萩原雪歩「ココロをつたえる場所」
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19: ◆kiHkJAZmtqg7[saga]
2017/12/31(日) 21:08:41.15 ID:bbgcA4Fi0
 千鶴はバッグから折りたたまれた数枚の紙と、ブレスレットのようなものを四つ取り出した。ブレスレットはどれも似たようなデザインで、煌びやかでありながら柔らかさを感じさせる。そして一様に、どこか簡素で物足りない印象を桃子に与えていた。

「……それは?」

「ロコアート。それとそのデザイン画みたいですわ」

 千鶴の手によって開かれた紙には、確かに机の上のブレスレットによく似た絵が描かれている。沢山の文字で埋め尽くされていて、よく見えない部分もあるけれど。

「……ふぅん。ロコさんが作ってるアートって、オブジェみたいなものだと思ってたけど……こういうのもあるんだ。でも、ちょっとシンプルすぎるデザインかな」

「それはきっと、これがまだ作りかけだからだと思いますわ」

 みたい、きっと……千鶴の言葉の節々には違和感があった。ほんの少し考えてみれば、その感覚はそもそもの部分で生じうる疑問につながっていることに、桃子は気づく。

「……あれ。でも、どうしてそれを千鶴さんが持ってるの?」

 そう。ロコアート、それも完成品でないものや、誰かに渡す理由もないはずのデザイン画を千鶴が持っていること自体が妙なのだ。千鶴は数秒ためらい、そして諦めるように口を開いた。

「…………捨てられていましたの」

「……え?」

 想像もしていない答えが返ってきた。ロコと、アートを捨てるという行為が桃子には全く結びつかなかった。

「劇場のゴミ出しを手伝っていた時に、偶然気づいたんですわ。デザイン画とにらめっこしている様子を見ていたから、目に映ってしまって」

「でも、どうして捨てるなんて……? 確かに最近、ロコさんからアートの話はあんまり聞かないけど」

「……コロちゃんにとってアートは、気持ちを伝えてくれるもの、らしいですわ。自分の言葉が人に伝わりにくいと、悩んでいるみたいでした」

「それじゃ、なおさらアートを手放す理由がわかんない。……大事な物の、はずでしょ?」

 桃子は苦々しげに疑問を重ねる。ロコが自身の言動について自覚していた……それどころか気にしていたと聞いて、無遠慮な言葉を突き付けていたことへの罪悪感に苛まれた。

「アートに頼らなくても、言葉で気持ちは伝わる、と。わたくしは、そう言ってしまいましたの。……コロちゃんはわたくしの言葉を信じて、決心したのだと思っていますわ。でも……」

 千鶴はデザイン画を桃子の方へ差し出した。傍目から見てもわかっていたことだけど、改めて近くで見たそれは、まさしく情報の塊だった。
 “みんなの腕にフィットするようフレキシブルに” “やわらかさとゴージャスさ、予算のバランス” “モモコはどんなデザインがフェイバリット?” “サビの右手を掲げてスウィングする振り付けでお揃いだって伝われば、きっとファンタスティックなインプレッションになるはず!”
 他にも数えきれないほど、ロコの思索の跡が記されている。読みつくすことも、語りつくすこともすぐにはできそうにない。でも、簡単にわかることが一つある。
 ロコは公演の時にみんなで身に着けるためのアクセサリーをアートとして作っていたこと。デザインには、みんなが表現したいと語った言葉が取り入れられていること。そのみんなの中に、当然のように桃子も含まれていたこと。

「……そんな、これ」

「ここに書かれている言葉の、ほんの一部しかコロちゃんの気持ちとして受け取れていませんでした。わたくしは、耳障りのいい言葉を並べていただけでしたわ」

 千鶴の言葉が、ずっと遠くの方で聞こえるように桃子には感じられた。こんなの、知らない。聞いてない。アートを送る相手への気持ちが、ロコが口にすることのできなかった言葉が、溢れるほどに詰め込まれている。

「千鶴さん、ロコさんとその話をしたのっていつ。教えて」

 余裕のない早口で、桃子は問いかけていた。答えは想像がついていたけど、そうでなければいいと心から願っていた。

「…………ちょうど、コロちゃんと桃子ちゃんが喧嘩した日の夜、でしたわ」

「っ、ぅく……そんな、の」

 感情のままにロコに打ち付けた言葉がフラッシュバックする。

 ――ロコさんにとっては桃子たちとレッスンすることよりも、アートの方が大事なのっ?
 ――アートなんかにかける時間があるなら、今は少しでもレッスンしなきゃでしょ!?

 なんてこと、言ってたんだろう。ロコはずっと公演のためにアートを作っていたのに。みんなのことを……ロコに対していい態度を取っていたとは決して言えない桃子のことすらも考えて、ここまで形にしたというのに。その情熱を、向けてくれていた優しい気持ちを、真っ向から否定していたのだ。
 それでもなお、仲直りをして、ずっと普通に話してくれていたことが、桃子には信じられなかった。余りにも釣り合いの取れていないお互いの感情が、重くのしかかるみたいだった。



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