2:以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします[sage saga]
2016/01/13(水) 23:01:32.56 ID:X6lrT1ts0
雲ひとつ無い夜で、月光が眩しいほどに海面に反射していた。
すぅと息を吸い込むと、胸を突くような力強い潮の香りと、儚いほど澄みきった夜の空気が絡みあい、伊織の肺を満たした。
冷たくも、体を熱くするような空気だった。
3:以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします[sage saga]
2016/01/13(水) 23:03:17.64 ID:X6lrT1ts0
伊織は目を閉じ、柵にもたれかかった。
暗闇の中で律動する波音が心地よかった。
赤子を抱くかのように、海風が優しく体を包みこんだ。
おもむろに、伊織はブラウスの胸ポケットから携帯電話を取り出し、電源ボタンを押した。
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2016/01/13(水) 23:04:19.80 ID:X6lrT1ts0
「電池が切れたか?」
船の運転手が、伊織に声をかけた。
「そうみたいね。」
5:以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします[sage saga]
2016/01/13(水) 23:06:51.08 ID:X6lrT1ts0
「それにしてもあんた、いつの間に後ろにいたのよ。運転しなくて大丈夫なの?」
「少し伊織が心配になってな。船が揺れたら危ないぞ。ヘルメットでもつけておいた方がいいんじゃないか?」
「あんたが船を揺らさなければいいじゃない。私にそんなダサい格好をさせるなんてありえないわ。」
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2016/01/13(水) 23:08:10.88 ID:X6lrT1ts0
「やめてよ。」
「どうして。」
「うるさい。」
7:以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします[sage saga]
2016/01/13(水) 23:09:33.62 ID:X6lrT1ts0
幼少期、伊織はよく月を見た。月の模様さえ見えれば、孤独ではなかったからだ。
それから孤独を埋める相手がぬいぐるみに代わり、そして人のぬくもりとなったが、こうして純粋な月の光を浴びると当時の満たされる感覚が思い出された。
8:以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします[sage saga]
2016/01/13(水) 23:11:38.92 ID:X6lrT1ts0
伊織が月を見上げ、昔へ思いをはせていると、ばちん、という小さな音とともに突然甲板を照らしていた光が消え、光は自然の明かりだけになった。
振り向くと、何も見えなかった。明るい月の光を見続けていたので、伊織の瞳は突然の暗闇に順応できなかったのだ。
「あの変態、暗闇に乗じて何かするつもりじゃないでしょうね。」
9:以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします[sage saga]
2016/01/13(水) 23:13:19.84 ID:X6lrT1ts0
うつ伏せで悔しさをかみしめる伊織であったが、ふと違和感を覚えた。
甲板に耳をつけると、船が波に揺られる感覚をありありと感じた。
伊織は、まるで自分が船と同化してしまったかのような錯覚に襲われた。
今自分は浮いているのだという思いに耐えきれなくなり、仰向けになると、数えきれぬほどの星が伊織を見つめていた。
10:以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします[sage saga]
2016/01/13(水) 23:14:23.34 ID:X6lrT1ts0
射竦められるほどのプレッシャーだった。
星が降ってきて、押しつぶされるのではないかと思うほどだった。
いつも街で見ていたまばらな星の健気さはそこにはなかった。
まばゆい煌めきも、今にも消えそうな弱い光も、すべてが平等に存在し、澄み渡った天の川を形成していた。
11:以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします[sage saga]
2016/01/13(水) 23:15:52.31 ID:X6lrT1ts0
すべてを平等に受け容れる自然の果てしなさを目の当たりにすると、人は一時的に謙虚さを思い出すが、伊織もその例にもれなかったようであった。
大きく息を吐いて、伊織は呟いた。
「ここでは、私にできることなんて何もないのね。」
12:以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします[sage saga]
2016/01/13(水) 23:17:23.71 ID:X6lrT1ts0
「きゃっ!」
「なんだ、随分とナーバスだな。」
「それは!あんたが!急に!電気を消して!声をかけるからでしょうが!」
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