何も無いロレンシア
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71: ◆SbXzuGhlwpak[sage]
2019/06/01(土) 03:30:19.52 ID:zJUkddjZ0
 本当は覚えているはずがない光景だった。俺は当時まだ乳飲み子だったはず。その時の記憶が残っているはずがない。だからこれは、この時から数年ほどして少しは物を考えられるようになった頃に、知っていた情報を組み合わせた妄想の産物を、本当にあった出来事だと思い込んでいただけ。そのことに気づけるようになるのは、さらにもう数年ほどしてからだったが。

 死がかつてないほど近づいているせいか、妄想を本当だと信じていた頃よりも鮮明に偽りの記憶が想起される。

 ああ、父であった人。そして母であった人。なぜ私を産み落とした。必要で無かったのなら、なぜ――

「なぜ……」

 なぜ……?  

 この考えはこれまで何度も思い至った。そしてなぜ●●●●●●●●●●●●、というところで思考が止まる。

 この疑問の先に何があるのか。何が待ち受けているのか。死ぬ前に解き明かそうという黒いに誘惑に駆られたその時。

「ロレンシアさんッ!」

 グチャグチャの黒い視界に、突然光が刺した。

 潰れた目と毒でかすむ目ですらわかる、神聖な存在。

 汚れた路地裏で、穢れた存在に相対するなどあってはならない人。

 マリア・アッシュベリーが、なぜかこの場に駆けつけてしまった。

「止ま……れ」

 なぜここに、という疑問を押し殺し、まず彼女を止めようとした。しかしマリアは一瞬の躊躇も無くこちらに駆け寄り、汚れた廃墟に膝をつきながら俺に手を伸ばそうとして、絶句した。

 理由は目が見えなくとも察しがついた。おそらく手当てをしようと考えてたのだろう。そして俺のあまりのあり様に、どこにどう手をつけていいのかわからず愕然としているのだ。

 雨と泥、そして血で全身が濡れそぼり、そしてきっと体の所どころが緑色に膨らみ始めているはず。素人がどうこうできる状態ではなかった。 

「どうして……こんな」

 こんな腐乱した死体同然の姿など、初めて目にしたのだろう。その震える言の葉からは、恐怖と悲しみがにじみ出ている。そしてわからないなりに何とかしようと、彼女は懐から手ぬぐいを取り出すと出血が一番激しい脇腹に押し当ててくる。

「……よせ」

「い、痛いとは思いますが、どうか我慢――」

「もう、無駄だ。オマエが……汚れる、だけ」

「そんなわけ……っ! そんな……わけが」


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