119: ◆wsnmryEd4g[saga]
2020/10/18(日) 13:29:44.52 ID:iX/HvtXE0
十三
あまり馴染みのない駅の、小さな改札口の前に紗枝ちゃんが立っていた。
いつものように帽子を深くかぶり、髪をまとめ上げていて、ベージュのコートに身を包んだ彼女はいかにも雑踏にまぎれる風に壁に寄りかかっていた。
やがて彼女の方も私に気が付いて、微笑みながら僅かに首をかしげてみせた。
私はそれに引き寄せられるようにふらふらと歩いて改札を出る。
「寂しがり屋さん」
紗枝ちゃんがからかうように言った。
私は取り繕う余裕もなく、ただ一言「会いたかった」とだけ呟いて、彼女のコートの裾をつまんだ。
彼女はそんな私の不審な態度を前にしても「どうしたの」とは尋ねなかった。
ただ優しげな表情を浮かべたまま、あやすように私の髪を撫で付けていた。
私はとうとう堪えきれなくなって、コートをつまんでいた手をそっと腰に回し、彼女の身体を引き寄せようとした。
が、体勢が不安定だったために、かえって私の方が彼女の身体へ倒れこむ格好になった。
彼女の小さな身体が、鈍い衝撃とともに背後の壁と私の身体とのあいだに挟まれた。
しかし彼女は可愛らしい悲鳴をちょっとあげたくらいでまるで慌てた様子もなく、私の次の行動を待つようにじっと私を見つめ返していた。
唇が触れ合うくらいの距離で、彼女の大きな黒い瞳が私を覗きこんでいた。
そうして思いがけず彼女の瞳に魅入られながら私は、よっぽどキスをしたい衝動に駆られていた。
が、ふと思いとどまって、
「……今日はなにしてたの?」
と、この状況ではなんだか間の抜けた質問をしてごまかした。
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