何も無いロレンシア
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3: ◆SbXzuGhlwpak[sage]
2019/06/01(土) 02:29:18.43 ID:zJUkddjZ0
※ ※ ※



「ハッ……ハッ……ハッ!」

 息遣いがうるさかった。

 ドクン、ドクンドクンドクンドクンドクンドクン。

 心臓の鼓動がうるさかった。

 風の音が、衣擦れの音が、駆ける足が大地を踏み抜く音が、踏み分けられる草の音が、何もかもがうるさくて仕方ない。

「ハッ……ハッ……ハッ!」

 今、“奴”はどこにいる?

 奴を誘い出すのが俺の役割だ。不様に背中を見せることで、追いすがる奴を茂みに潜んだ仲間が射[ピーーー]。

 単純だが非常に効果的だ。次々と相手を切り伏せ、さあ次の獲物はどこだと視線をめぐらせると不様な後ろ姿が目に入る。その哀れな姿から、今以上の一方的な暴力が股を開いて待っていると脳が酔いしれ、罠の可能性など考えもしない。

 時おり腕の立つ迷惑な奴が自分たちを討伐しようとしたが、どいつもこいつもこの手にかかり、最期は興奮から覚めた面白おかしい真っ青な顔で死んでいったものだった。

 こいつもそうだ。こいつもそうなるはずなんだ。

 そのはずなのに、後ろから逃げる自分を嘲笑う声や罵声はおろか、駆ける音もせず――――それなのに、心臓をわしづかみされたかのようなプレッシャーだけが背後からのしかかる。

「ヒィ……ッ」

 “奴”の眼を思い出し、疾走で限界のはずの肺がさらに引きつり、情けない音が漏れ出る。
 
 アレは、人の眼じゃあなかった。人と同じなのは形だけにすぎない。

 拠点へと戻る山の中腹でのことだった。休憩中だった俺たちの後方から悲鳴があがり、仲間と共に駆けつければ“奴”がいた。

 瞬く間に、何ということも無いと言わんばかりに次々と仲間を切り[ピーーー]“奴”の瞳の光沢は、幾人もの死体を沈み込ませた底なし沼と言われても頷ける様相だった。

 “奴”との距離がどれぐらいなのか、振り向いて確認なんかできやしない。そんなことあるはずないのに、振り向いた途端、自分の首が転げ落ちる錯覚にさっきから襲われている。

 ああ、俺は動転している。

 どこかで自分のことを他人事のように観察している俺がいた。

 だがこんな奇妙で息苦しく、自分の人格が分裂せんばかりの恐怖も終わりになる。

 この盗賊団が結成されてからもう十年近く経つ。それだけ長く続いたのは、用心深い首領によるいくつもの決まりのおかげだ。

 移動中に休憩を取る時は一網打尽にされないように、三つの集団に分かれること。

 そして休憩を取る前に必ず待ち伏せの場所を決めることにしてあり、その場所がもう目の前なのだ。
 
 最初に“奴”に襲われた集団、応援に駆け付けた俺たちの集団、そしてもう一つの集団が待ち伏せする手はずだ。 

 俺を追いかけまわして[ピーーー]ことだけを考えていた無防備な“奴”は、次の瞬間体のあちこちを射ぬかれ終わるんだ。

 そして汗だくで膝をつく俺を、迫真の演技にもほどがあるだろうと仲間が笑う。

 それに俺が悪態をつき一息すれば、動転していたにしても変なことを考えていたもんだと、今の状況をあっさりと流せるはずだ。

 そう、これで――――

「――終わりだ!!」


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