萩原雪歩「ココロをつたえる場所」
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9: ◆kiHkJAZmtqg7[saga]
2017/12/31(日) 20:58:01.33 ID:bbgcA4Fi0



 交わした言葉は十分じゃなくて、それでも時間は流れていく。それを仕方のないことだと考える者もいれば、どうにかしたいと思う者もいた。
 そして、全員が自分なりの最善を尽くしながら、最初のレッスンからさらに二度レッスンが重ねられた。

「ふうっ、今日もお疲れ様ですわ。少しずつ良くなってきているとはいえ、なかなか完璧にはいかないものですわね」

「全員揃ってだと、ほとんど時間を取れてませんからね……。ロコちゃん、忙しそうですし」

 千鶴が発した言葉は、レッスン終わりの少し気難しい沈黙を破り、現状を誇張も楽観もなく伝えるものだった。
 一人ひとりが空き時間に自主レッスンを行うことはできても、全体で合わせてみないことには感覚を掴むのは難しい。その上、スケジュールの空き具合がまばらなせいで上達にも差が出始めている。お世辞にも余裕があるとは言えないだろう。

「すいません、ロコはアートの仕上げをしたいので、今日は早めに抜けさせてもらいますね」

「……待ってよ、ロコさん」

 そんな中で、桃子はレッスンルームを後にしようとするロコを呼び止めた。その語気は少しだけとげとげしい。

「……? どうしましたか、モモコ?」

「ロコさん、今一番ダンスの進み遅いよね。お仕事で忙しいのは仕方ないけど、だからこそ空いた時間はなるべく自主レッスンに使った方がいいと思う。今からなら桃子たちも付き合えるし……」

「も、もちろんロコだってわかってます。でも、このアートをフィニッシュさせることは、今のロコたちに必要なことだってロコは思ってますから」

 ロコの返答に、桃子は表情をより険しくする。わかっているならどうして、と問いただしたかった。だって、そんな風に言われたら都合よく誤魔化されているみたいじゃないか。

「っ、ねぇ、ロコさんにとっては桃子たちとレッスンすることよりも、アートの方が大事なのっ?」

「……そうじゃない、んです。ロコは、ロコのビジョンを伝えるベストなアプローチが、アートなんです! だから、だからモモコ、このアートが完成したら――」

 ――その先の言葉が、桃子に伝わることはなかった。

「完成したらレッスンします、って!? ロコの言ってること、わかんないよっ! アートなんかにかける時間があるなら、今は少しでもレッスンしなきゃでしょ!?」

 桃子は衝動的に、抑えきれなくなった憤りを爆発させていた。ロコが答えを出すでもなく、先延ばしにするような返答をしているように思えて、それが許せなかった。

「……っ!! ぅ、モモ、コ……。っ、モモコは、わからず屋ですっ! ロコがっ、ロコが、間違ってました……!」

 ロコは大粒の涙を浮かべながら、震える声で苦しげに叫んでレッスンルームを飛び出した。誰かが止める間もなく、乱暴に開け放された扉が閉まる音だけがうるさいくらいに響いて聞こえる。
 数秒の間、誰もが何一つとして行動に移すことができなかった。



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