16: ◆m03zzdT6fs[sage saga]
2016/04/10(日) 21:14:01.30 ID:qn31rgISo
「……す、みません」
その女性――とても清楚で、大人しい、ともすれば内向的すぎるのでは、という印象を抱かせる彼女は、今にも消え入りそうな声でそう言った。……おそらくそういったはずだ、僕の聞き違いでなければ。
あまり自信が持てないのは、それほど小さな声だったからで。僕も今は本を拾うのに気を割いていたせいもあって確信を持てず、返答に窮した結果。
「ああ、えっと、いえ、大丈夫です。些末なことですから」
なんていう、気の抜けた返事しかできなかった。……まあ、彼女がとんでもない別嬪さんというのもあった。今まで見たことがないぐらいに。
本当に、本が似合うと思った。埃と古書の匂いが充満する、歴史ある図書館のカウンターで。そっと座っていれば、もうファンタジーの世界だ。そう思えるほど、綺麗な人だった。
彼女はしばらく僕の方を見ていた――それが僕の自意識過剰でなければのお話だが、やがて落ちた本を拾い始めて。そうしてふと思う。やはりこれは女性一人で運ぶ量ではない。
(こんな朝早くから、いったいどういう理由で――)
と思ったとき、ちょうど自分が拾っている本と同じタイトルが見えた。……どういう偶然だろうか。
『あの、これ』
思わず、彼女に聞いていた。同じタイトルだが、装丁がまるで違う。ずいぶん年季が入っているし、印刷もかなり豪勢に見える。まあ僕の持っている物が文庫本だからというのもあるのだろう。
「……やはり、ご存じなのですか?」
すると、彼女がこちらを見ながらそう言った。より正確に言うなら、見ているように思う、と言ったように思う、だけれど。”やはり”というのは、そこそこ有名なタイトルだからだろう。
さっき、一瞬垣間見えたラピスブルーの瞳は、彼女の前髪で隠されて今は見えなかった。
165Res/170.71 KB
↑[8] 前[4] 次[6]
板[3] 1-[1] l20
このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています。
もう書き込みできません。