3:名無しNIPPER[saga]
2016/09/17(土) 21:55:36.93 ID:Sa18P+fH0
  
  親父は故郷で中古車販売の店を持っていて、三十いくつの時にはすでに店を始めていたのだから、立派なものだろう。 
  
  そのせいで俺と兄貴の二人を育てるには少し貧乏だったが、気の強いお袋の横でいつもニマニマと安酒を呑む親父は、楽しい人生だったのだろうな、と思う。 
  
4:名無しNIPPER[saga]
2016/09/17(土) 21:56:29.40 ID:Sa18P+fH0
  
  酒を飲みながら親父がテレビを占領し、それ俺とお袋が抗議するというのが、実家のいつもの風景だった。 
  
  皮肉なもので、いつもの風景の中でよく見ていた「アイドル」のプロデューサーなどというもので、今俺は白飯を食えている。 
  
5:名無しNIPPER[saga]
2016/09/17(土) 21:57:17.44 ID:Sa18P+fH0
  
  常に人を食ったような態度でいるのに、不思議と親父の近くには人が集まった。 
  部屋の隅で頭に埃が乗るほど年中音楽を聴きかじる、いわゆるサビしいヤツだった俺とは全く違って、いつでも人の中心にいた。 
  
  おそらくみんな狸に化かされていたのだ。そうに違いない。 
6:名無しNIPPER[saga]
2016/09/17(土) 21:57:46.78 ID:Sa18P+fH0
  
  アイドルのプロデューサーという仕事は存外楽しく、忙しかった。 
  
  俺もなんだかんだ言って狸と人間のハーフであるのを、東京に来て初めて知ったのだ。 
  
7:名無しNIPPER[saga]
2016/09/17(土) 21:58:28.79 ID:Sa18P+fH0
  
  そんな狸親父は、晩年「おれは大腸ガンだから、今飲まないと損をする」などと、医者が聞いたらその場で退職を考えるのではないか、というほどの冒涜的なセリフを吐いて、酒をがぶがぶと飲んでいた。 
  
  それだけ飲めるならば心配するわけないだろう。大いに飲め。 
  
8:名無しNIPPER[saga]
2016/09/17(土) 21:59:19.09 ID:Sa18P+fH0
  
  手配したタクシーに乗り込む直前、担当アイドルである小梅ちゃんが「大丈夫だよ」と俺に思いっきりハグをした。 
  
  身長差があるせいですっぽり覆い隠すような格好で、俺も小梅ちゃんを抱きしめる。 
  
9:名無しNIPPER[saga]
2016/09/17(土) 22:00:13.59 ID:Sa18P+fH0
  
  飛行機は快適にぶっ飛び、約八〇〇キロメートルを一時間と少しで繋ぐ。 
  
  何年かぶりの新千歳空港は空気がひんやりしていて、俺はコートも着ずに飛び出したことをひどく後悔した。 
  
10:名無しNIPPER[saga]
2016/09/17(土) 22:00:59.01 ID:Sa18P+fH0
  
  窓を見れば何もない平野にまだまだ雪が残っていて、しばらくしたらその景色はビルに変わっていく。 
  
  ターコイズの日本海が見えるまではもう少しだった。 
  
11:名無しNIPPER[saga]
2016/09/17(土) 22:01:38.05 ID:Sa18P+fH0
  
  坂と運河の街が近づく。 
  
  その街にはたくさんの日本人と少しのロシア人が住んでいて、旨い酒に旨い肴を今晩も楽しむんだろう。 
  地酒も地ワインもあることを思い出して、お土産には苦労しなさそうだなどと考えていた。 
12:名無しNIPPER[saga]
2016/09/17(土) 22:02:50.92 ID:Sa18P+fH0
  
 「おかえり、早かったね。仕事忙しいんだべ? もしかしたら来れないかと思ってた」 
  
  お袋はそう言って、駅で出迎えてくれた。 
  まだ目の周りが赤くなっていて、どれだけ泣いたのか見当がつかない。 
13:名無しNIPPER[saga]
2016/09/17(土) 22:03:24.73 ID:Sa18P+fH0
  
  通夜の晩、親族どもでどんちゃん騒ぎがあった。 
  
  その中で俺がアイドルのプロデュースなんてことをやってることが話題になり、親父が小梅ちゃんの出てる番組はすべて見ていたことを知った。 
  
42Res/22.63 KB
↑[8] 前[4] 次[6] 
板[3] 1-[1] l20 
	このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています。
	もう書き込みできません。