過去ログ - 六畳世界から考察するチョコレートと恋愛ごとにおける関係
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1: ◆jZl6E5/9IU[saga]
2017/02/15(水) 22:20:23.10 ID:AA8q51MQ0
二月十四日。読者諸賢や日本の世間一般に生きる人々であれば、この日がどのような意味を持つか、知らぬ人はそういないだろう。もしも知らないとすればその人物は山に篭り修行した仙人の類か妖怪であると思われる。
世間の麗しき婦女たちが一心に慕う男性へとその清らかなる思いを伝えるべく、何故だか甘ったるいチョコレートなぞを贈りつける日である。甘いチョコレートが得意でない人からしたらどう考えたところで迷惑千万、荒唐無稽と言い切ってしかるべきなこのイベントを、人はバレンタインデーと呼ぶ。

浮ついたことと縁もないような世間一般の悲しき男たちですらこの誰が考えたかも特に知らないし興味も湧かないような一つのイベントに浮き立ち、純粋な学生などは自らが登校する際の下駄箱を、ありもしない都市伝説などを信じて念入りに何度も挙動不審に調べることだろう。
私もそんな世間の愚かながら愛すべき男たちと同じく、小学生、中学生の時分にはそのような行為に勤しみ、結局は母から贈られる愛情のチョコレートに、ありがたみと悲しみとで心の内で涙を流したこともある。おそらくはだいたいの人間はそうであるはずなので、どうか同じような心境の読者諸賢は落ち着いてほしい。というよりもそうでなければ一層虚しくなるだけである。
さて、ここまで短く前置きをした私ではあるけれど、つまり言いたいことは単純なことである。バレンタインなぞ、阿呆が踊らされているだけの些事なのだ、と。

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2: ◆jZl6E5/9IU[saga]
2017/02/15(水) 22:21:00.14 ID:AA8q51MQ0
ここに語るは、小さき私が二月十四日という日に果敢にも孤独に立ち向かい、見事に返り討ちに遭いながらも、それでも死中に活路を見出さんと睦まじい努力となけなしの蛮勇を振り絞りながら、汗や何だか汚らしい男汁を街中に振りまいてみせた物語である。
振りまいた水分は、いずれは蒸発し、雨と共に鴨川へと零れ落ち、琵琶湖疏水へと流れ溶けていったことだろう。もしかすると私のような悲しき男たちの汁の結露が現在の京都の河川を形成したのかもしれない。そうであれば、少しは自らの阿呆加減にも誇りが持てるやもしれぬ。きっとそんなことはないのだろうけれど。


3: ◆jZl6E5/9IU[saga]
2017/02/15(水) 22:22:29.92 ID:AA8q51MQ0
まずは物語を語る上で必要になる、登場人物たちについて読者諸賢に伝えたいように思う。どのような人間が出るかも分からぬ物語など語られても、興味が湧いてこないことだろう。
当然ながらひとまず確定しているのは語り手である私だろう。私はさる大学の三回生である。四月になれば四回生であり、卒業して就職なり院に進むなりの進路をどんなに遅くても決めなくてはならぬ時期でもある。いや決断したところでもう間に合ってはいないだろうが。

次に小津。この男については、語るべきところが多々あるものの、私のように純粋で清らかであろう読者諸賢たちの心を汚すのもいけないので簡素に済ませよう。彼は一言で表すと妖怪である。人の弱い心に付け込み傷を抉り、それで飯を三杯も四杯も食べるようなおよそ人に誇れるような長所を持ち合わせない男である。私個人としては大いに認めたくないし今でもたまに後悔をすることもあるが、そんな彼は私のただ一人の友人である。

以下略



4: ◆jZl6E5/9IU[saga]
2017/02/15(水) 22:24:39.88 ID:AA8q51MQ0
大まかにこの三人の阿呆が物語の中核を担う。しかしながら今から語るは乙女たちの祭りと称しても過言ではないバレンタインである。当然ながらむさ苦しい野郎だけでは話が成り立たない。二人の女性について、小さき私から慎ましく紹介させていただきたい。

一人目は羽貫さん。彼女は樋口氏や樋口氏とはただならぬ関係であるらしい城ヶ崎という人物の共通の知り合いで、歯科衛生士をしている。私も一度彼女の世話になったことがあるが、あれは男であれば誰でも経験してよかったと思える素晴らしい体験であった。また本人の思い切りのよいというか、気風のよいといった感じの性格には実に好感が持てることだろう。ただそんな彼女にも欠点があり、酔うと人の顔を舐める癖がある。しかしながらそんなこととは関係なく彼女は間違いようもなく美人であり、その魅惑的なスタイルには多くの男たちが挑んでは撃沈していると聞く。

二人目は明石さん。彼女は私や小津の一つ下の学年であり、工学部で建築を学んでいるらしい。彼女はどのような因果が雁字搦めになってそうなったのか分からないが、私のような阿呆と、なかなかに表現するには難度が高い、ウレシハズカシイ関係となった女性でもある。私にとって彼女は言い難いものの初めてそのような関係となった女性であり、私は彼女と接する度に帰宅してから自らの失敗を振り返っては六畳の部屋で一人震える日々を送っている。
以下略



5: ◆jZl6E5/9IU[saga]
2017/02/15(水) 22:32:38.43 ID:AA8q51MQ0
ふと心に浮かんだままに私が書き始め見切り発車のごとき勢いで特に話のオチも決めていないようなスレッドを立てたことをここにお詫びいたします。しかしながら四畳半神話体系という作品は最近の私に大いに感動や阿呆な笑いを与えてくれた作品であり、その感動の勢いのままにこうして時節に沿おうとしたものを書こうとしてしまったことは何ら不思議ではないのです。読者諸兄には申し訳のない話ではありますが、どうぞ気楽な心持で「夜は短し歩けよ乙女」が公開されるよりも前にどうにかこの話が完結することをお祈りいただけることをお願い申し上げます。

次からはもうめんどくさい地の文はなしでやります 満足してしまったので 
師匠が代役であることは残念なお知らせに思いますが中井和哉氏であればきっと藤原氏とは違う新たな切り口の樋口師匠を演ぜられることでしょう
ではいつか ネタの鮮度が落ちきって熟成を通り越して発酵した頃に


6:名無しNIPPER[sage]
2017/02/16(木) 01:21:22.72 ID:12VZn0w7o
登美彦氏であらせられるか!?


7:名無しNIPPER[sage]
2017/02/16(木) 06:52:55.42 ID:REFDSq1Lo
めんどくさい地の文あってこその森見作品だろ!
野暮な事言ったが乙です 待ってるぞ


8:名無しNIPPER[sage]
2017/02/16(木) 10:58:02.06 ID:aFKE0B4jo
きたい


9: ◆jZl6E5/9IU[saga]
2017/02/16(木) 22:50:53.24 ID:ZX+GwLVA0
時は二月十三日。金曜日であった。いきなり二月十四日の話でないことにおそらくは疑問符を心の中に抱かれた読者の方も多いであろうと思う。しかしながらここから私は人生で最も体感的に長いバレンタインデーの始まりへの階段を踏み出したのである。
その日私は大学の附属図書館で調べ物に取り組んでいた。別にそれは重要なことではないので内容は割愛させていただく。とにかく、私はその調べ物のためにほぼ一日を費やして、夕方にもなろうかという頃にようやく図書館を離れたのだった。あとは愛すべき我が六畳の城へと戻りひたむきに本と向き合うだけの窮屈な時間から解放された我が身を労われば今日自らに課した任務は終了となるはずだった。


10: ◆jZl6E5/9IU[saga]
2017/02/16(木) 22:52:14.43 ID:ZX+GwLVA0
「先輩」
図書館を出て時計台の辺りへと差し掛かろうかというところでそのように私を呼ぶ声を背後から聞き取ると、私はくるりと後ろに回れ右をした。回った先には私の方へと歩み寄ってくる一人の女性がいた。彼女は理知的な眉をきりりとさせたままにつかつかと私の正面に立った。
「やぁ明石さん」と私は慣れ親しんだ調子で彼女にそう返した。私の目の前にいる彼女こそが先ほどの説明でも出てきた明石さんである。彼女は私の挨拶に軽く頭を下げると特に表情も変えることなく「これからお帰りですか。私もです」とだけ言った。


11: ◆jZl6E5/9IU[saga]
2017/02/16(木) 22:54:24.95 ID:ZX+GwLVA0
こんなやり取りだけだと読者諸賢には私たちの間柄がただの親しい先輩後輩の関係に見えるかもしれないが、私と明石さんはちょっとした男女の関係にある。ただし、男女の仲といっても私たちはお互いにあはんうふんなどといったような浮ついた感じで触れ合ったりはしない。何なら肉体的な接触と言う話であればまだ手と手を繋ぎ合ったことがあるくらいである。
いい歳したオトナが恋愛関係でそんな初々しい中学生のような触れ合いでよいのか、と言う方もいることだろう。しかし、私と明石さんの仲は、昨今はびこっているようなそこいらの何だか間に合わせで生まれましたといわんばかりのインスタントな感情で結ばれているのではないのである。もっと深く、深すぎて沈んでしまってもう浮き上がらないほどの、精神的な繋がりがそこにはあるのだ。と私の方では勝手にそう思っている。


12: ◆jZl6E5/9IU[saga]
2017/02/16(木) 22:58:35.30 ID:ZX+GwLVA0
私は普段通りの気心の知れた彼女とのやり取りに対して内心では踊り狂っていた。その昔、『美しき青きドナウ』を流しながら桃色ブリーフ一丁で踊った何とも冒涜的な阿呆たちがいたが、今の私はその中に飛び込んで共に阿呆な踊りを披露したって構わないと思えるほどの幸福感を心に感じていた。仮に私が本当にそのような真似をしたとしても精神的な痛みはせいぜい二、三日引きこもる程度で癒えるだろうと思う。

何せ私には明石さんがいるのだ。他のどんな女性が私を軽蔑し距離と取るとしても、彼女はきっと桃色ブリーフ一丁の私に「また阿呆なことをしましたねぇ」などと笑って迎えてくれることだろう。


13: ◆jZl6E5/9IU[saga]
2017/02/16(木) 23:01:01.35 ID:ZX+GwLVA0
と、そんな馬鹿げた話はともかく、用件が済んで同じく家路につかんとしているらしい明石さんに私は一歩精神的に歩みを進めた。昔であれば二、三言交わしてからはいさようならであったが、今は違う。女性相手にこのような言葉を告げることは私にとって実にハードルが高く、もはや棒高跳びでもするのではないか、いやむしろ私は実は棒高跳びに挑戦していたのではないかと思わされてしまう高さに位置する。
しかしながら私も様々な小冒険を重ね、多少の勇気を無謀とは履き違えずに使うことができるようになった。今こそその勇気を奮う時なのだ。


14: ◆jZl6E5/9IU[saga]
2017/02/16(木) 23:04:53.99 ID:ZX+GwLVA0
「明石さん。よければちょっと歩かないか? この間話したオススメの本を偶然にも古本屋で見つけたのだ。君さえよければ、少し見に行くのもいいと思ったのだけれど」
こうして回想しながら述べている最中でも、我ながらあれは見事な誘いだったと自画自賛の念に駆られてしまう。

彼女とはよく、私がこれまでに読んできた小説や寓話、あるいは伝記などとにかく本と名の付く物であればどんな物でも、彼女が気を惹かれそうな本のことを話したものだった。そもそも私が彼女と出会ったのは下鴨の古本市である。お互いに相手の読む物には興味を持ち合っていたのだ。
彼女の返事を待ちながら、私は自分の言葉に何か問題はなかったか、少しでも噛んではいなかったかと自分の口から飛び出て耳を通して帰ってきた言葉をもう一度頭の中で無意味と知っていながら精査した。元々言葉を口にする際は何度も何度も石橋を叩き割る勢いで慎重に検査する私である。こうして出て行った言葉でさえ、どこかで失敗を疑ってしまうのだ。特にこういう大切な場面ではなおさらに。


15: ◆jZl6E5/9IU[saga]
2017/02/16(木) 23:05:58.05 ID:ZX+GwLVA0
心臓が跳ねに跳ねているのを胸の鼓動から感じる。彼女の方を顔は向いているものの、まともに視界には彼女の顔は映っていない。靄がかったように、彼女の顔の輪郭がぼやけてしまうのだ。私は耳にまで振動音を及ぼすうるさい心臓に向かって「静かにせんか! これでは彼女の返事も聞こえぬではないか!」と抗議した。しかし心臓は心臓でそれどころではないらしく「うるさい! 仕方ないだろうが! だいたいあんたが脳でそういう風に命令してるんだ! 静かにさせたかったら自分が落ち着け!」と小生意気にも反論を寄越してきた。


16: ◆jZl6E5/9IU[saga]
2017/02/16(木) 23:10:10.80 ID:ZX+GwLVA0
このようなやり取りを何度となく心の中で私は緊張を晴らすついでに行っている。そうでもしないと、慣れない誘いからの緊張に堪えきれず変な悲鳴を上げながら明石さんの前から走り去ってしまいそうだったのである。と、時間にして十秒も経っていないであろう中でつまらない諍いを大事な器官と行う私を尻目に、明石さんはあっさりとした調子で「いいですね。ちょうど今日はもう特に予定はありませんし。行きましょうか、先輩」と気軽に言うと、私の右隣に自然に並んだ。

私はどれほどに見ても慣れぬ光景に曖昧な笑みを浮かべると、「では行こうか」と小さく零すように返すとゆっくりと足に力を入れて進みだした。明石さんは私の右隣を維持したまま私と歩みを共にしながら、そうして私と二人で大学構内から出て行くのであった。


17: ◆jZl6E5/9IU[saga]
2017/02/16(木) 23:24:53.82 ID:ZX+GwLVA0
世の中、どんな物にも鮮度というものがございます。それは食べ物だけではなく、ちょっとした話題などにも存在するのです。たとえば、仮に八月に行われた花火大会についてのニュースがあるとしましょう。当然ながらそのニュースは出来事のあった当日かあるいは翌日には報道しなくては話の旬を過ぎてしまいます。クリスマスの時期に夏の花火大会の話を聞いて価値があると考える人間もそうはいないでしょう。
前置きが長くなりましたが、つまり私がここで読者諸兄にお伝えしたいのは、バレンタインというイベントの鮮度の話でございます。このイベントは当然ながら二月十四日だけの物であり、二月十三日や十五日が所有するわけではございません。ということはつまり、二月十六日の今日の時点でもう鮮度は落ちに落ちて発酵を始める頃合なのです。これほどに足の早い鮮度の話題をチョイスし、あろうことか四月辺りまでは終わることのないであろう話を私は書こうとしているということを読者諸兄にお詫び申し上げたかったのです。私は読者諸兄に対してまったく鮮度のない価値なきものを提供し続けることとなるのです。どうかそれについて寛大な心を持ってお付き合いいただけることをお願い申し上げます。

地の文こそ森見作品の魅力という意見も尤もだと思い、やはり地の文でがんばることにしました 毎日とは言いませんがそれなりのペースで短く書いていこうと思います 一日三レスでも二十日も経てば六十レス その頃には短い話にするつもりなので終わることでしょう ではまた 長い文章で失礼


18:名無しNIPPER[sage]
2017/02/17(金) 12:03:39.90 ID:pfCpEzGho
大変でしょうが楽しみにしてます


19: ◆jZl6E5/9IU[saga]
2017/02/17(金) 22:07:53.85 ID:FaAku7hO0
大学の門を通ると、私と明石さんは東一条通を鴨川方面へと歩き、そこから最初の交差点を右に曲がって道なりに進んで百万遍交差点へと到達した。そのまま東方向、つまり銀閣寺方面へと新たに歩みを進め、我々は道の北側に渡って何度となく見慣れた目的の古本屋の軒先へと向かう。

目的地に到着した私と明石さんは、先日見つけたときとまったく同じところにあった目当ての本を特に苦労することなく探し当てると、その値段を見ながら本の購入を検討しあい、最終的には美人であれば誰にでも弱いらしい古本屋の主が値段をまけて、明石さんは目的を達成したのだった。その金額は、私の知る料金よりもずっと安く、私はまったくもってなんといい加減な商売をするのだろうと思ったけれど、それほどに明石さんは魅力的に見られるのだと考えれば私も少しは目を瞑ろうと思わないこともなかった。その後せっかくだから少しばかりコーヒーでも啜りながら話をしようと近くの喫茶店まで二人で向かうことにしたのだった。


20: ◆jZl6E5/9IU[saga]
2017/02/17(金) 22:13:10.42 ID:FaAku7hO0
「しかし……何だか街が騒がしいように思うね」
ただ歩いているだけでは沈黙が生じて互いにとってあまりいい雰囲気ではないだろう、と考えた私はその明晰なる頭脳をフル活用し、彼女との話題を模索した。結果的に思いついた話題は歩いているだけで浮き足立った雰囲気が伝わってくる街の様子についてのことだった。どこもかしこも、見たところうら若き乙女たちがそこらのスーパーや菓子店に赴き、何やら朱に染めた顔で同じような顔をした女性たちときゃっきゃっと言いながら包みを持って出て行く姿が目に付く。

いったいどういうことなのか、先々で目に入る多くの店に垂れ下がっている、純粋たる乙女たちをある一つの情念に意図的に駆り立てんとせんとする汚らしいオトナたちの必死な気持ちが先走っているように感じられるかわいらしく桃色に染まったのぼりやら看板やらを観察すれば、それははっきりと見えてくる。そんなことも分からぬような私ではないのだ。


21: ◆jZl6E5/9IU[saga]
2017/02/17(金) 22:16:03.98 ID:FaAku7hO0
「それはバレンタインというやつが明日に迫っているからでしょう」
冷静に私と同じ分析をしたらしい明石さんは自分と同じ女性たちをどこか遠い世界の者たちを見るような目で眺めながら淡々と言った。

「ああ、そうか。……明石さんは、その、興味はないのかい? こういうことには」
さも明日はそんな日だったかと今さらになって思い出したような顔で頷きながら、私はチラリと目をやるくらいの気持ちで明石さんに流し目で視線を一瞬送った。
以下略



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