過去ログ - ありす・イン・シンデレラワールド
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20:チョッキを着たウサギ
2014/01/11(土) 09:27:49.89 ID:Gcj069EQ0
 エレベーターに乗り込んだありすが一階へのボタンを押そうとしたとき迫力ある光景がありすの前に広がってボタンを押すことが出来ずに後ずさってしまう。
「待って!」
 灯はエレベーターに乗り込んで「悪い悪い」と微笑むとそのまま後ろ手に屋上へのボタンを押した。彼女が向かう行き先とは真逆の方向。まるで灯とありすの人間性そのものが向かう先を示しているようだった。そんな二人が一つの箱に納まる。
「ごめんね、あそこはゆっくりと話をするには少し騒がしいかな?」
 自分よりも年下の少女に向かって何度でも謝る男に対してありすはうつむく。その顔は複雑な心境そのままを投影する。心を吐露せずには自分の形が保てなくなりそうと、
「私……嫌な子ですよね?」
「え?」
 か細い声で呟かれた言葉は灯の耳に中途半端にしか届かずに霧散する。聞き直そうとするがそこでエレベーターは目的の場所へと辿り着く。屋上に出るまでスペースには自動販売機が置かれて灯はありすの手を引いてそこで紅茶とコーヒーを買ってから二人で外に出る。
「寒いっ!」
 冷たい風吹きすさむ中で開口一番、灯は大きめの瞳をバッと見開く。
「当たり前ですよ。こんな季節にこんな場所に訪れる物好きなんてプロデューサーぐらいなものです」
「じゃあ、物好きにつき合ってくれるありすちゃんは良い子だね」
 そのままありすの頭でも撫でようかという灯を遮る形でありすは堰を切るように開口する。
「子供扱いしないで。名前で呼ばないで下さい!」
 ぴしゃりと言い放つありすに灯は面食らう。そういった素直な反応がありすの頑なな心を逆立てる。そして一度口を開いたからには止める術をありすを持ち合わせていなかった。橘ありす――十二歳の少女は『幼い』のだった。
「私は歌を歌いたいんです!」
「うん」
 感情を昂ぶらせるありすに灯はいつもと変わらない調子で頷いた。
「歌には目に見ない力があります、純粋な活力やエネルギー。私は言葉の壁を越えられる『歌』に乗せて世界に届けたい、お笑いなんかやりたくない!」
「うん」
 普段の落ち着きを失ったありすに普段では見せることのないような落ち着きを見せる灯は再び頷く。
「トーク番組! モデル! そんな一過性の何も記憶に残らない仕事をして何になるんですか!? 必要性が見えない! あなたのいう『記憶に残るアイドル』というのはただ奇異の目で見られて注目を集めるものなんですか?
 今までやって来た番組なんてすぐに忘れられてしまう。何の意味も成せない。私はそんな仕事したくない!」
「うん、いいよ」
 灯が目を細めて優しく微笑みかける。駄々をこねる子供を突き放す大人の対応ではなかった。その場限りの取り繕うような、諦めと呆れを交えたものでもない。純粋にありすの声に応える。
 そして彼は微笑んだままに、
「ごめんね。まずはアイドルがたくさんの仕事をすることを知って欲しくてたくさんの仕事をしてもらったんだ」
 ありすが思い出す。仕事に臨む際、緊張でガチガチに固まっている自分の隣にはいつだって灯がいた。灯は他のアイドルへとよく頭を下げていた、頑なな自分に出来ない笑顔をする年上の女の子たちへと。
 そんな笑顔を見る度にありすは自分も同じことを強要されていると思ってしまう。変わりたくない自分がいて、変われない自分がいて、そんな自分を責めている自分がいて、責められて我慢に我慢を重ねる自分がいて優しい年上の男性に言葉を荒げてしまう自分がここにいる。
 そんな彼女に灯は何よりも優しい微笑みを見せた。アイドルたちと似ていて少し違う一人の少女にだけ向けられる笑顔は、
「変わらなくていいよ」
 人の優しさを受け止められない自分にありすは涙を流した。


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