過去ログ - 伊織「誰もガブリエルを見ていない」
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1:名無しNIPPER
2017/03/16(木) 21:00:37.33 ID:1J1zI4/10
「美希、入るわよ」
プロデューサーに頼まれた書類を無造作に片手で掴んだまま、私は美希の部屋のドアをそっと開いた。
返ってくる言葉はなく、締め切られていた暗い部屋のぬるい空気が私の方へと流れてくる。
美希は部屋の奥で、頭まで布団を被り、ベッドをこんもりと膨らませてる山になっていた。
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2:名無しNIPPER[sage]
2017/03/16(木) 21:01:35.84 ID:1J1zI4/10
「美希ちゃんってば寝てるみたい。さっきまで起きて、お昼におにぎりパクパク食べてたのに」
おばさまはそう言うと、部屋の中を覗きこんで「美希ちゃん、寝ちゃったの?伊織ちゃんが来てるわよ」と声をかけるが、返事はない。さらに重ねて何事か言おうとするのを慌てて小声で制止し、
「いいですよ、おばさま。今日は仕事の資料を持ってきただけでしたし、今年の風邪はタチが悪いって聞きますし」
「ごめんなさいねぇ、せっかく来ていただいたのに」
「いえいえそんな」
3:名無しNIPPER[sage]
2017/03/16(木) 21:02:13.67 ID:1J1zI4/10
私が「竜宮小町」で、美希が「フェアリー」同じ事務所の、同い年の、ライバルユニットのリーダー同士。それが私と美希の関係だ。
だからといって別に仲が悪いわけでもなく、競い合っていくうちにだんだんと親しくなり、今では気の張らない、遠慮のいらない間柄だ。
絶対に本人には言ってあげないけれどもね。
だからこそ顔を見ずに帰るのにも躊躇いはない。
美希はまたいつも通り事務所に来て、いつも通りにレッスンして、そしていつも通りに昼寝をしてる。
4:名無しNIPPER[sage]
2017/03/16(木) 21:02:52.06 ID:1J1zI4/10
だからプロデューサーに頼まれた時も、逆に「なーに風邪なんかひいてんのよ」と言うつもりだった。ただ予想より具合の悪そうな美希を見たら、そんな気持ちもしぼんでしまったけれど。
しかし、そっとドアを閉ざし、おばさまの後に続いて階段を下りかけたその時、
「ごめぇん、なんかぁ」
5:名無しNIPPER[sage]
2017/03/16(木) 21:04:28.78 ID:1J1zI4/10
熱のある美希はドアの隙間から、こっちもどうしたらいいのかわからないのか、ぼんやりと私を見下ろしていた。
その、赤い顔。薄い緩んだ唇。エメラルド色の瞳。
私は頼まれた書類を握りっぱなしだったのを思い出し、
「これ、次の生っすかの台本。あいつが無理はしなくてもいいけれど、一応確認しておいてくれって」
6:名無しNIPPER[sage]
2017/03/16(木) 21:05:10.41 ID:1J1zI4/10
「美希、あんた、息」
その時思わず声をついた私の言葉に、美希はパフ、と自分の口元を覆って、振り返った。
「くさい?」
7:名無しNIPPER[sage]
2017/03/16(木) 21:06:18.31 ID:1J1zI4/10
「……ほんとだぁ。やばいの、いき、あつい」
納得したみたいに頷いて、薄い眉を寄せる。あれってかんじなの、と舌ったらずに言葉を継ぐ。
「辛いモノ食べた後に、『ヒ〜☆』って火をはいちゃうあれみたいなの」
8:名無しNIPPER[sage]
2017/03/16(木) 21:07:01.11 ID:1J1zI4/10
美希は不意に笑うのを辞めた。問いには答えず、そのまま私を見つめた。
笑ってたから弧をかく線になっていた瞳が、くっきりとしたその形を突然見せ、そういえば美希ってこんな顔だったっけ、と私は妙なことを思ったわ。
美希が憂鬱そうに目を伏せる。
「……なんかミキ、やっぱり汗くさいかもー」
9:名無しNIPPER[sage]
2017/03/16(木) 21:07:42.42 ID:1J1zI4/10
その体重移動でベッドが傾き、タオルケットの下から丸めたティッシュが一つ、落ちた。
鼻をかんだゴミだろう、と見るでもなしに目をやって、それがただのゴミでないことに気がついた。
床に落ちた拍子に、中から黄色の錠剤が三つ、飛び出してきていたのだ。
市販の風邪薬じゃないか、と思った。
美希を見ると、美希も、美希を見ている私を見ていた。
10:名無しNIPPER[sage]
2017/03/16(木) 21:08:46.38 ID:1J1zI4/10
「これ、あのぉ……ゴミ箱に捨てるとママに見つかるの。ママはいいけれど、お姉ちゃんは鋭いから。だから……持って帰って、でこちゃん、お願い」
「なんで飲まないのよ」
「おねがい……」
11:名無しNIPPER[sage]
2017/03/16(木) 21:09:46.93 ID:1J1zI4/10
「……なんかねぇ……ミキ、すっごくね……眠たいの……」
いつものことでしょ、なんて軽口を言えなかった。
寝るな、なんて言えはしなかった。
寝る前に話せ、とも言えずにいた。
12:名無しNIPPER[sage]
2017/03/16(木) 21:11:01.56 ID:1J1zI4/10
美希の水と、私のためのジュースを持って、おばさまが部屋に入ってくる。
にこやかに私に何事か話しかけ、そして眠り始めた美希を見て、すこし、息を詰めたのがわかった。
結局私が美希の姿はそれが最後だった。
プロデューサーの姿も見なくなった。
誰もガブリエルは見ていない。
13:名無しNIPPER[sage]
2017/03/17(金) 00:10:50.47 ID:n7vmro0I0
終わりです
14:名無しNIPPER[sage]
2017/03/17(金) 00:11:48.16 ID:n7vmro0I0
お読みいただき、ありがとうございました
15:名無しNIPPER[sage]
2017/03/18(土) 05:26:27.11 ID:gbQ6IaXA0
美希ちゃん死んじゃったん?(´・ω・`)
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