過去ログ - 開かない扉の前で
1- 20
853:名無しNIPPER[saga]
2017/11/04(土) 23:58:51.70 ID:rBhi7b25o

 わたしは、静かに考え込んだ。
 何を、どう、言えただろう。

 ただ、いま言われた言葉のすべてが、頭の中を掻き乱して、ショートしそうだった。

 ケイくんは、ふたたび前を向いた。目を合わせるのが恥ずかしくなったみたいに見えた。
 わたしは、彼に手を引かれたまま、彼の背中とか、首筋とか、後ろ髪とかを、ぼんやりと見上げる。

 そうしてふと、思い出した。

「……ね、ケイくん。昔見た夢のことを、今思い出した」

「……どんな?」

「真っ暗な海が、荒れ狂ってるの。わたしは、小舟にのって、波の間を必死に進んでいく」

「ああ」

「どこかに、たどり着こうとしてるの。でも、あたりは真っ暗で、波は荒々しく山みたいに盛り上がって、
 わたしが乗っている船は何度もひっくり返りそうになる。オールを漕いでも、ほとんど意味なんてない。そういう夢」

「なるほどな」

「……なるほど、って?」

「いや、有名な話を思い出したよ」

「どんな?」

「どっかの太陽神話だったか……。
 朝、神の英雄が東から生まれる。そして日の車に乗って、空の上を動いていく。西には偉大な母が待ち構えていて、その英雄を飲み込んでしまう。
 そして暗い夜が訪れる。英雄は、真夜中の海の底を航海するはめになる。そこで、海の怪物と凄まじい戦いをする。
 一歩間違えば、死んでしまうかもしれない、生き残れないかもしれない、そんな危険な戦いだ。怪魚に飲み込まれるって話もあるんだったか。
 そして、その戦いを生き延びると、英雄はふたたび東の空に蘇る。死と再生の元型……"夜の航海"って言ったっけな」

 太陽、夜、魚、航海。

 暗い夜、波浪は激しく、生命すら脅かされる。
 その暗闇を抜けた先で――日が昇る。何もかもが"白日にさらされる"。それは、必ずしも、祝福ではないかもしれない。

 でも、その連想は、今はどうでもよかった。




<<前のレス[*]次のレス[#]>>
992Res/853.12 KB
↑[8] 前[4] 次[6] 板[3] 1-[1] l20
このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています。
もう書き込みできません。




VIPサービス増築中!
携帯うpろだ|隙間うpろだ
Powered By VIPservice