5: ◆wsnmryEd4g[saga]
2020/10/18(日) 08:49:09.17 ID:iX/HvtXE0
お母さまは、決して裕福な家に育った人ではなかった。
その昔、まだ駆け出しの政治家だったお父さまは、アルバイトでウグイス嬢をしていたお母さまに一目惚れした。
この馴れ初めのエピソードは、数年前、お父さまが客人を招いてお酒をふるまっていた時に、その客人の方がうっかり口をすべらせて、それで私は初めて知ったのである。
それまで、お父さまもお母さまも恥ずかしがってちっともお話してくださらなかったから、その時私はその客人の御方が酔って話すのを熱心に聞いたものだった。
横でお父さまが年甲斐もなく慌てふためき、お顔を真っ赤になさっていたのは、いま思い出しても笑ってしまいそうになる。
酔って顔が赤いのだと言い訳をしていらしたけれど、私は、台所で聞き耳を立てていたお母さまのお顔までもが赤くなっていたのを、よく覚えている。
ともかく、そのような出会いがあって、お母さまは水本家に嫁いだ。
けれどお母さまは、今でもそうだけれど、少し世間知らずな所がおありだったから、このお屋敷に住み始めた当初は何もかも勝手が分からずにしくじってばかりいたのだという。
政治家の、それも由緒ある家柄ともなれば、何より世間体との付き合いに苦労するものである。
こんな広いお屋敷だから、家事労働だって一筋縄ではいかない。
それでもお母さまは私の前では弱音や愚痴など一言も洩らさなかった。
あるいは、生来呑気な性格でいらしたから、そうした苦労を苦労とも思わなかったのかもしれない。
私にとってお母さまはいつも優雅なお人だった。
野生に咲く一輪の花のように、健気だけれどもたくましい感じがあった。
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