水本ゆかり「人形の檻」【ゆかさえ】
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34: ◆wsnmryEd4g[saga]
2020/10/18(日) 09:23:20.96 ID:iX/HvtXE0


   五

早朝、私と紗枝ちゃんはスタッフの方が運転するバスに乗ってロケ地へ赴いた。
東京からそう遠くない地方で、けれど途中いくつかトンネルを通って行くような山あいの道だった。

冷房の効いた車中、紗枝ちゃんは私の隣で言葉少なに、眠たそうに揺れていた。
一方、私といえば窓の外に流れていく険しい山々だの木々だのを飽きもせず眺めていた。

やがて山がひらけて小さな集落が現れた。
目的地はその集落からさらに奥まったところ、雑木林を抜けて行った先にぽつんとあった。

舞台となる古い洋館はその昔、英国の某伯爵が別荘として設計し、建築したのを、戦後、観光施設として開放したという歴史ある建造物である。

私たちは以前、一度だけここへ来たことがあった。
台本の読み合わせが始まった頃に、私のプロデューサーさんが私と紗枝ちゃんを下見に連れてきてくださったのである。

当時は初夏の少し暑いくらいな日で、避暑地として栄えた高原の集落はまさにそんな時期にうってつけのロケーションだった。
私も紗枝ちゃんも半ば興奮気味に、その閑静な木立の影にひっそりとベランダなどが見え隠れしているのを、そこへ夏の日差しが微笑むように降り注いでいるのを、それらみずみずしい緑の匂いの中に私たちの少女らしい空想が溶け込んでいくのを、ほとんどうっとりするような気持ちで眺めていたものだった……。


ところが、目的地に着き、ロケバスを降りると、ここはもう真夏の領国なのだった。
叩きつけるような蝉の鳴き声とそのパノラマ、草木の燃える湿った臭い。
地面から燃え立つ熱気の息苦しさ、そして目を細めずにはいられないほどの眩しい光線……

この数週間ですっかり夏に支配されてしまったようだった。
目の前にある異国風の建物も、今や生い茂る木々の葉に埋もれて窮屈そうにしている。

けれど私は、以前ここへ来たときの憧れをすべて見失ったわけではなかった。

老兵はまだ夏にその支配権を完全に明け渡したのではなかった。
夏ごとに燃え出す青葉の生命力をも、この古城は自らの威厳の中に同化させようとしていた。
私はその三階建ての建物の、白と黒の格調高い外壁を仰ぎ見ながら、今となっては憧れというよりむしろ郷愁に近いような不思議な感動に胸を打たれていた。
それはもしかすると、この燃えさかる太陽の季節が私に見せた幻、遠い記憶の幻影なのかもしれなかった。



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