321:空っぽの境界[saga]
2013/02/08(金) 23:41:16.95 ID:rTuRyC5r0
それから二人は取り留めのない話をした。
何のことはない、友人や家族のことなどだ。
しかしほむらの話を聞くほどに、彼女は口を噤んでいった。
こうして話しているだけで、二人の距離も、感覚も、時間さえもずれていることに気が付いたからだ。
橋を抜ける風はどこまでも肌を傷め付け、靡く黒髪は闇に溶ける。
ほむらはまどかの隣、光降る場所に佇み静かに白い息を吐いた。近くで見ると、着ているドレスに負けないくらい白く、あるいは透き通っている肌がそこにあり、淡いリボンで二つに結われた桃色の髪はうっすら燃えるように煌めいている。
「ほむらちゃんは、空っぽについて考えたことはあるかな?」
唐突に、しかし極自然な流れで、彼女は尋ねた。
「空っぽ……。そこにあったものが無くなってしまった、あるいは初めから何も無かった状態。空っ欠、すっからかん、伽藍洞、空ろ、虚ろ―――零の状態と言えるかしら」
「零の状態、ね。―――確かにその通りだね。何もない零っていうのは、空っぽを形容するのにふさわしいかもしれない。でもほむらちゃん、本当にそうかな。
だって、私は空っぽについて考えてと言われた時は、同時に外側の器もイメージするから。たとえどんなに薄くて、脆くても、外側が残ってれば、その中身が無くなったとしても、本当に空っぽになったと言えるのかな。外側には、何の価値もないのかな」
それは場合によるわ、とほむらは言う。
例えば瓶に入れられた水があったとして、その水を飲んで無くしてしまえば、もう飲むことは出来なくなる。その時になれば、もはや瓶に価値などない。
「そうだね。じゃあ、魂をソウルジェムに移された魔法少女の場合だったら、どうかな。魔法少女は、空っぽになっちゃったのかな?」
ほむらは答えに窮する。
人は魂の在り処にこだわる生き物だ。
元々その存在を知覚出来ず、不確定な概念でしかないものであるにも拘らず、人は自らの魂を燃やし、震わせ、刻む。
魂がその身から離されたというのなら、元々魂とはどこにあったというのだろう。
「人の体は魂と精神、それに肉体の三つで構成されるっていうけど、実は全部繋がってるものだと思うの。思考して、判断して、行動をする。あるいはその逆。健全なる精神は健全なる肉体に宿る―――肉体なくして精神は成り立たないし、精神なくしても肉体は成り立たない。魂はその二つを包むもの……その人のカラ。魂は生命の源で、心や人格、気持ちを司るものだと思う。気持ちがあるから考えるし、人格の現れる行動になる。
ただ脳内で思考して動くだけなら、それはロボットと同じだよ」
ほむらに思い当たる節はある。
ソウルジェムが生命活動の一部を担う器官になっていたり、円環の理に導かれた魔法少女の体が消えてしまったりするのは、魂と肉体が繋がっているからなのだろうか。
「それだと、魔法少女に残っているのは肉体と精神だけね。それとも、魂も繋がっているから三つ揃っている、と言えるのかしら」
「そう。全てが繋がっていると考えたら、その子自身は全く空っぽでもなんでもない。魂という外側が無くなっちゃえば、中身は溢れるしかなくなるもんね。それなのに、魔法少女になった子は、まるで自分が何にもなくなっちゃったみたいに感じてしまう子が多いの。
これって変だと思わない? その子は本当に空っぽになってはいなくて、精神も肉体もちゃんと残ってるはずなのに。
本当の空っぽっていうのは、あったはずの中身や周りにあるはずの外側……精神も肉体も、魂も、完全に何も無くなった時に初めて言えるんだよ」
彼女からは、悲しそうだとか寂しそうだという表情は一切読み取れない。
そこに本当に存在しているのか、こうして話しているほむらですら不鮮明だ。
彼女の頭の上には全く雪が積もっていなかった。
「奥が深いわね、空っぽ。あるかないかの二極化と思っていたわ」
「それもまた一つの答えかもしれないよ。少なくとも、私は、魔法少女達が空っぽだと思ってる状態は―――その境界はあなた達が思ってるほど脆くないんだよって、伝えてあげたいの」
「……それが、あなたの願いなの?」
「違うよほむらちゃん。―――私がその願いの結果なの。あなた達は空っぽじゃないんだよって鹿目まどかが願ったから、今の私がここにあるんだよ」
…
795Res/559.91 KB
↑[8] 前[4] 次[6]
板[3] 1-[1] l20
このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています。
もう書き込みできません。