43: ◆wsnmryEd4g[saga]
2020/10/18(日) 09:32:28.76 ID:iX/HvtXE0
「…………」
しかし彼女は寸でのところで留まった。
私のほんの数センチ目の前で、彼女は薄くまぶたを伏し、ためらうように、それでいて欲しがるように、ルージュのきらめく口唇をだらしなく開いたままにしているのだった。
まるでその決断を私に委ねているとでも言うように……
実際、私がちょっと頭を動かせば、それだけで済んだ。
みずみずしい果実にそっと口をつけるように、優しく唇に触れてしまえばそれでよかった。
ああ、そしたらきっと、彼女の唇のなんと甘いことだろう!
私は途端に彼女の味と感触を夢想しだした。
それは一度想像してしまえば決して抗えない、禁断の果実の誘惑だった。
片手に持っていたコップが水もろとも床にこぼれ落ちる。
私の胸に羽のように触れている彼女の身体をもっと強く抱き寄せようとして。
ぱしゃり。
「……ふふっ……ゆかりはん? その手はなぁに……」
紗枝ちゃんの掠れた小声が、耳元に巨大に響いた。
と、思うと次の瞬間、私の喉は恐怖のあまり引きつり、今度こそ金縛りにあったように指一本、動かせず固まってしまった。
私の意識は急速に現実に引き戻された。
しかし誘惑から醒めてもなお、彼女の漆黒の瞳は私の心を捕えて離さなかった。
何もかもがもう手遅れだった。
192Res/249.13 KB
↑[8] 前[4] 次[6]
書[5]
板[3] 1-[1] l20