過去ログ - 安斎都「ドレスが似合う女」
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2:名無しNIPPER[saga]
2017/04/17(月) 00:39:33.25 ID:5I2Isvu00
 快活という言葉が服を着て歩いているような女の子、未央ちゃんが言った。彼女に一生懸命慰めてもらえるなんて、幸せ者…とも言えないか。
「いや、俺のせいなんだ。トップアイドルになったからって、目を離すべきじゃなかったんだ」
 彼は高垣さんが総選挙で2位になった後、新人の育成のために担当を外れることになっていた。その件で高垣さんは事務所のえらい人に直談判したり、プロデューサーと口論になることもあったらしい。
「あっ、そう言えばプロデューサー、スーツ買い換えた?
 前のも英国紳士みたいでかっこよかったけど、今のは若々しく見えるね! 
以下略



3:名無しNIPPER[saga]
2017/04/17(月) 00:41:25.33 ID:5I2Isvu00
 私は事務所に入ったばかりで、高垣さんと話したことは2、3度くらいしかない。けれど、彼女はシンデレラガールに選ばれるべきアイドルだったと思う。順位が安定して高いとか、そういうことじゃなくて、とにかく、誰が見ても素敵な女性(ひと)だった。キャリアは長いけど、それで私達後輩に威張ったりすることはないし、むしろ温かい目で見守ってくれていたと思う。大人としての落ち着きがある一方で、子どもらしい無邪気さもあって、親しみやすい女性だった。
 そんな女性を最初から一番近くで見続けて、その最期も見てしまうなんて、彼じゃなくてもつらいだろう。



4:名無しNIPPER[saga]
2017/04/17(月) 01:05:38.65 ID:5I2Isvu00
「高垣さんのプロデューサー、つらいでしょうね」
 私は、助手兼私のプロデューサーさんに話しかけた。事務所の中では珍しい常識人なのに、担当アイドルはみんな変わり者という苦労人だ。私を除いて。
「だろうな。今はそっとしておくしかない。下手に刺激して、奴まで高垣さんの後を追ったら困る」
 私の助手は目の下を揉みながら答えた。大きなクマができている。高垣さんの死から2週間たったけど、事務所は今も対応に追われている。2年先まで詰まっていた彼女のスケジュールの処理、蟻のようにむらがってくる取材、ファンからの抗議、そして遺族への謝罪。プロデューサーさんも、あちこちに頭を下げたり、記者にもみくちゃにされたりしている。



5:名無しNIPPER[sage]
2017/04/17(月) 09:39:06.37 ID:fepYuCQ4o
oh……


6:名無しNIPPER[saga]
2017/04/17(月) 10:04:18.30 ID:5I2Isvu00
「高垣さんは、どうして亡くなったんでしょうね?」
「さあ、わからん。俺たちが何か思いついたところで、お外でやってるゴシップ報道と大差あるまい」
 プロデューサーさんは不機嫌そうに言った。事務所が詳しい経緯を明かさないのをいいことに、メディアは好き勝手な情報を流している。それこそ、高垣楓というアイドルをおもちゃにするみたいに。
「プロデューサーさんは、私が死んだら悲しいですか?」
 なんの気無しに、本当になんの気持ちのなしに、そう尋ねてみた。口に出したあと、しまったなあという気がした。
以下略



7:名無しNIPPER[saga]
2017/04/17(月) 10:14:02.83 ID:5I2Isvu00
 私達は、高垣さんの部屋の前まで来ていた。高垣さんは、大金持ちと言ってさしつかえないお給料をもらっていたけれど、346プロの寮に住みつづけていた。
 彼女ほどのトップアイドルだと、一人暮らしはかえって危険なのかもしれない。いや、酔い潰れたとき、同じ寮の人に送ってもらうためだったのかな。
 ドアノブを回すと、やはりというか、鍵がかかっている。そこで私は、安全ピンを二本鍵穴につっこんで、上下左右にうごかしてみた。
「まずいって、都!」
「まずいのはわかっています! でも、“軽犯罪は調査の基本だよ、ワトソン君”。モルヒネを打つよりは可愛いでしょう?」
以下略



8:名無しNIPPER[saga]
2017/04/17(月) 10:31:21.90 ID:5I2Isvu00

 部屋に入ると、中は廊下よりもひんやりしている。検死室や病院の安置所など、死体のあるところは、周囲よりも温度が下がる。幽霊が室内の熱エネルギーを消費しているのだ。
 そんなエセ心霊科学の話を思い出しながら、私は身震いした。高垣さんの幽霊がここにいるなら、真実を聞いてみたいところだけど。
 実際は、この部屋に空調が入っていないせいだろう。きっとそうだ…そうなのだ。私は腕をさすりながら、部屋を見渡した。
 普通の寮部屋と大概おなじだった。ベッドと、その近くに引き出しのついた机。キッチンはない。栄養管理と、アイドルが調理で怪我をしないようにするためかな。トップアイドルでも、壁一面に金箔が貼ってあったりとか、大理石の柱が数本立っている、ということはないらしい。
以下略



9:名無しNIPPER[saga]
2017/04/17(月) 10:48:43.12 ID:5I2Isvu00
 気をとりなおして、ベッドの下を覗きこんだ。犯人の手がかりがあるかもしれない、なんて。
 探偵の7つ道具ペンライトで照らすと、うっすら埃が積もっている。どっさりでないのは、こまめに掃除していたからだろうか。
 ライトを左右に動かすと、チカっと光に反射するものがあった。
「おやおやおや〜?」
 そこには、ボタンが1つ落ちていた。拾い上げると、糸がまとわり付いていることに気づいた。まるで、服からちぎられたようだ。…事件の香りがする、なーんて。
以下略



10:名無しNIPPER[saga]
2017/04/17(月) 11:06:44.37 ID:5I2Isvu00
 胸がどきどきする。調査を続ければ、もっと何かわかるかも。もっと部屋を探れば。
 その時、部屋の冷気が私の熱を一気に下げた。私は、何をしているんだろう。事務所の閉塞感が耐えきれなくて、とんでもないことをしてしまった。短い間とはいえ、高垣さんにはお世話になったのに。全然暑くないはずだけれど、背中には冷たい汗がしたたった。
 これ以上の調査はまずい。罪悪感か、他のアイドルに見られるのをはばかるのか、私は部屋を出た。ボタンを、そっと懐に忍ばせて。
「おまたせしました」
「お待たせされました…まったく心臓に悪い」
以下略



11:名無しNIPPER[saga]
2017/04/17(月) 11:35:58.09 ID:5I2Isvu00
 それからしばらくは、おとなしくレッスンをしたり、探偵ドラマや推理小説をざっと見たりしていた。高垣さんの部屋のことを気になってはいたけれど、自己嫌悪の方が勝って、深く考える気にならない。
 警察が、高垣さんの死を自殺だと判断している。真実はすでに明らかになっている。現実世界の警察は、16の小娘よりもはるかに優秀なのだ。それに、新人アイドルは他人のことより、自分のことを心配するべき。そう自分に言い聞かせた。
 事務所の中では、まだ高垣さんを悼む声が止まない。それが私のことを責めているように感じて、やるせない気持ちになる。



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