32:名無しNIPPER[sage saga]
2017/07/15(土) 20:58:26.87 ID:+eTeNEs7O
  
 後日、勤務時間中にわかりやすく沈んでいる男を見つけた。事情を知らない周りは腹でも壊したのかと心配していたが、知っている身としてはなんて露骨な、とまた少し呆れる。 
  
 仕事上がりにひっ捕まえて、そのまま近場の呑み屋へと拉致した。幸いその彼は二十歳を超えていた。 
  
33:名無しNIPPER[sage saga]
2017/07/15(土) 21:13:35.66 ID:+eTeNEs7O
 7. 
  
 色んなことがあった。 
 彼女と出会ってから。一年はあっという間に過ぎ、二年めはそれよりもさらに早く過ぎていった。 
  
34:名無しNIPPER[sage saga]
2017/07/15(土) 21:14:13.34 ID:+eTeNEs7O
  
 周りには聞こえない方がよかろうと、途中の自販機で飲み物を買って人気のない近くの市民公園に向かった。 
 ブランコになんて乗ったのは小学生ぶりだ。 
 キコ、キコ、という鎖の軋む音が、木々の葉が掠れる音と混ざって静かな夜に溶けていく。 
  
35:名無しNIPPER[sage saga]
2017/07/15(土) 21:15:38.20 ID:+eTeNEs7O
  
 「これ……どーしたらいいと思う?」 
  
 相談は、漠然としていた。そんな丸投げの問い。 
 どうしたいのか、と聞き返そうとして、やっぱり飲み込んだ。聞かずともわかる。 
36:名無しNIPPER[sage saga]
2017/07/15(土) 21:16:29.45 ID:+eTeNEs7O
 着ている服にせよ、携帯のマスコットにせよ、髪型にせよ、メイクにせよ。一般の大衆ウケからは外れているかもしれないが、それらは彼女が可愛いものを求めた結果だ。 
 アイドルなんて可愛らしいものの象徴に、なれる、ならないかと手を差し出されれば、それは掴みたくもなろう。 
  
 好きなようにするといい。子どものワガママぐらい笑って許す。大人だからな、と見栄を張った。 
  
37:名無しNIPPER[sage saga]
2017/07/15(土) 21:17:31.38 ID:+eTeNEs7O
 ほかに心配事は、と問いかける。 
  
 彼女の手の、ブランコの鎖を握る力が強くなった気がした。 
  
 「……アタシさ、こんな見た目だけど。アイドルになんて、なれるんかな?」 
38:名無しNIPPER[sage saga]
2017/07/15(土) 21:18:16.44 ID:+eTeNEs7O
  
 夜は更け、話している間に十一時前になっていた。こんな時間に一人で帰らせるのは憚られる。家までの道を付き添った。 
 彼女から、いつものような話題の提供はまるでなかった。けれど、ゆるい沈黙を辛いとは思わなかった。 
  
 彼女の家のそばまでゆるりと歩き、何事もなく送り届けた。 
39:名無しNIPPER[sage saga]
2017/07/15(土) 21:19:43.99 ID:+eTeNEs7O
  
 ……馬鹿野郎、今更になって後悔して。 
  
 別れるのが嫌だったくせに。ずっとそばに居たかったくせに。好きだったくせに。愛していたくせに。 
  
40:名無しNIPPER[sage saga]
2017/07/15(土) 21:25:22.86 ID:+eTeNEs7O
 だからきっと、これでいい。 
 誰にどれほどの罵倒を受けようと、彼女を想ったこの選択を、あの本音を伝えることを選んだ自分を間違っているだなんて、自分だけは思わない。 
  
  
 ああ、しかし、なんだ。 
41:名無しNIPPER[sage saga]
2017/07/15(土) 21:27:31.45 ID:+eTeNEs7O
 8. 
  
 「アイドル!?」 
  
 「マジで!? なんで!?」 
42:名無しNIPPER[sage saga]
2017/07/15(土) 21:29:40.50 ID:+eTeNEs7O
 二度手を大きく鳴らし、視線を集めた。 
 ある程度静まったところで口を開いた。 
  
 すまない、とまず謝った。 
 悩む彼女の背中を押したのは自分だ。引き止めようと思えば引き止められたのに、そうはしなかった。 
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