2: ◆KalAsNXPcs[sage]
2015/03/18(水) 10:31:26.50 ID:GRfcXm90o
昨夜の嵐に、桜の花は散りつくした。
地に落ちた花びらは、風雨に吹き散らかされ、
朝の光の中で土の色に汚れていた。
自室の窓から見えるその一本の桜が昨日までは満開の花を誇っていたことを、
響は確かに憶えていた。
3: ◆KalAsNXPcs[sage]
2015/03/18(水) 10:41:02.18 ID:GRfcXm90o
響は天一号作戦と呼ばれる特攻作戦に参加を命じられたが、
昨夜、その途上の周防灘で触雷し、朝霜に曳航されて呉に舞い戻った。
出撃前には花びらに隠されていたさくらんぼの果実も、今朝は空にあらわれていた。
響は桜の下へ走り、竹竿で果実を採った。
4: ◆KalAsNXPcs[sage]
2015/03/18(水) 10:48:40.76 ID:GRfcXm90o
自室に戻り昨晩の報告書を書き始めると、扉の外から朝霜の声が聞こえた。
気負い立った早口で、出撃前の挨拶に来たと言っている。
戸を開けると、朝霜が立っていた。
「ごめん、時間がないからもう行かなきゃ。触雷の傷、ゆっくり治すんだよ」
5: ◆KalAsNXPcs[sage]
2015/03/18(水) 10:50:51.09 ID:GRfcXm90o
「このさくらんぼ、朝霜にあげるよ」
「じゃあ片方は響が食べて……」
そう言って、二房受け取った朝霜が茎を割こうとして取り落とした。
6: ◆KalAsNXPcs[sage]
2015/03/18(水) 10:58:20.86 ID:GRfcXm90o
「響、武運長久を祈るよ」
「朝霜こそ……」
と響が言った時には、朝霜は追い立てられるように踵を返して港へ向かっていた。
朝霜の言葉にならない返答が、音もなく木霊した。
7: ◆KalAsNXPcs[sage]
2015/03/18(水) 11:11:07.23 ID:GRfcXm90o
暁がソロモンの海に消える前夜。
雷がグアムの沖に消える前夜。
電がフィリピン海に消える前夜。
鎮守府に残る第六駆逐隊の僚艦で、お守りを渡したことが思い出された。
お守りに無事帰還の願いを込めても、心いっぱいの見送りをしても、
8:名無しNIPPER[sage]
2015/03/18(水) 11:16:50.00 ID:ZjzVSARno
期待
9: ◆KalAsNXPcs[sage]
2015/03/18(水) 11:25:23.82 ID:GRfcXm90o
四ヶ月後の敗戦の瞬間も、響は自室から桜の木を眺めていた。
それは葉桜の身に陽光を目一杯に受け止めて、美しく、ただ毅然と立っていた。
春は静かに死にゆき、梅雨は水たまりを残して駆け抜け、夏が盛りを迎えている。
さくらんぼを渡しそびれた朝霜は、あの日を最後に帰って来なかった。
10: ◆KalAsNXPcs[sage]
2015/03/18(水) 11:36:29.60 ID:GRfcXm90o
その時、そよと吹く風に桜の葉が揺れ、何かが紅くきらめいた。
さくらんぼの果実だった。
響はあの日と同じように採って口に含むと、
完熟の甘みの中に強靭な生命を感じた。
11: ◆KalAsNXPcs[sage]
2015/03/18(水) 11:39:07.01 ID:GRfcXm90o
――鎮守府の桜の木は、夏の陽ざかりの日を浴びてしんとしている。
12: ◆KalAsNXPcs[sage]
2015/03/18(水) 11:40:47.52 ID:GRfcXm90o
終わりです。
特攻や終戦の寂寥感が出せたらいいなと思って書きました。最後はとある小説のリスペクトです。
時間があれば、長めのものも書いてみようかなと思っています。
ありがとうございました。
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