過去ログ - 開かない扉の前で
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969:名無しNIPPER[saga]
2017/12/06(水) 01:39:46.37 ID:IzyndCNto

 小夜啼鳥の童話の終わり。
 それを突然に思い出す。

 あの話の最後、病に伏せた王のもとに、本物の小夜啼鳥が姿をあらわすのだ。
 変わらぬ美しい声で歌うと、鳥は、ふたたび窓辺を去っていく。
 細工鳥もよく働いたから壊してはいけないと王を諌め、自分のことを誰にも秘めるべきだと助言をして、
 また歌いにやってくると約束を残して。

 その歌声で、王の病は癒える。
 そして、彼の亡骸を拝むつもりでやってきた家来たちに、顔を上げてこう言う。

 ――みなのもの、おはよう。

 ああ、そうだ。

 眠りから覚める。朝が来る。そこで物語が終わったんだ。

 そこは美しい世界じゃない。何もかもが平等な世界でもない。
 小夜啼鳥は歌う。幸福な人のこと、不幸な人のこと、貧しい漁師や百姓のこと、王の王冠ではなく心のことを歌う。
 完璧な世界ではない。小夜啼鳥は、その世界のあるがままを歌う。

 劇的な許しもなく、圧倒的な平和もなく、何もかもが満たされる結末ではなく、ただ王は、ありふれた日常へと帰っていく。

 複雑で不平等な、この世界。心の底から笑える場所なんて、きっと、この世界のどこにもない。
 
 きっと、僕が生きるべき場所も、そんなふうに、何もかもを簡単に割り切ってしまうことのできない、この日常なのだろう。

 けれど今は、単純に、小夜の声が、言葉が、嬉しくて、それだけで何かを取り戻せたような気がした。

「ねえ、遼ちゃん――もう、ひとりで抱え込まないでよ」

 僕は、思わず両手で顔を抑えてしまった。

 返事さえ、うまくできない。

「わたし、ここにいたよ。遼ちゃんが、話してくれるの、相談してくれるの、ずっと待ってた。
 待ってただけ、だったけど、でも、そばにいたんだよ」

 膝の上にのせられた手のひらに、ほんの少し力がこもった気がした。

「わたし、遼ちゃんのこと、ずっと、待ってたんだよ」
 



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