852: ◆EhtsT9zeko[saga]
2015/11/16(月) 01:04:08.04 ID:1hRSULfgo
翌朝早く、私達は宿屋を出て、市場へと向かっていた。
宿屋の女将さんの話だと、市場は日が昇る頃には開いていて、そこへは飲食店の仕入れの人や宿の料理人の人なんかが大勢集まるらしい。
一番混み合う日の出すぐの時間は避けて、ちょうど空いてきた頃合に聞き込みに入るのが良いだろう、っていうのが、大尉さんの判断だった。
そうは言っても、時間はまだまだ早い。昼間はあれだけ賑わう大路にも人影はまばらで、お店やなんかも軒並み表戸を閉ざしている。
宿から市場へは、この大路を歩いて突き当たる海沿いの道を右へ折れて少しの距離だ。
昨日、話を聞いて回った港から目と鼻の先にある。
さすがに早朝ということもあって、太陽はそれほど暑くないし、ひんやりした海風が心地良い。
「市場ならさ、聞き込みのついでに夕飯に食べられそうな魚買って行こうよ!」
「でも、今日は一日聞き込みだから、生の魚は腐りそう…」
「それもそっか…ま、あの練干しって焼き物も旨いから良いか」
「生は無理だろうけど、燻製とかなら大丈夫じゃないかな?」
「燻製かぁ、お酒には合いそうかも」
十六号さんと妖精さん、それに零号ちゃんがそんな話をして笑っている。
私はそれを片耳で聞きながら、少し足を早めて大尉さんと先頭を歩く竜娘ちゃんの隣に並んだ。
その顔をのぞき込んでみたら、案の定、カチコチに固まっていて、思わず頬が緩んでしまう。
「竜娘ちゃん」
「は、はい!何ですか!?」
私が声を掛けると竜娘ちゃんはビクッと肩を跳ね上げてそう聞いてくる。私はそんな竜娘ちゃんに、努めて穏やかに笑いかけてから
「あのね、顔がすっごい怖いよ」
と茶々を入れてあげる。すると竜娘ちゃんはハッとして途端に顔を赤らめて俯いた。
「ま、また…緊張してました…」
「ふふ、まぁ、気持ちは分かるけどね。でも、ずっとそんな顔してたら疲れちゃうよ」
そう言って竜娘ちゃんのほっぺたをツンツンと人差し指でつついてみたら、彼女はようやく、少し表情を緩ませてくれた。
「そうですね…気を張っていてもいなくても…やるべきことや言うべき言葉も、代わりはありませんからね…」
竜娘ちゃんは笑顔で頷きながらそう言う。
言うべき言葉、か。それはきっと、再会のときにお母さんに掛けたい言葉のことだろう。
今、聞きたい気もしたけれど、私は、それをなんとなく我慢して
「そうそう、その感じがいいよ、きっと!」
と、見せてくれた緩んだ表情に笑顔を返して言ってあげた。
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