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少女「それは儚く消える雪のように」 2 -
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1 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/20(火) 00:47:00.69 ID:WAbTKaZT0
オリジナルのロボット系小説です。
2スレ目になります。
前スレ:
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1329739172/
前Wiki:
http://ss.vip2ch.com/jmp/1329739172
新規の方も大歓迎です。
4話の続きからとなりますので、1スレ目からお読み頂いた方が
お楽しみいただけるかもしれません。
これまでお世話になっていた方々も、引き続き
お付き合いいただければ幸いです。
SSWiki :
http://ss.vip2ch.com/jmp/1332172020
(SS-Wikiでのこのスレの編集者を募集中!)
1.5 :
荒巻@管理人★
(お知らせ)
[
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]: ID:???
【 このスレッドはHTML化(過去ログ化)されています 】
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このスレッドを閲覧することはできますが書き込むことはできませんです。
もし、探しているスレッドがパートスレッドの場合は次スレが建ってるかもしれないですよ。
■ 萌竜会 ■ @ 2025/06/20(金) 21:08:31.92 ID:A9RjOWcxo
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1750421311/
■ 萌竜会 ■ @ 2025/06/20(金) 21:07:56.06 ID:9l741hD4o
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1750421275/
■ 萌竜会 ■ @ 2025/06/20(金) 21:07:18.78 ID:XCIH42NJo
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1750421238/
■ 萌竜会 ■ @ 2025/06/20(金) 21:06:42.32 ID:sMr/Yf+to
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1750421202/
■ 萌竜会 ■ @ 2025/06/20(金) 21:06:05.72 ID:A9RjOWcxo
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1750421165/
■ 萌竜会 ■ @ 2025/06/20(金) 21:05:29.13 ID:9l741hD4o
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1750421128/
■ 萌竜会 ■ @ 2025/06/20(金) 21:04:47.30 ID:XCIH42NJo
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1750421087/
■ 萌竜会 ■ @ 2025/06/20(金) 21:04:05.72 ID:sMr/Yf+to
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1750421045/
2 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/20(火) 00:52:28.67 ID:WAbTKaZT0
意識などしていなかった。
「笑ってなんかいないさ……」
絆は、聞こえるか聞こえないかの声でそう呟いた。
「本当、笑えない冗談だよ……」
こみ上げてくるものを押し殺し、
彼はまた料理にナイフとフォークを立てた。
カチャ、カチャと音を立てて食事を再開した絆に、
優が泣き顔を向ける。
「……戦闘で死んだの? 命……」
「ああ。俺を庇って、死星獣の攻撃を受けて死んだ」
絆の隣で、霧が完全に動きを止めた。
3 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/20(火) 00:53:23.06 ID:WAbTKaZT0
彼女を貫かんばかりに睨みつけて、
優が引き絞るように言った。
「何してたの、あなた……」
「…………ごめんなさい」
「謝られたって分かんないよ。どうして絆が怪我をして、
命が死ななきゃならないの? あなた優秀なんでしょ?
私達よりも強いんでしょ? どうして守れなかったの?
何であなただけ無傷なの!」
優に怒鳴られて、ますます霧が萎縮する。
絆が、そこで静かに優に言った。
「霧はよくやった。俺のことを助けてくれたんだ。
こいつを責めることは許さない」
「でも……!」
4 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/20(火) 00:56:11.58 ID:WAbTKaZT0
「命は役目を全うしたんだ。
立派なことじゃないか。褒めてやろうよ……な?」
やるせない気持ちになった。
絆の言葉が尻すぼみになって消えるのを聞いて、
優は口をつぐんだ。
彼女は俯いたまま小さく震えている霧を見て、
歯を噛むと乱暴にフォークとナイフをテーブルに置いた。
「……いらない。食べてる気分じゃない」
そこでやっと、文が顔を上げた。
そして彼女は涙でズルズルの顔で、
絆に向かって緩慢に手を動かした。
『雪ちゃんは……どうしたんですか?』
5 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/20(火) 00:56:51.39 ID:WAbTKaZT0
「まだ安定しなくて、あと五日は病院を出れない。
でもまだ大丈夫だ。安心しろ」
『戦闘には出れなかったんですか?
どうして命ちゃんが死ななきゃいけなかったんですか?』
……絆の方が、その答えを知りたかった。
どうして命が死ななきゃいけなかった。
どうして、俺は何も出来なかった?
ただコクピットの中で震えているだけで。
駈の言葉に、何を言い返すことも出来なかった。
ただ、俺は。
従っていただけだった。
「…………」
6 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/20(火) 00:57:28.98 ID:WAbTKaZT0
しばらく沈黙してから、絆は手を止めて、
料理に視線を落としてから言った。
「さぁな…………俺もよく分からん」
正直な、絆の今の気持ちだった。
それを察してか、それとも別のことを考えてか、
文が動かしかけていた手を止める。
絆はナイフとフォークを置いて、
手を止めているバーリェ達を見回した。
そして手を上げてウェイターを呼ぶ。
「……帰ろうか。何だか俺も、もういいや」
7 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/20(火) 00:58:22.16 ID:WAbTKaZT0
*
すっかりラボも広くなった気がする。
一番手がかかる雪は今、入院中でいない。
ラボの家事を担当していた命は死んだ。
騒がしかった愛も、もう相当前にいなくなっている。
霧はいまだに優、文とは馴染むことが出来ないようで、
絆の部屋で一人で眠っていた。
戦闘を終えて一人だけ無傷で帰ってきたことに対する、
優の反応が全てだ。
霧が悪いのではない。
……悪いのではないのだが、そのような「理屈」で
片付けられない感情論が存在していることも、
絆は理解していた。
8 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/20(火) 00:59:55.13 ID:WAbTKaZT0
優と文は、帰ってから薬を飲み、
すぐに寝室に入っていってしまった。
泣いたことで、だいぶ体力を消耗したらしい。
そうでなくてもバーリェは、力がない。
精神的負担がモロに体に出る顕著な例だった。
霧にも薬を飲ませて、絆の部屋に連れて行く。
しかし霧は、ベッドに腰掛けたまま、
俯いてじっとしていた。
横になろうとしない。
……正確に言うと、バーリェの薬の中に
入っている睡眠誘発剤には即効性はない。
効くまでに若干のタイムラグがあるのだ。
9 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/20(火) 01:00:54.26 ID:WAbTKaZT0
「どうした? 寝ないのか?」
絆に聞かれ、霧はしばらく言い淀んだ後、
意を決したように彼に言った。
「マスター……お話があります」
「ん? 何だ?」
椅子に腰掛けて、彼女と同じ目線になる。
霧は自分の胸を手でさして、続けた。
「私のことについてです。マスターが、おそらく
ご存知ないことを、お話しようと思うんです」
「……俺が知らないこと? お前が、死星獣と
雪のハーフだってことか?」
さらりと口に出すと、霧は途端に苦しそうな顔になった。
10 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/20(火) 01:01:36.22 ID:WAbTKaZT0
絆から視線をそらして、彼女は呟くように言った。
「……それもあります。ご存知だったんですね……」
「戦闘でお前のエネルギーを発射したが、
あれにはブラックホール粒子が含まれていた。
本部は隠そうとしていることだ。
だが俺でもそれくらいは分かる」
「…………」
「……で、それがどうかしたのか?」
問いかけられて、霧は
「え……」
と言って顔を上げた。
11 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/20(火) 01:02:30.25 ID:WAbTKaZT0
「お前の中に死星獣と同じ血……かどうかは
分からないが、それが流れているとして、
だからどうした?
そんなことで、お前を俺が嫌いになると思うのか」
「マスター……でも、私はバーリェではありません。
正確には死星獣でもありません……全く別の個体です。
私は、化け物なんです」
そう言って霧は、唇を噛んでしばらく押し黙った。
そして息を吐いて、続ける。
「笑えますよね……自分の半分と同じモノを、
殺すために創られたなんて。
何が『優秀』だって、何が『効率的』だって、
そんな感じですよね……」
自嘲的に小さく笑い、霧は呟いた。
「蓋を開けてみれば、私はただの化け物でした……」
12 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/20(火) 01:03:41.87 ID:WAbTKaZT0
「…………」
絆は少し沈黙した後、霧に向かって言った。
「霧、俺は思うんだ」
「…………」
「化け物っていうのは、そいつの『定義』で
決まるんじゃない。そいつの『力』で決まるんじゃない。
そいつが何をしたか、何を成したか、それによって
化け物かそうでないかが決まるんじゃないかって、そう思う」
「何を……したか?」
「ああ」
頷いて絆は続けた。
13 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/20(火) 01:04:22.82 ID:WAbTKaZT0
「力を持っているからって化け物か
どうかが決まるんじゃないよ。問題なのは、
その力を何のために使ったかじゃないか?
お前は、俺を守ってくれた。俺はお前に感謝してる。
少なくとも……この世界中の皆が、お前のことを化け物だと
言ったとしても、俺一人だけは、お前のことを化け物ではないと
言ってやることが出来る」
「…………」
「それじゃ、いけないのかな」
絆の声は、どこか寂しそうな、廃退的な響きを含んでいた。
霧は顔を上げて絆を見ると、小さな声で聞いた。
「マスターにとって、私は化け物ではないのですか?」
「ああ。他の子と同じだよ」
絆は、軽く微笑むと手を伸ばし、霧の頭を撫でた。
14 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/20(火) 01:06:34.31 ID:WAbTKaZT0
「……言ったろ? 俺はお前のことは、
大好きだって。嘘はないよ。
俺が口に出すことに、嘘はない」
繰り返して、絆は続けた。
「だから安心して、お前は『生きて』いればいいんだ……」
「…………」
霧がしゃっくりを上げて涙を零す。
両手で顔を覆った彼女の頭を撫でてやりながら、
絆は息をついた。
しばらくして霧が泣き止み、彼女は、
薬が効いてきたのか目をとろんとさせながら、
緩慢にベッドに横になった。
そして絆が毛布をかけてやろうとした手をそっと止める。
「どうした?」
15 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/20(火) 01:07:21.32 ID:WAbTKaZT0
「もう……一つだけ……」
霧は眠気と戦っているのか、
ゆっくりとした口調で続けた。
「AAD七○一型……陽月王は、危険です
……私以外を、使わない方がいいです……」
「危険? どういうことだ?」
「あ……れは…………ブラックボック
……ス…………ひ、と…………」
霧が目を閉じて首を垂れた。
眠りに落ちてしまたのだ。
言葉の途中で話を切られ、
絆は首を傾げながら霧に毛布をかけた。
……陽月王が、危険?
16 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/20(火) 01:08:48.70 ID:WAbTKaZT0
確かにブラックボックスは多いが、
操縦しているのはバーリェと自分だ。
危険なのは、日に日に凶悪さを増している
死星獣の方ではないのか?
そう考えて、針のようになって飛んできた、
あの死星獣のコアを思い出す。
……怖気がした。
小さく震え出した手を無理矢理に
ズボンのポケットに突っ込んで、絆は立ち上がった。
そして霧が眠っていることを確認して、
部屋の扉を閉めて、松葉杖を鳴らしながら階段を降りる。
優と文が、同じベッドで抱き合うようにして
眠っていることを確認する。
次はこの子達の番だ。
17 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/20(火) 01:09:45.11 ID:WAbTKaZT0
そしてその次は。
その更に次は。
俺は、いつまでこの子達を殺せばいい?
黙って今に入り、ソファーに腰を下ろす。
テレビのリモコンのスイッチを入れると、
今まさに、夜中だというのに軍が少し離れた
スラム地区に攻撃をかけているところだった。
『アルカンスト地方に対して、
軍の攻撃が展開された模様です。
現場から十キロ離れた首都バルカントにて
中継をお送りしています』
……おおっぴらな放送で、人殺しの現場を中継している。
気分が悪くなり、絆はすぐにテレビの電源を切った。
18 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/20(火) 01:10:41.44 ID:WAbTKaZT0
リモコンを隣のソファーに放り投げ、
だらしなく横になる。
足が痛い。
奥歯が痛い。
それ以前に、心が痛かった。
……絃はこれに耐え切れなくなったのかもな。
いまや世界中の反逆者となった元同僚のことを、
何となく思う。
彼がとった行動に賛同はできないが、理解は出来た。
そして理解が出来てしまう自分の、
本能的な悪意に、同時に唖然としたりもする。
絃のように思い切ることが出来たら、どれだけ楽だろうか。
19 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/20(火) 01:11:27.59 ID:WAbTKaZT0
いや……思い切っても。
ひょっとしたら、楽な未来なんて
どこにもないのかもしれない。
だとしたら……俺は。
俺は、どうすればいい。
何を考え、何を成して、
そして何とどう戦っていけばいい。
考えても、誰も答えてくれるわけではなかった。
そこで、突然テレビの電源が勝手についた。
衛星電波を高感度で受信するテレビだ。
――電波ジャック。
20 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/20(火) 01:12:12.71 ID:WAbTKaZT0
そう考えるより先に、絆の目に記者会見のような
演説台に両肘を突いて、
組んだ指先を顔の前に持ってきている絃の姿が映った。
隣には、やはり不鮮明な映像だが桜の姿が映っている。
「絃……!」
思わず身を乗り出してテレビを凝視する。
絃と桜は、白と赤を基調にした軍服のようなものを着ていた。
彼の周りに、白い三角帽子のような覆面を被った同じ
軍服を着た人達が整列し、腕を組んで背筋を伸ばしている。
絃の後ろには、見たことがない国旗が掲げてあった。
白い背景に血飛沫のような紋様がついたものだ。
21 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/20(火) 01:13:10.63 ID:WAbTKaZT0
『…………我らが新世界連合は、
愚かにも虐殺を始めた軍を、本日二十二○三十に、
第一の目標とすることに決めた。
闇雲にスラムを攻撃している軍。
貴様らの行動は愚の骨頂であり、侮蔑に値する。
貴様らのような蛆虫共は、我らの築く新世界には
不要な代物と判断する』
手元のプロジェクターを操作し、絃は壁に映像を投影した。
22 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/20(火) 01:14:09.17 ID:WAbTKaZT0
『ついては、現在攻撃が行われている
アルカンスト地方に死星獣を送り込むことが決定された。
これは可決された事項であり、人間諸君、および愚かなる軍、
エフェッサー諸君が異議を唱えることが出来る範囲外のことである。
攻撃をしている者、攻撃を受けている者、生きている者、
死んでいる者、今生きようとしている者、死のうとしている者、
子供、老人、男、女、全てに関係なく、
アルカンスト地方の残存人類には塵になっていただく。
どうか、当該地区にいる人間諸君は、
速やかに死ぬ覚悟を決めていただきたく、
この声明を発表することを決めた所存である』
「何だと……?」
絆は、思わず耳を疑った。
そして目を疑った。
23 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/20(火) 01:15:04.39 ID:WAbTKaZT0
絃が投影した映像には、格納庫のような場所で、
今まさに「立ち上がろう」としている、
三体のヒトガタ死星獣
―命が殺したモノと同じモノ―が映し出されていた。
そして、……三体が立ち上がった瞬間に、消えた。
陽炎のように揺らめき、その場からいなくなったのだ。
『繰り返すが、死星獣は我らの戦力であり、
保有している数は、先日お見せしたものに留まらない限りである。
そして軍諸君にもう一度告ぐ。愚かなる虐殺をすることは勝手だが、
諸君らの行動は愚の骨頂である。その証拠を今からお見せしよう』
絃はプロジェクターの電源を切って、また指を顔の前で組んだ。
『今回攻撃するのは、アルカンスト地方のみとする。
これは我々の諸君らに対する威嚇も含まれている。
無駄な抵抗と思索は速やかに最小限に留め、
静かに死の時を待つがいい。以上だ』
24 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/20(火) 01:15:49.98 ID:WAbTKaZT0
ドン、と周囲の人間達が足を踏み鳴らし、
右手を天に向かって掲げた。
『我らの新世界のために』
絃が最後にそう言って、右手を同様に掲げる。
そこで、ブツリと音を立ててテレビの電源が消えた。
絆は慌ててテレビの電源をつけ直した。
途端、絶叫が耳をついた。
『死星獣です! 先日サナカンダに出現したものと
同一と思われる死星獣が、目で確認できます!』
アナウンサーの悲鳴のような声と、
スタッフの絶叫が響き渡る。
『こっちにくるぞ!』
『逃げろ……! 逃げ』
25 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/20(火) 01:16:44.82 ID:WAbTKaZT0
カメラを向けられた死星獣が、
唾のようなものを吐いた。
それがカメラの方に飛んできて……。
爆炎が上がった、と思ったら、
テレビが砂画面になった。
急いで別のチャンネルに回すと、
遠目にアルカンスト地方を映していた。
『首都バルカンドが……死星獣の一斉攻撃を受けて
今、壊滅しました! こちらかでも確認が出来ます。
ぐ、軍が撤退を開始しています!』
上ずったアナウンサーの声を背景に、
三体のヒトガタ死星獣がのろりと体を持ち上げる。
一面、火の海だった。
26 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/20(火) 01:17:29.69 ID:WAbTKaZT0
軍の戦車や戦闘機が、それと見て分かるほど
迅速に撤退を始めるのが見える。
しかし。
死星獣三体は、体を海老ぞりに曲げると、
空に向かって唾を同時に吹いた。
それらが空中で衝突して、凄まじい爆炎が空中に広がった。
映像にザザ……ッ、とノイズが走る。
炎は瞬く間に周囲に球形に広がると、
死星獣達をもろとも飲み込んで、
周囲半径二十キロほどの範囲を、綺麗に「消滅」させた。
絆も、テレビの前のアナウンサーでさえ
言葉を発することが出来なかった。
……玉砕した。
つまり、自爆。
27 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/20(火) 01:18:07.18 ID:WAbTKaZT0
もくもくと土煙が晴れて、
真っ暗な「何もない」空間が映し出される。
すり鉢型に地面が抉れていることは分かるが、
月明かりに照らされたそこには、何もなかった。
明かりも、建物も。
逃げ始めていた軍でさえも。
絆はガクガクと震えながら、
テレビを消そうとして床にリモコンを取り落とした。
……怖い。
はっきりとそれを感じていた。
恐ろしかった。
死星獣が。
28 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/20(火) 01:18:59.02 ID:WAbTKaZT0
そして……絃が。
あの男は敵だ。
……俺達。
いや…………俺の。
絆は、本能的な部分で、
それを自覚してしまったのだ。
汗が止まるところなく溢れ出す。
やがて絆は、阿鼻叫喚の声を上げ始めた
テレビの前で、自分の指を噛み千切るほどの
勢いで噛んだ。
そして痛みで無理矢理に自分を覚醒させ、
携帯電話を手に取る。
着信を示すバイブが振動していた。
29 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/20(火) 01:19:55.31 ID:WAbTKaZT0
「……絆です」
ボタンを押して応答すると、
渚の上ずった声が飛び込んできた。
「絆特務官、出撃です。行動可能なバーリェはいますか?」
「残念ながら今は保有している全てのバーリェが行動不能です。
投薬を行っているため、ご了承願いたい」
押し殺した声でそう返す。
渚は一瞬押し黙った後、息を呑んでから言った。
「……分かりました。緊急事態です。
エマージェンシーコールレッドが解禁されました。
迎えが既に出発しています。
特務官は、急ぎ単独でエフェッサー本部に出頭してください」
「了解しました」
端的に言って、電話を切る。
30 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/20(火) 01:20:29.34 ID:WAbTKaZT0
絆はそして、床に携帯電話も取り落とした。
震える手を握り、息を整える。
……あいつは敵だ。
俺の。
なら、やってやろうじゃないか。
戦ってやろうじゃないか。
たとえそれが言いなりで。
31 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/20(火) 01:21:23.79 ID:WAbTKaZT0
エフェッサーの思う通りだったとしても。
俺は、あいつと。
戦ってやろうじゃないか。
奥歯からまた血が滲み出してきていた。
絆は塩気のあるその吐き気を催す味を、
無理矢理に胸の奥に飲み込み、
そしてラボの屋上に着地するヘリの振動を感じ、
松葉杖を手に取った。
32 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/20(火) 01:22:45.46 ID:WAbTKaZT0
お疲れ様です。
次回の更新に続かせていただきます。
ご意見やご感想、ご質問などございましたら、
お気軽にいただけますと嬉しいです。
それでは、今回は失礼します。
33 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/03/20(火) 01:54:20.46 ID:SrgzMRmeo
この強さの死星獣が相当数いるとなると圧倒的だな
お疲れさま
34 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/21(水) 19:54:12.95 ID:QFoFaNuA0
こんばんは。
スレやツイッターなどを通して温かいメッセージ、
ありがとうございます
皆様の言葉で元気になれます
続きが書けましたので投稿させていただきます
まだ溶連菌感染症が完全に治っていないので、
少量の更新になりますがご了承ください。
それでは、お楽しみいただけますと幸いです。
35 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/21(水) 19:56:17.93 ID:QFoFaNuA0
*
松葉杖を鳴らし、隣を渚に支えられながらエフェッサーの
オペレーティングルームに入った絆は、
周囲の視線が全て自分の方を向くのを感じた。
人形のような瞳。
感情を宿していない瞳。
唯一、トレーナー達に連れてこられたであろう
バーリェ達が狼狽したような顔をしている。
深夜帯のトレーナー達は、それぞれ自分の
管理しているバーリェを脇に連れていた。
深夜帯担当というものが存在していて、
彼らの管理するバーリェは昼夜逆転の生活をさせられ、
絆のような「日中帯」担当のバーリェが
行動不能の際に使用される。
36 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/21(水) 19:57:07.80 ID:QFoFaNuA0
駈は絆がよろめきながら椅子に
腰を下ろしたのを確認して、
手元の資料に視線を落とし、口を開いた。
「……既に全員知ってのことと思うが、
エフェッサーの中から『新世界連合』へと裏切り者が出た」
……絃のことだ。
それを聞いて歯噛みした絆を一瞥してから、
駈は静かに続けた。
「先ほど、絃『元』執行官と思われる人物により
二回目の電波ジャックが行われた。
それからの経過は、君達が知っての通りだ。
死星獣がアルカンスト地方に出現し、
バルカントを含め、首都一帯ごと玉砕した。
被害状況は確認中だが、
死者はおよそ三十万人に及ぶろうと推察される」
流石にトレーナー達も唾を飲み込んだ。
37 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/21(水) 19:59:07.08 ID:QFoFaNuA0
駈は全員の顔を見回して、そして言った。
「軍の詳しい決定はまだ通達されていないが、
エフェッサー、および元老院は一連の事態を鑑みて、
当該死星獣、タイプγ(ガンマ)と名付ける個体を、
新世界連合が『操作』しているという見解を強めた。
だとしたら由々しき事態だ。
それに至るまでの詳細は分からないが、
出現方法や生態が一切不明な死星獣が、
まだ複数体『保管』されているとなると、
人類の大きな脅威となる。
軍の管轄を逸脱しているという
見方をせざるを得ない状況に、陥ったとも言える」
つまり。
遠まわしに軍は役に立たないということを言っている。
エフェッサーとはそういう組織だ。
38 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/21(水) 20:00:19.14 ID:QFoFaNuA0
軍を捨て石にし、役に立たないと見ればすぐに切り捨てる。
それが、自分達なのだ。
「元老院はエフェッサーに対し、一連の事態を受け、
エマージェンシーコールレッドを解禁することとした。
君達には速やかに当該死星獣を全て発見、
破壊してもらうことになる。その際に及ぶであろう損害、
犠牲は一切厭わない。その意味を各人理解して欲しい」
絆は血が滲む奥歯を噛んだ。
……軍と同じようなことをやれというわけだ。
大量虐殺を。
バーリェを使って。
エマージェンシーコールレッドとは、
国家それ自体への脅威が出現した時に発令されるものだ。
39 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/21(水) 20:01:12.38 ID:QFoFaNuA0
バーリェはそれが発令された時、
守るべき「人間」の損害も見過ごすよう、
トレーナーから指示される。
無論、自分の命もだ。
「死星獣の反応はまだ感知できないのですか?」
隣に不安そうな顔をしたバーリェを携えた、
まだ若いトレーナーが手を挙げて口を開く。
駈はサングラスを指先で元の位置に戻し、それに答えた。
「死星獣はおそらく、ブラックホールを利用した
空間圧縮による転移……つまり、ワープのような現象を
利用して出現する。
それにより、死星獣の出現パターンから新世界連合の
拠点を割り出すことは出来ないが、軍の粛清攻撃により、
まだ攻撃されていない地区で有効と思われる場所を
いくつかピックアップした。速やかに、君達にはその
地区の掃討作戦に移ってもらいたい」
40 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/21(水) 20:01:47.74 ID:QFoFaNuA0
「それは……どこですか?」
女性のトレーナーが口を開く。
駈は静かに言った。
「イルルセン、バラングロー、フォロンクロンだ」
――フォロンクロン?
その名前を聞いて、絆は思わず顔を上げた。
地球の裏側に、フォロントンという
バイオ技術で管理された「最後の自然」が
残っている土地が存在している。
無論そこではない。
第一、姿を消した絃が数日で
移動できる距離にあるものではない。
41 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/21(水) 20:02:30.63 ID:QFoFaNuA0
フォロンクロンとは、
この地方が管理している自然区域の一つだった。
フォロントンにちなんだ名前をつけられている
ことから、類似した名称というわけだ。
全ての敷地面積は十平方キロメートルを越え、
そこにはバイオ技術で管理された、
絆のラボを覆うものと同種の「創られた」
ある程度の自然が存在していた。
しかし、そこは一部の政府関係者以外は
立ち入り禁止区域に指定されている筈だった。
それ以前に、フォロンクロンに人が
住んでいるなど、聞いたことがなかったのだ。
電気もない、水道もない、ガスもない。
42 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/21(水) 20:03:12.34 ID:QFoFaNuA0
そんな場所で人間が生活できるとは、
絆をはじめ他のトレーナーにも考えがたい
ことだったらしく、周囲にざわめきが広がった。
駈はまたサングラスの位置を直すと、
淡々とした口調で続けた。
「……その中でも最も有力視されているのが
フォロンクロンだ。早朝○七○○に一斉攻撃に移る」
「国立指定の立ち入り禁止区域を……攻撃するのですか?」
流石に戸惑いの色を隠せない様子の、
声を発したトレーナーを一瞥して、駈は静かに聞いた。
「不服かね?」
「い……いえ、決してそのようなことは……」
慌てて声を発したトレーナーが小さくなる。
43 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/21(水) 20:03:54.29 ID:QFoFaNuA0
そこで絆は手を挙げて、駈に向けて口を開いた。
「絃元執行官と、彼のバーリェの生体データの
残り香を追跡できる筈だ。
スラム街か自然区域か分からなくても、
方向くらいは定めることが出来るだろう。
フォロンクロンとイルルセンは、真逆の方角だ」
「…………」
駈は一瞬押し黙ると、絆の方を向いて言った。
「既にその検証は軍によって、数日前に行われている
。絃元執行官の生体データは感知できていないが、
彼のバーリェ、H36のデータは確認された。
その行き着く先が、今話した三つの地域だ」
「何……?」
意味が分からずに聞き返す。
44 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/21(水) 20:04:38.18 ID:QFoFaNuA0
絃はバーリェを一体、桜しか管理していない。
三つ、それぞれバラけた地域に
その反応が散らばっているとは
どういうことなのだろうか。
駈はその問いの意味を知ってのことか、
絆から視線を離して手元の資料に視線を落とした。
「君の疑問はもっともだ。
しかし、反応されたH36の
生体データの残り香は、三つ。
三方向に分かれて進んでいる。
これは事実であり、間違いないことだ」
45 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/21(水) 20:05:09.86 ID:QFoFaNuA0
「まさか……」
絆は押し殺した声で彼に聞いた。
「H36のクローンを創っていたと
言っていたな。それを盗まれたのか……!」
「…………」
駈はそれに答えずに、手元の資料から
視線を離し、全員の顔を見回した。
「大まかな話は以上だ……急を要するため、
これから引き続いて詳細の説明に移る」
46 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/21(水) 20:06:08.40 ID:QFoFaNuA0
お疲れ様です。
次回の更新に続かせていただきます。
引き続き、ご意見やご感想、ご質問など
ございましたら、お気軽にメッセージを
いただけますと嬉しいです。
それでは、今回は失礼します。
47 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(関西地方)
[sage]:2012/03/21(水) 20:32:45.78 ID:U1LYuxXQ0
やばいやばい
軍も絃もやばい
48 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/03/21(水) 20:44:00.61 ID:LdPZw/92o
見る限り弱そうだけど絆と絃以外の人たちの強さと規模はどれくらいなのかな?
お疲れ様でした
49 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/03/21(水) 22:27:53.32 ID:Cr1hLrgIO
乙
凄く面白い
50 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(東京都)
[sage]:2012/03/22(木) 14:29:39.23 ID:x6vV4zp/o
さてさて・・・・でかくなってきたな・・・
それとして、寂しくなったなぁ・・・みんな死んじまったよ・・・・
51 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/22(木) 20:12:58.55 ID:sON2xcHy0
こんばんは。
絆が所属している組織、エフェッサーは各地に支部があります。
その中でも絆と絃が規格外の優秀さを誇っているだけで、
本部だけでも数十人のトレーナーが常駐しています。
これからそのことについても少しずつ触れていきます。
それでは、続きが書けましたので投稿させていただきます。
お楽しみいただけましたら幸いです。
52 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/22(木) 20:16:32.51 ID:sON2xcHy0
*
絆は、一番有力視されているという
フォロンクロンに派遣されることになった。
詳細な「粛清攻撃」のプロットを頭に
叩き込まれ、三十分ほどで解放される。
行動目的は簡単だ。
当該地区の破壊。
禍根も残さないほどの、完全破壊だ。
まずはミサイル群による空からの攻撃。
戦闘機型AADによる爆雷の投下。
そして廃墟となった場所を、陸戦型AADで叩く。
完結に言ってしまえばそれだけだ。
53 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/22(木) 20:17:27.61 ID:sON2xcHy0
今回の作戦には、他の上級トレーナーが使用する
トップファイブAADの他に、
陽月王と同系機の人型AADが投入されていた。
デュアルコアシステムで、雪や霧のように
極端にエネルギーラインが高い個体以外でも、
二体組み合わせることで何とか
動かすことが可能になっている。
それゆえの投入策だった。
フォロンクロンに、陽月王の他に三体。
他の都市に二体ずつ。
今まで絃以外の複数のトレーナーと
協力して案件に当たったことがないため、
絆はそれを懸念してもいた。
バラバラと散っていくトレーナー達を尻目に、
椅子に座って腰を丸めたまま考え込む。
54 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/22(木) 20:18:20.55 ID:sON2xcHy0
霧を、双子の優と文が拒絶しているのが
気になっていた。
デュアルコアシステムで乗せることが
出来るバーリェの数は二体。
普通に考えれば、エネルギーラインが
圧倒的に高い霧をコアにするべきなのだが、
おそらくそれでは陽月王は動かない。
バーリェの生体エネルギーは心の力だ。
双子を離してしまうことも生体エネルギーの
発散を阻害することに繋がるし、
何より拒絶している霧と共に戦うことは、
彼女たちは心の中で許容できないだろう。
その場合、不思議なことに相乗効果で、
霧のエネルギーまで圧倒的に下がってしまう。
55 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/22(木) 20:18:59.16 ID:sON2xcHy0
こればかりはやってみなければ分からないが
……霧と組み合わせることは難しいだろう、
というのが絆の見解だった。
かといって優と文を陽月王のコアシステムと
して同時運用するのか? と考えれば、
それも疑問が残った。
あの二人は、まだ戦闘に出したことがない。
能力の確認が未知数だ。
それに……。
二人共、生き物が「死ぬ」瞬間を目撃した
ことが、まだない。
ゲームの中では化け物を腐るほど殺しているのだろうが、
それはあくまでバーチャルの世界の話だ。
生き物を……ましてや、「人間」を殺せるのか?
56 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/22(木) 20:19:34.56 ID:sON2xcHy0
そして殺してしまったとして。
彼女達はそれに耐えられるのか?
疑問だった。
霧を動作担当にして、コアを他のトレーナーの
バーリェにするかとも考えたが、
エフェッサー自体がどうも信用できない。
協力を仰ぐ気にはならなかった。
――人殺しの道具に使うのか。
バーリェを。
ため息をついて、衛星からの中継映像を
流しているモニターに視線を移す。
フォロンクロンの自然区域には、
夜なので当然のことながら電気はついていない。
57 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/22(木) 20:20:31.67 ID:sON2xcHy0
もし隠れているとすれば、地下。
あの規模の死星獣を数十体だ。
生半可な規模ではないだろう。
もしここに絃が隠れていたとして。
殺せるのか、俺に。
あいつが。
息を吐いて、手を握る。
そこで駈がブーツのかかとを鳴らしながら
こちらに歩いてきた。
「何をしている、絆特務官。君のバーリェは三体とも、
既に本部に搬送済みだ。覚醒次第、AAD七○一型を
動かすことになる。行動を開始しろ。
どのバーリェを乗せるつもりだ?」
58 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/22(木) 20:22:18.94 ID:sON2xcHy0
静かに聞かれ、絆は息を殺して彼に言った。
「……俺のバーリェは、
人殺しをさせるために育てたんじゃない」
隣でそれを聞いていた渚が息を呑む。
駈は、しかし「何を言われているのか分からない」と
いう顔をしてそれに答えた。
「人殺しではない。これは『粛清』だ」
「同じことだ。『俺達』から見れば、粛清も、
人殺しも同じことなんだよ。
あんた達は、元老院は、沢山のスラムの人を殺して、
そのせいで都市一つ、何十万人って命を失ったって、
何も感じてないだろう。
それって、人殺しってことなんだよ。『俺達』の間じゃ」
数人のトレーナーが唾を飲み込む。
59 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/22(木) 20:23:02.08 ID:sON2xcHy0
この事態に疑問を感じている
トレーナーも存在していたらしい。
駈はしかしそれを鼻で笑うと、
軽く肩をすくめて絆に聞いた。
「君達の常識を押し付けられても困るな。
それとも何だ? 君は、私や元老院が『人殺し』だからって、
報いを受けるべきだとそう言うのかね。
私達は、死星獣の脅威から全世界の『人間』を守るために
『善意』の行動をしているというのに」
「善意……?」
今度は絆がそれを鼻で笑った。
「とんだ善意もあったもんだよ」
「……無駄な問答をしている時間はない。
君のバーリェはまだ睡眠中だが、
急ぎ七○一号に搭載する。選びたまえ」
60 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/22(木) 20:23:45.12 ID:sON2xcHy0
断固とした口調だった。
絆は少し迷った後、彼に言った。
「V277(優のこと)と、
V278(文のこと)を使う」
「……正気か?」
駈がそこで初めて眉をひそめた。
「S93(霧のこと)を使いたまえ。
新世界連合の戦力と鉢合わせをしたら、
死星獣と激しい戦闘が展開されることが予測される。
V系はまだ戦闘に出したことさえないではないか」
「それこそ『俺達のやり方』に口を出さないでもらおう。
戦闘の意思はある。
V277とV278をデュアルコアとして
陽月王に搭載してくれ」
61 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/22(木) 20:24:43.89 ID:sON2xcHy0
「……分かった」
駈は頷くと、傍らの女性職員に一言二言指示をした。
足早にオペレーティングルームを出て行く
彼女を目で追ってから、駈は絆に視線を落とした。
「さて、今回も君は戦場に出向いてくれるんだろうな?
七○一号のシートは三人乗りのまま改装してある。
ありがたく思いたまえ」
周囲の視線が全てこちらを向いていた。
人形のような視線。
それにほんの少しの「不安」が入り混じった、複雑な視線。
それを振り払うように、絆は松葉杖を掴んで立ち上がった。
「……勿論だ。陽月王の格納庫に案内してくれ」
62 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/22(木) 20:25:18.83 ID:sON2xcHy0
……一瞬、霧が
――陽月王は、危険です
と言いかけたことを思い出す。
彼女は、何を言いたかったのだろうか。
自分以外のバーリェを乗せるなとも言っていた。
それは、陽月王の持つブラックボックスに
よるものなのだろうか。
だとしたら、俺は。
それを確かめなければいけない。
絆は手が白くなる程松葉杖を握り締め、
渚に先導されてオペレーティングルームを出た。
63 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/22(木) 20:26:02.69 ID:sON2xcHy0
渚は、しばらくの間俯いて歩いていたが、
やがて長距離移動用のエスカレーターに乗ると、
絆の方を振り向いた。
泣いていた。
クランベの故郷はスラム街だ。
世界中でそれが攻撃されている。
おそらく、彼女の故郷は、もうない。
渚は袖で涙を拭うと、絆に向けて小さく、
呟くように言った。
「……バーリェ、H36型の複製クローンが、
二体盗まれました。絃執行官が、行方をくらます寸前
……本部に出頭した時に、持ち出されたと思われます。
絆特務官、あなたの仰る通りです」
絆は軽く鼻を鳴らすと、それに返した。
64 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/22(木) 20:27:10.84 ID:sON2xcHy0
「どうしてそれを俺に言う?
黙っていればいいじゃないか」
自嘲的なその問いに、渚は俯いて呟きを返した。
「……とめて欲しいんです。あなたに」
「何を?」
「エフェッサーを……軍を。全ての、虐殺を行う
人間達を……そして虐殺をさせられそうになっている、
バーリェ達を……」
言い淀んで、渚は服の裾を強く握り締めた。
「……とめて、欲しいんです……」
繰り返して、彼女は口をつぐんだ。
絆は松葉杖を鳴らして彼女に近づくと、言った。
65 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/22(木) 20:27:56.62 ID:sON2xcHy0
「俺はそんなに器用じゃない。
虐殺をとめたいなら、自分で何とかするんだな」
「そんな……」
すがるような瞳で渚が言う。
「そんな、あんまりです……!
あなたは特務官なんでしょう?
トレーナーなんでしょう!
バーリェが人殺しの道具にさせられて、
沢山のスラム街の人が殺されて、
何も感じていないんですか!」
絆がエフェッサーに対して言ったことと
同じことを口走って、渚は彼に詰め寄った。
「あなたはクランベじゃない。だから愛(あい)
なんて理解できないと思っていました。
だけど、今なら……今のあなたなら理解できるん
じゃないかと思ったのに……それなのに……!」
66 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/22(木) 20:28:37.88 ID:sON2xcHy0
「いいか、よく聞けよ」
絆はしかし、しっかりした声でゆっくりと渚に言った。
「俺は……スラム街の人間も、
エフェッサーも、軍も、その他の人間達も、
そいつらを守る気なんてどこにもない」
「…………」
「俺は、俺のバーリェを守るために戦う。
俺のバーリェ達が、ほんの少しだけでも笑って
暮らせるために、ほんの少しだけでも、
幸せになれるためだけに、俺は戦う」
「……バーリェを殺すことになってもですか?」
渚の問いに、絆は頷いた。
「それが、トレーナーとしての俺のカルマだ」
67 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/22(木) 20:29:16.58 ID:sON2xcHy0
*
フォロンクロンはエフェッサーの本部から、
高速エアラインで三時間ほどの場所にある。
陽月王のシートに職員の補助をもらって乗り込み、
体を固定してもらう。
事前に指定したとおり、コアに優、
副操作に文がセットアップされていた。
二人とも眠っているが、
体中に点滴やチューブ類が突き刺さっている。
起きたら驚くだろうな、と思って軽く心の中で笑うが、
同時に絆は大きな罪悪感を感じてもいた。
優も文も、まだ戦闘に出すには早い。
事前訓練も何も施していない。
68 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/22(木) 20:29:50.47 ID:sON2xcHy0
いくらバーリェの本能に賭けるとはいっても、
不安が残るのは事実だし、何より彼女達を本人が
「望まない」まま、強制的にセットアップしてしまったのだ。
果たして、それは許されることなのだろうか。
……いや。
そんなことを今考えても仕方がない。
絃を見つける。
見つけ出して、殺す。
そう心に決める。
あいつは敵だ。
世界中の、そして俺の敵だ。
69 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/22(木) 20:30:32.24 ID:sON2xcHy0
あいつを殺さなければ、
俺は……俺のバーリェ達は、笑って暮らせない。
そして死んでしまったバーリェも、浮かばれない。
だから、戦うんだ。
ガコン、と音がして陽月王が浮き上がり、
トレーラーボックスに詰め込まれる。
次いで空中に浮き上がる感覚があって、
絆は唾を飲み込んだ。
そしてシートからずり落ちそうになった
文の体を、隣のシートに支えて戻す。
……ずっとゲームをして過ごさせてやりたかった。
70 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/22(木) 20:31:08.03 ID:sON2xcHy0
――愛(まな)とは、もっと一緒に遊んでやりたかった。
命の料理を、もっと食べてやりたかった。
雪は……もう一緒に
アイスクリームを食べることはないのだろうか。
霧には、もっと優しくしてやればよかった。
もう、あの子達の、
この子達の笑顔を見ることはないのだろうか。
…………違う。
血が出るほどに唇を噛み締めて、
絆は沸きあがって来た感情を無理矢理に飲み込んだ。
「俺達は、帰るんだ」
手を伸ばして、優と文の力がない手を握る。
71 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/22(木) 20:31:37.60 ID:sON2xcHy0
「一緒に……」
呟いて、震えを押し殺す。
そう、帰るんだ。
俺達のラボに。
ささやかな幸せのために。
だから、戦うんだ。
二人の手を離して操縦桿を握る。
不思議なことに。
もう、震えは収まっていた。
72 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/22(木) 20:32:19.23 ID:sON2xcHy0
*
フォロンクロンに到着してから、
○七○○時まで待機していた。
途中、一時間ほど前に優と文が目を覚まし、
きょとんとした顔を見合わせる。
絆は軽く笑って彼女達に向けて手を挙げた。
「よお、目が覚めたか」
「絆……?」
『絆さん?』
優が言葉で、文が手話で疑問符を口に出す。
絆は周囲のモニターを見回して、彼女たちに言った。
「見ろよ。お前達が見たがってた、自然があるよ」
73 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/22(木) 20:32:48.09 ID:sON2xcHy0
朝の光に包まれた、広大な森が広がっていた。
さやさやと風が吹いていて、緑色の木々が揺らいでいる。
どれも青々としていて、生命力に満ち溢れていた。
バイオ技術で整備された土地。
これも人間の産物なのだが、優と文は、
口をポカンと開けて、自分達の置かれている状況を
確認するよりも先に、広がる森に見入った。
「フォロントンだ! 絆、ここフォロントンだよね!」
優が大声を上げる。
絆は軽く笑って首を振った。
「いや……良く似たところだけど、
フォロンクロンっていう自然区域だ」
74 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/22(木) 20:33:29.88 ID:sON2xcHy0
『凄い……こんなに木が沢山……』
文が緩慢に手を動かしながらモニターを覗き込む。
彼女の動きに連動して、陽月王の首が動き、
カメラアイから周囲の状況が切り替わる。
「ていうか、これ何……?
私達、どうしちゃったの?」
優が操縦桿を握ったり離したりを繰り返しながら、
不思議そうに言う。
――エネルギーラインは安定していた。
優と文の体から微量ずつエネルギーを抽出しながら、
最低ラインで機体を動かしている。
彼女達にも負担はあまりないようだ。
それを確認してから、絆は言った。
75 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/22(木) 20:34:09.31 ID:sON2xcHy0
「お前達のしたがってた戦闘だ。
これが、前話したことがある人型AAD、
陽月王。ロボットの中だよ」
「本当?」
優と文が目を丸くして、互いの顔を見合わせる。
そして双子は同時に手を伸ばして、
パン、と手の平を叩き合った。
「どうした?」
不思議そうに聞いた絆に、文が手話を返した。
『ずっと戦闘に出たかったんです!
それに、お姉ちゃんと一緒だなんて、
一緒に絆さんの役に立てるなんて、嬉しい!』
グン、と陽月王が動いて前傾姿勢から
いきなり立ち上がった。
76 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/22(木) 20:34:43.46 ID:sON2xcHy0
「ま、待て文!
まだ作戦は開始されてないんだ。座ってろ!」
慌てて絆が言うと、文は首を傾げて操縦桿を握った。
本能的に操縦感覚が分かるらしい。
またしゃがみこんだ陽月王の中で、
優がワクワクした顔を押し殺そうともせずに、絆に言った。
「で、どれ? どの死星獣を倒せばいいの?」
「…………」
「絆?」
『絆さん? どうしました?』
黙り込んだ絆に、双子が怪訝そうに聞く。
「今回のターゲットは、この森と人間だ」
77 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/22(木) 20:35:16.77 ID:sON2xcHy0
絆は、二人から視線を離して操縦桿を握った。
「え……?」
優がきょとんとして絆にまた聞いた。
「どういうこと? 死星獣はいないの?」
「出てきたら迎撃する。
だが、まずはこの森を焼き払う。
そしてもし『人間』がいたら、片っ端から殺す」
「…………」
『…………』
「安心しろ。操作は俺がやる。
お前達は、死星獣が出てきたら
ゲームと同じように倒せばいい」
「嘘……だよね、絆」
78 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/22(木) 20:35:43.32 ID:sON2xcHy0
優が狼狽しているのか、ポツリポツリと言う。
「この森焼くの? どうして?
こんなに綺麗なのに……」
『それに人って……敵は死星獣じゃないんですか?』
「エマージェンシーコールレッドだ。理解してくれ」
呟くように早口で言う。
その単語は、バーリェの脳の中に
刷り込まれた記憶を制御する「キーワード」だ。
途端に優と文が顔を見合わせ、頷いた。
「分かった。絆に任せるよ」
『分かりました。何をすればいいですか?』
79 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/22(木) 20:38:39.17 ID:sON2xcHy0
お疲れ様です。
次回の更新に続かせていただきます。
通院予定があるため多少遅れてしまうかもしれません。
ご了承ください。
ツイッターやスレで沢山のメッセージをいただいています!
皆さんの言葉で元気になれます。
ありがとうございます!!
引き続き、ご意見やご感想、ご質問などございましたら、
お気軽に書き込みをいただけますと嬉しいです。
それでは、今回は失礼します。
80 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/03/22(木) 20:49:47.29 ID:L9w85L6Ro
答えてくれてありがとう
やっぱり相手側強いなー
体調には気をつけてね
81 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/03/22(木) 20:53:46.41 ID:DLJaAsRX0
お疲れ
この世界の人間って一部除いて
こんななんだよね?
なんか…やだね。
82 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/03/22(木) 21:08:27.35 ID:kq8rNHDIO
乙
83 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(東京都)
[sage]:2012/03/22(木) 22:07:27.31 ID:x6vV4zp/o
罪深いな・・・
84 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/03/23(金) 07:15:45.28 ID:tuBuZamIO
いつも乙
85 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/23(金) 20:18:29.20 ID:U/74IjXl0
こんばんは。
この世界の人は、基本的に自分さえよければ他はどうなっても
いいと考えています。
その結果生まれたのがバーリェという存在です。
でもバーリェの方が人間らしいのですから、おかしな話ですね。
ご感想、励ましのメッセージ、ありがとうございます!
続きが書けましたので投稿させていただきます。
楽しんでいただけましたら幸いです。
86 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/23(金) 20:21:18.71 ID:U/74IjXl0
「合図が出たら、索敵しながらゆっくり進む。
文、武装のロックを解除しろ。機関砲だけでいい」
頷いて文が集中する。
「頭部マシンガンノロックヲ解除シマシタ」
ガチャン、とカバーが開いて何かがせり出す音がして、
機械音声が流れる。
――これでいい。
これでいいんだ。
生きて、帰る。
この子達を守るために。
それがどんなに狂っていて、
どんなに間違ったことだとしても。
87 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/23(金) 20:21:51.34 ID:U/74IjXl0
俺は、そのために戦いたいんだ。
それがたとえエゴだとしても。
そうするしか、ないんだ。
操縦桿を手の甲に骨が浮く程強く握り締める。
やがてポンという気の抜けた時報と共に、
渚の声が流れた。
『○七○○時になりました。ミサイル攻撃、
爆撃を開始します。特務官、衝撃に備えてください』
「了解」
優と文が不安そうに顔を見合わせる。
「大丈夫だ。俺の言う通りにしていれば、
すぐにラボに帰れる」
88 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/23(金) 20:22:35.47 ID:U/74IjXl0
絆がそう言った途端、陽月王の少し後ろに
設置されていたミサイル砲台から、
数本のミサイルが空中に向かって発射された。
陽月王と同系機の人型AAD三機が、
同様に木の陰に前傾姿勢で待機している。
それらの頭の上を飛び越えて、ミサイルは
数百メートル離れた地面に次々に突き刺さると、
天まで届く火柱を吹き上げた。
ビリビリと地面が振動する。
その轟音と衝撃に、優と文は悲鳴を上げて硬直した。
「口を閉じろ、舌を噛むぞ!」
絆が怒鳴る。
次いで、高速で戦闘機型AADが
空中を飛び越え、バラバラと機雷を投下した。
89 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/23(金) 20:23:09.01 ID:U/74IjXl0
一瞬後、また地面が揺れ、木々や土を
吹き飛ばしながらそれらが炸裂した。
機雷には誘炎剤が使われている。
離れた木々に爆炎が引火し、
たちまちに周囲が火の海になった。
「……き……絆……! 絆!」
優がそこで大声を上げた。
「絆、森が燃えてるよ! 森が……!」
ショックを受けたのか、ガクンと陽月王に
供給されるエネルギーラインが落ちた。
「グリーンラインニ安定サセマス。
活動臨界マデ、後千八百秒デス」
霧の時には表示されなかったタイマーが
モニターに表示される。
90 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/23(金) 20:23:47.99 ID:U/74IjXl0
あと三十分。
グリーンラインで優と文を使い続けて、
彼女達の一時的な限界が訪れるまでのタイムリミットだ。
それまでに勝負を決めなければいけない。
いや、決める。
ここに絃がいるとは限らないが、
自分は与えられた役割を完璧にこなして、そしてラボに戻る。
笑って、雪を迎えてやるんだ。
『特務官、前進してください』
渚のオペレーティングが聞こえる。
絆は狼狽している優と文から視線を離し、
陽月王の操縦桿を握った。
91 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/23(金) 20:24:25.07 ID:U/74IjXl0
絆の操縦により、陽月王が立ち上がり、
脚部のキャタピラを回転させる。
そして低速で進み始めた。
他の人型AADもゆっくりと前進を始めている。
「ちょっと待って絆、
エマージェンシーコールレッドでも、
いくら何でもおかしいよ! 森は何も悪くないよ!」
想像と現実は、えてして違う。
頭の中では「緊急事態」と認識していても、
目に入った現実に脳がついてこないのだろう。
優が怒鳴る。
絆は、同様に首を振った文と優を交互に見てから
静かに言った。
「……そうだな。お前の言う通りだ」
92 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/23(金) 20:24:59.53 ID:U/74IjXl0
「……なら……!」
「でも、お前達が笑って暮らすためには、
この森が邪魔なんだ。ここに敵が隠れてる可能性が高い。
だから壊す。これは決定事項なんだ」
「そんなの……そんなのおかしいよ!」
優が、しかし絆の言葉を打ち消した。
思わず黙った絆に、優は燃え盛る周囲と、
少し離れた場所にまた爆雷が投下された現実を見て、
声を張り上げた。
「こんなことして笑って暮らせない!
酷すぎるよ、おかしすぎるよ絆!」
「……俺に任せるんじゃなかったのか?」
「そういう問題じゃないよ、絆は何も感じないの?
そんな訳ないよね、だって絆だもん……!」
93 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/23(金) 20:25:33.14 ID:U/74IjXl0
すがるように優が言う。
隣を見ると、文も操縦桿から手を離して
絆を真っ直ぐ見ていた。
言葉に詰まった。
こんなことをして、笑って暮らすことは
出来ないと彼女達は言った。
なら。
――何が、正解なんだろう。
それが一瞬分からなくなったのだ。
しかし絆は、また爆雷が投下されて
優が悲鳴を上げたのにハッとして、
急いで文に指示をした。
「操縦するんだ、文!
巻き込まれたら俺達も死ぬぞ!」
94 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/23(金) 20:26:16.67 ID:U/74IjXl0
彼の切羽詰った声を受けて、
文が慌てて操縦桿を握り、意識を集中させる。
そして陽月王は、燃え盛る木に突撃しかけていたのを
すんでのところで回避し、横にスライドしながら前進を始めた。
「……駄目だ、やるんだ」
しかし絆は、少し考えてから押し殺した声でそう言った。
「どうして……!」
また怒鳴った優に、絆は静かに返した。
「終わらせるんだ、こんな戦い。終わらせなきゃならない。
だから俺達は、俺達が笑って暮らせるために、
小さな幸せを守るために、戦わなきゃいけない。
お前達も戦うんだ。
それが、バーリェとして生まれてきたお前達の宿命だ」
95 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/23(金) 20:26:53.05 ID:U/74IjXl0
「…………」
『…………』
「そして同時に、それが俺のカルマなんだよ……」
また機雷が爆発した。
「言ってる意味が、よく分からないよ……」
優が呟く。
そこで渚が張り上げた声が、
スピーカーから飛び込んできた。
『重力子指数急激に増大!
死星獣の反応です!
特務官、迎撃体制をとってください!』
「死星獣だ……!」
数百メートル離れた前方の空間それ自体、
空中にまるで水面のように波紋が広がる。
96 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/23(金) 20:27:24.88 ID:U/74IjXl0
そしてそこから蜃気楼のように、
白いヒトガタ死星獣が出現した。
一、二、三……。
合計。
十五体。
「え……?」
唖然として、情けない声を上げる。
ヒトガタ死星獣……タイプγ(ガンマ)達は、
陽月王をはじめとする人型AAD四機を
包囲するように次々に出現していた。
『た……多数のタイプγを感知!
戦闘に移行してください!』
渚がモニターの奥で悲鳴のような声を上げる。
97 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/23(金) 20:28:03.82 ID:U/74IjXl0
「何、これ……」
白い巨人に包囲されている状況を見て、
優がポカンとして静止する。
絆も言葉を失っていた。
先日倒した一体どころの話ではない。
十五体もの死星獣を、どうしたらいいのか。
一瞬、分からなくなった。
……もしかして。
嵌められたのか?
絃に。
「戦闘プログラムを起動!
文、優、敵を倒せ、『命令』だ!」
しかし絆は、考える間もなく怒鳴っていた。
98 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/23(金) 20:28:47.77 ID:U/74IjXl0
バルカントを消滅させたような
玉砕攻撃をかけられたら、ひとたまりもない。
『命令』というキーワードを聞いて、
二人が一気に緊張する。
文が操縦桿を握り、瞬時に陽月王の
戦闘プログラムを起動させた。
「戦闘システム、起動。全テノ設定ヲニュートラルヘ。
エネルギーゲイン、ブルーラインデ安定。迫撃刀、
『シィンケルハン』ヲ使用シマス」
機械音声が無機質にそう言い、
陽月王は文の本能的な操作によって、
背負っていた全長十メートルはあろうかという
長大な幅広のブレードを抜き放った。
優も意識を集中する。
ブレードにオレンジ色の光がまとわりついた。
99 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/23(金) 20:29:27.16 ID:U/74IjXl0
二人とも、「兵器」の顔をしていた。
途端、陽月王は背部ブースターが点火させ、
凄まじい衝撃と共に横に吹き飛んだ。
「コアを狙え、胸部だ!」
絆が凄まじいGに耐えながら声を張り上げる。
文は、Gが全く気にならないのか機械的に操縦桿を動かした。
ゲームと同じ。
普段彼女達がやっていたのは、擬似的な戦闘プログラムだ。
操縦法は、あまり変わらない。
次の瞬間、正確に一体、タイプγが
胸から両断されて崩れ落ちた。
内部は空洞になっていて、
キューブ型のコアも半ばから二つに割れている。
100 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/23(金) 20:30:10.21 ID:U/74IjXl0
遅れて、そのタイプγが大爆発を起こした。
それに煽られて、周囲の他のタイプγ達がよろめく。
「文、一気にやるよ!」
優が操縦桿を握って大声を張り上げる。
文は力強く頷いて、なんの躊躇いもなく
操縦桿を高速に動かし始めた。
ブラックホール粒子の四散と爆発に
巻き込まれそうになったところを、
キャタピラを高速回転させて避ける。
そして倒れこんだ別のタイプγの首をブレードで凪ぐ。
簡単に死星獣の首が宙に舞った。
そして文は、陽月王のブレードを首を
切り飛ばしたタイプγのコアに突き立てた。
101 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/23(金) 20:30:39.25 ID:U/74IjXl0
音を立ててブレードを回転させ、
またキャタピラを動かしてその場を離脱する。
絆の認識が追いつかないほどの、機械的な動きだった。
「私達、やれる! こいつら全部殺せる!」
優が叫ぶ。
文が口の端を吊り上げて笑う。
「エネルギーライン上昇。活動臨界マデ、後六百秒デス」
度重なる「キーワード」の連発と、
恐怖による彼女たちの極度の興奮状態で、
エネルギーがダダ漏れになっている。
「落ち着け……! 周りと連携しろ!」
舌を噛みそうになりながら絆が大声を上げる。
102 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/23(金) 20:31:17.01 ID:U/74IjXl0
あと十分で陽月王は停止するほどに、
エネルギーラインが上がっていた。
バーリェの生体エネルギー融合炉が、
真っ赤に発熱しているのが危険値として表示されている。
そこでやっと、他の人型AAD達が陽月王の
ものと同じ迫撃戦用ブレードを抜き放った。
タイプγとの戦闘データは、
命のもので既に対策が立てられている。
コアは胸部であることが判明している。
頭部から発射される高密度のブラックホール粒子爆弾さえ
どうにかしてしまえば、どうにかなる。
迫撃戦用の強力な武装で、短期決戦を狙うのが一番早いのだ。
しかし次の瞬間、近くのタイプγに斬りかかろうとした
人型AADが、別の個体に唾を吐きかけられ、
大爆発を起こした。
103 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/23(金) 20:31:58.80 ID:U/74IjXl0
「あ……」
絆は思わず、呟いていた。
情けない声で。
吹き飛び四散する人型AADの一機が、
自分達と重なって見えて。
そこにも、同じようにバーリェが
乗っていたんだと気づいて。
呟いて、しまった。
次の瞬間、補助操作が止まった陽月王が
絆の制御を離れ、完全なる暴走状態に陥った。
「全テノ設定ヲパーンクテンション。
全武装ノロックヲ解除。
エネルギーラインを百三十五倍デオーバー。
武装チェック、レディ。
視界確保、レディ。
シィンケルハンドブレードノ、
エネルギーシステムヲ展開シマス」
104 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/23(金) 20:32:35.24 ID:U/74IjXl0
陽月王のエネルギーコーティングが
炎のように吹き上がり、
同時にブレードが、バクンと音を立てて
上下左右に展開した。
その隙間から、オレンジ色の光
……優の生体エネルギーが滝のように吹き上がる。
「活動臨界マデ、後百五十秒デス」
「やめろ! 何をしてる、俺のナビを聞け!」
青くなって絆が怒鳴る。
「はは……あははははは!」
優が笑った。
壊れてしまった命のように。
楽しそうに。
面白そうに。
105 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/23(金) 20:33:08.36 ID:U/74IjXl0
大きな声で彼女は笑うと、
操縦桿を力の限り握り締めた。
その目は、既に正気を失ってしまっていた。
「殺すよ! 全員殺す!」
怒鳴った優の激情を代弁するかのように、
文が陽月王を動かした。
腕を振り、オレンジ色の光を噴出させている
ブレードを凪ぐ。
既に三十メートル近く伸びているエネルギーの刃は、
タイプγを同時に四体、胸から斬り飛ばした。
絆が目を開くことも出来ない速度で陽月王が舞う。
地面を滑りながら鈍重な筈の機体が動き、
長いブレードで地面を、森を斬り飛ばしながら
手近なタイプγのことを頭から両断した。
106 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/23(金) 20:33:39.80 ID:U/74IjXl0
そこで、もう一体の人型AADが
タイプγの唾を正面から受けて四散した。
その爆発を踏み超えて、
優と文が同時に雄たけびを上げた。
「全エネルギーヲ解放シマス」
一瞬で、エネルギーの刃が天を突く程、
数百メートルも伸びた。
「避けろ!」
かろうじて絆が、味方に向かって怒鳴る。
しかしそれさえも許さない速度で、
文は数百メートルの刃を横凪に振り回した。
射線上にいた味方のAADもろとも、
残りの、唾を同時発射して
玉砕しようとしていたタイプγ達を吹き飛ばす。
107 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/23(金) 20:34:15.94 ID:U/74IjXl0
次いでエネルギーの塊が収束して、大爆発を起こした。
それに煽られる形で、陽月王が地面に転がる。
次の瞬間、優が凄まじい勢いで吐血した。
「え……」
ブルブルと震える血まみれの手を見つめ、
優はポカンと呟いた。
「エネルギーシステムノラインガ切断サレマシタ。
サイドシステムニ移行シマス」
「優!」
絆が我に返って、這いずるようにして優に近づこうとする。
そこで、前傾姿勢になっているコクピットの中、
優がぐんにゃりと体を曲げ、力なく絆の方に倒れこんだ。
108 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/23(金) 20:34:54.89 ID:U/74IjXl0
「優、おい、しっかりしろ! 優!」
優はもう、呼吸をしていなかった。
半開きになった口元から、
血液が後から後からと垂れている。
事態に頭がついていかないのか、
文が呆然とそれを見つめていた。
絆は痛む足を庇うこともせずに、
優の体からチューブをむしりとると、
彼女の止まっている心臓の上に手を当てて、
何度も押し込み始めた。
109 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/23(金) 20:35:29.52 ID:U/74IjXl0
「おい! おい、返事しろ!
…………帰るんだ! 一緒に帰るんだよ!
違う! 俺は……俺はお前達にこんなことを
させたかったんじゃない!
違うんだ、優! 違うんだ!
目を開けろ! 優、優!」
必死に呼びかける。
絶叫する。
しかし、もう事切れたバーリェに反応はなかった。
マイクの奥で渚が絶句している。
しかししばらくの沈黙の後、
彼女は絆の声を掻き消すように大音量で声を張り上げた。
「新しい死星獣の反応です!
未確認の個体です、迎撃してください!」
110 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/23(金) 20:36:22.92 ID:U/74IjXl0
お疲れ様でした。
次回に続かせていただきます。
ご意見やご感想、ご質問などがございましたら、
お気軽に書き込みいただけると嬉しいです。
それでは、今回は失礼します。
111 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/03/23(金) 20:38:12.30 ID:ISKoyZXn0
乙&回答thx
しかし、元老院汚い
112 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/03/23(金) 21:59:39.05 ID:MsnI8oqIO
乙
113 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/03/24(土) 08:23:26.77 ID:6JJtEyS1o
優まで…
絆は大丈夫なのか?
114 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(東京都)
[sage]:2012/03/24(土) 14:51:34.38 ID:/Tg7wUVpo
もしかすると、これが霧の言っていた「自分以外のバーリェを乗せるな」という理由か・・・
115 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/24(土) 21:29:06.39 ID:s9qUNLnH0
こんばんは。
このブラックボックスシステムが、霧が言いかけていた
「危険な」システムです。
元老院や絆の心境についても触れて、
続きを書かせていただきました。
今回の更新分で、若干いつもより短いですが、
第四話は終了となります。
それでは、投稿させていただきます。
お楽しみいただけましたら幸いです。
116 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/24(土) 21:32:55.13 ID:s9qUNLnH0
「優が……優が……!」
渚に向かって絆は悲鳴を上げた。
「優が死んだ!」
『特務官、死星獣の撃破を!』
絆の声に被せて渚が大声を上げた。
『先ほどの爆発と死星獣の攻撃により、
エフェッサー側の残存戦力が五十パーセントを
切りました! 迎撃してください!』
絆達の少し前の空間がゆらめいて、
今度は、タイプγのように白くはなく、
「金色の」ヒトガタ死星獣が浮かび上がる。
それは、胸の前に手の平を上にして、
長い髪を垂らした女の子を乗せていた。
117 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/24(土) 21:33:31.61 ID:s9qUNLnH0
女の子は白と赤を基調とした
軍服のようなものを着ていた。
金色の死星獣の顔面にあたる場所には
穴が開いておらず、完全なのっぺらぼうだ。
全長は少しサイズが小さく、十五メートル前後だろうか。
死星獣の体に触れても死なないということは。
体から生体エネルギーを発しているということに他ならず。
それは、つまり。
人間ではないということを指していた。
女の子は背を伸ばして両腕を胸の前で組んでいた。
ズンッ、と金色の死星獣が足を踏み出した。
それの体から発生られるブラックホール粒子が、
周囲の地面をすり鉢型に塵にして消滅させていく。
118 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/24(土) 21:34:25.47 ID:s9qUNLnH0
そこで、モニターにザザッ、と音がして
聞き知った声が割り込んできた。
『お久しぶりです。絆様』
「さ……桜……?」
呆然として優の心臓マッサージをしていた
手を止め、絆はモニターを見つめた。
桜だった。
絃と共に消えた、彼のバーリェ。
半死半生の状態のはずの彼女が、
腕組みをして仁王立ちになり、こちらを睨みつけている。
文の無意識の操作で、カメラアイが収縮し、
死星獣の手の平の桜が拡大される。
彼女は口の端を歪めて小さく笑うと、
どこかからか通信素子で割り込みをかけているのか、
静かに服の胸元に取り付けられたマイクに向かって口を開いた。
119 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/24(土) 21:35:04.52 ID:s9qUNLnH0
『乗っているのは雪ちゃんではありませんね?
新しい複製体でもないようです。
……無茶をしましたね。死にましたか?
大暴れをしてくれたものです
……これだけの被害を出すとは、正直思っていませんでした』
彼女らしくない淡々とした喋り方だった。
どこか達観したかのような、緩やかな口調だ。
顔色は悪い。
良く見ると、腕に携帯型の点滴が取り付けられていた。
心なしか、風に吹かれて仁王立ちの姿が
揺らめいているようにも見える。
そこで陽月王が立ち上がり、死星獣に近づいた。
絆が止める間もなく、文が陽月王のハッチを開いた。
絆と文の姿が、外気にさらされる。
120 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/24(土) 21:35:48.90 ID:s9qUNLnH0
周囲に四散しているブラックホール粒子は、
文による陽月王のエネルギーコーティングの
フィールドで防がれてはいる。
しかし、絆は青くなってハッチを閉じようと
計器を操作した。
……動かない。
頑として文が操縦している陽月王は、動こうとしなかった。
「くそっ……何でだ……! 動け! くそ!」
ガチャガチャと操縦桿を動かしている絆を見ることもせずに、
文は大きな身振りで桜に手話を送った。
『桜ちゃん! 何? 何があったの?
どうしてそっちにいるの!』
「…………」
121 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/24(土) 21:36:35.27 ID:s9qUNLnH0
死星獣の手の上の桜は、しかしそれには答えなかった。
それ以前に、距離が遠くて手話が見えていないようだ。
声を発することが出来ない文が、
歯を強く噛んで腕を動かす。
『お姉ちゃんが……お姉ちゃんが死んじゃった!
愛ちゃんも、命ちゃんも死んじゃったよ!
雪ちゃんも死にそうなの!
なのに……なのにどうしてそっちにいるの!』
文の声にならない叫びを受けて、
桜は鼻を鳴らしてそれを一蹴した。
『何だ……やっぱり雪ちゃんではないのですか』
スピーカーから淡々とした声が流れてくる。
死星獣が腕を動かし、胸の前に持っていく。
そして、桜はまるで水面のように揺らめいた
その胸部に、トプリと体を沈み込ませた。
122 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/24(土) 21:37:26.15 ID:s9qUNLnH0
『その兵器を破壊します。
ブラックボックスシステムをいただいていきます。
絆様、文ちゃん。さようなら。速やかに死んでください』
死星獣の体が、次の瞬間、更に濃い金色に変色した。
『桜ちゃん!』
文が手を握り締めて、口を動かす。
そこで残存していたらしい、
残り一機の人型AADが、
金色の死星獣に向かって斬りかかってきた。
しかし桜を取り込んだ死星獣は、
タイプγのものとは比べ物にならない速度で
それを回避すると、地面を滑るように浮遊し始めた。
そして一瞬で人型AADの背後に回り、
それを羽交い絞めにする。
『まずは一つ』
123 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/24(土) 21:38:25.73 ID:s9qUNLnH0
桜の呟きが、割り込んできた通信から流れる。
死星獣の背中から別の腕が競り出すように生えてきて、
人型AADのコクピットを貫通する。
それをハッチごと握りつぶして、
ドシャリと音を立てて地面に投げ捨てる。
『この機体とシステムは、流用させていただきます』
金色の死星獣は、次の瞬間アメーバのように
ドパァッ、と薄い膜状になって広がると、
コクピットを除いた人型AADに覆いかぶさった。
そしてたちまちのうちに全身を覆い隠し、
陽月王と寸分違わない姿になる。
違うといえば、表面が光沢を発していて、
全身金色に光り輝いていることくらいだ。
迫撃戦用ブレードを構える、金色の陽月王。
124 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/24(土) 21:38:59.56 ID:s9qUNLnH0
そのブレードが、先程優がやったように展開し、
一瞬で全長五十メートルは超える
桜色のエネルギー波を発し始めた。
「ど……どういうことだ……?」
呆然と絆が呟く。
頭がついていかなかった。
そこで文が強く歯を噛み、操縦席に腰を下ろした。
絆の操縦を無視していた陽月王が、
コクピットハッチを空けたまま動き出す。
文が陽月王にも迫撃戦用ブレードを構えさせる。
「文、ハッチを締めろ!」
絆が声を張り上げるが、文はそれを無視した。
自分の両目で、金色の陽月王を睨みつけた
文の目から、一筋涙が垂れる。
125 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/24(土) 21:39:41.73 ID:s9qUNLnH0
『シィンケルハンドブレード、ロック解除。
エネルギーシステムヲ展開シマス。
活動臨界マデ、後百二十秒デス』
次の瞬間、陽月王の背部ブースターが
全開に点火し、絆は叩きつける風に
目を開けることも出来ずに、
必死に優の亡骸を抱き寄せて、
シートの上に体を丸め、ベルトで固定した。
次の瞬間、薄いオレンジ色の文のエネルギーと、
ピンク色の桜のエネルギーが衝突して、
辺りに真っ赤な熱波を飛び散らせた。
『……文ちゃん、あなたの気持ちは分かります。
悲しいよね。苦しいよね』
金色の陽月王が陽月王と全く同じ動きをして、
何度も高速の斬撃を受け止める。
まるで鏡の中の自分と戦っているかのようだった。
126 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/24(土) 21:40:37.32 ID:s9qUNLnH0
『でもね、それ以上にこの星は病んでるの。
私達の悲しみも、苦しみも、
元はといえばこの星が病んでいるせいなのよ』
淡々と桜が語る声が、金色の陽月王の中から聞こえる。
『そして星を病ませているのは、人間なの。
だから人間は殺さなきゃならない。
皆殺しにしなきゃならない。
でも……新世界連合は、生き残らなきゃいけないの』
同時に斬撃をかわして、
キャタピラを回して横にスライドする。
そしてやはり同時に、エネルギーブレードが長く伸び、
相手の左肩を吹き飛ばした。
陽月王の左肩が半ばから抉れて飛び散り、
破材が小規模な爆発を起こす。
文と金色の陽月王――桜は、ブレードを投げ捨てると、
残った右手でお互い相手の頭部を掴んだ。
127 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/24(土) 21:41:14.64 ID:s9qUNLnH0
ギリギリと締め上げられて、
カメラアイからのモニター映像が次々と消えていく。
異常値を示すランプがところかしこで点滅した。
次の瞬間、二機の右腕の装甲が、
愛が死星獣を吹き飛ばした時のように開いた。
そしてお互いのエネルギーを噴出させ始める。
「やめろ文……! こいつはダミーシステムだ!
お前の行動をなぞっているに過ぎない!」
絆がやっとの思いで怒鳴る。
しかし文は、絆の声が聞こえていないのか、
声が出ない口を大きく開き、
正気を失った目で声に出さずに絶叫した。
桜の声が、聞こえる。
128 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/24(土) 21:42:05.70 ID:s9qUNLnH0
『だってそうでしょう?
新世界連合までいなくなったら、
誰がこの世界の秩序を守るの?
あなた達害獣を駆除した後、
誰がこの腐った世界を元に戻すの?
だから私達は、あなた達が抱く戦力を全て
吸収した後に破壊することにしたわ。
残念ながら、今の死星獣に、マーキングがない
詳細なピンポイントワープを行う技術はない。
正確には……「その技術を解明できていない」
のだけれど……』
同時に陽月王と、桜の機体の頭部が爆発した。
優の亡骸を熱波から庇うように、
それに覆いかぶさった絆の背中を、火が舐める。
よろめいて頭部を失った相互が、
光り輝く右手を振りかぶった。
『だから元老院の居場所をみつけることもできない
……でも、情報はいただいていくわ。
このブラックボックスは、持ち帰らせてもらう!』
129 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/24(土) 21:43:04.66 ID:s9qUNLnH0
桜が吼えた。
絆達を囲むように、
死星獣のタイプγが新たに五体出現する。
そして一体が、桜の機体の背中に手を突っ込んで、
一辺一メートル四方ほどの、
黒いキューブ体を取り出した。
それは。
――死星獣の核に、酷似していた。
それを持ってまた消えた死星獣を確認して、
絆は操縦桿を押した。
陽月王がブースターを点火して、
相手から跳びすさって離れる。
地面に転がっていた迫撃戦用ブレードを拾い上げ、
転がるようにして金色の陽月王に飛び掛る。
相手も同様にブレードを構えて突撃してきた。
130 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/24(土) 21:43:41.07 ID:s9qUNLnH0
「離脱するぞ、文!」
絆は怒鳴って、新たに陽月王に搭載されていた、
緊急離脱用のシートポッドのボタンを、
ガラスを叩き割って露出させた。
愛が死んでから、陽月王に搭載させていた機能だ。
コクピットが小型の戦闘機型脱出用ポッドとなって、
緊急離脱することが出来る。
しかし、それを叩きつけるように押した途端。
絆は、文に突き飛ばされて、
競りあがってきたシャッターの中に、
優の亡骸を置いて押し込められた。
「文! 何やってんだお前!」
陽月王と桜の機体のブレードが衝突し、
また熱波が吹き荒れる。
131 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/24(土) 21:44:13.94 ID:s9qUNLnH0
周囲を、残ったタイプγが囲み始めていた。
文は優の血まみれの亡骸を抱いていた。
そして絆に向けて、ゆっくりと手を振る。
『……さよなら絆さん。今までありがとう。
でも、私はお姉ちゃんの所に行きます。
お姉ちゃんには私がいて、私にはお姉ちゃんがいて、
そうじゃなきゃいけないから。
だから、ごめんなさい……本当に、ごめんなさい』
意味を理解して絆は青くなった。
この子は。
死ぬつもりだ。
「やめろ文! め」
「命令だ」と言おうとしたところで、
シャッターが閉まった。
132 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/24(土) 21:45:01.48 ID:s9qUNLnH0
次いで、絆を乗せた脱出用ポッドが
ものすごい勢いで後ろに向けて射出される。
『あなた達を生かしてはおかない……!
危険すぎる! そしてあの人は絶対に殺させない!
私の、世界で一番大切な、
何にもまして大事な、大事な人……!
絶対に殺させるものか!
絶対に、あなた達をあの人に近づけない!』
桜が通信の外で声を張り上げる。
そこで、文が立ち上がったままの陽月王が
背部ブースターを点火させて、頭から桜の機体にぶつかった。
……文が、絆に向けて微笑んだ気がした。
『そのためだったら、私は死んでも構わない!』
桜の機体も頭からぶつかってくる。
『我らの新世界のために!』
133 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/24(土) 21:45:34.67 ID:s9qUNLnH0
正面衝突した二つの機体は、同時に。
――桜の絶叫と共に、一瞬だけ膨らんだと思ったら。
まわりの死星獣を巻き込んで、大爆発を起こした。
自爆したのだ。
人型AAD二機が、同時に。
半球状のエネルギーの塊が吹き荒れ、
次の瞬間、天高く光の柱が吹き上がった。
それは光化学スモッグの雲を吹き飛ばし、
その上の「青空」を一瞬だけ投影した。
絆の脱出用ポッドが突風に煽られて地面に叩きつけられる。
134 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/24(土) 21:46:04.99 ID:s9qUNLnH0
衝撃でハッチが開き、中途半端に
締めていたベルトが外れ、
絆は焼け野原になったフォロンクロンの
地面に投げ出され、叩きつけられた。
土と血まみれになりながら、
絆は綺麗なすり鉢型に消滅した、
数百メートル先の地面を見た。
タイプγも、金色の陽月王も。
他ならぬ、先ほどまで乗っていた陽月王でさえも。
そこには、何もなくなってしまっていた。
135 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/24(土) 21:46:57.43 ID:s9qUNLnH0
*
数時間後、病院のベッドに絆は固定されていた。
その隣で、渚が俯いて座っている。
彼女は持っていたファイルを開いて、
ボンヤリと空中を見つめている絆に、重い口を開いた。
「フォロンクロン、他二拠点で多数の死星獣の
出現は感知されましたが、絃元執行官をはじめとした、
新世界連合の『人間』は確認されませんでした。
おそらく三拠点に攻撃する前に、拠点が移されたと
思われます。フォロンクロンの地下に、もぬけの殻に
なった拠点跡が発見されました。
攻撃で半壊していましたが、おそらく新世界連合が
使っていたものと考えられます。
他二拠点では、AADは全滅。
エフェッサーの戦力が残ったのは、
フォロンクロンだけでした」
136 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/24(土) 21:47:37.06 ID:s9qUNLnH0
「…………」
絆は外を見た。
……絃に嵌められた、と考えるのが一番妥当なのだろう。
彼が、桜と、桜のクローンを連れ出した時から、
既に彼の策は始まっていたのだ。
おそらく狙いは元老院。
絆や、エフェッサーの本部役員でさえも
その所在を知らない、モニターの向こうの数百人の老人達。
彼らの情報を、新世界連合は欲しがっていたのだ。
そして同時に。
彼らは、エフェッサーの有するAADの
情報も欲しがっていた。
137 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/24(土) 21:48:14.23 ID:s9qUNLnH0
――あの黒いコアを思い出す。
死星獣のコアに酷似していた。
もしかしたら……と思っていたが、
どうやら、間違いないようだった。
死星獣とバーリェは類似した存在なのだ。
だから雪の細胞と死星獣の細胞は、
融合して霧を創りだすことが出来た。
適合したのだ。
それが偶然とは思えない。
そして、AADに使われている技術も、
死星獣のデータを応用したものなのではないのか。
そう考えると、絃が他ならぬ桜を犠牲にしてまでも
逃げて、人型AADのブラックボックスを、
死星獣を使って回収させたことも納得がいく。
138 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/24(土) 21:49:06.21 ID:s9qUNLnH0
AADのブラックボックスは、
死星獣にもそのまま応用できるのではないか。
……死星獣がAADを取り込んだ瞬間を目の当たりにした。
多少なりとも同一要素を含んでいることで、
あそこまで陽月王と同一な機体を作り上げることが
できたのではないのか。
桜は、その捨て石にされた。
――絃は、桜を守るために裏切ったのではない。
桜を使ってでも、本当に「人類を抹殺するため」だけに
裏切ったのだ。
おそらく絃は、新世界連合は、
桜達が三方向に分かれた時点で、既に拠点を移している。
そしてのうのうとエフェッサーが残り香を追跡してきた
ところを、大量のタイプγ死星獣で襲ってきたのだ。
139 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/24(土) 21:49:46.75 ID:s9qUNLnH0
つまり。
「………………犬死にかよ」
小さな絆の呟きを聞いて、渚が口をつぐんだ。
優も、文も。
犬死にだ。
桜を道連れにしたとはいえ、
ブラックボックスも回収されている。
文の自爆で、全体の半分のAADが
残存したとはいえ、残りの半分を破壊したのは、
優と文のようなものだ。
一概に、彼女達の活躍だとは言えないのが事実だった。
最初から間違っていたのだ。
決められたことを、決められた通りに、
決められた分だけやれば幸せになれるなんて、
そんな楽な考えはなかったのだ。
140 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/24(土) 21:50:38.25 ID:s9qUNLnH0
そうしようとして結局どうなった?
優はブラックボックスにエネルギーを
全て吸い取られて死んだ。
文はそれに絶望して、
本来バーリェがとるはずのない行動に出た。
自殺だ。
そう、自殺だった。
五大原則にもある意識に抗って
尚余りあるほど、彼女は絶望したのだ。
それは絆への愛を、インプットされた
好意感情を上まっていることであり。
いわば、文の優に対する「愛」だったとも言えた。
目を閉じて、息をつく。
141 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/24(土) 21:51:12.53 ID:s9qUNLnH0
骨折五箇所。
肋骨には所々ひびが入っていて、
背中には広範囲で火傷が広がっている。
重症だ。
そして結果が。
これだ。
……絃が、桜を捨て石にしたことに
対する衝撃も大きかった。
あくまで彼は、「トレーナー」であると
心のどこかで勝手に定義づけていたのだ。
そう、思いたかっただけなのかもしれない。
「……元老院およびエフェッサーは、
あなたに新しいバーリェの支給を検討しています
……検討しているのですが……」
142 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/24(土) 21:51:45.80 ID:s9qUNLnH0
言い淀んでから、渚は呟くように言った。
「……どう、されますか?」
絆は緩慢に彼女の方を向くと、自嘲気味に笑った。
「どうするも何も……受け取らざるを得ないんだろ。
状況は、切迫しているからな」
「私は、あなたの監査を担当しています。
結果だけを重視している本部の判断とは異なり、
あなたのことを客観的に、行動全てを見て判断することが
出来ます。私は、あなたはトレーナー職から遠ざかるべきだと
考えます。全てが通るとは限りませんが、
多少なりとも、発言の効果はあると思います」
渚が小さな声で言う。
「…………」
絆はしかし、渚から視線を離して、
掠れた声で関係のないことを呟いた。
143 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/24(土) 21:52:36.14 ID:s9qUNLnH0
「……みんな死んだなぁ」
「…………」
「その前にも、沢山殺してるけど
……今回のはちょっときついな……
五人もいたのに、今は同期は雪だけだ。
雪だって、あと何日生きられるか分からない」
「…………」
「いい子達だったんだ。今回は、特に」
「……分かります」
「あんたに何が分かるって言うんだ」
絆は呟いた渚の言葉を鼻で笑った。
しかし渚は、俯いたまま続けた。
144 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/24(土) 21:53:13.47 ID:s9qUNLnH0
「何となくですが……分かります。
あなたのバーリェ達は、みんなあなたを
守るために死にました。どの子も、自分が死ぬことに
対して躊躇がありませんでした。
あなたは、愛されていたんだなって私は思います」
「…………」
「その事実だけじゃ……いけないんでしょうか?」
絆は、ギプスが嵌められた腕で頭を抑えて、息をついた。
そしてだいぶ沈黙してから呟く。
「それじゃ、多分いけないんだな……」
「…………」
「愛されるだけじゃ、多分駄目なんだよな。
俺はそれに値する愛を、返してやれたのかって疑問なんだ」
145 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/24(土) 21:53:39.28 ID:s9qUNLnH0
「…………」
「多分俺は、返せてない。
あいつらに、あいつらの与えてくれた愛を、
それに値する愛を返せていない。
だから……だからこんなに苦しいんだ。
だからこんなに……」
絆は顔を上げて、渚に言った。
「連れて行って欲しいところがある。
手続きをとって欲しい」
146 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/24(土) 21:54:10.72 ID:s9qUNLnH0
*
絆が希望したのは、軍病院からさして
離れていない小さな自然公園だった。
渚に支えられながらタクシーを降りて、
松葉杖をついて歩き出す。
桜の花が、咲いていた。
花が咲いていた。
ピンク色の花びらが舞い散っていた。
バイオ技術で管理された自然の中、灰色の空の下。
その花は、ただひっそりと咲いていた。
排気ガス臭い空気がなびき、また花びらが散った。
それは整備されたコンクリートの地面に落ちると、
静かに横たわった。
147 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/24(土) 21:54:40.32 ID:s9qUNLnH0
そしてひときわ強い風が吹いて、
どこかに消えていってしまった。
絆は、またひらひらと落ちてきた花びらを手で掴んだ。
手の中で僅かに震えるそれをくしゃりと握りつぶし、
風の中に放る。
――声が、聞こえた気がした。
幸せな声が。
楽しそうな声が。
しかし、振り返った先には何もなかった。
ただ漫然としたピンク色の花びらが
舞っているだけだった。
148 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/24(土) 21:55:16.33 ID:s9qUNLnH0
過ぎ去った日。
過ぎ去ってしまった日。
もう戻らない日々。
もう返らない日々。
しかし、去年と、
その前と同じようにこの花だけは咲いた。
憔悴した目で、周りを見回す。
くすんだ視界に映るのは、何もない、
ただ花が咲き乱れる空間。
そして一本の樹の根元に、
ひっそりとたたずんでいる、一抱えほどの石だった。
バーリェの墓、と絃は呼んでいた。
バーリェ達は死んだら火葬されるでもなく、
大概は検体として分解された後、リサイクルに回される。
149 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/24(土) 21:55:58.21 ID:s9qUNLnH0
優秀な個体であればあるほど、そうなる。
それに、今回のように自爆してしまった
優と文には、亡骸が存在しない。
その火葬されるわけでもない、
骨が埋まっているわけでもないバーリェ達の「墓」、
と絃は勝手に呼んで、死んだバーリェの名前を彫っていた。
いつしか、絆もその石に死んだバーリェの名前を
彫るようになっていた。
絃から話を聞いた、他の上級トレーナー達も、
時折訪れているらしい。
名前が、増えていた。
持ってきた彫刻刀を握り締めて、
ゆっくりとその石に近づく。
命が死んでから、ここには来ていない。
150 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/24(土) 21:56:33.70 ID:s9qUNLnH0
彼女の名前も彫ってやらなければならなかった。
絆達人間も、死んだら大概は火葬されて
灰は埋め立て処分をされる。
墓、という概念がいまだによく分からなかったが
それが「弔い」の気持ちから来るものであるということは、
今の絆にはよく分かっていた。
体中の痛みで霞む視界を無理矢理定め、名前達を手でなぞる。
沢山、死んだなぁ。
そう思う。
ふと、その手が一番新しい場所で止まった。
桜の名前が、掘ってあった。
乱雑な字で。
しかし、深く。
151 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/24(土) 21:57:14.86 ID:s9qUNLnH0
いつ掘られたものなのかは分からない。
絃が掘ったのだろう。
おそらく、桜を連れて本部に出頭した最後の日に。
――桜を安楽死させてやろうと思うんだ。
絃の言葉が脳裏に蘇る。
安楽死、と絃は言っていた。
もしかしたら。
桜は、それを拒んだのではないか。
自分の意思で、玉砕する事を選んだのではないか。
乱雑に彫られた字を指でなぞり、絆は沈黙したまま、
右手で命、優、文の名前を、愛の名前の隣に加えていった。
152 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/24(土) 21:57:53.62 ID:s9qUNLnH0
――涙が流れた。
最後に文の名前を彫り終わって、
絆は彫刻刀を取り落とした。
何故泣いているのか、何が悲しいのか。
この期に及んでも絆はまだ、良く分からなかった。
分からなかったが。
悲しかった。
苦しかった。
手を伸ばして、樹から花がついた枝を一本折り取る。
そして絆は、そっと石の前にそれを置いた。
両手で頭を抱えて、泣きながら石の前に膝をつく。
153 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/24(土) 21:58:23.26 ID:s9qUNLnH0
もう戻らない日々。
もう返らない日々。
ピンク色の花びらが舞っている。
風が吹いた。
絆の苦しみなどを知らないかのように、
風はただ吹いて。
そしてただ、漫然と花びらは舞っていた。
154 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/24(土) 21:58:58.67 ID:s9qUNLnH0
*
雪の目が覚めたと聞いたのは、
それから二日経ってのことだった。
霧と一緒に、彼女に手を引かれながら絆は、
雪の病室を訪れた。
扉を開けると、ベッドの上に上半身を起こした
雪の姿が映った。
彼女は見えない目を二人に向けると、
嬉しそうに掠れた声を発した。
「絆、霧ちゃん……」
「お姉様!」
霧が駆け足で彼女に近づき、手を握る。
痩せていた。
やつれていた。
155 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/24(土) 21:59:30.89 ID:s9qUNLnH0
窓が開いていて、排気ガス臭い空気が部屋に充満している。
絆は雪の頭を撫でて、それを締めようと窓に近づいた。
「あ……締めないで」
雪はそう言って、小さく付け加えた。
「花の匂いがするんだよ」
「花の?」
絆はそう言って、笑った。
「そうだな。花の匂いがするな」
「みんなは? 私が病気の間、みんなはどうしたの?」
雪がそう問いかけた。
霧が俯いて、唇を噛む。
絆は雪の隣の椅子に腰を下ろして、そして言った。
156 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/24(土) 22:00:10.79 ID:s9qUNLnH0
「みんな、天国にいるよ」
雪は一瞬停止した後、絆にそっと、微かな笑顔を向けた。
「……そうなんだ」
「ああ」
「みんな、ちゃんと頑張った?」
「頑張ったよ。凄く頑張った」
絆はそう言って、雪の頭を抱き寄せた。
そして軽く撫でてやりながら、呟いた。
「また会ったら、伝えてやってくれ。
俺が、褒めてたって。
みんなに。絶対に、伝えてやってくれ……」
「うん、分かった。伝える」
雪が小さく頷く。
157 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/24(土) 22:00:42.46 ID:s9qUNLnH0
彼女の白濁した瞳から一筋涙が流れて落ちる。
さやさやと、排気ガス臭い風が吹いていた。
作られた町。
作られて整備された人々。
その中で、変わらず花だけは今年も咲いた。
その匂いは正直よく分からなかった。
分からなかったが、花は咲いている。
その事実だけで、いいのではないだろうか。
何とはなく思う。
158 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/24(土) 22:01:15.40 ID:s9qUNLnH0
俺は……負けない。
負けるものか。
折れそうな心の中で、一つだけそう思う。
何に負けないのか。
自分自身にだ。
ともすれば折れてしまいそうな
この心を折らないように、俺は前に進んでいくんだ。
トレーナーとして。
この子達が愛する対象として。
この子達を、愛してやれる存在として。
それが、俺のカルマであり。
俺の、存在の証明なんだ。
159 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/24(土) 22:01:56.56 ID:s9qUNLnH0
たとえどんなに世界が混乱していようと。
明日終わってしまうような
か細い世界だったとしても。
生きていこう。
この子達と一緒に、今を。
生きていこう。
明日に繋がる今を。
そして、戦うんだ。
自分に負けることなく、強い心で。
先に、先に進んでいくんだ。
絆は雪の頭をそっと離すと、
霧と彼女に向かって笑顔を向けた。
「さぁ、帰ろうか……俺達のラボに」
160 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/24(土) 22:05:20.35 ID:s9qUNLnH0
お疲れ様でした。
第四話「小春色の叫び」はこれで終了となります。
第五話に続かせていただきます。
ツイッターやスレを通して、沢山のメッセージを
いただいています!
私の中の糧とさせていただいています。
ありがとうございます!!
ご意見やご感想、ご質問などがございましたら、
お気軽に書き込みをいただけますと嬉しいです。
それでは、まだ続きますが、よろしければ
お付き合いください。
今回は失礼させていただきます。
161 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/03/24(土) 22:06:59.87 ID:2h5Y9xsn0
乙!
しかし、
>>1
の伏せんの貼り方が上手すぎる。
162 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(大阪府)
[sage]:2012/03/24(土) 22:44:27.71 ID:uMEWPOVfo
乙
163 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/03/25(日) 03:28:51.96 ID:yNXfrtOWo
みんな、みんな死んでしまったね・・・
元老院側はどう動くのかな、楽しみ
お疲れ様
164 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(佐賀県)
[sage]:2012/03/25(日) 07:23:42.14 ID:ZwHotje40
乙です。
165 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/03/25(日) 14:21:45.13 ID:KijFCuWIO
乙!
うぅ…
166 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/03/25(日) 20:40:46.25 ID:Z/IGODqSO
乙。残るは雪と霧だけか………
切ないな。凄く切ない
後、しつこいようだが、身体には気をつけてな
167 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/03/26(月) 17:48:43.45 ID:RKxYlSwDO
そういえばAshGrathには載せなくて良いの?体調わるいなら無理しないでね。
168 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/26(月) 19:35:49.82 ID:H1W87tW/0
こんばんは。
元老院がとった行動は、更なる粛清攻撃と戦力の強化で……。
世界情勢ははどんどん悪化していってしまいます。
実のところまだ体調は良くなっていません。
溶連菌感染症はしぶといですね。
皆様もお気をつけください。
ご心配をおかけします。痛み入ります。
無理せずに頑張ります。
小説サイトには時間が出来ましたら追加させていただきます。
ちょっと作り変えようかとも思っています。
お楽しみ頂けて有り難い限りです。
これからも、お付き合いいただければ幸いです。
それでは、第五話を書き始めましたので投稿させていただきます。
169 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/26(月) 19:42:46.72 ID:H1W87tW/0
5.片翼の天使が飛ぶ
絆がその病室を訪れたのは、
桜との熾烈な戦闘から、
一週間ほどが経過した時だった。
出かける数時間前、絆は彼のラボの中にいた。
――体中が痛む。
折れた腕と足、ヒビが入ったあばら骨。
重度の火傷を負った背中。
満身創痍といった言葉が
丁度当てはまる状態だった。
ラボの中での生活にも苦労する体に
なってしまった絆をサポートするために、
渚が訪れていた。
170 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/26(月) 19:43:35.71 ID:H1W87tW/0
最初は彼女を警戒していた雪だったが、
最近少しずつ、優しいクランベである
渚に心を開くようになっていた。
「これで、雪ちゃんの薬は全部ね」
雪の腕に点滴を刺しながら、渚が言う。
雪は小さく笑って
「ありがとう」
と言うと、ソファーに腰を下ろしている
絆の方に顔を向けた。
「大丈夫? 何だかつらそう」
問いかけられて、絆は軽く息を吐いてから
彼女に返した。
「ああ……気にするな。こんな傷、すぐに治る」
171 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/26(月) 19:44:15.02 ID:H1W87tW/0
「…………」
心配そうに見えない目を向ける雪。
その顔から視線を離し、絆は言った。
「さて……俺は出かけるが、お前達は
渚さんと一緒にここに残っていてくれ」
「マスター……お出かけになるのですか?」
心配そうに、食器を洗っていた霧が口を開いた。
彼女は最近、進んでラボの中の家事の
手伝いをするようになっていた。
絆は頷いて霧を見た。
「ああ。少し用事があってな……」
172 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/26(月) 19:44:55.30 ID:H1W87tW/0
「私も行きます」
「……私も」
霧と雪が同時に言う。
絆はしかし、渚と顔を見合わせてから首を振った。
「いや……俺一人で行くよ。
今日の夕方には帰ってくる」
「…………」
「ですが……」
黙り込んだ雪と対照的に、
手を止めて近づいてきて、
不満げに言った霧の頭を撫でる。
「帰りに好きなものを何か買ってきてやろう。
欲しいものを言え」
173 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/26(月) 19:46:59.36 ID:H1W87tW/0
頭を撫でられた霧が僅かに顔を紅潮させる。
雪が、そこで絆に伺うように聞いた。
「大丈夫なの……? 出歩いて……」
バーリェに体調を心配されると言うのも、
不思議な感覚だ。
それが半分死んでいるかのような雪に
心配されているのだから、世話がない。
絆は笑ってそれに返した。
「何がだ? 俺はいつも通りだが」
「体の骨が沢山折れてるんでしょ?
背中の火傷も治ってないって聞くし……」
渚の方に顔を向けて、雪は続けた。
174 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/26(月) 19:47:42.76 ID:H1W87tW/0
「……じゃあ、私達は大丈夫だから
渚さんがついていってあげて」
「え……」
渚が一瞬戸惑いの表情を、顔に浮かべる。
そして彼女は息をついて、雪に返した。
「特務官は大丈夫です
……あなた達が心配することはないのよ?」
「嘘。だって、『人間』って、
私達みたいに壊れた部分を
取り替えることって出来ないんでしょ?」
雪が静かに渚の言葉を打ち消した。
いつになく強く止める雪の頭を、
絆は手を伸ばして、
先ほど霧にしてやったように撫でた。
175 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/26(月) 19:48:25.46 ID:H1W87tW/0
「お前は今の医療技術を甘く見てるな。
痛み止めも打ってるし大丈夫だよ」
「…………」
「ですが、お一人で行かれるのは、
やはり不安です。
お姉様の代わりに、私がご一緒します」
霧が前に進み出て言った。
雪はそれに頷いて、絆に向けてそっと口を開いた。
「霧ちゃんを連れてって。
私は、ラボに残ってるから」
「…………分かった。
霧、じゃあついてこい。
雪にはコーラを買ってきてやろう」
少し考えて、絆はこれ以上彼女達と口論しても
何のためにもならないと思い直し、
霧に向けて手を伸ばした。
176 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/26(月) 19:49:13.22 ID:H1W87tW/0
霧が笑顔になって絆の手を握る。
「霧ちゃん、絆をよろしくね」
雪がそう言うと、霧は元気に頷いた。
「はい!」
「……宜しいのですか、絆特務官」
渚に問いかけられて、
絆はただ、軽く肩をすくめてみせた。
渚が諦めたように息をつく。
「夕方には戻る」
177 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/26(月) 19:49:42.71 ID:H1W87tW/0
「お気をつけください。
そうでなくても、最近は物騒ですから……」
渚はそう言って、雪の手を握った。
「一緒にゲームでもしていましょう」
「うん」
雪が頷き、絆の方に手を振る。
「気をつけてね」
178 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/26(月) 19:50:14.10 ID:H1W87tW/0
*
ラボを出て、呼び出していた
タクシーに乗り込み、軍病院に向かう。
途中、霧がそわそわしながら絆に聞いた。
「何をされに行くのですか?」
「うん……まぁ、な」
煮え切らない返事でその場を濁して、
絆は霧の方を向いた。
「そういえば……
ずっとお前に聞こうと思っていたことがある」
「何ですか?」
キョトンとした顔で霧が返す。
絆はしばらく言い淀んだ後、静かに聞いた。
179 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/26(月) 19:50:48.82 ID:H1W87tW/0
「少し前に、お前……
俺に『大事なこと』を言おうとしなかったか?」
「大事なこと……」
考え込んで、霧は首を傾げた。
……やはり時間が経ちすぎていたか。
絆は霧から視線を離して、息をついた。
「いや……覚えてないならいいんだ」
バーリェの睡眠誘発剤には、
記憶障害を引き起こすという副作用がある。
ごく軽度なもののはずだったのだが、
霧にはその影響が顕著に出ていた。
絆が聞きたかったのは、
一週間前に霧が自分に言おうとした
「陽月王のブラックボックス」に関する情報だった。
180 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/26(月) 19:51:32.84 ID:H1W87tW/0
――陽月王には、自分以外を乗せない方がいい。
霧は、確かにそう言った。
途中で彼女は眠ってしまい、
ちゃんとした言葉を聞けなかったのが、
ずっと心に残っていたのだ。
一週間前の戦闘で、優は陽月王の
――名付けるとしたら「ブラックボックスシステム」を
起動させた。
その結果
――全エネルギーヲ解放シマス。
優は、一瞬で全ての生体エネルギーを
搾り取られ、ショック死した。
おそらく、あの時に使ったエネルギーシステムが、
ブラックボックス。
異常なシステムだ。
181 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/26(月) 19:52:26.09 ID:H1W87tW/0
本来ならばストッパーがかかり、
バーリェがショック死するほど過剰に、
全てのエネルギーを搾り取られるなんてことはない。
それに……。
優も、文も。
陽月王に接続されて、
戦闘に入ってから様子がおかしかった。
妙に好戦的というか、
まるで戦闘が楽しくてしょうがないという風に。
命もそうだった。
精神が極度の恐怖でやられたのかとも思っていたが、
流石に三人連続で続いたとすれば、
絆でなくても考えるだろう。
文に至っては、絆の操縦システムを遮断するほど、
「目の前の戦闘」に集中していた。
182 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/26(月) 19:53:16.15 ID:H1W87tW/0
その一連の理由を、霧が知っていると
思っていたのだが、本人がその話を
しようとしていたのを忘れていたのでは、
仕方がない。
無理に聞きだすことも出来るのだが、
それを、絆はしたくなかった。
覚えていなかった時は、
自分で話してくれるまで待つつもりだった。
「何ですか? 気になります」
食い下がってきた霧に視線を向けて、絆は言った。
「お前が、寝言で『恐竜が来ます、恐竜が……!』って
繰り返し言うもんだから気になってな」
「恐竜……?」
素っ頓狂な声を上げて、霧は耳元まで真っ赤になった。
183 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/26(月) 19:53:50.00 ID:H1W87tW/0
「わ、私そんなことを言っていましたか?」
「頻繁にな」
「そんな……マスター、盗み聞きはいけないことです」
恐竜の何が怖いのかは分からなかったが、
霧が頻繁に寝言を言うのは本当のことだった。
寝言の中でも敬語なんだなと感心した覚えがある。
絆は軽く笑うと、運転手に向けて口を開いた。
「そこを左です。中につけてください」
タクシーが曲がり、軍病院内の駐車場に入り、
入り口にピタリと寄せる。
184 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/26(月) 19:54:35.18 ID:H1W87tW/0
時間通りだ。
病院の入り口には、エフェッサー管轄の
バーリェ専門医達が待機していた。
絆は霧に扉を開けてもらい、
体を引きずるようにして外に出て、呼吸を整えた。
霧が医師達を見て、不安そうに絆の脇に隠れる。
「マスター……まさか……」
言い淀んだ霧に、絆は頷いてみせた。
「もう一人、バーリェを迎えに行く。お前の妹だ」
185 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/26(月) 19:55:20.21 ID:H1W87tW/0
*
医師達に歩きながら説明を受ける。
専門用語が飛び交っていて、
霧には分からない分野だ。
絆はそれに機械的に返しながら、
松葉杖をつきつつエスカレーターに乗り込んだ。
「特例的に今回の生成に成功した個体を、
S678番と名付けることになりました」
「678……?」
絆は怪訝そうにそれに聞き返した。
「随分93番(霧のこと)と離れていますね」
「なにぶん、今回の試みは手探りの情報が多く、
私どもも元老院、及びエフェッサー本部の
ご要望に沿える個体を調整するまでに、
相当数を犠牲にしました」
186 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/26(月) 19:56:11.21 ID:H1W87tW/0
医師の一人が、手元の資料に
視線を落としながら淡々と言う。
単純に考えても、678引く93。
つまり585体のバーリェが、
調整段階で廃棄されたということになる。
厳密に言うと、バーリェの型番は単なる記号であり
その限りではないのだが、感覚的にも、
今回は大量の犠牲の上、「霧の上位互換個体」が
生成されたのだということを察知できた。
おそらく、雪と死星獣の混合体を創り出したのが霧。
そしてその霧のクローンを、
更に調整して創り上げたのが、
今回の「S678番」なのだ。
187 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/26(月) 19:56:57.33 ID:H1W87tW/0
クローンのクローン。
その更に複製体。
既にそれは、人間の踏み込んでいい
領域を完全に逸脱している。
しかし、元老院とエフェッサーは、
一連の霧、そして絆のバーリェ達の上げた戦果に、
大いに満足していて。
それが起因していることは、事実でもあった。
結果だけを見れば、だ。
冷静になって考えてみれば、
文が暴走してエネルギー量子波の爆発で、
死星獣もろとも爆発させた味方のAADは、
合計三十八機。
一種の戦略兵器並の損害だ。
188 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/26(月) 19:57:38.14 ID:H1W87tW/0
しかしそれを補って余りある戦闘データと、
バーリェの生体データが存在していることが事実であり。
絆は、一切を不問として扱われていた。
医師達の淡々とした声に、
怯えたように霧が絆の服の裾を掴む。
「しかし……どうしても
クリアできなかった問題がありまして……」
言いにくそうに医師の一人が口を開く。
「問題……?」
絆は首を傾げた。
またどうせ「番外個体(不完全なクローン)」
なのだろうが、それをエフェッサー側から
口に出すということは、あまりないことだったからだ。
189 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/26(月) 19:58:19.44 ID:H1W87tW/0
霧の場合は、何としてでも彼女を
戦闘に使おうとするエフェッサー側の意向により、
「精神的番外個体」である彼女の欠陥は、
いまだに認められていない状況であるくらいだ。
もっとも、霧自身の努力により、
彼女はある程度の思いやりと協調性を
持つことは出来るようになっていた。
そこに至るまでに、霧がどれだけ葛藤して、
どれだけ悩んだのかは分からない。
しかし、生半可な努力ではないことは確かだ。
「見た目が少々悪いのです。
少なくとも、『普通』ではありません」
医師の一人が断言する。
「…………」
絆は、それに答えを返さず、松葉杖に寄りかかった。
190 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/26(月) 19:58:59.82 ID:H1W87tW/0
こいつらが、普通ではないと形容するくらいだ。
本当に、普通ではないのだろう。
最初から番外個体だと断っておいて
受け渡しを行うとは、やってくれる。
しかし、現在の人類が置かれている現状は
それだけ切迫しているというのも事実ではあった。
フォロンクロン等の一斉攻撃の後、
新世界連合の拠点を絞り込めていない
というのも大きかった。
一週間経つが、絃からの電波ジャックは
まだ行われていない。
相変わらずスラム街の大量虐殺は続いていたが、
新世界連合の人間を殺すことが
出来たという報はなかった。
191 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/26(月) 19:59:43.34 ID:H1W87tW/0
それどころか、各地でスラム街の人間達が
暴動を起こし、一種の集団ヒステリーのようなものを
形作ってしまっているのが、今の世界の流れだった。
軍やエフェッサーは、その暴動を片っ端から「皆殺し」と
いう形で抑えてはいたが、既に世界中のスラム街の
人間の反発は、抑えることが難しいレベルにまで
達してしまっている。
人間は、死に面した時に一番本性が出ると言われている。
まさにそんな状況だ。
追い詰めすぎたのだ、スラムを。
中には新世界連合に賛同するスラム街の
人間も出始めていると聞く。
世界は、着実に最悪な方向に向かい始めている。
192 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/26(月) 20:00:15.09 ID:H1W87tW/0
しかし、一週間の間に一度も死星獣は出ていない。
フォロンクロンでの戦闘が、出現の最後だ。
それ故に、エフェッサーは次に死星獣が現れた時に
本部が狙われる危険性が高いと判断していた。
今回製造されたバーリェ、
S678はそれゆえの急造のバーリェだ。
多少の不具には目を瞑るしかない……。
だが、そう思って病室の扉を開けた絆と、
ついてきた霧は、その中の様子を見て一瞬硬直した。
――多少、ではなかった。
193 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/26(月) 20:01:05.38 ID:H1W87tW/0
「え……」
霧がポカンとして病室の中、
ベッド脇の「車椅子」に腰掛けていたバーリェを見る。
両足が、太股からなかった。
右腕も、肘の部分から先がない。
整った顔立ちをしていたが、
眼帯で覆われた右半分の顔には醜いケロイドが
広がっており、
右目は完全に潰れていることが推測できた。
左手だけで電動車椅子を操作して、
首の後ろで二房に白髪をまとめた少女は、
物憂げな表情で絆を見た。
「こんにちは。あなたは……誰ですか?」
蚊の鳴くような声で、少女は呟くように言った。
194 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/26(月) 20:03:30.41 ID:H1W87tW/0
お疲れ様です。
次回の更新に続かせていただきます。
引き続き、ご意見やご感想、ご質問などが
ございましたら、書き込みをいただけますと嬉しいです。
それでは、今回は失礼します。
195 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/03/26(月) 20:03:42.07 ID:LfkKQGeIO
乙
196 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/03/26(月) 22:26:16.63 ID:8I58XtESO
乙。
毎回毎回、本当にいい所で引くなぁ………
197 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/27(火) 19:38:15.03 ID:+6h/+PqS0
こんばんは。
ツイッターやスレで沢山のメッセージ、ありがとうございます!
続きが書けましたので投稿させていただきます。
楽しんでいただければ幸いです。
198 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/27(火) 19:41:47.68 ID:+6h/+PqS0
少なからず、絆は彼女の見た目にショックを受けていた。
そして次いで、ショックを受けてしまった
自分に呆然とする。
冷静になろうとして、
しかし言葉を出そうとして失敗する。
少女はそんな絆の様子を見て、
少し考えた後、バツが悪そうに顔を伏せた。
「……ごめんなさい。驚かせてしまいましたね……」
「い……いや……」
絆はそう言って気を取り直し、
周囲の医師達に目配せをした。
医師達が固まって病室を出て行く。
管理担当らしい主任医師が、絆にカルテを渡した。
199 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/27(火) 19:42:57.75 ID:+6h/+PqS0
「ご覧の通りです。五大原則の確認はしています。
性能はS93(霧のこと)を遥かに凌ぎますが、
見た目と、性格に多少の問題があります」
「…………」
多少?
これが、多少?
右腕と足の丸まった切断点を、唯一無事な左腕で、
病院服を使い隠した少女を一瞥し。
絆はそれを口に出そうとして思い直し、
無理矢理に飲み込んだ。
「……性格?」
自分を凌ぐと目の前で言われ目の色を変えた霧を、
医師から庇うように立ち、彼に声を低くして問いかける。
「どういうことですか?」
200 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/27(火) 19:44:03.05 ID:+6h/+PqS0
「このバーリェは、調整が完了した時から
自分を卑下しています。自殺願望がとても強い。
それを拭い去れなかった点では未調整とも言えます」
「五大原則を言えるのに、『自殺願望』があるのですか?」
「その矛盾については、現在調査中です。
今回は試験的にあなたにお渡しします。
なにぶん初めての試みなので……ご留意ください」
小さな声で返し、医師は頭を下げると部屋を出て行った。
しばらく、絆は車椅子の少女のことを見つめていた。
自殺願望……?
そう、医師は言った。
バーリェは意識下に刷り込まれた五大原則の一つにより
自分の意思で自分を殺せないように出来ている。
201 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/27(火) 19:44:36.93 ID:+6h/+PqS0
しかし……。
他ならぬ「自殺」で、
絆は大事なバーリェを亡くした直後だった。
文だ。
彼女が姉の後を追ってとった
自爆という行為は、自殺に相当する。
何らかのトリガーが引かれ、
意識化の刷り込みが掻き消されたと考えられる。
そしてこの子だ。
どういう意味なのだろうか。
文のように、ストッパーが解除されて
意識の方も「番外個体」なのだろうか。
その意味を推し量りかねていたのだ。
202 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/27(火) 19:45:20.99 ID:+6h/+PqS0
しかし沈黙を、自分の外見に引いていると
勘違いしたのか、車椅子のバーリェは俯いて、
左手でレバーを操作した。
絆達とは反対の、少し離れた部屋の隅に車椅子が移動する。
そこに体を丸めて小さくなり、
少女は小さな声で、呟くように言った。
「軍の方ですか……?
私のことを、笑いに来たんですか?」
絆はそこで我に返り、慌てて少女に言った。
「笑ったりはしない。すまない、その……
あまりに仕様書と外見が違ったから、
驚いてしまった。気を悪くさせたのなら謝る」
本当のことだった。
仕様書で見せられたロールアウト前の
彼女は、綺麗に四肢があった。
203 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/27(火) 19:46:09.13 ID:+6h/+PqS0
おそらくは絆に渡される前に、
何かがあったと思われる。
静かに言った絆を怯えたような目で見て、
彼女はそっと言った。
「どうして……謝るんですか?
驚くのは当たり前だと思いますが……」
「…………」
絆は気まずい沈黙に突入しようとした空気に
無理矢理割って入り、ベッド脇の椅子に腰を下ろした。
そしてまだ入り口で硬直している霧に向けて言う。
「霧、来いよ。何してるんだ」
椅子を引いてやると、霧は車椅子のバーリェから
視線を離せないらしく、口を半開きにしたまま
近づいてきて、椅子に腰を下ろした。
204 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/27(火) 19:46:52.27 ID:+6h/+PqS0
その視線を浴びて、少女がますます小さくなる。
自殺願望というよりは、
何かに怯えているような……。
しかし本人を前に、おおっぴらに
霧を注意するのははばかられた。
絆は横に座った霧から視線を離し、
まだ近づいてこようとしない少女に言った。
「どうした? 俺はお前に何もしない。
これから一緒に暮らすんだ。
こっちに来て、一緒に喋ろう」
霧が弾かれたように絆を見た。
まさか、嘘ですよね? と言った顔をしている。
205 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/27(火) 19:47:51.00 ID:+6h/+PqS0
――霧の反応は、当然だった。
今の時代、医療技術の進歩により、
先天的な障害を持って生まれる人間は、
殆どいないと言ってもいい。
だが、バーリェは原則「不完全な」人間のクローンと
言われているので、製造段階で誤差が生じる。
それゆえに番外個体が混じるが、
四肢のどれかが欠損している例は
今までにないと言えるだろう。
バーリェは体の臓器等をプラモデルの
パーツのように取り替えることが出来る。
腕が折れたら切除して新しい腕を、
ということも可能だ。
もっとも、雪の場合は適合するパーツが
ないという不具合が発生しているので、
決してその限りではない。
206 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/27(火) 19:48:43.27 ID:+6h/+PqS0
以上のような理由で、あくまで通常に
「バーリェは普通は五体満足である」という概念が、
彼女達にはある。
それ以前に、事前の睡眠学習でこのような例が
この世に存在しているということは、
おそらく教えられていない。
霧にとっては生まれて始めて見る「異形」だったのだ。
しかし絆は霧の視線を無視して、少女に重ねて言った。
「ほら、来いよ」
「……それは『命令』ですか?
それとも、あなたの個人的感情ですか?」
小さな声で少女が言う。
絆は少し考えてからそれに答えた。
207 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/27(火) 19:50:17.43 ID:+6h/+PqS0
「個人的感情だ。
俺は、お前に安易に命令したりはしないよ」
「……では、お帰りください。
私は見た通りの体です。どこの誰かは存じませんが、
あなた方のお役に立つことは出来ません」
拒否された。
それもはっきりと。
というか、それ以前に絆を
トレーナーと認識してないようだ。
バーリェに拒否されるのは初めての
経験だったので、一瞬沈黙する。
そして絆は、松葉杖を引いて立ち上がると、
よろめきながら椅子を押し、彼女の前に運んだ。
すぐ近くまで歩み寄ってから腰を下ろす。
208 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/27(火) 19:51:46.13 ID:+6h/+PqS0
「お帰りください……」
小さく震えながら少女が言う。
今にも泣き出しそうだ。
硬直したままの霧を置いて、
絆は手を伸ばして少女の頭にポン、と置いた。
ビクッ、と凄い勢いで少女が怯える。
しかし絆はそれを軽く笑い飛ばし、口を開いた。
「いいや帰らない。帰るときは『一緒』だ。
お前を迎えに来たんだ。俺はトレーナーだよ」
「トレーナー……? あなたは、トレーナーなのですか?」
「ああ、そうだ。お前をこれから育てることになる。
帰れだなんて悲しいことを言うな」
「…………」
209 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/27(火) 19:54:09.99 ID:+6h/+PqS0
少女は「信じられない」と言った顔で
絆をポカンと見てから、しばらくしてまた俯いてしまった。
絆は彼女の頭から手を離し、続けた。
「お前のことはこれから『圭(けい)』と呼ぼう。
名前だ。分かるな?」
「圭……? 私の、名前?」
繰り返した彼女に、絆は頷いてみせた。
「そうだ、名前だ」
「私に名前なんてつけても、
無駄です……どうせ私はすぐ死にます」
しかし圭と名づけられたバーリェは、
絆の言葉を、聞こえるか聞こえないかの声で、
早口に打ち消した。
「……何だって?」
210 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/27(火) 19:54:50.60 ID:+6h/+PqS0
思わず聞き返した絆と目を合わせないように
しながら、彼女は続けて言った。
「私は死ぬために創られました
……その時が来れば、あなたの命令で即座に死にます。
ですから、私に名前なんてくださっても、
それは無駄なことなんだとお伝えしたいまでです……」
小さく咳をしてから、圭は表情を落とした。
「それが、バーリェってものでしょう?」
問いかけられて、絆は言葉に詰まった。
確かにこの子の言う通りに、
バーリェは死ぬために創られるようなものだ。
しかし。
だからといって、最初からそれに
絶望している個体を見るのは、初めてのことだった。
211 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/27(火) 19:55:34.59 ID:+6h/+PqS0
この子は……。
自分の境遇、いや、自分の「存在」
それ自体に絶望しているのか。
バーリェとして、不具な体として
生まれてしまった自分自身に心の底から
絶望してしまっているのかもしれない。
精神調整が十分なされていないことによる
副作用なのだろうが、正直絆は、この子の扱いに困った。
だが彼は、少し考えてから静かに圭に返した。
「……俺達人間だって、いつ死ぬか分からない。
ある日突然、交通事故に遭って死んでしまう人間だって
大勢いるし、孤独に息を引き取っている人だっている。
殺されてしまう人だっている。
いつ死ぬか分からないっていうのが生きてるってことだろ?
何を悲しいことを言ってるんだ」
「……人間とバーリェは違います」
「同じだよ。何も変わらない」
212 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/27(火) 19:56:12.47 ID:+6h/+PqS0
絆は、そこで圭の言葉を強く否定した。
圭は口をつぐんで唇を噛んだ。
押し黙ってしまった彼女の左手を握り、絆は言った。
「しっかりしろ。ロールアウト直後に死ぬことを
考えるなんて、どうかしてるぞ。別に深い意味はないんだ。
名前が気に入らなかったら、そう言ってくれればいい」
「…………」
圭は、しかし少し考えた後首を振った。
「……気に入らなくはないです。ありがとうございます」
「そうか、良かった」
軽く微笑んでから圭の手を離し、彼は霧の方を向いた。
「あっちが霧。お前の……お姉さんのようなものだよ」
「お姉さん……? 私に、姉がいたのですか?」
213 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/27(火) 19:56:54.28 ID:+6h/+PqS0
意外そうに圭が言う。
手招きされて、
霧は顔を引きつらせながら近づいてきた。
「こ……こんにちは」
引きつった顔で手を差し出す霧。
それを冷めた目で見て、圭は口を開いた。
「無理はしない方が良いですよ。
私のことを気味が悪いって、
そう思っているんでしょう?」
「そ、そんなことは……」
霧の声が自信を失ったように尻すぼみになって消える。
「…………ないです!」
やっと声を絞り出し、霧は意を決したように
近づいてきて、無理矢理に圭の手を握った。
214 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/27(火) 19:57:32.32 ID:+6h/+PqS0
そして上下に何度か振る。
「よろしくお願いします! 私は霧。
これから一緒に暮らすことになります。
楽しく過ごしましょう!」
早口で元気に言われて、しかし圭は霧から手を離すと、
怯えたように縮こまって視線をそらした。
「……それは命令ですか?」
絆に助けを求めるような視線を向ける圭。
絆は首を振った。
「いや……別に命令じゃないが、俺は他のトレーナーと
違って、バーリェの集団生活を基本方針としてる。
お前にも適応してもらうことになる」
「方針って……命令ってことですか?」
「まぁ、曲解して受け取ればそうなるかもしれないが……」
215 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/27(火) 19:58:08.70 ID:+6h/+PqS0
「……命令なら、聞きますけど……」
繰り返して、圭は車椅子を操作して霧から距離をとった。
「あ……」
手を差し出した姿勢のまま、
霧が所在無さげにその場に立ち尽くす。
「嫌なのか?」
問いかけられて、圭は頷いた。
「はい……」
「どうして?」
「どうしてって……私はご覧の通りの体です。
満足に日常生活を送ることもできませんし……
ましてや他の子と共同生活なんて、
考えたこともありませんでした。
多分、無理だと思います……」
216 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/27(火) 19:58:48.75 ID:+6h/+PqS0
絆は小さくため息をついて、彼女に言った。
「無理だ駄目だって言うのは、
やってみてからするもんだ。
生まれたばかりのお前に何が分かる?」
「ご覧になって分かりませんか?」
自嘲気味に小さく笑って、圭は言った。
「こんな体で……何をしろっていうんですか?」
「お前は、妙に自分を卑下するな。
その体が何だ。うちには目が見えなくたって
立派に生きてる子だっている。
お前は片方のようだが目も見える。
口も利けるし耳も聞こえる。
腕だって一本あるじゃないか」
「…………」
217 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/27(火) 19:59:23.36 ID:+6h/+PqS0
「何をしろとは言わないよ。
ただ、頑張って『生きて』欲しい。
敢えて言うとすれば、それは俺からの、
お前に対する最初で最後の『命令』だ」
「…………」
しばらく絆の言葉の意味を推し量っていたのか、
圭は黙りこんで、やがて諦めたように息をついて頷いた。
「……命令なら、仕方ないです。一緒に行きます」
「……分かってもらえたならそれでいい。
とりあえず……霧。この子の車椅子を押してやってくれ」
「分かりました!」
頷いた霧から視線を離し、
圭は自分で電動車椅子のレバーを動かした。
「……自分で出来ます」
218 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/27(火) 19:59:52.94 ID:+6h/+PqS0
スーッ、と滑るように彼女は絆達の脇を
横切って、部屋の出入り口の前に車椅子を止めた。
「そういえば……あなたの名前、
お聞きしていませんでした」
振り返って言った圭に、絆は微笑んでから答えた。
「絆だ」
「……変な名前」
小さく笑って、圭が自動扉をスライドさせて
開け、部屋を出て行ってしまった。
219 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/27(火) 20:00:51.20 ID:+6h/+PqS0
慌てて松葉杖を手に取り、立ち上がる。
その補助をして絆を支えながら、
霧が小さな声で言った。
「マスター……あの子は、一体『何』ですか?」
「どういう意味だ?」
問い返した絆に、霧は言いにくそうに
口をつぐんでから言った。
「……バーリェのにおいも
……死星獣のにおいもしませんよ……?」
220 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/27(火) 20:03:25.08 ID:+6h/+PqS0
お疲れ様です。
次回の更新に続かせていただきます。
引き続き、ご意見やご感想、ご質問などございましたら、
お気軽に書き込みなどいただけますと嬉しいです。
それでは、今回は失礼させていただきます。
221 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/03/27(火) 20:05:29.21 ID:YFfpXFeC0
乙
霧さん…爆弾発言すぎまっせ
222 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(東京都)
[sage]:2012/03/27(火) 21:56:58.22 ID:/0swUbYLo
遂にどっちでもないものになってしまったか
しかし、ダウナーな子が出てきたな
良いぞ良いぞ・・・・!
223 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/03/27(火) 22:02:15.26 ID:iP9DFZRno
霧ちゃんは昔に比べて大分いい子になったよね
圭は驚いていないから霧から死星獣のにおいを感じてないのかな?
お疲れ様
224 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/03/28(水) 08:17:40.01 ID:0s+Cn6rIO
もはやバーリィですらないのか…
225 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/03/28(水) 08:57:45.24 ID:zBgY9j4IO
乙
人間か
226 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/28(水) 19:59:03.48 ID:BweApVW10
こんばんは。
正体不明の新種、圭が登場しました。
死星獣の反応や、感知能力については今回の更新で
書かせていただいています。
それでは、続きを投稿をさせていただきます。
お楽しみいただけましたら幸いです。
227 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/28(水) 20:02:05.22 ID:BweApVW10
病院側が用意した病人搬送用のワゴンタクシーに
圭の車椅子が入り、絆は、彼女が運転手に抱えられて、
座席に詰め込まれるのを見ていた。
雪ほどではないが、痩せている。
……この子が。
あの、仕様書に載っていた子だとは
到底思えなかった。
睡眠学習中の戦闘プログラム、
ダミートークンとの模擬戦、
千二百三十五戦中、千二百三十五戦勝。
全勝だ。
霧でさえ、九百五十回の模擬戦プログラムで、
百回以上は負けている。
数値のみを見てみれば、まさに規格外と言えた。
228 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/28(水) 20:03:18.32 ID:BweApVW10
しかし……。
あの覇気がない表情と、
物憂げな喋り方が、妙に気になった。
無論、欠損している右腕、両足、
そして焼け爛れている右顔面が
気にならなかったと言えば嘘になる。
霧が先ほど口走った言葉も、
同時に心に引っかかっていた。
……バーリェのにおいも、死星獣のにおいもしない?
おそらく圭は霧のクローンだ。
どんな調整がされているのかは分からないが、
少なくともどちらかのにおいはしなければおかしい。
229 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/28(水) 20:04:07.44 ID:BweApVW10
それとも……。
品種改良を繰り返したことにより。
バーリェとも、死星獣とも、
全く違う個体が創り上げられてしまったのか。
死星獣のにおいをさせている霧を見たときに、
何の反応もしめさなかったのも気になった。
同種ゆえのことかと思ったが、
他ならぬ霧がどちらのにおいも
させていないと言うのだ。
……つまり、圭にはバーリェの持つ
生体エネルギー感知能力が備わっていない
可能性もあった。
一体どれだけの不具合を抱えているのか分からない。
確かに、少なくとも「普通」ではないが……。
230 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/28(水) 20:05:01.71 ID:BweApVW10
霧に支えられながらタクシーに乗り込み、
圭の隣に腰を下ろす。
絆の隣に座った霧が扉を閉め、伺うように圭を見た。
タクシーが静かに発進し、
圭は疲れたように小さなため息をついた。
「どうした? 疲れたなら寝てもいいんだぞ」
絆にそう言われ、圭はきょとんとして彼に返した。
「ねても……? 『ねても』とはどういうことですか?」
「何言ってるんだ? 寝るってことだ。
目を閉じて楽にしてもいいってことだよ」
絆に静かに返され、しかし彼女は首を傾げてみせた。
「目を閉じてどうするのですか? 暗くなるだけです」
231 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/28(水) 20:05:46.39 ID:BweApVW10
「寝たことがないのか?」
「初めて聞く単語です。それは動詞ですか?」
「…………」
一瞬どう返したらいいのか分からずに、
奇妙なものを見るかのような目で彼女を見てしまった。
その視線を受けて、圭は縮こまって下を向いてしまった。
「……ごめんなさい……」
「……いや、謝らなくてもいい。
今日ロールアウトしたばかりなんだ、
考えてみれば何も知らないのは当たり前のことだ。
睡眠をとるということは、体や精神の疲れを取るために
必要なことだ。目を閉じて、意識を暗転させる。
説明が難しいが……」
「気絶するということですか?」
232 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/28(水) 20:06:21.65 ID:BweApVW10
「いや、それとは少し違うな……」
絆は言い淀んで口をつぐんだ。
寝るという概念が、この子にはないのか?
……流石にそれはないだろう。
動物であれば殆どの種は睡眠をとる。
魚でさえも、泳ぎながら寝るくらいだ。
彼女が初期段階の混乱に陥っていると
自己完結して、絆は言った。
「まぁ……自然に分かるよ。
別に理解しなくてもいい」
「はぁ、そうなんですか」
圭が気の抜けたような声を出して、
シートに体を沈み込ませた。
233 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/28(水) 20:07:04.69 ID:BweApVW10
それをポカンと見ていた霧が、
何呼吸か置いて、とってつけたような高い声を発した。
「あ……あの、圭ちゃんは、
ゲームは好き? 何が得意なの?」
「ゲーム……?」
首を傾げて、圭は「この子は何を言っているのだろう」と
いう目で霧を見た。
彼女の目を見て、霧は慌てて付け加えた。
「私は、モノポリーが得意。バックギャモンも、
カードゲームも好きです。
一緒にラボに行ったら遊びましょう」
「ごめんなさい……
姉さんが何を言っているのかがよく分かりません」
申し訳なさそうに顔を歪めて、圭は頭を下げた。
234 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/28(水) 20:07:46.41 ID:BweApVW10
霧が気勢を削がれたように
「そ……そうなんだ……」
と言って口をつぐむ。
霧は睡眠学習中に、沢山の思考ゲームを
させられてロールアウトしてきた。
しかし、もしかしたら圭は、そのような
シュミレーションを一切せずに
送り出された固体なのではないだろうか。
「教えてやればいい。得意なんだろ、霧」
そっと口を出すと、霧は顔を輝かせて
「はい!」
と頷いた。
圭はそれを興味がなさそうに見ていたが、
霧がまた口を開こうとしたのにかぶせて言葉を発した。
235 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/28(水) 20:08:28.37 ID:BweApVW10
「私が得意なことは……ありません。
好きなことも、特にありません
……ご期待に沿うことは、多分出来ないと思います」
霧が発しかけていた言葉を無理矢理に飲み込んで、
助けを求めるように絆を見た。
……極端なマイナス思考。
通常のバーリェでは、ありえない。
なまじ状況認識がちゃんと出来ているが
ゆえのことなのかもしれない。
「好きなことがないのなら、これから作ればいい。
何、生きてれば自然に身につくし、思いつくさ」
圭のマイナス思考を吹き飛ばそうと、わざと明るく言う。
しかし彼女は、また一つ息をついて絆から視線を離し、
窓の外に目を向けてしまった。
236 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/28(水) 20:09:15.73 ID:BweApVW10
どうしても霧と比べてしまう。
この子は逆に消極的だ。
異常なほど積極的で我が強かった
霧とは正反対だ。
同じクローンでも、ここまで
違うものかと心の中で驚愕もしていた。
絆も一つ息をついて、
倒した松葉杖に寄りかかる。
すぐにでもこの子を戦闘で使うことになるかもしれない。
その時に、自分はまた躊躇なく使うことができるのか。
また、ブラックボックスを起動させる
羽目になりはしないか。
その不安は、常に付きまとってはいた。
237 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/28(水) 20:10:37.21 ID:BweApVW10
考えても、分からないことだった。
こればかりは、実際に使ってみなければ分からない。
――戦闘訓練。
その単語を頭の中で反芻する。
今までは、無駄にバーリェの寿命を縮めるだけなので
敬遠していたが、陽月王を動かすための訓練を、
この子達にちゃんと施す必要があるのではないか。
新型である霧と圭ならば、
訓練を二、三回行ったとしても生活に支障はない筈だった。
大至急用意をさせる必要がある。
そう思って絆は、諦めたように圭から
視線を離し、シートに寄りかかった霧を見た。
「霧、もう一回陽月王に乗りたいか?」
静かに問いかけると、霧は一瞬ポカンとした後、
顔を引きつらせて俯いた。
238 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/28(水) 20:11:22.74 ID:BweApVW10
「陽月王に……?」
「また死星獣が出たら、
お前達に出てもらうことになると思う。
その時に備えて、訓練をしようと思うんだ」
霧は服の裾を手で掴んで、少しの間考え込んでいた。
その額に汗が浮いている。
命が消滅した時。
霧は、その目の前にいた。
座るシートが違ったら、
犠牲になっていたのは自分かもしれない。
その事実は、絆だけではない、
本人もよく分かっていたことなのだ。
陽月王に乗るということは、
いくら性能が高くても、常に死と隣り合わせだ。
239 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/28(水) 20:11:54.21 ID:BweApVW10
霧は一回の戦闘でそれを経験しすぎていた。
言葉を発しようとして失敗した霧の頭に手を置いて、
撫でてやりながら絆は言った。
「……分かった。お前はしばらく乗らなくていい」
「で……でも……」
「少し頭を整理するんだ。さっきの話は忘れてくれ」
――戦闘訓練をこの子に施すのは無理だ。
それを本能的な部分で察知する。
無理矢理にコクピットに乗せたら、
初期の雪のように戦闘恐怖症や閉所恐怖症を
発症してしまう恐れがあった。
いたずらにトラウマを刺激するのはいいことではない。
しかし……圭の性能だけは把握しておきたかった。
240 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/28(水) 20:12:26.94 ID:BweApVW10
黙り込んだ霧から視線を離し、
窓の外を見ている圭に呼びかける。
「お前はどうだ? 乗りたいか?」
「乗りたく……ありません」
掠れた声でそう返され、絆は思わず
「え……」
と呟いてしまった。
はっきりとした拒否の言葉だった。
「……どうして?」
バーリェなら、恐怖症にかかっていない
限り自分を使ってもらいたいという傾向にある筈だ。
「どうしてって……私は最初に申し上げた筈です。
お役には立てないと思いますって」
241 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/28(水) 20:13:11.15 ID:BweApVW10
「俺をからかってるのか?
じゃあ、お前は何のためにロールアウトされたんだ?」
探るように聞いてみると、
圭は物憂げに息をついて答えた。
「私の方が、知りたいです。
どうして私なんかが選ばれたんですか? 不思議です」
「自分の性能に自信を持て。
お前の力は、医者達も太鼓判を押してた。
だから引き取ったんだぞ」
「私の力が欲しいのですか?」
さらりと口走ってしまったことを
聞きとがめられ、絆は口をつぐんだ。
失敗した。
そういう意味で言ったのではないが、
言葉を選ばないと圭の心を傷つけてしまうことになりかねない。
242 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/28(水) 20:13:51.52 ID:BweApVW10
「いや……すまない。言葉が過ぎた」
絆は言葉を選んだ末、素直に謝ることにした。
この子は、少なくとも馬鹿ではない。
霧の情報を継いでいるのかは分からないが、
聡い方に属する子だ。
かえって言いつくろって土壺に嵌るよりも、
認めてしまったほうがいいと判断したのだ。
圭は戸惑ったように視線を宙に彷徨わせ、
また小さくため息をついた。
「謝られても困ります……私の力が欲しいのでしたら、
そう言ってくださればいいのに。
『命令』してくださればいいのに。
そうしたら、私は何でも言うことを聞きます。
ご期待に沿えるかは、分かりませんが」
243 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/28(水) 20:14:28.87 ID:BweApVW10
「俺はお前にもう『命令』はしない。
指示を待つだけの人形になるな。
自分の頭で考えて、行動するんだ。
それが生きていくっていうことだ。
言われるのをただ待つだけなら、
そんなことオウムにだって出来る」
絆の言葉を受けて、圭は何かを言おうとして
失敗し、唇を噛んで黙り込んだ。
そこでガコン、と車が揺れて止まった。
「ラボについたな……
とりあえず、もう一人を紹介するよ」
絆はそう言って、圭の頭をポン、と叩いた。
244 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/28(水) 20:15:25.37 ID:BweApVW10
*
「………………」
呆然として、雪は停止していた。
霧を最初に見たときよりも、
顕著に現れている戸惑いと恐怖の視線だった。
隣に立っていた渚が、
思わず彼女の顔を覗き込んだほどだった。
口をあんぐりと開けて、
廊下の片隅で静止している雪に、
車椅子に乗った圭を手でさして口を開く。
「言うのが遅れたが、
今日から世話をすることになった。圭だ。新しい……」
雪がそこで、絆の言葉に被せるようにして口を開いた。
「絆、誰その……『人』? ……軍の人?」
245 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/28(水) 20:16:16.02 ID:BweApVW10
「軍の……?」
――人?
そう雪は形容した。
バーリェでも、死星獣でもない。
そう霧が言ったことを思い出す。
目が見えないゆえに生体エネルギーを
深く感じることが出来る雪の、第一声がこれだ。
絆は、圭がバーリェと死星獣の
融合体から「進化した」新しい個体である
という見方を強めていた。
今までに見たことがないエネルギーを
目撃したため、雪は静止したのだ。
結果、彼女は絆の隣にいる圭を、
バーリェでも、死星獣でもなく、
「人間」であると誤認した。
246 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/28(水) 20:17:03.26 ID:BweApVW10
「バーリェだよ。何混乱してるんだ?」
しかし努めて明るく、絆は雪にそう言った。
そこで、圭の欠損具合に衝撃を受けていたらしい
渚が我に返り、口を開いた。
「……あのね、雪ちゃんを驚かせようと思って黙ってたの。
新しい子がラボに増えたの。寂しくなってきてたから、
私から絆特務官に言ったのよ……」
渚の言葉が尻すぼみになってだんだん小さくなり消える。
彼女は、腕と足が「ない」圭をもう一度見てから、
慌てて視線をそらした。
その目を受けて、圭は冷めた視線を渚に向け、
絆の方を向いた。
「……誰ですか?」
声を聞いて、雪はピンと来たらしかった。
247 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/28(水) 20:17:33.22 ID:BweApVW10
人間ではない。
しかしバーリェのにおいも、
死星獣のにおいもしない。
混乱している風の雪を一瞥してから、
絆は圭に言った。
「あっちが雪。さっき話した、
目が見えない子だ。バーリェだよ」
「そちらの人もバーリェですか?」
「何?」
「え?」
渚の方を向いて口走った圭に対して、
絆と渚は同時に息を呑んだ。
248 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/28(水) 20:18:11.74 ID:BweApVW10
やはり。
生体エネルギーを感知する
第六感のようなものが備わっていない。
渚のこともバーリェであると誤認している。
「……そっちは渚さんだ。エフェッサーの職員だよ。
俺が怪我をしているから、
住み込みで手伝いをしてくれている」
「はぁ、そうなんですか……」
少し考えて言った絆の言葉を聞き、
圭はさして興味もなさそうに答え、
車椅子のレバーを左手で弄んだ。
249 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/28(水) 20:18:50.24 ID:BweApVW10
「よろしくね。圭……ちゃん」
渚が近づいてきて、手を伸ばして圭の無事な方の左手を握る。
「疲れたでしょう?
寝たいんならベッドを用意するわ」
しかし、戸惑いがちにそう言われた圭は、
絆の方を向いてうんざりしたように、小さな声で言った。
「ですから……『ねる』とは何ですか?
ご説明を要求します」
250 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/28(水) 20:20:36.24 ID:BweApVW10
お疲れ様です。
次回の更新に続かせていただきます。
ツイッターやスレなどで沢山のご感想、ありがとうございます!!
元気が出ます!!
引き続き、ご意見やご感想、ご質問などございましたら、
書き込みなどをいただけますと嬉しいです。
それでは、今回は失礼させていただきます。
251 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/03/28(水) 20:25:16.33 ID:/PgP9+oY0
乙
ついに人の倫理越えたなエフェッサー
もともとあって無いようなものだけど
252 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/03/28(水) 20:48:22.19 ID:BtyqX3iIO
乙
253 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/29(木) 18:02:10.93 ID:qPbJwa1+0
こんばんは。
やってはいけないことをやり続けた先に何があるのか……。
人間は恐ろしいですね。
続きが書けましたので投稿させていただきます。
お楽しみいただけましたら幸いです。
254 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/29(木) 18:03:12.20 ID:qPbJwa1+0
その驚愕の事実に気付いたのは、
次の日になってからのことだった。
首を振って眠気を無理矢理払いながら、
絆はエフェッサーの本部に電話をしていた。
圭が言っていたことは、嘘ではなかった。
「眠る」という概念自体が、この子にはなかった。
――寝ない動物。
最初は本当にそんな動物がいるのかとも思ったが、
あながち嘘でもなさそうだったのだ。
数時間前には、強制的に眠りに落とす睡眠剤を
大量に投与したばかりなのだが、
当の圭は申し訳なさそうに縮みこむだけで、
全く眠る気配はない。
既に、眠らせるためのありとあらゆる
手段は尽くしていた。
255 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/29(木) 18:05:09.61 ID:qPbJwa1+0
薬は投与しつくし、これ以上は生命活動に
悪影響を与えるかもしれないというレベルだ。
本部はこの事実を知っているのか……。
既にロールアウトされてから十七時間は経過している。
バーリェの、一日の平均活動時間は約十二時間。
きっかり二十四時間の半分だ。
一説的には、それを超過すると身体活動、
および精神面で悪影響が及ぼされると言われている。
だから絆は、必ずバーリェは十二時間程度は
寝かせるようにしていた。
何かがあって短くなっても、
少なくとも十時間の睡眠は必ず守らせている。
256 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/29(木) 18:05:44.80 ID:qPbJwa1+0
圭がいつから起きていたのかは分からないが、
一日の平均活動時間を大幅に
オーバーしていることは事実だった。
バーリェは、基本的に体が弱い。
だからどんな個体でも、睡眠は求めるし、
何より眠っている時こそが、彼女達が現実から
解放されて自由になれる唯一の時間なのだ。
本部は、元老院は、それさえも許さないのか。
コール音を聞きながら唇を噛む。
懸念はしていた。
絆は日中帯のトレーナーだ。
もし深夜帯に死星獣が現れたり、
新世界連合の攻撃が開始されてしまったら
対応が出来ない。
257 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/29(木) 18:06:18.22 ID:qPbJwa1+0
現段階で、絆ほど人型AAD操縦で
戦果を上げているトレーナーはいない。
もう一人別に、特別なバーリェを使役するトレーナーを
確立するものだとばかり思ってはいたが、
元老院、本部の対応はその予想の斜め上を行っていた。
バーリェが眠ることが弊害ならば。
眠らせなければいい。
……まさに鬼畜の所業だ。
その発想に、他ならぬ自分の組織が行き着いたのかも
しれないという事実に戦慄する。
圭がもし、このまま一生眠らないとしたら。
彼女は、一体どんな人生を歩むことになるのだろうか。
空恐ろしくなった。
258 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/29(木) 18:06:51.35 ID:qPbJwa1+0
絆の部屋には、今は誰もいなかった。
霧と雪は寝室で眠っている。
外では太陽が昇り始めていた。
圭は、渚が面倒を見ている。
また何回かコール音がして、
本部の女性職員が応答した。
『おはようございます、絆特務官。
どうかされましたか?』
静かに問いかけられて、
絆は押し殺した声でそれを返した。
「昨日ロールアウトしたS678番についてです。
重要な話です。即担当医に繋いでください」
『かしこまりました』
259 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/29(木) 18:07:32.42 ID:qPbJwa1+0
保留音が流れ、しばらく経って
男性医師の声が聞こえた。
『何かありましたか?』
淡々と呼びかけられ、
絆は語気を荒くしてそれに返した。
「何もないとは言えないな。よくロールアウトしたもんだ。
あなた達の判断には怖気がしますよ」
低い声で言った絆の言葉を理解できなかったのか、医師は
『……は?』
と気の抜けた返事を返して、少し考えてから続けた。
『不具合ならば報告書を通してご連絡ください。
番外個体ですということは、先にお伝えしている筈です』
「あの子は番外個体じゃない。
『特異個体』だ。あなた達は、
一体何を創り出したか分かってるのか!」
260 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/29(木) 18:08:11.37 ID:qPbJwa1+0
思わず携帯電話の向こう側に怒鳴る。
怒鳴られた医師は、また少し考えた後静かに返した。
『……仰られている意味がよく分かりません。
状況確認をさせていただいてもいいですか?』
苛立たしげに舌打ちをして、絆は
「分かりました」
と返し、一連の圭の様子を医師に伝え始めた。
徐々に携帯電話の向こう側が息を呑むのが分かった。
医師はしかし、しばらく考えてから
小さく笑い、絆に返した。
『「眠らない」バーリェ? 確かにその研究は
なされていますが、成功した例はありません。
初期混乱なのではないですか?』
261 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/29(木) 18:09:00.63 ID:qPbJwa1+0
「あなた達はS93(霧のこと)の時も、
同じことを俺に言いましたね。
分かっているんですよ。
あの子は、死星獣とバーリェのハーフだってことは!」
『…………』
「それを更に改良して、キメラ(合成体)を
創り出したな? もはや自分達でも、あの子が
何なのか分からないんだろう。
だからあんな姿のまま俺に預けた。違うか!」
言葉が強くなり、絆は押し殺した声で怒鳴った。
「あの子の右腕と両足、右目だけじゃなくて、
睡眠まで奪ってあんた達は、
そこまでして生き延びたいのか!
おかしいよ……おかしいだろ、そんなの!」
『絆特務官、あなたが何を仰っているのかが
よく分かりませんが……』
262 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/29(木) 18:09:43.65 ID:qPbJwa1+0
医師は、おそらく正直に言ったので
あろう言葉を淡々と返すと、静かに続けた。
『眠らないのならば、かえって効率的ではないのですか?』
「……何?」
問い返した絆に、医師は何の疑問も抱いていない声で言った。
『二十四時間、敵の脅威に対応することが可能です。
無論、どうしてそのような弊害が生じたのかは
詳しく調査をさせていただきます。
しかし、元々バーリェとは戦闘に使うために生み出された
弾丸生命体です。四肢のどこが欠損していようと、
眠らなかろうと、結果的に戦果を発揮できれば
それでいいのではないでしょうか』
「…………」
絶句して絆は息を呑んだ。
263 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/29(木) 18:10:18.77 ID:qPbJwa1+0
こいつらは……。
こいつらは、悪魔だ。
人間はいつからこんなにおぞましくなった?
いつからこんなに、邪悪になってしまったのだ。
『違いますか?』
医師に畳み掛けられ、絆は唾を飲み込んでから言った。
「…………分かりました。この件に関しては、
本部を通して正式に抗議をさせていただきます。
とぼけるのならばとぼけ続ければいい。
だが、いつまでもそんな厚顔無恥が通ると思うなよ……!」
『……かしこまりました。では』
ブツリ、と電話が切られた。
264 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/29(木) 18:11:03.32 ID:qPbJwa1+0
絆は携帯電話をしばらくの間見つめていたが、
それをベッドに叩きつけて荒く息をつき椅子に腰掛けた。
しばらく呼吸を整えてから、松葉杖をついて、
やっとのことで階段を降りる。
居間の扉を開けると、電気をあかあかとつけて、
圭はソファーに腰掛けてボーッとテレビを見ていた。
ニュース番組だ。
また、スラムの虐殺について報道が成されているが、
最近では民間人に新世界連合の意思に賛同する者が
出てきたため、報道がある程度は
自粛される流れになってきていた。
以前のように無修正の虐殺動画が
流されるようなことはめっきりなくなった。
むしろそのせいで、テレビの向こうの出来事が
嘘の世界のことのように思えてしまうのだから、
不思議なものだ。
265 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/29(木) 18:11:40.81 ID:qPbJwa1+0
一瞬圭が眠っているものだと勘違いし、
絆は隣に腰掛けていた渚に視線をやったが、
彼女は顔を上げて絆を見て、首を振った。
ため息をついて近づいてきた絆の方を振り向いて、
圭は口を開いた。
「……本当に申し訳ありません。
まだ、ご説明いただいたように『眠たく』はなりません。
何だかご心配をおかけしてしまったようで、心苦しいです……」
「謝ることはない
……ただ、その事実には少し驚いてるけど……」
絆は開けっ放しになっていた薬棚に近づいて、
器具と薬をしまって扉を閉めた。
睡眠剤が効かないのならば仕方がない。
処置の仕様がない。
266 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/29(木) 18:12:13.03 ID:qPbJwa1+0
「特務官、少し休まれてください。
圭ちゃんは、私が見ています」
渚が、疲れと体の痛みに顔をしかめた絆を見てそう言う。
絆は頷いてから渚に返した。
「……そうさせてもらうとする。
圭、渚さんと一緒に、しばらくテレビでも観ててくれ。
朝食は七時からだ。霧が作ってくれる」
夕食は問題なく圭は食べていた。
無論無事な方の左手だけしか使えないので、
スプーンでたどたどしくシチューを口に運んでいたが、
特に食事に対する抵抗はないようだった。
……感想もなかったが。
267 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/29(木) 18:12:46.67 ID:qPbJwa1+0
一生懸命練習したらしい霧が、
「どうですか?」
と勢い込んで聞いたところ、圭は
「何がですか?」
と不思議そうに問い返して、
食事を終えてしまったのだ。
しょんぼりした霧と雪を風呂に追いやり、
圭に投薬を開始して、
彼女が眠らないことに気がついてから今に至る。
雪達の後、渚に風呂介助をされて
さっぱりした風の圭だったが、
それに対する感想もなかった。
まるで、本当に「何も感じていない」かのようだ。
268 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/29(木) 18:13:22.71 ID:qPbJwa1+0
食事を作ってもらった、
風呂に入れてもらった、
人の手を借りたということは、
分かっているらしい。
迷惑をかけたということも分かっているようだ。
しかし、それに対する感謝の気持ちがないようだった。
当初の霧もそうだったが、
彼女の場合は我が強すぎたために、
そのような気持ちが隠されてしまっていただけだ。
それとはまた違うタイプの話だ。
無論、すまなそうな顔をしたり、謝ったりはしている。
しかしまるで空気を押しているかのような
……話していてそんな印象を受けるのだ。
圭は、しかしそんなことを考えながら
背中を向けた絆に、慌てて声をかけた。
269 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/29(木) 18:13:56.92 ID:qPbJwa1+0
「特務官様」
「……何だ?」
そんな風に呼ばれるのは初めてのことだったので、
少し沈黙してから振り返る。
圭は、少し言い淀んでいたが、
やがて息を吸って小さな声で言った。
「戦闘訓練、してみようと思います……」
「……本当か? どうして?」
「ずっと考えていました。
私、もしお役に立てるのでしたら、
どちらかというとお役に立ちたいです。
勿論無理かもしれません。
出来なかった時は、怒らないでいただけるのでしたら
……訓練を受けます」
270 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/29(木) 18:15:17.31 ID:qPbJwa1+0
「AADに乗るのは、嫌じゃないのか?」
「大丈夫だと思います。よく分かりませんが……」
自信がなさそうにもごもごと呟いて、
圭は下を向いた。
絆は頷いて渚に目配せをした。
「分かった。昼に、どっちにせよお前を連れて、
もう一回軍病院に行く。
大丈夫なようなら、戦闘訓練を考えてもいい」
「ありがとうございます」
そこで初めて、安心したかのように圭が微かに笑った。
「何だ……ちゃんと笑えるじゃないか」
絆は少しだけ安心して、
圭に近づくと、優しくその頭を撫でてやった。
圭のその顔を見て、少しだけ安心出来たような
気がしたのだった。
271 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/29(木) 18:16:26.78 ID:qPbJwa1+0
お疲れ様でした。
次回の更新に続かせていただきます。
引き続き、ご意見やご感想、ご質問などございましたら、
遠慮なさらず書き込みをいただけますと嬉しいです。
それでは、今回は失礼させていただきます。
272 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/03/29(木) 18:29:10.78 ID:N9c7T76SO
おつ
273 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/03/29(木) 19:51:15.37 ID:lh8FUxuIO
乙
274 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/03/29(木) 20:46:08.20 ID:mdn4fOCi0
乙
275 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/03/30(金) 05:50:59.85 ID:ZemPL6jso
寝る事が出来ないじゃなくて分からないなら精神的に大分辛そうだね
人だと睡眠取らないと過労で亡くなっちゃうし
お疲れ様
276 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/31(土) 22:22:48.64 ID:FSFT7ye80
こんばんは。
圭の場合は、やはり過労というのが重要な話になってきます。
その辺りも絡めて書かせていただきたいと思います。
続きが書けましたので、投稿をさせていただきます。
お楽しみいただければ幸いです。
277 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/31(土) 22:23:49.89 ID:FSFT7ye80
*
少し眠ってから圭を連れて軍病院に
行った時には、既に太陽は中天に届く頃だった。
渚にも休息をとってもらわなければならないので、
本部に連絡して臨時担当のバーリェ専門保護師を呼んでおく。
その女性に霧と雪の管理を任せ、出てきて今に至る。
軍病院に来たのは、いまだ全く眠くならないらしい
圭の現状について、担当医と直接会って話をしたい
ということもあったのだが、絆自身の怪我の治療もあった。
まだ、折った骨は繋がっていない。
金具が入っている場所もある。
雪と霧には心配させないよう、強がって言っては
いたが、体は悲鳴を上げていた。
何しろ、本部で一目絆を見た渚が、
住み込みで手伝いたいと申し出たほどだ。
278 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/31(土) 22:28:13.21 ID:FSFT7ye80
それほど満身創痍の姿をしているらしかった。
タクシーの座席に寄りかかりながら息をついた
絆を見て、圭が口を開いた。
「執行官様、戦闘訓練に行くのですか?」
問いかけられ、絆は顔を上げ、
僅かに憔悴した顔を圭に向けた。
「いや……その前に、俺の怪我を治したいから、
そっちの病院に行ってもいいか?」
圭は不思議そうに絆を見た。
「怪我……?」
「ああ、見て分からないか?」
「そういうお体だと思っていました」
左手しかない体を僅かに動かして位置を
調整してから、圭は絆から視線を離して窓の外を見た。
279 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/31(土) 22:29:06.16 ID:FSFT7ye80
「……そのようなわけでは、ないのですね」
どこか寂しそうな言葉を聞いて、
絆は口をつぐんだ。
そしてしばらく押し黙ってから言う。
「残念ながら、俺に障害はない。
だけど、しばらくはこのままだ」
ギプスがはめられた手を伸ばして、圭の頭を撫でる。
「お前と一緒だな」
「一緒……?」
怪訝そうにそう問いかけ、彼女は少し考えた後呟いた。
「……そう、ですね……」
「…………」
280 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/31(土) 22:29:48.66 ID:FSFT7ye80
正直な話、絆にさえも障害をもつ
人間の気持ちは分からなかった。
絆は、遺伝管理をされて生まれてきたいわば
「優性種」にあたる人間だ。
クランベなどには障害者が多いとは聞くが、
それも伝聞だけで、本当のことかどうかまでは
良く分からない。
その不確定な知識だけだったが、
絆は雪がそうであるように、
障害を持つ子はその分他の子よりも
繊細な面を持つことを知っていた。
圭も、あまり表情や態度には出ないが同様に繊細な筈だ。
むしろ絆は、彼女の物憂げな態度が
その裏返しであると考えていた。
……まずは、自分に慣れさせなければならない。
281 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/31(土) 22:30:30.36 ID:FSFT7ye80
それこそ、触れて壊れる綿菓子のように
繊細に扱わなければ、おそらく慣れてはくれない。
焦らず、時間をかけてやるべきだ。
看護士の女性に付き添われて圭が待つ廊下に出てきた時、
しかし絆は、当初の元気はどこかに行ってしまい、
有体に言えばヘロヘロの状態になっていた。
車椅子の隣のソファーにどかりと腰を降ろして息をつく。
金具を入れられた場所を随分と弄られた。
ギプスが取り替えられて新しいものになっているが、
まだ麻酔が効いていて足の一部に感覚がない。
疲れた風の絆を見て、圭は首を傾げて口を開いた。
「どうかされたのですか?」
「いや……少し疲れただけだ。心配するな」
282 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/31(土) 22:31:06.85 ID:FSFT7ye80
「別に心配はしていませんが、何だか凄く
切羽詰まっている風にお見受けしましたので……」
……切羽詰まっている?
そう見えるのか。
息をついて、背もたれによりかかる。
まぁ、その通りかもしれない。
エフェッサーも、軍も切羽詰まっている。
他ならぬ自分も、少なからず追い詰められてはいる。
何に、ではない。
状況にだ。
「そうかもしれないな……
それよりお前、どうして待合室で待ってないんだ?」
283 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/31(土) 22:32:24.54 ID:FSFT7ye80
そういえば圭は、
バーリェ用の待合室においてきた筈だった。
ここまで追いかけてきたらしい。
圭は小さくはにかんだような、
困ったような顔をしてから小さく言った。
「……いえ、他の子が入ってきましたので……」
「…………」
「驚かせては何だと思って、ここで待っていました」
「お前な……」
呆れた声で絆は続けた。
「驚く奴には驚かせておけばいい。
お前は何も悪くないんだ。
もっと胸を張れよ。下を見るな。上を見ろ」
「上を……?」
284 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/31(土) 22:33:12.41 ID:FSFT7ye80
「ああ。俺も小さい頃教わったことがある。
下を見てばかりいると、碌なことがない、
際限がない。だから上を見るんだ」
「お話が抽象的過ぎてよく分かりません」
「簡単に言うと、理想を持て。俺達は、
『なりたい自分』になる自由を持つことが出来る。
自分の意思で、変わることが出来る。
変えることが出来る。お前にもそれは言えることなんだ」
「なりたい自分……? 仰られている意味が……」
戸惑った顔をした圭にまた言葉を続けようとした
絆の耳に、こちらに足早に近づいてくる
ヒールの音が聞こえた。
背の高い女性だった。
室内だというのにサングラスをかけ、
ピッシリとしたスーツを着ている。
285 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/31(土) 22:33:53.80 ID:FSFT7ye80
彼女は後ろに、黒髪のバーリェを従えていた。
「桜……?」
思わず絆はそれを見て腰を浮かせた。
しかし痛みで唸ってからソファーに座り込む。
それ程、近づいてきた女性のバーリェは桜に似ていた。
「……流石ね。H36(桜のこと)の
クローンであることはすぐ気付いたようで、安心したわ」
女性は絆の前に立つと、
胸をそらして腕組みをし、こちらを見下ろしてきた。
そしてサングラスを外し、
胸ポケットに入れてから続ける。
「絆特務官とお見受けしますわ。
よろしく。私は椿(つばき)。
先日H36の上位互換個体を授与された、
上位トレーナーよ」
286 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/31(土) 22:34:54.83 ID:FSFT7ye80
「あ? ああ……そうか」
いきなり自己紹介をされて、気の抜けた返事を返す。
そして彼は、気を取り直してギプスが
嵌められた腕を彼女に伸ばした。
「よろしく。俺のことは知っているようだな」
その手を握り、遠慮なく上下に振ってから椿と
名乗った女性は、痛みに顔をしかめた絆を
気にすることもなく続けた。
「あなたのことを知らない人はいませんわ。
『有名な』スプーキー(変わり者)ですもの」
皮肉たっぷりにそう言われ、
絆は軽く笑ってから肩をすくめてみせた。
スプーキーと言われるのは慣れていた。
287 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/31(土) 22:35:40.57 ID:FSFT7ye80
面と向かって言われるのは初めてのことだが、
絆は他のトレーナー
――かつての絃を除いて――と違って、
バーリェと共に戦場に行くことから、
自分がそう呼ばれていることは知っていた。
いつの頃からかそれが形骸化していた。
バーリェは消耗品だ。
それと一緒に戦うなど、愚の骨頂。
そう思っているトレーナーも多いことは、
周知のことだった。
だから目の前で馬鹿にされても、
特に何を思うこともなかったし、
第一絆はエフェッサーが、
他のトレーナーでさえも信用できなくなっていた。
傍らで、五体満足の椿のバーリェを見て
表情を曇らせ、下を向いた圭の肩にポン、と手を置く。
288 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/31(土) 22:36:26.76 ID:FSFT7ye80
そして撫でてやりながら、絆は口を開いた。
「で、何か用か?」
椿が、それと見て分かるほど端正な顔を歪ませた。
そして彼女は、吐き捨てるように絆に言った。
「成る程ね。ハイコアを授与されたと聞いたから
見に来たけど、他の雑多なことには見向きもしないって訳。
いいご身分だわ」
「ハイコア?」
「知らないとは言わせないわ。
あなたの隣にいる『出来損ない』のことよ」
頭ごなしに出来損ないと言われた圭が
目を見開いて萎縮する。
絆は、しかし激昂することなく静かに彼女に返した。
289 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/31(土) 22:37:06.96 ID:FSFT7ye80
「感情的だな。若いだろう。
いつからトレーナーをやってる?」
「……まだ一年よ。でも勲十五等授与者。
勲章は持ってるわ」
胸に誇らしげにつけた勲章を指で指して、
彼女は絆の様子を見て鼻で笑った。
「あなたは捨てたのかしら?」
「ああ。捨てた」
あっさりとそれを肯定した絆の答えの
意味が分からなかったらしく、
椿は一瞬静止して彼に言った。
「捨てたって……勲一等を?」
「俺には必要ないからな。近く返上する予定だ。
勲章が欲しいのなら、いくらでもくれてやるよ」
「正気……? 勲一等授与者の言葉とは思えないわね……」
290 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/31(土) 22:37:44.64 ID:FSFT7ye80
「少なくとも見ず知らずの他人に正気を疑われるほど
『常識』が欠落しているとは思わないが」
絆はそう言って息をついた。
「……そして訂正してもらおう。
この子は出来損ないではない。
性能は、言っては何だが君の育てたバーリェを
遥かに凌いでいるだろう。
情報をきちんと入手しているのか?
感情論で非難されるいわれはない」
「何を……!」
声を荒げかけた椿だったが、
思いとどまって口をつぐんだ。
そして彼女は口の端を吊り上げて笑ってみせ、
絆に言った。
「……あんなものは当てにならないわ。
所詮睡眠学習中の概算データよ」
291 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/31(土) 22:38:38.64 ID:FSFT7ye80
「随分と断言するが、君のバーリェは
思うとおりに育っているのか?」
話をさらりと変えた絆に、
彼女は隣のバーリェを乱暴に引き寄せてから言った。
「ええ。ご心配には及びませんわ。
『実戦』成功率が十割を維持しています」
隣で、どこか生気のない目で桜に似たバーリェが下を向く。
彼女の様子に異変を感じたのか、
圭が怯えたような目で絆を見た。
……これは。
まずいかもしれない。
絆はこみ上げてきた不快感を押し殺して、
椿に向けて口を開いた。
「……虐殺記録だろう。それこそ当てにならない」
292 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/31(土) 22:39:16.06 ID:FSFT7ye80
言い返そうとして失敗し、椿が息を呑む。
そして彼女は唇を噛んで、物凄い目で圭を睨んだ。
それに威圧され、圭が傍らの絆の影に
隠れようと身を縮みこませる。
バーリェの生気をなくした瞳。
威圧感に反応しない鈍った感覚。
おぼつかない足取り。
定着しない緩んだ表情。
このトレーナーは、おそらく過剰に
バーリェに投薬を行っている。
無論問題ではない。
バーリェは備品であり、生き物とはカウントされない。
293 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/31(土) 22:39:56.35 ID:FSFT7ye80
それを使って戦果を上げられるなら、
どんどん使うべきだというのが本部の意向だ。
むしろ、過剰な投薬を行わない
絆の方針こそが異様だとも言える。
しかし、絆は経験則で知っていた。
過剰投薬を行うトレーナーは、
例外は殆どなく、トレーナー自身の人格に問題がある。
もしくは、若すぎて経験を積んでいないかだ。
この場合は両方に当てはまりそうだった。
トレーナーの我が強い場合だと、
バーリェが抵抗できずに萎縮し、
意思疎通が取れない状況に陥ってしまうことがよくある。
その場合、大抵の若いトレーナーは
投薬を行い「言うことを聞くように」する。
赤子と同じような思考回路にしてしまうのだ。
294 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/31(土) 22:40:40.55 ID:FSFT7ye80
脳のシナプスの伝達回路を緩める薬なのだが、
それにはバーリェの寿命を縮めるという副作用があった。
だから、絆はその薬を使ったことは殆どなかった。
……この桜の上位互換体だという子には、
おそらくそれが使用されている。
「……薬は感心できないな。効率化を目指すなら、
トレーナーではなく開発職に回った方がいい」
静かにそう言うと、意気込んで椿は言い返してきた。
「あなたの育成方針こそ異質なのでは?
当初は参考にさせていただこうとしましたが、
何一つとして学べるところはなかったですわ。
よくトレーナーを名乗っていられるものだと
感心したものです」
「何かを学べるか学べないかというのは、
個々の主観であって事実じゃない。
それこそ君のようなトレーナーが嫌いそうな
感情論で物事を言うものじゃないと思うが。あと……」
295 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/31(土) 22:41:19.12 ID:FSFT7ye80
絆は無理矢理体を動かして椿の方を向いた。
「納得が出来ないのなら証明してもいい。
この子の性能をな」
ポン、と頭に手を置かれた圭がビクッと
痙攣したように、自信がなさそうに萎縮する。
「成る程……勝負というわけですか」
鼻を鳴らした椿に、絆はため息をついて言った。
「トレーナー同士で争ってどうするんだ
……こちらに交戦の意思はない」
「あなた程のトレーナーとなると、
『交戦意思はない』のに、味方を後ろから
討つことも許されますからね」
皮肉たっぷりに言われた言葉を受け、
絆は一瞬静止した。
296 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/31(土) 22:41:54.33 ID:FSFT7ye80
……先日の文の暴走により。
沢山の味方のバーリェが攻撃に巻き込まれ、
AADごと破壊されて死んだ。
もしかしたら、この女性のバーリェも
その中に混じっていたのではないか。
そう考えれば、一連の椿の言動も納得がいく。
絆はしかし、体中の痛みに呼吸を荒くしながら続けた。
「そうだな。その通りだ」
「…………」
沈黙した椿に、彼は言った。
「それがまかり通るこの社会に、俺は毎日戦慄してるよ」
「どういう意味か分かりませんが……」
297 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/31(土) 22:42:30.88 ID:FSFT7ye80
椿は脇のバーリェの手を掴んで
無理矢理体の前に突き出し、絆に言った。
「勝負しませんこと? あなたの『出来損ない』と、
私の育てているバーリェ。
どちらが優秀か、比較しませんか?
あなたが勝てば、無論前言は撤回させていただきます」
「その利点が見当たらないが」
「戦闘の訓練をしに来たのではないですか?
そちらのバーリェはまだ起動実験さえも行っていない
と聞きます。丁度いい戦闘相手になると思われますことよ」
暗い笑みを発して、椿は続けた。
「性能を見たいんではなくて?」
「…………」
絆は沈黙してから圭を見た。
298 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/31(土) 22:43:06.21 ID:FSFT7ye80
彼女は、絆と目が合うと
「む……無理です……」
と小さな声で呟いて、ふるふると首を振った。
しかし絆はまた圭の頭を撫でてやってから、
椿に向き直った。
「分かった。いいだろう」
「特務官様……!」
圭が左手で絆の袖を引っ張る。
それを無視し、絆は続けた。
「丁度俺も、この子の性能を見たかったところなんだ。
バーリェが相手になってくれるというなら有り難い」
軽く笑ってから付け加える。
「まぁ、勝負になればいいがな」
299 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/31(土) 22:43:56.28 ID:FSFT7ye80
*
結論から言うと、バーチャルの
仮想シュミレーターで行った戦闘訓練は、圧勝だった。
正確に言うと「絆の」だ。
巨大なゲームの筐体のようなシュミレーターから
出てきて、彼は傍らの女性職員に支えられ、息をついた。
少し離れた場所では、椿が口を半開きにして呆然としている。
プシュ、と音がして彼女の隣の
シュミレーターハッチが開いた。
そして中から、桜のクローン
……おそらく霧と同じように、死星獣とバーリェのハーフの子が
よろめきながら出てくる。
近づいてきた彼女を苛立たしげに突き放し、
椿はヒールを鳴らしながら近づいてきた。
そして絆のネクタイを掴み上げる。
300 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/31(土) 22:44:31.52 ID:FSFT7ye80
丁度車椅子に乗せられようとしていた圭が、
それを見て息を呑んだ。
しかし絆は、女性にスーツのネクタイを
捻り上げられながら軽く笑って見せた。
「どうした? 俺の言った通りに圧勝だっただろう」
「私は『バーリェ同士の』戦闘をさせようと言ったのよ!
どうしてトレーナーが
……バーリェの操縦技能を上回ることが出来るの!」
絆はギプスを嵌められた手で軽く椿の手を払うと、
ネクタイの位置を直して椅子に座り込んだ。
結果的に今回、圭はシュミレーターを操縦しなかった。
途中で、彼女を使うまでもないという結論に至ったのだ。
もっとも、エネルギー抽出や武装のロック解除、
制御や視界制御などは全て彼女にやらせている。
301 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/31(土) 22:45:11.10 ID:FSFT7ye80
圭の性能は、事前に言われていた通り霧を凌ぐものだった。
戦闘操縦自体はさせていないが、
とてつもないエネルギー含有量だ。
最大ラインでエネルギーを抽出し続けたとしても、
およそ三時間半の稼動が可能だ。
にわかには信じがたい性能だった。
霧のようにエネルギーにブラックホール粒子が
混じっているということはないが、
単純に考えても彼女の三倍近いエネルギー総量を持っている。
通常のバーリェの、およそ百倍近い。
脳波の流れも実に正常で、スムーズに視界などが切り替わる。
しかし、圭に操縦をさせようとしたところ、
彼女が土壇場になって「拒否」をしたのだった。
302 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/31(土) 22:45:48.79 ID:FSFT7ye80
――出来ません……お願いします。私出来ません……。
蚊の鳴くような声で、震えながら圭が言ったのだった。
そのまま無理矢理やらせて戦闘恐怖症にでもなったら
後のフォローが大変だ。
急遽予定を変更して絆が擬似操縦をした。
データシュミレーションの結果。
絆側が無傷で、六分二十五秒で相手側機体が大破。
まぁ、当然と言えば当然だ。
常にフルスロットルで動いているような状態だ。
機動性も索敵性も、通常の状態と段違いだ。
それに絆には、何度も戦闘に出ているという
アドバンテージがあった。
303 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/31(土) 22:46:38.87 ID:FSFT7ye80
「トレーナーが操縦できてもおかしくはないだろう。
君の方こそおかしいんじゃないか?
勉強不足だ。俺の頭の中には、バーリェの戦闘データと
分析が全て入ってる。対処できて当然だ」
「…………」
「S678を使うまでもなかったな」
歯噛みして、椿は足取り荒く
シュミレータールームを出て行ってしまった。
慌てて桜に似たバーリェが、
足元おぼつかない様子でそれを追う。
目で彼女達を見送り、絆は女性職員が
差し出したコーヒーカップを手に取り、中身を口につけた。
同じようにココアを受け取った圭を見て、絆は口を開いた。
「怖くなったか? まぁ、初めて乗ったんだ。
緊張するのは当たり前だ。気にするな」
304 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/31(土) 22:47:20.71 ID:FSFT7ye80
「…………」
圭は俯いて唇を噛んだ。
しばらくして彼女が小さく言う。
「……分からないんです」
「何が?」
「操縦方法、分からないです……」
一瞬その意味が分からずに、
絆はコーヒーを口につけたまま静止した。
そしてその熱さで我に返って、慌てて聞く。
「分からないって……
お前、頭の中に操縦プログラムが
インストールされてないのか?」
「……はい。そうだと思います」
305 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/31(土) 22:48:06.00 ID:FSFT7ye80
そんな馬鹿な、と言いかけて
それを無理矢理飲み込む。
口に出すのははばかられたが、
圭が嘘をついている可能性が高かったからだ。
彼女が睡眠学習中に行った戦闘プログラムでは
千二百回を超える連勝記録がある。
分からない筈がない。
絆は、しかしそれ以上言及せずに、
息を吸ってから返した。
「まぁ……おいおい思い出すだろう。
お前は、立派にやってたよ。頑張ったな」
頭を撫でられ、圭が僅かに頬を紅潮させた。
そこでカルテを持った医師の集団が、
部屋の中に入ってきた。
その中に圭の担当医の姿があることに気付き、
絆は傍らの女性職員にコーヒーカップを渡して、
松葉杖をついて立ち上がった。
306 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/03/31(土) 22:49:20.96 ID:FSFT7ye80
お疲れ様でした。
次回の更新に続かせていただきます。
引き続き、ご意見やご感想、ご質問など
ございましたら、お気軽に書き込みをいただけると嬉しいです。
それでは、今回は失礼させていただきます。
307 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(佐賀県)
[sage]:2012/03/31(土) 22:55:48.47 ID:c3eIkJ9O0
乙
308 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(大阪府)
[sage]:2012/04/01(日) 06:39:30.04 ID:WnPVeC8Vo
乙
309 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/04/01(日) 15:57:27.15 ID:Ax6GeXkho
圭は凄く謎めいてるな
お疲れ様
310 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(埼玉県)
[sage]:2012/04/02(月) 14:06:33.23 ID:qn+nXR/ho
乙乙!
311 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/02(月) 19:37:10.65 ID:6Wpsnxgd0
こんばんは。
ツイッターやスレを通して、沢山のメッセージありがとうございます!
これからも邁進させていただきます。
続きが書けましたので、投稿させていただきます。
お楽しみいただければ幸いです。
312 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/02(月) 19:37:52.26 ID:6Wpsnxgd0
絆を見て担当医が足を止める。
医師達は、絆と圭を囲むように立った。
何かしら不穏な空気を感じたのだろう。
圭が手を伸ばして絆の袖を掴む。
その手を握り返し、絆は担当医に向かって口を開いた。
「お疲れ様です。随分と大所帯ですね」
二十人以上いる医師団を見て、エフェッサーの
女性職員達も怪訝そうな顔をしている。
圭を守るように立った絆を無表情で見てから、
担当医は手元の資料に視線を落とし、言った。
「S678番を回収させていただきます。
あなたの仰るとおり、その個体は特異体であることが、
議会の正式決定で受理されました。
検体として提供をいただきたい」
313 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/02(月) 19:42:29.48 ID:6Wpsnxgd0
おそらく医師議会の決定印であろう書面を見せて、
担当医は問答無用といった具合で、回りに目配せをした。
医師の一人が圭の腕を無造作に掴もうとする。
絆は反射的にその手を、ギプスが嵌められた
手で掴んで捻り上げた。
腕を極められた医師が小さく悲鳴を上げてカルテを取り落とす。
「何をする?」
鉄のような声で絆はそう言った。
折れるのではないかというくらいに、医師の腕が曲がった。
周囲を取り囲んでいる医師団の表情が変わる。
絆は
「医者風情が揃いも揃って、
女の子一人とっ捕まえに来るとは笑わせる」
と呟いて、手を離した。
314 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/02(月) 19:43:15.98 ID:6Wpsnxgd0
腕を押さえて、医師の一人が床に崩れ落ちる。
「議会の承認が見えませんでしたか?
冷静にご覧ください」
担当医が表情を変えずに口を開く。
絆は、しかしそれを一瞥もせずに返した。
「君達の行動は拘束規定事項第七条の三十二項に
違反している。医師団決議会でも、軍および元老院の
エマージェンシーコールレッドを上回ることはない。
俺は、この子を緊急非常事態用の戦闘個体として
ロールアウトを受けた。
そんな書面を見せられても、
今更『はいそうですか』と返すわけにはいかない」
それを聞いた担当医が歯噛みしたように表情を歪める。
医師団としては精一杯の強気の姿勢だったのだろうが、
いつも軍の連中からバーリェを守っている絆にとっては、
笑わせるにも程があるレベルのことだった。
315 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/02(月) 19:44:01.30 ID:6Wpsnxgd0
構わない、無理矢理連れて行けと言いたそうな
顔をしている担当医に、絆は畳みかけるように言った。
「元老院の承認を取り付けてきたんなら考えよう。
もっとも、医師団にそこまでの力があるとは思えないが。
君達研究員にな」
侮蔑を込めて吐き捨てる。
おそらく。
医師団は、圭の記録を照会しているうちに、
彼女が数々の不明点を有している事実に気付いたのだろう。
眠らない弊害も、研究して余りある素材だ。
元老院の承認の元絆に圭をロールアウトしたはいいが、
一日経って惜しくなったとみえる。
「分かったら通してもらおう。
訓練後だ。休ませてもらいたい」
316 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/02(月) 19:44:40.20 ID:6Wpsnxgd0
松葉杖をついて、もう片方の手で圭の肩を押す。
圭は戸惑いながら、車椅子を操作しようとして、
しかし立ちふさがった担当医の視線に射抜かれて静止した。
「お通しするわけにはいきません。
その個体を戦闘に使っていただくわけにはいかないのです」
「何故? 先ほども戦闘訓練を行いましたが、
この子は正常に動作をしていた。何の問題もない」
医師達の滅多にみせない強気な……
いや、むしろ必死な姿勢に、怪訝そうに絆は返した。
絆を見て担当医は続けた。
「それはS678番に操縦させなかったからです。
その個体には、重大な不具合があります。
あなたの生死にも関わることです」
そう言われ、絆は口をつぐんだ。
317 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/02(月) 19:45:14.27 ID:6Wpsnxgd0
――俺の生死に関わる?
一瞬、どういう意味か推し量りかねたのだった。
「仰られている意味が、よく分かりませんが」
押し殺した声でそう返すと、
医師達が包囲網を狭めてきた。
担当医が周囲に目配せをしてから言う。
「戦闘を行うことがバーリェの存在意義です。
戦闘を行えない個体、もしくは正常に戦闘を行えない
個体をロールアウトしたとなっては、
医師会の名誉に関わります」
「戦闘を行えない?」
「はい。詳しくご説明いたします。
つきましては、S678番をこちらにお渡しください」
318 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/02(月) 19:45:54.32 ID:6Wpsnxgd0
――操縦方法、分からないです……。
先ほど圭が口走った言葉が脳裏に浮かぶ。
しかし絆は、それを無理矢理押し殺してから
圭を自分の方に引き寄せた。
「お断りする。それ以上近づくのならば、
軍法第三十二条により君達は
処分されることになるが、いいのか?」
静かな絆の脅し文句を聞いて、医師達が動きを止めた。
怯えた様子の圭が、ぎゅっ、と目を閉じて、
左手だけで絆にしがみつく。
「絆特務官、どうかお聞き届けを……」
担当医が汗を流しながらそう言う。
そこで、ブーツのかかとを鳴らした足音が近づいてきて、
シュミレーションルームのドアが開いた。
319 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/02(月) 19:48:47.31 ID:6Wpsnxgd0
本部局長の駈が、女性職員を伴って歩いてきた。
彼は趣味の悪いサングラスの位置を指先で直すと、
医師達を見回して、それを軽く鼻で笑った。
「研究員がこんなところで何をしている。戻りたまえ」
低い声を聞いて、担当医が強く歯を噛む。
彼はまだ数秒迷っていたが、やがて諦めたのか、
肩を落として周囲に指示をし、
足早に部屋を出て行った。
絆は気が抜けたように松葉杖に寄りかかり、
まだ目を閉じている圭の頭を撫でた。
「おい、医者は帰ったよ。手を離せ」
しかし圭は手を離さなかった。
自分の服の裾をつかんでいる彼女の手を
握り返してやりながら、絆は駈を見た。
320 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/02(月) 19:49:25.92 ID:6Wpsnxgd0
「……あなたこそ、何をしに?
助けを呼んだ覚えはないが」
「先ほどの戦闘訓練の様子は、
オペレーションルームで全て見させてもらった。
そのバーリェの性能は素晴らしい。
手放すには惜しいと思ってな」
駈は絆と目を合わせずにそう言って、
隣の自動販売機に近づいた。
女性職員が駆け寄って、カードを差込み、
少し待ってからコーヒーを取り出す。
それを受け取り、口につけてから駈は壁に寄りかかった。
そして嘗め回すように圭のことを見る。
「ふむ……」
小さく呟いて、彼は言った。
321 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/02(月) 19:50:06.90 ID:6Wpsnxgd0
「眠らない個体か。興味深い。
それに、その他にも様々な障害を抱えていそうだ。
だが、それを補って余りある性能だ」
「話が済んだのなら、ラボに戻らせてもらう。
俺も暇ではないので」
足を踏み出そうとした絆に、しかし駈は静かに声をかけた。
「まぁ、そんなに急ぐこともないだろう。
少し話を聞いていきたまえ」
「……何ですか?」
あからさまに嫌そうな顔をして絆が立ち止まる。
彼に女性職員が近づいてコーヒーを渡そうとする。
それをやんわりと断った絆に、駈は続けた。
322 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/02(月) 19:50:51.27 ID:6Wpsnxgd0
「君の操縦技能がバーリェを、それも新型を上回るとは
私も思ってはいなかった。
椿君のバーリェも決して不良品ではないのだが、
よくやるものだ」
「…………」
「しかし眠らない個体か……本当に、実に興味深いよ」
「何を言いたい?」
押し殺した声で問いかけられ、
駈は軽く口の端を吊り上げて笑ってから言った。
「果たして『それ』は、生き物と言えるのかね。
ふとそんなことを思ってね」
圭が、閉じていた目を見開いた。
323 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/02(月) 19:51:54.84 ID:6Wpsnxgd0
「意識調整されてセッティングされた人格、
欠損しているといえプログラムによりつくられた体。
動物として当たり前の睡眠もとらずに、
稼動し続けることができるそれは、
果たして『我々と同じ生き物』と言えるのかね?
『スプーキー』の絆特務官はどうお考えなのかと、
いささか疑問でな」
「…………」
「いや何、嫌味ではない。純粋に『それ』と
触れ合うことが出来る君が、凄いと賞賛しているのだよ。
私にはできない」
「……この子はバーリェだ。俺達と同じ生き物だ。
だから俺は、この子を守る。
あんたみたいな『犬』の手からな……!」
低い声で絆はそう言って、圭の手を強く握った。
「あんたには、到底分からないことだろうよ」
324 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/02(月) 19:52:29.85 ID:6Wpsnxgd0
駈はしばらくニヤニヤしながら絆を見ていたが、
やがてコーヒーを飲みきると、
カップをクシャリと潰してダストシュートに投げ入れた。
「そうそう、君に伝えなければいけないことがある」
「…………」
「先日大破した人型AAD七○一型、
コードネーム陽月王だが、新しい機体が製造された」
「何?」
思わず顔を上げた絆に、
駈はサングラスの位置を直してから続けた。
「今度の機体は、そのS678番の性能に
十分ついてくると思われる。
いや……それでも『足りない』かもしれないな」
「…………」
陽月王の後継機ということになるのだろうか。
325 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/02(月) 19:54:05.40 ID:6Wpsnxgd0
駈はしばらくニヤニヤしながら絆を見ていたが、
やがてコーヒーを飲みきると、
カップをクシャリと潰してダストシュートに投げ入れた。
「そうそう、君に伝えなければいけないことがある」
「…………」
「先日大破した人型AAD七○一型、
コードネーム陽月王だが、新しい機体が製造された」
「何?」
思わず顔を上げた絆に、
駈はサングラスの位置を直してから続けた。
「今度の機体は、そのS678番の性能に
十分ついてくると思われる。
いや……それでも『足りない』かもしれないな」
「…………」
陽月王の後継機ということになるのだろうか。
326 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/02(月) 19:54:46.40 ID:6Wpsnxgd0
更にスペックアップされた機体が、
既にロールアウトされたというのか。
唾を飲み込んだ絆を見て、
駈は抑揚のない声音で言った。
「人型AAD八○一型。コードネーム
『大恒王(だいこうおう)』
……トリプルコアシステムを使っている」
「トリプルコア……!」
思わず絆は素っ頓狂な声を上げていた。
トリプルコア?
バーリェを『三体』?
それを面白そうに見て、駈はクックと喉を鳴らした。
327 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/02(月) 19:55:25.62 ID:6Wpsnxgd0
「今度の兵器は凄いぞ。人型AADでありながら、
フライトシステムを組み込んである。
空を飛ぶ機械人形だ。
君の操縦技能も、どこまで通用するか見物だな」
絆は松葉杖を床に叩きつけ、
倒れこむように駈の胸倉を掴み上げた。
そして脂汗を顔に浮かべながら、彼に押し殺した声で言う。
「凄い……? 現場にも行かないあんたが、
どの面下げて、玩具みたいに……!」
「だから私は、『君は凄い』と絶賛しているのだよ」
駈は掴み上げられながら表情を変えずに続けた。
「バーリェなんて玩具みたいなものだろう。
我々大人の玩具だ。使い捨てられて消えてゆく消耗品だ。
私から言わせれば、『君こそ異常』なのだがね」
328 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/02(月) 19:55:55.39 ID:6Wpsnxgd0
「…………」
絆は、手を離してよろめいた。
慌てて周りの女性職員が、彼のことを支える。
スーツの乱れを直して、駈は言った。
「時間をとらせたな。帰宅したまえ」
「言われなくても……!」
絆は彼を睨んで、松葉杖を女性職員から
受け取って、圭を見た。
「…………帰るぞ、圭」
「……はい」
俯いて圭が車椅子を進める。
彼女の目は、自分を嘗め回すように見ている
駈に明らかに恐怖の色を発していた。
329 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/02(月) 19:56:44.72 ID:6Wpsnxgd0
*
結論から言うと、駈と話した時から
五日間、圭は一睡もしていない。
絆と渚が後退で見るようにしていたが、
徐々に圭から、元々なかった
元気が更になくなってきていた。
目の周りにはクマが浮き、心なしか
ロールアウトされてきた日よりも
やつれているような気がする。
最近目が乾くという訴えがあったので、
絆がかなり高級品の目薬を買ってやったところ、
圭は初めて少しだけ嬉しそうな顔をした。
ずっと、それを左手で握っている。
330 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/02(月) 19:57:26.71 ID:6Wpsnxgd0
彼女の疲労は、当然のことだった。
睡眠は動物が体と精神を休めるのに必要なことだ。
いわば『必須』の昨日だといえる。
圭は、絆が眠っている時は彼の隣のベッドで
横になるように習慣づけをしたが、
それで体の疲労は取れても、
蓄積された精神の疲労までは取れない。
疲れたようにため息をついた圭に、
熱心にモノポリーのルール説明をしていた
霧が口を止め、彼女を見た。
「どうかしましたか? 疲れましたか?」
伺うように問いかけられ、圭は物憂げに
息を吐いてから言った。
「いえ……特には……」
331 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/02(月) 19:58:06.13 ID:6Wpsnxgd0
「そ、そうですか……じゃあ、ご飯にしますか?
圭ちゃんの好きなものを作ります!」
霧がそう言って立ち上がる。
雪が
「私も……」
と言って傍らの点滴台に掴まって立ち上がった。
「お姉様はお休みになっていてください。私が作ります」
「でも……最近霧ちゃんにばっかり
家事をやらせてるから……」
雪が口ごもる。
霧は軽く笑って、無理矢理に雪を元の位置に座らせた。
「じゃあ圭ちゃんとゲームしててください。
それがお姉様のお仕事です」
332 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/02(月) 19:58:34.20 ID:6Wpsnxgd0
「…………」
雪が戸惑ったように圭の方を向く。
当の圭は、興味がないのか左手で
モノポリーの駒を弄んでいた。
絆が口を開きかけ、そこで寝巻き姿で
降りてきた渚と目が合った。
「おはようございます、絆特務官」
「おはよう」
渚は、ここ数日殆ど寝ていない。
最近圭の様子が安定してきたので、
十分に休んでもらった。
心なしか気が抜けているように思えるのはそのせいだ。
333 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/02(月) 19:59:07.05 ID:6Wpsnxgd0
ボサボサの髪の毛で、渚はキッチンに入っていった霧に
「私も手伝うわ、霧ちゃん」
と言って後を追っていった。
バーリェの管理が、睡眠時間のサイクルが
乱れるだけでこんなに大変な仕事になるとは、
絆自身も思っていなかった。
もはや渚が手伝ってくれなければ、管理が追いつかない。
――トリプルコア。
数日前に駈が言っていたことを思い出す。
その後に兵器の仕様書が送られてきたのだが、
絆はそれを見て背筋が寒くなっていた。
バーリェを操縦、管制、エネルギーラインで
三分割し、更にエネルギー効率を上げている。
334 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/02(月) 19:59:42.65 ID:6Wpsnxgd0
それだけならいいのだが、その兵器が「通常」ラインで
運用されるためには、普通のバーリェの命が、
三十分間で二十五体必要になる。
雪、霧、そして圭の三人がいて初めて動作が許される。
そんな「存在してはならない」禁断の
領域に踏み込んでいる兵器だった。
そして同時に、絆はその仕様書を見て、
雪を管制担当にして、エネルギー抽出ラインを
少しでも安定させよう、
と考えてしまっている自分自身に戦慄してもいた。
考えてはいけないことを、自分は考えている。
適応してしまっている。
おかしい。
手の中のコピー用紙に力を入れて握りつぶす。
335 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/02(月) 20:00:20.96 ID:6Wpsnxgd0
それをゴミ箱に叩きつけ、
絆は立ち上がろうと松葉杖に手をかけた。
そこで、突然ニュース番組が切り替わった。
電波ジャック。
その言葉が頭をよぎる前に、
絃の重苦しい言葉が耳に飛び込んできた。
『新世界連合の総括者である立場から、
愚かなる人間諸君に対して、三度目の警告を行う』
その場の空気が、圭以外一瞬で緊張した。
絃は顔の前で指を組んで、テーブルに肘を乗せた姿勢で続けた。
やはり、白と赤の軍服を着ている。
こころなしか周囲の、白い三角帽を被った人間達が
増えているような気がした。
336 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/02(月) 20:01:01.62 ID:6Wpsnxgd0
『我々はいかなる賛同者も、協力者も求めない。
この度の沈黙は、死星獣の技術解明のためであり、
決して人類諸君に対して情を施したわけではないことを、
事前に釈明させていただく』
「絃さん……!」
渚が駆け寄ってきて、絆の隣にしゃがみこむ。
絃は数秒置いてから言った。
『新世界連合に協賛するスラム街の人間達も出ていると聞く。
まことに遺憾だ。この場を借りてしっかりと
宣言させていただこう。
スラム街の人間であれ、上層市民の人間であれ、
人間は人間であることに代わりはない。
全ての人類は、我らの敵である。
速やかに、同一に均等に、
無情に死んでいただくことになる。そして……』
絃は手元のプロジェクターを操作し、映像を壁に投影した。
337 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/02(月) 20:01:49.90 ID:6Wpsnxgd0
『我らの防衛拠点が完成した。
この度の沈黙を破り、ここを拠点に、
我々はもう逃げも隠れもせず、
諸君らを攻撃することになる』
壁には、どこまでも広がる緑色の自然が映し出されていた。
その所々に、ドーム状の建築物が見て取れる。
「まさか……」
呟いた絆の声に被せるように、弦は言った。
『我らが、この星最期の希望として選んだ防衛拠点は、
最後の自然が眠る場所、フォロントンである。
軍諸君、エフェッサー諸君。
どうぞ大挙して押し寄せるがいい。
無論、我々は君達の攻撃を待つことなく、
新たに得た知識と技術により、更に進化した死星獣、
および「兵器」の攻撃を、ここを拠点に行わせていただく』
338 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/02(月) 20:02:43.11 ID:6Wpsnxgd0
絃はプロジェクターの電気を消し、
暗い笑みを発した。
『ついては、本日十五○三十に、
エフェッサーの本部拠点に一斉攻撃をかけ、
壊滅させようという議案が先ほど可決された。
我々はエフェッサー諸君に対し、フォロントンを拠点に、
以前とは違い逃げも隠れもせず、全面戦争を宣言する。
この放送を聞いている者は、
我らの圧倒的兵力の前に崩れ落ちるエフェッサーの姿を
目の当たりにすることだろう』
「…………」
言葉をなくした絆を前に、モニター前の絃は
右手を天に向かって突き出した。
『亡き魂と、これから亡くなるであろう魂達の
鎮魂を祈り、放送を以上とする。我らの新世界のために』
ブツリ、と放送が消えた。
339 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/02(月) 20:03:30.37 ID:6Wpsnxgd0
――エフェッサー本部に対して、
フォロントンを拠点に一斉攻撃?
今絆達がいるラボも、攻撃対象の
区画に入るってことか……?
その「宣言された」事柄に、
絆は分かっていたことながら心の底から震え上がった。
この沈黙を破り、彼らが更に兵力を上げて攻撃を
宣言してくることは、予想されていたことだった。
そうだったのだが、改めて聞かされると、
それは怖気以外の何をも発することはなかった。
自然地域フォロントンに基地までつくりあげて。
自分達の守りを死星獣で鉄壁にして。
それで、エフェッサーの本部をまず壊滅させるつもりなのか。
340 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/02(月) 20:03:58.93 ID:6Wpsnxgd0
「……くそっ!」
ギプスを嵌められた腕で、太ももを強く叩く。
「何が新世界のためだ……!」
「絆……」
絃が裏切ったことは既に聴かされている雪が、
しかし不安そうな声を発する。
「ここも、なくなっちゃうの……?」
絆は強く歯を噛んだ。
命が死んだ時に折った奥歯から、血が滲む。
「そんなことはさせるか……」
小さく呟いて、絆は渚に支えられながら立ち上がった。
「全員準備をしろ。戦闘だ!」
341 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/02(月) 20:05:21.25 ID:6Wpsnxgd0
お疲れ様でした。
次回の更新に続かせていただきます。
引き続き、ご意見やご感想、ご質問などがございましたら、
お気軽に書き込みをいただけますと嬉しいです。
皆様も体調には十二分にお気をつけください。
それでは、今回は失礼させていただきます。
342 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/04/02(月) 20:31:45.18 ID:n/d6y4VK0
乙
全て狂っててワロタ
343 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(東京都)
[sage]:2012/04/02(月) 20:57:18.21 ID:U5duv4Umo
雪霧圭の3人でとかどんだけだよ・・・・
どんどん追い詰められてきて、その代わりに人間らしくなってきたな
つか、鯖の調子が悪かったな
書き込めてないようで書きこめてるからややこしいな
「書込みに失敗した模様
HTTP/1.1 500 Internal Server Error」
とか出るけどな
ともかく、今日も乙!
344 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(長屋)
[sage saga]:2012/04/02(月) 22:16:28.62 ID:2RMA6qEw0
乙です。
最初の方から読ませて頂いておりますが、
この作品はやっぱり好みです。
でも少々展開が早すぎて、命とか愛とかのキャラにあまり感情輸入できなかったところだけが少し残念ですね。
もう少し登場人物の数を減らして、他キャラの描写に割いた方がいいかなと思いました。
続き期待しています。
とりあえず乙です。
345 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/04/02(月) 22:22:02.61 ID:pbjzhjXIO
乙
346 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/04/02(月) 23:11:31.15 ID:0U8AWrtCo
霧ちゃんは良い子になったなぁ
頑張れるのは自分だけだからしっかりしないと的な感じなのかな
お疲れ様
347 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(神奈川県)
[sage]:2012/04/03(火) 01:12:41.48 ID:0/yR/L9Uo
最初はちょっとアレだった霧ちゃんが凄く輝いて見える
348 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(埼玉県)
[sage]:2012/04/03(火) 10:03:50.05 ID:3HmnurTNo
乙乙!
349 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/03(火) 17:44:04.35 ID:QhpzOyn50
こんばんは。
昨日はサーバーが不安定でしたね。
私も少々戸惑いました。
全ての要素が着実に人類を狂気に導いています。
そんな中で、霧はだいぶいい子になりましたね。
姉になったということも起因しているのでしょう。
描写をもっと深くということは、心がけていこうと
切に思います。
皆様によりお楽しみいただけるように、常に変えて
行きたいと考えています。
気になった点などは、どんどんご意見をいただけますと
嬉しいです。
それでは、続きが書けましたので投稿させていただきます。
350 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/03(火) 17:46:56.42 ID:QhpzOyn50
エフェッサー本部に絆が出頭した頃には、
既に本部のトレーナー達は
オペレーティングルームに集められていた。
松葉杖を鳴らしながら、渚に支えられて入ってきた
絆を見て、最前列に座っていた椿が鼻を鳴らす。
絆は一番後ろの席に腰を下ろした。
そこで、駈が全体を見回して口を開いた。
「皆も知っての通りだ。新世界連合が、
本部に対しての直接的な攻撃意思を示してきた。
早急に迎撃体制をとる必要がある」
絆はそこで手を挙げ、口を止めた駈に
向かって押し殺した声を発した。
「どうしてフォロントンに基地を作られるまで
放っておいた?
今迄のスラムの虐殺は一体何だったんだ?」
351 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/03(火) 17:47:49.80 ID:QhpzOyn50
責められた駈は一瞬口をつぐみ、そして
手元の小型プロジェクターを操作し、壁に映像を映し出した。
「……現在フォロントンは、
世界連合が定めた自然特区として、
半径三百キロ四方が巨大な『壁』に囲まれている」
映像が切り替わり、自然が生い茂る空間と、
その外の閑散としたスラム街の空間を分ける、
全長二十メートルを超える長大な鉄の壁が投影された。
「俗にこの壁は『自然の壁』と言われ、
二百年ほど前から存在している。人類文明を遮断するため、
このサークル内では、
外部からの電波通信などが行えないようになっている」
「しかし今回、新世界連合は電波通信を行ってきた
ではないですか。どこかに抜け道がある筈だ」
別のトレーナーがそう言うと、駈は頷いた。
「その可能性もある。または、『自然の壁』を
超えるテクノロジーをあちら側が有しているのかもしれない」
352 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/03(火) 17:48:32.49 ID:QhpzOyn50
「そんなことは理由にならない。
ならどうして自然の壁を壊さない。
敵が中にいるのなら、
フォロンクロンをやったときのように、
いくらでもやりようがある」
絆がまた口を挟むと、駈は少しの間押し黙ってから、
静かにそれに返した。
「君はこんな話を聞いたことはないか?
自然の壁は壊せない。
フォロントンは、バイオ技術ではなく、
完全に自然に任せて放置されている区画だと」
「……何を言ってる? フォロントンだって、
バイオ技術で管理されなきゃ自然が成り立つわけがないだろう。
それに、自然の壁が壊せないって
……確かに壊れたという記録は見たことがないが……」
口ごもった絆から目を離し、駈は続けた。
353 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/03(火) 17:49:17.91 ID:QhpzOyn50
「既に現地のエフェッサー、軍によって
自然の壁に対する攻撃は行われている。
しかし、どれも壁を突破することは出来なかった
という結果しか、私は聞いていない。
空路で壁を越えて、衛星映像から新世界連合拠点が
あると思われる場所に向かい、
内部に入った隊もいたそうだが、
既に三時間以上通信がないそうだ」
黙り込んだトレーナー達の中で、絆は爪を噛んだ。
……自然の壁。
実際見たことはないが、知識としては知っている。
二百年以上前に、フォロントンを外界から隔離した、
特殊合金で出来た壁だ。
誰が作ったのかは、判然としていない。
その地区を管轄しているのがスラム街で
あることもあったのだが、正確な記録が残っていないのだ。
354 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/03(火) 17:50:03.44 ID:QhpzOyn50
いつの間にかあった、
という表現が一番近いかもしれない。
そう、死星獣が突然現れたように。
絆が生まれる前から自然の壁は存在していたし、
それにフォロントンが隔離されていると
いう事実は確かだった。
無論空路から入ることは誰だって出来る。
だが、自然の壁それ自体が電波などを遮断して
しまうため、通信は出来ない。
中に入り込まれたら厄介ではある。
「フォロントンはバイオ技術で管理された区画ではない。
本当に『放置』された、人類の手が
ついていない手付かずの自然だ。
その環境ゆえに、調査や攻撃を行うための判断が遅れてしまい、
結局は新世界連合が拠点を築くだけの時間を与えてしまった。
無論、あの組織が単独でそれを行えるとは思えない。
何らかの後ろ盾があるものと考える」
355 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/03(火) 17:50:39.34 ID:QhpzOyn50
駈はそう続けて息をついた。
「……問題は、だ。あと二時間十五分で、
ワープが可能な死星獣を使い、
新世界連合がここに攻撃を仕掛けてくるであろう事実だ。
敵がどれだけの戦力を持っていて、
どのような攻撃をしてくるのか。
そして我々はどう対処すればいいのか、
正直本部側も対策を立てあぐねている状況だ」
おそらくそれが、新世界連合が沈黙していた真の狙いだ。
いたずらに破壊行動を行わず、
敵である軍やエフェッサーに対策を立てさせない。
そして自分達は万全な状態を整え、始めて襲ってくる。
小規模な集団戦闘の常識だ。
356 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/03(火) 17:51:47.99 ID:QhpzOyn50
「こちら側が有する戦力は、
トレーナー五十二人に、バーリェ六十五体。
トップファイブ以上のAADを戦力と
カウントするとして、砲台型AADが二十一機。
戦闘機型が十八機。七百番台人型が五機。
そして、新たにロールアウトされた
『絆特務官専用機』、人型AAD八○一型、
大恒王(だいこうおう)が……これだ」
またプロジェクターを操作して、
駈は壁に人型AADを映し出した。
格納庫に前傾姿勢で収納されている。
……巨大だ。
陽月王の一倍半ほどはあるだろうか。
四肢が異様に細く、背中にはジェット機の
主翼のような羽が四枚ついていた。
357 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/03(火) 17:52:33.59 ID:QhpzOyn50
ブースターの大きさが、体の大きさとほぼ同じだ。
――動くのか、これは。
絆は初っ端それを見て、そう思った。
周囲のトレーナーがざわめいて顔を見合わせる。
椿は真っ直ぐに絆のことを睨んでいた。
「全高十八メートル。重量百九十トン。
通常のバーリェの五百倍以上の燃焼エンジンを有している」
ざわめきが広がった。
絆は押しつぶされそうに鼓動している心臓を、
服の上から押さえつけた。
駈が絆の方を見て続ける。
「絆特務官には、生き残っている全てのバーリェを使用し、
この機体を動かしていただくことになる。
大恒王は、戦術級二等クラスの兵力とカウントされる」
358 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/03(火) 17:53:22.03 ID:QhpzOyn50
戦術級二等。
小型の水爆一つとほぼ威力は変わらない
被害規模を算出できる数値だ。
「我々の現在立てられうる策は、全ての兵力を展開し、
八○一型大恒王の起動時間を稼ぐことだ。
起動実験を行っている時間はない。
フォロントンへの攻撃も、新世界連合の撃滅もその後だ。
大恒王さえ動けば、敵がどんな兵力で吶喊してきても
何とかなる。それは私が保証しよう」
遠まわしに、全ての本部トレーナーのバーリェ達は
大恒王の起動のために死ねと言っているようなものだ。
それ以前に。
……何とかなる?
例えば先日のように十数体の死星獣タイプγが、
今度は百数規模で群れを成して
襲ってきたらどうするつもりなのだろうか。
359 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/03(火) 17:54:06.38 ID:QhpzOyn50
何とか、なるわけがないだろう。
口を開きかけた絆の目に、
しかしそこで背筋を伸ばして
手を挙げた椿の姿が目に入った。
「何だ?」
駈が問いかけると、立ち上がって椿は言葉を発した。
「八○一型に、私のバーリェを乗せていただきたいのです」
トレーナー達の間にまたざわめきが広がる。
駈は手元の資料をめくってから、静かに返した。
「どうして?」
360 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/03(火) 17:55:02.79 ID:QhpzOyn50
「絆特務官のバーリェは、不安定です。
安定した性能を発揮できるとは思えません。
動作にも若干の不安が残ります。
私の育てた新型のバーリェは、現在で三体います。
少なくとも、起動するかしないかに賭けるよりは、
確実に起動するラインを選択するべきだと思います」
一気にそう言って、椿は見下すように絆を睨んだ。
駈は、しかし興味がなさそうに
資料を閉じてから周りを見回した。
「八○一型は、絆特務官の専用機だ。
君にその代わりを勤めることは出来ない」
「どうしてですか!」
勢い込んで椿が声を張り上げる。
「現場にも行かない君に、あの機体を任せることは出来んよ」
361 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/03(火) 17:55:39.36 ID:QhpzOyn50
駈は彼女を一瞥してから、資料を脇の女性職員に渡した。
「話は以上だ。各員大至急配置についてくれ。武運を祈る」
呆然と立ち尽くす椿を他所に、
バラバラとトレーナー達が散っていく。
絆は脇の渚に支えられて、やっとの思いで立ち上がった。
椿はそれを見て、ヒールのかかとを鳴らしながら近づいてきた。
そして絆の頬に唇をつけんばかりに近づいて、そっと囁く。
「私はあなたを認めない
……精々後ろから討たれないように、気をつけることね」
「…………」
この状況で何を言っている、と声を荒げようとしたが、
椿はツカツカと靴の音を立てて
オペレーティングルームを出て行ってしまった。
362 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/03(火) 17:56:41.40 ID:QhpzOyn50
「絆特務官、大丈夫ですか……?」
渚に心配そうに問いかけられ、
絆は頷いて松葉杖を握り締めた。
「大恒王を起動させる。まずは、話はそれからだ」
「分かりました。今回は、
私も計器操作のために同乗させていただきます」
「え……?」
慌てて絆は疑問符を発した。
「君も乗るのか?」
363 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/03(火) 17:57:11.04 ID:QhpzOyn50
「元老院からの指令です。それに……
ブラックホール粒子が充満していると、
本部からの通信が途絶されてしまうこともありますし……」
言いにくそうに、渚は一つ付け加えた。
「本部が消えたら、どっち道帰るところはなくなります」
「…………」
その寂しそうな呟きに、絆は答えを返すことが出来なかった。
364 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/03(火) 17:58:01.26 ID:QhpzOyn50
*
渚に支えられながら、大恒王のコクピットに
乗り込んだ絆は、その広さに驚愕していた。
胸部全体がコクピットになっている。
クリア素材で周囲が覆われ
――塗装をする時間がなかったのだろう――
真っ白な機体に繋がっている。
既に三座席に接続されている雪、霧、圭が
それぞれ不安そうな表情を絆に向けた。
絆は、彼女たちより一段高いところにシートがある。
それと背中合わせに渚が座り、モニター類を操作していた。
365 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/03(火) 17:58:44.77 ID:QhpzOyn50
「急なことになったが、緊急事態だ。
メインエネルギー抽出回路を圭に接続。
武装、管制の制御は雪、主操縦は霧が担当しろ。
落ち着いてやれば出来る。
何があってもパニクるな。俺が後ろにいる」
「……うん」
「分かりました!」
「はい……」
三人がそれぞれ頷いて、目を閉じて意識を集中させる。
途端にコクピット内に明かりがつき、
機械音声が流れ出した。
「全テノ設定ヲニュートラルヘ。
メインシステムヲ起動シマス。エネルギー抽出開始。
稼動ノ最低ラインマデ、残リ三十五分デス」
366 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/03(火) 17:59:24.15 ID:QhpzOyn50
「何……?」
思わず絆はそう呟いていた。
メインは圭だが、雪と霧からも
エネルギーを抽出している。
陽月王ならフルスロットルで即稼動が可能な程だ。
……三十五分……?
絃が指定した時間まで、残り十五分を切っていた。
二十分間、自分達なしで戦えるのか、エフェッサーは。
もしかしたら、ここで動けないまま
殺されてしまうことになるのではないか。
生唾を飲み込む。
「カウントダウンを開始します。
エネルギー抽出ラインを確保しました。
生体エネルギー融合炉心が起動します」
367 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/03(火) 18:00:02.00 ID:QhpzOyn50
絆の後ろで、渚がそう言う。
次いで絆の前面モニターに
残り時間の数値が表示された。
そこでアラームが鳴り、駈の顔が表示された。
『絆特務官、状況はどうだ?』
「……良くはない。フルでエネルギーを抽出すれば、
バーリェがショック死する。
今出来うる最大速度で抽出したとして、
この兵器の起動ラインまで、あと三十四分二十秒だ」
駈が歯噛みして表情を歪める。
『分かった。バーリェの精神安定に努めるんだ。
起動までの時間は、必ず稼ぐ』
「了解」
短く答えて通信を切る。
368 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/03(火) 18:00:43.42 ID:QhpzOyn50
そこで雪が、見えない目を絆に向けて口を開いた。
「絆……絃さんを、殺すの?」
その問いを受けて、絆は一瞬沈黙した。
そして息を整えてから口を開く。
「……分からない。だが俺は、
絃にもう一度会わなきゃいけない」
「…………」
不安げにこちらを見た圭と霧を
見てから、絆は続けた。
「話はこの状況を切り抜けてからだ。
集中しろ……!」
369 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/03(火) 18:02:43.64 ID:QhpzOyn50
お疲れ様でした。
次回の更新に続かせていただきます。
引き続きご意見やご感想、ご質問などがございましたら、
お気軽に書き込みをいただけますと嬉しいです。
爆弾低気圧が接近しているようですが、お気をつけください。
それでは、今回は失礼させていただきます。
370 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/04/03(火) 18:36:09.19 ID:BHp4A8VM0
乙
371 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(大阪府)
[sage]:2012/04/03(火) 19:35:59.43 ID:Xnd6ByTmo
乙
372 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(東京都)
[sage]:2012/04/03(火) 20:44:26.50 ID:w3z0/8hRo
規格外のを3人使っても起動に時間がかかるのか
とんでもない兵器だな
風強すぎワロタ
外出は死亡フラグだな
ともかくお疲れ
373 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(埼玉県)
[sage]:2012/04/04(水) 00:00:12.49 ID:l0cYl37so
乙乙!
>>372
外出て来たけど道行く人が傘を捨ててた
俺?手ぶらで行ったよ
374 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/04(水) 19:27:55.73 ID:jX4+wWw10
こんばんは。
これから大恒王の逆襲が始まります。
風、とても強かったですね。
皆様のところには影響はありませんでしたでしょうか?
徐々に離れていっているようですが、十分お気をつけください。
それでは、続きが書けましたので投稿させていただきます。
お楽しみいただけますと幸いです。
375 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/04(水) 19:30:20.61 ID:jX4+wWw10
十五○三十を示すアラームが鳴る。
その音にポカンとした三人のバーリェを
見回した絆の耳に、渚の叫ぶような声が飛び込んできた。
「死星獣の反応です!
このエリアに次々にワープしてきます!
十……二十……す、凄い数です!」
「落ち着いてモニターを見るんだ。
雪、霧、圭。騒がず、静かに集中しろ。大丈夫だ」
絆が落ち着いた声で渚達に指示をする。
渚が上ずった声で
「す……すみません」
と言って、戸惑った風に続けた。
376 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/04(水) 19:31:11.46 ID:jX4+wWw10
「タイプγではありません……!
先日フォロンクロンに現れた金色の個体です!
数値確認完了しました。
エフェッサーの本部が……
に、二百五十三体の死星獣に囲まれています!」
絆は歯を噛んで、発しかけた疑問符を無理矢理飲み込んだ。
……二百五十三体?
しかも、タイプγではない。
あっさりと人型AADを破壊する、あの金色の個体だ。
息を吸ってからモニターをエフェッサーの
本部からの外部カメラに切り替える。
そして絆は、思わず息を呑んだ。
ゴキブリの群れのように、綺麗に整列した
金色の死星獣が放射状に広がっていた。
377 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/04(水) 19:31:48.44 ID:jX4+wWw10
どれもが頭を垂らして、背中を曲げている。
見ただけでは数え切れない数だ。
本部を囲むように配置されていた
エフェッサーのAAD各機は、
その現状にただ驚くだけで動こうとしない。
「攻撃しろ!」
絆は一拍置いて我に返り、
マイクを全回線ONにして怒鳴り声を上げた。
そこで、また本部前の空中が歪み、
陽月王を一回り大きくしたような金色の機体が出現した。
それはフワリと地面に降りると、
何の力を使っているのか、ゆっくりと空中を漂い始めた。
機械人形が。
腕組みをして見下すようにこっちを見ている。
378 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/04(水) 19:32:22.11 ID:jX4+wWw10
その視線に射抜かれたように、絆はハッとした。
「……絃か……?」
弾かれたように雪と渚が絆を見る。
金色のAAD型死星獣は、
地上三メートルほどのところを漂った
……と思った瞬間に消えた。
次の瞬間、近くにいた砲台型AADが
凄まじい爆炎を上げて大爆発を起こした。
一瞬で移動した金色のAAD型死星獣が、
少し前に優と文が使ったような
……いや、それよりも十数メートルは長い、
長大な迫撃戦用ブレードを構えている。
反応しようとした人型AADに対し、
それは、右手を伸ばした。
379 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/04(水) 19:32:56.78 ID:jX4+wWw10
右手の装甲がバクン、と音を立てて開き、
金色のエネルギーを噴出させる。
それに胸部コクピットを握りつぶされ、
七百番台の人型AADは力なくその場に崩れ落ちた。
一瞬で味方の重要戦力の一部がやられたのを受け、
駈が全回線をオープンにして怒鳴った。
『全軍展開! 敵を駆逐しろ!』
次の瞬間。
全ての死星獣がわらわらと動き出した。
空中を浮遊して、自由自在に飛び回り始める。
まるで蝿の群れのように、他の人型AADに
金色の個体が群れて大爆発を起こす。
「活動開始マデ、後十七分デス」
「くそっ!」
380 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/04(水) 19:33:29.38 ID:jX4+wWw10
絆は折れている手を操縦桿に叩き付けた。
体中に痛みが走るが、気にしている時間はない。
このままでは、本部の戦力は十七分ももたない。
そこで、モニターの一つ、
衛星チャンネルが切り替わった。
どこから映しているのか、
攻撃されているエフェッサー本部の様子が中継されている。
全世界に流されているというのか。
この殲滅戦が。
操縦桿を握り、絆はサポートAIに向かって声を張り上げた。
「エネルギー抽出を寸断する!
現在の稼動レベルで大恒王の全システムを起動させろ!」
381 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/04(水) 19:34:05.32 ID:jX4+wWw10
「拒否イタシマス。
エマージェンシーコールレッドノ事由ニヨリ、
アナタノ発言ハ元老院ノ指示ヲ上回ルコトハアリマセン」
「ここに乗っているのは俺だ、やれ!」
「拒否イタシマス。エネルギー抽出ヲ続行。
残リ時間ハ、後十六分デス」
無常なAIの声があたりに響く。
歯噛みした絆の目に、陽月王によく似た味方の機体が、
凄まじい運動性で近くの金色の死星獣に近づくのが見えた。
迫撃戦用のブレードと、遠距離戦用のランチャーを積んでいる。
死星獣を薙ぎ倒し、飛び退りながらそれは、
砲口から黒いエネルギーを発した。
……霧のものと同じ、ブラックホール粒子を含むものだ。
数体の死星獣がそれに巻き込まれて綺麗に消滅する。
382 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/04(水) 19:34:44.26 ID:jX4+wWw10
通信のコール音がして、
そこで薄ら笑いを浮かべた椿の顔が表示された。
『女の子のように焦って、格好悪いですよ。特務官様』
本部のオペレーティングルームで操縦しているらしい。
手元の操縦桿を動かしながら、彼女は言った。
『あなたが出てくる前に、全てを消滅させてみせるわ!
私にはそれが出来る!』
「早まるな! 相手の戦力も分からない状態で……」
慌てて絆が言う。
しかし椿のAADは、およそバーリェが乗っているとは
思えないほど無茶な中転を何度か繰り返し、
華麗に舞いながら周囲の死星獣を駆逐し始めた。
中のバーリェが、あれでは「壊れて」しまう。
383 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/04(水) 19:35:28.63 ID:jX4+wWw10
当然ながら、現場で動いているバーリェ達には
無茶なGや落下の衝撃がかかる。
――何て向こう見ずな戦い方をするトレーナーだ……!
思わず唇を噛んだ絆の目に、椿のAADを
取り囲んだ金色の死星獣が、一斉に背中を丸めて、
力を込めるかのような動作をしたのが見えた。
そこからそれぞれ、全長とほぼ同じに近い
大きさの金色の羽が競り出して、
まるで天使のように周囲に伸びる。
背中から伸びた羽をはためかせ、死星獣達が宙を舞った。
『くっ……飛行形態に進化するなんて……!』
椿の狼狽したような声が聞こえる。
最初に現れた、陽月王と同じ外見の
金色の死星獣も、背中を丸めた。
384 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/04(水) 19:36:05.90 ID:jX4+wWw10
そこから、他の死星獣とは違い六つ、
三対の羽が競りあがる。
まるで大天使のように手を広げながら、
それが空中に浮かび上がる。
周囲を金色の光が包んだ。
よく見ると、浮かび上がった死星獣達も、
同じような手を前に広げた姿勢をとっている。
「罠だ、下がれ!」
絆は青くなって怒鳴った。
『空が飛べるくらいで……!』
椿が押し殺した声を張り上げ、操縦桿を捻る。
彼女のAADが地面を蹴って、
実に十数メートルも宙に跳んだ。
385 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/04(水) 19:36:41.98 ID:jX4+wWw10
黒いエネルギーを刃にまとわりつかせながら
ブレードを振り上げた
……と思った次の瞬間だった。
翼を持ち、浮かび上がった
死星獣達の手の平がそれぞれ光った。
まず、飛びかかっていた椿のAAD、
そのブレードが複数の銃撃を浴びたかのように
跳ね、爆発した。
次いで二十体ほどの翼を翻した死星獣達が、
空中で姿勢を歪めた人型AADを包囲するように移動した。
それらの体が強い金色に光り、太陽のように輝く。
包囲されている円形の空間が、真っ赤に染まった。
次いで、水蒸気爆発でも起きたかのように、
辺りに凄まじい爆炎が上がった。
386 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/04(水) 19:37:17.76 ID:jX4+wWw10
円形にエネルギーが収束し、
天に向かって吹き上がる。
グラグラと地面が揺れ、
雪が悲鳴を上げて操縦桿にしがみついた。
唖然とした絆の目に、黒い消し炭のようになって
ガシャン……と地面に落下したAADの破片が映る。
包囲していた死星獣達は、しばらくの間真っ赤に
発熱していたが、やがて金色に戻って、
悠々と動き始めた。
『そ、そんな……』
椿が唖然として呟く。
「活動開始マデ、後十二分デス」
椿の、霧レベルのバーリェを使っても
四分間の足止めにしかならなかった。
387 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/04(水) 19:37:56.13 ID:jX4+wWw10
――万事休すか……!
そう思った絆の目に、
そこで信じられない光景が飛び込んできた。
今まで出撃していなかった、
トップファイブの戦闘機型AADが、
次々とテイクオフを始めたのだ。
それに戦慄したのではない。
それぞれが積んでいた、
機体の大きさに相当する「爆弾」に戦慄したのだ。
あれは特攻兵装。
一度搭載すれば取り外しは不可能な、
バーリェの生体エネルギーを使った、
超高威力の、小型エネルギー爆弾だった。
バーリェを。
吶喊させるつもりだ。
388 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/04(水) 19:38:24.65 ID:jX4+wWw10
「やめろ……!」
唸るように呟き、モニターを睨みつける。
駈が歪んだ暗い笑みを浮かべ、静かに言った。
『やれ』
バーリェ達が、次々と死星獣に向かって落下していく。
合計十八機の特攻隊が、放物線を描いて落下していく。
爆弾の重さに、機体が耐え切れないのだ。
――やめろ。
やめろよ。
こんなことのために育てたんじゃないだろう。
こんな風に命を散らせるために、育てたんじゃないだろう!
怒鳴ろうとして、すんでのところで自制する。
389 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/04(水) 19:39:36.55 ID:jX4+wWw10
お疲れ様でした。
次回の更新に続かせていただきます。
引き続きご意見やご感想、ご質問などございましたら、
お気軽に書き込みをいただけますと嬉しいです。
皆様もお体など壊されませんよう。
それでは、今回は失礼させていただきます。
390 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(埼玉県)
[sage]:2012/04/04(水) 23:24:59.84 ID:l0cYl37so
乙乙!
391 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(東京都)
[sage]:2012/04/04(水) 23:43:11.28 ID:KgZdp0ZSo
まあ、それしかないよなぁ……
しかし絶望的だな……
今日も乙
392 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(大阪府)
[sage]:2012/04/05(木) 11:14:57.46 ID:bmEcfEOxo
乙
393 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/05(木) 19:19:52.67 ID:XF4r8r6f0
こんばんは。
スレやツイッターなどで沢山のメッセージ、ありがとうございます!!
続きが書けましたので投稿をさせていただきます。
楽しんでいただけましたら幸いです。
394 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/05(木) 19:22:37.25 ID:XF4r8r6f0
一瞬後、何拍か置いて凄まじい爆発が
周囲を揺るがした。
バーリェ三人が悲鳴を上げてシートにしがみつく。
――くそっ!
心の中で叫ぶ。
玉砕した。
敵と同じことを、しやがった!
もうもうと上がる煙の中、爆発に巻き込まれた
死星獣達が、ボロボロと塵になって消えていく。
エフェッサー本部の周囲は、完全に
数時間前の様相とは変わってしまっていた。
一面広がる、灰色の砂漠の山だった。
395 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/05(木) 19:23:16.02 ID:XF4r8r6f0
ガレキが更に死星獣のブラックホール粒子で
塵になり、それがどこまでも広がる砂原を作り上げている。
「て……敵の戦力がおよそ半減!
包囲網が引いていきます!」
渚が叫ぶように言う。
半減……?
あれだけの数のバーリェが吶喊して
散って、それでやっと半分?
つまり百体以上の死星獣がまだ
現存しているということになる。
モニターを見ると、翼が生えた個体は
殆どが上空に浮かんで、爆発を逃れていた。
その中心に、腕組みをしてのけぞった
姿勢の、AAD型死星獣がいる。
396 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/05(木) 19:24:15.94 ID:XF4r8r6f0
カメラアイを光らせながら、
それは六枚の翼を翻して下がり始めた。
……間違いない。
直感で絃と思ったが、あの死星獣の中には、
人間かバーリェが乗り込んでいる。
おそらく、バーリェの吶喊と味方の被害を見て、
第二陣があることを警戒したのだろう。
本部を取り囲んでいる飛行型死星獣達が、
数歩後ろに下がる。
「システムノ全起動マデ、後三百秒デス。
カウントダウンヲ開始シマス」
遂に、五分を切った。
これは……。
もしかしたら、間に合うかもしれない。
397 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/05(木) 19:25:00.48 ID:XF4r8r6f0
しかし、間に合ってどうするというのだろう。
飛行している新型の死星獣百数体を相手に、
これだけの戦力で戦えるのだろうか。
本当に、大恒王一機がそこまでの力を
持っているのだろうか。
絆は歯を噛んで、カウントダウンが
開始されているコクピットの中、渚に言った。
「衛星電波を、三十五タイプの回線全てジャックしてくれ。
新世界連合と同じことをする……! 出来るはずだ!」
「特務官……? で、ですがどうして……」
「あの敵の死星獣、一体だけ動きが違う。
司令塔の人間が乗っている可能性が高い」
それを聞いて渚が息を呑む。
398 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/05(木) 19:25:46.98 ID:XF4r8r6f0
『構わない。時間を少しでも稼ぎたい。やりたまえ』
絆の通信を聞いていた駈が口を挟んだ。
渚は少しの間迷っていたが、
「分かりました……!」
と言って計器を操作し始めた。
少しして衛星電波の映像に、絆の顔が映し出された。
コクピット内から出力された映像を、
電波をジャックして割り込ませている。
絆は息を吸ってから、押し殺した声で言った。
「……愚かなる新世界連合の人間達に告ぐ。
こちらはエフェッサー、本部トレーナーだ」
浮かんでいるAAD型死星獣が、動きを止めた。
399 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/05(木) 19:26:21.49 ID:XF4r8r6f0
聞こえている。
その事実に唾を飲んで、絆は鉄のような声で言った。
「諸君らの行動で、沢山の命が亡くなった。
そしてこれからも、亡くなろうとしている。
諸君らは大事なことを忘れていると、私は思う」
『…………』
ザザ……と映像にノイズが混じり、
別の衛星回線に、一人の男の顔が映し出された。
白と赤を基調とした軍服を着ている、壮年の男性。
絃だった。
彼は操縦桿を握りながら、
全世界にオープンになっている回線で、口を開いた。
『こちら新世界連合の統括だ。
エフェッサー本部からの交信に対して応答を行う』
400 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/05(木) 19:27:12.01 ID:XF4r8r6f0
……やはり絃は出てきている。
まず間違いなく、あれに乗っているのが、彼だ。
直感でそう感じたが、彼が操縦桿を
握っていることでその確信を深める。
総括者が自ら出てきていることが
疑問に思えたが、絆は続けた。
「……応答に感謝する。
即刻戦闘行動を中断し、話し合いの場を設けたい」
絃は口の端を吊り上げて、
小さく喉を鳴らしてそれを笑った。
『これだけやっておいて……今更話し合いとは笑わせる。
もはや我々は話し合う段階を通り越して余りある状況にいる。
あるのはどちらかの全滅か、共倒れかだ。
我々は諸君らと分かりあうつもりはない。
諸君らと話し合うつもりもない。
あえて要求を伝えるとすれば
「速やかに死んでいただきたい」ということだけだ』
401 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/05(木) 19:27:48.27 ID:XF4r8r6f0
「……どうしてだ! 何があんたをそこまで変えた!」
絆が声を張り上げる。
絃は一瞬押し黙ったが、やがて静かな声でそれに返した。
『バーリェは存在してはいけないロストテクノロジーだ。
諸君らはそれを使って、ここまでの抵抗を行っている。
バーリェはこの星を駄目にする決定的な要素だ。
全てを駆逐する必要がある』
彼の言葉を聴いて、雪、霧、圭が息を呑む。
絆は唇を噛んでから言った。
「ロストテクノロジー……?」
『考えたことはないのか? バーリェが「何」から作られ、
どうやって培養されて、そしてロールアウトされるのか。
元老院だけがその事実を知っている。
この世界を腐らせている原因の元老院がな!』
絃は突然怒鳴ると、腕を操縦桿に叩き付けた。
402 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/05(木) 19:30:21.73 ID:XF4r8r6f0
『既に犀は投げられている!
生き残るか、もしくは「死」か、目は二つしかない。
覚悟を決めよ! 立ち向かって来い!
最後の抵抗はどうした? 命乞いはどうした?
泣きながら乞う惨めな姿を映せ、愚者共よ!』
――狂っている。
激情に任せてか、AAD型死星獣が
金色に強く発色し始める。
『このAADエンジンを取り込んだ死星獣、
「戦劫王(せんごうおう)」と、新たな死星獣との兵力で、
我らは諸君らを壊滅せし、新たなる新世界への狼煙とする!』
発色しているAAD型死星獣
――戦劫王の胸の前に、黒い玉のようなものが浮かび上がった。
それを両手で抱えるようにした戦劫王の前で、
玉は徐々に大きさを増すと、
凄まじい速度で周囲の「空間」を吸い込み始めた。
403 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/05(木) 19:31:04.97 ID:XF4r8r6f0
「強力な重力子指数です!
磁場拡大! 通信が遮断されます!」
渚が叫ぶ。
ブラックホールの玉……。
おそらくは、死星獣が発散している
ブラックホール粒子を集めて空間に固着させている。
凄まじい重量のはずだ。
衛星電波が乱れている中、絆は小さく呟いた。
「……変わったな。俺も、あんたも……」
『…………』
「変わっちまったよ……」
絆は操縦桿を握り締め、搾り出すように言った。
404 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/05(木) 19:31:46.29 ID:XF4r8r6f0
「みんな死んでいくよ。
大切だと思っていたものが全部なくなっていくよ。
目の前で……! 俺の、この目の前で!
何もかもが全部崩れていく!
それは他でもない、あんたの、あんた達のせいだ!」
絆は声を張り上げた。
「だから俺は! あんた達を認めない、
許さない! あんたは、俺の敵だ!」
「エネルギー抽出完了。全テノ設定ヲニュートラルヘ。
メインシステム、戦闘モードヲ起動シマス。
バーリェ認証完了、全武装ノロックヲ解除。
視界確保、レディ。大恒王、全テノプログラムヲ起動シマス」
「霧、飛べ!」
機械音声が流れるとほぼ同時に、絆は叫んでいた。
反射的に意識を集中した霧の操縦で、
大恒王の背部ブースターが点火した。
405 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/05(木) 19:32:21.65 ID:XF4r8r6f0
スペースシャトルの発射を思わせる動きで、
鈍重な機械人形が宙に浮く。
次の瞬間、格納庫の屋根を突き破って、
大恒王の巨大な姿が空を舞った。
「大恒王の戦闘システムが起動しました!
攻撃を開始できます! 策敵回路確保、行けます!」
ブツリと音を立てて衛星電波が消える。
「全員、迎撃しろ!」
絆が怒鳴る。
三人のバーリェが同時に目を見開いた。
空中にウィングを展開して浮遊している大恒王に向けて、
戦劫王が、まるでボールのようになった
ブラックホールの塊を振りかぶって投げつける。
406 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/05(木) 19:33:01.83 ID:XF4r8r6f0
霧の操縦で、大恒王が右腕を突き出した。
腕の装甲が何段階かに分かれて次々に開き、
灰色のエネルギーを噴出させ始める。
「武装、『エンドゥラハン砲』ヲ使用シマス」
AIの声が流れた次の瞬間。
腕から滝のように噴出していたエネルギーが、
腕の周りで渦を作り、
吹き飛んでくるブラックホールの
塊に向けて「発射」された。
凄まじい発射衝撃がコクピットを襲う。
407 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/05(木) 19:33:43.32 ID:XF4r8r6f0
渚が悲鳴を上げてシートにしがみつく。
そうでなくても不気味な浮遊感が
体を襲っているのだ。
しかし絆は、ガチガチと揺れる操縦桿を
強く握り締め、そのエネルギーの奔流を、
無理矢理調整して戦劫王に向けた。
薙ぎ払われたブラックホールの塊が、
ドッパァンッ! と水風船が破裂したかの
ような音を立てて砕け散る。
周囲に雨あられとブラックホールの破片が降り注ぐ。
そして、全長二百メートルほどに伸びた
エネルギー波は、数十体の死星獣を巻き込んで
紙風船のように炸裂させ、戦劫王に突き刺さった。
408 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/05(木) 19:35:05.77 ID:XF4r8r6f0
お疲れ様でした。
次回の更新に続かせていただきます。
ご意見やご感想、ご質問などございましたら、
お気軽に書き込みをいただけますと嬉しいです。
それでは、今回は失礼させていただきます。
409 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/04/05(木) 19:44:21.29 ID:Dlklf85IO
乙
410 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/04/05(木) 19:59:22.17 ID:zw3psGnC0
乙
大恒王強ぇ
411 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(埼玉県)
[sage]:2012/04/05(木) 23:34:21.06 ID:0IYM9VQKo
乙乙!
412 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(愛知県)
[sage]:2012/04/06(金) 00:30:11.60 ID:gaN+BZ8co
今更だが、絆がかなり感情的になってきたな
413 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/04/06(金) 04:30:32.51 ID:AmEHquN8o
愛だ何だと馬鹿にしていた面影はほとんど消えたね
お疲れ様
414 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/04/06(金) 07:59:28.47 ID:q08A2cBIO
安定のクオリティ
415 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/06(金) 19:30:14.16 ID:tCTVvjTx0
こんばんは。
これから大恒王の力が発揮されていきます。
絆はだいぶ人間らしくなりましたね。
共感できる人柄になってきましたが、相乗して状況が悪化していきます。
続きが書けましたので投稿させていただきます。
引き続き、お楽しみいただけますと幸いです。
416 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/06(金) 19:31:13.82 ID:tCTVvjTx0
しかしエネルギーの奔流は、
戦劫王に当たる直前で何かのエネルギーに
歪められたかのように割れ、二つに分かれた。
そのまま海を割る人のように、
戦劫王もこちらに手を伸ばして広げる。
「ナビをするんだ!」
渚に向かって声を張り上げる。
そこで渚がハッと我に返り、モニター類の操作を始めた。
「局所的な重力子フィールドです!
中和できない空間位相により、
エネルギーの流れが歪められています!」
「中和できない……?」
バーリェの生体エネルギーは、
死星獣の持つブラックホール粒子を中和して打ち消すはずだ。
417 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/06(金) 19:33:18.23 ID:tCTVvjTx0
こちら側の攻撃がおかしいのか。
もしくは、相手の持つ技術がそれを克服したのか。
一瞬分からなくなったが、
絆は操縦桿を握って霧に言った。
「砲撃を止めろ! 無駄にエネルギーを使うな!」
「は、はい!」
頷いて慌てて霧が意識を集中する。
「エンドゥラハン砲ノ射撃ヲ中止シテイマス」
「早くしろ!」
悠長に中断プロセスを言ったAIに怒鳴る。
そして絆は渚に言った。
「武装は? 他には何が?」
418 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/06(金) 19:34:01.79 ID:tCTVvjTx0
「ロックが解除されている武装の数は、十五です。
現在は、続けてエネルギーミサイルの使用が可能です!」
ヒュゥゥ……とエネルギーの渦が回転して掻き消える。
威力は高いが、隙が大きすぎる。
それにエネルギー攻撃は相手に歪められて
受け流される可能性が高い。
なら、肉弾戦でいくしかない。
……しかしその前に、他の死星獣を
どうにかする必要があった。
エンドゥラハン砲を一発撃っただけで、
二十四体の死星獣が破裂した。
――駆逐できる。
この機体パワーなら、それが可能だ。
419 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/06(金) 19:36:36.84 ID:tCTVvjTx0
そう思った絆の耳に、
霧が悲鳴のような声を上げたのが聞こえた。
「マスター! 囲まれます!」
翼を持つ死星獣達が、金色に発色しながら
両手を広げゆっくりとこちらを包囲してくる。
その体が真っ赤に発熱を始めた。
囲まれている大恒王を中心とした空間が、
球形に真っ赤に輝く。
「外部温度急速に四千度を突破、
水蒸気爆発を起こします!
衝撃に備えてください!」
「熱波攻撃ヲ感知。
スティグマスフィールドヲ展開シマス」
上ずった声を上げた渚とは対照的に、淡々とAIが言う。
420 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/06(金) 19:37:16.37 ID:tCTVvjTx0
何だそれは、と言おうとした瞬間、
周囲を全方位から揺るがす大地震が起こった。
高熱が空気中の水分を一気に膨張させ、
巨大な水蒸気爆発を起こしたのだ。
耳を塞いで悲鳴を上げた雪を、慌てて霧が支える。
グラグラと大恒王が揺れた。
絆自身も訳が分からなくなり、
操縦桿を必死に握り締める。
雪の管制を離れ、大恒王の背部ブースターが
いきなり全開に展開し、
鈍重な機体は空中に高速で飛び上がった。
「雪、しっかりしろ! 霧、操縦桿から手を離すな!」
「は……はい!」
震えている雪をシートに座らせ、慌てて霧が操縦桿を握る。
421 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/06(金) 19:38:06.39 ID:tCTVvjTx0
絆の後ろで渚が唾を飲んで口を開いた。
「大恒王……展開されたエネルギー防御膜により、
熱波を遮断、相殺しました。
損害率ゼロパーセント、無傷です!」
雪と霧の操縦が元に戻り、大恒王が雲の上で静止する。
そして重力に引かれ、物凄い勢いで落下を始めた。
「全てのミサイルをロックします!」
霧が叫ぶ。
大恒王の背部ブースターの側面が開き、
一発一発が巨大なミサイルが、
数十個一気に競り上がった。
「エネルギー注入完了。
八十六体ノ敵熱源ヲ全テロックシマシタ」
「撃て!」
422 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/06(金) 19:38:59.23 ID:tCTVvjTx0
絆の声に合わせて、霧が操縦桿のトリガーを引く。
機体がグラグラと揺れる程の勢いで、
全てのミサイルがエンジンを点火させ、
高速で射出された。
落下しながら発射されたミサイルは、
一度放物線を描いて空中に飛び上がると、
一気にそれぞれ一体ずつ、死星獣に向かって落下した。
次の瞬間、視界が灰色に染まった。
ミサイルが着弾した場所が、
高さ三百メートル近い爆発煙を噴き上げたのだった。
それが至るところで吹き上がり、砂漠の砂を舞い上げる。
「雪、機体のバランサーを安定させろ!」
絆の声を受けて、雪が急いで操縦桿を握る。
423 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/06(金) 19:40:03.49 ID:tCTVvjTx0
大恒王は地面に衝突する寸前、
体の各部から補助ブースターを点火させて体勢を安定させ、
また空中に飛び上がった。
遊園地のアトラクションとは
比べ物にならない程のGが体にかかる。
舌を噛んだのか、渚が口元を手で抑えた。
絆も飛び出しそうな目と心臓を無理矢理押しとどめ、
モニターを見る。
「エネルギーミサイル、全弾命中ヲ確認シマシタ」
AIの声が聞こえる。
しかしそこで、渚がくぐもった声を発した。
「まだです! 重力子指数、急激に増大しました、
死星獣の反応は消えていません!」
424 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/06(金) 19:40:56.71 ID:tCTVvjTx0
ミサイルの一斉射撃を受けて、
死星獣の体がバラバラに飛び散っていた。
コアもだ。
それらが強い金色に輝き、アメーバのように蠢きながら、
ゲル状とは思えないほどの俊敏な動きで集まっていく。
上空には、ブレードを構えた戦劫王の姿があった。
ミサイルを切り飛ばしたらしい。
ブレードの刃が、爆発の衝撃を受けたのか
ボロボロになっている。
蠢きながら一つに集まった八十六体の死星獣は、
小山のように盛り上がった。
そしてニュル、と形を変えて立ち上がる。
……全長百メートルを超える、巨人だった。
425 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/06(金) 19:42:09.47 ID:tCTVvjTx0
金色ののっぺらぼうの巨人が、
手の平に戦劫王を乗せて体を奮わせる。
周囲にブラックホール粒子が、
見て分かるほど大量に吹き荒れた。
先ほどの攻撃では、エフェッサー本部を避けるように
ミサイルをロック操作したつもりだったのだが、
本部はいまや半壊状態に陥っていた。
しかし、基地があるのは地下だ。
まだ全員生きている筈だ。
百メートルを超える巨人は、唖然としている
霧と雪の目の前で、真っ赤に発熱を始めた。
「飛べないのは自重に耐え切れないからか……!
全員本部を守るぞ! あの化け物を倒す!」
絆の声に反応し、雪と霧が頷く。
426 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/06(金) 19:42:55.00 ID:tCTVvjTx0
圭は、しかし反応がなかった。
苦しそうに胸を押さえて、荒く息をついている。
「圭、大丈夫か!」
絆が言葉を投げかけると、圭は彼の方を向いて首を振った。
「大丈夫じゃ……ありません。苦しい、息が出来ない……!」
その言葉に、絆はハッとした。
大恒王を今動かしているメイン動力は圭だ。
彼女に負担をかけすぎている。
しかし絆は操縦桿を握り締め、
真っ直ぐに巨大な死星獣を睨みつけた。
……こいつを。
こいつをどうにかしなければ、どの道自分たちはお仕舞いだ。
427 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/06(金) 19:43:39.33 ID:tCTVvjTx0
倒すしかない。
この化け物と、絃を。
「フィールドを全開で展開しろ! 爆発から本部を守る!」
考える間もなく叫んだ絆の目に、巨大死星獣の体が白く、
フラッシュのように光るのが見えた。
「熱波攻撃ヲ感知。スティグマスフィールドヲ再展開シマス」
「展開状態を維持! 迫撃戦に移行する!」
大恒王を揺るがす勢いで、また水蒸気爆発が起こった。
僅かに残っていたエフェッサーの
地上基地が衝撃で吹き飛んだ。
「了解。ハイ・シィンケルハンドブレードヲ展開シマス」
AIが絆の声に反応し、大恒王の肩部装甲を開く。
428 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/06(金) 19:44:37.48 ID:tCTVvjTx0
エネルギーフィールドで、二回、三回と続けて起こる
大規模な爆発を耐えながら、
大恒王は背部ブースターを点火させた。
肩部装甲から、何段階かに分かれて長大な、
刀のようなブレードが競りあがる。
それを抜き放ち、二刀を両手で構えて
大恒王は爆発の中を飛んだ。
二刀のブレードに、灰色のエネルギー粒子がまとわりつく。
霧が、訳の分からない声を上げて操縦桿を握りこんだ。
その目の色が変わる。
比喩ではなく、
本当にワインレッドのような色に瞳が染まった。
「うわああああ!」
悲鳴のような絶叫を上げながら、霧が高速で操縦桿を動かす。
429 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/06(金) 19:45:22.20 ID:tCTVvjTx0
大恒王は、また爆発を引き起こそうと発光した
巨大死星獣の首を、
突撃の勢いそのままに二刀のブレードで凪いだ。
……衝突の瞬間、ブレードが三倍ほどの長さに伸びた。
圭がビクンと体を痙攣させる。
切り離された死星獣の首が、大爆発を起こす。
次いで、胴体だけになった死星獣がクルリとこちらを向いた。
通り過ぎた大恒王に向かって、胸の皮がベロリとめくれ……。
そこに敷き詰められるように積み重なっていた
四角形のキューブ体、八十六個のコアが、
一斉にハリネズミの針のように形を変化させた。
「他に武装はないのか!」
絆の声に、渚が一拍押し黙った後言った。
「あります! 局地的極威力破壊兵器が使えます!」
430 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/06(金) 19:46:07.15 ID:tCTVvjTx0
――局地的極威力破壊兵器?
その意味を一瞬推し量ることが出来ずに、
思わず渚を見る。
しかし絆は、次の瞬間、
命を塵に変えた針が無数に
発射されたのを見て叫んでいた。
「やれ!」
「了解。『ブルフェン』ヲ使用シマス」
AIがそう言った途端、大恒王が空中で動きを止めた。
そして死星獣の針に向き直る。
「全テノシステムヲパーンクテンション。
視界確保、レディ。残存エネルギー指数、レディ。
武装チェック、レディ。全エネルギーヲ解放シマス」
腕を交差させ、大恒王が空中で仁王立ちになる。
431 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/06(金) 19:46:54.85 ID:tCTVvjTx0
その肩と足の装甲が開き、
中のキューブ状の物体が四つ、高速で回転を始めた。
「いや……いやああああ!」
しかしそこで、飛来する針の山を見て霧が突然叫んだ。
命の死に様が脳裏に蘇ったのだろう、
恐慌を起こした彼女が操縦桿から手を離す。
途端に落下を始めた大恒王の
四つのキューブ体が真っ白に輝き……。
次の瞬間。
大恒王を中心とした、
半径千メートルほどの空間に、
リング状の衝撃波が広がった。
それは死星獣のコアを巻き込むと、
ジュッ、と音を立てて消滅させ、なお吹き荒れた。
432 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/06(金) 19:47:37.73 ID:tCTVvjTx0
一拍後、リング状の衝撃波が走った空間が、
次々に「歪ん」だ。
そして半径一キロほどの空間が
ぐんにゃりとゼリーのように揺れ。
掻き消えた。
音もなく。
爆発もなく。
雪がバランサーを起動させて、地面に大恒王が膝をつく。
そして雪は、体からケーブルが抜けるのも構わず、
頭を抑えて首を振っている霧に抱きついた。
「霧ちゃん、しっかりして! 霧ちゃん!
お姉ちゃんがここにいるよ、大丈夫だよ!」
霧が雪にしがみついて大声で泣き声を上げる。
433 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/06(金) 19:48:13.69 ID:tCTVvjTx0
大恒王が及ぼした静かな大破壊に、
絆と渚は唖然としていた。
ただ、唖然とするしかなかった。
何が起きたのか分からなかったのだ。
「全エネルギーヲ放出シマシタ。
大恒王ハ活動ヲ停止イタシマス」
ブゥン、と音がして大恒王のコクピット内の明かりが消える。
非常用の赤いランプが点滅し、圭が力なく首を垂れた。
「圭!」
意識を失った彼女を、死んだと勘違いした絆が、
青くなってシートを駆け下りた。
そして圭の脈拍を確認し、泣きじゃくっている霧と、
圭の頭を抱き寄せる。
434 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/06(金) 19:49:02.36 ID:tCTVvjTx0
「分かった。よく頑張ったな
……帰ろう。俺達のラボに帰ろう」
雪がそれに対して口を開きかけた途端だった。
大恒王がすさまじい衝撃とともに、
空中に持ち上げられた。
そのまま鈍重な機体が引きずられるように
前から押され、カチ上げられる。
空中に逃げていたらしい戦劫王が急降下して、
大恒王の首を掴んで引き上げたのだった。
そのまま両手でコクピットを掴み、
ギリギリと戦劫王が締め上げ始める。
明らかに危ない音がして、
コクピットハッチに無数のヒビが走った。
「くそ……っ! 逃げてたのか……!」
435 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/06(金) 19:50:38.02 ID:tCTVvjTx0
Gに耐えながら絆が吐き捨てる。
「脱出システム、ホールドされています!
脱出できません!」
渚の悲鳴を受けて、絆は歯を強く噛み締めた。
……ここまでか。
そう、思った時だった。
不意に絆が抱きかかえていた圭が、
ゆっくりと目を開いた。
彼女は絆の手を振り解いて、
何かに取り付かれたかのように、
左手だけで操縦桿を握った。
途端に大恒王のコクピット内電源が点灯する。
「不明ナデバイスガ接続サレマシタ。
大恒王ハ全テノシステムヲ再起動イタシマス」
AIの淡々とした声が響いた。
436 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/06(金) 19:52:15.38 ID:tCTVvjTx0
お疲れ様でした。
次回の更新に続かせていただきます。
ご意見やご感想、ご質問などがございましたら、
お気軽に書き込みをいただけますと幸いです。
花粉が辛い季節になってまいりました。
皆様も十分ご対策ください。
それでは、今回は失礼させていただきます。
437 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/04/06(金) 20:14:11.80 ID:uJ4iuF0IO
乙
438 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(東京都)
[sage]:2012/04/06(金) 20:48:54.93 ID:u86CDZrFo
圭覚醒か・・・・ついにか・・・
439 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/04/06(金) 22:21:14.30 ID:JidxRjyi0
>>438
サード・インパクトですねわかります
何はともあれ乙
440 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/04/07(土) 05:59:03.08 ID:FGXvlTJEo
やっと追いついた乙
すっごい引き込まれる、面白い
441 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/07(土) 19:54:36.05 ID:sVh0F2PK0
こんばんは。
楽しんで頂けてとても嬉しいです!
大恒王の真の力が明らかになっていきます。
続きが書けましたので、投稿をさせていただきます。
442 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/07(土) 19:58:09.84 ID:sVh0F2PK0
「システムブレクション。
四千七百三十九ノエラーヲ検出シマシタ。
緊急規定事項第三条二十二項ニヨリ、
自己修復プログラムヲ起動シマス」
「何だ……何が行われてる……?」
呆然と呟いた絆の手を、慌てて駆け下りてきた
渚が掴んで、無理矢理にシートに引っ張り上げた。
「特務官、座ってください!」
ハッとして、急いでシートベルトを固定する。
「雪、そのままでいい。ベルトを締めろ!」
渚も、Gに耐えながらシートに座り込んだ。
「成層圏に突入します!」
渚の声と共に、周囲の視界が真っ白な空間から、
雲ひとつない青空へと映り変わった。
443 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/07(土) 19:59:36.52 ID:sVh0F2PK0
雪が、霧を抱いて自分を
何とかシートベルトで固定する。
「システムヲ再開シマス。全テノ設定ヲニュートラルヘ。
エネルギー循環経路、許容量ヲ三百十五倍デオーバー。
ハイコアの接続ヲ感知。
拘束規定事項をエマージェンシーコールレッドガ上回リマシタ。
殲滅(ジェノサイド)システムヲ起動シマス」
圭が、口の端を吊り上げて笑った。
その顔は、異常なほどに生気を感じさせないものだった。
機械的に左手を動かす圭。
大恒王のカメラアイが、フラッシュのように一瞬光った。
そして、エネルギーを切らせて力を失っている筈の
機械兵器は、いきなり勢い良く両腕を振り上げた。
「全装甲ヲ、『パージ』シマス」
444 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/07(土) 20:00:21.63 ID:sVh0F2PK0
AIの声と共に、大恒王の装甲に亀裂が入り、
凄まじい勢いで、
散弾のように周囲にそれが飛び散った。
戦劫王がその直撃を受けて、大恒王から手を離し、
空中でよろめく。
腕の装甲。
足の装甲。
全てが弾け飛び、大恒王は一瞬後、
駆動系やエンジンがむき出しの状態で、空中を飛んだ。
「活動臨界マデ、残リ百五十秒デス。
カウントダウンヲ開始シマス」
機械人形の全体から、灰色のエネルギーが噴出した。
四方八方からエネルギーを噴き出しながら、
大恒王は先ほどとは比べ物にならないほどの
機動性で背部ブースターを点火すると、
一瞬で、空中の戦劫王に肉薄した。
445 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/07(土) 20:00:59.72 ID:sVh0F2PK0
「ベルベットバンカーヲ使用シマス」
AIのナビが、Gに悲鳴を上げた
雪達の声を掻き消すように響く。
目も開けられない速度だった。
ガタガタと機体が揺れ、所々のパーツから
爆発の煙を上げながら、
大恒王は振り上げた両手を、戦劫王に叩き付けた。
凄まじい衝撃がコクピットを襲う。
圭はその中で、表情一つ変えずに
トリガーを手前に引き込んだ。
そしてコクピット前部から競りあがってきた
銃のような発射装置にかじりつき、
歯で撃鉄を起こし、コッキングする。
両腕を叩き付けたインパクトの瞬間の出来事だった。
446 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/07(土) 20:01:42.98 ID:sVh0F2PK0
戦劫王の腕から、音を立てて
円柱のような物体がいくつも飛び出した。
それが、圭が操縦桿から手を離し、
銃座型発射装置の引き金を引いた瞬間、
一斉に内側に対して押し込まれた。
押し込まれた圧縮空気が、
手の平から一斉に噴出される。
その勢いは、先ほどのエンドゥラハン砲を
更に凌ぐものであり。
戦劫王はその攻撃により、
抵抗も出来ずに弾丸のように下に向かって噴き飛んだ。
絆の目には、流星のような速度で一直線の光が、
一面広がる砂漠に
突き刺さったようにしか見えなかった。
圭が腕を動かし、大恒王を急旋回させた。
447 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/07(土) 20:02:31.75 ID:sVh0F2PK0
戦劫王が突き刺さり、池に全力で
石を投げつけたかのように、砂が噴き上がる。
右足が砕け散った戦劫王に対して、
大恒王も一筋の光となると、
急速落下をしながら戦劫王に接近した。
時間にしてゼロコンマ五秒程の瞬く間、
戦劫王が胸部から発射した微細なブラックホール粒子の
弾丸群を、ひらりひらりと圭の操縦で大恒王が避けた。
それはもはや人間でも、バーリェでも、
生き物が到達できる操縦技術を大きく上回っており。
圭は、まるで「機械」のような無表情で、
操縦桿を小さく動かした。
「脚部損壊率六十五パーセント。
腕部損壊率五十三パーセント。
活動臨界マデ、後百二十秒デス」
大恒王のむき出しになった足が、
両方とも機体の飛行速度についていくことが出来ずに、
千切れて空中で爆散する。
448 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/07(土) 20:03:13.83 ID:sVh0F2PK0
右腕も同様だった。
まるで現実世界の圭のように、
左腕だけが残った機体が、
その残った腕を振りかぶってから開く。
「マイクロホワイトホール粒子ノ生成ヲ開始シマス」
――マイクロホワイトホールだって……?
操縦桿を握って大恒王を止めようとしたが、
Gが強すぎて握っていられない。
左肩のキューブ体が高速回転を始める。
大恒王の振りかぶった左手の上に、
キュル、と音を立てて全長五メートルほどの
灰色の球状物質が出現した。
それはパチパチと、
周囲の空間に当たると音を立てて帯電した。
449 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/07(土) 20:03:55.21 ID:sVh0F2PK0
AIの声が淡々と響いた。
「生成完了シマシタ。広範囲極破壊兵器、
『メルレダンデ』、撃テマス。最終認証ヲ願イマス」
ひく、と鼻を引きつらせて急速落下している大恒王の中、
圭は目を見開いて笑った。
「ははははははははは!」
人が変わったように嬌声を上げ、圭は操縦桿を捻りこんだ。
「撃つ! 撃つよ!
全力で撃ちなさいよ! 殺せ……殺せええ!」
「了解。最終認証ト判断シマス」
「殺せえええええええええ!」
圭が絶叫した。
大恒王が落下のスピードに合わせて体を回転させ、
球状の物体を、眼下の戦劫王に向かって投げつける。
450 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/07(土) 20:04:33.68 ID:sVh0F2PK0
眼下が、真っ白に光った。
大恒王が翼を翻して、今度は上に急上昇する。
絆の喉に、胃の中身が逆流した。
鼻から、どこかの毛細血管が切れたのか、
凄まじい勢いで鼻血が流れ出す。
止めなければ。
背後の渚も咳き込んでいる。
止めなければと思うが、体全体を襲うGに、
口を開くことも出来ない。
上昇した大恒王を追いかけるように、
戦劫王を中心とした空間が球状の物体に覆われ、
そして急速に広がった。
何度か光が瞬き、一瞬後、キュル、と
中心部に全てが吸い込まれる。
451 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/07(土) 20:05:18.16 ID:sVh0F2PK0
砂も、空気も、空間も。
全てが半径十キロ四方ほどの空間が、
中心部に向けて圧縮される。
住宅街も。
建物も、車も。
逃げ遅れていた人も。
エフェッサーの本部があった場所も。
何もかもが全て中心部に向かって凄まじい勢いで
吸い込まれ、そして数秒後、
気の抜けるような音を立てて消えた。
「二撃目ノ発射準備ニ入リマス」
空中で動きを止めた大恒王の左手に、
更に白い球体が浮かび上がる。
452 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/07(土) 20:05:57.80 ID:sVh0F2PK0
絆は鼻血で真っ赤になった手でベルトを外すと、
骨が浮くほどの力で操縦桿を
握り締めている圭に飛びついた。
「やめろ! 圭、やめるんだ!」
無理矢理に操縦桿から彼女の手をむしりとり、
掴み上げる。
「離せ! 離せええええ!」
と喚きながら圭が、両足右腕がない体とは
思えないほどの力で、絆の手を引く。
「認証を取り消してください! 早く!」
渚が、絆と同様に鼻から血を垂らしながら
AIに向けて叫ぶ。
「了解。『メルレダンデ』ノ
発射プロセスヲ停止シテイマス」
453 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/07(土) 20:06:31.52 ID:sVh0F2PK0
「うう……ううう!」
そこで圭が、いきなり苦しそうな顔になり体を丸めた。
彼女の操縦を離れた大恒王が、急速に落下を始める。
「くそ……駄目だ! また、またあの役立たずに……」
悔しそうに呟いた圭の目から徐々に光がなくなっていき、
彼女はガクリと首を垂れた。
「エネルギーノラインガ切断サレマシタ。
大恒王ハ、全システムを停止イタシマス」
「霧、雪! 補助システムを起動させろ、不時着するぞ!」
絆が震えている霧と雪に怒鳴る。
二人は一緒の操縦桿を握り、
大恒王のバランサーを安定させた。
454 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/07(土) 20:07:06.36 ID:sVh0F2PK0
彼女達のエネルギーにより補助電源が働き、
大恒王が補助ブースターを点火させながら、
凄まじい勢いで、腰から砂地に着地した。
その左手に浮かび上がっていた灰色の球体が、
ボヒュン、と音を立てて消える。
絆は、気絶したらしい圭の体を抱きかかえながら、
赤い補助ランプが点灯している大恒王の中で、
ハッチを開く緊急ボタンを押した。
砂臭い煙が、鼻に飛び込んできた。
ハッチが競り上がり、
コクピットの防護壁がゆっくりと開く。
どこまでも広がる砂漠だった。
すり鉢型に抉れていて、徐々に炸裂の
中心部に向かって砂が移動している。
455 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/07(土) 20:07:47.60 ID:sVh0F2PK0
その惨状に唖然とした絆から、
数百メートル離れた空間が揺らめいた。
体中各部から火を吹き上げて、
右足と両腕がなくなり、
コクピットがむき出しになっている状態の
戦劫王が姿を現した。
翼も、六枚のうち五枚がボロボロに
こげてなくなっている。
浮遊することも困難な状態のようで、
それはゆらゆらと空中を漂った。
数百メートルの距離を隔てて、絆と絃が睨みあった。
そこで絆はハッとした。
戦劫王に乗っているのは一人ではない。
他にも二人、乗っている。
456 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/07(土) 20:08:31.24 ID:sVh0F2PK0
バーリェだ。
絃自身が否定し、
「存在してはならないロストテクノロジー」だと
言ったバーリェが乗っている。
その意味を推し量ることが出来ずに、
絆はその場に硬直した。
やがて絃は、絆が向かってこないことを確認すると、
戦劫王を操縦して彼に背を向けた。
その姿が蜃気楼のように歪んで消える。
ベルトを外し、ドッ、と膝をついて、
絆はその場に崩れ落ちた。
457 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/07(土) 20:09:03.46 ID:sVh0F2PK0
背後でブツリと通信が回復する音がして、
そこから駈の声が流れ出した。
『絆特務官、応答せよ。
こちら地下の第二避難室だ。
そちらの状況を教えてもらいたい。応答せよ』
渚も意識を失ったのか、力なくシートに崩れ落ちている。
薄れゆく意識の中で、絆は視界の端で、
雪が必死に通信マイクを、手探りで持ち上げるのを見た。
458 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/07(土) 20:09:49.54 ID:sVh0F2PK0
*
気がついた時、絆は薄暗い病室の中にいた。
「……半径十二キロ圏内は、地下百メートル地点まで
全て量子分解された。これが、現在の本部周辺の状態だ」
目を覚ましてから数分後、
彼は待機していた駈に現状を聞かされていた。
今絆達がいるのは、三十キロ離れた別の街の軍施設だった。
エフェッサーの本部は、結論から言うと「壊滅」だった。
戦闘中は、地下二百メートル地点にある
避難室に全員逃れていたらしい。
無論、絆の有しているバーリェの他の戦力は、
一切残っていない。
459 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/07(土) 20:10:24.29 ID:sVh0F2PK0
出撃していないバーリェが残っていることには
残っていたが、とても戦えるような
状況ではないことは明白だった。
戦闘後、意識を失ってしまった絆達を、
雪のナビで他のトレーナーが発見、保護したらしい。
プロジェクターで壁に投影された衛星写真を見て、
絆は掠れた声で呟いた。
「これを……俺達がやったと言うのか?」
巨大なクレーターが出来ていた。
まるで、本当に小型水爆が落下したかのように、
直径二十四キロの範囲が円形に「消滅」していた。
駈は頷いてプロジェクターの電源を切り、絆に言った。
「君達の戦闘によるものだ。それは間違いない」
460 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/07(土) 20:11:54.88 ID:sVh0F2PK0
お疲れ様でした。
次回の更新に続かせていただきます。
ツイッターやスレを通して、沢山のご感想ありがとうございます!
引き続きご意見やご感想、ご質問などございましたら、
お気軽にいただけますと嬉しいです。
それでは今回は失礼させていただきます。
461 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/04/07(土) 21:01:53.85 ID:upPF5Zf6o
大恒王があまりに強すぎて本部のトレーナーはポカーンとしてそうだ
お疲れ様
462 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(愛知県)
[sage]:2012/04/07(土) 21:18:36.86 ID:oaBjE2dVo
椿はどうなる
463 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/04/07(土) 23:13:00.76 ID:2fBiSyLco
元老院はどうなってるんだろか?
464 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(大阪府)
[sage]:2012/04/08(日) 00:27:25.83 ID:P3M2GbVio
乙
465 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(大阪府)
[sage]:2012/04/08(日) 01:13:12.27 ID:2tyl9vcdo
乙
466 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(埼玉県)
[sage]:2012/04/08(日) 21:40:35.23 ID:muWulyo5o
乙乙!
467 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/09(月) 17:05:46.70 ID:KsGx2YfE0
こんばんは。
大恒王の強さは図抜けたものがありますが、
それを世間は許すわけがなく……。
椿をはじめ、他のトレーナー達は、
地下シェルターに逃げ込んでいたため大半が無事です。
元老院については、今回の更新で書かせていただきました。
続きが書けましたので、投稿をさせていただきます。
お楽しみいただけますと幸いです。
468 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/09(月) 17:10:55.95 ID:KsGx2YfE0
「嘘だ……! こんなの……こんなの、
俺達が出来るわけがないだろう!」
絆は点滴台を蹴立ててベッドから飛び降りると、
ギプスが嵌められた足を引きずりながら
椅子に座っている駈に詰め寄った。
「仮にこれが俺達がやったことだとして
……今までどうしてあれだけの破壊兵器を使わなかった!
異常な性能だ!」
「…………」
駈は顔を近づけんばかりに怒りを向けた絆を
冷たい目で見て、サングラスを指先で上げた。
「……エフェッサーは、
人間を守るヒーローであらなければいけない」
「は……?」
突然意味不明な事を言い出した駈に、
絆は気の抜けた声を発した。
469 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/09(月) 17:11:59.37 ID:KsGx2YfE0
「意味が……分からないが?」
「そのままの意味だよ。
君も単語くらいは知っているだろう、
『ヒーロー』だ。希望の星であらねばならない。
だからだよ」
駈は慌てて駆け寄ってきた医師達に
押さえつけられた絆に、淡々と続けた。
「誰が直径二十四キロもの『大破壊』を
単機で行うことが出来るヒーローを望むかね。
それこそ、原爆でも落とせばカタがつく問題に」
駈は目をむいた絆を鼻で笑い、椅子から立ち上がった。
「まぁ……事態はそれほど楽観的でもない。
例えばフォロントンに原爆を投下することも『できる』が、
それでは、精密さに欠ける。
それに、敵側はワープの技術を持っている。
正確に着弾するかも分からない」
470 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/09(月) 17:12:35.84 ID:KsGx2YfE0
「ヒーロー……どういう意味だ……?」
駈の言葉に答えずに、絆はベッドに
無理矢理に寝かされながら大声を上げた。
「答えろ! 今までにあれだけの戦力を
投下することが出来たのか!」
「……できなかった。だからこそ、
今回の君達の働きに、我々はただ、
ひたすらに驚いている」
「…………」
「君の言いたいことは分かるよ。
無意味にバーリェを死なせたと言いたいんだろう。
もっと早くに大恒王をロールアウトしていれば、
犠牲を払うこともなかったといいたいんだろう?」
「…………」
471 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/09(月) 17:13:18.19 ID:KsGx2YfE0
「だが結果的にそれは『できなかった』と言える。
今回の起動も、ギリギリのラインでの奇跡的な成功だ。
大衆はその奇跡を求めてもいるが、
同時に求めているのは『身の安全』、
それ一つだ。自分達の身の安全を脅かすものは、
たとえ味方であっても世論は支持しない」
黙り込んだ絆に、駈はポケットに手を入れて、
壁に背をついて続けた。
「今回の大恒王の戦闘記録を照会して、
世界連盟が百九十八カ国の賛成を得た上で、
あの兵器の凍結を求めてきた。
近く大恒王は凍結される」
「そ…………そんな…………」
ベッドに崩れ落ちた絆に、駈は淡々と言った。
472 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/09(月) 17:14:14.69 ID:KsGx2YfE0
「やりすぎたのだよ。それこそが新世界連合の
狙いだったのかもしれんがね。
強い力にはより強い力で対抗しなければならなかったのだが、
君達はいささかやりすぎた。
私は、君こそがそのストッパーになってくれると
願っていたのだが……残念だよ」
「じゃあ次に、あの数の死星獣が現れたら
……俺達はどうすればいいんだよ!」
「分からん。現在は元老院の返答を待っている。
本当は君の身柄も拘束される予定だった。
それを先にこちらが確保、拒否した。
それ故に君はここで、悠長に
私の話を聞いていられるというわけだ」
それを聞いて、絆は弾かれたように顔を上げた。
「俺のバーリェは……
それと渚さんはどうなった……? 他の人は……?」
「…………」
473 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/09(月) 17:14:47.95 ID:KsGx2YfE0
一瞬押し黙って、駈は口を開いた。
「本部のトレーナーや職員達の大半は、
避難していたため無事だ……渚管制官も無論だ。
現在別の病室で治療を受けている。
君のバーリェ、D77(雪のこと)と、
S93(霧のこと)も無事だ。
D77は少々体調を崩しているが、
数日でまた戦闘に出せるようになる」
「…………」
絆は、こみ上げてきた苦い感覚を
無理矢理に飲み込んで、小さな声で聞いた。
「……S678(圭のこと)は?」
「君達の身柄をこちらで拘束する代償は、
S678を研究素材として、
世界医師連盟に提供することだった。
持っていかれたな……既に」
「何……だって……?」
474 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/09(月) 17:15:32.25 ID:KsGx2YfE0
絆は、唾を飲み込むことも出来ずに
ただ呆然と口を開いた。
その体が小さくわななく。
歯を鳴らして頭を抱えた絆を見て、
駈は小さく息をついてから言った。
「あれはバーリェではない。
人間でも死星獣でもない。
眠りもしない。もはや、『生き物』ではないと
私は思う……割り切りたまえ」
「あの子は……あの子には『意思』があった!
自分で考えて、自分で行動して、
俺達と同じように泣いて笑って恐怖して、
それでも尚あの子は生きてた!
研究素材じゃない、研究素材なんかじゃないぞ!
断じて違う!」
絆は周囲を医師に取り囲まれ、
押さえつけられながらベッドの上でもがいた。
475 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/09(月) 17:16:07.84 ID:KsGx2YfE0
「何をしている?」
駈に聞かれ、絆は叫ぶように言った。
「圭を助けに行く!
まだ間に合うはずだ! 離せ!」
「……一つ言い忘れていた。
今日は、君達が戦闘を終了してから七十二時間後。
つまり、三日後だ」
動きを止めた絆に、静かに駈は続けた。
「もう死んだよ。君が『圭』と呼ぶ個体は」
傍らの女性から資料を受け取り、
駈は絆のベッドにそれを放った。
「解剖結果だ。やはり人間とも、
バーリェとも違かったらしい。
ニュータイプ、つまり『ハイ・バーリェ』とも
言える代物だったそうだ」
476 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/09(月) 17:16:42.14 ID:KsGx2YfE0
「え……」
絆はわななく手で、目の前の資料を手に取った。
「解剖…………結果…………?」
「嘆くことは何もない。元老院は君に、
S678番の技術を応用させた
新しいハイ・バーリェの授与を検討している」
ツカツカと歩いてきて、駈は絆の肩に手を置いた。
「当然まだ、戦ってくれるな?」
「ちょっと待てよ……」
ハハ……と乾いた声で笑って、絆は駈の腕を掴んだ。
477 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/09(月) 17:17:22.45 ID:KsGx2YfE0
「解剖結果……? 意味が分からない。
だって、圭はさっきまで、
俺の前にいたんだぞ……いくら眠らなくたって、
気遣いが出来なくったって……これからだったんだぞ?
俺の前で、叫んでたんだぞ……これから生きて、
楽しいことも、苦しいことも沢山あるはずだったんだよ
……何してんだよ……? 何してくれてるんだよ……?
あんた……あんたは!」
力の入らない手で駈のことを握り締め、絆は怒鳴った。
「それでもまだ何も感じないっていうのかよ!」
しばらくの間絆と駈がにらみ合う。
駈はサングラスの奥の瞳を鈍く光らせながら、
絆の手を払った。
そしてポケットから小さな袋に入ったものを取り出す。
絆が圭に買い与えてやった目薬だった。
478 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/09(月) 17:18:00.54 ID:KsGx2YfE0
「解剖の時、最後までずっとこれを
握っていたそうだ。
医師が指を切除するまで、離さなかったそうだよ」
「…………」
目薬を受け取って、絆は力なくその場に崩れ落ちた。
「私は、純粋に君を『尊敬』している。
一週間程しか触れ合っていないただの生体弾丸と、
ここまで『心』を通わせることが出来るのだからな。
それが恐ろしくもある」
「…………」
「君は異能者だ。もしかしたら、
この世界にはいてはならない人間なのかもしれない。
だが……だからこそ、我々には君が必要なのだよ。
それを理解して欲しい」
駈は絆に背を向けて、そして続けた。
479 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/09(月) 17:18:32.15 ID:KsGx2YfE0
「先日、バロンのエフェッサー支部が、
同様な一斉攻撃を受けて壊滅した。
元老院の承認を待っているが、
近くエフェッサーはフォロントンへ
一斉攻撃をかけることになる」
「…………」
「元老院がどのような判断を下すのかは
分からないが、我々も困ったものだよ」
口の端を吊り上げて、駈は自嘲気味に笑った。
「我々でさえも『正体を知らない組織』の
決定を待っているなんて、歯がゆいものだ。
そんな自分に、君達の言葉で言うと
『イラつく』よ……本当に」
480 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/09(月) 17:19:18.79 ID:KsGx2YfE0
*
アバラを折ったらしく、体に大きな
コルセットを巻いた渚が、
俯き加減で病室に入ってくる。
絆は、渚の後ろにうかがうようについてきた霧と、
よろめきながら、足を引きずって入ってきた雪を見て、
先ほどからずっと見つめていた目薬を、
反射的にポケットに隠した。
「絆……大丈夫?」
雪が開口一番心配そうに口を開く。
絆は小さく笑うと、彼女達に向けて言った。
「こんな怪我何ともない。こっちに来い。
お前達は大丈夫なのか?」
「……雪ちゃんは、いくつか臓器の交換を
行いました。霧ちゃんは殆ど外傷も内傷もありません」
481 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/09(月) 17:19:49.13 ID:KsGx2YfE0
渚が顔を伏せたまま言う。
霧が、雪を椅子に座らせてから絆に駆け寄った。
「マスター! 酷いお怪我です!」
「こら……」
目の見えない雪にもそれと分かるほど、
絆は体中にキプスや固定金具を取り付けていた。
万全の体調だった渚でさえもアバラを折っているのだ。
絆も無論のこと、加えて折れていた腕が片方、
複雑骨折をしていた。
指先をピクリとも動かすことが出来ない。
首から腕を吊った状態で、絆は息をついた。
「まぁ……正直今回はちょっとへこたれた。疲れたな」
482 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/09(月) 17:20:24.08 ID:KsGx2YfE0
「絆……圭ちゃんは、どこに行ったの?」
雪にそう聞かれ、絆はずっと
「こう答えよう」と思っていた言葉を口に出した。
「別の地区に飛ばされた。
俺はこの通りの有様だ。少なくともあと数日は、
安静にしていなきゃいけない。戦えないからな」
「…………そう」
雪が小さく呟いて目を伏せる。
霧は、両指を胸の前で組んで素直に笑った。
「良かった! 死んじゃったのかと思いました!
ずっと心配してたんです。
あの子は、私よりも優秀ですもの。
きっと大活躍してますよ!」
「…………」
483 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/09(月) 17:21:04.29 ID:KsGx2YfE0
絆の胸が、傷のせいではなく、
その時確かに、押し込むように「ズキリ」と痛んだ。
「…………そうだな」
しかし絆は笑って、無事な方の
手を伸ばして霧の頭を撫でた。
「霧、カードを渡すから、
渚さんとジュースでも買って来い」
「はい!」
霧が頷いて、絆のカードを受け取る。
渚は、少しよろめきながら心配げな瞳を
絆に向け、霧に手を引かれて歩き出した。
二人が病室を出て行ったのを聞いて、
雪が小さく息をつく。
484 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/09(月) 17:21:44.62 ID:KsGx2YfE0
「…………これで五人かぁ」
小さな彼女の呟きに、
ビクッ、として絆は顔を上げた。
雪は、困ったように笑うと、絆に言った。
「次は、私かな?」
「お前……」
「絆、お願いがあるの」
雪はそう言って、絆の顔に見えない目を向けた。
「霧ちゃんは助けてあげて。
もう、あの子を使わないで」
「どうして……?」
掠れた声で問い返した絆に、雪は小さな声で続けた。
485 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/09(月) 17:22:29.20 ID:KsGx2YfE0
「沢山死んだね……私達だけじゃない。
他の子も、沢山死んだよ。
私、分かるんだ。目が見えないからかな
……聞こえるの。沢山の声。
みんな言うよ。『どうして?』って」
「…………」
「死ぬと暗いんだって。冷たいんだって。
苦しいんだって、みんな言うよ。
私達が人工羊水の中にいた頃に戻るんだって
……そんなの、悲しいよ。悲しすぎるって私は思うよ。
だから……もう、苦しい思いをするのは、
私だけで十分だよ。
霧ちゃんは私の妹だから
……だから、幸せになって欲しいの。この世界で」
愕然としている絆に、雪は続けた。
「絃さんを殺したら、霧ちゃんと、
渚さんと一緒にラボに帰ってね。
私は、遠くでそれを見てる」
486 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/09(月) 17:23:01.52 ID:KsGx2YfE0
――雪。
もうラボは、どこにもないんだよ。
そう言いかけて、すんでのところで口をつぐむ。
絆はしばらく押し黙った後、掠れた声を発した。
「駄目だ」
「…………」
押し黙った雪に笑いかけ、絆は言った。
「お前も一緒に帰るんだ。
何自分が死ぬようなことを言ってるんだ。
大丈夫だ、お前は強いんだ。
まだまだ頑張れる。一緒に頑張ろう。雪、負けるな」
「…………」
487 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/09(月) 17:23:34.45 ID:KsGx2YfE0
「じゃないと……みんなが。
みんなが……可哀相すぎるじゃないか……?」
声は笑っていた。
しかし絆の目からは、
涙が次から次へと溢れ出してきていた。
雪は黙って見えない目で絆を見つめ。
そして、そっと笑った。
「…………そうだね」
小さな呟きは、乾いた空調の音に紛れて消えた。
488 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/09(月) 17:26:32.53 ID:KsGx2YfE0
お疲れ様でした。
これで、第五話「片翼の天使が飛ぶ」はお仕舞いになります。
次回、第六話に続かせていただきます。
スレやツイッターなどで沢山のご感想など、ありがとうございます!
励みになります。
引き続きどんどんいただければ嬉しいです。
それでは、まだ続きますがお付き合いいただけましたら幸いです。
今回はこれで、失礼させていただきます。
489 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(埼玉県)
[sage]:2012/04/09(月) 18:49:27.45 ID:3LqaQtLYo
乙乙!
490 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(大阪府)
[sage]:2012/04/09(月) 19:28:04.66 ID:yWMV8rm4o
乙
491 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/04/09(月) 20:16:33.73 ID:h7mLgTbj0
乙
ハイ・バーリェねぇ
492 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/04/09(月) 20:43:47.92 ID:K71okg93o
国って形が残ってるんだね
絆が所属してるのは国ってよりは企業って感じか
お疲れ様
493 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/11(水) 18:17:54.05 ID:MxHNRHcq0
こんばんは。
一応形だけですが、国という概念は残っています。
そうですね、企業に近いかもしれません。
エフェッサーは、特殊防衛企業のようなものとお考えください。
軍とはまた別のものです。
それでは、第六話をはじめさせていただきます。
お楽しみいただけますと幸いです。
494 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/11(水) 18:20:02.53 ID:MxHNRHcq0
6.天に空にあの場所に
雪のように、灰が舞っていた。
空から幾万もの粒子が舞い落ちてくる。
もう動かない亡骸を抱いて、俺はその灰の中、
ただ呆然と空を見上げた。
帰る場所なんて、どこにもない。
戻る場所なんて、もうどこにもない。
ここから基地に帰還できるかどうかも分からない。
俺は、軽く自嘲気味に笑って、
ボロボロの体で彼女にそっと呟いた。
「帰ろう……」
495 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/11(水) 18:20:48.75 ID:MxHNRHcq0
動かない彼女。
鼓動を止めた彼女に、俺は静かに言った。
「帰ったら……みんながいるんだ。みんな、
帰りを待っててくれるんだ。
だから……一緒に帰ろう。家に」
「…………」
「目を開けろ……一緒に帰るんだろう?
一緒に帰れるんじゃ、なかったのか?」
その問いに答える声はなかった。
いくら待っても、帰ってくるのは
漠然とした沈黙だけだった。
496 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/11(水) 18:21:24.07 ID:MxHNRHcq0
この子が、何であろうと構わない。
たとえそれが、存在することが許されないもので
あったとしても、俺はそんなことを問題にはしない。
これからも、きっと気にはしないだろう。
それを、ただ伝えてやりたかっただけなのに。
もう、彼女は動かない。
亡骸をそっと地面に置いたところで、
体中の力が抜けた。
泥水の中にうつぶせに倒れこむ。
もう、体を動かすことが出来なかった。
……ごめんな。
お前達を、十分に愛してやることができなくて、
ごめんな。
497 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/11(水) 18:21:54.57 ID:MxHNRHcq0
ただ、守りたかっただけなんだ。
ただ、お前達と一緒に暮らしたかっただけなんだ。
でも、それは。
何よりも難しいことで。
何よりもつらいことだったんだよ。
襲ってくるのは自責の念。
狂気の感情。
そこに飛び込むことも出来た。
出来たが、それは適わないことだった。
俺はここで死ぬ。
何もかもが終わったここで、
俺はもう役目を終えるんだ。
498 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/11(水) 18:22:35.07 ID:MxHNRHcq0
だからもう、苦しい思いはしなくていいんだよ。
もうお前達のように、
つらい思いをする子はいないんだ。
だから帰ろうよ。
一緒に、戻ろう。
……手を握られた気がした。
無理矢理に顔を上げたその先に、
みんなが笑っているのが見えた。
俺は彼女達に手を引かれ――。
499 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/11(水) 18:23:16.76 ID:MxHNRHcq0
*
車椅子に乗せられた絆が、
渚に押してもらいながら病室に入る。
ベッドの上には、光沢がかった白銀の
髪の毛をした女の子が座っていた。
長い髪の毛は綺麗に三つ編みにされている。
視力が悪いのか、眼鏡をかけていた。
「型番、T325だ。現存しているバーリェの
どれをも凌ぐ、『ハイ・バーリェ』の
中の最終形態といえる」
表情を変えない絆に、
先に部屋に入っていた駈が
椅子から立ち上がって口を開く。
絆は駈を一瞥してから、
丸い目でこちらを見ている少女に対して声をかけた。
500 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/11(水) 18:23:59.51 ID:MxHNRHcq0
「言葉は分かるか?
ここはどこだか、理解できているか?」
「勿論です、絆特務官様。私はT325番です。
以前の記憶は、S678番より継承しております。
姉が大変お世話になりました」
深々と頭を下げた彼女に、戸惑ったように絆は返した。
「記憶の継承に成功したのか……?
じゃあ、圭のことを知ってるのか?」
「はい。私は前個体の全ての能力を引き継いでおります。
それはすなわち、
記憶の共有も成されているということであり、
私は、それらの算出したマイナス要素を全て克服しております。
必ずやあなた様のご満足いただける活躍をすることを、
お約束いたします」
眼鏡の位置を小さな手で直した彼女に、
絆は小さく笑いかけて、そして言った。
501 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/11(水) 18:24:32.50 ID:MxHNRHcq0
「圭は、何も間違ったことはしていない。
お前も自然体でいい……これからお前のことを、
『純(じゅん)』と呼ぼう。問題はないな?」
「それがご命令ならば、そういたしましょう。
私はあなた様のご命令に従い、
全ての要素をクリアできます。
通常のバーリェ、約二千体分の戦力とお考えくださいませ」
「…………」
また頭を下げた純から視線を離し、
絆は機械のような彼女の調子に呆気にとられている渚を見た。
「この子のロールアウト時の資料をくれ」
「…………」
「どうした? 資料をくれ」
「は……はい!」
502 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/11(水) 18:25:12.35 ID:MxHNRHcq0
繰り返した絆に、ハッとして渚は
懐に挟んでいた資料を渡した。
それに目を通している彼を見て、駈が口を開く。
「大恒王の凍結を解除する手続きをとっている。
エフェッサーは全面的に世界連盟と争う意向だ。
全く……こうしている間にも、どこが新世界連合の
攻撃にさらされるか分からないというのに
……悠長なものだよ」
「…………」
「君達には、本日づけでフォロントンに
移動してもらうことになる。
自然の壁の内部に突入して、
新世界連合の拠点を叩く作戦に参加して欲しい」
弾かれたように顔を上げ、渚が引きつった声を発した。
「そんな……大恒王を使えないのに、
どうやって戦えって言うんですか!」
503 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/11(水) 18:26:05.73 ID:MxHNRHcq0
「七○一型AAD、つまり陽月王と
同じタイプには凍結はかかっていない。
全ての武装を積み込み、フルチューニングした
君達専用の機体をロールアウトした。
大恒王からしてみればスペックは落ちるが、
通常戦闘を行うのには差し支えない性能の筈だ」
「……殲滅(ジェノサイド)システムとは何だ?」
そこで絆が押し殺した声を発した。
黙り込んだ駈を見上げて、絆は低い声で続けた。
「おそらくS678は……圭は、
過剰な人格調整をうけたがために、
戦闘システムを有する人格とそれ以外の人格とで
精神分裂を起こしていた。
バーリェの精神エネルギーは『心』の力だ。
だから、片方の人格のエネルギー指数がゼロになっても、
大恒王は再起動したんだ
……戦闘システムを有している人格が発現させた、
『殲滅(ジェノサイド)システム』の詳細を教えろ。
今度の機体にも、それが積んであるのか?」
504 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/11(水) 18:26:43.34 ID:MxHNRHcq0
「…………」
「答えろ」
鉄のような声を発した絆に、
駈は肩をすくめて返した。
「……頭が良すぎるというのも考えものだな。
君は兵士には向いていない」
「茶化すな。真面目な話をしている」
「私は大真面目だよ。いつでも、
君を茶化したことはない」
紙コップを手に取り、
傍らのウォーターサーバーから水を汲んで
口に運び、駈は息をついた。
「……殲滅(ジェノサイド)システムは、
全ての機体に搭載されているものだ。
単に、それを起動できるバーリェが
今迄いなかっただけの話だよ」
505 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/11(水) 18:27:20.74 ID:MxHNRHcq0
「どういうことだ?」
「元々AADは、『多数』の死星獣を
駆逐するために開発された代物だ
……私の口からはそれ以上のことは言えない」
「『多数』……?」
大規模戦闘を想定して作られていたとでも
言いたいのだろうか。
話を打ち切ろうとした駈に、
しかし絆は強い口調で続けた。
「仕様書には一切そんなことは書いていなかった。
それに、マイクロホワイトホール粒子って何なんだ。
どうしてバーリェが、死星獣と同じ力を持つことが出来る。
知っているのなら、全てを話してもらうぞ!」
「…………」
駈は紙コップをクシャリと潰すと、
無言でダストシュートに投げ入れた。
506 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/11(水) 18:27:54.61 ID:MxHNRHcq0
そして息をついてから絆を見る。
「一度にそんなに多量に質問をされても
答えられんな。整理して話すことはできないのか?」
「人をおちょくるのも大概にしろよ……!」
「……一つ重要なことを教えよう。とは言っても、
誓って言うが私達も『それ以上』は知らない。
全ては元老院が情報を握っている」
「…………」
「バーリェと死星獣は、元々は一つのものだ。
同じ『物質』から作り出された、人造生命体だよ」
「何だって……?」
絆は、その言葉の意味をすぐには
推し量ることが出来ずに、思わず掠れた声を返した。
507 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/11(水) 18:28:30.84 ID:MxHNRHcq0
「死星獣が、『人造』の生命体だって……?」
「私も詳しいことは知らん。
ただ言えることは、あれは新世界連合が
『ロストテクノロジー』と呼ぶ、
二百年以上前に存在していた技術を応用して
創り出された生命体だということだ。
だから、同種のバーリェで
エネルギーを相殺することが出来る」
「誰が創り出してるって言うんだ、
あんな害しか及ぼさない異形を!」
怒鳴った絆に、駈はサングラスの奥の瞳を
淡々と光らせながら、静かに返した。
508 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/11(水) 18:29:02.92 ID:MxHNRHcq0
「……分からん。『誰か』であることは確かだが、
それが分かっていれば苦労はしない。
しかし、我々はこれだけは確信を持って考えている」
「…………」
「新世界連合は、死星獣を創り出す技術を持っている。
何らかの装置か機構を入手したと考えて
妥当ではないかと思うのだ。
もしそうだとしたら、
断じてその存在を許すわけにはいかない。
破壊しなければならない」
509 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/11(水) 18:30:18.26 ID:MxHNRHcq0
お疲れ様でした。
次回の更新に続かせていただきます。
ツイッターやスレを通して沢山のご感想、ありがとうございます!
大変励みとなります。
ご意見やご感想、ご質問などございましたら、
お気軽に書き込みをいただけますと嬉しいです。
それでは、今回は失礼させていただきます。
510 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(大阪府)
[sage]:2012/04/11(水) 20:15:41.66 ID:dRAan7Vjo
乙
511 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/04/12(木) 00:23:47.18 ID:/WhxSvAoo
一気に確信に近づいた気がするね
お疲れ様
512 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/04/12(木) 17:13:06.04 ID:rGBjc5YIO
従来の死星獣を送り込んでいた者
新世界連合
二つの敵がいるのか元老院は
513 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/12(木) 18:17:48.47 ID:Y7PtevAY0
こんばんは。
元老院は敵と戦っていますが、その彼らでさえ何なのかが
分からない状態になっています。
これから明らかになっていきます。
続きが書けましたので、投稿させていただきます。
お楽しみいただければ幸いです。
514 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/12(木) 18:21:40.89 ID:Y7PtevAY0
「……絃が裏切ることを知ってたな。
お前達は、それを知りたくて
彼を泳がせようとして失敗した。違うか?」
問いかけられて、駈は一拍押し黙った後口を開いた。
「その通りだ。我々の捜査は失敗した。
絃元執行官のことを泳がせ、
今では新世界連合と名乗っている
組織の実情を掴むつもりだった」
「どうして逃げられた?
それくらいなら答えられるだろう」
「…………」
駈は息をついてサングラスの位置を直し、言った。
「生体エネルギー感知機器に頼りすぎていた
……『天使一号』のせいだ。
あれはあらゆる電磁波を吸収してしまう」
515 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/12(木) 18:22:16.11 ID:Y7PtevAY0
「は……?」
「絃執行官はそれをエフェッサーの本部から盗み出した」
「天使一号……?」
聞いたことのない単語に、絆は目を見開いて駈を見た。
「何だそれは……?」
「我々もそれが『何』なのかは分からない。
分からないが、その物質はバーリェと
死星獣の組成体の元となる物質だ。
我々はそれを『天使』と呼んでいた」
「何なのか分からないものを使って、
ここまでのことをしてきたのか……!」
「ああ。だが、そのおかげで君達は死なずに
済んでいる。結果が全てだ。
学校でそう習わなかったかね?」
516 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/12(木) 18:22:51.23 ID:Y7PtevAY0
「だからって、許されることと
許されないことというのがあるだろう」
押し殺した声でそう言い、
絆は横目で純を見て言葉を止めた。
「……またの機会に、詳しい話を
聞かせてもらう。あんたも、
フォロントンに来るんだろうな?」
「無論だ。私が前線の指揮を執る」
駈はそう言って暗く笑った。
「十分な設備は用意しよう。
出撃まで十二分に体を休ませたまえ。
問答は、生きて帰ってこれたら続けよう」
「…………」
絆は吐き捨てるように呟いた。
「ああ、そうだな」
517 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/12(木) 18:23:28.44 ID:Y7PtevAY0
*
「……そうでしたか。それでは、特務官様は
お姉様達に、圭お姉様がお亡くなりになったと
いうことをお伝えになっていないのですね」
「ああ」
絆は頷いて、駈が出て行った病室の中、
純を真正面から見た。
「酷なことをしたとは思っている。
しかし、真実を伝えるだけの言葉が、
俺にはどうしても思いつかないんだ」
「…………」
首を傾げて純は不思議そうに言った。
「どうしてですか? 隠さずに仰れば良いのでは?」
「…………」
518 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/12(木) 18:24:01.67 ID:Y7PtevAY0
「圭お姉様は、無駄死にではございません。
私という成功作を作り出す礎(いしずえ)となれたのです。
名誉の死だと、私は思います。
隠すのは、圭お姉様に対する冒涜のような気もします」
絆はそれを聞いて押し黙った。
純の言うとおりだった。
予想以上に素直で頭がいい個体のようだ。
見透かされたかのような言葉に、
一瞬返す単語が思いつかなかったのだった。
「純ちゃん、絆特務官はいろいろと
お考えなのよ……察してあげて」
渚にそう言われ、しかし純は
納得がいかないという風に続けた。
519 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/12(木) 18:24:40.13 ID:Y7PtevAY0
「それとこれとは無関係だと思います。
私は事実を客観的に述べているに過ぎません。
特務官様は、私達を一体何だとお考えなのでしょうか?」
責めるような純の口調に、絆は顔を上げて彼女の目を見た。
「何だって……お前たちをか?」
「はい。お答えください」
「…………」
一拍押し黙って、絆は言った。
「俺達と何ら変わらない『生き物』だと思うよ」
「それが大きな間違いです」
純は即座に絆の言葉を否定した。
これほど真っ直ぐにバーリェに反抗されたのは
初めてのことだったので、絆は思わず口をつぐんだ。
520 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/12(木) 18:25:26.80 ID:Y7PtevAY0
「私達は、人間ではありません。
人間になろうとしても、人間にはなれません。
特務官様がいくら頑張っても、私達は私達以上の
ものになることはできないのです。
あなたが仰っていることは、
私達にとってとても酷なことです」
「…………」
「圭お姉様が浮かばれません。
どうか、私のことは『バーリェ』としてお扱いください。
生体弾丸として、単なるシステムの一部として
お扱いくださいまし。
それが、今迄に亡くなった全ての
バーリェ達への供養となります」
衝撃を受けていた、という表現が一番正しいかもしれない。
純が言っていることは、分かっていた。
全て知っていて、その上での発言だ。
521 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/12(木) 18:26:24.58 ID:Y7PtevAY0
だから今更それを繰り返されたところで、
何を感じるでもなかった。
しかし絆は、「誰かに怒られる」という経験を、
産まれてこの方、殆どしたことがなかった。
考えてみれば、小さい頃から優秀であろうとしていた
自分は、親にも、教師にも褒められはしたが
怒られたことはなかった。
純が絆に向けていたのは、
純然たる憤まん、怒りだった。
叩けば死にそうな外見をしているのに、
その怒りは絆の心を強く抉った。
――バーリェはバーリェであり、人間ではない。
分かっていたことだ。
そんなのは言われなくても分かっていて。
トレーナーを始めた頃から、自覚していることだ。
522 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/12(木) 18:26:59.00 ID:Y7PtevAY0
しかしそれを改めてはっきりと、
他ならぬバーリェの口から言われると、
また違う威圧感があった。
「…………お前は、死にたいのか?」
そう問いかけると、純は何の迷いもなく頷いた。
「はい。私は、それこそがバーリェの本質だと考えます」
絆は息をついて純から視線を外し、窓の外を見た。
桜の花も、そろそろ終わる時期だ。
……そういえば、バーリェ達の墓は、
なくなってしまったな。
どこかに別の墓を作ってやらなきゃな、
と頭の片隅で何となく思う。
「そう考えているうちは、お前は性能以上
力を出すことは出来ないよ」
523 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/12(木) 18:27:41.35 ID:Y7PtevAY0
しかし、だいぶ考えた末に絆が出した言葉は、
純の言葉を否定するものだった。
純は眉をひそめて絆を見た。
「どうしてですか?
私は、通常のバーリェ二千体分の……」
「バーリェの生体エネルギーは、心の力だ。
心っていうのは、理論では測れないものなんだ。
お前がいくら頭が良くても、
何もかもが計算どおりにいくっていうわけじゃない。
その考えは、改めた方がいいな」
絆はそう言って、純に向かって軽く微笑んだ。
「まぁ、おいおい話していこう。
お前の姉さん達を紹介する。ついてこい」
524 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/12(木) 18:28:18.91 ID:Y7PtevAY0
純はまだしばらく、釈然としなさそうに
俯いていたが、やがて小さく頷くと立ち上がった。
圭のように四肢のどこかが
欠損しているというわけではない。
仕様書を読む限りでは、眠らない不具合も
継承しているようだが、
まさにパーフェクトなバーリェであると言えた。
言えたが、絆は同時に純を見て、
猛烈な不安を感じてもいた。
圭の時には感じなかった不安だ。
この子の存在は、確実に「あってはならない」ものだ。
人間が到達していい水準を遥かに超えている。
それが果たして、自分達にプラスになるのか、
マイナスになるのか分からなかったのだった。
525 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/12(木) 19:05:23.38 ID:Y7PtevAY0
*
大型の輸送機に乗り、フォロントンまで
移動することになった絆達は、
その日の夕方に、既に出発を終えていた。
輸送機とは言っても、バーリェの管理専門の航空機だ。
彼女達の精神を安定状態に保つための、
最適な工夫がなされている。
いわゆる軍の殺伐とした空気ではなく、
高級ホテルのような空間が広がっている輸送機だった。
流石に割り当てられた部屋はラボに
比べれば手狭だったものの、
特に不満という不満は見当たらなかった。
絆はソファーに腰を落ち着かせ、
自分の腕に刺さっている点滴の台を引き寄せた。
526 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/12(木) 19:06:12.03 ID:Y7PtevAY0
高速で移動しているが、
内部にはたいしたGはかかっていない。
昨今の技術の進歩には舌を巻かされる。
雪と霧は、難しい顔をしてチェスの
駒の前で考え込んでいた。
その前で、純が猛烈な勢いで、
数式が羅列されている本を読みながら、
ビショップの駒を手に取った。
「チェックメイトです。二十五勝目をいただきました」
コトリと盤に駒が置かれる。
霧が浮かせていた腰をその場にへたれこませた。
雪が感心したように言う。
「凄いね……霧ちゃんには、
私もあんまり勝ったことがないのに……」
527 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/12(木) 19:06:50.66 ID:Y7PtevAY0
「どうして勝てないんですか……
私が、私がチェスで負けるなんて……」
プルプルと震えながら、霧は絆の方を見た。
「何が起こってるんですか、マスター!」
「まぁ……落ち着けよ。別のゲームもあるだろう」
絆がそう言うと、霧はムキになっているのか、
純に向かって口を開いた。
「もう一回やりましょう。
私が先行をさせていただきます」
「かしこまりました」
パチン、と本を閉じて純が駒を
物凄い勢いで初期配置に戻し始める。
その様子を見て、渚が小さな声で絆に言った。
528 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/12(木) 19:07:27.83 ID:Y7PtevAY0
「機械みたい……」
「…………」
「あの子、生き物というよりは
コンピュータに近いような……」
手を挙げて渚の言葉を制止する。
そして絆は、渚に囁くように言った。
「俺はどんな子にも平等に接する。それが方針だ」
「……すみません。口が過ぎました」
俯いて、渚が掠れた声を発する。
彼女も、絆も、体は全くもって本調子ではなかった。
特に絆は酷い。
右腕が複雑骨折して多数の金具が体の中に
入っているのに加え、左足の各部が折れてしまっている。
529 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/12(木) 19:08:02.78 ID:Y7PtevAY0
左手の指も、いくつか折れ曲がってしまっていた。
息を吸うたびに折れたアバラが痛む。
動かない箇所だけ見れば、圭の状態に近かった。
渚も同様に怪我をしている。
驚異的なのは、主がそんな状態だというのに、
全く外傷が見られない雪と霧だった。
バーリェの本能的な回避行動とでもいうのだろうか、
彼女達には傷一つない。
特に格闘技を習っているわけでもないのに、
圭の無茶な操縦にも適応していた。
またチェスの駒を動かし始めた霧を見て息をつく。
少しハラハラしたが、純は、
二人に圭が死んだことは言わなかった。
ポーカーフェイスというのだろうか、
穏やかな表情を張り付かせて、
本を読んでいる傍らで霧をあしらっている。
530 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/12(木) 19:10:00.26 ID:Y7PtevAY0
お疲れ様でした。
次回の更新に続かせていただきます。
ツイッターやスレを通して沢山のご感想、ありがとうございます!
皆様から元気をいただいています。
引き続きご意見やご感想、ご質問などがございましたら、
お気軽に書き込みをいただけますと嬉しいです。
それでは、今回は失礼させていただきます。
531 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/04/12(木) 19:51:34.99 ID:YTe5vrrIO
乙
532 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/04/13(金) 07:38:45.61 ID:Tm4NkNmIO
安心の安定感
533 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/13(金) 18:13:35.72 ID:72uX6PGo0
こんばんは。
続きが書けましたので、少量になりますが
投稿をさせていただきます。
お楽しみいただけましたら幸いです。
534 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/13(金) 18:16:23.14 ID:72uX6PGo0
既に霧は、カードゲームでも手痛い負けを喫している。
純は、全く手を緩めるつもりはないらしく、
容赦なく短時間かつ効率的に
霧の全ての手を叩き潰していた。
穏やかな顔をしているが、
やっていることはえげつない部類に属する。
霧がムキになるのも、分かる気がする。
絆はまたチェスを始めようとした
彼女達に向けて口を開いた。
「食事にしよう。一旦やめるんだ」
「マスター……でも……」
不満そうに霧が言う。
「フォロントンにつくまでに後三日はかかるんだ。
そんなに急ぐことはないだろう。
ゆっくりとやればいい」
535 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/13(金) 18:16:58.80 ID:72uX6PGo0
そう言いながら、絆は傍らの渚に
アイコンタクトを送った。
渚は頷くと、冷蔵庫に入っていたピザを取り出した。
それを小分けにして、レンジの中に入れる。
「ピザじゃないですか! 出前ですか?」
間の抜けた声を出して、霧がチェスから
目を離してこちらに近づいてきた。
純がそれを見て息をつき、本にまた視線を落とす。
「コーラもあるぞ。急いで用意させた」
絆がそう言うと、雪が顔を上げて嬉しそうに言った。
「ありがとう。こんな時なのに、絆は優しいね」
「…………」
536 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/13(金) 18:17:47.95 ID:72uX6PGo0
その笑顔に何か押し殺されたようなものを
感じ、絆は口をつぐんだ。
「コーラ? 異常な高カロリーを持つ、
コカ成分を含んだ炭酸飲料ですか」
パチンと本を閉じて、純が顔を上げる。
「興味があります。試飲させていただきたいです」
「いいぞ。ほら、飲んでみるといい」
絆はそう言って、動かない手で無理矢理に
コーラの栓を開け、コップに注いだ。
それを純に差し出すと、彼女はしげしげと
コップの中を見つめた。
「何ですか、これは炭酸の入った
コーヒーのようなものですか?」
537 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/13(金) 18:18:24.92 ID:72uX6PGo0
「いや、甘いジュースだ。
知識では知っているようだが、
実際口にしてみないと分からんと思うぞ」
「美味しいよ」
絆からコップを受け取り、
口につけながら雪が言う。
純はそれを見て、意を決したように
コーラを口に入れた。
途端、心底驚いたように慌てて口を離す。
「い……痛い……! 何ですか、
これは。飲料ですか?」
「ああ。その刺激を楽しむ飲み物だ」
「やっぱり……いいです」
しゅんとして純がコップを返してくる。
538 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/13(金) 18:18:59.28 ID:72uX6PGo0
それを受け取り、絆は口に運びながら彼女に言った。
「圭にもコーラは飲ませたが、
その記憶は継承されてないのか?
あいつは美味しそうに飲んでたが」
「記憶はありますが……実体験をすることは
初めてでございますので。
ご存知のことかと思いますが、
私達は性質や性能に個人差がございます。
その影響で、私には合わないのかもしれません」
「そうか……」
呟いて、絆は黒い水面を見つめた。
圭も、最初はコーラの刺激に驚いていた。
雪もだ。
彼女だって最初の頃は、
むしろ嫌がっていたように思える。
539 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/13(金) 18:19:33.24 ID:72uX6PGo0
小さい頃からコーラが好きなのは、絆の方だった。
親に買い与えたもらった唯一の記憶だ。
だからこそ、なのかもしれない。
最初は中々馴染めなかった雪が、
進んでコーラを飲むようになったのは、
絆に気に入られようとしたが
ためだったのかもしれない。
それが高じて、ジャンキーのようになって
しまったのだが、それもまた良い、と絆は思っていた。
霧は、純と同じようにどうにも苦手なようだった。
というより霧は、甘いもの全般が苦手だ。
同じバーリェでも、趣味嗜好は大幅に異なる。
温かいピザをそれぞれの皿に並べた渚に、
雪がハバネロのソースをかけるようにお願いしている。
540 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/13(金) 18:20:09.01 ID:72uX6PGo0
それを見て、純が「じゃあ私も」と
乗っかろうとしたので、慌てて絆はそれを止めた。
「止めろ。ロールアウトしたばかりで
ハバネロなんて食べたら、
舌の機能が一生使えなくなるぞ」
「……それは困りますね。
どの程度私が生きていられるのかは分かりませんが、
味覚が遮断されるのは日常生活に影響が出ます」
残念そうに純が言う。
霧と雪がそれを聞いて、
怪訝そうに絆の方に顔を向けた。
妙な空気になった食事の場を、
無理矢理に収めようと絆は手を叩いて
「いただきます」
と言った。
541 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/13(金) 18:20:41.05 ID:72uX6PGo0
圭の記憶をちゃんと継承しているようで、
純も雪、霧と全く同じタイミングでそれに続く。
ハバネロなんて、普通のバーリェが
口にしたら味覚が壊されるだけではない、
身体にも多大なる影響が出る。
刺激物は出来るだけ避けたほうがいいのだが、
絆は雪に限ってはそれを特別扱いしていた。
何故か雪は、そういう刺激物に対して
かなり強い体を持っているのだ。
医師達も首を捻っていた要素だ、
ハバネロをたらふくかけてもらい、
美味しそうにピザを頬張っている雪を見て、
絆は苦笑した。
あれだけの量は、いくら自分でも厳しいものがある。
542 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/13(金) 18:21:15.66 ID:72uX6PGo0
霧はもとより刺激物に弱いので、
ハバネロ系統はにおいだけで駄目だった。
だから心なしか雪から少し離れている気がする。
チビチビとピザをかじっている純に、絆は口を開いた。
「どうだ? ゆっくりとでいい。少しずつ食べるんだ」
「塩分および脂質が過剰に使われていますね。
健康管理においては、あまり好ましくない料理です」
淡々と純が言う。
絆は呆れたように彼女に言った。
「まぁ……確かにそうだが。
それが好きな人も世の中にはいるんだよ」
「非効率的です。ですが、料理を残すということは
マナーに反します。
きちんと最後までいただきたいと思います」
543 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/13(金) 18:21:57.89 ID:72uX6PGo0
怒っているのか怒っていないのか
判然としない口調で呟くように言うと、
純はピザを食べる作業に戻った。
軽く肩をすくめて渚と顔を見合わせる。
そこで、霧が水を口にしてから純に言った。
「純ちゃんは、
圭ちゃんの記憶を持っているんですよね?」
「はい。ある程度の記憶は継承しております」
「どのあたりまで知ってるんですか?
圭ちゃんは、別の地区に行っちゃったんですよね。
私、ちゃんとお別れを言えなかったことが、
とても心残りで……」
絆が一瞬食事の手を止める。
純は、しかし霧の方を見て
何でもないことのように言った。
544 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/13(金) 18:22:32.39 ID:72uX6PGo0
「戦闘後までの記憶は全て継承しております。
ご安心ください。圭お姉様は、お姉様達にとても
感謝をしておりました。
気にすることはないと、私は思います」
絆は、思わず息を吐いて背もたれに体を沈み込ませた。
おそらく霧は、純粋に絆が言ったことを信じている。
雪は違うのだろうが、彼女に限ってはそうだ。
霧が質問をしたのは、単純に疑問に思ったから、
それだけなのだろう。
純はそれを知っていて何食わぬ顔でさらりと嘘をついた。
バーリェは普通、隠し事が出来ないように
人格を調整されている。
しかし純に限ってはそれが適用されていないらしい。
――嘘をつくことが出来て、
怒ることも出来るバーリェか……。
545 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/13(金) 18:23:04.99 ID:72uX6PGo0
それが人間同士の関係として、
本来は当たり前のことなのだろうが、
目の前で見ると少し異様だ。
霧はピザを食べながら、嬉しそうに何度も頷いた。
「そうですか! それは良かったです。
私、凄く安心しました!」
「霧、口の中にものを入れながら喋るな。行儀が悪いぞ」
注意すると、霧は慌ててピザを飲み込んで、水を飲んだ。
雪が手探りでハバネロソースを手に取り、
ビシャビシャとピザにかける。
彼女から距離をとって、霧は絆に言った。
「ごめんなさい。気をつけます。
それよりマスター、圭ちゃんには今度、
いつ会えるんですか?」
546 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/13(金) 18:23:31.95 ID:72uX6PGo0
純粋な彼女の瞳を受けて、
絆を初めとした純以外の全員が硬直した。
雪までもが動きを止めた。
……やはりこの子は知っている。
圭が死んだことを。
雪の様子を見て確信し、
絆は慎重に言葉を選んで口を開いた。
「……多分、戦争が終わったら会えるよ。頑張ろう」
「はい! 楽しみにしてます!」
頷いて霧が笑う。
それにぎこちない笑みを返して、
絆はピザを口に運んだ。
釈然としない顔で彼を見ていた純は、
一つため息をついて、また食事という作業に戻った。
547 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/13(金) 18:24:46.12 ID:72uX6PGo0
お疲れ様でした。
次回の更新に続かせていただきます。
ツイッターやスレを通して、沢山のご感想など、
ありがとうございます!!
大変励みになります。
引き続きどんどんいただけましたら幸いです。
それでは、今回は失礼させていただきます。
温かくなってきましたが、皆様も
季節の変わり目で体調をくずされませんよう。
548 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/04/13(金) 18:39:01.44 ID:/ZJ2Wcvk0
乙
>>1
も花粉症にだけはなるなよ
549 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(大阪府)
[sage]:2012/04/13(金) 19:03:14.62 ID:BsF7ULbeo
乙
550 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(埼玉県)
[sage]:2012/04/13(金) 23:06:38.93 ID:GIfP46hFo
乙乙!
551 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(大阪府)
[sage]:2012/04/14(土) 02:05:29.80 ID:5TXp4H0Ao
乙!
溜まってから一気に読むつもりが耐えられなかった...
552 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/04/15(日) 01:53:08.14 ID:j+Nr7U94o
おつんこ!
553 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/16(月) 18:25:57.45 ID://P1Hl+o0
こんばんは。
今まではそうではなかったのですが、今年は花粉症気味に
なってしまったようで困ります……。
皆様も予防にお気をつけくださいね。
続きが書けましたので、投稿をさせていただきます。
お楽しみいただけましたら幸いです。
554 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/16(月) 19:30:47.33 ID://P1Hl+o0
雪と霧が眠りにつき、絆は頭を抑えて息をついた。
渚にも早めに休んでもらっている。
純は、相変わらずペラペラと数式が
羅列された本を読んでいた。
「少し休め。横になるだけでいい」
絆がそう言うと、純は本を閉じて彼の方を見た。
「いえ……私は特段疲れを感じないように
作られておりますので。
そのような弊害を極力取り除かれています。
ご心配には及びません」
「……そうか」
「私は大丈夫です。お休みになってくださいまし」
そう言って純は絆から視線を離し、また本を開いた。
555 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/16(月) 19:31:33.31 ID://P1Hl+o0
確かに、純は普通のバーリェよりも
格段に強く体がつくられている。
組成的には命に近い。
だからといって眠らないのは相当な負担のはずなのだが、
絆はあえてそこは追求しなかった。
何かあれば、本人から言ってくるだろう。
そう思ったのだ。
しかし、だからと言ってバーリェを
置いて一人だけ寝るのははばかられた。
不安が残る。
少なくとも渚が起きてくるまでは待っていようと、
絆はソファーに体を沈み込ませた。
そこで、不意に部屋の中にチャイムが鳴った。
556 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/16(月) 19:32:18.50 ID://P1Hl+o0
立ち上がろうとして失敗した絆を見て、
純が代わりに立ち上がり、インターホンに近づく。
「はい、こちら273号室です」
彼女がそう言うと、通信の向こう側から、
どこか引きつった声が聞こえてきた。
『……絆特務官はいらっしゃるかしら? 椿です』
「はぁ、いらっしゃいますが」
純はそう言って首を傾げた。
「現在時刻は二十三時三十五分を回っております。
深夜帯でのご訪問は、原則としてお受けできないことに
なっております。
失礼ですが、私がご用件をお伝えいたします」
『バーリェが……! 私に意見するっていうの?』
押し殺した声を返され、しかし表情を変えずに
純は淡々とそれに返した。
557 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/16(月) 19:32:55.51 ID://P1Hl+o0
「それとこれとは別問題だと、私は思います。
私は客観的事実を述べているに過ぎず、
非難を受けるいわれはございません。
拘束規定事項第二十三条四項に……」
「やめろ純……すまなかったな、入ってくれ」
慌てて絆は立ち上がり、松葉杖に寄りかかるようにして
体を引きずり操作パネルに近づき、
ドアのロックを解除した。
「特務官様……対応時間外です」
怪訝そうに問いかけてきた純に
「いいんだ」
と一言だけ返し、壁によりかかる。
扉が開き、どこか憤っているような
顔をしている椿が部屋の中に入ってきた。
558 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/16(月) 19:33:30.31 ID://P1Hl+o0
彼女は横目で、また椅子に座り込んで
本を読み始めた純を睨むと、絆に言った。
「夜分遅く失礼しますわ。
少し、お話したいことがありますの」
「大丈夫だ。さっきはあの子が先走った。
ロールアウト直後だから、
世情にはまだ疎い。察してやってくれ」
そう言って、絆は体を引きずりながら
ソファーに腰を下ろした。
「こんな状態だから、セルフで勘弁してくれ。
冷蔵庫に冷えたコーヒーが入ってる」
「いただきますわ」
頷いて、椿は冷蔵庫から二つコーヒーの缶を
取り出すと、一つを開けて絆に差し出した。
それを受け取り、絆は前のソファーに
腰を下ろした椿を見た。
559 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/16(月) 19:34:08.26 ID://P1Hl+o0
「その様子だと、
一斉攻撃から生還したみたいだな。
良かった。安心したよ」
「……別に心配をされるいわれはありませんわ。
私達は戦闘に負けたし、逃げたのですもの。
最後まで戦っていたのは、あなた達だけでしたから」
吐き捨てるようにそう言って、
椿はコーヒーを喉に流し込んだ。
「バーリェは授与されていないのか?」
「私のラボのスタッフは一人じゃないですから。
任せてきたわ」
そう答えて、椿は舐め回すように、
じろじろと純のことを見た。
当の純は全く気にしていないのか、
挑発的に無視して本を読んでいる。
560 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/16(月) 19:35:01.86 ID://P1Hl+o0
椿は、純が自分のことを一瞥もしないことに
多少苛ついたのか、荒く息を吐いて、
テーブルにコーヒーの缶を置いた。
「で……何の用だ?
こんな時間に訪ねてくるなんて、
あまり常識があるとは言えないな。
だが……」
絆もコーヒーを口に流し込み、静かに言った。
「俺のバーリェの暴走で、おそらく君のバーリェを
巻き込んでしまった事実には、
深く遺憾の意を表させてもらう。申し訳なかった」
頭を下げられ、意外だったのか椿は目を
白黒とさせて、慌てて手を振った。
「そんなこと……もう過ぎたことですわ」
「『そんなこと』じゃないだろう。
少なくとも、そうは思えなかったから
君は俺と張り合おうとした。違うか?」
561 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/16(月) 19:35:40.57 ID://P1Hl+o0
「…………」
黙り込んだ椿に、絆は続けた。
「バーリェの力については、
俺自身もまだ良く分かっていないところがある。
エフェッサーの本部でさえもそうだ。
分からないまま、俺達はこの子達を使ってる。
危険だと知りながら。罪なことにな」
「……ええ。そうですわね……」
呟いて、椿は絆の顔を見た。
「……でも結局、私は何も出来なかった。
あなた達に頼るしかなくて、
ただ逃げ惑うしかなくて、
こんなの凄く……情けない。
正直悔しくて仕方がありません」
「…………」
562 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/16(月) 19:36:23.59 ID://P1Hl+o0
「絆特務官。あなたは今、幸せですか?」
唐突にそう問いかけられ、絆は一瞬言葉に詰まった。
彼女の問いの意味を推し量ることが出来なかったのだ。
絆は少し考えてから、言葉を選らんでそれに答えた。
「……分からない。そんなこと、
意識したこともなかったからな」
「私、今こうして生きていられて、
まだ生きていられて幸せだって、最近よく思うのです。
死にかけたからかもしれませんね……
だからこそ、これからフォロントンに一斉攻撃をかける
戦いに向かっていて、怖くてしょうがない……」
「…………」
「現場に直接行かない私達でもそうなのです。
現場に行っているあなたはどうなのかと思って、
それを知りたくて……気付いたらここに来ていました」
563 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/16(月) 19:37:01.46 ID://P1Hl+o0
絆は、コーヒーの缶をテーブルに置いて息をついた。
そして口を開く。
「怖いよ。いつでも怖い。
怖くない時なんてないだろうよ」
純が本を読む手を止めた。
椿は体を乗り出して、意気込むように言った。
「なのにどうして、いつも戦うことができるのですか?
何があなたを、そこまで支えているのですか?」
「考えたことがないからな……」
困ったように呟いて、絆はそれに返した。
「敢えて言うとすれば……怖いから戦えているんだ。
戦わなければもっと怖い。
だから、俺は戦うことで
自我を保っていられるのかもしれない」
564 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/16(月) 19:37:47.18 ID://P1Hl+o0
「…………」
黙り込んだ椿に、絆は静かに続けた。
「死ぬのが怖くない人なんていないよ。
誰だって、バーリェだってそれは怖い。
押し殺して、隠そうとしているだけで、
誰だって心のどこかでは恐れおののいてる。
それは何もおかしいことじゃない」
手を止めたままの純を横目で見てから、更に続ける。
「そうだな……考えてみれば、
俺を支えているのは恐怖なのかもしれないな。
逆に言えば、恐怖がなければ、
俺は今ここにいなかったかもしれない」
「怖いから戦う……」
繰り返して、椿は自嘲気味に笑ってみせた。
「随分と卑屈な考え方ですわね」
565 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/16(月) 19:38:22.09 ID://P1Hl+o0
「そうかな。元来俺は卑屈な方なんだ」
軽く笑って、絆は冷蔵庫を指でさした。
「あまりで悪いが、ピザがある。
温めて食べていくといい」
「折角だけど……ご遠慮しますわ。
少しで戻ると言っていますの。
時間もあまりありませんし……」
椿はそう言って、声を低くして絆に囁いた。
「……先日、私のバーリェが
気になることを言っていました」
「……気になること?」
「AAD七百番台には、バーリェの
上位互換体以外を乗せてはいけないと」
弾かれたように顔を上げる。
566 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/16(月) 19:39:07.38 ID://P1Hl+o0
霧が、いつか言いかけていた言葉そのままだった。
あの時彼女は、睡眠薬による眠気に
負けて眠ってしまったが、確かにそう言った。
顔色が変わった絆に、椿は声を低くしたまま続けた。
「……その様子だと、やはり気付いているようですね。
どこまでご存知ですか?」
「……悪いが……君が知っているであろう以上のことは、
俺にも分からない。
ただ、AADに詰まれているシステムは危険だ。
あれにはリミッターが存在しない」
「リミッターが……ない?」
愕然と呟いた椿に、頷いて絆は言った。
「現に俺は、その影響でバーリェを亡くしている。
君こそ……君のバーリェは一体何て言っていたんだ?」
567 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/16(月) 19:39:43.62 ID://P1Hl+o0
「……『私以外を乗せれば、死にます』と
はっきり言われましたわ」
――おそらく、霧のように自己顕示欲が
強いバーリェなのだろう。
自分こそが一番優秀だと信じて疑わない
個体に当たったと見える。
戸惑った風の椿に、軽く笑いかけてから絆は言った。
「まぁ……バーリェによっても個人差はある。
そう主張したいのなら、させておけばいい。
いずれ自分の言っている意味が、分かる時が来る」
「…………」
「何もかも全部気負う必要はない。
俺だって、他のトレーナーだっているんだ。
何かあったら相談に来てくれ」
「……ありがとうございます」
568 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/16(月) 19:40:19.13 ID://P1Hl+o0
表情を落としたまま、椿はそう言って席を立った。
「そろそろ戻りませんと。お時間をとらせてしまい、
申し訳ありませんでした」
「いいんだ、気にしないでくれ」
そう言って、絆は一言付け加えた。
「……バーリェを大事にするんだ。
使い捨ての消耗品だろうと、この子達には心がある。
今はおぼろげでいい。理解してくれ」
「正直……まだよく分かりません」
椿は俯いてそう言った。
「ですが、何となく……
『理解してみよう』という気になりました」
軽く微笑んで、椿はドアの開閉ボタンを押した。
「では」
569 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/16(月) 19:40:55.94 ID://P1Hl+o0
彼女の姿が通路の向こう側に消える。
……まだトレーナーになりたての頃の、
自分にそっくりだ。
絆はそう思って苦笑した。
あの時は、よくこうやって絃と話し合ったものだ。
そこで絆は、呆れたようにこちらを
見ている純と視線を合わせた。
「どうした?」
純は聞こえよがしにため息をついてみせると、
本に視線を戻した。
「……いえ。特務官様は、私のお話を
一切お聞きになっていなかったのだなと思いまして」
「聞いてたさ。俺は、今の俺が思う正直な
気持ちを言ったに過ぎない」
570 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/16(月) 19:47:52.46 ID://P1Hl+o0
「私達は死ぬことに恐怖を感じません。
原則として、そういった風に調整されています」
「そんなことはない。雪だって、霧だって、
今は死にたくないと思ってる筈だ」
「それはお姉様達が、不完全なバーリェだからです」
断言されて、絆は口をつぐんだ。
「あなたは、圭お姉様に『生きろ』と
命令をされましたね?
その結果、彼女がどうなったかご存知でしょうか」
淡々と、抑揚なく純は続けた。
「圭お姉様は、自分の体が解剖されて開かれていく
様を見せられながら、その極限の状態の中、
脳が開かれる寸前まで意識を保っておりました。
発狂してもおかしくない状況で、
それでも尚彼女は生きようといたしました。
他ならぬ、あなたの。何とはなしに発したであろう
一言のために。その苦痛は、計り知れません」
571 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/16(月) 19:48:36.62 ID://P1Hl+o0
「…………」
「それでも尚、あなたは私にも『生きろ』と
ご命令をされますか?」
絆はだいぶ長いこと考え込んでいた。
しかし、彼は深く息を吐いてから、静かに言った。
「ああ。お前にも命令しよう。
最後の最後まで、『死ぬな』……何が何でも生き続けろ。
それが、お前に対する俺の、最初で最後の命令だ。
圭の時から、俺の考えは一切変わっていない」
「どうして……!」
純は本を閉じて立ち上がった。
そして肩を怒らせながら絆を睨みつける。
「どうしてそこまで頑ななのですか!
あなたの考えは、その方針は、
私達バーリェを不幸にします。
あなたはそれを自覚すべきです!」
572 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/16(月) 19:49:20.05 ID://P1Hl+o0
「自覚してるさ。その上で、
俺はお前に命令しているんだ」
「その命令は拒否いたします。
あなたに、私たちを理解することはできません!」
ヒステリーを起こしたように純が大声を上げる。
「頑ななのはお前の方だろう。
冷静になったらどうだ。
お前、勝手に自分を一番上のランクだと思っていないか?」
「……それは……」
静かに返した絆に、図星だったのか
純が歯噛みして口ごもる。
「俺はどのバーリェでも均等に扱う。
お前でも、雪でも、霧でも、その他の子でも同様だ。
そこにはランクなんてないし、
性能の差なんて問題じゃない。
生命の重さは、全員一緒だ」
573 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/16(月) 19:50:03.17 ID://P1Hl+o0
絆がそう言った時だった。
不意に、飛空艇内にけたたましい音の
サイレンが鳴り響いた。
飛び起きたのか、慌てて
隣の部屋のドアを開けて渚が走ってきた。
「何ですか! 警報ですか?」
混乱しているのか、
渚が慌てふためいて声を張り上げる。
絆は片手でそれを制止してから呟いた。
「敵か……?」
「この警報は、敵襲に間違いないですね。
接近を察知されましたか」
淡々とそう言って、純は絆を見た。
「雪お姉様と、霧お姉様は薬で動けません。
私が、迎撃に出ます。
特務官様は、この中にいてくださいませ」
574 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/16(月) 19:50:46.61 ID://P1Hl+o0
「駄目だ」
しかしそれを打ち消して、
絆は傍らの渚に掴まりながら立ちあがった。
「俺達も一緒に行く。お前だけじゃ不安だ」
純が歯を噛んで口を開きかけたところで、
部屋の扉が開いた。
上層部の認証キーがないと、
外部からトレーナーの部屋を開くことは出来ない。
息を切らした駈が、部屋に駆け込んできた。
「絆特務官、出撃だ!
多数の死星獣に艦が取り囲まれている。
七百番台の機体を使いたまえ!」
「……了解した」
頷いて、絆は車椅子に座り込んだ。
「行くぞ、純。準備をしろ」
抑揚を抑えて、彼はそう言った。
575 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/16(月) 19:52:15.38 ID://P1Hl+o0
お疲れ様でした。
次回の更新に続かせていただきます。
ツイッターやスレを通して沢山のご感想、
ありがとうございます!!
皆様から元気を頂戴しています!
引き続きご意見やご感想、ご質問などが
ございましたら、お気軽に書き込みを
いただけますと嬉しいです。
それでは、今回は失礼させていただきます。
576 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/04/17(火) 09:00:52.58 ID:Lbho4t0IO
乙
577 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(神奈川県)
[sage]:2012/04/18(水) 15:54:22.97 ID:LOK6N2UDo
SS速報復活してるー!
いつも楽しみにしてます
578 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/18(水) 19:11:32.37 ID:P18S44Kp0
こんばんは。
最近やっとGoogleIMEを導入しまして、その性能に
ただひたすら驚いております。
楽しみにしていただけて嬉しいです。
これからも楽しんでいただけるよう、努力していきますね。
それでは、続きが書けましたので投稿をさせて頂きます。
579 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/18(水) 19:18:17.41 ID:P18S44Kp0
夜中の艦内に警報が鳴り響いた。
雪と霧が万が一起きてくると面倒なので、
担当の女性職員を呼んで彼女達を任せておく。
そして絆は、職員達に支えられながら
何とかコクピットに乗り込んだ。
純が接続されると、すぐに機体の
電源がつき通信が入った。
モニターに駈の顔が表示される。
「全テノ設定ヲパーンクテンション。
システム、殲滅(ジェノサイド)モードヲ起動シマス」
AIの声を聞きながら、絆は駈に言った。
「この機体は飛ぶことはできるのか?」
『可能だ。大恒王とほぼ同じフライトシステムを
組み込んである。そのバーリェの性能なら、
最初からフルスロットルでの行動が可能だ』
580 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/18(水) 19:18:59.81 ID:P18S44Kp0
「了解。純、行けるな?」
「勿論です」
頷いて純が操縦桿を握る。
「ハイコアの接続を確立。全武装ノロックヲ解除。
視界確保、レディ。エネルギーラインヲシルバーデ確立。
AAD七一八型、起動シマス」
鈍重な陽月王にそっくりな機体――
スペック2とも言えるそれは、
格納庫内でゆっくりと立ち上がった。
『絆特務官。お供します』
そこで椿の顔が表示された。
フライトシステムを組み込んだ七百番台の
AADは一機だけではない。
合計で五機スタンバイしていた。
581 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/18(水) 19:19:34.62 ID:P18S44Kp0
椿の脇に座っている二人のバーリェを見て、
絆は口を開いた。
「君のところはデュアルコアか
……君も、乗っているんだな」
『はい。私は今合計で四体のバーリェを
管理しています。二十四時間対応できますわ。
それに……乗らなきゃ分からないことって、
きっとあると思うのです』
「頼もしい。俺の背後を頼む」
『了解しました』
頷いて椿も操縦桿を握る。
絆も、腕を無理やり伸ばして操縦桿を握った。
隣の席で渚が口を開く。
「陽月王、スペック2リフトオフします」
582 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/18(水) 19:20:31.89 ID:P18S44Kp0
脚部のキャタピラが回転し始める。
そしてスペック2は、そのまま開いている
ハッチから空中に踊り出た。
機械人形の背部に、同じくらいの大きさの
ブースターと飛翼が装着されている。
それに点火し、スペック2は軽々と宙に浮いた。
「マイクロホワイトホール粒子ノ
生成ヲ開始シマス。
武装、ロータイプ『簡易メルレダンデ』ノ
スタンバイヲ開始シマス」
メルレダンデ……圭が使用した、
広範囲極破壊兵器の一つだ。
「出力が大恒王の十分の一で安定しました。
可動域クリア。
駆動限界まで、あと一時間四十七分です」
渚が口を開く。
583 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/18(水) 19:21:15.93 ID:P18S44Kp0
心なしか彼女の息が荒い。
まだ怪我が完全に治っていないのだ。
絆も同様だった。
腕と足が痛み、思わず息をついた絆に、
純は一瞥もせずに口を開いた。
「特務官様……やはり休んでいてください。
私一人で十分です」
「悠長に話している暇はない。来るぞ!」
艦が、いつの間にか数十体の死星獣に囲まれていた。
金色のそれが、真っ赤に発熱をはじめる。
あの水蒸気爆発兵器で襲われたら、
艦はひとたまりもない。
スペック2の肩部装甲と脚部装甲が開き、
中の四角形のキューブ体が高速回転をはじめる。
584 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/18(水) 19:21:55.62 ID:P18S44Kp0
大恒王に比べれば、本当に微弱な
威力のエネルギー兵器だ。
しかし贅沢は言っていられない。
今はこの機体で戦うしかないのだ。
他の機体も、簡易メルレダンデを
展開しようとしていた。
それより一拍早く、純が動いた。
「簡易メルレダンデノセットアップを持続中。
シィンケルハンドブレードヲ展開シマス」
AIがナビを言い終わる前に、何の予備動作もなく
彼女は肩部ブレードを抜き放つと、
それに銀色のエネルギーをまとわりつかせながら、
一気にブースターを最大点火で踏み込んだ。
凄まじいGが絆と渚を襲う。
585 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/18(水) 19:22:28.58 ID:P18S44Kp0
思わず体を丸めて硬直した渚を抱きかかえた絆の目に、
スペック2がブレードで
近くの死星獣を一刀両断にするのが見えた。
人間でさえも知覚が難しい速度だった。
「次」
純は機械のように呟くと、態勢を崩した
死星獣達の群れに機体を突っ込ませた。
流星のように異様な軌道で移動したスペック2は、
そのまま数体の死星獣を切り飛ばし、爆発させた。
「遅い……敵も味方も……!」
吐き捨てて純は、機体を空中にホバリングさせながら、
キューブ体を群れが一番密集している場所に向けた。
「……消えなさい」
「チャージ完了。簡易メルレダンデ、発射シマス」
586 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/18(水) 19:23:12.44 ID:P18S44Kp0
AIの声と共に、真っ白い光が
正面に向けて発射された。
リング状の衝撃波が周囲に広がる。
それは死星獣達を数十体も巻き込むと、
一気に収縮して、そしてぐんにゃりと歪み掻き消えた。
遅れて、やっと味方のAADが動き出す。
小規模なメルレダンデを放ち始めた味方を見て、
純は舌打ちをした。
「後手に回りすぎです。これじゃ艦に損害が出る……!」
「味方の戦力を信用しろ!
お前はお前の動きで目の前の敵を叩け!」
凄まじい速度で機体が空中を移動している中、
絆は声を張り上げた。
全く気になっていないのか、
純は鼻を鳴らして操縦桿を握りこんだ。
587 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/18(水) 19:23:47.85 ID:P18S44Kp0
「戦力? 私以外の何が役に立つっていうのですか」
「お前……!」
絆は押し殺した声を発して、
無理矢理に手を伸ばして操縦桿を握った。
「何をしているのですか!
特務官様はシートに掴まっていてください!」
「思い上がっているお前に、
操縦を任せることはできない。
こちらにメインシステムを切り替えるんだ!」
「は……はい!」
渚が頷いて、操縦権を絆に譲る操作をする。
純は
「どうして!」
と怒鳴って、慌てて操縦桿を何度も引っ張った。
588 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/18(水) 19:24:24.24 ID:P18S44Kp0
スペック2が空中で静止し、
もう片方のブレードを肩から抜き放つ。
二刀を構えて、絆の操縦で機械人形は宙を飛んだ。
「く……っ……」
腕の痛みに顔をしかめながら、
絆が近くの死星獣のことを切り飛ばす。
確かに純はハイスペックなバーリェだ。
しかし決定的な何かが欠けている。
まるで、霧がロールアウトされた直後のように。
彼女のように全てを見下しているわけではないが、
達観しすぎている。
連携も何もあったものではない。
『絆特務官、ご無事ですか!』
589 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/18(水) 19:24:57.46 ID:P18S44Kp0
そこで椿の声が聞こえ、
彼女の機体がスペック2の後ろについた。
背中合わせにホバリングしつつ、
絆は脂汗を額に浮かべながら言った。
「体調に異常を感じたら、
こちらに任せて即帰還するんだ。
墜落する事が一番怖い」
『了解です。特務官こそ、大丈夫ですか?
顔色が真っ青です』
「問題ない。これくらい……!」
「残存死星獣、三十体を切りました!
水蒸気爆発が来ます!」
残った死星獣達が、腕を伸ばして輪のようにし、
AAD達と飛空艇を取り囲んだ。
その体が真っ赤に発熱し始める。
590 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/18(水) 19:25:28.50 ID:P18S44Kp0
「性懲りもなく……!」
絆は怒鳴って、操縦桿を握りこんだ。
「私にやらせてください!
どうしてあなたが操縦しなければいけないのですか、
非効率的です!」
純が悲鳴のような声を上げる。
絆は、しかし彼女を無視して渚に向かって声を貼り上げた。
「エンクトラルライフルを使う! スタンバイ!」
「はい!」
機体の後部から幾段かに分かれた砲口がせり出す。
それを前方に向け、
絆は空中でホバリングしながら狙いを定めた。
「エンクトラルライフル、フルチャージ。撃テマス」
591 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/18(水) 19:26:05.02 ID:P18S44Kp0
AIの声が聞こえる。
「特務官様! 早く私に迎撃させてください!
私の方が……私の方が、上手くこの機体を使えます!」
純が悲痛な声を上げる。
しかし絆は
「うるさい!」
と押し殺した声でそれを一喝すると、
照準を更に調節した。
「お前一人で戦っている気になるな!
沢山の人が戦ってる。
沢山の人がこれに関わってる!
俺も、渚さんも、みんなここにいるんだ。
勘違いも甚だしい、
何が『効率』だ! 寝言は寝て言え!」
592 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/18(水) 19:26:37.03 ID:P18S44Kp0
「このままでは艦が沈みます!
私達も、この機体では耐えられません!
迎撃させてください!」
食い下がる純を無視し、
絆は死星獣の一体に照準を定めた。
そしてその体が真っ赤に発熱しきる瞬間。
引き金を引いた。
エネルギーのライフル弾が、
正確に死星獣の一体の胸部を
貫通して向こう側に抜ける。
コアまでをも貫通した正確な一撃だった。
抜けられた死星獣は、一瞬動きを止めると、
次の瞬間、凄まじい勢いで膨張した。
三倍ほどの大きさに風船のように膨れ上がり、炸裂する。
593 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/18(水) 19:27:36.10 ID:P18S44Kp0
「連鎖爆発が起こります、衝撃に備えてください!」
飛空艇と味方に向かって渚が大声を上げる。
途端、誘爆というのだろうか。
次々と連鎖するかのように、
発熱しきって熱を放出しようとしていた
死星獣が爆発を始めた。
周囲がグラグラと揺れ、
真っ黒なブラックホール粒子が吹き荒れる。
飛空艇を守るように五機のAADが浮かび、
何とかそれを防ぐ。
数秒後、パラパラと死星獣だったものが
空中に飛び散った。
「そんな……一発で……?」
呆然と純が呟く。
594 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/18(水) 19:28:14.57 ID:P18S44Kp0
「熱膨張を起こしていたと思われる死星獣が、
全て連鎖爆発を起こしました!
周囲にこれ以上の死星獣の反応は確認できません!
迎撃に成功しました!」
渚が上ずった声を上げる。
『……手柄だな、絆特務官……
どうして奴らが熱波を発する寸前にコアを撃ちぬくと、
その熱に引火して爆発すると気づいた?』
駈に通信で問いかけられ、絆はくぐもった声を返した。
「勘だ……ただの……」
そこまで言った時だった。
絆の喉に、不意に血なまぐさい感触がせり上がってきた。
猛烈な吐き気に耐え切れず、
絆は手で口を抑えて激しく咳き込んだ。
595 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/18(水) 19:28:44.47 ID:P18S44Kp0
「絆特務官!」
渚が慌てて操縦を純に切り替え、
絆を抱きかかえる。
『特務官、どうされたのですか!』
椿の声が聞こえる。
絆は何度か咳き込むと、
胸の痛みの後に手の平に真っ赤に
血が付着しているのを見て、青くなった。
「何だ……これ……」
「……絆特務官が吐血しました!
至急保護を願います!」
渚が声を張り上げる。
「特務官様……?」
596 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/18(水) 19:29:18.01 ID:P18S44Kp0
呆然として純が呟くように言った。
「ど……どうされたのですか?
私が、無理な操縦をしたからですか……?」
それに答えようとして、凄まじい胸の激痛に、
絆は体を丸めてまた血を吐いた。
渚が彼のシートベルトを外し、
ベルトの部分の胸部、腹部がへこんでいるのを見る。
肋骨が折れて、肺か胃に突き刺さっている可能性が高い。
「安心してください、私は救護士の資格も持っています。
血を、飲み込まないで無理せず吐いてください。
呼吸器を装着します!」
渚が声を押し殺して、コクピット内に装着されていた
簡易AEDセットを手に取る。
絆は胸を抑え、急激に落ちていく意識の中、
何とかそれを保とうとして失敗し。
一つ呻いて、暗い意識の底に落ち込んでいった。
597 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/18(水) 19:31:05.10 ID:P18S44Kp0
お疲れ様でした。
次回の更新に続かせて頂きます。
ツイッターやスレを通して、沢山のご感想、
ありがとうございます!!
引き続きご意見やご感想、ご質問などがございましたら、
お気軽に書き込みをいただけると嬉しいです。
それでは、今回は失礼させて頂きます。
598 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/04/18(水) 19:38:07.92 ID:lvo5b/kIO
乙
599 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/04/18(水) 21:26:01.89 ID:U17VCWUDO
乙。
600 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(東京都)
[sage]:2012/04/18(水) 21:34:54.28 ID:e1We6Ou1o
おつつ
一時の平穏だなぁ
601 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/04/19(木) 06:58:31.20 ID:9iJn05DIO
この後の純と絆の絡みが楽しみだ
乙乙
602 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/19(木) 18:16:14.62 ID:Xk7rhViu0
こんばんは。
沢山のご感想、ありがとうございます!
ツイッターなどでもいただいています。
ありがたい限りです。
続きが書けましたので、投稿をさせて頂きます。
お楽しみいただければ幸いです。
603 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/19(木) 18:59:51.65 ID:Xk7rhViu0
*
「特務官様……特務官様?」
呼びかけられ、絆は目を開いた。
腕も、足も動く。
包帯もギプスもはめられていない体だった。
自分のその様子に少しの間呆然とした後、
絆はゆっくりと顔を上げた。
波が打ち寄せる、どこまでも広がる海岸だった。
白い砂浜に、照りつける太陽が逆に不自然だ。
海の色は、透き通るほど透明だった。
車椅子をきしませて、絆のことを見下ろした
少女が、静かにまた問いかけた。
604 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/19(木) 19:00:32.17 ID:Xk7rhViu0
「起きていらっしゃいますか?
……お久しぶりです」
「け……圭?」
思わず呟いて、絆は慌てて立ち上がった。
圭は、一つ頷いて車椅子を絆の方に向けた。
白いワンピースを着ている。
彼女は絆にどこか寂しい顔で軽く微笑みかけてから、
視線を伏せた。
「ごめんなさい……特務官様のご命令を
守ることができませんでした……」
「圭……なのか?」
「はい。あなたが圭と呼んで下さった個体です」
「お前は、死んだんじゃなかったのか……?」
605 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/19(木) 19:01:42.43 ID:Xk7rhViu0
ポツリとそう呟くと、圭は小さく
それを笑ってから答えた。
「はい。私の体は既に死んでいます。
私という『個人』は、もうこの世に存在しません」
「ちょっと待ってくれ……ここは、どこだ?」
絆は慌てて周りを見回した。
途端、空間がぐんにゃりと形を変え、
絆達を囲むように、直径二十メートルほどの
白い正方形になった。
海も、空も、全てが塗料で白い壁に
塗装されているかのような様相を呈している。
「ごめんなさい……私、本当は海を
見たことがありませんので。想像なのです」
「圭……? 俺も……死んだのか?」
606 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/19(木) 19:02:16.26 ID:Xk7rhViu0
状況がさっぱり分からず、情けない声を発する。
圭はまたクスリと笑うと、
絆に向かって口を開いた。
「いいえ。ここは『バーリェ』の中です」
「バーリェの中……?」
いつか見た夢の、愛と命が遊んでいた光景が蘇る。
その夢と、今の状況が酷似していた。
「どういう意味だ? バーリェの中って
……お前の心の中なのか?」
「いいえ。特務官様はひとつ、
大きな思い違いをしています」
圭が静かに言う。
「思い違い……?」
607 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/19(木) 19:02:55.89 ID:Xk7rhViu0
「はい。あなたは、私達のことを人間と
同じ生き物だと思っているようですね」
彼女は目を伏せて続けた。
「私達は、概念からして人間とは異なる生き物です。
互いが繋がり合っている生命体とでも言えば
いいでしょうか。
死んでも、その繋がりは途絶えることがありません」
「……意味が分からない。もっと、
分かるように説明してくれ」
「私達は、死んでも元の一つの生命体に戻るだけです。
人間とは、その部分が大きく異なります。
『バーリェ』とは、一つの大きな『意思』であり
一個の生命体です。
あなたが接していた『圭』という人格は、
その一端末に過ぎません」
圭の姿がノイズがかって歪んだ。
608 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/19(木) 19:03:36.28 ID:Xk7rhViu0
そしてテレビの砂画面のようになり、
今度は優の姿が現れる。
優は両手を絆に向かって振って、
嬉しそうに笑った。
「絆、久しぶり。元気にしてた?」
「優……?」
「私達って、死んだら一つになるんだ。
だからバーリェは、各端末が死んでも、
元のデータが残ってる限り複製が可能なの」
優の姿がノイズがかり、今度は文の姿が投影された。
『ご迷惑をお掛けしました。絆さん』
手話を送られ、絆は目を見開いた。
「文も……お前達、まだ生きてたのか!」
609 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/19(木) 19:04:21.54 ID:Xk7rhViu0
『状況が理解できないのは分かります。
ですが、今回は「バーリェ」があなたの「意思」に
コンタクトをとることを決定しました。
私達は、その端末情報から複製された
データの一つに過ぎません』
また文の姿が掻き消え、元の圭の姿に戻った。
圭は砂浜に車椅子をゆっくりと進め始めた。
正方形だった空間が歪んで、
またどこまでも広がる砂浜を形作る。
慌ててそれを追った絆が脇に並んだのを見て、
圭は口を開いた。
「驚きましたか? 他にも、『バーリェ』は、
あなたの望む端末情報を提供することができます」
「つまり……バーリェの核のようなものがあって、
お前達はその核から複製された
データに過ぎないと言いたいのか?」
610 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/19(木) 19:05:09.68 ID:Xk7rhViu0
「そうです」
「死んだら、その情報が核に統合されて
また一つに戻る。
だから、意識生命体として
存在することができると……?」
「……あなたが瀕死の状態になった時、
バーリェの統合体は、意思にアクセスしやすくなります。
人間の意識も、簡単に言ってしまえば
データの集合体です。
あなたの意識をハックして、その中に潜り込んでいます」
ゆっくりと進みながら、圭は前を向いた。
「俺が、今瀕死の状態……?」
「はい。右肺に大きく穴が開いてしまっています。
このままでは、遅からず
あなたは死んでしまうことと思われます」
「…………」
611 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/19(木) 19:05:42.45 ID:Xk7rhViu0
「私達バーリェは、あなたという一個人に
対して特別な興味を抱いています。
少々お時間をとらせていただき、
一つ質問をしてもよろしいでしょうか?」
圭はそう言って、絆に向かって続けた。
「……あなたは、私の端末の一つ、
この子に対して『生きろ』とご命令をされましたね?」
「この子って……お前のことか?」
「端的に言ってしまえばそうなります」
「……ああ。俺は確かにそう言った」
「どうしてそんなことを言ったのですか?」
「…………」
黙り込んだ絆の脇で車椅子を止め、
圭は彼の顔を見上げた。
612 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/19(木) 19:06:16.87 ID:Xk7rhViu0
「不思議な事に、この子……『圭』は、
それに対して満足しているようなのです。
その理由が、しかし圭自身にもよく分からないようです」
「俺は……」
絆は息を吸って、そして困ったように笑った。
「俺は、ただ単にお前達に生きていて欲しかっただけだよ。
守ってやりたかっただけだ。
それ以上の意味も、それ以下の意味もない」
「その理由をお聞きしたいのです」
圭の左目だけの丸い瞳に見つめられ、
絆はそれを見下ろして言った。
「お前達が意識生命体だったとしても。
俺は、お前達を、俺達と何ら変わらない生き物だと思うから。
だからさ」
「…………」
613 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/19(木) 19:06:56.04 ID:Xk7rhViu0
「誰だって死にたくないだろう。
俺だってそうだ。
生きたいと願うのが当たり前だ。
だから俺は、お前達を守ると決めたんだ」
「だから生きろと命令したのですか?」
「そうだ。それが当たり前のことだと思うから、
俺はお前達に命令した。何か……おかしかったかな」
「いいえ……おかしいとは思いません。
思いませんが……
あなたは随分他の『人間』とは違うのですね」
「最初からこうだったわけじゃない。
お前達を何人も犠牲にして、そして得た結論だ。
お前達がいなければ、
俺はここまで変わることはできなかった」
絆はそう言って息をついた。
そして圭の頭に手をポン、と置く。
614 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/19(木) 19:07:32.90 ID:Xk7rhViu0
「理解しようとはしなくていい。
別に理解しなくても、俺はお前達を否定したり、
利用したりはしない。
だから……な? 一緒に、生きていこうよ」
「…………」
「死ぬのが当たり前だなんて、悲しいことを考えるな。
俺達はみんな生きている。
生きるために生きてるんだ。
だから、難しいことは何もない」
「…………」
「そう、俺は思うよ」
圭は俯いて、だいぶ長いこと沈黙していた。
そして顔を上げる。
一瞬絆はドキッとして息を詰めた。
瞬きをする間に、
車椅子には白と赤の軍服を着た桜が座っていた。
615 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/19(木) 19:08:10.80 ID:Xk7rhViu0
「桜……」
「絆様、お元気でしたか?」
ニッコリと微笑んで、桜は頭を深く下げた。
「この節は大変なご迷惑をお掛けしました。
非常に心苦しく思っております」
「何を言ってる……?
俺は……お前を、殺したんだぞ?」
かすれた声でそう言った絆に笑いかけ、桜は続けた。
「私達は死んでも意識が消えません。
データとして残ります。
ですから、何も気負うことはありません」
「それでも……気負うよ」
寂しそうに呟いた絆の手を握り、
桜は車椅子から立ち上がった。
616 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/19(木) 19:08:48.26 ID:Xk7rhViu0
そして絆の手を引きながら歩き出す。
「……絃様は、世界の持つ歪みに気づいてしまわれました。
元老院の隠している大きな事実を、知ってしまったのです」
振り返らずに、淡々と桜が話しだす。
「そしてその歪みを修正するためには、
あなたの存在が邪魔なのです。
絃様の本当の狙いは、バーリェの存在を肯定して、
その意義を証明してしまっている
『あなた』を消すことです」
「何だって……?」
思わず問い返した絆に、桜は頷いて振り返り、言った。
「バーリェは、人間の生きているこの世の中に
存在してはならないロストテクノロジーの一つです。
元老院は、それを起動させてしまいました。
そして、それと同時に死星獣も起動され、
世の中に解き放たれることになりました」
617 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/19(木) 19:09:31.11 ID:Xk7rhViu0
「え……?」
呆然として絆は立ち止まり、桜を見下ろした。
「バーリェを作るシステムが起動したから、
死星獣を作るシステムも起動したって……?
そういうことか?」
「はい。そして元老院は、そのシステムを止める方法を
知りません。それ故、システムは暴走を続け、
今ではバーリェでも死星獣でもない個体を作り上げる程に
膨れ上がってしまいました。
バーリェを根絶やしにしない限り、
副作用として死星獣は現れ続けます」
断言した桜の言葉の重みを推し量ることができずに、
絆はしばらくの間沈黙していた。
やがて息をついて首を振る。
「……そのシステムはどこにある?」
「この世にはもう存在しません」
618 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/19(木) 19:10:15.27 ID:Xk7rhViu0
「存在しないシステムから、
君達は生み出されてるっていうのか?」
「この世には存在しませんが、
相違的な多元次元境界には存在しています。
ですから……」
「待ってくれ。君の言っている意味が分からない」
「私達は、多元次元境界から来た生命体です。
端的に言ってしまえは、
平行世界の地球上に存在していたシステムです」
「平行世界……?」
意味が分からず、呆然と呟いた絆に桜は続けた。
「……やはりこの話をするのは、
時期尚早だったのかもしれません。
理解をしろということが無理なのは分かっています。
でも、心の片隅には留めておいてください」
619 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/19(木) 19:10:54.12 ID:Xk7rhViu0
「じゃあ……死星獣を根絶やしにすることは
出来ないっていうのか?」
桜は一瞬とても寂しそうな顔をした。
しかしすぐに、どこか壊れたような
笑顔を貼り付けて絆を見た。
「私達をこの世界に具現化させていてる
端末が存在しています。
それを破壊すれば、私達もろとも、
一時的ですが死星獣の発生を止めることは出来ます」
「その端末は?」
絆はそれを問いかけてふと思い出した。
駈が、絃が「天使一号」を盗み出したと言っていたことを。
彼の考えを読んだのか、桜は頷いて言った。
「天使が、私達を具現化させている要素の一つです。
天使一号は、その中の細分端末です」
620 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/19(木) 19:11:24.89 ID:Xk7rhViu0
「元となる天使が存在しているのか……!」
「はい。元老院が持っています。
絃様は、その破壊を大義名分に、
元老院を見つけようとしています」
――私達でさえも存在を知らない組織に……。
駈の言葉が頭の中を回る。
死星獣の攻撃により、今や全世界の六割は壊滅状態だ。
それでも、元老院がやられたという噂は聞かない。
はっきりと新世界連合が敵だ、と明言していてもだ。
存在しない。
「ない」組織。
絆は頭を抱えてよろめいた。
「元老院は……もしかして……」
621 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/19(木) 19:12:04.67 ID:Xk7rhViu0
「おそらくあなたが今想像した通りです」
桜は頷いて、淡々と言った。
「元老院という人間達は、多分存在していません。
私達と同じような、統合的データ生命体だと思われます」
「俺達は……データ生命体の
指示を受けて今まで動いていたっていうのか!」
「そうなります」
桜は寂しげに笑って付け加えた。
「それが何なのかまでは、私も分かりませんが」
「……どうしてそんな話を俺にする?」
問いかけた絆に、桜は頷いてから言った。
「あなたが、とても『人間らしくなかった』からです。
どちらかと言うと、私達の世界の人間に似ていた。
だから興味が湧いたのです。
人は、あなたのような人間のことを
『変種』というのでしょうね」
622 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/19(木) 19:12:39.79 ID:Xk7rhViu0
桜はそう言って、腕時計に視線を落とした。
「……もうじきあなたの意識が覚醒します。
ハックが解けます」
「待て! まだ聞きたいことは沢山ある!」
「残念ながらタイムアウトです。
私達は、これからあなたの体の治癒力を高めるため、
あなたの体組織に対してハックを行います。
それ故通信は途絶されます。ご了承ください」
桜の姿が、ザザッ、と音を立てて歪む。
「待てよ! 桜、みんな!」
慌てて桜の肩を掴もうと手を伸ばした絆の体が、
彼女の体をすり抜けた。
623 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/19(木) 19:13:11.57 ID:Xk7rhViu0
呆然とした絆の方を向いて、桜はそっと微笑んだ。
「また会いましょう。あなたが、
まだ無事でいられたら。
そして、私達が、まだこの次元に存在していることが
許されれば。また」
ズキッ、と絆の胸が痛んだ。
呻いてしゃがみこんだ絆の前で、
桜はぼんやりと歪み、そして掻き消えた。
「待て……よ……」
胸を抑えて手を伸ばす。
しかし絆は、体から急速に力が抜けていくのを感じ。
抗いがたい倦怠感に、ゆっくりと目を閉じた。
624 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/19(木) 19:15:05.49 ID:Xk7rhViu0
お疲れ様でした。
次回の更新に続かせて頂きます。
桜が満開になって参りました。
いよいよ春ですね。
冬が長かったと思う分、嬉しいものです。
引き続きご意見やご感想、ご質問などがございましたら、
お気軽に書き込みをいただけますと嬉しいです。
それでは、今回は失礼させて頂きます。
625 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(大阪府)
[sage]:2012/04/19(木) 19:18:32.48 ID:9QF1OZf1o
乙!
626 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/04/19(木) 19:25:54.48 ID:7qoDJxPSO
乙。衝撃の展開が来たなぁ
627 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/04/19(木) 19:31:31.51 ID:IXYthN5IO
乙
628 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(神奈川県)
[sage]:2012/04/19(木) 19:40:44.64 ID:r0OCSA9Io
さくらぁ・・・
629 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/04/20(金) 00:06:54.76 ID:r/39EsHjo
乙
俺のとこは既に葉桜なり
630 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/04/20(金) 07:16:35.80 ID:7/IszweIO
元老院が生身でない…だ…と…!!
631 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/21(土) 21:32:04.55 ID:+IntTbT/0
こんばんは。
ツイッターなどを通して沢山のご感想、ありがとうございます!
元老院はデータ生命体であるという話が出ましたね。
これから詳しく書かせていただこうと思っています。
私の住んでいるところも、もうじき桜が散ってしまいそうです。
丁度今日が満開でした。綺麗でした。花はいいですね。
それでは、続きが書けましたので投稿をさせて頂きます。
楽しんで頂けましたら幸いです。
632 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/21(土) 21:36:45.51 ID:+IntTbT/0
絆はゆっくりと目を開いた。
飛空艇が飛行する低音が響いている。
自分を囲むように、コクリコクリと
首を揺らしている渚の姿がまず目に入った。
ソファーには、互いに寄りかかるようにして
雪と霧が眠っている。
パラ……と本をめくる音が止まり、
絆が眠っているベッドの隣の椅子に、
腰を下ろしていた純がこちらを向いて口を開いた。
「おはようございます……という表現は
おかしいかもしれませんね。
現在は、夜半の二十時を回っております」
「ここは……」
「フォロントンに向かう途中の飛空艇の中です。
あなたは、戦闘後二十二時間三十分程昏睡状態でした。
まだ体に麻酔が残っていると思います。
動かないほうがいいです」
633 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/21(土) 21:37:30.17 ID:+IntTbT/0
確かに、言われた通りに体に感覚がない。
鼻には奥まで長いチューブのようなものが
取り付けられている。
呼吸器だ。
慌てて胸を見ると、包帯が幾重にも巻かれていた。
「手術(オペ)をしたそうです。
驚異的な生命力だと皆様が仰っていました。
私は、もう目を覚まさないものと思いました」
淡々とそう言って、純は立ち上がって近づくと、
ナースコールのボタンを押した。
そして絆の額に自分の手を当てる。
「熱は……まだありますね。
抗生物質の投与を大量に行ったようですが、
その副作用だと思われます」
「お前……」
634 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/21(土) 21:38:38.38 ID:+IntTbT/0
くぐもった声でそう言って、絆は続けた。
「ずっと、俺の隣にいたのか……」
「はい。私は眠りませんから。
待機をしておりました」
また椅子に座り、純は眠っている渚を
起こさないように配慮したのか、声を低くして言った。
「特務官様にお聞きしたいことがございまして
……よろしいでしょうか?」
「……何だ?」
「…………」
「どうした?」
「いえ……どうしてあの戦闘で、
あそこまでの戦果を上げることができたのですか?
私は、艦が落ちる確率が高いと踏んでおりました」
635 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/21(土) 21:39:19.10 ID:+IntTbT/0
「…………」
絆は小さく咳をしてから、雪と霧を見た。
「バーリェは……俺達人間は、
一人じゃ生きていけないんだよ……」
かすれた声で、絆は続けた。
「……俺は、お前達の性能を信じてる。
だから、最後まで構えることが出来た。
お前には、まだよく分からないかもしれないが……」
「…………」
「計算で何もかもが成り立ってるんなら、
こんな状況は発生してない。
こんな世の中にはなっていない。
計算で成り立たないから……だから歪みが出てくるんだ。
俺はそれをよく知ってる……
だから、結果的にお前達を信じて『勝つ』ことが出来た」
636 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/21(土) 21:39:57.29 ID:+IntTbT/0
「信じて……いたのですか?」
「信じなければ、同乗したりはしない……」
絆がまた咳をしたところで、部屋の扉が開いて、
バタバタと看護師たちが入ってきた。
慌てて渚が飛び起きて、
絆に覆いかぶさるようにして顔を覗き込む。
「絆特務官! 目が覚めたのですか!」
「……ああ。問題ない。
麻酔のおかげで痛みも感じないな……」
軽く笑った絆を、看護師たちが機械的に処置し始める。
そこでブーツのかかとを鳴らしながら、
駈が女性職員達を伴って部屋に入ってきた。
「君の目が覚めたと聞いて、
急いでこちらに伺った。大丈夫か?」
637 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/21(土) 21:40:37.53 ID:+IntTbT/0
意外にも駈に心配され、絆は苦笑してそれに答えた。
「……あんたに心配されるとはな。
もうじきこの飛空艇も乱気流に突入するらしい」
「それだけの口がきければ問題はない」
駈はそう言って壁に寄りかかると、
看護師の一人が差し出した
カルテを受け取って目を通した。
「……君のオペは私が行った。
意外に思うかもしれないが、私は医師の免許も持っていてね。
施術は完璧に終わったつもりだったのだが、
君の体力が保つかどうかは一種の賭けだった」
「そうだったのか……感謝する」
軽く頭を下げた絆は、鼻に刺さっているチューブを
手にとって引き抜こうとし、
慌てて看護師達にそれを止められた。
638 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/21(土) 21:41:16.69 ID:+IntTbT/0
「フォロントンに着くまでは絶対安静だ。
一応作戦内容を持ってきたが……読み上げるか?」
駈が手に持っていた資料をヒラヒラと振る。
そこで純が椅子から立ち上がって、
駈から絆を守るように間に立った。
「……恐れながら、本部局長様にご意見がございます」
「何だ?」
怪訝そうに言った駈に、純は淡々と続けた。
「今後一切の戦闘には、私が単独で出撃します。
特務官様を止めていただきたく、ご意見陳情いたします」
「純、お前……」
言いよどんで口をつぐむ。
この子は、決して自己顕示のために言っているわけではない。
それを直感で感じたのだった。
639 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/21(土) 21:42:07.02 ID:+IntTbT/0
黙り込んだ絆を横目で見て、
駈は手元の資料に視線を落とした。
「彼が乗るかどうかを決めるのは私ではない。
彼自身の裁量に任せるようにと、元老院も言っている」
――元老院。
存在しない組織。
そして、存在しない、データ生命体の老人達。
夢の中で桜達が言っていたことを思い出す。
絆はまた少し押し黙った後、静かに口を開いた。
「フォロントンの一斉攻撃には参加する。
この子と、S678番(霧のこと)を使うつもりだ」
「特務官様!」
純が珍しく声を張り上げた。
640 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/21(土) 21:42:46.36 ID:+IntTbT/0
彼女は絆に向き直ると、明らかに怒った表情で続けた。
「あなたは今動ける状態ではありません。
端的に言いましょう。
私の性能をフルに発揮するためには、
あなたの同乗は邪魔でしかありません。
操作妨害をされたいのですか?」
「そのつもりはないし、足手まといになるつもりもない」
「じゃあ何故!」
悲鳴のような声を上げた純の剣幕に、
周囲の看護師達が動きを止める。
「安心しろよ。お前一人を死なせるつもりはないから……」
絆はそう言って、軽く笑ってみせた。
純はそこで、自分の手を彼が見ていることに気がついた。
握りしめた両拳は、わずかに震えていた。
641 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/21(土) 21:43:30.67 ID:+IntTbT/0
それは怒りから来たものだったのか、
それとも恐怖から来たものだったのか、
それは純には分からないことだった。
慌てて手を背後に隠し、純は食い下がるように続けた。
「私は死ぬつもりはありません」
「いや、お前は死ぬつもりだ。
そしてその事実を、心のどこかで恐怖もしている。
いくら死を覚悟していると口で言ったって、
お前は死んだことがないんだ。怖いに決まってる」
「それは単なる憶測です」
「憶測じゃない。何故なら、俺も怖いからだ。
怖い者同士、気持ちはよく分かる」
「……怖いなら同乗する必要は
どこにもないのではないでしょうか?」
絆は息をついて、腕組みをしてこちらを見た駈を一瞥した。
642 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/21(土) 21:45:09.72 ID:+IntTbT/0
そして純に向き直って言う。
「……やっぱり死ぬつもりだったな。
おおかた、バーリェのエネルギー融合炉でも
限界突破させて、新世界連合の拠点で
自爆をするつもりだったんだろう」
図星だったのか、純はそこで初めて口をつぐんだ。
そして何かを言おうとして失敗し、言葉を飲み込む。
「そんなことはさせない。
お前には俺のキーワードがあまり効果がないようだから、
意地でも同乗させてもらう」
「どうして……そこまでするのですか?
こんな私のために……」
口ごもった純の言葉にかぶせるように、
絆は静かに言った。
643 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/21(土) 21:45:48.56 ID:+IntTbT/0
「自分を卑下するのは、圭の影響か?
似てるな……俺はあの子にも言った。
『生きろ』って。それを守ってもらう。
一度した約束は絶対だ」
「…………」
「もうくだらない理由で、
お前達が死ぬのを見たくないんだよ……」
黙り込んだ純に渚が近づいて、
その肩にブランケットをかける。
「少し休んでこい。俺は、本部局長と
話すことがある。渚さんも、休んでくれ」
「分かりました」
渚が頷いて純を促す。
純が俯いたまま本を手にとって立ち上がった。
奥の寝室に彼女達が入っていったのを見て、
絆は息をついた。
644 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/21(土) 21:46:35.84 ID:+IntTbT/0
純は、顔には出ていないが相当疲れている。
それを肌で感じたのだった。
それはそうだ。
普通のバーリェなら死んでいてもおかしくない
レベルのエネルギーを搾り取られた直後だ。
疲れていない方がおかしい。
「君も大変だな」
駈がそう言って冷蔵庫まで歩いていって
コーヒー缶を取り出した。
そしてプルタブを開けて中身を口に流しこむ。
「……艦に損害は?」
問いかけると、駈は缶をテーブルに置いて、
椅子に腰を下ろした。
645 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/21(土) 21:47:08.68 ID:+IntTbT/0
「十五パーセントと言ったところか。
ブラックホール粒子により外部装甲がだいぶやられた。
もう一度襲撃されたら危ないな」
「敵はこっちの情報を察知してるのか?」
「その可能性が高い。バーリェの生体エネルギーを
感知しているのかどうかは分からんが。
いずれにせよ、ピンポイントで多数の死星獣に
襲われたことは確かだ。君が、本部で交戦した、
AAD型死星獣は見当たらなかったがな」
「…………」
「あれには、絃元執行官が乗っているのか?」
646 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/21(土) 21:47:47.89 ID:+IntTbT/0
問いかけられ、絆は弾かれたように顔を上げた。
「…………」
沈黙を返した絆に、彼は息をついて言った。
「君はどこかそれを確信していた。
だから全世界に対しての衛生ハックで
連絡をつけようとした。違うか?」
「……その通りだ。俺は、あれに乗っているのが
彼だと確信した。
何故かと言われると……ただの直感だが」
647 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/21(土) 21:49:06.48 ID:+IntTbT/0
お疲れ様でした。
次回の更新に続かせて頂きます。
引き続きご意見やご感想、ご質問などがございましたら、
お気軽に書き込みを頂けますと嬉しいです。
それでは、今回は失礼させて頂きます。
648 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(東京都)
[sage]:2012/04/21(土) 21:53:35.45 ID:8sGzszcfo
乙
なんでか、駈が良い上司っぽくなってきたね
絆は駈に何処まで話すんだろうか
楽しみだ
649 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(大阪府)
[sage]:2012/04/21(土) 21:55:25.89 ID:fIv/asvlo
乙
650 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(愛知県)
[sage]:2012/04/22(日) 08:42:44.07 ID:ngQ354C3o
狂骨はオワコン
651 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(愛知県)
[sage]:2012/04/22(日) 08:43:23.57 ID:ngQ354C3o
すまん、誤爆した
忘れてくれ
652 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/04/23(月) 06:33:29.47 ID:oKtF/iLOo
京極、か?
653 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(埼玉県)
[sage]:2012/04/24(火) 06:05:12.33 ID:38K9RHivo
乙乙!
654 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/24(火) 21:37:06.02 ID:2BLGZ8KQ0
こんばんは。
駈とはやはり分かり合えないのかもしれませんね……。
でも彼も変わってきましたね。
ツイッターのDMなどで沢山のご感想、ありがとうございます!
とても嬉しく、読ませていただいています。
それでは、続きが書けましたので投稿をさせていただきます。
お楽しみ頂けましたら幸いです。
655 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/24(火) 21:42:26.75 ID:2BLGZ8KQ0
「直感……? そんな不確定な第六感に、
私達は救われたというのか?」
「そうなるな……」
呟くように言って、絆は鼻のチューブを指でさした。
「これは抜いてはいけないのか?
喋りづらくて叶わない」
「抜けないと思うがな。
無理にやろうとすれば呼吸困難になる可能性が高い」
「…………」
ため息をついて、絆はベッドに横になったまま、
眠っている雪と霧を見た。
彼の視線を追うようにして駈が口を開く。
「……ここで寝かせていていいのか?」
656 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/24(火) 21:43:16.51 ID:2BLGZ8KQ0
「構わないだろう……渚さんのことだ、
薬はちゃんと飲ませてくれたと思うからな」
「信用しているようだな。あのクランべを」
淡々とそう言われ、
絆は少しムッとしてそれに言い返した。
「悪いか?」
「……君はやはり異様だよ。
同じ人間なのかと疑問さえも抱く」
それには答えず、駈はそう言ってサングラスを外し、
目頭を手で抑えた。
「おそらく、そのクランベにさえも異質に
映っているだろうな、君の姿は」
「何を言いたい……?」
657 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/24(火) 21:44:08.16 ID:2BLGZ8KQ0
「いや……単に元老院や医師団が研究するべきなのは、
このバーリェ達ではなく、本当は『君』で
あるべきなのではないかと、ふと思ってね」
平坦な声でそう返され、
絆は思わずゾッとして口をつぐんだ。
研究対象?
この男には、自分はそう映っているのか。
一瞬それに対して声を返せなくなったのだ。
「俺なんかを研究してどうする? 何も得るものはないぞ」
「医師団はそう考えないだろうな。
君の思考パターン、考え方、全てを吸収して、
今後生まれてくる子供のDNAに
活かそうとするかもしれない。
何せ、どんなバーリェでも即座に
使いこなすプロフェッショナルだ。
君の精子はさぞや高く売れることだろう」
658 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/24(火) 21:45:04.31 ID:2BLGZ8KQ0
「そういう考え方は好きじゃない。
喧嘩を売っているのなら、出ていってくれ」
「気に触ったのならば謝ろう。他意はない」
そこで一旦言葉を切り、
駈はコーヒーの残りを口に流し込んだ。
「単刀直入に聞こう。戦闘は可能なのか?」
問いかけられ、絆は一瞬押し黙った。
そして自分の体を見回す。
各部に点滴や器具が装着された体。
ギプスで覆われた手と足。
日常生活さえも満足に行えない自分が、
果たして戦場に出ていって役に立つことができるのか。
それは、正直疑問だった。
659 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/24(火) 21:45:55.77 ID:2BLGZ8KQ0
駈はコーヒーの缶を手にとって軽く振りながら、
絆のことを見ずに続けた。
「……私は不可能だと思うがね。
君は死んでもおかしくない程の怪我をした。
生き死にの境目にいたとも言える。
生命力の図太さは認めるが、君の体は既に限界だ。
それは、医師として私が保障しよう。
自信を持って言える」
「…………」
「しかし、君の存在が、ただ座っているだけでも
バーリェ達の精神波の安定に繋がることは、
状況証拠で既に実証されている。
戦力は多いに越したことはない。
強大な戦力であればあるほどだ。
君は、バーリェ達と共に戦う気があるのか?」
「…………」
絆は数秒間押し黙った後、口を開いた。
「……勿論だ。俺は、次の戦闘にも出撃をする」
660 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/24(火) 21:46:41.77 ID:2BLGZ8KQ0
「そうか」
駈は頷いて立ち上がった。
「君の意思がある以上、私達が止めることは出来ない。
ただ、これだけは警告しておく。
次に無茶な操縦をしたら、君は確実に死ぬ。
その覚悟があるのなら、私は特に構わない」
「言われるまでもない……!」
歯を噛んだ絆を一瞥して、
駈はポケットから小型のプロジェクターを取り出した。
そのボタンを押して、壁に映像を投影する。
そこには、高さ二十メートル程の壁に
覆われた自然の森が映し出されていた。
「現在艦が向かっている、フォロントンの様子だ。
既に現地の軍やエフェッサーが数個大隊突入しているが、
いずれも帰還報告はない」
661 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/24(火) 21:47:33.85 ID:2BLGZ8KQ0
「全滅したのか……?」
「おそらく」
頷いて、駈はプロジェクターのボタンを操作した。
映像が切り替わり、間近で映しだされた
自然の壁の画像が投影される。
「自然の壁の周辺は、特殊な磁場が発生しているために、
全ての通信機器は使えなくなる。
それは事前に説明した通りだ」
「待てよ……ということは、
バーリェの乗っているAADの遠隔操縦は……?
他のトレーナーはどうするつもりなんだ?」
絆は、そこでハッと気がついて問いかけた。
椿と自分以外のトレーナーは、
AADを遠隔操縦で操っている筈だ。
662 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/24(火) 21:48:27.04 ID:2BLGZ8KQ0
それに、本部……つまりここからの通信も
途絶されるとなると、AADを操ることは出来ない。
駈は頷いて続けた。
「君と、椿執行官以外のバーリェは、
君達の指示で動くことになる。
この艦は自然の壁の外側で待機。
君達は上空から侵入することになる」
「バーリェに任せるっていうのか……!
軍や他のエフェッサーはそうしたんだな?
だから一機も帰還できていないんだ……!」
この期に及んで、人間達は自分の命を優先する。
思わず声を荒げた絆は、息が詰まり力なく咳をした。
「何かおかしいかね?」
駈にそう聞かれ、絆は息を吐いてから続けた。
「あんた達には一生分からないことだよ」
663 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/24(火) 21:49:06.01 ID:2BLGZ8KQ0
「……それで、今回の突入作戦だが、
君にはもう一度大恒王に乗って欲しい」
駈に押し殺した声でそう言われ、
絆は目を見開いて彼を見た。
「大恒王を……持ってきたのか?」
「システムの中核さえあれば
いくらでも複製が可能だ。
この艦の中で修復を続けていた。
先程ロールアウトが完了した」
「凍結されているんじゃないのか?
……国際条例に違反しろって言いたいのか?」
「そうだ」
駈は暗い笑みを発して、絆を見た。
「君には国賊になってもらいたい」
664 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/24(火) 21:50:07.03 ID:2BLGZ8KQ0
言葉を失った絆に、駈は付け加えた。
「無論タダでとは言わない。大恒王はあくまで君が、
個人的意思で運用したものと
主張してくれればいいだけだ。
君の命は保障しよう。その代わり……」
「俺の脳の研究をさせろと言いたいのか……!」
「そうだ」
頷いて、駈はポケットに手を突っ込んで
壁に寄りかかった。
「私達にとっても、君にとっても悪い話ではない。
生存確率は、大恒王の方が圧倒的に高い。
『死ぬのが怖い』のなら、乗るべきだと私は思うが」
――卑劣だ。
いけしゃあしゃあとした顔で、よくやる。
665 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/24(火) 21:50:38.93 ID:2BLGZ8KQ0
絆は心の中で、駈に唾を吐きかけたい
衝動を無理やり抑え込んだ。
やはりこの男は、危険だ。
夢の中でバーリェ達と会話した内容を、
この男に漏らす訳にはいかない。
絆はだいぶ長い間考え込んでいた。
しばらくして彼は息をつくと、駈に答えた。
「……分かった。大恒王に乗ろう」
「君ならそう言ってくれると思っていたよ」
駈は端的にそう言って、壁から離れて
ゆっくりと出口に向かって歩き出した。
666 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/24(火) 21:51:32.66 ID:2BLGZ8KQ0
女性職員と看護師達が彼に続く。
数人の看護師に目配せをして残るように
指示すると、彼は部屋のボタンを
押してから言った。
「……フォロントンにはあと十五時間あまりで
到着する。それまでの間だが、ゆっくり休むといい」
――休めるわけがないだろう。
部屋を出ていった駈に対して、心の中で吐き捨てる。
絆は、睡眠薬を自分に投与してくれるように
看護師に頼み、目を閉じた。
667 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/24(火) 21:52:22.21 ID:2BLGZ8KQ0
*
フォロントンに着いたのは、
しかしそれから二十時間以上も
経ってからのことだった。
艦が受けた損害で、思うように
スピードが上がらなかったのだ。
絆は職員達の手で、機械的に大恒王の
コクピットに詰め込まれながら息を吐いた。
体の各部への局部麻酔が効いているため、
感覚もないが痛みはない。
しかし……両腕を看護師に、
包帯で操縦桿にぐるぐる巻きにされている絆を、
雪と霧が心配そうな目で見ていた。
「絆……来ない方がいいよ……」
雪が、絆の様子を霧から聞いて口を開く。
668 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/24(火) 21:53:09.84 ID:2BLGZ8KQ0
霧も頷いてそれに続いた。
「マスター、艦の中でお休みになって
いてください。私達が戦ってきます」
「俺の心配をする前に、集中しろ。
大恒王は起動に時間が掛かるんだ」
絆はかすれた声でそう言った。
純がため息をついて操縦桿を握る。
「全テノ設定ヲパーンクテンション。
システム、起動シマス。
大恒王ノ全システム起動マデ、後十七分デス」
サポートAIの声が聞こえる。
十七分。
驚異的なスピードだ。
やはり純の性能は凄まじい。
669 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/24(火) 21:53:50.20 ID:2BLGZ8KQ0
諦めたように息をつき、
純は操縦桿を握りしめながら言った。
「特務官様はあまり動かないでください。
傷が開きます。お姉様達、速やかに
敵拠点を殲滅し、艦に帰還しましょう」
「純ちゃん……」
雪が、しかし戸惑ったように続けた。
「絆は戦える状態じゃないんでしょう?
一緒に行くなんて、無茶だよ」
「無茶かどうかは俺が決める。
お前達は何も心配することはない」
絆がそう言うと、モニター下側に
各トレーナー達の顔と駈の顔、
そして椿の顔が映しだされた。
『絆特務官……出撃されるのですか?』
670 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/24(火) 21:54:26.21 ID:2BLGZ8KQ0
椿が素っ頓狂な声を上げる。
『それに……八百番台の機体……?
それは凍結されている筈じゃ……』
他のトレーナー達も怪訝そうな顔をしている。
絆は頷いて、そして言った。
「俺の独断で動かす。全員死んだら、
それこそ笑いものだ。この機体の力が必要だ」
『作戦概要をもう一度説明する』
絆の言葉を引き継いだ形で、駈が口を開いた。
671 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/24(火) 21:55:14.15 ID:2BLGZ8KQ0
『この艦を基地拠点とし、
自然の壁内部の新世界連合拠点を叩く。
こちら側の戦力は、大恒王一機に、
七百番台のAAD四機。
戦闘機型トップファイブAAD十二機だ。
これらを最後の作戦とし、
オペレーションフォロントンと呼ぶことにする。
尚、自然の壁の内部ではバーリェ諸君は、
絆特務官と椿執行官の指示で動くこととする。
内部では外側からの通信が使えない。
忘れないようにしてほしい』
「…………」
『活動開始マデ、後十二分デス』
AIの声が響く。
『君達は、ここから自然の壁内部の中央部、
五十二キロ地点まで移動。
その際に出現した敵勢力は、全て排除するように。
そして、敵拠点を目視したら、この兵器を使用しろ』
672 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/24(火) 21:55:58.49 ID:2BLGZ8KQ0
駈が壁にプロジェクターで映像を投影する。
そこには、ミサイル弾のようなものが映っていた。
それが何なのかを知っている絆達は、
沈黙して彼を睨みつけた。
『この合成ガスは、炸裂した地点から
半径五キロ以内の、全ての動植物の活動を
停止させる。いわゆる有毒ガスだ。
すべての機体に、一発ずつこの特殊弾が搭載されている』
『やはりこれは……非人道的すぎるのでは……』
椿がそう漏らすと、
駈は手元の資料に視線を落として答えた。
『何を言う。先に手を出してきたのは新世界連合だ。
彼らを駆逐しなければ戦いは終わらない』
遠まわしに、特攻しろと言っているのに近い。
現場に出向く椿が青くなったのも分からなくはない。
673 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/24(火) 21:56:49.09 ID:2BLGZ8KQ0
コクピット内は密閉状態のためガスには強いが、
それでも、毒ガスがばらまかれることになるのだ。
いわば、戦略兵器を抱えて突き進めと
言われていることに近い。
『活動開始マデ、後十分デス』
AIの声と共に、絆は言った。
「どの道、戦いは終わらせなきゃいけないんだ
……使える戦力はありったけ使う。
俺達は戦いに行くんだ。遊びに行くわけじゃない」
『…………』
椿が下を向いて黙りこむ。
674 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/24(火) 21:57:18.62 ID:2BLGZ8KQ0
駈は資料をめくって続けた。
『作戦所要時間は、四十分とする。
各AADには補助システムを組み込んである。
ガス散布後、離脱する程度の
エネルギーは既に注入してある。安心したまえ』
駈は資料を閉じて、そして言った。
『敵陣をかいくぐり、本拠地にガスを
叩きこむだけだ。成功を祈っている』
675 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/24(火) 21:58:09.36 ID:2BLGZ8KQ0
*
十分があっという間に経ち、
大恒王は脚部キャタピラを回転させながら、
着陸している艦の外に出た。
『エネルギーラインノ確率ヲ確認。
ハイコアノ接続ヲ感知。
システム、殲滅(ジェノサイド)モードヲ起動シマス』
「大恒王、テイクオフします!」
渚の声と共に大恒王が背部ブースターを
点火して、凄まじい勢いで空中に浮かび上がった。
他のAADも飛び上がりはじめる。
大恒王の背後に、ぴったりと椿のAADがついた。
『後ろは任せてください!』
椿の声が聞こえ、絆は軽く笑ってそれに返した。
676 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/24(火) 21:58:55.81 ID:2BLGZ8KQ0
「了解した。全機、危ないと思ったら
こちらに任せてすぐに帰還しろ。これは『命令』だ」
絆は他のバーリェ達に向かってそう言った。
目の前に、壁の内側にどこまでも
広がる緑色の空間が映る。
「綺麗……」
霧がそう呟いた。
「活動臨界マデ、後四十五分デス」
AIの声が、活動臨界時間を告げる。
四十五分、通常運用すれば作戦時間内に
戻ってこれる時間だ。
しかし。
果たして、それだけの時間で、
絃と決着をつけることができるのか。
677 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/24(火) 22:00:36.94 ID:2BLGZ8KQ0
考えてもそれは分からないことだった。
「全機大恒王に続け! 作戦を開始する!」
考慮している時間はない。
絆がそう言うと、純が
「了解しました。衝撃に備えてください」
と言って、アクセルを踏み込むように操縦桿を握った
大恒王が、比較的ソフトな動きで少しずつ
ブースターを加速させる。
Gに耐えながら、渚が引きつった声を発した。
「目標地点まで十二分で到着いたします
……待ってください、重力子指数急激に増大、
死星獣の反応です!」
「迎撃します!」
678 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/24(火) 22:01:21.90 ID:2BLGZ8KQ0
純がそう叫ぶように言って、
大恒王の肩部ブレードを抜き放つ。
『「ハイ・シィンケルハンドブレード」ヲ展開。
続ケテ「スティグマスフィール」ドヲ
全方位ニ展開イタシマス』
大恒王が灰色に光り、
エネルギーのフィールドを周囲に展開する。
「認識させない!」
純がそう怒鳴ると、彼女は高速で操縦桿を動かした。
空中から現れた数十体の死星獣の一角を、
流星のように飛んだ大恒王が駆け抜ける。
遅れて背後でブラックホール粒子を炸裂させて
死星獣達が大爆発を起こした。
「凄まじい転移量です! 感知限界を超えました!
五百……六百……嘘……!」
679 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/24(火) 22:02:09.57 ID:2BLGZ8KQ0
言葉を失った渚に続き、
絆もモニターを見て息を呑んだ。
まるでハチの大群のように、金色の、羽が
生えた死星獣が数百も群れになって
空中を浮遊していたのだった。
それらは両手を広げると、
ひとつの大きな板のようになってこちらに向き直った。
それらの体が真っ赤に発熱する。
「大丈夫です、うろたえないでください!」
純がそう言って、突っ込んでいる大恒王の動きを
止めないまま、機械兵器の背部ブースターから
巨大な砲身をせり上がらせた。
「スティグマスフィールドを射出します! ナビを!」
純の声にハッとして、絆はモニターを
睨みつけてくぐもった声を発した。
680 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/24(火) 22:02:56.58 ID:2BLGZ8KQ0
「水蒸気爆発が来る……今だ!」
今までとは比較にならない規模の球形の爆発が、
周囲に広がった。
「全開に展開します!」
『了解。スティグマスフィールド、
生成臨界点ヲ突破。
スティグマスキャノン、発射シマス』
砲身が灰色に輝き、直径百メートルを
超える巨大な光の柱が吹き出した。
それに押される形で後退した大恒王の中で、
絆は向かってきた熱波を、
エネルギーが掻き消して突き抜けたのを見た。
天に向かって飛んだ光の柱は、
軽い音を立ててゆっくりと掻き消えた。
次いで、光が通過した場所の死星獣が、
一気に膨張して炸裂した。
681 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/24(火) 22:03:41.31 ID:2BLGZ8KQ0
それは次々と連鎖爆発を引き起こすと、
たちまちのうちに数百の死星獣を爆裂させた。
「押し通ります! 各機、私達に続いてください!」
純が怒鳴って操縦桿を握りこむ。
「雪お姉様は管制を、霧お姉様は砲座攻撃と
エネルギー循環経路の制御をお願いします!
私はこのまま突き抜けます!」
そう叫んで、純はブレードを構えながら、
大恒王を猛スピードで、
残った死星獣の群れに突入させた。
まるで洞窟で、コウモリの群れに飛び込んだかのように、
死星獣達が大恒王に取り付こうとわらわらと寄ってくる。
手近な数体を切り飛ばした純の動きに合わせるように、
霧が上ずった声を発した。
「全方位射撃砲、ブルフェンを使用します!
エネルギーラインを三十五パーセントで固定、
スタンバイ!」
682 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/24(火) 22:04:20.52 ID:2BLGZ8KQ0
『了解。「ブルフェン」ヲチャージシマス。
二十秒間オ待チ下サイ』
AIの声が苛立ちを募らせる。
ブレードを振り回しながら、
針の穴を通すような正確さで、
大恒王が死星獣の合間を縫って飛ぶ。
椿のAADがやっとついてきていた。
他のAADは、追いついてきていなかった。
慌てて絆が声を張り上げる。
「純、後ろを気にしろ!
仲間の戦力を無駄にするな!」
「まずは周辺の敵を一掃します!」
『チャージ完了。撃テマス』
683 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/24(火) 22:05:04.89 ID:2BLGZ8KQ0
端的なAIの声と共に、霧が叫ぶ。
「衝撃に備えてください、発射します!」
大恒王の肩部と脚部の装甲が開き、
中の四つのキューブ体が高速回転する。
一拍後、大恒王は背後についていた椿の
AADと背中を合わせるように空中にホバリングし、
周囲にリング状の衝撃波を放った。
それがゆっくりと広がっていき、
群がっていた死星獣達を飲み込む。
次の瞬間、ぐんにゃりと空間が歪んで、
死星獣達が掻き消えた。
『エネルギーライン八十九パーセントに低下。
ブルーデ安定シマス』
一瞬純が苦しそうな表情をする。
684 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/24(火) 22:05:50.74 ID:2BLGZ8KQ0
しかし彼女は、背後に他のAAD達が
ついてきているのを確認すると、また声を張り上げた。
「攻撃して! 六百番台、
ケルミカルミサイルを使いなさい!」
――ケルミカルミサイル。
今回、各機体に積まれている有毒ガスを
詰め込まれたミサイルだ。
絆が待て、と言う前に、背後から近づいてきていた
戦闘機型AADが、一斉に毒ガスミサイルを発射した。
純の言葉を、絆の命令だと誤認したのだ。
ミサイルはそれぞれ放物線を描いて打ち上げられると、
手近な死星獣に向かって突進を始めた。
純がそこで、大恒王のブースターを全開に吹かした。
「ごめんなさい! 耐えてください!」
凄まじいGが絆達を襲う。
685 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/24(火) 22:06:32.21 ID:2BLGZ8KQ0
歯を食いしばった絆の目に、
流星のような軌道で移動した大恒王が、
ブレードで十二発の毒ガスミサイルを
次々に斬り飛ばすのが見えた。
遅れて大恒王の背後でミサイルが大爆発を起こし、
周囲に真っ白い粉のような毒ガスを散布する。
周囲を囲むように、毒ガスはヒラヒラと舞い降ちた。
それに当たった死星獣が、奇妙な動きをした。
ビクンッ、と痙攣したように動くと、
それらは空中で体を震わせ、頭をかきむしった。
次いで死星獣達の頭部が膨れ上がり、
膨張して爆発する。
胸からはキューブ体、核が浮かび上がったが、
白い毒ガスに当たると塵になって消え始めた。
これは……毒ガス、ではない。
686 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/24(火) 22:07:13.20 ID:2BLGZ8KQ0
「ホワイトホール粒子……
ブラックホール粒子の反物質か!」
絆は操縦桿を握りながら押し殺した声を発した。
ブラックホールと対極の位置にあるもの。
それがおそらく、ホワイトホール粒子。
それはブラックホール粒子を相殺して
打ち消すだけではなく、死星獣の動きを止め、
干渉することができるらしい。
白いホワイトホール粒子に当たった森が、
綺麗に消滅していく。
まるで破壊の雪のような光景が広がっていた。
「ミサイルを発射した機体は後退しろ!
邪魔になる!」
絆が怒鳴る。
687 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/24(火) 22:07:56.77 ID:2BLGZ8KQ0
純は、白い狂気の雪が荒れ狂う中、
大恒王を更に前に突き進ませた。
「純、止まれ!」
Gに耐えながら絆が声を張り上げる。
しかし純はそれを無視し、
更に機体を別の死星獣の群れに突っ込ませた。
「霧お姉様!」
「ブルフェンの二撃目を発射します!」
頷いて霧が操縦桿を握りこむ。
大恒王は、片手で椿の機体を掴んで引き寄せると、
射角を調整してもう一度ブルフェンを放った。
前方の死星獣が綺麗に消える。
688 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/24(火) 22:08:45.27 ID:2BLGZ8KQ0
遅れて他の三機のAADが
追いついたのを見て、純は
「全機攻撃スタンバ……」
と言いかけて、こみ上げてきた嘔吐感に負け、
口の中に沸き上がってきた血を吐き出した。
「純!」
絆が叫ぶ。
無理な、急激なエネルギー搾取による副作用だ。
純は、しかし口元を手で拭って、ニィと笑ってみせた。
「的が多いと楽です!
だって、撃てば当たるんですもの!」
「死ぬぞ! 霧、純を止めろ!」
しかし霧は、首を振って慌てて操縦桿を握りこんだ。
689 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/24(火) 22:09:27.84 ID:2BLGZ8KQ0
「スティグマスシールドヲ展開シマス」
霧の操縦で大恒王が左腕を振り上げる。
その腕に、半球状の巨大なエネルギー膜が浮かび上がった。
そこに、突然空中に出現した機体が振り下ろした
長大なブレードが打ちあたって受け止められ、
凄まじい勢いで火花を上げた。
――戦劫王だった。
六枚の翼を生やして完全に回復した、
そのAAD型死星獣が、弾かれたブレードを振り上げて、
二度、三度と視認もできない速度で振り下ろす。
純と霧の操縦で、ブレードとエネルギーシールドで
何度もそれを受け止めながら、大恒王は背後に飛んだ。
ブレードを空振りした戦劫王が、
そのまま空中をくるりと回り、掻き消える。
「重力子指数増大、背後です!」
690 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/24(火) 22:10:15.22 ID:2BLGZ8KQ0
渚が上ずった声で叫ぶ。
背後から出現した戦劫王は、
大恒王のブースターに向かって
ブレードを振り下ろした。
そこで、間に椿の機体が割って入った。
「椿さん!」
絆が慌てて怒鳴る。
椿の機体は、しかし返事をする間もなく
肩口から袈裟斬りに両断されると、
空中を錐揉みに回転しながら落下し始めた。
その瞬間、大恒王を突き飛ばして
ブレードを避けさせる。
やがて煙を上げた椿の機体が森に落下し、
遅れて爆炎を上げた。
691 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/24(火) 22:11:06.03 ID:2BLGZ8KQ0
モニターに、彼女の機体がロストしたことを
表す文字が表示される。
「そ、そんな……」
硬直した絆の前で息も継げずに、
戦劫王の高速の斬撃を、霧と純が
受け止めながら後退していた。
「七百番台、前に出なさい! 進んで!」
祈るように純が叫ぶ。
そこで戦劫王の姿が掻き消え、
前に出ようとしていたAADの一機の前に
出現し、肉薄した。
戦劫王の腹部が蠢いて開き、
中の真っ黒な空間が姿を現す。
一瞬後、先程大恒王が発射したスティグマスキャノンに
似た黒い光が、数百メートルもの直径に
ふくれあがってそこから射出された。
692 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/24(火) 22:11:52.44 ID:2BLGZ8KQ0
越えて行こうとしていた三機のAADが
一瞬で巻き込まれ、
ひしゃげて段々と小さな塊に圧縮されていく。
そして、しまいにはビー玉のような粒に
なって消滅してしまった。
爆発も何も起こらなかった。
一瞬で味方が全てやられてしまったのを見て、
絆はたまらず操縦桿を握りこんだ。
そして訳の分からない声を上げながら、
全ての砲座のロックを解除し、
機械を制御して戦劫王に照準をロックオンさせる。
「ベルクトラルパルスレーザー、
フルバースト。射出シマス」
AIの声と共に体中の砲座から灰色の
レーザー光が発射され、それらは空中で
歪んで乱反射し向きを変えると、
戦劫王に全方位から襲いかかった。
693 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/24(火) 22:13:24.09 ID:2BLGZ8KQ0
純がまた嘔吐感に負けて血を吐く。
今度は、霧も激しく咳き込んで同様に吐血した。
「霧ちゃん! 純ちゃん!」
泣きそうな声で雪が絶叫する。
操縦桿から手を離して、
霧がボタボタと血液を吐き散らす。
「エネルギーライン、六十七パーセントニ低下。
グリーンデ安定サセマス」
AIの淡々とした声が五月蝿い。
戦劫王は、前方向から乱反射しながら
襲い掛かるレーザー光に抵抗することも出来ずに、
全て被弾して、次いで大爆発を上げた。
「直撃を確認!
で、ですがまだ重力子指数が下がりません!」
渚が悲鳴のような声を上げる。
694 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/24(火) 22:14:04.16 ID:2BLGZ8KQ0
もくもくと立ち昇る煙が段々と晴れ、
そこには羽で胴体を守るようにして
浮遊している戦劫王の姿があった。
羽はボロボロになっていて、崩れて消えていく。
次いで戦劫王の頭に亀裂が入り、
まるで虫の脱皮のように、中からずるりと、
腕と足が妙に長い人型の物体が姿を表した。
まるでナナフシのような姿だった。
周囲を飛んでいた死星獣達が次々と脱皮した
戦劫王に吸い込まれるように近づいていき、
その体に溶け込んで融合し始める。
それに伴って、戦劫王が徐々に膨れ上がり始めた。
数秒後、唖然としている絆達の目の前で、
五百メートルを超える体長の、
腕と足が妙に長い金色の巨人が、
四つん這いの姿勢で森に立つ。
695 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/24(火) 22:14:47.19 ID:2BLGZ8KQ0
「何……だ、あれ……」
呆然と呟いた絆の耳に、
我に返った渚の声が飛び込んできた。
「あ……ありえない程の重力子指数です!
この空間の圧縮が起こります!」
戦劫王を中心とした空間が、
半径十数キロ程ぐんにゃりと歪んだ。
「スティグマスフィールドヲフル展開シマス。
全テノ機能ニ障害ガ発生シマシタ。
動作三十二パーセント低下。
ブースター出力五十六パーセント低下。
エネルギーライン、四十パーセントヲ割リマシタ。
レッドラインニ突入シマス」
AIの淡々とした声。
大恒王全体がビシビシと音を立てて歪み始めた。
696 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/24(火) 22:16:11.31 ID:2BLGZ8KQ0
空間それ自体が、
まるで渦巻きのようにねじれてきている。
今まで足元にあった森が、頭上に見える。
「絃……!」
絆は押し殺した声で言うと、声を張り上げた。
「終わらせるぞ!
メルレダンデを使う。フルチャージ!」
『了解。広範囲極破壊兵器、
メルデダンデヲ使用シマス。
最終認証ヲオ願イシマス』
「やれ!」
『最終認証ト判断シマス。
チャージマデ、残リ三十秒デス』
霧が、口元を手で抑える。
697 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/24(火) 22:17:13.69 ID:2BLGZ8KQ0
次から次へと血が流れ落ちて、
彼女の病院服を真っ赤に濡らす。
純が頭を抑えて崩れ落ちた。
次いで、雪の鼻から血が流れ出す。
「みんな!」
渚が悲鳴を上げる。
絆は操縦桿を強く握り、
目の前の異形の化け物を、
穴が開かんばかりに睨みつけた。
お前らが。
お前らがいるから。
だから、俺は。
『チャージ完了。撃テマス』
698 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/24(火) 22:17:49.58 ID:2BLGZ8KQ0
「全砲門を開放! 撃てええ!」
操縦桿を捻りこむ。
次の瞬間、大恒王を中心とした空間が、
今度は逆方向に歪んだ。
そして空間が元に戻り、火花をちらし始めた。
コクピットの中は、血まみれだった。
三人とも鼻や口からものすごい勢いで
血液を垂れ流している。
しかしそこで、雪が操縦桿を握って大声を上げた。
それは、彼女が見せたことがない激情の姿であり。
声にならない叫びだった。
空間が大恒王の力により歪み、
戦劫王を巻き込んでぐんにゃりと曲がる。
699 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/24(火) 22:18:25.44 ID:2BLGZ8KQ0
次いで、真っ白い光が大恒王の前に
吸い込まれて、消えた。
周囲の森が全て吸い込まれ、
綺麗なすり鉢型の砂漠になって散る。
戦劫王は吸い込まれはしなかった。
しかし、一秒経ち。
二秒経ち。
数瞬遅れて、巨大な異形は火柱を吹き上げた。
『エネルギーノラインガ、
二接続切断サレマシタ。補助システムヲ起動シマス』
純と霧がひときわ強く血を吐いて、ぐったりと脱力した。
700 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/24(火) 22:19:07.82 ID:2BLGZ8KQ0
雪が口や鼻から血を流しながら、
必死に操縦桿を握る。
一拍遅れ、戦劫王を中心に、
凄まじい勢いで天に向かって
火柱が膨れ上がり、飛んだ。
それは数十秒も立ち上り続けると、
やがて唐突に消えた。
ズゥゥン……と重低音を立てて、
前兆五百メートルはある化物が
横薙ぎに砂の中に倒れこむ。
そこで雪が激しく咳をして、操縦桿から手を離した。
大恒王が彼女の制御を離れて、
ブースターの点火を止めて落下し始める。
絆は慌てて操縦桿をひねりこみ、設定を変え。
補助ブースターを起動させながら、
鈍重な機体を真下に不時着させた。
701 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/24(火) 22:21:22.19 ID:2BLGZ8KQ0
お疲れ様でした。
次回の更新に続かせて頂きます。
引き続きご意見やご感想、ご質問などが
ございましたら、お気軽に
書き込みを頂けますと嬉しいです。
それでは、今回は失礼させて頂きます。
702 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(長屋)
[sage]:2012/04/25(水) 00:13:25.26 ID:73nHJHBMo
乙
703 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(神奈川県)
[sage]:2012/04/25(水) 01:14:26.58 ID:TNU3jruwo
椿さああああああああああん!!
704 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/25(水) 17:46:31.34 ID:JyuEt+7B0
こんばんは。
沢山のご感想、ありがとうございます!
ツイッターなどでもいただけます。
お気軽にご利用ください。
続きが書けましたので投稿をさせて頂きます。
お楽しみ頂けましたら幸いです。
705 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/25(水) 17:49:04.18 ID:JyuEt+7B0
凄まじい衝撃が大恒王を襲う。
絆はコクピットの中で激しく揺さぶられながら、
力なく崩れ落ちたバーリェ三人のことを見て、
慌てて手を伸ばそうとし。
そこで大恒王が前方に倒れこみ、
シートに体が叩きつけられた。
意識が飛ぶ。
麻酔が切れたのか、体を鋭い激痛が襲っていた。
絆はカハッ、と血の混じった唾を吐き出し、
必死に操縦桿を握った。
ポツリ、ポツリと雨が降ってきた。
それは次第に強さを増し、そして数秒後、
雷を伴った豪雨になった。
「エネルギーノラインガ全テ切断サレマシタ。
大恒王ハ、全システムを停止イタシマス」
706 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/25(水) 17:49:52.60 ID:JyuEt+7B0
AIの声とともに、大恒王のコクピット内が
補助電源の赤いランプに切り替わる。
雨は数分で、あたりを泥沼のように
変えてから止まった。
絆はそこで、軍服を着た人間が一人……二人……
いや、数十人も、銃を手にこちらに
向かって歩いてくるのを見た。
少し離れた場所の地面に、小型の飛空艇が停まっている。
絆は壁にかかっていたハンドガンを手に取ると、
動かない手で何とかコッキングし、周りを見回した。
渚も、三人のバーリェも、意識がないようだ。
銃を口にくわえて、這うようにしてまず純に近づく。
脈はある。
霧も、まだ息があった。
707 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/25(水) 17:50:34.81 ID:JyuEt+7B0
しかし雪の脈がなかった。
絆は慌てて彼女の体からチューブを引き抜くと、
小型のAEDを取り出して、雪の体にセットした。
そして電源を入れ、数秒置いて心臓に
電気ショックを与える。
それを何度か繰り返したところで、
雪が激しく咳をして血を吐き出した。
「良かった……雪……!」
AED機をむしりとり、雪を抱きしめる。
雪はしばらくぼんやりと宙を見ていたが、
やがてかすれた、消え入るような声で呟いた。
「絆…………私、生きてる……?」
「ここに隠れてろ。俺が合図したら、
緊急の脱出ボタンを押せ。分かったな?」
708 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/25(水) 17:51:08.92 ID:JyuEt+7B0
「絆は…………私、一緒に…………」
「俺は、今から新世界連合に対して囮になる。
お前達だけでも逃げるんだ。命令だ」
「絆……!」
動こうとしたが、すぐには心停止していた体は
言うことを聞かなかったらしく、
もがいた雪をシートに押さえつける。
そして絆は、体を引きずりながら
無理矢理に立ち上がり、
ハッチを開くボタンを押した。
709 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/25(水) 17:51:55.53 ID:JyuEt+7B0
*
「それ以上近づいたら、引き金を引く!
分かるか? ガスミサイルの信管だ!」
大声を張り上げた絆の目に、近づいてきていた
新世界連合の人間達が動きを止めるのが見えた。
絆は真っ直ぐ立ち、大恒王のミサイルポッドの
ハッチを開いて、中のミサイルを露出させていた。
そのひとつ、紫色のラインが引かれた
ミサイルにハンドガンを向けている。
「警告はこれで最後にする!
お前達が妙な真似をした瞬間に、
こちらは自爆する! 絃を出せ!」
特に策があるわけでもなかった。
それに、この距離ではたとえ自爆したと
言っても逃げられる可能性が高い。
710 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/25(水) 17:52:31.21 ID:JyuEt+7B0
圧倒的にこちらが不利だ。
しかし行動を起こさなければ、
大恒王が包囲されて
なぶり殺しになる可能性が高い。
それならば。
雪達だけでも、逃がしてやりたい。
そう思ったのだった。
言うことを聞くかどうかは不安だったが、
新世界連合の人間達は絆に向けて銃を構えながら、
何かを話し合った後一歩、二歩と後ろに下がった。
そして、絆と同様、体の各部に器具とギプス、
包帯などを装着した絃が、
足を引きずりながら前に進み出た。
桜にそっくりなバーリェ二人が、
彼のことを支えている。
711 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/25(水) 17:53:01.74 ID:JyuEt+7B0
絃はハンドガンをコッキングすると、
絆の声がきちんと聞こえる位置まで進んだ。
「止まれ! 妙な行動を起こしたら撃つ!」
絃は足を止め、クックと喉を鳴らした。
そしてさぞかし面白そうに、
目を見開いて大声で笑い始める。
「何がおかしい!」
激昂した絆に、絃は笑い声を止めて、
ヒュー、ヒューと息を吐きながら言った。
「いや……何。撃てんよ。こんな状況でも
虚勢を張るか。成る程、お前らしいと思ってな」
「…………」
「全隊、前に出ろ!」
712 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/25(水) 17:53:51.66 ID:JyuEt+7B0
絃が指示をした通りに、
新世界連合の人間達が銃を構えて数歩前に出る。
「近づくな!」
怒鳴った絆に、絃は面白そうに笑って
みせてから続けた。
「まだ逃げてないだろう。
お前の大事なバーリェ達が逃げてない。
だから、自爆をするのにはまだ早いんだよ」
黙り込んだ絆に、畳み掛けるように絃は言った。
「お前の負けだ、絆。おとなしく投降し、
バーリェとそのブラックボックス兵器を
こちらに引き渡せ。
そうすれば悪いようにはしない……
いや、絆。むしろ……俺に協力してくれ。
二人でこの世界を変えていかないか?」
絃は銃を降ろし、ミサイルに銃口を
突きつけたまま静止している絆に向かって言った。
713 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/25(水) 17:54:46.09 ID:JyuEt+7B0
「この星は病んでいる。
お前なら、もう知っている筈だ。
元老院はネットワーク上に存在する、
形がないただのデータ生命体に過ぎないって事実を。
俺達は単なるプログラムに命を管理されて、
作られた世界の中で生きてきたんだよ。
その元老院が命令して作り上げたのが、
エフェッサーだ。
だから、俺達は元老院を『殺す』ことは出来ない。
ネットワークのどこに奴らがいるのかも
分からないからな」
「…………」
「だが、間接的に世界を変えることは出来る。
歪んだ世界の中にいる、
歪んでしまった人間達を消去すれば、
元老院に管理されていない、
新しい世界を作り出すことが出来る!
そのために俺は、バーリェを、死星獣を、
何もかもをも利用した。
そして俺達は、もうじき全ての計画を
実行に移せる段階まで来ている!」
714 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/25(水) 17:55:27.58 ID:JyuEt+7B0
絃は大声を上げてニィ、と笑った。
その顔は奇妙な程、絆がかつて知っていた
彼とは違った粘土細工のようなものであり。
感情を感じさせないものだった。
「だから俺達は……」
「…………変わったな」
絆は銃をミサイルにつきつけたまま、静かに言った。
絃が言葉を飲み込んで、息をつく。
「何がだ?」
「俺も、あんたも変わっちまったよ。
絃、愛してたんだろ? 桜のこと……」
その名前を聞いた絃は、
鼻でそれを笑い両手を広げて声を張り上げた。
715 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/25(水) 17:56:08.53 ID:JyuEt+7B0
「愛していた? 俺がバーリェを?
こいつら、ただの人形を……
俺達に害を成す元凶のこいつらを!
俺が、愛していたと言うのか!」
「ああそうだ。お前は桜を愛していた。
だから、だからこそ、この世界が許せなかった。
桜を自爆に追い込まざるを得なかったこの世界を、
そしてその原因を作った元老院を、
お前はどうしても許すことが出来なかった。
だからじゃないのか?
だから……お前、そんな悲しいこと、
笑いながら言えるようになったんじゃないのか?」
「俺達は……この星のことを想って行動している!
そんな小さな話で動いているんじゃない!」
「小さくない!」
絆は負けじと大声を張り上げた。
716 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/25(水) 17:56:43.35 ID:JyuEt+7B0
「愛することは小さくない!
その他の何よりも強い、何よりも大事なことなんだ!
お前にはそれが分かっている筈だ、
理解できている筈だ!
お前みたいな人間を、ここまで変えちまう程、
愛は深くて恐ろしいものだったんだよ!
変わっちまったよ、俺も、お前も!」
「黙れ……!」
絃は銃を振り上げて絆に向けた。
「俺がそんな個人的感情で動いていたと
思われることは心外だ! 訂正を願おう!」
「黙るのはお前だ! 天使の端末を出せ!
死にたくなければ言うとおりにしろ!」
ミサイルの信管に銃をえぐりこむように突きつける。
絃は歯噛みして、銃を構えながら数歩後ろに下がった。
717 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/25(水) 17:57:27.66 ID:JyuEt+7B0
「何故それを知っている……?」
「……桜に聞いたよ。あいつ、
お前の行動を凄く気に病んでた。
でもまだ、確かにお前のことを
大事に思ってた、愛してた!」
「この期に及んで戯言を抜かすか!」
「撃つぞ! 天使の端末を出せ!」
繰り返した絆と絃が睨み合う。
いつの間にか、新世界連合の人間達は
大恒王を囲むように移動していた。
絃は軽く引きつった笑みを発して、そして続けた。
「お前は撃てない。お前には無理だ」
「いいや撃てる!
俺は、引き金を引くことに何らためらいはない!」
718 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/25(水) 17:58:00.83 ID:JyuEt+7B0
絆はそうはっきりと言って、
絃に向けて銃を振り上げ、引き金を引いた。
彼の頬をかすめて銃弾が通り抜ける。
「……絆ぁ!」
一拍遅れて激昂した絃が、
構えていた銃の引き金を引いた。
パンッ、と軽い音がして絆の脇腹に弾が着弾する。
もんどり打って地面に倒れ、
絆は内蔵をぐちゃぐちゃにかき回される痛みに悶絶し、
込み上がってきた血の塊を口から吐いた。
「……最後の警告をするのはこちら側だ。
言うことを聞け。そうすれば悪いようにはしない」
絃はそう言って、ポケットから金色に輝く
正方形のキューブ体を取り出した。
719 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/25(水) 17:58:34.42 ID:JyuEt+7B0
十センチ四方程のそれは、
光を反射して眩くきらめいていた。
――天使一号。
死星獣を、バーリェを具現化させている
端末のうちの一つ。
「いいだろこれ……これがあると、
思うだけで死星獣を作り出すことが出来るんだ」
絃はそう言って、目を閉じて何事かを念じ始めた。
彼の背後の空間が揺らめき、
金色の死星獣が何匹も姿を現す。
「嘘、だろ……」
720 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/25(水) 17:59:02.17 ID:JyuEt+7B0
まだ出すことが出来るのか。
その事実に愕然とした絆に、
絃はキューブ体を弄びながら続けた。
「お前達には、最初から勝ち目はなかったんだよ。
どんなに死星獣を倒しても、
こちら側に天使一号がある限り、
無尽蔵に兵力の補充が可能だ。
そんなエネルギー切れを頻繁に起こす
不安定な兵器一機では、
どうあがいたって俺達には勝てないんだよ」
721 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/25(水) 18:00:21.74 ID:JyuEt+7B0
お疲れ様でした。
次回の更新に続かせて頂きます。
引き続き、ご意見やご感想、ご質問などがございましたら、
お気軽に書き込みやコンタクトを頂けますと嬉しいです。
それでは、今回は失礼させて頂きます。
722 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/04/25(水) 18:17:40.05 ID:8V60+DyIO
乙
723 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/04/25(水) 18:35:27.17 ID:1nLxFb2DO
乙。
724 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(埼玉県)
[sage]:2012/04/25(水) 19:42:58.14 ID:B8NXdCZdo
乙乙!
725 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/04/25(水) 19:51:40.29 ID:ndeFjGzx0
乙
怪しいぞ天使一号
726 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(愛知県)
[sage]:2012/04/25(水) 20:24:19.90 ID:xAQoAvz1o
乙
727 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/04/25(水) 21:32:20.95 ID:dPpJoXC9o
椿さん死んじゃったのかな
728 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(関西・北陸)
[sage]:2012/04/26(木) 00:35:33.93 ID:1lruY9wAO
やっと前スレから追いついた
乙
729 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/04/26(木) 22:17:55.76 ID:havxBtxIO
天使一号はCPUか
730 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/27(金) 18:33:08.12 ID:pjq4rUFZ0
こんばんは。
ツイッターやスレを通して、沢山のご感想ありがとうございます!
今回の更新で、このお話は最後になります。
皆様に支えられて数十日、沢山の元気をいただきました!!
元気が私を支えていたと言っても過言ではありません。
本当にありがとうございます!!
それでは、投稿をさせていただきます。
最後までお楽しみ頂けましたら幸いです。
731 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/27(金) 18:33:55.76 ID:pjq4rUFZ0
絆は何とか立ち上がろうとして失敗し、
またもんどり打って地面に転がった。
泥水まみれになりながら、
彼は大恒王の脚部にしがみついて、
ずるずると体を引きずりながら上体を起こした。
そしてミサイルに銃をえぐり込んで叫ぶ。
「近づくな! 本当に撃つぞ!」
「射撃は待て。あいつは生け捕りにしたい」
絃が鉄のような声で言って、周囲を制止する。
そして彼は銃を構えながら、
絆に向けて近づいてきた。
「撃ちたいなら撃てよ絆……どうした?
俺には引き金が引けるのに、
ミサイルに対しては引き金が引けないのか!」
732 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/27(金) 18:35:47.20 ID:pjq4rUFZ0
じりじりと距離を詰めてくる絃を睨みながら、
絆は指先に力を込めようとして、
しかし体の感覚が完全に麻痺している
事実に気がついた。
腹を撃たれたのが最後だったらしい。
――死。
俺は死ぬのか。
このまま、こんなところで。
動悸を無理矢理に抑え、荒く息をつく。
そして彼は、コクピットに向けて怒鳴った。
「今だ雪! 逃げろ!」
「何……?」
一瞬絃が緊張する。
733 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/27(金) 18:36:19.74 ID:pjq4rUFZ0
しかし、数秒間置いても何も起こらなかった。
「どうした、雪! 早く逃げろ!」
「……雪ちゃんは覚醒してるのか……
成る程、流石天使に一番近いバーリェだ。
まがいものとは格が違うな」
絃の表情が変わった。
彼は周囲に指示をすると、
絆に銃を向けながら一気に距離を詰めてきた。
「雪!」
必死に叫ぶ。
まさか、まだ体が動かないとでも言うのか。
こんなところで……。
こんなところで、自分も、雪達も、
みんな殺されてしまうのか。
734 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/27(金) 18:36:50.71 ID:pjq4rUFZ0
死んで、しまうのか。
しかし、絆の予想はまた圧倒的に
裏切られてしまった。
ドシャ、と音がして、コクピットから
何か小さなものが落ちてきた。
それは地面を指で掻いて立ち上がると、
訳の分からない声を上げて、
絆の頭に銃を突きつけていた絃にぶつかった。
「雪……!」
それは雪だった。
見えない目をいっぱいに見開き、
彼女は地面にどうと倒れた絃に覆いかぶさるように、
その場に転がった。
「待て、撃つな!」
絃が怒鳴った瞬間だった。
735 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/27(金) 18:37:32.70 ID:pjq4rUFZ0
彼の近くにいた新世界連合の一人が、
小銃の引き金を引いた。
連続した射撃音が響き渡り、
雪の小さな体が跳ねた。
そして彼女は、殴りつけられたかのように
その場で膝を折り、
力なく絆の方に倒れこんできた。
「…………」
唖然として、声が出ないまま雪を抱きとめる。
「お……おい……」
ゴボッ、と明らかに危ない量の血を吐いた雪を、
絆は慌てて揺さぶった。
「雪! おい雪! 何やってんだ、
何やってんだお前!」
736 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/27(金) 18:38:12.44 ID:pjq4rUFZ0
「絆……」
雪は微笑んで、そしてかすれた声で続けた。
「……私、ちゃんと絆を助けられた……?」
「ま、待ってろ、
今血を止めてやる……血を……」
震える手で、ぐちゃぐちゃになった
雪の胸を押さえる。
「止まらねえ! ……止まらねえよ!」
後から後から血が流れだしていた。
「おい! 何見てる! 何見てんだ!
助けてくれ! 俺のバーリェが
……雪が! 雪が死んじまう!」
新世界連合の人間達に、気づけば絆は哀願していた。
「誰か……誰か! 雪が! ……雪が!」
737 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/27(金) 18:38:42.35 ID:pjq4rUFZ0
金属音がした。
周囲の新世界連合の人間達が、
無言で銃をコッキングして絆に向けていた。
「……大丈夫だよ……私は……大丈夫だから……」
雪は手をふらふらとさせて絆の頬につけ、
咳をしてから、それを前方に向けた。
「……ジャンクション」
雪がそう言った途端だった。
彼女の体が、もやのように淡い白色に光り始めた。
それにともなってブゥン、と音がして
大恒王の電源が入り、鈍重な機械兵器は、
雪がしているように手を持ち上げた。
「第一ロックを解除。第二ロックを解除。
遠隔操縦プログラム起動。
全てのシステムをニュートラルヘ……」
738 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/27(金) 18:39:13.89 ID:pjq4rUFZ0
雪は呟くようにそう言うと、
段々と体温がなくなっていく
体を無理矢理に動かした。
新世界連合の人間達が、
一斉に銃の引き金を引いた。
瞬間、大恒王が立ち上がり
両手を広げて雪と絆を包み込んだ。
銃撃から自分達を守った
大恒王の肩と足の装甲が開き、
中のキューブ体が高速回転を始める。
「何をする気だ……?
雪……お前、何してる……?」
呆然と呟いた絆に笑いかけて、雪は言った。
「……お別れだね」
「え……」
739 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/27(金) 18:39:55.22 ID:pjq4rUFZ0
「今迄、一緒にいられて嬉しかった
……私は、あなたに会えて……
本当に良かった。
あなたに好きになってもらえて、
本当に良かった……」
「何言ってんだ……お別れ……?
お別れって……どういう意味だ……?」
「ここで終わりにしよう?
何もかも全て……終わりにしよう?
もう充分頑張ったよ。
絆は偉いね……
みんなも、きっとあなたを褒めてくれる。
だから悲しくないよ……
つらくないよ。泣くことは……ないんだよ」
大粒の涙を流している絆の頬からそれを拭い、
雪は顔を上げた。
740 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/27(金) 18:40:30.94 ID:pjq4rUFZ0
「絆あああ!」
手近な死星獣が戦劫王の姿に変化し、
乗り込んだ絃と二体のバーリェが、操縦桿を握る。
絃が怒鳴り、戦劫王の中で天使一号をかざした。
「お前は……やはり殺しておかなければならなかった!
俺達の理想郷に、お前の存在は不要だ!
俺とお前はもう分かり合うことはない!」
戦劫王の目の前に、金色の球体が浮かび上がる。
「全てを一旦ここでリセットする!
我々が消えても、新世界はやがて訪れる。
お前達の力では何も変わらない、変えられない!」
「……変えてみせる……!」
雪がそう言って、か細い声を張り上げた。
741 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/27(金) 18:41:09.37 ID:pjq4rUFZ0
「私達は変えてみせる、変わってみせる!
だからあなたの言う新世界も、
理想郷も、私達には必要ない!
私達は、ただ生きていたかっただけなのに!
ただ好きな人と一緒に、生きていたかっただけなのに!」
絃が動きを止めた。
一瞬後、彼は激昂して操縦桿を握りこんだ。
「やかましいいい! 小娘がああああ!」
しかし、膨張している金色の球体を抱えたまま、
戦劫王はその場に停止した。
「何だ! 何故動かない!」
絃がガチャガチャと操縦桿を動かす。
しかし戦劫王は空中に浮遊したまま、
ピクリとも動かなかった。
742 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/27(金) 18:41:46.34 ID:pjq4rUFZ0
二体のバーリェが、操縦桿を握りこんで
歯を強く噛んでいる。
その後ろ姿を見て、絃はハッとして、
小さく呟いた。
「……桜……?」
「どれだけバーリェを犠牲にしようと!
どれだけ人間を殺そうと!
新世界なんて訪れない……
そんなものはどこにもない!
死んでしまった人はもう生き返らないし、
世界はそれでも回っていくんだから!」
雪が悲痛とも言える声で叫ぶ。
戦劫王の金色の球体が徐々に膨張していく。
大恒王を囲んでいた新世界連合の人間達が、
歪み始めたその空間に吸い込まれ始めた。
絶叫しながら消えていく人影を見ながら、
雪は絆に支えられながら声を張り上げた。
743 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/27(金) 18:42:15.91 ID:pjq4rUFZ0
「天使一号と共に消えなさい!」
「ブルフェンヲ使用シマス」
AIの声が大恒王の中から響く。
接続もされていないのに。
雪は、大恒王を動かして立ち上がらせた。
そして両手を戦劫王に向ける。
大恒王も広げた両手を戦劫王に向けた。
悲鳴のような声を上げ、雪は膨張し続ける
金色の球体向けて、
真っ白なホワイトホールを放った。
周囲にリング状の衝撃波が広がり、
戦劫王を絃ごと巻き込んで、それは消えた。
一瞬後、戦劫王の姿がぐんにゃりと歪んだ。
744 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/27(金) 18:42:51.06 ID:pjq4rUFZ0
異形のAADはしばらく歪む空間に
抵抗していたが、
やがて渦に巻き込まれて小さく
圧縮され潰れ始めた。
絆の目に、コクピット内で絃が、
諦めたように操縦桿から手を離すのが見えた。
一瞬後、絃ごと戦劫王が
ビー玉程の大きさに圧縮され、そして消える。
光が収まった。
パラパラと白い灰が降ってきていた。
まるで「雪」のように。
バーリェの少女は、絆の体にぐったりと
寄りかかると、手を伸ばして彼に触れた。
「ああ……」
小さな声で雪は呟いた。
「みんながいる……」
745 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/27(金) 18:43:22.56 ID:pjq4rUFZ0
そして彼女は、ぐったりと脱力した。
絆は、だいぶ長い間雪を抱いていた。
灰が体に降り積もっても、尚雪を抱いていた。
空から幾万もの粒子が舞い落ちてくる。
もう動かない亡骸を抱いて、絆はその灰の中、
ただ呆然と空を見上げた。
帰る場所なんて、どこにもない。
戻る場所なんて、もうどこにもない。
ここから基地に帰還できるかどうかも分からない。
軽く自嘲気味に笑って、
ボロボロの体で彼女にそっと呟く。
「帰ろう……」
動かない彼女。
鼓動を止めた彼女に、絆は静かに言った。
746 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/27(金) 18:43:58.67 ID:pjq4rUFZ0
「帰ったら……みんながいるんだ。
みんな、帰りを待っててくれるんだ。
だから……一緒に帰ろう。家に」
「…………」
「目を開けろ……一緒に帰るんだろう?
一緒に帰れるんじゃ、なかったのか?」
その問いに答える声はなかった。
いくら待っても、帰ってくるのは
漠然とした沈黙だけだった。
この子が、何であろうと構わない。
たとえそれが、存在することが
許されないものであったとしても、
俺はそんなことを問題にはしない。
これからも、きっと気にはしないだろう。
それを、ただ伝えてやりたかっただけなのに。
もう、彼女は動かない。
747 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/27(金) 18:44:37.20 ID:pjq4rUFZ0
亡骸をそっと地面に置いたところで、
体中の力が抜けた。
泥水の中にうつぶせに倒れこむ。
もう、体を動かすことが出来なかった。
……ごめんな。
お前達を、十分に愛してやることが
できなくて、ごめんな。
ただ、守りたかっただけなんだ。
ただ、お前達と一緒に暮らしたかっただけなんだ。
でも、それは。
何よりも難しいことで。
何よりもつらいことだったんだよ。
襲ってくるのは自責の念。
狂気の感情。
748 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/27(金) 18:45:06.10 ID:pjq4rUFZ0
そこに飛び込むことも出来た。
出来たが、それは適わないことだった。
俺はここで死ぬ。
何もかもが終わったここで、
俺はもう役目を終えるんだ。
だからもう、苦しい思いはしなくていいんだよ。
もうお前達のように、
つらい思いをする子はいないんだ。
だから帰ろうよ。
一緒に、戻ろう。
……手を握られた気がした。
無理矢理に顔を上げたその先に、
みんなが笑っているのが見えた。
絆は、彼女達に手を引かれ――。
749 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/27(金) 18:45:45.40 ID:pjq4rUFZ0
*
「絆特務官様、どうかされましたか?」
問いかけられ、絆は顔を上げた。
コクピットの中、彼は小さく笑って、
こちらを見ていた純に返した。
「いや……何でもない」
「まだ体調が万全ではないのでは?
お休みになっていた方がいいですよ」
「そうです、マスター……
フォロントンから六ヶ月経ったといえ、
重症だったのです。
まだ戦闘は早いと思います」
純の隣に座っていた霧もこちらを見て口を開く。
750 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/27(金) 18:46:15.82 ID:pjq4rUFZ0
絆は、しかしギプスがとれた腕で
頭を掻いて肩をすくめてみせた。
そして操縦桿を握って言う。
「テイクオフだ。集中しろ」
「はい……」
「了解しました!」
純と霧が返事をする。
背後の席で、渚が小さな声で言った。
「……本当に良いのですか?
もう一度この機体に、
あなたが乗りたいと言ったと聞いたときは、
嘘かと思いました」
絆は黙って大恒王の操縦桿を握りこんだ。
751 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/27(金) 18:46:47.71 ID:pjq4rUFZ0
フォロントンでの戦いから、
すでに半年が経過していた。
体の怪我は殆どが完治していた。
まだ若干指先に障害が残るものの、
今の医療技術には舌を巻かされるばかりだ。
――死星獣は、いなくならなかった。
フォロントンの拠点を撃滅したといえ、
新世界連合の残党も、
いなくなったわけではなかった。
世界中に散らばり、
今度はスラムの人間と結託して戦争を起こしている。
死星獣も変わらず出現はしていたが、
絃が天使一号を使ってやったような
極端な出現は、もうなかった。
752 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/27(金) 18:47:23.37 ID:pjq4rUFZ0
空を飛ぶ大恒王が、雲を抜けて青空の真下に出る。
『絆特務官、お体の調子はどうですか?』
通信が入り、椿の顔が映し出された。
「ああ、問題はない。また一緒に戦えて嬉しいよ」
絆の声を聞いて、椿が安心したように息をつく。
フォロントンで絆を救ったのは、椿だった。
撃墜された瞬間に脱出ポッドを起動させて
外に出ていたのだ。
度重なる大恒王の攻撃は、
生き残ったバーリェ達のエネルギーで
耐えていたらしい。
倒れた絆達を見つけて、基地まで運んだ命の恩人だ。
『今回も勝ちますよ! 私達が揃えば負けはありません!』
大恒王の脇に、同型機の椿が乗っている
機体が浮かび上がる。
753 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/27(金) 18:47:54.39 ID:pjq4rUFZ0
「ああ……そうだな」
小さく呟く。
一連の大恒王の戦果により、
元老院はその凍結を無理矢理に解いてしまった。
絆は脳検査などをされたものの、
勲章を授与されて不問の扱いだった。
「……ハッチを開けてくれ」
そう言った絆に、怪訝そうに渚が口を開いた。
「え……?」
「外の空気を吸いたいんだ」
「分かりました」
純がそう言い、高度を下げて、
空気を抜いてから大恒王のハッチを少し開く。
絆はそこで、服に取り付けられていた数々の
勲章を全てむしりとり、空中に投げ捨てた。
754 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/27(金) 18:48:29.23 ID:pjq4rUFZ0
「あ……な、何をなさるんですか!」
慌てて立ち上がろうとした渚に、
絆はハッチをボタンで閉めてから言った。
「こんなものあっても、みんな帰ってこないからな」
「…………」
黙り込んだ渚に、
絆は軽く笑いかけてから操縦桿を握った。
生き残ってしまった。
また、死なずに俺は生き残ってしまった。
そしてきっと、これからもずっと。
生き残っていってしまうのだろう。
755 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/27(金) 18:48:56.34 ID:pjq4rUFZ0
ならば。
ならば俺は。
戦ってやるさ。
死星獣と、新世界連合と、
そして、この世界を牛耳っている元老院と。
バーリェが俺達の害になるのなら、
一緒に生きて、いつか害にならない日まで暮らそう。
これからもずっと。
俺は、この子達と生きていこう。
そして、いつかきっと。
あの場所に行くんだ。
みんなが待っている、あの場所に。
756 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/27(金) 18:49:27.42 ID:pjq4rUFZ0
「さぁ……戦闘だ!」
短く言って、操縦桿を握りこむ。
高速で動き出した大恒王の中、
絆は軽く目をつむった。
手を差し出したみんなの顔が、
そこにあった気がした。
「重力子指数増大、死星獣、来ます!」
渚の声がする。
絆は息を吸い、目を見開いて――。
757 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/27(金) 18:50:02.37 ID:pjq4rUFZ0
少女「それは儚く消える雪のように」 結
758 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/27(金) 18:52:17.59 ID:pjq4rUFZ0
お疲れ様でした。
今まで頂いた数々のご支援、心から感謝いたします。
そして沢山のご感想をくださったみなさんにも、
重ねて心から感謝の言葉を述べさせてください。
本当にありがとうございました。
これだけ長い期間書き続けることが出来ましたのも、
ひとえに皆様のおかげです。
759 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/04/27(金) 18:55:46.10 ID:xg2hjVPH0
乙ぅぅぅぅぅぅぅぅぅ
760 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/27(金) 18:56:17.90 ID:pjq4rUFZ0
このお話はここでお仕舞いですが、
まだまだいろいろ書かせていただきたいと思っています。
ツイッターやここで、ご意見やご感想など
ございましたら、お気軽に頂けますと更に嬉しいです。
また、別スレでも違うお話を書かせていただいています。
少女「ずっと、愛してる」
1スレ目:
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1327234326/
2スレ目:
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1328684504/
こちらは魔法使い系のお話です。
お暇な方は気が向かれましたら、
足を運んでいただければ幸いです。
761 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/04/27(金) 18:57:42.15 ID:pjq4rUFZ0
それでは、失礼させて頂きます。
全ての皆様の健康と、健やかな毎日を願いまして。
ありがとうございました!!
762 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(東京都)
:2012/04/27(金) 19:13:46.36 ID:G+gU3MJco
おつつつつつ!
763 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/04/27(金) 19:45:59.25 ID:PjBz2VQIO
乙
764 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(大阪府)
[sage]:2012/04/27(金) 19:48:29.13 ID:QMNqMuFao
おつぅ!
765 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/04/27(金) 20:15:18.49 ID:H93g8R9DO
乙。
……乙!!
766 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
:2012/04/27(金) 20:45:39.41 ID:ZCIIjUeTo
乙!!
767 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/04/27(金) 23:24:19.19 ID:AUMb/2Fgo
やっぱ初期メンは全滅しちゃったか…
最初から最後まで独自の世界観を楽しませて貰いました。
お疲れ様!
768 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(愛知県)
[sage]:2012/04/27(金) 23:30:04.45 ID:2yHZqqX1o
乙!!!
769 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2012/04/27(金) 23:30:24.37 ID:EOMlUHwDO
我等が知ることが出来るのはここまで。
でも、それでも彼等の世界は続くのでしょう。
彼等の未来に幸多からんこを…
770 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)
[sage]:2012/04/28(土) 02:45:31.08 ID:CZRfux1/o
おつ
771 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(埼玉県)
[sage]:2012/04/28(土) 09:33:40.99 ID:QTPP9cXbo
乙乙!
772 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(長屋)
[sage]:2012/04/28(土) 15:04:10.71 ID:NdanK43co
本当に乙でした
773 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(新潟・東北)
[sage]:2012/04/28(土) 17:45:40.44 ID:YhcHyLIAO
乙!
すごい面白かった。
殿堂入りさせようよこれ。
774 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/04/29(日) 10:26:51.70 ID:ZzrQW+JIO
久しぶりに、熱いロボットものを見た
某エ●ァとも並ぶレベル
なんとなんと魅力的な作品だろう
世界観、人物、メカ、どれをとってもセミプロだ
個人的には陽月王が最も好きなデザイン
775 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/04/29(日) 20:24:18.98 ID:E6qHp42Co
元老院戦は無かったか
全てを語って解決してしまうよりこの作品にあってるのかな
お疲れ様でした
雪が解けて春が来るように、彼らの生きる世界が変わっていくよう祈ってます
776 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
:2012/04/30(月) 15:22:59.59 ID:Bcc5Tk090
乙ですっ!
777 :
三毛猫
◆E9ISW1p5PY
[saga]:2012/05/04(金) 13:38:40.26 ID:NNs5Kzip0
こんにちは。
ツイッターやなどでも沢山のご感想をいただきました。
本当にありがとうございました!
楽しんでいただけてとても嬉しいです。
一週間ほど経ちましたので、HTML化依頼を出させて頂きました。
このスレは近くHTML化していただくことになると思われます。
次回作としては、前書かせていただいていました
少女「ずっと、愛してる」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1328684504/
の方に移動させて頂きます。
合わせてお楽しみいただければ幸いです。
それでは、何かご意見やご感想がありましたら、
遠慮なさらずにコンタクトを頂けますと嬉しいです。
事後報告になってしまいましたが、これからも宜しくお願い致します。
450560 B
[ Aramaki★
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