10:名無しNIPPER
2021/11/27(土) 20:40:25.46 ID:u50g9+A20
  
  
 「千里の道も一歩から、でしょ」 
  
 「千里どころか、万里の道に感じます」 
  
 「あら、素敵じゃない。数千年後には世界遺産になれそう」 
  
 「からかわないでください……」 
  
  
  目を伏せた文香も、ペットボトルに口をつける。私と同じ商品の味違い。 
  
  
 「悪かった、文香。拗ねないでよ」 
  
 「拗ねては……いません……」 
  
  
  
  説得力の無い言葉だった。 
  
  でも指摘をすればより恥ずかしがってしまうだろう。 
  
  だからなにも言わなかったが、つい小さく笑ってしまった。それじゃあ、意味がない。 
  
  
 「もう……」 
  
  
  益々顔を伏せた文香に、私はまた笑ってしまった。 
  
  
  
  
 「……すみません」 
  
  
  唐突に文香が謝ってきて、私は目を丸くした。 
  
 「なにが?」 
  
 「今日のレッスン、付き合わせてしまって」 
  
 「別に、たまたま一緒だっただけでしょ?」 
  
 「たまたまなんて……今の奏さんと私では、ダンスのレベルが違いますから……私と同じレッスンを、奏さんが行う理由はありません」 
  
  
  長い前髪の向こうで、蒼い瞳が揺れていた。 
  
  その通りだ。本当ならば、今日のダンスレッスンは、文香一人で行う予定だった。その話をプロデューサーから聞いた時に、私も一緒にやると言ったのだ。 
  
  私と文香は同期だし、誰か居た方が文香も心強いんじゃないかと思って。 
  
  でも、そのことを黙っていたのはいらぬ気遣いだったか。 
  
  
 「気にしないで。レッスンに付き合うって言いだしたのは私からだから。でもそっか。素直に言っておけば良かったわ。私こそごめん」 
  
 「いえ、そんな。奏さんが謝る事なんて……ありません」 
  
  
  あたふたと、文香は胸の前で小さく両手を振った。 
  
  
 「私の事を思ってくれたから、一緒にレッスンを受けてくれたんですよね」 
  
  
  
 「さあ、どうかしら」 
  
  
  
  素直になろうと思ったのに、文香に見抜かれてるとなると、つい誤魔化してしまった。 
  
  文香はそれ以上追及してこないで、白い肌に淡い笑みを浮かべただけたった。全て分かっているとでも言いたいかのように。 
  
  
  じんわりと頬が熱くなって、火照りを和らげるように、ペットボトルに口をつけた。 
  
  
  
  
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