18: ◆kiHkJAZmtqg7[saga]
2017/12/31(日) 21:07:32.34 ID:bbgcA4Fi0
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何が重なったのか、ひどく頑なに口を閉ざされたものだと桃子は思う。胸を張って未来を語っていた時の活き活きとした姿は、もう振る舞いにしか残っていないように見えた。
悩んで、もやもやして、でも打ち明けようとすることもできなくて……それなら何でもないように見せた方がずっと良いから、普段の自分を演じている。こと演じることについては一家言もっている桃子にとって、そういう様子はむしろ異変を浮き彫りにして見せているようで気持ち悪かった。
ただ、そのきっかけは自分だったかもしれないと桃子は自省する。最初に不和を起こしたのは間違いなく自分だ。それが巡り巡ってこの結果を招いていたとして、何もおかしくはなかった。今桃子が感じているものだって、ひどく余計なお世話なのかもしれない。でも。
桃子の考えを変えたのが、そういう余計なお世話であることは間違いないから。自分の手を簡単に包み込んでしまえる、あたたかでやわらかな両手の感触を覚えているから。
伝えてみようと思う。嫌なものにばかり気付いてしまうどうしようもない目聡さを、変わってほしいという願いで包んで。今一番歪んだ演技になってしまっている彼女に。
まとまった考えを、オレンジジュースと一緒に飲み込む。ドリンクバーと、セットにして安くするために頼んだアイスクリームを前にして、桃子は禁煙のテーブル席に一人で座っていた。
『二人で話したいことがあるから、今日の空き時間にファミレスで待ってる』
『わかりましたわ』
今朝方、千鶴に送ったメッセージの履歴を読み返す。少し強引な誘いと手短な了承の返事は、ちょっとだけ重苦しい空気を感じさせている。断られたくないからって、ストレートに書きすぎたかもしれない。
アイスクリームを食べ終わったくらいのタイミングで、待ち人はやってきた。
「お待たせしちゃったみたいですわね。桃子ちゃん、お話というのは?」
「桃子が早く来ただけだから気にしないで。それと、先に何か頼んだ方が良いと思う」
それもそうですわね、という言葉と共に千鶴は席に座る。そのままメニューを見ることもなく呼び鈴を鳴らし、ドリンクバーを単品で注文した。随分と慣れた調子で、それを気にした様子もない。庶民的なお店がどうこうと自分から言い訳をしていた姿も桃子の記憶には残っているのだけど、今日は違うようだ。
空になった桃子のグラスも一緒に持って飲み物を取ってくる彼女の様子を、桃子はやっぱり手慣れているな、という感想を抱きながら眺めていた。
「ありがと。それじゃ話に入るね。……単刀直入に」
自分の考えていることをまっすぐに伝える上で、前置きとか口調に気を遣えるほど、桃子は自分自身というものをしっかり理解していないから。直接的な言葉で、遠慮なく、はっきりと口にする。
「千鶴さん、最近何か悩んでるか、隠してるよね? 様子、ヘンだよ」
「……! コロちゃんにも、雪歩ちゃんにも似たようなことを聞かれてしまいましたわ。そんなにおかしいかしら、最近のわたくしは」
千鶴の反応からは、何を問われるのか想像がついていたような様子がうかがえた。返答は淀みない。確信を持つだけの根拠がなければ、これ以上の追及はためらっていただろう。
「それを認めないで誤魔化そうとするところが、二階堂千鶴らしくない。心当たりがないならなおさら、どこがおかしかったのかを聞いてすぐにでも改善しようとするのが、桃子から見た千鶴さんのイメージだったけど……違う?」
疑問形でありながら、桃子の言葉は返答を求めていなかった。二階堂千鶴らしくない……桃子の含んだ言い回しに、千鶴は瞳を揺らす。
「どうして、そう思いますの?」
「だって千鶴さん、普段から自分を演じてるでしょ。他の人がどうかは知らないけど、桃子はそういうの、ちょっとだけわかるから」
そして、それを指摘することがひどく無遠慮で無粋な行為であることも、桃子は理解している。だから今まではっきりと指摘することはなかったし、今はそれを言わなきゃ仮面を崩せないくらいに、千鶴が頑なになっているように思えた。
きっと千鶴には、見て欲しいと感じている自分の姿がある。それを保つために、時に不自然にも思える言動をしてしまう時もある。お仕事の中で愛想よく演じる必要性は桃子にも理解できるけど、プライベートでそれを徹底する理由まではわからない。でもきっと、千鶴にとってはそれもまた必要なことだ。
だから、桃子にとってこの場所が、自分の感性で千鶴に踏み込める限界。これ以上は偏見か憶測か、心ない言葉で無理やりに踏み荒らしていく行為に他ならないだろう。ついこの間、ロコにしてしまったように。
千鶴が着けている仮面とその綻びを同時に指摘してもなお、彼女が素顔を晒せないというのであれば……その時は潔く諦めるしかない。
「そういえば、女優でしたわね、桃子は……敵わないわけですわ」
「話してくれるつもりになった?」
「ええ。ここまで言い当てられてしまったら、これ以上隠していても仕方ありませんもの。それに……」
「桃子なら、ここだけの話にしてくれそうですから」
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