理器具は殆ど全滅だったので新たに買い直さないとどうにもならない、幸いにも今日は狼子の誕生日のプランを考えるためにやってきたのでよかったのかもしれない。

「ま、調理器具は何とかするとして……料理やケーキは俺が作るからお前は狼子と散歩がてらプレゼントでも買ってきたらどうだ?」

「プレゼント……」

「まさか何も考えてなかったって事はないよな?」

「何を上げていいのかわからないだけ…」

「やれやれ、結局は同じだな」

これまで睦実は狼子の誕生日であるこの日に有給申請をするのに手一杯だったので肝心のプレゼントについては何も考えていなかったのだ、思えば狼子には今まで仕事が忙しくて満足にさせてやれなかった部分が大きかったので折角の誕生日なのだからいいものを買ってやりたいものだ。

「ま、俺もプレゼントはまだ用意していなかったから人のことは言えないけど・・お前は何にするんだ?」

「……買い物しながら考えるわ。あなたは今日はどうするつもり?」

「そうだな、まずは調理器具をそろえて料理とケーキの下ごしらえしたら空いた時間で買うつもりだけど?」

「料理はともかくとしてケーキはこっちで買っておくわ」

「ま、俺としては作りたかったのもあったけど……手作りケーキはクリスマスにするかね」

少し残念そうにしながら靖男は渋々ケーキ作りを諦めて代わりに夕食のプランを考え始める、そして睦実は狼子に離乳食を食べさせ終えるとそのまま抱っこしてベビーカーに載せると外出の支度をする。

「…とりあえず、時間も惜しいから私は先に買い物に行ってくるわ」

「気をつけろよ。何かあったら連絡してくれよな」

「子供じゃないんだから大きなお世話よ…」

「あいよ」

靖男の空返事を聞きながら、そのまま睦実は狼子を連れてプレゼントとケーキを買うために一足早く外へと向かうと靖男は靖男で改めて冷蔵庫の中身を覗いて改めて買いに行く材料を考えるのであった。

958 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 22:54:46.73 ID:bTD3lVZAo
〜数時間後

テーブルにはそれなりの料理が並ぶ中で中心には睦実が買ってきたバースデーケーキが君臨して狼子の一歳の誕生日を祝うかのような配置ではあるが、悲しきかな狼子には料理のほうに目が行っているようであった。

「うー! うー!」

「ハハハ・・どうやら狼子は食い気のほうが優先みたいだな」

「……よくこんなに作れたわね」

「ま、有り合わせだけどな。だけどいいケーキだ」

ケーキに関しては思わず靖男も感心してしまうほどの見事なものでシンプルに苺だけで後は生クリームのホールケーキでケーキの中心には火が点いた蝋燭が一本挿されている、そのまま睦実はギリギリまで狼子をケーキまで近づけると誕生日恒例であるあのソングを靖男が歌い続ける。

「いい、お母さんも手伝うからちゃんと消すのよ」

「うー!」

そのまま親子の共同作業によって蝋燭に火は見事に消されて狼子の誕生日は傍から見ればささやかであるが、当人たちにとってはとても幸せなものだろう。

「んじゃ、俺は料理の前にプレゼントといこうかな」

「これは……ブロック?」

「ああ、ブロックのセット。これだけあればしばらくは困らないだろ、理解して遊び始めるにはもう少し時間が掛かりそうだけど」

靖男のプレゼントはブロックのセットで大小さまざまな種類のものが立ち並ぶ、これならば当分の間は狼子も遊ぶのには困らないだろうが・・ブロックの使い方を理解するまで少しだけ時間が掛かりそうだ。

「他にはこのサッカーボールぐらいかな。どうだ〜」

「……プイっ!」

悲しきかな狼子は靖男のプレゼントにはちっとも興味を示さずに睦実の背後にあったぬいぐるみに夢中になりながら遊ぶ姿に靖男は敗北感を覚える。

「俺のはぬいぐるみ以下かよ……それがお前のプレゼントか?」

「そうよ。おもちゃ屋で気に入ったようだから…」

「さすが母親だ。んじゃ、プレゼントも上げたことだし酒飲みながら料理でも食うか」

そのまま靖男は自分用の芋焼酎を取り出し始めるとコップに注いで料理を食べながら飲み始める。

「お前も飲めよ。いけない口じゃないだろ、焼酎だめならビールもあるけど」

「……ビールぐらいなら付き合ってあげるわ」

「そういえばお前と酒飲むのは初めてだったな。改めて親睦を深めながらお手柔らかに頼むぜ」

靖男からビールを手渡された睦実ではあったが、実のところ彼女にとってこれが始めてのお酒の体験なのでどうなるか未だにわからない状況である。そのまま靖男と乾杯しながら初めてのお酒であるビールを一口飲むがお酒特有の苦味に少し顔色が悪くなる。

「どうだ?」

「……苦いわ」

「そりゃ酒なんだから当たり前だろ……」

初めてのお酒に睦実はその特有の味に少しだけ戸惑いながらも、数分もすればすっかり体が馴染んだようで靖男を少し驚かせるほどの飲みっぷりを発揮するのであった。
959 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 22:59:04.42 ID:bTD3lVZAo
それから更に数年後・・靖男はギリギリの成績で苦労の末に教員免許を習得すると大学卒業と同時にある高校へと赴任して遅めの社会生活をスタートさせた。狼子は更なる成長を遂げて本格的に手の掛かる時期へと差し掛かって、今ではそこらじゅうを十分に走り回ったり、会話のバリエーションも十分なのでたびたび睦実と靖男を冷や冷やさせることもしばしばである。

仕事が終わった靖男はいつものようにマンションの部屋の中に入ると幼稚園から帰ってきておやつを食べていた狼子が出迎えてくれた。

「うっす・・って今日はお前一人か」

「あっ、お兄さん。お母さんならまだ帰らないと思うよ、お仕事は終わったの?」

「ま、今は新人さんだから早いんだよ。それよりも俺たちが帰るまでに1人で待ったんだな、偉いぞ」

「えへへへ」

幼いながらも狼子は自分の立場をよく認識しているようで睦実の教育の成果か、はたまた狼子自身の理解力の良さなのかはわからないところである。

「お兄さんお兄さん、今日のご飯は何?」

「ま、それはお楽しみってとこかな。んじゃ、今日も一緒に作るか」

「うん!」

靖男と一緒にいそいそと調理場へと向かう狼子の姿に靖男は少しばかり複雑な表情を一瞬だけ見せながら狼子と一緒に料理をし始める。あれから狼子が成長するにつれて靖男は段階を踏みながらではあるが料理をはじめとしてあらゆる家事を教えながら自活する術を狼子に教えており、今日も一緒に狼子と一緒に料理を作りながら睦実の帰りを待ち続ける。

「よしよし。包丁の使い方も大分様になったな」

「お兄さんのおかげ! 俺も頑張らないと」

「そうだぞ、母ちゃんは狼子のために必死で働いているんだから頑張らないとな。それで今日教えるのは火加減についてだ、この調整をマスターすればもっと美味しい料理が出来るんだ」

今では立派に包丁を扱う狼子の姿に靖男は感心しながら火加減の扱い方を教え続ける、思えば最初に狼子に包丁を握らせたときには睦実が心配さのあまりに靖男に食って掛かったこともいい思い出というやつだろう。幸いにも狼子は睦実とは違って器用なほうであったので多少の怪我をしながらも靖男の教えと本人の努力によってぎこちない形ではあるが包丁を扱っている。

「とまぁ、こんな感じ。一応火を扱うんだから包丁と同じように気をつけるんだぞ」

「うん! わかった!!」

「ま、揚げ物はまだお前には早いから・・しばらくは炒め物だな。んじゃ今日のカレーライスはこのまま待てば出来上がり、次は洗濯物と掃除のチェックするぞ」

「ちゃんとノート見ながらやってるからバッチリだよ!」

「お、大した自信だな。んじゃいつものようにチェックしていくぞ」

そのまま靖男は部屋中をチェックし続けながら自分が帰る前の狼子の働き振りをチェックし始める、教えた当初はまだぎこちなく靖男の手を借りっぱなしだった狼子であったが靖男がこれまでに教えたことを記したノートを読みながら見よう見まねに真似をし続けて今では何とか立派にこなせているようだ。

960 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 23:00:50.89 ID:bTD3lVZAo
「よしっ、オッケーだ。ちゃんと勉強してるんだな」

「当たり前だよ! お母さんからもぐうたらになるなって言われてるからね!」

「なんとも耳が痛い言葉だな、おい……」

何とか社会人生活をスタートさせている靖男であるが、勤務態度は優秀とはいいがたく給料も生活費を除いては殆ど自分の趣味ばかりに費やしているので狼子の言葉には少しばかり頭が痛い。

「そ、そういえば……幼稚園で友達は出来たか?」

「うん! 毎日みんなと一緒に遊んでるぜ!!」

「ハハハ、そいつはよかったな。もう少しで小学生なんだからしっかりするんだぞ」

もう少しで狼子も幼稚園を卒園して晴れて小学生へと舞台を上げると同時に靖男はここでの自分の役割が終わったことを日を追うごとに感じ始める。瑞樹を半ば最悪な形で関係を切って教育実習ではある人物に出会って少しばかり心の平穏を得られたかのように見える靖男ではあるが、エゴに塗り固められた生き方はまるで変わっていない……あれから真帆についての情報はまるでなく、同い年であろう狼子を見ていると自分の醜さがよくわかる。

「それじゃちょっと早いけど俺からの入学祝だ」

「これって・・ノート?」

「ああ、だけどこれを見るのは今のノートに書いてあることが出来たらだ。そこはお母さんに判断してもらうから頑張れよ」

「うん!」

靖男から手渡された新しい2冊のノートを狼子は大事そうに抱えると大事なところが入ってあるところへとしまって子供らしくテレビを見ながら遊び始める。
普段ならば当たり前の光景を靖男は見続けながら狼子の将来を自分なりに浮かべ続ける、父親は死別して母親は仕事でロクに家には帰ってこれずにこれからは寂しい生活が続くと思うが、腕白ながらも心優しい狼子ならば何かと脆い睦実を支えてあげれるだろう、そのためにこれまで狼子に家事を教えてきたのだからやってくれると靖男は思わずにはいられなかった。

「狼子」

「どうしたのお兄さん?」

「お母さんはお仕事で家に帰れなくて寂しくなるかもしれないけど、お前を立派な大人にするためなんだ。

それを絶対に忘れるなよ……」

「お兄さん、ちょっといつもと変だよ?」

「ハハハ、大人には色々あるんだ。だけど今の言葉は何があってもしっかり覚えておくんだぞ。お兄さんと男同士の約束だ」

靖男は狼子の頭を撫でながら自分のすべきことは終わったと悟るとこれまでのことを振り返る。初めはどん底のスタートであったが、気がつけばそれなりの生活を送れているようになって睦実も目標であった自立をすっかり果たしている。父親は死別しているが、それでも幸せな生活をしているこの親子を自分のエゴに巻き込むわけにはいかない・・

そんな靖男の想いが通じたのか、狼子は初めて真剣な表情で靖男に力強い言葉を残す。

「うん、俺も男だからお兄さんとの約束を守る! お母さんを俺が守ってみせる!!」

「いい子だ」

これが靖男が狼子に託した最後の教えであった。

961 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 23:06:38.69 ID:bTD3lVZAo
その夜、睦実が帰ってきていつものように晩御飯を食べながらお風呂に入って狼子が寝静まるのを確認すると靖男は寝ようとしていた睦実を呼び出す。

「いきなり悪いな。明日も仕事なのに」

「……大事な話って何?」

睦実も明日は仕事なので出来るならば早く眠りたいのだが、靖男から大事な話がと言われて仕方なく付き合っている。靖男は少し間を置きながら深呼吸すると、これまで自分の胸に抱き続けていたある決意を睦実に語り始める。

「俺からはもう狼子に会うつもりはない―――……」

「―――ッ!!!」

あまりの靖男の衝撃発言に普段冷静な睦実もこのときばかりは明確な驚きを見せる。何せこれまで家事方面はずっと靖男に頼りきりだったのもあるし、あの言葉通りにずっとこれまでも自分たち親子とともに生活を送ると思っていたのだ。

「悪いな、いきなりこんな話をして……」

「どういうこと? 理由は話してくれるわよね―――!!」

「おいおい、狼子が起きてしまうだろ。ちゃんと話すから落ち着けって……」

何とか宥める靖男であるが、当の睦実は持ち前の冷静さを失って明確な怒りと失望の眼差しを靖男に向けてくる。ただえさえあの実家のおかげで人の汚いところを間近で見ている睦実はこれまで信頼していた靖男までもがそういった人間だったのかと思うと失望で一杯である。

962 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 23:07:29.61 ID:bTD3lVZAo
「ま、お前が怒るのも無理はないな。俺はお前と狼子と守るって言ったから、それを俺が裏切ったと思うのは仕方ない」

「……あの子はあなたのことを父親だと思っているわ。あの子の気持ちを―――」

「考えたさ、考えた上での決断だ。俺のような人間に狼子の父親代わりなど出来はしないし、しちゃいけないんだよ……
狼子は俺のことをよく慕ってくれているのは身にあまる光栄でよくわかるし、一生もんの誇りだと思う。だからこそ狼子は俺みたいな最低最悪の人間になってほしくないんだ。

いくら正当化しようが、俺は愛した人間の人生を修復不可能なまでぶち壊してしまった大罪人なのは変わりはしないんだよ……」

靖男の悲痛に睦実は少し冷静になってこれまでの靖男の心情を察し始める。確かに靖男のしてしまったことは人として許されることじゃないし、いくら正当化しようとも行為そのものを許されたわけではない。彼の生き方については十分に理解は示している睦実も今回の決断についてはもう少し思いとどまって欲しい部分がある、狼子は母親である自分と靖男にしか完全に心を開いていないので睦実は必死に説得を続ける。

「もうあなたは自分を必要以上に責める必要はないのよ。彼女と別れたときは心配だったけどあなたが教育実習の間に少しだけ人間らしくなったのを見たときは心なしかホッとしたわ。

ここはあなたの居場所でもある……もうここの家族の一員なのよ、だから――」

「初めてお前からそんな言葉を聞けるなんて嬉しいな……だけど、それはダメなんだ。狼子を見ていると自分の中にある罪悪感が薄れてしまってこれまでの覚悟が鈍ってしまう……自分のエゴだとわかっていても俺にはこんな生き方しか残されていないんだよ。
そんな自分たちのエゴにお前たち親子を巻き込むわけにも行かないし、巻き込む姿なんて見たくもない……こんな自分勝手な俺がいつまでもお前たちといたら却って悪影響を及ぼしてしまう、狼子には俺の存在は不必要だ。

これからはお前が親として狼子を一人前の人間に育てるんだ。俺はそれを知らなく……」

「自分勝手なこと言わないで! …あなたは自分がどんな存在なのかをちっとも理解していないわ、今の私には1人であの子を支えられるぐらいの力はない」

「だから1人でやろうとするなって言っただろ。狼子には俺が教えられることは全て教えたつもりだ、あいつは小さいながらもお前を支えるつもりだぜ」

「……」

睦実は眠っている狼子の姿を見ながら靖男がこれまでに狼子に料理やら色々なことを教えた意図をようやく理解する、靖男は自分がいつこの部屋からいなくなってもいいようにと家事の出来ない自分の代わりに狼子に全てを教えていたのだ。

「それに今生の別れじゃない。お前たちに何かあったらすぐに飛んできてやるし、サンタクロースなら必要までやってやる。だから俺の最初で最後の我がままを通さしてくれ……」

「…わかったわ、あなたの決意は固そうだからこれ以上は私も何も言わない。その日が来たら生き証人として見届けてあげる」

「悪いな。なんかあったら連絡してくれ、愚痴ぐらいは聞いてやるよ」

「結構よ。あの子には私から伝えておくわ…」

自分の予想以上に靖男の決意が固いことを睦実は悟ると名残惜しそうにしながら、黙って引き下がる。

「……んじゃな。ちゃんと狼子の母親しろよ」

「あなたこそ、必要ならば誰かを頼りなさい。…家族であって唯一無二の理解者なんだから」

「まさか、お前にその言葉を言われるとはな……やっぱりお前は俺よりも強いよ」

そのまま立ち上がって部屋を去ろうとする靖男だが、その頬には僅かながら涙が零れ落ちていたのを睦実は見逃すことはなく目に焼き付けておくのであった。

963 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 23:08:11.69 ID:bTD3lVZAo
「色々あったな。まさか狼子が女体化して俺の生徒になるとは思わなかったけど」

「あなたを教師として接する日が来たと思うと今でも胸がゾッとするわ」

様々なことがお互いに起きて、何の巡りあわせか・・互いを一番よく理解している2人は生徒と保護者と言う奇妙な立場にいる。あれから靖男が自分たちの許を去ってから睦実は一生懸命仕事に打ち込んだし、狼子も成長するにつれて靖男のノートを見ながら家事をちゃんとこなして、ささやかではあるが親子支えあいながら幸せで仲睦まじい親子生活を満喫してる。

今でも狼子の中では靖男の存在は頼れるお兄さんとして思い出の中でノートと共に生き続けており、その教えの成果はこの生活ぶりを見れば一目瞭然だ。

「そういえば狼子には俺のこと話していないようだな」

「聞かれなかったから話してないだけよ。あの時はあなたのいない生活を理解させるのに苦労したわ、周囲のことを考えずに自分勝手に我がままを突き通したあなたを恨んだわよ」

「わ、悪かったよ」

「…でもあの子はよく頑張ってくれたわ。それはあなたのおかげよ」

今でも睦実は悲しいことに家事はまるでダメな部類で聖といい勝負である、靖男は少し苦笑しながらも唐突にあることを思い出す。

「そういえば…明日授業参観なんだ。お前去年の参観日には来てないんだろ?」

「…仕事が忙しいの」

当時と違って今の睦実は会社の中でも女性ながらかなり責任のあるポジションに就いており、ロクに休みを取ることすらもままならぬ状態なのだ。去年の授業参観も行きたかったのは山々だったのだが、そのときは運悪く大プロジェクトの責任者を任されたので休もうにも休めずに結局は不参加という結果に終わったのだ。

「でも今日はそこまで遅くなかったから大丈夫だろ。狼子も楽しみにしてると思うぜ」

「今日はたまたま早く帰れただけよ……」

「一応プリント置いておくから絶対に来いよな、授業参観。んじゃ俺は寝るから〜」

「ちょ、ちょっと……」

そのまま靖男は授業参観の案内のプリントをテーブルに置いて先に部屋へと戻る、残された睦実は授業参観のプリントを見続けるのであった。

964 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 23:10:13.57 ID:bTD3lVZAo
〜翌日

いつもの教室で靖男は教卓に立ちながら様々な表情をしている生徒たちを眺めながら廊下で自分を監視している校長の霞の存在に冷や冷やしながら教室の一番後ろの立ち位置にいる保護者たちに恒例の挨拶を行う。

「(ロリ娘校長め、人の楽しみを没収した挙句に監視までするとは……)え〜、本日はお忙しい中ではありますが、お越しくださりありがとうございます。んじゃ出席取るぞ、浅井」

「「はい!!」」

「お父さん、学生生活が懐かしいのはわかりますけど出席の返事は生徒のみでお願いしますね」

「あ、アハハハ・・すいません」

教室では笑い声が響く中で靖男は生徒の出席を取り続ける。そんな中で狼子は上の空で窓の外の風景を見続けており、彼氏である辰哉も心配しながら狼子に声を掛ける。

「狼子、きっと来てくれるさ」

「あ、ああ……」

「月島! …返事しないなら担任権限で欠席にしちゃうぞ」

「は、はい!!」

慌てて返事をする狼子に靖男はいつものように出席簿をつけ始めるが、睦実は予定の時間になっても教室に現れる気配はなく全員分の出席を確認した靖男はいつものマイペースを保ちながら授業を続ける。

「んじゃ、授業始めるぞ。えっと今回は教科書56ページのところだな、つくねで有名なシャルルことカール大帝1世のところだ。

彼は神聖ローマ帝国を築き上げてヨーロッパの父と呼ばれるのだが…木村、カール大帝についてなんか答えろ」

「えっ! いきなり俺ですか!! 何かといわれても、えっと…」

「ほらほら、授業参観ということを除けばお前のならいつもどおりに答えられるだろ?」

いつもならば難なく答えられる辰哉ではあるが、今回ばかりは背後にいる母親の視線がいつもよりも違うので緊張してしまい頭が混乱してどれを答えていいのか全くわからない。

「はい、残念。あ〜、お母さん・・彼は孤立無援のローランの如く、よく頑張りましたよ」

「あら♪♪」

(勘弁してくれええええええええ)

気恥ずかしくなって席に座る辰哉に狼子はいつものように笑いながら肩を叩く。

965 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 23:12:15.43 ID:bTD3lVZAo
「よかったな、祈美にも自慢できるぞ」

「ううっ…」

「やれやれ、円城寺。いつものようにどかっと答えてやれ」

靖男に指された刹那はいつものように立ち上がると静かな口調で解答を述べる。

「…カール大帝は義父のランゴバルド王と戦い、妃を追い出してアルプス山脈を越えてイタリアへと攻め込んだのが有名な逸話話かと思います」

「よろしい。んじゃ、月島。カール大帝は804年にザクセン戦争に勝利して今のドイツの大半を治めたわけだが……この時の政策について答えてみろ」

「え、えっと……普通に仲良くしたんじゃ?」

「甘い、策謀と宗教対立が日常であるこの時代のヨーロッパにそんな精神は微塵もない。カール大帝はその土地の指導者を片っ端から死刑にしたり追放したりしてフランス人をも追い出して反抗を防いだんだ。
もうちょっと勉強しような」

「は、はい……」

「ま、気を落とすなよ。俺も似たようなもんだし」

「うるせぇ!! 噛んでやる!!!!」

「痛たたたたた!!! やめろぉぉぉぉぉ!!!!!!」

いつものように辰哉が狼子に噛まれているというこのクラスでは何気ない日常の一部が繰り広げられている中で靖男は少し教科書を見ながら授業を再開させるためにいつもの方法で2人を落ち着かせる。

「お前ら、今日は授業参観なんだから俺に仕事させろ」

「「は、はい・・」」

「んじゃ、再開するぞ」

辰哉と狼子はいつも以上に顔を赤らめながら大人しく席に座ると靖男はいつものようなマイペースで授業を続ける、しかし授業が進むにつれて時間は刻々と過ぎてはいくが一向に睦実が現れる気配はなく、遂に授業参観は終わりを迎える。

(お母さん…仕方ないか、俺の為に一生懸命仕事してるんだから)

「狼子……」

「な、何だよ! 今は授業中だぞ」

「そ、そうだな!」

慌てて狼子はいつものように辰哉に振舞うが、彼女の気持ちがわからぬほど辰哉も愚鈍ではない。狼子の気持ちを察していつものように振舞ってあげながら抱えていた寂しさを紛らわせてやるのが自分の役目だと言い聞かせる。
966 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 23:12:49.74 ID:bTD3lVZAo
「よし、授業はお終い。保護者の方もお忙しい中お疲れ様でした、この後は校長による全校の保護者を対象にした保護者会が体育館で行われますので時間があればご参加ください。
それで…月島、木村、円城寺、長谷川の4人は放課後この教室に残ってるように」

「「「「ええええええええ!!!!!!!!!」」」」

「文句を言うんじゃありません。残らなきゃ補習だからな、んじゃ」

そのまま靖男は教室から去っていくが、突然指名された4人は当然のように靖男の思惑がわかるはずもなく渋々従うのであった。
967 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 23:15:05.52 ID:bTD3lVZAo
職員室では参観を終えた教師たちがぞろぞろと集まってくるのだが、その中で靖男は霞からの説教に耐えていた。

「あのね! 生徒ならまだしも教師がゲームを持ち込んでいいわけないでしょ!!!」

「校長先生、学生生活ってのは少し刺激がないと」

「教師がそんなこと言ってどうするの!!! 事前に取り上げて正解だったわ、保護者の方々に知れたらちょっとした問題だったのよ」

傍から見れば大人と子供であるが、立場は大きく異なり霞はその小さい体で大きく溜息をつきながらいつものように靖男への説教はまだまだ続く、彼女は小さいなりながらも中身は立派に成熟した大人ながら校長と言う非常に役職で非常に責任のある立場なのだ。

「骨皮先生、頼むから保護者会の前に私を疲れさせないで…」

「わかってますよ。それよりも校長先生、放課後自分のクラスの教室借りていいですか?」

「いいわ。なるべく遅くならないでよ…それじゃ私は保護者会するから、切りがいいところで帰っていいわよ。後、前に頼んでおいた黒羽根高校の教員と行う合同研修会の資料も提出してね」

「え?」

資料提出と言う言葉を聞いて靖男は思わず顔が青くなってしまう。年に2度、姉妹校である黒羽根高とは教員同士の親睦を深め合うのと学校教育の活発な発展の為に合同の研修会が設けられており、靖男はその資料の作成と言う非常に重大な役割を前々から霞に言われたのを今日の今日までにすっかり忘れていたようだ。

「まさか・・忘れてないでしょうね? あれ今日までには絶対提出しないといけないのよ」

「・・校長先生、1日伸ばせませんか?」

「無理に決まってるでしょ!!! いいッ! あれは研修会の議題で扱う重要な資料なんだから遅れは許されないの!! 1週間前にちゃんと伝えておいたでしょ!!!」

(あの音楽馬鹿!!! 頼んだ仕事をこんな最悪な時にしくじりやがって!!!!)

どうやら靖男はいつもの癖で重大な資料作成を副担任である葛西に全部丸投げしていたようだ。彼は性格的にはあれだが、吹奏楽部の顧問を初めとして応援団関連の仕事もしなければならないので靖男と違って忙しい人間なので合同研修会の資料作成するまでの時間的余裕はあるはずがない。

「とりあえず私も保護者会終わったら手伝ってあげるから残りなさい!! い・い・わ・ね ! ! !」

「へ、へい……」

怒り心頭のまま霞は必要な資料を持ち出すと職員室を後にして全校生徒の保護者が待っているであろう保護者会へと足を運ぶのであった、そのまま靖男は自分のデスクに座ると隣でコーヒーを飲んでいた礼子に即座に手伝いを申し込む。

「礼子先生、同僚の好だ。今度何か奢ってやるし、タバコも買ってやるから合同研修会の資料作成手伝ってくれ〜」

「ダメよ。校長先生だって忙しい中をやってくださるんだから結構寛大よ」

基本礼子は保健室のことだけを考えていればいいので靖男の仕事を手伝うことはない。ただ彼女は基本優秀なのでたびたび霞の仕事を手伝ったりはしているが、それは霞の仕事量がかなりあるので礼子もそれを理解しているからこそ霞の仕事を手伝っているのだ。

「前に骨皮先生の仕事を手伝った時だってちょっと小言言われたぐらいよ。それにそんな重大な仕事を葛西先生に丸投げしているほうが悪いわ」

「あの音楽馬鹿がしくじらなければこんなことには・・・」

いくら靖男が後悔してもやっていなかった事実は変わらないので後の祭りである、礼子も手伝ってはあげたいが霞から止められているので残念ながら手を貸すことは出来ないのだ。

「一応私も研修会には参加しないといけないから、何かあったときはフォローしてあげるわ。…それよりも授業道具はまだ片付けないの?」

「ん? ああ、まだ授業参観が残ってるからな」

「授業参観ならもう終わってるはずでしょ?」

「ところがどっこい、まだ残ってるんだな。とりあえず相良あたりにも声掛けといたからあいつら逃げるようだったら捕まえてくれ」

「それは構わないけど…誰の授業参観?」

「まだ俺の生徒で参加していない奴がいるんだよ。授業参観に」

靖男の意味深な発言に礼子は頭を傾げながらいつものように保健室の日誌を書き続けるのであった。

968 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 23:23:55.27 ID:bTD3lVZAo
〜放課後

残された狼子たち4人に加えて教室には何故か聖と翔にツンや内藤やドクオといった通常メンバーが揃っていた、全員が靖男の意図がわからぬまま白羽根学園を代表する問題児の聖が怒声を上げる。

「ッたく、あのポンコツ教師は何がしたいんだよ!!」

「そうか? 俺は特進クラスだったから骨皮先生の授業には興味あるぜ」

「うるせぇな!! 俺は残されるのが一番嫌なんだよ!!!」

いきり立つ聖を翔は何とか抑えながら今か今かと靖男の来訪を待ち続ける、早く靖男が着てくれないと聖がこの教室を破壊しそうなので恐ろしい。

「でも何で俺たちも集まるんだお」

「さぁな。ツンは何か知ってるか?」

「わかるわけないじゃないの」

3人も本来ならば自分のクラスで授業参観を終えているので本来ならば帰宅しているのだが、律儀にもこうして靖男を待ち続けている。

「狼子、骨皮先生は何で集めたんだろ?」

「さぁ? 俺もわかんないんだよね。家でも何も言ってなかったし」

「おいッ! 何で骨皮先生が狼子のマンションにいるんだよ!!」

「…禁じられた恋?」

狼子の何気ない発言にその場にいる全員が衝撃を覚えるのと同時に一斉に狼子に問い詰め、約一名は静かに目線で訴えかける。

969 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 23:26:11.71 ID:bTD3lVZAo
「ちょっと待て!! あの人教師だろッ!!! 辰哉、これは教育上からして許していいのか!!!」

「先輩、俺も初耳ですよ!! まさか狼子の家に転がり込んでいるなんて・・」

「おいおい、じゃあ昨日俺とマルチしていたときは月島の家にいたのか」

「これはちょっとしたスキャンダルだお!」

「そうね・・」

全員の問い詰めに狼子は少し困惑しながらどう返答しようか悩みあぐねていたときに全員の筆頭であった聖はいつものように刹那に懐かれながら更に勢いを増す。

「狼子! あのポンコツ教師に何かされたら俺に言うんだぞッ!!! あの野郎ッ、狼子に何かしやがったらぶっ殺してやるッ!!!」

「せ、聖さん。落ち着いてください・・俺と先生は親戚同士ですから」

「んなもん関係あるかぁぁぁぁ!!! あのポンコツ教師めぇぇぇ!!!!!!!!!!!」

さすがに聖がこのままヒートアップすると本気で靖男を殺しかねないので内藤とドクオと翔は何とか力づくで聖を押さえに掛かるが、それでも彼女の勢いは止まらずに内藤とドクオを圧倒的な武力を用いて一瞬で跳ね除けると翔を引きずりながら血眼になって怒りに我を任せて靖男を獲りにいこうとしたその時――・・誰もいないはずの教室に仕事鞄を片手にスーツ姿の睦実が姿を現すと狼子は驚きの声を上げる。

「ハァハァ……」

「お…お母さん!!」

「「「「「「「「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」」」」」」

どうやら睦実は急いで仕事を切り上げてここまできたようで激しい息切れをしながら呼吸を整えるのだが、ご覧のとおり教室にいる保護者は睦実だけで授業参観が終わってしまったのは目に見えており、睦実は落胆しながら狼子に詫びる。

970 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 23:27:30.97 ID:bTD3lVZAo
「どうやら…間に合わなかったみたいね、ごめんなさい」

「う、ううん!! 俺、嬉しいよ。お母さんが着てくれて」

突然の親子の対面に全員が目を丸くする中で渦中の靖男がいつもの授業道具を抱えながら現れるといつもの口調とペースで教卓に付きながら目視で全員の出席を確認すると授業の開始を促す。

「おら、お前らなに突っ立ってるんだ。授業するから適当に席に着け」

「骨皮先生・・」

「くぉら、ポンコツ教師ィ!!! てめぇには聞きたいことが山ほど・・」

「相良、これ出席したら特別に授業日数として扱ってやるから大人しくしろ」

「おい、日数貰えるんだから座ろうぜ」

「そうよ。あんたはただえさえ留年ギリギリなんだから」

「チッ、わかったよ」

普段授業をサボって日数そのものが危うい聖にとってこれは朗報ともいえる言葉なので翔を初めとしてツンの説得で一応矛を収めると渋々ながら席につくと靖男は狼子と睦実を見つめながら改めて教科書片手にいつもの体制をとる。

「んじゃ、授業参観始めるぞ。今日は特別に月島のお母さんが見てくださるから粗相のないようにな。まずは恒例の出欠、月島」

「は・・はいッ!!!」

「うん、いい返事だ」

そのまま靖男は出席を取り続ける中で睦実は驚愕の眼差しでこの光景を見続ける、本来ならば授業参観の時間はとっくに終わって全校生徒は帰っているか部活に精を出している時間帯である。それにもかかわらず靖男はいつものマイペースな授業を続ける中で睦実は思わず声をあげてしまう。

971 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 23:33:07.02 ID:bTD3lVZAo
「な、何で……日程では参観はもう終わってる筈じゃ―――」

「ああ、月島のお母さん。授業参観に時間もくそも関係ないの、生徒と保護者が揃ったら俺は普通に授業する・・それとも一緒に娘と授業するか?」

「お母さんも一緒に授業なんて楽しそうだ!! な、辰哉!!」

「それは新鮮だな。狼子のお母さんと授業するのも面白そうだ。あっ、狼子の隣に座ってください」

「……ありがとう」

辰哉は睦実に席を譲って狼子の隣へと座らせる。それに改めて狼子の表情を見てみると、先ほどの陰のあるものとは違っていつものように明るくて自分がもっとも好きな活き活きとした彼女の姿が眩しくも愛らしい映り方をしていた、そんな狼子の姿は辰哉以外の人間にもはっきりと映っており、ここでようやく全員が靖男の意図を察すると聖が感心したかのように靖男に問いかける。

「おい、ポンコツ教師の癖になかなか粋な計らいするな」

「ポンコツは余計だ。授業参観は普段の授業風景を保護者に見せるのが趣旨なの、んじゃ教科書の34ページ・・サラディン先生が大活躍の十字軍の歴史についてだ、ここはセンターでも多少は出るから抑えたほうがいいな」

何の違和感もなくいつものように授業を続ける靖男に睦実はきょとんとしながら普段はめったに見られない授業風景を黙々と見続ける。

「んじゃ、手始めに…サラディンの功績についてだ。んじゃ主役の月島!」

「はい! えっと・・彼は十字軍からイスラムの聖地であるエルサレムを奪回してその後はキリスト信者にも巡礼を認めたんですよね」

「正解。やっぱりお母さん効果は違うな、普段でも少しは見せてくれよ」

「えへへへ」

狼子は照れながら席に戻ると靖男は更に授業を続ける。

「この時代の代表的な戦いはクレッソン泉の戦いだな。サラディンはテンプル騎士団と聖ヨハネ騎士団の連合軍と戦うことになるが最初は小競り合いでなかなか決着が付かなかったんだな」

「ヘッ、つまんねぇな」

「お前、ラクダさんとお馬さんの騎士が戦ってるんだぞ。そりゃ騎士同士の戦いは中世特有のロマンがあるじゃないか」

「あのさ、それはともかくとしてサラディンは寛大だけどそれが不利益になったじゃないか。民衆に軍事費の一部を与えたりしたり・・」

「中野、そういう夢のない話をするんじゃありません。んでクレッソン泉の戦いはサラディン率いるアラブ軍が大勝を収めるんだが、ここで月島のお母さん。何でか答えなさい」

「いきなり言わないで……」

突然のことで睦実はパニックになってしまうが、娘の狼子から放たれる期待の眼差しや母親としての手前もあるので知識を必死にフル動員して考え始めるが・・靖男とすれば普段冷静でめったに感情を見せぬ睦実のこういった姿を見るのも結構楽しいが、時間が押しているので授業さっさと進める。

「ま、これが俺の授業だ。んじゃ答えるからしっかり聞い……」

「…本腰を入れたサラディンは7000の軍隊を投入して本格的な戦闘を挑み、対する連合軍は騎士団長を卑怯者扱いして退却を否定したけど、結果は惨敗だったかしら?」

「うっ・・正解」

「お母さんすごい!!」

何とか母親としての株を上げた睦実に対して靖男は少し驚いてしまう、睦実と自分では一般の頭脳では決して勝てないが歴史に関しては靖男の専門分野なのでこれに関してはいくら睦実が優秀でも勝てる自信があったのだが・・どうやら当てが外れてしまったようだ。

「おいおい、教師が負けるなんてざまねぇな。だからてめぇはポンコツ教師なんだよ」

「うるせー。俺だって驚いているんだよ」

そのまま活気が沸いて盛り上がりを見せる教室の様子にたまたま保護者会を終えた霞が廊下越しで見つめており、見た目相応の子供のようにお腹を抱えて笑いを堪えていた。

「プクククク・・骨皮先生はだめねぇ。ま、折角の授業参観なんだから特別に見逃してあげましょう」

霞は笑いながら活気付いて盛り上がっている教室を後にしながら職員室まで歩き続けるのであった。
972 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 23:37:56.26 ID:bTD3lVZAo
特別授業も終わってようやく全員が解放されると、辰哉の提案で全員がその場から立ち去って誰もいない夕暮れが照らす教室で狼子と睦実の親子が席に座り続けていた。

「いや〜、楽しかったな」

「そうね…」

この授業参観は2人にとっても決して忘れられない思い出になるのは間違いないだろう、それに睦実は改めて今まで見えなかった狼子の成長振りが実感できて感無量である。

「だけどお母さん仕事は大丈夫だった?」

「ええ、何とか早く切り上げれたわ。本来ならば授業参観に間に合わせたかったけど…」

実のところ睦実はこの日は結構ハードな仕事量でとてもじゃないが授業参観に出席できる時間など作れる状況ではなかったのだが、何とか無理を言ってこの日の為に無理に仕事を終わらせて狼子のためにここまでやってきたのである。本来ならば授業参観の時間に間に合わせたかったが、残念ながらそれが出来なかったので睦実には狼子に対する申し訳なさで一杯なのだが、狼子はいつものような満面の笑みで睦実に感謝の言葉を述べる。

「ううん、お母さんこそ今日は俺の為に来てくれてありがとう。骨皮先生には感謝しないとね」

「……いつも学校ではあんな感じなの?」

「そりゃもう、いつも授業はマイペースでテストのときもバラバラだから皆で独自の連絡網共有してるぐらいだよ」

昔とちっとも変わらぬ靖男のずぼらさに睦実は内心呆れながらも教師としてよく成立しているこの現状に思わず溜息がこぼれてしまう、それに今日一緒に狼子と一緒に授業に参加したクラスメイトについて自分の知っている辰哉以外に知らない人間がちらほらいたので少し狼子に尋ねてみる。

「…そういえば木村君以外に他の人たちも授業に参加していたようだけど?」

「ああ、同じクラスの友達にいつもお世話になっている先輩たちが参加してたよ。みんな俺の大切な人たち」

「そうなの……」

ここで睦実は靖男の本当の意図を知ることになる、授業参観もこの目的のひとつであるが・・靖男の本当の目的は普段狼子達と仲良くしている面々を睦実に見せてあげたかったのだ。普段は仕事ばかりで気にも掛けれる余裕がない睦実に靖男なりのせめてもの心遣いなのだろう。

(…理解者がいるのもありがたいわね)

「お〜い、そこの親子。下校時間だからさっさと帰れ」

2人に声を掛けたのはたまたま教室を通りがかった靖男であった、本来ならば資料作成に職員室に篭っているはずなのだが・・どうやら霞に守衛の引継ぎのための見回りを言い渡されていたようで校内をチェックしていたようだ。

973 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/02/06(水) 23:39:10.24 ID:bTD3lVZAo
〜墓場

時刻は当に夜中近く・・何とか合同研修会の資料作成を終えて仕事から解放された靖男は懐中電灯といつも飲んでいる芋焼酎の瓶を抱えながらある人物の墓を探し続ける。

「ったく、人がいいことしたんだから早く返してくれればいいのに……しかし肝試しには最適な時間だな。霊が出るならこの日ばかりは出て欲しいね」

明らかに自分の自業自得で帰りが遅くなったのは言うまでもないが、少なくとも霞はしっかりと靖男の行動にはそれなりの評価はしていたようで資料も半分はすでに終わらせてくれたのだからかなりいいほうである。
そのまま懐中電灯の光を頼りに無数の墓が立ち並ぶ墓石を掻い潜りながら靖男は目当ての人物の墓を見つけると懐中電灯を照らしたまま適当に置くと芋焼酎の瓶のふたを開けて墓石に語りかける。

「…よぉ、あんたとは面識はないがもう日は経っちまっけど命日なんだろ? 俺の酒でよかったら飲めよ」

靖男が見つけたのは狼子の父親の墓石・・もう夜中なので1日過ぎてしまったが、狼子の父親の命日で今日始めて靖男は単身この場所へと足を運ぶと持っていた芋焼酎を墓石に振り掛けて余った分を一口ラッパ飲みしながら面識のない狼子の父親と乾杯すると今日のことを語り始める。

「今日あんたの愛した人とその子供が授業参観に来てたよ、本当は男の子だったんだけど女体化して奥さんの面影が強くなってるぜ。
俺も実のところはロクでもない人間だったけど、どうも放っておけなくてあんたの代わりに世話を焼いちまった。ま、俺はあの世逝ったら地獄行きなのは確定だから三途の川あたりで待ってくれたら積もるが話してやるよ」

焼酎を飲み続けながら靖男は狼子の父親に語り続ける、この場所を訪れたのはおよそ数年ぶり・・睦実とまだ赤ん坊だった狼子と一緒に訪れた以来だったので記憶を頼りにしながら少し場所に迷ったが、無事につけているので自分の記憶力はたいしたもんだなっと感心してしまう。

「あんたには済まないことをしたな。自分の子供の成長もロクに見れずに死んじまって俺が何食わぬ顔でしゃしゃり出たからな。
だけど狼子は俺なんかと違って立派なもんだぜ、あいつの強さと誇りを受け継いではいるが…あの心優しさは間違いなくあんたから受け継いだもんだ。俺はそう思いたいよ……

さて俺も安月給だからこの酒一本しか買えなかったんだ、最近肝臓がちょっと悲鳴上げているようだから残りは全部やる。酒を知らずに逝っちまったんだから存分に飲めよ」

そのまま靖男は残っていた芋焼酎を墓石に振り掛けると置いていた懐中電灯を持つと持っていた線香に火を点けると墓石に一本添えて簡単に手を合わせると一言言い残す。

「んじゃ、もう俺は来ることないけど……三途の川で待ち合わせな。そのときにはたっぷり狼子や奥さんについて語ってやるよ、この酒瓶はせめてもの餞別として残すからな」

靖男は空になった芋焼酎の瓶を置くと再び懐中電灯の明かりを頼りに夜の闇にまぎれて墓石から姿を消す、決して面識がない狼子の父親にあの世への約束を残して―――・・







fin
974 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) [saga]:2013/02/06(水) 23:48:09.39 ID:bTD3lVZAo
はい、終了です。
今回は少し珍しく重めのお話でした〜、一応最後の落ちは狼子さんの勘違いを自分なりにアレンジしたものです。
元ネタがどのお話かは探してみてください〜w

狼子の母親に関しては白羽根シリーズではこんな感じです、多分今後の出番はわかりませんが
白羽根シリーズも同じ世界観で違う話があっても面白いかもしれませんww


今日も見てくれてありがとさんでしたwwwww
次は黒羽根かな・・それと少しスレを普及させるためにも投下するときはageてます、これで人が増えてくれれば御の字ですが


それではみんなにwktk
975 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2013/02/07(木) 07:30:14.20 ID:UVfjeZRto
おつおつ
976 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(愛知県) :2013/02/08(金) 14:23:20.67 ID:6TAi3V/ro
乙です

結構誤字多いね
977 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2013/02/08(金) 14:40:01.63 ID:VYWvME7wP
乙です
iPhoneぶっ壊れてるうちに凄い量がww



まとめ読みいたしますww
978 :"%22null%22" ["%22null%22"]:2013/02/11(月) 00:51:45.77 ID:T3GcvlQB0
そろそろ書き込みのアップを始めるか・・・
979 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) :2013/02/11(月) 06:15:28.23 ID:tyHHiarB0
wktk
980 :"%22%2522null%2522%22" ["%22%2522null%2522%22"]:2013/02/11(月) 22:59:33.70 ID:T3GcvlQB0
突然俺の周りに美少女ハーレムが誕生しないだろうか
981 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(チベット自治区) [sage]:2013/02/16(土) 01:09:37.15 ID:rtQ4Znh0o
名前ランがすごい
982 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2013/02/16(土) 22:02:00.34 ID:2Gwp4bsz0
↓お題くだしあ
983 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(愛知県) :2013/02/16(土) 23:07:48.14 ID:mp9EgTJ7o
卒業式
984 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2013/02/18(月) 05:02:41.80 ID:ndoNpI1V0
童貞か処女か、それが問題だ
985 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2013/02/18(月) 22:48:14.80 ID:Xcpy2EJz0
(○Д○)
986 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(愛知県) :2013/02/24(日) 02:53:48.19 ID:bTKeFXlSo
マダー?
987 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします ["sage"]:2013/02/24(日) 23:05:09.11 ID:mvWn+XDF0
男の娘×にょたっこ

なんて組み合わせもありかね
988 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(愛知県) :2013/02/28(木) 00:45:05.19 ID:cY007ckgo
マダー?
989 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2013/02/28(木) 17:45:13.88 ID:yModcDya0
マーダカナ? マーダダヨ
990 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2013/03/02(土) 13:25:07.24 ID:fv2v3T9H0
3月になりましたね
991 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2013/03/02(土) 23:35:44.40 ID:4OC1Mblf0
絵↓
992 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :2013/03/03(日) 00:14:13.97 ID:v0yacZ42O
身体測定
993 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) :2013/03/06(水) 00:24:44.26 ID:MvKwTDJ8o
投下マダー
994 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :2013/03/12(火) 01:20:01.45 ID:W6SF4MyWO
お題求めといて逃げるとか
995 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/03/16(土) 06:30:19.14 ID:E20en9ueo
思いついた短編


晴れて京香の養子となって引越し作業を1人で黙々と進めてた莢であるが、自分のこれまで作った無表情ながらも少し困った表情でガンプラの完成品の数々を見つめていた。

莢「…多すぎる、いくら部屋が広いとは言っても飾るスペースが少ない」

今の部屋はこれまで自分が1人暮らししていた部屋よりも広いが、それでもこれまで自分が完成したガンプラの量はそれ以上で他のフィギュアも含めると部屋全てに飾る余地などなく、かといってヲタ趣味のない由宇奈や陽痲に引き取ってもらうのも気が引ける。

莢「……」

困った莢はパソコンを開くといつものようにチャットである人物と連絡を取る。

ryu;おいすー、ちょっと困ったことが起きた

kimi;どした?

ryu:引越ししたんだけど・・新しい部屋にこれまで作ったガンプラが収まらねぇwwwww

kimi;ちょwwwwどんだけ作ってたんだよwwwwww

ryu;そりゃ新しいガンダムが制作されてプラモが出たら作りたくなるのが男の性って奴さ

kimi;お前女体化してるだろwwww

ryu;というわけでどうしよう・・懇親の作品たちは捨てたくないし、かといって他のフィギュアとの兼ね合いもあるから困った。

kimi;あー・・確かにそれはわかる。おまいのガンプラはスレでも話題になるほどクォリティ高いからなぁ

ryu:そこで頼みがある。…何機か引き取ってくれまいか?

kimi;ちょwwwwwwwwいいのかwwwwwwwwww

ryu:他に引き取りてがいないからな。お好きな機体があればww

kimi:うはwwwww

〜画面上

祈美「わが世の春が来た!! まさかあのクォリティの高いガンプラがもらえるなんてwwww」

〜同じく画面上

莢「おkっと・・大型MS1とジオラマつきが1と小型4体、これでかなり裁けた。ダンボールをまとめてお母さんに頼んで宅急便に手配してもらおう」

それぞれの話が進んで数日後・・

996 : ◆Zsc8I5zA3U [saga]:2013/03/16(土) 06:30:42.46 ID:E20en9ueo
〜木村家

配送員「チワッス! 木村 祈美さんのお宅でよろしいですか?」

辰哉「はいはいっと・・また祈美宛てか、どうせろくでもない・・ってちょww何だこの箱の数々はww」

祈美「あ、来た来たww兄貴も飾るの手伝ってwww」

辰哉「手伝えって・・確かに大きさの割には軽いけど何なんだ?」

祈美「地球に魂を惹かれた人間にはわからないものだよ」

辰哉「はぁ・・? ま、お前の部屋に運ぶだけならいいぞ。ってまだあるのかww」

折角の休日を妹のガンプラ飾りに潰された辰哉であるが、莢が作ったガンプラの完成度の高さには思わず息を呑んだという。


〜同日

莢「さて・・飾りつけも終わったところで以前から作りかけだったνとサザビーを作りますかwww」

ガンプラを片付けた莢はエロゲーを済ませた後は以前から作っていたガンプラに手をつけ始めるが、ここで携帯の音が鳴る。

莢「…もしもし」

由宇奈「あ、莢ちゃん。これから陽太郎と買い物に出かけない?」

莢「構わない。どこに行くの?」

由宇奈「前に行ったメイドカフェだよ。ついでに陽太郎にコスプレさせようと・・」

陽痲「こらッ!! 勝手に話を進めるな!!! 
俺は店のイベント以外でコスプレなんてしねぇぞ!!!」

莢(佐方のコスプレ・・うはwwwwこれはガンプラ作っている場合じゃねぇ!!!)

陽痲「まぁ、俺も前に茅葺と由宇奈が行ったメイドカフェには興味があるけどコスプレは絶対しないからな!」

由宇奈「というわけで待ち合わせ場所は」

ガンプラ作成の手を一旦休めて、莢はそのまま由宇奈と陽痲と一緒に電気街へ向かう。そこでは陽痲のコスプレ姿やまたもじゃんけんの連戦連勝でメイドカフェを荒らす由宇奈に改めて恐怖を感じながらも男時代では考えられなかった友達や恋人との楽しい日々を過ごす。

そして・・


莢「また密かにフィギュアとガンプラ買ってしまった・・」

また部屋の置き場に困るのはまた遠くないのかもしれない。


fin
997 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(広島県) [saga]:2013/03/16(土) 06:31:19.99 ID:E20en9ueo
以上埋め立て用の短編
見てくれてありがとさんでしたwwww
998 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(大阪府) :2013/03/17(日) 13:54:34.24 ID:Yjt3D3S+o
うまー
999 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(九州) :2013/03/17(日) 18:39:52.28 ID:kBA/VqBAO
999なら俺「正々堂々お前と付き合う」
1000 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(中国・四国) :2013/03/17(日) 22:28:26.14 ID:Zpxd7peAO
SS速報に次スレ立てましたー

http://ex14.vip2ch.com/test/mread.cgi/news4ssnip/1363526222/l20
1001 :1001 :Over 1000 Thread

 ,.――――-、
 ヽ / ̄ ̄ ̄`ヽ、   【呪いのパーマン Ver2.0】
  | |  (・)。(・);    このスレッドは1000を超えました。|
  | |@_,.--、_,>    このレスを見たら10秒以内に次スレを建てないと死にます。
  ヽヽ___ノ    次スレを10秒以内に建てても死にます。

パー速@VIPService
http://ex14.vip2ch.com/part4vip/

ローカルルール変更に伴い、1000到達の報告が不要になりました。

1002 :最近建ったスレッドのご案内★ :Powered By VIP Service
DZgscvQSBDSayjG @ 2013/03/17(日) 22:18:59.84 ID:MhOUDb6w0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/operate/1363526339/

15、16歳位までに童貞を捨てなければ女体化する世界だったら @ 2013/03/17(日) 22:17:02.34 ID:s/D4xM7AO
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1363526222/

千早「ミッドナイト・バスタイム」 @ 2013/03/17(日) 22:15:55.78 ID:v5/CpZOv0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1363526155/

【クリスマス・年末・年始】連休暇ならアニソン聴こうぜ・・・【避難所】 @ 2013/03/17(日) 22:10:08.49 ID:tnGMEV8Io
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1363525808/

安価でギャルゲー風物語「きらきら☆らぶすとおりぃ学園」 @ 2013/03/17(日) 22:07:50.04 ID:WTulbSLb0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1363525669/

NwMgLDZBoXrYrus @ 2013/03/17(日) 21:56:23.56 ID:WEy2uiMY0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/operate/1363524983/

プレゼント「やらないか」スクルージ「どうしようか」キャロル「させないよ」 @ 2013/03/17(日) 21:47:35.91 ID:7Km4OEAWo
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1363524455/

▽【禁書目録】「とあるシリーズSS総合スレ」-39冊目-【超電磁砲】 @ 2013/03/17(日) 21:23:42.26 ID:CR9ew56To
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1363523022/



VIPサービスの新スレ報告ボットはじめました http://twitter.com/ex14bot/
管理人もやってます http://twitter.com/aramaki_vip2ch/
Powered By VIPService http://vip2ch.com/

1716.64 KB   

スポンサードリンク


Check このエントリーをはてなブックマークに追加 Tweet

荒巻@中の人 ★ VIP(Powered By VIP Service) read.cgi ver 2013/10/12 prev 2011/01/08 (Base By http://www.toshinari.net/ @Thanks!)
respop.js ver 01.0.4.0 2010/02/10 (by fla@Thanks!)