1: ◆K5gei8GTyk[saga]
2016/02/19(金) 14:41:53.72 ID:KdggYUJB0
地の文有りモバマスssです
あまり長くはならないかも
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2: ◆K5gei8GTyk[saga]
2016/02/19(金) 14:42:54.56 ID:KdggYUJB0
給湯室でインスタントコーヒーを淹れて、それを啜りながらデスクに戻る。
体重をかけると呻き声のような音を立てる椅子に腰掛けて、さきほど資料室から探し出したアルバムを開く。
小さなものから大きなものまで、イベントごとがある度に収めてきた写真の数は、延べアルバム数冊分にまでのぼる。
3: ◆K5gei8GTyk[saga]
2016/02/19(金) 14:44:29.61 ID:KdggYUJB0
いま開いているアルバムはその中でも一番古いのもので、ページをめくれど、写真に写る彼女の表情は暗い。
稀に笑っている写真があるかと思えば、その目には涙を滲ませていたり、目線がこちらを向いていなかったり。
このころはやりがいこそあったけど、色々とお互いにしんどかったな、なんて、当時のことを思い出してはひとり苦笑した。
4: ◆K5gei8GTyk[saga]
2016/02/19(金) 14:47:40.36 ID:KdggYUJB0
最初に彼女と出会ってから、今年で十年になる。
当時十四歳だった彼女は、借りてきた猫のように大人しく、伏し目がちで、楚々としたその姿はどこかの国のお姫様のようだった。
どんな娘だろう、と気になって彼女に自己紹介をさせると、合わない目線はそのままに、か細い声で自分の名前を呟いて、それだけだった。
5: ◆K5gei8GTyk[saga]
2016/02/19(金) 14:51:12.19 ID:KdggYUJB0
アルバムのページをめくると、懐かしい写真が現れた。彼女の初ライブのときに撮ったものだ。
本番直前の舞台袖で、彼女は青を基調としたドレスに身を包んで震えていた。
6: ◆K5gei8GTyk[saga]
2016/02/19(金) 14:53:43.94 ID:KdggYUJB0
乃々「ううう……むーりぃー……」
P「大丈夫、君なら成功する。俺を信じて」
乃々「あうぅ……」
7: ◆K5gei8GTyk[saga]
2016/02/19(金) 14:56:47.14 ID:KdggYUJB0
少し冷めたコーヒーを飲み干して、ページをめくる。
何枚か写真がある中で一際俺の目を引いたのは、俺がいまアルバムを広げているデスクの下に潜り込む彼女の姿を収めた一枚だった。
たしかアイドル業が落ち着いてきて、固定のファン層も確立できた頃に、俺がソロライブの仕事を取ってきたときのことだ。
8: ◆K5gei8GTyk[saga]
2016/02/19(金) 15:03:40.00 ID:KdggYUJB0
P「なあ、そんなこと言わないでくれよ。それに、どうせ辞めるなら最後に大きな思い出作ってからでも遅くないとは、考えられない?」
乃々「うぅ……プロデューサーさんは前から何度もそう言って、その度にもりくぼは甘い罠にひっかけられて、イベントが終わるとうまいこと言いくるめられて、を繰り返してアイドル続ける羽目になってるんですけど……」
P「じゃあ森久保さんは、アイドルするの辛かった?」
9: ◆K5gei8GTyk[saga]
2016/02/19(金) 15:08:04.98 ID:KdggYUJB0
P「じゃあ、森久保さんが頑張って仕事したらご褒美をひとつ、なんでもあげるってのはどうだ」
乃々「…………なんでも、ですか」
P「おっ、食いついたな。ああ、俺にできる範囲なら構わないよ」
10: ◆K5gei8GTyk[saga]
2016/02/19(金) 15:10:26.29 ID:KdggYUJB0
乃々「……じゃあ、これからは呼び捨てにしてほしいんですけど」
11:名無しNIPPER[sage]
2016/02/19(金) 15:10:31.86 ID:QPP1CkIA0
期待
ん?今なんでもって
12: ◆K5gei8GTyk[saga]
2016/02/19(金) 15:17:09.92 ID:KdggYUJB0
P「呼び捨てというと、俺が、君に対して?」
乃々「あうぅ……それしかないんですけど……」
P「そんなことでいいならお安い御用だ、任せてくれ」
13: ◆K5gei8GTyk[saga]
2016/02/19(金) 15:24:34.21 ID:KdggYUJB0
流石にいまはそんなことはしないが、デビューしたころの彼女はなにかがある度にデスクの下に潜っていた。
腕時計に目をやると、時刻は二十時を少し越えていて、ラジオの収録を終えた彼女がそろそろ帰ってくるころだ。
14: ◆K5gei8GTyk[saga]
2016/02/19(金) 15:26:41.72 ID:KdggYUJB0
更衣室に行くために彼女が出ていった事務所の扉の先を、なんとはなしに見つめる。
いつのまにか彼女は、遠く、大きい存在になってしまった。
15: ◆K5gei8GTyk[saga]
2016/02/19(金) 15:30:54.68 ID:KdggYUJB0
着替えに行った彼女が戻ってくるタイミングに合わせて、コーヒーを淹れなおす。彼女が遅くに帰ってくるときは決まって、こうしていた。
ガラステーブルを挟んで、お互いに向かい合う形でソファに腰掛ける。
彼女はピンクの、俺は水色のマグカップで、これは彼女がデビューしてすぐのときに買ったものだ。
16: ◆K5gei8GTyk[saga]
2016/02/19(金) 15:35:08.19 ID:KdggYUJB0
彼女がアイドルとして覚醒したのは、二十歳を迎える少し前だっただろうか。月並みな言い方だが、彼女は文字通り「化けた」。
容姿や性格といった個性は、一度アイドルとしてファンに周知されてしまえば、そう簡単に変更できるものではない。
ましてや彼女にはそもそも野心がないというのに。
17: ◆K5gei8GTyk[saga]
2016/02/19(金) 15:49:26.06 ID:KdggYUJB0
イベント企画ではアフリカの奥地に行って芋虫を食べたり、現役プロレスラーと共演したバラエティ番組では番組の罰ゲームとしてジャイアントスイングをかけられたり、そういった俺のプロデュースがあってか、彼女は仕事を経ていくうちに、いわゆる危機回避能力のようなものを会得した。
自分に危害が及びそうなものに対しての嗅覚が鋭くなったのはもちろん、ここぞというところで、罰ゲームやテレビ的には「オイシイ」とされるポジションを避ける勘や運が身についたように思う。目立ちすぎることも目立たなすぎることもない、絶妙な立ち位置を彼女は掴んだのだ。
それに気付いた誰かがネットの掲示板で呟いたことから、森久保乃々という少女は、次第にその知名度を高めてゆくことになった。
18: ◆K5gei8GTyk[saga]
2016/02/19(金) 15:54:41.26 ID:KdggYUJB0
彼女のもう一つの強みは、アイドルとしての安定性だった。
たとえゴシップ紙に彼女を貶めるような記事が載っていたとして、ファンの殆どは歯牙にもかけなかったからだ。
彼女はその野心のなさゆえに、ファンを手放すことはなかった。
19: ◆K5gei8GTyk[saga]
2016/02/19(金) 15:57:42.04 ID:KdggYUJB0
乃々「……プロデューサーさん?」
眉根を少しだけ寄せた彼女が尋ねてきた。
P「ん、ああ悪い、考え事してた」
20: ◆K5gei8GTyk[saga]
2016/02/19(金) 16:02:35.06 ID:KdggYUJB0
乃々「もりくぼのこと、いぢめたかったら、いぢめてもいいですよ……?」
21: ◆K5gei8GTyk[saga]
2016/02/19(金) 16:11:37.59 ID:KdggYUJB0
P「こら。お前というやつは」
思わず目の前の小さな頭にチョップをしてしまった。
乃々「あうぅ……」
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