過去ログ - ありす・イン・シンデレラワールド
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15:チョッキを着たウサギ
2014/01/11(土) 09:18:20.35 ID:Gcj069EQ0
 笑う灯にありすは何故笑えるのか不思議に思いつつ自分のことを語る彼の言葉を待っていた。
「人に覚えてもらえる。……人の記憶に残るのって実はとっても大変なことなんだ。同時に素晴らしい」
「人の記憶に残る……」
 灯が言ったフレーズをありすが自然と反芻する。灯が柔らかな笑顔になって頷く。
「うん。それは小説や映画、テレビゲームや漫画でも一緒なんだけど人の記憶に根付くように残ると時間の経過なんて関係なく鮮明にリフレインされる。時として人を動かす原動力になるんだ。
以下略



16:チョッキを着たウサギ
2014/01/11(土) 09:20:14.18 ID:Gcj069EQ0
 7

 橘ありすという少女がアイドルになろうとしてた。腰まで届くほどに長い黒髪は美しくハーフアップにして青く大きなリボンで留めていた。静かな力強さを持つ瞳と相反するようにぷにっとした柔らかい頬はあどけなさを見せる。
 タブレットPCを胸に抱えて理論や理念といった理(ことわり)を独自に持ち合わせてそれと共に歌が持つ目には見えない"力"を信じる少女だった。理屈の冷たさに秘められた熱い理想を抱く彼女は数日後に控えたテレビ番組のオーディションを合格すればアイドルとしてデビュー出来る。
 幼いながらスポットライトに照らされる夢のステージへと上がる様は神々しくもあった。その舞台の裏で何人の少女が涙を流すのか歓声送るファンの人々は知らない。
以下略



17:チョッキを着たウサギ
2014/01/11(土) 09:22:02.50 ID:Gcj069EQ0
「あの時、俺は入院患者だったんだ」
 ありすがそんなことは分かってると言った調子で頷く。中々本題に入ろうとしない男に業を煮やす形で瞳に力を込める。
「交通事故に遭って怪我で入院してたんだけど事故に遭った日は俺がプロデューサーとして初めてここに出社する予定だった。そこで一人の女の子のプロデュースを任されるはずだったんだけど俺が入院したから話は一度白紙になった。
 でも女の子のプロデュースを遅らせる訳にはいかないから俺の先輩に当たる人がプロデューサーになったんだ。この間までプロダクションに居たんだよ。たまたま、ありすちゃんとは顔を合わせなかったけど」
「この間まで……って」
以下略



18:チョッキを着たウサギ
2014/01/11(土) 09:23:14.98 ID:Gcj069EQ0
 8

 快晴、青天、好天、雲一つない抜けるような空は温かい空気を全て逃していく。放射冷却――冬は曇り空よりも晴れの日の方が寒いのはこの現象によってだった。
 一人の少女と一人の男は今岐路に立っていた。薄暗い室内は広く一点にスポットライトの明かりが当てられる。ミュージックがかかり明かりの下、舞台の上で少女が踊る。審査員が射るよう視線で見守る中、少女はたった一人で踊り歌い己を表現する。
 オーディションという品定めのために少女たちが身に付けるのは煌びやかな衣装とはかけ離れたジャージ姿だった。よくよく見ると誰のジャージも年季が入っており所々ほつれていたりもする。努力の証だった。たくさんの汗を流して時には血を滲ませてアイドルになろうと夢見る少女は現実の中で笑顔を向ける。だが、その努力は誰にも気付かれずに終わるのだった。
以下略



19:チョッキを着たウサギ
2014/01/11(土) 09:26:19.46 ID:Gcj069EQ0
 9

「お仕事ですか、了解です」
 この時、少女は確かにそう言った。『仕事ならば自分に合わずとも少しは我慢』という思いは嘘ではなかった。だが画面越しの世界の恐ろしさを知らない少女に大人は浅はかという言葉を使ってしまうだろう。
 ありすがアイドル紹介番組"Hallo IDOL"のオーディションを合格してデビューが決まってから幾つも仕事のオファーが舞い込んできた。"Hallo IDOL"の収録日はまだ少し時間があり別番組の収録へと向かう途中でありすと灯は会話をする。
以下略



20:チョッキを着たウサギ
2014/01/11(土) 09:27:49.89 ID:Gcj069EQ0
 エレベーターに乗り込んだありすが一階へのボタンを押そうとしたとき迫力ある光景がありすの前に広がってボタンを押すことが出来ずに後ずさってしまう。
「待って!」
 灯はエレベーターに乗り込んで「悪い悪い」と微笑むとそのまま後ろ手に屋上へのボタンを押した。彼女が向かう行き先とは真逆の方向。まるで灯とありすの人間性そのものが向かう先を示しているようだった。そんな二人が一つの箱に納まる。
「ごめんね、あそこはゆっくりと話をするには少し騒がしいかな?」
 自分よりも年下の少女に向かって何度でも謝る男に対してありすはうつむく。その顔は複雑な心境そのままを投影する。心を吐露せずには自分の形が保てなくなりそうと、
以下略



21:チョッキを着たウサギ
2014/01/11(土) 09:29:00.00 ID:Gcj069EQ0
「どうして?」ありすの震える声。
「変わる必要なんてない。やりたくない仕事ならやらなくていい」
 冷たさに隠していた熱が隠せない。頑なさが壊れていってしまう。怖い、怖い。何が怖いのか分からないから怖い。
「どうしてそんなことを言うんですか!? 私は今あなたを困らせることを言っているのに! 怒らないんですか!? そんなに優しくして私は怒ってもらった方がよっぽど清々する」
「怒ることなんて何もないよ。だってキミが言っているのはキミが成りたいアイドルについてじゃないか。歌に誰よりも取り組むアイドルは昔からあるように見えて本当の意味で存在していない。
以下略



22:チョッキを着たウサギ
2014/01/11(土) 09:30:57.44 ID:Gcj069EQ0
 泣き腫らした目のありすを連れて灯は事務所へと戻ってきていた。他の者に謝ろうと思ったのだが無人になっていることに驚く。鍵も掛けずに不用心と思いながら辺りを見渡すが暗くなっていく事務所に本当に人っ子一人存在していなかった。
 考えを切り替えて灯はありすの肩に手を置く。
「それじゃ、良いかな?」
 ありすの頬が紅潮する。そしてありすは更衣室へと入っていった。灯は紅茶を淹れながら自分のデスクで彼女が出てくるのを待った。静かな室内で扉が開かれる音でも鮮明に響かれる。
 灯の元まで自分の脚でやって来た少女の姿に灯は息を飲んだ。
以下略



23:チョッキを着たウサギ
2014/01/11(土) 09:34:02.69 ID:Gcj069EQ0
 10

 "Hallo IDOL"の収録が終わってありすと灯は自分たちが初めて出会いと別れと再会を果たした場所へと来ていた。病院の大きな中庭の中でありすの"自分の場所"で二人は立っていた。
「さすがに寒いなぁ……」
 灯が白い息を吐きながら呟く。ありすが収録を終わらせたことに喜び熱気を増していたために彼はコートを着ずに来てしまっていたのだ。分かっているが彼は自動販売機を探してしまう。何かで暖を取りたいところだがありすに手を引かれてしまう。
以下略



24:チョッキを着たウサギ
2014/01/11(土) 09:34:56.42 ID:Gcj069EQ0
 今はまだ背伸びだと他人に笑われてしまうかもしれない。しかしこの相手に限ってはそれはないと確信する。自惚れ? 甘え? そうなのかもしれないが違うかもしれない。どんな言葉を使って検索すれば答えは出てくる? いえ、きっとそれは目に見えるものじゃないから……
「プロデューサー」
「なんだい?」
 灯が視線を下げる。そこには見慣れた少女の顔があった。ありすはコートのポケットからある物を取り出して相手に見せる。見せられた物に灯は静かに驚いた。就職祝いで姉に買ってもらって初出社の日に壊した腕時計だったのだ。
 だが、それはどこも壊れていなかった。静かにだが確かに時を刻んでいる。
以下略



25:チョッキを着たウサギ
2014/01/11(土) 09:41:15.75 ID:Gcj069EQ0
これにて終わります。じっくり読んで下さい。元々こういう文章をいつも書いてる者でして何かありましたらお気軽に声をかけて下さい。


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