281:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
2013/11/23(土) 06:44:33.29 ID:Yq2Noa/q0
もうチャンスは一回しか残されていない。月下は再び静木青に電話をかけた。警戒されているようだ が、仕方ないかもしれない。美織達も、月下を見守るかのように真剣な表情を浮かべていた。できければ このまま穏やかに進んでほしいと。残酷な真実なんて今の自分達にはいらないも同然。
「さっきはいきなりごめん、名前を言うべきだったな……月下だ」
『……え?』
「……覚えてるよな、俺の弟……香介を」
もちろん、弟と静木青が仲よかったことも知っている。あの時、誰もが嘆いていた日。誰かが言っていた のだから。よく青空学園からわざわざ休日、商店街や公園に遊びに行く男子小学生集団を見かけたと。そ の内の二人が、弟と静木青。よっほど仲が良かったのだと、花屋を務めていた男性がさみしそうに呟いて いた。そんなことを思い出していると泣き声が聞こえた。静木青が泣いている。それだけでもやるせない 気持ちになった。
『ごめ……なさ……ごめんなさい……』
当時小学5年生だった静木青はこうやって謝り続けたのだろうか。泣きながら、許す言葉が返されないこ とを知っても謝り続けて。生き残った者は大抵心に大きく傷をつけて戻らなくなる。だけど、青空生徒は 必ず最初から心の傷を抱えている。静木青も、そうだ。あのプログラムから生き残った傷をつけられれば 確実に壊れてしまう。何が、青を支えているだろう。
「……大丈夫だから。俺は、大丈夫。謝らなくていい。香介はどんな最期だった?」
『……香介は……友達を殺そうとして、友達に殺された。僕は……見ているしか何もできませんでした』
「……そうか」
『……ごめんなさい。何かできたら……多分』
何もできず、助けられなかったことを今でもこの少年は悔いて自分を責め続けている。どれだけ苦しい生 き方をしてきたのか、未だ月下には理解する権利がない。だけど、一歩でも前に進めなければ、この人生 に生きる意味を見い出せないのと同じだ。諦めかけている証拠。青はこんな世界を生き抜こうとは考えて いないはず。あまりにも、失ったものが少年には多すぎた。月下は考えた。
青が生きていくことへの意思を持たなければ、自分も弟のことを、過去を引きずるばかり。お互い、頑張 らなければならない運命にある。きっかけを作らなければもう何も見えない。
「……大丈夫だって。香介は君を責めないはずだから。俺はむしろ、君に生きていてほしい。香介や亡く なった友達の分まで、限界が来るまでに生きてくれれば、こんなに嬉しいことはないよ。だって、そのた めに君は生きているんだろうだから。俺も限界まで頑張ってみる。約束、できるか?」
向こうは何も言わない。ただ泣き続けるばかりだった。青が泣き止んでまともな返答をしてくれることを ただ待つだけ。きっと家族は優勝者を恨みながら生きていくのかもしれない。だけど優勝者を恨むのでは なく、この国を恨んだ方が悪いものを生み出さなくてすむ。だから月下は電話の向こう側にいる優勝者を 恨まない。誰も悪くなんてないのだから。
大丈夫。誰も怒ってない。
もう謝らなくていいから。
『……できません』
意外な返答に月下は目を丸くした。泣きながら感情的に言っていない。むしろ、もう泣き止んで落ち着い た口調で応えているのだ。何故かと問い質そうとすると、相手は続けて言った。
『僕は、そんなに長く生きる気はありません。多分、流れに任せて自滅すると思います。……知っていま すか?優勝者がその後どうなるか』
「いや……」
『……ケースによりますが、どこかの県に強制的に引っ越します。優勝したら貰えるものは本当に貰えま す。ただ、周りから冷たい目で見られるのが確実です。ある人は軍に、ある人は何事もなかったように。 だけど、僕はそれができません。普通にしていても必ず思い出してしまうから。自分を殺そうとした人、 友達が争って殺し合わせるところ……涙を流したままのクラスの人の死体……みんな、みんな思い出して しまうんです。どうしようもできなくなって、誰も自分を見ていないのに、どこかに隠れて……涙が止ま らなくなって、死にたくなるほどに辛い。それで自[ピーーー]る人も少なくともいました。僕もみんなの所に行 こうと思っていた一人です』
「なっ……、」
『でも、僕は弱虫だからできませんでした。みんなの笑顔も思い出すから。まるで死ぬなって言ってるみ たいに。もうそのまま流れていこうって……決めました。だから、約束できません。限界なんて……とっ くに超えています。ごめんなさい。最初は本当に生きていこうって前向きに歩いたこともあったけれど、 今の僕にとってはそれさえ強がりに思えて……ごめんなさい。あなたの言ってることはわかってるんです』
なんてことだろう。
想像以上に辛い道を歩いているのか。
これじゃ絶対心の問題だ。自分で立ち上がらなければならない。
でも、ここまでこの子が生きてきたのは、奇跡に近いこと。
「……一つ、いいか?」
『……はい』
「……何が君を支えているんだ?」
月下が真剣な表情になって、美織と麻月は顔を見合わせた。祈るように手を組んでいる実倶瑠は心の中で 願う。どうか、苦しんでいる人たちに幸せを。生きる者に希望を。これくらいしか願うものはないから。
『……歌』
「……うた?」
『みんなで歌った歌です。それだけが、僕の安らぎだと言ってもいい。歌は、みんなが生きた証でしたか ら』
「……そうか。悪い、嫌なこと思い出させて」
『いえ……それより、何で僕の電話番号を知っているんですか?』
あ、と思わず声に出しそうだった。ここでプログラムに選ばれたことを話せば、下手すれば同じことを繰 り返すに違いない。亡くなった友達の死を悲しんで引きずって、その苦しみを再び味わわせてしまう。も う一度傷を広げる危険があるぐらいなら、何も言わない方がいいだろう。無理をさせてはいけない。
「……いや、探してたんだ。君に香介のことを聞くために……香介は、笑っていたか?」
『……はい、笑っていました。とても、楽しそうに』
何だかとても優しい気持ちになって、泣きたくなった。多分、今までずっと後悔していたからだ。香介が 笑っていたなら、もうそれでいい。他に何を求める必要があるという?許してもらおうなんて、思ってい ない。ただ、もうそれでよかっただけ。
「……ありがとう」
今ならちゃんと、もう乗り越えていける。忘れずに生きていく自信がある。
たとえ、明日泣きたくなっても、笑った顔を思い浮かべればきっと。
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