17: ◆m03zzdT6fs[sage saga]
2016/04/10(日) 21:14:39.62 ID:qn31rgISo
『今読んでる本がまるっきり、同じ物なもので。……それにしても、凄い、古そうですね、この本』
「……はい。……不要だとのことで、買い取りに。何度も読んだのですが……もう売っていない版だと、聞いて。売り物ですが……折角ですし、読んでみようと思って」
彼女はそう、答えてくれた。蚊の鳴くような声には相違なかったけれども、どこか先ほどよりも声が大きかった気が、しないでもない。僕は思わず少し笑って、
『よほど、この作品が好きなんですね。ひとりで運ぶのは大変だったでしょうに』
と返す。すると、彼女はこくり、と頷いた。
(僕よりも、きっと本が好きなのだろうな)
僕も大概、本と生きてきた人間だけれども、ほかにも好きなものを見つけている。でもきっと彼女は、本一筋なのだろう。何となくそう思った。
彼女の目の前にはきっと、”一兎”だけしか現れることがなかったのだろう。そして自ら望んで、ただ”一兎”を追い続ける者となったのだ。
そんな彼女が、どこか眩しく感じて。胸の中に疼くのは、羨望か、妬心か。……いったい何に対して? これ以上ないくらい、現状に満足しているはずだろう。
そんな訳の分からない感情が沸き上がってくるからこそ、妙にこの場を離れたくて。そうして、そそくさと立ち上がれば。
『……これで、全部ですね。あまり、無理されないで』
なんて、気の利かないことを言いつつ、彼女に本を渡す。再び彼女の手に戻った本は、やはりその華奢な腕に余るほどの圧力をかけているだろうけれど。
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