過去ログ - 恒一「『ある年』の3年3組の追憶」
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142:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2012/08/06(月) 22:56:30.32 ID:4DOG5YTr0

◆No.7  Sayuri Kakinuma

あの合宿の事故から、十日あまりが過ぎた。
地獄のような業火から逃げ惑い、その中で沢山のクラスメイトの命が失われた、
あまりにも恐ろしく、そして悲しすぎた出来事。
衝撃が大きすぎたせいか、まだ半月も経っていないにもかかわらず、
記憶が飛び飛びになってしまい、遥か遠い昔の出来事のようにすら思えてくる。
私にとってあの合宿は、私自身の運命を大きく変えた事件でもあった。

私は幼い頃から引っ込み思案で、人付き合いがはっきり言って苦手である。
他人と関わり、話すだけでも一苦労の私は、
一人で本を読む方がずっと性に合っていた。
内向的で感受性が強いとでも、言うべきなのか、
私は本を読んで、空想の世界に浸るのが好きな子だった。
それはおそらく今でも変わっていないと思う。
ロマンに満ちた物語や古き歴史の世界に、現実にはあり得ないような未知の領域、
それを想像するだけで、私は心が豊かになる。
でも、端から見ればそんな痛い子に近づく同級生もなかなかおらず、
自分自身も本があれば別にいいと思い続けていたこともあって、
私はずっとひとりぼっちだった。

そんな私にとって大きな転機となったのが、辻井君との出会いだった。
初めて会話したのは、図書委員会の打ち合わせの時だったろうか?

「柿沼さん・・・でいいんだっけ?
クラスのみんなに薦めたい本を色々探してるんだけど、なにかいい本はない?」

「あ、あの・・・芥川龍之介の『藪の中』なんてどうでしょう?
黒澤明の映画『羅生門』の原作で・・・」

「あぁ、この話は名作だとぼくも思うよ。まさに、日本のミステリー小説の原点だね」

「そ、そうですか・・・気に入ってもらえて嬉しいです・・・」

これがきっかけで、私と辻井君は意気投合し、
図書委員としてだけでなく、同じ趣味を持つ仲間として、
私は暇さえあれば、彼と色んな本について語り合うようになった。
辻井君は私以上に、ジャンルの引き出しが多く、
今まで私が読んだこともないような本も色々薦めてくれて、
私にとって毎日が新鮮だった。
こんなことは、一人で本を読みふけっていた時にはなかった経験だ。

しかし、初めて同じクラスになった3年生になり、
3年3組のクラスメイトが次々に亡くなると、私はそれどころじゃなくなった。
死ぬのが恐い。そんな恐怖が頭から離れず、
まるで現実逃避するかのように、本の世界に没頭するようになった。
そんな中で、なぜか辻井君は最近ミステリー小説ばかり薦めてくるようになった。
リアルタイムで、連続殺人事件のような血なまぐさい惨事が起きているというのに。
辻井君の気持ちが分からなくなってしまった私は、
夏休みが間近に迫ったある日、教室で大喧嘩してしまった。

思えば私も、あまりにも大人げない対応である。
幼子のようにかんしゃくをおこして、
その後に辻井君が声を掛けようとしても、一切耳を貸さなかった。
事実上、辻井君と絶交してしまった私は、
久保寺先生があんなことになった学校へ行くのも嫌になり、
それからずっと家の中で閉じこもっていた。

「犬も歩けば棒に当たる」「雉も鳴かずば撃たれまい」

家にさえいれば安全だ。そう思っていた私だったけど、
そのようなことなど、とても言っていられなくなる事態が起こってしまった。



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