154:名無しNIPPER[saga sage]
2019/04/20(土) 13:50:27.73 ID:e2KAc5lx0
*
眠れない夜を過ごした、その翌朝。
重たい身体を引きずるようにテントから出て、庭の水道で顔を洗い、縁側に腰掛けてぼんやりと考え事をしていると、父さんがコーヒーを持ってやってきた。
「駆、どうするか決めたか?」
母さんの提案のことだ。俺は、うん、と頷いて、コーヒーを受け取る。
結果的に、昨日のことで俺も決心が固まった。
「もうおまえも一人前の歳だ。これからは、おまえの好きなことをしていいし、できる限り協力するつもりだから」
よっぽど俺が浮かない顔をしていたのだろう、父さんは励ますようにそう言った。
それにしても――好きなこと、か。
無茶を承知で言うなら、俺も普通に、どこか一つの街でずっと暮らしてみたかった。
透子みたいに仲のいい友人を持って、祭りの日には、いつもの面々といつもの場所で落ち合い、みんなで打ち上がる花火を見ながら、他愛ないお喋りをしてみたかった。
でも、現実はそうならなかった。子供の俺に選択肢はなかった。
「……中学まで、結構厳しかったよ」
今でこそ慣れたものだけれど、昔は転校のたびに大変な思いをしたものだ。
「中学までは子供、高校からは大人、みたいな、変な区切りが俺にはあってな。ま、なんとなくなんだが――」
仕方がない。翼が大きくなるまで、雛は親の庇護下で育つしかないのだから。
ふと、麒麟館のツバメはもう巣立っただろうかと、そんなことを思った。
「おまえ、山、続けてるみたいだなぁ」
父さんがそんな話題を振ってくる。
「うん。けど、登るってほどじゃないよ。低山を半日歩き回るだけ」
「俺が誘ってた最初の頃はあんまり乗り気じゃなかっただろ」
わかってたのに連れ回したのか――と、苦笑してしまう。
「そうだね。いつの間にかね」
「一緒に登らなくなって長いな」
「父さん、俺についてこられるかな?」
「大きく出たな」
昔のことを話しているうちに、感慨深い気持ちがこみ上げてくる。
最初は苦手だったことが、いつの間にか好きなことになっていた。
本当は疲れるし、苦しいし、外に出て山なんか登るより、家の中で本を読んだり、ピアノを聴いているほうがよかった。
本当はつらいし、寂しいし、転校なんて一度もしないで、一つの街に留まり、そこを自分の場所だと思えるようになりたかった。
でも、いつの間にか……変わっていた。
母さんについていくことは、今や立派な俺の好きなこと、したいことに、変わっている。
その気持ちは本物だ。
だから、俺は決めた。
透子のこと、《未来の欠片》、それに《唐突な当たり前の孤独》――そういった心残りはあるけれど……。
「ちょっとー、あなたー、手伝ってー」
家の中から母さんの声がする。父さんが母さんの元へ向かうと、タイミング悪くドアチャイムが来客を知らせた。
「俺が出るよ」
「すまないな」
俺は早足で玄関へ向かう。そして扉を開けると――、
「……高山?」
現れたのは、高山やなぎだった。
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