56:名無しNIPPER[sage saga]
2019/04/07(日) 13:17:09.41 ID:4h98r15f0
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そこは、あの通り雨の日に、たまたま遭遇した二つのうちの、もう一つ。
家から山のほうへ少し歩いたところにある高台、木々がまばらに生えた、開けた場所。
そこだけ人の目から見落とされたような、ひっそりとした空間。
道も通ってなければ、ベンチの一つも置かれていない。
それでも、葉の擦れ合う音や、野鳥のさえずり、木漏れ日の暖かさが、俺をとても穏やかな気持ちにしてくれる。
なんて、言葉ではうまく説明できる気がしなくて、とにかく俺についてくるよう透子に言って、あとはひたすら無言で歩き続けた。
やがて、目的の場所に辿りつく。
そよそよと風が吹き、さわさわと木々が囁き合う。
「……あっ……」
後ろをついてくる透子が、静かに息を飲んだ。
たぶん、ここを気に入ってくれたのだろうと思う。
そのことに俺はひどく安心し――情けないことに――その瞬間に緊張の糸が切れてしまった。
しかし、気持ちはいくらか上向いたように思う。
自分にとって特別な場所を、自分にとって特別な存在が、受け入れてくれた。
それだけで何か得がたい繋がりを手にしたような気持ちになる。
事ここに至っては言葉など不要――いや、飾らずに言おう。
今の俺の対人能力では、これが精一杯だった。
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