水本ゆかり「人形の檻」【ゆかさえ】
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16: ◆wsnmryEd4g[saga]
2020/10/18(日) 09:03:03.48 ID:iX/HvtXE0


   三

街が真っ白に燃えている。

真夏の太陽の、垂直に降り注いでくる光があちこちに反射して、目に痛い。

予報では今年一番の猛暑だと言っていた。
確かに、この日の東京の街は、日陰に入っていても息苦しいくらい、どうしようもなく暑かった。

朝、寮を出て、最寄の地下鉄駅に到着した頃にはもう、汗が粒になって首筋を伝っていた。
地下鉄のホームは風が吹いていて、外に比べると少し涼しかった。
この地下の、圧迫するような音の反響や、生臭い匂いのする空気はいまだに苦手だけれど、こういう暑い日や天気の悪い日にはありがたいと思う。

私は鞄からハンカチを取り出して、そっと肌に当てて汗を吸わせた。
あとでもう一度日焼け止めクリームを塗らなければ、と思った。
制汗剤を使おうかとも考えたけれど、人前で服の下に手を入れるのは気が引けるし、第一はしたない。
その代わり、近くにあったコンクリートの柱がひんやりしていて気持ちがよかったので、そこにしばらく手をあてて涼んでいた。

やがて地鳴りのような振動が手を伝わって、それから突風と一緒に電車が滑り込んできた。

冷房のきいた車内に乗り込むと汗が冷えて心地良かった。

私は手すりに掴まって立ちながら、このままずっと電車に乗っていたいな、と思った。
その行く果てがどこか、そんな事はまるで考えもせずに。


ほんの三駅ぶん電車に揺られて地下鉄を降りた。

地上に昇る階段の途中で、ああ、やっぱり暑い、と思い知らされた。
なんだか自分の甘い考えを太陽に見透かされたような気がした。

そこから歩いて会社に向かうまでの間、熱のかたまりを押しのけて進んでいる気分だった。
次第に、肩に下げているフルートのケースの中身がどろどろに溶けてしまう、そんな妄想が頭をよぎった。

もし本当に高熱で溶けてしまったら先生になんて言い訳すればいいのだろう、家を出た時はちゃんとフルートの形をしていたんです、と言って信じてもらえるだろうか、でも冷やしてしばらく置いておけば元に戻るかもしれない、などと考えていたら、会社に着いた。



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