過去ログ - 白菊ほたる「かげろう、プロデューサーさん」
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1:名無しNIPPER[saga sage]
2015/10/01(木) 23:36:27.08 ID:cI/SoD+oo
 二万円を稼ぐのに、俺は何時間働くのか。
 夜勤で入れば多少時給も上がるが、たかが知れている。
 煌々と蛍光が灯るコンビニに、二十時間もいなければならない。

 二万円を稼ぐのに、俺はどんなにすり減っていくだろう。
 給与明細表は断末魔の叫びだと思う。
 人が見れば鼻で笑いそうな数字が、恥じらいなく浮かんでいた。

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2:名無しNIPPER[saga sage]
2015/10/01(木) 23:37:02.46 ID:cI/SoD+oo
 夜勤明けで頭がぼーっとしていた朝、素晴らしいことを思いついた気がした。
 お金を貰ういい方法だ。コンビニで、流行りのアイドルの曲が延々と繰り返されていたからか、手口はすぐに決まった。

 かわいい女の子に声をかけて、お金を貰う。女の子は中学生か、高校生くらいが望ましい。
 自分はスカウトマンだ。プロダクションへ所属するためには、事前に登録料が必要だと説明する。
以下略



3:名無しNIPPER[saga sage]
2015/10/01(木) 23:37:28.65 ID:cI/SoD+oo
 そう決めて家へ帰り、押し入れの中からスーツを引っ張り出した。
 埃っぽかったし、シワが寄っていた。クリーニングに出すか迷ったが、やめた。
 本気で、人を騙そうと思ったわけじゃない。

 計画している最中は、それは刺激的で面白くて、なにか自分を越えて行くような感覚があった。
以下略



4:名無しNIPPER[saga sage]
2015/10/01(木) 23:38:00.17 ID:cI/SoD+oo
 シワだらけのスーツ、にょろにょろ伸びた髪と剃り残しのある髭。
 鏡へ映してみると最高に胡散臭かった。

 朝っぱらから、俺は街へ出た。
 駅前まで流されるように歩いて行くと、なんとなく、通勤する人々と自分とが似た者同士のような感じがした。
以下略



5:名無しNIPPER[saga sage]
2015/10/01(木) 23:38:27.14 ID:cI/SoD+oo
 人混みの中で、俺はかわいい女の子を探した。
 最初のうちは声をかけようとしても喉の辺りがキュッとなって、声が出なかった。
 登校途中の女子学生が何人も目の前を通り過ぎた。
 道行く人に訝しげな目を向けられ、おどおどしていたら却って怪しく見えるものなのだと開き直り、ようやく声が出るようになった。

以下略



6:名無しNIPPER[saga sage]
2015/10/01(木) 23:38:58.89 ID:cI/SoD+oo
 周りと自分とを比べるとあんまり違和感はないと思うのだが、多分、見るからに怪しいのだろう。
 目についた学生へ片っ端から声をかけてみたが、誰も相手にしてくれなかった。
 それから一時間もしないうちに、学生連中は姿を消してしまった。

 次は下校時間だな、と俺は近くのハンバーガー屋でコーヒーだけ注文して、窓際の席へ座った。
以下略



7:名無しNIPPER[saga sage]
2015/10/01(木) 23:39:31.14 ID:cI/SoD+oo
 はっと目を覚ますと、身体にものすごい熱が篭っていた。
 俺の頭を、バター色の西日がジリジリと焼いていた。

 どろどろの目で覗いてみると、駅の出入り口は人を飲んだり吐いたり大変そうだった。
 俺は紙のカップをゴミ箱へ捨てて、そそくさと店を出た。


8:名無しNIPPER[saga sage]
2015/10/01(木) 23:40:04.00 ID:cI/SoD+oo
 ぐーっと伸びをすると、いよいよスカウトマンを演じる気がなくなっているのに気づいてしまう。
 それはそれでいいのだが。

 俺はこれから、下校していく途中の女子学生に声をかける。
 笑われたり、怯えられたりして、結局、誰も俺のことを信じない。
以下略



9:名無しNIPPER[saga sage]
2015/10/01(木) 23:40:35.14 ID:cI/SoD+oo
 白菊ほたるは、十二分にかわいい女の子だった。
 色白で、少し憂いのある表情が男心をくすぐるような、儚げな女の子。
 歳は十いくつとかで、まだ中学にも上がっていないらしい。


10:名無しNIPPER[saga sage]
2015/10/01(木) 23:41:25.94 ID:cI/SoD+oo
 ちょっといいですか、と声をかけると、彼女はビクッと身体を震わせて、この世の終わりみたいな顔を振り向かせた。

「怪しい者じゃないんです」

 自分で言ってて、ついつい吹き出してしまった。
以下略



11:名無しNIPPER[saga sage]
2015/10/01(木) 23:42:02.90 ID:cI/SoD+oo
 ――――

 家に帰ってから、頬が引きつっていないか鏡で確認した。
 スーツを脱ぐと身体中の筋肉が一気に緩んだ気がした。
 布団へ倒れこんで、すぐに意識は形を崩した。
以下略



12:名無しNIPPER[saga sage]
2015/10/01(木) 23:42:32.88 ID:cI/SoD+oo
 ――プロダクションに所属するとき、どうしても登録料が二万円必要なんだ。

 俺がデタラメを言うと、ほたるちゃんは「両親に相談してみます」と眉をハの字にした。

 二万円か。彼女くらいの子どもには途方もない大金だろう。
以下略



13:名無しNIPPER[saga sage]
2015/10/01(木) 23:42:58.96 ID:cI/SoD+oo
 名刺はない、会社の名前も聞かなかったと言うし、ほたるちゃんが持っているのはメモに殴り書きの電話番号だけ。
 そして、登録料に二万円? 怪しい。
 ほたるちゃんの両親がよほどのバカでなければ、本当にスカウトマンだったのか確かめようとするだろう。
 いや、それさえしないはずだ。

以下略



14:名無しNIPPER[saga sage]
2015/10/01(木) 23:43:25.97 ID:cI/SoD+oo
 翌朝、目を覚ますと携帯電話に留守録が残っているのに気がついた。
 再生してみると、ほたるちゃんの泣きそうな声が聞こえた。

『――反対されたんですけど、私……アイドルに、なりたいです。
 あの、両親は……やめなさいって、言うんですけど……。
以下略



15:名無しNIPPER[saga sage]
2015/10/01(木) 23:44:20.74 ID:cI/SoD+oo
「二万円かー」

 結局、最適解は見つからないまま、朝食を食べ終わる。今日は何時間働くんだっけ。

 隅に脱ぎ捨てたままのスーツが目について、拾い上げる。
以下略



16:名無しNIPPER[saga sage]
2015/10/01(木) 23:44:52.05 ID:cI/SoD+oo
 ――――

 一週間という一括りはいつからか空っぽのハリボテになっていた。
 バイトに行って、寝て、何曜日と何曜日が休み。
 待っているものはなく、ただ老いと死まで続く一本道を無感動に歩いているだけ。
以下略



17:名無しNIPPER[saga sage]
2015/10/01(木) 23:45:22.95 ID:cI/SoD+oo
 この一週間、バイトが終わってから携帯電話を見ると、いつも留守録が残っていた。
 ほたるちゃんからだった。

『――お願いします……連絡、待ってますから……私、本当に、アイドルやってみたいんです……』

以下略



18:名無しNIPPER[saga sage]
2015/10/01(木) 23:45:52.70 ID:cI/SoD+oo
『――お金、きっと用意します……私のお小遣いじゃ、全然足りないですけど……。
 今、二千円だけあるので……全部用意できるまで、どうか待っていてもらえませんか……』

 自分がほたるちゃんと同じ歳の頃、二千円はどれだけ大金だったろう。
 必死に思い出してみて、それから二万円という金額の大きさに涙が滲んだ。


19:名無しNIPPER[saga sage]
2015/10/01(木) 23:47:10.76 ID:cI/SoD+oo
 ほたるちゃんと出会ってから一週間が経った、夜勤明けの朝。
 今日も、留守録が残っている。やっぱり、ほたるちゃんからだった。
 いいかげんにしてくれ、と思う。俺は、君の期待には応えられない。
 全部嘘だったんだ、早いとこ諦めてくれないか。どうだ、ひどい男だろう。

以下略



20:名無しNIPPER[saga sage]
2015/10/01(木) 23:47:36.62 ID:cI/SoD+oo
 携帯電話の鳴る音に気づいて飛び起きたのは多分、ほたるちゃんのことが気にかかっていたからだった。
 もしもし! なんて電話を取ったけれど、この間スーツを預けたクリーニング屋だった。

 肩透かしを食らって、気の抜けた受け答えをしつつ、横目で時計を見るとまだ正午過ぎだった。
 ほたるちゃんが電話をしてくるとしたら、学校が終わってからだろうから、まだ早い。
以下略



21:名無しNIPPER[saga sage]
2015/10/01(木) 23:48:02.08 ID:cI/SoD+oo
 餅は餅屋と言うが、流石はプロだと思った。
 コーヒーの染みも、しわも消え、スーツはまるで生まれ変わったようだった。

 家へ持ち帰ると、ビニールから取り出して、袖を通してみる。
 鏡に映る自分は以前よりマシだが、まだ胡散臭かった。
以下略



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