4: ◆ao.kz0hS/Q[sage saga]
2017/07/14(金) 02:27:36.91 ID:Vq3CUo2i0
どうやら出演した当時は、食うに困るほどに困窮したいたらしい。
なりふり構わずSNSや掲示板などで仕事の募集をしていたところに声がかかったのだが、冷静さを欠いていた彼女は作品の内容を確認する前に飛びついてしまったのだという。
届いた台詞を確認して顔色を歩行者信号のように変えながらも、引き受けてしまったのだからと、最後までやり抜く責任感の強さは菜々さんらしかった。
それで出来上がったのが駄作というのは、今思えば不幸中の幸いか。
「ひもじいのは…ひもじいのだけはダメなんです…… ウサミン星人でもリップクリームは食べられないんですぅ〜……っ!」
職業に貴賎なし。
生きるのに必死だっただけの彼女を、一体誰が笑うことが出来るだろう。
そして、誰よりもアイドルに憧れ、もがいていた彼女が、どんな心理状態であの卑猥な台詞を録音機に吹き込んでいたのか……そこに思い至ると目頭が熱くなって、危うく僕まで泣きそうになる。
「こんなお仕事してたナナは〜……ひ〜〜んっ…アイドル、クビですかぁ〜…?」
彼女のトレードマークでもある髪を飾る大きなリボンが、悲壮感のせいで萎れて見えた。
プロの声優の業界では、普段の名義とは別の名義で18禁ゲームなどに出演することがままあるのは公然の秘密であるらしいが、それはあくまで声優の話。
菜々さんは確かに声優のお仕事もしているが、声優である以前にアイドルなのだ。
だから、この過去のお仕事が公になってしまった場合、決して愉快なことにはならないだろう。
だけどそう、公になれば、だ。
少しでも安心させようと彼女の両肩に手を置き、目線を合わせて言う。
「菜々さん…驚かせてしまってすみません。でも結論から言うと大丈夫です。何も心配はいりません」
「……え?」
「あの声が菜々さんだっていうのに気付いたのは…いや、気付けるのはきっと世界で俺だけです」
「ほ、ホントですか!?」
「それにそもそも全然売れなかったみたいですし」
作品名から検索して辿っていくと制作者と思しき人間のブログに行き当たり、そこには全く売れなかった旨の投稿がされていた。明記はされていなかったけど、五枚も売れてなさそうだった。
その内の一枚を僕の友人が購入していたことになるが、こんな駄作に手を出すなんて一体アイツはどれだけ飢えてたんだと呆れてしまう。
いや、でも、そんな友人の記憶にも残っていなかったのだから、そういう点でもやはり安心していいはずだ。
「出演したのがこの一作品だけなら、特に何か対処する必要もないと思います。…結局、菜々さんを驚かせちゃっただけかもですね……あぁ、本当にごめんなさい」
「そんなことないです!」
徒に不安にさせられたことを怒ってもよさそうなのに、菜々さんはその愛らしい手を僕の手に重ねてそう力強く言った。
見れば、菜々さんの顔には生気が戻っていて、瞳の潤みの所為かいつもよりも魅力的に見える。
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