108:名無しNIPPER[saga sage]
2019/04/15(月) 09:29:19.89 ID:SWPDcXJr0
《欠片》のことを気にするあまり、透子のことがまるで見えていなかった。
透子がどれだけ不安なのかも、どれだけ苦しんでいるのかも、何も――。
「……そうか。そんなものが見えていたのか」
細い糸が、する――と、手から滑り落ちていく感触がした。
「俺にはこないだから……《欠片》が、聞こえない」
「……えっ?」
「もう、聞こえることはないかも」
どうしたらいいのか、迷子のように何もわからなくなって、俺は透子に背を向けた。
あの空虚さとは違う――剃刀で切られるような鋭い痛みが、胸を灼き焦がす。
もう二度と透子には会えないかもしれない。
いま交わした会話が透子との最後の会話になるかもしれない。
逃げるように歩いていく。
怖くて後ろを振り返られなかった。
あのガラスの向こう側で、透子も俺に背を向けているように思えて。
透子の家の敷地を出たところで、俺はたまらなくなって走り出した。
ぐんぐんと速度を上げていく。心臓が狂ったように脈打ち、全身が熱くなる。
なのに、胸の内側だけが、大きな風穴が空いたように、どんどん冷たくなっていく。
透子の苦しみに寄り添えなかった後悔と、彼女を失うかもしれない恐怖に追い立てられて。
俺は夜の街を駆けた。
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