868:カブトムシ(お題:かぶとむし)1/8[saga sage]
2013/11/28(木) 21:54:22.62 ID:Vjzb4kQx0
新月であったのか、はたまた雲がかかっていたのか、月のない夜であった。夜11時を過ぎようかという時間に、塚田康
介は埼玉と栃木の県境にほど近い国道で車を走らせていた。辺りは暗く、まばらな街灯がぽつりぽつりと寂しげに道を照
らしているだけであったが、何度もこの道を車で行き来したことのある塚田にとっては大した危険も感じなかった。とい
うのも、この辺りは塚田の出身地であり、3年前に両親が続けざまに他界するまでは様子見によく実家へと足を運んでい
たからである。両親の早い死に、孫の顔も見せてやれなかった、と悔んだことも、今では遠い昔のように思えた。とはい
869:カブトムシ(お題:かぶとむし)2/8[saga sage]
2013/11/28(木) 21:56:43.79 ID:Vjzb4kQx0
***
その日、塚田康介は父の運転する車の助手席に乗せられていた。小学4年生である塚田にとって、夕飯を食べた後に出
かけるのはなんだか新鮮で、まるで自分が冒険に旅立つ勇者であるかのように思えた。もちろん目的は魔王の討伐などで
はない。カブトムシを取りにいくのである。
塚田の住む小さな町から車を少し走らせれば、すぐに山のふもとに辿り着く。日中であれば友人たちと自転車で向か
870:カブトムシ(お題:かぶとむし)3/8[saga sage]
2013/11/28(木) 21:58:15.35 ID:Vjzb4kQx0
翌日、授業が終わると塚田は友達にカブトムシをとったことを話した。彼らは口々に「コースケ、いいなあ」とか「俺
も自動販売機に取りに行こう」とか話し、塚田はいい気になっていたが、後ろのほうから「へえ、見せてよ」と声がす
るのを聞くと、微かに嫌な予感を覚た。声の主は楠本といい、塚田はいけ好かないやつだと感じていた。とはいえ、二
人の間に直接何かあったわけでもないし、取ったカブトムシを見せない理由もない。それに他の友達も見たいと言って
いるのだ。
871:カブトムシ(お題:かぶとむし)4/8[saga sage]
2013/11/28(木) 21:59:37.47 ID:Vjzb4kQx0
「うわ、窓閉めろ、窓!」
友達の一人がそう声を上げると、別の一人ががぱっと窓に向かって駆け出し手早く閉めた。カブトムシは琥珀色に透
き通った翅で優雅に部屋を一周し、逃げ道のないことを悟ったのか、楠本の胸に止まった。
「網は?」
「手で?まえられるだろ」
872:カブトムシ(お題:かぶとむし)5/8[saga sage]
2013/11/28(木) 22:00:15.28 ID:Vjzb4kQx0
カーブの連続する山道を走っていたからか、塚田は手首に疲労感を感じた。もう山はほぼ下りきり、道も真っ直ぐに
なってくる。片手でハンドルを握っていれば十分だ。そう判断し、ハンドルから右手を離してぐるりと手首を回した。
ぽきり、と小気味よい音が車内に響く。そのとき、塚田の目は、赤黒いシミのようなものを見た。クーラーの効いた車
の中で、汗が一滴背中を伝うのを感じた。もう一度右手を、今度は注意して見た。血だ。オフになっていた感情のスイ
ッチが入るような感覚を覚えた。
873:カブトムシ(お題:かぶとむし)6/8[saga sage]
2013/11/28(木) 22:01:50.16 ID:Vjzb4kQx0
***
その日、塚田は大阪への出張を早めに切り上げた。妻には帰りは遅くなると伝えてあったが、昼過ぎには仕事が片付
き、暇を潰すのも勿体ない気がして、すぐに新幹線に乗って帰路に着いた。1泊2日の出張は塚田にとって珍しいもので
はなく、わざわざ観光しこようとも思わなければ、今日が水曜日で明日も仕事があるのだからさっさと体を休めたいと
いう思いもあった。自由席の車両に空き席を見つけると、妻に夕飯前には帰るよとメールして、缶コーヒーのプルトッ
874:カブトムシ(お題:かぶとむし)7/8[saga sage]
2013/11/28(木) 22:03:59.65 ID:Vjzb4kQx0
「ふうん、最近はそういう人も私服で来るのか」
「そうみたいね」
「まあ作業服着るような―」
汚れる作業じゃないし、と言いさして、塚田は寝室の扉があいていることに気付いた。小さな袋が無造作に打ち捨て
られている。
875:カブトムシ(お題:かぶとむし)8/8[saga sage]
2013/11/28(木) 22:06:26.59 ID:Vjzb4kQx0
この血はいつから付いていたんだ、妻を刺した時か、それとも埋めた時か?妻を刺し殺した後、俺は手を洗ったのか?
塚田は自問したが、ほとんど何も思い出せなかった。ハンドルを持つ手が小刻みに震えているのを感じた。
そう、俺は妻を殺したのだ。塚田はようやく、はっきりと恐怖を認識した。子供がいない塚田にとって、妻はこの世で
唯一の宝と言っていい存在であった。その妻を自らの手にかけたのだ。何故だ?何故そんなことをした?何故、俺は妻
を殺したんだ?
876:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]
2013/11/29(金) 20:56:52.90 ID:DLSxNuQuo
お題ください
877:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]
2013/11/29(金) 21:19:53.56 ID:jv72MdJAO
>>876
ララバイ
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