37: ◆m03zzdT6fs[saga]
2013/06/18(火) 17:52:30.11 ID:gq9TOo4jo
『先方にはすでに話が伝わってる。移籍予定は来週の頭になりそうだ』
「……本当、なんですね、Pさん」
『……ああ』
彼女は、少しだけ悲しそうに俯くと、ゆっくりと顔を上げ、そして笑う。
「……っ、分かりましたっ! Pさん、本当にお世話になりました。この一か月、本当に……、本当に楽しかったですよっ」
『ああ、俺もだ。茄子さんに会えたことは、たぶん人生で一番幸運だったんじゃないか、って思うほどね』
自分で聞いていて、白々しいと思うほどのセリフ。今、まさに売り捨てようとしている相手に対してこんなことを言えば、逆上されること請け合いだ。
それでも――。
「うふふ、私、運が良いって言ったでしょ? Pさんにおすそ分け、ですよっ♪」
彼女なら、きっとそう言うだろう。それが分かっているから、俺は救いようのないクズで、どうしようもない下種野郎だ。
『それじゃ、俺は最後の詰めに行ってくる。茄子さんは……、もう、今日のレッスンはなかったな』
「はいっ、今日はもう終わりですよぉ」
『そうか、じゃあ気を付けて帰ってくれ。最近は物騒なことも多いからな』
わざと、突き放すように俺は言う。これ以上、入れ込んではいけない。彼女に、恨みこそ抱かせても、名残は抱かせてはいけない。それに……。
『じゃあ、ね。戸締り、宜しく頼んだよ』
「っ、……はいっ!」
俺は、振り返ることなく事務所を後にする。カンカン照りの太陽が、まるで彼女に酷く当たった俺を責めるように、その光で俺を突き刺してくる。
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