過去ログ - ありす・イン・シンデレラワールド
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10:チョッキを着たウサギ
2014/01/11(土) 09:05:45.97 ID:Gcj069EQ0
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またある日、スチール製空気振動遮断ドアを越えて防音設備の整ったレッスンスタジオにてジャージ姿のありすは壁を覆うパネルミラーに映る自分と向き合ってダンスの振り付けを一つ一つ確認しながら踊っていた。
まだアイドルとしてデビューをしていない少女に持ち歌もそれに合わせた振り付けもなく、ありすは自分が所属するマネキプロダクションに在籍する先輩アイドルのそれを真似ていた。
いつも持ち歩いているタブレットPCを鏡に立てかけて画面に映る眩しい笑顔を浮かべるアイドルの動きを再現する。それを巨大な鏡できちんと再現出来ているか確かめていく。そこに灯がやって来る。
11:チョッキを着たウサギ
2014/01/11(土) 09:07:14.89 ID:Gcj069EQ0
「あははっ、それも何でかよく言われるんだよ」
ありすが深く息を吐いてそれと共に肩から力を抜いていく。脱力を自然と出来る自分に少しだけ驚きながら年上の男に何を言っても駄目そうなので一緒に踊ることを決めて鏡に映るちぐはぐな男女と向き合う。
二人は踊りながら、
「プロデューサーはどうしてアイドルプロデューサーになったんですか?」
ありすから声を掛けられて灯はいつもよりも声を弾ませて、
12:チョッキを着たウサギ
2014/01/11(土) 09:10:07.98 ID:Gcj069EQ0
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オフィスビルの一フロアにある三笠 灯と橘ありすが籍を置くマネキプロダクションはアイドル業界では中堅どころとしてそこそこ名の通った事務所であった。自社ビルではないもののビル群の中で頭一つ高いビルに収まっている。
そのビルの中にはアイドルとは縁遠い企業も入っているために時として背広を着た男性と奇抜な格好をしたアイドルが同じエスカレーターに乗ることもある。最上階ボタンを押せないほど小さな女の子とその母親と同い年のOLが乗り合わせることもあり、このビル内では日々奇々怪々な光景が展開されていた。
そんな日常の中で終業を知らせる夕暮れ時、オレンジ色に全てが上塗りされるが冬場のために今はこの時間は儚い。窓から夕日の色を受け取る通路を背の高い男と背が低く髪を三つ編みで纏めた女性が並んで歩く。
13:チョッキを着たウサギ
2014/01/11(土) 09:11:18.18 ID:Gcj069EQ0
「!? 体が勝手に……」
思わず声に出して灯は咄嗟に手で口を塞ぐ。しかし、ありすへと伸びている手はゆっくりとだが着実に彼女の頬へと近付いていく。初めて見た時から気になっていた部分であった。マシュマロと表現しようか天使のほっぺたと表現しようか、柔らかくも張りがあってしっとりと指先を包み込む感触に、
(すでに触れている!?)灯は自分の行動とありすの頬の感触に驚嘆して声が漏れそうになるのを瀬戸際で阻止した。
灯の中指がありすの頬に接触している、触れたところで止まっているのだ。しかし彼の手は更に伸びてしまう。指先一本で満足するはずがなく未知の領域に踏み込むように、新雪を踏みしめる無邪気な子供のように求めてしまう。
親指をあてがい頬に滑らせる。ただ滑らすだけでなく感触を確かめるようにほんの少しだけ押し込む形でスライドさせていくのだ。その終着点、親指のはらを名残惜しむようにありすの頬は弾んで離れる。
14:チョッキを着たウサギ
2014/01/11(土) 09:16:39.25 ID:Gcj069EQ0
6
「ありすちゃん!」
「名前でよば……」
お決まりの光景が展開されようとした。昼下がりのアイドルプロダクションにて背の高い男が少女の元まで駆け寄ろうとする。男の上げられる脚が床に置いてあった段ボールにひっかかり中に入っていたケミカルライトスティックを盛大に吹き飛ばす。その事に気付かない笑顔の男が少女の視界一杯に広がってくる。
15:チョッキを着たウサギ
2014/01/11(土) 09:18:20.35 ID:Gcj069EQ0
笑う灯にありすは何故笑えるのか不思議に思いつつ自分のことを語る彼の言葉を待っていた。
「人に覚えてもらえる。……人の記憶に残るのって実はとっても大変なことなんだ。同時に素晴らしい」
「人の記憶に残る……」
灯が言ったフレーズをありすが自然と反芻する。灯が柔らかな笑顔になって頷く。
「うん。それは小説や映画、テレビゲームや漫画でも一緒なんだけど人の記憶に根付くように残ると時間の経過なんて関係なく鮮明にリフレインされる。時として人を動かす原動力になるんだ。
16:チョッキを着たウサギ
2014/01/11(土) 09:20:14.18 ID:Gcj069EQ0
7
橘ありすという少女がアイドルになろうとしてた。腰まで届くほどに長い黒髪は美しくハーフアップにして青く大きなリボンで留めていた。静かな力強さを持つ瞳と相反するようにぷにっとした柔らかい頬はあどけなさを見せる。
タブレットPCを胸に抱えて理論や理念といった理(ことわり)を独自に持ち合わせてそれと共に歌が持つ目には見えない"力"を信じる少女だった。理屈の冷たさに秘められた熱い理想を抱く彼女は数日後に控えたテレビ番組のオーディションを合格すればアイドルとしてデビュー出来る。
幼いながらスポットライトに照らされる夢のステージへと上がる様は神々しくもあった。その舞台の裏で何人の少女が涙を流すのか歓声送るファンの人々は知らない。
17:チョッキを着たウサギ
2014/01/11(土) 09:22:02.50 ID:Gcj069EQ0
「あの時、俺は入院患者だったんだ」
ありすがそんなことは分かってると言った調子で頷く。中々本題に入ろうとしない男に業を煮やす形で瞳に力を込める。
「交通事故に遭って怪我で入院してたんだけど事故に遭った日は俺がプロデューサーとして初めてここに出社する予定だった。そこで一人の女の子のプロデュースを任されるはずだったんだけど俺が入院したから話は一度白紙になった。
でも女の子のプロデュースを遅らせる訳にはいかないから俺の先輩に当たる人がプロデューサーになったんだ。この間までプロダクションに居たんだよ。たまたま、ありすちゃんとは顔を合わせなかったけど」
「この間まで……って」
18:チョッキを着たウサギ
2014/01/11(土) 09:23:14.98 ID:Gcj069EQ0
8
快晴、青天、好天、雲一つない抜けるような空は温かい空気を全て逃していく。放射冷却――冬は曇り空よりも晴れの日の方が寒いのはこの現象によってだった。
一人の少女と一人の男は今岐路に立っていた。薄暗い室内は広く一点にスポットライトの明かりが当てられる。ミュージックがかかり明かりの下、舞台の上で少女が踊る。審査員が射るよう視線で見守る中、少女はたった一人で踊り歌い己を表現する。
オーディションという品定めのために少女たちが身に付けるのは煌びやかな衣装とはかけ離れたジャージ姿だった。よくよく見ると誰のジャージも年季が入っており所々ほつれていたりもする。努力の証だった。たくさんの汗を流して時には血を滲ませてアイドルになろうと夢見る少女は現実の中で笑顔を向ける。だが、その努力は誰にも気付かれずに終わるのだった。
19:チョッキを着たウサギ
2014/01/11(土) 09:26:19.46 ID:Gcj069EQ0
9
「お仕事ですか、了解です」
この時、少女は確かにそう言った。『仕事ならば自分に合わずとも少しは我慢』という思いは嘘ではなかった。だが画面越しの世界の恐ろしさを知らない少女に大人は浅はかという言葉を使ってしまうだろう。
ありすがアイドル紹介番組"Hallo IDOL"のオーディションを合格してデビューが決まってから幾つも仕事のオファーが舞い込んできた。"Hallo IDOL"の収録日はまだ少し時間があり別番組の収録へと向かう途中でありすと灯は会話をする。
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