萩原雪歩「ココロをつたえる場所」
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10: ◆kiHkJAZmtqg7[saga]
2017/12/31(日) 20:59:58.74 ID:bbgcA4Fi0
「……! わたくし、コロちゃんを追いかけてきますわ!」

「……ぇ、あ、はいっ。お願いします」

 言い争いの間はあたふたして止めに入ることができず、いざロコが飛び出してしまっても、呆然として千鶴に任せることになってしまう。また何もできなかったな、と雪歩は口惜しさに手のひらをぎゅっと握った。
 だけど、自分よりもずっと強い悔しさと、戸惑いと、憂いを混ぜ合わせたみたいな顔をして立ち尽くしている桃子がそこにいたから。唇を真一文字に引き結んで、それがまるで意識して怒りの表情を作っているように見えて仕方がなかったから。
 桃子を励まして元気づけるだけの言葉、なんて偉そうなことを言えた人間じゃないけど。何か声をかけてあげたいという些細なエゴに従って、雪歩は気づけば桃子に歩み寄っていた。

「ね、桃子ちゃん」

「……なに、雪歩さん。お説教するならしてもいいよ。桃子は間違ったこと、言ってないと思うけど」

「ううん、私なんかがお説教しても、そっちの方こそどうなんだって感じだから……」

 桃子の言葉はロコと言い争っていた時とは比べ物にならないくらいに小さい。頑なに思える言葉も、自分がどんな態度をとられて然るべきか、桃子なりに想像した結果を感じさせた。
 だから雪歩は自責の念で握りしめていた手をほどいて、両手で桃子の手を取った。

「あ……」

「こうしてた方がお互いに気持ちが楽になる、って私は思うな」

「…………へんなの。それに、馴れ馴れしすぎ」

「あぅっ……。ご、ごめんね、桃子ちゃん」

 やっぱり、距離感を掴み損ねていただろうか。自惚れて近づきすぎてしまっただろうか。そもそもさっきまで怒っていた子にこんな態度をとるのが見当違いだったかな。
 一瞬で膨れ上がる自己嫌悪から、慌てて手を離す。桃子が小さく声をこぼした。

「待ってよ……。…………離さないで」

「…………うん」

 もう一度、桃子の手を握りなおした。小さくて柔らかい手は、態度と裏腹の幼さを今更のように感じさせた。

「ロコさん、怒ってたよね」

「うん」

 ぽつぽつと、ひとりごとみたいな小さなつぶやき。それに反応を返すと、雪歩の両手に桃子のもう片方の手が重ねられた。

「……どうしてだろ。桃子が、怒らせたんだよね」

「どうしてだろう。私にも、わからないかも」

「雪歩さんから見ても、桃子は良くないことを言ってるように見えた?」

「私は……ううん。きっと、私がどう思ったかは、あんまり関係ないって思うな」

「…………」

 それっきり桃子は何も語りかけてこなくなった。両方の手に、不器用に握ったり緩めたりする感触が伝わってくる。
 言葉が途切れてからしばらくして、桃子は落ち着いた調子で口を開いた。

「雪歩さん。桃子はもう大丈夫だから……少しだけ、一人にさせて」

「……いいの?」

「いいの。心配しすぎ。……考えごと、したいから」

「そっか。それじゃあ、お茶いれてくるね。今日こそ飲んでもらわなくっちゃ」

 雪歩は桃子の言葉に従って、レッスンルームを後にする。後ろ髪を引かれる思いはあったけど、これ以上心配しても余計なお世話でしかないことだってなんとなくわかっていた。離した手が所在なさげに戸惑っていたことには、気づかないふりをした。



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