過去ログ - 恒一「『ある年』の3年3組の追憶」
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143:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2012/08/06(月) 22:57:00.57 ID:4DOG5YTr0
7月も終わりに近づいたある雨の日、
図書館から本を借りた私は、あともうすぐで家に着こうとしたその時、
鼓膜が破れそうになるくらい大きなクラッシュ音を耳にした。
何が起きたんだろう・・・まさか私の家で何かあったら?
そう危惧した私は、音のした方向へ足を急いだ。
間もなく、トラックの荷台に載せられたショベルカーが、
ある家の二階を突き破るという、信じられない光景が目に入った。
すると、後ろから聞き覚えのある声がする。
私の存在におかまいなく走り去っていく、セミロングの女の子・・・
クラスの小椋さんだった。
翌日私は、ニュースで彼のお兄さんが亡くなったことを知った。
ふと、得体の知れない恐怖に襲われた。
家に閉じこもっても、安全どころか死ぬ事態が起きてしまった。
私の家は両親が共働きで、平日は私ひとりで留守番していることも多い。
もし、私が家で災厄に巻き込まれたら・・・
誰にも助けられずに、苦しみながら死ぬ自分を想像してしまう。
嫌だ、絶対死にたくない。いや、それだけじゃない。
これまで私は、例えひとりぼっちでも、本さえあれば別に苦痛でも何でもなかった。
それが最近は、たった一人になると、それだけで不安になってくる。
本を読んで気を紛らわそうとしても、孤独感に耐えられなくなってしまう。
思えば、こんな気分になるのは中学生になってからだ。
今と、小学生だった頃の大きな違い・・・
やっぱり辻井君の存在が大きかったのだ。
同年代の子で、初めて私の趣向や話を理解してくれた大切な人を、
どうして私は、自分の手で断ち切ってしまったのだろう。
辻井君には、川堀君や王子君など話し相手になる友達が他にもいる。
けれど、本ばかり読んでいてクラスメイトとの交流がなかった私は・・・
今になって私は、事の重大さに気づき後悔したのだった。
家の中で恐怖に怯えながら毎日過ごすよりは、
そう言う消極的な考えで、私は合宿に参加することを決めた。
締め切りの日は過ぎてしまったが、駆け込みでもなんとか間に合った。
もしかしたら、私が最後の申込者だったのかもしれない。
合宿当日、あいかわらずひとりぼっちの私に、
声を掛けてくれた一人の少女がいた。
有田松子さん。
いつも周りに人が集まる、元気で明るい女の子。
根暗でぼっちの私とは、まるで正反対だ。
「松子でいいからね、よろしく!」
「き、今日はよろしくお願いします・・・」
その勢いに少し気後れしてしまったけど、
バスの中や合宿の相部屋で、私は有田さんと色々と話ができた。
自分の趣味である小説の話に話題が移ると、
私は好きな本についていっぱい語り出した。
しまった。私は後悔する。
普段はまともな会話すら成立しないのに、
自分の好きな話になると、一旦べらべら喋りだしたら止まらなくなってしまう。
こんな私に、きっとドン引きしてしまうに違いない。
でも彼女は、
「へぇ〜面白そう。ね、ね。もっとその話聞かせて!」
一度も不満そうな顔をせずに、私の話にきちんと耳を傾けてくれる。
彼女は話し上手にして、聞き上手だった。
向こうからも質問をたくさんしてくるけど、
矢継ぎ早に畳みかけてくることをせず、
ひとつひとつ私が話し終えるまで待ってくれる。
その話し方も、ずけずけ心の中に入ってくるのではなく、
暑い夏に冷たい水が爽やかに染み渡るような、
不快どころか、話してほっとするような心地よさを覚えた。
有田さん、いや松子ちゃんは、人を惹きつける天性の才能を持っている。
それは、いつも相手の気持ちを常に考えながら行動しているからだろう。
私には無い、円滑なコミュニケーション力を、松子ちゃんは備えている。
打ち解ける内に、私は彼女を心の底から見習いたいと思った。
一方、辻井君は校庭に集合した時から目に入った。
でも今更、どんな顔をして謝ればいいのだろうか?
私は目を合わせることもできずに、今日一日ずっとすれ違ったままだった。
松子ちゃんと話をしている時でさえ、
この悶々とした気持ちを心の中のどこかで引き摺っていた。
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