過去ログ - モバP「二兎追い人の栞」
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15: ◆m03zzdT6fs[sage saga]
2016/04/10(日) 21:13:26.30 ID:qn31rgISo
「……あっ」

 短い声。それはまさしく、『あっという間』の出来事だった。声が聞こえて、それで目線を落としかけた顔が、自分ではない何かの手によって捻じ曲げられるが如く、そちらへと向く。

 すべてがゆっくりと見えた。分厚い本が七、八冊はあるだろう、積み上げられた本の一番上から、丁寧に一冊ずつ。綺麗な放物線を描いて宙へと舞う本。表紙に挟まれた白いページがパラパラとめくれて、地面へと落ちていく。

 無造作に落ち、乱雑に散らばる様子が酷く緩慢で。どこか記憶のページがめくられていくような錯覚にさえ陥る。

 そして――その本の山、向こうから現れた女性の姿は、僕の目をくぎ付けにするに十分すぎた。

 あわてた様子で手を伸ばし、ふわり、と少しだけ浮き上がる前髪に隠れた、ラピスブルーの瞳。そして僅かに揺れるロングスカートとストール。

 その肌が白鷺とするならば、その目は青鷺と表現するに相応しくて。僅かに開かれた瞳と、同じように開かれる口。声にならない声を上げながら、本へと視線が落ちていく。

 そこから零れ出る僅かな言葉は、小さな音と白い吐息をとなって、宙へと舞い、そして溶けるように消えていく。

 ほとんど、瞬きをするほどの時間でしかないその一瞬が、この世の終わりを迎えたのかと思うほどにあまりにもゆっくり過ぎた物だから。幽鬼に魂を抜かれたかのように、僕は放心状態に陥っていた。

 そうして、悠久にも等しい一瞬が過ぎ、彼女がしゃがもうとするその時。僕は我に返ったかのように立ち上がって。まるで見えざる手によって彼女の元に駆け寄っては、

『だ、大丈夫ですかっ』

 と声を掛けていた。それから、手に持っていたはずの本を、置き捨てるようにしてベンチに放り出したことに気付いて、

(何をやっているんだ、僕は)

 そんな自己嫌悪に陥っている。もちろん、駆け寄ったことをなかったことにして取りに戻るわけにも、そんな感情を表に出すわけにも行かない――彼女に何の責もないのなら尚更だ――ものだから、少しずれた眼鏡を直しながら拾い集め始める。



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