萩原雪歩「ココロをつたえる場所」
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17: ◆kiHkJAZmtqg7[saga]
2017/12/31(日) 21:05:49.40 ID:bbgcA4Fi0



「お帰り、雪歩さん。話はできた?」

 雪歩と千鶴が買い出しに行ってからしばらく。桃子は時間つぶしも兼ねて読んでいた台本から視線を上げ、一人戻ってきた雪歩を迎えた。
 千鶴はこれ以上世話になるわけにはいかないからと買ってきた日用品の整理と収納を一手に引き受けているそうだ。彼女らしいと思うし、報告を聞く丁度いいタイミングができたことは、桃子にとっては都合がよかった。

「うん。……ロコちゃんは?」

「お仕事が入ってるって、行っちゃった。もう、お兄ちゃんはロコさんにムリさせすぎ。公演が終わったら、皮算用をみっちり反省してもらわないと」

「あはは……お手柔らかにね?」

 プロデューサーへの不満は話し出せば幾らでも出てきそうなものだけど、今はあまり関係のない話だ。桃子は思考を切り替えて、向かいの席に座った雪歩の方へ向き直る。

「それで、千鶴さんの様子はどうだった?」

「……話してくれなかった。やっぱり、何かあるとは思うんだけど……本当に、私たちに心配をかけたくないみたいで」

「……ふぅん」

 五分五分くらいかな、と思っていた。千鶴が何か言えない事情を抱えているという確信はあった。ただ、彼女がどれくらいそれを隠そうとしているかまでは、桃子に推し量ることはできなかった。だから聞き出せたとしても、そうでなかったとしても不思議ではない。

「……やっぱり、私なんかが相談に乗ろうだなんておこがましかったんだよね。あはは……」

「雪歩さん……?」

 自嘲するような色が、雪歩の声音からは滲み出ていた。具体的な行き先を持たない誤魔化しの笑いが空虚に響く。

「ううん、仕方ないの。だって私、先輩って言ってもこの通りすごく頼りになるってわけじゃないし、みんな色々心配なことがあるはずなのに、何にも解決できてないし……」

「……そういう自分が、一番いろんなことを心配してて、だからみんなにもそれが伝わってるんじゃないかって思うと、申し訳なくて」

 こぼれ出て、止まらないみたいだった。誰にも聞かせるつもりのない独り言のようで、それでも桃子が受け取ってしまうような指向性を有していた。こんなにも明確に負の感情を溢れさせている雪歩の姿を、桃子は初めて見た。

「雪歩さん」

「あっ、ごめんね……。こんなこと、聞いてても面白くもなんともないし、壁とでも話してろって感じだよね」

「まったくもう……そうじゃなくて」

 声をかけても変わらない様子に、小さくため息をつく。自虐的な表情を浮かべる雪歩の姿に全くショックを受けなかったと言えば、それは嘘になる。だけどそれ以上に、自身を貶めている彼女の言動が気に食わなかった。
 だって、そう。桃子が悩んでいた時に一番欲しかったもの……桃子すら気づいていなかったそれを、一番優しいカタチでくれた人が傷つけられているのだから。
 強引に雪歩の手を取った。手の大きさが少し足りなかったけど、両手で無理やりに包むようにする。少し前まで冬の寒さと戦っていたその指先は、まだひんやりと冷たかった。

「……別に何か解決したわけじゃなくても、桃子は雪歩さんにこうされてて、楽になったよ」

「…………!」

 雪歩は少しだけ目を丸くして桃子の方をじっと見ていた。あの時、雪歩はどんなふうにしてくれていたっけ。思い出そうとしても、今は冷え切ってしまっている彼女の手のあたたかさしか浮かばなかった。だからもう、思ったことをそのままに。

「心配事があっても、不安でも。……楽になったら、頑張ってみようって思えた。ちょっとだけ、建設的に考えられるようになった。それじゃ駄目なの?」

「……ダメ、じゃない。……のかな?」

「わかんない。だから、聞いてる」

「……桃子ちゃんの手、あったかいね」

 ふ、と。雪歩は力が抜けたように微笑んで、桃子の手を頬っぺたまで引き寄せた。滑らかで、握っていた手よりもずっと柔らかい感触を手の甲に感じる。

「……っ。いいけど。そのままで、いいけど…………恥ずかしい」

 ぼそぼそと、消え入るような桃子の声は雪歩には届いていないように見えた。聞かれていたとして、それはそれで気恥ずかしいから都合は良かったのかもしれない。それに、雪歩の冷やっこい頬っぺたに手をむにむにと押し付けられる感覚が心地いいのも確かだし。
 しばらくの間……少なくとも、桃子が雪歩の体温を冷たいと感じなくなるまでそのままでいた。そろそろいいか、と思った桃子は、いたずらっぽく笑いかける。

「雪歩さんって、時々びっくりするくらい大胆だよね」

「え? ……ああっ! ごごごめんね桃子ちゃん!」

 一瞬フリーズした雪歩は、桃子の予想と全く違わない反応を返した。わたわたと慌てて煙を吹きそうなほどに赤面した彼女の様子を、桃子はくつくつと笑いながら眺めていた。



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