過去ログ - サンチョ「坊つちやん」
1- 20
13: ◆HACkWQpQbk[saga]
2016/10/22(土) 15:20:20.12 ID:1dmR7XxL0
 そのうち船が港につき、桟橋との間に歩み板が掛かった。
 娯楽のない船の中に飽き飽きしていた私は一刻も早く陸に上がりたかったが、父がそれを押し止めた。
 見れば歩み板を非常な速力で駆け上がるもの凄い奴がある。
 赤いドレスに身を包み、バラの簪をした黒髪のおかっぱ娘である。それも肌や髪の健康状態から察するにいい身分の令嬢と見た。
 おかっぱは船に乗り込むなり入口の前にいる我が父に向っておじさん、邪魔よと怒鳴りつけた。
以下略



14: ◆HACkWQpQbk[saga]
2016/10/22(土) 15:21:16.19 ID:1dmR7XxL0
 呆気にとられた私たちが固まっていると、ゆったりとした足取りで我々とは比べ物にならぬほど綺麗な身なりをした富豪が船に乗り込んでくる。
 富豪がいや、娘が失礼しましたとおかっぱの非礼を詫びると、船長がお帰りなさいませ、ルドマン様と慇懃に頭を下げる。
 この富豪が先の話に出ていたルドマンとかいうオーナーらしい。船長との会話からすると旅行の帰りのようだが、彼の晴れやかな顔を見るとそれもうまくいったようだ。
 ルドマンが省みてフローラや。と呼びつけると何か小さい者が船の縁に必死に手をかけて奮闘している。
 おや、少し入口が高すぎましたなと船長が呟くと、父がどれ、私が手を貸しましょうと幼い手を取って丁寧にエスコートする。
以下略



15: ◆HACkWQpQbk[saga]
2016/10/22(土) 15:22:12.23 ID:1dmR7XxL0
 父の手を借りて船上へ躍り出たのは、華やかなドレスに身を包み、透き通るように綺麗な青い髪を先のお転婆と同様におかっぱに切り揃えた美しい少女であった。
 私は生来口下手であるからあまり美人の形容はできないが、旅をして方々の人々を見てきた経験から云っても全くの美人に相違ない。これは将来が実に有望であると子供心に思った。
 船に上がった彼女は周りを取り囲む大人たちの注目を浴びていることを自覚したか、顔を赤くして俯向いてしまった。
 ルドマンがお礼をしなさいと促すと、気恥ずかしながらもしっかりと顔を上げて、ありがとうと太陽の如くまぶしい笑顔を見せた。
 遠くからぼけらと眺めてばかりいた私はその笑顔を見て自分に向けられたわけでもないのになぜか快くなった。
以下略



16: ◆HACkWQpQbk[saga]
2016/10/22(土) 15:23:23.36 ID:1dmR7XxL0
 ルドマンが長旅で疲れたろう、奥の部屋で休みなさいと船員を呼んでフローラを奥へ案内させた。
 すると不意に彼女が振り返り、こちらの方を見た。
 一瞬、私と目があったかと思うと、彼女の目が細くなった。
 そしてすたすたと黒いおかっぱと同じ部屋へと向かう。
 私にはこの数刻のやり取りが夢だったかのように思われた。
以下略



17: ◆HACkWQpQbk[saga]
2016/10/22(土) 15:24:11.59 ID:1dmR7XxL0
 父が忘れ物はないなと聞くのではいと答えたが、やはり先ほどの女子等が少々気にかかる。
 そんな私の気配を察したのか、目聡い父は私にもし忘れ物があるといけないから少しだけ見てきなさいと命じた。
 目を上げるとそこには訳知り顔で頷く父の顔があった。
 私は元の部屋に戻る振りをしながら、素早くおかっぱ姉妹の消えた部屋へ駆けていった。



18: ◆HACkWQpQbk[saga]
2016/10/22(土) 15:25:28.65 ID:1dmR7XxL0
 部屋の前には警護の者がついていたのでこれはと思ったが、駆け寄る私を見て引き止めるどころか走ると危ないから気をつけなさい、と優しく忠告してくる始末である。
 寛容なことは結構だがもし私が雇い主なら首にしているところだ。
 女子の部屋になぞついぞ入ったことがないから勝手が分からなかったが、とりあえず形だけでもノックをして扉を開けると、いきなり無遠慮な怒号が飛んできた。
 声の調子からすると黒いおかっぱのものである。一瞬ひるんだが、ここまで来て引き返すのも癪だから一思いに戸を開け放った。



19: ◆HACkWQpQbk[saga]
2016/10/22(土) 15:27:08.78 ID:1dmR7XxL0
 中にはやはりさっきのおかっぱ姉妹が礼儀正しく椅子にちょこんと座り込んでいる。
 もっとも両人が揃ってそうしているのは一瞬で、片方の激しい方がすぐさま立ち上がってまなじりを釣り上げた。
 ちょっと、ここは私の部屋なんだから勝手に入らないでよねとあえて所有権を自分一人で背負い込んでいるところがおかしい。
 甲高い怒声にすっかり辟易した私はその場で立ち竦んでしまったが、優しい方がいいのよ、私が呼んだんだからと機転を利かすのには驚いた。
 やはりさっきの目配せは、と思うや激しいおかっぱが何考えてんのとむくれてバルコニーへ向かう。
以下略



20: ◆HACkWQpQbk[saga]
2016/10/22(土) 15:27:56.19 ID:1dmR7XxL0
 優しい方がこちらへ向き直って手招きをする。
 その仕草が子供のくせに妙に妖艶で、頭に靄の掛かったような心持ちになった私はふらふらと導かれるままに彼女の前に立った。
 あなたはだあれ、と今までとこれからの人生でも聞いたことのないような清廉な声色で尋ねられたのでしどろもどろになりながらも名を名乗った。
 ついでに勢い余って父と旅をしていることまで付け加えてしまうと相手の方もあら、奇遇ね。私もお父様と旅をしているのとあっけらかんと笑う。



21: ◆HACkWQpQbk[saga]
2016/10/22(土) 15:29:01.88 ID:1dmR7XxL0
 高嶺の花でも、無邪気に笑うところを見ると手が届きそうに錯覚するもので、私もその前例に倣ってつい旅は辛くないかなどと質問してしまった。
 ええ、けれど、やっぱり楽しいわと底抜けに明るい笑顔で答える。
 ここまで垢抜けた笑顔を見ず知らずの他人に見せられるのは相当人懐こいか器量の大きな人間である。
 私はこの令嬢を一気に好きになった。
 するとフローラが少し昏い顔をして、でも海って広くって恐いわと云うのでなに、海なんか恐くあるもんか、この世にはよっぽど恐いものがたくさんあると返したらそれはなにと真面目に聞き返してくる。
以下略



22: ◆HACkWQpQbk[saga]
2016/10/22(土) 15:30:10.12 ID:1dmR7XxL0
 あんまり居辛いのでそれじゃあと挨拶をして部屋を出て行こうとすると部屋の出入り口に黒いおかっぱが仁王立ちしている。
 邪魔だ、どけと云うとおかっぱは部屋に勝手に入った罰金として何かを寄越せと云って手を広げてみせる。
 旅の身であるから不必要な物は何一つ持っていない。仕方がないから差し出された手を取って甲にキスをしてやった。
 すると向こうはエビルアップルの如く顔を真っ赤にして何すんのよと平手を繰り出してきた。
 ひ弱ではあるが私も戦闘の経験は豊富なのでひらりひらりと攻撃をかわし続けてやるとしまいにはおかっぱが泣き出してしまった。
以下略



23: ◆HACkWQpQbk[saga]
2016/10/22(土) 15:31:05.66 ID:1dmR7XxL0
 黒いお転婆のせいで少々時間を食ったが船長とルドマンは快く待ってくれていた。青い清楚はきっとルドマンに似たに違いない。
 父に大丈夫ですと告げるとうむ、と頷いて船長、世話になったなと挨拶をする。
 船長もなに、いつでもお構いなく、坊やも俺のことを覚えてくれよと朗らかに云うので素直にうなずいておいた。
 港に降り立つと、間もなく歩み板が下ろされ、船が港を出発する。
 退屈な船上の旅に飽き々々していた私だったが、何分一緒に旅をしたというだけでも情愛というのは湧くもので、水平の彼方へと過ぎ去る船を見ていると少しばかり惜しい気持ちになった。
以下略



254Res/131.38 KB
↑[8] 前[4] 次[6] 板[3] 1-[1] l20
このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています。
もう書き込みできません。




VIPサービス増築中!
携帯うpろだ|隙間うpろだ
Powered By VIPservice