113: ◆wsnmryEd4g[saga]
2020/10/18(日) 13:24:09.11 ID:iX/HvtXE0
帰りの新幹線、紗枝ちゃんはいつになく饒舌だった。
私もまた、気まずい空気を恐れる気持ちから、あるいは罪滅ぼしの気持ちから、彼女の気遣いに乗じて楽しげにはしゃいでみせた。
実際、そうして笑い合っているうちは、あのベランダでの険悪なやり取りなどまるでなかったかのようだった。
私たちは誕生日のこの日を嫌な気持ちで終わらせたくなかった。
幸福な思い出だけで満たしたかった。
そうして未だ疼いてやまないこの傷跡さえも、いつかは懐かしいものとして平和に思い返せる日がくると信じたかったのだ。
しかし私は忘れることができなかった。
この傷跡を見ないふりはできなかった。
そして将来、私たちがどれだけ二人の愛を育んでいったとしても、この傷を完全に消し去ることはできないだろうということも……。
こんな些細な事で、と思われるだろうか?
単に私が紗枝ちゃんの手を払い退け、その親切心をほんのちょっぴり裏切ってしまったくらいのことで……
確かに、それだけなら何かの間違いで済んだのかもしれなかった。
悪気はなかったと、驚いて咄嗟に動いてしまっただけだと、笑いながら謝ってしまえばそれで済んだことかもしれなかった。
ところが私を真に脅かしていたのはそんな非運や行き違いの誤解などではなかった。
この不安の正体、この苛立ちの正体は、まさにあの時、ベランダで感じた不吉な予感のことだったのだ。
私は警告されていた。
記憶の中のノラの台詞を追いかけながら、この道の行き付く先は絶望だと……
それも決して遠くない未来、私たちを破滅へと導く運命がそこに待ち受けているだろうということを。
その最初の試練が私たちの間に立ちふさがったのは、誕生日の旅行から間もない十一月のある日のことだった。
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