135: ◆m03zzdT6fs[saga]
2016/05/11(水) 04:39:47.25 ID:B4TJufEpo
□ ―― □ ―― □
「思ったよりも早い訪問だったな、Pくん。まあ私にとっては願ったりかなったりではあるが」
136: ◆m03zzdT6fs[saga]
2016/05/11(水) 04:40:13.26 ID:B4TJufEpo
「では聞かせてくれ。君の”夢”は何だね?」
この人は、聞いてくれる。彼にとって何の利益もないだろう、僕の”夢”のことを。僕が追いかけると決めた、一匹の兎のことを。
『――僕の夢は、本を書くことです。この手で物語を創り上げることです。知った人が、”自分もこんな話を書いてみたい”と思えるような物を生み出すことです』
137: ◆m03zzdT6fs[saga]
2016/05/11(水) 04:40:39.18 ID:B4TJufEpo
「さて、Pくん。君にはやってもらいたい仕事が二つある」
社長は唐突に切り出した。もはや採用とか不採用とか、そういうのさえない。いや、むしろ僕が決めることなのだろう。
なにせ、社長の判が入った雇用契約書は、今僕の手元にあるのだから。この場で僕が返事した内容が、全てを物語っている。
138: ◆m03zzdT6fs[saga]
2016/05/11(水) 04:41:05.71 ID:B4TJufEpo
「君にはプロデューサーをやってもらおうと思っている」
社長はそう言った。ほんの一瞬、頭の中が真っ白になった。もちろん言葉の意味は分かる。
『プロデューサー、といいますと。アイドルを育てて売り出す……?』
139: ◆m03zzdT6fs[saga]
2016/05/11(水) 04:41:32.35 ID:B4TJufEpo
思えば彼と社長の関係性は、よく知らない。巨大とまでは行かなくとも自前の社屋を持ち、数多の会社を立て直して来た男が率いる企業。
なのに社員が今のところ、彼と社長と事務員の千川さんしか見たことがない。今後増えるとしても、現状の数が少なすぎるように思える。
僕とエンジニアが増えたところで人では足りないのではないか。そう思いつつ、社長の方を見る。そしてちょうど目があった。
140: ◆m03zzdT6fs[saga]
2016/05/11(水) 04:41:59.54 ID:B4TJufEpo
「ところでPくん。君に担当してもらうアイドルについてなのだがね。実は一人、心当たりがあるのだよ」
やがて社長は、唐突に話を切り出した。はじめ、何のことを言っているかさっぱり理解できなかった。アイドルについては、僕は無知もいいところだったから。
「しかしその子は、とてもではないが私では説得できそうもなくてね」
141: ◆m03zzdT6fs[saga]
2016/05/11(水) 04:42:30.08 ID:B4TJufEpo
何とも口が上手いお方だ。よくそこまで人をおだてる言葉が出てくるものだと感嘆の念を抱いてしまう。
多分に、僕は自分を卑下している部分があると思う。でもそれを差し引いたって、大した才能はないとも思っている。
そんな僕を、少しでもやる気にさせるのだから。きっと僕は褒められて伸びるタイプなのだろう。そんな馬鹿げたことを思いつつ、褒めることが出来るのも才能なのだろうと考えて。
142: ◆m03zzdT6fs[saga]
2016/05/11(水) 04:43:26.38 ID:B4TJufEpo
□ ―― □ ―― □
(……さすがに気が滅入るね)
143: ◆m03zzdT6fs[saga]
2016/05/11(水) 04:44:07.28 ID:B4TJufEpo
(……とりあえず、スカウトの話から始めよう。その後に、こう、遠回しで聞けば何とか)
僕はなんとも後ろ向きな意を決し、引き戸を開けた。からら、という音が響く。
相変わらず、包み込まれるような古書の匂いが僕の鼻腔をくすぐる。こんな場所で寝られたら、さぞ熟睡できることだろう。
144: ◆m03zzdT6fs[saga]
2016/05/11(水) 04:44:35.45 ID:B4TJufEpo
『文香さん、一つお話があります』
「……はい、何でしょうか」
心なしか、緊張してきた。文香さんも緊張しているように見える。幾らか、顔が赤くなっている気もする。
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