木村夏樹のむきだし
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8: ◆ao.kz0hS/Q[saga]
2017/02/25(土) 21:56:31.35 ID:CYpm3u/s0
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――


「さてと…………あ」


他の出演者への挨拶もそこそこに楽屋で着替えを済ませ、だりーと別れた。
だりーは電車で、アタシはバイクで帰宅する。そのつもりだったのだが。
駐車場に停めた愛馬にまたがったところで、今日買ったレコードを事務所に置いてきてしまったことを思い出した。
大舞台を終えた今夜ほど新しいレコードに針を落とすのに相応しい夜はない。とてもじゃないが明日まで待てなかった。
でももう夜の報道番組が始まりそうな時間だから、事務所に残っている人はいないかもしれない。


「しかたねーな。Pさんに鍵もらいに行くか…」


あのブ男にまた会うことになるかもしれないのは心底ゲンナリだが、今のアタシのロック魂はそんなのでは止まらない。
駐車場から引き返し、何食わぬ顔でスタジオへ入り込んだ。

廊下とスタジオを仕切るドアは音もなく開きそして閉じた。
照明のほとんど落ちたスタジオからはやはりスタッフの姿も消えていて、静まり返っている。
セットの裏、Pさんとブ男が向かった先にだけ光が点いているようだった。
それにボソボソという微かな声も聞こえてくるから、まだ打ち合わせは終わっていないのだろう。
そういえば偉いシャチョーさんとの打ち合わせを遮ることになるのだから、どう声を掛けるべきか考え、ふと立ち止まった。
すると丁度そのとき…



  んぐぅ……っ



セットの向こうから妙な音が微かに響いてきた。
それは小型犬の鳴き声みたいで…もっといえばどこかチワワっぽさのある声で…良く知った音色を含んだ声だった。
だりーほどじゃないがアタシも耳の良さには自信がある…間違えるはずがない…。
それはPさんのだとすぐにわかった。

しかし、わからない…。
どうすればそんな声が出るのか…。
なんで打ち合わせ中にそんな声を出す必要があるのか…。

アタシは知らず生唾を飲み込んでいた。
嫌な予感がする…。
今日の本番前の数倍心臓が強く脈打っている。
近づかない方が良い…。
肺が硬直しているように感じる。
今夜の新譜は諦めればいいだけの話なのに、それでも脚はヨタヨタと前へ進んでいく。
Pさんの肩を撫でていたあの男のいやらしい手つきが脳裡をよぎる…。

いや、これはちょっとした確認だ。
なんでもないってことをこっそり確認するだけ。
大丈夫。
きっとちょっと噎せたとか…それだけのことさ。
そんなこと…あるわけ…ないんだから…。


ここで引き返し何も知らないままでいるべきだったのか、それとも知るべきだったのか。
どちらにすべきだったのかなんて、そのときに分かるわけはなかったし、ずーっと後で振り返ったとしても結局は答えは出ないのかもしれない。


これは知っちまったアタシのお話…。
カッコ悪くて、情けなくて、どうしようもないお話だ…。



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