萩原雪歩「ココロをつたえる場所」
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8: ◆kiHkJAZmtqg7[saga]
2017/12/31(日) 20:57:14.63 ID:bbgcA4Fi0
「えっと、桃子ちゃん……?」

「次、桃子の番だよね」

「え、ええ。そうなりますわね」

 桃子の言葉には、どこか冷めた響きがあった。困惑するだけの時間もほとんど与えないままに、桃子は口を開く。

「桃子は自分が表現したいことなんて、わかんない。やりたいことを教えて、って言われても、答えられないの。だってそんなこと、考えたこともないもん」

「だから、皆さんで決めてください。桃子は、それをこの四人で一番ってくらい完璧に演じてみせるから」

 桃子は抑揚をつけず、感情を乗せようとしないままでただ淡々と意見を伝えるためだけに言葉を紡いでいた。
 桃子が経験してきた仕事は、監督と脚本に沿って形作られる物語の歯車になることだった。そこにアドリブや解釈の余地はあっても、演技の根本を決める権利なんてない……それが当然だと思っていた。
 アイドルの世界がそうじゃないってことは、なんとなくわかってる。でも、だからって今すぐ意見を出せって言われてもわからないとしか言いようがないのだ。桃子は、右も左もわからないまま、見よう見まねでアイドルを演じているひよっこだから。

「……オブジェクションです! モモコにだってアイドルとして、アクトレスとしてのコミットメントがあるはずだって、ロコは思います! それに、モモコを抜きにして決めるなんて……」

「ロコさん」

 不満を持っているようにも、悲しげにも感じ取れるロコの言葉を、桃子はあえて遮った。

「桃子はね、カタカナ語の意味、ちゃんとわからないから。……ロコさんが言いたいこと、全然伝わってないんだと思う。でも、謝らないよ」

「っ……わかり、ました。ロコも、アプローチを変えようと思います。チヅル、ユキホ、ソーリーです。コンセプト決めはリスケさせてください」

 桃子の言葉にはっとした様子のロコは、眉を下げながら力なくミーティングの終了を持ち掛ける。桃子は感情を感じさせない表情でその言葉を聞き届けた。
 二人の会話をどうにか取り持ちたい……そう思うけど、雪歩には適切な言葉が浮かばなかった。険悪というほどとげとげした雰囲気じゃないけど、息苦しいのは確かだというのに。

「わかりましたわ。今は、レッスンに励みましょう。積み重ねは無駄にはなりませんものね!」

「……はいっ」

 前向きに振舞ってくれている千鶴の言葉に明るい声音を重ねることが、雪歩にできる精一杯だった。不安と、不安に負けないために頑張らなくちゃという感覚が、じわりじわりと雪歩の頭の中を埋め始めていた。



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